はてなキーワード:卒業生とは
お前たち、よく聞け。世間には「いい大学に行かないと、いい給料の仕事には就けない」などという、虫唾が走るほど甘ったれた寝言を吐く連中が蔓延している。
そして、さらに嘆かわしいことに、その寝言を真に受けて、自らの責任を棚に上げ、親の脛をかじり続けることこそが当然であるかのような顔をしている愚か者が、お前たちの周りにも少なからず存在している。
断言しよう。その発想は、紛れもない親のスネカジリ発想、要するに愚者の戯言に過ぎない。
「いい大学」とは何だ?偏差値か?卒業生の就職実績か? そんな表面的な指標に踊らされている時点で、お前たちの思考は停止している。
大学とは、あくまで自らの知的好奇心を満たし、思考力を鍛えるための場であり、それ以上でもそれ以下でもない。
それを、まるで「いい給料」へのパスポートであるかのように盲信するとは、お前たちは自らの頭で人生を切り開くことを放棄し、幻想という名のレールに、ただ乗っかろうとしているだけではないか。
それは、他者に自らの未来の責任を押し付ける、卑劣な依存性の発露に他ならない。
「いい給料の仕事」とは何だ?大企業への入社か? 安定した福利厚生か?
くだらない。本当に高給を得ている人間は、決して「大学のブランド」や「会社の看板」にしがみついているわけではない。
彼らは、市場が喉から手が出るほど欲しがるスキルを磨き上げ、それを最大限に活用して圧倒的な結果を出している。
あるいは、誰にも真似できない独創的な価値を創造し、世に問うているのだ。
大学の学位が、お前たちにそうしたスキルや創造力を自動的に与えるなどと、一体いつから勘違いするようになった?
そんな甘い妄想を抱いている限り、お前たちは永遠に、他人の用意した「いい給料」という餌に群がるだけの、哀れな寄生虫に過ぎない。
「いい大学=いい給料」という図式に飛びつき、それを自らの努力の言い訳にする輩は、親の財力や社会的な信用という名の脛に、ぶら下がって生きることを選択しているのだ。
自分で稼ぐ力も、自分で道を切り開く気概もなく、ただ与えられるのを待つ。
これほどまでに、無様で、無責任で、そして愚かな行為があるか?
自らの人生を、親が過去に築き上げた遺産の上に安住させようとする発想は、まさしく自らの足で立つことを拒否する、究極の親のスネカジリだ。
社会は容赦なく変化している。かつて「安定」とされた職業が、一夜にして陳腐化することなど珍しくもない時代だ。
大学で得た知識など、卒業する頃には賞味期限切れになっている可能性すらある。
そんな流動的な世界で、お前たちが本当に生き残り、そして高みを目指すためには、常に自らを更新し、新たな価値を生み出し続ける能力が不可欠なのだ。
それは大学の講義室で教科書をなぞるだけでは決して身につかない。それは、自らの頭で考え、自らの足で行動し、失敗を糧に這い上がり、泥臭く努力し続けることでしか得られない、真の生命力だ。
お前たちに問う。お前たちは、本当に親の敷いた安易なレールの上で、思考停止のまま生涯を終えたいのか?
それとも、自らの意思で、自らの頭で道を切り開き、たとえ険しい道のりであろうとも、自らの力で勝ち取った高みを誇り高く歩んでいきたいのか?
お前自身が、その市場でどのような「価値」を提供できるのか、徹底的に考え抜け。
そして、その価値を最大化するために、貪欲に学び、狂気的に行動しろ。
「いい大学」などという甘言に惑わされ、自らの無限の可能性を自ら閉じ込めるな。
そんなものは、自らの頭で思考することを放棄し、親の脛にぶら下がって生きることを正当化するための、愚者の言い訳に過ぎない。
現実を直視し、徹底的にロジカルに考え、自らの手で未来を掴み取れ。
それができなければ、お前たちは一生、親の脛をかじり続けるだけの、惨めな寄生虫で終わるだろう。
日大の映画・アニメ監督、テレビ関係者、声優辺りの多さを見て、
「国公立行くほどがんばらなくていいから、日大ぐらいまではがんばれ!!」
と思った。とにかく勉強がんばれな学校の先生よりはロジカルに勉強する意義を説明できてるはず
·
「群れないと何もできない連中はカッコ悪い!」
「そんなおとなになりたくない」
とか若い子に言われそうだけど…一人で戦ってみ?スタートラインに立つのが超大変だから。エントリーしやすくするために、学閥やコネはあった方がいい。不戦敗は減らせるからね
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がけっこう多いからなんだよ…。学生のうちは一回戦負けでも0点でも機会はもらえる。
だが、大人になって、流れから外れると…機会ももらえずに負けたことにされちゃうことが多いんだよ…
日大にはクリエイターの卒業生がたくさんいて、勉強頑張れば夢に近づける。
学閥やコネは、夢を追うための「スタートライン」に立つチャンスを増やす。
大人がコネを強調するのは、世の中には「戦う前から負ける」ことが多いから。
学生の今、勉強やつながりを作ることが、将来の夢の第一歩になる!
