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「ルーブル美術館」を含む日記RSS

はてなキーワード:ルーブル美術館とは

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2025-10-27

性犯罪ニュースで喜ぶ男の気持ちがわかった

ルーブル美術館強盗ニュースを見て、頭の中にルパン三世怪盗キッドイメージが現れ、不謹慎にもワクワクした。

そして、男子生徒達の女風呂覗きニュースなどでよく現れる、ほっこりしたとか、男子学生らしくて可愛いとか、男のロマン、覗かないやつは男じゃない、この程度で騒ぐのは息苦しい的なコメントをする人の気持ちがわかった。

より酷いのだと父親が娘を強姦等で立った興奮したエロい父親が羨ましいなどのコメントをつける男も多い。

現実事件漫画イメージが結びつきすぎてるんだ。

ルーブル美術館の貴重な財宝が盗まれて傷つけられている現実漫画くるまれてフワフワして腹立たしい犯罪として頭に入ってこない。

なかなか無い経験だった。

性犯罪ニュースを見てるときの男の気持ちってこうだったのか。

Permalink |記事への反応(2) | 08:58

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2025-09-09

anond:20250909173242

そういう人はルーブル美術館公民館も同じやね

Permalink |記事への反応(0) | 17:33

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2025-08-25

パスポート持ってない自分なりの文化の気付き

私はパスポートを取得したことがない

高校修学旅行私たちの代から北海道だったし

(上の世代シンガポールとかだった)

留学したこともない、英検2級はパァドゥン?!を連呼しかろうじて20年前に合格しただけ、TOEIC受けたことない、現役時代英語センター試験リスニングが壊滅的

街中で困ってる外国人がいたら助けるけどノンバーバルコミュニケーションに全振りでステーション?!トウギャザーしようぜ!とか叫んでる

周囲は海外楽しいよ〜と言うけど、そもそも旅行がそんなに、多分楽しいんだろうけど、なんか自分の中で優先順位が高くなくて一人旅したことない


よく行く喫茶店に見知らぬフランス人が来た



彼はフランス語英語日本語を流暢に話し周囲と楽しそうに会話していた、東京に住んで東京でなんか研究職として働いてるらしい

カウンター常連と何人かでいろんなことを話し、帰り際に彼の名前を聞いていなかったなと思い立って名前は?と聞くと、ニコリと笑ってルキャン!と言った

珍しい名前だなぁと思って帰路に着いた

後日、喫茶店マスターにこの前のフランス人のルキャン?だけどさ〜と話を振ったらマスターが、え?ルーカスのこと?と聞き返してきた



瞬間的にラテン語派生アルファベット表記言語で読みが違うのだと思い立った、あの時の彼はフランス語読みのリュカと名乗ったのだ、英語読みはルーカス



私は国外に出たことないから、そういう言語普遍性というか繋がりが怖くなる、島国日本語ネイティブでズブズブに古典とか和歌とか好きだし余計に日本語に執着してる、違う言語を使う人の集団に入ることへの抵抗や分かり合えなさが怖い、バベルの塔もそら壊されて二度と再建しないわな

リュカルーブル美術館の広さと混み具合、オルセー美術館のちょうど良さ、オランジュリー美術館の狭さとソファを丁寧な日本語でたくさん教えてくれた、みんな来る時は教えてくれ!とにこやかに笑う彼を見て、ぼんやり、私にそんな日は来るのか?と自問自答していた、確かに美しいものや古くから大事にされてきたものを見るのは好きだけど、日本にあるものを見ていくだけでもきっと人生は足りない、そんな私がフランスへ行ってモナリザを見てニケを見て何を得るのだろうか

喫茶店マスターは真面目だねぇと笑った、ルーカスはそこまで考えてないよと言うけど、果たして


そういえば昔バイト先の中国人女の子日本語が堪能で月です!と名乗っていた、ユエちゃんだねぇと私が言ったら嬉しそうに中国語分かるんですか?と懐いてくれた、全然分からんけどカードキャプターさくらにそういう名前キャラ出てたと答えたはず、でも故郷から遠く離れた異国で自分の生まれ育った土地言葉を聞くのはやはり感慨深いのだろう


まぁ取っておいて損はないかと思って調べたら、パスポート取得そのものお金がかかるのと申請は平日の9時から17時とかで笑ってしまった、リュカに連絡するのはまだ先になりそうな予感がする

Permalink |記事への反応(0) | 17:42

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2025-06-20

anond:20250620184313

ルーブル美術館にも同じノリなんじゃね

しらんけど

Permalink |記事への反応(0) | 19:00

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2025-02-02

理系だけど日本古典文学を割と読んだから語る②

【前】 anond:20250202173933

4~6:源氏物語 角田光代 訳[新訳]

かつて所属していた文学サークルで、先輩が角田光代「菊葉荘の幽霊たち」って作品テーマ読書会を開いた。何事にも投げやりな女性が主役なこの作品が全く好きになれず、その後角田光代という名前を見ても全く手が伸びなかった。今にして思えば、全体的に生きる気力がないというか、適当にその辺の相手何となく交際してしまう感じの、怠惰女性が出てくるのに嫌悪感があったのだろう。理想的な美を探し求めていた大学生の僕には、うまく理解できないキャラクターだった。あるいは、当時女性理想化しすぎていたからかもしれない。理想恋人が、僕と同じように美や最高のクォリティ(なんじゃそりゃ?)を求める存在であると望んでいたのだろう。なんというか、十代の考えそうなことであるしかし、それは後述するように、すべて自己愛だ。それはさておき、「源氏物語」も僕は講談社学術文庫で読んだ。確か、今泉忠義である。再読のときは、角田光代訳でもいいのかも。書き続けられている作家ということは、力があるってことだし。

光源氏恋愛遍歴や、彼を取り巻く女性たちについての思いは昔書いたので省く。僕がこの小説が好きなのは、恋の物語けが理由ではない。もちろん、欲望まみれだった僕は、例えば朧月夜との密通で須磨に流されるというプロット面白く読んだのは事実だ。

けれども、もっと魅力を感じたのは、恋する貴公子光源氏が、だんだん権力を持った嫌なオッサンになっていくのが生々しく表現されていたからだ。己の愛人である女三宮と密通した柏木を睨みつけ、彼を絶望から再起不能に陥れるあたりがリアリティがあって嫌だ(褒めてる)。ふっふっふ、ハーレムを作るイケメンの末路はこんなものよ。

僕が真っ直ぐな目をした青年の目が濁っていく文学を見るのが好きな理由はいくつかあるのだが、彼女浮気されて一時期軽薄なナンパ野郎になり3Pまで経験した旧友や、好きな作品を貶されたせいか強烈なアンチフェミになってしまった友人、それから寝取られ経験からイチャラブ漫画が読めなくなって寝取られ暴力的な物ばかりに手を出している畏友のことが頭にあるからかもしれない。だから田山花袋田舎教師」や、風俗に行って嬢のおっぱいをもんで「豊年だ! 豊年だ!」と叫ぶ志賀直哉暗夜行路」が好きなのである。「暗夜行路」はその後の展開が大事だとは言え。

ところで、繁田信一が「殴り合う貴族たち」の中で、著者は菅原孝標女が「源氏物語」にハマった理由を推測している。それは源氏女性に直接暴力を振るわないからだという(部下たちは「車争い」のシーンで乱闘を演じているとはいえ)。その程度で理想貴公子になれる、当時の倫理はこんなものだったのである

