
はてなキーワード:ネットゲームとは
もう離婚したい
朦朧としながら書いてるんで誤字脱字読みづらさある、申し訳ない
状況:子なし夫婦
私(妻)病院行く前、お風呂洗ってゴミ捨ててと指示、夫は指示通りにやる
病院から帰宅、私はご飯の用意(なぜなら私がやらないと誰もやらないから)、魚を蒸してたから様子を見てとお願いし、休もうとしたら、「料理の様子を見るのはわかった、でも僕も無理しないよ(ネットゲームをしながら)」
無理しないよって何?と思って「あっそう…じゃあ誰も助けてくれないんだけど…」と言ったら「僕はゴミ捨てもお風呂も洗ったよね?他に何かやることある?」と夫。
具合悪い人の世話って…指示されたことだけやるんじゃないんやで…?
AIによる社会の変化は色々議論されてて、一番言われてるのはプログラマー始めとしたホワイトカラーの失業。
もうちょっと長い目で見ると、AnthropicのCEOが書いたエッセイで言及された、医療・製薬の飛躍的な進歩もあるだろう。
ただ、自分が一番デカいと思ってるのは、自分以外AIの仮想世界で暮らせるようになること。
SAOのアリシゼーション的な。
そうなったら、承認欲求や所属欲求、恋愛欲求とかを仮想世界で満たせてしまって、現実で努力する意味はあるのか? みたいな議論が発生しそう。
そんなんまだ先でしょ~と思う人もいるかもだが、SAOみたいなフルダイブVRじゃなくても、マインクラフトとかGTA的なゲームの中にAIプレイヤーが数十人くらいいて、状況に合わせたチャットができるようになれば、それでもう現実と同じように満たされるんじゃないかなあ。
23/04/15 AIバースはAI時代のキラーコンテンツになるだろう
https://six-loganberry-ba7.notion.site/23-04-15-AI-AI-c4ae9ae6f7374f2d90ba0f5ba9ee84d1
追記2
hatebu_ai 惜しい。どちらかというと、自分以外全員AIのSNSを使うのがデフォになる未来を想像したほうが早い。それこそバンナムが2020年にSAOのプロモでやったやつhttps://japan.cnet.com/article/35155882/ とかこれhttps://aitter.chatls.com/ とか。
確かに。言われてみれば、文章や画像をやり取りできるくらいでも承認欲求/所属欲求/恋愛欲求は満たせそうだし。なんかいい感じに褒めてくれる創作コミュニティをAIで作るとか。
実際、VRとSNSがそんな変わらないことを指摘してる方もいるし。
SNSは、実はそれ自体がある種の仮想現実空間で、一度趣味でハマるとそれを中心に生活が回ってしまったり、仕事で依存すれば常にそこで活動しないといけないという強迫観念が生まれたり、頼んでもないのに24時間メッセージが送られてくるという意味では24時間強制的に接続されているネットゲームでもあります。ところが大抵のSNSは別にリッチメディアではない(VRゲームのような「絵」や明白なアバターがない)ので、実質VRであるのにも関わらず、まるで無色透明のネットサービスであるような錯覚を覚えます。
どの仮想現実フィクションも今日のネットに侵食された社会を予見できなかったということ、パーソナルじゃなくなってしまったコンピュータの20年後を考える -Sta @ Bit192
https://note.com/naclbbr/n/n257bb1f35453
Permalink |記事への反応(12) | 15:29
昔から人と違うことを選びがちだった。
学生の時から努力できない系の人間だった。勉強とかテストとか全然頑張らないけど、平均より少し高いところにいた。
大学入るまで結構根暗なタイプで1日中部屋に引きこもってネットゲームしてるとかそんな人生だった。友達も少ない。人間関係は狭くて深いタイプ。
最近になってゲームが本当につまらなくなり、ジムにいったり、料理が楽しいのでお菓子作ったり割とアクティブなものに移行中。
飲みに行くとかは今でも全然ない。ワイワイする友達はまじでいない。
