
はてなキーワード:主催者とは
未診断の発達障害者と思われる人間が、自分のほうが普通という前提のもと、異性全般、見合い相手、パーティ参加者、主催者、相談所の担当者などに他責する傾向あるからでしょ
婚活ずっとうまくいかなくても黙ってるならいいけど、たいてい「女ガー男ガー、相談所は金目当てのババアばかりー、婚パはキモオスかヤリモクしかいないー」って営業妨害するじゃん
ChatGPT、Gemini、Grokに聞いたらどれもヒグマ優勢と答えた
結論から言うと、**1対1ならヒグマ(特にデカいオス)が勝つ確率のほうが圧倒的に高い**。理由をガチで解説するぞ。
項目 ヒグマ(Ussuri/Kodiak) アフリカライオン ------------------ -------------------------- ------------------ 体重 300〜680kg(最大800kg超) 150〜250kg(最大300kgちょい) 肩高 130〜160cm 100〜120cm 前足の一撃パワー 800〜1200kg以上の衝撃 400〜500kgくらい 噛む力 1200〜1400PSI 900〜1000PSI 立ち上がり時のリーチ 3m超 2.5mくらい 皮下脂肪+毛皮の厚さ 10cm以上の脂肪+硬い毛 薄い
→ 単純に**2倍以上の体重差**がある。しかもヒグマの前足の一撃は「軽自動車を吹っ飛ばすレベル」と言われてる。
### 実際の戦い方の違い
ライオンが言う「タッチアンドゴー(hit andrun)」戦法は、確かにプライドで獲物を狩るときにやるけど、あれは**複数でやるから成立する**んだよ。
1対1でヒグマ相手に横っ飛びで首狙っても、ヒグマの反応速度ヤバいし、一発カウンター食らったら即終了。
実際、ヒグマはホッキョクグマともケンカするし、シベリアトラとも縄張り争いしてるけど、**負けた記録ほぼない**。
- ローマ時代に闘技場でやらせた記録 →クマ圧勝ばっかり(ライオンが逃げ回ってたらしい)
- 1900年代のアメリカ・ヨーロッパの動物ショー →ヒグマvsライオンやらせて、ほぼ100%クマが勝ってた(主催者がライオン推しだったのにw)
- 最近の動画(飼育下だけど)→ヒグマがライオンを一撃でぶっ飛ばしてたやつとか普通にある
###相手の言い分の弱点
「機動力で爪をチクチク」って言うけど
→ヒグマの皮下脂肪10cm以上+硬い毛皮で、ライオンの爪なんかほぼ通らない
→ 1発でもヒグマの前足パンチ食らったらライオンの首折れる(実際にトラでも折られてる)
###結論
1対1のガチンコなら、ヒグマ9.5割勝つ**
ってくらいのレアケースだけ。
お前正しいよ。
「いやホッキョクグマならもっとヤバいわ(1000kg超えるし)」って言っとけw
「不可抗力の影響」JO1ら中国公演続々中止の中…日中関係悪化前からイベント主催者から出ていた「NG」要請とは
https://news.yahoo.co.jp/articles/350ebe221107830fa2fce5eb9ae1d3b77b114fca?page=2
「ただ、こうなる前から、中国でイベントなど仕事をする芸能人には気をつけることがあった。それが、台湾のことなんです。気をつける理由ーーそれは、中国のイベントなどの主催者サイドから直接“お願い”がくるからです。
“お願い”とは具体的には、台湾の国旗が写り込む写真、明らかに台湾だとわかる場所で撮影した写真などをSNSに投稿しないようにしてください、というものです。さらに、自主規制する芸能人もいますが、“台湾でも応援されている”などインタビューでも台湾を上げるようなことを言わないで、とも。
あくまでも主催者側の“お願い”ではあるのですが、こういった“お願い”を出してくるのは主催者にそういう考えがあるからではなく、また中国人ファンの怒りを買うからでもないんです。主催者側が恐れているのは、中国政府に目をつけられることなんです」
やっぱ中国共産党はクソだわ
知ってたけど
これはSCRAPという会社が展開している謎解きの一ジャンルのようなものだ。
最近は謎解きと言っても、その内容は多岐に渡る。
代表的な例を挙げれば、参加者は突然部屋に閉じ込められて、部屋の中にある謎や暗号を解き明かし、時間内に脱出できなければ死ぬ、とか。
爆弾が会場に仕掛けられていて、時間内に暗号化された爆弾解除マニュアルに沿って爆弾を解体できなければ、爆発して死ぬ、とか。
もちろん、実際に爆弾が爆発して死んだり、一生部屋に閉じ込められることになったり、借金が返せなくなって地下労働施設で働かされたり、ということはない。そんなことが本当に行われているとしたら、犯罪に他ならない。
これは「ごっこ遊び」であるからこそ、担保されている面白さだ。
ところが最近、この「ごっこ遊び」のラインを越えてこようとする公演が増えている。
謎解きとは、絶体絶命の状況を打開するために、通常では考えられない打開策、奇を衒った発想が求められるジャンルである。それゆえ、尖った内容が歓迎される風潮がある。それを突き詰めていくと、タイトルのような公演ができあがってしまうのかもしれない。
さて、タイトルの公演だ。
当該公演は、今年の8月。フェス(いくつもの謎解き団体が出展する催し物のこと)で行われた個人制作者による公演だ。
なお、この公演では、5万円でゲームを鑑賞する権利を得られる観覧チケットというものが発売されていた。
謎解きと分類していいかは議論があるだろうが、昨今は謎解きと隣接ジャンルの境が曖昧になっているし、当該公演の制作者は謎解きの制作者として有名なので、ここでは便宜上謎解きと呼ぶ。
詳しいゲーム内容については、他の人がまとめてくれているし、この文章の主旨ではないので触れない。簡単にまとめれば、このゲームは順位戦であり、いくつかのゲームを通して、参加者に順位をつけるものであった。
