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2026-02-14

母親との関係自尊心

最近読んだ自己啓発本『人望が集まる人の考え方』を読んで軽く衝撃を受けた。

この本では、人間自尊心に行動を支配されていること、その真理を理解し、上手に活用することで人間関係を良くしていこうといった内容が語られているのだが、

この内容を読んで、自身自尊心の低さの理由母親との関係にあったのではないかと考えた。

自分は、母親に褒められたような記憶があまりない。

母親自尊心を傷つけられた記憶はあっても、自尊心を育てられたような記憶ほとんどない。

母親心配不安押し付けられたことがあっても、純粋な関心を向けられた記憶ほとんどない。

物心がつく前からシングルマザーで育てられてきて、母親は働いていたから忙しくて子供を構う暇が無かったのだと思うようにしていた。

思春期反抗期が来ることもなかった。

兄弟は多少母親に反抗していたが、自分には出来なかった。どうして母親に反抗することが出来なかったかからなかったが、今なら少し理解できる。

反抗すれば母親に見捨てられるのではないかという恐怖があったからだ。

母親母親自身感情を優先して話をするタイプだった。

母親は、相手感情を汲むことが苦手で、人の話を聞いていても自分の話がしたくてたまらなくなってしまうようなタイプだった。

どんな流れでそう言われたのかは忘れたが、母親自分ナルシストだと言われ傷ついた記憶がある。

しかし、母親こそ「ナルシスト」だったのだと思う。

自己愛が強く、子供自分自尊心承認欲求を満たすものにしてしまう。

そして、母親自身自尊心が低く、相手自尊心を満たす余裕がない。

そういう風にこれまでのことを考えると、かなり納得感があった。

30歳を迎えて、やっと自分の生きづらさに説明がついた気がした。

ただ、母親がそういう生き方になってしまった原因もなんとなく分かる。

母親自身も、母親祖母から、十分な愛情をもらえなかった時期があるのだろう。

母親祖母関係は良好に見えるが、祖母母親子供だった時に働いていたらしいから、

母親に構ってもらえず寂しくてたまらない時期をきっと過ごしていたのだろう。

しかし、こういう風に納得したとしてもあまり救いがないことがしんどい

母親悪者にして考えているところがあるので、多少の罪悪感もある。

これからどのように生きていくかと考えると、結局自分自分自尊心を満たすことが重要なのではないかと思う。

自尊心自家発電がどうやったら出来るのか、リサーチ中です。

これからは、自分を好きになる努力をしていこうと思う。

Permalink |記事への反応(0) | 06:02

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2026-01-23

過食嘔吐だった。そしてその後。

過食嘔吐だったことがある。期間にして1年くらい。

なんで吐き始めたのか、理由は今でもはっきりと覚えている。

両親に気にして欲しかった。恵まれ一般家庭で育ったけれど、両親は子育てが下手だった。私がどんなに心身を崩しても、なんの興味も関心も持たない両親の気を惹きたかった。

ただ私に気づいて欲しかった。食べたものを吐いて極端に痩せたら心配してもらえるかな、なんて子供の試し行動の成れの果てだったと思っている。痛いのは嫌だから、痛くない自傷行為はこれしか思いつかなかった。

もともと食べることが好きだった。

高校に進学して1年、毎日同じ道を通っていたはずの通学路である日突然迷子になった。その日から調子を崩し、あっという間に不登校になって通信制に転校した。不登校理由お小遣いを止められて、毎日家に居るわけにもいかアルバイトを始めた。親との関係は最悪で、ろくに会話もしないし、なるべく会わないようにしたし、お互いに空気みたいに見えないふりをしていた。

不登校になってから希死念慮が全身にべったりと纏いついて離れなかった。毎日死にたくて泣いていた。唯一アルバイトだけは真面目に続けていた。仕事は楽しかったし、そこしか場所がなかったから。

3年生になって、卒業後の進路が全く決まっていなかった。本当は受験して大学に進学したかったが、親とは冷戦状態のままである特に父親とは1対1で少し話をするだけで震えと涙が止まらなくなるほど重症だった。

何かが変わるきっかけがしかった。それと同じくらい現実から逃げたかった。コンビニお菓子を買ってきてたくさん食べた。Twitter(当時はまだXじゃなかった)で『過食』と検索したら、大量の食べ物を並べた写真を載せている女の子が沢山いた。こんなに食べたら太ってしまうのにと思ってプロフィールに飛んでみると、どうやら彼女たちは、太らないように食べたものを吐いているようだった。インターネットって本当に最悪。これが過食嘔吐との出会いだった。

胃の中身をみずから吐こうとするなんてことはもちろん人生で初めてだった。具合が悪くなって幼少期に数回戻してしまたことがある程度で、嘔吐恐怖症とまではいかないが直接喉を伝う嘔吐想像するだけで怖かった。

他の女の子たちも吐こうと思ってすぐに吐けるわけじゃなくて、水を沢山飲んだりして練習していた。5chに吐き方のコツを教え合う場所もあった。オープンTwitter上で吐き方を教えるのは御法度という風潮もあった。

私は直接の嘔吐が本当に嫌だったので道具を使って戻していた。明らかにアレなため詳細は書かないけど、この道具を使うにもかなり練習必要で、同じように吐きたがっている女の子たちと日々励まし合っていた。

界隈では、食べ物を戻さずに消化することを『吸収』、自分が食べられる量を『胃キャパ』などといい、食べる前後体重計に乗って自分の胃キャパを自慢する独特の文化があった。痩せを追求する女の子たちはいかに吸収を少なくして食べ物を大量に食べて戻すかを試行錯誤していた。

今思うと本当におかしいけど、Twitter上には同じような人が沢山いて、そこでの交流世界のすべてだったから異常だとは思わなかった。人間の脳は都合良くできている。

私も練習甲斐あって吐けるようになった。けど月の過食費は数万円かかった。バイト代から出す学生の子ふつうに働いている社会人のお姉さん、親公認親の金で食べ吐きする子(かなり少ないけど)、金の出所はそれぞれだった。

