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2025-10-26

フリック入力発明」とは何を発明したことを指すのか?

ダイヤモンドの↓の記事が盛りすぎでブクマカが釣られまくっているので、ちょっと落ち着けという意味で少し解説する

フリック入力発明して「人生100回分」稼いだ日本人AppleじゃなくてMicrosoft特許を売却したワケ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/diamond.jp/articles/-/374568


普通の人が「フリック入力発明」というフレーズを見たら、どっちを想像する?

1.上下左右方向のフリック操作文字入力する手法を考案した

2. 1を改良し、入力効率を向上させる工夫を考案した

普通は1を想像するよね。でも、上の記事の「発明」は2の意味。8割くらいのブクマカはここを勘違いしてコメントしてるように見える

同じ発明家氏の記事でも3ヶ月前の東洋経済のほうは、「フリック入力発明」という釣りフレーズこそ使っているものの本文を良く読めば発明キモの部分が2であり1では特許を取れなかったことがそれなりに分かるように書いてある

フリック入力」を発明Microsoftに売却した彼の"逆転"人生。元・売れないミュージシャンフリーター家賃3万のボロアパートでひらめく

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/toyokeizai.net/articles/-/889631

もちろん2の意味発明もスゴイし重要なんだけど、釣りは良くないよね

解説

そもそも世の中のほとんどの技術は様々な発明アイデア集合体である歴史の積み重ねであり、最終形がいきなり湧いて出るわけではない。もちろん「フリック入力」にも歴史の積み重ねがある。それを少し紐解いてみよう(なお、下記の「年」は引用可能特許論文が出た時期であり、実際にはそれよりもっと前にソフトウェアリリースされていたりアイデアメーリングリスト投稿されていたりすることもある)

[追記]※増田仕様ひとつ記事に貼れるリンク数に制限があるため一部URLのhを抜いている点、不便ですがご了承ください[/追記]

pie menu (1988年)

ttps://dl.acm.org/doi/10.1145/57167.57182 (論文)

放射状に選択肢を並べるUIアイデア1960年代から見られるが、接地点からの移動方向情報を用いた入力手法の祖としてはとりあえずこれを挙げることができるだろう。これは文字入力に特化したものではなく、一般的メニュー選択のための手法である

T-cube (1994年)

ttps://dl.acm.org/doi/10.1145/191666.191761 (論文)

pie menuを文字入力に応用したもの論文の著者はAppleの人。英語用。広義の『「フリック入力」の元祖』に最も該当するのは、おそらくこれだろう

かなT-cube (1997年)

ttps://rvm.jp/ptt/arc/227/227.html

ttp://www.pitecan.com/presentations/KtaiSympo2004/page65.html

T-cube日本語に応用したもの。広義の『日本語版「フリック入力」の元祖』の候補

Hanabi (1998年)

https://web.archive.org/web/20080925035238/http://www.j-tokkyo.com/2000/G06F/JP2000-112636.shtml (特許)

https://newtonjapan.com/hanabi/

AppleNewton (PDA)用に実装された文字入力UI。「中央が『あ』、上下左右方向が『いうえお』」に対応する見慣れた形のフリック入力がここで登場する。『現在よく見る形の日本語版「フリック入力」の元祖である。なお、開発者特許申請したもの審査請求しておらず、特許としては成立していない

00年代前半ごろ

この頃、Human-Computer Interaction分野でT-cubeHanabiの発展としての文字入力手法研究が活発になり、特に国内学会で多くの手法が発表された。情報系の学生卒論修論テーマとして手頃だったからだろう。PDA製品実装されて広まった例もあり、SHARPZaurus用のHandSKKや、少し時代が下ってATOKフラワータッチ等もこの系譜である

なお、この頃までの技術は指での入力ではなくペンスタイラス)による入力を想定したものが主であるiPhoneの登場以前はキーボードレスモバイル端末といえばPDAタブレットPCなどスタイラス入力を前提としたデバイスが主流だった)

iPhone日本上陸 (2008年7月)

スマートフォン上の「フリック入力」の元祖』であり『予測変換機能を備えた「フリック入力」の元祖である日本語フリック入力効率を考える上で予測変換の占めるウェイトは大きく、「実用的なフリック入力」を実現するには予測変換との組み合わせは外せない。2006年Apple招聘されてiPhoneフリック入力機能を開発した増井俊之氏は元々予測変換のPOBox1998年 - ttps://dl.acm.org/doi/10.1145/274644.274690 )の開発者として知られる研究者であり、Appleへの招聘もその経験を買われてのものだろう。入力フリック操作を用いること自体特筆すべきものではなく、当時の流行を考えれば自然選択だったと思われる

なお、前述のHanabi開発者氏がiPhoneフリック入力を見て

これってボクが10年前にNewton用に作った入力方式Hanabi」じゃないですか(驚き)

ttps://newtonjapan.com/blogO/?p=232

と言っている一方、増井氏はHanabiに対して

知らんがな

ttps://scrapbox.io/UIPedia/Hanabi

と言っている。この分野の研究をしていて知らんことあるか?とも思うが、電話テンキーの上に五十音かなのフリック入力実装すると誰が作っても概ねHanabiのような外観になると思われるので、本当に知らなかったとしても齟齬はない

発明ミュージシャン小川コータ氏の発明 (出願:2008年1月登録:2011年3月)

ttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2008-282380/11/ja (特許)

『画面表示は絶対座標+移動判定は相対座標で行うことで「フリック入力」の入力効率を向上させる手法特許である(詳しい仕組みは上記東洋経済記事に書いてある)。ペン先と比べて指先は太いため指によるタッチでは厳密な操作が難しく(fat finger問題)、「実用的なフリック入力」を実現するにはこのような工夫も必須になる。小川氏の凄いところは、スマホ日本語UIリリースするならどのメーカーも必ず実装するであろうこの工夫を、日本iPhoneリリース直前、Apple社としては引き返せないであろうタイミング特許申請したところだ。機を見るに敏すぎる。特許庁に2回も拒絶された特許を不服審判で認めさせているところも本人が弁理士からこそできる強さだと思われる

なお、氏の記事を読むと「フリック入力自体を氏が考案したように思えてしまうが、ここまでに述べた通りそれは誤りである。「フリック入力に関連する重要特許公報に『発明者』として掲載されている」ことは疑いない事実なので「フリック入力発明者」と称するのはギリギリ誤りではないと言えないこともないが、「フリック入力発明した」はやはりダメだろう。上述の通りフリック入力自体90年代に既に登場しており00年代の前半にはタッチスクリーン上のかな入力手法一角を占めるに至っていたので、iPhone実装されたことは不思議でもなんでもなく、

しかしたら、僕がプレゼンした相手が、自分発明たかのように社内プレゼンしたのかもしれません。そこは闇の中です。

このあたりは荒唐無稽邪推すぎて、ソフトバンクから名誉棄損で訴えられたら危ないのでは(そもそもiPhoneフリック入力を開発したのはAppleであってソフトバンクではない)

まとめると、さすがに小川氏の記事はモリモリに盛りすぎである書籍宣伝にしても酷すぎる。価値の高い特許を取った発明であることは事実なのに、なぜこういう胡散臭いムーブをしてしまうのか

ここまでの事実をふまえて、Wikipediaの「フリック入力」の項

2023年6月までは妥当説明だったのに

1998年AppleNewton用に開発された日本語入力システムHanabi」が草分けで、2008年iPhone採用されたことで、急速に広まった。従来の「あ段→い段→う段→え段→お段」とキーのプッシュを繰り返して表示・入力する方式トグル入力)に比べ、素早い入力可能になる。その入力効率の高さから2010年頃にはキーボード離れが加速している[1]。

https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E5%85%A5%E5%8A%9B&oldid=95808357


