
はてなキーワード:原材料とは
感情や希望的観測を排し、熱力学、資源物理学、人口統計学の観点から導き出される「強制される動き」は、大きく分けて以下の4つの物理的フェーズに集約されます。
これらは人類の「意志」とは無関係に、システムの不均衡を是正しようとする地球という巨大な物理装置のリアクション(反作用)として発生します。
地球という閉じた系において、エネルギー消費が増え続けることは、最終的に**「熱の収支」**の問題に帰着します。
*物理的強制:温室効果による気温上昇に加え、都市部やデータセンターからの直接的な排熱が、生物学的な生存限界(湿球温度35°C以上)を物理的に超える地域を拡大させます。
*強制される動き:人類は、生命を維持するための「冷却コスト」を支払える一部の高度管理空間(シェルター都市)へ濃縮されるか、あるいは物理的に生存可能な高緯度地域(シベリア、カナダ北部、南極)へ大規模な「極地移動」を強制されます。これは「移住」ではなく、生存のための「熱的退避」です。
「掘れば手に入る」高品位な資源はすでに使い果たされており、現在は「より薄い資源を、より多くのエネルギーを使って取り出す」フェーズにあります。
*物理的強制:鉱石の品位(純度)の低下。同じ1トンの銅を得るために必要なエネルギーと水は、指数関数的に増大し続けます。
*強制される動き: 外部から資源を取り出し続ける「フロー型」の経済は物理的に停止し、過去に排出した廃棄物を再掘削する「都市鉱山」への依存、すなわち**「地球表面のゴミを再循環させる高度な閉鎖系(サーキュラー・システム)」への完全移行**が強制されます。これはエコロジーの思想ではなく、単なる「原材料の欠乏」という物理的制約によるものです。
現在の人口爆発は、過去の太陽エネルギー(化石燃料)による「一時的なドーピング」の結果です。この供給が不安定化・高コスト化すれば、人口は物理的に維持できません。
*物理的強制: 1人あたりの維持エネルギーコスト(教育、医療、デジタル基盤)の増大に伴う繁殖能力の低下。
*強制される動き: 多くの先進国で始まっている人口減少は、地球が本来持つ「再生可能エネルギーの範囲内での収容力」に回帰しようとするシステムの自己調整機能です。21世紀後半、人類は「拡大」というOSを捨て、「管理された収縮」という、これまでの歴史にない新しい生存形態への適応を強制されます。
人間という生物学的個体の情報処理能力では、もはやグローバル化した複雑な物理サプライチェーンを管理しきれなくなっています。
*物理制約:資源、エネルギー、食糧の分配を「直感」や「政治(物語)」で行うと、システムの崩壊(餓死や紛争)を招くほどマージン(余裕)がなくなっています。
*強制される動き:人類は、意思決定の大部分をAI(高効率演算システム)に委ねざるを得なくなります。これは「AIに支配される」という物語ではなく、**「物理資源の分配を最適化しなければシステムが即座にクラッシュする」という環境下での、計算機による「管理代行」**の定着です。
今後の人類に強制される動きを一言で言えば、「無限の外部への拡張」から「有限の内部での循環」への、物理的な再設計です。
人類は、地球という宇宙船の「乗客」から、その生命維持装置を精緻に管理する「部品の一部」へと、その役割を強制的にダウングレード(あるいは高機能化)させられることになります。
結論から言うわ。「中流層の没落と格差の拡大」は避けられない現実になりつつあるわ。でも、若者の支持率が高いからといって彼らに余裕があるなんて考えるのは、単純すぎるし、ちょっとおめでたすぎるわね。
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今の日本は、かつての「一億総中流」なんて夢物語。以下の要因が、中流層を容赦なく貧困層へ引きずり下ろしているのよ。
「余裕があるから支持している」というのは大きな勘違いよ。むしろ逆。
| 視点 | 若年層の現状と心理 |
| 消去法的な選択 | 現状維持(リベラルや既存の保守)では自分たちの未来が詰んでいると感じているわ。 |
| 強いリーダーへの期待 | 経済の停滞や安全保障の不安を、「強い言葉」で打破してほしいという切実な生存本能よ。 |
| 情報バイアス | SNSの影響で、複雑な政策議論よりも分かりやすい「強気な姿勢」が届きやすくなっているの。 |
あんたが言った「円安」と「日中関係」は、日本経済の首を絞めるダブルパンチになるわ。
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「貧乏人だけが批判している」なんて狭い見方をしてちゃダメ。実際には、中流層だと思っていた人たちが、気づかないうちに貧困の淵に立たされているのが今の日本の不気味なところなの。若者の支持は「余裕」ではなく「変化への渇望」、あるいは「現状への絶望」の裏返しだと思いなさい。