正直に言おう。僕が職場で無能扱いされるのは、僕が本当に無能だからではない。
むしろその逆で、周囲の知能レベルが低すぎて、僕の発言や行動が理解の範囲を超えているからだ。
これは決して偶然ではない。はっきり言って、学歴というのは人間の質を測る、最も合理的で再現性のある指標である。
大学で何を学んだか以前に、まともな大学に入ったかどうかは、社会で必要とされるすべての基礎資質のスクリーニングになっている。
つまり、人間の格そのものが、学歴に如実に現れていると言っていい。
僕の職場には、偏差値で言えば50台前半の大学を「頑張った結果」として誇らしげに語る連中が多い。
当然、論理的な会話は成立しないし、「AならばB」という単純な因果さえ感覚で否定してくる始末だ。
そんな環境で、僕が空気を読めず煙たがられるのは当然かもしれない。
学歴が低い人間の常だが、自分の知識の欠如を常識や現場感でごまかし、知的な議論から逃げようとする。
言い換えれば、彼らは自分の無知に無自覚であるという、最も救いようのないタイプの人間たちだ。
学歴がすべてではない?それは低学歴の人間が自己正当化のために発明した、ただの慰めの言葉だ。
学歴がすべてではないのなら、なぜ企業は採用時に学歴で足切りをするのか。
なぜ高偏差値大学の卒業生が、あらゆる業界で中核を担っているのか。
現実を見ろと言いたい。学歴は、その人の知的スペックと努力の証明書だ。
人間を判断する上で、それ以上に信頼できる指標があるなら教えてほしい。
だから僕は今日も、知能の違いという壁を前に、誰にも理解されない孤独を感じている。
三菱系企業は戦前から東大、一橋、慶應義塾が強いと言われてきましたが
三菱重工業では伝統的に三菱長崎造船所や下関造船所の関係で九大(九州帝國大學)工学部も強い(三菱重工業第10代社長は九大工卒の増田信行)ですし、京大(京都帝國大學)も三菱系には全般的に強いです。
三菱銀行や三菱信託や東京海上火災保険や明治生命保険の三菱系の金融会社では伝統的に東大と一橋と慶應義塾が強く特に三菱銀行では三菱合資會社社長の三菱財閥四代目の岩崎小弥太(岩崎弥之助の長男)に厚く信頼されていた加藤武男(吉田茂内閣経済最高顧問)の影響で慶應義塾が東大と並ぶ学閥が強いことで有名でした。
戦後の三菱銀行でも加藤武男(慶大理財)、千金良宗三郎(慶大理財)、宇佐美洵(慶大経済・佐藤栄作内閣で池田勇人内閣からの引き継ぎ人事として戦後初の民間銀行出身者として第21代日銀総裁に就任)の3名が慶大卒業生で小笠原光雄(東京帝大法)、中谷一雄(東京帝大法)、田実渉(東京帝大経済)、中村俊男(東京帝大法)、山田春(東京帝大法)、伊夫伎一雄(東京帝大経済)、若井恒雄(東京帝大法)の東大卒業生7名に次ぐ頭取を輩出しています。
三菱商事は伝統的に圧倒的に東大(東京帝國大學)が強く慶應出身の社長は水産畑の第5代社長の三村庸平(慶大経済)社長だけですし、一橋出身の社長は機械畑のブンチンこと第4代社長の田部文一郎社長(東商大)と戦後の混乱期の田中完三社長(東京高等商業卒業で三菱合資會社出身)の二人だけです。
戦後の東大出の三菱商事社長は服部一郎(東京帝大法)、高垣勝次郎(東京帝大法)、荘清彦(東京帝大経済)、藤野忠次郎(東京帝大法)、近藤健男(東大工)、小島順彦(東大工)、小林健(東大法)、中西勝也(東大教養)の8名となります。因みに高垣勝次郎氏のご子息の高垣佑氏は東大経済学部卒業後、東京銀行(戦前の横浜正金銀行)に入行し、上記の若井恒雄頭取の時代の三菱銀行と合併して東京三菱銀行の初代頭取に就任します。
