
はてなキーワード:ブレストとは
懐かしいなぁ。10年以上放置してたんだけど、はてなってまだサービス続いてるんだね。
こんにちは。俺はかつてGREEとDeNAがソシャゲ戦争やってた時代に、ソフトウェアエンジニアとしてDeNAに入社したかつての新人だよ。
サービスのプラットフォーム争いを両社がやってる最中に一人だけハードウェア抽象化の研究やってた、当時としてはちょっと逸れた事やってたgeekだよ。
DeNA vsGREEの勝者はAlphabetとAppleになっちゃったね。それで良かったと思う、両社ともゲームしか見えて無くてエコシステムの設計は全然だったから。
当時はDeNAとGREEの新卒年収1000万が連日話題になってたね。俺も例に漏れずその帯域だった。
入社祝い金だけで奨学金完済出来るとは思ってなかったよ。それどころか3年目処に家買いなって当時の上司に言われたときはビビった。
そういう金銭感覚って当時は外資のバイオ系以外持ってなかったから、というか内外証券マンすら新卒は700届かなかった時代だから、なんかやばいとこきちゃったなって。
でも、持たなかったね。
知っての通り、2012年のJP広域エンジニアショックで優秀な人材は海外に散った。二次派生は2014だっけ、Dowangoの高専流入組がすごい流出したね。優秀だったのに勿体無い。
俺は全然優秀じゃないから先輩の後を追う事しかできなくて、というか何も考えずに、成り行きでアメリカに来た。当時のJTC仕草にうんざりしてた人たちも大体このあたりだね。
まぁ株式会社って大きくなりすぎると国籍宗教問わずJTC化するなってのは後々体験するんだけど。
それでもソフトウェアが世界を変えるという盲信から、ハードウェア抽象を社会実装してDockerにJoinしたり、AmazonにJoinしたりした。
学生の時から仮想環境を使い捨てることによる冪等性がもたらすソフトウェア開発体験がテスタビリティを向上させるっていう論文書いてたんだけど、まさにDockerだよね。
同じこと考えてる人が海の向こうに何人も居る!って楽しくなって、無我夢中でコード書いてた。同僚と深夜までブレストするのが楽しくて仕方なかった。
今ではリファクタリングとか最適化とかでblameすら探すの困難だけど、初期DockerのPoCコミッターだったのは割と自慢。
ソフトウェアエンジニアと平行して投資業もやって、フルコミットが難しくなったタイミングでAmazonにJoinした。ロックダウン前年の話。
AmazonはマジでJTCそのもの。ソフトウェアにどうコミットしたか、どう改善すると社会のエコシステムに還元できるかなんて考えない。チケットの消化。それだけが、評価基準。
JTC仕草にうんざりしてた人にとっては拷問なんだよ、これ。確かに給料は良いけど、良いのは給料だけ。マジで仕事したっていう感覚は無い。
その上コロナのロックダウンを皮切りに、部署の資金繰りを二転三転させたり、業績悪化を理由に人身御供を吊し上げて首にしたり、マジで狂っていった。
コロナ明け、Amazonの株価がゴリっと減ったのを契機に退職した。それでも仕事続けてれば多分資産は250万ドルに到達したと思う、今はその半分も無いけど。
でも社内政治で消耗してたらいずれ働くのが嫌になる。ソフトウェアを書けなくなる。Amazon離職を金脈捨てた咎人のように責め立てられたけど、そうなる前に判断できたつもりでいる。
そう判断して数年経ってる。が、生きてはいるし総資産は平行線だ。増えてないけどね。
アメリカに来るきっかけになった当時の上司は、かつてはてなで働いていた。2000年代のはてなは今のNvidiaみたいな輝きを放ってたらしい。
そういう話をしたなぁと思ってふとググってみたらまだサービスが残っていて嬉しかった。DeNA時代にやった事は全部畳まれてしまっているので。。
というのを昼飯食いながら思い返している。
10数年前の自分の書き込みがらき☆すたの放送に言及してて懐かしい。
10数年前の自分の書き込みが日本はオワコンと言っていて微笑ましい。
たとえば、今の界隈にいる競合たちは仕事を舐めきっていた。煽りタイトルは日常、執筆はAIコピペ、「翻訳」や「解説」と称して手柄はかすめ取る。にもかかわらず、なぜか評価されていた。最初は「おかしいだろ」と思っていたが、しばらくするとこう考えるようになった。「あのくらい適当にやっても問題ないんだな」と。
気づけば、同じことをしていた。プロフィールに「自慢の肩書」を追加し、ブレストや調査は必要最低限、記事も雑なまま公開。最初はバレなかった。楽だった。息がしやすかった。けれど、やがて誰も読まなくなった。初見さんの印象が、警戒に変わった。フォロワーには「最近、雑だね」と残念がられた。
自分には「適当でも許されるフォロワー数」なんてなかったのだと知った。
真似た相手と自分は、同じ地面に立っていなかった。ただそれだけのことだった。それにすら気づかず、うわべだけを真似した結果、地面が崩れたのは自分だけだった。
少なくとも「話している間にスッキリする」とか「話しているうちに論点整理を一緒にしてくれる」とか、
そういう壁打ち系の相談をする上でとても役に立ってる。
お前らも普段の生活で満たされないことが多かったり、吐き出せないことも多かったりだから増田に入り浸ってるんだろ?
