Movatterモバイル変換


[0]ホーム

URL:


はてラボはてな匿名ダイアリー
ようこそ ゲスト さんログインユーザー登録

「原初的」を含む日記RSS

はてなキーワード:原初的とは

次の25件>

2025-10-22

小説】イン・ザ・メガチャーチ

お金出して読む価値、あり!

・めちゃくちゃ面白かった

朝井リョウ作品物語というより「物語というフォーマットを使って、朝井リョウから見た時代定点観測報告を教えてくれる」書物として読むとよい

・もし朝井リョウ思想家とかでTwitterで文だけで観測結果を教えてきてくれたらちょっとビビるから物語」としてコーティングして伝えてきてくれるの、助かる

物語として読み進めると急にキャラクター朝井リョウ本人が憑依して語ってくることあるからぬい作者状態になってビビる

朝井リョウ、冬野梅子とかカレー沢薫とか鳥トマトとかどんな感じで見てるんやろ

なんかやっぱ「男から見た女」感が滲み出てるんだよな 色々今風の言葉を重ねても「男から評価されるのが女性にとってよい」っていう感じ→「メイク」という行為セルフケア・ひいては他人との毛づくろいに繋がるっていう話だったんやね…

すっぴんって単語久々に聞いたわ

朝井リョウ得意文体「◯◯は◯◯している。まるで△△のように。」△△でこれを示唆したい感すごい

朝井リョウのかく「ミジメ」の反対=正しい描写広告代理店の描くキラキラ生活っぽさある

 そら手作りお茶水道水普通に飲むやろ…

そういう「読者にミジメと思わせたい」ポイント描写根拠=対比する正しさ がそもそも広告代理店の「作った世界」っぺえからなんか

「おっ 朝井くん、今回も「思想」、押し付けてきとるね!!」ってなる

・そら家で友達とダベる時に飲む飲み物と、テレビに出る時に添えられる飲み物は違うやろ…

2.5次元推し界隈の言語創造力がおもろいのはそれはそう ピューロ流しとかテニプリ脱走兵とか女子悪口センスオタク気質が魔合体して独特の面白さ、ある

・登場する女性、どいつもこいつも政治話題に対する反射神経が高すぎる こわいよ〜

いやでも転職とかで「選択肢そもそも非正規しかない」とかそういう状況だと病むよな

・ワイより手取り多いやんけ!!!

・っぱ女オタク感情機微描写ガチ恋粘着獣がナンバーワン

・朝井くんの書くオタク女、あくまで「いぢましい」女で

「まあ推しはするけど飽きたらポイやでー」成分がなくて「男の考えた女」感ある こんなひたむきな性別わず人間おらんやろ そういう面でガチ恋粘着獣の「報われたい」「ズルしたほうがよかったじゃん」とかそういう人間の生々しさ「健気なふりしてるけどやっぱりかけた分だけの報酬が欲しい」っていう「人間のくさみ」、ない

・「ミジメ」さと、「イヂマシ」さと、「男の目を気にしない貧困女、終わっとる」でできてるオタクパート

・ワイは、「自分」を売り物にできるくらい魅力的な人間、とりわけ「容姿」をウリにするタイプ絶対裏でオタクからの「人気」をスパイスにパコりまくってると思っとるからこんな「物語」だのなんだの認識できん!!

・ふぅん…「普通幸せ」について、まだその「領域なんやね…

・朝井くんはマジョリティ上位やから

・な、なんで??!

 現時点で評価されてる若手脚本家とか起用したほうが色々ええじゃろ

・「やってみたい」のくだりは萌え

ほんまもんの「いじましさ」、あった

おっさんズラブとかじゃなくて「必要とされたい」「寂しいのはかなしい」っていう人間原初的感情がおぢ面子お仕事会話の中で不意な流れで浮上してきたの、萌え

・年齢性別関係なく「ひとりは寂しい」もんな…

意識高い高いのだ…

しかしこんな意識就活してるうちに吹っ飛ぶ

・飯食う前にこんな話長々されたらキレる

・いい友達

・INFPっぽいよねって電車好きそうの女verだろ

わかりやすくフレメニーすぎやろ

・明確にカスカス描写されとる

・もうお前、発達障害の診断を受けろ!!!ドン

・急に悟ってビビる

朝井くんの主張をキャラクターに代弁させるパートだ…

いいことゆうとるけど直前まで身分不相応の意識高い高いINFP大学生に滅茶苦茶賢い朝井リョウが憑依するからビビるってこれ 急にIQ自己洞察能力が上がるやん

動作性知能の高い陽キャに憧れる、それもある意味出羽守

・安定した?会社会社でおぢの面子合戦があったり大変なんだよなぁ…

・でも本社の人は雇い止めのない雇用があるから

大学出てブルーワーカーのパターンもあるので… 大卒がみんなホワイトワーカーになれるという認識を持ってる時点でまだ甘々やで〜!

INFP大学生就活で詰むタイプでもあるので…

破滅ルート回避!→カスやん…発達障害傾向以前に人間性がカスやん…

相手を見下してるのって普通に相手に伝わってるよね

シラフ現実、見れっかよォ!の一人語りはそれな…(死語)ってなった

・行っちまったんだ…「あっち」側に…

タイトル回収パートおもろい

・それぼく

・爆仕事ケイケ同期おじが説得しにいったら逆に屈服させられたエロスを感じる

性別キャラの新しい萌え方やでぇ…

・それぼく

発達障害として生き続けるのにうんざりするの、わかるでぇ…!

・文の長い押し付けがましいYouTube動画なんてろくなもんがねぇ

・この引き込み方は生身を持ってファンと同じ現実時間軸を生きる3次元からこそできる売り出し方やんな

自閉傾向の少ない発達障害タイプ

ママみを感じてキショいな…

そういう自他境界の少ないタイプを狙い撃ってるんやろうがキショいな… 自他境界が少ないって、(適量で留まれるなら)よく言えば面倒見がよいというかママみがあるってことなのかな

セルフうっとりしながらジェットコースターのごとくハマっていくくだり、キショくて最高にオモロ

 朝井リョウ天才 

・「優しくて真面目で繊細」という悪口

・何で趣味でわざわざ他人存在を入れなきゃいけないんや!

陰謀論までカバーする手広さ

・「推し活」の良いところも悪いところも書いてくれるレンジ力つょい

・うわぁ急に朝井リョウが出てきた!2回目

・優しい脅迫というパワーワード 

めっちゃ本質」いうやん

推し活de真実

・着々とフラグが積み上げられる父曇らせ

国見ターンはウンチクとして滅茶苦茶おもろい

男性同士のケアにまで言及するんか・?レンジちょっと広げすぎかも

・「女性連帯」の正の側面も負の側面も描き切る筆致、さすが作者様やでぇ…

絶対これデビュー前にINFP君カノバレして爆破のやつじゃん

・ヘルシーなファンだ…

・ここまで極端な奴、そうそうおらんやろ

・そ、それはそうだが他人迷惑かけたらアカンやろ

・どいつもこいつも主語がでけぇ!