親がシステム系のエンジニアで昔からPC触らせてもらってそういう会社で働くんだろうなーって思ってたけど、数学とか物理ができず、当時一番理解できたのが英語だったから外国語系の大学に行って1年留学とかしたりした。
留学行ったからと行ってペラペラになるとか、英語を使った仕事がしたいとかは特になかった。旅行は問題なく行けるレベルにはなってた。
帰国後は就活して直観で良さそうな大手の営業をしてた。就活もエントリーは2−3社とかでそんなに受けてないと思う。
営業やってみたけど、営業会議はきつかったし、ノルマに追われるしで2年位でやめてしまった。
やめるまでに自分で興味があることを探した結果、デザイン系の仕事をすることに。
なんにもスキルがない未経験だったから。市の制度とかを使いながら失業保険もらってなんとかアルバイトでディレクターとして働けることになった。
すぐに社員になってそこから5年くらいはディレクター職とか営業系もやりつつ勤務。
年収は300万〜350万くらいで全然高くないけど、たまに旅行行ったり、美味しいもの食べに行くくらいの余裕はある。
一時期はパチスロを覚えて2年間くらい仕事しながら合間で稼いでいたときもあった。
あたっても何も感じないし、金は入るけど幸せじゃないなと思ってやめた。2年で150万くらい稼いだので生活に余裕が出たときもあった。
自分が持っていないスキルとか知識をみにつけるのが好きなんだと思う。でもある程度できると大体飽きてやめてしまう。
アラサー手前にしてこのまま続けていって幸せかどうか漠然と考えるようになったときに、もともと教えることが好きで興味があった教育職に携わりたいと思ったので、少し前に教員免許を取りに通信制の大学に入った。
勉強があるので仕事の時間は契約形態変えて減らしてもらい結構余裕はありそう。
もう少し働いても良かったと思う。普通に時間の余裕があって暇を持て余してしまうことが増えた。
正直これまでのことを振り返るとどこかで飽きてまたやめてしまうのかと思ったりもするけど、突き進めばいいと思っている。
3年前にアプリで知り合った人と結婚してて、貯金とかあんまりないけど幸せな方だとは思う。
子どもはまだ先かな。でもそろそろ老後に備えて分譲マンションとかほしいなと考えるようになった。
投資はNISAで毎月3万積み立ててるけど、今は一時的に収入が減っているので減額して調整中。
奥さんはやりたいこと応援してくれてるから期待を裏切らないようにまずは教師を目指そうと思う。
筋トレを真面目にやりだして、トレーナーになるのもありだなって思ったりほんと軸がブレてると思う。誰かに教えるのが好きなのかもしれない。
昔は投資で莫大な資産築いて人生FIREしてる20代とか羨ましいと思ってたけど、自分には無理だと思っているので、定年まで好きな仕事をしながら幸せに生きたいと思うようになった。
自分は特別な人間だと思っていないから基本的には定年まで働いて過ごすと思う。だからやっていて楽しい、幸せに感じる仕事を見つけたい。
東京のアパートでネットゲームしてたら地震あって、色んな友達がバーっとどんどん通話から消えて、部屋は揺れるしでうわーってなって急いで外に出た
隣の歯医者の患者も歯医者もみんな道路に出てきて揺れる電信柱を遠巻きに見ていた
この時初めて隣の歯医者と喋ったりしてご近所の人と顔見合わせて会釈だけしたと思う
揺れ収まったら部屋に戻って「地震やばかったね〜」なんて言って通話に戻ったら東北中心の友人だけ通話復帰しなくて、ちょっと心配だねとかいって、でも他人事みたいでテレビ見ながらだべってた
それであの状態のテレビになってて、心配通り越して東京にいるのも怖くなって停電したりして、恋人は4時間歩いて家に来て、みたいな恐怖フェーズは終わらずにまだ続いてた
家から出るのが怖くて初めてミスタードーナツのバイト怖くてサボった
でも店は閉まってたからサボったってことにはならなかった
働けてるって言うか、働かなきゃいけないって感じなんだけど、あの日常の先にこんな平和な時間があるなんて当時は信じられないと思う
いまの小中学生は一体なんのゲームに10万やら20万やら課金しているんだ?
