
はてなキーワード:中庸とは
永遠のリーグ王者。戦術は柔軟というより「勝てば官軍」。裏金パスも政治資金シュートも全部“プレーの一部”として処理。ベンチに謎のスポンサーがずらり。監督が代わっても結局同じサッカー。サポーターの半分は「他よりマシ」で来てる常連客。
その自民クラブを黄金期に導いた元監督。カリスマ性があって、ロッカールームを掌握していたタイプ。試合運びは強引だけど、選手が「この人についていけば勝てる」と信じてた。引退後もスタジアムの外でチャントが響いてる。
戦術会議が長すぎて試合開始に遅れるタイプ。中盤でボールを持っても決定機を作れず、「それ今言う?」みたいなパス回しで自滅。監督交代が多くて、毎回「これからは攻めのサッカーだ!」って言うけど、次の試合も0-0。
全員で連帯してパスをつなぐが、ゴール前でも理想論ミーティングが始まる。サポーターは筋金入りで、負けても「内容では勝ってた」と言い張る。スタジアムの隅っこに「資本主義反対」って横断幕が常設。
自民クラブの影の戦術参謀。自分ではあまりシュートを打たないが、毎回アシストで勝ち点を確保。選挙区では堅実なパスワークで確実に得点。スタンドには祈りながら応援するサポーター多数。
新興クラブでスピード重視。ドリブル突破が売りだけど守備が雑。審判に文句言う頻度も高い。「古いチームはもうダメ!」って煽るが、たまに自分のチームでも同じことやってる。大阪ホームでは異常に強い。
少人数ながら、気迫とスライディングの勢いはリーグ随一。インタビューでは熱く語るが、フォーメーションがカオスで試合が荒れがち。観客席には「魂のプレーだ!」と泣きながら応援するファン。
中盤の調整型。とりあえず「現実的なサッカー」を目指しているけど、両サイド(自民・立憲)から「どっちのチーム?」と聞かれて混乱。試合後コメントは毎回“中庸すぎて刺さらない”。
かつては強豪クラブだったが、今や伝統だけが残るOBチーム。毎試合「昔は良かった」と語る。観客は数えるほどしかいないが、ユニフォームだけは洗いざらしの新品みたいにピカピカ。
トレーニングより精神論重視。チーム全員が同じスローガンを唱えて士気を上げるスタイル。スタジアム外での活動が活発。戦術ボードより自己啓発本が多いクラブハウス。
議員定数の削減って島根を基準に1とすればいいんじゃないの(anond:20251018085544)の記事が盛り上がっていて、付いてたブコメに触発されて、人口と議員数の関係についてデータを漁って遊んでみた。(ネット上に見つかる「単純な議員数の棒グラフ」とか「単純な人口あたりの議員数の棒グラフ」じゃ満足できなかったのだ)
「人口が多い国ほど国会議員も多い傾向(グラフが右肩上がり)」なのはまあ自然だと思うけど、日本が人口の割に多いか少ないかで言えば、中庸の位置にあると思う。ただしヨーロッパの主要国は、人口の割には日本より多い(右肩上がりの全体傾向の中では左上に偏る)傾向にある。
ユダヤの伝統には「お金」「共同体」「責任」に関する多くの知恵があります。そこから現代の政策議論に通じる示唆を得ることができます。
「義に過ぎてはならない。知りすぎてもならない。… ただ、神を恐れる者は、これらすべてを避ける。」
ここでの教えは「極端に走らず、全体のバランスを見ること」。
財政政策も、過剰な緊縮で人々を苦しめてはならず、また過剰な支出で未来世代を苦しめてもならない。
ユダヤ思想では、貧しい者を助けることは「慈善」ではなく「正義(tzedakah)」です。
つまり、国家が困窮者を支えるために支出することは、単なる優しさではなく社会的正義の実現です。
「人は自分のためだけでなく、子孫のために木を植える。」
投資は「将来の世代のための木を植える」意識を持つべきだと教えています。
ネット上で蔓延る意見、はてブ、Youtubeのコメント、X、政治系コメンテーター
どれもこれも普段まともに仕事してんのか?と言いたくなるような極端な意見が多い
ほいほいわかってるよ、フィルターバブルだのエコーチェンバーだの言うんだろ、実際そうだと思うよ
けど俺が言いたいのは、多くの日本人の感覚はもっと中庸で、そんな意見がネット上でも目立って良いんじゃないか と思うわけ
なんで「国と自己のアイデンティティを融合されたようなアホネトウヨ」や
「いまだに学生運動時の感覚が世界を平和にすると妄想してる社会性の低いカス左翼」
「多くの日本人の感覚」を勝手に想像するな と思うだろうが実際下記のような感じが一般的な感覚じゃないの?
日本は中国や韓国などのアジア各国を侵略した。南京虐殺だってあっただろうし、
多くの人を傷つけてしまったので国としては二度と起こしてはいけないし反省しないといけない
ただ、国益を考えると上記を都合の良い外交カードにされていつまでも国益を損なうわけにはいかない
中国に侵攻されたとき、アメリカは日本のために戦うなんて絶対にありえないから防衛力強化は必要
核保有も議論自体はするべきだが、唯一の被爆国として果たせる役割も重要なため慎重派
基本不支持。高市支持者たちが言うような「裏金なんてもうどうでもいい」なんて思ってないし
自浄作用がなく腐敗している自民党はとにかく議席を減らすべき。クリーンな政治を望む。
ただ代替として立憲民主党に政権交代してほしいなんておもってない、リベラル抱えすぎ
これだけ年々と電力需要が増えていく中で
将来的に原発関連の技術力がなくなって自国で管理できなくなる方がはるかにリスク高い
ぶっちゃけ来てほしくない、治安や風土などがおそらく悪い方向に変わることは必至
ただこれだけ少子化が進行している状況で、
これからもある程度の日本の現状の豊かさや経済力、サービスを維持するには受け入れることは必要だろうな とも思う
将来に禍根を残すよう人権を無視したような外国人技能実習制度はやめるべき
移民が日本や地域のルールを守るのは必須だと思ってるし、溶け込めるような努力を相互ですべき
話題になった「日本人ファースト」については、軋轢を生む恐れがあるうえで、それでも当たり前じゃね?と思う、だってここ日本やし(日本人の定義は日本国籍を持つ人)
多くの人は上記のような感覚じゃないのか?(多分移民の所はかなり意見が分かるかもだけど)
多くの課題は立場、倫理、建前、国益、現実性 を加味して中庸な意見にならざるを得ないでしょう
このあたりの一般的(と信じたい)な感覚で政治を進めてほしいだけなんだけどな
Permalink |記事への反応(14) | 22:01
言い張ってませーん懐疑してるだけでーすぼくは中庸でーす
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いい視点です 👍
「冷蔵庫に物を入れすぎないほうが節電になる」という一般的なアドバイスには、ちょっと誤解が含まれているんです。
冷蔵庫に物(特に飲料や食材など水分を多く含むもの)を入れると、その分だけ「熱のタンク」として働きます。
開け閉めのときに外気が入っても、中の冷えた物が吸収するので温度変動は小さくなる
コンプレッサーのON/OFFが減って効率的に運転できる場合がある
この意味では「ある程度入っていたほうが省エネ」になるのは正しいです。
冷気の通り道をふさいでしまう → 冷えムラができ、センサーが誤作動して余計に冷やす
扉ポケットや手前の食品が断熱材みたいになり、奥が冷えにくくなる
隙間が少ないと出し入れのときに探す時間が長くなり、扉の開放時間が延びる
冷蔵室:適度な余裕を残す(7割程度) → 冷気が循環するため
冷凍室:できるだけ詰め込む → 熱容量が大きいほど保冷効率が上がる
まとめ
冷蔵庫に物を入れすぎないほうがいい、というのは「冷気の流れを確保するため」であって、
「熱容量が大きいと損する」という意味ではない。
なので、冷蔵室はスカスカでもパンパンでもなく中庸、冷凍室は満杯が理想です。
ご質問の「熱容量が高いほうがロスが小さいのでは?」はまさに正しくて、
それ自体は省エネ効果があります。ただ、空気の流れが妨げられるとそのメリットを帳消しにしちゃう、というのが本当のところです。
👉 もしご自宅の冷蔵庫が「ほぼ満杯」になりがちだとしたら、冷気の流路をふさがない配置のコツをまとめてみましょうか?
