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はてなキーワード:中土とは

2026-02-13

https://x.com/Kosodate_Ogawa/status/2015717584046522435 記事 新しいポストを表示 会話小川大介@90タイプ才能診断『コドモトメガネ』開発者 @Kosodate_Ogawa 協力できない社会で、私たちは何を見失ったのか ―子育て現場から考える、個別最適と公共性の再設計

はじめに──違和感の正体を、構造として考えたい

最近教育現場SNSで、ある種の"すれ違い"を目にする機会が増えました。

注意されたり、期待と違うことを言われたりすると、「自分とは合わない」と、そこでの人間関係のものリセットして離れてしまう。自己主張は強いのに、親や社会に支えられている事実への自覚が薄い。大人の側にも、責任を引き受けるより先に「自分権利」だけを語ってしまう振る舞いが見える──。

あなたも、こうした光景に心当たりがあるのではないでしょうか。

もちろん、これは特定世代批判しようとしているのではありません。私が今回考えたいのは、「その振る舞いが"合理的"に見えてしま社会の側の条件」です。なぜ今、対話よりも離脱が、協力よりも防御が選ばれてしまうのか。その背景には、私たち大人が気づかぬうちに変えてしまった「学びの物語」の喪失があるのではないか──。

そんな折、教育者中土井鉄信先生Facebook投稿出会いました。

そこで語られていたのが、「学びは公共財である」という視点です。教科書は、人類が積み上げてきた英知の集積であり、私たちはそれを受け取って生きている。だから学びは「自分のため」だけで終わらない。受け取ったもの社会に返していく視点が欠かせない──。

この言葉に触れたとき、私の中で点が線につながりました。

依存」「消費化」「対価志向」「関係短期解約」──これらは別々の現象ではなく、学びの位置づけの変化と深くつながっているのではないか

本稿は、その問題意識を整理し、立て直しの方向を考える試みです。中土先生問題提起へのリスペクトを込め、私が現場で向き合い続けてきた実践から、その解決の糸口を提示したいと思います

学びが"公共財"として扱われなくなると、何が起きるのか

学びや知識には、個人の便益(成績・進学・仕事)だけでなく、社会的便益があります社会一定ルールを共有できること、言葉が通じること、協力が成立すること。その基盤には、学校教育読書を通じて広がる「共通の知」があります

ところが近年、学びは少しずつ、「社会の基盤」よりも「個人投資」「購買体験」に寄って語られるようになりました。

どれだけ得をするか

どれだけ早く成果が出るか

お金を払っているのだから満足させてほしい

この枠組みが強まると、学びの場は「関係を育てる場」ではなく「サービスの場」に近づきます。すると、注意や指摘は「成長のための調整」ではなく「不快体験」になり、合わなければ話し合うよりも「さっさとその場を去る(離脱する)」ほうが合理的、という判断を招いてしまうのです。

「うるさい!もうやだ!こんな学校(塾)辞めてやる!」──この叫びは、わがままではなく、ある意味消費者としての合理的選択になってしまっているのです。

学びが「買うもの」になったとき私たちは何か大切なものを失いました。それは、学びを通じて人と人がつながり、社会を共につくっていく物語だったのではないでしょうか。

かつての日本が持っていた「学びの回路」

私が子どもの頃、勉強が得意な子に向けて大人が「末は博士大臣か」と声をかけることがありました。実際私も、祖母祖父、近所のおじちゃんたちに、何度となく聞かされたフレーズです。

今振り返ると、そこには単なる出世願望だけではなく、「力を持つなら、社会に役立つ人になってほしい」という期待が含まれていたように思います欧米で言われるノブリス・オブリージュ(地位能力を持つ者の社会責任)も、根は同じです。

かつて学びや能力は、個人利益で完結するのではなく、社会に返していく回路の中に置かれていました。この感覚は、言葉にされなくても、日常の中で自然に共有されていたのです。

この回路が弱まると、学びは単なる「受け取るもの」になりやすく、結果として「対価がなければ動かない」という感覚が広がります。それは個人問題というより、学びの物語社会が共有できなくなったことの反映ではないでしょうか。

私たちは今、この失われた回路を、新しい形で取り戻す必要に迫られています

自分との「不一致感」が、関係を壊していく

人が社会他者と健やかに関わるために、最初必要なのは規範」でも「協調性」でもないと私は考えています

私が多くの親子と向き合う中で、それら以前にもっと手前の問題として感じるようになったのは、「自分自身との一致感を持つことができていない状態」で生きている人が想像以上に多いという現実です。