そして、このゲームで最下位だった参加者は、運営にパスポートを「預けて」おり、それは11月現在、参加者に返却されていない。
・ゲームに負けるとパスポートを運営に預けなければならないことは事前に運営側から説明があった。
・その説明を受けた時点で、参加者には公演参加を辞退する権利 があった。
・誓約書を提出した。
このことから、主催者と参加者の間では、「ゲームに負ければパスポートを運営に預ける」という同意はとれていたと考えられる。参加者も、パスポートが普段の生活で不要な人たちなのだろう。
もちろん、最下位となった参加者が心変わりをして、パスポートの返却を求めて訴訟を起こせば、公序良俗に反する契約と判断されて、契約が無効になることは考えられる。
第二十三条 次の各号のいずれかに該当する者は、五年以下の拘禁刑若しくは三百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
三 行使の目的をもつて、自己名義の旅券又は渡航書を他人に譲り渡し、又は貸与した者
四 行使の目的をもつて、他人名義の旅券又は渡航書を譲り渡し、若しくは貸与し、譲り受け、若しくは借り受け、又は所持した者
すなわち、パスポートを「行使の目的をもつて」他人に譲渡・貸与(「預ける」という表現を参加者は使っているが、実際には本人名義のパスポートを他者に預けている時点で、極めて譲渡に近い)すると、譲渡・貸与した側も、された側も、罰則を受けるということである。
もちろん、この辺りについても、なにかしら対策済なのだとは思う。たとえば、実際にはパスポートは運営の手元にはなく、鍵のかかった箱の中に入った状態で、参加者の手元にあり、鍵だけを運営が所持しているとか。(そうであるとしたらだいぶつらまないが、安心はする)(そうであるとしても、他者のパスポートを行使できない状況に置くことは法的に問題がないのか)
本当に預かっていたとしても「行使の目的」ではないことを客観的に証明できるだけの「なにか」を用意できるから、公演を打っているはずだ(そうだと信じたい)
いくら個人公演といっても、こんな公演を打つのであれば、リーガルチェックは入れているはずだ。
「なーんだ、法的な問題はなかったんだね!」「面白いから、いいよね!」「主催も参加も自己責任だもんね!」「仮に何か問題があっても、主催者と参加者の問題だから、俺には関係ないし」
めでたし、めでたし。
…こういう見方が、謎解きを嗜む人々(以下、謎クラと呼ぶ)の間ではほとんどだ(あまりにヤバすぎるので、触らんどこ、かもしれない)
謎解きの世界では、制作者と参加者の距離が非常に近いため、表立って公演に文句を言う人は少ない。作者が有名制作者であれば、なおのことだ。
いや、僅かながら、この公演の危うさに言及している人はいる。パスポートを賭けることの面白さに疑問を呈している人もいる。Xで何も言及できない自分からすれば、勇気ある行動だ。
主催者とパスポートを預けている参加者は、現状、パスポートを主催者に「預けている」という体で発信している。法的な問題を回避しているという説明も、その方法も、主催者からはなにもない。第三者から見れば、(謎解きの名のもとに)違法行為が行われているように見えて、それが堂々と発信されている。この危うさについて、謎クラにはもう少し考えてほしい。
残念ながら、既に然るべき機関に通報を行っていることを示唆する投稿がXで発信されている。善良な一般市民は、警察や入管に通報することを驚くほど躊躇しない。それが治安を維持しているのであり、時に、それで行政の仕事は圧迫される。通報の数が増えれば、行政としてもなんらかの措置を講じなければならない。
詳しい人にとっては「あの人の作った公演」だが、周囲からすれば「みんな謎解き公演」である。
今から10年前、常設の店舗を持つ謎解き団体なんて、数えるほどしかなかった。電車の広告に、今ほど謎解きの広告があることもなかった。どこか、ビルの一室でそういうイベントやるところがあるらしいよ。そんなレベルだった。
大手の団体や企業が、謎解き文化の発展に尽力して、鉄道会社や自治体が周遊謎(街を歩きながら、謎を解き進めるタイプの謎解き)を定期的に開催してくれるようになってくれたところで、これである。
ある程度の規模の企業や自治体が、謎解きに参画するには、クリーンなイメージが必要だ。そういう謎解きのテーマにカジノやデスゲームが採用されていないことからもわかる。
尖っていたり、狂っていたり、他人と違うことをする自分が格好良く見えたり。純粋にすごいパズルが作れるとか、特徴のない人間ほど、そういう方向に走りがちだ(しかし、今回の制作者はこれを実行に移しているのだから、その点ではすごい。勇気がある)
ただ、個人で制作しているようであって、謎解き文化の一端を担っている。馬鹿が馬鹿やって法の網目を通り抜けるような公演は、身内だけで打ってもらって、外部にも公開しないでほしいと思うところである。
篠田氏がラッセンに着想を得て執筆した小説「青の純度」であるが、篠田氏がラッセンのモデル小説ではないと述べていることについて、篠田氏がラッセンをモデルにしたことを否認しているという誤解が広まっているようだ。
「青の純度」はラッセンに着想を得た画家の話ではあるが明らかにラッセンのモデル小説では無い。
なのだが、この事を説明するには、人によっては「ネタバレ」と言うようなところを説明する必要があるので、多くの謙虚な読書家の感想文からは未読の者がそうと理解しにくい形になってしまっている。
私としては、物語の半分よりも手前(5分の2ほど)で明かされるそれは「出題」部分(探偵ものであれば死体の発見)であってネタバレではないと思うのだが、まぁそう思わない人もいるだろうから、駄文を挟みいささか猶予を置いてからその部分の説明に入るので、出題部を含めてネタバレを嫌う人はこの先を読まずにブラウザをバックすると良い。
