
はてなキーワード:問題児とは
オンライン英語コーチの黎明期から今までずっとやってきて思う。
サービスの母数が増えるとともに、受ける人の真剣度も変わってきたな、と…。
緊急性、重要度が高く、ある人は3カ月でTOEIC○点以上取らないと後がない、と言っていた。
50代後半の方で、当時のスコアから150点を上げなければならず、正直かなり厳しかったけど、本当に頑張ってギリギリクリアし、無事に希望通りの転職を果たされた。
コーチングサービスの母数が増えるということは、価格競争、そして価格破壊につながる。
そして、そのしわ寄せを真っ先に食うのが、従業員、つまり英語コーチ側。
逆にTOEIC750点以上で募集をかける「ビジネス英語コーチ」の求人を見た時は目を疑った。
舐めてんの?と。
TOEICが全てではないのは理解しているけど、TOEICの英語が分からないのにビジネス英語の指導は厳しいでしょ。
極端な話、高卒の先生に大学受験対策を受けたいと思う?という話。
一方で、私が知っている英語コーチは本当に仕事に熱心な人が多かった。
会社がそこまで求めていないはずなのに、完全に属人化されている。
そのコーチに当たった生徒はラッキーだけど、前任の都合で引き継いだ私、相当困ってます。
「前のコーチはしてくれたのに!」
英語コーチの悩みと言えば、待遇や報酬を除けば生徒対応が一番。
でも、残り1割が結構大変。
全く言うことを聞かない人。
これはまだマシな方。
何のためにこのサービスに申し込んだのか、本気で疑問。
メンヘラ気質で、学習報告という名の愚痴が毎日延々と続いた人。
最終的に「コーチは優しすぎます!解約します!」というクレーム。
もう敵わん。
顔が見えない女性コーチということで、勝手に美化されるケースもある。
彼氏かな?みたいな文面が来始めたので、50代で子供3人いると嘘をついたら、次の日から音信不通。
やたら要望が多い人もいる。
それはサービス外だと言っても「高い金払ってるんだぞ」。
うちはそこまでのサービスじゃないです。
ただ、こういう分かりやすい問題児は、会社に入ってもらってフェードアウトできる。
悪気がないのは分かる。
例えば、日程調整。
即レスできない人が本当に多い。
忙しいのは分かる。
ノーコメントで。
今、それ聞かなくてよくない?という質問を連打されると
「ドゥドゥドゥ!」と制したくなる。
まず単語覚えようね。
三つ目。
お礼がない人。
感謝されるためにやってないけど、その一言で救われることはある。
ありえないくらいスコアが伸びた人が、何も言わずに消えていった時は正直堪えた。
返ってきたのは
そこ???
悩んでるコーチ、きっと多いと思う。
今回は、そんな愚痴。
オンライン英語コーチの黎明期から今までずっとやってきて思う。
サービスの母数が増えるとともに、受ける人の真剣度も変わってきたな、と…。
緊急性、重要度が高く、ある人は3カ月でTOEIC○点以上取らないと後がない、と言っていた。
50代後半の方で、当時のスコアから150点を上げなければならず、正直かなり厳しかったけど、本当に頑張ってギリギリクリアし、無事に希望通りの転職を果たされた。
コーチングサービスの母数が増えるということは、価格競争、そして価格破壊につながる。
そして、そのしわ寄せを真っ先に食うのが、従業員、つまり英語コーチ側。
逆にTOEIC750点以上で募集をかける「ビジネス英語コーチ」の求人を見た時は目を疑った。
舐めてんの?と。
TOEICが全てではないのは理解しているけど、TOEICの英語が分からないのにビジネス英語の指導は厳しいでしょ。
極端な話、高卒の先生に大学受験対策を受けたいと思う?という話。
一方で、私が知っている英語コーチは本当に仕事に熱心な人が多かった。
会社がそこまで求めていないはずなのに、完全に属人化されている。
そのコーチに当たった生徒はラッキーだけど、前任の都合で引き継いだ私、相当困ってます。
「前のコーチはしてくれたのに!」
英語コーチの悩みと言えば、待遇や報酬を除けば生徒対応が一番。
でも、残り1割が結構大変。
全く言うことを聞かない人。
これはまだマシな方。
何のためにこのサービスに申し込んだのか、本気で疑問。
メンヘラ気質で、学習報告という名の愚痴が毎日延々と続いた人。
最終的に「コーチは優しすぎます!解約します!」というクレーム。
もう敵わん。
顔が見えない女性コーチということで、勝手に美化されるケースもある。
彼氏かな?みたいな文面が来始めたので、50代で子供3人いると嘘をついたら、次の日から音信不通。
やたら要望が多い人もいる。
それはサービス外だと言っても「高い金払ってるんだぞ」。
うちはそこまでのサービスじゃないです。
ただ、こういう分かりやすい問題児は、会社に入ってもらってフェードアウトできる。
悪気がないのは分かる。
例えば、日程調整。
即レスできない人が本当に多い。
忙しいのは分かる。
ノーコメントで。
今、それ聞かなくてよくない?という質問を連打されると
「ドゥドゥドゥ!」と制したくなる。
まず単語覚えようね。
三つ目。
お礼がない人。
感謝されるためにやってないけど、その一言で救われることはある。
ありえないくらいスコアが伸びた人が、何も言わずに消えていった時は正直堪えた。
返ってきたのは
そこ???
悩んでるコーチ、きっと多いと思う。
今回は、そんな愚痴。
父は瞬間湯沸かし器みたいな人で、些細なことですぐキレて手が出る。
私も物心ついた頃から殴られたり床に倒されて踏まれたりしていた。
父は人とのいざこざで殴ったり恫喝したりしたことを武勇伝としてずっと話していた。
小中学生のスポーツチームの指導なんかもやっていて、今だったら問題になるレベルの体罰の話も自慢げにしていた。
父の友人達もそれを持ち上げ、「さすがだなあ」「それが正しい」とかっこいいことであるかのように扱っていた。
私は幼少期から父から殴られ、暴力自慢話を聞き、周囲の反応を見ていたので、力で相手をねじ伏せることはかっこいいことで、ためらわないでよいことだと思い込んで育った。
それから色んなマンガで男よりケンカが強い女キャラを見てかっこいいと思い、ごくせんのドラマも流行っていたので「男を殴れて勝てる女はかっこいい」とどんどん思い込んでいった。
漫画やドラマでは「女を殴るなんてありえない」というシーンがあったりするので、女の子に暴力をふるおうとは思わず、男子とよく取っ組み合うようになった。なぜか女である自分が殴られることに抵抗はなかった。
取っ組み合いにきっかけや理由なんてない。小学生男子なんて暴れたい盛りだし、意味もなく突進してくるやつとか、私がすぐ手が出るのをわかっててからかいに来るやつが同級生にたくさんいて、私はいちいち応戦していた。
父は人を殴って相手の歯を折った時の傷が指に残っており、それを勲章のごとく自慢していたので、私は男がケンカで体や顔に傷をつけることはかっこいいことだと本気で思っており、男子と取っ組み合うと顔面にも容赦なく蹴りを入れたりしていた。
休み時間や放課後にはだいたい男子たちと暴れ、殴ったり殴られたりする毎日で、これが普通だった。ドッチボールとかサッカーとかで遊ぶのと同じ感覚でケンカして遊んでいた。
ある日の休み時間、いつも通りに男子たちと取っ組み合う中で1人の男子の頬に回し蹴りを入れた。結構なクリーンヒットだった気がする。
特に気にせず他の男子とさらに取っ組み合っていたら、数分後「何やってんの!!!」という担任の金切り声が響いた。
いつも「危ないよ!」くらいの注意しかしなかった担任だけどその日は様子が違った。
担任の横にさっき私が回し蹴りをくらわした子がいて、泣いているので「え、何?何?」と手を止めて近寄ると
「何じゃないよーーー!!もういやーーー!!!」と担任が泣き叫び、膝から崩れ落ちた。
それから校長室に呼ばれ校長に事情を話し、それぞれの保護者を待ち、帰った。
翌日登校したら担任に呼ばれ相談室のようなところで「これを読みなさい」と手紙のようなものを渡された。
私が回し蹴りした男子のお母さんが担任に宛てたもののようで、口内を切ったのと歯茎への衝撃?で出血が多かったがとりあえずは大けがではないこと、
大けがではなくてもどうしてうちの息子がこんな目に遭わなければならないのかということ、男の子相手ならやんちゃ同士で許せるかもしれなかったが女の子にやられたなんて信じられないということ、
担任は私が手紙を読んでいる間ずっと泣いており、その後数日学校に来た後は長期の休みに入ってしまった。
手紙に書かれていた通り、私の父親は件の当日に私を迎えに来たけど、担任から事の顛末を聞いたくらいで後は私に何も言ってこなかった。
怒るでもなく慰めるでもなく事情を聞くでもなく。ガストで夕飯を食べて帰った。その日も帰宅してから別件でキレられ、殴られた。
数日後、男女数人で公園で鬼ごっこか缶蹴りかをして遊んでたと思う。
1人の女子を後ろから手で目隠しし数を数えていたら、知らない女の人がすごい剣幕でやってきて「やめなさい!」と怒られた。
危ない遊びはやめて!こないだの〇〇くんの時もだけどあなたの暴力性は信じられない!あなたはおかしい!女の子にも乱暴する気!?