古典には今からすれば受け入れられない行動をとる人々が出てくる。それでも、心動かされるのは、貪・瞋・癡の煩悩から逃げられない人間本質が変わらないからだろう。法律コンプラで縛ってはいても、やりたいことも欲望本質も変わらない。古典現代的な価値観批判するのは大事だが、上から目線で裁きたくはない。聖書によれば人間自分が裁いてきたように裁かれるのである(こんな風に、聖書には結構な頻度でクールセリフが出てくる)。

それに、過去のものが全部ダメだというのなら、例えば殺人者カラヴァッジョ絵画は展示すべきではないし、最終的にはルーブル美術館を爆破しなければならないだろうし、植民地からの富で栄えた都市ICBMでふっ飛ばさねばならない。しかし、他人の作ったもの破壊するのは、「指輪物語」のオークの所業である。悪とは何かを創造できず、捻じ曲げて模倣したり壊したりしかできない連中のことなである。具体的な顔や団体が浮かんでくると思う。

そういえば、去年の大河ドラマは「光る君へ」で、王朝を扱った文学を知っていると典拠がわかってニヤリとするシーンが多々あったが、きちんとは見ていない。理由はいくつかあるが、一つには作家主人公なので作家になりそこなった僕は見ていてつらい。それに、大河ドラマは夜八時の公共放送からしょうがないとはいえ、例えば人を斬って領土を切り取ってナンボの戦国武将平和を唱える違和感があってもともと好きではない(これが現代オタクの言うところの「解釈違い」というやつか)。たぶんこのシリーズを読んでくれている人はもうわかっていると思うけれど、僕は基本的に非常に面倒くさいのである。それに、元々ドラマは五十時間もつきあうほど好きなジャンルではない。逆に、それだけ付き合うことができれば、ドはまりするのだろうと予想はしている。「好き」を測る尺度の一つは、それに対してどれくらいの時間を費やしたかだ。ただし、みんな正座してドラマを見ていないのかもしれない。きっと何となく見ている。作品を素直に楽しむことから自分を遠ざけているのは、完璧主義なのかもしれない。

それこそ紫式部日記に出てきた女官衣装再現は良いと思ったけれどね。元々僕はブラウスという言葉の正確な定義も怪しいほどファッションほとんど興味がないので、該当箇所は読み飛ばししまっていた。

7:枕草子 酒井順子 訳[新訳] 方丈記 高橋源一郎 訳[新訳] 徒然草 内田樹 訳[新訳]

面白エッセイを書くには性格が悪くないといけない。ここでいう「性格が悪い」というのは、もちろん褒め言葉だ。他人が見落としてしまうことにいちいち言いがかりをつけているとか、筆で他者おちょくるのが上手いとか、そんなことを指す。枕草子はこの定義にぴったり当てはまる。言語化できていなかったけれど、「実はみんなそう思ってた」みたいなのも結構ある。

こういうタイプの人は友人に一人欲しい。「香炉峰の雪」(第二百九十九段)は日常漫画台詞をぴったりのタイミング引用したときみたいにめっちゃ盛り上がったと思う。これは全くの推測だが、清少納言って物事をはっきり言うけれど、言い方がカラッとしていて毒のある事を言っても周りの人が思わず笑ってしまう人だったんじゃないだろうか。楽しい思い出話というか、ちょっとドヤ顔しているエピソードもあって楽しい

もちろん第三百十四段の身分の低い人間火災にあったところを笑っているところは弁護できないが、これは時代の制約だろう。それに、「除目に司得ぬ人の家~」(第二十五段)のくだりは当時の公務員の辛さが描かれているので、読んで怒りを覚えた人もいるかもしれない。だから晩年没落したという伝承が生まれたのかも。笑っちゃうのは第三十段説教講師は、顔よき」、つまりイケメンレクチャーすると内容がありがたく聞こえるってこと。あっはっは。チクショー。これは旺文社翻訳で読んだ。ネットで拾ったので番号は間違っているかもしれない。

方丈記政治の乱れと絶え間ない災害で混乱する時代の空気をよく伝えてくれる。ところが、父の高校時代教師は「世間から目を背けた負け組愚痴に過ぎない」とバッサリやっていたそうだ。ひどすぎない? 確かに鴨長明政争に負けたけれど、僕は好きだ。混乱する世の中からある程度距離を取りたいって気持ちはよくわかる。ただ、読んでみると隠遁生活は楽しそうなんだが、どこか悟り切れていないオーラがある。市古貞次校注。

徒然草は前にも書いたが面倒くさいおじさんのエッセイなんだけれど、子どもがいたずらした狛犬を有難がったとか(第二百三十六段)、入口ばかり拝んできて本殿を見ずに帰ってきちゃったとか(第五十二段)、間抜けな人々の話が説教臭い普通に面白い。

それに、「ふざけてバカの真似をしている時点でバカだが、逆に立派な人の行いを真似るのは十分に立派だ」(第八十五段)とか「修行中寝てしまう人は、寝ていないときだけでも頑張ればいい」(第三十九段)とか、励まされる話も多い。近くにいたら面倒くさそうなおじさんだが、その言葉には勇気が出る。これも旺文社翻訳読了

もちろん時代の制約はある。たとえば、珍しい姿の盆栽を育てていた人の話がある。第百五十四段である。ある時に雨宿りで見かけた大勢身体障害者の曲がった身体を見て嫌悪を覚え、帰宅した途端に「俺のコレクションはこういう連中を集めてるようなもんだったんだな」と考えて、植木をすべて捨ててしまう。これなんかはなかなかに弁護できない。個人的には、コレクターが飽きる瞬間の描写として面白いし、当時の病に対する態度がよく分かって興味深いけれど、すべての人がここまでくみ取ってくれるかどうかは疑わしい。

これは全くの余談であるのだが、高校時代模擬試験を受けたとき、ある古典問題文が主張している内容が差別的だということで、問題差し替えてそこだけ再試験になったことがある。確か「私は身体障害があるからこうして人の喜捨で生きていける。かえって幸せだ」と述べる箇所があった。出典は忘れた。

個人的には、例えば中世障害者はどういう扱いを受けていたか解説をしたり議論したりしたら、すごくいい授業になったと思う。周囲では「事なかれ主義」だという批判も聞いた。おそらく、「先述したレベル議論をするのは高校から先の大学以降でやりましょう」ってことなのだろう。もっとも、米国大学ではナボコフロリータ」の精読を基礎教養から外したと聞いたので、大学レベルなのかもしれない。どうも米国はよくわからない。合理主義に見える一方で、いろいろな表現規制の根っこには、建国以来のピューリタニズムの遺風があるのではないか邪推している。

INTERMISSION②

今まで読んできた日本文学についてまとめるのは、一つには我が身を振り返って余計な過去をバッサリと切り捨てたいかである小説家になりたいという妄念を過去のものにしてしまいたいのである。ここで自分が抱えている妄念を文章にしてしまうことで、意図的小説の素材として使う機会を潰したい。書きたいという狂気を鎮めるのである人生で辛かったさまざまな出来事ことでさえ、世間的にはいたってよくあることなのだ。これらについては長くなるし、恥ずかしいので書かない。

小説家として戦うには、いつまでも過去について考え、それを発酵させ、そのうえで自分から離れた普遍性あるものにしないといけない。さらに、時には他人苦痛咀嚼して想像しなければならない。自分妄想は、他人に売りつけるに値するものだろうか?

