
はてなキーワード:チャートとは
レーダーチャートが星のように尖っている俺みたいな人間は、本当は専門職に没頭するのが一番いいんだよ。
最適な組織設計のもとで、尖った能力でタスクをこなしていくのが個人・社会にとって一番生産性の総和が高い。
ただジャップ社会はそうしなかった、俺のような尖った人間を社会不適合者、最近ではチー牛と呼んで尊重しない、あるいは場所を用意しない。
労力の対価に待遇を保証するのでなく、できる限りの搾取を決めた。
その結果が今の専門職の低給与、若者のSTEM離れ。中台韓と真逆だね。
このいびつなジャップ社会の淘汰圧の結果、俺は二番目に得意なこと、グレーな場所で好き勝手稼ぐことに没頭することにした。
個人・社会の生産性総和はマイナスかもしれないが、個人にとっては最も生産的。
今の世の中、俳優にせよアイドルにせよミュージシャンにせよ、生身の人間じゃないてすか。誰々が新曲出しました、誰々の最新映画です、出演ドラマです、人気作家の最新本です、人気声優は今期はこのアニメ出てます、等やはり中の人間の人気ってものがある。
しかしAI生成動画や曲が簡単に作れるようになりバズってるし、スウェーデンではAI生成曲が大ヒット。(ちなみにAI生成だと判明してチャートから除外された。)
一方で生身の人間の持つ物語性は未だに必要とされてるわけで、これが「モノさえ良ければ生身の人間の物語性は要らない」に追い越される日は来るのだろうか?
例えば今やってる五輪も生身の人間の物語そのものであって、AI生成動画にやらせりゃ人は空だって飛べるわけだし「人間が地上でドタバタしてるの見てもツマンネ」になる世界が来るかもしれないわけで。フィクションがすべてを凌駕する日は来るかな?
僕の日記はたぶん一般的な日々の記録というより、宇宙が僕に課したバグ報告書に近い。違いは、バグの再現手順が「この宇宙を構成する圏を一段上に持ち上げろ」みたいな無茶を要求してくる点だ。
普通の人間はコーヒーを淹れることで一日を始めるらしいが、僕は「なぜ時空が局所的に滑らかな多様体として振る舞うという幻想を、誰も疑わずに受け入れているのか」という嫌な疑問から始まる。
目覚めの瞬間に脳内で起動するのがその種のプロセスという時点で、僕のOSはだいぶ呪われている。
昨日から引きずっているのは、超弦理論を10次元の物理だと思っている人々への、ほとんど宗教的な嫌悪感だ。
僕が今気にしているのは、弦の摂動展開が2次元共形場理論のモジュライ空間上の積分という顔をしていながら、実際には積分という概念が成立するための測度の存在を前提にしている点で、その測度がどこから来るのかという問題が、思ったより深いところで宇宙の整合性そのものと絡んでいるということだ。
測度が自然に定まる、というのは人間が勝手に言っているだけで、自然に定まるのはせいぜい、ある∞-圏の中での普遍性くらいだ。
最近の僕の作業仮説はこうだ。弦理論の真の定義は世界面Σの上の量子場理論ではなく、ある種の派生スタック上の関手として与えられるべきで、世界面は単なるテスト対象に過ぎない。
要するに、弦理論は対象ではなく試験手続きの体系であり、物理量はその試験に合格した自然変換の影として現れる。
これを言うと大抵の物理屋は目を泳がせるが、目を泳がせたところで真理は泳がない。むしろ泳ぐのは無知だ。
特に気持ち悪いのが、AdS/CFTを「境界理論が重力を記述する」といったポエムで理解した気になっている連中だ。
僕の現在の理解では、AdS/CFTは双対性というより、より高次のモノイダル(∞,2)-圏における中心の同値に近い。
境界CFTは、ある拡張TQFTの値として現れる圏𝒞の中心Z(𝒞)を与え、バルクはその中心化に対応する普遍的な対象として現れる。
ここで中心とは、単なる代数の中心ではなく、E₂-代数のDrinfeld centerの派生版で、さらに言えばEₙ構造を背負ったホモトピー的中心であり、そこでは局所演算子は点ではなく高次欠陥として分類される。