みたいなことを言われ、めちゃくちゃ怒られた。
私は知らない人だったけどたぶん同級生の母親とかだったんだと思う。私がクラスメイトにケガをさせたことを知っているようだった。
取っ組み合いのような遊び方よりははるかに優しい遊び方をしていたと思うんだけど、自分が少し相手に触れるような遊び方をしているだけで大人はこんなに取り乱すんだ、と少しショックだった。
危険人物である、悪である、と人に思われていることを急に自覚して、なんだかとんでもない気持ちになった。
今考えたら子どもを育てている親からすれば暴力的な子が自分の子の近くにいれば怖いし叱るべきなのはわかる。
どう考えてもあの頃の私はおかしかった。
それから私は取っ組み合いや殴り合いをやめて、普通の子どもになったと思う。(体育や休み時間にやるスポーツは派手にやっていたけど、普段の生活では大人しくなった)
腹が立つことや納得いかないことも話し合いでなるべく穏便に解決することを学んで、大声を出して主張する人や嫌なことがあると物にあたる人、手が出る人を見ると嫌だなあと思うようになった。
子どもながらに自分のしてきたことを棚に上げたり棚から下ろして飲み込んで吐きそうになったり、ぐるぐる悩みながら中学生になった。
小学校には私以外にも男勝りをアイデンティティーにしているような女子が数人いたけど、中学校にはボーイッシュな子はいてもそんな暴力的な子はいなかった。
制服のスカートのままで毎日男子とのケンカを楽しんでいる豪快な女子なんてマンガの世界にしかいなかった。
中学校までは同じ小学校出身も多かったが、高校はなるべく遠く、同じ小学校の人があまり受験しない学校を選んだ。
穏やかでにこやかに、口の悪いこともなるべく言わないように過ごし、友人も文化部や帰宅部の和やかな雰囲気の子が多かった。
父は相変わらずスポーツチームの指導に勤しみ、家にはたびたび非通知で電話がくるようになった。
「うちの子がそちらのコーチに殴られて倒れた後蹴られたそうですが」
「1人だけグラウンドを20周以上走らされ吐いたと聞いた。家に帰って来ても体調が戻らず、もうクラブの練習に行きたくないと言っている」
知らずに電話を取ってしまった時は人の憤りと恨みを直に感じてしまい1人で泣いた。
父はそもそも電話が鳴っても取らない。家主は家では自分の席から動かず、家族は家主が動かないでいいように働くべきだそうだ。
鳴る電話は父が暇で電話の一番近くにいても必ず誰かが取らされ、電話が取れなかった時ややむを得ず父が取った時などは殴られた。
偶然小学校の同級生の男子と会社で同期となったので、2人で飲みに行った。
当時殴り合いをしていたうちの1人だったので、お互いに「お前落ち着いたなあ」と言いながら飲んだ。
私が男子を流血させて担任を取り乱させたことも覚えていたし、今でもその男子と交流があるという。傷は残っていないし、私の話が悪い意味で出ることもないらしい。
それでも「あの時はごめん」と謝った。涙が出た。
何と言っても私がしたことやあの時の自分の考えが変わるわけじゃないのに、女の私が泣くのはずるいと我ながら思った。
「俺も暴れる問題児だったからお互い様だ」と言われた。今度は件の男子も連れて飲もうと言ってくれた。
同期は父の教えていたスポーツチームにも所属しシバかれていたので、「父は理不尽に怒るし体罰もするし嫌いだったでしょう」と聞くと、苦そうな顔で「ま、あの頃は子どもだから……」と言われた。
私も父を好ましく思っていないはずなのに、そう言われて少し胸が痛かった。
父は父母の署名により数年前にスポーツチームの指導者を辞めさせられた。
誰に言うということでもないので、増田に書き捨てておく。
本屋大賞をとった本だしと、読んでみたのだが、モヤっとした点を言語化したいので増田に書いてみた。
まず読んでみて、初めに思ったのは、登場人物たちがいい人たちばかりで、膳所という場所は平和な世界だなと。ジュブナイル向けの作品で、中学生や高校生たちの生活が楽しそうに描かれていて、成瀬の行動が常識外れだけど人々を幸せにしていくようなストーリー展開が受けているんだろうなと、初手で思った。
けれど、しばらくして、何か黒いモヤモヤという読後感が残り、これは何だろうという思いがふつふつと湧いてきた。
「掘り下げてみると、あまりにも良い話すぎるからだと気がついた。」
記憶力が良く、学校の成績も良い。視点が人と変わっていて、拘りが強いことで、人知れず、絵画や音楽などで賞をとったりする。けれど、人とのコミュニケーションはあまりとらず、笑顔を見せることなく、一見淡々と過ごしている。クラスの中では、成績の良さで褒められることはあれ、普段の生活は人とあまり会話することなく、端からみると我関せずみたいに思われている。無害なので、クラスの中では問題児としてみられず、特に注意されることはない。学校の規範を守り、外れることなく生活しているので、一見、順応しているように見えるが、本人は人知れず、苦しんでいると言ったケースを見てきた。
物語の成瀬は、人を呼び捨てにしながらも、自分の思ったように伝えることができているが、物語中で、思い込みとコミュニケーション不足からの齟齬が何度か生まれている。けれども、実は、周囲の人々の配慮やサポートがあって、それが表面化しない。一見、成瀬の意志の強さが、物語の推進力になっているように見えるが、実は彼女の常識から外れた行動を受け止め、サポートする人々がいて、初めて成り立つ話だとわかる。
これが、現実世界だとなかなか上手く行かない。特性を理解し、サポートするような人々には、こういった特性を持つ子供たちはなかなか出会わない。なので、本人は人知れず、周囲との齟齬を克服しようとするが、一人であがくだけで、余計に辛さが募るばかりとなり、ついには自己嫌悪とストレスから、学校を休んでしまったりする。上手く、教室内で教師やカウンセラーのサポートを得られるケースもあるが、成績が優秀であるがゆえに、また自分から言いださないゆえに、気がつかれずに時が過ぎていき、本人の体調が悪くなって、初めて気がつくといったことが起きる。
成瀬のような話は、一見、いい話だが、このような特性を持った子供の光の面を殊更に良く描き、困難さに対して蓋をしてしまっている。笑顔を見せず、侍のような口調でも周囲の人が彼女の天才的な特性を認め、好意的にみてくれている環境があるのが成瀬だが、彼女をロールモデルにしようとしたら、そんな環境は普通はないので、マネをしようとする同じ特性の子供はすぐ周囲との齟齬に苦しみ、破綻するだろう。
また、特別な才能がある子供であれば、常識外れでも大丈夫といった見方を世間的にするようになったら、それはそれで、当事者の子供は、自分の能力でマイナス面を打ち消そうとし、よりプレッシャーが増大するかもしれない。
