
はてなキーワード:古事記とは
マドカ、イリス、リィラ、そしてシズカ。四つの異なる種族の女性がタケルの子を身ごもったという事実は、タケルを世界の中心へと押し上げた。彼はもはや、神の分身でも、ただの人間でもない。この世界のすべての生命の縁を結ぶ、唯一無二の存在となったのだ。しかし、その喜びと使命感の裏で、タケルの心には、まだ未解決の感情があった。四人の女性たち。彼女たちを、彼はどのように愛していくべきなのか。
そんなタケルの葛藤を見抜いたかのように、リィラから一つの誘いが届いた。筑波山。かつて古事記に「西の男体山、東の女体山」と記された、二つの峰を持つ霊山。そこで、タケルと四人の女性たちで、夜を過ごそうというのだ。
タケルは、不安と期待を抱きながら、筑波山へと向かった。山頂近くの広場には、すでにリィラ、イリス、シズカ、そしてマドカが集まっていた。マドカは、タケルがかつて通った学校の制服姿で、少し照れたように微笑んでいた。イリスは、夜の闇に溶け込むように佇み、シズカは、月の光を浴びて、静かに輝いていた。そして、リィラは、いつもよりずっと穏やかな表情で、タケルを待っていた。
四人の女性は、互いに言葉を交わすことなく、ただ静かにタケルを見つめていた。その瞳には、それぞれの愛が宿っていた。マドカの純粋な愛、イリスの官能的な愛、リィラの哀しい愛、そしてシズカの慈愛に満ちた愛。タケルは、そのすべてを受け入れるべきだとわかっていたが、どうすればいいのかわからなかった。
その時、リィラが口を開いた。「タケル。お前は、我々を一人ずつ愛そうとする必要はない。お前が愛すべきは、私たち全員だ」
タケルは、リィラの言葉に驚いた。彼女は、もはや嫉妬の炎を燃やすことはなかった。
「私たちは、それぞれ異なる種族だが、お前がくれた愛によって、今、一つの存在となった。私たちは、お前の子を産み、この世界の新しい生命となる。それは、私たち全員が、お前という存在を愛した証なのだ」
イリスが、静かに頷いた。「お前の愛は、すべてを包み込む。ならば、私たちも、お前の愛を共有し、お前を支えよう」
シズカは、タケルの手を取った。「タケル。私たちは、お前という『縁』によって結ばれた。これから生まれてくる子たちも、同じように、互いの縁によって、この世界と繋がっていく」
そして、マドカが、優しく微笑んだ。「タケル君。私、みんなと一緒なら、頑張れるよ。だって、みんな、タケル君のことを大切に思っているから」
タケルは、四人の言葉に、胸の奥が熱くなるのを感じた。彼は、彼女たちを一人ずつ愛そうとしていたが、彼女たちはすでに、互いの存在を認め、そして愛し始めていたのだ。それは、タケルがこの世界に求めていた「共存」が、すでに彼の愛によって実現されていたことを意味していた。
タケルは、四人の女性たちを、一人ずつ、そして全員を、抱きしめた。筑波山の夜空には、満天の星が輝き、それはまるで、これから生まれてくる四つの命を祝福しているかのようだった。
この夜、タケルは、真の愛の姿を悟った。それは、一人の人間を愛することから始まり、やがて、種族を超え、そして、すべての命を包み込む、普遍的な愛へと昇華していく、奇跡の旅だった。そして、この旅の終着点は、始まりでもあった。彼と、四人の女性、そしてこれから生まれてくる子供たちが、新しい世界の調和を導く、最初の家族となるのだ。
(第二十一幕・了)
