
はてなキーワード:名義変更とは
チームみらいが提唱する「調べなくても支援が届く社会」とは、母のような可哀そうな子ども(実母が3歳の時に死去して義母に育てられ、義兄などが実母の財産を乗っ取り、本来の遺産が一切受け取れない子)が存在しない社会。子ども時代の母を誰かが助けるべきだった。でもどうすれば助かったのか。そもそも乗っ取る人が悪いのでは?
思い出した。
昭和21年生まれの母は実は非嫡出子なのだ。祖母の前夫が戦死し、その後、知り合った既婚の男性(祖父)とその子どもたちと同居するようになり、母と母の弟(叔父)が生まれた。
今ならば不倫と非難されるだろうが、祖父の前妻は病気で妻の役目を果たせず、どうも祖母が子どもを育てていたらしい。
以降、認知こそしたが籍は入れずに同居し、第2子となる叔父を出産した直後に祖母は死去。
祖母の前夫の家に、祖父とその子どもたち3人、祖母の前夫の子ども2人(女2人)、母と叔父が残された。
この時点で、本来なら祖母の前夫の家は、子ども4人に相続権があるはず。しかし、祖父が住み続け、成人する頃に、祖母の前夫の子ども2人は出ていったと聞く。
男手一つでは乳児は育てられないので叔父は裕福な家の養子に出された。その後、祖父は後妻を迎え、入籍してさらに子どもが2人生まれる。
母が中卒で就職して家を出たとき、祖母の前夫の家には祖父とその子5人と義母(後妻)が住み続けたようだ。
子どもの頃からお金がないと言って育てられ、実父からは認知だけだったので家族で一人だけ苗字が異なり、
すでに高卒が多かった状況で中卒だった母は卑屈で疑い深く、成人してもお金にがめつい性格だった。
口癖は「お金がない」と「(自分に対して)育ててやっている」「産んでやった。産んだことは後悔していない」。
どう考えても母本人の生育環境に問題がある。チームみらいや一部の自民党政治家が訴える「困っている人に届くプッシュ型支援」は、
養育者を亡くした10歳以下の子に届くのか? いや、さすがに届かないだろう。
現在、祖母宅(母の実家)があった土地に新築した家には祖父の前妻の長男(故人)の一人娘が住んでいる。未婚なので相続人はいない。
確認していないけど、予想される土地の名義人は、戦死した祖母の前夫→祖母→祖父の前妻の長男→長男の娘なんだよ、どう考えてもおかしいだろう。
ここに書き記したなかで最も不遇なのは祖母が前夫との間に産んだ娘2人である。異父妹ならまだしも、無関係の同年代の子どもと長年同居し、
当方不本意ながら姓を変えた女側で、入籍前は自分が我慢すれば丸く収まると思いながら渋々改姓を飲んだのだけども、やっぱりしばらく過ごしてみたら新姓で扱われるのが本当に苦痛すぎて死にたい。
幸いにも夫は歩み寄ってくれて、子を産み終えたら離婚して事実婚に移行し私は旧姓に戻るで合意済みだけれども、あと何年で離婚できるかなって最近それしか考えてない。
結婚式挙げる直前だっていうのに離婚のことばかり考えているの言行不一致すぎて笑っちゃうよね。
わかるか?
病院行って保険証出したら、氏名不一致だと言われて今まで使っていた診察券を有無を言わさず取り上げられて強制的に書き換えさせられた気持ちが。
医療ミスや取り違え防止のために仕方がないとはいえ、薬剤投与や診察の際に自認とは異なる新姓の名前を自分の口から名乗らされる屈辱が。
今まで通りの自分の名前で安心して働けているって思っていた会社からたまに送られてくる書類の宛名が新姓だったときの無力感が。
銀行での手続きのときに、今の口座名義とは異なる戸籍名だとバレた瞬間に手のひらを返したように人の名前を新姓で呼び出して名義変更を強いてくる苦痛が。
頼むからやめてくれ契約は戸籍名じゃなくても法的にはOKだろうと懇願しているのに、それはあなたの古い名前ですよね?頭おかしいんですか?と嘲笑われるときの怒りが。
お前たちは分かった上でやってるのか?