同年11月の編集唐突に不自然小川推しに改変されている

1998年AppleNewton用に開発された日本語入力システムHanabi」[2]が草分けで、2008年iPhone採用されたことで、急速に広まった。日本におけるフリック入力は、発明家でシンガーソングライター小川コータiPhone上陸以前に考案し2007年から2015年にかけて特許出願した[3]ものであり、取得した権利マイクロソフト譲渡された[4]。

https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E5%85%A5%E5%8A%9B&oldid=97947525


ただ、これはおそらく関係者自作自演等というわけではなく、日本におけるフリック入力関連特許小川のものばかりであることからボランティア編集者が勘違いしてこのような記述にしてしまったのではないかフリック入力は前述のように地道な技術差分の積み重ねなので、個々の差分開発者が「特許」を取ろうという気にならないのは良く分かる。その点でも、自ら弁理士として特許を量産した小川氏の強さが際立っている(が、やはり盛りすぎは良くないと思う)

Permalink |記事への反応(8) | 23:00

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2025-10-10

陰キャは夜空を見上げない

三年前、渋谷桜丘町にある古いマンションの一室で月に一度だけ開かれていた読書会があった。

「Books &Beyond」とか「本と珈琲」みたいなカフェが並ぶあの界隈で、オーナー趣味でやってるようなサブカル風の空間。壁にはカフカポスターが貼られ、スピーカーからボサノヴァが流れていた。

六畳ほどの小さなスペースに八人くらいが座りそれぞれが持ち寄った本を紹介し合う。それが俺と彼女出会いだった。

俺がその日持っていったのは『呪術廻戦』の第八巻。ほかの人たちが『中動態の世界』とか『そして誰もいなくなった』とか『サピエンス全史』とかを並べる中で、俺だけがジャンプコミックスを机に置いた。

もちろん場の空気ちょっと変わった。

でも当時の俺はそれを承知の上で、ある種の逆張り勇気みたいなもので挑んでいた。会社では誰にも話しかけられず、Slackアイコンもずっと初期設定のまま。それでも自分を注目して欲しいという欲求はあった。

 「呪術廻戦のテーマは、“死の受け入れ”よりも“存在肯定”にあると思うんです」

俺はそう言った。

それに対して、口を開いたのが彼女だった。白いマスクを外して冷静な目で俺をまっすぐに見た。

「でもそれって、“他者媒介にしない存在”ってことですか?」

唐突にそんな言葉が出てきた。返す言葉に詰まった。彼女の声は低くて落ち着いていた。大学院哲学を専攻していると言った。

その瞬間、空気が変わった。

みんなが「へえ〜」と頷いて、俺は笑ってごまかした。その笑いが妙に引きつっていたのを今でも覚えている。

そのあと彼女が言った。

「でも、面白いですよね。呪いって、社会の圧みたいなものですし」

その一言に、俺は救われた気がした。

彼女は俺を笑わなかった。

それどころか俺の話を拾って補足し、言語化してくれた。その会の後、俺たちは駅まで一緒に歩いた。

外は冷えていてコンビニの前のホットコーヒーの湯気が白く漂っていた。

「また来月も行きます?」と彼女が言った。

「行く」と俺は答えた。

彼女名前はSといった。

新宿御苑の近くに住んでいて、大学お茶の水彼女の持ってくる本はいつも背表紙が硬かった。

『悪について』

他者起源

グレアム・グリーン短編集』。

対して俺の持っていくのは『チェンソーマン』や『ブルーピリオド』。

彼女はよく笑った。

笑うときに、指先を口元に添える癖があった。

その仕草上品で、俺はそれを見るたびに自分がどれほど下卑た生き物なのかを思い知らされた。

付き合うようになったのはその年の秋だった。

彼女修論で忙しくなってから俺の存在息抜きになったらしい。

あなたと話してると、時間を忘れちゃう」と言われた夜、俺は人生で初めてコンビニの帰り道が輝いて見えた。ファミリーマートの青い光がネオンのように見えた。俺の中でなにかが初めて肯定された気がした。

冬のデートの夜、代々木公園を歩いた。

イルミネーションが飾られてSNSでは「#冬の光2021」というタグ流行っていた。俺は寒くてポケットに手を突っ込んでいた。彼女は小さな紙袋を下げていて中には文房具店で買ったモレスキンノートが入っていた。

「これ、修論終わったら旅行記書こうと思って」

彼女はそう言って笑った。そして突然立ち止まって空を指さした。

「ねえ、見える?オリオン座

俺は空を見上げた。

そこには三つの星が斜めに並んでいた。

「……あれか?」

「そう。ベテルギウスリゲル。あと真ん中がミンタカ

彼女はそう言って、星の位置を指でなぞった。

俺は正直何もわからなかった。

星はただの光の点にしか見えなかった。

俺の住んでいた葛飾区の夜空では、星なんてほとんど見えなかった。中学の帰り道、空を見上げてもあるのは街灯と電線だけだった。だから星座名前なんて知る機会がなかった。

「小さいころ星座図鑑とか見なかった?」

彼女がそう言った。

「うん、まあ、プラネタリウムとかは……行ったかな」

本当は行ったこともなかった。そんな余裕のある家庭じゃなかった。週末は母親スーパーで特売の鶏むね肉を買って帰るのが恒例で、俺はその肉を味噌マヨで焼いて弁当に詰めてた。

星よりも肉の値段を見てた。だから空を見上げるという行為が俺には贅沢に思えた。

彼女は俺の顔を見て、少し笑った。

かわいいね。知らないことがあるって」

それがなぜかすごく悔しかった。笑われたわけじゃないのに馬鹿にされた気がした。

俺は「そうだね」とだけ言って視線を落とした。

地面に落ちた枯葉を踏みつけた。カサッという音が、やけに大きく聞こえた。俺はあの夜自分が一生星座名前を覚えないだろうと悟った。

通勤電車の窓に映る自分の顔は相変わらず冴えなかった。イヤホンからはYOASOBIの「群青」が流れていた。「夢を描くことが全ての始まりだ」なんて歌詞を聞きながら俺は窓の外を見た。

見たのは空じゃなく、線路だった。

陰キャは夜空を見上げない。

だってそこに映るのは、自分の見なかった人生からだ。

星の位置を覚えられる人間は、いつだって上を見て生きてきた人間だ。

図書館に通い、正しい敬語を使い、誰かに恥をかかされないように育てられた人間だ。

俺はそうじゃない。

俺の星座コンビニ防犯カメラの赤い点滅と、タワマン最上階で光る部屋の灯りでできている。

 

これは遺書だ。

俺はもう彼女と会っていない。

LINEトーク履歴はまだ残っている。

最後メッセージは「また話そうね」

日付は2025年2月14日

バレンタインだった。俺はその日会社義理チョコすらもらえなかった。彼女からチョコを待っていたわけじゃないけど期待してた。

「ねえ、今年はどんな本読んでるの?」

その一言が来るだけで救われたと思う。メッセージはもう既読にならない。

通話をかけたこともある。

仕事帰りの山手線品川から田端までの間イヤホン越しに呼び出し音が虚しく鳴った。ワンコール目、ふたつ、みっつ、……留守電に切り替わる。

録音された「この電話現在使われておりません」という機械音声。それがまるで彼女の声に聞こえた。その瞬間息が止まった。ほんの数秒で胸が焼けた。

どうして?