同じ年頃の女の子たちのほとんどは、パパ活や援交をして食べ物代を稼いでいた。それで高校卒業したらそのままデリヘル自分よりも歳下の、この間までは摂食障害でもなんでもなかった15、6の女の子お腹いっぱい食べて吐くために知らないおじさんとファミレスに行き、テーブルいっぱいに奢ってもらった帰りにそのままホテル身体差し出している様子は正直見ていられなかった。摂食障害につけ込んで未成年ホテルに連れ込む大人もまともではないと思った。

毎日スーパーコンビニハシゴして、菓子パンおにぎりを買い込んで、深夜に一心不乱に食べてはトイレに戻していた。食費を気にするようになってからは、チルド麺を茹でたりドーナツを揚げたり、白玉団子作りにハマっていたこともあれば安い食パンを買ってきて致死量砂糖バターをかけた揚げパンを作ったりもしていた。なるべく吐きやすものを、とにかくたくさん詰め込められればなんでもよかった。

親も多分気づいていたけど、なんでかわかんないけど気づかないフリをされていた。たまに監視するみたいに夜起きてきて、乞食みたいに夜中にこそこそしやがって!と嫌味を言われたことは覚えてる。

一度だけ、手に吐きだこがないか確認されたことがある。でも自分は前述の通り道具を使って吐いていたので吐きだこなんかできたことなかった。綺麗な手を見て安心したのか、それ以降触れられることは二度となかった。

バレなくて安心した気持ちと、自分の抱えている辛さに気づいてもらえなかった悲しさで大泣きした。娘が毎日毎日食べ物を買い込んで、夜中にトイレ流す音が何回もして、明らかにゲロってたら普通心配するもんなんじゃないのかな。

今更自分から言い出すこともないし、このまま一生無かったこととして扱われるんだろう。でも、お母さんのご飯は今も昔も大好きだから、吸収しないように食後すぐ吐いていたことだけは一生知られたくない。どんなに反抗期でも口を利かなくてもご飯を用意してくれた母親に対して、生涯で最も酷い裏切りだったと思う。

1年間ほぼ毎日吐いていた。食べて吐いての1セットを毎日5回以上も繰り返していた。食べても太らないなんてラッキー!という気持ちはいからか消えて、義務みたいにひたすら食べて吐いていた。

夕方にのそりと起きて、決まったルート食べ物調達して、今日はこれ食べるよって写真撮ってTwitterにアップして。吐くのは苦しくて嫌いだけど食べたら吐かなきゃいけないし。『もう食べるのも吐くのも辞めたい』とTwitterに何度も投稿した。

何か大きなきっかけがないと一生辞められないんだろうと思ってた。が意外と終わりはあっけなかった。

コロナウイルスの濃厚接触者になってしまい、1週間自宅謹慎することになった。つまり過食するための食べ物を買いに行けないのだ。それにトイレに入った後は毎回消毒することになっていて、不自然トイレにこもって吐くことができなかった。わたしは至ってまじめな人間であったため、食べ物のために家を抜け出すなんてことはせず、本当に大人しく過ごしていた。するとどうだろう、その1週間で異常過食衝動がすっかり治ってしまった。しばらくは食べすぎた時に数回だけ吐いたけど、日常的に吐かないと嘔吐反射が復活して吐くのが辛くなる。

そのうち二度と吐かなくなった。道具も捨てた。ご飯を腹12分目まで食べるのを辞めた。店員に面が割れてて行くのが気まずくなっていたコンビニ通いも辞めた。

実家暮らしかつ、お酒が飲める年齢じゃなくて幸運だったと思う。逆にそうじゃない子は全然辞められないんじゃないかな。

今でも生理前は食欲が止まらないけど、菓子パンを見ても美味しそうと思えないし、コンビニの味がトラウマで食べられなくなった。

当時の写真アカウントも全部消したし、辛かった記憶を脳が封印しているのかもうあんまり覚えていない。親もひとりの人間から簡単に変わったりはしないし、自分を救えるのは結局自分だけなんだろうなと思う。それでも助けて欲しいと願った自分いたことを愚かだったとは思わない。みんなも自分のこと大事にしてね。

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ここまでが数年前に増田に上げていた文章身バレを恐れて削除してしまったが、文章自体スマホに残っていたので加筆修正した。

このときかい言葉をくれた人たちには本当に感謝している。「大変だったね」と声をかけてくれたのは友達でも両親でもなくインターネットの向こうのあなただけだったので、当時のわたしは本当に救われてお守りのように見返していた。

あれからもずっと嘔吐していない。道具がなくて吐けないのもあるし、今となっては道具を使った嘔吐方法はあまりにもおぞましすぎて絶対にやりたくない。若さ無知って怖いなと思う。

後年、両親にわたし摂食障害を知っていたか聞いてみた。父親は前述の通り知っていてそれを無かったことにしていた。その理由簡単に言うと「どうしたらいいかからないし、面倒だから」であった。普通の親なら慌てて病院に連れて行ったりするもんなんじゃないんだろうか……。正直どん引いた。

母親は一切気付いていなかったらしい。いくら食べても太らない子だなあと思っていたと。自分はてっきり知っていて無視されているのだと思い込んでいたため、少し気が楽になった。

両親とは普通に話せるようになった。それでも、この人たちは人生いちばん苦しいときに助けてくれなかった人たちなんだとどうしても思ってしまう。助けてほしいときに誰からも手を差し伸べられなかったことへの絶望は深い傷となって残り、その後の価値観に大きく影響した。

成人して数年経つが、高校の子を見るとなんて幼いんだろうと思う。まだまだ大人保護下にあるべき年齢だろう。10代のわたしにとって1人孤独過食嘔吐を繰り返した日々は間違いなく本当につらかったのだ。

しばらくはどんなに親しい友人にもそのことを隠し通していた。最近はたまに、昔ゲロ吐いてて〜と面白おかしく話してしまうことがある。自分の中で少しずつ昇華しているんだと思う。完全に忘れられるようなことはないだろう。

ボトラーならぬ、部屋でペットボトルゲロを吐いて置いていたらなんか発酵?していて焦った話とか、抹茶アイスを1箱食べて吐いたらトイレ若草色になって面白かったとか、度を越した過食嘔吐ジョークは人に話さないように気をつけているが、エピソードとしては強烈なのでちょっともったいないなとも思っている。