人生生きてれば一回ぐらい見たことも当事者になったこともあるでしょう、学校とかであだ名でいじめられるやつ。
そんなあだ名で呼ばないでって泣きながら懇願しているのに、いじめっ子たちが面白がって頑なに酷い名前で呼び続けるやつ。
お前らが国ぐるみでやっているのはそういうことだぞって声高に叫んでやりたい。
別姓だろうが同姓だろうがっていう問題は経済とか国防や家計に一切影響を与えないのだから、政策として優先度が下がるっていう論理はわかる。
そんなの関係ねえ一番大事なのは個人の尊厳とアイデンティティだってお気持ちをゴリ押しするリベラルがイけてないよねって気持ちは同感だ。
でも本当は私だっておんなじ内容をゴリ押して叫びたい。そうすることが悪手だって分かってしまうからできないしやれないのもまた悲しい。
働いて働いて働いて働いて働いて、絶対にいつか出世して「別姓を認めないと増田さんが動かなくて明確に不利益になるぞ」っていうだけの経済の生殺与奪を握ってやりたい。
最後に「別姓にすると家族の一体感が失われる」とか言ってる奴へ。
家族でもやっちゃいけないこと、踏みにじってはいけないことがあるぞ。
私は婚姻届を提出する前夜に「出したくないなあ、出したくないなあ」って一人で泣いたし、提出したその瞬間、名前を奪われた虚無感を噛み殺している横で夫は100%嬉しいですって顔しているのを見て、ああこの人とは絶対に気持ちを分かち合うことができないのかと絶望したよ。
年末に向けて慌ただしくなってきた頃、親が亡くなった。もう片方の親は数年前に既に亡くなっており、子供である我々もかなり前に家を出て、地方の半世紀近く前に建てられた実家で一人で暮らしていた親だった。
私は親に懐いていた兄弟が遠方に暮らしていながらも親の世話を焼くのに任せて何もせず、何もせずというよりも関わりを持たずに日々暮らしていた。車がないと生活が困難な地域に暮らす親が事故を起こしやしないか、それによって誰かや私に被害が及ばないかを薄ぼんやりと心配するくらいで、本当に何もしなかった。
薄情者だと思う。
その親が1年前に脳卒中で倒れ、しばらく闘病したのち亡くなった。
亡くなり方は消極的な安楽死のようなもので、全ての食事と延命治療を拒否してそして亡くなった。身体が生まれついて丈夫だったことと、太っていたことからそれなりに長持ちしたようだった。
脳卒中の結果はリハビリをもってしても半身不随と言語障害、味覚障害が残った。
食事を全く口にしないため、使用できる期間の制限がある中心静脈栄養までは私達の意向で行ったものの、延命治療は本人が強く嫌がった。言葉は話せなかったものの首を振って意思疎通ができたため、何度も何度も何度も確認したが、とにかく延命治療をしたくないという意思は理解できた。延命治療をすれば身体が丈夫なぶん、ベッドの上で長生きするだろうことは想像でき、延命治療は容易には外せない。本人にとって望ましくない生活を長期間強要することはできないと兄弟で結論を出し、意思に沿うことにした。
延命を望んでいないことを伝えると、病院の先生からもリハビリの先生からも看護師さんからも転院先の先生からも「身体が元気なのだからもっと生きられる」と延命を何度も何度も何度も勧められ、時には親を見捨てるのかとなじられたが延命はしないことにした。
薄情者の私でも心に淀みが溜まっていたので、親の世話を焼いていた兄弟のストレスは凄かったと思う。
ただ、実際のところ親が先生方にされるがままにリハビリを始めてからの回復は目覚ましいものがあったので、医療に関わる方が親の命を勿体ないと思うのも当然だと思う。意思疎通できるまで回復させてくださって感謝しかない。これが無駄な医療と言われればそうなのかもしれないけれど。
親に延命治療をするか確認した時、私達が親の意思を無視して延命治療をしたとしたら怒る?と尋ねると首を振って否定し、悲しい?と尋ねると頷いて肯定していた。最後に悲しい思いをさせるのはしたくないと思った。
中心静脈栄養を外してからは末梢点滴のみで徐々に衰弱し、比較的穏やかに過ごし、亡くなった。
私は親に延命治療の最後の意思確認をして以来、一度も泣いていない。やはり薄情者だなと思う。
親の世話を焼いていた兄弟は葬儀の時に泣いていたが、その他では泣いているのを見かけていない。
この1年で実家もかなり整理した。実家には住む人がいなくなり、空き家になるがしばらく置いておくつもりでいる。
今はまだこの一年の何となく落ち着かない心地が続いているけれどじきに落ち着くだろうか。
ふともう帰る場所はないのだなと思ったりする。元々ろくに帰ってもいないけれど。
このまま高市政権で通称使用が拡大されていったほうが、悪いことするときに便利なんじゃないか?