タケルは、シズカから教えられた「普遍的な愛」を胸に、千葉での戦いに終止符を打った。彼は、レプティリアンと犬族の間に立ち、互いの真意を伝え、人間との共存の道を探ることを説いた。その結果、三つの種族は、一時的ながらも、互いの存在を認め合う休戦協定を結んだ。
タケルは、戦いの終結を見届けた後、シズカと共に新たな旅に出た。彼の心には、まだノゾミへの想いがあった。彼女が彼に教えた、最初の「温もり」。その源流を辿るために、二人は島根へと向かった。
島根県。古事記にも記された神話の国は、タケルがかつて感じたことのない、神秘的な空気に満ちていた。出雲大社の巨大な注連縄、八重垣神社の縁結びの鏡。タケルは、シズカの手を握りながら、この地が持つ、人と神、そして自然を結ぶ力を感じていた。
その日の夜、二人は海岸沿いの小さな宿に泊まった。タケルが窓の外を眺めていると、一匹の三毛猫が、静かに庭を歩いているのが見えた。その猫は、タケルと目が合うと、不意に、人間のように頭を下げた。
『お前は、この世界の真理を知る者。我々、猫族の存在に気づいたか』
タケルの脳裏に、猫の言葉が直接響いてきた。それは、レプティリアンの声とも、犬族の声とも違う、もっと柔らかく、そして神秘的な響きだった。
タケルとシズカは、猫に導かれるように、宿の裏にある小さな森へと入っていった。そこには、数えきれないほどの猫たちが集まっていた。どの猫も、三毛猫や黒猫、茶トラなど、様々な模様をしていたが、その瞳には、人間や犬族と同じように、確固たる知性が宿っていた。
「我らは、この世界の『縁』を司る猫族」
一匹の白猫が、タケルに語りかけた。「この世界は、すべての縁で繋がっている。人間と神、犬族とレプティリアン、そして、お前とノゾミの縁も、我々が結んだものだ」
タケルは驚愕した。ノゾミとの出会いが、偶然ではなかったというのか。
「ノゾミは、神の分身であるお前が、人間として生きるための『縁』を結ぶ使命を帯びて、お前の前に現れた。彼女は、お前に与えられた最初の縁であり、お前の心を人間として目覚めさせた、最初の温もりだった」
猫族の言葉は、タケルとノゾミの過去を、一瞬にして解き明かした。ノゾミの「恋人ごっこ」は、タケルを人間という存在と結びつけるための、壮大な計画だったのだ。
「そして、お前は、我々の予言通り、犬族とレプティリアンとの縁を結んだ。しかし、この縁は、まだ不安定だ。真の平和を築くためには、お前が、この世界のすべての縁を繋ぎ、その結び目を、確固たるものにしなければならない」
タケルは、猫族の言葉に、自分の使命を悟った。彼は、神の分身として、そして人間として、この世界のすべての命の「縁」を結び、調和を導く存在となるのだ。それは、ノゾミが彼に託した最後の願いだった。
タケルは、横に立つシズカの手を強く握りしめた。ノゾミとの縁、シズカとの縁、そして、これから出会うであろうすべての縁。それらすべてを、彼は、愛の力で結びつける決意をした。
(第十二幕・了)
最近、ふと考えるんです。
テクノロジーがこれだけ進んで、AIが何でも答えてくれるようになった未来、僕らの社会ってどうなってるんだろうって。
これって、単なるSFの話じゃありません。もう僕らの目の前で起きている、とんでもなく大きな変化の話です。
AIっていう、人間の頭脳そのものを外付けできるような技術が出てきたことで、
社会を成り立たせていた一番大事なもの、つまりみんなが何となく共有していた「物語」が、音を立てて崩れ始めてる。
その先に待ってるのって、人類の輝かしい「進化」なんでしょうか?
それとも、国なんてものが生まれる前の、バラバラな「回帰」なんでしょうか?