小説家になる夢はあったが、こんな形でわざわざ嫌なことを思い出して、毎日を過ごすのは絶対に嫌だ。だからここに書き散らして、退路を断ってしまうのである絶対に忘れてやる。連中の名前グーグル検索しないと誓って数年が過ぎた。試みは成功している。あいつらのほうが「オス」として優秀に思えても、無視するに限る。しかし、こうして書くこともまた「創作」であろう。文章を読まれたいという欲望は尽きない。だが、万が一創作活動に舞い戻っても、絶対絶対にぜーったいに自分トラウマには触れないぞ!

このエントリ群を書きながら内面の暗いところまで沈んで行ったら相当にうんざりしてきたので、こういう創作は二度とやるまい。ちなみに、ブログでなく増田で書いているのは、創作活動をやっている/やっていたと公開しているはてなブログでは、こんなひがみや政治意識丸出しの発言をするわけにはいかないかである。また、初稿では倍ぐらい個人的過去出来事愚痴を描いたのだが、本筋から離れるので削った。

そう、忘れてはいけないのだが、このエントリを書いた一番の動機は、古典の名作を紹介したいからだ。これだけの古典現代にまで生き延びて読み継がれている国は稀有だろう。日本という国は、まったく非常に多くの問題を抱えているのだが、先人たちの積み重ねには頭が下がる。自分雑文ちょっとでも興味を持つ人が増えてくれたらとても嬉しい。作者の名前タイトルを授業で覚えるだけよりも、中身を知ってる方が絶対楽しいからね。

ちなみに、これはタイ王国をディスっているわけではないのだが、プラープダー・ユンパンダ」の解説で、タイでは(純文学系の?)小説初版部数は一千から二千冊程度で(タイ人口は七千万弱)、娯楽小説ばかりが売れているそうである。娯楽小説に罪はないし、むしろ好きなのだが、人間の心の基礎研究とでもいうべき純文学はある程度の人数に読み継がれていってほしい。

あとは、自分の好きなことについて語るのが単純に楽しいからだ。何が好きで何が嫌いかを明確にしていくことで、次にどこに向かって進めがばいいのかがわかってくる。次に何を読めばいいのか、自分本音では何を求めているのか、だんだんと明らかになってくる。

Permalink |記事への反応(1) | 17:48

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2024-12-10

12月1週LINEオープンチャットはてなブックマーカー」1週間のまとめ

これは何?

LINEオープンチャットはてなブックマーカー」の1週間分の要約を、さらAI使用し、試験的にまとめまています

要約内容

1週間分のオープンチャットログの要約

主な話題テーマ概要

ライブイベント観光名古屋愛知

名古屋ライブ会場の少なさや、愛知県と名古屋市の関係性がイベントに与える影響が話題に。

京都岐阜羽島を通過する様子、ライブでのペンライトの楽しさやファン交流について語られた。

食べ物飲食店餃子ラーメン海鮮

餃子ピェンロー鍋、しゃぶ葉宇都宮みんみんの話題が多い。

名古屋の「ちゃん系」ラーメン海鮮丼についての話が続き、美味しい食事体験が共有された。

寒さ・防寒対策健康港町温泉肩こり

港町の寒さや防寒具の準備、高齢者の入浴時のヒートショック危険性が議論に。

肩こり筋トレ、枕選びについての健康相談も行われた。

旅行観光沖縄韓国ルーブル美術館

沖縄への移住食文化観光地の話題が多い。

ルーブル美術館ヴェルサイユ宮殿訪問計画についても意見が交わされた。

経済投資物価上昇(東京株主優待投資戦略

東京での物価上昇や食料品の高騰について議論特にトマト価格言及

株主優待オルカン・SP500の投資戦略について情報交換。

政治社会問題韓国米軍基地技能実習生

韓国戒厳令大統領話題米軍基地問題技能実習生制度課題についての議論が活発。

日常生活引っ越し住まい賃貸、新居、収納

賃貸物件内見や新居の引っ越し費用収納リフォームアイデア話題に。

AIテクノロジー環境問題

AIや音声入力の便利さについて意見交換。

プラスチックストローやレジ袋の有料化環境問題への対策議論された。

エンタメ音楽文化主題歌教会、讃美歌)

米津玄師主題歌教会の讃美歌、神父の話に関する文化的な感想が交わされた。

全体として、参加者食べ物旅行ライブ政治日常生活健康投資など多岐にわたるテーマについて活発に意見交換を行いました。

関連記事

https://anond.hatelabo.jp/20240722084249

オープンチャットの参加URL

LINEオープンチャットはてなブックマーカー」の参加はこちから

https://line.me/ti/g2/MFSXhTJoO_pLfrfds1LpyJ0OlBgcPJSqHoRbBg?utm_source=invitation&utm_medium=link_copy&utm_campaign=default

Permalink |記事への反応(0) | 12:19

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2024-10-07

DS3DSくらいってスマートフォン的な立ち位置を狙ってた節があったと思ってて面白い試みがたくさんあったよなあ

中古店でDSソフトのコーナーを見ると実用ソフトの多いこと多いこと

ルーブル美術館ガイド3DSなんてこともあったし、DS-10、DSvisionなどの意欲的な取り組みもあった

ブラウザカメラ音楽プレーヤーを搭載していて大抵のことはできたし、DSテレビがあればワンセグも見れた

ただ、かなり画面サイズが低いのもあって大体不発だった印象があるが、子供にとってはちょうどいい画質だったとも思う

Switchはその反動というか、スマホで全部できるようになったので「ゲーム機」に専念している

その結果売れたのは流石というところだが、DSの頃の多機能さを知っている身からすると少し寂しい

Permalink |記事への反応(3) | 13:32

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2024-08-29

anond:20240829141706

バッキンガム宮殿展覧会を開くというのは大衆ドラゴンボールアートであると広める文脈になるだけであってハイクラスの人間アニメ漫画アートである喧伝することにはならない。もともとアート王族貴族パトロンとなって芸術家に作らせたという歴史があって、フランス革命ルーヴル宮殿大衆に開かれた美術館とすることで芸術大衆に開かれた。

まり美術館とかで芸術を公開するっていうのは大衆アートを広める、つまりから攻めることであって上から攻めることではない。実際ルーブル美術館とかバッキンガム宮殿安値で公開されて観光客でごった返してるだろ?そんなところに大金持ちはあまり来ない。

Permalink |記事への反応(0) | 14:34

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村上隆が何をやろうとしているのか理解して嫌いではなくなった

村上隆氏と左派論客斎藤平氏がReHacQ(高橋弘樹氏が運営するチャンネル)で対談している動画が4連続で上がっていてすべて見た。

※以下敬称略


結論から言うとこの動画村上隆が何をやろうとしているのかよくわかったので彼への嫌悪感はすべて消えた。

1動画40分近くあるので見るのは大変だと思うが興味深く見れたので余裕がある人は見てほしい。


一応言っておくとこれはあくまで私の個人的見解なのでその点には注意してほしい。

ざっくり動画の流れを説明すると斎藤幸平が布施英利と対談した際に村上隆が嫌いと悪口を言ったので、村上隆Youtube?にコメントを書きそれを見てチャンネル運営者の高橋弘樹が対談に誘ったという流れのようだ。