郵便受けに「違う名前の宛先だが、どちらも私宛」の郵便物が一つずつ入っていたのを見てふとそう思った。
私は昨年入籍して姓が変わった男性だが、実際に銀行や証券、保険などの名義変更でたいへん不便な思いをした。
そうは言ってもメガバンクの一つは通称として旧姓で口座を使わせてくれたり、徐々に不便は減っていっているのだろうと思う。
犯罪者として実名が報道されても、旧姓を使い続けている職場の知り合いは私のことだとわからないだろう。
逆に戸籍の名前でしか私を知らない人たちは、旧姓で報道されたら気づかないだろう。
名前を使い分けるのはなかなか愉快な気分もするのだけど、もしかしたらこれって悪いことにも使えるんじゃないだろうか?
まあ、そうだろうなと思った。
むしろ、父親とは血がつながっているというのが意外でもあった。
小さな頃から、遠い先祖に外国人がいて、その影響がたまたま強く出たと教えられてきたけど、どうにも納得できなかった。
本当のところは父親の前妻が外国人で、僕はそのハーフだったらしい。
その年、父が死んだ。
「あなたと私は血がつながっていない。嫌ならこの家を出て、自分の好きな場所で暮らしていい。お父さんが残してくれたお金で、生活には困らないはず」
と言ってきた。
でもちゃんと、「もちろんあなたのことは愛している」と、付け加えていた。
正直、けっこうこたえた。
もしかして僕のこと、嫌いだったのかなと少しだけ思った。
でも、その言葉とセットで「東京に行こう」と即決していた自分がいた。
中学時代、ふとしたきっかけで吹奏楽を始めて、異常に音楽の適性があったみたいで、顧問の先生が「君には特別な才能があるかもしれない。知り合いの先生を紹介してあげるから東京に進学してみたら」と勧めてくれた。
でも、うちにはそんな金がない。
ずっと音楽を続けたいとは思っていたけど、現実的じゃなかった。
そんなとき、母の「血がつながっていない。嫌なら出ていっていい」という台詞。
なんだか心臓の奥を殴られたような気がしたけど、同時に妙に納得して、「じゃあ東京行くか」とほとんど条件反射で決めていた。
それからは音楽に打ち込んで、卒業した後もなんだかんだでずっと音楽に関わって生きてきた。
気がつくと、当時の自分には想像もつかなかった形で、今も音楽の世界の一角で何不自由なく食えている。
先日、母が亡くなった。
東京に出たあと、何かあるたびに世話を焼いてくれて、誕生日に贈り物が届いたり、季節の果物が突如として宅配便で送りつけられてきたり。
それは、多分、「実の母」のそれだった。
後になって気づいた。
あの告白も、「お前はここにいてもいいし、出て行ってもいいんだよ」という、母なりの背中の押し方だったんだろう。
僕ならきっと、母と、当時2歳だった弟のために地元に残るだろう、と見抜かれていたのかもしれない。
だから、そういう予定調和みたいなものをぶち壊して、ちゃんと自分の道を選びなさいと、あえて突き放したんだろう。
弟とふたりで遺品整理をしていたら、財産目録と一緒に僕ら兄弟それぞれに宛てた手紙が出てきた。
手紙にはたくさんのことが書かれていたけれど、最後に母は「あのときはほんとうにごめんなさい。本当はあんな言い方をするつもりはなかったのだけれど、でもああするしか後押しする方法が思いつかなかった。もっと良いやり方があったはずだった、とずっと後悔してきた。許してほしい」と書いていた。
弟と二人で黙って手紙を読み終えた。
もう何年も経っているはずなのに、読み終わった瞬間だけ、母から真実を告げられたときの居間の空気が蘇った気がした。
今さらどうこう言葉を返すこともできないし、「許す」とか「ありがとう」とか、定型の感情に仕舞うには少し足りない。
ただ一つだけ、あの時の言葉も、背中を押してくれた母の決断も、全部含めて「ああ、これが自分の人生なんだ」と思った。
それからしばらく、遺品の片付けや事務的な手続きで走り回った。
台所に残った母の急須、寝室の押し入れにしまってあった古いアルバム、引き出しに片付けられた未使用の封筒。
