
はてなキーワード:候補者とは
大半の有権者にとって「統一教会って何?」って認識だから。これに尽きる。
確かに統一教会も創価学会も(信者の囲い方とか金銭被害という点では)やり口はほぼ一緒。
ただ、教会は候補者への直接のボランティアがメインなのに対して、
学会はボランティアはもちろん、電話やらメール便やら果てはLINEで投票依頼までするからな。
中学校以来会ってない奴から突然連絡来たと思ったら投票のお願いだったって経験ある奴、相当いるでしょ?
これが積もり積もって、全国民が学会を薄っすら嫌っている事実をなぜか立憲が認識できていないんだよな。
というわけで、今回の衆議院選挙で中道は焼け野原になったわけだが、
国民とかみらいとかが伸びたのは悪くない傾向だと思っているし、
個人的には、中道の泉にはこれから上手く立ち振る舞って欲しいとは思っているよ。
立憲民主党と公明が合同してできた「中道」が大敗し、さらに連合の新代表が小川淳也氏になったことに筆者は強い驚きと失望を示す。
筆者は反自民・反高市だが、情勢的に「死票になりにくい」という理由で、嫌いながらも立憲・中道に投票してきた。
立憲・中道が嫌いな最大の理由は「政策が空っぽ」で一貫性がない点だと述べる。
自民の不祥事追及も、実務的に詰めるのではなく「悪口・パフォーマンス」に見えると批判する。
さらに「自分たちに投票するのが当然」という態度が傲慢で、他者を見下す姿勢(国民がバカだから負けた等)が支持を減らすと指摘。
選挙で勝つには、政策を磨き言葉を尽くして説得するか、少なくとも人気を得る努力が必要だが、それをしていないという。
支持が伸びない現実に向き合わず、「公明を取り込めば票が来る」という皮算用で雑な候補者調整をしたのが敗因だと見る。
結果として、国民への訴えではなく、連合や創価学会などの組織票頼みになっていると批判する。
それでも筆者は高市・自民の勢力を削ぐために投票したが、その行動自体が彼らの傲慢さを助長したかもしれないと自省する。
中道改革連合の新代表が小川淳也氏になったそうだ。さすがに驚いた。浅はかすぎる。この政党が、どこまで「民意」を理解していないかが明確になったといってよい。
わたしは反自民、反高市の人間である。高市氏が年頭解散を選択した時には自ら墓穴を掘ったと思い、この国の政治情勢が少しはマシになることを期待した。ところが、それからほどなくして立憲民主と公明が合同して中道なるものをつくったことを知り、期待は絶望へとかわった。100%負ける。そのとおり負けた。
わたしは、立憲民主党が大嫌いだった。今でも嫌いである。当然、中道も嫌いである。しかし、今回の選挙も、その前の選挙も、大嫌いだが「泣く泣く」立憲・中道に票を投じた。それが投票行動としていちばんマシだと思ったからだ。
まず、政策がない。からっぽである。コアな支持層は「国民目線」などというが、わたしはかれらがわたしと同じ目線でなにかを主張するのをきいたことがない。アンチは「親中」とか「左翼」だというが、それは買い被りだ。かれらにそんな一貫性はない。
かれらの一環した政策(?)は「自分たちが政権を担う」である。それ以外になにかあったならばおしえてほしい。
高市の「国論を二分する云々」発言をあげつらい、選挙は白紙委任ではないと叫ぶ。だが、「選挙で勝った政党の主張が民意である」というでたらめな主張を最初にしたのは旧民主党である。わたしは旧民主党に投票したし、事業仕分け自体には賛成だったが、事業仕分けにおける蓮舫氏の意見には大反対であった。あれをわたしの民意だというのか。今でも許せない。
つぎに、無策である。自民党に醜聞があると、追求するとかいって、「おまえは悪人だ、やめろ」というだけ。それでやめるような相手なら苦労しないんだよ。ちゃんと情報をあつめて悪事をより明確にし、きちんと論破して、やめざるを得ないようにおいつめるのが「追求」だろうが。やめさせる気なんかないのだ。毎日「追求」して、自分たちを強くみせ、自民党のイメージを悪くしようというだけのパフォーマンスだ。
そしてなにより、からっぽのくせに傲慢である。どうしたらこんなに傲慢でいられるのかというくらい傲慢である。その場でこしらえた自分たちの主張めいたものを「国民の声」という。ふざけるな。
かれらは「まっとうな常識をもった賢い人なら、自分たちに票を投じるのが当然だ」と思っている。思っているだけでなく、態度にあらわす。態度にあらわすだけではなく、安住なんかは口にも出す。理解しがたい。プレスにむかって他の政治家を呼び捨てにするとか、「まっとうな常識をもった賢い人」ならぜったいしない。指摘されても反省しない。自己正当化するだけである。
コアな支持者たちが、今回の選挙で中道が大敗した「理由」を考察している。選挙直後にいちばん多かったのは、「国民がバカだから」である。愚かな国民があやまった選択をした、この国はもうおわりだ、と。こんな傲慢な話があるだろうか?自分たちにまちがったところはなかったというのだ。
かりに「まっとうな常識をもった賢い人なら、自分たちに票を投じるのが当然だ」としても、実際問題として高市氏は人気なのである。また、ひとつ前の衆院選だって、自民党のつぎにふるわなかったのは立憲である。自民は支持されてないから支持されるために体制をかえた。立憲はなにをしていた? 何もしていない。何もしなくていいと思っていたのだ。傲慢である。
選挙で勝つために必要なのは、支持を増やすことである。支持を増やすとは、いま自分を支持していない人が自分を支持するようにしむけるということだ。その正しいやりかたは、政策を吟味し、言葉を尽して説得することである。次善の策は人気とりである。高市は政策に自信がないから人気とりにはしった。それはよくないことだが、人気は大事だ。しょうがない。蓮舫氏だってある時期にはあれが人気だったのである。
かれらは、今回の選挙で、いや、これまでいちどでも、ちゃんと政策を訴えただろうか?政策が弱ければ人気がでるように努力しただろうか? していない。傲慢だからだ。人気をあてこんだ蓮舫氏が都知事選で大敗したの経験しても、自分たちにはもはや人気がないと学習できなかったのだ。
かれらはいつだって、その場のおもいつきで適当なことをいう。以前と真逆なことをいったりする。自民党が白といったら黒という。ほんとに白いものだったとしても。無節操きわまりない。そして、その適当なことが「正しいにきまってる」という態度をとる。なぜ正しいのかは説明しない。人を説得する努力をしない。ただ、賛成しない人をバカにするだけだ。
「自分を支持しないやつはバカだ」というような人を支持する人がどこにいるだろう?
