
はてなキーワード:割れ目とは
どこかの学校で目の前が火災で火の勢いが強く俺ら7人はギリギリやばい場所に立っていて
そのうち1人の女の子が水をくんでくるとトイレに駆け込んでるうちに救助ヘリがきてなんとかギリギリ助かった
でもその女の子がいなくて、トイレにいただろ!?と問いただすともう焼け死んでたと回答
うそつけそんなわけない救助活動をサボったんだろ!というや否やパラシュートと緊急避難ポーチを手にしてヘリから飛び降り
真下はガラスの天井で割れ目から火災、パラシュートを開いて布側をそのへんにひっかけてスパイダーマン的に壁にへばりついて元の階段の踊り場に行く
女の子はまだ生きてて意識が遠くなってたけど死ぬことはなさそう
緊急避難ポーチからカロリーメイトを与えて、ハサミでパラシュートを適当に切って、手首をくくりつけて、お互いの体もくくりつけて、手にはたいまつを作って、炎に煽られて空に舞っていく
おーい!俺たちはここだー!と叫ぶと救助ヘリは手にしたたいまつを見つけてこちらに向かってくる
どんどん気温が下がり体が冷えて、体のバランスも崩して落ちてしまいそうなところを耐える
もう少しでヘリが来るというところで目が覚めた
生卵の割り方 十選
① 縁打ち(王道)
器やボウルの縁に軽くコツン
→ 殻が内側に入りにくく、最も失敗が少ない
② 平面割り(プロ向け)
まな板や台に水平に叩く
→ 殻の破片が入りにくい(料理人が好む)
③ 片手割り
片手で叩いて親指で割れ目を広げる
→ 慣れると速い、慣れないと悲惨
④ 両手引き裂き
ヒビを入れて両手で左右に開く
→ 黄身を崩したくない時に安定
⑤スプーン補助割り
→ 力加減が苦手な人向け
⑥ナイフエッジ割り
包丁の背(刃ではない)で一直線にヒビ
→ 見た目が美しい割れ方
⑦ 角打ち(野外向け)
テーブルや岩の角で叩く
ヒビに親指を突っ込んで割る
→ 手は汚れるが豪快
⑨ 机叩き割り(力技)
机にやや強めに叩きつける
→成功率は高いが飛散注意
⑩ 空中落下割り(完全ネタ)
⸻
• 新鮮な卵ほど膜が強く、割れにくい
• 殻が入る原因の多くは「力不足」
特に性器の表現というのはかなり作者のカラーが出るところで、興奮から爆笑まで私の心を掴んでやまない。物語への没入感、ストーリーの面白さにも絡んでくる。自分のツボから外れた表現があると、ちょっと萎えちゃうのも事実。けれどみんな違ってみんないい。読む中で得た無駄な知識としていくつか性器の名称や状況の表現について挙げていきたい。
これは女性向けでは植物に喩えたり、蜜に纏わる表現がめちゃ多い。
男性向けだとストレートにおまんこ、まんこと連呼しているものも多いが、女性向けではセリフ以外でまんこと呼ばれることは非常に稀だ。膣、膣口とかはある。ヴァギナという表現も私はまだ出会ったことがない。
クリトリスは何故か女性向けでもクリトリスと堂々と書いてあったりする。何故だ。クリトリスってなんか響きがねっとりしてないからだろうか。軽やかさがあるよね。
ということで女性向け中心に様々な女性器表現を紹介したい。クリトリス→膣(膣内部含む) です。
ぷっくりとした膨らみ
敏感な突起
蕾
敏感な豆
蜜壺
蜜口
秘められた扉
秘部
秘部の割れ目
花びら
隘路
熱くなったあそこ
秘裂
ナカ
笑える表現は「性器表現 官能小説」とかやると色々出てくるので省略。上司に怒られた時なんかに検索するのがオススメ。
男性向けだとおちんちんとかペニスとか言うとる。男子はいくつになってもおちんちん言うんやな。
女性向けでは「おちんちん」系表現ってセリフでは見ても地の文ではほとんど見ませんね。女の人は直接的表現を好まない傾向があるかもしれない。
ペニスだけは女性向けの地の文でも良く見るんですけど、なぜヴァギナって人気ないのかな。なんかチンコ食いちぎる怪物感が若干あるよね。個人的には。
女性向けだと、(男性の名前)の昂りとか、言ってて「特定の男性キャラのチンポ」である事がかなり大切にされている感じがしますね。
昂り
ソレ
欲望を孕んだカタチ
熱い塊
金棒
熱くて太いモノ
彼のモノ
先端
彼自身
はち切れんばかり
乱暴な
凶暴なほどにそそり立った
屹立した
興奮に染まった
その時、私はバスに乗っていた。
「次は90分」
車内アナウンスがそう告げた。
聞き間違いかな、と思って前方の掲示板を見ると、そこにも確かに「90分」という文字が流れていた。
90分?