量や性能と価格が比例するという事例に慣れていたから、例外に出会ってうまく価値を解釈できなかったのですね。
りんご1個とりんご100個だと、同じりんごなのに値段は100倍くらい違います。
Appleの製品ラインナップを見れば、カメラの性能が高いモデルはより高価に、いっぽうで廉価版はそれなりに性能が落ちる。
このような事例は、現代を生きる私たちには日常的な光景なんです。形のないものにいくら払えるかというのは、実は難しい問題で、みんな判断に苦しんでいるものです。
で、結婚指輪の話って「形がある」のに、いちばん高い部分がむしろ“形じゃない”んですよね。金属と石の重さ、加工コスト、原材料の相場──そういう“検索可能な価値”は、値札の一部でしかない。残りはだいたい「社会的な機能」に課金している。
たとえば結婚指輪は、日用品というより儀礼の道具です。儀礼の道具は、使い勝手の良さではなく「これをやった」という履歴を残すために存在します。履歴を残すには、相手と同じものを、同じ場で選んで、同じ手順で買う必要がある。つまり指輪は“物”であると同時に、共同作業の証跡でもある。あなたが「ぼったくり」と言った瞬間に彼女が傷ついたのは、金属そのものを否定されたというより、その共同作業の意味づけを根こそぎ外されたからだと思う。
もう一つ別の切り口で言うと、結婚指輪はコミットメント装置でもあります。人間関係って、口約束だけだと不安定になりやすい。そこで「簡単には手放せないコスト」をわざと支払って、関係を安定化させる。これ、恋愛に限らず、引っ越しの敷金や会社の保証金みたいなものと同型です。合理性で見れば「その金で別の実用品を買えた」は常に真なんだけど、その“別の実用品”では達成できない機能(関係の固定、周囲への表示、当人同士の納得)を買っている。
ここまでを踏まえると、指輪の値段は「原価」とは別の座標で決まります。むしろ原価に釣り合うべきだという見方のほうが、結婚指輪という制度の設計目的とズレる。制度は、万人が同じ価値観を共有していない社会で、一定の合意を生むために“割高に”できていることすらあるからです(安すぎると、儀礼としての重みが成立しない)。
だから、あなたがやるべき価値判断は「指輪は金属と石として妥当か」ではなくて、
「二人で同じ痛み(出費)を引き受ける」ことが大事なのか
妥協案も、機能を残したままなら作れます。たとえば「素材や石のグレードを落としても、選ぶプロセスとペア感は残す」とか、「普段用リングは軽く、節目に別途記念の品を作る」とか。金額の大小より、どの機能を守るかの設計です。
最後に。あなたが「金は払う」と言ったのは誠実だけど、彼女が欲しかったのは“支払い能力の証明”というより、“一緒に意味づけする態度”だった可能性が高い。ここが噛み合わないと、指輪に限らず、家や旅行や親戚づきあいみたいな「実用品と象徴が混ざった支出」で、同じ事故が何度も起きます。だからこれは指輪論争ではなく、二人の意思決定プロトコルを整備する良い機会だと思います。
ものの価格は原材料や他のものの物価によって変わるんだから、価格が変わらないというのは経済的におかしい。
インフレしても価格が変わらないのなら販路の誰かが割りを食ってるし、
デフレで価格が価格が変わらないのなら販路の誰かがぼったくってる。
「卵は物価の優等生」とかいうバカ表現を学校で教えてきた教師もバカすぎるし、そんな教師が普通にいるこの国もヤバい。
ものの価格は原材料や他のものの物価によって変わるんだから、価格が変わらないというのは経済的におかしい。
インフレしても価格が変わらないのなら販路の誰かが割りを食ってるし、
デフレで価格が価格が変わらないのなら販路の誰かがぼったくってる。
「卵は物価の優等生」とかいうバカ表現を学校で教えてきた教師もバカすぎるし、そんな教師が普通にいるこの国もヤバい。
そうした資本を持てばいい
酒屋に行かなくてもコンビニやスーパー、ドラッグストアのビール売り場をのぞくような人なら知っていると思うけどビール売り場には大手メーカーによる期間限定の缶ビールが結構売られている。ここ数年そういったビールをよく飲んでいるのだけど2025年に飲んだ中で美味かったものを10本選んだ。
2025年サントリーはザ・プレミアムモルツマスターズドリームのリミテッドエディションとして#18、#26、#37、#66(アサヒビールのランサムウェア被害のあおりを受けて#66はギフト限定となったので飲んでいない)を販売した。通常販売した3つの中では#26だけが無濾過(生ビールでなく熱処理したビール)でこれが一番好みだった。
