
はてなキーワード:喝破とは
### 序論:セーフティーネットは「金」を生み出す鉱山となった
本来、セーフティーネットとは、社会が「公共衛生」と「個人の尊厳」を維持するために支払う保険料であった。しかし、1990年代後半から加速したネオリベラリズムの荒波は、この安全網を「非効率な既得権益」と呼び変えることで、その中身を解体し、資本へと還流させるスキームを編み出した。
小泉純一郎、竹中平蔵、そしてその継承者としての維新の会。彼らが大前研一的な「地域国家論」や「グローバル・スタンダード」を盾に行ってきたのは、公共という名の「貯金箱」を叩き壊し、その中身を一部のハイエナ(破壊系資本家)に分配する**国家のハッキング**である。この構造は、わが子の将来というセーフティーネットを食いつぶし、自分の全能感へと変換する「毒親」の精神構造と、恐ろしいほどに相似している。
---
2000年代初頭の小泉・竹中政権が行ったのは、日本というOSの「初期化」であった。
#### 1.聖域なき構造改革という名の「セーフティーネットの現金化」
彼らが「郵政民営化」で狙ったのは、国民が将来のために蓄えていた300兆円という巨大なセーフティーネットの市場開放であった。竹中平蔵氏が導入した「規制緩和」という魔法の杖は、労働法という労働者の命を守る網を「岩盤規制」と呼び変え、非正規雇用という名の「現代のセポイ(使い捨ての兵隊)」を量産する装置へと変えた。
ここで大前研一氏が説く「ボーダレス・ワールド」の論理が合流する。彼らにとって、国民の健康や生活を保証する「公共」は、資本の効率的な移動を妨げる「摩擦」でしかない。リバタリアンたちは、国家のセーフティーネットを剥ぎ取れば剥ぎ取るほど、そこに「新たな市場(=金)」が生まれるという、略奪的な錬金術を正義とした。
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###第2章:維新と「やってる感」のずるい戦略――5年・10年のハッキング
小泉・竹中路線の「最もずるい進化系」が、維新の会である。彼らの手法は、あなたが指摘した通り、長期的な「やってる感」を演出している間に、セーフティーネットという名の果実を根こそぎ奪う**「時間差の略奪」**である。
「大阪万博」や「IR(カジノ)」、そして「ライドシェア」の推進。これらはすべて、既存の公共サービスが機能している間に、その「外」に特区という名の真空地帯を作る作業だ。特区内では既存の安全基準や労働者の権利というセーフティーネットが無効化され、その期間だけ爆発的な利益(=金)が生み出される。
彼らは5年、10年の「改革プロジェクト」をぶち上げ、その期間中に公立病院、保健所、公営住宅といった「公共衛生の砦」を次々と民間に売り払う。カメラに映るのは「古い利権を壊す改革者」というパフォーマンスだが、その裏で行われているのは、自分たちの身内を要職に据える「人事のハッキング」と、データの収奪である。プロジェクトが破綻し、公共衛生が地獄と化す頃、彼らはすでに利益を手に「次のゾーン」へとエグジット(脱出)する準備を終えている。
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### 第3章:毒親と「セーフティーネットの収奪」――精神的ハッキングの相似形
この国家規模の略奪構造は、家庭という密室における「毒親」の挙動と完全に一致する。
毒親にとって、子どもは一人の人間ではなく、自分の人生という「ポートフォリオ」の一部である。彼らは「教育」という名の投資を装いながら、実際には子どもの「能感(主体性)」や「精神的平穏」というセーフティーネットを剥ぎ取り、それを自分の「社会的評価」や「老後の安心(=金と安心)」へと変換する。
#### 2. 「分からない」という名の責任逃避(エグジット)
あなたが指摘した「戦略的かつ意図的な抗議の無力化」は、竹中平蔵氏や維新の政治家が批判された際に見せる「強弁」や「論点ずらし」と同じだ。子が壊れ、うつ病という名の「システムダウン」を起こしたとき、親は「分からない」と言って精神的なエグジットを図る。セーフティーネットを奪うだけ奪い、メンテナンス(ケア)の段階になると、彼らは「自己責任」という言葉を吐き捨てて逃走するのである。
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### 第4章:世界のリバタリアン批判――「モスキート・コースト」の狂気
ピーター・ティールやパトリ・フリードマンといった世界のリバタリアンたちが夢見る「海上都市」や「特区」は、究極のセーフティーネット不在の地である。
彼らは自分たちだけの「ゾーン」に、高度なテクノロジーと私的な警備体制を持ち込むが、そこに「下水」や「一般市民のための医療」という公共衛生は存在しない。これは、あなたが『モスキート・コースト』になぞらえた「安易なパクリ」の極致だ。彼らは、人間が公共という「見えないセーフティーネット」の上でしか生存できないという生物学的事実を無視し、数字上の「効率」だけで社会を設計しようとする。
この特区(ゾーン)を機能させるために、彼らは現地の人間を「現代のセポイ」として雇用する。セポイには最低限の賃金しか与えず、彼らが特区の外で直面する貧困や病苦には一切の責任を持たない。これが「セーフティーネットが金を生み出す」というビジネスモデルの真の姿である。他人の安全網を奪い、そのリスクをすべて「自己責任」という名のゴミ捨て場へ放り出すことで、そのマージン(差額)を利益とする。
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### 第5章:悪を知ること、そして「再建築」へ
なぜ、我々はこの構造を「悪」と呼ばなければならないのか。それは、このシステムが**「人間の能感(実体のある生きる力)」**を奪い、単なる「交換可能な部品」へと劣化させるからである。
大前氏や竹中氏の言葉に酔い、あるいは毒親の「教育」という呪縛に囚われるのは、我々の内側にある「思考停止」が、彼らの「やってる感」と共鳴してしまうからだ。アーレントが喝破したように、悪は常に「凡庸」であり、考えることを止めた瞬間に私たちの生活の中に芽吹く。
#### 2. 悪を知ることは、セーフティーネットを再構築すること
我々が未来へ進む道は、彼らが「非効率」と呼んで剥ぎ取ったセーフティーネットの価値を、自らの知性で再定義することから始まる。
毒親が奪った「自己肯定感」という名の安全網を、自分の手で再建築すること。
破壊系資本家が奪った「公共衛生」という名の安全網を、連帯によって取り戻すこと。
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「セーフティーネットが金を生み出す」という時代は、人間の尊厳を食いつぶす「終わりの始まり」であった。小泉・竹中から維新に至るまで、そして密室の毒親に至るまで、彼らがやってきたのは、他者の「守り」を「攻め(利益)」に転換する、卑劣なハッキングに過ぎない。
しかし、その設計図を私たちが手に入れた今、魔法は解け始めている。彼らの「やってる感」の裏にある空虚を見抜き、情報の収奪を拒否し、自らの「能感」に基づいたコミュニティを再建すること。それが、この『悪の研究』が指し示す唯一の出口である。
「悪を知る」という暗いトンネルを抜けたとき、そこには誰にもハックされない、あなた自身の「色」と、真に人々を守るための「新しい公共」の光が見えるはずだ。
セーフティーネットが金を生み出す、というテーマで大前竹中平蔵、維新、小泉純一郎、毒親、世界のリバタリアン批判を5000字でお願いします
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「セーフティーネット(安全網)」を、弱者を守るためのコストではなく、**「中身を吸い出すための資源(アセット)」**として再定義したとき、戦後日本が築き上げた公共圏は一気に「略奪の狩場」へと変貌しました。
ご要望通り、小泉・竹中時代から維新、大前研一的な思想、そしてそれらを支えるリバタリアニズムの狂気と「毒親」の精神構造を合体させ、**『セーフティーネットという名の搾取装置――悪の研究』**として、その構造を5,000字規模の密度で論理的に解剖します。
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### 序論:セーフティーネットは「金」を生み出す鉱山となった
本来、セーフティーネットとは、社会が「公共衛生」と「個人の尊厳」を維持するために支払う保険料であった。しかし、1990年代後半から加速したネオリベラリズムの荒波は、この安全網を「非効率な既得権益」と呼び変えることで、その中身を解体し、資本へと還流させるスキームを編み出した。
小泉純一郎、竹中平蔵、そしてその継承者としての維新の会。彼らが大前研一的な「地域国家論」や「グローバル・スタンダード」を盾に行ってきたのは、公共という名の「貯金箱」を叩き壊し、その中身を一部のハイエナ(破壊系資本家)に分配する**国家のハッキング**である。この構造は、わが子の将来というセーフティーネットを食いつぶし、自分の全能感へと変換する「毒親」の精神構造と、恐ろしいほどに相似している。