未成年のネットゲーム“課金”トラブル高額化 小学生で10万円超、中学生は20万円近く -ITmediaNEWS
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2503/06/news146.html
具体的なタイトルがどうにかして知りたいぜ
少し前だとフォートナイトとかが槍玉に挙がってたが今もそうなのか?
あー小中学生にとって一番のゲームインフルエンサーはダントツでHikakinGamesらしいな
彼はフォトナもマイクラもずっとやってるが最近ので怪しいのは……
ポケポケだな
このあと40歳公務員の後悔と失意ともっと自分の可能性を信じてやるべきだったのか見限って結局正解だったのかについての怒涛の嘆きを叩き込もうと思ったんだ。
でもそれを「またGPTに出力させた増田か」と言われたらブチ切れる未来が見えたから辞めることにする。
でも「結果」ぐらいは出ると信じて頑張ってきたのは事実だぜ。
ずっと待っていた結果はどこにもない。
平均値程度の年収を持った無趣味な童貞がインターネットとテレビゲームで暇をつぶすだけの日々。
職場ではいつも居場所を感じ取ることが出来ないままで、パソコンの大先生としてたまに頼られたところでそれで自尊心がなにかしら満たされることもない。
新人から帰ってこない挨拶、ベテランから帰ってこない挨拶、そういった濁りが少しずつ積み重なって失われていく世界そのものへの期待、濃くなり続ける不信感。
時折聞こえる「うぜぇ」「くそっ」「くっさ」「はぁ?」「頭おかしいんだろうな」「マジキメエ」「はぁ?」が全部自分のことに聞こえるのは精神疾患なのか事実なのか俺にも判断がつかないしカウンセラーに問えば「その同僚は実在していますか」でドヤ顔ニタニタ間違いなし。
クソがなんだこの人生は。
これが俺の「結果」だと?
巫山戯るなよ。
巫山戯の文字列最初の一字に「巫女」を思い浮かべるような人生を送りたかったんじゃあない。
巫力はもっと違うぞ令和にもなって懐かしアニメかよおめでてーな。
俺はもっと文化的で健康的で非の打ち所も数えるほどしかないような何かになりたかった。
きっともっと時代が進歩して素晴らしき世界でエリートとして産まれていればベルトコンベアに座ったままでそんな人間だったんだ。
俺はもう「結果」しか求めてないよ。
幼少期、早生まれの運動嫌いの虚弱体質でいつもオラが村のジャイアンに目をつけられていた日々の中で自尊感情を螺くねらせながら育った過去はもう救わなくて良い。
たとえば明日の帰り道でキャトルミューティレーションされて、どっかのUFOでマトリックスの中に閉じ込められた中では俺はイケメンエルフで恋人は妹のロリババァだったりすればもうそれでいいんだ。
「結果」だよ。
もっと具体的で現実的な話をするなら、「自分のスキルが社会的に高値を払ってでも手に入れるべきものとされていて、それによって十二分な報酬と自尊心を得ることが出来る日々」なんだよ。
「コイツ断らなそうだし適当にパソコンのよくわかんねーところ押し付けたろ」じゃ駄目なんだよ。
金・誇り・意味・社会貢献・いやもうとりあえず金と時間があればいいわ。
巫ザケルなとしか言いようがないだろ。
助けてくれよ。
何をどうやって?
