はてなキーワード:ツーリングとは
学生時代にTwitterが流行ってて、同じゲームをしていたのと趣味も似通っていて仲が良かったフォロワーがいた。
当時から今に至るまで12,13年くらいの付き合いはあったと思う。俺は就職と同時に上京して、そいつは元々東京に住んでいた。
バイクが好きで俺もそいつも16で原付免許から始まり今ではデカいのに乗っている。
そんな趣味が共通の仲間と最初はネットで知り合ったとはいえ、オフ会(死語)して普通にお互いの本名も明かしてLINEも交換して、バイク弄るのにそいつの実家にもお邪魔して晩飯をご馳走してもらったことがある。当時は実家出て数年経っていたから晩飯に豚汁が出てきたことにいたく感動した覚えがある。
インターネットフレンドなのでどういう繋がりの友人か説明するのに困るかと思ったらそいつの父親も母親もすぐ理解してくれて助かった。
丁度今年、年始にツーリング行こうぜと誘ったら「ごめん、風邪ひいたw」「新年早々災難だなwww」とLINEをしたのが最後だった。
バイクに乗ってる以上いつかは起きてしまうことかもしれないと思っていたが参った。
LINEをした。信じられなくて。
行った。花は持っていった。
本当にそいつは横になっていた。二度と起き上がらないとは思えないくらい綺麗な顔だった。
親と思い出話をした。わかっていたがお互い彼女も作らず趣味のバイクだゲームに全力だったからその話を聞いて笑ったりしたけども、父親が「実は私の誕生日が昨日で、〇〇がAmazonで誕生日プレゼントを贈ってくれてて、届いたんだけどもでも〇〇はもう起きることはなくて……」と語ったときにめちゃめちゃ泣いてしまった。
もう本当に何やってんだよこいつはと。
親不孝だなあと。でももう現実は変えられないし、生きている俺は生き残ることしか出来ない。そいつも分までバイク乗るしか出来ない。
それが2月のこと。4カ月経ったけど未だに一緒に立ち寄ってたラーメン屋のチャーハンを食べると「あいつは大盛食ってたな」と思い大盛を頼むと腹パンパンで後悔したり、時々思い出す。
最近、通勤と休日のちょっとしたツーリング用にスポーツタイプの電動自転車を考えてます
今ってどんなモデルが人気なのか、実際に使ってる人の感想とか、選ぶときに気をつけた方がいいポイントとか、いろいろ知りたいです
うちの両親が住んでる家は神奈川にある。山間にある静かな一軒家だった。
家のすぐ近くに、車よりも鹿やイノシシの方が使ってる道路があったのだが、急に改造バイクが集団で走るようになった。どうやら人通りが少ないきれいな道路ということで、ツーリングコースとして発見されてしまったみたいだ。
金曜日の夜から日曜日の夜に掛けて、昼夜問わず1時間に数回、ツーリングの集団が通るようになった。こないだ泊まりにいったときは、深夜2〜3時も走ってた。寝て欲しい。
両親はすでに70代。お医者様は「高齢者にとっては睡眠不足も引越しも認知症に繋がる」と言われた。それならばと2重窓と防音フェンスを購入した。なけなしの貯金から400万くらい使ったらしい。田舎だと中古の一軒家ならギリギリ買える。しかし、騒音バイクはそんなものを超えてきた。バスが通ってもそこまで揺れない家が、改造されているバイクの集団が通るときはまぁまぁ振動する。音圧ってすごい。
一過性のものだろう。そう言い聞かせて4年。全く改善の兆しは見えない。もちろん警察にも相談した。「引っ越したら良いんじゃないですか?」と言われたらしい。母は悔しそうにしていた。
実家には両親が大好きな畑もある。兼業農家として、ずっと手入れしてきた畑だ。昔は羊のように穏やかだった父が、最近は怒りやすくなってきたらしい。バイク乗りが畑にゴミを捨てるのを見て、父が怒鳴りに行ってしまって本当に怖かった。と母から最近相談された。
70代にして、こんな終わり方するなんてさすがに可哀想すぎる。本当に政治家の方々、騒音バイクを今よりもしっかりと規制してくれませんか?