私は好奇心に負け、本来降りるはずだった停留所はその先だったが予定を変更し、その場所で降りることにした。
その停留所で降りたのは私だけだった。
周囲を見渡しても、目に入るのは雑木林ばかりで、建物らしいものは何も見当たらない。
お昼時というのに、どこか薄暗い。
夏のはずなのに蝉の声は遠く、風は湿って生暖かかった。
私はどうしたものかと立ち尽くし、誰かがいればこの地名について尋ねるつもりでいた。
とりあえず歩こう。
そう思い、本来降りるはずだった停留所の方に向けて、私は歩き始めた。
道は車二台がやっと通れるほどの広さで、しかし車が来る気配はない。
耳に入るのは、風に擦れて鈴のように鳴る葉音だけだった。
足元では湿った土が至る所でアスファルトの割れ目から顔をのぞかせている。
どれくらい歩いたのか分からない。
その間、人の気配はおろか、動物や昆虫さえ目にすることはなかった。
妙な居心地の悪さを覚えながら、ズシ、ズシ、と重くなった足をそれでも急かすように、私は歩き続けた。
ジワリと広がった背汗が冬のようにすぐ冷たくなり、息を切らした私は足を止めた。
顔を上げると、すぐ近くに公園があることに気づいた。
住宅地の片隅に追いやられた公園のような、狭く小さな公園だった。
花壇らしき縁からは植物が大きくはみ出しており、手入れされていないことは遠目からでも容易に分かった。
私はその公園のベンチで一息つこうと足を向けた。
一組だけあるベンチは砂場の前にあり、薄青いペンキは所々剥げていた。
腰を下ろしてリュックを隣に置き、水筒を取り出して茶を飲んだ。
喉を潤し、息を吸い込むように吐き出すと、自分がまるでこの公園と一体になったかのような、安堵ではない何かを感じた。
疲れていたのかもしれない。
ふと砂場に目を向けると、枠の外に細長い柱が立っている。
時計は90分を指していた。
私は今でも思い出そうとするが、靄がかかったように詳細には思い出せない。
それでも私は確かに、
あの場所で、90分を見つめていたのだ。
「理解」の彼方にある数学──望月新一とIUT理論が問いかけること
一方には、自ら構築した「宇宙際タイヒミュラー理論」で数学界の難問ABC予想を解いたと主張する望月新一。
もう一方には、その証明に「説明不能なギャップ」を見るペーター・ショルツェ。
彼らは同じ言葉(数学語)を話しているはずなのに、まるで異なる星の住民のように、互いの論理を捉えきれなかった。
これは、数学者がIUT理論に触れた時に口にした、ほとんど哲学的な嘆きである。
2.数学は、いつ「別の教科」に化けるのか
我々が学校で習う数学は、確固たる地面の上に築かれた都市のようなものだ。
公理という基礎の上に、定義というレンガを積み、定理という建造物を建てていく。誰もが同じ地図を持ち、同じ道を歩める。
しかし、ABC予想のような深淵に近づくと、地面は忽然と消える。
そこには「夏場の動く氷河」が横たわっていた。足場は流動し、割れ目は見えにくい。
望月新一は、この氷河を渡るために、従来の登山道具(数学的概念)では不十分だと考えた。
彼は新しいアイゼン(宇宙)とロープ(ブリッジ)を発明し、一人で渡ってしまった。
「見よ、対岸に着いた」と彼は言う。
IUT理論の核心は、異なる「宇宙」を結ぶ「ブリッジ」にあるという。
だが、このブリッジは、従来の数学が知るどの「橋」とも似ていない。
それは具体的な写像ではなく、関係性の比喩のようにも、あるいは情報を転送する「儀式」のようにも読める。
「このブリッジの設計図には、応力計算が書かれていない」とショルツェは言う。
「いや、これは新しい種類の橋だから、従来の応力計算では測れないのだ」と望月は応じる。
ここに、論争の本質がある。
だが、基準を逸脱したものが、果たしてまだ「数学的証明」と呼べるのか?
4.地動説の再来、それとも幻影?
ガリレオが「それでも地球は動く」と囁いた時、人々は自分の足元が動いていることを想像できなかった。
あまりに直感に反するため、受け入れるには世界観の書き換えを迫られる。
IUT理論には、その「数学的望遠鏡」がまだ大多数に共有されていない。
望月という一人の天才だけが覗ける望遠鏡で見えた景色を、どうやって共同体の確かな知識に昇華させるのか?
数学は、歴史的に「孤独な探求」と「共同的な検証」の緊張関係の中で発展してきた。
ガロアは孤独に群論を創り、ワイルズは7年間を孤塁で過ごした。
だが彼らの証明は、いずれも共同体に開かれ、検証され、受け入れられた。
あまりに自己完結的で、あまりに独自の言語で書かれているため、検証のための「共通の場」が成立しにくい。
それは、一人の建築家が、共通の建築基準を無視して建てた、あまりに独創的な塔のようなものだ。
美しいかもしれないが、他の建築家には、その安全性(正当性)を確認する手段がない。
それは、「人間はどのようにして、個人の深い直感を共同の確実な知識に変換するのか?」 という、科学哲学の根本問題に触れている。
もしかすると、我々の「共同的な理解」というフィルターは、真に革新的な知を濾過してしまうのかもしれない。
あるいは逆に、そのフィルターこそが、科学を単なる個人の妄想から救う防波堤なのか。
望月新一は、そのフィルターを──意図的か否かは別として──きわどくかすめるようにして、新しい数学の大陸を発見したかもしれない。
だが、彼だけがその大陸に上陸し、他者はまだ船(理解)を持たない。
7. 終わりに──氷河は解けるか
「5日間では短すぎた」。
そう誰もが思う。だが、果たして何日あれば足りたのか。
新しいパラダイムを理解するには、時に「学び直し」に近い時間を要する。ショルツェら一流の数学者でさえ、その途上にある。
だが、数学的真理の受容は、単なる手続きではなく、共同体の魂が納得するプロセスでもある。
いつの日か、この氷河が確固たる大地として多くの人に認識され、ABC予想への道が共有される時が来るのか。
それとも、この氷河は「夏の終わり」と共に消え、数学史の不思議なエピソードとして記憶されるだけなのか。
答えはまだ、誰も知らない。
ただ、この論争が我々に教えてくれるのは、数学が──ひいては科学が──常に「理解の境界線」との戦いである、という厳粛な事実である。
数学とは、確かな地面を歩む技術であると同時に、時には氷河を渡る勇気でもある。
望月新一は、その渡河を一人で成し遂げた。
問題は、彼の後を、我々が続けることができるかどうかだ。
くだらないことで嫁とケンカして、丸一日口をきいてもらえなくなった
二日経っても相変わらず態度を軟化させないのでいい加減イラッときた
夕飯作ってる嫁にむかって「よし、絶対口開くなよ!」と宣言して
こんなことしたことないからビクッと反応しながらも、口は開かない
お尻の割れ目を開き、クンニ・・・と見せかけてのアナル舐めをかます
今までの性生活でもアナル舐めはしたことがないから、むっちゃビクビクビツッ!!ってしたのわかったけど
容赦なく舐めたおす
そのうち「はぁぁつっ・・・///」とか「んっッッ!!!」とか声上げはじめたけど
「おい、口開くなっていっただろ!?」と言葉で暴力ふるって無理矢理黙らせる
無言で性技に堪える嫁
あれ?