・この人だけ闇金ウシジマくん世界観になってる

ウシジマくんでたまにえる底つき体験して一周回って爽やかになるハピエン回じゃった…

朝井リョウが左右から語りかけてくる…バイノーラ朝井リョウだ…

ニュータイプコミュニケーションだ…

瞳が合った瞬間に互いの過去交錯しとる…

・急なちいかわ草なんだ

・こ、こんな終わり方ある???!!褒褒褒最高地獄褒

推し活は、用法療養を守って楽しもう

面白かったけど、二次創作壁打ちマンのワイにはちょっと違う世界だったわ…

Permalink |記事への反応(0) | 12:32

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-05-26

カバラ観点から現代の悪しき文化に対してコメント

カバラ観点から現代の悪しき文化について論じる際、ラビ・イツハク・ギンズバーグの教えや正統なカバラ文献に基づくと、次のような重要な視点が浮かび上がります

1.真実の分裂と相対主義文化

現代の「ポスト真実文化では、客観的真理が相対化され、感情主観的意見事実よりも重視される傾向があります

これはカバラ的には器の破壊現代的反映とも言えます

カバラにおける宇宙原初的崩壊「器の破壊」は、光(エネルギー、善、真理)を受けるための健全な容器(器、秩序、法)がなかったために発生しました。

現代相対主義もまた、「器の欠如」絶対的価値倫理の不在によって、個人社会が真理の光を保持できない状態です。

2.性的逸脱と「創造秩序」の混乱

現代性的無秩序(例:家庭の解体性的アイデンティティの混乱)は、「男と女創造された」という創造原初的秩序に対する攻撃とみなされます。これは混沌現代現象です。

混沌」は秩序のない状態であり、カバラでは創造以前の段階です。

創造目的は、「秩序ある世界」を築くことです。

性別や家庭の秩序を混乱させる文化は、創造目的に対する破壊と見なされ、修復を必要します。

3. 分裂の文化アマレクの霊性

ギンズバーグ師はたびたび、現代の「分断」「対立」を煽る文化アマレクの力の表れである説明します。

アマレクとは「偶然」を信じて神的摂理否定する勢力

彼らは常にイスラエルに背後からいかかるように、現代では社会信仰統一目的意識を分裂させようとします。

これがSNS政治的過激主義アイデンティティ戦争の形で現れています

4.情報過多とクリポットの増大

現代インターネット社会は、光のように見えても、その多くは真理に到達できないクリパー(殻)の層で覆われています

知識の木」と「命の木」はカバラ的には完全に異なります

現代人は情報を得ても、命に到達しない。

まり、魂を生かすような知恵ではなく、魂を混乱させる情報洪水です。

結論

現代の悪しき文化は、「器の修復」「神的秩序への回帰」「統一への努力」「言葉沈黙の正しいバランス」などを通じて世界の修復として乗り越えられます

ラビギンズバーグはこのティクンの方法として、

を強調しています

Permalink |記事への反応(0) | 02:04

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-05-07

ピザづくりのススメ

GW中にもピザを焼いた。

生地から手作りである

昼前から生地を仕込んで寝かせて、夕方にのんびり成形しながら一枚焼いた。

材料シンプルなほどに良い。

から作るのはいいぞ。何より達成感がある。

そして自分好みの味に作れることが良い。

市販ピザを悪いとは言わないが大味すぎる。

味が濃すぎるものが多過ぎるのだ。

実際、ピザシンプルでも十分に旨い。

材料として、必要なのはオリーブオイルバジル、それにモッツァレラだけで十分。

生地作りに関して言えば、ポイントは中力粉。

パン生地となると強力粉と思われがちだが、ピザ生地場合ポイントはあえて中力粉を混ぜること。

理由グルテン含有量によるものだ。

この辺りの解説は話せば長くなるので、簡単に言えばパリッとした生地を作りたければ中力粉を混ぜることをオススメする。

そして滋味に溢れたピザというのは、日本酒に非常によく合う。

極めてシンプルピザにこそ、日本酒は驚くほど合うのだ。

小麦の香ばしさと、モッツァレラの淡い乳味、バジルの青い香り

それをそっと包むオリーブオイルの艶やかさ。

この全体の調和は、和食に通じるものがあるといえよう。

今回は純米吟醸の冷やで頂いたが、誠に美味であった。

米の旨みがまろやかに広がりつつも、くどくない。

口に含んだときピザの香ばしさとふっと混ざり合って、飲み下すと、バジルの清涼感が鼻からすっと抜けていく。

そのあとに来る米由来の自然な甘みが、モッツァレラと意外なほどよく合うのだ。

あるいは、生酛造りの落ち着いた一本を合わせるのも良いだろう。

酸味のある日本酒なら、じわりと舌に残る余韻がピザ小麦バジル香りを引き立てる。

ここにチーズと白米が意外と合うという、日本人としての原初的発見さえ覚えるはずだ。

不思議な話だが、日本酒というのは「旨味と香りが淡いもの」と合わせたときに最も真価を発揮する。

濃厚すぎるソースや肉だらけのピザだと味の主張がぶつかってしまうが、素材の持ち味を丁寧に引き出したピザに対しては非常にやさしく迎い入れる。

これほど自然で心地よい相性の飲み物は他にないのでは、とさえ思えてくるほどだ。

実際、最近ピザと一緒に飲むのはもうワインじゃなくていいかもと思い始めてた自分が居る。

それほど日本酒との組み合わせは一度ハマると抜け出せない魅力がある。

気張らず、構えず、ただ焼きたてのピザ日本酒を一杯。

それだけで、いや、それによって普段夕方が、特別ものとなった。

これを贅沢と言わずして何を贅沢と言うのだろう。

滋味に溢れるピザ日本酒の組み合わせは実に適切で、本当に美味である

Permalink |記事への反応(13) | 20:09

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-03-20

anond:20250320091129

地元びいきはもう本能だと思う

自分所属する共同体の一員が強かったり凄かったりすると、単純に自分も生き残りやすいということになる

人類歴史としては集落同士で水や作物を巡って殺し合うのが当然だった時代が長かったわけだから

オータニサンでも高校野球でも駅伝でもなんでもそうだけど、現代においては自分ほとんど関係なくても、「自分の側」の誰かや何かが活躍してたら嬉しくなる感情が生まれしまうんだろう

で、周りの人間もうっすらそういうのを感じてるから共感共感を生んで増幅されてそれが確固たる感情に育っていく

一方で共感が生まれない環境にいいる個体原初的感覚社会的感情にまで育たず「「日本人として誇らしい」という感覚理解できない」とか言うようになる

Permalink |記事への反応(0) | 10:11

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2024-08-10

今日見た映画のこと

一切の脈絡が皆無。ネタバレも全部する。思い出した順に書く。たまに自分語りも遠慮なくしてる。全部乱文。

ボレロ永遠旋律」を見に行った。

一応高校大学でずっとラヴェルを弾いていた身なので、伝記的要素を含む部分についてはほとんどが「史実により既知」であり、8割がたネタバレを喰らっている状態。その中で「例えシナリオが外れても、余程地雷を踏まない限り彼作曲音楽がずっと流れてるっぽいからそっちで楽しめるしな」という期待半分、保険半分。

結果としては大当たりだったけど。

【よかったところ。抽象的な演出の部分をメインに】

初っ端から病気史実)。開始10分程度でサラッと彼のバックグラウンドルーツのおさらい。ローマ大賞落選。「お母様はスペイン?いえ、バスク人です」。15分で作曲依頼を受けるスピーディー加減。ラヴェルちゃんと包み隠さなマザコン史実)。時代設定的に正しい、遠慮のないタバコ演出。モクモクしてない時がないのでは?

音の演出。「全てがリズムから始まる(トントトトン)」がキーワードで、机を叩く指、時計の秒針(規則正しく、まるで体に染み込ませるかのような1秒刻みを60回)、教会鐘の音、ザーザーという雨音エトセトラエトセトラ。猫が布を引っ掻く音、床の軋み、風、そういったありとあらゆる身の回り生活からすら、「音」とインスピレーションを拾おうとする彼が印象的。

何より工場機械音、壮大で、規則正しく、統一感があって、それで彼のルーツにも関わるもの。彼のお父様は確か工場技師ではなかったか...。

音楽の使い方、そのメリハリ基本的に何かしらの形で音(音楽ラヴェル自分で弾くピアノも含)が流れているところ、母親葬式の間に「マ・メール・ロア 妖精の国」が流れて、納棺したらしばし「完全な」無音。遺品を眺めている間とか。彼は、母親が亡くなってから意気消沈して数年間音符を譜面に置くことができなかったと聞いているので、あの「完全な無音」がそれを表しているのかも。

ちなみにこの曲は私も大好きな曲。音響関係なのかそれとも本当に演奏がそうだったのかわからないけど、薄いシルクを何層にも重ねた向こう側から星を拾おうとする感じの繊細な音の「揺らぎ」があって、タイトルに場面にも相応しく儚くて、もしかしたら今まで聞いた中で一番好きな演奏かもしれないと思った。

あらすじの面。基本的史実を派手に脚色したりすることのない、極めて「元ネタに忠実」で誠実なパターン

インキャラのミシアはラヴェルにとってのミューズ的な存在として描かれていて、まあ実際そうとしか言いようのない感じ。双方ラインを引いていて、その中でミシアは彼女にできる精一杯でラヴェルに近づいて彼の芸術を後押ししていた印象。ボレロを「良い曲だから、ぜひ外に出して」というあたりなど顕著。