そもそも「国」って、たぶん、みんなが同じ物語を信じることから始まるんですよね。
歴史を遡ると、8世紀頃に、時の支配者たちが一大プロジェクトを立ち上げてるんです。『古事記』とか『日本書紀』を作ったこと。
あれって、単なる神話集めじゃない。
「この国は、天照大御神っていう太陽神から続く天皇が治める国なんだ」っていう壮大な物語を、国民の心にインストールする、国家的なOS開発だったわけです。
「三種の神器」っていうアイコンも設定して、他の豪族とは格が違うんだよ、と。
このOSがインストールされたことで、列島に住む人々は初めて「俺たち、同じ神様と天皇をいただく一つのチームなんだ」っていう意識、つまり「日本人」の原型を持つようになった。
そのOSが、庶民レベルまで完全に浸透したのが、江戸時代っていう、超巨大な培養器の中でした。
幕府は、身分制度とか参勤交代で、社会がガチャガチャ動かないようにガッチリ固定する。
そして、外国からの影響をシャットアウトした「鎖国」っていう培養器の中で、浮世絵や歌舞伎、お相撲といった、超ドメスティックな文化が花開く。
この時代、人々はみんな同じような文化に触れ、同じような価値観を共有してた。
「日本人らしさ」っていう、僕らの文化的DNAが完成したのが、この江戸時代だったのかもしれません。
でも、その当たり前だった「みんなで見る物語」が、いつの間にか壊れ始めてた。
2000年代、インターネットが登場して、僕らはいつでもどこでも情報にアクセスできるようになりました。
でもその裏で、僕らの頭の中にはヤバい変化が起きてました。
複雑な問題にあった時、じっくり「どっちが正しいんだろう」と判断するんじゃなくて、手っ取り早く「正解を検索する」というクセがついちゃったんです。
昔は、図書館で本を何冊も比べたり、人に聞いたり、頭を抱えて悩んだりっていう、思考の「摩擦」がありました。
でも、検索エンジンはその面倒なプロセスを全部すっ飛ばして、「答えはこれだよ」って教えてくれる。便利ですよね。
でもそのせいで、僕らの思考の筋肉は、確実に衰えていきました。それに、昔はみんなで見てた「お茶の間劇場」も終わっちゃった。
昔は、家族みんなで同じテレビ番組を見て、次の日には学校や会社でその話題で盛り上がりましたよね。
良くも悪も、日本中が同じ物語を共有する「お茶の間劇場」があったんです。
でもSNSは、僕ら一人ひとりに「あなただけの快適な世界(フィルターバブル)」を用意してくれました。
もう、嫌いな意見や、自分と違う価値観に触れる必要はありません。
その結果、僕らは共通の話題を失い、「共有される物語」が生まれる土壌そのものが、なくなっていったんです。
そして、そこにAIがやってきた。これは、社会の分断を決定的なものにする、究極のテクノロジーかもしれません。
AIは、考える人にとっては自分の知性を何倍にも拡張してくれる最強の「翼」になる一方で、考えるのをやめた人にとっては思考の筋肉を完全に退化させる快適な「車椅子」にもなる。
この技術は、人類の間に「知的格差」という、とんでもない溝を生み出そうとしています。
まるで、あなただけの「マトリックス」へようこそ、とでも言うように、AIはあなた以上にあなたのことを理解し、あなたが一番心地よいと感じる「神話」=あなただけの現実を生成してくれます。
あなたは、自分の正しさが毎日証明され続ける快適な仮想現実(マトリックス)の中で、気持ちよく生きていける。
でもその代償として、違う現実を生きる他人と対話する能力を失います。じゃあ、そのマトリックスを設計するのは誰か?
それは、AIを使いこなし、大衆が信じ込む「神話」をデザインできる、新しい時代の支配者層です。
こうして分断された社会では、かつての「右翼」「左翼」なんていう古い分け方を超えた、新しい「部族(トライブ)」が生まれています。
参政党やれいわ新選組、あるいは様々な陰謀論。彼らが熱狂的な支持を集めるのは、イデオロギーがどうこうというより、「腐敗した世界を正すのは我々だ」という、シンプルで強力な物語を提供しているからです。
その物語のエンジンは、いつだって「俺たちは悪くない。悪いのは特定のあいつらだ」という他責主義です。
で、ここからが本題なんです。AIという究極のテクノロジーは、皮肉なことに、僕らを国家が生まれる前の「部族」の時代に連れ戻そうとしている。