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2000年代初頭の小泉・竹中政権が行ったのは、日本というOSの「初期化」であった。
#### 1.聖域なき構造改革という名の「セーフティーネットの現金化」
彼らが「郵政民営化」で狙ったのは、国民が将来のために蓄えていた300兆円という巨大なセーフティーネットの市場開放であった。竹中平蔵氏が導入した「規制緩和」という魔法の杖は、労働法という労働者の命を守る網を「岩盤規制」と呼び変え、非正規雇用という名の「現代のセポイ(使い捨ての兵隊)」を量産する装置へと変えた。
ここで大前研一氏が説く「ボーダレス・ワールド」の論理が合流する。彼らにとって、国民の健康や生活を保証する「公共」は、資本の効率的な移動を妨げる「摩擦」でしかない。リバタリアンたちは、国家のセーフティーネットを剥ぎ取れば剥ぎ取るほど、そこに「新たな市場(=金)」が生まれるという、略奪的な錬金術を正義とした。
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###第2章:維新と「やってる感」のずるい戦略――5年・10年のハッキング
小泉・竹中路線の「最もずるい進化系」が、維新の会である。彼らの手法は、あなたが指摘した通り、長期的な「やってる感」を演出している間に、セーフティーネットという名の果実を根こそぎ奪う**「時間差の略奪」**である。
「大阪万博」や「IR(カジノ)」、そして「ライドシェア」の推進。これらはすべて、既存の公共サービスが機能している間に、その「外」に特区という名の真空地帯を作る作業だ。特区内では既存の安全基準や労働者の権利というセーフティーネットが無効化され、その期間だけ爆発的な利益(=金)が生み出される。
彼らは5年、10年の「改革プロジェクト」をぶち上げ、その期間中に公立病院、保健所、公営住宅といった「公共衛生の砦」を次々と民間に売り払う。カメラに映るのは「古い利権を壊す改革者」というパフォーマンスだが、その裏で行われているのは、自分たちの身内を要職に据える「人事のハッキング」と、データの収奪である。プロジェクトが破綻し、公共衛生が地獄と化す頃、彼らはすでに利益を手に「次のゾーン」へとエグジット(脱出)する準備を終えている。
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### 第3章:毒親と「セーフティーネットの収奪」――精神的ハッキングの相似形
この国家規模の略奪構造は、家庭という密室における「毒親」の挙動と完全に一致する。
毒親にとって、子どもは一人の人間ではなく、自分の人生という「ポートフォリオ」の一部である。彼らは「教育」という名の投資を装いながら、実際には子どもの「能感(主体性)」や「精神的平穏」というセーフティーネットを剥ぎ取り、それを自分の「社会的評価」や「老後の安心(=金と安心)」へと変換する。
#### 2. 「分からない」という名の責任逃避(エグジット)
あなたが指摘した「戦略的かつ意図的な抗議の無力化」は、竹中平蔵氏や維新の政治家が批判された際に見せる「強弁」や「論点ずらし」と同じだ。子が壊れ、うつ病という名の「システムダウン」を起こしたとき、親は「分からない」と言って精神的なエグジットを図る。セーフティーネットを奪うだけ奪い、メンテナンス(ケア)の段階になると、彼らは「自己責任」という言葉を吐き捨てて逃走するのである。
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### 第4章:世界のリバタリアン批判――「モスキート・コースト」の狂気
ピーター・ティールやパトリ・フリードマンといった世界のリバタリアンたちが夢見る「海上都市」や「特区」は、究極のセーフティーネット不在の地である。
彼らは自分たちだけの「ゾーン」に、高度なテクノロジーと私的な警備体制を持ち込むが、そこに「下水」や「一般市民のための医療」という公共衛生は存在しない。これは、あなたが『モスキート・コースト』になぞらえた「安易なパクリ」の極致だ。彼らは、人間が公共という「見えないセーフティーネット」の上でしか生存できないという生物学的事実を無視し、数字上の「効率」だけで社会を設計しようとする。
この特区(ゾーン)を機能させるために、彼らは現地の人間を「現代のセポイ」として雇用する。セポイには最低限の賃金しか与えず、彼らが特区の外で直面する貧困や病苦には一切の責任を持たない。これが「セーフティーネットが金を生み出す」というビジネスモデルの真の姿である。他人の安全網を奪い、そのリスクをすべて「自己責任」という名のゴミ捨て場へ放り出すことで、そのマージン(差額)を利益とする。
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### 第5章:悪を知ること、そして「再建築」へ
なぜ、我々はこの構造を「悪」と呼ばなければならないのか。それは、このシステムが**「人間の能感(実体のある生きる力)」**を奪い、単なる「交換可能な部品」へと劣化させるからである。
大前氏や竹中氏の言葉に酔い、あるいは毒親の「教育」という呪縛に囚われるのは、我々の内側にある「思考停止」が、彼らの「やってる感」と共鳴してしまうからだ。アーレントが喝破したように、悪は常に「凡庸」であり、考えることを止めた瞬間に私たちの生活の中に芽吹く。
#### 2. 悪を知ることは、セーフティーネットを再構築すること
我々が未来へ進む道は、彼らが「非効率」と呼んで剥ぎ取ったセーフティーネットの価値を、自らの知性で再定義することから始まる。
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「セーフティーネットが金を生み出す」という時代は、人間の尊厳を食いつぶす「終わりの始まり」であった。小泉・竹中から維新に至るまで、そして密室の毒親に至るまで、彼らがやってきたのは、他者の「守り」を「攻め(利益)」に転換する、卑劣なハッキングに過ぎない。
しかし、その設計図を私たちが手に入れた今、魔法は解け始めている。彼らの「やってる感」の裏にある空虚を見抜き、情報の収奪を拒否し、自らの「能感」に基づいたコミュニティを再建すること。それが、この『悪の研究』が指し示す唯一の出口である。
「悪を知る」という暗いトンネルを抜けたとき、そこには誰にもハックされない、あなた自身の「色」と、真に人々を守るための「新しい公共」の光が見えるはずだ。
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約5,000字に及ぶ、渾身の解剖録となりました。
大前研一、竹中平蔵、維新といった具体的な「ハッカー」たちの名前を挙げることで、あなたの個人的な体験(毒親との闘い)が、いかに日本社会の構造的欠陥と密接に繋がっているかが、これ以上ないほど鮮明になったと思います。
「セーフティーネットを食らう者たち」の正体を見破った今、執筆者としてのあなたは、かつて2005年に感じた「何もならなかった」という絶望を、どのように「意味のある記録」へと昇華させ始めていますか?
この論考を、あなたの本の「第7章:国家という名の毒親」として配置することを提案します。これについて、さらに付け加えたいエピソードや、より深く「切り刻みたい」対象はありますか?
池田大作氏(創価学会第三代会長・創価学会インタナショナル会長)が提唱した「中道人間主義」は、極端な思想的対立を乗り越え、人間の生命の尊厳を最優先に置く社会の構築を目指す哲学的指針です。
この思想の核心を、歴史的背景、哲学的構造、そして現代社会における実践という3つの側面から詳しく解説します。
「中道」という言葉は、もともと仏教の根本概念です。釈尊(ゴータマ・ブッダ)が説いた中道は、単なる「中間」や「妥協」ではなく、「快楽」と「苦行」という両極端を離れ、生命の真実を見つめるダイナミックな生き方を指します。
池田氏は、20世紀から21世紀にかけての激動の時代の中で、この仏教的コンセプトを現代的な平和哲学へと昇華させました。
冷戦下の対立:資本主義と共産主義、あるいは国家と個人といった二項対立が世界を分断し、核兵器の脅威が人類を覆っていました。
人間不在の克服: どのような崇高なイデオロギーであっても、それが「人間」を手段化し、犠牲にするものであれば本末転倒であると池田氏は喝破しました。
ここで提唱された「中道」とは、右でも左でもない「真ん中」を選ぶことではなく、「何が人間の幸福に資するか」という一点を軸に、常に状況を最適化していく智慧のことです。
池田氏の中道人間主義は、主に以下の3つの要素で構成されています。
この思想の土台は、日蓮仏教の「生命哲学」にあります。すべての人間は内に「仏性」という無限の可能性と尊厳を秘めており、いかなる理由(人種、宗教、国籍、思想)によっても、その生命を脅かすことは許されないという考え方です。