斎藤平氏マルキストなので拝金的に見える村上氏行為があまり好きではない

現在京都で開催中のもののけ展の展示内容を村上隆斎藤高橋、両氏に説明しつつ最後に対談という流れになっている。

そこで現代美術とは何か、芸術とはなにか、現代美術マーケットがどのようになっているのかという基礎的な内容を質疑応答形式確認していく中で村上隆がどのようなことをやってきたのか、目指しているのかという事も語られていく。

村上隆顧客forbes上位に入るような超大金持ちであるだとか、日本人想像もできないような西洋お金持ちの間でアートはある種のコミュニケーションツールとして機能しているだとか。斎藤氏や高橋氏のアート素人目線から質問として、アート大衆に開かれるべきなのでそれほどの高額でアートがやり取りされるのがどうなのかという質問などもあった。


ただ、結局動画の内容を見た上で私が理解した村上隆がやっている事というのは以下のようだ。

西洋を中心とした世界の信じられないようなハイソサエティの間で流通している概念上のアート文脈日本アニメ漫画といったオタクカルチャースタイルアートである認知させるため芸術活動をしている」ということだ。

それゆえに、彼のアートは"芸術の枠を拡張する"という典型的現代美術ということになる。

これは別の動画漫画家の山田玲司チャンネル)で言及されていたが、村上隆はもともとは典型的第一世代オタク宇宙戦艦ヤマトファンであった。そこでアニメ業界に憧れはあったが庵野秀明作品が続けざまに放映されるのを見て業界を諦めたらしい。その結果彼はアニメ以外に興味のある分野として日本画を専攻することになる。

まり根本的な動機としてアニメは素晴らしいものなので世間に認められるべきだというものがあり、それがスーパーフラットという概念アニメ漫画日本画も同じような手法を使っており、同じようなシステム体系であり、アートである」という主張に繋がることになる。

からオタクカルチャー世界に認めてもらう手段として、西洋ハイソサエティコミュニティ顧客とし、自分作品をその人たちに売るという行為につながる。

彼はしばしば「高額で売ることが重要なのではない」と言うがこのロジック理解すると容易に彼のアート発言意図がわかるようになる。つまり西洋アート文脈支配しているハイソサエティオタク系の作品アートである認知してもらうには彼らのマーケットに入り込みそれらの作品を売り込む以外に方法がないのだ。だから値段は顧客勝手に決めることになるし、高く売ることが重要ではないという事になる。目的を達成するための単なる手段に過ぎないわけだ。

またそれが彼の作品オタクカルチャー作品をパクったかのような作品群が混じる理由でもある。動画のなかでドラえもんソニックを混ぜて作った作品がある(ルックとしてはミッキーマウスに似ていたためにディズニーに買われたらしいが)

これはつまりドラえもんソニックを混ぜて作った作品美術マーケットで売れたということは大本であるドラえもんソニックアートである。という論拠になる。むしろ元ネタがある作品をあえて作ることで"漫画ゲーム作品アートである"という事になる。


"世界アートはいったい何なのかという概念を決めているのは西洋を中心とした大金持ちの上位層である"という彼の視座から見ると、日本人資本主義に組み込まれてすらいないとか、敗戦国の悲哀等という発言意図理解できる。

アートはいったい何なのかというルールを決める場に日本人存在しない。

からその世界に入り込みその概念のものを拡大して自分の好きなオタクカルチャーアートである概念を変容させる。


アニメゲーム制作者や漫画家がエンタメとして世界に売り込むことで楽しんでもらい大衆という社会階層の下からオタク世界拡散している。一方で村上隆がやっていることは世界の上位層に対してオタクカルチャーを広めオタク拡散することだ。

つまるところ上から攻めるか下から攻めるかの違いに過ぎない。

1990年代以降実際にオタクカルチャーは全世界拡散し人気を得てきた。私もアニメ漫画を楽しむ人が世界中に増えることは純粋にうれしい。直近でもご当地初音ミクに感動した人もいたはずだ。


から私は村上隆がやろうとしている事に反対しないし、もう嫌いではなくなった。



追記

幸いいくつかブコメが付いたので補足する

からこの趣旨発言はしてて、それをオタク文化収奪と見る界隈から批判されてた。ドラえもんソニックを混ぜた作品アート領域で認めさせてくれたかオタクの味方!というのはむしろ議論が後退してる気が

はっきり言うが、村上隆文化盗用だと批判されたのはオタク部族主義トライバリズム)が原因だと思うので"村上隆オタク第一世代である"という部分が広まれば相当数その批判は収まると思う。もともと知っていた人はいると思うが、今回かなりのコメントで"村上隆オタクのとしての過去の部分をここまで詳しく初めて知った"という意見が目についたので。


NHK番組集団体制というか起業して雇用者を支えながら制作しているのをみて、普通に企業家だと思ったよ。

これもクリティカルな部分で、では集団製作アニメアートではないのか?アシスタントを使っている漫画アートではないのか?

というところにロジックバックボーンとしてある。まぁ要するに高畑勲みたいに絵を描けなくて指示して作らせても別にアートだろということ


同じ文脈だとルーヴルで展覧会をやる荒木飛呂彦の方が好ましいか

トラバにも書いたけど、もともと王侯貴族のものだった芸術フランス革命ルーブル美術館の門戸を開いて大衆に開いたという文脈がある。つまり展覧会とか美術館で公開するのはあくま大衆アートを広めるのが目的であってハイソサエティアートを変容させるという事にはならない。日本人から見るとルーブル美術館は権威だというように見えるかもしれないが、あれは権威が"大衆"に啓蒙するという文脈がある。


コミックとかを芸術にするのってロイリキテンスタインがすでにやってて、その土壌がすでにあるうえでヲタク文化を単にスライドで持ってっただけに見えるから嫌われてるんでは?

コミック西洋のものであって、日本のものではない。村上が広めたいのはあくま漫画とかアニメといった和物(より狭義に言えばオタクカルチャー)。そして西洋人がアートを決めてるんだから西洋のものアートとみなされるというのは当たり前だと思う。

ただ、村上隆発言を見て分かったけど、彼の思想は明確にナショナリズム日本)やエスニシティー(アジア人)を強調してる。これは日本のものである漫画アニメを広めたいという思考で直線的に結びついている。今回の動画で弥助問題言及したのは非常にわかやすい。つまりはてなリベラル左派と相性多分悪い。

Permalink |記事への反応(28) | 13:26

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2024-07-29

パリオリンピック開会式共同執筆者たちのインタビュー

マリアントワネットの首が歌うシーンが興味深かったから、意図しりたくて、いろいろ読んだ。

具体的に言及はされていなかったから、はっきりとはわからなかったが、インタビューはどれも面白かった。

id:hazlittさんが教えてくれた、ラジオ番組からいろいろ読み始めた。

増田フランス語は多少わかるが、わからないところは、DeepL先生に頼っているため、正確性は保証できない。

フランスインテル(という名の番組っぽい)

https://www.radiofrance.fr/franceinter/podcasts/l-invite-de-8h20/l-invite-du-week-end-du-samedi-27-juillet-2024-3772628