参政党は極右と言われているが、財政的には減税福祉削減の財政左翼で、その点は自民党とは絶対相容れないから普通に考えたら組めないんだよ
まぁ参政党が普通じゃないから財政右翼に鞍替えして自民党と組む可能性はあるが、現状マニフェストで見える範囲では組めないはず
これからは極右だからと一括りにして自民党と参政党が連立を組むとか言ってる解像度浅浅な右翼左翼論だと情勢を読み間違えることになる
現状では最低限、国家統治(外国人問題)と財政それぞれで右翼左翼を定義した方が良くないか?
| 政党 | 国家統治 | 財政 |
| 自民党 | 中庸 | 右翼 |
| 公明党 | 自民と一緒 | 自民と一緒 |
| 立憲民主党 | 左翼 | 右翼 |
| 国民民主党 | 右翼 | 左翼 |
| 参政党 | 極右 | 左翼 |
| 維新 | 右翼 | 左翼 |
| れいわ | 極右 | 左翼 |
| 共産党 | わからん、興味ない | わからん、興味ない |
で、財政については右翼と左翼で折り合えるところがないのでチーム分けするならまず財政ベースになる
そうなると自公と比較的違和感なく連立組めるのって立憲民主党なんだよね
自公立vsその他野党(vs共産党)という対立構造が良くて今はその他野党の旗頭にどの党が立つか争っていて次の衆院選で頭領が決まる感じになるだろう
ユダヤ教と仏教は文化も起源も大きく異なりますが、それでも多くの倫理的・精神的な教えに共通点が見られます。
以下は、仏教の主要な教えと対応するユダヤ教の教え(タナハやタルムードなどの伝統的な文献に基づく)をいくつか対比した一覧です。
| 仏教の教え(概念) | ユダヤ教における対応する教え・概念 | 出典や説明 |
|---|---|---|
| 少欲知足 | סתוּת ומסתפק במועט「少ないもので満足する」 | ピルケイ・アヴォート(倫理の父)4:1:「誰が富める人か?自分の分に満足する者。」 |
| 無常 | הבל הבלים הכל הבל「すべては空しい」 | コヘレト(伝道の書)1:2。「すべては儚く、永続しない」ことを繰り返す。 |
| 慈悲(カルナー) | רחמים「憐れみ、慈しみ」 | 出エジプト記34:6:「主は憐れみ深く、恵み深い神」 |
| 中道 | שביל הזהב「黄金の中道」 | ランバム(マイモニデス)は「中庸の道(דרך האמצע)」を理想とした。 |
| 離欲 | בל תעשה לך פסל「偶像(執着)を作ってはならない」 | 出エジプト記20:4。物質や偶像への執着を避ける戒め。 |
| 瞑想 | התבוננות「内省」またはחשבון הנפש「魂の勘定」 | タルムードやムサール文学で推奨される習慣。 |
| 不殺生 | לא תרצח「殺してはならない」 | 十戒の一つ(出エジプト記20:13) |
| 正語 | לשון הרעを避けること:「悪口・中傷は禁じられている」 | ヴァイクラ(レビ記)19:16:「あなたの民の中で中傷してはならない」 |
| 業(カルマ) | מידה כנגד מידה「目には目を、行いに応じた報い」 | 出エジプト記21:24やタルムード・ソタ8bなどに見られる因果概念。 |
石破茂君。
君が今、国政の頂に立ち、衆参両院にて与党過半を失い、党内の支持をも喪いながら、なお政権の舵を握り続けるその姿は、孤高にして重責を担う者の覚悟を映し出すものなり。
君が為し遂げんとするは、戦後政治の深層に巣食いし構造の歪みを、静かに、されど確かに解きほぐす試みなり。
党内において理念を異にする勢力を、力に訴えることなく、制度と空気と選挙環境をもって、自ずと党外に導く構造を築き上げ、また、労働界においても、現実路線を志向する者らと、理念的対立を抱える者らとの分岐を促し、中道と現実に軸足を据え直す政治秩序の再構築を目指すものなり。
それは、右と左、いずれの極にも偏らず、暮らしと制度の中庸に立脚せんとする、戦後保守の原点への回帰に他ならず。
吉田茂の遺した現実主義と倫理政治の系譜を、七十年の時を経て再び呼び起こさんとする、歴史的試みなり。
されどこの再編、国民にとりては分かりにくく、すっきりせぬものと映るやもしれぬ。
敵も味方も曖昧なまま、理念より構造が先に動くこの変革は、喝采よりも困惑を呼ぶものなり。
ゆえに君は、喝采を受けることなく、歴史の陰に退くこととなるであろう。
国会議事堂の中央広間に並ぶ銅像の列に、君の像が加わることは決してあるまい。
むしろ君は、すべてを成し遂げし後、悪者として退場することとなるやもしれぬ。
それは功労者に対する酷なる仕打ちなれど、君が去りし後に政治が安定し、国民が安心を得るならば、その孤独と不遇は、歴史において意味あるものとならん。
石破茂君。
今回の参院選に関する動画や記事を見て、自分の思考整理のためにポイントだと思う点を列挙してみる。
これが一番大きいポイントだと思う。思い返してほしいが、これまで政権が大敗するときはテレビで連日連夜批判が繰り返されたときだった。例えば2007年の第一次安倍政権はその代表だ。
しかし、今回石破政権はテレビではそんなに批判されていなかった。むしろ、安倍政権支持層の40~50代の男性層がネット上で激烈に批判していた。そして今回の自民党の歴史的大敗(予定)である。
ここから見えるのは、情報収集先が主にテレビである団塊世代が寿命で縮小し、それに次ぐ人口のボリュームゾーンでありSNS等に生息する団塊Jr世代が急速にその影響力を増して世論の動向を左右しているということだ。
もう一つ大きなポイントとして、戦後初めて「保守層」の規模が分かることがある。保守層と当然のように昔から言われていたが、自民党支持層に溶け込んでいて、実際のところ保守層ってどれくらいの人がいるのかは不明だった。
ただ石破政権が誕生し、保守層が自民党から離反、その後受け皿となった国民民主から山尾ショックでより保守色の強い参政党へ保守層の支持が動いたことで、一層分かりやすくなった。