オホッ、
楽し
しつこくアナル舐めしてたら「ごめんなしゃいっっっ・・・! ごめんなしゃぁぁっぁあ!!」とか腰捩らせてきたから
ギンギンにおっ勃ったチンポぶち込んで(さすがにアナルじゃないよ(笑))やったら
まぁ喜ぶ悦ぶ
近頃、とにかく死にたい。
毎年10月から11月はこういう感じになるので、季節のせいであることは分かっている。12月になる頃にはだいたいなんかなんとかなってるから大丈夫。
でも年々ひどくなっている気もする。それに、毎年ウワーッとはなるにせよ、そもそもなんでこういう死にたい感情に襲われるかがよく分からなかったので、何か直接的な原因がないものか、人生についてちょっと考えてみた。
元々社会福祉とか一次産業とかインフラとか配送業とかに憧れがあった。誰かの生活を支える、縁の下の力持ちってかっこいい。でも増田は危機管理能力がない。忘れ物は多いし、ケアレスミスも死ぬほどするし、どんなに我慢しようとしたって余計な改善をしようとして結局改悪してしまう。保守運転とか一番苦手な分野だ。トラックどころか自分の体一つだって乗りこなせない。事故を起こさないため、誰かを殺さないため、そういう職業にはつかないほうがいいと思って生きている。
だから人から金を搾取することだけを考えているカスみたいなサービスの下請けで、自分一人を養えるだけの端金をもらって、犯罪を起こしてないからそれでいいのだと必死に言い聞かせている。上手く出来なくてもカスの弊社が困るだけだから、いくらミスしても罪悪感はない。
だがこれは直接死にたい原因ではない。やっとることはカスのサービス形態ではあるが、ある程度転職にも使えそうな汎用的な職能の成長は出来るし、上司や同僚は増田の手助けや活躍を褒めてくれるし、そういった点でやりがい的なものがないわけでもない。業務自体はそこそこ向いてると思えるし、人間関係は良好と言って良いだろう。金額面も、自分一人を養えるくらいの金額は稼げているし、それによって欲しいものを我慢したり、望んだ生活を手放さなければならないほどではない。元々欲は薄い方だ。少ないながら貯金もしているし、いざとなれば親や友人を頼れば金がなくても多少の間はなんとかなる。労働自体は憎むほど忌み嫌ってるわけではないから、生涯現役でも全然構わない。
金銭や将来の不安、職場の人間関係の悪化などがあって死にたいわけではない。
友人関係も悪いわけではない。
確かにたびたび「人間じゃない」とか「常識的な気遣いが足りない」とか「普通考えれば分かることがどうして出来ないのか」とか言われたりもするが、それでも根気強く付き合いを続けてくれる友人ばかりだ。何も言わずに去られるより全然マシなので、そういう耳に痛い言葉も言ってくれるだけでありがたい。一度も傷つけたことのない、あるいは傷つけられたことのない友人は確かにいないのだが、それでもみんな大事な友人だ。
そういう大事な友人にご迷惑をおかけすることで罪悪感で潰れそうになることはあるが、例えば無茶な振り回し方をしてきたり、金銭を貸せとやたらたかって返さなかったり、そういうガチのトラブルに発展するような友人諸兄ではないし、増田もそういうことをしないよう、礼節を忘れないように重々気をつけている。それでもたまにうっかり日々の会話で地雷を踏んで怒らせることはあるものの、友人同士が「それは言い過ぎ」とか「お互い様」とか仲裁してくれるので、増田自身の尊厳も守ってもらえていると思う。友人とボロカスの喧嘩をして死にたい夜もないことはないが、それは大抵一時的なものだし、直近はそういう感じで険悪になってる相手はいない。
父も母も理屈で話せば分かる人であるし、親戚一同もなんだかんだ元気に暮らしている。不謹慎なニュースを見て爆笑する叔父や、身の回りの世話を全部してあげないと心配で夜も眠れない叔母、とにかくプライドが高く他人を見下したり注目を集めたりしないと気がすまない従兄弟、信仰の押し付けはないものの新興宗教にどっぷり献金している祖父母など、アクが強くはあるが、こちらに実害はないので可愛い範囲で収まるものだ。肉親に怒鳴ったり、暴力を振るったり、金銭トラブルを持ち込んだり、結婚を強要したりする人はいない。
まあ、両親に恨みがないと言えば嘘になる。幼稚園の頃に甘えようとすり寄ったら「は?鬱陶しい、ひっつくな」と引き剥がされたり、小学生の頃いじめられていた時に増田の言い分を一切聞かず「あなたにも悪いところがなかったかよく考えてみよう?」と3時間近く諭してきたり、愛着の面では問題があったのは確かだ。しかしそれは増田に対して愛情がなかったというよりは、それが彼らの愛着の限界なのだ。飼っているウサギすら、部屋の中で凍死しかけていることに気づかなかった両親である。それを思えば、衣食住を保障してくれたのは事実だし、危険なことは叱ってくれた。大学まで学費も出してくれたし、両親の行きたいところにではあるが旅行にもそこそこ連れて行ってもらっていた。彼らにしてはだいぶ努力していたのだろうと今なら分かる。
だから半年に一度程度は顔を見せに帰省しているし、それがめちゃくちゃ苦痛というわけでもない。全ては過去のことであり、無、凪、平熱、そういった単語がふさわしい関係性だ。これもまた、直接の原因ではない。
増田はXジェンダー、リスロマンティック、アセクシャルと三拍子揃った人間だ。その上、それでもどうしても起こる性欲の発散方法は「対象年齢・性別を問わないリョナ創作」と来た。絶対に世に出してはいけない、リアルの人間に向けるなんて以ての外という嗜好をしている。
幸いなことに、告白されたことも、したいと思うほど惹かれた人も人生にいない。誰かを傷つけてしまうくらいならそれでいいと思っている。「恋愛を理解できないのは正常ではない」と思って恋愛小説や恋愛漫画を読んでは、イーッ!分からん!と一人で暴れていたこともあるが、それは「普通の人生を送ること」に固執していたからであって、もう普通じゃなくていいやと開き直った今は、一人で生きていく覚悟がとっくに出来ている。