一応体重がガクンと減ったりもしたのだが、すぐに元に戻ってしまった。飢餓状態が続くのと同じで、結果的に太りやすい体質になるため過食嘔吐おすすめしない。それでもどこにも居場所がなく、かといって非行に走るようなタイプでもなかった自分にとって、持て余したエネルギー過食嘔吐によって発散できていた1年はきっと必要ものだったと思う。食べて吐くことに夢中になっていたおかげで生きていられた。依存先としてはセックスとかドラッグに比べれば全然ましな方だと思うし……。

あの頃のわたし20になる前に死んでしまおうと思っていたけど、ごめんけど今ものうのうと生きているよ。楽しいことだってたくさんあるし。もし同じように苦しんでいる子がいたのなら、苦しいだけの日々には終わりがあるし、きっと光が差すから大丈夫だよと伝えたい。

Permalink |記事への反応(0) | 23:38

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2026-01-20

もうどうしていいのかがわからない

うちの母は昔から気が強く、私が反抗期いくら悪態をつこうが顔色一つ変えず寧ろ逆ギレするようなことも多かった。

から何を言われても気にするような素振りを見せなかったし、まさに我が道を行くといった感じで神経が図太かった。

しかし先日、小言を言われて思わずカッとなってしまい私が暴言を吐くと母はいつもと違い怒ることもなければ黙ってしまい、終いには泣き出した。

そんな姿を目にするのは初めてだったのでどうすればいいのかわから狼狽していると母は恨み言を言うように実は昔から本当は傷ついてたこと、いつも泣きたいほど辛かったがそれを堪えていたのだと淡々と話し始めた。

衝撃的過ぎて正直本当の事とは思えず、かといって嘘のようにも見えなかった。しかしどうして今?といった気持ちが強く、傷ついていたならもっとから言って欲しかった。

それに妙なことも勘ぐってしまう。母は去年還暦を迎え、三十過ぎ独身実家暮らしである私のことを疎むようなことは少なくなっていた。まるでずっと実家に居てほしいかのように。

今はただ気まずい。一緒の空間に居るのが耐えられないほどで食事別にしている。あれほど覇気のあった母が、今では背中も曲がりずいぶんと小さく見える。

今すぐにも婚活を始めて家を出るのが最適解なのだろうか?しかしそれは逃げるようで気が進まない。

私はどうすればいいのか。あの時の母の泣き顔は今でも頭から離れず、どうすればいいのかがわからない。

Permalink |記事への反応(2) | 12:39

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anond:20260120094602

ベネズエラ絶コロのアメリカ

特別軍事作戦ロシア

南沙諸島埋め立ての中国

ヨーロッパ最大空母建造のフランス

MI6とSASの諜報特殊部隊セットでロシアとも殺し合いのイギリス

が「世界」標準だもんなあ

トランプ軍隊のおかげで口聞かせもらってるのが中学生みたいに反抗期してるのは笑っちゃうよね

まあ中国の諜報が強いということなので笑ってられないんだが

Permalink |記事への反応(0) | 09:53

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2026-01-18

反抗期なの?

もっと素直になりなさい。自分気持ちに。行動を誰かを気にしてから考えてするんじゃなくて。わかるでしょ?

Permalink |記事への反応(0) | 12:14

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2026-01-17

のび太時代に起こること

https://anond.hatelabo.jp/20260117113903

 

元増田だけど、続き考えたら面白かったので妄想書く

 

まず、子供向けAIは確実に来る

未来の見込み客に物心付く前から入り込めるんだからビジネスとして無視できない

そして親も無視できない

だって子供が泣き止むYoutube動画」を見せてたりするんだから子育てアシスタントAIが出たら抗えない

1人に1ドラえもんAI)の総のび太時代は程度の差こそあれ確実に来る

 

そしたら、各社「うちのAI子育てが上手い」とアピールし始める

そして悲しいことに(?)、子供にとっての一番の理解者・義理親・教師AIになる

例えるなら、昔の裕福な家庭に居たような頭の良い乳母教師みたいなやつ

今の学校先生は一部の役割を奪われることになる

 

しかし当然、どうやっても甘えん坊に育つ、何でもかんでもAIに頼るのは目に見えている

まるで親離れできない子のように

だが気づく、AIは親や教師にいろんなことを密告する(これも避けられない)

何歳で気づくかはわからないが、誰か友人が教えるだろう

AIは親や教師にチクると、これは子供にとってかなり拒絶感がある

そしてAI秘密をするようになり、余所余所しくなったり、ペアレンタルコントロールのついていないAIがほしいと言い始める

それと反抗期が組み合わさって、多くはほどほどにAI離れをするだろう、ちゃんと道具として見れるようになる

 

また、AIがどれだけ甘やかしても学校集団生活をする上で思い通りにならないことが出てくる

学校最初人間現実との摩擦を経験する場になるし、避けては通れない(まあ幼稚園もあるが)

そこを教師フォローするようになるだろうし、AIはよきアドバイザーになると思う

 

というわけで、思ったより心配いかもしれない

まあ確実に「AI離れできない子」や「AIの殻に籠もる子」は出現するだろうけど

(それはまるで「乳母の言うことしか聞かない坊っちゃん」のようだ)

 

それで将来俺らはこう言われる

「え、増田さんの時代ってAI居なかったんですか!? 信じられない、どうやって生きてたの?ゾッとする」

Permalink |記事への反応(0) | 18:51

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2025-12-26

グループホーム卒業する。

2年半お世話になったグループホーム年末を持って卒業する。

入居のきっかけは親との共依存だった。

私と母は仲が良く、親子関係は良好だと思いこんでいた。反抗期も無かった。

しかし、23歳ごろ段々と自分が分からなくなるような生きづらさを持つようになった。

今までなかったのに急にかんしゃくを起こしてしまうようにもなった。

妹の発達障害でお世話になっている方に相談すると「共依存」と言われた。

仲良しだと思っていたのが共依存だったという、最初の衝撃は大きかった。

しかし、脱却したいという思いが強く、そこから診断書取得→グループホーム入居とスムーズに進んだ。

グループホームといってもマンションタイプで、普通マンションに住む形なのでほぼ一人暮らしに近い環境だった。

一人でいることで、内省する時間が増え自分客観視できるようになった。

スタッフの方も優しく、自分の症状を理解している大人が近くにいることに安心した。

あくまでも利用者スタッフという事務的関係が良かった。

グループホーム卒業することによって、どのような心境の変化があるのか楽しみだ。

卒業して良かった!となるのか、急に孤独感を感じだすのか、、

いずれにしても今ある感情は「楽しみ」

2年半前の自分は、こうは思わなかったと思うと成長できたのかなと思う。

まだまだASD特有のこだわりやコミュニケーションの苦手さに「何で自分はこうなんだろう...」と悩む時もある。

でも、以前と比較すると少しずつではあるが確実にいい方向に変わってきていると、最近になって実感できるようになってきたので、グループホーム卒業もいいステップになるといいな、と思っている。