しかし、そんな傲慢なかれらも、どうも自分たちの支持がのびていない、このままでは自分たちに投票してくれる人がどんどん減るということには気付いていた。ふつうはそこで「自分たちが支持されるにはどうすればいいか」を考えるところなのだが、かれらはそれもしなかった。
かれらがやったのは「公明党をこちらにつければ、それまで自民に投じられていた票が自分らのほうに来るから逆転できるじゃん」という皮算用だけである。でも、そのためには候補者調整をしなきゃいけない。けどそんな時間がなかったので、とりあえず「比例上位はぜんぶあげるんで、選挙区はこっちにください」と、これ以上雑なやりかたはないというくらい雑なことをやった。どうしてそれでうまくいくと思ったんだろう?
かれらは、わかっていたのだ。自分たちがからっぽであることを。自らをたのみにすることができないから、連合と創価学会の組織票にたよったのである。国民に真摯にうったえるなにかを持っていないのだから、国民を説得することはできない。しょうがないから、発言の機会があれば批判と悪口をいうほかない。そして、からっぽであることを認めたくないから、国民を、社会を小馬鹿にしてみせる。
ライトな支持層は、それでがっかりしたんじゃないかと思う。せっかく応援してるのにがんばらない。この人たちはだめだと。一方で、コアな支持層はさすが名案! ともてはやした。しらないけど、朝日の世論調査がでるまでめちゃめちゃ自慢気だったから、きっとコアな支持層には受けてたんだろう。
どうしようもない政党、政治家たちである。それでも、それなのに、わたしは選挙区は元立憲の候補の名前を書き、比例は中道と書いた。ほんとうに、ほんとうにかれらに入れたくなかったけど、泣く泣く投票した。高市自民党の勢力を少しでも削ぐためには、それが最善だと思ったからだ。かれらを一切支持しないけど、確率的にいちばん死票になりにくいと思ったのだ。愚かであった。
なんだかんだで、投票行動という意味ではわたしは最後までかれらの支持者であった。正直、感謝してほしいくらいだ。いや、むしろわたしのような人間が、かれらををここまで傲慢にしてしまったのかもしれない。バカな国民はなんだかんだで自分たちに投票するんだ、と思わせてしまっただとしたら、かれらの傲慢はわたしの責任でもある。
いやいや、かれらは大人である。社会人である。傲慢になってはいけない、ということくらい、自分でわかるべきだ。
で、やっぱりわかってないのである。
小川淳也氏は、安住氏なんかよりはるかに傲慢な人間だ。かれのXは、自分が正しい、反対意見をいうやつはばかだというようなポストばっかりである。かれがバカにするポストのなかには、真剣に問いかけているものもある。でも、そんなのおかまいなしである。とにかく彼は自己正当化しかしない。そこで上手にあしらえば支持が増えるかもしれないのに。支持よりも自己正当化が大事。そんな人が新代表である。
なんにもわかってない。
わたしは今度こそ学習した。かれらは今後も決してかわることはない。だから、わたしは二度と中道や立憲に投票しない。国政選挙でも、地方選挙でも。もっとも、次の国政選挙のときまで中道や立憲が存続しているとはおもえないから、かりに投票したくても投票のしようがない。
Permalink |記事への反応(25) | 19:06
#中道いいじゃん
に関しては個人的には割と良いと思っていた。少なくとも何を指しているのかは明確に分かるし、ダサい事には違いない「中道」のネーミングにポジティブな印象を与えようとしているから。
だけど
は駄目だよ!何を意味しているのか分かりにくい上に、反発を生む要素だけは人一倍だから!これを成功体験だと思い込んで使い続けるのはやめてくれよ頼むから!
#選挙に行こう
でいいだろう。
2026年2月8日に投開票された衆議院選挙で、立憲民主党と公明党が電撃的に合流して結成した新党「中道改革連合」は、公示前の167議席から49議席へと118議席を失う歴史的惨敗を喫した。この数字は、同じ数だけ議席を伸ばした自民党の圧勝と表裏をなす。なぜこれほどまでに中道改革連合は有権者から拒絶されたのか。批判の核心は党名、政策転換、党内構造、そして支持基盤の崩壊という多層的な問題に根ざしている。
中道改革連合という党名そのものが、結成直後から激しい批判にさらされた。まず指摘されたのは「民主」という言葉の消失である。自由民主党、立憲民主党、国民民主党、社会民主党と、日本の主要政党の多くが「民主」を冠してきたのは、国民主権と対話による政治という理念を示すためだった。ところが「中道改革連合」にはその文字がない。評論家や市民からは「国民を見下す驕りを感じる」「上から目線の改革姿勢が透けて見える」といった批判が相次いだ。
さらに深刻だったのは略称の問題である。「中道改革連合」を略すと「中革」あるいは「中革連」となり、過激派組織「中核派と革マル派」を連想させる響きを持つ。ネット上では「中革派」「中核連」といった揶揄が飛び交い、穏健な中道路線を標榜する新党にとって致命的なイメージダウンとなった。保守系論者からは「中国への道」を略して「中道」だという皮肉も投げかけられている。党名は政治において最も基本的なブランドであり、その段階で既に有権者の信頼を獲得できなかったと見られている。
より本質的な批判は、立憲民主党が長年掲げてきた基本政策を、公明党との合流のために大幅に転換した点に向けられた。立憲民主党は安全保障関連法について「違憲部分の廃止」を主張し、党綱領で「原発ゼロ社会を一日も早く実現」と明記してきた。これらは同党のアイデンティティを支える「背骨」とも言える政策だった。
ところが中道改革連合は、安保関連法を合憲と位置づけ、原発再稼働も条件付きで認めた。この転換に対して、れいわ新選組の山本太郎代表は「日本をダメにしてきた者たちが看板を付け替えて、もう一回詐欺をやろうとしている」と痛烈に批判した。社民党の福島瑞穂党首も「安保関連法を『合憲』といい、原発再稼働を『認める』という。自民党とどこが違うのか」と疑問を呈し、国民民主党の玉木雄一郎代表も「背骨となる政策がこんなに簡単に変わるのか」と述べている。