だから恋愛ができなくて人生つまんなくて死にたいというわけでもない。
趣味はある。
増田は創作が好きだ。物語を書くのが好きだ。随筆も、批判も、絵も、彫刻も、歌も、踊りも、とにかく何かを表現することが好きだ。それは自分の中にある感情や思考を(作品に限らずこういった文章などでも)表し、発散することで一時的な沈静が見込めるからだ。だから誰かのために書いてるわけじゃなく、褒められるために書いているわけでもなく、ただひたすら自分の衝動を、犯罪ではない範囲で発散できることに喜びを感じている。
また、他人のそういう一面を見るのも好きだ。孤独ではない、と、他のどんな娯楽よりも、どんな脳内物質の分泌よりも、最も確かに感じられるし、癒されるからだ。みんな苦しくて孤独なのだと実感できるからだ。そしてそれらを十全に納得のいくまで突き詰めようと、他人の創作物をしゃぶりつくしたり、自分の表現を究めたりしようと思うと、百年に満たない短い人生を食いつぶすには、十分すぎるくらい時間がかかる。
これも死にたい原因ではない。むしろ趣味のことを考えれば、死んでいる場合ではないのだ。
これと言ったトラウマもない。
いや、ないことはない。小学校の頃は確かに治安が悪かったし、その中で最も低いカースト層にいたのは確かだ。靴箱に砂を詰め込まれたこともあったし、掃除の時はちりとりに集めたゴミを引き出しにそのまま流し込まれたこともあった。濡れた雑巾を頭に投げつけられたこともあった。ドッジボールで執拗にボールをぶつけられることもあった。体育の二人一組ではいつもハブられていたし、仕方なしに増田を組まざるを得なかったやつは、増田の触れたところを校庭の土でこすって払った。まるで土のほうが汚くないとでも言いたげに。
クラスメイト全員敵だからいるわけがないのに、脅迫的に好きな人を聞き出され、最もいじめてきた回数が少ない人の名前をあげたら、翌日からそいつがいじめられ始めて、他人を好いてはいけないと思い知ったこともあった。給食着やテーブルクロスを、本当は持ち回り当番なのに毎週持ち帰らされて、親に「じゃんけんで負けた」「牛乳こぼした責任で」と嘘をついた。もちろんああいう感じの親なので「あんたはどうしてそうなんだろうね」と気づかれもしなかった。
「視界に入るな」「半径2メートルに近づくな」「菌が伝染るから(学級文庫・机・プリント・日誌・配膳皿などに)触るな」あるいはもっと直球に「死ね」も全部日常的に言われていた。学級崩壊でまともに授業が受けられなくて教育機会を損失して、その頃に本来学ぶべきだった分野は今でもちょっと苦手意識がある。毎年劇をやるはずの発表会では制御不能と判断されて、ペットボトルでお米を育ててみましたといううっすい内容を、誰がどこを喋るかまで一言一句ガッチガチに固められて発表させられた。自主性なんて言葉は死んでいた。若い新卒の教師は毎日授業で泣いていて、その頃にはとっくに泣き疲れて感情に蓋をしていた増田は、その涙を「煽るだけなのに」と冷ややかな目で見ていた。
カースト中の下だった傍観者クラスメイトと大学で再会して、一緒に「小学校の思い出」とかいうクソみたいなグループワークの授業を受けざるを得なかった時、給食の班机で菌が伝染るからとやられていたみたいに1cmあけて机を組まれた瞬間、増田の心にヒビが入り、割れ目が出来て人格が四つに分かれしまい、今も元に戻らなかったりしている。そういう意味では、たしかにトラウマと呼んでもいいのかもしれない。
それでも直接的な殴る蹴るという暴力は振るわれなかったからマシな方だったと信じている。記憶があり、はっきりと思い出せて、これだけの内容を泣かずに書けるようになっただけかなり寛解してきている。それに、当時の自分だって箒で殴り返すなどそこそこやり返したり、いじめっ子と同質になって増田よりもっとカーストの低い支援学級の子に対して、自分にされたことをそのままやり返すみたいにしていじめたりだってしていた。当時飼っていたハムスターも憂さ晴らしに虐待していた。弱いものがさらに弱いものを叩き、ブルースは加速していた。そういう感じでなんだかんだ適応して元気にやっていた。
それらへの後悔に苦しみながら、同時にその延長で今も友人にライン超えの発言をしたり、逆に踏み越えてはいけないラインを踏み越えられてもその場では分からなかったり、自覚がないままキレ返してしまい制御不能に陥ったり、暴力や脅迫や支配を伴わない合意の上での性行為では興奮できなかったり、記憶は共有しているものの人格が割れてしまい解離性同一性障害まで秒読み状態だったりと、後遺症は色濃く残っている。
けれど、でも犯罪をしないで済むくらいの範囲で誤魔化しきれているし、それ以上を望んだりもしない。だからこれもまた、今の増田をむしばんでいる死にたさの原因ではない。その時期はとっくに乗り越えてあり、過去は過去、今は今として整理がついていて、そういう自分のあり方を受け入れている。
人生を構成するだいたい全部に、人並みの不満や後悔はあれど、満足していないわけでもない。人間関係にも金銭にも将来にも不安はない。上を見ればきりはないが、下を見てもきりがない。自分の人生は自分のものであり、それ以上でもそれ以下でもない。
私は私だ。
なのに何故こんなにも死にたいのか。
胸を打つこの衝動は何か。
線路に飛び込め、七階から落ちろ、溺れて死ね、とにかく死ね、そう囁き続ける声が内側に蔓延るのか。
思春期という言葉を藁のように握りしめて、この衝動的な嵐が、年齢を経れば終わってくれると、ただ若さ故なのだと、そう信じてしがみついてきたのに、どうしてアラサーになってもまだ衰える気配がないのか。
この衝動こそが死にたさの原因であり、結果だ。
この自己こそが死にたさの真の原因ではないのか。
本当はやりたい仕事を諦めて現状に甘んじている?
友人と上手く付き合うことが出来ない?
両親の愛着が足りなかった?
趣味が実質逃避になっている?
過去に嫌なことがあって未だに引きずっている?