たとえば、次のような振る舞いが見られるとき私たちはしばしば「甘え」や「依存」として片付けてしまいがちです。

やる気がないように見える

注意されることを極端に嫌がる

関係のものから距離を取ろうとする

しかし、丁寧に話を聞いていくと、その背景には別のものが見えてきます

「どう理解すればいいかからない」

「どんなペースなら続けられるのか分からない」

「何を期待されているのか曖昧なまま、結果だけを求められている」

まり自分特性と、求められている振る舞いとの間に深刻なズレが生じているのです。みんなと同じやり方で学び、同じ基準評価され、同じ反応を期待され続ける環境に長く置かれると、人は次第に「自分はどこかおかしいのではないか」と感じ始めます

この状態こそが、私が「自分との不一致感」と呼んでいるものです。

この不一致感は、単なる自信のなさではありません。それは、自分という存在が、この社会の中でどう機能すればいいのか分からない、という根本的な不安です。この不安を抱えたまま「協力しなさい」「もっと頑張りなさい」と言われても、人は動けないのです。

自分との一致感」こそが、協力の土台になる

人は、不安や恐れが強い状態では、協力よりも「防御」を優先してしまます自分の中が不安定なままでは、注意は攻撃に聞こえ、期待は重荷に感じられ、関係のものを避けることが合理的選択になりやすいのです。

逆に、「このやり方なら理解やすい」「この関わり方なら無理なく動ける」という安心感――すなわち「自分との一致感」があってはじめて、人は心理的に安定し、周囲と関わる余裕が生まれます

自分のやり方や反応を「これでいい」と理解できている人は、常に評価承認を求めて振り回される状態から一歩距離を取り、自分と違う人を「役割が違うのだろう」と捉えられるようになります。この視点の転換が起きたとき、違いは摩擦ではなく、補完関係に変わるのです。

協力とは、目標として押し付けものではなく、自分理解し、無理のない形で力を出せる人が増えた結果として、自然に立ち上がってくる関係性だと私は考えます

「協力できない社会」の問題は、協力を強制することでは解決しません。それよりも、一人ひとりが自分との一致感を取り戻すこと。そこからすべてが始まるのです。

家庭を「才能発揮の中心基地」へアップデートする

この「自分との一致感」を取り戻すために、私が提唱し、社会に先行して取り組んできたのが独自の「才能タイプ理論」による個別最適な子育て実践です。

そして、その実践において最も重要になるのが、家庭を「才能発揮の中心基地」へアップデートすることです。

学校社会が一律の基準を求めがちな外部環境であるからこそ、わが子の「才能の形(遺伝特性認知形成のクセ)」を深く理解し、本人そのものを伸ばしきれるのは、親をおいて他にはないからです。

ここで改めて強調したいのは、個別最適とは、嫌なことを免除したり、好きなことだけを選ばせたりするための考え方ではないということです。むしろ本質は、「どの形なら、その人は役割を引き受けやすいのか」を探るための視点です。

言葉説明するのが得意な人、作業で支えるのが得意な人、全体を見て調整するのが得意な人。同じ「責任」でも、担い方は一つではありません。その違いを前提に役割を考えることが、結果的集団を安定させます

個別最適は、わがままを許すことではなく、それぞれの特性に合った形で、社会役割を引き受けられるようにするための設計思想なのです。

公共性とは、「自分らしい形」で社会に関わること

中土先生の「学びは公共財である」という言葉に立ち返ります

学びが公共財であるとは、個人より社会を優先しなければならないという意味ではありません。そうではなく、「社会から受け取った知や経験を、自分特性に合った形で、社会に返していく」という循環を大切にするということです。

かつての「末は博士大臣か」という言葉根底にあった、能力社会に返していく回路。それを、いま私たちは「個別最適」という新しいアプローチで再構築していく時代の扉の前に立っているのです。

公共性とは、画一的基準に全員を合わせることではありません。むしろ、一人ひとりが自分特性理解し、それを活かして社会と関わること。その多様な関わり方の総体が、本当の意味での豊かな公共性を生み出すのです。

家庭という「中心基地」で、わが子の才能の形を認め、自分との一致感を育むこと。それは、お子さんが「自分に合った形で、社会と良い関係を結べるようになる」ための自立への第一歩です。

