
はてなキーワード:五島勉とは
マガジン20選を決める際、一人一作しばりを外した。ちばてつやと梶原一騎(高森朝雄)はどうしても二作選ばなければならなかった。週刊少年マガジンはちばてつやに育てられ梶原一騎に鍛えられた。特にちばてつやがいなければ今日のマガジンはない。
『ちかいの魔球』1961-1963『ハチのす大将』1963『紫電改のタカ』1963-1965『ハリスの旋風』1965-1967『あしたのジョー』1968-1973『おれは鉄兵』1973-1980『あした天気になあれ』1981-1991『少年よラケットを抱け』1992-1994
と三十年以上に渡りマガジンを牽引してきた生き神様のような存在だ。新人発掘のちばてつや賞選考委員として世に送り出した漫画家たちも数多い。Wikipediaを見るとあの人もこの人もちばてつや賞出身だったのかと驚く。漫画家初の文化勲章受章者になったのも当然すぎるほど当然の偉人。
梶原一騎は他誌でも書いているがマガジンでのヒット作が多い。『空手バカ一代』も『愛と誠』もマガジン連載作。
部活漫画の開祖。ガキ大将が剣道やボクシングやサッカー等様々なスポーツに挑戦する。後世への影響力は『あしたのジョー』以上ではないだろうか。アニメ化の際はガキ大将が大山のぶ代、メガネくんが小原乃梨子という配役だった。後のドラえもんコンビの原点という意味でも重要だ。
『墓場の鬼太郎』から改題。マガジン発ではないがマガジン連載で有名になり今もアニメがリメイクされる国民的キャラクターになった。
後世への影響力は間違いなくマガジンNo.1。苦悩する主人公、激しい特訓、写実的な絵でスポ根というジャンルを確立した。漫画界に地殻変動を起こした。その分パロディの対象にされることも多い。夏目房之介『消えた魔球 熱血スポーツ漫画はいかにして燃えつきたか』と斎藤貴男『夕やけを見ていた男 評伝梶原一騎』を読むと理解が深まる。
奇跡の名作。二つの異なる才能がぶつかり合い、週刊連載による偶然が積み重なり、梶原一騎的世界ともちばてつや的世界とも違う唯一無二の作品が完成した。日本漫画史はここで一つの頂点に達する。
日本最高の漫画を選ぶなら『あしたのジョー』と『デビルマン』は有力候補になるだろう。この二作が同時に載っていた当時のマガジンの恐ろしさ。永井豪は週刊少年漫画誌5誌全てに連載を持っていた。
アウトドア漫画の魁。前代未聞の高度な画力で釣りを啓蒙した。梶原一騎や時代の影響で暗くなっていたマガジンから明るさを取り戻す好機にもなった。当時10年間連載というのは非常に稀なことだった。
少年誌のラブコメの基礎を築いたというだけでも偉大だが、その後深刻なメロドラマへと変貌する。今の瀬尾公治や流石景はこの流れの中にある。柳沢きみおは過小評価されている。永井豪同様5誌全てに連載を持っていた。
熱血の時代から熱血を笑う時代へのパラダイムシフトを象徴する一作。小林まことと島本和彦は熱血する自分を高らかに笑いながらまた熱血し続ける。三四郎は『ハリスの旋風』のようにスポーツを転々とする。『青春少年マガジン 1978〜1983』を読むと壮絶な舞台裏が垣間見える。
かつてマガジン最長連載を誇っていた。超巨大学園の抗争から異種格闘技になったかと思えば突然ロックバンドをやり出して最終章ではどシリアスな展開に突入し「新」では柔道漫画に様変わり…と融通無碍な作風。マガジンのカラーそのものだ。「L」連載中マガジンSPECIALに移籍し2004年に中断。
峠の走り屋だった高校生が世界的レーサーへと成長するまでの物語。楠みちはる『あいつとララバイ』と共に80年代のバイクブームを盛り上げた。『バリバリ伝説』をバイブルと呼ぶバイク乗りは多い。後の『頭文字D』の布石にもなった。