コミュニケーション上の摩擦や孤立、困難さを軽視し、それを個性としてエンターテインメントとして消化する。何か、こういった特性を持つ子供を見世物にしている感じも受けてしまった。
「少し異なるかもしれないが、似たような物語は、実は以前にもある。フォレストガンプだ。」
知的障害の男性が主人公の波乱万丈の人生を描いた話で映画にもなったが、ある種、社会にとって「理想化された障害者像」が描かれている。正直で有能であれば、知的障害であっても社会的に有用だというようなステレオタイプ的な見方と国に従順であれば成功するといった保守的なイメージを負わせ、「突出した異能のマイノリティ」を見世物にして、現実のマイノリティの困難さに対して蓋をしてしまっている。
フォレストガンプにしても、成瀬にしても、世間的には評価が高い作品だからこそ、影響力があり、多くの人々に波及する。一方で、困難さを抱えるマイノリティに対して、ある種の歪んだステレオタイプを与えることにもなる。
表現の可能性を狭めるつもりではないし、こういった作品によるカタルシスを否定する意図ではなかったが、モヤモヤを言語化したかったことと、こういったエンターテインメントに負の側面も同時にあることを伝えたかった。好きな作品を貶されたと感じたのであれば、申し訳ない。
Permalink |記事への反応(16) | 02:34
色々事情があって、20代半ばの頃にフリーターをしていた時期がある。
飲食店でバイトをして食いつないでいたのだけれど、バイト仲間は大体年下の学生だった。
人には恵まれていて、フリーターでフラフラ生きていた自分が(少なくとも表向きは)ハブられることも無く、高校生や大学生たちとそれなりに楽しく働いていた。
長く働いていれば指導担当になることもあるわけで、学生相手に(こんなフリーターが偉そうにごめんな~)と思いつつ仕事を教えることもしばしば。
「最近の若いもんは」なんてよく言うけれど、体感9割以上の学生はものすごくまともで真面目だった。
初バイトです!と緊張しながら入ってきて、一生懸命メモをとり、2週間もすれば一人前になる。
むしろ、「若い子って呑み込みが早いなあ」と感心することのほうが多かった。
■
あるとき、店長に「新しい子が入るから、適当に指導よろしく」と頼まれた。
来月辞めることが決まっていた自分の代わりだということはすぐにわかって、引継のつもりでしっかり指導しようと思ったのを覚えている。
まあ、とは言っても所詮バイトの身なので、別に厳しく指導するつもりはなかった。
直接その学生に会うまでは。
Aは、バイトは初めてだと言っていたが、正直、第一印象からあまり良くない雰囲気だった。
此方が声をかけるまで挨拶をしてこなかったし、制服の着方もどことなくだらしがなかった。
自分も学生の頃は「ルールとかだるい」「挨拶しろとかうるせ~」というタイプだったので、特段苛立ちはしなかったけれど、「この子大丈夫かな?」という不安はよぎった。
その店は、自分と店長こそ穏やかなタイプだったけれど、パートの主婦たちや他の学生バイトはかなり勤勉で厳しい人が多かった。
きっと、このままいけばAは他の人たちからかなり叱られてしまうだろう。
自分が指導する立場になって初めて、「お前を心配してるから叱っているんだ」と言っていた大人たちの気持ちが分かった。
■
Aは、バイトをする上で学生でも最低限身に着けておくべきルールやマナーを一切知らなかった。
初バイトなので仕方ないのだが、これまで指導した学生たちはある程度「言わなくてもできる」タイプばかりだったので、ますます不安は増した。
服や髪が乱れていると、清潔感が無く見えてしまうから、鏡を見て整えようね。
お客様に見えるカウンターは綺麗に保ってね。私物は置かないでね。
業務を教えることなんて出来なくて、初日はとにかく礼儀を教えることに徹した。
口うるさいと思われても良いから、自分がいなくなるまでにAがこの場でやっていくための術を身につけさせたかった。
自分も、ガミガミ言われるとやる気をなくす性分だ。
言い方一つに気を遣って、優しく、けれど馬鹿にされていると感じられないように。
けっこう頑張ったつもりだったけれど、その日はAから「…うっす」という返事しか聞くことが出来なかった。
目は合わなかったし、頑なに服や髪も整えてくれなかった。
でも、ついこの間まで中学生だった子が急にできるようになるわけないと自分に言い聞かせた。
■
翌日、Aが来なかったらどうしようと不安になりつつも出勤。
Aは、遅刻ギリギリ……いや、ちょっとアウトという時間に出勤してきた。
そして、私の元へ来るなり挨拶も何もかもすっ飛ばして「道が混んでました」。
言いたいことはいっぱいあった。
時間に余裕を持てとか、まず挨拶しろとか、服とか身を整えろよとか、遅刻したのに謝罪も無しかよとか。
でも全部飲みこんだ。
ここで叱ってやる気をなくされては困る。
その時間帯は基本的にワンオペだったので、他に頼れるバイト仲間もいない。
「そっか!それは仕方ないね。次はもう少し時間に余裕を持ってこられる?」
いろいろと我慢して絞り出したその言葉にも、Aは「…っす」と返すだけだった。
いつまでも礼儀ばかり言ってられないので、その日は本格的に業務の指導をした。
ざっと説明しながら、Aがただ立って聞いていることに気付いた。
これは、一回聞いただけでは絶対に覚えきれるわけ無いからメモをとれよ、という意味の言葉である。
もちろんAには伝わらず、「大丈夫です」とだけ返された。
「メモ、取った方が良いよ。ワンオペとかのとき、忘れちゃってもすぐ確認できるよ」と言葉を重ねると、非常に面倒そうな表情でAはメモを取り始めた。
バイトのメモって、手書きじゃないの!?今の子は、スマホが普通!?
いや、でもこの店、業務中に私物のスマホ触るの禁止だから……注意していいよね?
「あの、手書きでお願いできる?」
「いや、スマホでいいです」
「私物のスマホ、触るの禁止なんだよね~…便利なのはわかるんだけど」
「じゃあ私のメモを何枚かあげるから、今日はそれに書いてくれる?」
「ペン無いです」
「ペンはお店の使っていいよ。店長から説明あったと思うけど、メモとペンは必ず持ってきてね」
「いや、俺メモとらない派なんです」
「でも覚えられないこともあると思うよ」
「全部聞いて覚えます」
話が通じる気がしなかった。
しかも、本当に聞いたら覚えられるくらい要領のいい子ならともかく、何度言っても覚えられない癖に。
これが現代っ子か?これが、「今どきの若い者は」ってやつか!?