おわりに──批判ではなく、再設計のために

この記事を通して、今の社会子どもたちを批判たかったわけではありません。なぜ「対話あきらめ、つながりを断つこと」が合理的に感じられてしまうのか、その背景に私たち大人の側の設計はどう関わっているのかを、一緒に考えてみたかったのです。

私自身、「才能タイプ子育て」という活動を通して、一人ひとりが自分と一致した状態で力を発揮し、その結果として、無理のない形で社会と関われる人が増えることを願っています

違いを前提にした関係の方が、結果的社会は安定し、協力は回りやすくなる。この実感を、現場での実践を通じて、少しずつ社会に返していきたい──そんな立場から問題提起です。

私たちが失ったのは、「協力する力」ではなく、「協力できる条件」だったのかもしれません。

そして、その条件とは、一人ひとりが自分との一致感を持ち、自分らしい形で社会に関われること。学びが公共財であるという物語を、個別最適という新しい形で紡ぎ直すこと。

今回の記事が、ご家庭で、職場で、教育現場で、何かを考え直す小さなきっかけになれば幸いです。

あなたは、どんな形で社会と関わっていきますか?

あなたのお子さんは、どんな才能の形を持っているでしょうか?

その問いから、新しい公共性の物語が始まります

Permalink |記事への反応(0) | 07:45

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2026-01-19

X界隈、ブルーカラー賛美みたいな主張が流れるようになったな

特に若い子(なのかなぁ。なんか適当藁人形感もあるが)向けに「手に職つけなはれ!工業高校へいけ!高卒就職サイコー!」みたいなこという人。

世の中土方的なブルーカラー職がたらないからそういうことくっちゃべるんだろうけど、だったらまずお前が転職なりして働きに行けよと毎回思う

Permalink |記事への反応(3) | 12:13

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2025-01-29

anond:20250129220414

わいが今読んでる、ブリリア武蔵小杉台風水害をモデルにした少女漫画では

男性陣が雨の中土のうを積み重ねて水が侵入しないように力仕事する中で

主人公がそれを手伝おうとしたら「中の仕事をしてて、濡れたら服が透けるから」と言われて女性陣は楽な仕事免除されていた

これって男女差別ですよね(●`ε´●)

Permalink |記事への反応(0) | 22:14

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2024-11-13

anond:20241112092752

まあお気持ちはわかりますが少し落ち着きましょう。

遊戯王はその出自歴史のせいでMtGプレイヤーから言いがかりに近い攻撃を受けることが多かったのですが、それも今は昔。

MtGは今、盛り上がっているポケモン遊戯王ワンピースなどの国内ゲームと比べ明らかに勢いが落ちており、プレイヤーはとても不安なのです。

近年のMtGスタンダードフォーマット関連の度重なる改訂、高レアリティカードアルターアートや別仕様カードの乱発によるショップ疲弊

統率者やレガシーモダンパイオニアなどのエターナルフォーマットにおける不適切禁止改定オーバーパワーなモダンホライゾンセットのカードによる環境激変と禁止改定

コラボセットの乱発などなど。販売元のWotCの迷走が続いています

遊戯王馬鹿にしてフラストレーションを発散するしかない、かわいそうな人たちとでも思っておきましょう。


変わって遊戯王ですが、近年はデモスミスミスはあれど、なかなか良いカードを作ることが多くなりました。

またマスターデュエルでは素晴らしい調整の結果、2022年に刷られたカードたちが実装されてもメタゲーム健全さを保ちつつ今に至っています。(もちろん大なり小なり波はありましたし、フェス面白くないことが多いという課題はあります)

最近も天杯龍が環境入りしましたが、大方の予想を覆しメタゲームバランスがとれた状態のままです。KONAMIの調整チームの地力の高さが伺えます

おそらくデモスミスベアトリーチェエルフ禁止にするなど必要対策を行ったうえで刷るはずです。これからも良いメタゲームが続くことでしょう。


ちなみに「ターン毎にマナ加速して4ターン目くらいにはほぼデッキを引き切った上で高火力で殴りつづけるアグロデッキWotCに刷って貰えばいい。」と書かれていますが、

現代MtGエターナルフォーマットではマナ加速が速いのではなく、低マナ域のカードの性能が著しく向上しており、2マナ程度でゲームエンド級打点を出す生物を盤面に送り込めますし、