こうした政策転換は、立憲民主党のコア支持層を直撃した。脱原発や安保法制違憲といった左派的価値観を大事にしてきた支持者は、公明党とくっついて中道に移行したことに強い違和感を覚えたとされる。また、反自民的な無党派層も、野党第一党として自民党と異なる価値観で対峙していた立憲民主党が、与党だった公明党と合流したことで「野党第一党としてのあるべき姿を失った」と感じたという分析がある。元NHK解説委員の増田剛氏は、立憲民主党を支持してきた土台が崩れたと指摘している。
選挙戦略の内部配分も大きな不満を生んだ。中道改革連合は比例代表の名簿で公明党出身者を全ブロックで上位に配置し、立憲民主党出身者は小選挙区で戦うという構造を採用した。公明党の支持母体である創価学会は、全国に約800万世帯とされる強固な組織票を持ち、比例代表での集票力は極めて高い。この組織力を最大限活用する戦略が採られた結果、公明党出身候補28人は全員が当選を果たし、前回衆院選の24議席から4議席増やす「勝利」を収めた。
一方、立憲民主党出身者は公示前の144議席から21議席へと7分の1にまで激減した。近畿、中国、四国、九州の各ブロックでは、公明党系候補だけで当選枠が埋まり、立憲民主党出身の候補者は小選挙区で惜敗しても比例復活できないケースが続出した。立憲民主党の創設者である枝野幸男氏、元幹事長の安住淳氏、重鎮の岡田克也氏ら、民主党政権時代に幹部や閣僚を務めたベテランが次々と落選した。
落選した兵庫7区の岡田悟氏は「比例ブロックの名簿はほぼ、公明のかたで埋められた。これをどうやって、誰がどうやって話し合って決めたのか、民主的なプロセスははっきりと経てないんですよ」と不満を露わにした。党内からは「公明に比例を譲りすぎた」という批判が噴出し、立憲民主党出身候補や支援してきた労働組合幹部の間に深い亀裂が生まれた。
創価学会員の中にも困惑があったとされる。取材によれば、長年「仏敵」とまで呼んでいた立憲民主党の候補者を応援するよう要請され、学会員の間にパニックが広がったという。組織の高齢化も課題となり、小選挙区での全面撤退により「推し」がいなくなったことで熱量を保つのが難しかったという声も報じられている。
実業家の岸谷蘭丸氏は、中道改革連合を「嫌われの元気玉」と表現した。立憲民主党も嫌われ、公明党も嫌われていた。その二つが合流したことで「1足す1ではなく、−1足す−1で−2になった」というのである。この指摘は、単なる揶揄を超えた構造的洞察を含んでいる。
日本の政治は2016年頃から「物語を失い、推し活化」してきたと評論家の與那覇潤氏は分析する。かつては「小異を捨てて大同につく」「野党結集」という物語が一定の説得力を持っていたが、2017年の希望の党の失敗以降、有権者は巨大な塊よりも「100%自分にフィットする特定の政党や政治家」を求めるようになったという見方がある。中道改革連合はこの潮流に逆行し、立憲民主党の独自性と公明党の組織力を両方とも十分に活かせなかった可能性が指摘されている。
さらに評論家の宇野常寛氏は「今回の中道改革連合の『壊滅』の原因は野田佳彦の中道路線の失敗でもなければ、国民民主党の大量擁立でもない。端的に『リベラル』な人たちの『キャラ』が嫌われているからだ」と指摘している。政策や戦略以前に、リベラル勢力全体に対する有権者の拒否反応が背景にあったという見方である。
野田佳彦共同代表は敗北後、「準備期間が足りなかった」ことを敗因に挙げた。高市早苗首相による「抜き打ち解散」で選挙が短期決戦となり、新党の理念・政策どころか党名すらも有権者に浸透させることができなかったのは事実である。結党わずか1か月での選挙戦は、政治的実験としてあまりにも性急だった。
しかし準備期間の不足は、より根本的な問題を覆い隠すものでもあると分析されている。立憲民主党の野田執行部は「野党結集」「非自民勢力の結集」という2009年の民主党政権時代の成功体験に縛られ、立憲民主党独自の社会像を打ち出せなかったとジャーナリストの尾中香尚里氏は指摘する。他の野党との連携を意識するあまり、単独で政権を奪いに行く明確なビジョンを失っていたという見方である。
2024年9月の立憲民主党代表選で野田氏は「野党の議席を最大化するのが現実的な戦略」と述べ、「非自民勢力の結集」を強調して代表に選出された。しかしこの戦略は、立憲民主党が独自に積み上げてきた支持基盤を軽視する結果を招いたと批判されている。
選挙後、野田佳彦共同代表と斉藤鉄夫共同代表の記者会見での態度には明らかな温度差があったと報じられている。野田氏が「終始うつむき加減」で敗北の責任を認めつつも曖昧な継続意欲を示したのに対し、斉藤氏は「前を向いた明るい表情」で「失敗ではないと思います」と言い切った。
この対照は、選挙結果の内実を反映している。公明党は議席を増やし、創価学会の組織票を比例で効率的に議席化することに成功した。斉藤氏は「1000万を超える比例票が短期間で集まった。議席は自民の6分の1だが票は半分で、野党第一党だった」と強調した。公明党にとって、中道改革連合は「失敗」どころか戦術的勝利だったとも言える。
中道改革連合の49議席は野党第一党としては戦後最小規模であり、立憲民主党出身者の当選は21議席と公明党出身者の28議席を下回った。主要政党の中で立憲民主党系だけが「独り負け」の状況となり、自民党はもちろん、日本維新の会、国民民主党、参政党なども議席を増やした。
中道改革連合が嫌われた理由は、一言で言えば信頼と一貫性の喪失にあると総括できる。党名は有権者の共感を得られず、政策転換は支持基盤を裏切り、党内配分は不公平感を生み、準備不足は未熟さを露呈した。そして何より、立憲民主党が長年培ってきた「反自民」「リベラル」というアイデンティティを、選挙のために安易に捨て去ったことが致命的だったと指摘されている。
政治において、有権者が最も嫌うのは日和見主義と機会主義である。中道改革連合は、公明党の組織票と立憲民主党の支持層を合算すれば勝てるという計算に基づいていたが、実際には両者の支持基盤を同時に失った。「嫌われの元気玉」という言葉が示すように、負の感情は足し算ではなく掛け算で作用したと見られている。
この歴史的大敗は、日本の野党政治にとって重要な教訓を残した。有権者は、明確なビジョンと一貫した価値観を持つ政党を求めている。選挙のための便宜的な合従連衡は、もはや通用しない時代になったことを、この結果は示唆している。
衆議院選挙が終わって数日が経った。
しかし同時に、「民主主義とは何か」を考え直させられる出来事でもあった。