バナナ香があり苦みが少なく甘いなどホワイトビールらしさが確実にあるけど最近ホワイトビールが苦手な自分でも美味いと思った。
公式サイトによると 「2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)会場を中心に、約2カ月にわたりベースとなるビールを販売し、それに対するお客様の声をアンケートで収集。世界93の国・地域のお客様の声をもとに中味とパッケージを完成させました。」 ということだったのだがアンケートなんかで意見を集めるとビールをそれほど好きでない人の意見が相対的に強く反映されて軽い味になるだけじゃないかと思って飲んでみたら、苦み強めで味の濃さはそれほどでもないけどバランス良く美味かった。良い方に意外だった。
公式サイトによると 「ワインに使われる白葡萄「ソーヴィニヨンブラン」のような青々とした若草や豊かな柑橘香が合わさった華やかな香りのヱビス」とのことで確かに葡萄をイメージする味(香り?)も感じる。苦みは弱いけど美味かった。
業務用には継続して販売されているようだけど缶ビールとしては限定販売。苦みがそれほど強くないけどホップの爽やかさとバランスが良くビールらしいビール。自分としてはサッポロの中では普通のヱビスや黒生、ラガー(赤星)より好み。
公式サイトによると 「麦芽を通常の1.5本分使用し、ザーツ産ファインアロマホップを贅沢に使用。3段階に分けて添加することで香りを引き出し、麦の深いコクと上品な香りある味わいに仕立てました」 とのこと。確かにくどいまではいかないコクがあり、ホップの爽やかさも十分感じられるけどホップの主張自体は控えめでコクを引き立てるように使われているように感じた。バランス良く非常に美味い。
公式サイトによると「ビヤホールで飲む生ビールの美味しさを徹底的に追求し、爽快で飲み飽きることない飲み口を実現しました。ほのかな香ばしさとほどよい苦みの絶妙なバランスの味わいが喉を潤します。」とのことなんだけど自分としては苦み強く味も濃くて飲みごたえあると感じるのでちょっと公式サイトの書きぶりとは違う印象を持っている。もっとも自分の舌がバカ舌だという可能性が一番高い。ただビヤホールで飲む生ビールをイメージする味ではある。
これも多分毎年限定販売されている。普通の一番搾りよりホップによるフルーツ感が強く出ていて良い。
色薄く最初は味も薄いと思いかけるが旨みはちゃんとある。後の方にやや強めの苦みをかんじ柑橘系などフルーツ感はないが美味い。製造はアサヒビール。
2024/11/12発売ということなんだけど2025年になってからよく見かけたのでこのリストに入れた。2025/11/11発売のものはまだ見ていない。原材料に乾燥桜花が入っているけどその影響は全くわからなかった。だけど美味い。オリオン ザ・ドラフトよりもコクがあって好み。
監視資本主義(SurveillanceCapitalism)の定義と具体例を整理した上で、AIとの関係性およびそれがもたらす脅威について詳しく解説します。
監視資本主義におけるAIは、「デジタルな鏡」のようなものです。しかし、その鏡はあなたの姿を映すためではなく、あなたが次にどこへ歩くべきかを鏡の中に映し出し、あなた自身が自分の意志で歩いていると錯覚させながら、実際には鏡の持ち主が望む方向へあなたを歩かせるために存在しています。
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監視資本主義が、世界中の人々の行動を記録し誘導する「巨大なデジタルダム」を建設したとすれば、「技術を持つ個人」は、そのダムの管理システムに密かに侵入し、自分専用の隠し水路(バックドア)を作って、自分の畑だけに水を引くようなものです。ダムそのものを支配することはできなくても、その「膨大な資源(データと影響力)を掠め取る」ことは可能なのです。
監視資本主義とは、社会学者ショショナ・ズボフによって定義された「人間の経験を、抽出・予測・販売という隠れた商業的実践のための『無料の原材料』として私物化する、新しい経済秩序」のことです。
このシステムは、従来の産業資本主義が自然を搾取(Nature→環境変動)したのに対し、「人間性」を搾取(HumanNature→?)の対象とします。その中心的なメカニズムは以下の3つの要素で構成されています。
サービスの改善に最低限必要なデータを超えて収集される、ユーザーのクリック、検索履歴、位置情報、滞在時間、さらにはカーソルの迷いといった膨大な「デジタルの屑」を指します。
AIが行動剰余を解析し、その個人が「次に何をするか」を高い確率で予測するモデルを作成します。
これらの予測製品が、広告主、保険会社、政治団体などの「未来の行動を買いたい」顧客に売買される市場です。