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追加:議員さんにも、市長さんにもお願いしに行きました。けど、現状の法律や体制では対応できないとのことでした。騒音に困ってる人がいると、少しでも広まればいいなと思ってこんな文章を書きました。慣れてないので読みにくいかも知れません。すみません。
訂正:痴呆という言葉はよくないと指摘いただいたので、認知症という言葉に置き換えました。ご指摘ありがとうございます。
Permalink |記事への反応(20) | 19:24
コロナ前ツーリングで山形に行くことになった際に山形が舞台の小説を読もうと思って森敦の『月山・鳥海山』を読んだ。
俺の場合月山は方言が意味わからなくて挫折したんだけど鳥海山編の短編集は標準語だから比較的読めた。
その中の「初真桑」という作品の締めでツーリングで立ち寄った十六羅漢という観光地について触れられていた。
十六羅漢は日本海の漁村の波打ち際の岩に仏像が彫られた物である。日本海の荒波で命を失った漁師の供養と海上安全を願ったもので、明治に完工したらしい。
俺が立ち寄って見た時には波風に打たれてかけたり摩耗したりして原型が失われかけている像が多かった。それが寂しく思ったんだが、「初真桑」の中では初めから年月の中で擦り切れることが約束された存在として生み出された菩薩ということが書かれていて、ちょっとメッセージみたいだった。
ちょっと聞いてくれよ!今年のな、ゴールデンウィーク。そう、毎年春先のごほうび連休よ。
毎年年休を消化しきれないし、せっかくだから今年はバチクソ長く連休とることにした。なんと13連休。
んで、フェリー旅に出ることにしたんよ。横須賀から新門司まで一直線(20時間くらいかかるけど)で。
ほんで、新門司から宮崎、鹿児島まで一気に南下して桜島巡って、阿蘇方面をローングロングツーリングなんよ。
相棒はHAYABUSA(3型)だぜ!んでな、赤牛やらちくわにサラダ入ってるやつやら、冷や汁やらソフトクリーム食うんよ。
もうテンションあがってきた。このためにあと一ヶ月、きっちり社畜やるわ。
せっかくライダーの聖地熊本いくし、これ食っておけってやつあれば教えてほしい。
ここは「バイクの国」。国じゅうには大小さまざまなエンジンを積んだバイクが走っている。50ccの小さなマシンから、3リットルもの大排気量を誇るモンスターバイクまで、その姿は実に多彩だ。
しかし、いくら見た目や性能が違っていても、公の場ではみな口をそろえてこう言うのだ。
「どのバイクも同じだよ。性能は変わらない。すべてはライダーの努力次第だ」
それは一見、誰もが平等に見える、聞こえのいいメッセージだった。
この国には「義務レース」というものがある。12年間のうちに小さなサーキットをいくつか回り、定められたコースを走ることが義務づけられている。コースの長さやコーナーの数は微妙に違うものの、タイヤやブレーキなどを自由にカスタムすることはほとんど許されず、エンジン自体を改造するなんてもってのほか。つまり、持って生まれた性能で勝負するしかないのだ。
しかし表向きは、「どのバイクでも同じ。練習すれば勝てる」という建前がある。50ccのバイクに乗った少年は、懸命にハンドルを握る。でも、となりを走る3000ccのバイクは加速も最高速も段違い。どう考えても追いつけない。それでも少年は、「ライダーの腕が足りないからだ」と言われ、悔しさを抱えこんだまま次のサーキットへ向かう。
やがて、高校生となった頃に出場できるレースが少し増えた。それでも規定は相変わらず厳しく、エンジンの大改造は禁じられている。小さなタイヤをちょっとだけ太くしてみたり、ブレーキを強化してみたりと、細やかなカスタムは可能になったが、根本的な排気量の違いはどうしようもない。それでも周囲は、「まだまだいけるよ。努力あるのみだ」と励ましてくる。