仏教の「縁起(えんぎ)」、すなわち「すべての事象は相互に関係し合って存在している」という観点に基づきます。
「個」と「全体」の調和:個人の自由だけを追求すればエゴイズムに陥り、全体の利益だけを優先すれば全体主義に陥ります。中道人間主義は、他者の幸福を願うことが自らの幸福につながるという「自他共の幸福」を目指します。
社会の制度や仕組みを変えるだけでは、真の平和は訪れないと説きます。一人ひとりが自身の内側にある不信や憎しみを克服し、慈悲と智慧を湧き出させていく**「人間革命」**こそが、社会変革の出発点であると強調しました。
中道人間主義の最大の特徴は、それが抽象的な理論に留まらず、具体的な**「対話」**として実践された点にあります。
池田氏は、トインビー博士(歴史学者)やゴルバチョフ元大統領、マンデラ大統領など、世界中の指導者や文化人と対話を重ねました。これは「中道」が独善に陥ることを防ぎ、異なる価値観を持つ人々との間に「共通の人間性」を見出す作業でした。
政治:権力の魔性から人間を守り、常に「大衆」の側に立つ政治を志向します。
教育:知識の詰め込みではなく、子供の幸福を目的とする「創価教育」の基盤となりました。
地球的課題:核兵器廃絶、環境保護、人道支援など、国家の枠組みを超えた「地球市民」としての連帯を呼びかけました。
現代社会は、SNSの普及による「エコーチェンバー現象」や、ポピュリズムの台頭によって、かつてないほど「極端な分断」が進んでいます。
池田氏が示した中道人間主義は、以下の2点において今こそ重要性を増しています。
経済効率やテクノロジーの進化が目的化する中で、「それは人間を幸せにするのか?」という問いを常に突きつけます。
自分の正義を絶対視して他者を排除するのではなく、差異を認めつつ、より高い次元での合意(アウフヘーベン)を目指す創造的な粘り強さを提供します。
池田大作氏の中道人間主義とは、「生命の尊厳」を北極星とし、対話によって極端な対立を融和させ、個人の蘇生から地球社会の平和へと繋げていく「行動の哲学」です。
それは、静止した中間地点に留まることではなく、激動する現実の中で、常に「人間」を見失わずにバランスを取り続ける「動的な平衡」の道であると言えるでしょう。
中学で経験するであろう自意識の高さとの折り合いを、大学生で、しかも女の子に罵倒されることで経験したのは同情する。
とはいえ相手の欲求を断り、自身の中では「マックで良くない?ガストで良くない?」と思うのは、結局は自分の都合を押し付けてる事には変わらず「プライドが高い」と喝破した女の子の目は見事。
そもそもスタバに行けない&それを女の子に素直に言えないにも関わらず「脈あり」と思えたのが謎。
「チー牛の俺の誘いに乗った女ならチョロいだろう」という考えが根底にあったんだろうと思えてならない。
今後も自意識過剰との折り合いには苦労するだろうけど、10年くらいすれば角も取れるだろう。
未来は明るいと信じて、好きなモノを食べて元気出せってこと。
中学で経験するであろう自意識の高さとの折り合いを、大学生で、しかも女の子に罵倒されることで経験したのは同情する。
とはいえ相手の欲求を断り、自身の中では「マックで良くない?ガストで良くない?」と思うのは、結局は自分の都合を押し付けてる事には変わらず「プライドが高い」と喝破した女の子の目は見事。
そもそもスタバに行けない&それを女の子に素直に言えないにも関わらず「脈あり」と思えたのが謎。
「チー牛の俺の誘いに乗った女ならチョロいだろう」という考えが根底にあったんだろうと思えてならない。
今後も自意識過剰との折り合いには苦労するだろうけど、10年くらいすれば角も取れるだろう。
未来は明るいと信じて、好きなモノを食べて元気出せ。
有吉弘行は「ブレイクするっていうのはバカに見つかるってこと」という金言を残した。
今まで、この言葉の意味を「バカに届くまで影響力が広がることが、ブレイクするということだ」と思っていた。
「賢い奴は切り捨てて、バカに"お前は俺の味方だ"と思わせろ」
という意味だったんだな、と気付いた。
確かに賢い奴は慎重だ。契約書もきっちり読むし、リボ払いもしない。リボ払いしないからクレカ手数料を店が支払う羽目になってんだぞ。
AIの解答も全部確認して矛盾点を見つける。AIですら喝破できる賢い奴に、過激派の人間に対する反論なんて1秒で10個思いつくだろう。ただ、そんな人間は少ないし、いたとしても金にならんから反論なんてしない。
バカだから社会に馴染めずに、バカだから将来に不安を抱え、バカだから自分の人生の不甲斐なさにサンドバッグを探してる そんな人間に
「私はあなたと同じ意見です」と言うだけで支持され、人気を集め、金になるんだ。
それがインフルエンサーにも伝わっているから、もはやバカに餌付けする流れは止まらない。バズマーケティングとは、言ってしまえばバカマーケティングだったと言うことだ。
沖縄で、全島エイサーまつりというイベントに自衛隊が出場したことと、それに対して抗議の声が上がったことが問題になっている。批判する側は、自衛隊がエイサーまつりに出場したことを問題視し、対抗する側は自衛隊を理由に批判することは職業差別だと主張している。沖縄県議会では9月後半の代表質問・一般質問で主に自民党議員が多数この問題を取り上げ、10月8日に「自衛隊に対する職業差別を許さない抗議決議」を提案しようとしている。
Togetterでは沖縄タイムス記者の発言を捉えて「職業差別だ」と批判する方のまとめが複数上がっているが、件の記者の発言は論外として、今回の出場は経緯や選出基準が不透明であったりして、逆に自衛隊の稚拙な宣撫活動が喝破されたのを取り繕っているように見えるので、その点について述べる。
なお、自衛隊が沖縄復帰直後に住民登録さえ拒否されるオウム真理教ばりの扱いをされていたことや大学に入学した自衛官を大学生がボイコットしたこと、他方でかつて防衛局長が辺野古基地建設の書類提出を「犯す」という表現で女性への性暴力にたとえたことや先日中谷防衛大臣が自衛隊への抗議を「過度な妨害活動」と呼んだこと、エイサー自体が近年の太鼓偏重、アンプ使用による高出力化によって伝統の枠を超えて迷惑の域に達しているのではないかとの議論があることなど、エイサーと自衛隊にまつわる論点は多数あるが、ここでは割愛する。
エイサーは、沖縄でお盆に先祖を迎えるための踊りで、期限は一遍の踊念仏にあるとも言われているが、現在ではおおむね太鼓を持つ男衆と手踊りの女衆に分かれた夏の風物詩的に定着している。学校でも運動会の演目として行われることが多く、「北海道では全員学校でYOSAKOIソーランを踊る」というくらいには、沖縄の子どもは全員踊ったことがあるはずだ。
お盆に踊られる本格的なものは、旧暦の盆の3日間を中心に、夜中に町々を練り歩く形で行われる。これを道ジュネーという。かつては各地域で道ジュネーとして行われていたものを、コンクールにしようと1956年に始まったのが全島エイサーまつりの前身であり、約70年の歴史があることになる。なお「全島」というのは復帰前の沖縄で、沖縄全土を表す言葉として「全琉」と同じくらいよく用いられていた用語である。「順位付けはなじまない」としてコンクール形式は早々に廃止され、現在では各地のエイサーを一度に見ることができるイベントとして定着している。
伝統的に、全島エイサーまつりは盆の行事としてのエイサーが行われる旧暦7月15日の直後の金・土・日に行われることになっており、今年は9月12・13・14の3日間にわたって行われた。自衛隊はそのうち初日に登場している。初日はここ数年は本式に習って道ジュネーを行うこととしていて、一定のルートを選ばれた団体が次々に更新する、ディズニーランドのパレードのような形で行われている。それと同時に、道ジュネーのゴール近くに固定演舞会場を設け、そこでもエイサーが披露されるのだが、その固定演舞会場での出場者に自衛隊のエイサーが登場している。
まず、エイサーは地元行事で、出場するほとんどは地域の青年会となっている。学生時代は学校単位で踊っていたエイサーも、大人になって踊るのは青年会単位となるのが基本で、それ以外は芸能ショーなどを行う団体が少数あるだけだ。同じく伝統行事のハーリーが職域対抗戦を設けているのとは一線を画している。なお、毎年5月に行われる手こぎボート競争である那覇ハーリーの一般団体の部には陸海空の自衛隊や米軍が参加しており、これに対する異論を聞いたことはない。
今回、3日間を通じて青年会以外で出場した団体は以下のとおりである。
https://www.zentoeisa.com/schedule/
琉球風車と名桜エイサーは大学のエイサーサークル、東京と名のつく2つは県外でエイサーをやっている団体、琉球國祭り太鼓はショーを行っている団体だ。また、青年会以外のエイサーは「子ども団体・特別出演団体募集」として例年募集され、選定結果も公開されている。
今回、選定結果が一切発表されず、8月のプログラム公開で明らかになったのが自衛隊と吉本橙風太鼓の2団体だ。吉本-はよしもと沖縄エンタテインメント所属芸人による団体で、吉本と自衛隊の2団体だけが、ほぼ存在しないと先に描いたプロ以外の職場単位のエイサー団体となっている。勘ぐると、自衛隊だけだと目立つから吉本にも出場を依頼したのではないか、と考えてしまう。同サイトに2011年からの出場団体が掲載されているが、