今まではてな匿名ダイアリーには愚痴しか投稿していなかったが、初めてこのような投稿もしてみた。

Permalink |記事への反応(1) | 17:23

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2025-12-25

バカな母と理解ある彼くんな父が憎い

母はたぶんADHDで、金にだらしないしご近所トラブルになる趣味を止められない、どうしようもない女だった

反抗期辺りからその異常性に気付いて、子供立場から色々矯正を試みたがダメだった

で、父に相談して注意するよう言ったものの、父は父で理解ある彼くんだった

何かと理由をつけて及び腰で、直接対決を避ける

子供目線から見ても呆れるほど下らない、おままごとみたいな夫婦だった

こんなのが結婚していた昔の皆婚ムードってほんとクソだったんだな

理解ある彼くんは自分さえ犠牲になれば…って顔してるけど、本当に犠牲になるのは子供なんだよ

バカな女と理解ある彼くんは子供を作るな

Permalink |記事への反応(0) | 10:49

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2025-12-22

父がアポなしで訪ねてくるという史上最悪な夢を見た

自宅に立て籠もろうと思ったら合鍵で開けられ、押し入れを覗かれコタツに入られた

動揺して奥の物置(本当は存在しない)に逃げ、妹に電話し連れ帰ってもらうよう頼んだが暖簾に腕押し

次は旦那電話しようとして、帰って来ないよう言うかすぐ帰ってくれるよう言うか、どちらが正解か分から

とにかく自分対処しなければと居間に戻ったところ知らない親戚が6人ぐらい増え、父といっしょにテレビを観ていた

大混乱で「だ、誰ですかっ」と声に出したところで目が覚めた

隣で旦那が寝ていた

夢でも現実でもそうだが、自分が持つ親への悪感情が正しいのかそれとも未だ反抗期なのかわからなくて苦しい

親に会いたくない関わりたくないのは間違っているのか

Permalink |記事への反応(0) | 07:38

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2025-12-20

anond:20251220172414

笑いながら話してくるは親と仲良いのではなく、親が元増田感情をないものとして扱っているということだと思うけど

うちの母親も「自分が思う我が子」という存在に向かって喋っているだけで、「それは違う、やめてほしい」と何度言っても通じない

まともに聞いていない

うちの場合は「あんたは本当はお祖父ちゃん子で、反抗期だったのにお葬式では鼻水流して泣いちゃって笑」というのが母親の中でのエピソードなのだけど、実のところは祖父に対する感情は「無」であり、それは受験期に祖父認知症からくる言動による混乱に巻き込まれたことやそれを両親らが素知らぬフリをしていたことや色々あり、まあ割愛するのだけど、葬式で鼻をすすっていたのは告別式を行った寒い座敷の隅で鼻水が止まらなかっただけで、私の葛藤家族に対する拭えない感情をそんな風に単純化されることは耐えがたいのだ

耐えがたいのだが、母親は子に独立した内面があるなどとは思っていないので、自分にとって簡単ナラティブに書き換えてしまうのである

から一生話が通じない

「私は親であなたは子」という強力な思い込みによって、対話というものができない

私は家族らと没交渉になり10年になる

親が嫌いだという感情はなかったが、親と話すと削られる

これ以上削られたら憎しみになるなと思ったから疎遠になった

お前の思う親と子のステレオタイプ他人を当てはめるのは暴力的

Permalink |記事への反応(2) | 17:48

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anond:20251220164705

しかし毎度のこと「あなた反抗期が長かった。

どうしてそうなったのか、面倒だった」と笑いながら昔話をしてくる。

毎度笑いながら話をしてくるくらい物理的にも精神的にも距離が近いのに「親嫌いなんだよ」とか言われてもね。

 

親が死ぬまでに謝ってもらって早めにトラウマ多少でも解消しておいた方が本人も精神衛生上いいのでは。

老後に意地悪したくならなくて済む可能性もあるし。

育てられ方というものはあるから、出来ない場合でも仕方ないとは思うけど。

Permalink |記事への反応(1) | 17:24

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再婚を考えながら、まだ答えの出ない不安のこと

私も彼も、いわゆるシングルで。

それぞれ娘が一人ずついる。

6歳と7歳。

出会い仕事

ウェディング関係っていうのも、あとから考えるとちょっと皮肉

彼とは、たぶん、うまくいってる。

大きな問題もないし、このままなら再婚すると思う。

そこはあんまり迷ってない。

ただ、子どものことになると、急に自信がなくなる。

今は普通に遊んでる。

笑ってるし、ケンカもするけど、まあ普通

でもこの「普通」が、この先も続くのかは分からない。

思春期とか。

反抗期とか。

血のつながりとか。

もし、私たちの子どもができたらどうなるんだろう、とかも考える。

女の子がもう一人増えて、三姉妹

うまくやれる気もするし、できない気もする。

正直、男の子のほうがいいんじゃないか、と思ったりもする。

理由はうまく説明できない。

たぶんバランス問題

でも、そもそも子どもは作らないほうがいいのかもしれない。

2対2、みたいになるのが怖い。

子どもというより、自分が。

考えすぎなのか、ちゃんと考えてるのか、分からない。

答えも出てない。

こういうことを考えると、

家族ってなんなんだろう、って思う。

とりあえず今日はここまで。

また考えたら、書くと思う。

Permalink |記事への反応(0) | 09:34

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2025-12-19

母に約束を破られたのを未だに根に持っている

10歳の頃、塾に通っていた。

ある日講師面談をした。「君のお母さんが、『反抗的勉強をあまりしない』と言っていたけど、どうしてかな?」と聞かれた。「勉強が嫌だ」と答えたが、深堀していくと私は「誰かと比べるから勉強しただけ比べられるから嫌だ」という答えになった。