ホスト:昨日私たちは、コンシェルジュリーにおいて、革命の中、斬首されたマリアントワネットゴジラ(というパンクバンド)とマリナ・ヴィオティと歌うというシーンを見ました。このシークエンスは、いったいどのような意図で書かれたのですか、ダミアン。

ダミアン・ガブリアック(監督):まず私は一人で書いたのではありません。すべてみんな(4人の中心人物)で書きました。そして理由は極めてシンプルです。私たちは、選手が進むルートに沿ってシークエンスを進めていくことにしていました。そして、ここではコンシェルジュリーです。マリー・アントワネット斬首の前に幽閉されていた場所です。我々は自分たちに、これについては言及せざるを得ない、と言い聞かせました。ここで起きた歴史的イベント世界中が知っています私たちはそこにエネルギッシュであることを求めました。だからゴジラです。そして、斬首されたマリアントワネット、その両方。私たちは顔を突き合わせ、私たち価値見出していた(後述する)ロンドンエリザベス女王ジェームスボンドを改めて思い起こしました。これだ、これだ、と。

ホスト歴史家パトリック・ブシュロンはどうですか。

パトリック・ブシュロン:そうですね、まず私たちがやった、みたものは、完全に、楽しく、集合的であったと考えています。そしてそれは全く同じく、議論するつもりがないことです、正確に。議論するつもりはないのです。私たちが見たものはまさに、さきほど述べられた通り、似ているのです。この多様性物語、これが私たちのあり方だと、私たちが、大胆に主張している、複雑さと。それらは、あの歴史的モニュメント(コンシェルジェリー)と、その美しさ、威圧的であることを望まない美しさ、私たち勇気づける過去と一緒に示されました。私たちは誇りを回復しました、国家アイデンティティではなく、あくま政治的プロジェクトなのだ、という誇りを回復しました。私はそれらを若者に見せることができてとてもうれしいです。私の娘もコースでそれを見ました。あの悲痛なものを見たのです。それこそが全てです。シンプルです。私たちは、わずか数分の間にバスティーユを奪還したのです。

(中略)

ホストダミアン、実際にこのセレモニーは、世代間的でもありましたね、だれにとっても自分であるような感覚ミュージカルレベルでもそうですし、サウンドトラックはすばらしかった。ダリダもあったし、クラシックもあった。とてもエモーショナルでした。とても美しかった。そして、話を変えるが、橋の上でのクィアたちとの最後の晩餐。かれらと一緒に生きているというシーンでしたね?ダミアン。

ダミアン:その通り。クィアはいた。でも付け加えるなら、フランスのすべてがあった。背が高い、低い、太っている、痩せている、黒人白人アラブ人、みんな違う衣装で、同じプレイリストを踊ったんだ。グアドループカリブ海)の音楽オーヴェルニュの音楽ヨーロッパ音楽を、同じ時にね。

LeParisianのブシュロンのインタビュー開会式前のインタビュー

https://www.leparisien.fr/jo-paris-2024/ceremonie-douverture-des-jo-2024-au-debut-vous-allez-peut-etre-vous-dire-oh-la-la-cest-cliche-26-07-2024-S35XYLUGNBG53ARPSYLRKMM5PM.php

トーマス・ジョリー監督に選ばれたパトリック・ブシュロンは、このセレモニーに寄せられる期待や懸念さえも承知の上で、「私たちに似た」物語を望むと改めて表明した。 「私たちバカバカしいことや傲慢にならないように努めます。それをやったら、とんでもなく長い道のりになってしまうよ」と冗談を言う。

(中略)

最初のシーンには、『エミリーパリへ行く』シリーズを観たアメリカ人などが期待する、パリで見られるものをすべて詰め込みました。きっと反応は「ありきたりなだな」だろうけど、それは違う。少し忍耐が必要です。所要時間は 3時間 45 分です。紆余曲折があるでしょう。次に、これらのイメージ正反対の方向に進み、スノードームが転がるように、私たちエッフェル塔私たちが期待しているもの)を目にするでしょう 。私たちはすべてを揺るがすでしょう。違うものが出てきますよ。 」

(中略)

幸せな猥雑さ(売春宿)」を見せる

共同執筆者たちは、過去の開会セレモニー研究しました。そして、アテネ謙虚さと、ロンドン自虐性を継承することとし、北京の誇張されたナショナリズム拒否することにしたのです。

ディベートの仕方を知っている国に生きることはとても大きなアドバンテージです。おそらく、(この国に暮らす)外国人たちが我々にもたらしている、楽しい面のカオス、それには多くの憤りと尊敬が同居していますが、私たちはそれを見せなければならないのです。」

開会セレモニーの原点は、セーヌ川の流れとともに進む、という点である

私たちが見せる、このゆっくりとした流れるイメージ、この空想上のパレードは、パリが示すべき力の中にあります。このステージ軍隊デモンストレーションパレードではないのです。フランスはもはやー私は全く望んでいませんがー世界に対して、我々の歴史について講釈を垂れるような立場ではないのです。私たちは、持っているもの、信じているものでやるしかないのです。我々が込めたメッセージシンプルです。言葉で、あるいは映像で、伝わればうれしいですが、そうです、それは、”すべてがある、それでも私たちは一緒に生きていける”ということです。」

パリ歴史から離れて、歴史家は、パリジャンの通勤のあり方についても、言葉を用いずに示すつもりだといいます

軍事パレードではない

英雄物語の反対にあるもの」を語る、というこの歴史家が大量のインクを費やしてきたフレーズにおいて、彼は、その立場を明らかにした。「私たちはしゃべりすぎです』と彼は笑う。宣言挑発もない。オリンピックゲームは、包括性、平等性、多様性という価値観に基づいていますセレモニーはそうでなければならない。私は歴史家からナポレオンの話をしなければならないなら、どうすればいいか知っているし、そうするつもりです!しかし、それだけではありません。絵画(Tableau)ではより完全なものになります私たちは何も削除していないのです。追加しているんです。セレモニー軍事パレードではないが、謙虚でないのに謙虚なふりをするつもりはない。その一方で、私たちは互いの違いに連帯感を示すことができる。誰もが楽しめるものになるでしょう。」

少し考えた後、彼はこう付け加えた。

「私に、世界(の見たくないもの)に対して目をつむることを期待しないでください。パリ世界を迎えるのであれば、ありのまま世界ドラマなども含めて歓迎します。オリンピックは原義的に政治的ものですから政治的もの排除するということはありえません。しか世界の最も公正な感覚の中にあってほしいとのぞみます。」

彼は微笑みながら、「こんなに複雑なものに参加することになるとは思ってもみなかった」と話した。

RFIまとめ記事開会式の朝に出た記事

増田はルモンドやリベラシオン課金はしていないので、まとめ記事が助かった)

https://www.rfi.fr/en/france/20240726-we-need-this-moment-of-peace-say-olympic-opening-ceremony-storytellers

(略)

ジョリーと4人の作家2022年末に共同の冒険を始めたときルートはすでに決められていました。

東のアウステルリッツからまりノートルダム大聖堂マリー・アントワネットが投獄されたコンシェルジュリールーブル美術館ガラスドームが特徴のグランパレなど中世遺跡を通り過ぎ、エッフェル塔のふもとで終わります