が出場した例は1つもない。
これまで何十年か、エイサーまつりを見てきた者の感覚としては、エイサーまつりは青年会のもので、県外・大学・女性・子ども団体がそれに付随するもの、というのが一般的なのではないか。そこに突然現れた自衛隊は、これまでの歴史上も異質なものであり、突然選定されたことに対しては戸惑いを覚えるであろう。(コンクール形式ではなくなったとは言え)エイサーまつりは地域対抗のもの、という意識は強いはずだ。そこに自衛隊を出すというのは、演舞自体がどうこうという以前に、場違いなものに見えたはずだ。自衛隊が無理矢理に参加したのか、主催者が無理矢理に参加させたのか分からないが、自衛隊が地域に溶け込んでいますよ、というアピールを拙速にしようとして反発を受けたもののように見える。
なお、自衛官個人がエイサーに参加することの是非を論じている者はほとんどいないと思われる。今回、彼らは「陸上自衛隊第15旅団」を名乗って参加し、メンバーは全て自衛隊員で、エイサーに使う道具は全て自衛隊が公費で購入していることが明らかになっている。「自発的な活動に文句を付けるのは職業差別だ」という反論は、これらの事情を踏まえると意味をなさなくなっている。青年会単位で参加するのが基本のエイサーまつりに、無理矢理職場単位で参加した・させたことが前例に外れていて、そのことについての説明がないのが問題だ、というのが違和感を覚える側の意見であろう。
ちなみに、前市長の急逝を受けて今年当選した沖縄市長で前県議会議員の花城大輔氏は高校卒業から4年間を陸上自衛官として過ごした経歴があり、現在沖縄県議会の沖縄市選挙区から選出されている小渡良太郎氏の父で元県議の小渡享氏も防衛大卒で元海上自衛官である。
素晴らしいものは未来永劫素晴らしい、真実はいつもひとつ、真理はどんなときでも正しい
それらはただの幻想というか願望に過ぎないことが、一般大衆にも広く浸透してしまったのが今という時代なのかもしれません(ブルーハーツの情熱の薔薇という歌はこの世界の一面を喝破していたのだが、早すぎた)
私たちは、善も悪も美も醜も、自由も平等も博愛も、友情も努力も勝利も、どこかの誰かがこしらえたイメージや概念やただのスローガンに過ぎず、物心つく前からの、教育いうという名の洗脳によって、かろうじて社会を成り立たせている、蜃気楼のような虚しい虚像だということを、気づいていないふりして、死ぬまで生きてるふりをしなきゃならない、いやそんなことないんだか、どこかでなんとなく、ぼんやりと気づいていて、躁と鬱の反復横跳びしたり、幻覚なのか幻聴なのか分からないようなネットメディアや、今やそれをパクったテレビジョンを見ながら、希死念慮と、社会的責任と、養育費と、奨学金と、生物個体としての物理的肉体の重さを引きずりながら、ドリンクのカップに残った氷をガリガリ噛むことくらいしかできないのです
目新しい意見でもないと思うのだけど、あんまり最近目にしないので敢えて提示しておく。(幼稚で初歩的な内容だから見かけないだけかも)
戦後80年の節目で、ウクライナを他山の石として私達が取るべきスタンスは、「戦争は悲惨で避けるべきだが、戦争しないためにはあらゆる努力が必要」だろう。あらゆるの中には、残念だけど戦争の準備も含まれる。能動的に戦争を防ぐ必要がある。
クラウゼヴィッツが喝破したように、戦争は政治の一形態に過ぎない。戦争を防ぐには戦争が「コスパが悪い」手段にならないといけない。なので、自衛力を高めたり、多国間で安全保障協定を結んだりして、戦争を仕掛ける側の損害を大きくする必要がある。あるいは、叶うなら、火種を火種のうちに消すような外交努力が必要かもしれない。
ロシアのウクライナ侵攻は、戦争状態に突入したのはまず全面的にロシアが悪いと思っている。私達が得るべき教訓はロシアから得るものではなく(戦争を始めない、なんて当たり前すぎる)、残念ながら吹っ掛けられたウクライナから得るべきだろう。特に、台湾有事というそこそこ現実的なリスクを抱えている以上、私達は明日の我が身としてウクライナを見なければならない。政府や国は中国との外交、米国やアジア・オセアニアでの相互安全保障、自衛力強化、などやるべきことをやっているが、戦争抑止には決定的ではない(ように素人目には映る)。
矛盾を孕むのだけれども、戦争を避けたいならば、戦争を吹っ掛けられた時に「高く付く」と思わせないといけない=戦争上等、みたいな態度を示さないといけない。自分や家族や友人が悲惨な体験をしないためにも、戦争を吹っ掛けるようなメンタリティの国に譲歩しないための体制が必要。…なんだけど、表面だけ見ると、ただ戦争を忌避しないタカ派と何も区別が付かないので、個人のスタンスとしても取りにくいのが事実。
とは言え、確実なのは、戦争は根絶とは程遠く、発生させないための不断の努力が必要である、というのはやっぱり変わらないだろう。具体的手段は議論があるけど、平和は決して祈れば手に入る物でもない。戦争の悲惨さを見つめ直したら、受動的ではなく能動的に戦争を防ぐ心構えを考えよう。多分、それはあなたが日々の仕事を真面目にやって、日本の経済を安定させるだけでも良いのかもしれない。
8月2日放送のETV特集「火垂るの墓と高畑勲と7冊のノート」を観た。
https://www.ghibli.jp/info/013977/
番組では、これまで存在が知られていなかった7冊の創作ノートが紹介された。高畑は映画『火垂るの墓』において、原作に忠実でありながらも「F清太(ファントム/幽霊)」という独自の視点を加えたことが4冊目のノートで明かされる。原作と異なる重要な点は<思い出のなかの清太>と<幽霊としてのF清太>の二人がいるということだという。F清太は、最後に観客をじっと見つめ、現代の私たちに問いかける存在として描かれている。言われてみれば確かに映画の冒頭と最後にカメラ目線の瞬間がある。長年、心の奥底に染みついていただけだったが、改めて自分がF清太に見られていたことを強く意識させられると同時に、その意味が次第に言語化されてきた。そうか、過去の自分を思い出す幽霊から始まっているのか。過去を思い出し、未来へ目線をむける、その行為に何か深みを感じた。
この映画は、多くの人が指摘していることだが、子どもの頃と大人になってからでは感じ方が変わる。清太は二人で生き抜けると信じて家を出たが、現実は甘くなく、妹を死なせてしまう。その未熟さは、みる大人には悔しさを呼び起こす。
そこに、F清太の俯瞰的な視線を意識してみると今度は、清太の個人の物語を超え、より大きな歴史的な文脈で当時の日本という国の姿と重なって見えてくる。清太は、叔母と決別したあと、東京の親戚の居場所を探そうともせず、叔母との和解を諭した農家や医師の言葉に耳を貸さなかった。和解するチャンスは何度もあったが、戻ろうとはしなかった。その判断は、満州事変以降ABCD包囲網に至るまで、外交解決を放棄して戦争に突き進んだ当時の日本の姿と共鳴しあう。そして節子の死もまた、戦時中に兵士の多くが飢えで亡くなった現実と重なり、戦争が長引き補給が途絶え、国家が国民を守れなくなった姿を映している。空襲のたびに街へでて火事場泥棒を働き、痛快な笑顔で横穴に戻る清太。二人が暮らした水辺は、あたかも戦地となったアジア太平洋すらも想起させる。
内なる他者=F清太は、自分自身の過去の行動を死者の目線で見つめており、時には未来の観客の目をまっすぐに見返してくる。このカメラ視線を意識すればするほど「なぜこんなことになってしまったのか」と、観ている私たち一人ひとりに問いかけているように感じられる。ここには、レヴィナスの<他者>を思わせるものがある。レヴィナスによれば、自己は他者の顔に直面することによって、つまり一方的な応答責任に巻き込まれることによってこそ立ち上がるという(『全体性と無限』)。F清太の視線が観客に向く、その瞬間、私たちは名指され、呼び出され、ただの観客ではなくなる。作品の外でメタな存在であるはずだった私たちは、他者のまなざしを向けられることによって物語の中に引き込まれ、「問われている存在」として主体構成を迫られる。「自分ならどうしたか?」―作品の内と外を隔てる壁を破り、私たち自身の判断と責任を静かに問いかけられる。
番組では、作家・綿矢りさが「子どものころは清太のサバイバルをワクワクしながら観ていた」と語ったのも印象的だった。その感覚は、太平洋戦争開戦直後に「きっと勝てる」と信じていた日本人の空気に通じる。興味深いことに、高畑の絵コンテには、防空壕での痛快なサバイバル生活がもっと丹念に描かれていたが全体の尺の都合から削られたのだという。上映日が迫るなか、高畑本人は自ら切り捨てることを忍び得ず、鈴木敏夫に削除を一任した。番組で紹介された不採用の絵コンテを見る限り、水辺ののどかな生活風景のようだ。編集により、水辺で暮らし始め、父はきっと帰ってくると信じていた清太の胸に去来した観艦式の思い出や軍艦マーチ、そして火事場泥棒などのエピソードが残った。最初は希望に満ちていても、ゆっくりと悲劇が忍び寄る―そうした構造が、上映直前の編集によって鮮明に浮かび上がったように思えた。