物だけが淡々と残っていて、思い出も物語も、特に感傷に浸ることもなく過ぎていく。
電話越し、それとなく気遣う言葉、たまに肩の力が抜けたような笑い。どれも普通だ。家族だった。
親子の物語なんて結局あとづけでしかなくて、たまたまそこにいただけ、という感覚だけがじっと残る。
母がいなくなって、名義変更や相続…そういう現実的な事だけが膝元に転がってくる。
結局、人が何をしても、ただ、その都度、選んだ結果だけが静かに積み上がっていく。
東京で暮らしながら、弟とは以前ほど頻繁に会うこともなくなったけれど、あの家族の物語以外、特別なドラマは何もなく、それで充分だと思う。
非嫡出子の相続分差別も違憲になって改正されたし、同性婚を認めない現在の制度について高裁レベルで複数違憲判決が出てる。最高裁で違憲判決が出て改正されるのもまぁ時間の問題だろう。
世の中の流れ的にはますます個人の尊厳、生き方、選択、自由を尊重する方向に動いている。
こうした流れに位置付けるなら夫婦別姓もいつかは必ず導入されると言っていい。
他方、夫婦別姓に反対する保守派がよくいう家族の絆がどうとか戸籍制度が壊れるとかその程度では今の制度の維持は困難な気がする。
名義変更手続きってものすごくたくさん書類書かなきゃいけないし、何ヶ所も窓口に行かなきゃいけないし、融通きかないし、とにかくめんどくさい。経団連も「そろそろ変えよう」と言ってるくらいだし。
旧姓を通称使用すればいいじゃんというかもしれないけど、それも面倒なんよ。実際旧姓使えない場面もまだあるし、パスポート関連で入国の際に止められる可能性があるというだけでリスク高すぎてやってられないんよ。「この場面ではどっちの姓にするのが正しいんだろうか…」とか考えるだけでもめんどいんよ。
こういう現実的なめんどくささの前に、家族の絆がどうとかそういう「ふわっ」としたこと言ってもあまり説得力がないんよ。サザエさんがどうとか言っても「めんどくさいんじゃ!」には勝てないんよ。
子供の姓をどうするんだと言ったところで、そんなん決めの問題で本質でもなんでもない。
過去の遺物である家制度をより強固にするような方向に制度改正がなされることもないだろうし。
夫婦別姓に反対する人は高齢の人が多く、そうした人たちが時間の経過とともに亡くなっていけば反対勢力も弱体化する。
今年夫婦別姓が導入されなくても、5年後か10年後か50年後かは別にして、いつか必ず夫婦別姓は導入されるだろう。
導入されるまでは旧姓の通称使用の範囲が広がったりする程度のことは行われるだろうが、それはただのイレギュラーな延命措置にすぎなくて、恒久的な制度設計としては失敗なんよ。
こういう形式(同姓)と実態(別姓)が乖離するような事態が進行した場合、いつか必ず実態に合わせた制度改正がなされるもんなんよ。
この流れはもう変えられないんよ。
義父の急逝につき、呆然となっていた義母(70歳)にかわり、遠方に住んでいる息子夫婦達でやったこと。
葬儀一切…父が葬儀会社に積立をしていたので、そちらで一切おまかせ。
自分たちが準備したのは通夜・葬儀前の待合室用の茶菓子・お布施のみ。
初七日を繰り上げて行ってもらったけど、あとで知り合いから、身内が遠方にいる場合は、49日も繰り上げたりするよ、と聞かれた。そっちがよかったかも。
翌日から数日間のみ休みをもらったので、市役所に行って手続き一切をした。
戸籍謄本も父の出生から死亡までと相続人の現在戸籍謄本を取得(死亡はまだ取れなかったけど)。
それから電気水道ガス新聞固定電話携帯電話保険関係についてかたっぱしらから電話して名義変更、口座変更、解約手続きの依頼。
年金事務所にも来所予約。
義父名義の銀行口座は当面そのままに。
銀行口座内の入出金のすべての動きがなくなってから、口座の解約手続きを行う予定。
頂いた香典等を帳簿につけ、香典返しが半返しになっていなかった方をリストアップして、追加の香典返し。葬儀会社のカタログギフトを利用。
お寺さんに49日の法要の日程調整、葬儀会社に法要場所を予約、食事、引出物、生花、供物用の花を依頼。