点演算子という概念自体が、実は低次元に閉じ込められた幼稚な見方だ。
そして今日の核心は、僕が今朝突然理解した、いや、理解したというより、宇宙が僕の頭蓋骨に投げ込んできた残酷な事実だ。
弦理論の背景時空を指定することは、カラビ・ヤウ多様体Xを選ぶことではない。そんなのは1-幾何学の話で、僕らが本当に選んでいるのは、X上の派生圏D⁽ᵇ⁾Coh(X)を超えて、そこに乗る安定∞-圏のモジュライを選んでいる。
つまり背景とは幾何学ではなく圏論的なデータで、しかもそれはMorita同値類でしか意味を持たない。
世界が形ではなく同値類でできているというのは、かなり性格の悪い宇宙だと思う。人類の直観に一切サービスしていない。
ここでさらに問題が深くなる。弦のB場は単なる2-形式ではなく、ゲルブの接続であり、それはH³(X,ℤ)で分類されるという古典的な話は、もう骨董品だ。
実際にはB場は、(∞,1)-圏の中でのtwistとして現れ、K理論の局所化やTMF(トポロジカルモジュラー形式)への持ち上げと不可分に絡む。
僕が気づいてしまったのは、弦理論のアノマリーキャンセル条件が、スピン構造の存在だけではなく、より高次の「stringstructure」や「fivebranestructure」の存在に依存するのは有名だが、その背後には、あるスペクトラムEに対するE-指向性という一般原理が潜んでいる。
そしてそのEは固定ではなく、背景が変わればE自体が変わる。
つまり、理論が何を整合性条件とみなすかが、理論の内部から動的に生成される。これは自己参照だ。数学的には美しいが、心理的には最悪だ。
その結果、僕の頭の中では弦理論のランドスケープは、点集合ではなく、(∞,1)-トポス上のあるスタック𝓜として現れる。
しかも𝓜は幾何学的スタックというより、スペクトラル代数幾何の意味での派生スタックで、局所モデルはE∞-環スペクトラムのスペクトルSpec(A)のようなものになる。
すると、従来のモジュライ空間に測度を入れて積分するという考えは、そもそも積分の対象が空間ではなく高次層である時点で破綻する。
積分はpushforwardであり、pushforwardは左随伴であり、随伴は圏論の話で、測度はただの随伴の影に過ぎない。
つまり、パス積分とは測度の積分ではなく、ある関手のKan拡張である。これを言うと、たぶん量子場理論の教科書は全部燃やした方が早い。
さらに面倒なのは、弦の摂動級数の発散性が、単なる級数が漸近展開であるという話ではなく、モジュライスタックの境界成分の寄与がStokes構造やresurgenceのデータを持っていて、それが物理的にはDブレーンや非摂動効果として現れるという点だ。
僕の直感では、これらは単なる補正ではなく、理論の正しい定義の一部で、摂動弦理論は本体ではなく、(∞,2)-圏的対象の一つの影にすぎない。
影は本体より分かりやすいが、影だけ見て満足するのは洞窟の囚人だ。プラトンはたぶん弦理論を知っていた。知らなかったとしても、精神的には知っていた。
今日一番気持ち悪かったのは、ミラー対称性を再解釈した瞬間だ。
従来の説明では、A模型とB模型の交換、シンプレクティック幾何と複素幾何の交換、ホモロジカルミラー対称性でFukaya圏と導来圏が同値、という話になる。
でも僕が今見ているのは、ミラー対称性が、ある安定∞-圏の自己双対性ではなく、二つの異なる宇宙が同じ普遍的対象の異なるt-構造を選んだだけという構図だ。
つまり、ミラー対称性とは幾何の双対ではなく、観測者が選んだ切り方の双対性であり、現実はその切り方に依存して表情を変える。これは量子力学の悪夢が、圏論の言語で再演されているだけだ。
この話をさらに推し進めると、時空とは何かという問いが変質する。