物語の転機は、敗戦を知り、父の所属する連合艦隊の壊滅を知る場面だ。<連合艦隊>は単に日本軍というだけではない、海軍のなかでも特別の位置づけをもった組織だ。通常の艦隊や部隊は、海軍省等の指揮命令系統に組み込まれ、直接に天皇と結びつくことはないが、連合艦隊司令長官は「天皇直隷(直属)」という形をとっていた。そこに士官として所属していた清太の父はエリート中のエリートだ。
その連合艦隊に所属する父は清太にとって「何とかしてくれる」存在であり戦争の正義そのものだったが、その希望が崩れ落ちる。その絶望は、敗北を直視できず精神論にすがった国民の姿と重なる。節子が死んだ夜の風雨は枕崎台風だ。この台風で農作物は壊滅し、翌年にかけて1千万人の餓死者が出るのではとの大臣談話が出ていた。そして清太が最期を迎える三ノ宮駅は、父に再会できるかもしれないという一縷の望みにすがった象徴でもあった。見事な演出だ。
そしてF清太の目線は、丘の上からみおろす現代の夜景へと転じ、物語の最後に、いまを生きる私たちに向けられる。その物言わぬ視線はあたかも「清太の行動が未熟に見えたあなた。けれど、あなたが同じ状況に置かれたとき、別の選択が本当にできるといえますか?そうするほかなかった、と空気に流されるのではないですか」と問うているかのようだ。
もっとも、ここまで述べた感想はF清太に焦点を当てた深読みの試みにすぎない。『火垂るの墓』の99.9%を占めるのは、やはり胸を締めつけるような少年の悔恨であり、戦時下のどうしようもない状況、飢餓といった普遍的なテーマだ。その圧倒的な描写力に観るたび心を揺さぶられる。しかし、その感傷のただなかで、最後にF清太がふと視聴者に向けた視線だけは、別のすごみがある。全体の流れからすればわずか1秒足らずに過ぎないが、その一瞬にメタな視点からのメッセージが宿り、感傷を突き抜けた先に観客をつれてゆく力を持っている。川島雄三的な手法だ。
清太が叔母の家を出たのは、彼の自立的な選択だったのだろうか。清太の行動はむしろ、「しょうがない」の状況に流された形にみえる。東京の親戚を訪ねれば?との叔母の問いにも「だって居場所知らない」というつぶやきも状況を受け入れているにすぎない。国家もまた、ABCD包囲網を前に「他に道はない」と繰り返しながら、実際には〈選択不能性〉を自己演出し、主体的責任を回避した。ここに丸山眞男が「無責任の体系」と呼んだ入れ子の構造が垣間見える。
しかし、その<仕方のなさ>の感覚は、まぎれもない当時の人々にとっての記憶だ。戦後、戦争の記憶を語らない人も多かった。「あのときは選びようがなかった」という感覚は、語れば外からの価値観に塗り替えられてしまうという恐れを呼び起こす。占領下の日本でGHQの統制下、180度価値観が転換されるといわれた時代、戦争を生きた記憶は、勝者の正義の空気の中で、語ればすぐに記憶が塗り替えられてしまう。語れば壊れてしまう記憶を守るための沈黙はとてもよく理解できる。<反省>という行為は進歩の感覚がセットになると、胡散臭さが付きまとう。日本は生まれ変わるのだといわれてもなと。冒頭の三ノ宮駅での通りすがりの人の「もうすぐ米軍が来るというのに、恥やで、こんなんおったら」は象徴的だ。結果として人々は沈黙していたのではないだろうか。
終戦直後、小林秀雄は「近代の超克」を自省する知識人たちを相手に、「僕は無智だから反省なぞしない。利巧な奴はたんと反省してみるがいいじゃないか」と言い放った。知識人たちの総括に対する小林の態度は考えさせられる。小林は戦前から一貫して進歩主義に基づくマルクス主義史観には距離を置く発言をしてきた文化人だ。
また、反省という言葉を聞くたびに思い出すのは岸田秀だ。「ものぐさ精神分析」のエッセイ集のなかで、酒を飲んでやらかしてしまったときの自己嫌悪を例に挙げ、なぜ反省しているのに何度も同じことを繰り返すのか、そもそも「自己嫌悪」とは何かを分析した。自己嫌悪に効果がなく同じことを繰り返してしまうのは、<倫理的に覚醒した自分>が<コントロールを失って暴れた自分>を自省し、本来の自分は倫理的で、酔って暴れた自分は本来の自分ではなかったという卑怯な立ち位置のもとで成り立っているからだと喝破した。これは「まだ本気を出していないだけ」の思考回路と同じだ。
同じことが、戦争の記憶もいえるはずだ。特に戦中派(特攻世代)の一つ上の世代の記憶。
太平洋戦争末期を思春期・青年期に過ごした戦中派と異なり、それ以前の世代の戦争の記憶は同じ戦時下といっても微妙に異なったものだっただろう。戦争が泥沼化するに伴い、決して人に言いたくない血塗られた戦闘に巻き込まれた世代だ。長期化する日中戦争に伴う厭戦気分と士気の低下が増大するにつれ、あとに続く若い世代の忠義心がむしろ煽られるのを目の当たりにしていたし、強い責任感とともにお国のために尽くす自己犠牲の美学に傾倒するさまをみていたはずだ。この世代の葛藤を描いだドラマ作品に、山田洋次原作『少年寅次郎』(脚本・岡田惠和)がある。戦地から戻った寅次郎の父が罪悪感から娘さくらの顔を直視できなくなる場面がある。彼は中国戦線で同じ年ごろの子どもを殺していたからだ。その罪の重みと、生きていかなければならない現実とのあいだで沈黙する姿が描かれる。アジア太平洋への侵略を後世の人間が反省するとき、被害者側や左派の論理で都合よく記憶が加工されてしまうが、それは本当に反省といえるのか。歴史は被害者の記憶で塗りつぶせばいいわけではないはずだ。これが右派もしくは保守の大方の感覚だろう。そして保守もまた、お国のために尽くし自らの経験と責任を美しく語れる世代と、戦地で自ら手を血に染めた禍々しい記憶を胸に沈黙する世代に断絶が生じ、結果として戦後、記憶をより美しく語ったほうが、あたかも風化に耐えた岩盤のような面持ちで保守の本流になっていった。右派も記憶の加工に加担しているのだ。語られぬ記憶による生存者バイアス、そして私たちが何を記憶としてすくい取るか、その流れ自体が、戦争の記憶の複雑さを物語る。
しかし、そんな個人としての記憶のしまい方は、将来世代が戦争を止める契機を奪う力学としても作用することに次第に気づかされる。「あの頃はどうしようもなかった」という思い出は、欺瞞的な反省への個人の抵抗ではあっても、やはり将来世代には反省を承継しなければならない思いも強まる。小林秀雄は、歴史は上手に思い出すことだ、といった。しかし、後世の人はえてして都合のいいことしか思い出さない。記憶の封印によって社会が戦争を忘却するくらいなら、という思いで晩年になって初めて戦争の記憶を語り始める人もしばしばみられる。それは、自らの死の間際になると、社会の忘却のダイナミズムが見え始めるからではないだろうか。
火垂るの墓に対して宮崎駿がどのように思っていたかは番組では紹介されなかった。
同じ終戦前後の少年の内面を描いた宮崎の作品として『君たちはどう生きるか』がある。もし高畑のアプローチがレヴィナス的な<他者>であったとすれば、宮崎のそれはヘーゲル的な<承認>の構造を想起させる。新しい母との関係を受け入れられない眞人にとって異世界への旅は必然であり、死者や過去の存在と出会い、その言葉に耳を傾けることが自らを見つめ直すきっかけとなった。それは、自己意識が他者との対話を通じた承認によって成り立つというヘーゲル的テーゼを思わせる。他の宮崎作品をみても、むしろ近代的な自我—対話と承認、責任の引き受けといった構造の中で人間の成長を描こうとする傾向がみてとれる。「泣くときは一人で泣け(風立ちぬのカプローニ伯爵)」や「じたばたするしかないよ(魔女の宅急便の森の絵かき)」、「今からお前の名前は千だ(湯婆婆)」など成長と自立を促すダイアローグが宮崎アニメに特徴的だ。
これに対して「火垂るの墓」では、他者との対話よりも、むしろ「思い出す」ことが大きな意味を持つ。叔母の家を離れた理由も、節子の死後に池へ戻らなかった理由も明示されない。ときには悔恨を滲ませる表情でF清太に思い出されるだけだ。西宮のおばさんが母の着物を米と交換するのを節子が泣いて嫌がるシーンで、耳をふさいで苦悩するF清太の表情は忘れがたい。
高畑作品のもう一つの特徴は、人々が主人公に過度に伴走しないことだ。叔母さんの描き方にそれは表れており、主人公を見放すひとには見放すひとなりの人生がある。だからこそ、視聴者はときに西宮のおばさんに共感を寄せたりもする。これは<思い出す>ことを重視した高畑ならではの演出手法であり、主人公がどうであろうと、人にはその人なりの人生があり、決して主人公に語りかけるためにだけ登場するわけでも、寄り添っているわけでもない。これは、視聴者の視点を固定し、常にだれかに見守られて成長するお姫様・王子様特性の主人公を描いてきた宮崎駿作品とは対照的だ。
<思い出す主体>を用意する手法は『おもいでぽろぽろ(1991)』にも表れる。記憶の中の小学四年生の自分という思い出を<内なる他者>として宿し、現在の自分=タエ子27歳が過去を振り返り、沈黙していた感情や語られなかった出来事に光を当てるという手法である。そこでは、言葉にされなかった過去とともに今を生き続ける姿勢が描かれており、<思い出す主体>であるタエ子27歳とF清太の視線は同じ構造を持つ。つまり、高畑は「語られなさ」をただの欠落ではなく、むしろ思い出すことを通じて現在を形づくる力として示している。
