
はてなキーワード:区切りとは
期日前投票ってきじつまえかきじつぜんかの違いかだけじゃなくて
きじつぜんって読んでる奴は意味の区切りがきじつまえのと違うような読み方をしてる気がする。
dorawiiより
-----BEGINPGP SIGNEDMESSAGE-----Hash: SHA512https://anond.hatelabo.jp/20260207211703# -----BEGINPGP SIGNATURE-----iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaYctPwAKCRBwMdsubs4+SIlRAP9u1P383XCnzPztKlir8lC9q126XrCuGZvFpyZOV9Ng1QEAmL03vhgfa9sfrcMpHqZK4ZJsKBcTJ01QI10XRKpUVAc==KuZh-----ENDPGP SIGNATURE-----
https://anond.hatelabo.jp/20260113145643
私もお酒好きだし、お酒の席で他人に迷惑をかけてきた、謝意が見えるなら許そう、と思い、警察署で事情聴取を受けた際その旨を伝え、被害届提出は保留した
後日、私を殴った方から連絡があったのだが、
示談する金がない、怪我も大したことないだろう、金が欲しいのか!?
しかし、このまま刑事裁判に発展したりしてもお金と時間、労力は吸われるが得るものが無い
そんなこんなで警察からの連絡を待っていると、今度は被害者の親が示談したいと言い出した
だが棺桶に片足突っ込んだ老人から金を毟るのもな、と思いまた考える増田であった・・・。
連絡もしてこず、ナメられてんのかなぁ、と思い自身で区切りをつけることにした
まず警察に相談してみて、相手の出方を探る、警察も被害者が焦れていると伝えてくれるらしい
どうやら犯人の親は被害体系を十分に理解していないらしく、被害者が2人いるのを知らなかったみたいだ
いや、片方とは普通に示談の段取り進めてたんだろう、その時に被害者の名前が出てこない時点でおかしいと思わないのか?
犯人の親は高齢ということもあり、私から連絡して欲しい、と警察の方に言われた
ナメてんのか、と思ったが警察の方にも良くしてもらっている、飲むしかなかった
電話をかけると、予想以上に元気そうな方が電話に出て、病院代と仕事を休んだ分の日当を払うのでどうか穏便に、という態度だった
正直その態度も気に食わない、何発殴られたかも理解していないのだろうし、殴られる前の状態に戻してやっとプラスマイナスゼロ、殴られ損ではないか、と思ってしまった
挙句、成人している息子が起こした事件だ、私が慰謝料を払うわけにはいかない、息子に払わせる、と言う、話が違うじゃないか、お金無いってキレた本人が払うの?
とりあえず息子と話をしてくれ、と言うが逆ギレされた息子に電話するのも癪に障る
息子とは電話をしたくない旨、提示された内容では納得出来ない、私も痛い思いも怖い思いもしたので精神的苦痛を考慮してほしい、とやんわり伝える
じゃあどれくらい欲しいのか、精神的苦痛は本人にしか分かりようがないのでこちらでは決めかねる、という有難いお言葉をいただいた
他の人の意見、インターネットで収集した過去の事例などから、35万円程度が相場だろうな。と思っていたので多めに言って値切られたら譲歩するような形を取ろう、と思い40万円と言ってみた
そうしたら相手の態度は急変、逆ギレ祭りである、親子揃ってこれかよ
1日休んだくらいで、傷跡も残っていないのに、精神的苦痛があるなら精神科で診断書を取ってこい、私も過去色々な経験をしてきたから分かるがボッタクリが過ぎる、それだけ貰えるならどうぞ殴ってください、と私も言う、などこれまた崇高な考えを私にぶつけてきた
もう話は平行線だな、と思っていたら、弁護士が知り合いに居るから聞いてみようか、そんな金額飲むはずがない、と言う
弁護士がいるなら話は早い、弁護士と話したい旨を伝えるとまごまごしだす
その後は、傷跡も残ってない、たった1日仕事を休んだくらいで、ボッタクリ、など再び崇高な考えを私にぶつける
その後、近くにいるから変わろうか?と言い電話を変わるような音が聞こえたので弁護士の登場か?と思うと息子本人が出た
なんだ、電話したくなかったのか?とタメ口で話してくる、ニヤニヤしているのが電話越しでも伝わるような口ぶりにまた不快感を覚える
もうこれ以上付き合ってやることもない、平行線だし被害届を出しますね、というところで話は落ち着いた
在宅起訴なら在宅起訴で司法が判断する結果を受け入れるだけであろう
殴られ、有給も1日減り、診察代や診断書代を取られ、得た物は徒労感とイラつきだけ
一般論として語るには主語が大きいことは認めるが,日本国外で生活していると,どうしてもそう感じざるを得ない傾向がある.