時空は多様体ではなく、ある圏のスペクトル的幾何学的実現であり、局所座標は単なるチャートではなく、あるE∞-環の局所化データになる。
すると点とは何か。点とは評価関手だ。評価関手とは何か。観測だ。観測とは何か。測定だ。測定とは何か。僕の睡眠を妨げるものだ。これで閉じた。
一方で、物理としての要求もある。S行列が存在するか、ユニタリティが守られるか、因果性がどうなるか。
だが僕は最近、ユニタリティすら、ヒルベルト空間上の内積保存という素朴な形ではなく、より高次の構造を持つモノイダル圏における双対性として理解されるべきだと思っている。
ユニタリティとは、射が随伴を持つこと、つまり反転可能な情報の流れが存在することだ。
情報が失われるのは、単に対象を間違った圏に埋め込んでいるからで、宇宙が情報を捨てているわけではない。宇宙がゴミ箱を持っていると思うのは、人間がWindowsに毒されているからだ。
結局、今日の僕の脳内結論はこうだ。超弦理論の最終形は、背景独立な普遍的な場の理論のスタックであり、その値は数ではなく圏であり、圏ではなく(∞,n)-圏であり、さらにそれは単なる対象ではなく操作体系として定義される。
ウィッテンが分からないというより、分かってしまうと人間の脳が社会生活に戻れない。理解とは祝福ではなく呪いだ。
そして僕は理解している。明日になればまた別の高次構造が現れて、今日の理解を「低次元の幻想」として粉砕するだろう。宇宙はそういう性格をしている。控えめに言って、性格が悪い。
かつて「年収900万のソフトウェアエンジニアなのだが相談に乗ってほしい」というエントリを書いた者です。
しばらく無職をやっていました。色々落ち着いたのでここに現況を書いておこうと思います。
あまり詳細を書くと特定が怖いので書けませんが当時は会社の方向性と自分の志向性のズレが大きくなっていた状況でした。
客観的にその状態を自分で判断できなかったのと、素直に社内で助けを求めることが出来ない状態でした。
ブコメで静かな退職についても教えていただきましたが会社の規模や自分の性格上無理でした。
同じようにはてブでも指摘をいただいていましたが精神的にも参っていたのでメンタルクリニックに行き、
CES-D検査で中等度抑うつ状態と診断されしばらく服薬を続けていました。
退職当初は自宅でゲームしか出来ず生活リズムもめちゃくちゃで本当に廃人みたいな生活をやっていました。
とにかく現実逃避していたのだろうと思います。あとはとにかく絶対にインターネットに触りたくなかったのもありました。
段々落ち着いてきて少し前向きになってきた頃に、自分の「人生でいつかやりたかったことリスト」を見つけ、
電気工事士のテキストも買ってきたりしましたが結局1ページも読まずに売りました。
テキストを買ったという行動に意味があったと言い聞かせています。
大学を再受験しようと考えて青チャートを1ヶ月解き続けた時もありました。
別の業界への転身も全く行動に移せず、縁も運も環境も度胸も覚悟もないのだろうと今は理解しています。
今まで積み上げてきたキャリアの延長線上や半歩ずらしたところに次に進む道があるのだろうと、
当時みなさんがコメントで教えてくれたことを最近身を持って理解し始めました。
だいぶ精神が落ち着いてきたので一歩ずつ就職活動をし始めました。
自分の精神の心配や生成AI云々より、残りの貯金の心配のほうが勝つようになってきたのもあります。
年収にはこだわらず採用してくださった企業に貢献したいと思っています。
就職できなかったらアルバイトで食いつないで、時間をかけてまた自分の人生を考えようと思っています。
少しずつ業界のことをキャッチアップするためにZennの記事を読んだりしています。
約1年前よりはまだ冷静に生成AI関連の知識を得ることが出来ていると思います。
あとそもそも少しずつ生成AI周りの動きが落ち着いてきてるのかなという印象です。