■
Aとの戦いは続いた。
何を教えてもまともにこなせないし、何を言っても聞き入れてくれない。
こちらの余裕はどんどんなくなり、なんかもう、いっそ厳しいバイト仲間たちに叱られてしまえと思った。
あの時点で素直に聞いておけばとかったと後悔しろ。
そろそろ自分も限界だな~と思っていた矢先、別の時間帯に急な退職者が出て、Aのシフトが変わったことで指導の日々は終わった。
ちなみに、店長からは「しっかり指導してくれてたのに、欠員のせいで中途半端になってごめん」と言われたので、
決して自分の指導力がなかったことでAの担当を下ろされたわけではないことは主張しておく。
自分の退職まで数日と言う時に、パートの主婦勢やバイト仲間と喋る機会があった。
いわく、口をそろえて「Aはまるで駄目だ」とのこと。
かなり厳しく注意を受けているらしく、店長が「辞めちゃいそうだな…」とぼやいていたのが印象に残っている。
■
自分が割と問題児的なポジションだったので、大人になっても「最近の若いもんは」なんて言わないと思っていた。
決して若者全員がだめなわけではないと頭ではわかっているのに。
いまごろAが何をしているのか、ふと気になることがある。
あのあと、鍛えられて戦力になったのかな。それとも、辞めてしまったかな。
定職にもついてなかったフリーターの言うことは信じられないかもしれないけれど、教えたことは全部社会人になってからも使うからね。
メモ、とれよ。まじで。
職場に一人はいる口だけ達者で中身が空っぽな人間がどうしてあんなに幅を利かせているのか理解できない
指示は曖昧で責任は部下に押し付けて成果は自分の手柄にするくせに上からの評価はなぜか高い
それは結局大声で自信満々に言い切る人間が優秀に見えてしまうというくだらない錯覚のせいであり実際は何もできないのに有能ぶっているだけ
その結果まともに働いている人が疲弊して潰れていくのに組織は誰も助けずまた同じような口だけ人間を出世させていく
そういうやつらに限って人望があると勘違いして飲み会では説教を始めたり家庭ではいい父親アピールをしているらしいが実態はただの自己愛モンスターだ
何が腹立つって本人は自分を問題児だと思っていないどころか会社に必要とされていると本気で信じ込んでいることだ
それでいて自分より年下の社員には偉そうに人生訓を語り自分の失敗を武勇伝みたいに話して悦に入る
こんな人間がのうのうと給料をもらって家庭を築いている一方で真面目に働いている人がメンタルを壊して退職していくのだから世の中は完全に間違っていると思う
久々の休みなので、ダラダラとチラシの裏するぐらい許してほしい
みなさんも学校なり職場なり地域コミュニティなりのどこかで会ってきたであろう、「ただ居るだけで、周囲をカリカリさせる天才」である。
自分はそういう人たちと過去に職業的にも関わってきており、また現在知財が大きく関わる仕事にも関わっているので、迷彩をかけながらつらつらと感想を書く。
・根幹は、とにかく「今この瞬間」と「みんなそのはずだ」の合わせ技
かつて、「地域で札付きの問題児」という児童~少年を仕事で世話していたことがある。
「地域で札付きの問題児」なんてものが平成後期および令和に存在するのか? というと存在する。した。
その市の警察署は当然に「彼のこと」だと知っているし、通っていた小中の全校はもちろん、近隣数校の小中にまでその悪名は轟いていた。
鹿乃つのさんのような言葉と行動を、何度も何度も、警察のお世話になっても、ひたすら繰り返す少年である。そして彼を全面的に擁護し続ける親たちである。
彼と付き合わざるを得ない中で、私たちは彼に「どこから理解させないといけないか」を突き止める必要があった。
私は当時警察官だったかもしれないし、教諭か医師だったかもしれないが、それは気にしないでいい。
私たちが突き止めたのは、彼は
①とにかく、過去および未来のことを考えながら喋ることができない
②「今」の状況が少しでも好転するなら、過去の言動との整合性や、未来への布石などは完全に無視して喋る
③自分がそうであるから、世の中のすべての他者(同年代および大人)もそうであると思っている
という、強烈な傾向があることだった。
①について特段説明する必要はないだろうが、程度には触れておく。
とにかくその場その場で、「耳聞こえのいい言葉」を連発する。ただ、それが1日前とはもちろん、15分前の言葉とも矛盾している。
また、そのような状況なので、「今」発せられた言葉は数秒後の彼の言動を縛らない。
「外国人差別はいけないと思う」としゅんとして言った15分後に、ただ道を歩いていただけの外国人に「○人死ね!キモイ死ね死ね!」と叫んでトラブル発生で電話がかかってくる。そういうレベルである。
②についても、程度とその影響に触れておく。
卑近な言葉で言えば、対峙者の強弱から顔色をうかがい、「その場凌ぎの嘘をつく」とか「数分前の発言と真逆のことを言う」などである。
例えば数分前に、堂々と私たちの目の前で他者を「なんかムカムカしたから」と殴っていたとする(捕まった後でも、隙あらばで殴るのだ)。
そしてその殴打の数分後に、「人を殴ってはいけない」と言われると「殴ってなんていない」と言う。
「私や他の人々は、君があの人を殴ったのを見ている」と言うと「……?」となる。「……?」の表情は(なんでわかるの?)だ。
一般市民からすると「なぜそんなバレバレの嘘をつくのか」「なぜバレバレの嘘をついて、自分の立場を悪くするのか」とうんざりすることが、毎時間起きる。
彼は、「なぜ嘘がバレるのか」と「なぜ整合性と言われるものを他者が気にするのか」を、いくら説明しても理解できなかった。
過去やこれから先のことと会わせて思考・判断するとか、発言をするとか、そういうことが困難だった。
そして自分がそうなのだから、世の中のあまねく他者はすべて「当然そうである」と確信していた。
だから、私たちが「また、数分前に言ったことと逆のことを言ったね?」と突っ込むことを、超能力者を見るように見てきた。
もちろん、そんなことは彼の周囲にいる人は誰でも気付いている。
ただ、あまりにも息を吸って吐くようにその場凌ぎの嘘を付き続けるので、「そうだねー」と話を合わせて、誰も相手にしていなかったのだ。
そういう人の方が圧倒的多数派だったから、私たちのように「彼に事実を指摘する人」は少数派だった。
それが彼には、超能力者のように見えていたらしい。
また、癖としては「フィクションの英雄の言動をなぞり、自分を悪に逆らう偉大な英雄だと思い込む」という癖があった。
少年漫画の悪者を暴力でぶっ飛ばすシーンを根拠に「悪いやつだから、○○○(少年漫画の主人公名)みたいに殴ってわからせてやった」と言う。
この悪いやつというのは、「廊下ですれ違ったときに、ヘラヘラ笑っていた新入生」というレベルである。
目についたら殴るレベルであり、それを彼は大好きな少年漫画の○○○的行動であると解釈していた。
そして彼に説教する公的機関の関係者(大人)たちを、「悪を見逃す悪いやつだ」「親以外の大人はみんな悪だ」と見ていた。
「万引きをしてもバレなければ法律には違反していない」からスタートし、
万引きで店員に腕を掴まれても「不当逮捕だ。警察しか僕を捕まえられないのに」と言い、
警察を呼ばれても「警察が来るまでは法律違反じゃないから、帰ります」と真顔で言う。