4マナまで行くと打つだけでゲームを終わらせられるカードや1枚引きながら実質エクストラターンを得られるカードなどが刷られています。これはドロー土地を増やす速度がデザイン上厳しく縛られているからです。

MtGはもともと土地というリソースゲームレンジを決めていたのですが、カードパワークリープの中で低マナ域のカードの性能がどんどん向上する中土地や手札の増える速度はデザインで縛られたままだったため、

手札にある低マナ域のカードを着地させて、それが殴りきるまでの間を残りの手札+2~3ドローにある妨害札で守る動きがが強い、という環境ができてしまいました。

私は最近まで、MtG土地システムは言われるほどに悪いシステムではないと思っていたのですが、MtGにおける土地というリソースを増やす速度と土地を盤面から除去する方法デザイン上で強く縛ったこと、

マナ以外のリソースによるカード使用限定的にしすぎたことにより、パワークリープが支払ったマナに対して得られるリソースの増加、という点でしか行えなくなってしまって、カードデザインが硬質化してしまっているなという印象を持っています

近年の遊戯王が、手札、場、墓地エクストラデッキ、除外領域と、ありとあらゆるリソースを使った斬新なギミック(最近だとM∀LICEの除外領域を使ったギミックが非常に面白かったです)を世に送り続けていることと比較すると、現代TCGにおける土地システムの是非についてはちょっと考えてしまますね。


そんなかんじです

Permalink |記事への反応(2) | 00:31

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2023-03-16

[ニュース]今日ヘッドライン

開発中土衛星タイタン離着陸探査 Dragonfly

新しいBing が OpenAI のGPT-4 上で稼働

「すぐには役に立たず、誰が買うかもわからない」初回分が即完売した世界初一般人が買える量子コンピュータ」はなぜ開発できたか

Permalink |記事への反応(0) | 13:13

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2022-05-28

正業正社員年収1000万円、副業で1000万ちょい円稼いでいる

円安なので副業収入正業収入になった。

副業:ソフトウェアエンジニアでUSテック企業でフルリモート1020時間休日含むので平日は毎日1~2時間くらい)

副業の方は確定申告に備えて個人事業として開業届を出して起業

起業はいつかできたらいいなと思ってたが、仕事が先に来て起業が後に来るとは思っていなかった。

でも、よくよく考えたらこれが普通起業パターンだよな。

仕事が無いのに起業して、起業してから具体的に何をするか考えるって、それってネット起業熱にあてられてる気がする。

でも実際有名ベンチャー立ち上げた人とか「仕事もないのに起業たか最初の数年は本当に苦しかった」って書いてる人ちょくちょく見るけど、

本当のところはどうなんだと思う。

起業して食っていけそうだと思ったかサラリーマン辞めて起業してるんだよね?

実際は小さめかもしれないけどちょくちょく知り合いや昔の客から仕事貰ってたんだよね?つまり先に仕事があったんだよね?

から起業して何やるか全くアイデア無いのにとりあえず起業だけしてる人って結局何もできずに終わってる気がするんだけどどうだろう

追記
正業について

コンサルエンジニア企業ではない民間一般事業会社ソフトウェア開発でメシ食ってる会社ではない。

正業ジョブ型じゃなく年功序列型のメンバーシップ型な会社

 →ジョブ型にしてポジション採用すりゃいいのにといつも思っているが、総合職採用継続している。総合職採用メンバーシップ型は一体の関係なんだろうね。

  ジョブ型に移行するなら年功序列終身雇用メンバーシップ型は必然的ストップすることになるが、今現在40代以上の人が突然ジョブ型に転換しろといってできるわけがなく、

  おそらく少なくともあと1020年はメンバーシップ型でやっていく模様。とはいえ中途採用者数が新卒採用を上回る年が増えつつある。。

  これって実質新卒一括採用が終わり始めてるってことだよね。そもそも新卒学生数が減りすぎてて新卒採用する方が中途採用よりも厳しいのが現実だろうけど。

・ちなみに副業始める前に人事に副業していいか確認した。確認したが、競業してる会社副業じゃない限り会社から副業をするなとは言えないらしい。

 →そりゃそうだよね。世の中土日に少年野球コーチとか審判やって謝礼貰ってるパパとか結構な数いるとは思うけど、

  会社が「謝礼貰って少年野球コーチやるのは副業禁止規定に反する!」なんて言えるわけもないし。

 →とはいえ公務員だと謝礼を伴う少年野球コーチ審判ピアノ指導ダンス指導Youtuber、全部一律ダメなんだよね?そりゃ東大卒官僚志望者数が激減するわけだ。

  正直官僚志望の学生が減ってるのは公務員の厳しすぎる副業禁止規定がかなりでかいと思う。人生機会損失があまりにも大きすぎる。。


副業について

副業ジョブ型でリスク取りに行って、正業メンバーシップ型でリスク相殺してセーフティーネットを確保する、このやり方だと生活が安定しかつ多額の報酬も狙えてかつリスクも低い働き方を実現できる。