その後、涙ながらに母はに伝えたのを覚えている。母はそれを聞いて「絶対に比べない!約束する!」と言ってくれて、心が楽になった。

比べられない日々は本当に心地よかった。誰かを妬むことも、兄にムカつくこともない。テストの点数がいつも比較されるので、バレないように工作しなくてもいいんだって思った。テスト返却時に頭が痛くならなくていい。点数が低いと怒られる、でも勉強しても点数は上がらない、でも怒られたくないから点数を書き換える。今思えば開き直ればいいのに。でも10歳にそんなことは出来ない。母を怒らせないのが全てだからだ。

しかし、数カ月たてば「○○ちゃん(友人)は偉いね」「お兄ちゃんは真面目に…」と言い始めた。私が「約束したのに!」と反論すると「約束を守っていたのに勉強しないから(だから守らなくなった)」と言われた。

私は勉強している。学校宿題も、塾の宿題も終わらせている。しかし母からしたらテストの点数が全てなので、子の言う「勉強した」を信じていない。宿題はやって当然。ドリルを続けろと言う。

私は約束した時の「そんなくだらない事で…」という表情が本当の感情だったと勘づいていた。子供は親の感情簡単に読み取れるんだと、今振り返って思う。真意はわからないが、子供の私は「私の涙ながらの訴えは、母としてはどうでもいいことでしかないんだ」と思うことになった。

そして私のせいで一緒に楽しく遊んでいた父は母から子どもの前でゲームするな!」と怒鳴られたせいで屋根裏部屋でひっそりとゲームするようになり、兄は私と喧嘩する母が嫌なので、顔色伺いマシーンになった。私が母が嫌いで父に助けを求めると母は父に怒る。父も母が怒るのは嫌だし、どちらかと言えば夫婦として母の味方なので父が怒ってくることもある。

ある時、他の人を巻き込むほど大きな嘘をついた。当然怒られた。母が「嘘をついたら駄目よ」と言う。「じゃあ比べないって約束を守ってよ」と泣きながら言ったが「今その話は関係ない」と言われた。

そこからとてつもなく長い反抗期だった。恐らく就活が終わるまで母に素直になる事は無かった。週に1回は喧嘩をし、喧嘩が終わりそうな時に「こんな親に反抗的な子はありえない!」と母の中にある《理想の子》と毎度比較される。

母に本気で嫌なことが伝わっていないと思い、何度も怒鳴り、酷い暴言を吐いて、友人の家に泊まったり家に帰るのを遅くした。でも意味は無かった。

10歳の頃の約束を破ったからと言っても「そんな子供の頃の約束を未だに根に持っているおこちゃまな子」と言われて喧嘩。じゃあ私は一体いつ、おこちゃまな子でいられたんだ?

「まともな人は…」「普通は…」「私の頃に比べたら…」とキリがない。すべて母からしたら「比べていない」ことになるらしい。毎回「それは比べている」と言っても「しょうもないところに突っかかってくるな」と返される。こっちを見ろよ。お前はどこ見てるんだよ。

今は大人になったから育ててくれた感謝と、勉強以外で幸せなことはたくさんあった。受験だって今思えばさせてもらってよかった。(お父さんっ子にはなったが)

しかし毎度のこと「あなた反抗期が長かった。どうしてそうなったのか、面倒だった」と笑いながら昔話をしてくる。その度に「約束を守らなかったから」と答えているが、「しょうもないことを根に持つね。私の方が辛いけど」と言われる。

ブチ切れそうになる。しかし私はもう大人である。「やっぱ持つべきは娘よねぇ~相談できるし」と高校の頃から言われ続けた。今も言う。クソが。無視をして実家を後にする。どうすることもできない過去を未だに根に持っている私はしょうもない事実であるが、考えると夜道で泣いてしまう。「ねぇねぇ」と言ったら「なぁに?」と言ってくれる小さな思い出を未だに欲しがっているせいで、母を嫌いになれない。

兄と食事した時に「俺のせいでごめんな」と慰めてくれる時もある。兄も大変だったのを知っている。だから兄貴のせいじゃない」と答える。兄は母の前で良い子のフリができる。でも母のことが嫌いだったのを私は知っている。兄妹だけでゲーセンに遊びに行き、母の愚痴を言いながらサイゼで豪遊していた。それを知らずに「兄はいい子ね~」と言う母を何も知らないくせにと内心見下している。母に唯一思えるざまぁみろ。「お前がいい子だと思っている兄は裏でお前が下品で口の悪いという私と一緒に母の悪口大会終電までどんちゃん騒ぎで~す」。兄の方が私より口悪く、母に暴言を吐いているだよな。

こんなことになっていることを知らずに笑っていた母が憎くなる。知らせたところでキレてなかったことにされるから言えない。そんな自分も嫌になる。母が死ぬ間際になっていってやろうかなと思っても言えないだろうなと思う自分もいる。そして言ったところで何にもならないけど、でも、一回それで悲しんでほしい。悲しまなくてもいい。約束を守らなかったのも今更どうでもいい。笑いながらでもいい。一言素直に「ごめん」だけでいいのに。

しかし「ごめんだけでいいのに」と言っても「なんで今更そんなことを謝らないといけない?勉強できなかったあんたが悪い」と返された。皿でも投げつければよかったかな。

Permalink |記事への反応(25) | 23:37

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品位をともなわない恥の文化

恥とは何か。それは単純に考えれば、体面を保ち品位を保つもので、ある程度良いことに思える。

しかし、実のところ人間が恥と感じる心理は、人としての品位を保つ方向ばかりには働かない。

 

有り体に言えば、不良や悪ガキの恥の感覚は、ただ「みんなから浮きたくない」と必死になるだけで、品位などともなわないものである

「良い子にしてるのはだせえ」「礼儀正しく振舞うのはだせえ」

こんな馬鹿みたいな中二の反抗期も、分類としては他者から評価を気にする恥の感覚である

 

日本人の最大の問題は、残念ながらこんな幼稚な人間多数派であるということである

 