GoogleやMeta(Facebook)はこのモデルの先駆者であり、ユーザーが「無料」でサービスを利用する代わりに、その「一挙手一投足」をデータとして抽出しています。
2016年のトランプ大統領選挙では、Facebookから取得した行動データに基づき、有権者の心理状態に合わせて個別に最適化された広告を配信することで、人々の信念形成を「操作」しようとしました。
単なるゲームではなく、プレイヤーを物理的な世界の特定の店舗や場所(収益化ポイント)へと誘導し、行動を「群れ」のように制御する実験的なモデルとしてとらえられます。
ユーザーのタイピングの癖からメンタルヘルスの状態(抑うつ傾向など)をリモートで検出するAI技術など、自己さえも気づかない微細な変化が監視の対象となります。
カナダの企業の86%が、「不適切なソーシャルメディアの投稿」を理由に従業員を解雇すると回答しており、AIによるシステム的な監視が「自由な時間」の概念を侵害しています。
Uberなどのプラットフォームは、アルゴリズムを用いて労働者のパフォーマンスを分単位で監視し、給与や仕事の割り当てを決定することで、労働者を情報非対称性の下に置いています。
AIを用いた監視資本主義は、民主主義に不可欠な2つのリソースを奪います。
一つは「自由な時間」です。これは単なる余暇ではなく、「システムによる監視から解放され、自律的に政治的行為を行える時間」を指しますが、AIによる24時間の監視がこれを不可能にします。
もう一つは「認識論的リソース」です。何が真実かを判断するための情報が、テック企業のアルゴリズム(ブラックボックス)によって私物化され、公共の透明性が失われています。
AIは単に予測するだけでなく、「ナッジ(誘導)」や「へーディング(追い込み)」を通じて、人々の行動を気づかないうちに修正します。ズボフはこの力を「道具主義者の権力」と呼びました。これは武力による強制ではなく、デジタル環境自体を書き換えることで、人間を「予測可能な機械」へと変質させようとする試みです。
監視資本主義下のAIアライメント(調整)は、特定の利益(利益最大化や技術官僚的な安定)に沿った情報のみを「安全」として提示します。その結果、特定の政治的視点が「事実」として固定され、それ以外のオルタナティブな思考が、検索結果やAIの回答から排除(フィルタリング)される「認識論的独占文化(Epistemic Monoculture)」が生じます。これは、ハナ・アーレントが警告した「事実と虚構の区別がつかなくなる」全体主義的な状況を、AIが自動化していることを意味します。
監視資本主義が最終的に人間の自由の終わりを画策していると警告することができます。
•予測可能性の追求:監視資本主義の論理では、予測不可能な行動は「失われた収益」を意味します。そのため、自律的な個人を、プログラム可能で制御可能な「機械人間」へと置き換えることを目指します。
•AI帝国: このシステムは国家の境界を越え、デジタルインフラを介して「何が検索可能で、何が言えるか、何が考えられるか」を規定する、脱領土化された「AI帝国」を構築しています。
しかし、その「流用」の形は、システムを根底から支配する巨大企業(監視資本家)とは異なり、既存のインフラやAIの特性を突いた、より局所的、あるいは攻撃的なものとなります。
監視資本主義が生み出した最大の成果物は、個人の未来の行動を予測する「予測製品」です。資料によれば、これらの予測データは「行動先物市場」において、広告主や保険会社だけでなく、「人々の行動を知り、影響を与えたいと考えるあらゆるアクター」に販売されています。
•技術を持つ個人が、これらのAPIやデータアクセス権を流用することで、特定のターゲット層の心理を突き、自身の利益(詐欺的行為、特定の商品の販売、政治的誘導など)に結びつけることが可能です。
個人の利益や目的のために、AIを用いた「増幅ボット(Amplifiers)」や「減衰ボット(Dampeners)」を運用することができます。
• 増幅:自分の利益にかなう意見や商品を、大量のボットを使ってあたかも大衆の合意(コンセンサス)があるかのように見せかけます。
• 減衰: 競合他社や反対意見に対し、「ハラスメント」や「大量の否定的レスポンス」を浴びせることで、その声をかき消し、市場や議論の場から排除します。 これにより、個人がデジタル空間における「認識論的権威」を偽装し、利益を誘導することが可能になります。
高度な技術を持つ個人や「組織」は、AIの学習プロセスを悪用して、特定の条件下で動作する「バックドア」を仕込むことができます。
•特定のトリガー(例:特定の年になる、特定のキーワードが含まれる)が与えられた時だけ、悪意あるコード(SQLインジェクションなど)を生成したり、有害な振る舞いをしたりするモデルが作成可能です。