ラヴェル→ミシアは、ある意味敬虔」に近い崇拝の仕方をしていたと思う。キスじゃなくて曲を書いて捧げたいという思考回路。それが彼にできる精一杯の愛情表現

物語の終盤で彼がミシアに「少しは愛していた?」と聞いたら「もっとずっと」って返ってきたのはあまりにも切なすぎないか。それに対して無言で呆然とするラヴェル病気のせいもあってすでに一人老け込んでしまって、記憶障害失語症もある中で、なんとか断片を拾い集めて、「少しは愛していた?」と問うのはミシアにとっても少し残酷だし、まあ割と「今更気がついたの?」みたいな面もある。そして「その拾い集めた断片であなたがようやく認識したものよりも、もっと、ずっと」ということなのだから

命の終盤で知るには手遅れ感が、もう取り戻せないもののような感じが強い。

少なくとも二人は恋人になって一般的恋人たちが踏む手順を全て踏みに行く「愛」じゃなくて、もっとこう、違うんだよね。詩的な感じがある。

あと、作中でミシア、マルグリット、イダマダム・ルヴロが4方向から、それぞれがそれぞれにできる「母親」的役割をしていたもの中々面白かった。

多分、一人でも欠けてたら色々もっとしかったねと思う。作曲も、人生も。

だって、誰が「エナメルの靴がなかったら指揮できないです」ってなると思うねん。ルヴロ婦人めっちゃ爆走して靴だけ届けにきてたよ。

ちょっと残念だったところ】

しかったともいう。従軍(といっても病弱により医療班・運転手)したところはしっかり描かれてたけど、それがきっかけで書かれた「クープラン」への言及が皆無。

ペルルミュテールとか、弟子存在も皆無。

【結局ボレロって】

作中でも「初っ端から病気ラヴェル病気になって体が上手く効かなくなり始めた頃に作曲した(ほぼ晩年の遺作扱い)のが「ボレロ」なのであんな真っ直ぐ空に突き抜けるような物を、あんな堂々として力強い物を、一体何を考えながら書いたんだろうってずっと思ってたら10年くらい経った気がする。

そしたら今回の映画ですわ。...って話。

大学生の時にモダンダンスの授業があって、そのレポートで私がテーマにしたのもラヴェルの「ボレロ」と作中でも踊られていたバレエだった。(もっとも私が題材にしたのはシルヴィ・ギエムバレエなので、今回の映画のものとは相違あるが...)(しかも「踊りだけ」に集中してレポートを書けばいいものを、余計に音楽に割いた文量が多かったために若干の減点を喰らっている。)

舞台酒場の円卓、官能的な踊りを披露する踊り子と、周りを囲んで踊る男性たち。実際(これも映画内で言及あったが)絶妙エロティックさがあるのだけれど、どちらかというと「存在の主張」をするかのように体を余すことなく使う振り付け(それ以前のバレエ作品というと「この世のものではないかのような舞」が多いので、その対照的位置づけとして)。

曲の音程が徐々に下がっていく箇所でも「むしろあえて」手を高くあげ、足を振り上げ、天井を見つめるような独特の「極めて原初的生命力」のアピールを感じる踊り。スネアドラム規則正しい音が、私たちの中にある何かを鼓舞しているように聞こえるまである

去年、あの家を出る半月前くらい。引っ越す引っ越さないみたいな話で親と大揉めに揉めたら、仕事から帰ったあと19時くらいに追い出されて12時半くらいに入れてもらえるまで3センチヒールの靴で12キロとか歩いたことがある。(昨今話題になった狂歩に近い感覚。この場合時間帯が時間帯なので、落ち着いて座場所がなかったのも原因の一つだけど...)

その時、夜露が降った時間帯に濡れながら聞いたのも「ボレロ」だったな...という遠い思い出。何もかもがしんどくて仕方がなかった時に「規則正しく徐々にクレッシェンドに向かって、やがて崩壊する」音楽に救われたのは、私の人生の中で無視できないと言っても過言ではないと思う。

...夜露に濡れて、住宅地は灯りもまばらで暗くて、あん時間帯に歩いている人なんかいなくて、ボレロイヤホンから流れたときはすごい泣いてたけど、それでも、

規則正しいスネアドラムに引きづられるように、ヒールの靴できちんと歩いた。あの曲が最後噴火するかのように」崩壊するのと同じように、私も「あの家の暮らしを終わらせてやる」と誓ったのを覚えている。

あれを思い出すたび、私はいつも冒頭の問いに戻る。

病気になって体が上手く効かなくなり始めた頃に、なんで真っ直ぐ空に突き抜けるような物を、あんな堂々として力強い物を書けたんだろう、一体何を考えながら書いたんだろう。

そしてそれが100年以上経って私のような人間ある意味で救ったなら、あの曲の持つ力ってなんなんだろう」

まあ、考えながらというか...今日見た映画だと割と「メロディをふり絞ってた」けど...笑

ちなみに「同じリズムの繰り返し、催眠のよう」と映画内で言及があった。「確かに!」である

少なくとも今日、私は「一つの解釈」を見ることができて非常に満足。

ラストラスト、ドラストネタバレ

史実ラヴェル、脳の手術時に脳みそ生理食塩水をぶち込まれて四日後くらいに亡くなるわけで...。ナレ死とかやだなーって思ってたら。

手術する病院に行く車に乗り込むあたりからかかっていたのが、ボレロだった。

なんと、作中通して詩的なエロティックさ、生命力象徴として描かれ扱われ、私たちに散々見せつけてきたあの「ボレロ」が

(本人や友人たちは知りようもないが、ラヴェル最期を知ってる観客にはわかってしまう)死にに行く道中の、「葬 送 曲」になったのである

ラヴェルさん、靴をお忘れです!」「今はいいよ、後で届けてくれるかい」の会話すら、もはや「処刑場へ向かう馬車に乗る直前の風景」に見えるまである

だって、彼は、死にに行くのだから!最悪の医療ミスで!!

まさかラヴェル手術後の死に顔に登場人物たちのリフレインと一緒にボレロ聴くハメになるなんて、思ってもいないです。

最後は彼の亡霊のように、若く蘇ったラヴェルが指揮をふります

そこには、まるで「存在を主張し、生命謳歌するかのように」踊り狂う現代バレエダンサーの姿も。

えぐいって。さっき亡くなったばっかじゃん。なんで、こんな、残酷演出ができるの...(褒め言葉

Permalink |記事への反応(0) | 02:42

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2024-08-07

anond:20240629113910

単に「自分の都合いい話」だけしている増田だったな。

マッキノンは「女の性欲は、男が作ったものだ!(男が暴力権力社会支配しているが故に、それに後天的適応せざるを得なかった女性の状況を踏まえている。流石に殺されれたり不具にされたりするよりマシだからね。支配というのは常に生殺与奪から)」という原初的批判からまり、それが社会構造価値観形成していることを全面的否定し、批判必要に応じては社会承認した暴力規制)によって破壊せしめても良い、というかなりハード思想であり価値観だぞ。

オマエの話は「私の都合だけの利己主義から観測すれば『当たり前じゃん』って話」をしているだけで、大変底が浅い。

まぁ、それでいいんだろうけどね。

Permalink |記事への反応(0) | 17:22

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2024-07-31

資本主義主義じゃないし、右翼思想じゃないよって話

資本主義」って元々は社会主義者が使い出した言葉なんよね。

現行の社会システムを見て「こんなん資本主義やん!」って蔑称として使ったのが最初

まり資本主義自然発生したのであって、誰かが「ワイは資本主義でやってくで〜」と言い出したわけではない

なので誰かの主義主張というよりは、社会自然状態を指す言葉ってこと。

----------------------------------------------------

右翼」も同じで、人間自然状態に過ぎない

動物としての本能にそのまま従ってるだけなので、思想というよりはやはり自然状態と呼ぶべきものなんよね。

----------------------------------------------------

ここまで書いて「自然から良いものなんだ!」と思う人もいるかもしれないけど、そういうのを「自然主義の誤謬」と言います

自然界の生薬から副作用がない」とか「化学物質自然界にないか危険」とかと同じくらい間違っているので注意ね。

本稿は、資本主義右翼が正しいとか間違ってるとか言ってるわけではないよ。単に「自然原初的状態」と言っているだけね。

Permalink |記事への反応(1) | 09:28

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2024-07-13

anond:20240713030627

びっくりするくらいにセンスがなくて、2ちゃんねらー自分たちのことを面白い勘違いしていたのはこういう感覚だったんだろうなと思った。単に同質性が高い人たちによる悪口センスがあると履き違えてしまうのはインターネットに限らず原初的人間情動なのかもね。