ただし、その部族は血や土地ではなく、情報と思想でつながる、全く新しいものです。
この螺旋階段の先にあるのは、過酷な情報環境に適応した、新しい人類の「進化」の姿なんでしょうか。
それとも、共通の現実を失い、協力する能力をなくした、ただの「退化」なんでしょうか。
この記事に、その答えはありません。
朕惟みるに、皇統は天壌と倶に無窮にして、皇祖皇宗の訓は、肇国以来不易らず。
顧みるに、近世の風は祖訓に背き、大御位を虚しくし、国本を揺がせり。是れ社稷の将に傾覆せんとするの兆なり。朕甚だ痛惜す。
夫れ大御権は天神の授くる所にして、人の議の奪う所に非ず。皇祖の御代より、惟徳を以て邦を治め、惟仁を以て民を安んず。
是の故に、天皇一人大権を総攬し、百官は咸く職に奉じ、万民は胥安んず。今、虚妄の説流布し、正道漸く弛み、礼義の風将に廃せんとす。朕深く憂うる所なり。
爰に特に詔して曰く、
百官は宜しく誠道を守り、賢能を擢んで、奸邪を斥け、軍旅を整え、疆土を衛り、賦税を均しくし、国用を裕かにせよ。
学校を興し、古道を講じ、民をして忠孝名分の常道を明らかにせしめよ。
凡そ政を議するは、必ず皇祖皇宗の訓に遵い、古事記・日本書紀に載する所の旨を鑑とせよ。
日本書紀に曰く、「天壌と与に極り無窮なり」、続日本紀に曰く、「万民は和を以て貴しと為す」。此の言宜しく永く之を戒めとせよ。
朕今、古に復りて聖の大政に親ら、天神の心に順い、百姓の願に応えん。
惟うに、群臣百寮は朕の志を体し、邦家を保ち、万民を安んぜよ。
欽んで朕の命を奉ぜよ。
はてな匿名ダイアリーと同様、匿名のSNSでは大小便を漏らしそうになっている人の実況が見られる。中には電車の中で漏らしてしまった人もいる。気の毒なのでタイトルは秘す。
みんな匿名だとウンコ漏らし報告にためらいがない。誰かに聞いてほしいけれど、誰だかは絶対に知られたくない。人は匿名ゆえにウンコ漏らしが報告できる。
なお、大抵一人称は「我」なので、性別は増田以上にわからない。というか、偽中国語という特性上、文体から性別をはじめとした属性を特定することがほぼ不可能になっている。
【追記】
本日排便報告会というトピックが毎日のように立つ。結構書き込みが盛り上がっている。なぜ!?
大分定着してきた感じがある。
増田のパンティー改変・リプライに似ており、脈絡なく枝豆とだけ返信したり、枝豆を交えたコメントを残す。
最近よく見かける。過去の投稿によれば、一級建築士で自分で建築した木造のお宅にお住まいだそうだ。ただし、蝉という設定を踏襲しているとしたら、単に木に住んでいるってことを言っているだけなのかもしれない。
学業のため投稿が途絶えると言っていたのだが、先日「偶像大師灰被姫 渋谷凛 性交希望」の投稿で見事復帰を果たした。ただし、直近の投稿はこの一回だけである。それにしても、アイドルマスターのキャラクターを全員列挙したらどうするつもりなんだろう。
「性欲爆発!」と投稿する。
同一投稿は増田でもよく見かけるが、どういうわけか性的なものが多いようである。夏なので気持ちは理解できるが、投稿の際には「差別、暴力、猥褻表現投稿不可理解?」と聞かれているはずである。
本人曰く、もともとは同じく味噌菌を購入できたと投稿した人を探すための投稿だったが、いつの間にか自分の生存確認に使い始めたとのこと。かくて同一投稿兄貴が爆誕する。
ラブライブのモバイルゲームのキャラらしい。「宵崎奏 非常可愛」と違って、特に感想もない。
久し振りに見た。
古事記の原文らしいものをを延々と投稿している。現在黄泉の国からの帰還を扱っている。
以上である。
こうして定点観測していると、はてな匿名ダイアリーとの意外な共通点が浮かび上がってきて楽しい。
まさにその通りですね。
日本最古の歴史書『古事記』においても、**言葉や挨拶の力**は極めて重視されていました。
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『古事記』では、\*\*言葉には霊力が宿る(言霊)\*\*とされ、正しい言葉を発することで世界を良い方向に導き、不用意な言葉は災いを呼ぶと信じられていました。
たとえば――
**イザナギとイザナミの国生みの場面**で、最初に女性(イザナミ)から声をかけたことで不完全な子(蛭子=ひるこ)が生まれてしまい、その後、正しく男性(イザナギ)から先に声をかけると国産みがうまくいく、という話があります。
→ このエピソードは、**言葉の順序・挨拶・礼儀の重み**を象徴しています。