大学生の年齢になると、確かに選べるレースは格段に増えた。街中を観光するツーリングのようなゆるいイベントから、国際レースの舞台まで自由に選択できるようになる。ただし、そこでもやはり参加資格や試験があって、結果的に大きなエンジンを持つバイクが圧倒的に有利な場面が多い。表面的な自由は増えたように見えて、根本的な差は依然として横たわっていた。
ところが、いざ就職して大きなサーキットから飛び出してみると、一気に「なんでもあり」の世界が広がっていた。改造も自由、コースも自由。そこで初めて、排気量の小さなバイクたちは同じように走れるサイドコースや山道を見つけたり、逆に大排気量バイクが扱い切れずに困っている場面に遭遇したりする。周囲の人々も、少しずつ「本当はバイクの性能はまちまちなんだ」と気づいていく。
それでも「バイクの国」は、相変わらず国全体としては「エンジンはみな同じ」と言い続けている。幼い子どもたちに伝えるメッセージは、今も変わらない。そんな国の姿に、50ccのバイクを駆る人々は時折、どうしようもないやるせなさと孤独を感じている。
おっさんになって痛感するのは、なにをやっててもどこか哀れに見えてしまうことだ。
「それをやってどうなるの?」みたいなのがつきまとうのだ。
周りからしてもおっさんが楽しんでれば楽しんでるほど、どこか寂しそうに見えやすいんじゃないだろうか。
おっさん、おばさんという括りは一種の呪いである、みたいな考え方もある。
実際気が若い人もいるので、精神的に若いほうがよいだろうなとは思う。
ただ、気が若いおっさんやおばさんがイタいなと感じるのもまた現実だ。
「なんか無理してない?」と思われることの辛さみたいなのもある。
おっさんが楽しんでても悲しくないようにするのに、一番手っ取り早いのはやはりお金だ。
お金がたくさんあればおっさんの遊びも余裕があり優雅に見えるからだ。
所ジョージみたいな人が象徴的かもしれない。子供みたいなことで喜んでるけど、お金があるからスケールが違う。全然悲壮感がない。
しかしお金がそんなにある人も多くはないし、俺にはまったくないのでそんな風にはできない。
周りの目なんて気にしなければいいだけの話なんだが、やはりどこか気後れして堂々とできない。
今俺はバイクに乗りたいと思っている。教習に通う時間が取れるか怪しいし、
なんとか免許を取っても買えるバイクは中古でかなり妥協が必要になるだろう。
そしてようやくバイクに乗ることができたとして、まず仲間がいない。
仕方ないので一人でバイクに乗って、適当なところにツーリングに行くだろう。
その行程全てが、どこか物悲しい姿になりそうなことが容易に想像できる。
もし事故ったりしたらもう見てられないくらい残念な感じになるだろう。
だけどわあ、バイクに乗ってる、楽しいなあという気持ちは自分の中できっと湧き上がると思う。
だから実行するつもりだが、やはりおっさんがはしゃいですみませんみたいな気持ちはある。
なのでせめて人があまりいないとこに行きたいなあと思う。
思ったのは
これ釣り?
釣りじゃないなら、増田の読解力と物事の解釈が、良く表現しながらオブラートに包めば「独自の認知と世界観を持ち、自立精神旺盛である」
ストレートに言えば「お前論点ずらしすぎじゃね?自閉症スペクトラムかグレーゾーンなの?」
まあこっちの読解力・理解力不足があるだろう、長いから読み飛ばしたので余計にな
それにこっちの感情ぶつけてもお前他人の感情をいったん受け止めて流すことをしないタイプだろ?
結論からいうと、増田の受け止めかたを変えるほうが優先順位が高いように思う
増田は受け止め方が非常にずれており、共感性が低いように見える
夫婦の関係性によりネガティブな影響を与えるのは奥さんの反応ではなく増田の反応に思われるため
>妻は自分がしんどいときは相手もしんどくあってほしいらしい。
自分が読んだ限りではそのように受け止めることはできなかった。
問題は増田が奥さんにも自分と同じ価値観、同じ感情を(無意識に?)強要しており相手のやり方を無視している点である
奥さんは体調悪いアピールでそれとなく、そしてとうとう先日は言葉に出して明確に「心配してほしい」と訴えてきたわけだろう
なぜこれを無視する?