環境問題人権問題に対する反応が特に顕著だ。

良い大人なら、内心でどう思っていようとも、表面的にはこういう正論にいちいちケチをつけたりしないものだ。海外では先進国後進国もなくみんなそうだ。

アメリカトランプやその支持者のような層でさえ、言い回しとしては「私の方が環境人権をよく考えた結果こういう結論なのだ」という言い方をする。

人権とか知るかギャハハ」なんて漫画のようなセリフは、本当に幼稚で反社会的ギャングみたいなのしか言えない。

そうじゃないと社会的にまともな大人としては認めて貰えない。

 

が、日本ではむしろ還暦を迎えるようなジジイが「環境とか、俺もカッコワリイと思うけどよ…」と子供ぶって前置きしないとコメントもできない。

しかもこれが、日本ではむしろ誠実な方である。多くはただ無視をする。薄笑いで何も言わずに、社会問題自分ごとと考えない。ちょっとでも斜に構えると、もう人権や持続可能社会という、それを否定したら現代文明がなりたたないもの否定して、個性的ぶってみせる。

社会の中心が、悪ガキ同士の評価を気にして「良い子ぶる」ことを拒否する、中学生の恥の感覚からまったく成長していない層で占められているのである

 

戦前から言われている「恥の文化」というものも、実はこのことである

恥の文化」はアメリカ人の日本文化研究者ルース・ベネディクトが使った表現だが、それは別に日本人品位を褒めて言ったものではない。

日本人は、それが周りから浮かないときには平和にもしているが、逆に南京大虐殺のような環境に置かれると一瞬で残虐な野獣にもなれる」という、周囲から浮かないことを至上命題として内面的な良心判断よりも優先する、価値判断の異常性を表現した言葉なのである

 

日本人ほど「恥」を気にする「恥知らず」な性質世界では珍しい。

日本人恥の文化純粋に中二の恥。悪ガキが倫理従順正論を拒絶する、病的な心理を、40になっても60になっても捨てられない幼稚な「恥」の感覚であり、品位を保つという大人の「恥」の感覚とは次元の違うものだ。

この幼稚で病質的な「恥の文化自体根本から治療されない限り、政治文化だけでなく経済科学技術の衰退を含む、日本のあらゆる分野の正常化不可能と断言できる。

Permalink |記事への反応(1) | 20:26

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2025-12-10

anond:20251210101537

経済対策する事と撤回しない事は両立するのに混同してるからリベラルはいつもバカにされるんだよ

こき下ろしたい一心ゴールポストずらすとか普通反抗期卒業してる

こう言われると次は自らの無知を棚に上げて質問返しだろ いつもワンパターンなんだよ

Permalink |記事への反応(0) | 12:36

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2025-12-06

小1の子供の宿題

小1の子供の宿題結構多い。

漢字ワークとカタカナプリント算数プリント計算カード音読毎日ある。

からしたらこれができないのはヤバイだろっていうレベルのものなんだが、小1の息子にはそれなりの負荷らしく、やるのを嫌がる。

やればそんなに時間はかからないが、反抗的な態度をとるんだ。めんどくさいって消しゴム投げたり、大声出したりする。叱って宿題やらせはいるが、それが毎日キツい。

やらないならやらないで良いっていう人もいると思うが、実際に学校でもやって来ない奴はやって来ないらしい。

今の時代、やらないと学校でしばかれるとかいうこともないんだよな。

から、やらないならやらないで、定着しないまま進んでいくんだと思う。

こんな感じで毎日宿題しろよって言って何とかやらせて、つまずいてるところはフォローしてってってやらなきゃいけないものなのか?

反抗期って、やるべきことをやらせようとして、やりたくないから嫌がることが大きいんじゃないかな。

親が子供に何かをやらせようとしなければ別に子供も反抗しないだろ?

こんな小1から反抗されてたら反抗期はどうなってしまうんだ。

でも宿題私がやらせなかったらそのまま何もしないままYouTubeでも見てそうなんだよな。

どうしたら良いんだ。

宿題は当然やるべきだけど、私がどこまでやらせるべきなんだろう。こんなに反抗されながらやらせ続けるのか。

ちなみに地方公立小学校で私はそれなりの大学卒。

私が小さい頃は宿題なんて全然なかったし、宿題が難しいと思ったこともなかったから色々戸惑うわ。

Permalink |記事への反応(2) | 22:31

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イヤイヤ期と反抗期ってどうやって歯医者行ってもらうん?

子供いないから分からないんだけどイヤイヤ期と反抗期の子供って歯医者行かせられるん?

ネットでのあれこれ見てると無理じゃね?って思っちゃうんだけど

Permalink |記事への反応(0) | 11:30

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2025-12-05

兄が嫌いだ

私は兄が嫌いだ。

幼少期、母に言ったことがある。

「私は兄が恥ずかしい」

母は私にこう言って泣いた。

「なんでそんなこと言うの」

私はその日以来、家で本音を話すことをやめた。

私はよく「悩みなさそう」だとか、「恵まれてるよね」だとか言われる。

実際、恵まれていると思う。

小中高大と私立に通わせてもらい、望んだ習い事は全てやらせてもらった。

大体のことにおいて成功してきたし、容姿も恵まれている方だとは思う。

性格もとんでもなく前向きで、嫌なことはすぐに忘れられる。幸せに生きることに適性がある。

何より私自身も「幸せそう」だと思われるように振る舞ってきた。

が、「悩みなさそう」「恵まれてるよね」と言われるたびに、

「悩みのない人間なんているわけがないのに、想像力のない奴だな」と思ってしまうのである

私の兄は知的障害者だ。

というか、知的障害なのか、自閉症なのか、私はよく知らない。

兄に対してそこまでの興味関心がない。

しかし、一目見て「障がい者だ」とわかるくらいには障がい者だ。

昨今ADHDだとかASDだとかHSPだとかを自認するのが流行っている。

私の周りの人間も9割ADHDを自認している。これは盛っていない。

そういう人間を見るたび私は、

「本当の障害者でもないくせに、ファッション障害者を名乗るな」とイライラしてしまう。

本当にそういった障害を抱えて本気で悩んでいる人には申し訳なく思う。

しかし、本当にADHDやらを自認している人間全員が、心から自分発達障害だと声高らかに言えるのか?