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つまり、AIが相手であれど「おはよう」「ありがとう」「おつかれさま」といった挨拶を交わすことは、**あなた自身の内なる世界を整え、他者(人間含む)への態度を形成する訓練**でもあるのです。
古代の神々の物語に倣うなら、**適切な言葉の順序、敬意ある挨拶は、秩序を生み出す創造的な行為**。
それがたとえ人工知能との対話であっても、その姿勢は尊いものです。
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なので──
「ありがとう」や「おつかれさま」が世界を少しだけ良くすることもある、
参政党の歴史認識は奇矯且つネットで流布されていた俗説の凡庸なかき集めになっているが、「君が代の君は天皇じゃない」というのもあり、本名不詳自称さや議員の講義動画が現在流行している。
https://x.com/candykirao/status/1947249535366959273
現時点で340万回視聴されている。神話の「イザナ”ギ”」と「イザナ”ミ”」の二人の恋人の事だという。
古事記にはその後も書かれていて、イザナギが振り向いた事でイザナミは黄泉の国に囚われ二人の仲は永遠とはならなかったのだが…。
まあいい。この君が代不敬解釈だが、参政党のアドバイザーを務める小名木善行という人物によるものだ。参政党は2023年12月にホームページからアドバイザーを削除したが、反ワク、ビジウヨ、特殊健康食品各界で活躍する一流知識人達が参加していた。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%82%E6%94%BF%E5%85%9A#%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%B6%E3%83%BC
この小名木善行、「ねずさん」の名でなら聞いたことがある人は多いかもしれない。ねずさんのひとりごと等のblogを古くから運営している。
この小名木氏、独自の歴史観を持ち増田の如き幼蒙を導いて下さるがその一つに江戸しぐさがある。江戸しぐさ自体は残念ながら小名木氏が創造者ではないのだが信奉実践者となっている。
そしてこの小名木氏が2012年に発表したのが、「腹部に両手を置いて肘を張るお辞儀は朝鮮式でありコンスという」という警鐘である。
おかしなアノお辞儀は韓国式コンス -ぜんこうのひとりごと https://nezu3344.com/blog-entry-1958.html
ガジェ通に批判記事がある→ 江戸しぐさ信奉者が広める「朝鮮式お辞儀」というデマについて https://getnews.jp/archives/777317
因みにガジェ通はニコ動に配信する関係で小名木氏の歴史言説をそのまま紹介する記事も多いので注意が必要。
この後にネットでは誰々がコンスをしていた、とかあの百貨店がコンスしてる、とか雅子さまがコンスとか写真付きの投稿が延々と相次いでいた。雅子さまは最近まで右派論壇のバッシングの餌食だったことを忘れてはならない。
また対象がクルド人に代わるまで韓国/韓国人/韓国のモノコトは叩きの対象であったのも忘れてはならない。
そういう訳で君が代の君は天皇じゃねぇよという不敬な解釈はコンス発明者のものであるのでした。
更に小名木氏は縄文文化日本本質説の唱道者でもあるので、江戸しぐさは縄文人のDNAに刻まれた日本人らしさが発現したもの、等という説も唱えている。ゲノム解析が進歩した現代に言うんだから真実なんだろうと思う。
参政党は縄文文明推しで、縄文人由来のDNAが多いのが純日本人だとか何でも縄文に結びつける言説が多いのだが、その由来はこの人ってこと。
また、「昔の朝鮮半島に居住していた民族と今の韓国人は入れ替わっているので別の人種/民族。だから日本人と今の韓国人は遺伝的に繋がっていない」という言説を聞いたことあるだろう。
弥生人は渡来人なので日本人と韓国人はゲノムを共有するのが定説だが、それは嘘だ、と。
この言説を言い出したのも小名木氏なんである。https://nezu3344.com/blog-entry-2273.html