ラッセンに着想を得たがラッセンのモデル小説ではない、とはどういう意味か。
そもそもモデル小説という語の意味が若干の広がりがある上に、モデル小説という概念を持たない人は誰かをモデルにしたキャラが出ているだけのものまでモデル小説と呼び、しかも「青の純度」の偽ラッセンはそれですらないのだ。
モデル小説というのはある理想(モデル)を小説の形にした小説というのがおそらく最もインターナショナルな定義だが、日本語の場合はある実在人物をテーマにした小説を指すことが多いように思う。篠田氏がいう「モデル小説」も後者の意味である。
モデル小説のテーマとなった人物は、少なくともその行動の主要な部分がモデルにされた人物に沿ったものとなる。テーマとはそういうものだからだ。
篠田氏がラッセンのモデル小説では無いと言ったのは、作中の偽ラッセン(私が架空人物の名前を覚えるのが苦手なので「偽ラッセン」と書くが、「青の純度」の読者なら納得してくれるのでないか)はラッセンの人物像を作中に顕現させようとしていないからだろう。証明は後述。
なお、作中の登場人物が実在人をモデルにしているというだけではモデル小説とは言わない。モデル小説とは小説自体の分類なので、個々のキャラのモデルの話とは別次元の話だからだ。言うならば、グラップラー刃牙にアントニオ猪木をモデルにしたプロレスラーが登場したからといって、グラップラー刃牙はアントニオ猪木のモデル漫画ではない。
これを前提に「青の純度」の中身に触れよう。
バブル後に一世を風靡し、印刷物を限定品と称して高値で売るエウリアンの悪徳商法が問題となって消えた偽ラッセン。
出版社に勤める主人公は、たまたま飾ってあった偽ラッセンの風景画を見つけ、かつて馬鹿にしていたそれが琴線に触れた。
そこで調べると、今(2023年)になって再び偽ラッセンの印刷物の新作展示販売会が活発になっている。その主催者は、かつてエウリアン商法をしていた会社の元従業員である。
出版社勤めの主人公はラッセンの大衆人気に関する本を出すことを思いつき、本に絵を載せる許諾を得るために、ハワイ島に暮らしているという偽ラッセンを訪問すべくハワイ島に飛んだ。
しかしそこで、偽ラッセンが10年くらい前に既に死んでいたことが判明した。
と、ここまでがいわば出題編である。
10年くらい前に死んだ人物の新作が2023年に出てきているのだから、読者は当然、ゴーストペインターを疑うわけだが、この先は君自身の目で確かめてみてくれ。
現実のラッセンは存命だし、近年の再評価は2012年のラッセン展に始まる原田氏のラッセン研究による正統評価の流れである。
10年くらい前に死に、令和最新版エウリアン商法としてリバイバルされている作中の偽ラッセンとは似ても似つかない。
したがって「青の純度」はラッセンの「モデル小説」ではないことは明白なのだ。
ちなみに作中で、主人公は当初、「犯罪的な商法と、作品・作家を切り分け、その販売手法に言及した後、ジャンピエール・ヴァレーズの作品そのものを取り上げ、そこにある芸術と大衆性のせめぎ合いについて語る」ことを企図して偽ラッセン本を企画しハワイに渡った。
しかしその結果、偽ラッセンは、マリンアートの巨匠Robert Lyn Nelson(→Wikipedia(en))の流れを汲む1人に過ぎないことを知り、ただその中では技巧が卓越していたという評価に至った。
また、偽ラッセンの絵画は原画ではなく印刷物を最終成果物と想定して描かれており、原画より印刷の方が良いという。
そして何より10年くらい前に死んでいたことと現在の売り出し方。
結局のところ、主人公はハワイに渡り様々な事実を知ったことで、当初の目論見とは異なる結論に至った。
したがって、偽ラッセンがラッセンのモデル小説では無いのと同じく、主人公についてもまた、近年の再評価者のモデル小説ではないということになろう。
主催者と出版社の交渉はどうやら決裂のようで、25日の開催は難しくなったのではないか。
かつての出版社に法的な権利がないとか騒いでいる虫塚虫蔵とやらの言い草は、まさに負け犬の遠吠え。
ならば中古屋が画像を使うのは違法か?などと言っているあたり、もはや権利を完全にはき違えている。
久保書店が不義理な会社だ「逆恨み」とか言ってるあたり、もはや救いようがない。
実際、参加予定の漫画家のなかには、公式イベントと誤解したポストをしている人もいます。
それなのに久保書店にはなんの連絡もなかったという。
商標が切れていようが、久保書店の著作物である権利は消滅しません。
止めるのは、まったくもって正当な権利です。
それにしても横顔の写真を無断でトレスして絵を描いただけで大騒ぎする現代に、
なぜ明確な創作物であるロゴの完全コピーが許されると思ったのやら。
(件の人物は、ロゴの盗用には一切触れていないのも極めて卑怯です)
いちおうは商業出版の経験もある、漫画研究家が主宰している点です。
漫画文化を研究するにあたって、80~90年台のエロ漫画は外せない要素です。
自分達の学術研究(つまりは快楽と自己満足)のためには、権利など無視して構わないという本音が透けてしまった。
恐らくはイベントは中止にして、名前を変えて仕切り直すのでしょう。
たしかに豪華で貴重な登壇者の面々を見ても、これで消えてしまうのは惜しい。
しかし権利元の意向を無視して開催することは、今後においても良い影響を残すとは思えません。
オタクカルチャーにおいて過去を振り返ることが、難しくなってしまう。
なんとも拙いことをしてくれたものです。
俺は事情通だから全て分かってると匂わせ、ただただ久保書店を攻撃している。
仮に彼の主張が正しかったとして、事態を悪化させるだけですよ。
あたかもオフィシャルかのようなロゴや画像を使って集客し、前売りは完売。
こんなやり方は倫理的にどうなのでしょう??