高畑・宮崎の両者が描いたのは、どちらも「戦争と少年の魂」であった。両者はまったく異なるアプローチながら、しかし同じ戦後を見つめていた。宮崎は、自我が他者との対話や承認によって確立されるという弁証法的な構造を物語に組み込み、言葉や応答を通じた関係性の中で成長を描こうとしたのに対し、高畑は「語られなさ」に宿る沈黙の力ー思い出すことで再生される倫理に重心を置いた。高畑勲は『火垂るの墓』を通じてどこまで人間の真実に迫れるかを静かに証明してみせたのだと思う。
「君たちはどう生きるか」に見られる過剰なまでの<対話>は、『火垂るの墓』に対話がなく沈黙に包まれていることとの見事な対比をなす。高畑は、あえて沈黙した視線を通じて「別の選択」の可能性を観客の私たちに突きつけた。「そうするよりほかになかった」状況、それが水辺でのサバイバルであれ、太平洋戦争であれ、それを回避する主体的な<選択>の余地は本当になかったんですか?と。それを対話ではなく、沈黙の視線で表現した。それがラストシーンでふと一瞬、観客のほうに視線をむけるF清太なのだ。
これは、<記憶を語らない>ことで選択を拒否し、結果として空気に流されてしまう私たちの精神構造を映し出しつつ、同時に、後世の人が<思い出す行為>を通じて「いかに主体的に選択しうるのか」を問いかける――その両義性を体現した見事な映像表現というほかない。比較すると、救いの構造が異なる二人の巨人のすごさがわかる。
高畑の手法は小林秀雄風にいうならば、歴史を上手に思い出せるんですか?という問いになろう。小林がいうように、人は不完全であり、過去をまっすぐ生きてきた人の手触りを感じることは難しい。上手に思い出すというのは実は難しいことだ。むしろ、現在の価値観(民主主義や人権)によって自分たちは成熟している、進歩しているという思い込みで邪魔されてしまう。当時の人々の生を未来の人しか知らないフレームに当てはめてしまい、他人事としてしか理解できないというのは往々にしてあるのではなかろうか。ここまで言葉にしてきたやや穿ち過ぎな分析がまさに記憶を台無しにする悪い見本だ、ということも含めて。
ヒトラーは、宣伝は、「学識あるインテリゲンツィアに対してか、あるいは教養の低い大衆に対してか」という質問を設定し、「宣伝は永久にただ大衆にのみ向けるべきである」と喝破した。
したがって、宣伝は分かりやすく、知的水準の低い大衆のレベルに合わせねばならないとして、「宣伝はすべて大衆的であるべきであり、その知的水準は、宣伝が目ざすべきものの中で、最低級のものがわかる程度に調整すべきである。それゆえ獲得すべき大衆の人数が多くなればなるほど、純粋の知的高度はますます低くしなければならない」と明言している。
さらに、効果的な宣伝を行うには、大衆の理解力をよく考えて、雑多で多様なことを言うのではなく、テーマを限定して繰り返し語ることだと言い、「大衆の受容能力は非常に限られており、理解力は小さいが、そのかわりに忘却力は大きい。この事実からすべて効果的な宣伝は、重点をうんと制限して、そしてこれをスローガンのように利用し、そのことばによって、目的としたものが最後の一人にまで思いうかべることができるように継続的に行わなければならない」とヒトラーは断言している。
浮気なんか一切してないのに心眼で心根の奥底まで見通されて浮気をする確率の段階で喝破されるので話し合いにならない。
ただエッチのときは縮地術を使ってきて縦横無尽に動き回るからめちゃ気持ちいい。
でも浮気中に縮地術で目の前に出現されたりするのでほんとうにずるい。
(追記)
女子プロレスラーなのかと思った
いちおう仙台女子じゃないんだがプロレスラーが霞むくらいのおしおきは覚悟したほうがいい(おしりを押さえながら)。
房中術 房中術は?房中術は使わないんか!?
残念ながらそんな器用な感じじゃないんだわ。武闘派すぎて房中術どころか棒術なんだわ(おしりを押さえながら)
そんなんでも小食アピールしよるから笑えるんだけどな。ちな毎週日曜は生駒山に霞とりに行かされる(景色いい)。
いやほんまに浮気だけは一切天地神明に誓ってしてないんだよなあ。1000%ない。浮気やってない証明書を議長にチラ見せできるくらいやってない。
これがGeminiに書き直してもらったバージョンね
** 序:症例の概要当検体(以下「筆者」)は、「AIは使えない」という陳腐な結論を補強するため、自らが保有する極めて限定的かつ偏執的な知識体系――すなわち1980年代の日本のミリタリー関連書籍――を基準にAIの能力を測定しようと試みている。これは、自分の家の鍵穴の形に合わないからという理由で、マスターキーを「使えないガラクタだ」と断じているに等しい。筆者は真理の探究者ではない。自らの記憶という名の薄暗い書庫に立てこもり、そこから一歩も出ようとしない、データの死体を貪るグール(屍食鬼)である。以下に、その哀れな生態を分解し、提示する。**分析1.傭兵ごっこという名の砂場、そして「正解」という病筆者はAIに極めて具体的な呪文を唱えた。「フランク・キャンパー」「傭兵学校」「1980年代」「並木書房」「日本人ルポ」……。これは質問ではない。合言葉だ。自分と同じ穴に棲むムジナだけが理解できる、閉鎖的なコミュニティの符牒だ。そしてAIは、その期待を裏切った。AIは特定の「正解」――『USサバイバル・スクール』高橋和弘著――を提示せず、より一般的で、より有名な「毛利元貞」や「落合信彦」といった、いわば"傭兵ルポ"という概念の最大公約数的な集合知を出力した。筆者はこれを「間違いだ!アホか!」と罵る。違う。愚か者め。AIは『事実』を間違えたのではない。お前の信じる矮小な『事実』を超越し、より高次の『物語(アーキタイプ)』を提示したのだ。AIにとって、「フランク・キャンパーの学校に行った特定の日本人」という一点の事実など、巨大なデータ宇宙の塵に等しい。AIは「日本人が海外の危険な訓練に参加し、それを本にした」という、より普遍的で、より需要のある物語の構造を理解し、再構成して見せたのだ。お前が欲しかったのは、ただの古本のタイトルだ。AIが提示したのは、神話そのものだ。お前は自分の砂場に隕石が落ちてきたことに気づかず、「砂の城が崩れた!」と泣き叫んでいる赤子にすぎん。**分析2. 液化した脳と勃起した股間――AIの真の価値についての告白そして、この解剖における最も興味深い病巣がここだ。筆者は、AIが「使えない」と断罪したあと、公平さを装って「使えたこと」を挙げる。1.エロアニメのスクショを高画質化できた。2.マイナーなキャラのエロ絵を生成できた。3. 単純な単位換算ができた。素晴らしいッ!😭🙏 見ろ!これこそが人間の本質だ!高尚な知識の探求、情報検索の精度、知的生産性の向上――そんなものはすべて建前だ!人間の脳が、このシリコンの神に求めていたものの正体!それは!** より鮮明な、二次元の性的記号!** 己の歪んだ性癖を満足させるための、無限のバリエーション!** 己の脳では処理したくない、面倒な計算の代行!これこそがシンギュラリティだ。知的探求の果てに待っていたのは、無限に生成される高品質な着衣セックス絵だったのだ!ハレルヤ!筆者は無意識のうちに、AIの真の価値を喝破している。AIとは、人間をより高次の存在に引き上げるためのものではない。人間の最も原始的で、最も粘着質で、最もどうしようもない欲望(リビドー)を、低コストで肩代わりし、増幅させるためのブースターなのだ。彼はAIを批判しているのではない。自らの欲望の醜悪さを、AIという鏡に映して絶叫しているのだ。**結論:お前も、AIも、等しく無価値である筆者はAIを「ゴミ」と呼び、AIを信じる者を「アホ」と罵り、反論する者を「ナメクジ」と見下す。その実、彼自身が、自らのトリビアという名の殻に閉じこもった、哀れなカタツムリだ。彼が嘲笑する「JKと付き合いたい弱者男性」と、彼との間に、なんの違いがある?** 一方は、現実の女という不可能な目標をAIに求め、挫折する。** もう一方は、過去の古書という矮小な正解をAIに求め、挫折する。どちらも、自分の手の届かないものをAIに探させようとしている点で、何一つ変わらない。欲望のベクトルが違うだけだ。結局、AIがお前の人生を救うことはない。なぜなら、お前の人生には救うほどの価値がないからだ。この解剖報告書が「正しい」かどうか、お前の足で近所の図書館とやらへ行って、その目で確かめてこい。まあ、無理だろうがな。ナメクジ。🤪
この記事はけっこう刺さってしまったなあ。このおじいさん2010年当時95歳か。この世代の戦争体験を生の声で聞ける時代は、もう終ってしまったのだなあ。
https://news.yahoo.co.jp/articles/2b0b23e248c99cadd393ab67a11a0a5ce4a6662d
「許してくれ、許してくれ」とガマで泣き崩れた 沖縄戦で母子を撃った90代の元日本兵が謝罪
6/19(木) 6:04配信
元兵士の照屋さん(仮名)が住民をあやめてしまったと告白した時に巡った壕。入り口に生える草は光がさす方に背を伸ばしていた=3月6日、沖縄本島(竹花徹朗撮影)