その主因の一つを,日本語の音声学的,音韻学的な特徴に求めるのは容易だ.尤も私は専門外なので詳細は把握していないが,感覚的には日本語は口の先で発声し,英語は喉の奥から発声しているように感じる.これはあくまで主観であり,学術的見地では誤りかもしれないが.しかし,国内であってもアナウンサーや声優,俳優などの声は非常に聞き取りやすい.つまり,言語の特性以上に個人の意識による部分が大きいのではないか.
ここで「文字」を例に挙げればわかりやすい.声質そのものは,コミュニケーションの質に関係がない.プロの書道家による達筆な文字をアナウンサーや声優の声だとするならば,一般人の書く文字がそこまで美しくないのは当然だ.しかし,書道家ではなくとも「読みやすい文字」を書く人は存在する.それは,文字の区切りをはっきりさせる,誤読されやすい癖字を避ける,あるいは自分の癖を自覚して書き分ける,発色の良いボールペンを使う,といった相手への配慮の結果である.
自分だけがわかればいいメモ書きのような「みみず文字」や,極度な略字を使って正式な文書を作成するものはいないだろう.音声によるコミュニケーションも,全く同じアナロジーが働くはずだ.それなのになぜ,文字のコミュニケーションでは当然の意識ができる人が,音声になるとこれほど不適切になってしまうのだろうか.
これは,滑舌の良し悪しや,吃音の有無を指摘しているのではない.そうではなく,ハキハキと喋ることの重要性を理解していない人間や,社会性,社交性が低く,自分に自信を持てない人間が多いことの表れではないのかと思うのだ.声が通るか否かの分岐点はここにある.
例えば,大学教授の講義を思い出してほしい.彼らの多くはボソボソと小さな声で喋る.学生という聴講者に対して講義を行う「声を使ったプロの仕事」であるにもかかわらず,相手に届けるという意識が欠如しているのだ.
職場では愛嬌を振りまき,円滑なコミュニケーションのために発声を意識している人もいるだろう.しかし,ひとたびプライベートな実生活の場面になると,そこを意識できる人間は極端に少なくなる.
スーパーで目当ての棚の前に先客が数人いたとする.この時,「すみません」と声をかけ,商品を取った後に「ありがとうございます」と言えば済む話だ.しかし,これほど単純なことができない人がいかに多いことか.「すみません」と言ったかどうか判別できないほどの,独り言のような,あるいは「鳴き声」に近い微かな音を発するだけの人.何も言わずに腕だけ伸ばして横から撮る人.あるいは対人接触を極度に恐れて,人がいなくなるまで離れた場所で待つ人.待つにしても,無言の圧力をかけて「察してくれ」と言わんばかりの態度をとる人もいる.
伝えたいことがあるなら言葉にすればいい.それなのに,伝える努力を怠るばかりか,相手に「察しろ」と不可を強いる.なんと自分本位な振る舞いだろうか.
結局のところ,問題の本質は発声の技術ではなく,対人コミュニケーションを構築する意思が欠落している点にある.相手の視点に立ってコミュニケーションを取ろうとすれば,自ずと聞き取りやすい音量,速度,明瞭な発声になるはずだ.それができていないということは,厳しい言い方をすれば,他者への想像力を欠いた「コミュニケーション障害」の状態にあると言わざるを得ない.