全ては結果に過ぎない。
最初に存在しているこの「自己」こそが引き起こした、必然の結果に過ぎない。
死にたいのは、嫌なことがあったのが原因じゃない。
嫌なことを引き起こすような自分に全ての原因があるということから、いよいよ目を逸らせなくなってしまったからだ。
増田はずっと、衝動、癇癪、叫びのような化け物を心に飼って、共に生きてきた。
こいつを野放しにしたら、とてもじゃないが人間社会では生きていけない、というかまず肉体が耐えきれなくて崩壊するような、触れるもの全てを敵と認識する、爆発的なエネルギーだけがひたすら渦巻いている、自壊を厭わない衝動の化け物。
その化け物を飼い慣らすことだけが、増田の今の全てを形作っている。
仕事や友人の選び方、楽しめる趣味、思考、行動、言葉、その全部全部が、この化け物を静かに眠らせておくことだけに全力を注ぐように構成されている。
そしてそれが漏れ出てしまった瞬間、必ずトラブルが起こる。嫌なことは全てそうやって起きている。
そう、気がついてしまった。
両親、友人、そして過去の思い出は、一般的な社会に溶け込める人間たちが、その化け物を目の前にした時の、ごくありふれた正常な反応に過ぎない。
全ては結果なのだ。
思えば最初から、物心ついた時にはもう、そいつと一緒に生きていた。
その場の思いつきで突拍子もないことをして、危険を危険だと分かっていながら飛び込まずにはいられない、じっとしてはいられないという性質を、持て余していた。
両親が増田のことを「あんたのことはよく分からない」と困惑して言った日のことをよく覚えている。
友人が「増田は人間じゃなくて増田という生き物なんだね」としみじみ言った日のことも。
増田をいじめて泣かせたクラスメイトが「だってあの子が最初に嫌なことをしてきたんだもん」と言ったことも。
先生が「どうしてそんなことしたの?」と泣いている増田を問い詰めたことも。
「泣いていたら分かんないよ。先生悪くないよね?なんで先生のこと怒るの?」と寄り添いのかけらもない態度をとったことも。
そして増田はただ、嫌がらせをしようとすら思ってもいなくて、そうすることしか出来なかった、それ以外のやりようがあるなんて考えつきもしなかっただけなのだと、説明出来なかったことも。
よく覚えている。
それらは全部、増田がおかしかっただけで、みんなはただ、当たり前に困っていただけだ。
ただ、それだけだった。
よく分からないものは愛せない、未知は排斥する、ああ、そうだろうとも。それにしたって、みんなの方にだってもう少し上手くやりようがあるようにも感じるけれど、でも、人間は完璧じゃない。上手く出来ないことだってあるし、それを責めたってどうにもならなくて、仕方がない。
だからみんな、距離を取る。うん、まったくもって正しい。あなたが自分を守るために、増田に人生を破壊されないために、必要な距離だろうとも。
でも、増田だって、こんなのと一緒に生きていくのはもううんざりなんだ。
私は私と一緒に生きていくのが疲れた。
みんなみたいに、そっと距離を取ることができない。
ずっと近くにいる。
ずっと隣にいる。
剥がしようもなく側にいる。
趣味だって、ただそうすれば抱えた癇癪がマシになるからやっているに過ぎない。こいつから逃れられないから、仕方なく好きにさせてやってもいい場所を作っているに過ぎない。
本当は絵や文章なんか書かなくても気分が晴れるならそれが一番楽なはずだ。誰も傷つけずに、安心して一人で好きなだけ打ち込めるというだけの、苦しみから逃れるために必要なだけの、ただの麻酔だ。
「文章を書いたり、絵を描いたりで努力できるのはすごいね」と褒めてもらえることもあるけれど、違うんだよ。それをやらないとあなたに危害を加えてしまいそうだから仕方なくやっているだけなんだ。全然立派でも何ともない。犯罪者予備軍が犯罪をしないためにギャンブルや酒に溺れているのと一緒なんだ、これは。
厄介な人をあしらう術に長けた者たちだけが、周りに残っているのがその証左だ。
衝動性を逃がす以外のモチベーションはないから、創作で食っていこうとしてもクオリティにムラがあって仕事にならないのがその証左だ。
自分は化け物だ。
人間じゃない。
人間になんかなれっこない。
必死に身につけた人間性の全てが、衝動の化け物が眠る上に構築してあるというただ一点を理由に、崩れていく。
その眠る化け物が少し身じろぎするだけで、目覚めるまでもなく、増田の積み上げた全てを崩壊させる。
増田は自らの意思で人生を選択したのではなく、選択できる範囲の中で選ばされるしか出来なかった。
好きなもの一つ、「自分」の意志では決められない。化け物を起こさないようにごくごく慎重に、刺激しないものだけを選んでいる。
全部全部こいつのせいなんだよ。
化け物を一番殺したいのは増田なんだよ。
私の人生を全部めちゃくちゃにしてきて我慢ばっかりさせるような化け物を、一番憎んでいるのは私自身なんだよ。
両親を困らせたくなかった。
いじめられたくなかった。
恋愛が怖いと思いたくなかった。
友達を傷つけるようなことなんて、今だって一個も言いたくない。
なのに全部できない。
全部全部、壊すのは増田だ。
私なんだよ。
死にたい。
もう、こいつと一緒に生きていくことに疲れてしまった。
何もかも破壊して、めちゃくちゃにして終わらせたいという衝動が、朝も昼も夜もずっとずっと苛む。
増田にできるのは、この化け物を思い通りにさせず、誰をも傷つけることなく、自らの死以外の罪をこの肉体に起こさせないことだけなのではないか、という気分になってくる。
それよりも、慰めてくれた誰かに牙を剥きたくない。
恩を仇で返したくない。
そんな気持ちのほうが、ずっとずっと大きく膨らんでいってしまう。
それは誰かを不幸にするから。
愛されないまま死んで忘れられることだけが、増田にできる唯一の社会貢献だ。
せめてそれだけはさせてほしい。
許してほしい。
ごめんなさい。
生まれてごめんなさい。
40代後半、身長170cmで95キロを超えてしまったので、食事と運動で20キロ以上減らした。
あすけんの女性に怒られないバランスで食事を減らせば体重はぐんぐん減る。
できるだけ2000キロカロリー/日を超えないように心掛けた。
運動は週2回走るのと、筋トレは気が向いたら腕立てをする程度。
デブによくあるように太ももが既に大きかったから、よく勧められるスクワットはしなかった。
軽くなると歩くだけでも快適で、なんなら何もしていなくても気分が良い。
とはいえ、70キロ台前半でもこんなに腹肉があるのかとショックも感じている。
ひとつ予想していなかった大きな変化があった。
左右の尻が独立し始めたのだ。
これまではズボンの中でぴっちり塞がっていたのに、脂肪が減って空間を感じる。
尻穴が解放される機会が増え、今までよりもすかしっ屁がしやすい。
これまで括約筋だけでなく尻肉の位置エネルギーでも屁を抑制していたのだと気付く。
かつては密着していたゆえに割れ目に汗をかき、不衛生だった。
まだ左右が完全に独立していないので、歩くと柔らかい尻肉がこすれ合って気持ち良い。
さらに痩せて両尻が完全に独立した時、この気持ち良さが失われるとしたら寂しい。
もう一つ。尻肉が減ると、固い椅子に座るのが痛い。
試し読みした4コマ漫画で思い出せないのがある。
冒頭カラーがあるかどうかは覚えてないけど、少なくとも記憶に残っているシーンはカラーではない。
そのコマは成人向け指定もされてない美少女(作画はきらら系)漫画だったはずなのに、パンツに筋がくっきり浮き出ている。
え、成人向けじゃないのにそれ描写しちゃうの?って思ったことが印象に残っているが、その後全体をよく見たらそれは後ろ姿であり、尻の割れ目による筋だったことがわかっている。
俺の記憶にこんなインパクトを残した漫画がどういうストーリーだったのか知りたいと前々から思っていたはずなんだけど、いつのまにかタイトルを忘れてしまったのでたどり着けなくなった。
誰か教えて!?
