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2026-02-15

ARGというジャンル、持続可能性があるのだろうか

俺はProject:;COLDに全作参加したくらい(初代は途中からだけど)にはARGというジャンルに関心があるんだが、ここ最近SNSを見ると、(第四境界製じゃないARGへの反応だったけど)「ARGってなんか誤解を招くようなやり方しててヤダ」「ARGって奇をてらってる感じがちょっと……」発言を見かけており、「ぶっちゃけARGダサくね?」的な雰囲気が漂い始めてる気がする。


これは他ジャンルでもある気がしていて、例えば某有名インディーゲームにあるような、メタ的にプレイヤーに問いかけるギミックも、「なんかダサくね」って雰囲気が漂い始めてる気がする。


この「なんかダサくね」に打ち勝ち、持続可能性のあるジャンルになるためにはどうすれば良いのだろうか。


四境界は「人の財布」みたいにパッケージングすることで、誤解を避けるという方法を取ってる気はする。

Permalink |記事への反応(0) | 17:23

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anond:20260215111128

君の反論は、実に「良識ある現代人」のテンプレートだ。

検証可能性反証可能性、そして実利主義

それらは科学を野蛮な直感から守るための立派な盾だが、真理という名の深淵を覗き込むとき、その盾はあまりに薄い。

君は僕が論点すり替えたと言うが、むしろ君こそが「物理学」の定義を、単なる「高度な工学」へと卑小化させているのではないか

まず、GPS有効理論成功実在根拠に据える君の態度は、計算機科学比喩で言えば「画面上のピクセル整合的に動いているから、背後にあるのはソースコードではなくピクセルのものである」と強弁しているに等しい。

有効理論とは、高エネルギーという「本質」の情報を切り捨てた結果残ったカスのようなものだ。

そのカス整合的に動くのは、背後のdg圏やホモロジー代数的構造数学的にあまりに頑健だからであって、時空間という概念が正しいからではない。

エネルギーにおいて時空が「有効であることは、時空が「真実」であることを一ミリ保証しない。それは単に、宇宙バカげたほど寛容な近似を許容しているという事実に過ぎないのだ。

君は「記述能力の高さは実在証明ではない」と断じたが、では問おう。物理現象が異なる二つの幾何学記述(例えばミラー双対多様体)で全く同一に記述されるとき、そこに「唯一の時空的実在」などどこに存在する?

Aという空間とBという空間が、弦理論レベルで完全に同値(同等な共形場理論)を与えるなら、物理的な実在はAでもBでもなく、それらを包含する「圏」の方にしかない。

これを「言い換え」と呼ぶのは自由だが、幾何学という「座標」に依存する概念崩壊し、圏という「不変量」だけが残るとき、どちらが実体であるかは自明だ。

君の言う「実験装置クリック」さえ、特定対象間の射(morphism)の具現化に過ぎない。

数学整合性は実験ではない」という指摘も、プランクスケールにおいては無力だ。

量子重力において、数学整合性は単なる「好みの問題」ではなく、物理存在するための「唯一の生存条件」である

Swamplandの議論がなぜ重要かと言えば、それが「観測できないから何でもあり」という無政府状態に終止符を打ち、数理的整合性という名の「目に見えない実験」によって、存在可能宇宙非情に選別しているからだ。

君は「クリック」を欲しがるが、宇宙クリックされる前に、そのクリックを許容する「型(type)」が定義されていなければならない。僕はその「型」の話をしているのだ。

君は「科学劣化コピー観測)で勝負するしかない」と自嘲気味に語るが、その態度こそが、人類を「時空」という名の洞窟繋ぎ止めている。

ホログラフィー原理示唆するのは、我々が「中身」だと思っていたバルクの時空が、実は境界上の量子情報の「符号化の結果」であるという衝撃的な事実だ。

符号化されたデータを見て「これが実体だ」と喜ぶのはエンジニア特権だが、符号化のアルゴリズムのものを解明しようとするのが真理の探究だ。

君は水と食料を持っていない旅人を笑うが、僕から見れば、君は「オアシス」という名前看板一生懸命食べて、喉を潤した気になっている遭難者に見える。

君が求める「予測の差」についてだが、例えば、時空が連続的な多様体であるという仮定に基づく計算と、非可換な圏論構造から創発したという仮定に基づく計算は、ブラックホール蒸発の最終局面や、ビッグバン特異点において決定的に分岐する。

現在観測技術がそこに届かないのは、理論の敗北ではなく、人類技術的未熟に過ぎない。

アインシュタイン一般相対論を書き上げたとき重力波の検出まで100年かかった。君の論理で行けば、その100年間、一般相対論は「ポエム」だったことになるが、それでいいのか?

時空とは、宇宙という巨大な圏が、我々のような低知能な観測者に提供している「下位互換モードである

下位互換モードソフトウェアが動くからといって、そのソフトウェアネイティブ構造が古いアーキテクチャに基づいていると考えるのは、致命的な論理失策だ。

宇宙会計学整合性条件)で動いており、物理量はその帳簿上の数字に過ぎない。

君がそれを「比喩」だと笑うのは、君がまだ「実在」という前世紀の亡霊に恋着しているからだ。

現実とは、圏論的に整合的な誤読である」。この一文に、君が誇るGPSの精度も、検出器のクリックも、すべて包含されている。

君がそれを認められないのは、単に「誤読」の解像度が高すぎて、それが「真実」に見えてしまっているからだ。

君のチェックメイトという言葉を借りるなら、盤面そのものが圏の対象であり、君というプレイヤー存在自体が、その圏の自己同型群の一つの表現に過ぎないことに気づいたとき勝負最初からついていたのだよ。

さて、この「時空という名のUI」がクラッシュする特異点付近での情報保存について、圏論的な完全関手を用いたより厳密な議論を深めてみたいと思うのだが、君の「観測重視」の古いOSで、そのパッチを当てる準備はできているかな?

Permalink |記事への反応(0) | 11:19

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勉強するほど周囲のレベルが上がるクソゲーでは?つまり俺が何かを知ると、すでにその知識存在する歴史になる。

勉強レベル上げじゃなくて、マップ拡張なんだよ。

から強くなった気がしない。むしろ敵が増える。クソゲー

量子力学キモは、

だよな。

これを学習対応させると、俺様が何かを「理解する」までは、その分野の世界は「曖昧可能性の雲(波動関数)」として存在しているが、勉強して理解した瞬間に、「世界はこうなっていた」という歴史が確定する。

まり学習とは観測であり、観測した瞬間に「自分が知らなかった世界」が確定してしまう。

これがクソゲー感の正体。

学ぶ前の世界線では、 「この程度の理解で十分かもしれない」「世の中そんな難しくないかもしれない」となる。これは未観測状態なので、まだ勝てる可能性が残ってる。

だが観測学習)すると、上位概念、未解決問題歴史上の天才自分より強い人間存在が確定して、逃げ場が消える。

要するに「学ぶ =現実を確定させる行為」となり、現実はだいたい自分より強い。

勉強前の俺は「全能の重ね合わせ状態」なんだよ。

俺は天才かもしれない。まだ世界が俺に追いついてないだけかもしれない。

しか学習によって観測が起きると、波動関数が収縮して「いや普通に先人が全部やってたわ」の固有状態に落ちる。

そしてその瞬間、俺の世界線は分岐する。

理解したことで次の地獄が見える世界線」

理解しないことで楽に生きる世界線」

勉強する人は、わざわざ前者に飛び込んでる。

観測理解)によって、周囲のレベルが「見える状態」に確定する。

無知ときは、敵が存在してても未観測からマップに表示されてない。

から勉強とは、世界クリアする行為ではなく世界を生成してしま行為

プレイヤーが進めば進むほど、マップ無限に湧くタイプゲーム

そりゃクソゲーに見える。

ただしそれが「現実」だ。

Permalink |記事への反応(2) | 08:23

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なんかこう、冨樫みてーな感じで、SNSに参加した途端に全人類からチヤホヤされる、みてーなイベントないの?

俺はプレイヤーだぞ?NPCがなんで俺様チヤホヤしない?