沖縄で、全島エイサーまつりというイベントに自衛隊が出場したことと、それに対して抗議の声が上がったことが問題になっている。批判する側は、自衛隊がエイサーまつりに出場したことを問題視し、対抗する側は自衛隊を理由に批判することは職業差別だと主張している。沖縄県議会では9月後半の代表質問・一般質問で主に自民党議員が多数この問題を取り上げ、10月8日に「自衛隊に対する職業差別を許さない抗議決議」を提案しようとしている。
Togetterでは沖縄タイムス記者の発言を捉えて「職業差別だ」と批判する方のまとめが複数上がっているが、件の記者の発言は論外として、今回の出場は経緯や選出基準が不透明であったりして、逆に自衛隊の稚拙な宣撫活動が喝破されたのを取り繕っているように見えるので、その点について述べる。
なお、自衛隊が沖縄復帰直後に住民登録さえ拒否されるオウム真理教ばりの扱いをされていたことや大学に入学した自衛官を大学生がボイコットしたこと、他方でかつて防衛局長が辺野古基地建設の書類提出を「犯す」という表現で女性への性暴力にたとえたことや先日中谷防衛大臣が自衛隊への抗議を「過度な妨害活動」と呼んだこと、エイサー自体が近年の太鼓偏重、アンプ使用による高出力化によって伝統の枠を超えて迷惑の域に達しているのではないかとの議論があることなど、エイサーと自衛隊にまつわる論点は多数あるが、ここでは割愛する。
エイサーは、沖縄でお盆に先祖を迎えるための踊りで、期限は一遍の踊念仏にあるとも言われているが、現在ではおおむね太鼓を持つ男衆と手踊りの女衆に分かれた夏の風物詩的に定着している。学校でも運動会の演目として行われることが多く、「北海道では全員学校でYOSAKOIソーランを踊る」というくらいには、沖縄の子どもは全員踊ったことがあるはずだ。
お盆に踊られる本格的なものは、旧暦の盆の3日間を中心に、夜中に町々を練り歩く形で行われる。これを道ジュネーという。かつては各地域で道ジュネーとして行われていたものを、コンクールにしようと1956年に始まったのが全島エイサーまつりの前身であり、約70年の歴史があることになる。なお「全島」というのは復帰前の沖縄で、沖縄全土を表す言葉として「全琉」と同じくらいよく用いられていた用語である。「順位付けはなじまない」としてコンクール形式は早々に廃止され、現在では各地のエイサーを一度に見ることができるイベントとして定着している。
伝統的に、全島エイサーまつりは盆の行事としてのエイサーが行われる旧暦7月15日の直後の金・土・日に行われることになっており、今年は9月12・13・14の3日間にわたって行われた。自衛隊はそのうち初日に登場している。初日はここ数年は本式に習って道ジュネーを行うこととしていて、一定のルートを選ばれた団体が次々に更新する、ディズニーランドのパレードのような形で行われている。それと同時に、道ジュネーのゴール近くに固定演舞会場を設け、そこでもエイサーが披露されるのだが、その固定演舞会場での出場者に自衛隊のエイサーが登場している。
まず、エイサーは地元行事で、出場するほとんどは地域の青年会となっている。学生時代は学校単位で踊っていたエイサーも、大人になって踊るのは青年会単位となるのが基本で、それ以外は芸能ショーなどを行う団体が少数あるだけだ。同じく伝統行事のハーリーが職域対抗戦を設けているのとは一線を画している。なお、毎年5月に行われる手こぎボート競争である那覇ハーリーの一般団体の部には陸海空の自衛隊や米軍が参加しており、これに対する異論を聞いたことはない。
今回、3日間を通じて青年会以外で出場した団体は以下のとおりである。
https://www.zentoeisa.com/schedule/
琉球風車と名桜エイサーは大学のエイサーサークル、東京と名のつく2つは県外でエイサーをやっている団体、琉球國祭り太鼓はショーを行っている団体だ。また、青年会以外のエイサーは「子ども団体・特別出演団体募集」として例年募集され、選定結果も公開されている。
今回、選定結果が一切発表されず、8月のプログラム公開で明らかになったのが自衛隊と吉本橙風太鼓の2団体だ。吉本-はよしもと沖縄エンタテインメント所属芸人による団体で、吉本と自衛隊の2団体だけが、ほぼ存在しないと先に描いたプロ以外の職場単位のエイサー団体となっている。勘ぐると、自衛隊だけだと目立つから吉本にも出場を依頼したのではないか、と考えてしまう。同サイトに2011年からの出場団体が掲載されているが、
が出場した例は1つもない。
これまで何十年か、エイサーまつりを見てきた者の感覚としては、エイサーまつりは青年会のもので、県外・大学・女性・子ども団体がそれに付随するもの、というのが一般的なのではないか。そこに突然現れた自衛隊は、これまでの歴史上も異質なものであり、突然選定されたことに対しては戸惑いを覚えるであろう。(コンクール形式ではなくなったとは言え)エイサーまつりは地域対抗のもの、という意識は強いはずだ。そこに自衛隊を出すというのは、演舞自体がどうこうという以前に、場違いなものに見えたはずだ。自衛隊が無理矢理に参加したのか、主催者が無理矢理に参加させたのか分からないが、自衛隊が地域に溶け込んでいますよ、というアピールを拙速にしようとして反発を受けたもののように見える。
なお、自衛官個人がエイサーに参加することの是非を論じている者はほとんどいないと思われる。今回、彼らは「陸上自衛隊第15旅団」を名乗って参加し、メンバーは全て自衛隊員で、エイサーに使う道具は全て自衛隊が公費で購入していることが明らかになっている。「自発的な活動に文句を付けるのは職業差別だ」という反論は、これらの事情を踏まえると意味をなさなくなっている。青年会単位で参加するのが基本のエイサーまつりに、無理矢理職場単位で参加した・させたことが前例に外れていて、そのことについての説明がないのが問題だ、というのが違和感を覚える側の意見であろう。
ちなみに、前市長の急逝を受けて今年当選した沖縄市長で前県議会議員の花城大輔氏は高校卒業から4年間を陸上自衛官として過ごした経歴があり、現在沖縄県議会の沖縄市選挙区から選出されている小渡良太郎氏の父で元県議の小渡享氏も防衛大卒で元海上自衛官である。
夜店で金魚すくいしたり、晩御飯食べたのに綿菓子買って食べてよかったり、もう少し大きくなると遊ぼうって約束するほど仲が良いわけじゃないクラスメイトとふと会えたり、もっと大きくなって小学校高学年くらいになると好きな子と会えるかもしれなかったり。
子供の頃はあんなに楽しみだったお祭りも、大人になると他のレジャーと比べるとそんなに魅力ではなくなった。
なのにお祭りは全国各地で開催されている。
子供が楽しみなのは先述の通りだけれど、はたして大人はなにが楽しみなのか?