森川ジョージはちばてつやの正統的後継者だ。『ハリスの旋風』を読んで漫画家を志し、ちば先生が描いているからという理由でマガジンに持ち込みデビュー。ちばてつや的世界を平成風にアップデートした『はじめの一歩』は途轍もなく面白い漫画だった。そんな時代があった。
世間への悪影響ではトップクラス。今でこそ「な、なんだってー!」をネタにしていられるが当時1999年人類滅亡に本気で怯えた子供は多い。70年代の五島勉の記憶が薄らいだ頃に再びノストラダムス大予言の恐怖を植え付けた。山本弘『トンデモノストラダムス本の世界』『トンデモ大予言の後始末』は解毒剤として有効。後者でのMMR批判は傑作。
ヤンキー漫画の集大成。同時期の『湘南純愛組!』『カメレオン』等と共にマガジンの治安の悪さに貢献した。これ以上不良を熱く描くのはもう不可能かもしれない。
1億部を超えるマガジン最大のヒット作。推理漫画というマイナージャンルを一気に隆盛へと押し上げた。雨後の筍のように模倣作が乱立しその中から『名探偵コナン』というもう一つの巨星が生まれた。影響力では『巨人の星』に次ぐNo.2だろう。福井健太『本格ミステリ漫画ゼミ』は推理漫画の歴史を概観した労作。これを読むと『金田一少年の事件簿』以前以後で全く景色が違うのがわかる。
『湘南純愛組!』の主人公の一人だったヤンキーが教師になって大暴れ。マガジンがジャンプを破り日本一の発行部数に君臨する立役者にもなった。TVドラマも大ヒット。反町隆史・松嶋菜々子のビッグカップル誕生のきっかけになったという意味でも影響力は大きい。
萌えをマガジンに定着させた。雑誌のカラーを変えたという点でかなり重要。これ以後の『スクールランブル』等の恋愛漫画にもつながる。一方でヤンキー漫画は減っていった。
正確なスポーツ描写の時代を象徴する一作。同時期の『あひるの空』はスポーツ弱小校を描くことによって、『ベイビーステップ』は現実的なトレーニング理論を取り入れることによってリアリティを追求した。梶原一騎の根性主義は完全に過去のものになった。
70年代しかあり得なかったはずの週刊少年漫画誌全誌連載が10年代に甦った。『ツバサ-RESERVoir CHRoNiCLE-』『FAIRY TAIL』『魔法先生ネギま!』等のファンタジー漫画隆盛の象徴としても挙げておきたい。
障害にいじめという深刻な問題を描き大反響を呼び様々な議論を巻き起こした。マガジンは塀内夏子以来女性漫画家が多い。(最初は里中満智子だが流れを作ったのは塀内夏子)『シュート!』の大島司、『HarlemBeat』の西山優里子、『ゴッドハンド輝』の山本航暉、『トッキュー!!』の久保ミツロウ、『ベイビーステップ』の勝木光、『ヤンキー君とメガネちゃん』の吉河美希、『ドメスティックな彼女』の流石景等。
今、不良は現実でも漫画でも下火になっている。その状況で不良漫画を描くにはどうしたらいいか。タイムリープで不良が盛んな時代に行けばいい!という発想の転換で大ヒットになった。時代の移り変わりを象徴する一作。
『天才バカボン』も『男おいどん』も『野球狂の詩』も『三つ目がとおる』も『ミスター味っ子』も『シュート!』も『BOYS BE…』も『サイコメトラーEIJI』も『エア・ギア』も『FAIRY TAIL』も『五等分の花嫁』も『ブルーロック』も選外になってしまったが、マガジンの歴史の流れを重視して選んだ。
追記・返信
今回の20選は「後世への影響力」「時代の象徴」という観点から選びました。
>”柳沢きみおは過小評価されている。” 同意なのですが、すっきり終わるのがないからでしょうか。
今の流行と合わないというのもありますが、本人が自分のブランド化に失敗してる感じもします。
>ミスター味っ子はグルメ漫画の演出にだいぶ影響を与えたのではないだろうか。むしろアニメ版が大きいのか?