正確な情報が必要なアドバイスは別を頼れって感じだけど、お前らもそんな感じの相談事はAIにしてみるといいよ。
改めてチャットの履歴を振り返ると、結構いろんなことを相談してるな。
友達や同僚に相談する環境もあるけど、自分のことだけで1~2時間も話題を拘束するのは申し訳ないから、
最近はまずはAIに相談してみて、自分の考え方を整理する手伝いをしてもらっている。とてもちょうどいい。
・昇格を達成するために、定期面談でどうやって上司を味方につけるべきか?
・仕事ができないのにいらないところでボケてくる同僚のおじさんとどう対処すべきか?
・なんとなく気分が優れない時に、それでも回さなきゃいけない仕事をこなすためのアドバイスがほしい
・彼女の両親に会うときの会話の流れのシミュレーションに付き合ってほしい
・自分に合うシチュエーションのエロ文章を生成するのを手伝ってほしい
・今晩のおかず(食べる方)は何にしようか?
以下はファクトベースの話なんでAIに聞いてもらっていいんだけど、例えば
今回の昭和の電車の件なんかもそうだけど、調査などに使うにはまだまだ厳しくて、仕事上ではプログラミングとかのサポートに使ったり、あいまいなことを推論()させてブレストに使うぐらいがせいぜいかなって感じがする。信頼性が不要な個人的な話し相手とか相談には強いし、AIが不要とまでは言うつもりはないけどね。まあ、数年内にはこの辺りのギャップも解消される気がする。AIのおかげでコードの改善スピードは確実に上がってるだろうし。
かんたんだよ。
まず、パンの種類ですが、
ウィート
ハニーオーツ
セサミ
の中から、お客様のお好みのパンをお選びいただけますでしょうか?もし、それぞれのパンの特徴についてご不明な点がございましたら、お気軽にお尋ねください。一つ一つ丁寧にご説明させていただきます。
がございます。お客様のお召し上がりになる量に合わせてお選びいただければと存じます。
イタリアンBMT
など、豊富な種類をご用意しております。もし、何かお好みのサンドイッチがお決まりでしたら、お申し付けください。また、それぞれのサンドイッチに入っている具材についても、詳しくご説明させていただきます。アレルギーをお持ちの食材などがございましたら、遠慮なくお申し付けください。
メインのサンドイッチがお決まりになりましたら、ドレッシングをお選びいただきます。
などがございます。それぞれのドレッシングの風味や特徴についてご質問がございましたら、どうぞお気軽にお尋ねください。
さらに、お好みに合わせて野菜の増減や、ピクルス、ハラペーニョの有無などもお選びいただけます。何か苦手な野菜や、多めにしてほしい野菜などございましたら、細かくご指示いただければ幸いです。
また、追加でチーズやベーコンなどのトッピングもご用意しております。もし、何か追加をご希望されるものがございましたら、お申し付けください。
ドリンクSセット
ポテトSセット
ドリンクMセット
ポテトMセット
ドリンクLセット
ポテトLセット
などがございます。ご希望のセットがございましたら、お申し付けください。ドリンクの種類やポテトのフレーバーなどもお選びいただけます。
お客様のご希望を細かくお伺いし、お客様だけの最高のサンドイッチをご提供したいと存じますので、どうぞごゆっくりとお考えいただき、ご希望をお聞かせください。何かご不明な点やご心配な点がございましたら、何度でもお気軽にお尋ねください。
考察とは結果から推察をすることであり、それは個々人によって様々、いわば限りなく自由なのだ。
「睡眠時間が多すぎる人はかえって早く死ぬという結果が出たが、これは実際には寝たきりの人を計上してしまっているだけなのでは?1日の睡眠時間が18時間を超えている人を外れ値として再計算してみよう!」
こういった前提をひっくり返すような一石を投じていくことも推奨されるのが本来の考察の姿なのだ。
