
はてなキーワード:ブランクとは
思ったより良かったわ。
特におまかせ育成がLLMのコーディングを眺めてるのとおんなじで、なんかしっくりくる。ちょくちょく「いや、それはおかしいだろ」ていう動きをするところまでAIそのもの。
3年くらいブランクがあるけどそれも逆に良い。競技場のチームを今のインフラ環境下で育成した子に入れ替えるだけでバンバンランクが上がって石がバカスカ手に入って脳内麻薬が出る。
俺たちが天井叩いてきたサポカたちがタダで使えるのを見た時はヒェ……てなったけど、まあある意味ではまだ現役ということで再活用してる。
思うに前回良くなかったのは対人戦をガチるあまりサポカばっかりひいてたしキャラの能力ばっかり見てたところだ。本来ウマのケツを追っかけて眺めるゲームなんだからそっちを軸足にする。今回はもう完全エンジョイ勢としてキャラの見た目だけで引くか決めてやるぞ。
思ったより良かったわ。
特におまかせ育成がLLMのコーディングを眺めてるのとおんなじで、なんかしっくりくる。ちょくちょく「いや、それはおかしいだろ」ていう動きをするところまでAIそのもの。
3年くらいブランクがあるけどそれも逆に良い。競技場のチームを今のインフラ環境下で育成した子に入れ替えるだけでバンバンランクが上がって石がバカスカ手に入って脳内麻薬が出る。
俺たちが天井叩いてきたサポカたちがタダで使えるのを見た時はヒェ……てなったけど、まあある意味ではまだ現役ということで再活用してる。
思うに前回良くなかったのは対人戦をガチるあまりサポカばっかりひいてたしキャラの能力ばっかり見てたところだ。本来ウマのケツを追っかけて眺めるゲームなんだからそっちを軸足にする。今回はもう完全エンジョイ勢としてキャラの見た目だけで引くか決めてやるぞ。
続き。たぶん1枚めの写真。
なお、内容物については全部を記載していない。目立つチップとか特徴的なコンポーネントを表記している。これは今後も同じ。
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まだ続く、かも知れないけれど明日以降になるかもしれない。
知っての通り最新のFormula-1マシンはグランドエフェクトカーだ。
グランドエフェクトカーは車体の底面と地面との間の空気の流れからダウンフォースを生み出す構造の車を言う。
長い間、Formula-1ではグランドエフェクトの効果はフラットボトム規制により制限を受けていた。
フラットボトム規制とは文字通り車体の底面をフラット(平面)にしなければいけないというルールだ。
しかし2022年よりルールが変更されて車体底面に溝を作ることにより、より強力なダウンフォースが生み出される仕様、グランドエフェクトカーへと進化した。
グランドエフェクトカーは、その特性上、地面と車体底面との距離を出来るだけ接近させることで最大のダウンフォースを生み出すことになる。
ただ、下げれば下げるほどいいというものではない。
知っての通りポーパシングなどの問題が起こるからだが、そのことは一旦置く。
それよりもここで注目したいのは、ブランクの削れ問題に対するトリックについてだ。
それは金属の熱膨張という、ひどく古典的でシンプルな方法を使われる。
と、ここまで書けばもうおわかりだろうから、あとは省略する。
増田は元々MMOが好きだった、いやどちらかというと一緒に協力することが楽しかったんだと思う
ヒカセンしてた頃は零式とか絶とかのエンドコンテンツを楽しんでたけど、オメガをクリアした後くらいで辞めてしまった。
増田はレンジだったけど散々レンジは簡単って言われ続けて萎えた。ならやればいいじゃん。
あとどうせ攻略するなら楽しく進めたい。けどそういう固定に限って同じミスを続ける人が多い気がする。
零式ならいいけど絶だとなー…ってなる。
友達とやればいいじゃんって話だけど、その友達を作ることすら億劫になってる。何喋ればいいのかもうわかんない。