子供達は皆遠方で母もその余力がなくて、7日ごとの法要はしないことに。
通常なら、各種事務処理は、ゆっくり行うところだろうが、義母は自分で手続きをできる精神状態ではなかったし、子供達は頻繁に実家に来れる距離に住んでいなかったので、可能な限り、すませた。
義父が生前、葬儀等の準備をしていて、必要書類は決まったところにあったので、嫁の自分でも色々処理ができた。
見た限り、相続税の基礎控除の範囲内で財産を残していたので(父名義の土地も路線価で計算済み)、他に預貯金有価証券等がなければ、相続税の申告も必要なさそう。
自分はまだ40代だが、いつ亡くなってもおかしくはないし、あとの人が困らないようにしておくことって大事だな、と思った。
結構大変そう
→国会・法務省・行政機関での法案作成、審議、公布のための人件費・事務費。
→ 数十〜百億円規模と推定(マイナンバー導入時に似た規模感)。
住民基本台帳、パスポート、年金、保険証などの関連システム改修。
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■ 社内システムの改修
人事システム、勤怠、給与計算、名刺・メールアドレス等の更新。
中小企業:数十万〜数百万円/社
法務・総務担当者の業務負担=人件費の増加(1人月数十万円相当)。
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→ 数億円規模と予想。
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金額的には各自治体で数百万円規模の改修・運用費が発生し得る。
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旧姓併記制度との併存や、過渡的対応のためのシステム保守・研修。
年間保守費として国・自治体あわせて数億円規模の予算増が見込まれる。
一人あたりの負担:数千円〜数万円相当(手数料+時間的損失)。
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金額だけ見ると大きく感じますが、これはあくまで初期投資や移行コストであり、多くの制度改革と同様、長期的には安定・定着することで維持コストは下がると考えられます。
※名義変更される前のメールアドレスに変更することもできますが、当該メールアドレス宛に送信されたメールを譲り受けた方が受信してしまいますので、十分ご注意ください。
※名義変更前にドコモのメールアドレス(電話番号@docomo.ne.jpを除く)がdアカウントのIDに設定されている場合は、名義変更前のアドレスはご利用になれません。ご利用されたい場合は、事前にdアカウントのIDをドコモのメールアドレス以外へ変更していただく必要があります。
https://www.docomo.ne.jp/faq/detail?faqId=4892&utm_source=chatgpt.com
参考にならんかもだけど
実質が贈与とみなされる可能性
たとえば、貸付契約自体が形式的で、実際には利息を受け取っていない・親が返済の原資を持っていない等の状況があれば、税務当局に「実質的には子への贈与」と判断されるリスクがあります。
高額利息の正当性
仮に法定金利の上限(年20%)を設定したとしても、高い金利を“親”が子に支払う合理的理由があるかどうかを問われます。「資金需要の切迫性」「一般の金融機関から借りるよりも安い条件かどうか」などの状況次第で、不自然な金利設定だと判断されれば、やはり贈与とみなされる可能性があります。
子が受け取った利息は、子の雑所得等として課税対象になります。受け取った利息についてきちんと確定申告する必要があり、申告漏れがあると追徴課税を受けるリスクがあります。
絵画のような美術品は時価の評価が難しいですが、市場価格とかけ離れた高額(または低額)でやり取りすると、「贈与または遺贈の一形態」とみなされる可能性があります。
