
はてなキーワード:ハハハとは
自分は見分けつかない、と思う。そもそも見て区別つくのかどうかすらわからない。(詳しい人なら見るだけでわかるもんなんですか?)本物なんて見たことない…と思ったが警察官が腰から下げてるのはあれ本物か。それなら見たことあるけど、ホルダーに入ってるから中身は見たことはない。さすがに百均で売ってるような派手な色のプラの水鉄砲くらいなら「偽物だ」ってわかるんだけどね。モデルガンと本物を手に取らずに遠目にぱっと見ただけで見分ける方法があるのなら教えてほしい。
で、仮に自分が配達の仕事しているとして、配達先の家主がピストルを玄関から見えるところに置いていたら死ぬほどビビるけど一応平静を装って一切ピストルのことには触れないようにして無事に生きて帰れることを願うだろう。もし家主がこれみよがしにピストルをいじったり(手でも口頭でも)したら「わーすごいですねー」くらいは言うかもしれない。「ハハハ、モデルガンだよ」と言われても念のため通報はするかもしれない。こちらには見た目でどっちかなんてわからないし本物だった時に大変なことになる。「銃を見たな」と後から命狙われちゃうかもしれないんだしさ。
大学生以降にできた恋人とはだいたいセックスしてるのが大前提じゃん。
あんまり深く考えないようにしてたけどさ、大人になってから付き合ってるだの結婚してるだの言ってる相手とはセックスしてるんだよね。
親公認の恋人と付き合ってて、週末は相手の家の方まで遊びに行くのをここ一年くらいやってるんだけど
父親が彼氏の話題をする度に、全然下の話とかはしないんだけど、ふと罪悪感に似た気持ちを抱いてしまう。
いやもう父親も分かってんだろうな、その上で織り込み済みなんだろうな、うちらがセックスしてるの、って思う。
まあ別に一定年齢超えたら生活の一部というか、挨拶と抱擁の延長線上の話になってくるわけで、全然悪いことをしているわけではないんだけども。
いやでも、なんていうか、10代から20代にかけての価値観の転換、劇的すぎる。
セックスが言ってはならない言葉・禁忌から面白エロワードになり、真剣に考えるべき問題になってから日常生活の延長線上の出来事になるまで、わずか10年と幾余年。
あなたには早すぎる行為から、孫を見るためにやってもらわないと困る行為になるまで、10年足らず。
人生の序盤、目まぐるしすぎる。
でもうっすらなりともそう思われてるのは嫌!特に異性の親にそう思われるのは!
私をそういうことを含めた存在だと思わないで!ってなる。
だから父親が彼氏のことを話題にすると、ちょっとギクッとなる。
そう思うってだけです。
まあでもすごいよな。
父と母も間違いなくセックスしてるんだもんな。
父はセックスのメタファーとセックスのメタファーについて話してるに過ぎないわけだ。
そう思うと恥じることなんてないのか?
どうせ父は娘と恋人の交際状況なんてお見通しだろうしな!ハハハ!
何故か父とは無理。
Permalink |記事への反応(21) | 23:23
3歳まで猶予を与えようよ。
可哀想だよ。
逆子で生まれて脳性まひになっても、「はいもうタイムリミット切れです!日本の法律はお前を救いません!地獄の80年をお楽しみ下さい!ゲハハハハハハアハh」は残酷すぎないか?
3歳までは中絶として認めよう?
それが人の道だ。
想像してご覧。もし君が生まれついての脳性まひで、親のメンツを守るために死ぬことさえ認められず、ふと気づけば成人を終え、それでも続く地獄、振り返えれど思うことは「早く死んでいれば」という後悔。
そんな君の死を望む気持ちを親はいつまでも妨害し、そんな君のちゃんと生きたいと探る道を社会が根絶する。
八方塞がりの無間地獄の中で、何故生まれてきたのかと日々後悔し続ける。
親は遠い目で君に「早く死ねよ」と語りかけ、そうでありながら君の飛び降りや首吊りを見るや死に物狂いで止めにかかるのだ。
出産後の中絶を一切認めない社会は、世界に地獄を広げんと努めるに等しいだろう。
3歳までは死を許して欲しい。
せめて1歳。
せめて半年。
出産というクソデカリスクが残っているのに平然と「ここまで大きくなったらもう中絶は無理ですよ。もしやったらお前は人殺し!死ね!」と語ることのどこに正義がある?
国力増強の手段でしか無かった頃のキリスト教が利益のために経典に加えただけの下心まみれの正義をいちいち守るな。
本当の正義を守ってほしい
日常の中で笑うことはそれなりにあるし、ありがたいことに笑顔の多い日常を送れていると思う。
でも、昔はもっとギャハハハハと大笑いすることがもっとあったはずだ。
何をすればいいのか、教えてほしい。
M1とか見てみても、なんかよくわかんないなという感じが強い。
もともとだらしないというか、眼の前にものが並んでないと落ち着かないタイプだった。
それが結婚を期に、というか妻から色々と言われるようになって、収納ということを考えるようになった。
最初はそのほうが身の回りにものも少なくていいなーって自分でも思っていたんだけど、最近になってとある弊害に気がついた。
仕舞ってあると、そのものが頭の中でいつの間にか「ないもの」という扱いになってしまう。
その結果、過去に買ったにも関わらず新しいものが発売されると「あー、これほしかったやつだ」ってすぐに買ってしまう。
全く同じものだったら「過去に購入しました」みたいな注意書きが出てくれることはあるんだけど(それでも持ってたっけ?ってなる)、新しいものだと当然それが出ないので買ってしまう。
で、さらに困るのが、買った直後はそれに気が付かず、ちょっとつかわなくなったから仕舞おうかなって片付けようとすると、そこから古いものが出てきたりする。
それで似たようなもの2つを前にして、どうしたものかと腕を組む。
まあ、大体ゲームかパソコン関連。大した金額じゃないといえばそれまでなんだけど、やっぱりもったいないのはもったいない。
コントローラーなんて嘘くさく思うかもしれないけど、今使っているものに不満を感じると別のものを使いはじめて、それでまた別のものをってやっているうちに最初に使ってたもののマイナーチェンジが発売されて買い直してしまったりする。
人間面白いもので、何を使っていたかは忘れているけど、古いやつをしまおうかなって思って収納を開くと大体そこに入ってるんだよね。
それでまたやってしまったって気づくのだけど、どこに何がはいっているかがわかっているわけではなくて、毎回はじめて片付ける気持ちでそれにふさわしい収納を開こうとするとそこに入ってることがほとんど。
なのでコントローラーを見つけられたからってイヤホンが見つけられるわけではない。
そんな話を妻にしたところ、聞く耳持たない感じで「アハハハ。だったら私は何人目だろうね」と軽く笑い飛ばしていた。
俺もそれに合わせてアハハなんて笑いながら妻の顔をみたらどうも目だけが笑ってない。
そりゃ呆れられて当然だよなって思いながらも、ちょっと腹が立ったからか俺がこいつを要らなくなったらどこに片付けるんだろうねなんてことを考えてしまった。
そんなこと考えながら風呂に入ってるとき、ふと気になったので窓から隣家との間にある狭い通路みたいな部分を覗き込んでみた。
そしたら給湯器の下ぐらいの部分だけ、ちょうど長さ2メートルくらい周りより窪んでることに気がついた。
まさかなーなんて思いながら反対の玄関側に顔をかしげてみたら、すっごいニコニコした顔で玄関の外から妻がこっち見てやんの。
なんだよ。妻もおなじようなことで悩んでたんじゃんね。