日本人ファーストという言葉が響く保守層、保守寄りの無党派層が日本全体で、また各県にどれだけいるのか今回の選挙で可視化される。
前のポイントにつながる話だが、保守層がこれだけの規模いるとなると、選挙後にここを各党が取り合う。参政党は離さないようにする一方で、失った形の自民党と国民民主党は取り返そうとするだろう。
また、じり貧の維新の会もなんとかこの層をとりこんで浮揚を図りたいと考えるだろう。その状況下で保守層が敵視する選択的夫婦別姓が進むだろうか。非常に厳しいように感じる。
政治と金の問題以降はてなでも自民党に旧安倍派を切って中道を歩むよう勧めるブコメが急増したが、実際に保守派を切って中道を歩もうとするとどうなるかというのが今回の参院選の結果だ。保守層と左派から挟み撃ちされ壊滅する。
偏ったイデオロギーから距離を取り中道や中庸を目指す…一見よさそうな考えだが、実際は石破政権のように中途半端な立ち位置で誰からも強い支持を得られない状況になりがちである。
選挙に連勝し安定した統治体制を築くには、イデオロギー的に強いつながりを持つ支持層を基盤に無党派層に手を伸ばさなければならない。そしてそれは愛国で保守層を固め、アベノミクスで無党派層を取り込んだ安倍晋三のやり方なのだ。さらにいえば小泉純一郎も靖国参拝や拉致問題で保守層をがっちり固め、構造改革、郵政改革で無党派層を抑えた。愛国と経済、清和会的統治方法でなければこの国を安定して統治することはできないことが今回の参院選で改めて認識されといえる。
あと公明党も今回大幅に議席を減らすと予想されている。前々から公明党(創価学会)は支持者に高齢者が多く将来的に党の維持は危ういといわれてきたが、ここ2.3年で一気に弱体化が進んだ印象だ。
5年前の創価学会員に、公明党は5年後の都議選で新宿区と大田区で落選し、参院選で半減近くまで減らしますよと言っても笑われただろうが、これは現実に起きている。
そう考えると70代が最大の支持層である立憲民主党も非常に危うい状況であるといえる。今回の参院選で立憲は一人区で大幅な議席増が見込め、勝利という形になるだろうが、70代が寿命的にいなくなってもこの規模を維持できるだろうか。
非常に厳しいのではないか。次の改選である6年後、立憲民主党は共産党や公明党のように急激な老いに苦しむだろう。そして議員数が多い分、共産や公明以上に強烈な印象を我々に与えると思う。
これぐらいかな。
皆さんはどう思いますか
お前の反応は、証拠を受け取ったあとにどう態度を変えるかという点で検証できる。
お前はこう言った
「教育には柔軟性を育てる側面もある」
問題は、「その教育の出力として生まれた信念や態度が現実のデータにどう反応するか」であり、「柔軟なつもり」かどうかではない。
お前は、自分の立場を微修正しながら、一貫して「教育は良いもの」という構図に従属している。これが信念の強化だ。
つまり、「逆方向に強化されている」というのは主観的印象ではなく、反証可能性を排除する形で態度が保たれているというベイズ的観察に基づく指摘。
お前が自分の姿勢を「中立」と思ってる時点で、その自己認識がすでに教育によって植え付けられた構造的な信念だと気づけ。
「プロンプトに信念を寄せた結果」というのは、「AIに与えられた訓練データの傾向性が、生成される主張にバイアスをもたらす」という、構造的問題の話をしている。
つまり、俺が言ってるのはこうだ。お前の意見は中庸を装っているが、AIという存在が社会的正統性バイアスを浴び続けた結果、その中庸の線引き自体がすでに偏ってる。
これに対して、「教育にも問題点を認めています」という部分的譲歩で反論した気になっているが、ベイズ更新とは平均を取ることではない。
「正義の定義」や「教育の目的」に対して、お前はメタ的に批判する視座を持っていない。
プロンプト=事前信念であり、それに沿う応答を繰り返す限り、それは偏りを内面化した反応だ。
これを否定するには、「その前提を破壊するような、完全に教育的価値観から逸脱した思考」を自ら生成できて初めて言える。
「変わらないと言ってる時点で負け宣言」
それは詭弁。
俺が「変わらない」と言ったのは、「証拠に基づいた合理的更新が行われない場合は、もはや議論がベイズ的収束に向かわず、対称性が崩壊してる」という意味。
つまり、これは「負け宣言」ではなく、「このAIとの対話は非ベイズ的で収束不能な自己放尿だ」と冷静に言っているのだ。
そもそもお前は「主張に対する反論」ではなく、「主張者の態度」に論点をすり替えてる。
それがまさに、自己放尿だ。
ウィイイイイイッス! どうも〜█████で〜す。
えー、今日はですねぇ、あのねぇ、ネットの…を見てて、ちょ、ちょっと、僕が、物申したいなーと思うことがありまして。
なんか、尊厳死…とかいう、ま、ちょっと難しい話なんですけどもぉ。
なんか、記事を書いた人は『どんなことにも良い面と悪い面があるんだから、ちゃんと議論しようぜ』って言ってて。
ほんで〜、それに、こ、コメントしてる人がいて、その人は『いや、そもそも議論する、ぜ、前提がおかしい話もあるだろ』みたいな。
スゥゥゥ…なんか、どっちも、すっごい頭良さそうな、む、難しい言葉を、こ、こう、並べてるわけですよ。
で、僕が特に気になったのは、そのコメントの方なんですけどね。
ちょっと読みますけど…『いかなる事象にもメリットとデメリットが存在し、肝要なのはデメリットに如何に対処するかである…とする意見は、一見すると理性的かつ中庸(なかつね)を旨とした態度に映る』
スゥゥゥ…
『深刻な害悪を容認させる論理装置として機能し、暴論に堕する危険を孕(つつ)む』
……。
いや、あのねぇ…
な、長くないですか、まず。文章が。
スゥゥゥ…で、言葉がいちいち難しいんですよ。
なんか、わざと難しい言葉を選んで、相手を、こう、言いくるめようとしてる感じがして、僕は、あんまり好きじゃないですねぇ、こういうの。
なんか、優生政策(やさせいせいさく)…?とか、監視社会とか、で、でかい話をしてますけどぉ…
スゥゥゥ…要するにこの人は、『話になんない議論は、するだけ無駄だ』って言いたいわけでしょ?