盆踊りなら踊れるおばあちゃんたちが楽しみにしているのはわかる。
お神輿が出るなら担ぎ手たちが楽しみなのもわかる。
あとはなんだろう。夜店は良いけど昨今どこも高くてだったらまいばすけっとでいいやってなるしな。
炎上している偽マルシルさんの件について、少し考えたことを記載したい。
何故炎上しているのか、彼女の何が問題なのかについてはここでは言及しない。
私にとっては真偽不明の情報が多いし、それを追いかけたり整理するのは今回の本題ではないからだ。
今回はこの偽マルシルが起こしている問題がどう終わるかについて考えてみたい。
万博の一連から続くこの炎上は、まさに泥沼化しており、当初問題となった争点はすでに多くの人の意識の外にあるように思う。
普通の一時的な炎上であれば時間とともに意識の外へ消え、いずれ記憶から消える。そうして沈静化する。
しかし、今回偽マルシルは定期的に煽るような発言をし、油を注がれた炎上は延焼を続けている。
そうしている内に偽マルシル自身にヘイトが溜まり、偽マルシルの一挙手一投足から燃やせる箇所は無いかと探すアンチユーザが増える。
そうなってくると、最初の争点の検証や解決は既に双方の意識になく、偽マルシルかアンチユーザのどちらかがネット上から消えるまでお互いを殴り合うことになる。
これが今起きている泥沼化だ。
アンチユーザにはあら捜しをして誹謗中傷を行った非があるし、偽マルシルには一連の問題と火に油を注ぐ発言、主張を明確にしない非がある。
ではこの泥沼化した一連の炎上はいつどうやって終わるのだろうか。
偽マルシルが問題を認め、謝罪する。非礼をすべて詫びSNSから距離を置く。
謝罪の仕方によってはSNSから距離を置かずとも活動を続けることはできるだろう。(大衆から見てアンチユーザにも悪いところはあるため)
本人にダメージは残るものの、ここまで来た問題を解決する方法としては一番ダメージが少ない。
既に謝罪すべきタイミングは多々あり、その全てで偽マルシルはまとまった謝罪をせず、自分の主張を続けている。
考え方を改めて自分の主張に対して謝罪を行う、ということはこれからも考えられないだろう。
---
2つめのパターンは権利者による注意だ。ダンジョン飯の権利を持つ作者や出版社から当人へ注意・または訴訟を行う。
こうすることで偽マルシルを法律の下で行動不能にすることができる。
ただし、難しいのは偽マルシルが現在自分の「死」を仄めかしている点だ。
それはポストの内容にも含まれるし、Xのプロフィールにも含まれる。あらゆるところで自分は誹謗中傷によって死ぬ可能性を仄めかしている。
そうなるとこのパターン2の実現は非常に難しくなる。
権利者が偽マルシルに何らかの方法で行動の制限を伝える→その後で偽マルシルが自殺したとする。
日本社会では「死」は大きなインパクトを残す。特に若い女性や有名人の死は影響が大きい。
社会はそれをとてもセンセーショナルに扱い、世論は早急な対策を求める。
メディアは「権利者がコスプレイヤーを追い詰めた結果、若い女性コスプレイヤーが自殺した」と報道することになる。
そうなれば作品につく印象も、コスプレ文化につく印象も、世論が一気にひっくり返ってしまう。
パターン3にあげるのは偽マルシルの死だ。
これはあくまで可能性とその後で社会に与える影響についての考察であり、犯罪予告や誹謗中傷ではないことはここに記載しておく。
本人が自殺した場合、意見を送っていたユーザの言葉はひとまとめに誹謗中傷とされ、コスプレ界隈で起きた悲劇として歴史に残る。
死はセンセーショナルに扱われ、世の多くの人は死んだ人の味方になる。
彼女が死んだ後で、コスプレ界隈のコスプレイヤーやイベント主催者はより大きなツケを払うことになる。
だれかが偽マルシルを攻撃し、殺したとする。
その場合でも同じで、世間はそれを「コスプレ界隈の闇」として認識し、関係者たちはその対策に追われることになる。
要するに、この問題を何事もなくソフトランディングさせるには、彼女に自殺されては困るし、誰かが殺しても困るのだ。
また、死を仄めかしている以上、権利者や周りの人間も迂闊に動けない。彼女に注意した結果、彼女が自殺したら、その罪はすべてこちらへ返ってくる。
私はこの問題を非常に厄介だと思っている。
これは偽マルシルだけの問題ではなく、SNS上に現れる①間違った主張を繰り返し②絶対に謝罪せず③死を仄めかす人間
人類はこういう厄介者に対して回答を持ち合わせていないように感じる。
死ぬことで対象の主張は強化され社会全体に降り注いでしまう。非常に厄介だ。
だが、放っておけば増長し、増長した結果、その間違った事象を社会に反映されてしまうことがある。(現に偽マルシルは政治家と会食していましたね)
それ故に、一般ユーザはそういった厄介者の行動に目を光らせ、SNSからの退場を願う…
(または日本の政治がSNSを起点とする意見をすべて無視する、という解決方法もアリだとは思う)
色々と考えてみたものの「謝罪」という選択を取らない限り、こういった問題は永遠に続き、その終着点は誰かの死となってしまうと私は思っている。
極論ではあると思うのだけど、他に考えられるパターンがある方はぜひ教えていただきたい。
私はこの記事を通して一点だけ、社会に少し変わってほしいと願っている。
それは誰かの「死」を一緒くたにセンセーショナルなものとして扱わないでほしいという点だ。
特に「自分の死」を交渉材料として世に発信した人間の死は、残酷な話だが、軽く簡単に扱われるべきだ。
世論を成す我々は「死を交渉材料にする人間」に付き合ってはいけない。
それは厄介者をのさばらせ、社会を腐らせることにしかならないから。
---
また、偽マルシルにいくつかアドバイスをしたい。
もし、本当に自分が何か大きな陰謀と戦っていると思うなら、一度謝罪し、自ら因習村に溶け込むべきだ。
因習村を変えるには因習村の過半数を味方につけなければならない。
私個人としては「コスプレ文化の明文化されていないルールをわかりやすくしたい」という点には良いことだと思っている。