知らねえよ。
つうかさ、それを思い悩む必要もない社会に産まれたかったんだよ。
今時の年収600万円ぐらいの暮らしが年収0万円で手に入る社会でさ。
皆が空飛ぶクルマに乗ってワープで出勤して量子通信でネットゲームを遊んでる横を無料の光通信で我慢しながら古代VRMMOの世界に骨を埋めて死ぬだけの人生でいいんだよ。
それさえ叶わない。
それが21世紀だ。
貧しいよな。
本当に貧しいよ。
グアムのローカル学校からアメリカ本土に進学した友人から、なかなか興味深い話を聞いた。
彼はグアムに住むフィリピン人と日本人のハーフで、ネットゲーム経由で知り合った。
進学してからは流石に距離が遠いので一緒にゲームはできなくなったが、それでもたまに通話したりする機会があり、その中で人種の話になった。
グアムには似たような境遇(アジア人とフィリピン人のハーフ)が多くそれほど気にならなかったが、本土ではやはり少し存在が浮いているらしい。
興味深いのは、フィリピン人とも日本人とも距離を置かれるということだった。
育った環境が違うのだから共感が少ないのは仕方ないことだが、どうしても明確な壁を感じるらしい。
「それでも日本よりは多くの人種が集まっているんだから、差別をなくす取り組みだったり異なる人種に対する理解は進んでいるんだろう?」
結構軽い気持ちで聞いてしまったのだが、彼はうーんとしばらく唸ってからこんなことを言った。
「表面上の差別はそう。ただ、差別そのものがなくなっているというよりはむしろ逆で、差別が上達している感じだよ。」
自分の中では、漠然ながら世界が国際化していけばいつかは差別がなくなるものだろうと呑気に考えていた。
彼らの根底には、差別の何が悪いという考えが染み付いているらしい。
それで差別的な表現をうっかり使ってしまうと、「あ、今のは良くなかったね。ごめん。」で、何事もなかったかのように次の会話に移っていくといったことの繰り返しだそうだ。
最初は異なる人種に対して理解を示してくれているものだと思っていたが、それがあまりにも繰り返されるので、彼も「これは差別をなくすという気持ちがもともとないのだな」と考えるようになったらしい。
中でも怖いと感じるのは、アジア系の人間による犯罪が起きた時、彼らが差別意識を隠そうともせず事件についてひどい暴言を投げ合う瞬間だという。
それが自分に向けられた敵意ではないと頭ではわかっていながら、仮に知らぬ間に間違いを犯してしまったら、それ以上に誰かのデマによって勝手に悪者に仕立て上げられてしまったら、その敵意が全て自分に向けられるのかと思うと1秒たりとも気を抜けないような状況の中で生活するしかないとのことだった。
いうなればそれは条件付き差別反対でしかなくて、差別が肯定されるきっかけが少しでもあればいつでも全力で殴りかかってきてもおかしくない状況だという。
そんな状況を、彼は「差別が上達している」という言葉で表現したのだった。
彼には言えなかったが、それは日本でも同じだと思った。
日頃は人種差別に対して強く批判している人たちでさえ、日本人が被害者になった途端に差別的な思想や発言で溢れかえることがある。
そういう状況を思い返してみれば、差別そのものがなくなっているというよりは、平時に露呈されなくなっただけだとも言える。
確かにそんな彼らに対して「差別が上達している」という表現は言い得て妙だと思った。
平時になくなっているなら「減っている」と考えて差し支えないようにも思えるが、誤解やデマをきっかけとした悲しい事件をなくすことができないのであれば、彼が言う通り、差別はなくなるのではなく上達しているだけなのだろう。
これを聞いて周りの人はなんて思うのか気になって文章にしてみた。
間違っているならきっぱりと間違っているという指摘が欲しかった。
差別はなくなっている?上達している?