今回、先の参議院選挙から心惹かれる候補者がおり、その方が衆院選でも立候補されることになったとみつけた。
何を行えばいいかわからない、なので決起集会から参加することにした。
ただ、私はこの政党の政策すべてに賛同しているわけではない。たとえば消費税ゼロを謳っているが、現実的な財源確保として不可能だろう。VAT対象品目の見直しや税率の段階的引き下げならまだしも、と思う部分は多々ある。それでも、この候補者個人の姿勢には共感していた。
会場には早めに到着した。主催者席に座る候補者は、ネットで見るより穏やかで、普通の人に見えた。もしかして別人では、と疑ったほどだ。
ところが決起集会が始まると、徐々にあの雰囲気が戻ってきた。明確な目的意識と、人を飽きさせない話術。理路整然とした言葉運び。ああ、本物だ、と少なからず感動した。
開始ギリギリに入場を諦めかけていた人々を掻き分け、個性的な格好の女性が入ってきた。顔見知りらしき女性と話した後、床に座り込んだ。満員のため床に座る人は他にもいたので、これ自体は仕方ない。冬の寒い日だったが室内は適温だった。
ところが彼女には暑かったらしい。会の進行も気にせずタンクトップ姿になり、ストレッチを始めた。候補者が演説している最中である。周囲の人々が一瞥し、見て見ぬふりをし始めるのが分かった。知り合いと見られる女性も、誰も諌めることはなかった。
これは私にとって異様な光景だった。国の立法府に人を送り出そうとしている場で、自分の快適さを優先する振る舞い。それを制止できない支援者たち。人は自由であるべきだが、この状況への違和感は拭えなかった。
候補者と支援者の話は感動的で思慮深く、ますます応援したくなった。だが同時に、この非社会的行動とそれを容認する雰囲気に、この集団に身を置くことへの躊躇も生まれた。候補者は心から応援するが、支援者の集まりには居心地の悪さを感じる。党内の年齢層が高いせいか、仕組みがアナログなことも気になった。
次に応援に訪れたのは、大きな駅前だった。党首と候補者が揃って演説するという。選挙戦も中盤、どんな話が聞けるか楽しみだった。
党首の主張は理解できる。税金の使途変更、防衛費拡大への反対、雇用の安定化。実現すれば社会的負担を減らせる政策だ。
しかし言葉選びが気になった。この街はかつて若者の街と呼ばれ、今も感度の高い人々が集まる場所だ。新しいものを好み、洗練された言葉を使う。
その駅前で「○○はいいでしょう、みなさん、どうですか?」という呼びかけ。若い世代なら思うだろう。質問形式で議論を誘導するのはレトリックとして不誠実ではないか、と。信念があるなら素直に政策を語ればいい。同意を求める言葉は、自信のなさに聞こえる。
耳を疑った。ガビーンとは何だろう。長年のキャリアを持つ政治家が、なぜこの場にいる人々に届く言葉を選べないのか。聴衆に訴えかけるのではなく、自分の話したい言葉だけを語っているように見えた。
この党首は東大を主席で出て司法試験に合格し、若くして党を任され、弱者の側に立って問題解決に取り組んできた人だ。テレビ討論でもしっかり話される。政治家として評価されるべき実績がある。
それなのに、この演説は何だろう。データの並べ方も、相手に噛んで含めるような話し方も、聴衆を低く見積もっているように感じられた。
この区は常に23区の平均給与トップ3に入る。日々プレゼンをし、人を説得して予算を獲得する訓練を受けた人々が多い。党首の話し方は、そうした聴衆には響かない。
後ろで候補者が不安そうに手を振っている。聴衆の半分は政党ではなく候補者目当てだろう。
党首がようやく話を終えたと思ったら、スタッフが「まだ話し足りない」とマイクを戻した。聴衆は候補者を見に来ているのだ。壇上の党首、スタッフ、候補者の間で意思疎通がうまくいっていない様子が見て取れた。
候補者の演説が始まったのは25分後だった。比例候補とはいえ、若者に届く言葉で話せる候補者の時間が、二世代上の党首の演説に削られたのは残念だった。
それでも、その足で区役所に向かい、候補者の政党名を書いて期日前投票した。
選挙運動平日最終日、金曜の夜に仕事が早く終わったため、もう一度候補者の演説を聞きに駅前へ向かった。
今回、リベラルな政党を心から応援したいと思った。ただ投票以外に何ができるか分からない。勤め人なのでポスティングの時間も取れない。せめて聴衆「モブ」の一人として場を盛り上げられればと足を運んだ。
だがその度に気になったのは、支援者の排他的とも見える行動だった。
この日、自治体の首長と候補者と同じ政策を掲げるNPO代表が応援演説に来ていた。聴衆は80人もいないように見えたが、特記すべきは15人前後が巨大なスローガン入りの旗を持っていたことだ。個性的な格好をした人が多い。
でもさあ、80人くらいだよ。ここにいるの。そこの20%が旗持っているわけ。
遠目から見て、異様な光景。デモ会場なら分かる。他党でも旗を持つ人はいる。ただ大抵は小さな応援旗だ。少ない人数に大漁旗並みの旗を持つ人が20%もいる状況は、書かれたスローガンが正しくても、外から見て近寄りがたい。
あの集団を見て、楽しそうだから仲間に入ろうと思う人がいるだろうか。むしろ威圧感を与えているのではないか。
遠目から候補者の演説を聞いた。掠れた声で、それでも変わらない人を惹きつける話し方。前議員時代に力を入れた戦時中の事故の問題、労働問題、あらゆる格差問題。それは意味のある言葉だった。一人でも多くの人に届いてほしいと願った。
大規模政党から見ればメジャーではない政党の些細な敗北かもしれない。しかし多様な問題提起をし、さまざまな状況に置かれた人々の声を国に届けられる人を、有権者の一人として国会に送れなかった。今、とても気持ちが沈んでいる。
全ての人に優しい社会という理念は大事だし、私もその一員でありたい。
直近の選挙でリベラル側に立つことで、リベラルが票を増やせない根本的な問題に気づいた。
理念は正しくても、それを広げる方法に課題がある。他党の主張を支持する人もいるだろう。だが節目の場では、協調と他者への尊重が必要ではないか。政党側にも支援者側にも。
共鳴する仲間を増やす必要がある時に、外から人が入りづらい雰囲気を作る古参の態度は何なのだろう。