個人の私的売買の場合、必ずしも消費税が課税されるわけではありません。消費税の課税事業者として登録・届出をしているかどうかなど、さまざまな条件があります。単に「個人間で売買=10%の消費税だけで済む」という単純な話ではないため、注意が必要です。
会社の所有権(株式)が誰にあるかが重要であり、取締役(役員)に就任するだけでは資産移転には直結しない場合も多いです。逆に株式を無償で譲り受ければ、贈与税の対象になり得ます。
実態のない「名義貸し」
取締役が親から子に変わっただけで実態として事業をしていなかったり、出資者が親のままなら、税務上の評価としては「親が会社を所有している状況」と大きく変わりません。
実際の業務内容や会社の規模と見合わないほど高額な給与は、税務調査で「不相当な役員報酬(あるいは給与)」とみなされ、損金算入が否認される可能性があります。その結果、法人税や所得税などで余計に課税されるリスクが高まります。
高額給与として受け取る以上、所得税・住民税・社会保険料などの負担が増えます。相続税を下げられたとしても、トータルの負担で見れば得策ではない可能性があります。
業務委託契約に見合う労務提供・成果物があるかどうかが問われます。形式的に契約書だけ作っても、実際に業務を行わず実態を伴わない支払いであれば、やはり贈与とみなされる可能性が高いです。
税務上の処理や社会保険の扱い
個人事業として200万円/月もの売上がある場合、消費税の課税や所得税区分(事業所得か雑所得か)の問題など、慎重な手続きが必要です。
親側にも贈与を疑われるリスク
親が経費として落としたい場合、業務の実態を証明できなければ経費が否認されるうえ、子に渡した分が贈与とみなされるリスクがあります。
株式を誰が持つかで税務上の扱いが変わる
親が株式を持ち続けるなら、単に親の資産が株式という形に変わっただけであり、相続対象となります。
子への贈与扱いのリスク
名義を子にするために親が資金提供したのなら、株式の価値分が“子への贈与”とみなされる可能性があります。
将来的に会社の株式価値が大きく上がった場合には、相続税対策としては有効な場合もあります。しかし、その前提として、きちんと事業を行い、株式を適正に評価しておく必要があります。
形式上は合法に見えても、実質が「贈与」や「仮装・隠蔽行為」だと判断されれば課税対象
取引の実態(業務内容や対価の妥当性、市場価格との整合性など)を税務当局は厳しくチェックする
仮に贈与が発覚すれば、相続税より高額の贈与税が課される場合もある
結論として、挙げられた手法だけで「相続税を逃れる」ことは非常に難しく、むしろ税務リスクが高まると考えられます。実際に生前贈与や事業承継を検討するのであれば、税理士・弁護士・公認会計士などの専門家に相談して、法令や実態に則した正当な手続きを踏むことが重要です。下手に「裏ワザ」を狙おうとすると、後になってより大きな課税や罰則を受ける可能性が高まりますので、十分ご注意ください。
アイデアは斬新だけど、法律や税務上で結構厳しいチェックが入る可能性があるよ!以下で詳しく解説するね。
1. 法的な問題
第三者性の確保
フラット20や35を利用する場合、通常は「売買が実体を伴っている」ことが条件となる。夫婦間での売買だと、実際に「売買が本当に成立しているのか?」という点が疑われる可能性が高いよ。金融機関やフラット35の審査機関がこれを「名義変更や資金調達のためだけの行為」とみなすと、融資が受けられないことがある。
2. 税務上の問題
夫婦間で売買をする場合、売買価格が「適正な市場価格」から著しく乖離していると、「贈与」とみなされて贈与税が課される可能性があるんだ。例えば、実際の市場価格より安い値段で奥さんが家を買った場合、その差額分を夫が「贈与した」と判断されることがある。
夫が自分名義の家を売却すると、売却益に対して譲渡所得税が発生する場合がある。ただし、居住用財産の特例(3000万円控除など)を使えば非課税にできる可能性もあるけど、要件を満たさなければ課税される。