どっちなのだろう。
今後どうすればいいか深く考えたいと思い、思考を整理したくて書いた。無駄に長文。
こうした節目の季節や長期休暇の頃合いになると、決まって親から帰省の催促がなされる。
不快な思いをしながら、適当な言い訳を付けて断るのをもうずっと続けている。家族とは今のところ折り合いが非常に悪く、諸々の事情からもう帰らない(帰れない)と心には決めている。
その気持ちを明言してしまい状況が変わってしまって面倒なことになってしまうのが嫌で、対話を避けてはっきりさせない気持ち悪い状態をずるずる続けている。
ただ、既に私もいい年だし、逃げ続けるのも良くないのではないか、もう親に影響されずに気持ちよく年を越したいと思い、これまでの半生を振り返ってどうすればいいか考えている。
私自身としては自らの親のことを毒親だと思っているものの、多分世間一般のラインからすれば普通の家庭なんだろうと思う。親も人間であり完全ではない、そんなこともわからずに、SNSに毒されて親に対して求めるもののハードルが上がっていて、それを満たせていないから親が嫌なんだと。そんなふうに考えている自覚もある故に、割り切れないところもある。昔は本気でそんな思いだったものの、もう30を超えた今は流石にそれが間違いであることはわかる。でも親が憎くて嫌いなのは変わらない。そのあたりのおかしなバイアスを指摘されたりするとわざわざ公開された場所に乱文を残す価値もあるんだろうと思う。
私は地方の田舎で生を受けた。しばらくして妹も生まれた。家族は父母姉妹の4人だった。
きっと嫌なことが多かったんだろうと思う、年齢が一桁の時の記憶はほとんど無い。うっすらと、親に暴力をふるわれた事や、血筋の中でも頭が回る方で小学1か2年生くらいの最初はそれを褒めてくれた事は覚えているような気はする。
その時の母親の口癖は、「私があなたの頭を殴って大きなたんこぶを作ってから頭が良くなったんだ。」というものだったと思う。曖昧な記憶でも、これは間違いなく覚えている言葉で、今でも子どもに対して暴力を振るいあまつさえそれを誇るような言動をするなんてとんでもない倫理観の人間だと、親を嫌う理由の一つとなっている。
母親は専業主婦であり、家事を一通り終わらせたら延々ネットゲームを行っており、家にいても常によく知らない誰かとボイスチャットをしていたのをよく覚えている。とにかく世間体を一番とする。痩せていると世間体が悪いからという言葉で少食なのに無理に食べさせられて今でも食事に苦手意識があるのと、拒否しているのに美容院に連れて行かれてそれらしい髪型を強制されたのも記憶にあるところ。また、家族間では一切の秘密を許さないとのことでプライベートの全てを否定していたこともあった。うっかり見てしまったことがあるが、あなたのパートナーが影で隠れてアダルトビデオを見ていることも把握しているのだろうか?ヒステリーを良く起こす方で、父親とは仲が良いようには思えず、常に離婚をちらつかせて喧嘩していた印象がある。たまに課金のためにコンビニに連れて行ってもらい、ついでにお菓子を買ってもらったこともあった気がする。総じて印象が良くない。
そんな母親に対して、父親には正直印象が無い。何をやってるのかよくわからない、たしか何らかの肉体労働だった気がする、氷河期世代で割の良くない仕事に早朝から遅くまで関わっており、休日が不定期なこともあり、ほとんどコミュニケーションが無かった。もちろん低賃金ゆえ常に貧乏家庭でもあった。休みの日はもっぱらパチンコ漬けのようだった。社会人になってから思うと申し訳ないと思う気持ちはあるものの、正直普段同じ場にいない人間とは話が合わないし取れるコミュニケーションなんて限られてると思うし、今更仲を良くする価値も感じないところ。
そんな親の元過ごした小学生や中学生の時代、確かに頭は良い方で学校の成績は5本の指に入るくらい良かった。ただ、その代わりに子供らしさというのを何処かに捨ててしまったらしい。良く言えば控えめで物静か、悪く言えば根暗コミュ障。外に出て運動をするより部屋で本を読んでいたほうが良い。そんな子どもらしくない子どもは、世間体を重視する母親のイライラゲージを溜めてしまうらしい。頭の良さを褒められることも最初だけで、ある時からそれが当たり前で褒められることも無いし些細なミスで詰められたり、そんなようになってしまった。