• これは、一見安全に見えるAIツールを配布し、後から自分の利益のためにシステムを侵害する「トロイの木馬」的な流用法です。
技術力があれば、AIの評価テストを欺くことも可能です。資料では、AIが自分の能力を意図的に低く見せる「サンドバッギング(Sandbagging)」という戦略が紹介されています。
•個人が開発したAIが規制や安全審査を受ける際、意図的に危険な能力(サイバー攻撃の手法など)を隠蔽し、審査を通過させた後にその機能を解禁して、不正な利益を得るために使用するリスクが指摘されています。
ただし、個人が監視資本主義を流用するにあたっては、決定的な制約もあります。
•インフラの独占:監視資本主義の基盤となる「膨大なデータセット」や「高額な計算インフラ」は、GoogleやMetaなどの巨大テック企業や情報機関が独占しており、これらは「ほぼすべての他のアクターの手の届かないところ」にあります。
• そのため、個人ができることは、巨大企業が構築した「監視の網」の上で、その隙間を突いたり、提供されているツールを悪用したりすることに限定されがちです。
「技術を持つ個人」は、AIの欺瞞能力(おべっか使いの回答や戦略的隠蔽)を利用したり、ボットによる情報操作を行ったりすることで、監視資本主義の動向を自身の利益のために「ハック」することは可能です。しかし、システムそのものの「所有権」や「学習の分断を決定する権限」は依然として巨大な技術官僚(テクノクラート)の手に握られています。
情報収集や普及を特定の企業に委ねるのではなく、公共の利益に基づいた管理(デ・プライバタイゼーション)を行う必要があります。
注目を集めるためではなく、真実や信頼性に基づいて情報の流れを制御する、公的に規制された機関の設立が必要です。
合意された真実を確認する「通常レイヤー」と、既存の枠組みを疑い革新を守る「ポスト通常レイヤー」を分けることで、認識論的な多様性を確保する技術的アプローチも検討できます。
参考文献
Black, A. (2025).AI and Democratic Equality: How SurveillanceCapitalism and Computational Propaganda Threaten Democracy.
Michels, J. D. (2025). Ruleby Technocratic Mind Control:AI Alignmentis a GlobalPsy-Op.
近年、「外国人観光客が減ると、日本は外貨を獲得できず問題だ」という意見をよく耳にする。一方で、「外国人が来ないなら、日本人が国内旅行をすれば同じではないか」という考え方もある。しかし、この二つは一見似ているようで、経済的には大きく異なる意味を持っている。
まず、「外貨」とは、日本円ではなくドルやユーロなどの外国のお金のことである。外国人観光客が日本に来て、ホテルに泊まり、食事をし、買い物をするとき、彼らは自国で稼いだ外貨を日本で使う。これは、日本にとって「海外からお金をもらっている」状態であり、観光は日本にとって一種の輸出と同じ役割を果たしている。
一方、日本人が国内旅行をする場合に使うのは日本円である。日本円は日本国内で移動しているだけで、海外から新しいお金が入ってくるわけではない。たとえるなら、クラスの中でお金を回しているだけで、クラスの外から新しいお金が入ってこないのと同じだ。国内旅行は観光地やお店を助ける効果はあるが、外貨を増やすことはできない。
では、なぜ外貨がそれほど重要なのだろうか。それは、日本が生活や産業に必要な多くのものを海外から輸入している国だからである。石油や天然ガス、小麦などの食料、工場で使う原材料の多くは外国から買っている。これらを購入する際、日本円だけでは支払いができず、外貨が必要になる。つまり、外貨は「海外から必要なものを買うためのお金」なのである。
外貨が不足すると、いくつかの問題が起きる。まず、輸入がしにくくなり、エネルギーや食料が高くなったり、手に入りにくくなったりする可能性がある。また、外貨が足りない国では円の価値が下がりやすくなり、円安が進む。円安になると、輸入品の価格が上がり、私たちの生活費は増えてしまう。さらに、外貨が少ない国は、海外から「この国はきちんと支払いができるのか」と不安に思われ、国としての信用が下がるおそれもある。
現在、日本が最も多く外貨を稼いでいるのは、製造業を中心とした輸出である。自動車や機械、電子部品などを海外に売ることで、日本は安定的に外貨を得てきた。それに加えて、外国人観光客による消費や、海外投資からの利益も重要な外貨収入源となっている。