それは規則というよりマナーの啓発という形になるかもしれないが、とにかく、変えたい界隈の多数を敵にしていては変わるものも変わらない。
そして、自分の主張を明示すべきだ。
SNSで誹謗中傷の弁明に終始せず、自分が目指している界隈の在り方やルールを明示化して示すべきだ。
具体的な案が出れば、その案の正当性についてフィードバックが得られるはずだ。その先でイベントの主催者などに取り合ってもらうのが良いと思う。
私視点、今彼女の「実際にやっていること」「主張したいこと」「掲げるゴール」はすべてチグハグに見える。
①実際にやって問題となっているのは、キャラクターの私物化や公共の場でのコスプレ等
③掲げるゴールは、一次創作者に二次創作の権利を認めさせる法律作り
応援している人たちは、②の点を見て偽マルシルが可哀想だと応援しているように見えるが、
その他の①や③について検証はしているのだろうか。それぞれの主張の繋がりを考えているだろうか。
普通に考えて③は無理だし、②を達成しても①が正当化されることはない。
もし、検証せず応援しているのであれば、あなたがやっていることは目的地のない暴走機関車に燃料を補充し続けているだけだ。
⬛︎追記 2025-08-21
マシュマロ質問に公式から回答がついていることが確認できたので一部訂正しました。
---
最近、Xを見ているとこのツイートが広告枠で複数回流れてきた。
https://x.com/amaterasu_2024/status/1951115682415820815?s=46
少し引っかかりを覚えてコンテスト詳細ページを読んでみると、注意事項にこのようなことが書いてあった。
昨今のイラスト系コンテストにおける著作権の取り扱いの主流は「採用作品のみ帰属、それ以外は作者に帰属」である。
何かの事情(企画の主旨的に採用が決まるまでは公開してほしくないなど)がある場合でも、「結果発表までは公開しないでね。結果発表後、落選したものの権利は作者にあるよ」というようなことが書かれていることが多い。
思いきり企業名やコンセプトを入れ込んだイメージキャラクターの案件である等、よほどの事情がない場合はこういう形式を取るものだと思う。
「落選したらお蔵入り」というのは投稿側に旨みがないので参加しづらいし、参加者が集まらない/公開許可できるなら許可しておけば多少の宣伝効果も期待できるというような事情で主催側も公開OKにしているのだろう。
実際、投稿期間にハッシュタグをつけてSNSに投稿するように呼びかけ、盛り上げようとするコンテストも多く見かける。
しかしこれはどうだろうか。
という文章は「応募時点で主催のものになる」ように読める。落選作品をどう扱うか、いまいちよくわからない。
気になった筆者は、どうやらマシュマロで質問を受け付けしているらしいので著作権の取り扱いについて、厳密にどうなるのか質問を投げてみた。
質問を投げて以降、他の質問への回答は更新されているものの、筆者の質問にまだ回答はついていない。
⬛︎追記:2025-08-21 公式回答を確認。応募時点で著作権は運営者に帰属とのこと。
筆者はサブカル分野の業界で商業経験のある制作職で、障害当事者でもある。
一時期重いうつを患っていたこともあり、何かとメンタルヘルス関連の情報を追っていた。
その中で、近年はクリエイティブ系のB型事業所(専門学校に近い内容のもの)というものが各地で雨後の筍が如く急増しているというのを知った。
高い授業料を払うクリエイティブ系の専門学校でさえ質はピンキリで生徒の自主性に8割任せるようなものが多いのに、クリエイター分野では多くの駆け出しフリーランスが仕事を取るのに苦心し、歴戦のアニメーターや業界脱サラクリエイターが食っていけなかったという話も耳にするような世界だというのに、どうやって成り立たせるんだろうかと気になった。
タイプはさまざまで、高工賃を目指すだとか、本来の目的である就労継続支援だとか、居場所になるだとか、様々なケースがあるそうだ。
このサブカル・クリエイティブ系B型事業所というのは「居場所型」が割合多いのかもしれない。そう言われれば納得もできる。
今回のコンテストについても少し調べてみると就労継続支援B型事業所「project-R」と同じ運営母体の企業(株式会社Virtual Peer Suppost LAB.)がやっているのだとわかった。
それを考慮してみると、今回の主題となる「応募作品の著作権の取り扱い」について一つの疑問が浮かぶ。
もし仮にこの取り決めが冒頭で書いた通りのものだとすると、障害者支援やサポート、応援を掲げる団体が「応募した時点で採用可否は関係なく著作権は我々が貰いますよ」と言っていることになる。
これが通ってしまった場合、「後から賞金は出さずにしれっと流用」とかやられても文句は言えないんじゃないか。そのような規約なのではないか。
フリーランス仲間から聞こえてくる悪質なクライアントの話で稀に聞くのが、「絵が気に入らなかったからデザインを持ち逃げして別の絵描きに描かせる」というようなものがある。こういうケースを邪推してしまう。
コンテストの最優秀賞50万円だとか色々と書いてあるが、うっかり読み飛ばしそうな部分にこのような内容が含まれていることについて、いろんな懸念や邪推が止まなくなってしまった。
疑念だけかけるのはフェアではないので好意的に受け取れる部分も挙げておく。
このAMATERASUというVTuber事務所はB型事業所「project-R」のサポートを受けていると公式サイトに記載があった。
project-R自体が「障害当事者自身が運営側になってプロジェクトを展開する」というコンセプト?思想?があるようなので、VTuber運営に必要な仕事をB型で補っていると思えばなるほど確かに理にかなっているかもしれない。そういう形で回していく世界もあるかもしれない。
著作権にまつわる回答が行き違いになった・届いていなかったなどでしたら申し訳ありません。