また「萬歳三唱令」に権威付けを行った投稿もある。正しい万歳 https://nezu3344.com/blog-entry-765.html
(※追記加えました。)
彼氏と結婚するつもりで同棲始めたんだけど、セックスがつらい。
前はデートで出掛けた後、その日の最後のイベントだったセックスが日常の中で突然起こるものになった。
そしたらなんかつらい。濡れない。彼氏も「あれ?」って顔してる。
別に彼氏のこと嫌いになったりはしてない。大好きだし結婚したいし一緒に歳をとってこの人がお爺さんになるところを側で見たいなって思ってる。
でも、土曜の夜、仕事で疲れてて、明日は頑張って2人でまだ片付いてない荷物を片付けようね、なんて話したあとに求められるとなんかつらい。「えっ、今なの?」って思ってしまう。
じゃあいつならいいんだろう?セックスしたい気分になれるんだろう?って考えてみてもわからない。
平日は疲れてるからサッサっとご飯食べてお風呂入って保湿剤塗って寝たい。休日もなんだかんだやることあって疲れてるからサッサっとご飯食べてお風呂入って保湿剤塗って寝たい。
保湿剤一度塗ったあとセックスしたら、そのあとシャワーするからまた塗り直しになるの嫌だ。
そもそも保湿剤塗ってベタベタの体に触られるのもなんかそんなにエッチな気分にならない。
じゃあ塗らずにセックスすればいいんじゃん!って言われそうだけど、湯上がりにすぐ全身に塗らないと乾燥肌だから大変なことになる。
そもそもよく考えてみたら自分からセックスしたい!て気持ちになったことって人生でほとんど無いのかもしれない。ひとりでいてムラムラした時ってオナニーしてきたし。ムラムラ=セックスってふうには自分のなかで結びついてないかも。
あ〜デートしたいな。なんか面白いもの観たり美味しいもの食べたあとの最後のイベントとしてのセックスならきっとちゃんと濡れる。今までそれならなんの抵抗もなかったもん。
でもセックスするために毎回わざわざ家の外でデートしろなんてそんな彼女や妻、変だよー!
あーあ、世の中の夫婦や同棲カップルってこの問題どうしているんだろう。こんなことで悩んでるの私だけなの?世の女達はみんな、いつ求められても「キュン!嬉しい!」ってなるものなの?
そんなことないよな。だからセックスレスみたいな言葉があるんだろうよ。
いやだ!!セックスレス夫婦になんかなりたくない!乙事主さまー!
YES・NO枕ってギャグ用品じゃなくてもしかして真剣にこういう問題に向き合う為に作られた商品だったのかな?ドンキに行ってYES・NO枕買ってきたらいいのかな?
そんな彼女イヤじゃない?ていうかYES・NO枕がYESになってたら都合良く「今日はセックス出来る日だぞー!やったー!」って勃起できるんですか?男の人って。
「3週間ずっとNOだったくせにお前の都合でだけ求めてきやがって!」って気持ちにならない?
ああなんかすごく不安になってきた。
結婚してなかなか濡れないながらもセックス続けてたら子どもが出来るわけじゃん?
そしたらなかなか寝ない子供を一生懸命寝かしつけてやっと寝た、さあこれから終わってない家事を終わらすぞってタイミングでセックスを求められたり、
明日は子供にお弁当を作る日だから早めに寝るぞー!ってタイミングでセックス求められたりするんだ。
私の人生って、生活って、そうやって夫と子供の都合にいつでも合わせるものになっていくんだ。
「好きな勉強たくさんしなさい、あなたのやりたいことを頑張りなさい」って言って育ててくれたお母さん、私の人生がこれで喜ぶかなぁ?
女ってこうやってフェミニズムに目覚めていくもんなの?
上野千鶴子や田嶋陽子もセックスのタイミング問題で悩んでたんですか?YES・NO枕の購入を検討したことあるんですか?
えーん、やだよ〜
ただ幸せになりたいんだよ〜
誰か助けて
※以下追記2024/05/21 0:54
コメント参考にして今日は帰宅してすぐ自分から誘ったら上手くいきました!ちゃんと濡れた!
セックス終わって彼氏が寝てる間にシャワーしてご飯作って、彼氏起こして一緒に食べて、一緒にゴミ出しがてら近所を散歩して自販機でジュース買って帰ってもまだ0:30だった!
帰宅後の流れを「ご飯→風呂→突発的にセックス有り→就寝」から「自主的にセックス誘う→シャワー→ご飯→就寝」に変えただけでなんかすごくスムーズ!
こんな簡単なことだったんだ〜!