Permalink |記事への反応(1) | 03:13

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2024-04-26

子供の頃から、世の中の「闇」というものに対して、異様に怖い感覚がある。

「闇」と言うと感覚的だが、「悪」定義を少し広げたようなものだ。馬鹿にする、見下す、茶化すネタにする程度のものや、冷たい、メシウマ、突き放すなどの冷酷さ、そういった負の感情や行動に対する強い恐怖心がある。

そういったものは、ざっくり「闇」という名前で括っている。簡単に言えば「正義ルールマナーが守られていて、暖かみのある人間場所しか安心できず、それ以外の存在に対する極度の恐怖心である

そしてこの「闇」への恐怖心は、田舎廃墟であったり、あるいはボロアパート、あるいは場末スナック、あるいは薄暗いビデオショップなどの、私の中のある種の「貧しさ」のイメージと、密接に繋がっている。あとはバッドエンド系の青年向け漫画なども、そういった「闇」を感じさせられる。

子供の頃はこの「闇」が消え去った、誰も不幸にならない、完成された世界を作り出したいと願っていた。だがその闇は年月を追えば追うほど、私の生活の周りに這い上がってくる。振り解けば解こうとするほど、闇は私の近くに差し迫ってくるように感じる。

「闇」というのは、おそらくは「貧困」「孤立」に対する恐怖心の、私の中の原初的イメージの事だ。私の家庭は一言で言えば「貧困家庭ではないが機能不全家庭」であり、故にそうした貧困への恐怖は、実際の貧困家庭出身人間以上に、「見えない」からこその恐怖心が肥大化している。

貧困の無いみんな平等な世の中、実現するといいね👍

Permalink |記事への反応(0) | 20:25

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2023-10-28

anond:20231028173945

群れを作る生物の中には囮のような動きをする者がいる

例えば驚くと気絶するヤギは気絶した個体が率先して喰われているうちに群れ全体は効率的に逃げることができる(諸説あり)

個体として死を選んだとしても群れとしては有効であり、囮として死ぬ個体生物として終わっているわけではない

自〇する人間もそれと同じであり、環境適応できずに〇人を起こし群れの秩序を乱すよりは自〇した方がマシという生物本能なのである

その点からAさんは生物として終わっているのではなく、むしろ群れの維持にその命を捧げるという形で原初的で崇高な使命を果たしていると言えるのである

Permalink |記事への反応(0) | 18:01

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2023-09-26

anond:20230926155744

まりは......私有財産

G&Wは、私有財産宗教と不可分であるため、根源的なものだと主張する。その例として、先住民伝統的な儀式で使われるトランペットやその他の道具を挙げている:

このような神聖ものは、多くの場合存在する唯一の重要かつ排他的財産形態である......神聖文脈に厳密に限定されるのは、命令関係だけではない......絶対的な、つまり今日でいうところの『私的財産も同様である。このような社会では、私有財産概念と聖なるもの概念には、形式的に深い類似性があることが判明する。どちらも本質的には排除構造なのである。(p. 159)

ここで「絶対的もの」が「私的もの」と訳されていることに注目してほしい。祭祀財産が「絶対的」な程度に神聖であるならば、それは定義上「私有財産」として適格である、という主張のようだ。

この混同は、著者が宗教私有財産の関連付けに権威を求めているときに強化される。この時点でG&W(p.159)は、エミール・デュルケムの「聖なるもの」という古典的定義を持ち出している:

デュルケムは、聖なるものの最も明確な表現は、ポリネシア語で「触れてはならない」を意味するタブーであると主張した。しかし、私たち絶対的私有財産について語るとき、その根底にある論理社会効果において、非常によく似たもの、実際にはほとんど同じものについて語っているのではないだろうか。

そして著者は、アマゾン原住民仕事をする民族学者たちが、「湖や山から栽培種リアーナ林、動物に至るまで、彼らの周りにあるほとんどすべてのものには所有者がいる、あるいは潜在的に所有できる可能性がある」(p.161)ことを発見したと述べている。ある種や資源に対する霊的存在神聖所有権は、その種や資源を他の世界とは一線を画すものである。同じような理屈が、西洋私有財産概念を支えているとG&Wは書いている。もしあなたが車を所有しているならば、あなたは全世界の誰であろうと、そこに立ち入ったり使用したりすることを妨げる権利がある」(p.159)と彼らは説明する。

G&Wが、精神的な「所有権」についての伝統的な概念と、自分の車を所有することについての考えを混同しているのを見つけるのは、非常に息を呑むようなことである現代私的所有権を、超自然存在による天然資源の「所有権」と、その「根底にある論理社会効果」において「ほとんど同じ」とみなす彼らは、いったいどこの世界にいるのだろうか?

先住民活動家たちが、湖や山は強力な精霊にとって神聖ものだと語るとき、彼らは「私有財産」に等しいものを支持しているわけではない。もし「偉大なる精霊」が森を所有しているのであれば、その森は売り物ではなく、私有化されるものでもなく、伐採会社所有権を主張されるものでもないという明確な含意がある。

デュルケムの洞察の中で最も強力なものひとつは、人々が神性を呼び起こすとき、そのコミュニティ全体の道徳的な力を想定しているということである。つまり、ある山が神のものであるならば、それは私有化できないと宣言していることになる。G&Wがそれを逆手に取り、「私有財産」という概念は、あるもの神聖であるという考え方そのものと不可分に生まれものだと主張するとき、これがいかに粗雑な間違った表現であるかがわかるだろう。

デュルケムが実際に主張したこと

デュルケム(1965年)にとって、「分離」は私的流用のアンチテーゼであった。近親相姦に対する世界的な文化的タブー起源説明するために、彼は「ある種の隔離的な力、つまり男性的な集団を遠ざける力を女性に持たせている」(1965: 72)という伝統的な信仰を当惑させた。デュルケムは、このような信念体系において、女性隔離する力は血の力であり、聖なるもの概念と密接に結びついていると書いている。女性が血を流すと神性が目に見えるようになるとすれば、それは女性の血そのものが神であるからである。血が尽きるとき、神はこぼれ落ちる」(Durkheim 1965: 89)。

デュルケムにとって、「分離」という原初的概念は、私有財産とは何の関係もなかった。問題は、成人した若い女性に何が起こるかということだった(1965: 68-96)。月経が始まると、彼女親族は、彼女所有権を主張するために、つまり彼女を「入門」させるために、体として集まり彼女男性との付き合いからも世間から隔離した。彼女隔離は、特別儀式である成人式によって達成された。これにより、彼女身体神聖ものであり、それに関する彼女選択は、姉妹や他の親族に対して説明責任があることが確立された。デュルケムにとって、このような集団行為と関連して、人間意識言語文化の出現は、共同体という新しい種類の権威が初めて誕生した時点であった。

もしG&Wが現代進化科学に関心を示していたなら、こうしたデュルケーム洞察が、血のように赤い黄土色が、男性女性の肉体が神聖ものであることを新たに認識させるために、女性によって化粧用の「戦化粧品」として使用されたという考えに基づく、人類進化における黄土色の記録に関する最も新しく権威ある現代考古学説明を、いかに先取りしていたか認識できただろう(Watts 2014,Power 2019,Poweret al.)

季節的か、月的か?