一般論として語るには主語が大きいことは認めるが,日本国外で生活していると,どうしてもそう感じざるを得ない傾向がある.
その主因の一つを,日本語の音声学的,音韻学的な特徴に求めるのは容易だ.尤も私は専門外なので詳細は把握していないが,感覚的には日本語は口の先で発声し,英語は喉の奥から発声しているように感じる.これはあくまで主観であり,学術的見地では誤りかもしれないが.しかし,国内であってもアナウンサーや声優,俳優などの声は非常に聞き取りやすい.つまり,言語の特性以上に個人の意識による部分が大きいのではないか.
ここで「文字」を例に挙げればわかりやすい.声質そのものは,コミュニケーションの質に関係がない.プロの書道家による達筆な文字をアナウンサーや声優の声だとするならば,一般人の書く文字がそこまで美しくないのは当然だ.しかし,書道家ではなくとも「読みやすい文字」を書く人は存在する.それは,文字の区切りをはっきりさせる,誤読されやすい癖字を避ける,あるいは自分の癖を自覚して書き分ける,発色の良いボールペンを使う,といった相手への配慮の結果である.
自分だけがわかればいいメモ書きのような「みみず文字」や,極度な略字を使って正式な文書を作成するものはいないだろう.音声によるコミュニケーションも,全く同じアナロジーが働くはずだ.それなのになぜ,文字のコミュニケーションでは当然の意識ができる人が,音声になるとこれほど不適切になってしまうのだろうか.
これは,滑舌の良し悪しや,吃音の有無を指摘しているのではない.そうではなく,ハキハキと喋ることの重要性を理解していない人間や,社会性,社交性が低く,自分に自信を持てない人間が多いことの表れではないのかと思うのだ.声が通るか否かの分岐点はここにある.
例えば,大学教授の講義を思い出してほしい.彼らの多くはボソボソと小さな声で喋る.学生という聴講者に対して講義を行う「声を使ったプロの仕事」であるにもかかわらず,相手に届けるという意識が欠如しているのだ.
職場では愛嬌を振りまき,円滑なコミュニケーションのために発声を意識している人もいるだろう.しかし,ひとたびプライベートな実生活の場面になると,そこを意識できる人間は極端に少なくなる.
スーパーで目当ての棚の前に先客が数人いたとする.この時,「すみません」と声をかけ,商品を取った後に「ありがとうございます」と言えば済む話だ.しかし,これほど単純なことができない人がいかに多いことか.「すみません」と言ったかどうか判別できないほどの,独り言のような,あるいは「鳴き声」に近い微かな音を発するだけの人.何も言わずに腕だけ伸ばして横から撮る人.あるいは対人接触を極度に恐れて,人がいなくなるまで離れた場所で待つ人.待つにしても,無言の圧力をかけて「察してくれ」と言わんばかりの態度をとる人もいる.
伝えたいことがあるなら言葉にすればいい.それなのに,伝える努力を怠るばかりか,相手に「察しろ」と不可を強いる.なんと自分本位な振る舞いだろうか.
結局のところ,問題の本質は発声の技術ではなく,対人コミュニケーションを構築する意思が欠落している点にある.相手の視点に立ってコミュニケーションを取ろうとすれば,自ずと聞き取りやすい音量,速度,明瞭な発声になるはずだ.それができていないということは,厳しい言い方をすれば,他者への想像力を欠いた「コミュニケーション障害」の状態にあると言わざるを得ない.