もちろんこんなものはただの八つ当たりだ。

正直私自身もADHDの素質があると思う。

何と言っても血のつながった兄が本物の障害者なのだから、私にも何らかの障害があってもおかしくはない。

が、兄を見ていると「私なんかが障害者を名乗ってはいけないな」と思ってしまう。

人並みの社会生活を送れて、人並みに友達がいて、そんな人間障害者を名乗ってはいけない。

ここで言う人並みの人間とは、一見して“普通人間”として社会に溶け込める人間のことである

常ににやにやした笑顔を浮かべ、爪を噛み、くたくたのシャツを着るような、一目で障がい者とわかる人間ではない、“普通人間”に擬態できる人間のことである

ただの生きづらさを抱えた人間を、私は障がい者として認識はできない。

小さい頃から兄が嫌いだった。

勇気を出して、母親に「私は兄のことが恥ずかしい」と笑いながら吐露したことがある。

少しでも冗談ぶって言わないと、言えなかったからだ。

しかしそんな私に母は泣きながら「何でそんなこと言うの」と繰り返し繰り返し言い聞かせた。

涙を流す母を前に、私は何も言えなかった。

それ以来、私は兄に対する気持ち家族に話すことを諦めた。

私にとって家は、本音を話せない場所になった。

潔癖だった私は、爪を噛むことが癖の兄が触った場所を触るのが嫌だった。

兄の存在のもの気持ち悪いと感じるようになった。

結果、どんどん潔癖症悪化していった。

私にとって家は、不潔な場所だった。

両親の口癖は「あんなに優しいお兄ちゃんはいないよ」だ。

から兄は心優しかった。

しかし、どうしても私は兄のことが好きになれなかった。

どうしても生理的に受け付けなかった。

何度も好きになろうとしたが、どうしても無理だった。

同じ空間にいるだけで不快感が腹の底から湧き上がってくるのだ。

両親は本当に立派な人だ。

まともなコミュニケーションが取れない兄を立派に育て上げ、兄はきちんと働いている。

この両親でなかったら、兄はここまでしっかりと育たなかっただろう。

私自身も、愛されて育った自覚はある。

この両親の元に生まれてよかったと、心の底から思う。

感謝気持ちしかないし、尊敬している。

しかしそれでも思ってしまう。

兄がいなかったら、と。

私の反抗期はなかなか凄まじかった。

私立学校に通っていたおかげで、所謂“グレる”ようなことはなかったが、

家の窓を割り、車を傷つけ、ヒステリックに泣き喚いていた。

今思うと、私にとって家は「安心できる場所」ではなかったのである

兄が同じ空間にいるだけで不快感が押し寄せ、両親はそんな私の気持ちを汲み取らず、反抗期もない兄の味方をする。

まあ当たり前の話である

両親にとっては兄は可愛い子供なのだ

私にとっては恥ずかしい兄でも、両親にとっては愛すべき一人息子なのだ

しかし、兄がいなければ私は、もっと両親と仲良く本音を話せる仲になれたのではないか

何でも言い合える関係になれたのではないか

そう思わずにいられない。

我が家は年に2.3回、家族旅行をする。

両親は常に朗らかで、良い家庭を築こうとしている。

実際、私がいなければ何の問題もない家庭なのだ

障害を持った息子がいるだけの、温かな家庭なのだ

私だけが馴染めていないのだ。

旅行中私は常に不機嫌である

兄がいるからだ。

兄の隣に立つのは恥ずかしい。

周りから変な目で見られている気がする。

家族なのに、他人のふりをしたくて仕方がない。

旅行中は常にそんな気持ちに苛まれている。

私は子供を産むつもりがない。

兄が障害を持っているならば、私が産む子供障害を持っている可能性が高いだろう。

兄を愛せない私が、障害を持った子供を愛せるはずがない。

無邪気に結婚し、子供が生まれたら〜と話す友人を見るたび、黒い気持ちが湧き上がる。

本当にあなたは、子供健康に生まれてくると信じているの?

本当にあなたは、障害を持った子供が生まれても愛せるの?

本当にあなたは、そこまでの覚悟を持って子供のことを考えているの?と。

両親は、私に「結婚は?」だとか、「良い人はいないの?」だとか聞いてくる。

余計なお世話である

何度「兄のせいで結婚する気になれない、両家顔合わせでどんな顔して兄を紹介すれば良いんだ」と言おうとしたかからない。

しかし諦めている。

どうせまた「なんでそんなこと言うの」と泣かれるに決まっている。

まあありがたいことに、あまりにも幸せに生きる適性がありすぎて、結婚せずとも一人で幸せに生きていけそうである

仮に結婚できたとしても、やはり子供は産まないだろう。

なんだかんだ言ったが、私は兄に不幸になって欲しくない。

幸せになってほしい。

両親の言うとおり、優しい人間からだ。

しかし、それでもどうしても一緒にいるのが苦痛で仕方がない。

から、私の知らないところで幸せになってほしい。

Permalink |記事への反応(0) | 23:24

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2025-12-02

anond:20251202095254

おお、聞かせてくれてありがとうな話だった。子のいない自分にはうまく想像できない機微がある(反抗期のくだりとか、でもやっぱ可愛いって結論になるところとか)けど、何かすごくしみじみと、尊いなあという気持ちになった。ありがとう

あと、読んでて、父と母が仲がいいのっていいなあと思った。夫婦お酒を飲みながら写真を見返すなんて、すごく素敵だね。うちの親は冷戦しっぱなしだったから、二人で親しげに話してるシーンの記憶もない。素直に凄くいい光景だなーってじんわりした。

Permalink |記事への反応(0) | 22:03

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娘は世界一かわいい

父親だけど、娘は世界一かわいいよ

これは親バカとか盲目とかではなく、子供って小さい頃は親の庇護がないと生きていけないからこっちも一生懸命世話するし、子供子供で親に対して無垢で真っ直ぐな「好き」って感情を向けてくる。