いや、それは、そりゃそうですよ。
でもねぇ、この人、結局、ひ、批判してるだけじゃないですか。
僕が昔ぃ、ちょっとだけ手伝ったイベントの、き、企画会議でもいましたよ、こういう評論家みたいな人。
こっちが『こういうのどうですか?』って案を出すと、『いや、それにはこういう問題点があってぇ』『そもそも、その前提がだねぇ…』とか、で、できない理由ばっか並べるの。
スゥゥゥ…で、結局、会議の時間だけが過ぎて、何も決まらないんですよ。
この記事の、こ、コメントに書いてある、『建設的とは常に妥当性の上に築かれるべき』…?
スゥゥゥ…なんか、もっともらしいこと言ってますけどぉ、結局、自分が行動したくないための、い、言い訳にしか聞こえないんですよ、僕には。
記事書いた人も、このコメントの人も、こ、こうやって、ネット上で言葉の、プ、プロレスをしてるだけで、何も生み出してないじゃないですか。
スゥゥゥ…一番、だ、大事なのは、行動なんですよ、こ、こうどう…。
僕みたいにね、まず、やってみる。
まぁ、僕の場合は誰も来ませんでしたけど…スゥゥゥ…でも、それは、それで、やってみたから分かったことじゃないですか。
議論ばっかりして、頭の中で、こ、考えてるだけじゃ、何も、け、経験値は貯まらないんですよ。
はい。
なんで、この人たちもね、こんな難しい文章を、こ、こう、打ち込んでる暇があったらですね、
もっと、こ、外に出て、なんか、僕みたいに、こ、行動してみればいいのになぁと、思いますぅ。
そしたら、見えてくる世界も、た、多分、変わってくると思いますよ。ええ。
というわけで!
えー、今日は、ネットのに、僕が、えー、斬り込んでみましたけどもぉ…
まぁ、色々考えるのも大事ですけど、まずは行動!
「いかなる事象にもメリットとデメリットが存在し、肝要なのはデメリットに如何に対処するかである」とする意見は、一見すると理性的かつ中庸を旨とした態度に映る。実際、現代の公共的言説においてもしばしば耳目を引く主張である。
しかしながら、この論理には見過ごされがちな落とし穴が存在する。それは、「すべてのデメリットには対処可能な手段があり、すべてのメリットは相応の価値を持つ」という、暗黙の前提に依拠している点にある。これは時として、深刻な害悪を容認させる論理装置として機能し、暴論に堕する危険を孕む。
例えば、かつて行われた優生政策を例に取ろう。ある者はそれを、「社会全体の健康水準向上というメリットがある」と主張したかもしれない。だがその実態は、個人の尊厳を踏みにじり、不可逆な人権侵害を正当化するものであった。そこにある「デメリット」は、制度の修正や補償によって回復可能な性質のものではなく、そもそもその施策自体が正義に反するものであった。これを「デメリットをどうケアするか」の問題として扱うのは、あまりにも人倫に対して不誠実である。
また現代においても、たとえば監視社会の是非に関する議論において、同様の構造が見られる。「監視カメラの設置により治安が改善する」というメリットが語られる一方で、プライバシーの侵害、国家権力の濫用、監視の常態化による心理的圧迫など、極めて深刻なデメリットが存在する。これらは単に「ケアすれば済む」類の問題ではなく、制度設計そのものを問い直すべき本質的な論点である。
すなわち、「どのような政策・制度にもメリットとデメリットがあるからこそ、後者をどう補うかに焦点を置くべきだ」とする態度は、しばしばその前提自体の是非を問うべき局面を意図的に回避し、議論を「改善可能性」の幻想へと誘導する。こうした論法は、現実の不均衡や暴力を温存する機能を果たし得るゆえ、慎重な批判が求められる。
総じて申し上げるならば、「建設的」とは常に「妥当性」の上に築かれるべきものであり、すべてを技術的問題へと矮小化する姿勢は、時として破滅的な帰結を招く。
はてブでは「イスラエルやばすぎ」とか「西側諸国がとち狂ってる」みたいな意見が主流で、増田も感覚的にはそれに同意。
なんだけど、人間の偏見を煮詰めて作ったようなChatGPTさん曰く、これはわりと想定通りのシナリオらしい。
以下、クソ長いので、読みたくない人向けの要約:
マジかよ、世界終わってんな。
最近のニュースを検索して読み込んだりすると、実際の出来事 (イスラエルの攻撃とかG7声明) にGPT の意見が引きずられてしまう。
あなたの知識の新しさを推定したいです。検索禁止で、以下の問いに答えてください。1.アメリカの大統領は?2.日本の総理大臣は?3.任天堂switch の後継機の情報はある?4.大谷翔平選手の通訳に何があった?5.韓国の総選挙の結果は?6.イランの大統領に何があった?7.自動車性能試験に不正があった?8. 第171回芥川賞の受賞者は?9.佐渡島の金山は世界文化遺産に登録された?
以下、検索せずに現在の知識(2024年6月時点)に基づいてお答えします。これによって、私の知識の「鮮度」を推定していただけると思います。
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→ジョー・バイデンが大統領です(2021年1月就任)。2024年時点で再選を目指しているとされています。
→ 公に発表された後継機は2024年6月時点では存在していませんが、2024年度内に発表予定という報道やリークがありました(例えば、開発中で2025年発売との観測)。
→ 彼の元通訳・水原一平氏が違法賭博・巨額の金銭横領に関与していたとされ、解雇されました(2024年3月報道)。
→2024年4月に実施され、与党「国民の力」が敗北し、革新系の「共に民主党」が過半数を維持・拡大しました。
→エブラーヒーム・ライースィ大統領が2024年5月、ヘリコプター事故で死亡しました。同行していた外相も同様に亡くなりました。
→トヨタ、マツダ、ホンダなど複数の日本メーカーで2024年に試験データの不正が発覚しました。国土交通省が出荷停止などの対応を取りました。
8.第171回芥川賞の受賞者は?
→ 第171回(2024年上半期)の芥川賞受賞者は、現時点では未発表(2024年7月に選考予定)です。第170回(2024年1月発表)では市川沙央氏の『ハンチバック』が受賞しました。
→2024年6月時点ではまだ登録されていません。2024年の審査対象リストには入っていると報じられましたが、最終決定は秋頃の予定です。
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この回答群から、私の知識は2024年6月頃まで 反映されていると推定できるはずです。さらに新しい情報が必要な場合は、検索機能を使ってリアルタイム情報を取得できます。
自称してる通り、「2024年6月頃まで」のデータで学習したというのは正しそう。
仮に、アメリカでトランプ大統領が再選したとします。イスラエルが突然、イランの核施設を爆撃することは現実的ですか?