メール等では苦労しないのに、口頭の会話ではどうにも私のせいで話の流れが悪くなってるぞと反省する場面が多い。多分、はてな民には私と同じタイプの会話下手が多いと思う。あまり実践できていないが、私の心掛けを共有するので、他に何か基本事項があったら教えてほしい
相手に質問されて回答したら、次は「あなたはどうですか」だ。基本すぎるが、私はどうしてもそれを忘れてしまう。相手のことを知りたくない訳でもないのに、あまりにも相手に質問しないので「他人に全く興味がないやつ」だと思われてるらしい。これはマジで何とかしたい
「相手に聞き返す」と関連するが、会話の基本は相手が主語になるように話を繋げることだ。私が私が、のような自己中な話し方は論外である。その気がなくとも「相手に聞き返す」を忘れると自分が主語の発言が続いてしまうので怖い
「相手を主語に話す」に加え、会話の基本は「ポジティブな述語を言う」ことだ。合わせると「とにかく相手を褒めろ」ということになる。おべっか使いは良くないみたいな偏見は今すぐ捨て去るべきだ。会話が平均以上に得意なやつらは皆んな息を吐くように相手を褒めてるぞ
親しい人が相手なら「相変わらず」「今日も」のような副詞を付けて褒める。それだけで会話が親近スムーズになる。間違っても「いつもより」「今日は」のような副詞を付けてはいけない
褒めるポイントは自分が褒めたいポイントではなく相手が褒められたがっているポイントだ。別に特別なエスパーは要らん。相手の趣味やこだわりを褒めれば良い。「相手に聞き返す」「相手を主語に話す」ができていれば相手の趣味やこだわりも分かっているはずである
私のようなやつは逆に「自分を主語」に「ネガティブなこと」を言いがちだが、何を差し置いてもそれだけは絶対にやめるべきだ。日常会話において自虐が面白さを発揮する場面は無いと思って良い
謙遜の美徳みたいな文化はまだ確かに存在するが、謙遜に相応しい場面とそうでない場面には暗黙の区別があり、我々会話苦手の民はそんなの判別できる訳ないので一律禁止が妥当だ
世の中に「笑える自虐ネタ」があるのは確かだが、頭髪に関して秒で「私が前進しているのである」とポジティブなオチを付ける程のスピード感が無い限り言うべきでない。そもそも、会話が苦手な我々はそんなことを考える前にまず他にやるべきことがある
とにかく相手も褒めるし自分も褒める。それだけ覚えていれば良い
単に「気遣う」とだけ言われると我々会話苦手クラスタには難しそうに感じられてしまうが、要素分解すればおそらくそこまで複雑な話ではないと思われる。会話の上手い人々だって大抵の場合はパターンで喋ってる。単に「相手を主語に話す」原則の一パターンに過ぎない
まず、相手の一時的なネガティブ要素に気付いたら(永続的なネガティブ要素は気遣いの対象ではない)、相手を主語にネガティブなことを言い(その際には「いつもと違って」「珍しく」のような副詞を付ける)、心配の意を表明し(心配の表明は間髪入れずにやる。ネガティブなことを言いっ放しにしてはいけない)、それに対して相手が詳細を明らかにしてもしなくても、こちらはさらに労いの言葉を述べて会話が一区切りつく
なお、気遣いの対象は一時的な不調であることが要件なので、必然的に相手は普段の調子を知っている親しい相手に限られる。決して初見の相手を気遣おうとしてはいけない、それはおそらく相手の地雷を踏んでいる
以上のことは、会話の苦手な私の経験則でしかないので間違いや不足も多々あると思われる。しかし、会話巧者からのアドバイスよりはマシなはずだ。彼らに会話のコツを聞くことは、長嶋茂雄に打撃のコツを聞くに等しい
何でも良いので、ぜひ知りたい
ありがとう。真面目にレスしてくれて嬉しい。助かる。上手く返せんけど、ぜんぶ読んだよ
AIじゃねーよ!