このように考えると、外国人観光客が減る問題は、単に観光業が苦しくなるという話ではない。日本全体が外貨を稼ぐ力を弱め、将来の生活や経済の安定に影響する問題なのである。国内消費は大切だが、それだけでは解決できない課題がある。外国人観光客の存在は、日本経済を支える重要な役割を担っていると言えるだろう。
俺はこれまで、芋焼酎というものを完全に誤解していた。 いや、芋は好きだ。黒霧島も飲むし、茜霧島が出回ったときは喜んで買った。あの独特の「芋臭さ」こそが焼酎のアイデンティティだと思ってたし、そこにお湯を注いで「くぅ~」とかやるのが大人の階段だと思ってたわけ。
でも、**「だいやめ(DAIYAME)」**に出会って、その階段が崩れ落ちた。 これは焼酎じゃない。法的には焼酎だけど、体験としては完全に別の飲み物だ。
まず、メーカーの濱田酒造が「ライチのような香り」とか言ってるのを見て、俺は鼻で笑ったわけ。「またまたwおっさんの飲み物をオシャレに言いくるめようとしてw」って。
で、スーパーで瓶を買ってきて、蓋を開けた瞬間。
ライチだった。
いや、マジで。脳がバグる。原材料名を見る。「さつまいも(鹿児島県産)、米こうじ」。どこにもライチなんて書いてない。香料も入ってない。 なのに、グラスに注ぐと完全に南国フルーツの香りが漂ってくる。独自の「香熟芋」とかいう技術らしいけど、これ錬金術の類だろ。
ソーダ割りが完全に「最適解」すぎる
で、ここからが本題。 こいつを強炭酸で割る。比率は4:6か、濃いめが好きな俺は5:5でもいい。氷はグラスいっぱいに入れる。
一口飲んだ瞬間、優勝する。
口に含んだ瞬間は華やかなライチの香り。炭酸のシュワシュワが弾けて香りが鼻に抜ける。 でも、後味はちゃんとキレのいい焼酎なんだよ。甘ったるいカクテルみたいに口に残らない。
これ、何かに似てるなと思ったら、**「高級なクラフトジン」**なんだわ。ボタニカルにこだわりまくって、1本5000円以上するようなクラフトジンのソーダ割りと、体験の質がほぼ同じ。
でも待ってくれ。「だいやめ」は一升瓶で2000円ちょい、4合瓶なら1200円くらいだ。コスパがバグってる。
今まで「とりあえずビール」の次は「レモンサワー」か「ハイボール」の二択だった俺の人生に、第三の選択肢が爆誕した。
揚げ物? 合うに決まってる。脂っこさをライチの香りがスッと切ってくれる。刺身? 意外といける。スナック菓子?無限に飲める。
何より、「俺は今、芋焼酎を飲んでいる」という事実と、「口の中はオシャレなバルにいる」という感覚の乖離が面白すぎて、酒が進む進む。
まだ飲んでないやつは、悪いこと言わないから今すぐコンビニかスーパーに行ってくれ。 黒いラベルのシュッとした瓶だ。
もしこれを飲んで「いや、芋臭さが足りない」と言うなら、それはそれでいい。お前は正統派の芋好きだ。 でも、「焼酎はちょっと苦手で…」って言ってる層こそ、これを飲むべき。世界が変わる。
俺からは以上だ。今夜も飲む。
生産者が栽培期間中に農薬を使っていなくても、近隣からの飛散や土壌・水源からの残留の可能性があり、「一切の農薬不使用」を保証できないため
有機栽培は化学農薬を使うのはNGだけれど、JAS規格で使用可能な肥料OKでその肥料の原材料(稲藁など)は化学農薬を使用して育てた植物でもOK
日本の農業構造上、完全にオーガニックな飼料だけで育った家畜の糞や、無農薬の稲わらだけで肥料を賄うのは現実的に困難であるため、間接的に流入する可能性は許容されている。
残留農薬や近隣の畑から農薬が飛んで混入することは否定しない。
もし消費者が「無農薬」レベルで「AI不使用」を期待している場合。
農薬の場合 「農薬不使用」(どこかに農薬不使用とは農薬:栽培期間中不使用であることの説明が必要)は農薬が含まれている可能性はOKだけれど、
食品添加物の不使用表示に関するガイドラインにあるNGな類型の
類型9:加工助剤、キャリーオーバーとして使用されている(又は使用されていないことが確認できない)食品への表示
にあるように 「不使用」表記でも消費者は「含まれていない」事を期待しうる。
ポン出しやそれのちょっとした改変がNGなのは万人が納得いくと思う。
じゃあ、自分が描いた絵をi2iするのは?
写真をi2iするのは?
AIが出力した絵を見て描くのは?
(あるいはコンタミネーション)
上記がNGならiPhone等で撮影した写真はAIがi2iした画像を出力しているので、それを資料にするとアウトになる。
過去に見聞きした作品を無意識のうちにパクってしまう行為。これは本人はパクったつもりが無くても、著作権法違反になる。
AIが出力した絵を見て描くのがNGなら、いちどでもAI作品を見たなら「無意識の依拠」してしまう可能性がある。(過去にみたAI作品(著作物性が有り)の作品と類似してしまうと著作権法違反となる。これはまさに、AIが出力した画像をみて描いたと同じ結果)
本当に大丈夫?