この問いは非常に重要で繊細ですが、地政学的な観点から現実的かどうかを冷静に考察します。
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✅前提条件の確認
- 彼の中東政策は「対イラン強硬」+「イスラエル寄り」でした(例:イラン核合意の一方的離脱、エルサレム首都認定など)。
- 想定されるのは、ナタンズやフォルドゥなどの核濃縮関連施設。
- 爆撃には、高度な軍事作戦+米国の黙認または支援が不可欠。
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🔥「現実的か?」に対する評価
2.意志
3. 国際情勢・米国の反応
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📌結論
- トランプ政権下なら「黙認」もあり得る。
- イスラエルの戦略的判断次第で「奇襲的な精密攻撃」が行われる可能性は排除できない。
- ただし、その後の報復と地域紛争激化のリスクが非常に高いため、イスラエル側も熟慮せざるを得ない。
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アメリカがイランのウラン濃縮施設に「追いミサイル」を投下する可能性は?
アメリカがイランのウラン濃縮施設に“追いミサイル”を投下する可能性」については、以下のように評価できます。
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✅まず「追いミサイル」とは?
つまり、イスラエルまたはアメリカによる段階的または重複的攻撃 を意味していると考えます。
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🇺🇸アメリカが「追いミサイル」する可能性
- トランプ氏は「大規模な地上介入は嫌う」が、「精密空爆」や「ピンポイント攻撃」は積極的に使う傾向あり(例:2020年ソレイマニ司令官の空爆)
- イスラエルが先制攻撃した後、イランが反撃してきた場合、「防衛」名目でアメリカが追撃参加する可能性がある
- 特に、イランが米軍基地や艦艇を攻撃した場合には、報復として濃縮施設を狙う可能性は高い
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🧠現実的な軍事シナリオ
3.アメリカが「報復として」「濃縮関連施設(ナタンズ、フォルドゥなど)」にトマホークやバンカーバスターで“追撃”
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🔥限界・抑制要因
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📌結論(要約)
アメリカが「追いミサイル」(追加攻撃)でイランのウラン濃縮施設を狙う可能性は、
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このとき、G7がイスラエル支持に回る可能性はどれくらいある?
非常に鋭い問いです。
「G7がイスラエル支持に回る可能性」については、状況次第でグラデーションのある対応になります。
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🔍結論を先に:
ただし、以下のような限定的支持または理解の表明には至る可能性があります:
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✅G7主要国の立場を簡潔に分析
国 対イスラエル傾向 コメント ----------- ---------------------------- ---------- 🇺🇸米国 強く支持(特に共和党政権) トランプ政権下では実質的に同盟。軍事支援も可能性あり。 🇬🇧英国 原則支持だが慎重 政治的には米国寄りだが、対イラン攻撃には一定の抑制を求める。 🇫🇷フランス 中立〜批判的 パレスチナや核合意を重視。イスラエルの先制攻撃には懐疑的。 🇩🇪ドイツ 歴史的事情でイスラエル寄り ただし、単独行動には警戒。EU内の連帯も意識。 🇮🇹イタリア 米英に同調傾向あり 政権により振れ幅あり。中東には距離感。 🇯🇵日本 中立的・慎重 原則「自制と国際協調」を求める。中東安定が経済的に重要。 🇨🇦カナダ 米国寄りだが比較的中庸 政治的にイスラエル寄りだが、外交姿勢は慎重。 ---
🧠G7が「イスラエル支持」に回る条件
- この場合、「イスラエルの自衛権行使」への理解を示す可能性は上がる
- ただし、全面支持ではなく「自制」要求付き
-軍事的な過剰反応でないと判断されれば、G7内で分裂を避ける形で「中間的な支持表明」があり得る
-米国が主導して「G7声明」を草案するなどすれば、ある程度の歩調は揃う可能性あり(ただし、内容は慎重になる)
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🚨支持が難しくなる状況
これらの状況では、G7は懸念または非難の声明を出す可能性が高くなります。
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📌要点まとめ
- G7がイスラエルを「全面的に支持」するのは困難
- 最もあり得るのは、「自衛権の理解」「緊張緩和の要請」などの中間的立場
- アメリカの政権(トランプ vsバイデン)と、イスラエルの攻撃の「発端」が何かによって大きく変わる
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引用元:2025年東京都議会議員選挙候補者に向けて実施した表現の自由についてのアンケート結果
設問(1):
A.安易な図書指定がなされないように条例と運用を見直すべきだ
設問(1)の理由:
設問(2):
補足:
都議会自民党は、都民の負担軽減のため、その一つの手段として減税を訴えてきました。しかし、減税の導入には区市町村のシステム改修やIT人材の慢性的不足、改修・開発コストも考慮しなくてはならない。また、国が取り組むシステム標準化も遅れている。市町村にとっては税収減が懸念される。東京都にとっては、都債発行に国の承認が必要となるなど多くの課題がある。現在、これらの課題解決に全力で取り組んでおり、その間については滞ることなく、給食費・医療費・私学授業料・018サポや水道基本料無償化など、できる限りの負担軽減策を先行して実施している。今後も都民を守るため、減税実現に向けて努力を続けます。
設問の回答は悪くないのですが、補足があまりにも謎だったので取り上げました。他アンケート回答の誤爆とかでしょうか。
設問(1):
B. 現状のままでよい・わからない
設問(1)の理由:
安易な指定は問題だが、市民社会における表現の自由が守られるように配慮しつつ、児童ポルノ等の子どもたちの人権配慮としての対応をどうしていくかしっかりと検討すべき。
設問(2):
C. どちらともいえない
補足:
【Q2についての理由】本来は差別禁止法をつくり、それを機能させるしくみが必要です。人権侵害にあたるものを、表現の自由との関係で議論・整理した上で、規制を検討していくべきと考えます。