学生時代、キャンペーンスタッフのバイトでチラシ配りをしていた。人の目を見て動きを少しシンクロさせると受け取ってもらえることを学んだ。この政党のスタッフは高齢の方が多く、ぶっきらぼうにチラシを押し付けるように渡していた。チラシに書かれた言葉を届けるというより、チラシ配りという役目だけをこなしている。相手の行動を見て判断し、関心のある素振りを見せなければ、誰もチラシを受け取らない。
視覚障害者用の誘導ブロックに立つ支援者もいた。「誰かが来たらどけばいい」ではない。そんな配慮もできない人が支持している、と候補者の評価まで下がることに思い至らないのだろうか。
若い有権者はチラシではなく、候補者のホームページを見る。だがそのホームページも、パワーポイントで作った画像を貼り付けた雑然とした作りで、政策の深掘りも整理もされていない。フォントサイズもバラバラでデザインに落ち着きがない。
候補者は最初の決起集会で、この政党だからこそ活動ができたと感謝を述べていた。その言葉は本心だろう。だが同時に、支援者たちの善意が、意図せず新しい人々を遠ざけている現実がある。
私自身は無党派層であるが、今回リベラルの候補者を追いかける中で、いくつかの問題が見えてきた。
理念を広げたいのであれば、まず支援者の側から、初めての人が入りにくい雰囲気を和らげる必要があるのではないだろうか。
掲げているスローガンは本来、社会全体に向けた言葉のはずだが、いつの間にか仲間同士の確認の言葉になっていないだろうか。
さまざまな立場や温度感の人が参加できる作法になっているのか、改めて考えてみる余地があるように思う。
どのような態度の人であれ、どの立場の人であれ、まず同じ社会の構成員として尊敬の態度を持って扱う姿勢が必要ではないだろうか。
自分たちの正しさを語るだけでなく、その正しさが現実の社会にどのように作用するのかを、現在の社会を前提に説明してほしいと感じた。
たとえ他党であっても、支持される理由があるはずであり、その点を理解しないまま批判すると、力強い、信頼できる言葉を届ける前に、結果として有権者を遠ざけてしまうのではないか。
今回の選挙で自民党史上最高の議席数になったけど、田中角栄とか中曽根康弘とかの時代に小選挙区制があったら、令和になる前に一党独裁になってたかも。
(中選挙区制だから社民党の様な政権を任せられない党でも生き延びてたって見方もあるけど)
与党の調子が良いときに選挙するから敵失を攻めれないし、下手な反対意見は「批判ばかり」って言われて逆効果になるし、今回みたいに短期決戦を挑まれると対抗する政策もまとめられないし、与党に賛成ばかりだと党の存在意義がないし、万人受けしそうな政策提言は与党が実行しちゃうし、「夫婦別姓」とか与党が出来なそうなうな政策は多くに人には優先度低いし、
戦後で解散の使い方を間違えたのって野田と石破だけじゃないかな?
このまま2年間、自民党に大きな失敗がなければ「衆参W選挙」やるよね。
与党の「解散権」ってハックに対抗するには「小選挙区の候補者一本化」しかないけど、これだけ野党同士で仲が悪いとそれも無理だよね。(仲の悪くなった原因の立憲がこの状況だから次は変わるかもしれないけど)
「小選挙区の候補者一本化」も少数野党のうちは良いけど、それを続けていたら党勢の拡大に限界が来るからジレンマだよね。
「政策本位」って比例代表では強いし「批判ばかり」って言われずに済むメリットもあるけど、小選挙区だと1人しか当選できない→特定の層に刺さる政策じゃやなくて多くの人に刺さる政策を打ち出す必要がある→それはだいたい与党がやってる(特に衆院解散時は)だから辛いよね。
党が小さいうちは比例代表が大事だから「政策本位」が正しい戦略だけど、ある程度の規模にするには支持層の拡大が必要だから、政策の幅を広げる必要が出てくる→それをやると与党っぽい政策に近づくから党の存在意義を問われるよね。
「消費減税より社会保障費削減」っていう政策は、高齢の支持者も多い自民党だと提言しづらい&そこその数の有権者に刺さる良い提言だど思うけど、おそらく党勢が拡大するとうまく行かないよね
団塊の世代の次のボリュームゾーンが団塊ジュニア、その人達が氷河期世代&50代、「貯金もないのに保険料値上げ」なんかされたら命に関わるから必死で反対するよね。
男の子: (スマホから目を離さず、鼻で笑って) 「うわ、見てよあのおっさん。一生懸命投票箱に紙入れてやんの。マジで時間の無駄だと思わない?」
女の子: (汚いものを見る目で) 「ほんとだ。存在自体が公害レベルなのに、権利だけは一人前に行使するのね。男ってだけで優遇されてるのに、さらに何を求めてるわけ?」
弱者男性: (ボソボソと独り言のように、しかし二人に聞こえるように) 「……け、権利を行使して何が悪い。俺たちみたいな氷河期世代を……見捨てた国に……鉄槌を、下すんだ……」
男の子: (呆れ顔で) 「鉄槌? ははっ、笑わせないでよ。おじさんさぁ、その選挙に行く時間で資格の勉強でもすればいいのに。自分の市場価値が低いのは国のせいじゃなくて、おじさんの努力不足でしょ?自己責任だよ、自己責任。」
弱者男性: (顔を赤らめて) 「な、何を……! お前みたいな恵まれたガキに何がわかる!社会構造が俺を搾取してるんだ!上級国民が富を独占して……」
女の子: (会話を遮り、冷徹に言い放つ) 「搾取? 笑わせるわ。あんた『男』でしょ? 男として生まれてきただけで、女性より圧倒的にゲタ履かせてもらってるくせに。弱者ぶらないでくれる?私たち女性はあんたみたいなのが街を歩いてるだけで恐怖を感じてるの。女性支援の予算を削ろうとする候補者に入れたんでしょどうせ」
弱者男性: (震えながら) 「ち、違う……! 俺たち弱者男性を救ってくれる党に……!」
男の子: 「あーあ、現実見なよ。弱者男性向けの候補者なんて1人もいないよ。政治家にとって、金も落とさない、子供も作らない、文句だけ言うおじさんなんて一番コスパ悪い票田なんだわ。誰もお前のことなんて見てないって」
女の子: 「そうね。本来なら、その一票も女性に譲渡されるべきよ。歴史的に虐げられてきた女性の声を反映させるためにね。あんたみたいな生産性のない男が生きてるだけで、CO2と税金の無駄遣いなの。わかる? 分きまえてよ」
男の子: 「図星つかれて固まっちゃった。ねえ、今どんな気持ち?自分の人生が自分の怠惰の積み重ねだって認めなよ。底辺は底辺らしく、部屋の隅で膝抱えてれば?」
女の子: 「気持ち悪い。こっち見ないで。視界に入るだけでセクハラだから」