久々に零式やりたい気持ちもなくはないけど、2年くらいブランクあるから今更入れる固定もなく。
戦闘系コンテンツから離れてミラプリやらハウジングやらで自キャラを愛でる楽しみ方もあると思うけど、増田はTシャツジーパンかパーカージーパンでいいやって思うくらい服装がワンパターンだからセンスない。
都市伝説解体センターとか魔法少女ノ魔女裁判とかのストーリーゲーは面白かったな。テンポ良くて。
よく考えたらこれゲームの問題じゃなくて人と関わるかどうかの問題だわ。
小学生の時にミスったら「なんでそんなこともできないの?」って責められた時に近い怖さに近い。
仕方ないから協力する系のゲームはストリーマーの配信見てる。仕事だからギスギスした雰囲気もないし。
けどまたいつか人と一緒に色々やるゲームしたい。
【追記】
今までROM専でここに書くの初めてなんだ、拙い文章で申し訳ない。
【追記2】
思ってたより反応あってびっくりしてる。同じこと思う人いるんだな。なんか安心した。
今は面白かったソロゲーを人に紹介して初見の感想を得ることで正気を保ってるよ。
メンタル的に余裕が出来そうならまた零式やろうかなぁ…見てる分には面白いし
Permalink |記事への反応(13) | 20:55
増田は元々MMOが好きだった、いやどちらかというと一緒に協力することが楽しかったんだと思う
ヒカセンしてた頃は零式とか絶とかのエンドコンテンツを楽しんでたけど、オメガをクリアした後くらいで辞めてしまった。
増田はレンジだったけど散々レンジは簡単って言われ続けて萎えた。ならやればいいじゃん。
あとどうせ攻略するなら楽しく進めたい。けどそういう固定に限って同じミスを続ける人が多い気がする。
零式ならいいけど絶だとなー…ってなる。
友達とやればいいじゃんって話だけど、その友達を作ることすら億劫になってる。何喋ればいいのかもうわかんない。
久々に零式やりたい気持ちもなくはないけど、2年くらいブランクあるから今更入れる固定もなく。
戦闘系コンテンツから離れてミラプリやらハウジングやらで自キャラを愛でる楽しみ方もあると思うけど、増田はTシャツジーパンかパーカージーパンでいいやって思うくらい服装がワンパターンだからセンスない。
都市伝説解体センターとか魔法少女ノ魔女裁判とかのストーリーゲーは面白かったな。テンポ良くて。
よく考えたらこれゲームの問題じゃなくて人と関わるかどうかの問題だわ。
小学生の時にミスったら「なんでそんなこともできないの?」って責められた時に近い怖さに近い。
仕方ないから協力する系のゲームはストリーマーの配信見てる。仕事だからギスギスした雰囲気もないし。
けどまたいつか人と一緒に色々やるゲームしたい。
気になる人がいる。
あまり異性としては気になって無かった。
でも仕事の要件だけで切り上げようとしたら笑って話したそうにしてどことなく甘い雰囲気を出してきたり、
夏の飲み会の時に隣で腕が当たったら素肌同士だからか相手がハッとした顔になった時に
この人は自分のことを気に入ってるかもしれないと思い始めて気になってしまった。
恋愛ブランクがありすぎて勘が鈍りまくってるし、そもそもお互いに進んではいけない立場だから勘を取り戻したとて、どこにも向かうこともできないし。
リアル友達にいったら軽蔑か応援されるかされてしまうからいいたくもない。
1人で抱えるのは苦しいから、早く風化してほしい。
初潮なんてそれまでの短い人生の中では最も印象深い出来事の一つだろうに、全く覚えていない。私はこんな風に、たまに不安になるくらい子供のころのことを覚えていない。
でもまあ、中学の時点では始まっていたと思う。プールの授業を見学していた記憶があるから。
肌が弱かったので、蒸れたり濡れた感じがしたりというのが不快だった。ちなみに神アイテムのウィスパーは1986年に発売され、2018年に販売を終了したらしい。自分で生理用品を買うようになってからはずっと使っていて、でもこの記事にある通り近年はソフィとかの方が快適だったので買ってなかった。長年お世話になりました。