私たちはダウンジャケットを着て、アウステルリッツからエッフェル塔 までボートで川を上下しました」とジョリール・モンドに語った。

私たちパリ歴史の一部であるあらゆるものを見ました。通り、記念碑広場彫像文学的書簡映画ミュージカルも調べました。」

彼らは何度もブレインストーミングした後、約9か月間秘密裏執筆を続けた。

フランスカルト映画アメリ」やアメリカのネットフリックスシリーズエミリーパリへ行く」の夢のようなパリに引き込まれることを警戒し、 彼らは「常套句アメリカ流のフランス解釈についても、茶化さずに扱わなければならない」とわかっていたとジョリーは語った。

彼らはショーを12絵画セーヌ川沿い、セーヌ川の上、さらにはセーヌ川から出る)に分割し、約90隻の船に乗ったアスリートパレードと掛け合わせた。

3,000人を超えるダンサー俳優が岸壁や橋の上でパフォーマンス披露し、それぞれの絵画は、パリシンボルと、過去現在の両方について呼び起こすものを描いており、世界パリ​​の歴史建築の旅へと誘う。

例えば、ノートルダム大聖堂は、ゴシック様式記念碑であり、19世紀作家ヴィクトル・ユゴーとのつながりであると同時に、猛烈な地獄でもあるなど、人によってさまざまな意味を持っています

世界最後テレビノートルダム大聖堂を見たのは、火災ときでした」とブシュロン氏は言う。「誇りと壮大さの物語だけではなく、感動の、再建の物語でもあるのです。私たちが演じたかったのは、どんな困難にも負けずに共に生きていこうとする粘り強く創造的な意志物語です。」

自らを「現代を愛する歴史家」と称するブシュロン氏は、式典はできるだけ多くの人々に語りかけるものでなければならなかったと語る。

パーティーを開いてお気に入りプレイリストをかけるのとは違います世界からフランスへ、そしてフランスから世界へ語りかけるものでなければなりません。私たちはただ、人々が共感できるように、当時の状況を描写しようとしただけです。」

(略)

エマニュエル・マクロン大統領は、セレモニーでは1789年フランス革命から1948年世界人権宣言まで、「解放自由の偉大な物語」を提供すると述べた。

セレモニーの詳細は秘密ベールに包まれているが、フランス価値観が何らかの形で讃えられると推測されている。フランスモロッコ人の小説家であるレイラスリマニは、パリ集合的であろうとする努力価値を置いていることーそして力を合わせることで考えられないようなものを生み出せるーを高く評価している、とル・モンド紙に語っている。

4人の作家は、自分たち物語に寛大な精神を持たせたかったという。

「喜び、模倣、動き、興奮、輝きがなければならない。フランスが時に自信過剰に見せたがる伝統的、哲学的価値観だけでなくね。」

ラグビーワールドカップの二の舞は避けたい

(略)

一方、昨年9月パリで開催されたラグビーワールドカップ開会式は、「反例となった」とブシュロンは言う。

アーティスト』のオスカー俳優ジャン・デュジャルダンが、ベレー帽バゲットという出立ちで、1950年代フランスの村々を再現した模型自転車で巡り、ミルク絞りの女性ダンサーに手を振るというこのショーは、多くの批評家から時代遅れ陳腐フランス表現だと非難された。そして、非常に内向きなフランスだった。

「ただの古臭い過去イメージや、現在の単純な賞賛ではないものでなければならない。歴史は揺らいでいるもので、国家アイデンティティではなく、政治的プロジェクトであることを忘れてはならない。だから未来を語るのです。だから私たちセーヌ川を大旅行し、みんなを巻き込もうとしています。」

フランス革命200周年

ブシュロンは、最も感動的なショーとして、ジャン=ポール・グードによる壮大な舞台美術を伴った、1989年フランス革命200周年記念式典を挙げている。

当時20歳だったブシュロンは、それを見て歴史家になろうと決意した。

「それは歴史を痛感した瞬間でした。1989年ソ連中国天安門広場抗議活動)など、世界では多くの出来事が起こっていました。当時、私たち多文化フランスと呼ばれていたもの価値を声高に明確に宣言することができました。それはより困難になり、ある種の幻滅感もありますが、私たちは怯んではなりません。」

数週間前、フランスでは議会選挙後に極右政党国民連合」が政権を握るかもしれないという懸念真剣にあった。その場合、ショーは「ある種の抵抗セレモニーに変貌していただろう」とジョリー氏は語った。

結局、マリーヌ・ル・ペン氏の党は好成績を収めたが、セレモニーの書き直しを必要とするほどではなかった。

それでも、暴力への抵抗必要性は残っている。

私たちは、切実に、いたるところで起こっている暴力から離れて、平和の瞬間、止められた瞬間を共有することを必要としています」とスリマニは言った。

「私は本当に、7月26日にみんなが流れに身を任せてくれることを願っています私たちの中の子供の部分、発見する楽しみを思い出してほしいです。今では本当に珍しいものになってしまいました」

以下私なりの見解(読まなくてもいい)

なんでマリー・アントワネット

と思っていたけど、セーヌ川コンシェルジュリーが先にあることがわかった。ルイ16世でない理由もそこにある。またマリーがサン・キュロット版のア・サ・イラをうたい上げた後に上がった数多くの血しぶきは、その後のコンシェルジュリーで数多く処刑された人々のものであろうとも思う。なぜなら、マリーはすでに断頭済みだから。そして、ガブリアック氏、ブシュロン氏のコメントから別に完全に誇っているわけでもないこともわかりました。やるしかねぇな、と言っているのですから。またブシェロン氏はdéchirer(悲痛な、引き裂かれる痛み)という言葉を使って、あそこで起きたことを示しており、歴史家である彼は当然革命期のその後の悲劇を知っているわけですから。それでもなお、彼は「バスティーユを奪還した」といい、国家は終わるもので、政治的プロジェクトに過ぎないのだ、ということを「誇って」いるという点が印象的でした。右派が怒ることなども承知の上でしょう、なにしろ、「ディベートの仕方を知っている国に生きている」のですからね。

最後の晩餐のシーン

開会式全体に込められたメッセージから判断すると、別にキリスト教揶揄はしていないんでしょうね。挑発はしているかもしれませんが。クィア存在する(キリスト教がないものとみなしている)ということを目ぇ開いてしっかり見ろ、ということが言いたいのでしょうから真正からね。

要は、暴力クィアなど、みたくない、特にオリンピックにおいて、というものも当然パリ包摂してるぜ、外国人問題とかもカオスだけど、でもちゃんと一緒に生きてるんだぜっていうメッセージと受け取ったね。論争が起きるのとか、まさに狙い通りでしかないんじゃないですかね。

Permalink |記事への反応(2) | 11:44

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2024-06-10

ふたりパリキュア」にありがちなこと

服装パリジェンヌ

武器フランスパン

フランス料理マナー違反する敵を成敗する

・「パリの地下の僕たちよ」「とっとと断頭台に行きなさい!」が決め台詞

日本フランス革命を起こすのが夢

・オーシャンゼリゼーと二人でハモりながら歩いている

・好きな食べ物モンブラン

ルイ14世のひひひひひ孫

パリコレに勝手侵入して怒られる

フランス人からの支持が低い

・グッズはトリコロール国旗。これをもって映画館で「パリキュア ーがんばれー」と女児応援する

・1クールもたずに打ち切り

・原因はフランスネタってそんなにないことに気がついたか

・実はルーブル美術館イラストが飾られている

・その流れで岸辺露伴ジョジョ)とコラボ

・今ではジョジョファミリーとして余生を過ごしている

Permalink |記事への反応(1) | 23:24

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2024-02-11

イスラエル批判する人は想像して欲しい。「もし東京アメリカ国土になって皇居占領されていたら」を

ぶっちゃけどうでもいいよな。

そもそも元々日本首都京都だし。

後付けで偉ぶって東京が他の国のものになったからって戦争してまで取り返そうとする発想が分からん

つうか戦争じゃなくて単なる虐殺だし。

おかしくね?