三菱商事の社長には東大や一橋や慶大以外には三菱の岩崎小弥太と縁が深い旧制成蹊高等学校からハーヴァード大学政治学部を卒業した第8代社長の槇原稔や大漢和辞典編纂者の漢学者の諸橋轍次氏の御曹司である上智大学経済学部を卒業した第7代社長の諸橋晋六や早稲田大学理工学部を卒業した第9代社長の佐々木幹夫や京都大学経済学部を卒業した第12代社長の垣内威彦等もいてアメリカのハーヴァード大学やカソリックのイエズス会経営の上智大学卒業の社長もいる様に東大卒業者と慶大卒業者に昭和時代にはほぼ頭取の卒業大学が限定されていた三菱銀行に比べると結構、外国大学や早慶以外の私大等バラエティに富んでいます。
三井系は戦前の三井銀行は財界三田閥の慶應義塾出身者の中上川彦次郎(福澤諭吉の甥)や池田成彬(中上川彦次郎の女婿)の強い影響力でかなり強い慶應閥の銀行でした。
戦後の三井銀行(戦前には第一銀行と合併して帝國銀行)及び三井グループのドンと言われた佐藤喜一郎は戦前の三井銀行では慶應義塾大学に次ぐ学閥だった東京帝國大學経済学部卒業生でした。佐藤喜一郎は旧制横浜一中(現在の県立希望ヶ丘高校)、旧制一高、東京帝國大學経済学部卒業のエリートで当時の池田成彬と並ぶ三井銀行の実力者だった東京英和学校(後の青山学院)出の米山梅吉の紹介で三井銀行に入行します。
戦後の三井銀行でも慶大出身の社長(頭取)は柳満珠雄(慶大理財)や板倉譲治(慶大経済)や神谷健一(慶大経済)と東大出身の佐藤喜一郎(東京帝大経済)、田中久兵衛(東京帝大経済)、関正彦(東京帝大経済)、末松謙一(東大経済)の4名に次ぐ3名を輩出しています。
三井銀行では戦前は池田成彬と並ぶ実力者だった米山梅吉(後の三井信託社長)が青山学院の前身の東京英和学校の出身者であったので其の米山梅吉の強い引きで三井銀行に入行した青山学院高等科卒業の万代順四郎も慶應出や東大出との出世競争に打ち勝って三井銀行の頭取を戦前に務めています。※銀行では戦後は頭取と呼ばずに社長と呼称しています。
しかしながら三井財閥の持株會社だった三井合名會社と並ぶ中核企業だった三井物産は鈍翁・益田孝の三田閥偏重の学閥排除の目的から意識的に一橋の高等商業学校や東京高等商業学校や東京商科大学を三井物産の幹部社員候補として意識的に重点的に優先採用して来たので戦前から戦後のある時期までは三井物産は完全な一橋の如水会が最大の学閥となる総合商社でした。
戦後の三井物産でも名物社長と言われた三井物産再統合の立役者・新関八洲太郎や『ハヤブサの達』こと水上達三、『根アカ経営論』の八尋俊邦等は皆、一橋の東京高等商業学校や東京商科大学の卒業生です。
戦後の三井物産の東大出の社長は池田芳蔵(東京帝大経済)、江尻宏一郎(東京帝大法)、槍田松榮(東大工)、安永竜夫(東大工)の4名で京大出の社長は熊谷直彦(京大法)と上島重ニ(京大経済)の2名で慶應出の社長は今の堀健一(慶大経済)の1名だけです。
一橋(3)と東大(4)と京大(2)と慶大(1)以外の三井物産の社長の学歴は長崎高等商業学校(長崎大学経済学部)卒業の若杉末雪と東京外国語大学外国語学部ポルトガル語学科卒業の清水慎次郎と横浜国立大学経営学部卒業の飯島彰己となります。
住友系は戦前の財閥持株会社だった住友合資會社が戦前には今の東大の東京帝國大學や今の京大の京都帝國大學や今の一橋大の東京商科大学や今の神戸大の神戸商業大学の旧帝大と旧商大グループを意識的に幹部社員として優先採用してきたので今でも東大、京大や一橋大や神戸大が人脈的に強い傾向があります。
戦後の住友銀行頭取は野田哲造(東京帝大法)、鈴木剛(京都帝大経済)、堀田庄三(京都帝大経済)、浅井孝二(神戸高商)、伊部恭之助(東京帝大経済)、磯田一郎(京都帝大法)、小松康(東京帝大経済)、巽外夫(京都帝大法)、森川敏雄(東大法)、西川善文(阪大法)となります。
戦後の住友銀行の頭取の学歴は京大4名、東大4名、阪大1名、神戸大1 名となります。
三菱財閥や三井財閥の銀行や商社に多く見られた一橋や慶應義塾出身者は住友銀行頭取では皆無となります。