そうですね、『ミスター味っ子』の影響力はアニメの今川演出によるところが多く、原作は割と普通なので。
>巨人の星とあしたのジョーの連載時期が重なっていることを再認識して呆気にとられる
本当に恐ろしい。よほどマガジンの風が合ったのか。
>90〜ゼロ年代の読者には「週刊少年キバヤシ」みたいな印象があるが、こうして列挙されるとそこまででもない、のかな。いや
>バリ伝が入ってるのは嬉しい。イニDのキャラクターに感じられなかった生気のようなものがまだあった。
『バリバリ伝説』は絶対入れようと思ってました。『頭文字D』よりこっちですね。
>七つの大罪ってそんなか?とか所々疑問はある。
うーん確かに。『FAIRY TAIL』の方がよかったかもしれません。
>「コータローまかりとおる!」途中で訳が分からなくなって、読むのを止めた。それまでは楽しみに読んでたよ。私は20選に選ばない
まあ名作というわけではないけど、あのなんでもありな感じが実にマガジンらしいと思います。
>味っ子IN大罪OUTだな、スーパードクターKは面白いけどブラックジャックと北斗の拳の悪魔合体だし
うーんやっぱり『七つの大罪』は外そうかな。Kを入れなかったのはまさにその理由です。
>つのだじろう「うしろの百太郎」は外せないのではないか。当時恐怖オカルトマンガ大ブームの立役者の一つだったよ。
> 私は良き読者でないのでどれを落とせとは言えないのだけど『天才バカボン』を外すのは納得できん。友人は「当時のマガジンはガロなんかよりよっぽど前衛的だった」と言っていた。ていうか全般に赤塚評価低すぎん?
『天才バカボン』も本当は入れなきゃいけないんですが……。かなり悩みました。赤塚作品はサンデー10選にもりぼん10選にも入ってるので全般的に評価が低い訳ではないと思います。
>「ミスター味っ子」は良くも悪くも王道の少年グルメ漫画なので、個人的にマガジンならではって意味では「将太の寿司」の方が重要かな。
同感です。入れるなら味っ子より将太。しかしただでさえ90年代が多いのでこれ以上入れるのは難しかった。
>ミスター味っ子は料理漫画としてエポックメイキングだったし、オフサイドは女性作家の描くスポ根漫画としてエポックメイキングだったと思う。
塀内夏子はマガジン漫画家20選なら入ると思います。かなり重要な作家。ただ作品で見ると20選は難しいかと。
>概ね同意ではあるんだが、さすがに真島ヒロが居ないのはおかしい。 迷うが、七つの大罪→FAIRY TAILはしないといけないかと。
そうですね。真島ヒロはここ四半世紀のマガジンには欠かせない……。『七つの大罪』と『FAIRY TAIL』を入れ替えるか。
Twitterでの反応も
https://x.com/FUNDOSHIMASK/status/1851540864256065548?t=4HG7KChe6go4rpZiQoj5uA&s=19
>しかしジャンプ版でもサンデー版でもそうだったけど、通史で語るとどうしても21世紀が弱くなっちゃいがち。というか流石に21世紀マガジン作家として、ばっちょ>真島ヒロは無くない?
通史という性格上今が弱くなるのは仕方ないかと。しかし確かに鈴木央を入れて真島ヒロを入れないのはおかしいか。
https://x.com/renge_kick/status/1851544678833025184?t=5xA6twKuvH1r8CV6s02t7g&s=19
>RAVEはマガジン史においてかなり重要だと思う(ヒット規模はFAIRY TAILのほうがデカいけどマガジンに能力バトルが増えたのはRAVEからだと思ってるので)
https://x.com/renge_kick/status/1851601194126614683?t=n_MMf633SxuDnTGjJXmTUQ&s=19
>厳密にはRAVEよりも先にゲトバやKYOが始まってるんだけど、人気に火がついた早さやその後のネギまやツバサなんかのファンタジーバトルもののノリを見るとやっぱ重要なのはRAVEだよなーって
https://x.com/npeofnpe/status/1851570584460910706?t=ZqperbBdCK13dY0B_N36cg&s=19
>ごとよめって確か巻割100万いってましたよね?ラブコメ史上最強といえるので入ってない方が変かな