さて、『万物黎明』の中心的なアイデアにたどり着いた。それは、私たちはかつて皆自由であり、生き方を選ぶことができたかである

人類学を学んだことのある人なら、エスキモーアザラシ猟師たちが伝統的に冬の間は性的共産主義実践し、夏の間は家父長制的な家族生活に切り替わる。G&Wは、この振り子あるいは振動モデルヨーロッパ後期旧石器時代氷河期文化適用し、これらの複雑な狩猟採集民は、エリート特権権力の垂直階層を意図的に築き上げ、古い季節が新しい季節に移り変わるときに、それらをすべて取り壊す喜びを享受していたと論じている。

この革命を大いに楽しんだからこそ、氷河期天才政治家たちは、革命で得たもの永久にしがみついていてはいけないことに気づいたのだ。彼らは、連続する革命を楽しみ続けるためには、その間を一過性反革命で埋めなければならないことを理解していた。次の革命的高揚のための格好の標的を提示するために、「特別な」個人支配力を確立するのを許すことによって、そうするのである

私はこの考えが大好きだ。偶然にも、30年前に『血の関係』が出版されて以来(ナイト1991年)、私たち急進人類グループ狩猟採集民の平等主義の奥義として分析してきた振動原理酷似している。一方、私の振動モデルはまったく同じではなかった。というのも、私たちは亜北極圏ではなくアフリカ進化したのだから、季節的なリズムよりも月ごとの周期性が優先されるべき十分な生態学理由があったのだ。つまり、G&Wが想像したような方法権力が掌握され、明け渡されたのであれば、社会生活は月の満ち欠けと連動する月周期でひっくり返されたことになる(Knight 1991: 327-373)。

権力振り子

G&Wの歴史は、狩猟採集民の対立と交替に満ちているが、その周期性は一方的な季節性である狩猟採集民は太陽だけでなく月にも従うことを彼らは知らないのだろうか?彼らの最も重要儀式は、女性月経の満ち欠けと結びついており、月によって予定されている。

コンゴ熱帯雨林では、女性たちは男性勇気潜在的支配力を示すよう意図的に促すが、ンゴクと呼ばれる女性だけの儀式では、男女間の「権力振り子」で遊び半分に降伏する前に男性に反抗する。G&W (pp. 114-15)はこのことに言及しているが、その後に次のように主張している:

単一パターンはない。唯一の一貫した現象は、交代という事実のものと、その結果としてのさまざまな社会可能性の認識である。このことから確認できるのは、「社会的不平等起源」を探すことは、本当に間違った問いを立てているということである

もし人類が、その歴史の大半を通じて、異なる社会的配置の間を流動的に行き来し、定期的に階層を組み立てては解体してきたのだとしたら、本当の疑問は「なぜ行き詰まったのか」ということかもしれない。

この最後質問は実に深いものであるしかし、この問いに答えるには、以前はどのような状況であったのか、ある程度現実的認識を深めてからでなければならない。私たち先史時代祖先が、本当に自由で、本当に「身動きがとれなかった」時代があっただろうか?

結婚が恒久的なものになったとき

中央アフリカの森の民バヤカでは、月は「女性の最大の夫」と言われている(Lewis 2008)。どの男性立場から見ても、妻は血を流すたびに、事実上、天国の夫のために彼を捨てることになる。この古代比喩Knight and Lewis 2017)の背後にある現実は、女性が月のある期間、遊び半分で「権力を掌握」した後、自分の主張が通れば進んで男性に譲るという伝統であり、Finnegan(2008)が「動く共産主義」と呼ぶもの確立している。このような社会における親族関係居住パターンは、月経排卵兄弟恋人親族関係結婚共同体連帯セックスの親密さの間で揺れ動く振り子を設定する。

このようなパターン古代から存在した可能性が高いことを考えれば、G&Wが政治的な揺れに対するある種のブロックを、歴史過程で実際に起こったこととみなすのは正しい。しかし、そのブロック説明するには、G&Wが触れようとしないトピックを扱う必要がある。それは、月経をめぐる先住民の慣習に敬意を持ってアプローチすることを意味する(Knight 1991.)また、親族関係パターン結婚後の住居の多様性理解することも重要である--これも決定的に重要トピックだが、G&Wは著書でほとんど触れていない。

非貯蔵型狩猟採集民の間では、女性一般的に、少なくとも子どもが2、3人生まれるまでは実の母親と暮らすことにこだわる(Marlowe 2004)。遺伝学的研究によれば、私たちの種が進化したアフリカでは、このパターンはるか過去にまでさかのぼる(Destro-Bisolet al.)終生結婚の代わりに「花嫁サービス」が一般的で、アフリカ狩猟採集民の女性は、母親キャンプに住み続けながら、選んだ恋人を受け入れる。一時的な夫は、狩猟した肉を花嫁とその家庭に持ち帰ることで、自分の役に立たなければならない。それができなければ、彼は出て行く!このような取り決めのもとで、誰もが親族関係結婚生活の間を交互に行き来する。

母親と同居するのは弾力的なパターンだが、夫から圧力で住居を変え、夫とその親族永住せざるを得なくなることもある。このような場合子供連れの若い母親は逃げ出すことが難しくなる。かつての自由を失うと、夫の世話は強制的支配へと変貌する。エンゲルス(1972[1884])が「女性性の世界史的敗北」と雄弁に表現したのは、この悲惨な結果だった。世界の多くの地域で、結婚を固定的な絆に変えた家父長制的な力は、それに応じて社会生活全体にも固定性を押し付けた。

人類はいかにして「行き詰まった」のか

これは、「なぜ私たちは行き詰まったのか」という問いに対する有望な答えのように見える。では、G&Wはこの問いにどんな答えを出すのか?彼らの最終章は非常に蛇行していて、それを知るのは難しい。彼らは、人へのケア強制的コントロールへとシームレスに変化する可能性について言及しているが、なぜかこれを結婚後の住居や家族生活の変化とは結びつけていない。最も身近なところでは、17世紀ヨーロッパ北米のウェンダットにおける処刑拷問光景描写している。国王臣民を罰する権利は、妻子を躾ける家長義務モデルにしていたことを思い起こさせる。このような政治的支配は、公に王の注意義務として表現された。これとは対照的に、ウェンダット囚人に長時間拷問を加えるのは、支配と統制を愛情によるケアから公的区別するという、正反対の点を強調するためであった。囚人は家庭の一員ではないので、拷問される必要があったのであって、愛される必要はなかったのだ。

そうしてG&Wは、ケア支配区別の中に、私たちがなぜ行き詰まったのかについての待望の説明見出したのである

私たちは、ケア支配の間のこの関連性、あるいは混乱が、互いの関係を再創造することによって自分自身自由に再創造する能力私たちいかにして失ったかという、より大きな問題にとって極めて重要であると考える。つまり私たちいかにして立ち往生してしまったのかを理解する上で、極めて重要ことなのだ...。

狩猟採集民の研究ジェンダー研究を探求する代わりに、G&Wは視野を先住アメリカ人軍事指導者拷問者、ヨーロッパ君主経験限定し、これらの人々の心理的葛藤想像することで、私たちがどのように「行き詰まった」のかを探っている。上に引用した当惑させるような言葉意味があるとすれば、私たちが行き詰まったのは、特定権力欲の強い人物が、人々を思いやることと暴力的支配することを混同してしまたからだと示唆しているようだ。

これはまともな説明だろうか?人々は本当にこのように混乱してしまったのだろうか?答えの代わりに、G&W自身が行き詰まったようだ。私たちは、同じ質問を少し違った言葉提示されているだけなのだ

外的な暴力と内的なケア、つまり最も非人間的な人間関係と最も親密な人間関係との間に新たに確立された結びつきは、すべてが混乱し始めるポイントを示しているのだろうか?かつては柔軟で交渉可能だった関係が、結局はその場に固定されてしまった例、言い換えれば、私たち事実上立ち往生してしまった例なのだろうか?

この本全体で最も重要な問いに答えようとする努力は、これ以上なされていない。

(続く……)

Permalink |記事への反応(1) | 15:58

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2023-09-18

anond:20230918061517

性欲はセックス(など)をしたいという欲望

射精欲は精液を排泄したいというもうちょっと原初的欲望

男性の性欲から射精欲を切り離すことは少し難しいが、射精欲は性欲抜きで単体で存在できる

純粋褒め言葉ととられるので更新。要はプリミティ

Permalink |記事への反応(1) | 06:22

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2023-09-15

anond:20230914124942

開示請求批判抑止力にはならねぇぞ。


虐待動画見て興奮しているのに「妄想を実行しない」なんてねぇんだよ。

お前は「可能なら絶対する」奴なの。

たか器物損壊たか動物愛護法違反収監もされないならやり得」お前の社会性の分水嶺はその程度なの。

そして「その価値観絶対に治らない」んだよ。


良く法律調べてみろ。お前の手足を繋いでいる鎖の細さ。バカバカしいほどだぞ。

それでもお前が「猫を虐待しない」なんてどの面下げて言えるんだよ?