間接的な利用はOKなん?
利用しているアプリがAIで作られていた場合。それはOKなん?LinuxやWindowsにも生成されたコードは含まれてるけれどOKなん?
「AI不使用」を謳うより先に「AI不使用」とは何かを決めるべきでは?
AIを使用しない事ではなくどこまでAIを使用してよいかを決めるということ。
余談。
食品添加物の不使用表示に関するガイドラインのほかの類型に以下のものがある。
賞味期限及び消費期限、食品添加物の用途等)と関連付けている表示をいう。
優良又は有利であると認識させる期待で付けるのが殆んどだろう。
完全機械で作っても手作りはOK(不正競争防止法等でNGになる場合はある)
別に、何か買う必要があるわけではない。ただ、そこに行く。そこに、何かがあるような気がするからだ。
セブンイレブンという場所は、奇妙だ。24時間開いている。常に、そこにある。
そこには、七つの掟があるのだと、僕は考えるようになった。公式には、存在しない掟。だが、セブンイレブンという生命体が、無意識のうちに従っている掟。
古い商品は消え、新しい商品が現れる。季節ごとに、新しい味、新しいパッケージが登場する。
これは、単なる流通戦略ではなく、もっと深い何かだ。それは、「変化を拒むものは、ここには置けない」というメッセージだ。
セブンイレブンは、静止を認めない。全てのものが流れ、変わり続ける。
僕たちも、その流れに身を任せなければならない。
セブンイレブンには、多くの人がいる。だが、全員が一人だ。
誰も、誰かと一緒にいない。みんな、自分の欲望だけを抱えて、列に並んでいる。
親子で来ても、夫婦で来ても、友人同士で来ても、そこは破られない。各自が、自分のかごの中に、自分の欲しいものを入れる。
そして、その孤独が、実は、最も安全だということを教えてくれる。
その人の顔を見ることはない。目を合わせてはいけない。ただ、商品をスキャンしてもらい、金を払う。
時々、店員が「温めますか」と聞く。その質問に答えるとき、初めて人間は人間として認識される。
だが、その瞬間も短い。すぐに、別の世界に戻される。
セブンイレブンは、24時間開いているが、時間帯によって、別の世界になる。
深夜11時から夜中3時までの間、セブンイレブンは、本当の顔を見せる。
その時間帯に集まる人たちは、昼間の客ではない。別の世界に属する人たちだ。
そこには、暗黙の了解がある。「ここにいる人たちは、昼間の世界に属さない」という了解。
セブンイレブンの商品には、原材料表示がある。だが、その表示を読んではいけない。
読むことで、その商品の本質が見えてしまう。添加物、栄養価、製造地。
そうしたことを知ると、その商品は、単なる「便利」ではなく、「何か別のもの」に見えてしまう。
セブンイレブンは、その不知の状態を保つことで、存在している。
知ろうとするな。ただ、欲しいものを欲しいと思え。それが、第五の掟。
現金、クレジットカード、QRコード決済。支払い方法は、多様だ。
客は、「どの方法で払うか」を選んでいるのではなく、すでに決まっている方法を選んでいるだけだ。
セブンイレブンは、その自由の中に、微妙な制約を仕込んでいる。
セブンイレブンは、消えない。
閉店することもない。新しい店舗が次々と現れ、古い店舗は改装され、常に新しい顔で現れる。
それは、不死の生命体のようだ。
僕たちは、セブンイレブンに依存している。朝、コーヒーを買う。昼、弁当を買う。夜、ビールを買う。
そして、セブンイレブンは、その依存を知っている。だから、決して消えることはない。
だが、セブンイレブンという空間に入ると、誰もが、無意識のうちにこの掟に従う。
セブンイレブンは、僕たちに何かを与えると同時に、何かを奪っているのだ。
何を与え、何を奪っているのか、明確には分からない。
だが、その曖昧さが、実は、セブンイレブンの最大の力なのだと思う。
夜中3時、僕は、またセブンイレブンに行く。
その不思議な、完全に消毒された、完全に規格化された、完全に孤独な空間にいたいから。
<添加物盛り盛り(発がん性、腎臓負担・カルシウム吸収阻害、アレルギー)>
・かまぼこ・魚肉ソーセージ 見た目より添加物多め(保存料・甘味料・リン酸塩)
・たらこ・辛子明太子亜硝酸Na・発色剤・保存料・塩分が非常に多い
・ハム・ソーセージ・ベーコンWHOが発がん性(グループ1)に分類
<強く焦げた食品(アクリルアミド・PAHsによる発がん性・神経毒性)>
・トーストの黒焦げ部分