文系は戦後派の阪大も住友系には強く西川善文元三井住友銀行頭取(後にゆうちょ銀行社長)の様な個性的な人材を輩出しています。
「内製化を進めよう」と社長が言い出して
人事部主導でエンジニア養成プログラムみたいなのが出来たんだけど
コンサルとかに唆されて作ったアホプログラムなので全然エンジニアとしては育って無くて卒業生は現場では新入社員扱い
一方で資格だけはしっかり取らせてるので社内的には成功したことになっているんだけれど
実際の外注比率は下がってなくて「どうなってるの」ってなってたところに
昔から内製やってて副業でもプログラマーやってるような社員が大規模プロジェクトを内製してくれて
しかもその成果をアホプログラム卒業生に渡して成果にして社長表彰まで受けたんだけど
結局はその社員は社内で評価されず(アホプログラムに参加していない、資格も取ってない)
親会社の用意した社員要望による他グループへの異動プログラムにのっかって別のグループ会社への異動が決まって
残された卒業生は残された内製プログラムを頑張って運用してたけど
やっぱりスキルが全然足りなくて追加機能によるバグ頻出、サービス停止とかが相次いでしまって
学校の前ってよく看板あるじゃないですか。大会優勝した子の名前とか、なんかすごい賞とった子の名前とか書いてあるやつ。
ある年の春先、たまたま通りかかったら、大学合格者の名前が大学名と一緒に書かれた看板(母校では大学進学するだけで看板立ててもらえます)があったんですよ。
腰抜けるかと思いましたね。馬鹿でかい鯉のぼりよりもでかい看板に祝!東京大学合格!って書いてあるんですもん。いやここ底辺高校じゃん。名前漢字で書けたら受かるって言われてたじゃん。数学の最初の授業は足し算だったじゃん。
やる気に満ち溢れて努力の末、大学に行く子は私たちの世代にもいましたが、それにしても東京大学?あの赤い門の?あの日本一頭が良い大学というあの?
もしかして、私が卒業した後めちゃくちゃ頭のいい学校になったのか?と調べてみましたが相変わらず県内のワースト1を争っていました。争うなそんなこと。県内一の進学校に比べると偏差値は半分。10年くらいじゃあんま変わりません。
その場で母校に電話しました。私の見間違いの可能性もあります。結果、間違いなくわたしの知る東京大学に現役合格したそうです。おめでとうございます。思わずその場で拍手。
本人の弛まぬ努力と、周りのサポートの賜物でしょう。なんでこの高校入ったのか知らんけど。アホな私は後輩に東大生がいるとはしゃいでしまいますので、素直にすごいですねぇ!おめでとうございますとご本人にもお伝えください!と言って電話を切りました。
さっそくクラスメイトだった友人にも「今年の卒業生、東大現役合格したらしいよ!?やばくね!?」とウキウキで連絡したところ「俺らに何の関係もないだろ」と一言。全くもっておっしゃる通り。
リベラルぶってるけどチンポに寄生された生き物だから児童買春を面白おかしいネタにしたい衝動を止められなかったね
Simon_Sin
@Simon_Sin
平均値と中央値の違いについては「花巻東高校の2013年度卒業生の平均年収は4000万円」「全国の中学校校長の平均買春人数は1.2人」で面白く理解できるはずである
現地の女衒のコメントを拾って「校長は感謝されていた」と買春の後ろめたさを誤魔化すネタも好きなんだよなこの事件
自転車の修理だの理髪師だの大工だのハウスクリーニングだの頼んで金払った時に「相手も楽しんで仕事してくれたはず、仕事を超えて俺に愛情持ってくれたはず、依頼に感謝してくれてるはず」なんて恩着せがましいこと思わんのに買春おぢは娼婦にそれを求めるのがナルシストだよなあ
HERMIT OF KANAZAWA
@cuq8r
NOWAR あ き お 😷
@aki_ohchan
面白く?
面 白 く!?