Permalink |記事への反応(1) | 07:58

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2026-02-14

[日記]

土曜日。朝はいつも通り、起床後に脳内で「今日という一日を、物理法則に従って最適化する」と宣言してからベッドを出た。これは習慣というより儀式だ。儀式人類の愚かさの象徴として語られがちだが、反復可能手続き情報理論的に見て合理的だ。エントロピー増大に対する、せめてもの抵抗である

まず体重を測り、体脂肪率を記録し、歯磨き時間を正確に180秒で固定した。電動歯ブラシタイマーを信じない。信頼は検証に劣る。

その後、コーヒーを淹れた。抽出温度は93℃。温度計の誤差は±0.2℃。人間関係の誤差は±∞。

 

今週の進捗を書く。

 

超弦理論については、相変わらず人類の知性が現実に追いついていない。僕の頭脳は追いついているが、世界が遅い。

今週は主に「弦の理論はどこまでが物理で、どこから純粋数学自己満足か」という問題を、僕なりに再定式化していた。世の中の多くの人は、超弦理論を「高次元の小さな紐が震える話」程度で理解した気になっている。あれは理解ではない。童話だ。

僕が考えていたのは、もっと根の深いところ、つまり量子重力の定式化において局所性を捨てることの数学的代償だ。

一般相対論の時点で、局所性微妙に揺らいでいる。ホログラフィー原理が出てきた時点で、局所性はほぼ死亡している。にもかかわらず、僕たちは局所的な場の理論言語で全てを語ろうとする。これは「古いOSの上に無理やり最新ゲームを動かしている」ようなものだ。もちろんクラッシュする。

そこで今週は、AdS/CFTを単なる「境界CFTバルク重力記述する」という話ではなく、圏論的な双対性として再理解する方向で考えた。

具体的には、バルク側の物理量を、ある種のextended TQFTとして捉え、境界側の共形場理論演算子代数が作るモジュラー圏と対応させる。

ここで重要なのは空間のものが基本対象ではなく、因果構造情報の流れが基本対象になってしまう点だ。

まり幾何学物理舞台ではなくなる。舞台役者従属する。これは演劇としては間違っているが、宇宙としてはあり得る。

そして、ここからが本題だ。

僕は今週、「弦理論の非摂動定義は、結局はある圏の中の安定対象の分類問題還元されるのではないか」という疑念を強めた。

たとえばBPS状態は、ある種の導来圏の中の安定条件(Bridgeland stability condition)で分類される。

これは単なる比喩ではなく、実際にDブレーンは導来圏の対象として記述される。つまり物理的な粒子やブレーンが「空間上の幾何学的な物体」ではなく、圏論的な対象になる。

ここで人類は気づくべきだ。

宇宙は「点の集合」ではなく、「射の集合」かもしれない。

点を基本にしている限り、僕たちは宇宙OS永遠に理解できない。点とは、極限操作幻想だ。実際の物理では測定可能な点など存在しない。存在するのは相互作用だけだ。射だけだ。

僕が今週やっていたのは、これをさらに押し進めて、弦理論の背後にある構造を「∞-圏」あるいは「高次スタック」として扱うべきではないか、という方向の思考実験だった。

超弦理論が最終的に求めているのは、たぶん「量子化されたモジュライ空間」だ。しかしモジュライ空間普通多様体ではない。特異点があり、ゲージ冗長性があり、しか同値関係階層的だ。だからスタックになる。さらに高次の同値ホモトピー)が絡むので、∞-スタックになる。

ここで、物理屋が嫌いな言葉が出る。派生幾何(derived geometry)。

派生幾何とは、簡単に言えば「特異点を誤魔化さず、むしろ特異点を主役にする幾何学」だ。物理特異点が出るのは、理論が壊れているからではなく、単に僕たちの数学が貧弱だからだ。派生幾何はそれを認める。

そして僕は思った。

もし弦理論が本当に「全ての一貫した量子重力クラス」を記述する枠組みなら、それは場の理論の集合を分類するのではなく、量子情報を保存するような圏の分類になっているべきだ。

この時点で、もはや「ウィッテンでもわからない」どころではない。

ウィッテンがわからないのは当然だ。宇宙が意地悪だからだ。

僕たちがやるべきなのは、弦理論を「方程式」ではなく「普遍性」として定義することだ。

まり、ある種の対称性を持ち、ある種の双対性を満たし、ある種の異常(アノマリー)が消え、ある種のエンタングルメント構造が一貫し、ある種の極限で局所的QFTに落ちる。

そういうものを満たす対象を、圏論的に一意に特徴づける。

理論は「このラグランジアンだ」ではなく、「この性質を満たす唯一の構造だ」になるべきだ。

そしてもしそれが可能なら、弦理論物理学ではなく数学定理になる。

宇宙定理であるというのは不快だが、非常にエレガントだ。

エレガントさは、しばしば真理の匂いがする。

ただし、エレガントな嘘も存在する。

数学者の人生のものだ。

 

 

昼前、ルームメイトキッチンに現れて、僕のノートを見て言った。

「それって、結局何の役に立つの?」

僕は3秒考えた。

人間理解可能言葉に変換するのに、3秒必要だった。

「役に立つかどうかで真理を測るのは、知性の敗北だ」

ルームメイトは「また始まった」という顔をした。

彼の表情は、物理学的には熱的死に近い。

隣人がその場に来て、僕のノートを覗き込み、「ねえ、それって、宇宙ゲームコードってこと?」と聞いた。

驚くべきことに、これはそこそこ正しい。

僕は言った。

コードというより、型システムだ。宇宙は型安全で、コンパイルエラーを許さない」

隣人は「わぁ、なにそれ怖い」と言って笑った。

怖いのは君の直観の鋭さだ。

 

午後は趣味時間

MTGデッキを回した。

僕は、カードゲームにおける勝利条件が「期待値の最大化」であることを理解している。だが多くのプレイヤーは、カードを引いた瞬間の快楽支配される。つまり、彼らは確率論ではなくドーパミンプレイしている。

僕は違う。

僕はデッキ構築を、統計力学の分配関数設計として扱う。

初手の分布マリガン戦略マナカーブ、そして相手の除去の確率

全ては確率変数であり、勝率とは積分である

ルームメイトが「それ楽しいの?」と聞いたので、

僕は「楽しいかどうかは二次的だ。支配が一次だ」と答えた。

彼は黙った。

正しい反応だ。

 

その後、FF14ログインした。

レイドは相変わらず「人間の反射神経と協調性限界」を測る実験場だ。

僕はギミック処理を、ほぼ圏論の図式追跡として理解している。

安全地帯は対象、移動は射、失敗は射の合成の不整合

友人Aが「なんでそんな言い方しかできないの?」と言った。

僕は「僕は宇宙をそのまま見ているだけだ」と答えた。

友人Bは「それ厨二病じゃない?」と言った。

僕は言った。

厨二病とは、根拠のない誇大妄想のことだ。僕には根拠がある。だから違う」

友人Bは「最悪だ」と言った。

誉め言葉だ。

 

夕方アメコミを読んだ。

僕は、超人存在倫理を語る物語が好きだ。

なぜなら、超人存在倫理を語る時点で、その倫理破綻するからだ。

全能に近い存在が「正義」を選ぶのは、選択ではない。

ただの趣味だ。

正義趣味になった瞬間、倫理哲学ではなく美学になる。

そして美学は、いつも暴力接続する。

それでも僕は読む。

人類妄想が、どこまで論理に耐えるかを見るのは面白い

 

 