俺のスマホには彼女写真がまだある。表参道青山ブックセンターの前で撮ったものだ。彼女は黒いコートを着て、手に『ロラン・バルト恋愛ディスクール』を持っていた。俺は同じ日カバンの中に『チェンソーマン』の最新巻を入れていた。

その夜二人で神宮外苑いちょう並木を歩いた。イルミネーションの下で彼女が「あなたはどんな未来を望むの?」と訊いた。俺は「普通に働いて普通に暮らせたら」と答えた。

俺は夢を語る勇気がなかった。陰キャは、夢を語ると笑われると思ってる。

それでもあの頃の俺は必死だった。休日には「丸善丸の内本店」で彼女が好きそうな本を探した。

夜と霧

レヴィ=ストロース

哲学の慰め』

表紙をめくっても内容の半分も理解できなかった。けど読んでるフリをすることに救われた。カフェ・ベローチェでブレンドを飲みながらマーカーで引いた単語スマホで調べた。

「内在性」

「超越」

主体性」。

どれも俺には関係ない言葉だった。それでも彼女世界に近づける気がした。

夏になっても連絡はなかった。彼女Twitterアカウントは鍵がかかりInstagramは削除されていた。

唯一Facebookけが残っていた。プロフィール写真は変わっていなかったけど交際ステータスの欄が消えていた。俺は夜中の三時渋谷ファミマストロングゼロを買って歩きながらそのページを何度も更新した。酔いで画面が滲み青白い光が夜風に揺れて、まるでオリオン座みたいだった。

俺は空を見上げた。

でもそこにあったのは、看板LEDだけだった。

もしこれを読んで俺のことだと気づいたのなら、どうか連絡をして欲しい。俺はおまえが好きだ。おまえがいないと俺はもう駄目みたいなんだ。

たくさん本も読んだし勉強した。今なら話にだってついていけるし、楽しませることだって出来る。

から連絡のひとつでいいからしてほしい。、お願いだ。頼む。

これを俺の遺書にはさせないでくれ。

Permalink |記事への反応(0) | 13:28

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2025-09-06

anond:20250906121138

わかる!

卒論修論博論で「我々は〜」「筆者は〜」はいらん

そもそも単著のはずなのに我々ってなんだよ

ばーかばーか

Permalink |記事への反応(0) | 12:16

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2025-08-22

大学卒論修論AIに要約してもらったらいい

1年かけた10万字をA41枚くらいにまとめてくれるよ

Permalink |記事への反応(0) | 12:32

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2025-08-20

anond:20250820131940

それ修論じゃないの?

査読付き論文リーズ

Permalink |記事への反応(3) | 13:22

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2025-07-16

anond:20250716170339

修論って大学院ですやん

大卒低学歴になりますやん

Permalink |記事への反応(0) | 17:12

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2025-06-14

>>頭の良い男性と会話をして

その知性にドキドキするやつ、やりたい<<

これ見て、あーB3とかの時にM2の先輩に修論の話とか聞いて正直完全にはわからないけど将来できる研究とかおもろそうな実験に思いを馳せてワクワクするのを吊り橋効果的に勘違いするやつか!という解釈をしてしまって自分国語力の低さを恥じた

でもでもだって◯◯わかる?って聞かれて分かんないです!って言って解説してもらった内容が既知の領域リンクしたらドキッとすんじゃんかよ……

Permalink |記事への反応(0) | 11:27

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2025-06-12

母がキレるきっか

帰宅時、飯を作っていない・作ってある

 これが殿堂入りしても良いぐらい繰り返されたやつ。

 仕事イライラを家庭に持ち込む時にとっかかりやすかったんだと思う。

 途中から「じゃあ飯作っておけばええんやろ」と冷蔵庫の残り物で自分なりに作ってみたが、今度は「それは○○に使うつもりだった」とキレてきた。

 当然料理はしなくなった。

髪の毛が落ちている

 母は綺麗好きだったのだが、床に髪の毛が落ちているとキレていた。

 毎回ではなく、だいたい1ヶ月に1回ぐらいだったので、やっぱり機嫌悪いのを周囲にぶつけたいとき理由だったんじゃないかと思う。

 対策は当然髪の毛を拾って捨てておくことなのだけれど、髪の毛なんて日々落ちるのでどうしようもない。これも諦めていた。

コンセント水道・照明

 待機電力対策で、ほぼ全てのコンセントは抜くのが当たり前の生活をしていた。差しっぱなしなの冷蔵庫ぐらい?

 当然、水道を少しでも流しっぱなしにする、照明をつけっぱなしにするのも怒られた。

 まぁでもこれは片親で収入も多くない中で節約意識を高めた結果だったので、まだ理解できる方かも。

ネットでの買い物

  「もっとも良い○○を買え」という指示がちょいちょいあった。

 母には「ネットならそういう買い物もできるんだろう?」というインターネットに対する謎の信頼があったのだが、

 そもそも詳しくないものについて調べて買うのなんて分かるわけない。

 最悪だったのは化粧品関連の買い物で、肌質に合わないとそれはそれでキレられるので困っていた。

アニメ関連の話題が出たとき

 オタクに対して毛嫌いというかキモいというか、そういう考えをずっと持つ人間だったので、

 テレビでそう言う話題が出る度に不機嫌になっていた。

 その息子はひっそりオタクになっていたのだが、それを隠すのに必死になっていた。

 なのでそう言う話題が出そうなときは、お腹が痛いふりしてトイレ時間がたつのを待っていたのを覚えている。

修士論文提出前日の雪

 1回だけだけど一番印象的だったのがこれ。未だに思い出して気分悪くなる。

 院生時代実家に二人暮らしで片道2時間かけて大学院に行ってて、まぁはっきり言って体力全然足りなくてろくに研究もできない落ちこぼれだったんだけど、

 だとしても卒業論文さないと卒業はできないので自分なりにやってた、が、

 期限の悪い日と修論提出前日が被って、深夜に数時間外で雪かきをした。

 曰くみっともないから、らしいが、息子が留年する方がよほどみっともないのではないかと思った。なんとか出して卒業したが、完全に教授お目こぼしをいただいただけだと思っている。

思っていたよりも少なくてびっくり。もっと理不尽にキレまくる人間だったと思うんだけど、忘れたのか、それとも私の思い違いだったか

片親で育ててもらったこ自体感謝しているけど、死ぬまでか関わりたくないという思いも一緒にある。

小学生の頃は父が家を出て行く理由が分からなかったけど、今となってはよく分かる。こんなんじゃ精神がすり減る。

父は自室も無く、自分のものクローゼットの服をかけるスペースの下しかなかった。金銭管理も全部母がやってた。多分地獄だったと思う。

今は再婚して3人子供がいるらしく(これは興信所経由で母が仕入れ情報まぁこれは養育費払わなかった父が悪い)、

第二の人生幸せにやってるらしい。でも急に自分と会う頻度が落ちたあたりから捨てられた感じはして、ちょっと落ち込んでたのも事実

やっぱりタンスの角に指とかぶつけてほしい。

一方で、この程度で母と縁を切るのもどうなんだ、と思われる気もしている。

今は私がLINE既読スルーするぐらいしかしていない間柄なんだけど、本当はもう少し家族らしい人付き合いをしたいんだと思う。けど、そうできる気はしない。

血は繋がっていても常識とか、(ここには書いていないけど)倫理観とか、そういう住んでいる世界?とでもいうんだろうか、価値観根本から違うんだと思う。

これは今気づいたんだけど、家族って何をするのかよく分からないのかもしれない。

同居していた頃は「家にいる長(ここでは母)の機嫌を悪くしない範囲生活をする」以外のことはなにも考えられていなかったし、

家族で一緒に○○みたいなことは全然無かったので、いざ今から家族っぽいことをできる気がしない。

しろ家族ってなんなんだ、何したら家族ぽいんだ、なにもわからない。

こんなだし、死ぬまで結婚はしないし、家庭も持たない方が良いんだろうと思う。家というものに再度入った際に自分が何をしでかすか怖くて仕方がない。

Permalink |記事への反応(2) | 15:52

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2025-05-10

友人の通った大学院

仕事しながら私立大学院学部偏差値高め)に通った友人がいるんだけど、話聞く限り

入試面接10分と志望動機1000文字のみ。研究計画書もなし

研究室M2後期から。それまでは講義のみ

修論自分の行った大学地方公立)の学部の優秀層レベル

学会発表なし

で、これで修士取れるのか・・・と正直困惑

自分が知らないだけで、私立ってこんなもんなの?