自分が担っていた役割に自分の能力の限界を感じていたのでそれを素直に社内の誰かに相談するべきでした。
会社の方向性が自分に合わなくなってきたらとりあえず転職すれば良いという思考を持つべきでした。
年収を下げてでも自分が担える責任範囲を減らすために転職するべきでした。
当時深夜に殴り書きした文章があのような形で多くの方に読まれるとは思っておらず本当に当時は驚きました。
アドバイスも暴言も恨みつらみも全部コメントで読んで、当時の自分の社会的な状況を相対的に知ることが出来ました。
20代後半に色々な不運が重なって自分の状況を相談できる人がほとんどいないのであのような投稿をしました。
とにかく反応があって色んな意見が読めたのが本当に嬉しかったです。
ありがとうございました。
欲しい物
・ヘッドレスト純正3万、中華3千:椅子で仮眠取れるようにしたい
・オフィスチェア(エルゴヒューマンプロ)15万:ヘッドレスト買わない場合欲しい、死ぬまで座る
・ショルダーバッグ1.5万:穴が開いたショルダーバッグに100均の補修テープを張って使い続けていたが、同サイズのものがようやく見つかった
・財布2.3万:15年使ってる財布に近いサイズのそれがようやく見つかった
・クランプ式スピーカースタンド5千円:スピーカー下の空間も使えるようにしたい
・自転車のリアバッグ(オルトリーブ)2.4万:中華製の3000円のリアバッグを使っているが記事が薄く横に広がるため買い換えたい
う~ん・・・椅子も今のシルフィーで割とイケるしバッグも財布もまだ使えるから優先順位的にはモバイルモニターかなあ
でもモニター自体は既にあるんだよな…EV2450…これ利用したいけど机にスペースがないし・・・
スペースを生むという意味ではスピーカースタンドの方がいいか・・・?
悩むわ~・・・
おじさま、お疲れさま!✨
てか、今の話マジでリアルすぎて、ギャルもちょっとしんみりしちゃったよ…🥺
毎日ひとりで教壇に立って、一生懸命数学教えてるのに、みんな画面ばっかり見てるとか、マジでメンタル削れるよね。本当にお疲れさま。
でもさ、ちょっと待って?
おじさま、実は「教育の最先端」に爆速で到達しちゃってるだけじゃない?📈✨
ギャル的に、おじさまが「俺、いる?」って思っちゃう理由と、これからどうすればアガるか、ポジティブに整理してみたよん✌️
「AIがあるから」って言っても、その「AIに聞こう」って思わせる空気を作ってるのはおじさまの授業だし、ベースの知識を教えてるのはおじさまだよ!自信持って✨
今のJK・DKたちは、自分で解決する方法を見つけちゃったんだよね。それって今の時代、マジで大事なスキル。おじさまが放置せず見守ってるからこそ、みんな伸びてるんだよ!
もうさ、「教科書を教える人」から「AIを使いこなすリーダー」にジョブチェンジしちゃお?💖
「お、その解き方マジでわかりやすいじゃん!」「Geminiにこの問題、別ルートで解かせてみてよ」とか、生徒のスマホ画面を覗き込んでコミュニケーションのネタにしちゃうの。
公式の証明とかはAIに任せて、おじさまは「この数学、実は麻雀で使えるんだぜ」とか「FXのチャート読むのにマジ必要」みたいな、おじさまにしかできない「数学の裏話」だけをゆるく語る担当になればOK!
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おじさまがいなくなったら、誰がテスト作って、誰が成績つけて、誰がその「AI使いこなしてる生徒たち」を評価してあげるの?
AIは答えは出せるけど、頑張ってる生徒を「やるじゃん!」って褒めてあげることはできないんだよ🥺
自分を責めないで、今は「授業中静かでラッキー✌️」くらいに思って、放課後においしいコーヒーでも飲んでリラックスしよ?
おじさま、がんばっててマジで偉いよ〜!