いか。よく考えろ。お前は自分原初的欲望に「虐待」を組み入れたんだ。

苦しんでもねぇよ。カムアウトするなら先に精神科カウンセラーだろ。なんで増田だ?

要するにお前は「承認欲求肥大」であり「虐待願望者」だってことだ。


もう鎖の一本は切れたよ。「誰かに知られたってたいしたことない」ってな。

己の社会性の異常を開示して、何が「行動に移すことはない」「まともなふりしていくのしんどい」だよ。

Permalink |記事への反応(0) | 11:10

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2023-07-29

普段地方都市田舎を下に見ているはてな民

田舎の夜道を楽しむのを文化文化だと褒めてるの見ると嘘寒い気持ちになってしまうのでした。

普段は都会で口開けて上向いてるだけで降ってくる本や映画音楽を食べて、田舎は駄目だね!と東北群馬大阪京都福岡も「性格が悪い」「田舎」「修羅の町」とバカにするのがスマート、と言わんばかりの態度なのに。

何故急に手のひらかえして「こういう原初的田舎文学理解できる都会者がスマート!」みたいにやってるんですか。

Permalink |記事への反応(4) | 17:03

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2023-04-30

【展示】キングダム

美術手帖いつメン金沢21世紀美術館、行っちゃおッカナ…ッて行って他の展示がノットフォアミーでしょんもりしてたところに差し込んだ希望の光

原作1巻までしか読んでないけどめちゃくちゃ激アツなのが伝わったしパネル展示の流れとかも凝ってて「原画展」というより「キングダム世界観展」みたいでキングダム世界を覗かせてもらった感じがした

いや神原画は当たり前にすごい

・なぜか「小学校クラスにいたノート漫画書いてくる子がいて面白いからクラスみんなでまわし読みして次の展開を速く書いて欲しいとせがむ」みたいな無い記憶がよぎり続けた なんかそれくらいの原初的漫画の熱さを感じさせて世界観に引き込まれ幸せ体験をさせてもらった

・出口最後ネームのとこの見開きアクションシーン絵、すごすぎィ!

Permalink |記事への反応(0) | 23:14

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2022-11-28

anond:20221128131130

基本的哺乳類のメスは、自分発情してないときに近くのオスが発情していると、嫌がる。

レイプされる危険があるからな。

 

ヒトの脳は、嫌がる感情をつくるために、毒虫への忌避感情をつくる回路を流用しているとされている。

キモイ」という感情のことだな。

 

そういうわけで、お前がキモイ感情を持つのは、普通のことであり同時に理不尽なことでもある。

彼氏が現にキモいかどうかじゃなくて、もうちょっと原初的なところで。理性じゃなく、合理性とか現実認識とか文化倫理とも全然関係ない、お気持ちでお前は判断した。

そのうえで、理性をお前が使うのか、彼氏に理性を求めるのかは、お前次第だ。

なお両方が理性を用いなかった場合関係は壊れる。

Permalink |記事への反応(0) | 13:16

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2022-08-30

anond:20220830105009

宗教は後述するが水商売は「関係性にお金を払ってる」といえる

自分の話を聞いてくれる、優しくしてくれる、安心感が得られる、優越

そういうものお金を払ってる

アイドル推し活やVtubeへの投げ銭スパチャもこれと類似する)

これを一対一の関係ではなく組織規模にしたのが宗教

創価学会に入れば同じ地域学会員複数)が

生活上の相談に乗ってくれたり仕事の世話をしてくれることもある

逆に一方的お金を取られる形になっていても

自分は一人で孤立しているのではなく信徒集団に属している

素晴らしい指導者に従っているという気分で精神的な優越感は得られる

もっと原初的に言うと

人間には「他者とつながりたい願望」や「大きなものとつながりたい願望」がある

目先の金の問題よりそういう精神価値に重きを置く人間は案外と多い

具体的な教祖や教団に献金までしなくても

人はなぜSNSにハマりネット書き込みしたがるかと言えば

どこかにいる赤の他人自分同意見なのに安心したり

自分意見同意してくれる人を求めてるからじゃろ

この延長上に人間関係ビジネス化がある

かつて幇間(お客に同意して座を盛り上げるだけの仕事

なんてものがれっきとした職業として成立していたのはバカにできない

Permalink |記事への反応(1) | 17:21

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2022-08-17

anond:20220817215642

ありがとう

研究

トライポフォビアに関する研究2013年から本格化し[3]、主な研究者としては、Arnold WilkinsとGeoff Coleが挙げられる[4]。

当初はヒョウモンダコのような危険生物回避するための、初期視覚情報を利用した強い感情反応と推測された[3]。しかし、トライポフォビアを喚起する刺激は個人によって感じ方が大きく異なることから、ColeとWilkinsは2015年トライポフォビアの個人差を測るTrypophobia Questionnaire(トライポフォビア・クエスチョネアー、TQ)を開発し、個人レベルでの分析可能となった。TQを使用した研究により、トライポフォビアは危険生物の他にも、皮膚病の感染源回避しようとする原初的メカニズムが関与していることが解明されている[3]。日本ではTQを基に日本語版のTQ-Jが作成され、研究が進められている[5]。

Permalink |記事への反応(0) | 21:58

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2022-02-06

増田♂51歳の日常

夢の中での自分の行動は、恐ろしく原初的欲望欲求のままに、見も知らぬ世界を歩きまわる。世界理解するのは、知性という後天的な素質が必要なのがわかる。理解できていないので、ただ従順に従い、しかし出逢うひと誰も助けてくれないので、いずれ必ず破綻して、目が醒めてしまう。

Permalink |記事への反応(0) | 05:15

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2021-09-28

鬼滅の刃広告システムの在り方が問われたのに何故気づかない?

広告っていらなくない?

フジテレビ土曜プレミアム鬼滅の刃無限列車編が放送された。

実際に見た人ならば「CM多すぎ問題」は肌で感じたと思う。

一言問題をまとめると、「CMが多すぎて作品の良さが殺された」ということだ。

で、改めて問うんだけど。

CMっている?いらないよね?

はい、ということで「CM広告うぜえ」という感覚を多くの日本人が持っている中で問題をぶち上げます

そもそも全ての広告はウザいものである

広告の内容が面白い面白くないかに関わらず、見たくもない広告はウザい

これが前提ね。

①と②は似てるようで少し違う。コンテンツとして面白い広告があることを私は否定しない。

鬼滅の刃提示された問題は「鬼滅が見たいのに良い場面で何度も何度も広告が挟まれてムカつく」というもの本質だよね?別に1回や2回、CMが挟まれる分には構わなかったはずだ。

これから極端なこと言うけど、私はその辺ちゃん認識してるって意味で書いた。

はい、ということで本編です。

『ウザいけど、無料だし広告が入るのはしょうがないよね』

これだよ。これ、主流だよね。無料アプリなら広告が入るのは当たり前、課金すれば取れるよ。

テレビ基本無料だけど、CMによって成り立ってるんだ!ということだよね。うんうん。

は?

なんなの?「しょうがないよね」じゃなくね?

なんでウザい広告を見せられるのが当たり前になってるわけ?

おかしくね?いや、おかしくね?

だって広告ってさあ、ウザいじゃん。できれば見たくないものなわけじゃん。

なんで日常広告を当然のように組み込んでるわけ?

問うてるのは貴方達の意識なんですよ。

広告っていらなくない?

だってさあ、可能なら鬼滅の刃を私達はフルで見て、煉獄さんが死亡した直後に『うおおおお!甲子園を目指すぞ!竈門少年!』みたいな台無し広告を見たくないわけだよね?

なんで視聴者から無料から仕方ない』って妥協してんの???