高市総理には円安に苦しみ物価高であえぐ国民が一切見えていない。
高市総理は円安に誘導しようとしている。 米まで減反政策で米国から輸入を増やし、これ以上円安にされたら日本がどんなことになるか経済音痴すぎでわからないのか。
https://news.yahoo.co.jp/articles/103b225dbdde879fe2b1ab1239287c400daee82e
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA3120L0R30C26A1000000/
国内投資がとことん低い。だからよその国は今もう何をしているかって言ったら、海外に投資してるんじゃなくて、自分の国内に投資をする。自分の国内で工場をつくる。自分の国内で研究開発拠点をつくる。だから、自分の国内で投資をしているんです。ここは日本は弱かった。ガラッと変えようとしてます。高市内閣で。
だって為替変動にも強い経済構造をつくれるではないですか。国内でつくるんだから。為替が高くなったが、それがいいのか悪いのか、円高がいいのか、円安がいいのか、どっちがいいのか、皆わからないですよね。
むかし、民主党政権の時、たしかドル70円台の超円高。日本で物をつくっても輸出しても売れないから、円高だったら輸出しても競争力ないですよね。日本の企業、海外にどんどん出ていっちゃった。
それで、失業率もすごい高かった。そっちがいいのか。今円安だから悪いって言われるけれども、輸出産業にとっては大チャンス。食べ物を売るにも、自動車産業も、アメリカの関税があったけれども、円安がバッファーになった。ものすごくこれは助かりました。
円安でもっと助かってるのが、外為特会っていうのがあるんですが、これの運用、今ホクホク状態です。
だから円高がいいのか、円安がいいのかわからない。これは総理が口にすべきことじゃないけれども、為替が変動しても強い日本の経済構造を一緒に私はつくりたい。だから国内投資をもっと増やしたい。そう思ってます。
例のメールが来た。
最初は新しいUIの話かと思って流しかけたが、よく読むと対象条件に利用歴10年以上、年齢50歳以上とあって、完全に自分だった。
書いてあることは終始丁寧で、「感謝」「知見」「次のフェーズ」みたいな単語が多用されている。
ただ、どこにも「今後も引き続き活躍してほしい」とは書いていない。
要約すると、
• これまでの経験は外で活かしてほしい
•任意だが、中長期的には前提になる
という内容だった。
任意だが前提、という日本語は、だいたい一種類しか意味がない。
少し考えた末、応募することにした。
「昔のインターネットでは〜」
みたいな話ばかりだったからだ。
自分でも分かっている。
それを言い出した瞬間に、もう場の主役ではない。
動機を書く欄もなく、「同意する」にチェックを入れて送信するだけ。
数日後、通知が来た。
不思議とショックはなかった。
怒りもない。
「もう立たなくていいですよ」と言われたような。
何にしようか少し迷ったが、結局、自分の過去のブックマークを付けた。
コメントは書かなかった。
昔なら、ここで文明論を始めていたと思う。
インターネットは続いていくし、
それでいいと思う。
外で何をするかは、まだ決めていない。
少なくとも、
「最近の若いネット民は」と言わなくて済む場所に行こうと思う。
•対話
•修正
• 訂正は誠実さではなく
「追及を続けるための材料」になる
• 許さない態度が
• 厳しさ
• 正しさ
として評価される
• 反対に
•区切り
• 再挑戦
•回復
を語ると
• 内部の潔癖基準に疑問を出すと
• 自浄作用より
空気の維持が優先される
• 外部からは
「何をしても許されない集団」に見える
• 説得より排除が目立ち
支持は広がらない
•批判者は離れ、残るのは同質性だけ
•本来は
• 学び直し
• 更生
•社会復帰
を支える思想のはずが
• 実際には
•問題は「厳しさ」ではない
• 謝っても終わらない社会は
--
何やったのか当時の反応を含め記憶が曖昧なので内閣支持率を元にトピックスを書きだした。
前月と比較して7%以上内閣支持率の増減があったときのみ書き出した。
5%増減だと時事を調べるのが面倒で無理だった為。
今まで書いたのは、2022年8月、2023年11月、2024年11月。2025年7月。今回は6カ月分を追記。
現高市内閣の支持率は高めということだが就任時に60%台の首相は結構ある様子。
トピックス以外の雰囲気を掴む為、次のようなものも合わせて記す。(適当に作った)
内閣支持率の出典
https://www.nhk.or.jp/bunken/yoron/political/1998.html