フラット35は公的な住宅ローンだから、審査が厳しい。特に夫婦間取引は実態のない売買を防ぐ目的で細かくチェックされる。例えば以下の点が問題視される:
売却後も夫婦が同居し続けること
夫が家の代金を全額受け取らない場合(分割など)
金融機関や住宅ローンの審査担当者に「資金調達目的」だと疑われたら融資が通らないリスクが高い。
住みながら売却:この部分が特に問題視される可能性がある。なぜなら、通常の売買では、売却後に買主(奥さん)がその家を「自由に利用する権利」を持つはずだけど、夫婦間ではこの境界が曖昧になりがち。
お金の一括入手:奥さんが住宅ローンを組んで買う形にするなら、一時的に現金は手に入るけど、夫婦全体の資産の流動性が大きく変わるわけではないよね(家計全体では借金が増えるだけ)。
税務署に疑われないよう適切な申告を行う
このスキーム自体は実現可能な場合もあるけど、法的・税務的なリスクが高い。事前に専門家(税理士、不動産鑑定士、司法書士など)に相談するのが必須だね!
「天才かどうか」はともかく(笑)、かなり実行には準備が必要なアイデアって感じ!👍
らしいよ!しらんけど!🤣
野党から選択的夫婦別姓の法案を出てきそうな雰囲気ですが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。
今だと衆院で通ったとしても参院で否決されるので、参院選の結果を見ての対応が濃厚です。
んで、表題の通りなんですが、選択的夫婦別姓は政治を理解する良い題材なんですよ。
賛成派が多い(※)けれど、現状の制度は夫婦同姓=反対派という捻じれが発生しているので、互いに一理ある議論ですからね。
※選択的夫婦別姓に賛成が62%、反対が27%とNHKの調査で報じられている
そして、結婚という多くの人に関わりがあるイベントがトリガーとなる制度でもあります。
賛成派の賛成理由は下記のとおりです。
「名字が変わると、仕事や生活で支障がある人もいると思うから」18%
別姓にしたい人がいるなら、そうしたら?ということでしょう。
他人の意見を尊重する点や他人の困りごとを解決しようとする点は素晴らしいですが、深く考えていない無責任な意見にも感じられます。
「名字が変わると、仕事や生活で支障がある人もいると思うから」
姓が変わると別人として扱われ、不利益や支障が発生する場合の話ですね。
選択的夫婦別姓になっても、大抵の人は慣習で男性側に合わせると予測されます(他の国の傾向からの予測)
家父長制の影響から脱しようということでしょうが、迂遠過ぎでしょう。
別姓制度が開始すると子供の姓をどちらかに選択しますが、それが男性側の姓ばかりになった場合に、同じ議論を繰り返すのでしょうか。
アイデンティティを守りたいということですね。
とても大事なことです。
賛成派は不便の解消やアイデンティティを守ることが目的と言えます。
反対派の理由です。
「別の名字にすると、子どもに好ましくない影響を与えるから」26%
他人の家の一体感やお子さんがどうなろうとどうでもいい気もしないでもありません。
これらの理由はお気持ちであり、アイデンティティの現れと言えるでしょう。
夫婦が同じ姓であることを前提にしたオペレーションやシステムが多くの企業や役所に存在しており、別姓による混乱はY2K問題を想像させます。
実質、別姓でいられるということですね。
しかしながら、個人情報の扱いがどんどんと厳しくなっている時代に、旧姓が使える範囲を広げていくことは難しそうです。
反対の理由はアイデンティティを守ること、制度変更による混乱への懸念です。
ここまでが選択的夫婦別姓について賛成/反対の理由を紹介して来ましたが、いかがでしょう。
私は賛成派の最大の理由「選択肢が多いほうがいいから」が、無責任に思えてなりません。
国会で「選択肢が多いほうがいいから選択的夫婦別姓を実現しよう」と言う政治家を支持できますか?