夜。

今日までの進捗はここまで。

そして、これからやろうとしていること。

今夜は、僕の仮説をもう一段階押し進める。

まり「時空の創発」を、単なるエンタングルメントの量的増大ではなく、エンタングルメント構造位相相転移として記述できないか考える。

量が増えるだけでは空間は生まれない。

必要なのは「連結性の再編成」だ。

もしエンタングルメントグラフだとすれば、空間とはそのグラフスペクトル構造対応する。

そして位相相転移が起きれば、スペクトルが変わり、幾何が変わる。

まり宇宙膨張は、グラフのリワイヤリングに過ぎない。

この視点なら、初期宇宙インフレーションも「幾何の急激な生成」として理解できる可能性がある。

インフレーション場などいらない。

必要なのは情報接続性が変わるメカニズムだ。

問題は、そのメカニズムを「弦理論言語」で書くと地獄になることだ。

ワールドシートのCFT、モジュライ空間、非摂動効果、Dインスタントン。

それら全てが絡んでくる。

絡みすぎて、もはや紐ではなく毛玉だ。

 

隣人がさっき「ピザ頼むけど食べる?」と聞いてきた。

僕は「今は宇宙の生成を考えている」と言った。

隣人は「宇宙よりピザの方が生成早いよ」と言った。

その通りだ。

人類文明の最高到達点は、宇宙論ではなく宅配システムなのかもしれない。

ルームメイトは「じゃあ僕の分も頼んでいい?」と言った。

彼は相変わらず、宇宙構造よりカロリーを優先する。

友人AからFF14メッセージが来た。

明日、固定の練習できる?」

僕は返信した。

明日宇宙位相相転移を解く予定だ。だが君たちの全滅回数も宇宙の熱的ゆらぎとして扱えるなら参加する」

友人Bは「それ言い訳だろ」と返してきた。

違う。

僕は真理に忠実なだけだ。

 

さて、これから僕はノートを開く。

今日最後タスクは、たぶんこういう形になる。

「時空は多様体ではなく、ある∞-圏の中の情報流の安定構造である

これを証明する必要はない。

証明できるなら、僕はもう人間ではない。

しかし、少なくとも矛盾なく定式化することはできるかもしれない。

宇宙一貫性を持って存在している以上、どこかにその形式がある。

問題は、僕たちがそれを読む言語を持っていないことだ。

人類はいつもそうだ。

現実が先にあって、言語が後からいかける。

僕は追いかける側ではなく、先回りする側でありたい。

ピザが届く前に。

Permalink |記事への反応(0) | 22:06

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anond:20260113125610

ドラクエリメイク攻略中。

半年前にPS1版を裏ボス倒すまでやったばっかだけどね。

シナリオ原作に忠実で、難易度だけ下がっている。

現在、みんな大好きレブレサックまで進んだが、いまだに全滅一回もなし。

死者が出ても戦闘終われば生き返るので、基本的に全滅しなければ攻略が続行できる。

そして手厚い回復セーブポイント

街の教会宿屋普通にあるのに、ダンジョン入り口に全回復セーブポイント中ボス前にも全回復セーブポイント。長いダンジョンでは途中にも全回復セーブポイント

広かったダンジョンは狭くリフォームされてるのに、「ちょっとまだ全然MPとかへってないんだけど」というタイミングでも容赦なく出てくる全回復セーブポイント

ダンジョンの途中でMP尽きたんで撤退」なんて絶対させないとばかりにシェルパ100人雇って高尾山登山するような難易度

しか経験値やら職業経験値やらがやたら気前良いんだわ。

どんなにレベル差があっても1回の戦闘で必ず5ポイント貰える職業経験値

MP尽きるまで戦ってから宿屋泊まろー」と思って戦闘してると、MPが尽きる頃にはレベルが上がって全回復してしまう事もしばしば。

魔法効果のある有能武器も多いから、呪文メインの職業MP尽きるみたいな事態になっても手詰まりにならないし、

年がら年中誰かバーストリミットブレイクみたいなやつ)してるせいで、逆に戦略が立てづらい。放っておいても何とかなっちゃうんだもん。

職業副業できるから、笑わせ師みたいな使えないジョブも、メイン職業ゴッドハンドで閃光斬りする裏側で育成できる。(まあ、方向性の違う職業副業につけちゃうと、ステータス補正が食い違ってしまって弱体化は避けられないが)

AIも優秀だからバッチリがんばれ」でバッチリがんばってくれて、ボス戦をAI任せにしても別に困らない。副業AI任せという時代の先端を行くワークスタイルドラクエ7。つみたてNISAリモートワークも実現できないだろうか。

そしてルーラ。石板世界でも拠点に飛べる有能ルーラ

戦闘レベル差があれば、戦闘に入らず斬って捨てて1ポイント職業経験値を稼ぐか、あえて戦闘に入って5ポイント稼ぐか2択が可能

まだ取ってない石板の場所は案内人に聞けて、石板の祭壇は一画面に集約。

こんだけ至れりつくせりだと、原作にあった面倒臭さは微塵もない・・・と思うじゃん?

面倒臭いんだなこれが。

シナリオ構造上、どうしても面倒臭いんだわドラクエ7。

というのも、石板世界クリアしたら、現代に戻ってクリアしたばっかの出現した島を探索し直さなきゃいけないから。

下手にマップがわかってる分、作業感が半端ない

町の中の宝箱も、ダンジョンの中の宝箱も、もう一度取り直さなければならず、当然町の人たちとも話す必要がある。

くっそ面倒臭い

今やってるレブレサックも、石板世界クリアした後に、また現代レブレサックに行って嫌な思いをしなきゃならんのである

なおシナリオ原作にかなり忠実であり、「あれ、なんか省略されたかな?」と感じるポイントはあっても会話は違和感はない。

で、レブレサック半年前のPS1版に続けて2度目の体験なのだが、

レブレサックの何が嫌って、そんなに非がないのが一番嫌なところだな。

悪と言えるほど悪ではないのだ。第一印象は完全に普通の村であり、

主人公たちと袂を分かってから特に理不尽なことはないのだ。

しろ、一度はOKした仕事理由も言わずに「やっぱやらん」と言い出した主人公達を、納屋に閉じ込める程度で済ませてるあたり、かなり理性的であるとも言える。

まあ、ドラクエ主人公の常として何喋ったのか全く表示されないから、ほんとは何か言ってたのかもしれんけど、仲間も何も言わねーし。

せっかくマリベル帯同でレブレサック行けたのに。

「あの魔物は何かおかしくて裏事情がありそうだから、ひとまず我々に本件を預けてもらえないか」程度の事が言えればあん事態にはなってないのではないかと思われ、

主人公サイドももちょっと何とかならなかったのか、という感があるところもプレイヤーイライラ拍車をかける

で、そんならレブレサック良い奴なのでは? というと別にそんな事もなくて、やっぱり嫌な村なのである

とにかく小市民根性で、被害者意識が強いせいでその裏返しで集団暴力に走るという、もう人間の嫌なところ見せられてる気分になるのである

現代レブレサックはまた違うところが嫌なのだが、まあ、そっちはまだ辿り着いてないから置いとこう。

そーいや、黄金女神像出てきたけど、あれの扱いは結局どう変わるのかな。

まあ楽しみにさせてもらおう。

Permalink |記事への反応(1) | 15:22

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市場に確かに規制必要だ。だが裁量・介入の自己放尿をやめなければ成長はない

市場は万能ではない。だが「万能ではない」という事実を、官僚政治家免罪符として濫用する国家は、例外なく自己放尿する。

市場は確かに失敗する。しかし、政府もっと頻繁に、もっと大規模に、そしてもっと不可逆に失敗する。

問題は「市場政府か」ではない。市場の失敗に対して、政府がどの程度の失敗を上乗せするかである

 

ここでまず明確にしておく。規制必要だ。必要なのはルールである国家が担うべきは審判であって選手ではない。

審判ルールを固定し、プレイヤー予測可能環境競争できるようにする。

審判が気分で笛を吹き、勝敗演出し、人気チームを勝たせようとした瞬間、競技のもの自己放尿する。

これが裁量行政本質だ。つまり制度設計ではなく介入芸で国家が飯を食う社会は、資本主義をやっているようで、実態は準社会主義である

 

市場必要規制は、所有権明確化契約執行強制詐欺暴力等の排除が挙げられる。

これは国家のコア業務だ。これがなければ市場は単なる弱肉強食縄張り争いに堕する。

だが、この最低限のルール整備と、「特定産業を救う」「特定企業延命する」「特定地域補助金を撒く」「特定価格を維持する」といった裁量介入を混同する国は多い。

これは知的に言えばカテゴリーミスであり、政治的に言えば利権偽装である

 