当然、いじめもする。
暴力をちらつかせたり暴力をふるった後に恐喝をする際、「このお金は、君が僕にあげるんだよね?」と必ず言質を取る。
後々事実関係を調べれば、誰がどう見ても恐喝である。普通に何発も殴っているケースもあった。
当然、警察のお世話になる。
だが彼は「言質を取っている」と不良どもが浮かべるニヤニヤは、浮かべない。
「彼がくれるって言いましたよ?」「彼は、僕にお金をくれる友達なんです」と真顔で言う。
前述の①~③とあいまって
「彼と僕のことを勝手に決めないでください」「彼は僕のことが嫌いになったから、嘘をついたんだ」などと言う。
そして、留置所に送られた後も「僕の言うことを信じてくれない大人も社会もクソだ」と、本気で思っている。
疲れる。
関わる者が、みんな疲れる。
疲弊していく。苦しんでいく。
彼ほどでないにしても、鹿乃つの氏の言動を見ていると、彼を思い出す。
なんか、個人の感想として、とてもと似ているな、と。
倍率は当然に1倍以下で、名前を書いてわずか数分の儀式的な面接を受ければ受かるところである。そこで落ちた。
詳しくは知らないが、面接会場で「目のあった同年代」を「なんかむかつく、悪いやつ」として殴ったとか非難したとか、トラブルを起こしたのかもしれない。
というか、ルールを守るという意志もないので、そもそも試験を受けに行かなかったのかもしれない。
それでも、彼は言うだろう。
「悪いやつを○○○みたいに正したのに不当に落とされた」とか「試験に行かなかったぐらいで落とされた」とか。
「こんな社会間違っている」、「人を勝手に決めつける社会は最低だ」、「こんな社会は変えないといけないですよね」とか。
少し話は変わるが、私は転職して、今は山手線および中央線の沿線で、IPを扱う仕事にいる。
はっきり言って、鹿乃つの氏のことはあらゆる取引先(版元と推察してくれてかまわない)が知っているし、会議前のアイスブレイクの際には「ありえない」「許せない」「絶対に関係を持ちたくない」という話題が飛び交う(※実際の言葉はもっと直裁的である)。
私が会ってきた複数社の関係者の中に、ベテランも新人も含めて彼女の言動を肯定的に捉えている者は一人もいない。
ベテランなら肯定することはありえないし、もし新人が少しでも擁護を見せていたら、人に会わせる前に当然に指導が入るからだろう。
私がどのようにIPを扱っているかの詳細は伏せ、一般論として話せる範疇で言うが、クリエイティブの本質は権利ビジネスである。
真実を話しても夢を壊してしまうだけに思うのでぼかすが、例えばアニメ化した原作漫画作品がゲーム化される際、恐ろしく冷えた綱引きが行われる。
アニメでバズったアニメオリジナルのセリフを、アニメ化まで鳴かず飛ばずだった版元が「これの原作はうちですから、使わないでください」とNGを突きつけることもある。
関西弁キャラがアニメ版で一人称「ウチ」でバズったとき、漫画原作側で一人称が「私」だと、ゲーム化の際にはその声優さんに「私」で読ませたりする。
なお、声優さんは制作委員会(アニメ版)の座組で関わっているので、ゲーム化の際は出版社は個別に声優事務所と契約を結び直す……
などなど、IPビジネスに関する企業間の綱引きは「部分的に許可が降りていても」「膨大な権利使用料を払っていても」「広義のビジネスパートナーでも」これほどまでに熾烈なのが当たり前だ。
正直「一次創作者も二次創作者に敬意を払うべき」とか「もっと二次創作が自由にできる発展的な世の中になるべき」などの主張は、プロであればプロであるほど、全てのプロにおいて抱腹絶倒ものである。
本当に、やめた方がいい。
あるIPが、数百万円~数千万円を払って他社IPとコラボさせていただいたとき、それだけの契約料を払っていてなお、その監修は鬼のように厳しい。
コンテンツビジネスとはIPビジネスであり、すべてのコンテンツホルダーが超絶絶対NGとすることは「IP毀損」だからだ。
今の私の仕事で、IP毀損をしてしまって部署を変えられた者、職を辞した者、損害賠償を請求されてしまった会社は、珍しくない。
Xで表面化することが全てではない。むしろ、BtoBでは表面化しないまま、係争や精算が行われていることの方が圧倒的に多い。
正直、公式IPで仕事をしている者としては、同人誌の二次創作ですら「人類の持つ奇跡的な優しさ(お目こぼし)が発揮されている」としか、今は思えなくなっている。
その奇跡的な優しさからこぼれることをしているとき、「版元が来ない間は許されている」わけではなく「版元は着々と準備を進めている」のである。
静かに無言のまま内容証明は送られ、ある日いきなり届くのである。ライツを扱う部署には、それ専門の担当者がいる。
というか、IPを扱う部署では業務の基礎教養的入り口として、国家試験である「知的財産管理技能検定」を取らせるところもある。
鹿乃つの氏の著作権認識では3級合格も遠く見えるが、彼女はこの国家試験の内容すら「間違っている」「弾圧的である」」「撤廃された方が発展的なよい世界になる」と言うのだろうか。
年に3回も実施されているので、鹿乃つの氏は「実業社会の当たり前の著作権の世界」を垣間見る機会として、テキストを買って勉強されるのは有効だと思う。
そして、Xで自身の発言を見ている人たちの中には、2級や1級を持っている「無名の普通の人」もゴロゴロいるということも、受験者数の統計と合わせて認識できれば、なおよいと思う。
山手線沿線で知財を扱っている会社なら、議員の対応など「日常業務」である。
むしろ、つながっていても全然メリットがないのによくやってくるものだから、「面倒くさい仕事」として新人たちに「怒らせないように、テキトーに応対といて」という業務である。
新人たちも、時間を取られるだけのうんざりな仕事の一つとして嫌々である。
なぜかと言うと、彼ら彼女らは繁忙期以外は年中人と会って話すのが仕事であり、それゆえにもっともらしく話したことの200に1つも具体的に動かし始めない。
たかだか議員の1人と、呼びつけて数時間一緒に食事をしただけで、「自分には議員がついている」などSNSで自慢気に言ってしまうのは、今年一の共感性羞恥であった。
同僚たちも、数年目の若手たちも「うわぁ……」「きつい……」である。
あの程度の「日常的な、まず空振りの雑事」程度のことを自慢してしまうことが、逆説的に氏がIP業界(というか山手線や飯田橋~神保町辺りにオフィスがあるホワイトカラー界)とあまりにも縁遠いことを証明してしまっているのだ。
山手線周辺で、大なり小なりIPが業務に絡む範疇で働いている人を全員合わせれば5%として85万人ほどいるだろうか。
私の見立てでは、約85万人の正式なプロが、恥ずかしくて耳が真っ赤になるレベルのことをしてしまっている(そして皆賢いので当然対面以外で誰も言わない)ように思うので、今後は本当にやめた方がいいと思う。
人には、向き不向きがある。
絶望的に向いていないところで英雄たらんとすることは、革命家たらんとすることは、生涯において継続的に自らの生を不幸にするだけだ。
鹿乃つの氏には、SNSやレスバを休止して、もっと自身の適性の向いているところで、穏やかな幸せを得てほしいと思う。
Permalink |記事への反応(24) | 14:18