 →犠牲になるのは遊ぶ時間だが、好きでやってる仕事天職だと思ってるので、遊び時間飲み会時間を削っても個人的には人生の損失を一切感じない。ここらへんの価値観は人によるだろうね。

  副業やって収入やすより俺は飲み会会社の人たちとワイワイやりたいんだ、という価値観の人が無理に好きなことする時間削って副業する必要は一切無いと思う。

副業の方はやってること自体ゴリゴリソフトウェア開発なんだけど、向こうの会社のタイトル的にはITコンサル的な扱いになってて助言や技術サポートをしていることになってる。

 →なので勤務時間は決まってはいないけど、USタイムゾーンに合わせるために朝4時に起きて正業の勤務開始前にリモート会議出たり逆に深夜2時まで起きてチャット対応したり柔軟に対応してる


やってみるまで気が付かなかった副業の隠れたメリット

・現時点で副業は直接雇用関係ではなく外部コンサル扱いなため副業側に健康保険厚生年金は一切かからない。実収入に対する社会保険負担率が激減していることを実感している。

個人事業主として技術コンサル報酬を売上として記録しているが、サービス消費地アメリカであるため日本消費税が一切かからない。

 →つまり自動車の輸出みたいな形になっている。まてよ、だとしたら仕事のために買ったパソコン検証用のスマホタブレット消費税は還付されるのかこれ?


海外フルリモートワークについて

・フルリモート副業でUSの会社で働く経験してみて思うが、ここ数年の海外フルリモートワーク関係シリコンバレーベンチャー進化が凄まじい。

 →海外リモートエンジニアへの報酬の振込サービスとか、経費処理サービス電子契約管理サービス電子印鑑・電子署名)とか、ストックオプションの管理サービスとか、多分2,3年後には

  日本でもかなり一般に触れるサービスになると思う。

・あり得ないほど高騰してるアメリカソフトウェアエンジニア報酬に比べ、日本エンジニアは向こうからしたらあり得ないくら採用コストが低い。

・例えば30代のそこそこスキルある中堅エンジニア年収600万円で働いてると言ったらアメリカ人は絶句する。

英語抵抗が無い日本ソフトウェアエンジニアアメリカ企業リモート勤務で採用するケースは今後数年爆発的に増えると思う。

・USテック企業はいっても、エンジニアだけを採用しているわけではなく、広報(コーポレートコミュニケーションと良く言う)、営業HR、総務、コーポレートコントロラージョブ募集していることが多い。

 →なので、プログラミング能力が無くても英語さえできればUSテック企業日本からしたら大金と思える給料ジョブを得ることは可能

自民党はWeb3で国を興す!と言っているが、それをさらに発展させてIT技術海外輸出しやすい国にする政策を推進してほしい。

 ドルは稼げるしソフトウェアエンジニアは経費がほぼ掛からないので所得税もがっぽり取れるし(泣)、日本ITエンジニア別に海外エンジニア比較して

 英語以外の面で特段劣っているとは思わないので、自分のように海外フルリモート副業する人が増えれば税収も増えるし外貨も獲得できて国にとってもプラスしかないはず。

・上でも書いたけどソフトウェアエンジニア仕入れが無いんだぜ?つまり円安になって円建ての仕入れ価格が上がっても関係なく売上(≒ほぼ利益)が円安分だけそのまんま増えていく。

 →なので行き過ぎた円安を防ぐビルトインスタビライザーとして機能するのでは?