自分が人生で築いた価値観があるのと同じく他人はその人の人生で築いた価値観を持っている
そして結婚するということは、心に寄り添い、その相手の価値観を(中間までは)受け入れて生きていく、
そういう誓いじゃないのか?
なのになぜ増田は直訴までされてるのにその誓いの相手の訴えを拒否するのか?
失礼、興奮しすぎました
増田、よく聞け
「自分は体調が悪い時に心配されたくない」オッケー、よくわかる
ただ、人間関係で親しい間柄を保ちたければな、相手に対して「気遣っている」「配慮している」ということを
言動で示していく
必要があるんだよ。
そしてそれがマナーとして周知されているんだよ。増田はその年まで知らなかった、気づかなかったみたいだけど。
だから、誰かが体調が悪かったとすると、「大丈夫ですか?と気遣ってみせる」ことは円滑な人間関係上のマナーなんだよ
そうやって相手の内面に関心を払っています、という態度を見せることが必要なんだ
だから奥さんは一言「大丈夫?」とか「薬出そうか?」というとか、奥さんが体調を崩している時にはいつもの行動パターンは封印するとか、
それだけだ
難しいことじゃないだろ?
心配していないから態度の変化がないのと、心配していても態度の変化がないのと、他人から見たら区別つくか?
増田は他人が考えてることを読み取る超能力持ってるか?奥さんは?
持ってないだろ?
という考え方があるんだ
増田は「女性はそういう願望があるのか」という疑問があるようだが、そうだな、
男女で言えば性差はある
一般的に女性は共感性が多いため、親しい相手からは共感性を示してもらいたがる傾向がある
(女性の話の仕方は男性よりも同意や同感、共感を意味する相槌や返信が多くなり、また自分の意見を表明するときにも相手への配慮から長くなることが多い)
男性は「自分が思っているなら相手に伝わっているはず」と考え、この手間を省く傾向がある個人が女性より多い
「私が体調を崩したときにも彼氏は『大丈夫?』の一言がないのが不満です」
「私が作った料理を彼氏が食べるとき、『美味しい』とか絶対言ってくれないんです!感想を聞くとしぶしぶ、『完食してるってことは旨いって思ってるってそのぐらい言わなくてもわかれよ』 なんて言います!」
「夫は私が臨月なのに趣味の一泊ツーリングに出かけやがりました、なんでこんな仕打ちができるんでしょうか」
話飛ばすが、増田は「自分がこう思っている」と「妻はこう思っている」の違いをよくわかっていないように見受けられる
(専門用語でいう自他の境界線があいまいってやつじゃないの増田って)
「増田が」体調不良時にはこうしたい、ああしたい、自分は家族に心配かけたくない、その感情はわかる
だが奥さんは違う感情を持っていることをもっと理解しなきゃだめだ
さらにそのうえで、自分の感情は「伝えようとしなければ伝わらないこともある」ことを理解しなければ他人とは暮らせんよ
奥さんが寝込んでいる時遠出しないでいてほしいというのは不安だからだろうな
これについて書こうとしたがすでに長くなってるので、要望がない限りやめておくことにするよ
2月になると決まって確定申告へのヘイトがあるけど、会社勤めの人間からすれば楽しいとすら思ってる
だって自分の仕事をお金という形で国が評価するんだぜ?しかも金を貰える
自分は会社で総務的なことをしてるんだが、毎年の年末調整は結構大変だ
そんなに大きな会社ではないので給与とかもエクセルやらを駆使している
ボーナスも月例の給与も年末調整の源泉徴収もシステムで作成したのちに、印刷してチェックする
あ、給与の基準が底上げされたからその差額支給もあって4倍かな
けどさ、年末調整ってどちらかというと総務にとっては1年間の振り返り的な意味もあるんだよ