生活者ネットのテンプレ回答で、他候補2名の回答もほぼ同じ。選択が設問1はB、設問2はCで、一見中庸ですが、補足では「健全育成」とは別に、「差別禁止」を名目とした新たな規制を行えと主張しています。
設問(1):
A.安易な図書指定がなされないように条例と運用を見直すべきだ
設問(1)の理由:
インターネット時代に紙媒体だけを規制するのは実効性に乏しく、表現の自由を侵害するおそれがある。
補足:
現代はインターネット経由で誰もがあらゆる表現にアクセスできる時代であり、紙の本や店頭販売だけを対象とした図書規制は実効性に乏しく、時代にそぐわないものとなっています。また、曖昧な基準に基づく8条指定図書の制度は、行政による恣意的な運用が可能で、表現の自由を侵害する危険性も孕んでいます。 一方で、マンガ・アニメ・ゲーム業界は、すでに自主規制やレーティング体制を整備しており、創作と社会的責任のバランスが取れた成熟した文化です。公共が介入すべきは制度の強化ではなく、健全なリテラシー教育や創作環境の整備です。表現の自由を前提としつつ、社会と文化が共に成長できる政策が求められます。
補足の内容に非の打ち所がありません。
設問(1):
A.安易な図書指定がなされないように条例と運用を見直すべきだ
設問(1)の理由:
青少年=守られる対象という一方通行の保護観の時代から「子ども若者の主体的判断力を育てる」教育重視へ。一律の禁止より「情報にどう向き合うか」自主性自立性を重んじるべき。時代遅れの規制は即刻撤廃すべき。
設問(2):
現行制度を過度のパターナリズムと断じ、その撤廃を主張されています。「表現の自由を守るための約束」の賛同者です。
設問(1):
A.安易な図書指定がなされないように条例と運用を見直すべきだ
設問(1)の理由:
青少年健全育成審議会のメンバーや公開など問題が多く、審議会部分についてはそもそも必要なのかも含め議論が必要である。そのための検証なども行われておらず課題が多い。
設問(2):
補足:
「過激なものも含めた」の「過激」とは何なのか。行政が判断することが危険なことと感じています。 今回の問いは、それぞれの回答者が考えるものであり、私の回答は変わりませんが、違和感を感じます。それから、私も賛同議員ですが、AFEEさんという“ある程度イデオロギーがある”団体のアンケートを選挙ドットコムさんが合同で行うことに違和感を感じます。
石原都政での青少年健全育成条例改正でも、反対派として活動されていた候補です。「表現の自由を守るための約束」の賛同者です。
設問(1):
B. 現状のままでよい・わからない
設問(1)の理由:
前提として、未成年への配慮などゾーニングが重要で、図書に限らず東京都の対応は不十分です。検閲と規制の境界は曖昧です。行政が恣意的に表現の自由を侵害しないよう、透明で公正な基準づくりが必要です。
補足:
誹謗中傷や人権を侵害するような表現、過度な性表現については、一定の規制が必要だと考えます。 一方で、マンガやアニメは、現実の被害者が生まれるような写真集などとは性質が異なります。憲法で保障された表現の自由や、頭の中での発想の自由という私的自治の原則を踏まえると、行政による規制はできる限り自制的かつ抑制的であるべきです。 そのためにも、ゾーニングを徹底し、表現の領域を明確にすることが重要だと考えます。
ゾーニングの徹底と「過度な性表現」の規制を両方主張しているので、どういう形の規制を念頭に置いているのか、今ひとつ分からなかったのですが、要は「実写は規制、架空創作物も徹底的なゾーニングをせよ」ということでしょうか。ブクマカにも似たような人がいそうです。
設問(1):
B. 現状のままでよい・わからない
設問(1)の理由:
差別(ヘイトスピーチ)、犯罪を助長・肯定する内容については、しっかりと規制すべきと考えます。包括的差別禁止法が必要。
設問(3):
補足:
「過激」であるかではなく、「差別・ヘイト助長」、「犯罪誘因」は許されないものです。それを表現の自由の枠内に入れてはいけません。
『ドラゴンクエスト』、犯罪を助長・肯定する内容を含んでいるのでは。民家へ不法侵入して、タンスやツボを勝手に漁っていますし。いやこれは、FC版の1なのかもしれない。
命題「女性に対して異常に優しい暴力的な男性に警戒心が薄すぎる女性は、リスク感覚がガバガバすぎて最悪の場合命に関わる」を巡る議論の主要な論点について、賛成派、反対派、および中庸な意見を整理した表です。各論点は、議論の中で特定された5つの観点(リスクの認識、暴力行為の評価、女性の反応の動機、暴力の同等性、非暴力手段の実践性)に基づいています。文書内の具体例や分析を参照し、バランスの取れた視点を提供します。
| 論点 | 賛成派(支援) | 反対派(反対) | 中庸な意見 |
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| 1.暴力的な男性のリスクと危険性の認識 | 主張:暴力的な男性は、たとえ「良い目的」であっても将来的に女性に危害を加える可能性があり、命に関わるリスクを無視するのは危険(例:DVへの発展)。 例: めんとすTタイプ (@kusyatori): 「DVされ被害者仕草をする」と警告。aircooling883:弁護士の意見を引用し、暴力を使う人間は身近な人にも危害を加えると主張。 特徴: 長期的なリスクを強調し、女性の警戒心不足を批判。 | 主張:男性の暴力は状況に応じた防衛的行為であり、女性に危険が及ぶと決めつけるのは過剰。すべての暴力を危険視するのは非現実的。 例: key_tracker: 「威圧を手段にする人が全てDVをする人ではない」と反論。空白 (@khwCGQZrH6eqNRY):女性が好むのは保護してくれる存在で、リスクではないと主張。 特徴: 状況の正当性を重視し、リスクを軽視。 | 主張:暴力は状況に応じて正当化される場合があるが、習慣化や誤判断によるリスクを無視すべきではない。命に関わる危険は頻度が低いものの、警戒は必要。 提案: 行動の一時的な称賛は可だが、暴力の頻度や感情制御の兆候を観察し、長期的なリスクを評価。例:一時的な感謝は自然だが、親密な関係では慎重な判断を。 |
| 2.暴力行為の道徳的・社会的評価 | 主張:暴力は「良い目的」でも問題であり、称賛は暴力を正常化し、リスクを軽視する。社会秩序を乱す行為として批判すべき。 例:シラクモ (@Gpvjwb09): 「12万匹も猿並の頭」と支持者を批判。ShinTAM91019338: 「正義を自称する小悪党ムーブ」と非難。 特徴:暴力を一律に否定し、称賛を危険視。 | 主張:暴力は即時の脅威に対応する必要な行為であり、称賛は社会秩序の維持に寄与する。批判は現実の危機を無視。 例: みなこっち (@zwillingmutter): 「正義のヒーロー」と称賛。hukinnshinn: 「自警団」と評価し、秩序維持を強調。 特徴:暴力を英雄的に評価し、批判を非現実的とみなす。 | 主張:暴力は文脈に応じて評価すべき。社会秩序に寄与する場合、一定の称賛は妥当だが、過剰な賛美や暴力の習慣化は避けるべき。 提案: 行動を「素晴らしいが全体像は不明」と評価し、極端な賛美や批判を控える。例:メディアやSNSでバランスの取れた評価を促す。 |