弱者男性: (二人の冷ややかな視線と言葉のナイフに、完全に退路を断たれる)
「……俺は……俺はただ……真面目に生きてきただけなのに……!!」 「誰も……誰も俺を認めないのか……!? 国も、女も、子供も、誰もぉぉぉ!!!」
弱者男性: 「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
選挙を「推し活」に喩えて、選挙が推し活化したから駄目なんだと言わんばかりの記事が数多く流れてくるけれど、それもあんまり正しいとは思えないんだよな。
だって、たとえ選挙が「推し活」化しようが、その推し活で選ばれた政治家がまともに政治をやってくれれば何とかなるじゃん。
要は国民が馬鹿なのは確かだけど、それ以上に政治家が邪悪なのが悪いって話。
ファンがジャニーズを推すのをやめればジャニー喜多川は性加害してなかったのかと言えばそんな事はないし、
ファンには不祥事を受けて批判するか推すのをやめるかくらいの選択肢くらいしかないし、事前に防ぐのは無理だ。それなのにファンの責任を問うのは理不尽だ。
国民に見る目がないのも確かだと思うが、如何に国民に見る目があろうとも、邪悪度100の候補者と99の候補者しかいないんじゃ、たとえ国民が賢く99の候補者を選んで当選させたとしても先行きは暗いだろう。
社会の各集団の意思を得票数を通じて、ほぼ正確に各政党の獲得議席(議席配分)に反映できる[16]
単独過半数を取ることが非常に困難であり、安定した政権をつくりにくい(群小政党を生じやすい) [17][18][19]
大連立など群小政党同士で組閣や議会を動かすために、議会の意思決定に時間がかかる傾向が強まる[17][19]
選挙区分が広い上に有権者は政党名を記入しないと議席を配分できないことから、候補者と有権者の関係は遠くなり親密さが希薄になる(選挙の直接性の問題)[17][18]
こういう当確システム、もし普通に外注したときの予算と納期感をチャッピーに聞くと、まあこんな感じですよね。それをvibe codingを入れてでも数時間で仕上げるのは凄い:
1)Web/PCで動く表示(会場の大画面にHDMI出し)
内容:候補者一覧+当確/落選トグル、簡単なテロップ、手動入力 or…https://t.co/AKUIOvo8AB—Jun Rekimoto:暦本純一 (@rkmt)February 10, 2026
常識だが、選挙戦ではどんなファンタジーを言っても咎められることはない。
野党なら、過去の国会や予算委員会での論戦で何を言ってきたかが問われ、選挙期間になっての口先のおべんちゃらなぞ、普通の有権者は参考にはするだろうけど、素のまま信じることはない。
10代20代はともかく、過去に数回選挙を経験している普通の大人はみんな学んでいる。
私は岡田克也の台湾有事発言を引き出した質疑を見て、「ああこの人は相手の足を引っ張ることだけしか頭になくて、日本のことなんか何にも考えていないんだなぁ」という感想を持ったので今回は投票しなかった。
自民と維新が大規模に候補者を調整したわけでもないし、なぜか小選挙区でぶつかってた変な例もあるし
仮に維新が出てない選挙区に維新支持者がいるというケースを考えても
立民よりは普通に自民に入れてたと思うし、それも連立組む前と後で大して変わらないだろう
私は立憲きらいだけど、宗教の政党と組んだらコアな支持者は離れるだろうなとは思った。
たぶん、立憲の中の人は両方とれるからいけると思ったんだろうけれど、新興宗教の人と同一視されることに拒否感を覚える人は多いんじゃないかな。
もちろん、自民に風が吹いていたけれど、立憲単独だったらここまでボロ負けはしなかっただろうなって端から見ていて思った。
旧立憲がボロ負けしているのは小選挙区で、小選挙区って人を見るから、基本的に現役有利なはずなんだよね。
そんな中で何の実績もあるはずがない自民党の新人が差をつけて議席を取っていたのは候補者の属性が変わったのも大きいだろうなと。
みらいは比例の票数 (議席数) ばかり話題になって、小選挙区の候補者や比例で当選した議員個人がまったく話題にならないよね。結局、政治家としてじゃなくて「なんかパソコンで新しいことをやってくれそうな人たち」という集団の雰囲気に投票が集まっただけなんだろうね。
本来、候補者・議員一人一人が「この人はこういう立場でこの分野に強み・関心・経験がある」ということがもっと吟味されないといけないと思うんだけど。他党についてはみんな名指しで「あいつは右だ左だ、壺だZだ、有能無能だ」と評価しているのに。
死票を減らすだけならフランスの小選挙区+2回投票制を真似するのが良いとは思うんだよね。
久しぶり行く事になった。
ネット上で最低限の情報を得て、投票する政党が決まり、小選挙区もその政党の候補者に入れるつもりで投票所へ向かった。
そこで気付いた。
しかなかったのだ。
虚を突かれた。
投票すべき政党の候補者が一人もいない。一体この選択肢でどこに投票すればいいというのか。
自民党は支持できないから仕方なく立憲に入れてたのに公明党と組んで中道になって「ハァ?」って声出た。
その困惑がトリガーになって今までもずっとうっすら好かんわと思ってたことを再認識させられた感じ。
そもそも民主党時代から大して好きでもない。旧立憲になってもそうだし、新しく立憲になってからはむしろ好きじゃない気持ちの方が大きくなっていた。
初めて国政選挙で投票してから20年経つけどその間ずっと「なんで相手候補や政党の批判ばかりしているんだ」とモヤついたりイラついたりばかりしていた。
30代後半の私がこう感じてるってことは、私より若い人はもっとそう感じていると思う。一応大人だし批判と文句の違いくらいわかってるし、野党なら現政権を批判して「これじゃダメだ!我々はこうはしない!」って論調になるのはわかる。わかっていても選挙中もそれ以外も批判ばっかりしてるのを見るとこっちも疲れる……シンプルにイヤな気持ちになる。
これが続くと話聞く気にもならん。立憲(民主党、旧立憲)に投票してるのに立憲の候補者の話を聞くのが一番苦痛ってのがここ10年くらいの所感なんだよ。
ここ10年くらいそんな感じってことは私より年下の人はもう批判ばっかでヤな感じの政党ってイメージしかないんじゃないかな。知らんけど。