Permalink |記事への反応(0) | 14:25

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2025-04-11

anond:20250411123504

大学時代の恩師を偲ぶ会が盛大に行われるらしく、供花料として5千円を納めてきた。

大学卒業してから卒論を完成させていただいたり、ちゃらんぽらん修論でも卒業させていただいたり、

本当に世話になった。

Permalink |記事への反応(0) | 13:09

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2025-04-09

自殺境界線

「気丈にふるまっていたけど,あの人自殺したよね」「あい死ぬ死ぬ言ってる割に全然死なねーじゃん」

30代になる程度には年を重ねると,一度や二度とは言わずにこういったことを経験することもあるのではないだろうか.

では,この人たちの思考境界線自殺へ発展するか否か,はどこにあるのだろうか.

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自己紹介から

僕は双極性障害ADHDASD(共に診断済み)を持っていて,精神手帳2級と障害基礎年金2級を持ってる,博士課程(理系)の学生だ.

(おそらくASD傾向が強くて)自身思考内省したり,薬を調節して自身人体実験をするのが結構好きである

希死念慮が強いとき結構あり,死にそうになるたびに「今日自殺願望湧いてて草,頓服飲むか~死にてー.殺してくれないかなぁ」などと思っていたりツイートしたりする.春になり,暖かくなり,生物活動が活発になるほど,自分のことを惨めに感じ,死にたくなる.

そんな僕が最近"自殺境界線を越えたな"と感じる場面が,先週うつ転して以来,多々あるので,死ぬ前に見えるところに日記を残そうと思い筆をとった.

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普段思考はいわゆる一般人と変わらないであろう,と思ってる.それなりに勉強できるし,友人とのやり取りやツイッターなども楽しめる.たまには知り合いとディスコードで雑談したり,Youtube面白い動画をみて笑ったりできる.正直,そこには障害も何もない.神経多様性も何も感じない,普通人生

お薬を飲んで,早めに休憩を取って,適切なタイミング頓服を取れば,皆と同じように博士課程も進めることが出来るだろう.ドクター後の研究者人生は大変なのかなぁなどとぼんやり考えていた.

実際,ここ2ヵ月,修論発表や博士課程入試後,は気分がよかった.簿記勉強してみたり,専門科目の勉強をすすめたり,研究会に行ってみたりと落ち着いた生活を送っていた.

だが,春になり入学式シーズンが始まると,やけに思考歯車が狂ってくるのを感じる.うつ転した.

双極性障害うつ病といった気分障害というものを知らない方たちに説明するが,気分の落ち込み,即ち抑うつ気分は病的なものであり,希死念慮自殺企図といったものもある種病的な自然発生の仕方で,脳内で発生し,循環する.

そのたびに,僕は「このような思考障害ドーパミン系の回路を含む脳の血流の問題であるだろう*」とか,「思考制止が表れてるか判断する方法はないのか」などといった,片手間で眺めていた精神医学の本の知識を思い出す.

(注*直接は書いてないが,電気けいれん療法などがうつに聞くということから,脳の回路の循環をとめ,血流をよくすると治療抵抗性のうつなどがある程度寛解するのではと考えている.精神からすると違うかもしれないが.)

とにかく,自殺願望は自然現象であり,止める手段といえば頓服(抗精神病薬)を飲み,休憩することで少しは改善するが,基本的に避けようがないものである

では,このような自殺願望が止められないというようになったらどうするべきか,それは入院である

入院して,テレビや数年前の雑誌かるたオセロといった制限された娯楽しかない場所に行き,2-3か月療養することである程度は回復する.死ぬといって暴れれば,保護室(ベッド以外何もない部屋,持ち込み禁止で水を飲むか思考するかしかできない)へ送られる.そんな人生

もちろん,一度入院した身としては思考歯車が狂い,希死念慮唐突に感じるようになったとて,数週間も入院はしたくない.その思いが強く,うつ転し,希死念慮を鋭く感じて手元にあった薬でODして吊るか悩んだあの夜は乗り越えた.

そう,希死念慮から見ると自殺企図はすぐそこにあるのだ.手段を考え,行動に移すかはほとんど希死念慮を感じ取っているときから始まっているといっても過言ではない.少し大げさだが,高学歴大学を出て,修士課程まで専門分野をある程度修めて,博士課程でやっていこうとする人間が言う位である.こんな僕でも,この瞬間は大真面目に自殺を一時間位考えていた.あの瞬間に,決意のようなものが漲っていたならば,今この場には居ないと思う.

一度目の入院以降,ヘルパーさんといった家事のお手伝いの人や,訪問看護師が週3回入って傾聴してくれていて,二週間に一回は必ず病院継続的にここ4年程通っているという状況だ.病気の人ならこれ以上努力すべきところはないといってもいい.なのに自殺願望は訪れる.うつ転,抑うつ気分,希死念慮は避けられない.

普段ナイーブことな微塵も考えてない.面白いコンテンツに触れることが出来るし,みんなも普通に会話してくれる.なのに唐突に死にたくなって仕方がなくなる.自分価値否定して,自らの生を否定する.

今死にたくなってるみんな,生存戦略しましょうか.

まずは自分の死にたさがどこからどの程度来るのかを観察しよう.うつ病ならうつ病の薬を貰い,適応障害なら職場からいったん離れよう.自分否定し殺そうとする職場なんていても意味がない.好きな職場なら,少し回復を待ってからでもいいではないか.僕も指導教官から少し見放されてはいるが,回復という名目で少し距離を置いていいと思う.見放される原因は一過性ストレス障害である適応障害だった.

今死にたがってる人を見かけてるみんな,生存戦略しましょうか.

青年期なら,青年特有の心の動きというものがある.死にたくなったり突然幻覚幻聴といった一過性精神病の症状がでることだってある.その子も,一つ一つの自殺願望を乗り越えれば,一歩ずつ大人になれる.大人になると,発達障害を含むいろんな障害が少し和らぐ.対人関係距離感というものがあるが,仲良いなら仲いいほど良い距離感でいてあげればいい.対人関係という網は自殺からの子をある程度守ってくれる.

既に病気を持っている人なら,落ち着いて入院セットを整えよう.次に自殺願望がわいた時が最後かもしれない.

自殺というのは,現代社会において1,2位を争うほどの死因であるところの,「病気である.その病気は最善を尽くしても避けられない場面は多い.対人関係などのバックグラウンドがあるとその病気改善しないにしても守ってくれる.みんなも自分の身や大切な他人の身を守ってほしい.「死にたい」のすぐ先に「死」がいつでも待っている.