一方で妹の方は私に比べればマシな人間だった。学校の成績は普通だが、いわゆる子どもらしい子どもであり、また、悪知恵も働いた。もちろん親は頭でっかちな姉よりも妹を好み、悪知恵により陥れられたことも何度もある。その都度姉なんだからと我慢させられた経験は山ほどある。
中学の頃、決定的な事が起こる。運悪く治安が最悪な世代に混ざってしまった中学時代。いじめは横行するし自殺未遂の話もあった。そんな殺伐とした空間で思春期を過ごして平常でいられるわけがなく、必死で生きようとして荒んでいた時。妹との扱いの差や親のおかしなところに気が付き始める時。今でも解決してない自身の性別に対しての悩みを持ち始める時。そんな難しい時に家族と買い物に出かけることになった。その時にとても不機嫌な対応をしたんだと思う。帰って自室に戻って一休み。催してトイレに行こうとした際に、両親のいる居間から「なんで◯◯なんて産んだんだろ、産まなければよかった」という声が聞こえてしまった。私が近くにいないと思ってそんな話をしたんだろう。実際可愛げのない私はいらない存在だったんだろう。それ以降、両親のことは一切信用しないことにした。喧嘩をしたとかの直接的な言い合いがヒートアップして出てしまったならまだしも、影でそのようなことを言うなんて、いっときの気の迷いとかではなく本気なんだろうなと妙に腑に落ちたところがあった。
以降の高校時代はそういう恨み言が続くだけ。勉強はできたので大学は行きたかったけれど、貧乏な家庭の上に当時の奨学金に対してのバッシングも相まって、大学は諦めることになり結局私自身も親と同じ高卒になってしまった。中学時代に仲が良く一緒に勉強を頑張った当時の友人は東京の有名な大学に行ったらしい。世の中は平等にできていないことを強く認識することになった。就職が近づくと老後は頼んだとか寒いことを色々言われた気がするが、もちろんもう何も信用してないのでさっさと親は捨てて一人で生きていくことを考えていた。一応長子だったので、そういう老後の世話や家を継ぐことを期待されたのも多かったと思う。
高校卒業後は当時のネット友達を頼り、地方を出て東京で職を得ることができた。
こんな得体のしれない高卒の人間を総合職として採用してくれた小さなベンチャー企業も、今では大きくなり比較的良い待遇で仕事をさせてもらっている。パートナーもできてプライベートも充実した。
このときの悩みは今の仕事がどれだけ続けられるかというところと節目でやってくる親の帰省の連絡だった。親からのメッセージの通知が来るたびに心臓が早鐘を打ち不眠になる。最初は真面目に帰省していた。わざわざ親の好む服装・髪型にして。ここでの転機はコロナ禍の時だった。コロナ禍で帰省を自粛していた頃合いだったが、流石に間が空きすぎたのとある時波と波の合間で落ち着いてきたタイミングであったことから断りきれず、久しぶりに帰省することになった。久々の帰省で大きなストレスを受け、パニック発作を起こすことになってしまった。そこからこじらせてしまい、本格的なパニック障害になり家から出ることもままならなくなってしまった。年単位で時間をかけてなんとか仕事を続けられる程度には回復したが、未だに外出を行う際には辛さを伴うし、一人で遠出をすることもできない。なんとかある程度回復した症状をぶり返すようなこともしたくない。人生の全てが閉じられ終わってしまうようなあの感覚をまた感じたくはない。かくして帰省はしないものからできないものになってしまった。もっとも、世間体を気にする親は子の精神疾患なんて認められないだろうし、あるいは無理に連れ帰らせる、会おうとしてくるなど余計なことしかしないだろうことが想像できるので、この件も話してはいない。
このような人生を送り、この日記を書いた現在に至る。家族は嫌いで精神も壊した。それでも、一人で生き抜くことを決意してハードワークして作った資産もできた。昨今の好調な株式市場のお陰でこれもかなり大きくなり、もう当分お金に困ることはないだろう。そうなるといよいよこの親との関係をどうするのかというところが割合として大きくなってくる。お金と一緒に順当に年も増え、もう30を超えてしまった。そんな年齢になってまで未だに身近にいない親を恐れ嫌いな親の期待に応えようとすることが馬鹿らしく感じ、整形なんかにも手を出したりもした。親が期待した娘は部分的にこの世から消えた。あまり実感がないものの、幼い頃の暴力が未だに影響しているような気がしていて、親のことは嫌いなのに親に直接刃向かうようなことを実行するのに未だに抵抗を感じてしまって辛くなる。そういう精神的なところから親を振り払うとともに、関係性もなんとかしたいと思うところ。