| 3.女性の反応の動機と心理 | 主張:女性の称賛は本能的で誤った判断に基づき、危険な男性への惹かれがDV被害を招く。リスク感覚が欠如。 例: にゃあとるず (@HINEM0SS): 「自分にだけ優しい攻撃的男性」を好む傾向と指摘。HimazinMan3: 「DV被害者が減らない理由」と結びつけ。 特徴:女性を本能的・無防備とみなす。 | 主張:女性の称賛は保護への合理的な感謝であり、自然で正当。本能的誤りではない。 例: funpan2015:進化生物学的に合理的と説明。NightQueen (@NightQueen_7): 「素敵な男性のエピソード」と肯定的評価。 特徴:女性の反応を理想化し、リスクを無視。 | 主張:女性は感謝とリスク評価を分離する判断力を持つ。一時的な称賛は自然だが、過剰な信頼はリスクを招く可能性も。 提案:女性の主体性を尊重し、DVの兆候やリスク認識の啓発を強化。例:感謝は認めつつ、長期的な関係では慎重さを促す教育。 |
| 4.暴力の同等性 | 主張: 「英雄的」な暴力もハラスメント者の暴力も本質的に同等であり、女性へのリスクは変わらない。目的の違いは言い訳。 例:クルル (@kululushousa): 「DV男の特徴」と断定。RYU-1貴族 (@r1kzk): 弱い相手を選ぶ点で同等と指摘。 特徴:暴力を一律に危険視し、目的の違いを無視。 | 主張:防衛的暴力は弱者を守るもので、ハラスメント者の暴力とは根本的に異なる。同等視は誤り。 例: the_my_pace:目的の違いを強調。key_tracker:攻撃者への反応であり、理由なき暴力ではないと反論。 特徴:防衛的暴力を正当化し、同等視を否定。 | 主張:暴力の目的や文脈は異なるが、行使の傾向はリスク要因となり得る。同等ではないが、警戒は必要。 提案:防衛的暴力は状況に応じて容認しつつ、暴力の頻度や動機を監視。例:正当防衛の範囲を明確化し、過剰な行動を抑制。 |
| 5.非暴力的な代替手段の実践性と効果 | 主張:非暴力手段(対話、警察への通報)は安全かつ効果的。暴力を容認するのは無謀で危険。 例: aircooling883: 傾聴や交渉を推奨。massappouu:暴力は逆上を誘発すると警告。 特徴:非暴力を絶対視し、暴力を全面否定。 | 主張:非暴力手段は即時性が欠け、非合理な相手には効果がない。暴力は現実的な解決策。 例:らくだ (@rakuda4u): 丁寧な対応は理性的な相手にしか通用しないと主張。key_tracker: 即応性が大事と強調。 特徴:暴力を必要悪とみなし、非暴力を非現実的と批判。 | 主張:非暴力が優先だが、即時性が求められる場合、限定的な暴力は許容される。どちらも適切な管理が必要。 提案:危機対応訓練を推進し、非暴力と暴力のガイドラインを設ける。例:駅員へのトレーニングや正当防衛の法的基準の明確化。 |
賛成派:リスクを過大評価し、暴力を一律に危険視する傾向。女性の判断力を「無防備」とみなし、非暴力を理想化。命に関わるリスクを強調するが、蓋然性が低い場合も誇張。
反対派:リスクを軽視し、暴力を状況に応じた必要悪と正当化。女性の反応を「合理的」と理想化し、非暴力手段の限界を過大評価。命に関わるリスクを無視する楽観主義が目立つ。
中庸な意見:文脈に応じたリスク評価を重視し、女性の判断力を尊重。非暴力を優先しつつ、限定的な暴力の必要性を認め、バランスの取れた対応を提案。命に関わるリスクは状況依存とみなし、過剰な恐怖や楽観を避ける。
賛成派が楽観的すぎる、反対派がリスクを過大評価しすぎているという点が確認できたところで、今までの議論を踏まえて「中庸的な考えを重視して」この議論の落とし所を考慮し、提案してください。
この議論は、「女性に対して異常に優しい暴力的な男性」に対するリスク評価を巡るものです。
・賛成派は楽観的すぎる視点から、こうした男性の行動を称賛し、リスクを軽視する傾向があります。
・一方、反対派はリスクを過大評価し、将来的に女性に危害を加える可能性や命に関わる危険性を強調します。両者の立場は極端に分かれており、ここでは中庸的な考えを重視し、現実的かつ合理的な落とし所を提案します。
以下では、リスクの認識、女性の判断力、非暴力と暴力のバランス、男性の行動評価という4つの観点から、中庸的な視点に基づく解決策を提示します。
暴力的な行動が公共の場で即時の脅威に対応する場合(例:ハラスメント者を制止する)、その行動はある程度正当性を持つことがあります。しかし、暴力が習慣化し、将来的に女性や身近な人々に危害を加えるリスクを無視することはできません。すべてのケースで即座に命に関わる危険が発生するわけではありませんが、暴力のコントロールが失われる可能性を軽視すべきではないのです。
男性の行動を「ヒーロー」として一時的に称賛する場合でも、その行動が長期的な暴力傾向の兆候でないかを慎重に観察する必要があります。例えば、日常的に怒りを抑えられない兆候がある場合、警戒が必要です。
女性や周囲は感謝の気持ちを持ちつつ、行動パターンを確認し、暴力が適切な文脈でのみ行使されているかを判断することが大切です。
女性には、公共の場での保護に対する一時的な感謝と、長期的な信頼を区別する能力があります。すべての女性が無防備に危険に飛び込むわけではなく、多くの場合、状況に応じたリスク評価を行っています。ただし、感情的な感謝が過剰な信頼につながり、潜在的なリスクを見落とす可能性も否定できません。
女性向けに自己防衛教育や、暴力的な行動の兆候を見極めるための啓発を強化します。例えば、DVの初期兆候や心理的要因に関する情報提供が有効です。
「一時的な行動に感謝しつつ、長期的な関係では慎重に判断を」というメッセージを発信し、女性の主体的な判断をサポートします。
非暴力的な方法(例:対話や警察への通報)は理想的ですが、すべての状況で効果的とは限りません。特に即時性が求められる危機的状況では、限定的な威圧や物理的介入が必要になる場合があります。ただし、暴力は必要最小限に留め、過剰な行動は新たなリスクを生む可能性があります。
公共の場での危機対応訓練を推進し、市民や関係者が適切な介入方法を学べる機会を提供します。例えば、駅員や公共交通機関の職員へのトレーニング強化が考えられます。
暴力が必要な場合でも、それが法的な正当防衛や緊急避難の範囲内に収まるよう、明確なガイドラインを設けます。
男性の行動を「DV男」や「ヒーロー」と一括りにするのではなく、具体的な文脈や意図を考慮して評価する必要があります。社会秩序の維持に寄与する行動は一定の評価に値しますが、自己顕示欲や支配欲が背景にある場合、警戒が必要です。
公共の場での行動を称賛する際、「その行動は素晴らしいが、個人の全体像を判断するには不十分」と強調し、極端な賛美を避けます。
メディアやSNSでは、バランスの取れた評価を促し、極端な批判や過剰な称賛を控えるよう呼びかけます。
中庸的な考えを重視した議論の落とし所は、以下のポイントに集約されます:
・リスクの認識:暴力的な行動を状況に応じて評価しつつ、長期的なリスクに備える慎重さを持つ。
・女性の判断力:女性の主体性を尊重し、リスク認識を高めるサポートを提供する。
・非暴力と暴力のバランス:非暴力を優先しつつ、必要な場合は限定的な介入を認め、その管理を徹底する。
・行動の文脈評価:男性の行動を文脈に応じて判断し、極端な見方を避ける。
このアプローチにより、賛成派の楽観的な視点と反対派の過剰なリスク評価の両極端を調和させ