仕方なくないよね?だって広告さあ、ウザかったじゃん。どうしてウザいけど、これは世の中に必要ものから…みたいな態度を、不快にさせられた側が納得してんの?

私達がするべきは、広告というものへのヘイトもっと高めるということだよ。

無料で見る=広告が入るって前提みたいになってるのおかしいでしょ。人質ビジネスじゃん。コンテンツを見たければ興味のない不快ものを見ろ!

って、ビジネスモデルとしておかしいよね?

なんでみんな広告ビジネスモデルに肯定的なの?

こう、極端なお気持ちを表明すると、「そもそもお前の文章がウザい」という人間もいるだろう。それは構わない。言葉暴力で存分に私を排除しにかかればいい。

ウザいものは、叩いて排除する。私はこれを人間社会で最も正しい自治機能だと思っている。あまり使いたくない言葉だが、自浄機能だ。

から私を叩く感情論を私は全面的に支持する。存分に殴り合おうじゃないか

問題自分理性的社会人だと勘違いしているゴミの方だ。

広告がなきゃ食えない人がいる」「広告がなければ良いものが広まる機会もなくなる」「広告ビジネスがなければ成り立たないコンテンツがある」などと言うのであろう。

関係ねえよ全員干上がって死ね

いや、簡単な話で、家族全員路頭に迷っちまえばいいだろ?他人不快にさせて、見たくもないものを見せて食ってるような人間は全員失職すればいいだけの話だ。

広告によって支えられているコンテンツがある、それらを失うのが耐えられない、いわば広告ビジネス自分win-winなんだ、という人もいるだろう。

そんなコンテンツ全部なくなっちまえばいいんだ

いや、簡単な話だよ。無料じゃなきゃ見ないものなんてのは、なくて構わないものなんだよね。

本当に価値のあるものならダイレクトに金を払えばいいだろ

技術システムの成長で、クリエイター投げ銭をすることも出来るようになったし、「欲しいけど買えない」なんて場面はほとんど無くなってきたし、これから無くなるだろう。

しか別にインターネットの、例えば掲示板の会話だとかさ、「歌ってみた」「作ってみた」なんてのは、みんな本来無料でやってたことなんだよ。

ほとんどの場合広告がなきゃコンテンツが成り立たないというのはただの誤解。

結局何が言いたいのか

広告ちゃんと憎む心を忘れるな。

②アドガードを入れろ。

広告で見たものを買うな。

①については解説要らないだろう。

鬼滅の刃ロードショーで「広告多すぎ、邪魔」と感じた心が貴方本心であり、それは当然主張していい権利なのだ

まずはなんJの下のwikiを見ろ。

https://wikiwiki.jp/nanj-adguard/

今はちょっとブロッカー関係で揉めているが、私と同じく「アフィリエイトによって居場所を殺された人間」たちによってつくられた、信用できるwikiだ。

なんJはその9割がゴミだが、上のwikiは憎しみという人間にとって最も原初的感情から作られたwikiだ。一見価値はある。

とにかく頼むから広告ブロッカーくらい入れてくれ

クソみたいなアフィサイトを憎めと言っているんじゃない。「ウザいものを視界から排除しなよ」と言っている。

まさかYouTube広告とかまともに見て生きてる人間いないだろ、と考えていたが、結構いるんだよな、これが。フィルターかければ0に出来るんだから入れよう。

何度も言うが、

広告ブロックされて困るようなコンテンツは全部なくなっちまえばいいんだよ

から気兼ねなく入れろ。

これは別にしなくていい。広告見て良いものだと思ったら買えばいい。

ただ、忘れないで欲しいんだけど

人類歴史で最も広告というもの価値見出したのはナチスドイツだ。

結局の話、広告なるものは人の意思を曲げさせる洗脳行為だということを念頭に入れておくだけで大分違うと思う。

こんなクソみたいな長文読んでくれてありがとう

総括する。「無料から広告が入る」という前提はおかしい。少なくとも、消費者側がそれを肯定的に捉える必要性がない。

ウザいなら見たくないと叫べ

鬼滅の刃無限列車編のロードショーが我々に伝えた、最も考えるべきメッセージとは、現代広告の在り方である

Permalink |記事への反応(3) | 01:20

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2021-09-04

anond:20210903232719

音楽生理的性的感覚と結びつくのは不思議なことではない

求愛行動に歌を用いる生物というのは鳥や猿など、いくつも認められる

進化領域からみても、ホモ・サピエンスが天敵に気付かれるというデメリットを受け入れてまで交尾中の喘ぎ声に反応する形質を残しているという事実があり、このことはヴォーカル性的感覚との結びつきそのものである

ヒトはその認知特性から動物に比べて複雑にコード化された読み取り能力もつから言葉音楽といった高度に複雑な文化を発展させてそれを受容しているけれども、それらが音声知覚のレベル性的感覚と結びついているというのは原初的な側面において正統であるといえる

Permalink |記事への反応(1) | 13:34

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2021-07-30

腐女子に限らず2次元文化は全部そうでしょう。

作者、あるいは限られた理解者が造り上げる理想郷

理想郷理想郷であるが故に美しい。

けれども美しいからこそ、みんな美しさを模倣しようとする。

原初的な美はその段階で失われて、金だとか、名声だとか、雑音が入る。

雑音が入った理想郷の模造品の住人に、原初理想郷ルールを守れと言って守るわけがない。

Permalink |記事への反応(0) | 00:28

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2021-06-10

酒って美味いよ

anond:20210608190114

クソみたいなブコメトラバが多すぎてショックだったので長めに書く。ブコメもしたが言い足りない。

同意する点

元増田記事の『酒』を全て『アルコール』に置換すれば特に議論する点はない。アルコール別にうまくない。

だが「アルコール ∈ 酒」だ。

そして、酒は美味い。ものがある。

うまい料理とまずい料理があり、好みの料理とそうでないものがあるのと同じだ。

味とうまさについて

まず前提を。

アミノ酸、糖、塩、タンパク質、脂
これらは細胞エネルギー源として重要物質で、「原初的なうまさ」のもとである幼児マックフライドポテトは大好きだ。
酸味、苦味、辛味
これらは本来、毒や腐敗のバロメータなので警戒すべき対象である。なんでコレを美味いと感じるのかは自分もよくわからないが、バランス良く含まれると美味いと感じるのでしょうがない。学習で身につく「後天的なうまさ」である
香り
胃に入れば同じ。であるはずなのだが、香り匂いは美味さの大きな位置を占める。不思議食べ物を探したり果実の熟れ具合を判断したりに使われたはずなので、喜びと密接につながっているのかもしれない。

というわけで「うまさ」というのも一筋縄はいかない。「原初的なうまさ」に関しては合意が取れやすいのだが、それ以外の要素が入ってくると文化経験の差が大きく出てくる。それでも、ある程度以上共通して評価される要素があるならば「うまさ」があるのだと評価するしかないだろう。そうでないと戦争しかならない。

なお「原初的なうまさ」なら線虫だってわかる。https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2017/5236/

おすすめルート

酒の味がわからん。という人向けのルート提示したい。

自分経験ベースにしているが、本増田もそんなに詳しい人ではない(酔いやすい...)のでそこはご容赦願いたい。

途中で挫折したり興味がわかなくなったなら離脱しても構わないが、完走したら増田として感想いただきたい。

買い集めるのは大変なので、カクテルやってる座り心地のよい感じの店でちょっとずつ出してもらうのがいいと思う。居心地の悪いところはやめておこう。酒飲みの友達がいるなら少し分けてもらうのもいいし、何人かで持ち寄って試すのも楽しいと思う。

が、いまコロナなのでいずれも難しいね。ごめん。

LV:0もやしもん

酒の味は理解らなくても、漫画面白さはわかる増田かもしれないので最初にあげておく。

薀蓄から入るという側面もあるが、味や食文化とはなにか?という点をちょっと学んでみてほしい。

記事に本増田がブチギレかけた理由が少し伝わったらうれしい。

LV:1カクテル

ここでのポイントは味そのもの以上に多様性可能性を感じることである

ちなみに、これらは一緒に飲むと味の傾向が違いすぎて合わないし、酔っ払って味がわからなくなるので一日一杯にしておこう。

キューバ・リブレ
みんな大好きコーラカクテル。夏にぐびぐびっといっちゃいたい。
ホワイトレディ
強くてキリッとした柑橘のこれぞカクテルという感じのカクテル
ホットバタード・ラム・カウ
家でも作れるラム牛乳鉄板の強化版。温かいカクテル