聲の形は単発でパッとあたったけどマガジン史においてなんか重要かと言われると別に…
というわけで改訂版を出します。00年代漫画が一作だけなのも気になっていた。
驚異的な執筆量で21世紀のマガジンを牽引する真島ヒロ。本作は海外人気も非常に高い。『ツバサ-RESERVoir CHRoNiCLE-』『魔法先生ネギま!』『七つの大罪』等のファンタジー漫画隆盛の象徴としても挙げておきたい。
”元外務省外局・終戦連絡委員会、横浜事務局の北林余志子作成の、米軍の横浜市内と県下の一部を含む、不法行動リスト
(1)T子 R子A子(何れも11歳・武蔵野市小学五年生)は、米兵の餌食に。
キャンプ・トコロザワ近くでスケッチ中に、次々と強姦される。スカートは切られ、気絶し、泣き叫ぶと顔を蹴り、ジープで去る。
(2)1946年4月、中村病院(後に廃業、跡地は後は道路に)は、
3台のトラックに分譲した米兵2~300人に1時間近く、病院中を荒らされる。
・婦人患者のうち重症者を除く40数人と看護婦17人、ほか付添婦・雑役婦20数名
などが陵辱された。
・彼らは大病室に乱入し、妊婦・産婦・病気の婦人たちの布団を剥ぎ取り、その上にのし
かかった。
・2日前に生まれたばかりの赤ちゃんは、1人の兵隊に床に蹴落とされて死んだ。
・M子などは続けざまに7人の兵隊に犯され、気絶した。
・そして、裸で転がっている間を通って、進入してきた時と同様、彼らは表玄関と裏口か
ら引き上げていった。”
北林透馬(WIKIPEDIA)によると 北林余志子氏が元外務省外局・終戦連絡委員会、横浜事務局に所属していたことは確かなようである。
終戦連絡中央事務局は、終戦事務連絡委員会の後継的機関で(1945年8月26日~)横浜事務局は全国に14か所設けられた(京都、横浜、横須賀、札幌、仙台、佐世保、大阪、呉、鹿屋、福岡、松山、名古屋、館山、和歌山)地方事務局のうちの一つ。
https://altairposeidon.hatenablog.com/entry/2007/06/01/221511
https://altairposeidon.hatenablog.com/entry/2007/06/01/223323
これによるとソースは
”SAPIO,4/11号の「封印されていた占領下の米兵『日本人婦女子陵辱事件』ファイル」で、ジャーナリストの水間政憲氏の記事である。”
http://blog.livedoor.jp/nanka_youkai/archives/6835240.html
https://www.amazon.co.jp/dp/B000J6LL0I
そしてこれによると
”「続日本の貞操」蒼樹社1953年(昭28) の復刻版です。”
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000903727-00
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000000903727-00
1968年生まれで、小学生のころにノストラダムスのブームがあって、五島勉の本を読んでビビっていた。
中学生のころに、小池一夫劇画村塾という本を読んで「漫画ってこう書くのか!」と小池一夫に心酔。
で、高校のときに小池一夫が、ノストラダムス愛伝説という漫画を連載してるのを見つけた。
小学生のころはノストラダムスを信じてたけど、さすがに高校生にもなると反論本とかも読んですっかり覚めていて「いまさらノストラダムス?」という印象。
ノストラダムス愛伝説は、ノストラダムスの伝記で、妙に立派な人として描かれてる。
作中に小池一夫本人も登場して「これを書くのが私の使命だ!」とか若者に熱弁したりしてるの。
私も小学生の頃に、五島先生の 「ノストラダムスの大予言」を読んでワクワクした世代なんだけど、
最近、五島先生が当時の子供たちに謝りたいという仰っているのを見かけて、昔のことを思い出した。
小学生の頃、学校になじめず、部活では教師に殴られるし、友達と思ってた人は友達でもなんでもなくてあっさり裏切られるし、
わけのわからない理由で靴を隠されたりしていじめられるし、母が怒鳴り続ける家にも居場所が無くて、
遂に歩道橋の上から車の前に飛び降りて自殺しようと決意を固めたことがあった。