生理痛も出血量もひどい方だったと思う。高校時代、部活のお使いで生理2日目に電車ででかけたとき、あまりに生理痛がひどくてホームでしばらくうずくまっていたのをいまでもよく覚えている。貧血もひどくて、鉄剤を飲んでいたのでいつもお腹が緩かった。
高校時代は水泳部で、タンポンの使い方を覚えた。母親は何も教えてくれなかったので(聞かなかった私も悪いが)、生理関係は水泳部の友達にずいぶんと教わった。
大学時代の生理の思い出は特にないな。ただ、とにかく定期的に来ていたことは覚えている。ほぼぴったり28日周期。1日目が一番生理痛が重く、2日目が出血のピークで5日くらい続く。そんな感じ。生理痛はひどくても薬を飲むのに抵抗があったので我慢していた。いま思えば普通に病院に行って薬をもらっておけばよかったのだけど、自分のその状態が異常だとは思っていなかった。小さいころ薬で蕁麻疹が出たことがあり、よほどのことがない限り薬は飲みたくなかった。いまならためらいなくバファリンを飲む。マジで楽。
生理との付き合い方がガラリと変わったのは30歳直前、海外に出てからである。ある事情で2年ほど海外で過ごすことになり、薬局で普通に売られている低用量ピルを飲んでみることにしたのだ。
いやこれが楽。あり得ないほど楽。いままでの苦しみは何だったのかというくらい楽。血栓のリスクがあるのは分かっていたけど、結局帰国後も個人輸入して飲み続けた。この経験はのちに少しだけ役に立つ。
ピルをやめたきっかけは東日本大震災である。直接の被害はなかったものの家が被災して帰れず、それどころではなくなってしまった。まあ潮時である。
東日本大震災の時は奇しくも生理中で、避難させてもらった親せき宅に着くまで半日ほどナプキンが交換できずに膀胱炎になってしまった。避難先は病院が普通に機能していたので薬を処方してもらえてすぐ治ったものの、被災して膀胱炎に苦しんだ女性も多かったんじゃないだろうか。
ちなみにこのとき私はうつ病の治療中で、抗うつ剤と睡眠導入剤の減薬をしており、抗うつ剤は順調に減らせていたものの眠剤はなかなかやめられなかったが、自宅に帰った数日後にスッパリと辞めた。普通に震度5~6の余震が来るので、眠剤で眠りこけていたら死ぬからである。なによりも、日中気を張りすぎているのか眠剤が効いてくる前に眠れるようになっていた。でも余震が来ると一瞬でぱっちり目を覚ます。いま思い出してもあのころの精神状態は異常だった。
ピルを辞めてからも、生理はきっちり28日周期でやってきて、でも昔ほど生理痛はひどくなく、出血量も減った。ピルの影響なんだろうか。
出産後も割とすぐ生理は戻ってきた。母乳の出が悪く、産後1か月で完ミ(って久しぶりに書いたな!「完全にミルク」の略である)に移行したからだろう。
私はすさまじい産後うつで(そのときのことを増田に書いてバズった。皆さん暖かい言葉をありがとう。元増田は元気だろうか→https://anond.hatelabo.jp/20201012164343)、心療内科での投薬開始と同時に、生理前の気分の落ち込みがひどいということで、今度はちゃんと産婦人科でかつて飲んでいたピルと同じものを処方してもらった。不安なく飲み始められたのは若かりしころの経験のおかげである。ちなみに抗うつ剤も前と同じものを処方してもらった。こちらの方が恩恵がでかい。抗うつ剤は自分に合うものを当てるまでが大変だから(前回大変だったから)。
産後うつは投薬と休養、出産からの時間経過によるホルモンバランスの落ち着きにより2年ほどで寛解し、抗うつ剤ピルともに投薬終了。しばらくはまた規則正しく来ていて、生理痛は重かったり軽かったりだったが、5年くらい前、45歳から、周期が乱れ始めた。しかも、よりによって早い方に、である。