追記2

ここでイキって増田に書いちゃうあたり、ここが最高潮で、これがあと何年持つかわからないスタイルの人だなと予測してしまうクセがついてる……頑張って欲しいんですよ一応

これはとても良いコメント。実は本人も全く同じことを考えていた。

(以下、後から読み返したら恥ずかしくなることが確実なので時間がたったら削除する予定)

本業年収1000万円を超えた時は特に自慢したいと思うことは無かったが、ソフトウェアエンジニア界隈ではそこまでレアでもない副業ちょっとかじっただけで気持ちがとても浮ついている。

本来なら匿名日記を書く時間勉強をしたいのに、あたか自分は「達成した人間なんだ」という浮ついた気持ち支配されてしまい下らない匿名日記一生懸命書くことに人生を消費してしまっている。

これはつまり、今以上の良い立場状態を目指す情熱に欠けた状態、つまりここまでが自分の器なんだなということなのかもしれないと思い始めている。

それまでもいくつかの競争や達成を経験してきたが、それでもまだやることがある、自分はより良い人生を目指せるはずだと寡黙に思い続けて今まで頑張ってきたはずだった。

しかしここから先の道は正直自分の器以上の立場待遇を得るための試練になるだろうと思っている。

ここから先が自分にとって人生における人的資本等価交換ではなく「本質的利益」を得るための闘いになるもの覚悟している。

人生というのは本質的には「等価交換」の連続だと思っている。

一人の人間に与えられた寿命若さ頭脳容姿身体能力、体力、気力、家族地域環境、運など、あらゆる人的資本効率的に「等価交換」していった結果、それが時間とともに金銭財産だったり親友の多さなどの人的財産だったり学術的な発見等の知的財産だったりと何らかの外から得た資産結果的に交換されていく。つまり大富豪になったり芸能人になったり成功したセレブリティというのは、効率的等価交換を繰り返していった挙句の一つの結果に過ぎないと考えている。

例えば、親の遺産10億円を手に入れた人間は、親の死と10億円を等価交換している。つまり、ここに本質的利益存在しない。利益ゼロだ。世襲政治家が親の地盤を引き継いで2世政治家として地元から出馬議席を親と交換することも、本質的利益ゼロだ。東大理三に元々合格できる頭脳人間が理三に合格した、これも等価交換に近く利益を得ているとはいいがたい。

しかし、例えば本来10億円という金額財産を得るはずのない人間がその財産を得た場合はどうだ。理三に合格するはずのない人間合格した場合は?等価交換によっては得られない立場状態を得ること、これこそが「本質的利益」ではないだろうか。

だとすれば今の自分もようやく「本質的利益」を追求できる立場まで来たと言えるのではないか。ここから自分人生における真の利益を得られるかどうかの分水嶺かもしれない。

Permalink |記事への反応(9) | 07:46

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2020-12-17

anond:20201216232011

待ってくれ普通の人は人間関係のためにめちゃくちゃ努力してるとはとても思えないんだが。

俺も俺が怠けてるだけで普通の人は自分の利便のために粉骨砕身して人間関係を維持したり老後や性欲の解消を考えて言葉巧みに異性をコントロールしてるもんだと思っていたんだが、どうやらあいつら何ら意識することな自然と仲良くなっているものらしいんだよな。

俺たちが年中土を耕し肥料を撒いて天候や災害と戦い続ける農民だとしたらあいつらは働かなくても酒はうまいし姉ちゃんは綺麗な天国の住人だわ。

Permalink |記事への反応(2) | 06:37

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2017-07-11

その家の値段高すぎると思いますが。

その家の値段高すぎると思いますが。

今日お客さんが建物見積書を見せてくれました。ざっくり3,000万円。この人は土地代をちょっとでも安くと言って、厳しい条件の中土地探しの手伝いをさせていただいた経緯があったので、この価格で建てようとしていることにびっくりしました。

土地いくらかけ建物いくらかけるか、その予算配分は難しいところです。

ちなみに私の仕事土地仲介して売ること。不動産屋です。土地を買ってもらってなんぼなので、お客さんがどのハウスメーカー工務店で家建てようが無問題。ノープロブレム。

今の時代1000万代半ばでも立派な家が建てれる時代です。そのことを分かってて、このクソ高い価格で納得してるのであればそれは別にいいと思います。どこにお金かけるかはその人の価値観ですし。

ただ、もっとコスト抑えて家建てれると知らない人は、大きなお世話だけど、かわいそうと思います

安いのは不安と思い込んでいる方もいますが、それは偏見。これだけ技術が発達した時代、「安い」=「欠陥住宅」ではありません。大手ハウスメーカーでも小さな工務店でも、やらかす時は同じです。大事なのは人です。