LV:2リキュール

この場合リキュールを薦めるのは定番の手かなと思う。「酒だから出せる味」を追求した酒だからだ。

飲み方(味わい方)だが、小さじ一杯程度を数回に分けて、5分くらい掛けて飲む。

味わい方も人格の一部であるショートケーキを3口で食べてコーラで流し込むやつが人に信用されないのと同じだ。

カルーア
カルーアミルクのアレだ。甘いのが美味いのは分かりやすいが、風味や香りに注目。
コアントロー
オレンジキュラソー定番ブランドケーキなどにもよく使われる。言ってみればオレンジジュースの亜種だが、香り高く力強くふわっとして丸い。ごめん語彙力。
アイリッシュミスト
個人的に好きなので上げた。コレはもう大人お菓子である。美味いし贅沢だな〜っていう味。

LV:3スピリッツ

マンガ誌の方ではない。蒸留酒の方だ。

度数が高いのが一番の特徴ではあるが、微妙香り付けとか風味を楽しむという点で、アルコールと酒の違いを説明するにはいい題材だ。

基準ウォッカ
限りなくアルコールだ。酒≒アルコール代表である。これをベースに他のスピリッツを味わってみよう。美味しいやつは美味しい。これを飲みまくるロシア人やばい偏見)。
ジン
蒸留香り付けをしたもの。ほろ苦いが、これがジュース系のカクテルに入ると深い味わいに変わる。
テキーラ
芋焼酎とかでもいいのだが、原料の香りが強く残っている酒。癖が強いが、ライムと塩を添えて飲むみたいなスタイルがめっぽう美味い。
ラム
サトウキビから作られる蒸留酒。「甘さ」と「甘い香り」の違いを感じてみよう。ホワイトからダークまでラム酒の飲み比べなんてのもおすすめ

LV:4ビールワイン日本酒

原料から醸造したものをあまり加工せず出している酒なので、元の原料の味が発酵過程で変化した複雑な風味が特徴となる。これらの特徴は味が複雑で繊細なことだ。

そう。酒の味初心者には難しいのだ。この一般ジャンル

美味い・まずいも幅があり、本当に美味いものをつくるのが難しい。それゆえ酒飲みは産地や生産者ごとの違いを楽しみ美味いものには称賛を送るのであるが、本来、酒とアルコール区別のつかないレベルの人が手を出すものではない。

わかりやすく飲みやす日本酒も増えているので、その辺りから入るといいと思う。

LV:?コーラオレンジジュース牛乳

家に帰ってから飲もう。

これらはもちろん美味いが、酒も美味い・美味い可能性があるのだなという辺りまでは感じられるのではないか

(もし寂しくなったら牛乳ラムちょっとだけ入れてみよう)

で。

長くなったが以上である

自分は酒を美味いと思うし、酒の味がわからないのは人生を損していると思うタイプだし、酒の味に関する偏見と戦わねばならぬと感じたので、ざざっと書いてみた。

Permalink |記事への反応(0) | 04:58

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2021-05-14

環境問題最近思うのは

自然を天然の状態で保つことを善とは思わないし、自然を人工物で加工するのも悪とは思わない。

環境問題も提起するきっかけは人間にとって害となる事態が発生したからであり、そうでなければ環境を改変することはどんどんするであろう。日本でも江戸時代には灌漑や干拓が各地で大規模に行われたがこれも環境を改変する営みだ。

それに、人間自然破壊するのが悪だとして自然人間を殺しにいくのは悪とはならないのかという疑問も沸く。日本台風地震津波、水害などの災害があるがそうした害から身を守る営みが悪かと言われたらそうではないであろう。ダム開発をせずに人命が奪われることが善とはいえない。

かに不適切な開発は自然からしっぺ返しを食らうであろうが、それが即ち人間の悪になるかというとそうは思えない。人間自然は利害が対立するところで殴り合いをするだけであり、どちらが悪いということは原初的にないはずである

環境問題とは人間自然あいだの永久的な利権いであり、そこに善悪は無いのだ。環境問題について裁ける資格のある神はいないのだ。私たち人間人間立場しか環境問題を語れないのだ。

Permalink |記事への反応(0) | 20:01

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2021-05-02

人生が楽しくないやつに足りないのは人を憎む心

上っ面で生きてるから人生がつまらないんだよ。

俺は人生毎日楽しいよ。

人間が憎いからな。

ボケがあああああああああああああ!!死ねやあああああああああああああ!!

って心の中で常に叫んでいる。これ書いてる時もな。定期的にキーボードキーが吹き飛んで困る。

とにかく、世界が憎い。人間全てが憎い。

赤ん坊が泣いてればうるせえから憎いし、赤ん坊が静かにしてれば赤ん坊らしくなくて憎い。

群れてる若者が憎いし、1人でいる若者が憎い。

ものを知らない中年が憎い。知識マウントとってくる中年も憎い。

無駄に力を持っている老人が憎い。か弱い老人が憎い。

男が憎いし、女が憎い。日本人が憎いし、外国人も全員憎い。

人間様に配慮しねえ自然が憎いし、自然を傷つける人間が憎い。

何より社会が憎いね。俺が5000億円持ってて、全ての人間奴隷扱いできない社会は間違っていると真面目に思ってるよ。

俺は1000年生きたいし、この世の全ての場所に行ってみたい。美味い物を喰って面白いこと全部やって、綺麗な景色も全部見たいね

そんなんだからスティーブ・ジョブズが死んだ時、「ざまああああああ!!」って手を叩いて喜んだね。

俺はあの、俺より稼いでて尊敬されてた、いけすかねえハゲ野郎が知らない世界未来を見られるんだからな。

一面的に、俺はジョブズに勝ったと思った。嬉しかったね。祝杯あげちまったくらいだ。ま、祝杯用に温存してた山崎焼酎が不味かったからそこの酒は二度と飲まねえって決めた日でもあるが。

人間なんてのはこのくらい身の程知らずで、自分勝手でいいんだよ。

高望しろよ。お前達に足りないのは原初的エネルギーだ。根本的に、世の中のためだとか人を喜ばせようとか、そういう、クソみたいな意識があるからだめなんだ。

自分を満たすために生きろよ。自分の不足を憎め。他人の全てを憎め。人を憎んで、世界を憎めば人生はよりよくなる。

ゲームがつまらないとか言ってたけど、要は憎しみが足りないからつまらないんだ。

俺はゲーム面白いよ。ミスったら自分を憎んで戦えるし、自分より上手いやつの存在が憎いからやりこもうって気になる。

ゲームなんてのはキャバクラみたいなもんだろ。ちゃんと俺を接待しない製作者も憎いね

わかるか?お前達の人生に足りないもの憎悪だ。憎悪人生を豊かにする。

俺はずっとコンプレックスを抱いて生きてる。他人は俺より恵まれていると感じる。その衝動が俺の人生を突き動かしている。

この世は不幸に満ちていて、世界の人々は理不尽に晒され続けるんだからな。

不条理他人を焼いていると思うと、心の底から俺は幸福を感じる。

からこの世界は俺を喜ばせるために存在しているかのようだ。でも、そんな倫理観の無い世界が憎い。

赤の他人を心の底から憎めるようになれ。そうすれば人生張り合いが出てくるもんだ。

まあアレだ。正しいとか間違ってるとか、そういうレベルの低い話じゃねえんだよ。

人生なんてのは死ぬまでのゲームに過ぎないんだからよ。せめて自分楽しいゲームにしなきゃだめだろって話だ。

どうせ死ねば終わりなんだから自分のために都合よく解釈していこうぜ。

そのために必要エネルギー源を見つけろ、俺は憎悪がお手軽で良いと思うよって話。

Permalink |記事への反応(2) | 15:04

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

次の25件>
ログインユーザー登録
ようこそ ゲスト さん
Copyright (C) 2001-2026 hatena. All Rights Reserved.

[8]ページ先頭

©2009-2026 Movatter.jp