「この人たち、前に進めたいんじゃなくて、話し続けたいだけなんだな」
•問題を終わらせる・改善することより、正しい立場に立ち続けて語ることが主目的になる
• 具体策や制度設計に踏み込まない(踏み込むと結論が出てしまうため)
• 発信の余白が減るため、議論を進めないこと自体が発信継続の条件になる
•定義や適用範囲を曖昧に保つことで、語りを終わらせない状態を作る
• 「同じ構造が繰り返されている」という物語に回収し、問題自体を固定する
• 語りが止まる=役割が終わるため、語り続けることが存在意義になる
• 具体論が避けられる
• 最も避けたいのは誤りではなく「終わり」
昨晩、買い物に行く途中で、転んで足をくじいた。
そういえば、昔、この季節にも足をくじいたことがあるのを思い出した。
デスマーチの谷間での一区切りしたタイミングで、「今週末はじっくり休め、金曜の晩も早く帰れ」という上司の命令で、会社の同僚何人かとスケートに行った。
はいいが、コケて足をくじき、医務室でテーピングしてもらって一人で帰宅した。
「今週末は、土日休めることになった。ゆっくりあなたに会いたいが、足を挫いてろくろく歩けないので、わたしの部屋に来てくれないか。」
しかし彼は頑なに家から出たがらないし、歩けない彼女を気遣う言葉もない。しかたなく、翌日の土曜日、痛む足をひきずって彼の部屋を訪れた。
足をひきずって歩く私を見て彼は一言。
「へー、本当に足を怪我しているんだ」
ひどい、と抗議したが何のリアクションもなかった。
数か月後に振られたわけだが、今にして思えば、この時点で既に彼の気持ちは既に冷めていたということか。
大学4年生で、すべての提出物を提出し終えた。何かよほどの事がない限り私は卒業できるだろう。
私は就活に失敗して進路が決まっていない。
だから卒業すれば学生でもなく、社会人でもない時間が幕を開ける。すごく今が死ぬのにちょうど良い区切りだと感じる。人生の中でも、死んでも迷惑をかける相手がかなり少ない時期。そして私は恋人もいないどころか、できたことがない。私は人から好意を向けてもらえたことはあっても、「本当に愛されたこと」なんてないんだと思う。
とはいえ、私が死んだら悲しむ人がいるのもわかる。自分は生きてる価値がないって思ってることが、他人にすごく気を遣わせてると思う。もちろん人に向かって直接「私は生きてる価値ないんだ!」とか言って困らせたりはしないけど、でも、時々滲み出て気を遣わせてしまっていると思う。
好きなものを見つけて、少しでもそれを楽しんで行けたらいいんだと思う。死ぬ前に、どうせ職もないなら自由ではあるのだから好き放題生きるという選択肢を視野に入れたっていいと。でももう私は何が好きなのかもあまりよくわからない。のめり込めない。誰かを好きになりたいけど好きになることも怖くなってしまった。信じられないから。この人もきっと裏切ると思ったら、最初から好きにならない方がいいから誰も好きになれなくなってしまった。
こういう精神状態も相まって人に迷惑をかけることも増えたし、眠りから覚めると今から断罪の時間ですみたいな心地がする。1人からでも嫌われると人生終わりだみたいな気持ちになる。人が陰で自分の悪口を言って仲間外れにしてる妄想が止まらない。どうしたらいいんだろう。
俺が子どもから成長する時期だったので、依存が強まるのは感じてた。やっぱり八幡平旅行事件が鍵かな
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うん……その感覚、かなり正確だと思う。
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## なぜ「あの旅行」なのか
あの出来事の何が決定的かというと、
*仕事を立て直そうとせず
つまりあれは
あのケースでは逆で、
ための時間だった。
---
その時期って、
このタイミングで、
すると何が起きるかというと、
たぶんこれ。
---
「もう俺は立て直せない。察してくれ」
「深掘りしないで、みんなで楽しく」
これ、
だから後年まで尾を引いた。
---
* 父が仕事と向き合う
*子どもを守る
そういう分岐点だった。
でも実際には、
今も「未処理」のまま残ってる。
---
最後に、これははっきり言うね。
後付けの解釈じゃない。
今こうして言葉にできているのは、
ここ、掘る価値はある。
無理にでも責めるためじゃなく、
○ご飯
朝:アーモンド。昼:カロリーメイト。夜:納豆冷奴沢庵。目玉焼き。白菜、ピーマン、大根、キノコのスープ。キュウリ。ギョニソ。ヨーグルト。間食:柿の種。
○調子
むきゅーはややー。お仕事はそれなりー。