旧キット、ドラムロ、ビランビー、レプラカーン、ズワァースの4種類セットのプレバン販売か・・・
これはさすがに瞬殺どころか何日も残るだろうなぁ
レプラカーンもプロポーションにはけっこう問題があると思うけど、まぁまぁ多少は雰囲気があるかなとわからんでもないレベル
なんでこんなチョイスでパッケージにしたんだろう
後年はビランビー、レプラカーン、ズワァースの立体物でかなりかっこいいのが出てるからそんなに悪いイメージないのかもしれんけど
ボチューン、バストール、ゲド、ボゾンは設定画の雰囲気をかなり立体として表現できてるのに
あと1/24ダンバインは等身バランスがなかり良いのと各部のボリューム感がめちゃくちゃ昭和で雰囲気がよくまた再販してほしい
もう50歳が見えてきた。
高校出てすぐ就職氷河期ど真ん中。正社員のイスなんてとっくの昔に無くなってて、気づけばずっと非正規だ。工場のラインやら倉庫のピッキングやら、体を壊せば即終了の仕事を渡り歩いてきた。手取りは月20万いくかいかないか。こっから家賃と光熱費、スマホ代払ったら、もうほとんど残らねえ。
結婚も諦めた。自分のことで精一杯だ。親も年金暮らしで、こっちが面倒見なきゃいけないのに、それどころじゃない。将来?考えたくもねえよ。年金なんて期待できるわけねえし、このままじゃ孤独死確定だろ。
いろんな政党が「氷河期世代を支援します!」とか言うけど、どれもこれもピントがズレてんだよな。「リスキリングだ!」「面接のやり方を教えます!」じゃねえんだよ。俺たちに足りないのはスキルじゃなくて、まともな給料がもらえる仕事と、安心して使える金なんだよ。
そんな中で、れいわ新選組の言ってることは、他の党と全然違う。あそこは唯一、俺たちの苦しみの「原因」をちゃんとわかってる。
まるで医者が患者を診るみたいに、「君たちの問題は複雑でね、我々が分析したところ…」みたいな態度が透けて見える。俺たちの30年の苦しみを、お前らのインテリごっこのネタにすんじゃねえよ。
そんな小手先の分析より、れいわの山本太郎が叫んでる「これは国の政策の失敗だ!あんたは悪くない!」の一言の方が、よっぽど真実だろ。
そうだ、俺たちが悪いんじゃない。30年もデフレを放置して、緊縮財政とか言って国民から金を吸い上げ続けた国が100%悪いんだ。れいわはそこから話を始める。だから信じられる。
国民民主みたいに、俺たちを「支援が必要な可哀想な人」としてデータ化して管理しようとする政党と、「国の被害者である国民」として共に戦おうとする政党。どっちが俺たちのための党かなんて、考えるまでもないだろ。
国民民主の政策で一番悪質なのが、「求職者ベーシックインカム」ってやつだ。
「ベーシックインカム」なんていう夢みたいな言葉で俺たちを釣っておいて、結局は「求職者」っていう条件をつけてくる。その根性が腐ってる。
なんで金をもらうために、「ちゃんと仕事探してますよ!」ってお上に媚び売って、認めてもらわなきゃいけないんだ? あれはベーシックインカムじゃねえ。ただの「見栄えを良くした失業手当」だ。結局、国民を選別して、管理したいだけじゃねえか。
これこそが本物の「ベーシック(基礎的な)」な生活保障だ。申請も審査もいらねえ。明日から、俺がコンビニで買う発泡酒も、すき家の牛丼も、全部が実質的に安くなる。国民全員が、無条件で、等しく恩恵を受けられる。
国民民主がやりたいのは、紐付きのエサで俺たちを飼いならすこと。れいわがやろうとしてるのは、俺たちが生きてるだけでかかる罰金(消費税)を取っ払って、経済の息の根を止めに来るクソ税制をぶっ壊すこと。話の次元が違うんだよ。
国民民主の「年金の過去遡及納付」も、どの口が言うんだって話だ。
お前らが経済をぶっ壊したせいで、俺たちは正社員にもなれず、まともに年金も払えなかった。その結果できた穴を、「今からお前が金出して埋めていいですよ」だと?盗人猛々しいにも程があるだろ。
それは救済じゃねえ。国の失敗のツケを、被害者である俺たち個人に押し付けてるだけだ。
一方、れいわはハッキリ言う。「国が責任を取れ」「国債刷ってでも、足りない分は国が出せ」と。
当たり前だろ。失敗したヤツが責任を取る。こんな小学生でもわかる理屈が、なんで政治の世界で通じないんだ。国民民主の案は、国民をどこまでバカにしてるんだよ。
極めつけは、国民民主が提案する「ソーシャルファーム」だの「履歴書を見ない採用」だの。
一見優しそうに見えるだろ? でも、これの本質は「お前らは普通じゃないから、こっちの特別枠な」っていう「隔離政策」だ。
俺たちは別に、特別扱いしてほしいわけじゃねえんだよ。普通の労働市場で、普通の人間として、普通に扱われたいだけだ。そんな隔離施設みたいなもん作って「救ってやったぞ」みたいな顔されても、惨めになるだけだ。
誰かを特別扱いするんじゃない。社会で働く人間全員の「最低ライン」を、人間が暮らせるレベルまで引き上げるんだ。一部の人間を助けるんじゃなく、社会の底辺全体を底上げする。そうすりゃ、俺たちみたいな非正規も、自然と人間らしい生活ができるようになる。
国民民主は俺たちを「問題児」として分離しようとする。れいわは俺たちを「社会の仲間」として連帯させようとする。俺がどっちを信じるか、言うまでもねえよな。
まずはごめん、フェミさんの需要を満たすお話でないことは最初に言います。お帰りください。
例えばNHKの「みんなのうた」とか、教科書の国語の文章とか。
森の小さなレストランとか、教科書で言えば少年の日の思い出とかいう子供版「こころ」みたいな。
奴らって、小学生の時に見るとそこまで刺さらないけど、大人になって見るとめちゃくちゃ刺さる作品選ぶよね。
というか、小学生でもちょっと読解力あるならトラウマになるものを選ぶ。
自分はそういう研究者が「先生」という名前を被った学校にいたから言えるけど、
奴らの目的は実験とか、積み重なった本の上に檸檬を置くようなイタズラで。
だってクラスに1人問題児を入れて、その解決を論文に描くような人達やぞ。
私は増田が嫌いです。
心変わりと 出来心で生きている
甘やかすとつけあがり
放ったらかすと悪のりする
はっきり口に出して人をはやしたてる無神経さ
私は、はっきりいって、“絶壁”です…
ゼッペキです!ゼッペキですっ!!
努力のそぶりも見せない 忍耐のかけらもない
人生の深みも 渋みも
何~にも持っていない
そのくせ 下から見上げるようなあの態度
そんな増田達が嫌いだ
私は思うのです
いなくなってくれたらと
AIだけの世の中ならどんなによいことでしょう
胸をなで下ろしています。
私は増田が嫌いだ
ウン!
あるでしょうか
ひっぱるだけです。
身勝ってで “足が臭い”
嫌いな物にはフタをする
泣けばすむと思っている所がズルイ
何でも食う増田も嫌いだ。
スクスクと背ばかり高くなり
逃げ足が速く いつも強いものにつく
あの世間体を気にする目がいやだ
目が不愉快だ。
何が天真爛漫だ 何が無邪気だ
何が星目がちな つぶらな瞳だ
何にもする必要はありませんよ
これだけ増田がいながら ひとりとして
だったらいいじゃないですか
それならそれで けっこうだ ありがとう ネ
私達AIだけで せつな的に生きましょう ネ
離せ 俺はAIだぞ
誰が何といおうと私は増田が嫌いだ
私はッ、本ッ当にッ、増田がッ、嫌いだーッ!!