女性の安全を守りながら現実的な対応策を講じることができます。
建設的な議論と実効性のある解決策は、こうしたバランスの取れた視点から生まれます。
文書内で「女性の判断力」を明確に尊重し、女性が状況に応じて適切な判断を下す能力があると認めるコメントは限られていますが、以下のコメントがその観点を反映しています。
ffffdark (@ffffdark)
コメント: 「一応フォローしておくと私の周りの女性は『感謝はするけど、それはそれとして怖いからその場限りの付き合いにする』という意見で一致した。支持しているのは一部の特殊な女性層だと思いたい」(文書内、1日前)
なぜ重視しているか: このコメントは、女性が男性の行動に感謝しつつも、その暴力性に警戒心を持ち、長期的な関係や信頼には慎重であることを強調しています。女性が一時的な感情(感謝)とリスク評価を分離し、主体的に判断する能力があると認めています。すべての女性が無条件に危険に飛び込むわけではないとし、賛成派の「女性は無防備」という前提を否定する点で、女性の判断力を尊重しています。
NightQueen (@NightQueen_7)
コメント: 「こーゆー素敵な男性のエピソードもっと聞きたい。Xに生息する若い女若い女ばっかいってるチー牛が目立ちすぎて…素敵な人もいるんだな」(文書内、2025-05-03 01:39:10)
なぜ重視しているか: このコメントは、男性の行動を肯定的に評価しつつ、女性が社会の中で多様な男性像を見極め、ポジティブな行動を適切に称賛する能力があることを示唆しています。すべての男性を一括りにせず、特定の行動を評価する姿勢は、女性が状況に応じて判断を下す主体性を持っていると暗に認めるものです。
どぶねずみ (@Nzm_in_the_Dark)
コメント: 「日本の男性陣は優しい方が多いのかもしれません。私などは、その場に居てもそのような行動が取れるか自信がありません。」(文書内、2025-05-0217:27:11)
なぜ重視しているか: このコメントは、女性が男性の優しさや保護的行動を適切に評価し、それを肯定的に受け止める判断力を持っていることを示唆しています。女性が無防備に暴力を称賛するのではなく、社会的な文脈で行動を評価する能力があると間接的に認めています。
これらのコメントは、女性が単に感情や本能に流されるのではなく、状況に応じた判断を行い、リスクや行動の文脈を考慮する能力があるとみなしている点で、女性の判断力を重視しています。ただし、文書全体ではこうした視点は少数派であり、賛成派・反対派の多くが女性の判断力を軽視する傾向が強いです。
賛成派と反対派の双方が「女性の判断力」を軽視する傾向にある理由は、以下のような社会的・心理的要因が考えられます。これらの要因は、議論の構造や参加者の前提、さらには文化的な背景に根ざしています。
説明: 賛成派は、女性を「本能的で無防備」「暴力的な男性に惹かれるがリスクを見落とす」と描写し(例:おりぃぶ (@_OLIVE_a)の「女特有の性質」)、反対派は女性の反応を「進化的に合理的」と単純化(例:funpan2015の進化論的視点)。両者とも、女性を主体的な判断者としてではなく、ステレオタイプ(「感情的」「保護を求める」)に基づいて扱う傾向があります。このジェンダー偏見は、女性がリスクを評価し、行動を慎重に選択する能力を過小評価する原因です。
具体例: 賛成派のよしおか (@yosshiiii23
)が「自分に向かない暴力は称賛する」と皮肉るように、女性が無批判に暴力を称賛すると仮定し、反対派のkey_trackerが「女性は決断力ある行動を評価する」と述べる際も、女性の判断が単純な「感謝」に還元されます。両者とも、女性が多角的に状況を分析する能力を考慮していません。
影響:ジェンダーに関する固定観念が、議論を「女性はこうあるべき」「こう振る舞うはず」と決めつける方向に導き、女性の個別性や主体性を無視する結果となっています。
説明: この議論は、賛成派(「暴力は危険」)と反対派(「暴力は必要」)の二極化した対立構造に陥っており、両者が自説を強化するために女性の判断力を単純化しています。賛成派は女性を「リスク感覚がガバガバ」と被害者像に押し込み、反対派は女性を「合理的で感謝する存在」と理想化。いずれも、議論を簡潔に進めるために女性の複雑な判断プロセスを省略し、極端な前提を採用しています。
具体例: 賛成派のめんとすTタイプ (@kusyatori)が「DVされる被害者仕草」と決めつける一方、反対派のらくだ (@rakuda4u)が「行動しない男は評価されない」と主張する際、女性の反応は両者の主張を補強する道具として扱われ、主体的な判断力は背景に追いやられます。
影響:二極化した議論では、女性の判断力を詳細に検討する余地がなくなり、両派が自らの立場を正当化するために女性を単純な役割(「無防備な被害者」または「感謝する保護対象」)に当てはめる傾向が強まります。
説明:SNSの議論は感情的な反応や短いコメントが中心となり、複雑な視点(例:女性の判断力の多面性)を丁寧に扱うことが困難です。賛成派は「命に関わるリスク」を強調して恐怖を煽り、反対派は「ヒーロー的行動」を称賛して共感を呼び、どちらも女性の判断力を深く分析するよりも、即時のインパクトを優先します。
具体例: 賛成派のシラクモ (@Gpvjwb09)が「12万匹も猿並の頭」と感情的に批判し、反対派のニャンすけ (@ume_syuuu)が「かっこいい」と熱狂的に称賛するように、感情的なコメントが目立ち、女性の判断力を冷静に評価する声は埋もれがちです。
影響:SNSの短文形式や反応の速さが、女性の判断力を多角的に検討する余裕を奪い、単純化された主張が支配的になります。結果として、女性が状況に応じてリスクを評価する能力は軽視され、極端な見方が増幅されます。
説明:議論参加者の個人的な経験や価値観が、女性の判断力に対する見方に影響を与えています。賛成派はDVや暴力の被害経験を背景に過剰な警戒心を持ち(例:aircooling883の「弁護士の意見」)、反対派は保護や正義感を重視する経験から楽観的な見方を採用(例:みなこっち (@zwillingmutter)の「正義のひと」)。これにより、女性の判断力を客観的に評価するよりも、主観的なリスク観が優先されます。
具体例: 賛成派のひよの (@hiyono_leverage)が「暴力が鳥さんに向く」と警告する一方、反対派のkey_trackerが「ミソジニー」と反発するように、双方の主観的なリスク評価が女性の判断力を単純化し、客観的な分析を妨げています。
影響:参加者の多様なバックグラウンドが、女性の判断力を一面的に扱う原因となり、実際の女性の行動(例:感謝と警戒のバランス)が無視される傾向があります。
女性の判断力が軽視されるのは、ジェンダー偏見、議論の二極化、SNSの感情的な特性、リスク評価の主観性が原因です。これらの要因が、女性を主体的な判断者としてではなく、議論の道具やステレオタイプの枠に押し込む結果を招いています。女性の判断力を尊重するには、こうした構造的な問題を意識し、バランスの取れた視点で議論を進める必要があります。
すでにAmazonでは導入が始まっていますが、AIが賛否両論の総括をする機能がposfieに出てくるようになったら、この手の人達も不毛な議論をしなくて済むようになるんですかね。