なんか選挙中も人に話聞いてもらう態度じゃないように見えるんだよね。批判ばっかりだし中には文句悪口言う人もいるし。そんなイヤなヤツの話なんか聞く気にもならん。政策云々の前に壁ができてる。
こう言うとイメージ戦略とか空気感とかふわっとしたことに左右されるとはいかがなものかと苦言を呈されそうだ。実際に自分でもそう思ってる。
できるなら立憲に投票したいのに、選挙の度にまた大声で相手を批判してるのを聞いて辟易する。それでも入れるけど……ってほっそい糸で繋がれていたのが今回の中道爆誕でプッツリと切れた。
AKB総選挙の方が影響してるだろ。
AKB全盛期に、「選挙」と名の付くものを物心ついて初めてテレビで見た、それがアイドルの人気投票だった世代が選挙権を持つ頃だ。
しかもオタクも選対(選挙対策委員会)とか有志がつくってちゃんとした社会人という雰囲気の大人が会議室で票読みとかやってて
陣営によって票読みが正確なところとそうでもないところもあったりして、そういうオタクの選挙活動的なものもテレビで結構やってたんだよな。
グループ分けは「組閣」だし選挙ポスターがあったり立候補するメンバーは「何位までに入ったら○○します」とか公約までつくったり、
これもオタク有志がTwitterや動画で推しの魅力を宣伝したり、選挙で使う用語や概念を悉くつかってた。
便乗していろんなキャラやお菓子とかもこれまた単なる人気投票、好感度ランキングを「○○総選挙」とか猫も杓子もやりだして
あの頃から「選挙=人気投票、自分が好感を持った応援したいと思う対象に投票するもの」という概念が出てきた。
政治の世界の、議員や代表を選ぶ選挙は必ずしも好感を持った対象、応援したい人や党に入れるわけでもない。
別に支持してないし身近にいたら絶対嫌な奴だけど、実現したらまずい公約を掲げている候補を落とすために対抗馬だから入れるとか、
批判ばかりで口も見た目も悪いし問題もないわけではないが、自分のいる業界のことを代弁してるのはその候補者しかいないとか、いろんな理由がある。
極論、その人物がいい人か、好感を持てるかではなく「自分が票を入れることで、自分が得するか、自分が損しないか」という判断基準で入れるものであり、
政治家や党を応援するのも結局は自分のため、代議士という名の通り自分のやりたいこと、言いたいことを代表して代わりに議会や政治の場に持っていく、
自分の利益のために応援してるわけで、アイドルとかスポーツ選手を応援するとはまた違うんだよな。
でも「AKB総選挙」は、「推し」に投票したら投票した人間に利益があるかといえばそうでもない。
そりゃ頑張ってて人気もあるのに理不尽に干されてる自分の推しが自分の力で報われたら嬉しさはあるだろうが、
AKBの投票には金がいるわけで、投票するから節約とか果ては百万単位で金費やすオタクもいたり、そんなことをすれば生活は苦しくなる。
でも、生活が苦しくなろうが、経済的な見返りがなかろうが、心から応援したいと思う「推し」のために票を入れて、それが「当選」という形になれば嬉しい。
選挙に対してそういう概念を持つ人間に訴求する広報ができた党は、そういう有権者の世代の変化も見据えてやってたとしたら、やっぱり上手いんじゃないかな。
2026年2月8日の衆院選でチームみらいが11議席を獲得した直後、映画評論家・町山智浩(@TomoMachi)は**不正選挙を主張する陰謀論ポストを連投し、Qアノン系・ゆうこく連合支持者・参政党支持者のアカウントを大量にリポスト拡散した**。トランプ支持者やQアノンの選挙不正論を長年批判してきた人物が、まさに同じ行動パターンに陥ったことで、「メロリンQアノン」と呼ばれる事態に至った。5chまとめサイト・posfie・はてな匿名ダイアリー等で広く嘲笑・批判の対象となり、「映画だけやれ」という声が噴出した。
---
町山の問題投稿は2月9日未明から2月10日午後にかけて集中的に行われた。以下、確認できたポストを時系列順に整理する。
###2月9日 00:43(tweetID:2020523957066031423)
小選挙区制に関する投稿。「小選挙区制は自分が子どもの頃、自民党によって導入されました」と主張。しかし小選挙区比例代表並立制の導入は**1994年の細川内閣**時であり、1962年生まれの町山は当時32歳。「自民党が導入」という事実認定も誤りで、複数のユーザーから即座に訂正された。喜多野土竜(@mogura2001)は「削除を見越してスクリーンショットを保存」したと投稿している。
###2月9日23:14(tweetID:2020863930051010613)
###2月10日 00:01(tweetID:2020875784920142171)——固定ポスト
町山が自らのプロフィールに固定した中核的主張:
> 「チームみらいの動画再生数は800万で、比例での得票数が380万票(共産党より多い!)なんと動画を観た人の半分近くが投票。候補15人中11人が当選で当選確率73%! 自民党ですら21%なのに……今回の選挙、おかしくないですか? ちなみにれいわの再生数はみらいの10倍以上の1億1千万再生だが、比例での得票数は167万票。」
YouTube再生数と得票数を直接比較し、チームみらいの「変換率」が異常に高くれいわが異常に低いと主張する論法である。**YouTube再生数には海外からの視聴・重複再生・興味本位の視聴が大量に含まれる**ため、得票数との単純比較は統計的に無意味だという反論が多数なされた。
###2月10日 00:22(tweetID:2020881033554722892)
夏樹蒼依(@hokkori_nekko、「バズモンスター」と分類されるアカウント)の投稿を引用リポスト:
> 「フォロワーわずか2万4千、動画につく『いいね』は平均100ていどのチームみらいが比例で380万票獲得? 候補15人中11人当選? この異常さを選挙管理委員会やマスコミは放置するの? また週刊文春と赤旗だけ?」
###2月10日 08:05(tweetID:2020997476178854288)
ひで2022真実を追求(@hide_Q_)の投稿を引用リポスト:
> 「東京都中央区でチームみらいの比例得票数が共産党の4倍でれいわの10倍! いくら何でもそれはない 朝日新聞は地元なんだから区民調査すれば事実はすぐに判明するよ。しないのか?」