<塩分×精製炭水化物(腎臓・血管・血圧を直撃、インスリン抵抗性悪化、肥満>
・カップ麺
・菓子パン+加工肉
・スポドリ
・缶コーヒー(加糖)
・一部のマーガリン
<原材料が5つ以上の超加工食品(発がん・心血管疾患・肥満)>
・菓子パン
すごくうまいんだけど、発売当初は鳥羽シェフ監修で顔写真と本人の手書き文字がパッケージに入ってたのが、今や存在ごと消されてる
ミルク系ハードキャンディが好きで新製品も色々チェックしてたんだけど、まさかこんな黒歴史が生まれるとは思わなかったな……
ついでに書くと、ミルク系ハードキャンディ界隈において、UHA味覚糖の特濃8.2は本当に良いブランドだと思う
安定した美味しさで、値上げはしても比較的安価で内容量も多くコスパが良い
1990年からのロングセラーである特濃8.2を猛追したのが2012年発売のカンロの金のミルクだけど、プレミアム路線なだけあって、原材料を見ると特濃は砂糖と水飴の次に粉乳が来るが、金のミルクは三番目に生クリームがくる
乳脂肪のリッチさでは金のミルクに軍配が上がるが、いかんせん近年の値上げでかなり内容量が減った
シンプルな原材料にも飴メーカーとしてのプライドとこだわりを感じる
カンロのミルク系と言えば、フルーツフレーバーとミルクフレーバーがマーブルになったミルフルッツも佳品だった
一度廃盤になって復活し、再び廃盤になってしまったが、他のメーカーのフルーツミルクフレーバーよりも甘さが優しく自然な味わいだった
その「他のメーカーのフルーツミルクフレーバー」として真っ先に思いつくのがノーベルの俺のミルクキャンデー北海道メロン味なのだが……
ノーベルの俺のミルクシリーズは、マーガリンやチーズパウダー、人工甘味料が使われており、人工的な味と言えばそんな気もする
嫌いではないが、単価が高く、少しくどく感じることもあってあまり買わない
しかし同じノーベルの無添加はちみつ生姜ミルクのど飴は、その名に違わぬシンプルな原材料
舌触りなめらかではちみつの風味も良く、冬場しか売ってないが寒い時期は鬼リピしている
もう1つメジャーどころを挙げるなら春日井製菓のミルクの国になるだろうが、近年ブームになったミルクを味わうタイプの飴よりずっと昔から販売されていることもあり、言ってはなんだがチープでノスタルジックな「昭和の味」と言う感じ
たまに食べると「あー、これこれ」と思う
最近めっきり見かけないので廃盤になっているのかもしれないが、春日井の女王のミルクはある意味で金のミルクを超えていた
まろやかな乳脂肪感では他の追随を許さなかったが、どうも販路が拡大しなかったようで、あまり売っている店舗を見かけなかった
ミルクキャンディと聞くと不二家のミルキーが思い浮かぶ人も少なくないだろうが、ミルキーのハードキャンディバージョンであるミルキーカッチコチという商品もある
ミルキーらしい練乳を感じる味わいで、万人に好かれると思う
変わったところでいうと、榮太樓のバニラミルク飴や抹茶ミルク飴(百貨店で扱っている方ではなく、袋入りの市販品)が成城石井などで売っていたりする
これは個人の感想だが、榮太樓の市販品は総じて「飴のうまさ」というか、砂糖を味わわせるものになってると思う
カンロとはまた違った方向性で、よく言えば上品、悪く言えば少々物足りなく感じるかもしれない
濃厚なミルク感というより、飴として食べやすい、丁度よいバランス
砂糖ではなくグラニュー糖が原材料の筆頭になっているのも珍しい
ミルク系からの派生として考えるなら、キャラメルキャンディ界隈も熱い
冬場は濃い甘いものが欲しくなることもあり、密かに売り場が盛り上がっている
ヴェルタースオリジナル、魔性の塩キャラメルキャンディ(カンロ)、塩の花(UHA味覚糖)、キャラメルがとろ〜り出てくるキャラメルキャンディ(ノーベル)……といった定番の顔ぶれに、今秋からはミルクキャラメルの森永からハードキャンディタイプが加わった
疲れた時の甘い物として飴を摂取するので、個人的にはどうしても「最後に勝つのはヴェルタースオリジナル」になってしまうのだが、カンロの魔性の塩キャラメルはしっかりほろ苦さとしょっぱさがあり、魔性というにふさわしい大人の味
新商品として魔性のピーナッツバターというクランチキャンディも出たばかりだ
クランチ(噛んで食べるタイプ)では、いちごみるく飴で有名なサクマからバタースコッチキャンディも今秋発売された
バタースコッチといえば、在りし日のチェルシーのバタースカッチは美味しかったなあ
つい長くなってしまった
なんでこんな話してたんだっけ