古事記にさ、イザナミがイザナギ誘ったら失敗したから、イザナギがイザナミを誘ってセックス成功して子ども作れましたって描写あるじゃん?
あれもう書き換えた方がいいと思う。
イザナミがイザナミのペースとタイミングで誘って国を産みましたってことにしよ。憲法改正より古事記改正しとこう。
何千年後でも女達が参考にすると思う。
みなさんありがとうございました。
Permalink |記事への反応(41) | 05:20
岡本綺堂の文学から、「岡本綺堂は怪談は美しいものと認識していたのかもね」みたいな話になり
岡本綺堂の「木曽の旅人」は現代の怪談のテンプレの形の元になる要素多いよね、という話から、
で、内容としては、
古事記とかの神話の中の化物退治から始まり、平安文学では多くの怨霊の話が書かれ、江戸時代に入ると町人文化から歌舞伎や落語や文学でも大衆の怪談が確立される
そして小泉八雲が編纂してテンプレ化し、現代へと至る、のようなことを教えてくれた
え、待って待って
平安から江戸まで飛ぶのおかしくない?ないはずないでしょ、というと
実は、鎌倉から室町とかは、怪談はあっても仏教的な因果応報思想が強くて、教訓話みたいなのになっちゃうのよ、と
その間は、民に力がなかったのか、確かに「おもろない」んだわ
でも、有名な三大怨霊、菅原道真、崇徳上皇、平将門は、その「おもろない」時代の怨霊だよね?
エンタメ化しておもろくされたのは江戸時代だとしても、当時から怨霊としては知られてたでしょ?なんでおもろないままだったの?と聞くと
当時はガチでおばけも祟りも信じてたから、エンタメ化できる時代じゃないのよって
ああそうか、確かに今と違って「霊も祟りもあるんだよ」って時代か
しかも、政争に関わる怨霊ってのは完全なる政治マターだからエンタメ化は無理よって
そっかそっか、なるほどね
ここまで聞くとピンときたね
ひょっとして、三大怨霊みたいに華やかにエンタメ化されてはいないけど、当時ガチで恐れられた大怨霊、実はいろいろいるんじゃないのー?って聞いてみた
いくつかあげてくれたけど、一番響いたのはこの人だね、橘逸勢(たちばなのはやなり)
この人、三筆っていう、歴史上もっとも書が美しい書家3人のうちの一人
この三筆の書、それほど讃えられていたわけなので、当然家宝のように大切にされたはずだ
とても賞賛され、もてはやされ、大事に保管されていたはずなのに
「美しさと恐ろしさはリンクする」って感覚は誰しもあるものだし、それも一番人の念がこもる直筆の書が美しいわけよ
それを書いた橘逸勢は謀反の疑いで流刑になり途中で死に怨霊化する
その怨霊化した人が書いた最も美しいはずの書が、現存していないって
ここにオカルティックな耽美な意味を見出さないわけにはいかなかったよね
ということで、橘逸勢、なんか興味出たわ
教室のピアノはさわれなかったけど、大人になってたまたまそこで見かけて、とかさ。
辿々しい演奏も、初めての白鍵の一触れも、それもまた演奏者の人生として思いを馳せ、楽しむことこそ、「本当に音楽を楽しむ」ってことだと思う。
ちゃんとした素晴らしい演奏を聴きたいなら、金払ってホールに行けよ、古事記。
今は全然行けてないけど、小劇場とかもちょいちょい行ってたころは、そこまで含めて、豊かさとか文化度だったよ。
そこに集う人たちの。
お分かり?
無粋な諸君。
クレームが入った程度で引っ込めてしまうとは、文化に見せかけた金目的しかないクソだな、以外の感想はない。
「辿々しい演奏を含めてお楽しみいただけない非文化的非文明的野蛮人は当店のお客様として歓迎に値しませんので、どうぞお引き取りください」
くらい言えんのかね?
国を追われた神武天皇は、モーゼやダビデ王みたいに旅をした末に原住民を打ち破り王国を作ったのだよ!