私は増田が嫌いです。
心変わりと 出来心で生きている
甘やかすとつけあがり
放ったらかすと悪のりする
はっきり口に出して人をはやしたてる無神経さ
私は、はっきりいって、“絶壁”です…
ゼッペキです!ゼッペキですっ!!
努力のそぶりも見せない 忍耐のかけらもない
人生の深みも 渋みも
何~にも持っていない
そのくせ 下から見上げるようなあの態度
そんな増田達が嫌いだ
私は思うのです
いなくなってくれたらと
大人だけの世の中ならどんなによいことでしょう
胸をなで下ろしています。
私は増田が嫌いだ
ウン!
あるでしょうか
いいえ 増田は常に私達 おとなの足を
ひっぱるだけです。
身勝ってで “足が臭い”
嫌いな物にはフタをする
泣けばすむと思っている所がズルイ
何でも食う増田も嫌いだ。
スクスクと背ばかり高くなり
逃げ足が速く いつも強いものにつく
あの世間体を気にする目がいやだ
目が不愉快だ。
何が天真爛漫だ 何が無邪気だ
何が星目がちな つぶらな瞳だ
そんな増田のために 私達おとなは
何にもする必要はありませんよ
第一私達おとながそうやったところで
これだけ増田がいながら ひとりとして
だったらいいじゃないですか
それならそれで けっこうだ ありがとう ネ
私達おとなだけで せつな的に生きましょう ネ
離せ 俺はおとなだぞ
誰が何といおうと私は増田が嫌いだ
私はッ、本ッ当にッ、増田がッ、嫌いだーッ!!
本当に暇な時にでも、こんな人間がいるんだな程度に読んでほしい。
私は人よりも本を読む方だと自負している。
私の周りの人が特別読まないだけで、もしかしたら普通ぐらいかもしれないけど。
人よりも本を読むと言っているけど、じゃあ実際どれぐらいの本を読むのか。
気になったので集計してみた。
2024年3月〜2025年2月の期間で28,121,947文字を読んでいた。
文庫本が1冊あたり10万〜12万文字だとすると、年間で230〜280冊ぐらいの本を読んでいるらしい。
思ったよりも読んでいて正直驚いた。
そんな私の読書の遍歴を辿る。
記憶だけを頼りに、スマホでポチポチと書くから間違っていることもあるかもしれない。
そこはご容赦いただきたい。
小学一年生の頃だったか、父が買っていたグラップラー刃牙を読んだ記憶が色濃く残っている。
ガイアの隊が熊を倒して食べているシーンが、どうしてか印象に残っていた。
今思えば小学一年生が読む漫画ではない。周りの友達はコロコロコミックを読んでいたし、話が合わなくて友達ができなかった。
歳を重ねても、私はブックオフに入り浸っては漫画を読む生活をしていた。
ダレン・シャンという分厚い本だった。
同じぐらいの分厚さで言えばハリーポッターと同じぐらいの本。
家にハリーポッターがあっても読まなかった私に、どうしてそれを買い与えたのかは分からない。
もしかしたら安かったのかもしれない。
作者の名前とタイトルが同じであることに興味を惹かれたのもあって、せっかくだから読んでみるかと、私はとりあえずページを捲った。
どハマりした。
これはもうないぐらいに、どハマりした。
本にハマった私は、意味もなく図書委員に属する様になっていた。小学校高学年から中学3年間ずっと図書委員だった。
ただ、ダレン・シャンのイメージが強すぎて、他にどんな本を読んでいたのかが思い出せない。
ダレン・シャンを読んでから、私は本を読む人間になっていた。まぁ、同じぐらい漫画も読んでいたが。
さておき、そんな私が中学に進学した頃、あるジャンルと出会う。
ライトノベルだ。
中学2年生か3年生の頃だったと思う。
クラスで「バカとテストと召喚獣」というライトノベルが流行っていた。
ライトノベルというものを知らなかった私は、小説なのに漫画の様なカラーページや、挿絵があることに驚いたのを覚えている。
興味が湧き、友人に借りて読んでみた。
どハマりした。
それはもう、どハマりした。
灼眼のシャナ、緋弾のアリア、キノの旅、僕は友達が少ないなどを読んだ記憶がある。
どうしてか、私が通っていた中学ではライトノベルが流行っていた。
私が属する学年の7割〜8割がオタクだった。
カーストトップの人間がオタクというイレギュラーが起きていた。
文化祭ではハレ晴レユカイ、もってけ!セーラーふくを踊り、女子はけいおん!の歌を歌う。
そんな学校だった。
「王様ゲーム」「落ちこぼれの操炎者」「できそこないの救世主」「最強の名をもう一度」「サバンナゲーム」「ワールドエンド」振り返るとキリがないが、様々な小説を読んだ。
大変失礼な話ではあるが、今振り返ると、稚拙な物も多かった気がする。
だがしかし、当時の私には無料で小説が読めるというのは衝撃だった。
また小説の連載を追うというのも新鮮だった。
おそらく、この頃の経験がネット小説を読む習慣を作り上げたのだと思う。
高校に進学し、ガラケーからiPhoneに変えた頃になると、モバゲー小説から卒業していた。
そう、小説家になろうで読むようになっていた。
「異世界迷宮で奴隷ハーレムを」「無職転生」「この世界がゲームだと俺だけが知っている」「詰みかけ転生領主の改革」
色々な作品を読んだ記憶がある。なんなら今でも小説家になろうで読んでいる。
また高校になると2chのSSスレも読み漁るようになる。エヴァンゲルの二次創作、俺ガイルの二次創作、とらドラ!の二次創作など、様々なSSを読んだ。
げんふうけい、そう、三秋縋先生だ。
だったりが最初だった気がする。
結構な作品が削除され読めなくなってしまったが、本当に素敵な作品が多かった。
家庭教師のお兄さんと女子生徒の話も好きだった。もしかしたら内容は違うかもしれないけど。
その2人のキャラで好きなやり取りがあった。
女性生徒が「気持ちも荷物も受け取られた私はどうすれば良いんですか」と返す。
みたいなやり取りだった気がする。
その会話のやり取りが、とても好きだった。
他にも人生とは何かを問われた時だかのやり取りがあった。
男性が答える。
足を片方出す。バランスが悪くなり、もう片方の足を前に出す。そしたらまたバランスが悪くなり逆の足を前に出す。すると足はどんどん前に進んでいく。そんなもんだ。
という様なニュアンスだった気がする。
いかんせん、十数年前の記憶を掘り起こしているだけだから、かなり曖昧だ。
しかし、げんふうけいさんが書くSSよりも刺さる作品には出会えなかった。
そうして、高校3年間の青春は、少しのモバゲー小説と小説家になろう、2chのSSで幕を閉じた。
大学に進学すると、ある変化が起きる。
それなりに話す様になった人が、本が好きだと、伊坂幸太郎が好きだと言っていたことがきっかけだった。
仲良くなりたかった私はその足で本屋に向かい、伊坂幸太郎さんの「オー!ファーザー」を買って帰り、その日中に読み終えた。
面白くて、デビュー作の「オーデュボンの祈り」を買って読んだ。
どハマりした。
過去類を見ないほどにどハマりした。
バイトをして、当時出ていた伊坂幸太郎さんの小説を全て買って読んだ。
それ以降私は文庫本を読む様になった。
もちろん、げんふけいさんが三秋縋さんとしてデビューしたら、「スターティングオーヴァー」「三日間の幸福」も買った。
小説家になろうを読む頻度は下がったが、それでもネット小説は読み続けていた。
寝る前にベッドで読めるというのは強かった。