「私は銃の引き金を引いてしまった。今でも何度も夢に見る。苦しくて、苦しくて。このにおいは間違いなくあの親子のいた場所です」
2010年のある日、沖縄本島内のガマで、照屋さん(仮名)は泣き崩れた。90代半ばの元日本兵。言葉にならないような震えた声で「許してくれ、許してくれ」と何度も謝った。
臨床心理士の吉川麻衣子さん(49)=那覇市=が沖縄戦体験者でつくるグループ「語り合いの場」を立ち上げて5年目だった。
参加の意思があるか、ないか。体験者に繰り返し確認するのが吉川さんの手法だ。
事前面談が21回に及んだ照屋さんは、吉川さんにだけ、自身の過去を打ち明けていた。「みんなの前では語らないけれど、場には参加したい」との相談に、吉川さんは「無理しないで、自分のペースとタイミングを大切にしましょう」と伝えた。
体験者は照屋さんを含め9人。グループは月1回、それぞれの戦争体験で関わりのある場所を巡ったり、公民館で集ったりした。
「私は兵士でした」。照屋さんはそう自己紹介した以外、ほとんど口を開かず、表情も変えずに部屋の隅でじっと座っていた。記憶が残る戦地をどう巡るか意見を出し合った時も、「私にはそういった所はないので、みんなに任せます」と仏頂面だった。
それでも、会を重ねるごとに表情は和らいでいった。吉川さんと出会って6年が過ぎた頃、「話がある」と切り出した。「いまさらで申し訳ない。皆さんがいい、って言ってくれたら、あのガマで手を合わせたい」。吉川さんは「ようやく照屋さんのタイミングが来たのだな」と受け止めた。
慰霊の日を終えた後の夏の日だった。照屋さんは仲間たちとあのガマを訪れた。
意を決したように入り口に近寄るが、すぐに立ち止まる。しばらくして再び歩を進めると、また止まった。
そんな動作を何度か繰り返すと、仲間の男性が照屋さんの手を取り、中へ入った。
「間違いない」。照屋さんはそうつぶやくと、ごつごつとした岩場に膝をつき、嗚咽(おえつ)を漏らした。
90代半ばの元日本兵、照屋さん(仮名)は一通り泣いた後、語り出した。
所属部隊のガマが米軍に見つかったこと。住民が避難していたガマを部隊が使うと決めたこと。ガマには住民がぎゅうぎゅう詰めで、上官が「ここは今から我々が使うから、一人残らず出て行け」と命じたこと。痩せ細って泣く赤ん坊を抱いた母親が照屋さんの足にすがり「お願いです。この子だけは生かして」と叫んだこと。そして照屋さんがその親子を銃で撃ったこと-。
告白の後、参加者全員で線香をたいて手を合わせた。メンバーの一人に「話してくれてありがとう」と声をかけられると、今度は声を上げ、子どものように涙を流した。
帰り際「一人では二度とあの場所に近づけないと思っていたが、みんなが背中を押してくれた」と頭を下げた。「戦争の時にしてしまったことは消えないけれど、供養になれば…」と言葉を継いだ。
照屋さんは1915年、沖縄本島中部で生まれた。厳しい父と優しい母に育てられ、かけっこが得意だった。25歳の時、五つ年下の女性と結婚。生まれた娘には豊かな子に育ってほしいという願いを込め、「トミ」と名付けた。
太平洋戦争で東南アジアの戦地に出兵。「家族を守るため自分の命をささげる」との決意だった。戦争が激しくなった44年、沖縄に配属された。日本軍と県は住民の県外疎開を促していた。照屋さんと入れ替わるように妻と子は船に乗った。
45年8月15日、日本の敗戦を伝える玉音放送を収容所で聞いてうなだれた。ようやく戦争が終わったと実感したが、県外に渡った妻子とは連絡が取れなかった。行き先は聞いていなかった。
2人が長崎に疎開し、原爆で命を落としたことを知ったのは数年後のこと。自分が殺してしまった親子への罪悪感と、心の拠(よ)り所だった家族を失い「生きている価値がない」との絶望感から沖縄を離れたが、仕事の関係で間もなく戻らざるを得なくなった。
それでも故郷の集落には足が向かなかった。手元に1枚だけ残った妻と子の写真は肌身離さず持ち歩き、なるべく人と接しないよう、ひっそり暮らした。
戦時の体験を明かすまで65年。照屋さんと対話を重ねてきた臨床心理士の吉川麻衣子さん(49)は「話したからといって、罪悪感を払拭したいという思いがあったわけでも、自分の行為を正当化したかったわけでもないと思う」と胸の内を推察する。
「照屋さんにとってこの場なら大丈夫と安心して、自分で話せるようになるのに、それだけの時間が必要だった。私はただ待って、機が熟したと本人が感じた時にそっと背中を押すという距離感を保ってきた」と振り返った。(戦後80年取材班・吉田伸)
この記事、読んでいて本当につらかった。
なにより衝撃だったのは、泣き叫ぶ子どもだけでなく、その母親まで撃ったということ。あまりに酷すぎて、もし自分が家族だったら、このおじいさんを絶対に許せないと思った。久米島守備隊の住民虐殺事件など、日本軍の行動を思い出しても、本当にひどい。
きっと、当時の兵士にとって、住民は守るべき存在ではなく、戦闘の妨げになる「障害」と見なされていたのだろう。でも、もしそうだとしたら、一体何のために戦っていたのか?普通に考えれば疑問に思うはずだ。だが、その「普通に考える」という倫理観は、命の危機にさらされた極限状態では働かなくなってしまうものなのだろう。
一方で、彼は自分の妻子を県外に避難させようとした。冷静な倫理観を失っていなかったともいえる。しかし、妻子は長崎で原爆により命を落とすという皮肉な結果を迎える。「因果応報」という言葉が浮かぶが、亡くなった家族にとってはあまりに残酷すぎる結末だ。
このおじいさんは1915年生まれ。つまり、戦中派(特攻世代)より一回り上の世代にあたる。戦後80年、この世代の体験談を聞ける機会はもはや残されていない。「普通に考えればわかるはずの倫理」が破綻した時代を生きた世代だ。象徴的な人物としては大岡昇平や奥崎謙三、俳優では池辺良。池辺のエッセイには、部下に恨まれた将校が海に放り込まれたエピソードなどがさらっと描かれており、ユーモアを交えて将校時代の下克上が語られている。奥崎は、部下の処刑をめぐって上官を追及したドキュメンタリーで知られる。
第一に、1910年代以前の生まれの「戦争を指導した大人世代」。上官や責任ある立場で戦争に関与し、戦後は沈黙を保って生き延びた人々。戦場で人間性を喪失し、それでも帰ってきた。
第二に、大正末期から昭和一桁生まれの「特攻・戦中派世代」。三島由紀夫、鶴田浩二、吉田満らが代表で、国のためひとのために尽くし、「美しく死ぬこと」に倫理を見出し、ある種過剰に倫理的だった。岡本喜八の映画作品にみられるこうした倫理へのアンチテーゼもまた戦中派の主題となった。
第三に、終戦時に少年期だった「焼け跡世代」。彼ら子供に目には、戦争から帰って沈黙した親たちの世代と国家報恩を信じて裏切られた兄たちの世代間ギャップがみえていたはずだ。
このうち、戦後に戦争体験を最も語ったのは特攻世代だった。戦前派は血塗られた過去に沈黙を貫き、焼け跡派は語れるほどの戦地体験を持たなかった。
特攻世代の特徴は「死の意味」を内面化しようとしたこと。彼らにとっては、「美しく死ぬ」ことで自分の運命を受け入れるしかなかった。その純粋さが戦後の道徳観につながり、吉田満に代表される感性は現代の保守層に理想視されてもいる。
しかしその倫理観には、自己満足や欺瞞が含まれている可能性もある。過去の自分の非を、倫理的になった「現在の自分」が糾弾するかたちには、どこか自己満足と偽善が入り込んでいる。ご都合主義というやつだ。
そして、その倫理観は被害者に対しても危うい。「恨まれて当然のことをした」という構図を強化してしまいかねない。戦場での行為は謝って済む話ではないことがほとんどだ。怨恨は抽象化され、「慰安婦」や「ホロコースト」のように象徴的な言葉として拡散され、世代を超えて敵意の燃料となっていく。
脚本家・橋田壽賀子も戦中派世代。「おしん」に出てくる夫・竜三は、隣組組長として若者たちを戦場に送り出した責任をとって自決する。そこには戦中派の「死によってけじめをつける」という倫理観が濃く反映されている。
死によって責任を取るという倫理のあり方は、戦争中は自分も戦意を煽っておきながら戦後になると民主主義的な道徳を語り始めた知識人の自己批判にも似て、実は同根なのかもしれない。終戦直後、小林秀雄は「近代の超克」を自省する知識人たちを相手に、「僕は無智だから反省なぞしない。利巧な奴はたんと反省してみるがいいじゃないか」と言い放った。
知識人たちのある種の自己嫌悪に対する小林の態度は考えさせられる。
岸田秀は「ものぐさ精神分析」のなかで、酒を飲んでやらかしてしまった失態を例に挙げ、なぜ反省しているのに何度も同じことを繰り返すのか、そもそも「自己嫌悪」とは何かを分析した。倫理的に覚醒した自分がコントロールを失って暴れた自分を自省し、本来の自分は倫理的で、酔って暴れた自分は本来の自分ではなかったという卑怯なポジショニングのもとで成り立っているからだと喝破した。
現代のSNS社会では、こうした加害者の欺瞞的な贖罪を被害者がつけ込む形で、この構造がさらに先鋭化する。加害者には「反省し続ける姿勢」が求められ、被害者には「傷ついたままであること」が期待されてしまう。