Permalink |記事への反応(9) | 14:35

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2025-04-04

2015年07月14日(火)

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月14日

「知らない人のほうがまとも」ということは世の中にたくさんあるからね。

タグ:  編集

postedat11:14:58 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月14日

「こいつは味方じゃない」「あいつも間違っている」「そいつダメだ」と言ってるうちに誰もいなくなっちゃうじゃないか

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postedat17:48:18 削除

Permalink -2015年07月14日

2015年07月15日(水)

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月15日

公認心理師法案強行採決で。

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postedat12:38:05 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月15日

しかし「大筋で実施することに決まったこと」についていざ実施しようとするといままで一度も言わなかったことを理由に「できない」と言い出す人にはどうしたらいいのかと思うよ。

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postedat12:53:50 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月15日

冥王星の鮮明な写真を得るみたいなことだって「何の役に立つのか」といったら具体的に何かの役に立つわけではないよね。

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postedat 14:00:27 削除

Permalink -2015年07月15日

2015年07月16日(木)

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月16日

政治の季節には学者同士がどんどん仲が悪くなる。

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postedat 07:36:41 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月16日

もともと「学者から」というだけの理由政治的な信条共通点が生まれるわけでもなし。

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postedat 07:37:46 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月16日

誰がどの「デマ」を信じてどの「デマ」を信じないかというのは面白いね。

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postedat 07:40:29 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月16日

学者がみんな「リベラル」なんて文系学部のごく限られた分野だけだと思う。

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postedat 07:48:40 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月16日

とくダネパネル話題はもうネットソースばかりだな。

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postedat 08:03:48 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月16日

基本的なことをきちんと勉強したいなら震災より前に出版された本を読むのがいい。

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postedat 08:06:47 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月16日

ネット検索でもタイムスタンプを見て震災前に書かれた記事を読んだほうがいい。

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postedat 08:07:26 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月16日

震災破壊されたものは気づかない場所にもたくさんある。

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postedat 08:08:07 削除

Permalink -2015年07月16日

2015年07月17日(金)

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月17日

ほんと19歳のときだったらそれぞれ死を考えるほど深刻に思えたかもしれない出来事毎日2個ずつくらい起きるもんね。

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postedat 04:24:40 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月17日

ただ人間の発達は時代によって変化するので学校制度ときどきそれに合わせて直さないといけない。青年期の始まりを第二次性徴と考えるともう小学校5年くらいがそれである

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postedat 04:34:50 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月17日

実際にその音楽がどういう音質で聴かれるかは音源だけでなく再生装置にも大きく依存する。音源を良くしてもパソコンスピーカーで聴かれたら同じだと思う。

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postedat 04:40:34 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月17日

40歳くらいの頃には毎日夜遅くまで研究室仕事をしていた。夕飯を食いに家に戻ってそれからまた大学に行ったりもした。それをやめて毎晩同じ時間バスで帰るようになったのは今の家に引っ越しからだ。

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postedat 04:46:59 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月17日

「いつ寝てるんですか」「あなたが寝ているときに寝ています」。

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postedat 05:01:16 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月17日

今や世界毎日撮影されている写真の半分くらいが自撮りなのではないか

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postedat 05:03:34 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月17日

研究者たるものなんの役に立つのかと聞かれたら役に立ちますというお話の一つや二つできるようにしなけりゃ」というのは正論なんだけど、方便だったはずのその「お話」に自分自身も縛られて、そのうち本気でそれが研究目的だと思い始めたりする。

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postedat 08:18:09 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月17日

@izatate 基礎と応用というのはどの学問でも永遠の論争の種です。基礎の中にも応用があり応用の中にも基礎がありと入れ子になってますからね。

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postedat 08:23:27 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月17日

われわれ世代子どもの頃から石油がなくなる」「徴兵制になる」「氷河期が来る」と繰り返し言われすぎていまそれを言われてもまったく信じる気になれない。

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postedat 08:32:06 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月17日

@Ooh1024 俺は温暖化自体はあるだろうがその原因が人間なのかは怪しいと思いますね。

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postedat 08:37:57 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月17日

別にくらましとか茶番とかではなく,実際に安保法制よりも新国立競技場問題のほうが安倍政権の維持のために深刻な問題だったのだと思う。タイミングはもちろん計っただろうとは思うが。

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postedat 16:23:34 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月17日

ペット飼育自体制限するのが一番たくさんの命を救うと思うよ。

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postedat 16:41:14 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月17日

十勝には畜魂碑や馬魂碑がたくさんあるがそれは別に十勝の人が牛馬を大切に扱ったことの証拠にはならないだろう。

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postedat20:50:14 削除

Permalink -2015年07月17日

2015年07月18日(土)

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月18日

20年くらい経ってから「実は自分も反対だった」と言うんだよね。

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postedat 02:45:49 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月18日

ツイッターを見ていていつも不思議に思うのは「どうしてこの人はこんなに自分が頭がいいと信じて疑わないことができるのか」ということだ。「辛口」系の人に多い。

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postedat 02:55:02 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月18日

TLを拝見すると本もあまり読んでいないしさまざまことの基礎知識も穴だらけだし、書いていることはすべてどこかで誰かが言ってたことの受け売りなんだけど、「自分はなんでもわかっている」という自意識けが強烈に伝わってくる。

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postedat 02:59:02 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月18日

いっぽうで「この人はなんでこんなことまで知っているのだろう」と専門家でも舌を巻くような人がたくさんいるのもツイッター面白いところだ。そういう人は概して自省的だしプロフィールにも辛口とか書いてない。

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postedat 03:05:55 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月18日

文系でも分野によるとは思うが、文系卒論はまあ学部で習ったことのおさらいにちょっと毛が生えたもの高校からの「調べ学習」の延長くらいなものが多くて、それが修論で一気に「研究」の域に入る感じだが、理系だと卒論からすでに研究で、卒論学会発表したり投稿したりしている。

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postedat 03:27:00 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月18日

そのぶん卒論修論は同じテーマで同じ手法でという流れになってることが多くて、優秀な卒論に負ける修論もけっこう多い感じだ。「これが卒論、すげえなあ」と思うことと「これでも修論なの?」と思うことを両方経験する。

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postedat 03:29:49 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月18日

私と同世代ですでに修論修士号廃止している一貫制大学院があって、そこを博士前期で退学してしまうと大学院に2年行って単位を取っても修士号がもらえないんだ、ほんとそれは大変だねえみたいな話を聞いた覚えがあるんだよね。どこだったか

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postedat 04:00:55 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月18日

現行の臨床心理士制度でも倫理規定秘密保持義務は定められていて違反すると資格剥奪だが公認心理師法案では罰則まで定められていたかどうか。

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postedat 04:21:24 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月18日

よい資料を見つけた。この文科省資料関係する論点ほとんど書かれている。www.mext.go.jp/b_menu/shingi/...