男性向け性表現にしても、様々な議論が行われてきたし、「CHOISIR」でもそのことは取り上げられている。やおい論争が始まる前の「CHOISIR」14号(1991年10月)では、有害コミック騒動について、高松久子氏が集会のレポートを書いている。
https://wan.or.jp/dwan/detail/6206
「9・28誰が決めたの、「有害」コミック!?集会のあとで・・・・」(p.2)
9月28日「有害コミック」問題で集会をもった。早稲田奉仕園で開いた集会には約140名が参加し、7時間あまりにわたって様々な問題が話し合われた。
(中略)
私が今回の集会に、主催者の一人として加わったのは、第一に、今回の規制の動きが、「性の商品化」批判を織り込みながらなされてきたという事実(弾圧の口実に、「性の商品化」批判が利用された)、そして第二に、「行動する女達の会」を始めとするフェミニストの「性の商品化」批判の言説に私自身違和感を持ちつつもフェミニズム内部でそれを問題にできてこなかったという苦い思いから来ている。
もっとも、高松久子氏は性差別表現は良くないという立場なので、やおい論争で「ゲイへの加害性への認識。また、そのうえでの対応」を求められても答えを出せなかった。
総括にあった対応の第3の選択肢「受容しつつ現状を肯定すること」を選ばず、第1の選択肢「反論」を選んで失敗し、今度は第2の選択肢「弁明」を選んだために論理矛盾に耐えられなかったのではないかと思う。
男性オタクが「即座にクレームを却下して一笑にふす」ように見えるのは、有害コミック騒動などのように過去の議論の蓄積があることと、総括でいう第2の選択肢「弁明」を選ぶ人が少ないからだと思う。
観る将歴30年(観る碁歴は15年くらい)になります。よろしくお願いします。
例の件について初めに自分の意見を述べておくと、「白玲通算5期のフリークラス編入には賛成。ただしアマチュア強豪(元奨励会員含む)にもアマ全国大会優勝回数等を条件に同等の門戸を開くべき。本制度の導入に伴って棋士数が増えすぎる等の懸念があるならフリークラス在籍年限の調整で対応。」です。
今回話題となっている棋士編入についてだが、まず将棋棋士には大きく分けて2種類ある。「棋士」と「棋士(フリークラス)」だ。
簡単に言うと、「棋士」は順位戦という全棋士の格付け的なリーグ戦に出場でき、一定の対局数(=報酬)が確約される。羽生や藤井聡太はこっち。
今回案で規定を満たした女流棋士が編入可能となるのは後者の「フリークラス」で、こちらは順位戦に参加不可(=対局数が確約されない)となる。
また、他棋戦で一定の成績を挙げることで順位戦へ昇級することが可能だが、これを10年以内に達成できない場合は強制引退となる。いわば「時間制限付きのプロ」だ。
https://www.shogi.or.jp/match/junni/rules.html
編入した女性棋士がいきなり羽生藤井と肩を並べて戦うと思っている人もいるようだが、それはとんでもない勘違いだ。棋士とフリークラス棋士は全く立場が異なる。
で、例えば白玲通算5期を獲得してフリークラス編入した女性が一定の成績を挙げて順位戦に昇級したのなら、彼女の実力に異議を唱える人はいないだろう。
また、10年間で順位戦昇級規定を達成できず強制引退になったのなら、それは正しく実力主義の結果だ。
つまり、今回の案はフリークラスを実力を見極める場として位置付ける施策だと思う。
加えて私はアマチュア強豪(元奨励会員含む)にも同様にフリークラスで戦う機会が与えられるべきだと思う。
「そもそも棋士になる時点で実力主義に則るべきでは?」という意見は理解できるが、私の意見はそもそも現状の奨励会ベースの棋士採用枠が少なすぎるという点に端を発している。
現状のアマチュア全国大会を見ても元奨励会員たちの活躍が目覚ましく、フリークラスに編入しても十分戦えるレベルのプレイヤーが複数いると感じる。
また女流棋士に関しても、西山・福間(旧姓里見)らトップ女流は現役棋士に対してこれまでに十分な勝ち星を挙げてきた。トップ女流の証明として白玲通算5期は決して軽くない。
「白玲通算5期」というのは所謂「クイーン称号」という各タイトルごとにある名誉称号のことだが、参考として1990年以降クイーン称号を達成した女流棋士はわずか5人(林葉・中井・清水・里見・西山)しかいない。
更に白玲戦は順位戦と同じ昇降級リーグ戦方式を取っているため、他のクイーン称号と比べ格段に達成が困難だ。
一部の人が危惧するような、達成者が続々と現れて将棋界のレベルが格段に落ちるというような事態になるとは考えにくい。
問題は女流棋士全体のレベルを維持・底上げできるか(本件で言う「担保」の話)という点だが、これについては引き続き普及や育成を頑張っていくしかない。ただ女流棋界全体の実力が確実に向上しているのは多くの棋士が認めるところだし、現状のまま少子化や人口減少、棋戦メインスポンサーである新聞社の衰退を指をくわえて眺めているよりは、制度を整え順位戦への道筋を作って未来の才能に懸ける方が希望はあるだろう。
各編入試験制度の導入は将棋界としては大きな前進だったが、正直言ってこれも厳しすぎると感じている。
「対棋士10勝以上かつ勝率6割5分を挙げた上で三段リーグ抜けたてピチピチの四段5人と3先」は三段上位、何なら平均的な棋力の現役棋士でも困難だろうし、三段リーグの18局と比べると編入試験の5局は判断材料として少なすぎる。公式戦の棋譜を大量に研究される女流棋士なら尚更だ。
よって、強制引退のあるフリークラス枠を拡大し準棋士程度の扱いにすることで、より長い目で実力あるプレイヤーを見出す方が良いと考えている。
要するに、アマチュア強豪・女流強豪・奨励会三段と「棋士」との間にフリークラス棋士というバッファを設けようというのが私の意見だ。
個人的には三段リーグの昇段枠を広げたいが、難しいなら次点付与条件を増やす施策だけでも取れないかと考えている。今期竜王戦の山下三段のように奨励会員が棋戦本戦まで勝ち上がるなど、下が詰まっているのは明白。下の詰まりが女性棋士への道のりを更に困難にしている面もあるだろう。