決行当日、たまたま母親の機嫌がよかったせいで、私は自殺するのを少し延期した。
そのとき、「ノストラダムスの大予言」の1999年7の月に何が起きるのか見届けるまでは生き延びると決心することで、
生きがいも無く人生に絶望していた自分にようやく1つの目標を与えることができた。
中学高校大学と、延々とぼっち生活を続けて時々自暴自棄になったりしたけれど、いつも、
「恐怖の大王は来るのか?来ないのか?」それを確かめずには死ねない。
と言い聞かせてどうにか生き延びた。
就職して仕事が忙しくなると、予言のことも自分の決心のことも忘れて、1999年7月はいつの間にか過ぎていた。
こんな風に大人になった私にとっては、五島先生の大予言に人生を救われたと言っても過言ではない。
予言そのものは、もともと半信半疑だったけれど、適度に近い未来に迫真の恐怖を描くことで、
オウムがウヨかサヨか、はたまたオタクかみたいなのは今とは時代が違いすぎるのであんまり意味がない。90年代の日本がどうだったかというと、インターネットはまだほとんど普及していなくて一部の人がパソコン通信を使っていたくらい。
国内情勢は、91年にバブルが崩壊したとはいえ、まだまだ好景気が下り坂になった程度の印象だった。頑張れば毎年給料上がるし、きつい仕事はその分手取りも高い。投資家とかだとバブルの見え方は違うかも。一般人は好景気のなごりで気持ちに余裕があって当時の政権にも今と比べて信頼があったように思う。GoogleもWikipediaもスマホもない時代、情報も集めにくいので右翼的な思想も先鋭化しづらかったというのもあるのかな。街宣車は見かけた。
一方で左翼的な思想は、昔学生運動をやっていたような人たちが労働組合や日教組にいて、どちらかというと近寄りがたい雰囲気を持っていた。
多くの人は(米軍基地とか個別のテーマはあったものの)政治の舵取り自体はあまり批判的な目では見ておらず、右でも左でもなかった。それより前の時代はノンポリと呼ばれていたけど、90年代くらいだとそれらはサブカルに飲み込まれていったように思う。これまで同じ人気ドラマを見て同じベストセラー小説を読んでみたいなライフスタイルから、他人がどうであれ自分が好きなものを選んで楽しむことが普通になった。インディーズバンドを聴いたり、カルト映画とか、もちろんアニメも含めマニアックな趣味が細分化していった。とはいえ、ネットで検索できるわけでもないので、当時の普通のアニメオタクよりも今の一般人の方が知識があるくらいで。まあ中には化け物みたいに知識をためこむ人もいたにはいたけど、知識の検証も難しいので不正確な部分もあったりね。
サブカルというひとつの趣味があるわけではなくて、いくつもの細分化した趣味の総体をサブカルと呼んでいた感じ。いまでは考えられないけどフジテレビもサブカルっぽかった。糸井重里もサブカル、景山民夫もサブカル、千葉麗子もサブカル、丹波哲郎もサブカル、そしてオウムもサブカルだった。五島勉のノストラダムスの本もサブカル。
そんな時代。
最近、オカルトブームを振り返る人が多いけど、あまりに言っていることがあやふやなので、とりあえず調べられるだけ調べてみた。
しかし、こういうのはオウムの記憶も朧げな俺よりも、当時のことを知ってる奴がきちんとまとめるべきだと思うんだよな。
Permalink |記事への反応(10) | 07:24
五島勉の最新作「H.G.ウェルズの予言された未来の記録」を読んだ。
「あのウェルズが予言をしていた」って内容で、それはそれでいいのだが・・・。
これを、その時代(日中衝突の時代)には、「日本にアーモンドが咲いている」=「世界の富や文化が日本発で」という解釈はいかがなものか。
「アーモンドの詩」は、「もうそれを私は見れないのだろうか?」につながっているので、「アーモンドの花が見れなくなる」っていう予言なのでは?
「アーモンドの花が見られなくなる」←「ミツバチが姿を消す」→「アインシュタインの予言(ミツバチの絶滅後4年で人類絶滅)」と言う風に、当然つながってくると思うんだけど、もう、五島勉にはそういうひらめきはないらしい。
「アーモンドの詩」を見直すと、「アーモンドの花、美しい富士山、かわいいものに満ちた宝島、それらはもう見られない(=滅びる)」と読めるので、「ミツバチの絶滅」、「富士山噴火」が予言されているのが明らかだと思うんだけど。