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postedat 04:41:44 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月18日

いちばん人のいない時間バルトークラジオを聴きながら誰にも読まれないことをたくさん書いたぞ。

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postedat 05:00:51 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月18日

から優秀な卒論を書いた学生が「自分テーマを決めて研究する」ところへ行くまでに一度ダメな時期を経るのかもしれない。

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postedat 05:21:53 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月18日

個人的には養成学部学科では卒論卒研はなくしてコースワークをびっしりとやったほうがいいと思っている。じっさい十分それだけ勉強すべきことがあると思うし。

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postedat10:19:10 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月18日

授業ではきちんと勉強させなくても卒論やらせればそれぞれにそれなりのことを学んで卒業していく,ということに教員大学が甘えている,ということは間違いなくあると思う。

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postedat10:30:21 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月18日

その点では法学部経済学部のように「学部で学ぶべきこと」は基本的に授業科目できちんと教えた上でエクストラとして卒研がある,卒研抜きでも教育の質は保証できる,というのが本来の姿だと思う。

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postedat10:33:18 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月18日

日本大学のような卒論卒研ほとんど日本しかないという事実をどう考えるか。

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postedat10:48:17 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月18日

「妾」と書いて「わらわ」とか「わたし」と読むんだよね。

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postedat 13:42:49 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月18日

ジュネーブのことをドイツ語表記ではGenfと書くんだなあ。

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postedat 14:12:18 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月18日

自分卒論をやって有意義だった」という話と「日本大学カリキュラムの中でこれから卒論をどうしていくか」という話は別の話だと思う。

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postedat 16:37:15 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月18日

政治社会教育問題を「人の道」で解決しようとするなという話。

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postedat 19:14:26 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月18日

赤旗特派員中国で殺されかけたことなんかもうみんな知らないだろう。

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postedat 19:48:26 削除

Permalink |記事への反応(0) | 23:52

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2025-03-16

anond:20250316000426

理系卒論は、既存研究のまとめ論文か、既存研究再現実験報告書か、ほんの少し新規性あるミニ実験みたいな論文が多いと思う。

学部のうちに最先端のところまで学んだり限られた時間で大掛かりな実験するのは難しいしね。

修論博論からが本番。

Permalink |記事への反応(0) | 00:21

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2025-02-13

anond:20250213124759

LaTeXかあ。

卒論とか修論しか使ったことないから忘れてたけど、LaTeXを書いてたときでも普通文章ドットカンマを使ったことはなかったな。

今は理系同士でやりとりするときはこうやるんだな。

Permalink |記事への反応(0) | 13:00

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2025-02-10

[エンジニア転職]採用現場より、すぐに使える職務経歴書の書き方

自分現場エンジニアで、絶賛アプリエンジニア採用中なんだけど、なかなか苦労している。

ところで、そもそも書き方がよくない応募を見たりすることがあり、かなりお互いにもったいないので、これについて共有しておく。

え、ソフトウェアエンジニアって人手不足の引く手あまたってきいたのに、なんで書類突破すらしないの~~~~っていう人向け。

職務経歴書が薄い

たまに1枚に満たない人がいるが、この情報量で「面接に呼ぼう!」とはなりづらい。

長いほうがいいということはないが、少なすぎると判断できず、じゃあ今回はお断りしますか、、となりやすい。

1枚は少なくとも書ききってほしい。

採用する側として、1つのポジション20人以上面接することも少なくない。

通常業務もある中、ストレスフルな採用面接はなるべく削りたいのが本音だ。

そうすると、できれば書類審査時に不安材料は削っておきたくなる。

とはいえ20代で新卒会社しか経験したことのない人はなかなか厚い職務経歴書は書けないだろう。

実は職務経歴書自由。色々書いてしまって大丈夫なのだ(これは自分新卒とき外資ITの人に教えてもらった)。

まず、職務経歴書最初には志望動機や、なぜ募集要項自分マッチすると思ったかを書こう。

志望動機は、もちろん意気込みを書いてもいいが、むしろ今までの経歴のサマリスキルを交えて書くと良いだろう。

また、学生時代取り組んだプロジェクトアプリがあればそれも書いていい。卒論修論アルバイト趣味ときに使った言語があればそれも書いていいだろう。

そこで用いた言語は、場合によっては経験年数に数えられるだろう。

30代など、ある程度円熟してくれば、学生時代の話は通用しづらくなるかもしれない。

その場合プロジェクトを細分化して書こう。

これはズルや水増しをしているのではなく、文脈が変われば見るべき点や関わる人間も変化するため、書いたほうが採用側としても見やすくなる。

時系列が昇順になっている

職務経歴書を上から古い順に書く人が多い。

これは履歴書がそのようなフォーマットになっているからだと思われる。

変化の早いソフトウェア業界場合、古い経歴はあまり注目されないことも多い。

加えて応募者にとっても一番アピールしたい経歴は直近のものに集中しているはずだ。

職務経歴書は一番上を最新のものにしよう。

仮に画面共有や対面で書類をみながら話すときも、こちらのほうが格段にやりやすくなるはずだ。

フォーマットに踊らされている

おそらくどこかのエージェントサイトによるものだと思うのだが、たまによくわからないフォーマット化された職務経歴書をみかける。

例えば、

仕様 ×

設計

製造

試験

みたいな表だ。

おそらく一昔前(もしかしたら今も?)にSIer流行させたものだと思う。

ただ、このようなウォータフォールモデルに特化した経歴書を出されてもあまり役に立つものではない(特に当社はSESSIerではないので..)。

余計な情報を与えるだけなので、少なくとも応募者は得をすることはないと思う。

さいごに

転職市場が活発になっているとはいえ、まだまだ職務経歴書は書き慣れている人はいないだろう。

そのため経歴書の中身まで精査されず、書き方のせいで書類選考が通らないエンジニアがいるのでは、と思い筆を取った。

そして当社に応募してくれると最高だ(匿名なので意味のない締め)。

Permalink |記事への反応(8) | 08:50

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2025-02-05

修論4日って別に優秀じゃね?

ケーキ材料は用意し切っててあとは調理して完成させるだけ!の状態から4日で完成まで仕上げたなら上出来やろ

内容は読んでないから叩くに叩けんし

Permalink |記事への反応(0) | 01:53

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2025-02-04

今年の卒論生とか修論書いてる人羨ましいわ

3万円でAIが代筆してくれるから

なんなら博論だって違和感ない英語執筆してくれる

Permalink |記事への反応(0) | 23:31

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2024-11-17

同窓会にいったら、後輩が取引先に就職していた

しか名刺交換したら思いっきり関連部署で、今仕事で話をしている方の部下だった。

お手柔らかにとお願いしたら、むっちゃよい笑顔で「はいっ。こちらこそ!」

って言われて、そういえば無茶苦茶優秀だったなこの人、この人がいなかったらワイの修論あやしかったんちゃうかと思い始めて

お酌してきた。


まじがんばらねば。奴に迷惑をかけるわけにはいかぬ

(↑こういうこと書いている時点ですでに迷惑をかけている)

Permalink |記事への反応(1) | 11:08

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2024-10-14

臨床心理大学院生しんどい

公認心理師臨床心理士を目指すM2

高校生の時からカウンセラーになることを望んでここまで来たけど、しんどい

これまでがしんどくなかったわけじゃない。外部実習も内部実習もたくさんこなして、SVだってなるべく欠かさず受けてきた。

指導教官研究テーマについて積極的に話し、本もできるだけ通読してきた。

ただ、肝心の臨床への向き合い方が良くなかった。ケースへの向き合い方や事例への理解が他の同期よりも浅い気がする。

志向する心理療法も、初学者とはいえ絶望的に出来が悪い気がする。私のケースが他の人の目に触れたら、その内容も考察馬鹿にされる気がしてならない。

学者完璧にこなせるわけないのに、なりたいと思ってしまう。でもその割に、実力がない。一番だめだよね。

私の所属する大学院は他のところに比べるとカリキュラムがきついらしく、メンタルを病む人もいる。幸い、私の学年には危うい人はいても誰も脱落していない。それが逆に、私がダウンしたら「あーあ」って言われる気がして休めないと思わせる。

自己管理できなくてどうする、とオリエンテーションで言われてから私自身が病んだ時はものすごく自責するようになった。正論だけど、それを言った先生は休学したり大学に来なくなったりした学生馬鹿にしているのだろうか。

打たれ弱い人が心理職を目指してはいけませんか?