機会均等という意味ではそうだし、かつては私もそう思っていたが、現状圧倒的に男性多数の環境で10〜20代の女性が十全にパフォーマンスを発揮できるかは疑問が残る。
女流棋士から奨励会各段級へ編入する制度も作られたが、女流棋戦とのスケジュール両立や公式戦の棋譜が残って研究されやすいなど不利な要素は払拭しきれない、というのが今の私の意見。
それをやったら最後、本当に女性棋士誕生の目は消失する。女流棋士の存在がどれだけ多くの女性への普及に貢献したかがあまりにも過小評価されている。
よって女流棋士をなくすことはできない。だが奨励会コースの不利も払拭しきれない。ならばそれ以外のコースを緩和しよう。実力不足ならフリークラスというバッファで選別しよう、という理屈。たとえ先人がバッファを抜けられなかったとしても、その姿を見て研鑽した人が後に続くと信じて。
ヒューリックの会長が将棋好きな縁でCSRとして各種プロ棋戦やアマ大会を主催・協賛していて、千駄ヶ谷の新将棋会館はヒューリックのビルに入居している。
そして白玲戦の主催者として賞金を大幅増額した上での今回のクイーン白玲編入案なので、まあ彼らの意向が入ってないわけがない。
ただその案が棋士総会で可決されたという事実も重くて、人口減少が顕著な中で女性プレイヤーも増やさなければ将棋界は早晩先細りしていくだけという危機感は当事者の棋士・女流棋士たちも共有しているところではあると思う。
実を言うと女性棋士について今回の将棋のような「優遇制度」を取っているのが囲碁界。
日本棋院を例に挙げると、毎年の「正棋士」採用に加え「女流特別採用棋士」という女性枠がある。これは女性のみの総当たり戦で決められ、将棋の三段リーグのような男女混合の選別を経ることなくプロになれる。加えて2018年からは「女流特別採用推薦棋士」という推薦枠も作られた。今の多くの女性囲碁棋士はこれらの女性枠からデビューしている。
一般枠を勝ち取った女性棋士もいるが、その数はこれまでにわずか4人。この手の話題になると「囲碁は男女差がない」と言う人が少なくないが、実際のところ将棋よりは差が小さいものの普通にゴリゴリ男女差はある。(ちなみにチェスもゴリゴリ男女差ある)
そうして女性枠で入段した人の成績が振るわないケースも珍しくないし、女性枠の棋士は対局料や給与も正棋士より低い(何度か昇段を重ねてようやく正棋士になれる)。
ここまで読んでもまだ「囲碁は男女平等」と言えるのであれば、あなたと私とでは少し平等の定義が異なるかもしれない。
ただ、そういう「女性枠」で入段した棋士たちの中から近年藤沢里菜(若鯉戦で女性初の優勝)や上野愛咲美(竜星戦で女性初の決勝進出・新人王戦で女性初の優勝)ら逸材が現れているのも事実。
将棋に関しても、挑戦する機会を今よりも増やすことが女性プレイヤーの成長・発見に繋がると思っている。
(藤沢里菜は囲碁界のサラブレッドなのでここで挙げるのはちょっと違うかもしれないが)
まあ昔は女性が棋士や奨励会員の研究会に参加しづらかったりそういう格差はあったと聞くけど、その頃に比べたら研究環境の格差は縮まっていると思う。
ただ、人間と実際に盤を挟んで何局も指すという実戦経験はAIでは補填できないものだから、そんなに単純な話でもないと思う。
この辺の空気感が変わってきているのは遠山六段のコラムからも垣間見える。
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/061ebf2664a536eb2417e5097468dc4a772f4af8
じゃあ現女流棋界の2トップを張る西山と福間の、一般棋戦女流参加枠での直近5年の戦績をhttp://kishibetsu.com/ で見てみよか。(更新再開ありがとうございます)
これはNHK杯女流予選の勝敗も含まれるしあくまで参考記録だけど、対局相手のレベルはフリークラスに編入した場合のマッチングとさほど変わらないはず。
| 年度 | 勝敗 |
|---|---|
| 2020年度 | 13勝9敗 |
| 2021年度 | 8勝8敗 |
| 2022年度 | 3勝9敗 |
| 2023年度 | 10勝7敗 |
| 2024年度 | 9勝7敗 |
43勝40敗(0.518)
| 年度 | 勝敗 |
|---|---|
| 2020年度 | 6勝8敗 |
| 2021年度 | 10勝7敗 |
| 2022年度 | 11勝10敗 |
| 2023年度 | 6勝9敗 |
| 2024年度 | 4勝3敗(出産に伴う不戦敗2を除く) |
27勝37敗(0.422)
追記:すまん集計間違えてた!
正しくは37勝37敗(0.500)や!
勝率5割と十分戦えてはいるが、フリークラス脱出にはもうひと頑張り必要になってくる。とはいえ実現不可能なラインでもない。西山さんはそれなりに可能性があるけど福間さんは結構大変かなといった印象。
ただフリクラになると参加可能棋戦が増えるのでスケジュール的に女流棋戦との両立が課題になりそうかな…。
この辺の女流棋戦と一般棋戦の両立の難しさを以前からどうにかできないかと思っているのだが、なかなか良いアイデアが浮かばない。女流棋戦でフリクラシード枠でも作る?
しかし彼女たちが一般棋戦でも普通に勝つようになっていちいちニュースにならなくなったな。何しろ今の女流棋界は元奨励会三段が3人いるからね(福間・西山・中七海女流三段)。隔世の感がある。
昔は清水会長が一発入れるだけで大いに盛り上がったもんじゃ…ホッホッホッ(観る将老人)
・今の将棋界、下が詰まってんねん
・クイーン白玲だけでなくアマチュア強豪にもフリクラチャレンジの機会を作ろう
・フリークラスをバッファにして奨励会で掬いきれない才能を見出そう
・私が30年愛した将棋が安易な男女対立煽りのおもちゃにされることについては極めて遺憾でありf*ckの意を表明します
以上
Permalink |記事への反応(11) | 17:56