自分たちがきちんと管理してこの日のために事前知識を蓄えてスケジューリングしてきた集大成みたいなもんだし
毎年のように新しい税制や給付金はあるし、今年は給与が一気に増額したし
いつの間にか扶養親族増えてる人がいるし、保険の記入欄がだいたいおかしい人いるし
そういうのを乗り越えて1年間お疲れさまって感じで源泉徴収をきっちり揃えるのは、大変だけどすっきりするよね
そんな年末が終わるとまた1年が始まる
その中で確定申告って自分が作った書類を「みてみて、こんなの作ったんだぜ」って税務署に見せるように感じる
特に今年は初めての住宅ローン減税なので、集める書類も色々ある
が、書類集めは苦じゃないし多いとも思わない
経費に上げるようなものがそもそも殆どないってのもあるし、契約書や登記は手元にあるからね
しかもe-taxが年々進歩しているのでどんどん確定申告は楽ちんになってる
今まで他人の給料計算にあてていたものを自分のために使うってんだから、なんかご褒美じゃん
これでお金返ってくるとか最高じゃん
程よく体は冷えたため16号沿いのスタバに入りスターバックスラテを注文。
少しお客がいたので作るのを待つ間に用を足そうとトイレに向かう。
男なので選択肢は無く「使用中」の文字に少しがっかりしながら空きを待つ。
使用中…の文字が変わることのないまま約5分が経過、そろそろダムは満水だ。
男性が後ろから僕を追い越しトイレをノック、どうやら中の方のご主人らしい。
お子さんのおむつ交換なのか解らないけど、何かしらお子さんのトラブルのようだ。
ダムの具合を心配しながら女性用1+男女1という構成に少し恨みがましい気持ちになる。
更に5分が経過、ご主人が何やら包みを抱えて再度トイレに…
子供のおむつ交換にどの程度時間がかかるのか育児経験のない私には察すべくもないが
店内に1つしかない男子用トイレでおむつ交換をさせるようなレイアウトのスタバに対するイライラ
最初から必要なものを確保してから場所を確保しろよと夫婦にイライラ
更に数分…カチャリという音と共にその時は訪れた。
「お待たせしてすいません」
「いえいえ」と言いながらトイレへ。謝罪を受けて幾らか気持ちが和らいだ、
そして10分以上前に注文したラテを受け取りにカウンターに…さっきまであったラテがない。
「先ほど注文したラテですが…」 「随分お待ちだったようですので作り直させていただきます」
程なくしてラテは再び私の前へ。
「お気遣いありがとうございます。」
もし謝罪なく夫婦がトイレから出て、その後10分以上カウンターで放置されてぬるくなったラテを飲んでたら僕の心は酷くささくれだったものだったろう。
謝罪の声をかけてくれたご主人、ラテを作り直してくれたスタバのスタッフさんのおかげで
・フルフェイスのヘルメット被ったらもうシャワー浴び直しでもしない限り元の髪型に戻らない。
・運転中は汚い大気のドライヤーを顔面に浴び続けているようなものだから肌がビックリするくらい荒れる。鼻の穴もすぐに汚れる。
・シールド下げてもやたら目が乾くし、チャリや車より集中力や体力使うから、朝起きて1時間ツーリングしただけで帰還後爆睡してしまう。
・快適にバイクに乗れる期間が1年のうち4~5月、7月、10月の4ヶ月くらいしかない。
ちなみにバイクにおける「快適じゃない」状態は、心地が悪いとかそんなレベルじゃなく、精神や肉体の負担が危険労働従事者のそれと同じようなもん。とにかく過酷。
・日本が自転車以外の2輪に厳しすぎるから、いくら小回りきこうが常に駐輪に悩まされる。特に都心。
・降水量10mm程度の雨でも、ひとたび走行中に降り出せば前が全く見えなくなるからその時点で走行不能になる。
ちなみに市場に出回っている曇止めや撥水剤は効かない。