28日周期だったのが、26日、24日、23日・・と早まってきたのだ。普通に生理痛もあり出血量もあるのに、その頻度が増えたということ。おかげで旅行の予定がとても立てづらくなった。勘弁してほしい。
で、突然50日くらい来ないというときも出てきた。ついにあがったか?!と思ったらまた始まる。その繰り返し。若いころなら迷いなく病院に行く周期の乱れ方だが、この歳だと普通にあることなので判断が難しい。長年子宮頸が軽度異形成~異常なしをフラフラしていたので余計に心配だったが、定期検査では特に大きな異常はなかった。
そして、今年の4月26日、前回から21日後というだいぶ早い周期で生理が来て以来、今日まで101日間来ていない。
閉経の定義は、生理が1年間来なかったこと、だそうなので、正確にはまだ閉経とは言えない。ただ、なんとなく体型や気持ちの変化があり、もう来ないような気がしている。
正直、生理が来ないのは楽だ。ナプキンは信じられないほど進化しているとはいえ、不快なものは不快である。生理痛も、薬を飲めば落ち着くものの、ダルさまでは消えない。それがなくなったのだ。
ただ、これからは別の不安におびえることになる。まずは骨粗しょう症である。私はすでに同世代の91%ほどしか骨量がない。そして私の祖母はひどい骨粗しょう症で、90を過ぎて大腿骨を骨折したが骨がもろすぎてレントゲンに写らなくて固定ができず、でも折れた骨がこすれて痛いということで足を切断した。怖くてしょうがない。
ホルモンバランスの乱れというのもある。これは産後うつで嫌というほど感じたやつだ。2回もうつ病に罹っているんだから絶対にリスクが高い。
更年期障害も避けられない。どういう症状が出るかは分からないが、生活に支障をきたすようなのが来ないのを祈るしかない。
そして、いま強く感じているのは確実に死に近づいているという恐怖である。
出産後も感じたことだけど、明らかに生物としての役割を終え、後続に道を譲る時期が来ているのを感じる。
生理だけではない。関節は痛いし老眼は進むし、寿命にはまだあるかもしれないけど体はどんどん衰えていく。
子供を見ていると、年寄りから死んでいくのは全くもって正しいと断言できる。とはいえ死の恐怖が消えるわけではない。
だからいまは、せめて健康寿命を延ばそうと、せっせとストレッチしたり運動したりしている。
若いころからは考えられなかったが、1日に1時間は自分のメンテに当てている。
とりあえず自分の子宮および卵巣お疲れさま。13歳で初潮だとしたら、36年間、ブランクは多少あったもののずっと働いてくれた。こんな風に人生の途中から始まり途中で終わり、かつこれほど長い間続いたものは他にないと思う。無趣味だし。
Permalink |記事への反応(16) | 00:32
「女性の高学歴化と少子化は連動してる」と「高学歴女性ほど子供を産んでる」は、特に矛盾しないんだよな。
だから、高学歴で高収入の人間ほど時間的余裕がある。しかも、ホワイト企業で働けるから、産休育休の制度もあり、安定した大企業なのでブランクがあっても復帰できる。
これは諸外国でも同じ話で、女の子は頑張って学歴を手に入れて安定した会社に入るのが王道ルートです。
で、高学歴の女が結婚するのは、同じ高学歴の男なんですよ。これは別に高学歴を狙ってるわけではなく、青春時代も社会人になってからも周りに高学歴の男しかいないので、そうなるだけです。
日本では、高学歴の男ほど、家事育児に関わる時間が長いです。理由は一緒、労働単価が高く福利厚生がしっかりしてるから、家事育児に関わる余裕がある。
女本人の生活やキャリアパスが安定してて、夫も家事育児に協力的。そりゃ、高学歴の女の方が子供産みますよね。
労働時間が長くブラック企業勤めで、家事や育児をする時間がない。結婚相手の低学歴の男も同じです。低学歴で共働きの男ほど家事をしません。