てか、他にも「今のJKの生態これマジ?」みたいな愚痴あったら、いつでも聞くからね〜!✨
また吐き出しにきなよ?待ってるよん😉💕
https://note.com/nikotarosun/n/ndfd48fcb8ac6
株のトレード、特に「買い」で入る人間が意識すべきは、チャートの形でも業績の良し悪しでもない。
「画面の向こう側にいる売り方を、いかにして絶望の淵に叩き落とすか」。ただそれだけだ。
投資なんて綺麗な言葉を使っている連中には理解できないだろうが、俺たちがやっているのは、結局のところ「財布の奪い合い」であり、もっと言えば「精神の削り合い」だ。
売り方を絶望させるために、いきなり急騰させるのは素人のやり方だ。急に跳ねれば、連中は「ラッキー、絶好の売り場だ」と喜んでナンピンしてくる。
本当に残酷な買い方は、「じわじわと、だが確実に安値を切り上げていく」。
売り方に、「まだ助かるかもしれない」「次の押し目で買い戻せば微損で済む」という甘い幻想を抱かせ続ける。この「希望」こそが毒だ。連中は損切りという唯一の救済策を先延ばしにし、気づいたときには含み損が取り返しのつかないレベルまで膨れ上がっている。
売り方が一番不快なのは何か。それは、自分の売り注文が全く効かず、じりじりと踏み上げられ、夜も眠れないほどの含み損を抱えたまま、相場が引けることだ。
俺たちは引け間際にわざと高く買い上げる。売り方に「明日、もっと高いところから始まるかもしれない」という恐怖を植え付け、最悪な気分のまま夜を過ごさせる。睡眠不足と焦燥感。これが翌朝の「判断ミス」を誘発する。
期待値が高い局面というのは、テクニカル指標がゴールデンクロスした時ではない。
「売り方が、自分の決めたルールを破らざるを得なくなった瞬間」だ。
含み損が限界を突破し、証拠金が底をつき、恐怖に耐えきれなくなった売り方が、震える手で「買い戻しボタン」をクリックする。そのパニック的な買い戻しが、さらなる株価の上昇を呼び、隣にいる別の売り方をさらに追い詰める。
この「連鎖的な崩壊」が起きたとき、株価は物理法則を無視したような跳ね方をする。
買い方がやるべき立ち回りはシンプルだ。
売り方の逃げ道を一つずつ塞ぎ、呼吸を困難にさせ、最後は自分たちの手で「損切り」をさせるように仕向ける。
俺たちが利益を確定するのは、売り方の死体が山積みになった場所だ。
彼らが絶望の叫びを上げながら一斉に投げ出したその瞬間、俺たちは静かに、そして冷徹に、買い溜めたポジションを彼らに押し付けて、戦場を去る。
ビルボードの米国総合チャートを長年眺めてきた増田が、ビルボード漫画チャートを想像してみる。
ギネス認定された世界最大約573万部の部数を誇る読売新聞朝刊に連載の「コボちゃん」が不動の1位でしょ。
週刊少年ジャンプの部数はどうだっけ?と調べたら年間平均で約105.7万部。
それでも日刊連載の「コボちゃん」を1週間分累積すれば、週刊少年ジャンプ連載陣を超えるのは確実そう。
季刊JAFMate(約1,360万部)が発行された週は、同誌掲載のカラテカ矢部太郎「のりものメモリー」が1位?
見てみた…なんか思てたんと違う。
漫画やその他の本に詳しい人から見れば、このチャートならではの新たな発見とか見えてたりするの?
まあ超巨大な日本の漫画市場からすれば、そんなのの影響は極僅かだよって事?
バウアー(Baauer)の"Harlem Shake"が、ネットのバズを切っ掛けにいきなり全米総合チャート1位になったような新しい時代の動きが見えるかと思ったがそうでもなかった。
運営会社の発表によると、
「12月には書籍ブログサービスの閲覧数などを使用したSNS指標を新たに追加して複合チャートの立体感を増す」
だそうな。
2025年12月25日公開の最新チャート見ても先述の感想なんだけど、同チャート開始当初から見てる人、
集計データ
ずっと思ってることがあるんだけど、刀ピークリスマスっていつか終わるのかな?