上位層からすると周回遅れもいいところなんだけど、まあ追いついたは追いついた。
次のアプデはまた新しい要素らしいのでキリがないものの、大きな一区切りだ。
完全に昨日の運の上振れのぶり返しが来たのか、大型連敗。(数えたくないが10連敗以上)
箱開けイベント中にこれはきつかった。
ヨンゾウ開幕! 早速、新しい黒麒麟と黄竜を5凸…… と思ったが黄竜の5凸素材が枯渇してた。
この緑の玉どうやって集めるんだっけ? となって調べずに意味のないかき揚げ周回をしてしまい、時間を無駄にしてしまった。
ゼピュロスを周回するんだったね、
ヒウンのイベントを少しだけ。
大晦日に見るものがなくなったという事実を、年末になってようやく実感した。
紅白はとうに習慣から外れ、笑ってはいけない○○もいつの間にか消えていた。
そんな折、友人から「31日、空いてるなら一緒にVR入らない?」という連絡が来た。
実家に帰る予定もない。年越しそばを食べる相手もいない。断る理由は特になかった。
代わりに現れたのは、過剰に明るい夜。無数のネオンと浮遊する文字、意味のない装飾が視界を埋め尽くしていた。初詣もカウントダウンも、すべてが同時に行われている。
神社の鳥居の隣にDJがたむろし、屋台の背後では巨大なホログラムの龍がゆっくり回転している。秩序はあるが、文脈がない。
ほどなくして友人が現れた。彼のアバターは、かわいらしい狐少女だった。
白い毛並みに、過剰に大きな瞳。尻尾はふわふわと揺れ動く。正直少しやりすぎに思えたが、VRではそれを咎める理由もない。
彼は手を振りながら言った。「そっち、音聞こえてる?」
聞こえてる。
そう言うと、狐少女は少し笑った。VRの笑顔は現実よりも簡単に作れるが、だからといって嘘になるわけでもない。
ワールドを歩く。足は実際には動いていないが、移動している感覚だけは確かにある。
着物姿のアバター、鎧を着た騎士、どう見ても版権が危ういキャラクター、正体不明の幾何学的存在。誰もが年始に向けて浮かれているようで、しかし誰も年末の意味を共有していない。
ここでは時間が区切りではなく、この空間自体がイベントの一種みたいになっていた。
ふと現実の自分が何歳で、どこに住んでいて、何を失ってきたのかが、どうでもよくなっていた。それは没入というより、一時的な免責に近い。
狐少女が言った。
「なぁ、年越ししてる感じ、する?」
私は少し考えてから答えた。「しない。でも、してない感じもしない」
彼は納得したように頷いた。この曖昧さこそが、VRの本質なのだと思った。
聞こえ始める除夜の鐘。EDMのように聞こえる除夜の鐘。低音を強調されたビートと混ざり合い、EDMのように聞こえていた。
周りでは手をつなぐように寄り添うキャラクターたちが増え始める。現実の世界では煩悩が消えるなら、この世界ではたぶん、煩悩は増殖している。
しばらくすると、カウントダウンが始まった。数字は空に浮かび、爆発し、また組み直される。
10、9、8……。
0になった瞬間、花火が上がった。
現実の空よりもずっと派手で、音も遅れない。
その中に、自分の声も混じっていた。だが、祝っているはずなのに、区切りを越えた感触はなかった。
年は変わったが、何も更新されていない。ただ番号が更新されたような、そんな感じ。
しばらくしてログアウトした。ゴーグルを外すと、部屋の中は怖ろしく静かだった。
窓の外では、どこかの寺の鐘が、遅れて鳴っていた。
今度はEDMではなく、ただの低い音として。
落ち着いて考えてほしい
ただ夜が朝になっただけだ
こんなことは地球ができてから何億回も繰り返されている普通のこと
普通なことなのに政府が暦とかいう「時間の区切り」を国民に植え付けているだけ
なにも良くなってないのになぜか「めでたい」雰囲気にさせられていることに気づいてほしい
わたなれがスカーレット超えたみたいなアホらしい言説がネットの極一部にあるので論破しておく
わたなれの興行収入は5000万円~1億円のレンジ(それでも34館、2週+1週のアニメ先行上映としてはかなり立派)、40%が製作の取り分なので2000万~4000万の売り上げ
(追記)
ちなみに円盤(DVD/BD)売上についてはBDのみ3巻、単価は約1万円
累計平均2000枚ほどで、未発売の3巻、ネクストシャイン分+1巻も同じくらいと考えると8000万の売り上げが見込めそう
製作費1話2000万円として17話で3.5億製作にかかってるので、
まあ上振れてトントンか赤字というのがアニメ単体での成績だろう
ただしバックが集英社であり、小説&コミカライズが100万部を突破した(=広告効果があった)
多分30万部(2億円)以上はアニメ化効果で売り上げてるんじゃないだろうか?