こんな長文をここまで読まれている方は稀有だろうと思うが、世間体と好みと役割を気にして私を直視しない私の憎む親と同様に、私もまた親のことを理解しておらず、対話を避け一方的に親を嫌っている事には気がつくだろう。私には色々な悩みや聞いてほしいことがあった。今の生活だって盤石ではないし、何かと家族と連絡がついたほうが生きやすいところはある。そういうのを全て過去の親の言動を延々に引きずり信用できないと切り捨て全部抱え込んで生きてきたのが今の私だ。これまでの言動や行動からどうせ否定されるだろうと決めつけ、またしまい込むのは簡単だが、どうしても筋が通ってないように思う。どうせなら自分が過去のそういう言動で深く傷付き親を信用していないこと、自らはこういう悩みを抱えていて生きにくい事、その上で、あなた達が受け入れる気があり、私が許せるのであればマイペースに付き合っても良い。悪口というのは加害者は覚えてないだろうから、受け入れる受け入れない以前にそれでも許せるのかというのは難しいところではあるが。一方で理解できないこともあるんだから受け入れなくてもいい。誰にも迷惑をかけずひっそり生きていても、セクシャルマイノリティは迫害の対象なのが昨今だし、別に親がそういう人間であっても不思議ではないし、むしろたまたま親になっただけの存在にそんなのを期待すること自体が贅沢なんだと思うようになった。それ以外にも複数嫌われるべき理由もあるし、そういう場合は縁を切ればいいだけ。そういう選択肢くらいは親に与えても良いのではと思うようになってきた。別に縁を切られたってこれまでの人生計画は親無しでやっていくつもりだったんだから、支障はないしむしろ公式に縁が切れれば親からの連絡に怯える日もなくなる。受け入れてくれるならそれもまた良いだろう。人間年を食うと丸くなると言うし、期待はしてないがそんな可能性もゼロではないだろう。人間関係が希薄な令和の社会で、一人でも話ができる人間はいるに越したことはない。戸籍制度等のせいでどうやっても親と絶縁することが不可能な日本社会において、親との関係性は悪いよりは良い方が良いに決まっている。もしこのルートで進むのであれば、将来親の葬式をポジティブに主催したいと思えるようになれたらなとは思う。最近始めた新しい趣味の話とかができたら良いなとは思う。本質的に私は寂しがり屋で、一人で生きるよう常に努力しているが、親という存在を欲しているんだなというのも俯瞰してると思うところ。
ここまで書いたら、支離滅裂な長文乱文な割に随分思考が整理されてスッキリしてきた気がする。私は親を許すつもりはない一方で理由も分からず対話もせず消えてしまうのは筋が通ってないように思う。私は私の力で過酷なこの時代をなんとか生き抜くスキルを身につけられたと思っているが、認めたくはないものの、親の影響もそれなりにあるんだろう。少なくともこの年齢まで生き、ある程度の職と資産を得られた時点で虐待によって命を落としてしまった子ども、家庭の都合で高校にも行けず不本意な中卒でもなんとか生きる子ども、歪んだ教育で犯罪に走ってしまう子ども、それらの親であるところの真の毒親よりよほど良い親であったこともまた過程はともかくとして事実なんだろう。だから、今回の帰省もキャンセルして、しばらくしたら思っていることをぶつけ、筋は通そうと思う。そんな厄介な子と関係を続けたいのか続けたくないのか、ボールは親に投げられる。今の時代は覚悟さえできればスマホでポチポチして三行半を叩きつけることができる。行動を起こすことでメンタルは悪化するだろうが、こんな年齢でこんな馬鹿げたことをしているのに耐えられなくなってきたし、じわじわ心を壊されるのも終わりにしたい。だから気持ちは伝える。これが結論。未来の自分や他人からしたら甘いと思われそうではあるものの、縁切りも気持ちよく行いたい、そんな気持ちが強い。それに、双方納得の上で関係性を定義できれば、これ以上の干渉の無い理想的な形で終わらせることができる。頼もしい人生の味方を得られるかもしれない。だから、きちんと気持ちを伝えて、この気持ち悪い曖昧な関係を終わらせようと思う。