非正規で福利厚生も特にないから、子供産んで離職せざるを得なく、その途端に人生が詰む。だから子供を産まない。
だって、女の大学進学率が10%とかでしたから、ほとんどが低学歴なんですよ。だから、低学歴女でも高学歴男と結婚できたんです。高学歴男が余ってたから。
あと、女がそもそも就職できなかったってのもある。昔は「家事手伝い」が普通の職業みたいに扱われてましたからね。ただの無職なのにね。ただの無職の女性が当たり前の存在だったってことです。
現代では、高学歴の男は高学歴の女が取っていきます。そして、高学歴の女が増えたということは、その分高学歴の男が減ってるということです。
応用情報技術者試験、高度試験及び情報処理安全確保支援士試験におけるCBT方式での実施について(公開日:2025年8月12日)
社会でのデジタル化の動向を踏まえ、このたび、受験者の負担軽減や利便性向上を目的に、応用情報技術者試験、高度試験及び情報処理安全確保支援士試験の実施方式を見直し、令和8年度(2026年度)に実施する試験からは、ペーパー方式での実施からCBT(Computer Based Testing)方式での実施に移行する予定です。
2019年頃、リスキリングのつもりで基本情報でも受験してみようかと勉強し始めた。
ちょうど今頃の季節だと思う。
一応情報工学科卒だけども異業種に就職したこともあって以降は全く勉強する機会がなくブランクあるので、半年くらい勉強して2020年4月試験を受験するつもりで準備していた。
ところが。
ご存じのとおりコロナ禍のはじまりはじまりな時勢になり試験も中止。10月試験も申し込むもそれも中止。
あの頃はコロナの出口が見えなくていつ受験できるのかがまったくわからなかった。
過去問を解く限りではギリギリではあるけど合格圏内には達していたので、思い切って応用情報技術者を目指す方向に転換。
2022年になり、コロナ対策厳戒態勢下ではあるものの、試験は実施されることになって春期試験に申し込み(ちなみにこの年から基本情報技術者試験はCBT方式に移行された)。
ところが自分が住んでいるところがあまりにも田舎すぎて、公共交通機関では本番当日の試験開始時間までに行きつく術がないことに愕然。
その受験会場には徒歩15分あたりに駐車場無料の格安ビジネスホテルがあって、前日にチェックインして当日はマイカーを試験が終わるまで置いておけてとても使い勝手がよかった。
前日の夕方5時くらいにチェックインして、ホテル周辺にある大衆チェーン飲食店で独り決起集会を開いた。
うつらうつらしながら深夜のテレ東のアニメみて、0時ごろに就寝。
合間に1時間休憩あるとはいいながら、昼休み終了20分前には着席待機という謎の儀式を強いられて実質40分あるかないかで昼飯なんてうかうか食ってられないから朝に溜め食いしてた。
たまたま母校が試験会場になってて、すごくノスタルジックな気分になりながら受験した。
そこそこ歳いってからのリスキリングだったから、終わるころには体中バッキバキ。
大学によくある、椅子と背もたれと机が一体になったアレって中年オジサンには拷問具だったんだね、若いときにはそんなこと全く思わなかった。
その後は応用情報ドットコムで受験者の悲喜こもごもを一当事者として閲覧。
落ちるたびに上記を繰り返してたんだけど、思い返せば楽しかったなぁ。
CBTなら住んでる田舎町でも受けることができる。
情報セキュリティマネジメント試験、ITパスポート試験、基本情報技術者試験はCBTで受けたからね。
だからもう、あのルーティンは来年からはする必要なくなるんだ。
司法試験がCBTに移行するって聞いた時から、たぶんそう遠くないうちに情報処理技術者試験も全区分そうなるだろうなぁとは思っていたけど、案外すぐだった。
なんか、寂しいな。
今度の10月にデータベーススペシャリスト試験を、いつもの隣県の試験会場で受験する。
ああ、これが最後なのかぁ。
しっかりかみしめて受験してこようと思う。