実際には中央区でのチームみらい比例得票率は**19.14%**で、2025年参院選の同区での11.20%からの上積みであり、高所得・IT系住民が多い中央区の人口構成と整合的だった。足立区では9.44%にとどまるなど、地域ごとの所得・職業構成との相関は明確だった。
###2月10日 08:07(tweetID:2020997992849997860)
マッシュ@札幌(@mashsapporo)の投稿を引用リポスト:
> 「選挙期間中まったくSNSでバズらなかったチームみらいの比例での得票数が共産党よりも多い380万票で、候補15人中11人当選。自民党よりも高い当選率」
###2月10日12:54(tweetID:2021070158215905718)
> 「それよりおかしいのは、ネットで動画もまるで見られてない、街宣でも人がまるで集まらなかったチームみらいが突然、半年前の参院選の何倍もの票を集め、党員やボランティアのはるかに多い参政党や保守党やれいわや共産党を越え、候補15に対して11人当選で自民党よりもはるかに高い当選率になったことですね」
###2月10日 約13:48(tweetID:2021071771215200665)
> **「チームみらい、街宣に誰も来ないのに自民党を超える当選率! 野党の皆さんは左右共闘して、票の数え直しを要求すべきです!」**
野党の左右を問わず連帯して票の数え直しを要求すべきだという、事実上の選挙結果否定の呼びかけである。
---
出目金(@TR_727)が2月10日に詳細に記録したところによると、町山が引用・リポストした陰謀論アカウントは以下の4系統に分類される。
出目金はこれを次のようにまとめた:「町山智浩氏が『陰謀論』界隈、ゆうこく連合支持者、参政党支持者らによる『チームみらいがこんなに票取るのおかしい!』との『不正選挙』投稿(当然『ムサシ陰謀論』含む)をたくさん拡散していて驚いたよ」。@Beriyaも「今町山智浩さんのアカウントを見に行くと、怒涛の勢いで票操作・不正選挙が行われていたと主張するアカウントをRTしている様を見ることが出来ます」と実況した。
---
町山の陰謀論は孤立した現象ではなく、**左右を問わず「チームみらいの躍進が許せない」勢力の合流**という異様な現象の一部だった。
この左右合流現象について、5chでは「参政党と日本保守党とれいわ新選組の支持者が一斉にチームみらいは不正選挙だって騒いでて草 仲良しかよw」というコメントが象徴的だった。自民党が**316議席**という戦後最多の圧勝を遂げているのに、わずか**11議席**のチームみらいだけを標的にする論理的矛盾も繰り返し指摘された。
---
5chなんJ板に立てられたスレッド「【速報】町山智浩、チームみらいの当選率を不正だと疑い右左共闘を呼びかける」は複数のまとめサイトに転載され、大きな反響を呼んだ。
最も象徴的なレスは**「Qアノンを馬鹿にしてた町山がメロリンQアノン化するとは思わんかった」**(ID:ENb/mE2a0)。「メロリンQアノン」とは山本太郎のタレント時代の持ちネタ「メロリンQ」とQアノンを掛け合わせた造語で、れいわ支持の立場からQアノンと同じ行動をとる町山を完璧に表現した。
他の注目レスとして、「極中道で左っぽい政策も右っぽい政策も言ってるから、イデオロギーが濃い人間には意味不明で不気味に見えるんやと思う」(チームみらいが左右両方から攻撃される理由の分析)、「マジで町山は映画だけやれ」、「SNSで政治レスバしてるやつって最後陰謀論者になるよな」などがあった。
---
この騒動の核心は、**町山智浩がまさに自分が長年批判してきた行動を再現した**という圧倒的な皮肉にある。
町山はトランプ支持者やQアノンを批判する著書を複数出版してきた。『アメリカ人の4人に1人はトランプが大統領だと信じている』(2021年)、『アメリカがカルトに乗っ取られた!』(2022年)、『ゾンビ化するアメリカ』(2023年)、『独裁者トランプへの道』(2025年)。2021年の著書では「Qアノンは陰謀論者」「選挙ではバイデンに票を盗まれたと主張する」「選挙前から世論調査ではトランプの支持率はずっとバイデンを下回っており…そういう理屈がトランプ支持者にはまるで通じません。これはもはや宗教です」と書いていた。
2020年11月のTBSラジオ『たまむすび』では、トランプの不正選挙主張を「とんちんかん」と断じ、「4万票の不正っていうのはちょっと無理だろう」と論じていた。ところが2026年2月、町山自身が**根拠なく380万票の不正を示唆し、ムサシ陰謀論を含むアカウントを大量拡散し、票の数え直しを要求する**という、トランプ支持者と完全に同型の行動をとった。
TJK(@ZTJK1)の「町山智浩がチームみらいの獲得議席に陰謀論を捏ねくりはじめてて、バイデンに負けた時のトランプ信者みたいになっている」という指摘は、多くのユーザーが独立に到達した結論でもあった。チャック荒井(@arai_y5561732)は「町山智浩さんは左が負けるたびにおかしくなっていくように見える」と評し、ニコニコ大百科の掲示板では「見えないものが見えるようになった町山さん 映画評論も見えないものを見ていた可能性が浮上」という辛辣なコメントも残された。
---
## 町山の主張はなぜ成り立たないのか
---
町山智浩の2月8〜10日の言動は、単なる映画評論家の暴走エピソードにとどまらない。**イデオロギーに基づく認知バイアスは、知識量や批判能力とは独立に作用する**ことの鮮烈な実例である。トランプ支持者の陰謀論を5冊の著書で解剖した人物が、自陣営に不利な選挙結果に直面した途端、分析対象と同じ行動パターンに陥った。「結論先行で根拠が入れ替わる」(はてな匿名ダイアリーの分析)という構造は、彼が批判してきたMAGA運動そのものだった。
注目すべきは、この現象が町山個人の問題を超えて、**れいわ・参政党・日本保守党・ゆうこく連合という本来対立する勢力が「チームみらい叩き」で合流した**という構図である。極中道を掲げるチームみらいは左右双方のイデオロギー濃度の高い層にとって「意味不明で不気味」(5chコメント)な存在であり、それゆえに左右の陰謀論が同期した。316議席の自民党ではなく11議席のチームみらいを標的にした事実自体が、この攻撃の動機が政策的批判ではなく感情的反発であることを示している。