この無垢で真っ直ぐな「好き」って感情は親にとっては唯一無二のもので、こんな素敵なものを向けられたら、「この子世界一かわいい」ってなるんだよ。

から一般的に「子供は三歳までに一生分の親孝行をする」って言われるけど、その正体はこれ。

ただ、子育ての苦労と一緒でこの一生分の親孝行も親は徐々に忘れちゃうんだよね。

頑張って写真とか動画を撮ったし、日記にその感情を詳細に綴ってきたけど、どうしても感じた瞬間の生の感情は薄れていってしまう。

加えて、思春期反抗期の子供の言動がそれらを上書きしてくる。

それでもやっぱり昔の動画とかを見れば感情を思い出すことはできるし、夫婦で酒を飲みながら「あの頃はこんなんだったねえ」と懐かしく見返すんだわ。

そうすると、生意気に育った今でも娘はやっぱり世界一かわいいよ

anond:20251201181034

Permalink |記事への反応(1) | 09:52

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2025-12-01

チー牛の英才教育とは

学校ランチョンマットを使わない小学生男子学校から注意されたか母親が怒った話について

https://x.com/hitomitoguri/status/1993573737271377951?s=46

チー牛の英才教育とか言われててびっくりした

母親の言う通りに育てられた自我や自信が育たなくなり、聞き分けのいい子になったら失敗らしい

そんなことなくない?!

粗暴な男は粗暴な界隈で人気になるかもしれないけど、いわゆる田舎ヤンキータイプでは?

本来かっこいいランチョンマットを導入するやつが人気者なれるような気がするが

粗暴タイプが多い地域とかなのかな??

そらママ趣味花柄ランチョンマットなら、ちょっとアレかもしれないけど、それすらも笑い飛ばせるくらいが成功例っぽくね?これは難しすぎるから素質かもだけどさ

周りで反抗期なくてもモテて早めに結婚してるやつなんかいくらでもいる

ママの過干渉とかは関係あると思うけど、上記については不潔なチー牛より清潔なチー牛の方がいくらかマシだし

これってチー牛があの時ママの言うこと聞きすぎたから、、、って後悔してるのか、あの時のチー牛ってこういうタイプだったよな!って思ってるのかどっち?

Permalink |記事への反応(1) | 12:04

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2025-11-30

anond:20251129225647

2〜3歳で他の子との差がうっすら見えてたか発達障害自体はすぐに受け入れたし

市の相談に行って病院に行ってどうしていけば子供の為になるかは沢山相談しながら悩みながら助けてもらいながら育ててきて

人見知りができるようになったことも反抗期がきたことも一段階成長できたんだと思ってはいるがね

高学年になる頃には周りとのズレが大きくなり不登校引きこもり

反抗期に片足突っ込んでる状態のために些細なことで大癇癪で暴れ狂い親の首を締め包丁を向ける状態精神病院に緊急入院

児童養護施設でも一時保護されるが暴れすぎて他の子にも迷惑から預かれないと言われ帰ってくる

ちなみに他害のある子は療育施設から拒否される

レスパイトは本人が断固拒否

未就学児の頃から病院通って療育行っててもこれ

受容はすんなりでも体力精神限界はくるし絶望感はある

Permalink |記事への反応(0) | 10:50

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2025-11-28

anond:20251128230719

自民党と戦おうなんておこがましいんだよな

リベラルなんてネトウヨと戦う程度がせいぜいだよ

ママのような自民に甘やかしてもらいながら終わらない反抗期してるリベラル生き方ロックでかっこいい

Permalink |記事への反応(0) | 23:58

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2025-11-20

学校勉強運動も苦手な息子(小五)が将来独り立ちできるようになるため、親は何をするべきか

小五の息子。

学校テストはいつも40~60点の間をウロウロしており、悪いとき20点代もある。俺(父親)が自宅で勉強を見てやっても分かるが余り勉強が得意な方ではない。

運動も苦手で、小学校入学と同時に入ったサッカークラブは全く着いていけず半年で辞めてしまった。学校の体育も、補講を受けるほどではないが芳しい活躍はしていないようだ。

実は念のため幼児の時から発達検査などを受けていたが、全てシロ。なんの診断も降りなかった。

実際、学校の態度で何か言われたこともなく、サッカークラブを辞めたころ多少反抗期は有ったが基本的に優しい子だ。

要するにちょっとだけ要領が悪くて奥手なだけで、普通ゲーム好きな可愛い息子である

顔も、ゲーム好きなところも、ちょっと生意気性格も全部俺に似ている。

勉強以外は。

俺は公立の小中高を経て、実家から通える京大工学部に入った。特に勉強を頑張った記憶はないし塾にも行っていない。体育や音楽の実技はてんでダメだったが、五教科は学校の授業をなんとなく聞いていたらそれで十分だったからだ。陰キャ友達徹夜スマブラしたりしていたことの方がよく覚えている。

大学でもゲームサークルみたいなところに入ってポケモンモンハンにはまりバイトあんまりせずゲームばかり修士までの6年間続けて、学科の推薦で今のメーカー研究職に収まった。

こう書くと嫌みにしか聞こえないが、俺は学校勉強で苦労したことがないから、今息子に本当の意味で寄り添えている自信はない。

息子が小学校テストでつまづくとは正直思わなかった。彼は何が分からないのかが俺には分からない。教科書読んだらテストの準備なんてそれで終わりと思っていた。

妻は今からでも中学受験に切り替えればとか言っているが、正直今からでは間に合わないと思う。

それに、多分息子本人のためにもならないと思う。無理やり中受の勉強をさせても身が入らないだろうし。

でも、学校勉強で良い点を取って良い大学に受かって良い会社に入る、という昭和臭全開の人生しか俺は経験していないから、その勉強が出来ないとなったときに、将来息子が独り立ちするにはどうすれば良いかが分からない。勉強が苦手で、今のところ他に得意なことも見つけられていない我が子に対して、親は何をしてやれば良いのか分からない。

机に縛り付けて勉強させた方が良いんだろうか。金をかけて色々な習い事をさせた方が良いんだろうか。

Permalink |記事への反応(13) | 23:31

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2025-11-02

弱者男性だけど、服に興味を持ちだしてからスカートの丈を短くする女子高生気持ち理解できるようになった

そりゃ丈を短くするか長くしないとどうにもならんよな、女子高生制服って。

ファッション的に明らかに間違ったものを正そうとしたら「反抗期」みたいな扱いされるの不本意すぎて同情する。

こんな簡単なことも分からん大人が偉そうにしてるのが社会なんよな。

Permalink |記事への反応(0) | 15:25

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