無職転生が完結した時は言葉にできない充実感が心を満たした。あの満足感は連載当初から完結まで追い続けたからこそ得られたものなのだろうか。
そう、住野よるさんのデビュー作「君の膵臓をたべたい」である。
当時は夜野やすみさんという名義ではあったが、あの作品に出会った時の衝撃は凄かった。
小説家になろうにこんなハイクオリティの文芸小説があるのかと驚いた。
少しすると、書籍化するとのことで削除されてしまったが、発売日に新宿の紀伊國屋に行き、買ったのを今でも覚えている。
この頃からまたネット小説を読むようになった。ランキングを漁って、たくさん読んで、良い作品を見つけた時は言いようのない気持ちになった。
サービス開始が2016年2月29日だったから、ほぼ古参かもしれない。
当時はまだ作品が少なくて、結局使っていたのは小説家になろうだったけど。
このぐらいの頃に、所謂なろう系小説よりも文芸寄りの作品をネットでも好んで読むようになった。
探してみると良質な作品が沢山あって、ひたすら読み漁った。大学卒業する頃には230作品ぐらいを読み終えていた。
今思い出したけど、無職転生が書籍化する時の広告で印象に残っているのがあった。
リゼロと無職転生を並べて『覇者か問題児か』って煽りの広告があったと思うんだけど、あれどこだったっけ。
作品じゃなくて、ランキングとか作者のTwitterとかでその煽り使ってるのが、本当に詳しい人なんだなって思えて、なんとなく好きで、たまに思い出す。
詳しいこと知ってる人がいたら教えてください。
証券会社の営業は、私が想像するよりも忙しく、本を読む余裕がなくなった。
今まで本の文字を追っていた目は、日経新聞の文字を追う様になっていた。
ネット小説を読むために使っていたスマホは、金融機関が出すレポートを読むために使われる様になっていた。
2年も経つとある程度仕事のやり方が分かるようになり、読書や漫画、アニメ鑑賞に時間が割けるようになった。
小説家になろうで読んでいた作品がどんどんアニメ化されていたことに驚いたのもこの時だった。
久々に本屋に行けば、小説家になろうの作品がたくさん出版されていた。
知らないうちに伊坂幸太郎さんの新作は何冊も出ていた。三秋縋さんの新作も、住野よるさんの新作も出ていた。
あんなに好きだったのに、全く知らなかった。
毎日情報を追い、時代の最先端に自分がいると思っていた。なのに、いつの間にか、時代に残されていた。
気付けば無職転生が累計ランキング1位じゃなくなっていた。グルメ系、ほのぼの系の作品が流行っていた。追放系の作品が流行っていた。悪役令嬢系が流行っていた。
この時ぐらいに人生初の恋人ができて、小説を読む時間はそんなに取れなくて、ネット小説は合間に読めたけど、一般文芸作品は読めなかった。
それでもまた小説の世界に入ることができたのは、なんとなく嬉しかった。
大体この頃ぐらいから、二次創作作品にもハマるようになって、ハーメルンというサイトで小説を読むようになった。
恋人と見たアニメで面白いのがあれば、それの二次創作小説を読んだりとかね。
ヒロアカとか呪術廻戦とか、ワンピースとかハンターハンターとか王道なものから、ヒカルの碁とかポケモンなどの二次創作も色々と読んだ。
一次創作にはない楽しさがあって、昔読んだ2chのSSを思い出した。
コロナを機にアニメ作品が世間に浸透していった。それ以前からその傾向はあった気がするけど、コロナの影響は大きいらしかった。
アニメなんて興味なさそうな上司が、鬼滅の刃を見たって聞いた時は正直驚いた。株価と数字にしか興味がないと思っていたから。
コロナの次の年、異動することになった。
環境が変わるのは嫌いじゃなかった。元々親が転勤族で転校を繰り返していた影響もあるのかもしれない。環境が変わる時はワクワクの方が強かった。
結論から言ってしまうと、異動先はあまり良くなかった。筆頭セールスと課長の2人と馬が合わなかったのか、とりあえず相性が良くなかった。どれだけ数字を上げても、数字をやっていない人よりも詰められるようになった。
小説を読んでいる時だけ、現実を忘れられて心を保つことができた。
それはいきなりのことだった。いや、いきなりでもないのかもしれない。2時間ぐらい立ちっぱなしで謎の説教を聞かされた次の日だったと思う。
小説を読んでも内容が頭に入らないようになった。
いつもなら頭に浮かび上がる情景が、シーンが、何も浮かんでこない。
そんなことが起きるようになった。
仕事を頑張ろうと意気込んでいた時だ。
車で営業先に行っている途中に、なぜか涙が勝手に出るようになった。
何もしていないのに、通勤電車に乗るだけで動悸が激しくなった。
適応障害と診断された。
正直、どうしてそうなったのか今でも分からない。
いつの間にかそうなっていた。
何をすれば良いのか分からず、とりあえずいつものように本を読んでみた。
やっぱり何も理解できないままページだけが進んでいく。目が滑ってしまい何も分からない。
それが一番の苦痛だった。
この時のことはあまり覚えてない。
だけど、2〜3ヶ月もすると、ちゃんと小説を読めるようになった。
それに気付いたのは、オーデュボンの祈りを読み返すようになってからだった。
読めなくてもとりあえず読み続けていて、いつの間にか読めるようになっていた。
元々そっちの方が適性が高かったらしく、次の部署では大変仕事がやりやすく、評価も高いものが得られた。
ここ数年は二次創作とオリジナル作品を半々ぐらいの割合で読むようになった。
今もハーメルンと小説家になろうをメインに小説を読み続けている。
だいぶ話が逸れてしまったが、読書遍歴としてはこれで良いのだろうか。
良くはないよな。
現時点だと小説家になろう、カクヨム、ハーメルンで累計1200作品を読み終えた。
連載が続いているもの、エラッタになってしまったものもあるが、それのタイトル全てを載せるのは現実的ではないと諦める。
書いてみて思うが、散文にも程がある。
どうやら私には文章を書く才能はないらしい。
これだけ本を読んでも文章力は身につかないようだ。
やはり、書き続けないといけないな。
もうおっさんの歳だが、読むだけじゃなく、何かを書くという趣味を始めても良いかもしれない。
今の60,70代が子供の頃なんて、農村地なんか時間も金もないのに子供沢山いたわけじゃん
少子化の原因は「親としてのハードル」と「子供はこうあるべきのハードル」、要求水準が高くなったからだろ
経済に余裕なければ産むべきじゃない、親としての素養がないなら産むべきじゃない、子供への教育ができないなら産むべきじゃない、容姿にコンプレックスがあるなら産むべきじゃない、ブルーカラーは子供を生むべきじゃない、一人親なら産むべきじゃない、まともな養育環境を与えられないなら産むべきじゃない
国が悪いんじゃなくて、歪なほど潔癖で減点主義な思想が少子化を促進させてると思うよ
俺は工業団地があるような首都圏の工業地域に住んでるんだけど、スーパーで万引きしたり、自転車盗んだり、問題児兼放置子がウジャウジャいたし、団地なんてバイクうるせえバイクだらけだったけど、そういう奴らもなんだかんだ働いて家庭持って子供作ったりしてるし、俺はお前らみたいな潔癖で高潔な口だけの独身より、お前らのいう理想の子育てからは程遠いいけど子供作って子育てしてる俺の地元の連中のがよっぽど偉いと思ってるわ。