だが、今やネットの「考察」は単なる「正解当てゲーム」となっているので、そういった思考実験的な要素は一切排除されている。
如何にして打率の高い発言をしていくのか、如何にして作者の投げた変化球を芯で捉えるか、そこばかりが着目されている。
この結果が「解釈が多様に分かれる要素は見送っていくのが選球眼。考察を外すと恥ずかしいから」というフニャチン文化である。
マジで終わっている。
外れることを恐れていてはまともな考察なんて出来ない。
外れてもいいから議論を深めるために色々とブレストしてみせてこその考察だというのに。
作品と化学反応を起こすことが出来ず単にバラバラに作品をバラして「どや!完璧に解体したで!」とドヤ顔してるだけの連中などは作品を味わったとさえ言えないだろう。
五目チャーハンを五ツの食材に分解し終えてから徐ろにふんぞり返り「肉が少ないよね。原価率抑えすぎ」とほざいてるような奴らがやっているのはもはや考察でもなんでもないだろ。
感想未満のなにかだ。
「原作4巻のP120と原作7巻のP142からこの時このキャラクターが何をしていたのかが確定するのです」と時刻表ミステリーの解説をするような行為は分析でしかない。
青山先生は一つのエピソードを描く時に、トリックありきで構想を練っている、ということが分かった。トリックのネタを担当編集とブレストし、面白そうなものを見つけて、それをモチーフに話を組み立てている。
そこが起点なので、いつまで経っても一年が立たず一年の間に異常な数の殺人が起きるとかの世界観のちぐはぐさとか、登場人物の行動や思考がとってつけたような予定調和に感じる、ということが起こっているんだなあと感じた。
でも別にコナンはトリックが秀逸で、人物や特に絵が魅力的なので、それでも別に問題ないのであろう。自分が気になっているだけで。
自分がミステリーを読まないので分からないけど、ミステリーとはそういうものかもしれない。
ちなみに取ってつけたように補足すると、青山先生が命を削ってどのように作品を生み出しているかが分かり面白かった。青山先生お疲れさまです。60歳でも18時間作業されていて、すごい人だ。
急いでる人はレーシングゲームで踏むと加速する装置と同じものだと捉えてるんじゃないかな。
実際に、エスカレーターを歩くと、階段を登るよりも目的地に早く到達できるんですよね。
これは、エスカレーターの速度に自分の歩く速度を足しているからこそ可能になります。階段を登る場合は、自分の速度だけが頼りですからね。
だから、急いでいる人がエスカレーターを歩くのは、合理的な選択なんです。体力を多少消耗するかもしれませんが、時間を大幅に節約できるというメリットがあるからこそ、多くの人が実践しているんでしょう。
つまりそのメリットを減らせば歩かなくなると思って、AIにブレストさせてみた。
====ここから====
今よりもエスカレーターの速度を上げれば、歩かなくても目的地に早く到着できるようになります。そうすれば、歩くメリットが減るかもしれません。ただ、速度が上がりすぎると、高齢者や子供にとっては危険かもしれませんね。
エスカレーターの隣に、より速いエレベーターを設置するのはどうでしょう。急いでいる人は、エレベーターを利用すれば、エスカレーターを歩くより早く目的地に着けるかもしれません。
エスカレーターの横に、ショートカットできる階段を設けるのも一案です。急いでいる人は階段を使えば、エスカレーターを歩くより速く上の階に到達できるでしょう。
イギリスのように歩行禁止ルールを設けつつ、本当に急いでいる人への特例を設けるのも面白いかもしれません。例えば、「急ぎの方は駅員にお申し出ください」といった感じで。でも、これは駅員の判断が難しいですね。
歩行者専用のエスカレーターを別に設置するのはどうでしょう。そうすれば、立っている人と歩行者が分離されて、安全性も確保できます。ただ、設置コストがかかりそうです。
====ここまで====
現実にはこんな取り組みがされてるらしい。