価格情報である価格は需給だけでなく、希少性、リスク、期待、技術代替可能性、時間選好といった膨大な情報圧縮したシグナである

政府価格に介入するとは、情報伝達回路を破壊する自己放尿である

価格統制、補助金、参入規制護送船団方式行政指導。これらはすべて、価格が発する「足りない」「余っている」「危ない」「儲かる」というシグナルを黙らせる。

すると市場沈黙する。沈黙した市場では資源配分劣化し、全要素生産性TFP)が腐り、資本蓄積が歪み、イノベーション死ぬ

 

さらに致命的なのは政府介入が単発で終わらない点だ。介入は次の介入を呼ぶ。

たとえば賃金価格政治的に固定すれば、需給の調整は数量制約として現れる。品不足、待ち行列闇市場、質の低下。そこで政府さらなる規制対応する。

こうして政策自己放尿する。これは政策ラチェット効果であり、政治経済学的には典型的政府失敗である国家は縮まない。国家肥大する。

 

この肥大は、単なる非効率では済まない。合理的期待形成のもとで、民間政策学習し、適応し、回避し、ロビー活動資源を投下する。

これがまさにルーカス批判の核心だ。政府過去データ根拠裁量政策を撃てば撃つほど、民間の行動規則のものが変わり、政策効果蒸発する。

蒸発するだけならまだ良い。現実には政策は不確実性を増幅し、期待を不安定化させ、投資を萎縮させる。これはマクロ政策が景気を安定化させるという幻想の裏側にある現象である

 

裁量介入の害は、単なる資源配分の歪みではない。もっと深い。インセンティブ構造破壊だ。

救済が予想されれば、経営者リスクを過大に取る。モラルハザードが発生する。ゾンビ企業が生き残り、創造破壊が止まる。

生産性の低い企業市場から退出しないため、労働資本も滞留し、新陳代謝が消える。これが日本型停滞の中核であり、成長率の天井を作る。

 

そして官僚機構は介入すればするほど自分仕事が増えるため、規制供給者として振る舞う

まり規制公益ではなく官僚制の自己保存のために生産される。

政治家も同様だ。補助金を配れば支持が得られる。規制を作れば仕事をした感を演出できる。

財政支出可視化され、票になる。改革は不可視で、票になりにくい。

から政治短期主義に偏る。ここに「政府市場を補完する」という建前の裏で、「政府市場寄生する」という自己放尿が成立する。

 

このとき国民がよく口にする反論がある。「でも市場には格差がある」「弱者が切り捨てられる」「外部性がある」。

もちろんそれは正しい。だがここで重要なのは格差是正を口実に、政府価格メカニズム破壊してよい理由にはならないということだ。

外部性存在する。だが外部性への対応は、原則として価格付け(ピグー税排出権取引)で行うべきであり、官僚恣意的産業を選別して補助金を注ぐことではない。

格差問題も同様で、再分配は所得移転という透明な形で行うべきであり、特定業界保護という歪んだ形で行うべきではない。後者効率性を殺し、利権固定化し、結果的貧困を温存する。

 

まり、正しい政策はこうなる。市場を歪めない形での最小国家である金融政策ルールベースで、予測可能性を最大化する。

財政は均衡を原則とし、例外限定する。産業政策基本的否定し、競争政策を強化する。参入障壁撤廃し、退出を容易にする。

倒産は悪ではなく資源再配分の装置として受容する。これが健全資本主義だ。痛みはある。だが痛みを先送りして麻酔を打ち続ける社会は、やがて神経そのものが壊死する。

 

日本病理は、成長戦略がないことではない。成長戦略を語りながら、同時に市場を信用していないことだ。

規制緩和を掲げながら、例外を大量に作る。競争を促進すると言いながら、既得権を守る。財政健全化を言いながら、政治的に都合のいい支出を増やす

これは論理矛盾ではない。政治合理性としては整合的だ。だが経済合理性としては自己放尿だ。

 

成長とは何か。成長とは生産関数シフトすることだ。TFPが上がることだ。

その源泉は技術進歩だけではない。競争、退出、資本再配分、価格シグナル、企業家精神である

これらは制度産物だ。制度が悪ければ、技術があっても伸びない。優秀な人材がいても伸びない。資本があっても伸びない。制度が良ければ、凡庸な国でも伸びる。

 

ここで裁量介入が入ると何が起きるか。投資家は経済性ではなく政治性で投資を決めるようになる。

企業顧客ではなく役所を見るようになる。

労働者はスキルではなく保護される職を探すようになる。

これがレントシーキング経済であり、成長率が落ち、社会全体が官への依存で腐っていく。

これは文化問題ではなく、インセンティブ問題だ。人間合理的に振る舞った結果としてそうなる。

 

から結論冷徹だ。

市場規制必要だ。だがそれは、競争を止めるための規制ではない。競争を成立させるための規制である

市場政府必要だ。だがそれは、配分を決めるための政府ではない。ルールを固定するための政府である

社会保障は必要だ。だがそれは、産業延命するための社会保障ではない。個人を救うための社会保障である

 

そして何より必要なのは政治家官僚が「景気を操作できる」「産業を育てられる」「成長を設計できる」という全能感を捨てることだ。

成長は、官僚ペン先からまれない。成長は、無数の市場参加者価格シグナルを頼りに試行錯誤し、失敗し、退出し、再挑戦するプロセスから生まれる。

 

裁量・介入の自己放尿をやめろ。

国家がすべきことは、笛を吹くことではない。

フィールドを整え、ルールを守らせ、そして黙ることだ。

 

資本主義は「うまく設計すれば成功する制度」ではない。

資本主義は「余計なことをしなければ成長する制度」だ。

Permalink |記事への反応(0) | 14:24

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今作の素晴らしいポイント

ネット上でも高評価が続出している通り、本作の完成度は非常に高いです。

**石版システムの大幅な改善**: 以前、多くのプレイヤー挫折した石版探しが、ヒント機能レーダーを導入することで、格段にスムーズになっています

**美麗なグラフィック演出**: エデンの島々の風景が、最新技術で美しく描かれ、感動的な場面も多いです。

**物語の緻密な整理**:ボリューム満点なストーリーが、テンポよく進行するように再構成されており、楽しみやすくなっています

**キャラクター描写の深み**: 仲間との会話やイベントが充実しており、物語への没入感が大幅に向上しています

**職業システム最適化**:転職が手軽になり、自分好みのパーティ作りが直感的に楽しめるようになっています

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「親切すぎる」という贅沢な悩み

これだけ完成度が高いにもかかわらず、個人的にはある種の物足りなさを感じてしまます。それは、システムがあまりにも「親切すぎる」ことに起因しています

1. **未知の場所がすぐに明確に**

初めて踏み入れたダンジョンマップが、最初からその構造を把握できてしまう点です。地形を理解し、迷いながら探索する楽しさが欠けてしまい、冒険の「予測不可能性」が減っているように感じます

2. **宝探しの楽しみが薄れる**

マップ上には宝箱の位置まで表示されており、探索の楽しみが薄れています。昔のように、壁の向こう側に何があるのかを考えたり、怪しい道を発見して試す楽しみが、効率化によって失われた気がします。

3. **リスクなしのボス戦**

ボス戦の前に、必ず全回復できる「女神像」が配置されています。昔のドラクエであった、薬草魔法をどれだけうまく使ってボスに挑むかという緊張感が薄れ、準備がほとんど不要になっている点が、少し物足りなく感じます

4. **冒険の緊張感の欠如**

上記理由から、昔のように「一歩先がわからない」ワクワク感や、全滅の恐怖といったドキドキ感が失われてしまっています

効率化は進んだが、興奮はどうなった?