値段が高い分は贅沢品。資金がたんまりあれば、私だって建物にたくさんお金かけたいです。でも現実問題予算に限りあるのが普通だと思います

営業マンの話を聞くと、贅沢品=必需品って思ってしまいがちです。相手プロです。流石です。(彼らは決して敵ではありません。味方です。私たちの周りには、自称ですが味方がたくさんいて、どの人を味方につけるかで人生?大きく変ります

同じ様な家でも、頼むハウスメーカー工務店によって1,000万以上の差があるのが現実です。

超高級ホテル料理は美味しくて当たり前ってスタンスになりませんか。だって価格も超一流だから。これをコスパいいと考えれる人は、ホント幸せだと思いますマジで羨ましいです。

一方で、安くて美味しい店もあります。ウマい料理リーズナブル価格で。私はこうゆう店のほうが好きだし、人にすすめたくなりますコスパいいし、また食べに行ってしまます

建物の値段に対する考え方も、似たようなもんだと思います

Permalink |記事への反応(0) | 14:51

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2017-05-12

世の中土曜日休みってめんどくさいなあ

Permalink |記事への反応(0) | 18:30

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2016-06-24

[月面基地]月面基地今日も曇りだった。

現在月面基地原子力発電使用電力を賄っているわけだが、実のところこれがものすごく効率が悪い。

毎日毎日、何便も行き来する往復機の貴重な貨物エリアの一部を、この原子力発電必要な資材が占めていることを考えれば、いかももったいない。

月面基地建設開始前は太陽光発電が考えられていたものの、いざ建築が始まれば大量の物資人材生活必需品を運び込む過程で往復機が頻繁に離着陸を繰り返したため、巻き上げられた大量の塵が太陽光を遮ってしまったのだ。

残念なことに、大きく舞い上げられた塵は静まる前に次の往復機を迎え、なかなか地面に戻れず、徐々に空中土量は増大していった。

と、まあ日光の遮光だけでもやっかいなこの塵なのだが、更にやっかいなのは太陽光パネルの上に堆積する事だ。

月面に風はなく、雨も降らない。火山灰の様に土砂が堆積した太陽光パネルは清掃するまで機能を果たさないが、この土砂除去をやるのは人力なのだ

水は貴重なので洗い流す訳にはいかず、これも貴重だが、空気で吹き飛ばせばまた舞い上がって落ちてくる。

結局、刷毛で大まかな土砂を除去した後、掃除用の粘着ローラーで一枚ずつ掃除して行かなくてはいけないのだが、パネルの数は数万枚単位で、更に電力不足からまだまだ増設必要があった。

これだけで貴重な人手を使い切る訳にもいかないので、太陽光発電はあえなく放棄されたわけだ。

ただし、急遽設置された(とはいえ検証の上、数年がかりではあるが)原子力発電もかなり効率が悪く、かなりの資源を発電施設に投入せざるをえない状況である

原子力発電を回すために往復機は更に増便せざるをえず、舞い上げられる塵は一層増大する。

しかし、実のところ、この塵も決して不利益ばかりをもたらすわけではない。

かに太陽光発電は妨げられる。その上、通信妨害するし、往復機も傷だらけにして著しく寿命を縮めるが、それでも、人間が月面で常時活動可能になるメリットは大きい。

高熱に対してよりも極寒に対する準備の方がしやすい。

今までは直射日光が地面にあたる数日間はモグラのように基地に籠もっていることを強いられたが、現在では、かなり活動可能な期間が増えた。

今後の検討課題としては、現在の日陰を享受し続けるか、やはり日光を奪い返すかで協議必要であろうが、我が研究室としては、課題の一環として月面の大部分に粘性のあるスライムを敷き詰める技術の開発に着手する予定である

現時点では社名を伏せるが、太陽光パネル製作大手と、有名オモチャ会社より研究支援確約をえており、新技術は今後の宇宙開発において革新的手法となると考えられることから宇宙開拓史名前を刻む勢いで頑張って欲しい。

月面基地駐在する研究者から、地上の助手達に宛てたメールより。なお、彼は日本の古いポップソングを愛好し、いつも口ずさんでいた)