そういうところだよ。
女は右の家父長制とも左の女性蔑視とも戦わなきゃいけなくて絶望するんだよ。言葉尻じゃないよ?女の被害を茶化すな。女性の味方のつもりでも滲み出る傲慢さ、買われる立場に追い込まれることのない性別の強者性を自覚しろ
しろやま🦫
@shisoyama
鍵アカさんが「つか日本人男性の買春数考えたら1.2なわけないだろなんでほかをゼロでカウントしてるんだよ算数もできねえのか」って言ってました。私は「よくこの事件を面白ネタにできたな」に腹が立って条件のおかしさに気が回ってなかったが、確かにそうだ…
Gwen🦏🌋♨️🍶🍢🍲
@000Gwen
貝柱茜
@mayuri20230629
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480076786/
正直に言えば、「女性枠」とか「ジェンダー格差」といった言葉を目にしたとき、ちょっと身構えてしまう自分がいた。
でも、『「東大卒」の研究』を読み終えて、初めてその意味が、頭じゃなくて感覚として少し理解できた気がする。
本書は、東京大学という日本のトップ校の卒業生たちが、社会でどう位置づけられているのかを、データを通して分析したものだ。
東大と聞けば、「頭が良い人が集まる場所」「努力すれば入れる」といったイメージを持っていた。
実際、私も「政治や経済は、そういう優秀な人に任せておけばいい」と思っていた。
でもこの本を読んで、その考えはどれだけ「偏った前提」に支えられていたのかが見えてきた。
たとえば、東大卒のうち関東圏出身の男性が約40%を占めている一方で、地方出身の女性はわずか10%程度。
しかも、地方出身の東大生は「教師のすすめ」や「たまたま出会った情報」で進学を決めたという例が多く、そもそもチャンスの数が違っている。
加えて、「大学第一世代」(家族で初めて大学進学した人)も東大内では少数派で、人脈づくりにもハンデを背負っている。
東大は「努力と能力の結果」とされがちだが、実はそこに至るまでにすでに大きな差がある。
それを「格差」と呼ばずに何と言うのか。
さらに印象的だったのは、「再分配」や「不平等の是正」への意識が、東大卒ほど希薄になりがちだという話。
東大生は専門分野の勉強に熱中するあまり、社会構造の歪みを実感しづらくなる。
だからこそ、「東大卒=優秀」だけでは測れない社会的役割が問われているのだと感じた。
「枠」というのは、個人にとっては“優遇”に見えても、社会全体で見れば『必要な仕組み』なのだ。
そして、それを与えられる側には責任もある。これは、選挙で与えられる「一票」にも通じる感覚かもしれない。
本書を読んで、「女性枠」や「多様性」という言葉が単なる飾りではなく、「なぜ今、必要なのか」をデータで理解できた。
政治や教育の話を避けてきた自分にも、少しだけ考える視点ができたことが、この本を読んで得た一番の収穫だと思う。
Permalink |記事への反応(27) | 17:06
それっぽくかくな😡
具体的には、偏差値が低すぎて算出不能、もしくは35近辺の大学。
発祥は予備校大手の河合塾で、合否判定不能な大学分類を「Border Free」と分類したことに由来。
実際にFランク大学に該当する大学は、大学グループを基準に定義すると大東亜帝国未満とされることが多い。
また、ネット上(特に2ちゃんねるなどの電子掲示板)ではMARCHや日東駒専のような大学がFランだと揶揄されるが、実際には世代上位20%以内の偏差値であり、Fランには該当しない。
名称について
Fランという呼称はFreeの頭文字に由来するものであり、Aから始まるアルファベットの順列とは無関係である。
時折、ネット上では(主に実際にFランとされる大学の生徒や卒業生が)「うちはEランだ」「Dランだ」などと自称することがあるが、上記の由来の通りEラン、Dランなどという定義は存在しない。
みたいなイメージが地元で強いらしく何気に人気の伝統校だったけど。
入学1ヶ月くらいは12歳の子供らしく席が近い同級生同士がちょい他人行儀に会話したり、とりあえず一緒に帰ったりして緩く仲良くなり始めるんだけど、1ヶ月経ったくらいから明白なマウント合戦が始まる。
いとうせいこうみたいな髪型で強度近視用のメガネ掛けてる「いかにもお坊ちゃん育ちです」って見た目の連中(ていうか半分くらいそんな外見だった。入学初日にクラスのメガネ率弾き出したら8割超えてて仰天した記憶がある)でも、歳の割に体格良かったり元々の気性荒かったりする奴なら弱そうな同級生に突然馬乗りになって鼻血出るまでボコボコにしたり、「顔が暗いから笑」で前の席の奴の後ろ髪をライターで炙ったりしてた。
そんな様子を傍から見てて
「こいつらなんて恐ろしい奴なんだ……目つけられたら殺される」
と俺は震え上がってたけど、冷静に考えるとそいつらも皆お勉強頑張ってきたお金持ちの家のお坊ちゃんなんだよな。
粗暴とかけ離れたタイプにしか見えない中学1年のメガネくんが、血だの火傷だの失明リスクだのにひるまず大笑いで同級生たちを痛めつけてるのは結構異様な光景だったと思う。
あと、家が寿司屋の同級生が裏でめちゃくちゃ笑いものにされてて衝撃を受けたのも思い出した。
下の毛が生えるかどうかの歳で職業の貴賎的な概念をすでに周りは普通に備え持ってたようで、年齢相応に幼かった俺はひたすら
「人の親のことバカにするのは思いっきりタブーだろ。ていうか寿司屋で何で笑ってんの?」
と混乱してた。
一部の人間が大人になって身につける類の嫌な差別心をそんな歳でどうやって身につけてたのか未だに分からない。
野球部が圧倒的に偉かった。
野球部がカーストトップで周りがビビって何も言えないみたいな風潮は多くの学校であるあるなんだろうけど、うちの野球部員はとにかく暴れまくってた。
休み時間、虫の居所が悪ければ金属バットで教室のロッカーベッコベコにするし、鉄アレイとか周りの人間の机を砲丸投げみたいにぶん投げまくって大暴れするし。
パフォーマンス感は全然なくて、本当に突然癇癪起こして気が狂ったみたいに暴れ出してたからみんな震え上がって嵐が過ぎるのをひたすら待ってた。
でもそんな彼らがタバコだけは絶対に吸おうとしてなかったのは今でも不思議でならない。
うちの高校は卒業生の母校愛がめちゃくちゃ強くて、かくいう学生同士のカーストが下位の自分もどういうわけか大学途中くらいから
と、悪い思い出をなかったことにして気づけば母校愛が強いOBの1人にすっかりなってたけど、最近になって、なかったことにしてた思い出が急に色々脳裏に蘇ってきてモヤモヤしてたのでここに吐き出した。
あいつら何不自由のない裕福な家に生まれ育って、同世代平均を上回る知能があって……要するに恵まれてたくせに、なんであんな小さい時分から粗暴だったり差別的だったりしたんだろ。
父子2代どころか祖父、父、子3代でOBみたいな家も珍しくない学校だったけど、俺は自分の子供は絶対に入れたくない。
1億積まれても入れたくない。
あなたは海外で日本人が犯罪を犯したときに「お前ら日本人は犯罪者だ」と言われても納得できる?