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在宅でずっと座っているのもあると思うんだが
保湿クリームは塗っているのだが。
何かピーリング系の成分(AHAとかBHAとか)を取り入れたいところだが、ちょっと今金欠すぎて厳しいので買いたいけど買えない。
そして、やったことある人はわかると思うんだが、おしりにこういうの塗るとおしりの穴がヒリヒリしませんか?
割れ目にそってピーリング成分が伝っていくのだろうか。なんのための機構なんだ。腹立つな。
今顔用に持ってるのが海外で買ってきたLHAとセルロースのジェル(と謳っているがジェルって感じではない、ペーストだろうか)くらいなんだけど、液状でコットンに浸して拭き取るやつが欲しい〜。洗い流すから伝っていくと思うんだよな。てかさーこれLHAだから買ってみたけど、セルロースって本当に効果あんの…?ポロポロ出てきて髪の毛にくっつくからめんどくさくてあんまり顔に使わなくなっちゃった。
そしてよくわからないのが、なんか謎にスベスベしてる日もあるんだよ。そうこれだよこれ!って嬉しくなるのに、何も変えてないはずなのに、ある日ザラザラに戻っている。なんなんだ。
そして、今たぶん史上最高くらいにザラザラ。
何が悪かったんだろう。ストレスかな。嫌だなー。つるつるになりたいよー。
ずっと、手を握っている。
80歳を迎える父親は、長年の飲酒と喫煙で病院のベッドから身を起こすこともできなくなっていた。
長期入院の中、認知症も現れ始め、混濁した意識の中で息子の手を誰ともわからず握り続けている。
冷たく乾き、死を思わせる掌のいびつな肉のたるみ。受け取るその感触は、人が往生していく過程としてよくあるものなのかもしれない。
父はかつてモーレツに勤労し、財を成し、親を含む三世代の家族に富をもたらした。
家族がひとり、ふたりと減り、残った自身も家を離れ、管に繋がれ四人部屋の窓から人生の落陽を眺める生活となった。
目が薄く開く。週末のバラエティが流れる、プリペイドカードが差し込まれたテレビを眺めながら、聞く。
「入院、長くなりそうだから父さんの口座から落ちるようにしたいんだけど、いい?」
父は弱々しく首を振った。
人のいなくなった家の寂れる速度は速い。
入院のため祖父を知らない六歳の初孫の娘を連れて、実家の玄関に入る。
踏まれる事のなくなった廊下は変形が始まり、庭のコンクリートの割れ目からはセイタカアワダチソウが飛び出す。
しゃがみ込んで、大きく発達した後ろ足を娘が食い入るように見つめる。
「人がいなくなって、植物が増えたからなあ。他にもいろんな虫がいるかもよ?」
読み込みが長い。購入して四年は経っている。
明日朝イチの業務効率化会議の資料変更の通知がポップアップする。
寂れと隣り合わせの住まいで暮らし、数年で古びる端末を手に、効率を語る先の仕舞いは、このバッタほど子どもをエキサイトさせるものではないだろう。
鳥の羽を拾った娘の小さな手を握り、車に乗り込む。握り返す力の強くなったことに驚き、嬉しく思う。
「ああ、また行かなきゃな」
消え入るような秋風が、ドアの隙間から忍び込んだ。
性への目覚めのきっかけって人によっていろいろあるだろうけど大体の人が思春期という形なのだろうか。
二次性徴でクラスメイトの体の変化を目の当たりにしたり、セックスやオナニーについて同級生や先輩から聞いて知ったり、何かのきっかけで股間を刺激すると気持ちいいことを偶然知ってオナニーを始めたりといろいろなきっかけがあると思う。
増田は異性愛者の男性なのだが、一般的な意味の性欲とは違うが性への目覚めは幼稚園の頃だった。性欲未満の性的関心とでも言おうか。
きっかけは風呂のないアパートに住んでいて一日おきに母親に連れられて銭湯に行くようになったのがきっかけだ。
女にちんこがないのは知っていたがちんこがない股間からおしっこが出る仕組みが気になっていて同じ幼稚園の友達の女の子の股間を見てお尻のように縦に割れているのを見て妙な納得を覚えたのだがそれが性への目覚めだった。
女には自分の股間にあるちんこというものがなくてお尻のような割れ目からおしっこをする。うんちもおしっこも大便器で座ってする。外で遊んでいても小便をするのに適当な場所の茂みにかけたりせず体がすっぽり隠れる場所を探したりする。
そういう「当たり前の違い」みたいなものが女という性への好奇心につながり二次性徴で性欲にそれがつながった形だ。
特に幼稚園は男女共通のトイレなので女子が全員当たり前だが必ず個室に入って小便器を使うことがない事が自分と違う存在なのだという事と興味を強化したと思ってる。
だが、同性愛者やトランスジェンダー異性愛者の場合に増田が幼少期に経験したような性的思考の対象への興味を経験するのかがふと気になった。
増田が性欲を知らない時代に女に興味を持ったのは自分と違う体とそれによる習慣の違いを目の当たりにしたからだ。
同性愛者も異性愛者のトランスジェンダーも性的な関心を寄せるのは自分と同じ体の人たちだ。
その状況下で思春期よりも前に同性に性的関心を寄せるというのはどういう感覚なのだろうというのが気になる。
体の違いというトリガーがなければ性への関心は思春期以降になってしまうのか、異性愛者である自分とは異なる種類の性欲未満の性的関心の形があるのか。
同性愛者もトランスジェンダーも知人にいるがこんなことは不躾で聞けない。
もし知っていたり経験したりした人がいるなら聞いてみたい。
結構頑張って探したけどクリトリスが明確に写っている画像を見つけられなかった。
https://publisann.com/%E3%80%8C%E5%A5%B3%E3%81%AE%E5%AD%90%E4%BA%8C%E4%BA%BA%E3%80%8D%E9%98%BF%E9%83%A8%E8%AA%A0%E4%B8%80/(画像クリックで拡大)
http://sculpture-japan.com/s5/0780/s.htm(画像クリックで視点切り替え)
↓これが一番鮮明かな。手を横にしている方の子は確かに割れ目があるように見える。手を後ろにしてる方の子はよくわからん。
https://x.com/otorchan/status/1956821876686348469
↓映像でかなりしっかり映している報道もあった。割れ目部分はわからない。
https://www.youtube.com/watch?v=Bv2QbfiGLl0
割れ目抜きにしても体型がロリペドすぎるのでまあ撤去やむなしだろうなとは思う。
それよりリュウノヒゲってのに興味沸いたがこれって買わなきゃいけないレベルの草なのかね?