民間人の血でまみれた皇居を取り戻したとして、そこに天皇を住まわせる気になるか?

やっぱさ、自分人生について意味を見いだせなくなったミドルエイクライシスみたいな奴のぶつけ先を求めて雑に暴れ回ってるだけの右翼なんだろうな今パレスチナ人殺しやってるアホって。

聖戦ってお題目をつけて自分人生に箔をつけたいだけのインプレゾンビだよ。

ルーブル美術館キャンベルトマトスープをぶちまけているアホと脳みその作り一緒でしょ。

ちゃちな自尊心暴走はあっても、正義はないと思うよ。

Permalink |記事への反応(2) | 16:52

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2023-08-07

国立博物館財政寄付で賄うのはよくないみたいな謎の風潮

大英博物館ルーブル美術館は全体の半分近く寄付やグッズ販売などによる自己収入があるのに対して日本国立博物館20%程度

しろもっと自己収入を増やさないといけないんだよ

Permalink |記事への反応(1) | 23:43

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2023-07-28

anond:20230728125002

エイサー祭りだとか阿波踊り見世物にするイベントとか、サンバカーニバルとか東京だと普通に開催されてるな。

から、現地でそれが伝統的に行われているという文脈文化のものでしょ?

それを東京に持ってきたとたんに見世物とか猿真似とかくだらないものに成り下がっちゃう

ルーブル美術館大英博物館、現地に行くのと、収蔵品東京に来るのを行列して見るのとだと体験全然違うじゃん。前者は文化後者イベント見世物だと思うね。

東京、巨大な見世物小屋としては便利だけど、文化はむしろないよね。

江戸文化として存在した歌舞伎とか、明治時代建築とかは東京ならではの文化と言えるけど。

Permalink |記事への反応(0) | 12:56

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マインド・ザ・ギャップ

かに海外美術館博物館で、東京のものとはスケールが違うものがある。

イギリスフランス大英博物館、テート系美術館ルーブル美術館オルセー美術館、ポンピドゥーとかを見た時は、そのボリュームとともに美術界において蓄積されてきた西洋美術中心の歴史の厚み(そしてその傲慢さの一端)をみた気がした。

物量や歴史の蓄積は覆しようが無い。海外主要都市東京でもそうだし、東京地方でもそうだ。同じものを後から手に入れようとしても、蓄積の差は簡単には埋まらない。

から独自価値を探す必要が出てくる。海外主要都市になく東京にあるもの東京なく地方にあるものは何か。その辺りを考える方が有益かもしれない。

Permalink |記事への反応(0) | 11:34

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2023-04-16

サイゼリヤで「これルーブル美術館で見たやつだ!」とマウントを取りたがるうちの息子

Permalink |記事への反応(0) | 14:51

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2023-02-08

anond:20230208120905

こんな自己満足落書きを読んでくれる人がいることに驚いた。ありがとう

風俗キャバクラといった、お金をもらうための嬌態や性的資本提供をされることがあまり好きではないのです。

本人がその生き方を選ぶのは自由はいいつつ、実際身内がそれらをやろうとすると止めるだろうな。

このあたり、本音のところでは自分価値観の相容れないものとして忌避してるんだろう。それが差別なのか区別なのかはしらないけど。

うまいもの食ったり、旅行したり、人生を楽しもうと思ってるよ。みんなも楽しんでね。

でも、世界で一番美味しいもの子供が作ってくれるホットケーキだし、ルーブル美術館よりも子供と手を繋いでまわる市立博物館が至高なんだ。

コロナが落ち着いたら、一ヶ月くらい家族海外をめぐろうとは思ってるよ。

Permalink |記事への反応(0) | 12:20

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2022-04-14

anond:20220414105040

例えばモナリザを見たいと思ったらレプリカを買うか画像検索すればいいだけだけど

レオナルド・ダ・ヴィンチの描いた本物のモナリザルーブル美術館にある1個しか無いわけで、

美術品において「世界に1点の本物」であることは他の何物にも変えられない価値なのよ

から何十億とかで買う人が出てくる

そこでデジタルアートにおいて無理矢理「本物」の価値を作り出したのがNFTアートと俺は解釈している

あと今なら「NFTアートの先駆け」的な評価がおまけとしてついてくる

Permalink |記事への反応(1) | 10:59

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2022-04-04

ルーブル暴落したら

ルーブル美術館の入館料は安くなるんですか

Permalink |記事への反応(1) | 15:50

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2021-08-06

anond:20210806002043

すべてテレビでならみたことあるし、そのほうがおもしろみや驚きが濃縮されてていいよ。

ユーチューバーがしゃべりから空白を切り落としてるようなもの。あれ息継ぎなくてせわしないよな

実際その場で体験たかって間延びしていて、驚きなんかいさらないよ。

オーロラなんて2週間キャンプしても30秒しかみられなかったりするし、のこりの1週間と6日と23時間59分はひたすら日本とおなじような空みてるだけのヒマな時間だろ。

野球だってプロからリリーフカーとかCM中のマスコットキャラバク転とか応援団(うるせえ)とかの間延びさせない工夫があるけど

やってることは草野球高校野球とおなじルールなわけだし。

宝塚とかお芝居系はまあ物販とか行き帰りの浮かれた雰囲気もそこそこたのしいけど詳しい人と一緒にみないともりあがらないしコロナだし。

外国には4カ国、ん?5カ国か、いったことあるけど、簡単にいえばどこいっても普通の人が普通暮らしてるだけ。 

奇矯な振る舞いをしてたり、「外国人だから奇矯なふるまいをするだろう」と差別的な/あこがれの目でみられたりということはほとんどない。

というか、特段会う人や人としゃべる話題がない点においては日本ひきこもりコンビニにいけばほぼおなじ体験ができるよ。

レストラン自力で適切なオーダーができたからといって別段感動もしやしない。

長く住んでその店に何度も通うのならオーダーするコツ(ポテト少なめとか)を一生おぼえておいたほうがいいんだろうけど・・

結局どこまでいっても日本コンビニよりバラエティがあって何を選んでもそこそこ口にあうレストランってないんだよなぁ・・って感じ。

大体においてみんな合理的にポライトリー暮らしているし、それなら慣れ親しんだ家が一番よね、ってさざえさんみたいになる。

酸職上げ膳据え膳でちやほやされたいだけなら近所のホテルだのカフェーノマドだのもおなじ。

なんなら英語でオーダーしてみようとすれば中国人かなっておもってもらえて異邦人気分になれるからやってみりゃいい。

美術だってルーブル美術館だって世界一ダイヤモンドだって結構すぐに日本巡回しにきてくれるしか日本美術館でモノホンをみればいい。

鳴門市大塚美術館にはギリシャのツボとか建物ごとレプリカしたやつもあって堂々と怒られずにベタベタ触れる(陶製レプリカなので傷まない)。

政治生活状況を全体的に知りたいのなら180カ国に実際に出かけるより、FACTFULNESSという本でもよんだほうがいい。

各国ならすでに住んでる駐在員とか移住者とか留学生ブログもある。(デイリーポータルZの外国ネタおすすめだけど)