もっと絞っても良いよ、あなたの実家の近くの人が問題を犯したら「あの地域で生まれた人は」って言われたら?
たまたま同じ学校に通っていた全然年齢も違って面識なんかない人が殺人を犯して「あの学校の卒業生は人殺しだ」って言われたら?
単に男という性別で生まれてきたという括りだけで全然関係ない人間の犯罪の責任まで負わされるというのであれば、当然あなたも日本人として、その地域の生まれとして、その学校の卒業生として相応の扱いを受ける覚悟はあるのだよな?
ああ、またもや「何者にもなれなかった系」のレッテル貼りに勤しむ絵師様のご高説ですか。カメラ趣味を嗤いながらAIに喰われるのを待つという、まさに「芸術的敗北主義」の極致ですね。では皮肉たっぷりに反論させていただきましょう。
1. 「何者にもなれなかった系」という傲慢
「何者にもなれなかった」という表現には、「自分は何者かになれた」という前提の優越感が滲み出ています。しかし心理学研究では、他者を貶める行為は自己肯定感の低さと相関があることが指摘されています[1]。つまりこの発言、実は鏡に向かって呪いをかけているだけかも?
[1] American Psychological Association. "Put-Downs CanMakeYouFeel Better—Temporarily."https://www.apa.org
「カメラにハマる」人を嘲笑う前に考えてほしいのですが、「絵が上手い」と「アーティストとして成功している」は全く別物です。Artsyの調査によれば、美術大学卒業生で芸術家として生計を立てられるのはわずか10%未満[2]。あなたの「成功基準」は何ですか?SNSのフォロワー数ですか?
[2] Artsy. "The Economic Realities ofBeing an Artist in 2023."https://www.artsy.net
AIアートについてNatureが報じたところでは、プロアーティストの78%がAIを創作ツールとして活用しているそうです[3]。技術革新を「喰われる」と表現する時点で、あなたはすでに19世紀のラッダイト運動と同じ思考停止状態では?
[3]Nature. "How artists are usingAI."https://www.nature.com
4. 痛いのはどちらか?
「ネットの匿名性が~」と説教じみたことを言いつつ、「ブチギレそう」「早く喰われちゃえ」と感情的な憎悪を吐露する矛盾。The Guardianの指摘する「オンライン憤怒産業」の典型例ですね[4]。他人の趣味を嘲笑う暇があるなら、まず自分の感情管理を学んだ方が良いのでは?
[4] The Guardian. "How the online anger industry works."https://www.theguardian.com
結論:鏡を見よ
「痛い」と感じるなら、それはあなた自身が「承認欲求・優越感・加虐心」の三位一体を体現しているからかもしれません。カメラーマンも絵師もAIユーザーも、創造の喜びを分かち合える可能性を考える方が、芸術的にも人間的にも生産的ではないでしょうか?