一応雑草だよね?根気よく探せば歩道の割れ目とかにも生えてたりしててそういうときは採取しても咎められるほどの価値があるとは社会的には認識されてないよね。
-----BEGINPGP SIGNEDMESSAGE-----Hash: SHA512https://anond.hatelabo.jp/20250801163920# -----BEGINPGP SIGNATURE-----iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaIxvKgAKCRBwMdsubs4+SBBrAPwOxuCvPhu4ShB/rJcBp+i11z7/UxhFbdVn/my37FoQZAD8DFbcBGxvLsek2MID1XG8aZGe+q1p9zKdYxotk1aKxQQ==7VLv-----ENDPGP SIGNATURE-----
相異なる2つの領域の境界線にお尻の穴が1つ配置されるという条件において、お尻をいくつかの領域に分割した際にお尻の穴がいくつになるのかを考える。
元増田は、お尻を4x4の格子状に分割した際に、お尻の穴の数が24個となることを示した。(図)
24個というお尻の穴の数は、果たしてお尻を16分割した場合に配置できる最大のお尻の穴の数になっているのか?
2分割のお尻を線分を用いて3分割した図を以下に示す。
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ここで、3分割されたお尻を観察すると、次のことが分かる。
よって、4分割以降のお尻の割れ目を引く際には、線分の両方の端点を既存の割れ目上に置くことで、お尻の穴の数を3つずつ増やすことができる。
これにより、k(≧3)分割したお尻に配置できる最大のお尻の穴の数は3(k-2)個となる。
したがって、16分割したお尻に配置できる最大のお尻の穴の数は42個となる。
先程の問題設定では、線分によってお尻を分割することで、お尻の割れ目がお尻の途中で止まることを許容していた。
しかしながら、これは現実的ではないし、元増田も6本の直線を用いてお尻を16分割している。
そこで、以下の問題を考える。
直線を用いてお尻を16分割した場合に配置できる最大のお尻の穴の数を求めよ。
(解答)
直線2本を用いてお尻を分割する場合、以下の2パターンが考えられる。
┏━━┳━━┳━━┓
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3分割, お尻の穴の数: 2個
┏━━━┳━━━┓
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┃ * ┃
┗━━━┻━━━┛
4分割, お尻の穴の数: 4個
2本の直線で分割されたお尻を観察すると、次のことが分かる。
m本の直線でお尻をn分割した際の最大のお尻の穴の数をd(m, n)する。上の結果から、d(m, n)は以下の式で計算できる。
16本の直線を引いたとき、お尻は必ず17分割以上となるので、15以下のmについてd(m, 16)を計算することで、16分割されたお尻における最大のお尻の穴の数を求めることができる。
実際に計算すると、直線を用いてお尻を16分割した場合に配置できる最大のお尻の穴の数は25個となる。
この25個というお尻の穴の数は、5本の線が他の4本の線と交差するようにお尻を分割することで得られる。
女性専用車自体がない路線の話なので女性専用車にいけって話は受け付けません。
「誰もお前なんか痴漢しねえよ」
よく聞く言葉だ。実際私も痴漢すらされる需要がない女だと思ってるのでおしくらまんじゅうの身動き取れないようなところに更に人がなだれ込んでくる満員電車に普通に乗るし今も乗ってるけど数年前痴漢された。
自分の当時のスペックは170半ばかつ100kg越え。そう、百貫デブの喪女。黒髪メガネ。オタク。男性向けのエロのほうが好き。
デブは乗るな?すみません。今ダイエットしてます。ちなみにポケモンで当時の身長体重調べたらメガシンカのリザードンが一番比率近かった。ジュゴンまで行かなくてよかった。ひとまずエンペルト目標にしてる。
「自意識過剰」とか「お前なんか興味ない」とか言われる以前に「この見た目で女として見るやついねえよw」と自分でも思っているタイプだし、中高大も百貫デブまで行かずともデブかつ中1の時点で165はあったので痴漢を受けたことがなかった。
こんな私でもナンパもどきの声掛けを受けることが数回あるが「うれしい」にはならないし、たまに聞く「自分なら行けるレベルとナンパ男に思われた」という怒りも湧かない。「私レベルまで落とさないと可能性ないのか……何かしらの勧誘とかのノルマなのかな……」と相手を憐れむレベルになる。まあ無視するけど。人見知りなので。
それで痴漢の話に移る。
その日は冬、雨だか雪が降ってたか降るかもしれないだかそんな日で傘持ってる人も多かった。身動き取れないほどの満員電車に、それでも意外と人は乗れるのでどんどん人が乗ってくる。とはいえそれが日常。
駅と駅の間はだいたい5分。
横にスーツケース的な大きい箱物を持った人がいたから、まっすぐ立てずに腰から下だけやや横を向いてるみたいな状態で扉を見て立ってた。角度的に言えばとにかく明るい安村さんのネタですぐ浮かぶ野球部のあの体制から足をおろしたみたいなくらいの角度。
駅を出て3分程経過した後。私下っ腹に違和感を感じた。なにかが私のお腹に当たっている。パンツの上どころかややパンツを隠すように前掛けになりかけてるたくさんの脂肪に。