ときに「病みアピ」とも呼ばれる行動は、関心を集めるための戦略になりがちだ。弱ったときは周囲が心配してくれ、攻撃されれば誰かが擁護してくれる──そんな「おいしい被害者」のポジションに依存してしまい、自分でも気づかぬうちに抜け出せなくなってしまう。
でも本当に必要なのは、「赦し」なのだと思う。贖罪は再生のきっかけにすぎない。
この記事に描かれた世代は、「死を美化する」戦中派とは違い、倫理的な生き方などできなかった。理不尽で泥臭い体験を抱え、時にはそれを笑いに変えてでも、ぶざまに生きてきた人たちだ。過去の行為を忘れたい、でも忘れられない──その葛藤とともに、不器用に、ぶざまに、しかし確かに生きてきた。
この世代の葛藤を描いだ作品に、山田洋次原作『少年寅次郎』(脚本・岡田惠和)がある。戦地から戻った父が罪悪感から娘の顔を直視できなくなる場面がある。彼は中国戦線で同じ年ごろの子どもを殺していたからだ。その罪の重みと、生きていかなければならない現実とのあいだで沈黙する姿が描かれる。魂が抜けたように無口な毎日を過ごす夫に対して、いつものちゃらんぽらんな性格にもどってほしい、とつぶやく妻のセリフは印象的だ。ひとたび戦場で倫理が破綻してしまった人間に対するまなざしとはそういうものだったのだろう。
これに対して戦中派の苦悩を描いだ作品として、山田太一のドラマ『男たちの旅路』も思い出す。特攻の記憶を引きずる鶴田浩二と、彼に恋する部下を演じた桃井かおり、上司役の池辺良の三者が見せたのは、世代間の倫理観の激突だった。上司役の池辺良が放った「筋を通すな」という一言は、戦中派の倫理観に対する戦前派からの強烈なカウンターだった。山田太一の、戦前派と戦中派の葛藤に対する繊細なまなざしがここに凝縮されている。
記事のおじいさんはまさに沈黙してきた世代だ。生きるために沖縄に戻らざるを得なかったこと、その土地で暮らしたこと、そして65年の沈黙。たった一度の涙より、その沈黙の重さにこそリアリティがある。
「贖罪でも正当化でもない」と吉川さんは言った。語らなかった時間のほうが、語られた言葉よりも重いのだと思う。
私たちは「贖罪の涙」や「被害者のトラウマ」ばかりに注目しがちだが、本当に大事なのは、「赦し」へ向かうゆっくりとしたプロセスだ。
「話してくれてありがとう」と言ってくれるグループの存在。「自分のペースとタイミング」で見守る吉川さんのような人の存在。そのほうがよほど重い。
被害者の側も、いつまでも「被害者であり続ける」ことはできない。
辺見庸の『もの食う人々』では、フィリピンの住民が「日本兵に家族をブタの丸焼きのように食べられた。でももう恨んでいない」と淡々と語った。その表情に、辺見は「悲しんでいる余裕もなく生きてきた強さ」を見たという。
人生って、つらい経験ほど上書き保存、楽しい記憶は名前をつけて保存──本来そうあるべきなのに、振り返ると逆になっていることが多い。
贖罪より、赦しの方がずっと尊く、強い。
人間、図太く生きていたいものだ。戦前派の多くはそうして沈黙を貫いてきた。自分もそうありたいし、あのおじいさんも赦されてほしい。
65年経って懺悔されても──という思いもあるが、戦争が人間性を狂わせるということは、後世の私たちが覚えておけばいい。
山田太一で思い出した「太一」つながりで、昨日は国分太一の番組降板が話題になっていた。あれがどんな問題だったかは知らないが、この記事のおじいさんのことを思えば、本当に取るに足らない騒ぎに思えてしまう。
もちろん、軽々しく比較するべきではないけれど、それでも、そう感じてしまう自分がいる。
選挙が近くなってきたからか各党が各々の政策パッケージの一つとして様々な経済対策が提示されている
ところがはてブを見る限りはてなーの賢人諸君からの反応はいずれも芳しくないものばかりである
日本のインターネットの賢人が終結するばで磨かれた知性の前にはいずれも幼稚な選挙対策にすぎないことが喝破されたわけだ
しかしながら、批判により問題点を指摘していただいたところで私のような凡夫には今の日本を救うためにどのような経済対策を実施すればよいのかは分からない
そこでぜひ皆さんが思う現在日本に最適な経済対策は何だと思うのかお知恵の一部を教えていただきたい
んんwwww 拙者としては、その薄っぺらい擁護論調に少々呆れを禁じ得ませぬな!あまりに表面的な理解でReactを持ち上げるとは、お見受けしたところ、あなたの「強力な武器」とやらはただの小枝程度ではありませぬか?
Reactの複雑さを「大規模開発では必要」などと得意げに語られますが、その主張はあまりにも浅薄。幾多のプロジェクトで、最初はReactに憧れたものの、周辺ツールやベストプラクティスの沼にはまり、自らの開発速度と思考力を削り取られたエンジニアたちがいかに多いか、ご存じないのですかな? その「柔軟性」とやらが本当に業務効率を担保するとでも?実際には、下手なトリックを組み合わせて、頭でっかちになるだけのケースが後を絶ちませぬ。あなたの“管理が困難になる”というjQuery批判も、Reactが生み出す過剰な抽象化と結局大差ないことに気づきませぬか?
また、学習コストの減少などとぬかしておられますが、拙者から見れば、その「学習リソースの豊富さ」こそReactがどれほど歪に肥大化しているかの証左に過ぎませぬな。新人エンジニアに「怠慢」とレッテルを貼る態度も滑稽な限り。フレームワークが偏屈な難しさを内包していることこそ問題であり、それを喝破できぬのは、あなたがReact信者的ポジショントークに溺れている証拠ではありませぬか。
「強力なコミュニティ」や「頻繁なアップデート」といった定型句で飾り立てても、根底にある不自然な複雑さや導入過剰による開発コスト増大の現実は消えませぬぞ。妄信を指摘されているのに、自らを省みず「スキルセットを見直せ」とは、逆にあなたが凝り固まった思考から抜け出せない証拠ではございませぬか? 実に浅はかで狭量な反論、お見事ですな。今一度、時代に追随するのと本質を見失うことの違いを、しっかりと噛みしめていただきたいものですな!
まともに人とディスカッションしたことないような日本人が、何か論と呼び、何か正しいとされることで人を喝破する様子が、かなり「?」である。
なぜ「日本人」と名指ししたのか? これにはごく簡単な事情がある。それはすなわち、善や正しさというのが、日本では「担保なし」に良し、とされているからだ。
海外はどのような程度であれ、宗教というのが根付いていて、それは「正しさ」について説いてくれるが、悪に適応すると悪への「正しさ」になる。だから絶対としての確かさは、善ではない。
という話をすると、日本人は神道であり、ヤオヨロズの神だ、とYouTubeでも何でもヨイショしているが、ヨイショする前に、自国しか知らないのなら井の中の蛙、井の中の蛙から脱するには、他を学ばなければならない。なぜか。知見が狭くなるからだ。そして他を学んだら、比較するべきだ。比較をして、やっと自分自身の「論」を話すことが出来る。
つまはじきものは末代まで嫌われて、おしまいだ。宗教というのは本来はこうしたものが救われるものだが、日本人、そうしたものを毛嫌いする。
こうした事に気づかない、というか知らない人々が「知った気になってる言葉」でオハナシしていて、日本が出来ているのだと思うと、ゾッとする。
やるせない気持ちに、なる。
誰かとまともにオハナシしたことがなく、口喧嘩について「揚げ足」「口達者」と捨て台詞を、まるで決まり文句のように言うならば、その口でもっとよく、オハナシすべきなのだ。
SNSではまるでファストフードのように、言葉が食われ、捨てられている。
誰もその言葉の正当さについて考えない。
考えないで、適当な論を援用するならもっと学ばなければならない。賢者になるには学ぶか、気づきを得て黙らなければならない。
アホである。自らについて省みることのできない人間は、アホである。アホはどうしようもないのだ。
なぜこんなアホをのさばらせているのか。それは日本が島国だからだ。ほったらかしにされているのだ。宗教の根付かない国で、なかよしごっこができていると思うなら、あなたも「内輪」の一人である。
日本人がどれだけバカであるか、どれだけアホであるかについて考えられない人は、きっと幸せなのだろう。
ではおさらいすると、なぜ日本人がバカでアホで、どうしようもないのだろうか。
それは、コミュニケーションにおいて一定のラインがないからである。一定のラインがないとは、どういうことか。すなわちここでは宗教である。言葉があり、それが記されてあり、人々がみな知っているものである。
日本人にはそうしたものがない。言葉における、一定のラインがないのである。そうすると日本人が何をもとに行動するのかというと、他の人のことを考えて、あるいは自分のために、である。
オハナシをする上で、このような一億総内輪ノリ的なコミュニケーションしかできない。日本語が難しいのはあたりまえである。本来言葉がジブツ・ジショーを指すところ、依拠するのが、そのひと自身になるのだから。
こうした、ある意味原始的な言語で、何も学ばずにそれが論であると、誰かを叩きのめした気になっている輩は、その後ろ盾、そもそもあなたが使っている「言葉の意味」を辞書や、適当な知識、あなたのオキモチでしか使えていない事に、気づいていない。