私にはできません。
NHKの調査の賛成62%という数字を元に「選択的夫婦別姓の賛成派が多い」と判断することは早計でしょう。
賛成派は強く実現を望む人と消極的な多くの人で構成されているのです。
賛成62%のうち56%は「選択肢が多いほうがいいから」=全体の35%が消極的賛成派です。
積極的な賛成派は、62%ー35%=27%です。
制度変更のコストが日本の行政と企業全体でどの程度になるかわかりませんが、消極的賛成派のどの程度がコストに見合うと考えてくれるでしょうか。
反対派は夫婦同姓を日本の制度として残すことをアイデンティティの一部として感じています。
お気持ちです。
彼らは全体の27%です。
奇しくも積極的な賛成派と同じ数です。
制度を変更しようとする側は、現制度を変更するための道理とメリットを提示して、反対派を説き伏せなければいけません。
民主主義と多数決を混同しているバカ以外は、議論を重ねて反対派の取り崩しを行うことが必要であるとを理解しているでしょう。
物事を変えるというのは大変なのです。
例えば、自由民主党は憲法改正を目的として自由党と民主党が合併したにも関わらず、未だ実現できていません。ゴミカス政党です。
どうすれば、反対派を取り崩せるでしょうか。
まずはお気持ちに寄り添うことです。
「他人のことに口を出すな」「反対する理由が理解できない」「家族の絆が弱くなるわけない」「反対するやつは老害」。
例えば、このような意見を反対派を読んで「その通りや、反対派はクズや!」などと感じるでしょうか。
そんなわけがありませんよね。
お気持ちに触れず、彼らを説得するための材料を用意しなければなりません。
夫婦同姓のデメリットであるキャリアへの影響や名義変更手続きのコストなどは問題にならなくなる可能性が高いです。
よく例に出される「論文の著者名が変わってしまう」などはAIのサポートにより消え去るでしょう。
名義変更手続きはマイナンバーカードの活用で減っていくでしょう。
不便が減っても、積極的な賛成派が減らずに済むでしょうか。
※反対派は70代以上に多いので彼らが亡くなったら反対派がいなくなると考えている人もいるでしょうが、人は年齢を重ねると保守的になるので、あまり期待しないほうがよいです
選択的夫婦別姓は戸籍にも手をいれる必要があり、一筋縄でいかない問題を多数孕んでいる可能性もあります。
実現を本気で望むなら、各論でしか議論していない現状から脱して、洗い出した問題点とその解決方法を提示するべきでしょう。
私の目には、選択的夫婦別姓は議論の入口にすらたどり着いていないように見えます。
国民の多数が賛成にも関わらず手がつけられていない課題は希少です。
官僚の力を借りずにこのような大きな制度変更を設計してみせれば、有権者がその力量を高く評価することは間違いありません。
現実的な叩き台が出て来た時が、選択的夫婦別姓実現の始まりです。
ただのアピールではなく、本気で選択的夫婦別姓の実現に取り組むことを野党各党に望みます。
「選択的夫婦別姓」賛成が62% 反対は27%にNHK世論調査
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240501/k10014437371000.html