(※本コメントは皮肉の効かせ過ぎでやや胃もたれするかもしれません。不快に感じた方は冷水で顔を洗い、鏡の前で「私は大丈夫」と3回唱えてください)
つまり、同じ学力の人が4年間働くのとどっちがその後に対して学びがあるか、で考えると
あとは働いたほうが早そうじゃね
あ、そもそも対応する仕事が存在してない学部はまあ学問としてあってもいいとは思う
大学に残る気があるならだけど
現状、半分以上の大学生は「大卒という称号がほしいから」で行ってるよね、あとモラトリアム
もちろんあってもいいんだけど、社会的に主流である必要はない気がしてならない
_______
言語化が難しいんだけど
だったのが
ために
になったのが今であり、結果的に
という風潮が更に加速し、後戻りできなくなった時代
とても残念過ぎる・・・
皆学問の最高学府に行って、ほぼほぼ引退することが強いられてる
まあだから上で言ったようなことは「行きたくて行ってんじゃねーよ」って返されて終わりなんだけどさ
そろそろ誰か止めろよって思うよな、無駄
___
一応俺は40代理系旧帝大学院卒だよ、行った意味は印籠のように名前を出すと入りやすくなる会社があるくらい(そろそろ効力切れたが)
社会に出て、大学院の内容が圧倒的にレベル低かったとわかった、1年仕事したほうが勉強になる
というか全然読み取れてない人がいるな
若者が「学問の」一番高い施設にいく必要あるの?って話だよ、どの時代であれ「学問」の先に仕事があったことなんて一度もないのに
今では大勢がその道に行くの異常でしょって話
3割くらいは行ってもいいと思うけどね、ていうか世の中そっちに舵を切る気がしている、人手不足やら学費問題やらで
調べてみるとドイツ・フィンランドではそういう動きが進んでいる、アメリカでも少しあるみたいだけど、基本的に学費が高い・優秀な若者を青田買いしたいってモチベみたい
ちなみに統計
アメリカですら「大卒者の52%が学士号を必要としない職に就いている」らしい
STEM(科学、技術、工学、数学)分野の卒業生は日本でも89%が専門的職業についてるらしい、他の学部については出てこなかった
Permalink |記事への反応(34) | 08:38
パヨク経済学者トマ・ピケティが、自身のベストセラー『21世紀の資本』に関する公開討論でちょっとした騒動を引き起こした。ピケティは新しい論文で、評論家たちが彼の有名な「r>g」の公式を誤用していると述べている。この公式は、資本収益率(r)が経済成長率(g)を上回り、貧富の差が広がることを示している。
人々が「r>g」を今日の不平等の完全な説明として使うとき、彼らはピケティの本の議論を正しく表現していないとピケティは言う。むしろ、彼の本は大恐慌前の資本主義の巨大な不平等の説明として、そして富の集中を防ぐための行動を取らなかった場合に何が起こるかを予測したものとして読まれるべきだ。
彼が本の中で述べているように、現在の不平等の約3分の1は資本所得によるものであり、残りは賃金の不平等によるものだ。ピケティは確固たる立場にある。批評家たちが彼を知的に抹殺されたと主張するのは間違いだ。
しかし、この騒動を別にすれば、ピケティが確かに疑わしい議論を展開していることは事実だ。具体的には、ヨーロッパにおける不平等と低成長の責任の一部を教育によるスキル開発の欠如に帰している。彼は賃金格差の原因を「技能と高等教育へのアクセスにおける格差の拡大」に一部帰している。
でも、ピケティはここで完全に間違っている。教育水準が高い人ほど収入が多いのは事実だが、必ずしも教育水準が上がれば賃金全体が上がるわけではない。1973年以降、大学進学率はほぼ3倍になったのに、その間に不平等は急上昇した。大学卒業生の賃金は2000年以降実際に下がっている。
教育がどのように機能するかという話は、個人レベルでも破綻している。技能不足が平均所得の停滞の原因だとしたら、貧しい人々が大学に通って中流階級や上流階級に躍り出る一方で、裕福な人々は落ちぶれることになるはずだ。実際は、その逆だ。裕福な家庭の子供で大学にも行かない子供が裕福になる可能性は、大学に通う貧しい子供よりも2.5倍高い。
ピケティのヨーロッパに関する議論はさらにひどい。彼の数字が正しければ、ヨーロッパが高等教育にもう少し投資したいと考えるのも理解できる。しかし、ヨーロッパの低成長の原因は教育ではなく緊縮財政にあることは疑いようがない。教育は、不況時の経済弱体化に対する他の供給側の説明と同様に無意味だ。
ピケティに公平を期すために言っておくと、これらは彼のさまざまな議論のほんの一部に過ぎず、彼は緊縮財政全般の支持者ではないことは確かだ。ここでのいかなる発言も、教育そのものに対する攻撃として解釈されるべきではなく、教育だけが不平等や成長の鈍化を解決できるという考えに対する攻撃として解釈されるべきだ。ダボス会議の参加者たちは、すでに教育を経済の万能薬として重視しすぎている。ピケティ氏は彼らに攻撃材料を与えるべきではない。
成人式になってタイムカプセルを開ける話になって、小学校の体育館の倉庫に保管されていた箱を開けた。
自分含めた大多数の物が無くなっていた。
本は有名な物だったからいいとして、自分に宛てた手紙が読めなくなったのは悲しかった。
話によると前年の卒業生が開けたとかで、めぼしい物は持ってかれたらしい。(前年の卒業生はかなり荒れたクラスだったので不思議ではない。)
あと、タイムカプセルを開けるときにグループラインで「自分のは処分してください」「(実家に)届けなくていいです」というのが並ぶのもなんか切なかった。