一方で私は変に自信を持っているので、この状況から切り返してケースも最後までやりきって修論も書き上げる未来が待っていることを信じられる。

諦めずに最後まで完成させる自信はあるので、なんとかしてみせるという気になれる。自分が望む臨床家像を叶えられる日が来ますように。

Permalink |記事への反応(0) | 03:18

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2024-09-11

anond:20240911181424

ちゃごちゃ書かなくても、アメリカ大学院入試教授の推薦(つまりコネ)が重要ってこと知ってればだいたい様子は察せる

卒業できたこ自体はまあ、そこそこすごいというか、真面目にやったのかな、とは思う

ただ分野的に論文(修論)は書いてない可能性あると思う(事実誤認ならすまん)

Permalink |記事への反応(0) | 18:21

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2024-08-26

なんか少し前の学歴ロンダリング話題で「大学院修論仕上げられる奴はそれだけで偉い、日本学部学歴至上主義は異常」って言われてたけど、実際東大学部生の卒論Fラン院生学部から内部進学)の修論ってどっちがレベル高いのかね

Permalink |記事への反応(2) | 22:38

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2024-08-10

日本社会絶望的に科学研究に向いていない

注目の科学論文数、日本は過去最低の13位 1位中国、2位米国

増田某国立大学の工学部で教鞭をとる40代准教授である。その視点からの話であることはご承知おきたい。

こういう記事ブクマには政策が悪いとか選択と集中が悪いとか色々つくが、社会構造的に「向いていない」という話を書きたくてここに書く。

お金が無い

 みんな気になるだろうから、これを先に書く。

 最近になってにわか科学研究大事ということになって色々な研究予算が付くようになった。工学部だと企業との共同研究お話なんかももらえるので、えり好みしなければ研究費を取りやす環境にある。

 だが、大学にはお金が無い

 どういうことかというと、この手のお金は期限がついていたり使途が決まっていたり、いろいろと紐がついている。そして、必要なところには回せないことが大半なのだ

 例えば人件費民間企業ではありえないことだが、国立大が人ひとりを無期雇用で雇うためには、退職までの予算を確保することが必須なのだ。国から運営費交付金寄付金のような、必ず退職まで支払われることが確実な予算裏付けないと無期雇用の人を雇えない。民間企業なら、人を雇うときに予め退職までの給料を積み立てておくというようなことはせず、営業を頑張って給料を払うだけの売り上げを確保するものだと思うが、国立大ではそういうわけにはいかない。色々な企業との共同研究を締結し、外部資金を獲得して、その人の給料を確保する、仮にできなかったら身銭を切ると教授宣言しても、そういう期限付きの契約では無期雇用の人を雇えないのだ。

 秘書事務職員ならまだしも実験機材を維持管理する技術職員とか、研究員とかもこの縛りを受けるので、必要な人を必要なだけ確保することができない。運営費交付金人件費だけでなく建物設備の営繕にも使われるのだから、やれ70年代80年代に建てられた校舎の改築だとか、光熱水費だとか、とにかく運営費交付金の増額が望めず物価が上昇し続ける昨今、大学にはお金が無いのだ。

 ちなみに、外部資金をたくさん取ってきたからと言って自由に使えるわけでもない。大概の研究費は他の外部資金と混ぜて使ってはいけない縛りがあるので、例えば研究費A で岡山学会へ行き、次の日から研究費Bで広島の共同研究先で実験をする、みたいな場合でも、いったん大阪の自宅へ帰って一晩滞在することで研究費を分けないといけない。実験機材も合わせて購入するということはできない。100万円の研究費をふたつつかって150万円の機材を買うことはできないのだ。これが研究費は増えてもお金が無い、という事情の内幕である

学生がいない

 昔からアルバイトに熱心な学生サークル活動に精を出しすぎな学生は確かにいた。最近就職活動時間をかけすぎな学生が多い。夏休みはおろか授業期間中インターンにかかりきりだし、ウェブテストの後で何度も面接をさせられ、いきおい、学生疲弊している。日中の貴重な時間研究室ではなく就活に費やし、奨学金や親から仕送りでは足りない学生アルバイトまでしているのだから卒論修論の質は落ちる。企業ガクチカとか聞く前に、理系学生研究室で研究させてあげてほしい。学部生の卒論半年から1年しか期間が無いのに最後の数か月を除いて就活とまるかぶりだし、2年間しかない修士課程の1年は就職活動で消えている現状で、大学から研究成果が出ないと言われても、どうしようもない。

 研究というのは、専門書を読み、先行研究を調べ、仮説を立て、手を動かして仮説を検証し、その結果を文書にまとめるサイクルである。これがきちんとできる学生であれば、どんな仕事に就いても立派に働ける。たぶん。

 というか、企業採用も、もっと必要資格能力を具体的に書いてほしい。今どきの学生は真面目なので、特定資格を持っていると就職に有利だとわかればそれを取るようになる。大学だって国の資格などであれば学科免除などを取りに行って「就職に有利」みたいな売り文句学生を集めやすい。どんな企業だって欲しい資格能力採用時点で分かっているはずなのだから、それくらい明かしてくれてもよかろう。

博士課程に魅力がない

博士課程の大学院生、というのは研究を進めるうえで大変貴重な戦力である。なにしろある程度は自力研究を進めてくれるし、そのレベル論文として世に問えるものである

ところが、であるちょっと考えてほしいのが博士課程の魅力だ。日本博士課程は、基本的には学費を納入して「学ばせてもらう」スタイルである。その分研究テーマ自由度は高いし専門性を高めやすい。一方で、ある程度経済的に恵まれていないと、3年間の生活をどう工面するかという問題が常に付きまとってしまう。最近は、学振特別研究員のような昔からある登竜門的に限らず、各大学の工夫や国の政策博士課程進学者経済的に援助する仕組みが整い始めている。とはいえ、それらに通らなければ学費生活費を調達せねばならないし、採否の通知は年度末か入学後なので、まったく安心できない。どれほど優秀であろうと研究に向いていようと、金がない学生就活するしかないのだ。

 さらに、就活に際しても博士課程は買ってもらえない。就活サイトを見ればわかるが、技術採用でも研究採用でも、博士号持ちの人の初任給は明示されない。修士課程初任給しか書かれていない。これを見た学生は、修士号持ちと博士号持ちの初任給は同額だと理解する。聞くところによると、博士号持ちの初任給修士号入社三年目くらいかそれ以上らしいのだが、書かれていない情報などあてにできないので、就活する側からみると前述の理解となる。これでは、博士号を取っても何も良いことはなさそうである

 欧米ではではの出羽守だが、海の向こうでは、博士課程というのはプロジェクトから人件費支給される研究である仕事の扱いだから労基法にも守られる。しかも、博士号を取れば仕事の口も増えるし給料も上がる。

 ドイツなんかに行くと、博士号持ちは英語さえ話せれば仕事に就けるが、修士号まではドイツ語を話せないと仕事がない。Dr. と表札に書けるオマケはさておくにしても、それくらい社会的な扱いに差があるのだ。もちろん、給与の出どころである研究プロジェクトが終わると別のプロジェクトで雇われるまで博士課程を続けられないとか、プロジェクトの元締めである指導教員と相性が悪いと人生大惨事になるとか、いろいろなデメリットもあるが「博士課程の研究員」という仕事に就いている扱いなので、無理だと思うとみんな中途採用企業転職したりする。それくらい、普通仕事の扱いであれば進学者も増えるだろうし、博士号を取っておけば食うに困らないくらいの扱いになってくれれば、みんな喜んで進学してくれるんじゃないかと思うがいかがだろうか。