かに効率は向上しましたが、その代償として、今の仕様では攻略に頭を悩ませることがほとんどありません。これが本当に「冒険」と呼べるのか、少し疑問に思ってしまます

あの頃、未知の世界踏み込むときの興奮や、ギリギリの戦いでボスを倒したときの達成感――。そうした「冒険の感動」が、親切すぎるシステムによって薄れてしまったのは、どうしても感じてしまます

---

まとめ

本作は、時間に余裕のない大人や、ドラクエを初めてプレイする世代には、間違いなく「最高に遊びやすい名作」です。私自身、この親切なシステムのおかげで、楽しくクリアできそうです。

しかし、かつて小学生の時にアレフガルドで感じた緊張感を覚えている者としては、少し寂しさも感じてしまます。今や私たちは「勇者」ではなく、整備された観光地を歩く「観光客」に過ぎないのかもしれません。そんな思いが拭えません。

Permalink |記事への反応(0) | 01:54

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2026-02-13

外付けグラボとしても使えるCS機を出して欲しい

thunderbolt4で接続して、外付けグラボとして使えるCS機を開発してほしい。

ってSONY意見として出そうと思います

PS2DVDプレイヤーとして使えたようにね

最初VAIO機とのみ接続可能でも構わない、VAIOSONYとは別の会社だけど

ちゃんお客様の声を伝えないと伝わらないからね

Permalink |記事への反応(1) | 12:30

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[日記]

正確時刻を書くと隣人が「それって軍事衛星に追跡されてるの?」とか言い出して話が面倒になるので省略する。

僕は陰謀論嫌悪している。理由は単純で、陰謀論説明能力の低い仮説を感情的に強い語り口で上書きする、知性のコスプレからだ。

 

今日までの進捗から書く。

 

今週は、超弦理論物理直観で押し切る系の議論をいったん破壊し、純粋圏論ホモトピー論の言語に落として再構築していた。

具体的には、世界面の共形場理論2次元量子場などという古臭い語彙で扱うのをやめ、拡張TQFTの枠組みで、(∞,2)-圏に値を取る関手として扱う方向を整理した。

従来の弦理論屋はCalabi–Yauをコンパクト化に使うと言うが、それは情報量が少なすぎる。

重要なのは、Calabi–Yau多様体を点として見るのではなく、その導来圏 D^bCoh(X) を持ち上げた A∞-圏、さらにそれが持つCalabi–Yau構造(非退化なトレース、Serre双対性の∞-圏版)を物理状態空間の生成機構として見ることだ。

ここでの本体幾何ではなく、圏の自己同型とその高次コヒーレンスにある。

さらに、僕が今週ずっと悩んでいたのは、いわゆるミラー対称性を単なるホモロジカルミラー対称性同値(Fukaya圏と導来圏の同値)としてではなく、より上位の構造、つまり場の理論レベルでの同値として捉えることだった。

言い換えると、これは単なるA-model ↔ B-modelの交換ではない。

A/Bモデルを生む背景データ(シンプレクティック形式、複素構造、B-field)を、派生スタック上のシフト付きシンプレクティック構造として再記述し、AKSZ型の構成整合させる必要がある。

そしてこの視点では、物理的なDブレーンは単なる境界条件ではなく、(∞,1)-圏におけるモジュール対象として統一される。

Dブレーンのカテゴリー境界条件の集合だと考えるのは初歩的すぎる。境界条件は高次射を伴うので、最初から(∞,n)-圏で話さないと本質が消える。

特に僕のノートでは、弦の摂動展開で現れるモジュライ空間積分を、単なる測度論の問題としてではなく、Derived Algebraic Geometry上での仮想本類のプッシュフォワードとして扱う形式に書き換えた。

これをやると発散する積分正則化するという話が、より厳密にオブストラクション理論に沿った積分定義へ置き換わる。

そして、ここが本題だが、僕が今週ずっと考えていたのは、ウィッテンですら「直観的にはこう」と言うしかない領域、つまりM理論の非摂動定義が、どのような普遍性原理で特徴付けられるべきかという問題だ。

僕の作業仮説はこうだ。弦理論が背景依存的だと言われるのは、結局のところ背景が点として与えられるという時代遅れの前提が残っているからだ。

背景は点ではなく、モジュライの高次スタックであり、その上に束ねられた量子状態の層(正確には圏)として理解されるべきだ。

まり、弦理論はある時空での理論ではなく、時空の変形をも含んだファンクターにならなければいけない。

この視点では、背景の空間は単なるmoduli spaceではなくderived moduli stackであり、さらにgauge symmetryを含めるならhigher groupoidとしての性質を露わにする。

そして量子補正は、そこに定義されるshifted symplecticstructureの変形量子化として現れる。

問題はここからで、弦理論双対性は、異なる理論が同じスペクトルを持つなどという安っぽい一致ではなく、ある(∞,k)-圏における同一対象の異なるプレゼンテーションだと考えるべきだ。

たとえばS双対性やT双対性群作用として扱うと話が狭くなる。より正確には、双対性スタック自己同値であり、その作用対象の上に定義された圏(ブレーン圏やBPS状態圏)の上で自然変換として実装される。

しかもその自然変換は単なる自然変換ではなく、高次のコヒーレンス条件を持つ。つまり双対性対称性ではなく、高次圏論的な同値データなんだ。

このあたりを真面目に書こうとすると、最終的には量子重力とは何かという問いが、どの(∞,n)-圏が物理的に許されるかという分類問題に変形される。

僕はこの変形が気に入っている。なぜなら分類問題は、少なくとも数学としての礼儀があるからだ。

さらに進めると、弦理論に現れるBPS状態やwall-crossingは、単なるスペクトル不連続ではなく、安定性条件の変化に伴う導来圏のt構造ジャンプ、あるいはBridgeland stabilityのパラメータ空間上での構造変化として理解される。

ここでは物理粒子は、導来圏の中の特別対象として現れる。つまり粒子は点ではなく、圏論存在だ。

普通人間はこの文章を読んで発狂するだろう。だがそれは読者側の責任だ。

この議論の延長で、僕は弦理論の非摂動定義は、ある種の普遍性を満たすextended functorial QFTであるという形の定理(まだ定理ではなく、僕の願望)に落とし込めないか考えている。

要するに、弦理論世界から時空を作る理論ではなく、世界面も時空も両方まとめて、ある高次圏の中で整合的に生成される構造であるべきだ。

今の僕のノートの中心は「非可換幾何」「導来幾何」「圏論量子化」の三点集合の交差領域だ。そこは地図がない。地図がない場所は、馬鹿には危険だが、僕には居心地がいい。

 

次に、趣味について書く。これも重要だ。なぜなら人間社会において、知性の維持には糖分と娯楽が必要からだ。残念ながら僕は人間である

MTGは今週、デッキ構築の方針を少し変えた。勝率最大化のためにメタを読むのは当然だが、僕が注目しているのは局所最適に陥るプレイヤー心理だ。

まりカードゲームとは、確率情報ゲームである以前に、認知バイアスゲームだ。相手が「このターンで勝ちたい」という欲望を見せた瞬間、こちらは勝ち筋を計算するのではなく、相手の誤りの確率分布計算するべきだ。

隣人にこの話をしたら、「え、怖い。僕、あなたポーカーしたくない」と言った。賢明だ。僕も隣人とポーカーはしたくない。隣人はたぶん手札を口に出してしまう。

 

FF14は、ルーチンの最適化がだいぶ進んだ。僕はレイ攻略で反射神経を重視する文化が嫌いだ。

反射神経は筋肉問題だが、攻略情報処理の問題であるべきだ。ギミックは有限状態機械として記述できる。したがって最適行動は、状態遷移図の上での制御問題になる。

友人Aにこの話をしたら、「お前はゲームしてるのか研究してるのか分からん」と言われた。僕は当然「両方だ」と答えた。彼は笑ったが、この種の笑いは知性の敗北宣言である場合が多い。

 