地元に帰れない人たちとかだからしょうがないのだけど、楽しみにしていたのって少数派だったのかと。
タイムカプセルを受け取りに来たのはクラスの半分以下くらいだった。
タイムカプセルを作る当時、先生が「無くなってもいい物を入れろよー」と言っていたのを思い出す。
実際無くなったわけだけど、無くなって良かったわけじゃないんだよなあ。
GitHubリポジトリにデータと結果が用意されており、学術論文 (AP) の基盤はしっかり整っているようですが、モチベーションと優先順位付けに苦労しています。これを分解して、生産性とモチベーションを維持するための持続可能な計画を立てましょう。
プロセスをゲーム化 (5つのAP を完了するたびに「バッジ」を目指すなど) すると、もっと楽しくなりますか? これに楽しみの要素を加えるための戦略を検討できるかどうかお知らせください。
学生のやる気を引き出して質を維持するのは大変です。体系的な問題と個人の問題が混在する中で、あなたはその問題に取り組んでいるようです。一人では全体的な傾向を変えることはできませんが、説明責任を育み、研究室の状況を改善するために実行できるステップはあります。ブレインストーミングしてみましょう:
これらのアイデアのどれかが学生の心に響きましたか?必要に応じて、ルーブリック、ワークショップの議題、
SakanaAI チームは、完全にAI で生成された学術論文を発表して話題を呼びました。これは、生成AI の能力における重要なマイルストーンです。「TheAI Scientist-v2」と呼ばれる彼らのAI は、人間の介入なしに、独自に仮説を立て、実験を行い、データを分析し、原稿全体を執筆しました。この成果は、AI が研究と執筆のプロセスを効率化し、あなたのような研究者の時間と労力を節約できる可能性を示しています。
あなたの状況では、生成AIツールを活用することがゲームチェンジャーになる可能性があります。ワークフローに統合する方法は次のとおりです。
これらのアイデアを実装するための特定のツールや戦略を検討してみませんか?さらにサポートできる方法をお知らせください。
先延ばしは確かに手強い敵ですが、構造化されたアプローチといくつかの心理的トリックを使えば、物特性の公開プロジェクトを前進させることができます。ToDoリストを効果的に処理する方法は次のとおりです。
リストにはすでにタスクが示されていますが、一部 (「最初の拡張機能の実装に重点を置く」など) は範囲が広すぎるようです。さらに、具体的で実行可能なステップに細分化します。例:
タスクが小さいほど、気が遠くなるような感じがなくなり、達成しやすくなります。
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重要度または緊急度に基づいて、優先度レベル (高、中、低など) を割り当てます。勢いをつけるために、優先度の高いタスクから先に処理します。例:
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あなたが言及したブログに基づいて、役立つと思われるモチベーションを高めるコツを以下に示します。
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各タスクに 2 分だけ費やすことから始めます。多くの場合、単に開始するだけで、先延ばしの惰性を克服できます。
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各タスクに特定の時間をスケジュールします。たとえば、次のようになります。
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進捗状況を誰か (同僚、友人、または私のようなAI でさえも!) と共有します。更新することがわかっていると、軌道に乗るモチベーションを維持できます。
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現在のToDo の優先順位付けをお手伝いしたり、開始するための毎日のスケジュールを提案したりしますか?先延ばし癖を克服しましょう!Gu
おっしゃることはわかります。集中力が必要と思われるタスクは、小さなステップで管理できる場合でも、達成不可能に感じられる精神的な障壁があるようです。同時に、PCクラスターの構築などのタスクは、その精神的な障壁を利用しないため、より簡単に感じられます。幸いなことに、この認識は、「集中力を要する」タスクに合わせた戦略で変えることができます。方法は次のとおりです。
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データ分析タスクをさらに小さなマイクロステップに分割しましょうか?PCクラスターを構築するのと同じくらい簡単に管理できます! 一緒にやりましょう。
提供されたテキストに基づいて、先延ばしを克服するためのより詳細なステップバイステップのガイドを以下に示します。
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午前中は頭がクリアで、疲労や昼食後によく起こる眠気に気を取られる可能性が低くなります。これは、執筆や問題解決など、集中力を必要とするタスクに最適な時間です。
1. 最も精神力を必要とするタスク (ブレインストーミング、コーディング、データ分析など) を特定します。
2. これらのタスクを 1 日の早い時間にスケジュールします。理想的には、起床後の最初の 1 ~ 2時間です。