大学教職員は忙しすぎる

 大学安定的予算が十分ないために人を雇えないという話を最初に書いたが、そのツケをどう払っているかというと、パーマネントの教職員が頑張って回している。いや、有期雇用教職員やらせることもあるけど。来年度には任期切れで退職するような教員入試問題を作らせたりされてよいものか?高校への出前講座とかアウトリーチ活動必要だと言われたとき来年退職する先生を送り込んで誰が進学してくれるのか?定年退職した技術職員の後任は予算不足で雇えませんでした、となったときに機材の修繕を誰がやるのか?それでなくても、学生就職研究指導の面倒は必須である

 というわけで、大学先生講義以外にもやることがだくさんあるのだ。とても研究をしている場合ではない。雑務と呼ぶ人もいるが、講義研究以外にも誰かがやらねばいけない仕事なのだから「雑」はないだろう。とはいえ、昔は若手の教員がやっていたような事柄も、若手ほど任期付きになってしまったのでシニア教員がやらねばならなかったり、幸運にも無期雇用を勝ち取った若手に集中してきたりするので、DXで仕事効率が2倍になっても仕事は3倍に増えるのだ。偉い先生方は偉い先生方で、改革と称して新しい企画を立てないと予算をくれなくなったので、朝令暮改もいいところのマイナーチェンジお茶を濁したような企画書をいか気宇壮大に書き直して追加予算をゲットするかに時間を使っている。夏休みも暇かといえばさにあらず、老いも若きも科研費などの外部資金申請書と格闘している。倍率が10倍近くても、何とかして手に入れないと満足に研究ができないのだから仕方がない。

 ちなみに、大学によって、また学部学科によって異なるが、国立大教員競争資金なしに受け取れる、平たく言うと自由裁量経費みたいなものは、年10万~30万円くらいである。国際学会の参加費が10万円を超え、海外論文誌の投稿料も10万円くらい取られるこのご時世に、である。どれほど世紀の大発見をしようとも、世に問うためには論文化して論文誌に掲載されねばならず、掲載されるためには投稿料を払わねばならないのだ。そして、その投稿料ともらえる経費がほぼ同額ということは、外部資金が無ければ研究XOR投稿という選択肢になってしまう。日本論文誌であればもう少し安く、数万円で済む。ただ、そういうところに掲載されても「注目の科学論文数」にカウントされることはない。これが現状である

 それにしても、研究をして論文を書いて世に問うためには先立つもの必要で、それが外部資金が無ければ全く足りていない、という状況であるにもかかわらず、外部資金を取るためには論文を世に出さねばならないというのは何とも困ったものである。このあたりの必要経費と割り当て予算アンバランスはどうにかならないものだろうか。



 というわけで、大学先生というのは、外部資金が無ければ研究ができないために年中予算の確保に腐心しており講義学生指導は当然やるのだから研究をしている暇はない。その先生を雇うお金はもちろんそれを支えるスタッフを雇う予算すら、外部資金のようなひも付き予算から支出できないために全学的に人手不足の状況で、この傾向は悪化こそすれ当面改善する気配はない。代わって研究の主力となりえるのは博士課程の大学院生くらいだが、日本人の学生ほどこっち方面キャリアに魅力を感じずに就職してしまう。それどころか就職活動過去にもまして無暗と時間を食うような仕組みになってきており、研究活動スキルアップさせようもない。これが日本社会の現状である

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2024-07-27

anond:20240726011515

追記してるけど、本当に大学院で学んだとしたら、その割にふわふわしすぎてない?

からこそ、別分野に就職したんだろうけど

何度でも書くけど、そもそも元増田は数量最適化理解できてるか怪しくない?

書いた修論貼らなくても良いけど、テーマくらいなら書けるだろ?

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2024-07-05

発達障害30歳成人説とエイジズム

発達障害30歳成人説」というものがあるらしい。なんでも、精神の発達の遅い発達障害者は定型発達者より精神年齢が10歳低いから成人を迎えるのも30歳頃になるということらしい。自分アラサー発達障害者(ASD)だが確かに30歳成人説は分かる気がする。最近になってようやく身だしなみに気を遣うようになったし、自分の将来について不安を感じるようにもなってきた。普通は身だしなみなら中高生、遅くとも大学生になったら気にしだすものだと思うが、少なくとも20代前半の頃は無頓着だったし、将来だって大学卒業する22、3歳までには就活の中で多くの人間が考えているはずだが自分はのほほんと生きてきた。また、人間関係機微コミュニケーション作法について分かってきたのも最近のことだ。それまでは他人気持ちを考えるということをロクにしなかったし、他人に気を遣わず自分勝手にばかり振る舞っていた。

この発達の遅さの原因はなんだろうか。脳の器質か、定型と比べた経験値の低さか。どちらも関係しているが、後者の方が強いような気がする。発達障害者は発達障害であるがゆえに社会で揉まれ経験に乏しい。自分経験から言うと、大学に入ってから高校時代までとさほど変わらない生活を持続し、サークルバイト、その他いろいろな社会経験をあまりしてこなかった。友人も多くないし、定型発達者女性との関わりも薄いか人間関係恋愛を学ぶ機会も乏しかった。こういう「経験値の低さ」が精神年齢の低さと強く関係しているような気がする。

さて、30歳頃になってようやく定型発達者の20歳と同レベルになってきたのはいいとして、問題になってくるのはこの社会にはびこる「エイジズム」だ。人生のレールから外れることの不利が、諸外国ではどの程度のものなのかは知らないが、少なくとも日本では大きいとされている。留年することなく22歳で大学卒業し、就職し、遅くとも30代までに結婚して子供を作る。これが正しい生き方なのだとされている。結婚出産規範はかつてと比べるとだいぶ変わってきているが、少なくとも22歳で大学卒業して就職するというところまでは未だに強く規範づけられている。

自分の周囲の発達障害と思しき人間は、大体就職までの段階でレールから外れている。25歳くらいまでずっとニートをやっていた奴もいたし(その後スーパーバイト)、修論就活が手につかず大学院を2年留年した奴もいた。他ならぬ自分自身も中退浪人留年を経て現在学生をやっている。発達障害を持っていて、22歳までに何らかの逸脱をしていない人間は滅多にいないのではないだろうか。定型発達者と比べて明らかなハンディを負っている発達障害者には22歳までのイベントを滞りなくクリアするのは難しいし、その後の結婚出産もやはり厳しいだろう。自分や周囲を見ていると思う。

そんな発達障害者に対する社会見方や扱いがこれから時代どのように変化していくのか、そして30歳で「成人」した自分達の今後の人生はどうなるのか、当事者として不安を隠せない。

Permalink |記事への反応(1) | 06:12

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2024-05-25

anond:20240524223357

自分もつい数ヶ月前まで院生だったので返信する(しかも、外部の大学院に進学して研究があまり上手くいかなかったというのも同じ)

大学院って労働基準法適用されないのかな

雇用契約を結んでいるわけではないので、残念ながら適用されない

みんなが当たり前にやっていることを出来ないお前はどこにいっても通用しない

これは明確に誤り。(研究職に就かない限りは)研究を行う能力仕事を行う能力はそこまで関係がない

あなた文章を読んだ限りでは、教授発言アカハラに当たると思うけど、残念ながら大学通報した所で必ずしも厳しい処分が下るとも限らないので、通報するのが良いかは分からない

死ぬぐらいなら退学した方が良いけど、ギリギリ踏ん張れるなら(研究に対する建設的なアドバイス以外の)教授から言葉は全部無視して、自分なりに研究を進めるのがベストな気がする

修士なら最低限の修了要件を満たせばどんなに適当修論を書いても修了はできる。応援してる

Permalink |記事への反応(0) | 12:03

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