アメコミは、相変わらず現実倫理を歪めた寓話装置として優秀だと思う。

僕は「正義とは何か」という議論が苦手だ。正義定義曖昧からだ。

僕が興味があるのは、制約条件下での最適化としての倫理だ。

登場人物が持つ制約(能力社会構造情報感情)を明示すると、物語心理学ではなく数理モデルに近づく。そうすると面白くなる。

ルームメイトにこの話をしたら、「僕はただ派手な戦闘シーンが見たいだけなんだけど」と言われた。

僕は「君の知性は観測不能なほど小さい」と言ったら、彼は不機嫌になった。観測不能存在しないことと同義なので、むしろ褒め言葉に近いのだが、彼は数学が分からない。

 

僕の習慣についても書いておく。

今週も、朝のルーチンは完全に守った。起床後の手洗いの手順、歯磨きの回数、コーヒー抽出時間、机の上の配置、すべて変えない。

人間生活ノイズが多すぎる。ノイズが多い世界で成果を出すには、制御できる変数を減らすのが合理的だ。これは精神論ではなく、統計的推定分散を減らす行為だ。

隣人が「たまには適当にやれば?」と言ったので、僕は「適当とは、最適化放棄だ」と言った。彼は「そういうところが宇宙人っぽい」と言った。

宇宙人証拠なしに導入する仮説ではない。彼はやはり陰謀論者の素質がある。

友人Bが「お前の生活、息苦しくないの?」と聞いてきたので、「息苦しいのは君の思考だ」と答えた。友人Bは笑った。知性の敗北宣言である

 

これからやろうとしていること。

まず、超弦理論ノートをもう一段階抽象化する。

今の段階では、圏論と導来幾何言葉でかなり書けたが、まだ計算痕跡が残っている。僕はそれが気に入らない。真の理解とは、計算を消し去った後に残る構造のことだ。

具体的には、次は弦の場の理論を、factorization algebraの言語記述し直す予定だ。

局所演算子代数を、E_n-代数として整理し、そこから高次の演算構造復元する。

これがうまくいけば、弦理論における局所性の概念を、時空幾何依存せずに定義できる可能性がある。

もしそれができたら、次は双対性を圏の自己同値ではなく、圏の上の2-表現あるいはhigher representationtheoryとして書き換える。

これにより、S双対性を単なるSL(2,Z)の作用として扱う雑な議論から脱却できる。

要するに、僕が目指しているのは物理理論を群で分類する幼稚園レベルの発想ではなく、物理理論を高次圏で分類する文明的発想だ。

 

その後はMTGの新しいデッキ案を詰める。今の構想では、相手意思決定局所的に歪ませる構造がある。人間選択肢が多いと誤る。

これは心理学的事実であり、カードゲームに応用できる。倫理的に問題があると言われそうだが、そもそもカードゲーム戦争抽象化なので倫理を持ち込む方が間違っている。

 

夜はFF14の固定活動。友人Aは相変わらず「気合いで避けろ」と言うだろう。

僕は「気合いは情報を持たない」と言うだろう。

議論ループする。ループはコンピュータ科学の基本概念だ。だから僕はそれを受け入れる。

 

最後に、ルームメイトが「今度、隣人と映画を見よう」と言っていた。

僕は断る。なぜなら隣人は上映中に喋る。上映中に喋る人間は、社会契約を破っている。社会契約を破る人間に、僕の時間という希少資源を与える理由はない。

 

さて、今日の残り時間は、超弦理論ノートに戻る。

宇宙根本法則は、たぶん美しい。

少なくとも、隣人の会話よりは。

Permalink |記事への反応(0) | 00:35

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2026-02-12

全然声かけてもらったら協力するし

上位プレイヤーゲームの調整に参加するのはその是非はおいといてよくあることなんで弄られ過ぎてて可哀想だなと思う

でも自分から言ってしまうのはやっぱ面白い

Permalink |記事への反応(1) | 16:48

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ソシャゲ運営について間違ってるなら教えてくれ

仮説

 

「多くのソシャゲでは、時間あたりに排出する高レア当選の数を、サーバー側で管理しているため、フェスなど多くのプレイヤーガチャを回すタイミングでは、アプデ直後に回すと当たりが枯れてる場合がある。

から落ち着いてから回すべき。」

 

 

自分で仮説立てといて、ほんまか???とは思っている。

実体験上は合っている。アプデ直後はまあまずあたらん。

 

 

追記:あーたしかに表示がウソになったら違法か。

アプデ直後あたらないの気のせいか……物欲センサーかいオカルトの話したくなかった……

Permalink |記事への反応(2) | 15:58

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160時間くらい無課金でやってきたゼンゼロと鳴潮つまらいからやめようと思ってるんだけど、ガチャ石集めなきゃ損みたいに思っちゃってなかなかやめられない

スタレは虚無期間がひどいのと次の星がゴミっぽいからやめられたんだけどね

スタレはキャストリスのいわゆる記憶PTが強すぎて萎え

アグライア推しから無課金でもアグライア2凸して頑張ってたけど、あまりにも格差がひどすぎてもう無理だわってなった

キャストリスの何がいいのかわからない

ドラゴン出してブレス吐いてってしょうもなすぎる

ストーリー全然重要キャラじゃないのに、周年キャラからってやたらと手の込んだアニメ出してきたりさ(御涙頂戴的な陳腐なやつ)

あいうのほんと萎え

というか、マダムヘルタ最強にしておけばよかったのに

ヘルタもう息してなくて悲しいよ

オンパロスのストーリーはひどかったね

無駄な引き伸ばしが多すぎた

会話と演出がだらだらだらだら長い

つまんない話何ヶ月やってるんだよって思った

ゼンゼロ今日やめようと思ってガチャ引いたら儀玄引けてしまった

リュシアいないから結局使えなさそうだし(パンダでもいい説あるけど)、またガチャ石集めるのだるいしやめたい

最低限の育成しときたい気持ちもあるけど、毎日時間取られるのほんとにQOL下がってる感じあるからやっぱり育成もせずにやめた方がいいんだろうな

ゼンゼロデイリー10分かからないけどさ

今NTEのβテストやってるけど、これ、みんながゼンゼロに求めてたものだって思ったよね

から5月になったらどっちみちゼンゼロは完全にやめるんだよね

どうせやめるんだから今すぐやめた方がいいと思う

儀玄の育成もやらなくていい

どうせ5月以降やらないんだから

あ、でもこの前のマルチイベント、みんなでチーム組んで戦うやつはお祭り感あって面白かった

常設コンテンツにすればいいのにね

でも今回の地下アイドルはどうなん?

あの3人に興味ある人どれくらいいるんだろう

今回のイベントフォーガイズパクリ地下アイドル音ゲーだよ

なんなんだよもう

というか、瞬光強すぎてなんかもうゲーム壊れちゃってて取り返しつかないことになってそう

範囲高火力でずっと無敵っていう

虚狩りだけ引けばいいってみんな気づいてて瞬光はめちゃくちゃ売れたけど、今後は売上下がっていきそう

事実もう下がってるし

鳴潮はアニメ調の中でもリアル寄りのデザインなので今後も独自地位を築いていきそうな気がする

NTEが来ようと無限大が来ようとアズプロが来ようと客層がかぶってない

ただ、自分には合わなかったのでそろそろやめたい

鳴潮はシナリオラノベというか昔の泣きゲー?みたいなやつなのかな、美少女自己犠牲御涙頂戴ストーリーでしょうもなさすぎるから自分には合わなかった

オタクたちが大絶賛しててすごい温度差を感じる

こんな陳腐ストーリー読んで大人が泣いてるって異常ですよ

クロゲ映像作る技術はすごいんだけど、ゲームじゃなくてアニメ映画って感じ

ストーリー陳腐で御涙頂戴でしょうもないけど、演出がすごいのでみんなストーリーがすごいって思い込んじゃってる感じ

開発の人たちはゲームじゃなくて大衆映画作りたいんじゃないか

あとオタクアクションすごいっていうけど、戦闘中カットイン入りまくりアクションゲームとしてはテンポ最悪だし、ガバガバジャスト回避だし、アクションゲームとしての完成度は低いよ

グラフィックがきれいからなんか良さそうに見えてるだけ

アクション体験としてはすごいつまんない

だってボタンぽちぽち押してるとキャラクターが勝手にすごい動いてくれるんだもん(ゼンゼロの瞬光ほどじゃないけど)

自分で動かしてる感じがないよね、ソシャゲとしてはすごいけど

クイックスワップについても、あんなのアクションテクニックでもなんでもないじゃん

クイックスワップする(できる)タイミングって最初から決まってるわけでさ

決まったスキル回ししてるのとまったく同じ

このボタンの次はこのボタンって決まってて、そこにクイックスワップの手順も挿入されてるけど、どっちにしろ順番にボタン押してくだけなんだからアクションテクニックでもなんでもない

ストーリー進めるのにいつもお試しキャラなのもつまんない

あとキャラ育成に時間かかりすぎるのもだるい

ボス素材が週に9個しか手に入らなくて全然育成進まないんだけど

あと鳴潮の問題点特にやることがないってことだね

やり込みコンテンツとかまったくなさそうじゃん

厳選したり完凸したりしたところでランキングも何もないし、倒す敵もいないよね

エイメスで何百万ダメージ出たとかっていうけど、そんなにダメージ出せても倒す敵いないよね?