とはいえ満員電車、誰かのカバンかなにかが当たっているのだろうと気にしなかった。
1分くらい立つとそれが小刻みに揺れ始める。
私は推理する。満員電車、社内の人の持ち物。ふむ。これは…………
満員電車に苛立って長傘を持ちながら貧乏揺すりしてる人の手の甲とかだな?と。
お腹がスッキリとかズボンやパンツに少しだけ乗るくらいの人はベルトのように腰につけるウエストポーチを想像してほしい。
冬で厚着だからウエストポーチの底に何かが当たってる?くらいの揺れ。正直ぎゅうぎゅうの車内、なにかが体に当たってしまうのはよくあること。気にしていなかった。
と言ってもウエストポーチのようにパンツを隠すようについた脂肪を電車の揺れ以外で誰かに揺らされ続けるのは普通に嫌だったし、それが少しでも当たらないように動ける範囲でちょっとだけ体をずらす。
なんと一瞬離れたのにかかわらず当たってくるものが追随してきた。
なんで〜〜〜?(困惑)
そこでその貧乏揺すりマンの長傘があればやめろやの意味も込めて足で軽く払ってやろうと思うものの靴が動かせる範囲かつ、下っ腹に当たる位置の軸として機能しそうなところに傘はない。そこで気がつく。意識を持って指が1本お腹に食い込んできてる。
怖くて声が出せない。とかじゃない。まあ驚きで声が出せないに近いのかもしれない。とはいえまだ確証もない。
まず満員すぎて犯人がわからない。少なくとも私の下っ腹に手が届きそうな範囲には3人いる。
そして私も片手に通勤カバン、反対の手にはスマホで犯行してると思われる人の手を捕まえることも叶わない。
窓の外を見る。
実際にそこが陰部だったら嫌だけどまあ……下っ腹だし。
そして気がつく。私が体を捻っているのでこの人、私の贅肉を股間と勘違いしているのか、と。
なぜか気分をよくしたのか指の動きがやや元気になる。あ、もしかしてこれ私が避けたのを快感によって身をよじらせたとおもったな?ちがうんだって。
当たっている指の本数が1本から2本に増える。愛撫からフィニッシュまで行くまでの薄い本バリの展開の速さ。
駅が見えてくる。
下っ腹をタプタプするガシマンならぬガシ下っ腹の指が早くなる。
冬用の厚手のズボンだから実は対して触られてる感覚もないし、まずそこ贅肉だしどうすりゃいいんだよ。いや痴漢なのか。
フィニッシュと言わんばかりに指が一番激しくなる。
エロ漫画だったらきっと駅に到着と同時にイく流れかもしれない。
そんなことはない。ここはフィクションじゃねえんだぞ。
私は今知らん誰かにお腹の脂肪を小刻みに揺らされているのだ。どんな状況?
だがしかし何度も書くがそこは私の長年の脂質と糖質でできた高級ボディの一部。
誰かの指がただただ私のパンツのウエストラインとそれを隠すように乗った脂肪の境目部分を指の腹を上にしてフックのようにした指が、厚手のズボンのおかげでなにかと勘違いしたパンツの縫い代の最後のちょっと出っ張った部分を押し込んでくる。なんならその押し込まれた端っこ部分の食い込みがやや痛い。
扉が空いた直後手は離れ、個人的に痴漢候補者の付近の人たちも私も一斉に車外に流れ出る。
正直就業時間ギリギリだったので釈然としないものの、そのまま私は乗り換えるために去っていった。
これが二十数年生きてきて中学から十年以上電車で通勤通学している私の初めての痴漢だった。
別にその被害によって「私は」泣いてはいないし、電車に乗ることが心理的に負担になってるわけでもない。強いて言うならでそれ以来エロ漫画で痴漢モノをそんなに読まなくなったくらいで。だってリアリティがなくて(いまさら?ではある。エロ漫画にリアリティあっても困る。でもたまに読む)ちなみに胃カメラ経験してから触手モノもあんまり読めなくなった。オエってならないの、すごいなって。
ただ私の対応は世間で言えば「泣き寝入り」に入る部類だし、他の女性からしたら変な成功体験を性犯罪野郎に与えた女なだけだ。
お尻や胸ではなく下っ腹をたぷたぷされたという状況だけ書くと面白いし私も何これ?と今でも思ってるが、これは相手の誤認と私の特殊なボディでたまたま下っ腹になっていただけで、一歩違ったら普通に性器だったのだから。
これで味をしめた私の下っ腹たぷたぷ野郎が他の女性にもっとエスカレートした行為をしてるかもしれないと今思えば声くらい出せばよかったかな?とはおもう。
この経験から他の路線で女性専用車があれば絶対にそこに乗るかと言われたら全然そんなことはない。
(もちろんこんなことは滅多にないというのは前提で、とある猛暑日の満員の女性専用車で、女性の多種多様な気遣いによるいい香りを全部まとめた匂いで気持ち悪くなり吐きかけた経験があるから。制汗剤と整髪剤と柔軟剤全部まとめてほんのり遠くに汗の香りみたいな女子校の体育の後の着替え中の香りに香水とワキガを混ぜた香りだった。正直現時点では痴漢よりこっちがトラウマである)
あと私が日本人の男性の平均身長よりも高い私が女性専用車乗ると頭一つ抜けて大きいからなんか……たまに怖い視線が。向いてくる。日本人の女性の平均に対してアス比どちらにもでかいけど女です。巨デブ喪女キモオタクですみません。
ただこの経験から女性専用車に乗りたがる人、男が入ってきてほしくない人はいるだろうなとも思ったのは事実。
私だってきっとガシ下っ腹じゃなくて実際にされてたら普通車両が怖くなってたと思う。
これは痴漢自慢ではない。
ただ「誰もお前なんか痴漢しない」っていう人に対して、それがケツとタッパと脂肪のある欧米人の観光客とかでみるような体型の女もされるからほんとに痴漢するやつ見境ない、もしくはめちゃくちゃ趣味が幅白いか多種多様な人がいるんだよ。っていう話。