日本にいながらにしてこれだけのものが手に入るので移動や防犯の苦労までする気持ちになれない。コロナだし。

でもまあ若いうちの苦労は買ってでもしろともいうし若いならコロナ終わったらいろいろやってみ。

Permalink |記事への反応(1) | 00:46

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2021-01-21

グッバイ東京

都内から郊外引っ越しから調子が良い。

高台に立っているマンションであるため眺望も開放感にあふれている。都内に住んでいたころは、窓の外は隣の家の壁だったから眺望もクソもなかったけど、今は空の広さや丘に広がる民家の並びを眺めては、在宅勤務で疲れた脳みそも少しリフレッシュができる。

日当たりが良い部屋で寝室に光が差込み朝も自然に、かつ、すっきりした目覚めだ。日が当たるのでリビングも暖かく、この季節でも暖房いらず。

メンタルも安定している。

これでいて都内より家賃が安い。ついでにいえば近くに激安スーパーがあって、食材も安く手に入る。キッチンが広くなったので料理楽しいし、奮発して買った大きな冷蔵庫のおかげでたくさんストックができる。最高だ。

私は18歳から上京し、10年以上東京暮らしてきた。はじめて訪れた東京には何でもあった。

個人経営のこじゃれた飲食店、そこに集まる常連さん。20歳になったときに初めて酒を飲むときはお祝いをしてくれた人たち。

30分も電車にのればあらゆる街に訪れて買い物できるし、暇ならフラッと単館系映画館に訪れて気分でよくわからない映画を見てよく分からなかったなとぼんやりした感想を持ち時間を潰す。たまには美術館なんかに足を運んで教養を高めたような気分を味わう。

すべてが自分の心を震わすもので、これが都会の生活なのだ鼻息を荒くし、二度とドンキイオンしかないような地方に住むものかと、思っていた。

そうしてコロナが訪れた。

狭く暗い家でただ在宅勤務をこなす日々。

人と会わないこと自体は意外と平気だったが(むしろ心地よかった)、用事があって出かけるとどこに行っても人、人、人。

そりゃコロナ感染拡大するよなどと思いつつ、次は自分の番かもね、とうっすらとした危機感との隣り合わせの生活を送る。

単館系映画館もなんとなく行きにくくなって、ネットフリックスなんかを見てたりして。

美術館も行かなくなって、なんとなくルーブル美術館とかのオンライン見学を見たりして。

個人経営飲食店テイクアウトや、ECで手に入るようになって。

気づいたのは、東京しか享受できないと思っていた娯楽は東京以外でも容易に手に入る娯楽だったこと。

もちろんオフラインでの体験オンラインでの体験では味わえない素晴らしさがあるが、

東京にこだわる理由もなくなったな、と思ったのがこの夏でした。

賃貸更新タイミングもちょうどよく、秋には引っ越しをしていた。

住まいを移ってからは、のんびりした空気が心地よく、冒頭に記載したとおり、いままでは味わえなかった素晴らしい生活を噛み締めている。

グッバイ東京。いままでありがとう

Permalink |記事への反応(0) | 10:29

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グッバイ東京

都内から郊外引っ越しから調子が良い。

高台に立っているマンションであるため眺望も開放感にあふれている。都内に住んでいたころは、窓の外は隣の家の壁だったから眺望もクソもなかったけど、今は空の広さや丘に広がる民家の並びを眺めては、在宅勤務で疲れた脳みそも少しリフレッシュができる。

日当たりが良い部屋で寝室に光が差込み朝も自然に、かつ、すっきりした目覚めだ。日が当たるのでリビングも暖かく、この季節でも暖房いらず。

メンタルも安定している。

これでいて都内より家賃が安い。ついでにいえば近くに激安スーパーがあって、食材も安く手に入る。キッチンが広くなったので料理楽しいし、奮発して買った大きな冷蔵庫のおかげでたくさんストックができる。最高だ。

私は18歳から上京し、10年以上東京暮らしてきた。はじめて訪れた東京には何でもあった。

個人経営のこじゃれた飲食店、そこに集まる常連さん。20歳になったときに初めて酒を飲むときはお祝いをしてくれた人たち。

30分も電車にのればあらゆる街に訪れて買い物できるし、暇ならフラッと単館系映画館に訪れて気分でよくわからない映画を見てよく分からなかったなとぼんやりした感想を持ち時間を潰す。たまには美術館なんかに足を運んで教養を高めたような気分を味わう。

すべてが自分にとっては良い体験で、これが都会ってやつかと感動し、二度とドンキイオンしかないような地方に行くものかと、思っていた。

そうしてコロナが訪れた。

狭く暗い家でただ在宅勤務をこなす日々。

人と会わないこと自体は意外と平気だったが(むしろ心地よかった)、用事があって出かけるとどこに行っても人、人、人。

そりゃコロナ感染拡大するよなどと思いつつ、次は自分の番かもねとうっすらとした危機感と隣り合わせの生活を送る。

単館系映画館もなんとなく行きにくくなって、ネットフリックスなんかを見てたりして。

美術館も行かなくなって、なんとなくルーブル美術館とかのオンライン見学を見たりして。

個人経営飲食店テイクアウトや、ECで手にい入れるようになって。

気づいたのは、東京しか享受できないと思っていた娯楽は東京以外でも容易に手に入る娯楽だったってこと。

もちろんオフラインでの体験オンラインでの体験では味わえない素晴らしさがあると思うが、

東京にこだわる理由もなくなったな、と思ったのがこの夏。

賃貸更新タイミングもちょうどよく、秋には引っ越しをしていた。

住まいを移ってからは、のんびりした空気が心地よく、冒頭に記載したとおり、いままでは味わえなかった素晴らしい生活を噛み締めている。

グッバイ東京。いままでありがとう

Permalink |記事への反応(0) | 10:29

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2020-08-29

anond:20200828202639

ダイヤのエースを持ついかさま師」(ジョルジュ・ド・ラ・トゥール、1635年、ルーブル美術館蔵)かな

https://www.louvre.fr/jp/oeuvre-notices/%E3%80%8A%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%81%AE%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%92%E6%8C%81%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%8B%E3%81%95%E3%81%BE%E5%B8%AB%E3%80%8B

学があるな、増田

Permalink |記事への反応(1) | 12:41

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2020-05-09

フランス = フラン わかる。

オロシャ = ルーブル なんでやねん!!

ルーブルってルーブル美術館のルーブルやろ?

フランスじゃん

めちゃくちゃフランスじゃん!

Permalink |記事への反応(0) | 19:20

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2020-02-16

乳袋股間シワの類が許せない人ってルーブル美術館にはもう抗議したのかな?

大手博物館がそんなの置いてるのなんて絶対許せないはずだけど、何か行動は起こしてるのかな

Permalink |記事への反応(2) | 14:40

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