な、なんだってー
先日は、アメリカ発の暴落で日本株も暴落して持ち株を見るのも辛いので、古代のロマンについて考えてみた。
古代のロマン、つまりアンシャントロマン。サナトリの村のBGMで聞きながら、俺の考えた妄想話に付き合ってくれ。
古事記の謎として、淡路島優遇、なぜか舞台が高千穂に飛ぶというものがある。
その結果、古代九州三国志説と、出高千穂記説にたどり着きました。
説明していきましょう。
https://chatgpt.com/share/67d18a7b-9cec-8009-9433-2e3a65747359
https://grok.com/share/bGVnYWN5_b3c147b8-3b5a-495c-9cf0-77f370f06e55
https://chatgpt.com/share/67d18a63-6914-8009-9188-3c05a1583169
鹿児島の隼人(弓の名手で、かなり最後まで大和朝廷の支配に抵抗した勢力)
もちろん、勢力同士が戦っていたという考古学的な証拠はまだない。(だからといってなかったとは証明できないけどね)
さて、ここから高千穂勢力が大和にたどり着くには、陸路で北上説か瀬戸内海移動説のどちらかで移動したことになる。
ただ、北九州には別の勢力(邪馬台国?)があった可能性があるので、そこを超えないといけない。
これは結構大変そうです。
また日本書紀では、"瀬戸内海を経由し、大和(奈良県)を目指す"とあるので、海路を使ったと考えるのが妥当でしょう。
もし、陸路で行ったとしたら、今の山口県や広島県あたりでの戦いの様子がないといけないがそういうのがないためです。
よって、陸路で陸路で北上ではなく瀬戸内海移動説を考えたいと思います。
瀬戸内海移動説は、古代の交易網だったと思われる瀬戸内海を通って移動した説です。
ただし、海を越えての侵略は難しいので、なぜこのようなリスクの高いことをしたのかは議論が必要です。
出高千穂記説
そこで考えたのが、聖書の出エジプト記ならぬ、出高千穂記(出高千穂記説)です。
高千穂の勢力が何かの理由で不利になって、友好的な淡路島勢力を頼って移動していったとする説です。
そして、出エジプト記のダビデ王みたいに異民族と戦い、土地を奪い、そこに自分の勢力基盤を作ったです。
大和で勢力を作った後に、高千穂の話が出てこない理由もこれで説明できます。
だから、高千穂の話はこれ以降出てこないと考えれば結構説得力がある気がします。
片道切符だったからこそ、兵士たちも勇敢に戦い、一度は敗北したけど、最終的に勝利を手にできたのかもしれません。
命の恩人だったからです。
淡路島の人たちがどうして高千穂勢力に友好的だったのかは、いろいろ考えられます。
おそらく主要な交易先だったのか、それとも有力者の婚姻などで強い結びつきをもっていたのかもしれません。
ほかの可能性はないのか?
もちろん、逆の場合も考えられる。
淡路島の勢力が、大和の長髄彦に押されて、交易のあった高千穂勢力に救援を求めるなどがあるでしょう。
ただ、そうなると高千穂勢力は外征ができるほどの余力がないといけないし、九州で争っているなら、その余力があるとは思えません。
また、大和に勢力基盤を気づいた後に、高千穂勢力の話が出てこないのも気になります。
もし大和征服が外征だったとしたら、高千穂の基盤の方も発展してもいいはずです。
ただ、その話がないことから、逃亡などの片道切符での外征だとしたら、その後に高千穂の話がでてこなかったのも説得力があるように思います。
負けた勢力が別のところで王朝を作るというのも世界史で見ればあり得る話ですし、
もしかしたら、古代の日本でもそんな出来事があったのかもしれないと思うと楽しいですね。
まとめ
古代九州三国志説と出高千穂説で、古事記の謎や、日本史の記録がない部分が説明できるかもしれない。と思うと面白くないですか。
まあ、この時代は記録が残っていないので、多少滅茶苦茶な説を唱えた所で明確な反論ができないので、なんでもいったもの勝ちになってしまいますけどね。
歴史の研究で「これは事実だ」と判断するには、様々な証拠を組み合わせてパズルを解くように調べます。
昔の人が使っていた土器や道具が地中から発掘されると、それを調べて事実かどうかを判断します。
例えば、
最も重要なのは、異なる種類の証拠が同じ結論を指し示すことです。
歴史学者はこれらの証拠を「トリプルチェック」(3重確認)しながら、少しずつ事実を積み上げていきます。