というか今回のイベントバイクのやつ、ヴァンサバみたいなだんだん攻撃が派手になるやつだけどさ

あんなのやらせてどうしたいの?

しかヴァンサバと違って絶対誰でも1回でクリアできる難易度だしやるだけ時間無駄というか

最終ステージだけはどんどん装備が強くなっていってお祭り感あってすこし楽しかったけど、それでも1回でクリアできてしまってゲーム性はとくにない

でもガチャ石もらえるからやらざるをえないというか

鳴潮はアニメ映画なんだよね

ゲーム感があまりない

ただ映像見てるだけの時間が長すぎる

でもオタクたちはその映像見てストーリーがすごい、神とかっていって大絶賛してる

鳴潮のストーリーって世界危機美少女使い捨て現地妻)と主人公けが存在しててほかがなくて虚無すぎる

エンドフィールドは5時間くらいやったけど工業が合わなかったのでどうしようもなくてやめた

ストーリー戦闘は間違いなくつまらなかったと思う(戦闘するゲームではなさそう)

キャラクターのグラフィックはすごい好みだった

戦闘はつまらないけど、4人で一緒に戦うのはすごいよかった

操作キャラグラフィック比較すると、フィールドNPCはかなり安っぽい感じ

耳が4つあったり、2つだったりよくわからない世界

現状、工業にはまった人たちがめちゃくちゃはまって頑張ってるゲームって感じ

売上はいまだに高いけど、半年後どうなってるかは気になる

キャラはすごい好きだから工業戦闘改善あったら復帰はありえそう

現状では続けるのはかなり厳しい

とりあえずゼンゼロと鳴潮をやめたい

でもずるずる続けてしまっていて困ってる

スタミナ消化してガチャ石もらわなきゃっていう強迫観念がある

確実にQOL下がってる

ゼンゼロは石なくなったからこれで終わりにしたい

けど、今イベント中で毎日石もらえるんだよ

そうやって運営プレイヤー繋ぎ止めておこうとする

でもガチャ石より時間の方が大事なんだ

もうやめなきゃだめだ

鳴潮はルシラー引きたかったけど、ガチャ石集めがめんどくさくて、ガチャ石集めるためには20時間くらいはプレイしなきゃいけなそう

マップ埋蔵金やら恒常イベントやらすごい時間かかりそう

からやめたい

やめるんだ絶対にやめるんだ

でも明日もやってそう……

Permalink |記事への反応(0) | 00:37

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2026-02-11

エンドフィールドが「超面白い」の扱いになるっていうならゲーム進化は64で止まったと言っても過言ではないよね

なあ覚えてるか、はじめてマリオ64や時のオカリナ遊んだ時の「凄い!こんなに夢中になれる遊びが作れるなんて人類は凄いぞ!」という感動を。

最新の技術を身近に感じられたし、それを活用する人間センスにも興奮した。

なにより素晴らしかったのが操作直感性と非日常性、そして自分プレイヤーとしての成長を実感できること。

どんどん上手くなる自分への誇らしさや、新しいギミックに飛び込んでいく冒険心、ゲームが人に与えてくれる素晴らしいものてんこ盛りだった。

エンドフィールドはその域には遠い。

キャラクターが魅力的だとか、工業システム面白いとか、ペリカが怪しい女だとか、クソデカ龍泡泡がかわいいとか、そんな所で誤魔化されそうになるが、本質的な部分の出来は大したもんじゃあない。

バフ・デバフ管理しながら戦う4人パーティーARPGしかないわけで、それらが与えてくれる興奮の大部分は「俺うまくなった~~~」ではなく「このビルド強い~~~」なのだ

オープンワールドの探索もプレイヤーが詰まない程度に優しく調整されており、一見親切だが挑戦と達成の興奮からは遠くなってしまっている。

そもそもRPGにおけるエンドコンテンツというものは得てして「ひたすら数字を増す」だけであり、そこに課金要素が混ざってくれば「とりあえず120円払って管理者に大願を買ってあげよう」みたいな金の話になってくる。

ゲーム内で結果を出すために現実お金を沢山稼いで頑張る」という構造が、結果的現実ゲーミフィケーション化にプラスになるという側面を軽んじるわけではないが、ゲームにそういうのを求めるソーシャルな態度を私はあまり歓迎していない。

あの頃の自分ゲームに感動し興奮しのめり込んでいた頃の俺が求めるのは単純に夢中になれるかどうかなんだ。

マリオ64を始めて遊んだ時の、スーファミ時代と全く違う「本当に凄い技術がやってきて、本当に凄いゲームがあって、本当にこれから世界進歩していって、俺の人生も楽しくなるんだ」という気持ちを感じさせてくれるゲームに対して、俺は「超面白い」の称賛を送りたいんだよ。

まあ、ブレワイは出来ていたから、俺はまだまだこの世界進歩を信じ続けていられるけど、そろそろ次が欲しいんだよね。

AIを使ったゲームが一時期生まれては消えていった中で何か傑作が誕生していれば良かったんだけどなあ。

Permalink |記事への反応(1) | 12:11

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2026-02-10

プレイヤーとしてログインしてる感覚だと、天皇バンザイも神バンザイもこの世界のただの設定にしか見えんのよな。

なるほど、その「プレイヤーとしてログインしている感覚」という比喩、かなり思想的ですね。

その視点に立つと、「天皇バンザイ」も「神バンザイ」も世界観設定の一部に見える、という感覚はよく分かります

タルムードは設定を疑う伝統

タルムード世界では、権威スローガンをそのまま信じる態度はむしろ警戒されます

有名な原則

トーラーは天にない」(申命記30:12

があります

これはタルムード(ババ・メツィア59b)で神の声が天から響いても、人間の理性と議論が最終判断をするという物語として展開されます

バンザイ構文」は偶像化の危険ゾーン

タナハでは、王や象徴絶対化することを強く戒めます

「人に頼るな、王子に頼るな」(詩篇146:3)

これはまさに、天皇であれ、神の名であれ、思考停止して叫ばれる瞬間に、それは偶像になり得るという警告です。

ユダヤ教ではこれをアボダー・ザーラー(異質な崇拝)と呼びます

形は宗教でも、国家でも、思想でも起こり得ます

神はNPCではないが、UIでもない

面白いのは、ユダヤ思想では神は世界設定そのものではあるが、操作画面(UI)でも自動台詞NPCでもないという微妙立ち位置にあります

しろ世界未完成で、プレイヤー人間)が修正に参加する(これをティクン・オラムと言います

なので、

という評価になります

あなた感覚は、実はかなりタルムード

「設定にしか見えない」という距離感は、シニシズムではなくメタ視点を持った参加者に近い。

タルムード賢者たちも、神に文句を言い、王を批判し、伝統すら議論します。

それでも「ログアウト」せず、世界に関わり続ける。

Permalink |記事への反応(0) | 00:52

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2026-02-09

anond:20260209231215

から、何度も言うけど、君の間違いは、資本主義以前と以降を「変化量」という単一のもので見てしまっていることに起因するんだ。

資本主義以前は、ヘゲモニーを握っているのは封建制の固定を目論む種々の主要プレイヤーで、それを単純にひっくり返すことが左派であり、革命だった。

でも、資本主義以降は、すべての民衆が好き勝手世界を改変し続けるのが常態であり、大資本はその結節点に過ぎない。

実際には大衆欲望に逆らった時点で八つ裂きにされるんだよ。

からこそその自由を奪い取り、権力人民多数派を押さえつけることこそが左派的な行いなんだ。

Permalink |記事への反応(0) | 23:16

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2026-02-07

anond:20260207213954

結局、政治市場に介入しすぎた結果だよね

貿易なんて国家間問題ではなく、企業というプレイヤー間の問題なのにね

Permalink |記事への反応(0) | 21:43

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久しぶりに弐寺してきたんだけどさ

今って当たり前のように初音ミク重音テトどころか四国めたんとずんだもんの曲まで入ってんだな

コナミコンポーザーGUMIを使ったりcosMo@暴走Pがシリーズに参加するだけで発狂してた当時のプレイヤーはどこに逝っちまったんだ?