Permalink |記事への反応(2) | 20:11

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2016-05-11

大相撲が大好きだった

今も大相撲を見ることあるけど、仕事関係休みの日にしか見れない。だからつの間にか新しい力士頭角をあらわしたりしている。

子どもの頃、祖母の家に預けられていた私は、曽祖母大相撲甲子園を見ることが日課になっていた。

今日GWの振り替えでお休み。本当に久しぶりに3時過ぎから見ている。

祖母1908年まれ2007年まで生きた。最後までボケず、俳句をたしなみ、足腰は不自由だったが聡明な女性だったと思う。

北海道開拓の第二世代として大正戦前戦後平成まで生きた。すごい時代を生きたもんだ。

晩年病院で曽祖母の手を握った感触は今でも忘れない。私も、時代は変われどあのように生きたいと思える人間だった。

中入りとか土俵入りをじっくり見ながら、また当時の力士親方になったことを改めて感じながら、昔の、あの、祖母の家での日々を思い出した。



しっかし相撲ってのは非常にゆっくりとしたもんだ。慣例でほとんどの場合時間いっぱいまで仕切る。

から冗長になる。お相撲さんたちは塩を撒くは四股は踏むはやりたい放題である

で、取り組みは一瞬だ。

職場の女の係長なんかは相撲豪栄道)が好きなのに、仕切りのところで「ほらまた豪ちゃんが準備運動みたいなことしてるよ!」とか言ってる。仕切りだっつーの。


そういう所作がまた大相撲のいいところだと思うし、解説がじっくり聴けたり、前の取り組みのダイジェストなんかが見れたりして、それなりにメリットがある。

だがやっぱり冗長だ。

例えばテニス殿堂ウィンブルドンコートが19あるという。これに倣って土俵も5個ぐらい有ると面白いのではないか

幕内十両力士が取り組むセンター土俵幕下土俵、観客が自由参加の土俵なんかを配置すべきだと思う。

幕内でも同時に三番くらいやっちゃうのも面白いコートを分けるように、土俵も分けるのだ。

しかしたら両国には場所がないのかもしれない。その場合国技館を改造して、縦に5段土俵を作ればいい。上の土俵は中空に浮いているわけだ。国技館を立体化すべきと言うこと。領国で無理だったら蔵前でも良い。

もちろん白鵬横綱陣は最上級土俵相撲を取る。最新鋭の土俵設備はもちろん、伝統バリアフリー配慮した土俵にすれば、批判は起こらない。塩も深海のもの使用しよう。

かつて角界は、江戸場所大阪場所があり、それぞれ横綱があった。このように相撲伝統的と言いながら、賭博問題などさまざまな課題も抱えつつ、激動の変遷を経ている。

そして漫画などでわかるとおり、相撲はなぜかSF親和性が高い(『五大湖フルバースト』など)。ヴァーチャル相撲は、実は角界未来を考えるためにも役に立つ。

テレビで見てる相撲が、未来そのままであるわけではないだろう。どんどん相撲も変わって行っている。立ち合いの際の手を十分につくルールなんかもそうだ。ちょっと前までそんなことなかった。

私が訴える土俵を縦に5個積んで取り組みと一度にたくさん出来るようにすることで、全日本選手権とかも楽になると思う。

再び蔵前国技館が出来る際には是非バビロン庭園ならぬ空中土俵を実現してほしい。

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2008-09-02

http://anond.hatelabo.jp/20080902143937

9条問題」ひとつだけで、すべてひっくり返せてしまう問題だってこと?

9条問題」は事実上外政のほとんどを占めているからだよ

アメリカと距離を取りつつ対中土下座外交を堅持します

と言っているのと同義

その時点で内政をどんなに頑張ってもリカバリできない損害を日本に与える

全方位土下座自民外交よりもひどい

Permalink |記事への反応(0) | 14:45

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2007-06-26

自転車日本一周終え帰宅途中に事故死 長野の80歳男性

 25日午後1時50分ごろ、長野県小谷村北小谷国道148号外沢トンネル内で、自転車日本一周旅行をしていた、同県小川村瀬戸川の無職原野亀三郎さん(80)が、同県小谷村中土、運転手、田原登さん(22)の大型ダンプにはねられ死亡した。原野さんは日本一周を果たし、自宅へ戻る途中だったという。

 大町署によると、トンネルは片側1車線の緩いカーブ

 知人らによると、原野さんは昨年4月下旬に自転車日本一周の旅に出発し、この日、長野に戻ったという。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070626-00000016-san-soci


なんでこの記事、轢いた運転手が実名報道されてんの? 悪質な故意があった訳でもないのに。

本当に実名報道するべき加害者は悉く匿名にするくせに。

Permalink |記事への反応(0) | 21:11

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