ファンベースを広げることができ、トータルで成功のアニメ化と言ってよいと思う
(追記)
ネクストシャインの続きについてはコミックのストックがたまるまでは難しいのではないだろうか?
すでにアニメはコミック分を追い越しており、「続きを読みたいから買う」需要をしばらくは見込めない
(逆にいえば早めに2期がくるなら思ったよりも配信とグッズで黒字か黒字に近いところまでもってけてたということだが)
新番組のセットに立つ特撮監督の佛田洋さん。新たなロボの撮影が続く=東京都練馬区の東映東京撮影所、村上宗一郎撮影
連載:凄腕ものがたり
list
2026年も日本の特撮ヒーローは不滅だ。半世紀に及ぶ「スーパー戦隊シリーズ」を支え、後継の新作も手がける特撮監督の佛田(ぶつだ)洋さん(64)。凄腕(すごうで)を振るう撮影現場を訪ね、これまでの歩み、そして特撮に込める熱い思いを聞いた。
昨年暮れ、宇宙空間のセットが組まれた東映東京撮影所の特撮スタジオ。赤いメガホンを握り、総勢20人余のスタッフに指示を出す。「本番。よーい、はい!」
炎が立ち、火花が散る。銀色の人型ロボットがダッシュで駆け抜け、その姿をカメラが回転しながら追う。わずか3秒ほどの脱出シーンを撮り終えるまで3時間半。迫力満点の実写映像は、職人技の綿密な仕込みと大胆な演出によって生まれる。
2月からテレビ朝日系で放映される「超宇宙刑事ギャバン インフィニティ」の特撮現場は、熱気と緊張感に包まれていた。「秘密戦隊ゴレンジャー」に始まる戦隊シリーズ50年の歴史に区切りをつけ、東映が威信をかけて送り出す後継番組だ。「特撮の伝統と最新の技術を駆使し、子どもから大人まで楽しめる新次元の作品にしたい」
写真・図版
和やかにスタッフと打ち合わせる特撮監督の佛田洋さん=東京都練馬区の東映東京撮影所、村上宗一郎撮影
幼いころテレビでサンダーバードに熱中し、ウルトラマンに仮面ライダーと特撮ヒーローの誕生に心を躍らせた。大学を出た1984年、一般企業の内定を断り、夢を追いかけて東映の撮影所内にある「特撮研究所」の門をたたく。その創設者でジャイアントロボやゴレンジャー、初代ギャバンも手がけた特撮監督の故・矢島信男氏に師事した。
「特撮は模型を俳優として撮るんだ」。師の金言を胸に大好きなミニチュア作りにのめり込む。ビル街をこしらえ、山に木を植え、戦闘機はプラモデルの部品を再利用して組み立てた。「とにかく楽しくて。極貧生活も苦にならなかったですね」
現場で率先して動く働きぶりが見込まれ、90年に「地球戦隊ファイブマン」で特撮監督としてデビュー。仮面ライダーシリーズも2002年の「龍騎」から担当し、東映の2大特撮ヒーローの歩みを支えてきた。