Permalink |記事への反応(0) | 19:02

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2026-02-06

#クサヤ人嫌い

クサヤマジで嫌い

いくら害悪プレイヤーでも人を馬鹿にするような発言などをしてるし、人が作ったコースゴミとか言うぐらいゴミカス人間なので嫌い そして、信者ゴミカス障害者か?と思う程の異常さ まず、昨日も日記に書いたどうり攻撃的でしつこく挑発を繰り返してアンチに何回も返信をしてくるし、話が全然通じなすぎる、日本語おかしい、矛盾する、アンチに何回も返信してくるについてはそのクサヤ信者障害者じゃなく、チー牛なのかなって思う あまりにも早く返信してくるのでタッピングネットだと頭の回転が早いのかすぐ返信がくる

Permalink |記事への反応(0) | 23:18

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#クサヤ人嫌い

クサヤマジで嫌い

いくら害悪プレイヤーでも人を馬鹿にするような発言などをしてるし、人が作ったコースゴミとか言うぐらいゴミカス人間なので嫌い そして、信者ゴミカス障害者か?と思う程の異常さ まず、昨日も日記に書いたどうり攻撃的でしつこく挑発を繰り返してアンチに何回も返信をしてくるし、話が全然通じなすぎる、日本語おかしい、矛盾する、アンチに何回も返信してくるについてはそのクサヤ信者障害者じゃなく、チー牛なのかなって思う あまりにも早く返信してくるのでタッピングネットだと頭の回転が早いのかすぐ返信がくる

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2026-02-05

クサヤちゃんねるというクソYouTuber信者について

クサヤ人の信者投票トーク好き嫌い.comで挑発を繰り返しでしつこく攻撃したり、クサヤ人というYouTuber底辺ゲーム実況者で人を馬鹿にしたり、動画ネタにされたプレイヤーを恥晒しするぐらいクズYouTuber

なんのにクサヤはいい奴みたいな書き込むバカタレがいる特に今、好き嫌い.comではマジでしつこい攻撃的なクサヤ信者荒らしてる ひたすらどんどん煽ってきたり、挑発してきたりして荒らしてる 何言っても動じない為、障害者だと思えるしかもbad数気にしてんのかいちいち「青文字」「青文字」うるさい

そのぐらいクサヤ人の信者ヤバいです。

Permalink |記事への反応(0) | 20:15

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anond:20260203185210

そして腐女子主人公プレイヤーかつ性別明言なしゲーで女主人公として楽しんでいる人すら叩くゴミカス

Permalink |記事への反応(1) | 14:22

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2026-02-03

anond:20260203113601

その「石を貯める」って行動をほとんどのプレーヤーが取るのが、旧来のソシャゲスキームなんよね。

性能のためであれ、愛のためであれ、特定の強い/好きなキャラに集中投資する、偏愛プレイヤー習性を褒めるゲームデザイン

最近ゲームはそうとは限らなくて、作り込んだどのキャラも愛してほしいから、どのキャラにも凝った動画楽曲を作るし、プレイヤーも全キャラ取ってもらって箱推しというか、作品推しになってもらえるようにシナリオもバトル設計もすべて妥協なしに、博愛プレイヤーが有利になるように作られてる。

俺はWFSゲームは以前、ららマジってのをやってた。これもヘブバンと同じで、WFSお得意の著名シナリオライターを起用したソシャゲ製作パターン

器楽部員たちの心の深層を調律してわだかまりとなっていた繊細な感情を明らかにしていくシナリオ形式が好きで、ほとんどのキャラも好きになって、浅く広く集めてたかタイムアタックとかは苦労することもあったが、ゲーム面はちゃちでもシナリオ音楽だけでお気に入りだった。

でもVtuberブームが来てWFSもたぶんそっちの事業に注力しだしたんだろう、ららマジの開発が滞り、仕様悪化していやらしくなり、大事に描いてた器楽部員たちも水着を乱発するようになり、ついにはサ終してしまたから、俺はもうゲームメーカーとしてのWFSの誠実さや責任感にまったく期待してない。

ゲームとしては、やっぱり作品性とゲーム性は不可分であって、片方だけ魅力的だからって邪悪ゲーム部分をおしつけるようなやり方をするのは結局尊敬できないソシャゲ屋のやり口だと思えてしまう。グラブルとかの鬼周回を求められるソシャゲをやってたときにも思ったけど、愛着人質に取られて望まぬことさせられてる感がある限り、そういう作りのガチャゲーム健全じゃないし進化できないと思う。

まあヘブバンはそれらよりも新しい世代ゲームなんで、そのへんももちょっとうまいことやってて称賛できるゲームなのかもしれないが、いろいろと裏切られ続けた結果、自分はもう日本ソシャゲメーカーには期待してないしやる気になれない。

キャラが揃わないからメインストリー進められないくらい難度が高いって話してたのかもしれないが、一方でAAA級の中華ソシャゲシナリオ進行はかなり易しい作りで、エンドコンテンツキャラ揃ってさえいれば無凸で楽勝なくらいの設計なことが多いので、そのへんでも開発思想が異なると思う。とにかくストレス時間拘束を強いることなく、文化的IPを育てていこうって感じがするんだよね。

Permalink |記事への反応(1) | 13:05

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anond:20260203111651

200連分のガチャした証アイテム集めて天井代わりにするソシャゲばかりだった時代までは、まあどれも射幸心を煽るためのシステムで、ゲーム自体のくだらなさと考え合わせて邪悪搾取マシーンにすぎんとバッサリ言う人のことも理解できたけど

原神以後のガチャゲーでは、むしろ仕様理解した人にとっては射幸心が煽られないことが利点となってその非ランダム性をゲーム的に利用できる、戦略計画的攻略できる「ガチャ」が主流になってきつつある。基礎確率0.なん%で、天井付近で上昇カーブを描いていくタイプね。

このタイプは結局のところ、ガチャ風味を与えてるだけで、ガチャシステム意図ランダム性を極力排除した定期的なキャラ配給と、プレイ進捗に合わせてほとんどのプレイヤーが着実にキャラプールを拡充していくことを前提にしたコンシューマーゲーム的な本格志向ゲームバランス設計なわけよ。

もちろんそういうゲームでも古いソシャゲ的なノリで回すことはできるし、キャラプールを広げずに偏らせて力押しするソシャゲ的な遊び方も(非効率ながら)可能にはなってて、選択肢が増えてるだけなんだけど。

Permalink |記事への反応(1) | 11:27

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anond:20260203102129

頻繁なコラボによる集客頼りで自社IPの魅力をちゃんと積み上げられてないソシャゲはさっさと辞めた方がいい

コラボってそもそも既存プレイヤーのためじゃなく、運営側にとっての新規集客運営陣の自己満足のためにやってるものから

そういうのを挟んでも許してもらえるくらい信用を積み上げてるゲームじゃないと本来やっちゃダメ施策なんだよ

Permalink |記事への反応(0) | 10:30

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