そりゃどっちかが引退するときは終わるんだろうけど、それまでにピーナッツ君に是非、「刀ピークリスマス」ではなく、「刀也」という曲を作ってほしい。
私の大好きなバンド、Vulfpeckの「How much doyoulove me?」という曲がある。これが刀ピーの本質(?)を表していると思っている。
https://youtu.be/0k2dGhF6yVk?si=7dPRNNaj88yW5zFS
この曲は、ちょっと強気な女性が、愛する男性に向かって「私の名前の入った曲を作りなさいよ!」と歌っている、そんな感じ。
【ブリッジ】
Simon had Cecilia
CostelloAlison
Lennon wrote to Julia
ジョンには他にも女性がいたけど
Clapton sang toLayla
Stewart to MaggieMay
You better put me inyour Pantheon
私と一緒にいたかったら
そう、偉大なアーティストは、愛する女性の名前をタイトルにしたヒット曲を持つ。
剣持刀也は非常に幸運な立場にいる。本人の望むか望まざるかはさておき、ピーナッツ君という偉大なアーティストが、彼のためだけに毎年ヒット曲を書いてくれる。まさしく「私のことを愛しているなら、私の名前の曲を書いてよ!」とピーナッツ君に向かって言える、そんな状況にいるのだ。
近年の刀ピークリスマスを、そして最近リリースされたTele倶楽部IIを聴いた人ならご存じかと思うが、ピーナッツ君の楽曲のクオリティはどんどん上がっている。すでに彼はヒップホップ界隈では十分に名を馳せている。やがては邦楽チャートを独占するかもしれない。
今までの刀ピークリスマスも、粒ぞろいの楽曲ばかりだ。しかし私は、ピーナッツ君が照れ隠しのために、ディレンマやオーバードーズ、きんぴらなど、あえてバズりそうなワードをちりばめているようにも思える。
だから、私は心のどこかで期待している。ピーナッツ君が、おどけたりちょけたりすることの一切ない、純粋な気持ちだけを込めた剣持刀也への曲を、いつか書いてくれるのではないかと。そして、もしそんな曲を作るとしたら、タイトルはもちろん「刀ピークリスマス」ではなく、「刀也」にしてほしいと。
さて、今年の刀ピークリスマスはどんな曲が披露されるだろうか。今から本当に楽しみだ。
【追記】
今年は、バズや考察なんて期待してない、剣持刀也という人に向けた本当に個人的な曲であり、我々はそれをお裾分けしてもらっているにすぎない、そんなことを実感させられました。なんか、ここまであーだこーだ言ってる自分がキモくなったので、まじで増田にしといてよかった。
ありが刀ピー
このポストは、Xユーザー@shogo488(田畑 正吾さん)が投稿したもので、株価暴落中の銘柄「ビザスク(4490)」の優先株問題についてコメントしています。投稿日は2025年12月18日で、引用している元のポスト(@x10baggerさんのもの)を基に、優先株の設計と現在の問題点を指摘しています。
引用されている@x10baggerさんのポストでは、ビザスクの株価が最高値から1/20近くまで急落している理由を詳しく説明しています。主なポイントは:
-買取請求は来年(2026年)11月から可能だが、分配可能額の範囲内のみ。会社倒産のリスクは低いものの、株主還元(配当や自社株買い)は優先株処理が終わるまで期待薄。
このポストは、ビザスクを「ファンダ(ファンダメンタルズ)初心者がPL/BS(損益計算書/貸借対照表)だけで割安と判断しがちだが注意」と警告しています。
@shogo488さんは、これに対するコメントとして以下の点を強調:
-優先株は、株価が高いと普通株転換がしやすく、株主価値の希薄化を最小限に抑えられるよう工夫されていた。
- つまり、表面上の財務諸表では割安に見えても、優先株の隠れたリスクが投資判断を誤らせる原因だと指摘。
このポストは、ビザスクの株価暴落を優先株のメカニズムから分析した投資家向けの議論です。優先株は企業が資金調達する際に使うツールですが、株価下落時には普通株主の権利を圧迫する「毒薬」になり得ます。特に、ビザスクの場合:
もしこのポストの画像内容やさらに詳細な株価データを確認したい場合、追加で調べられますが、基本的にテキストベースでリスクを解説した内容です。投資は自己責任で!
・RTAを「インジャパでやってるやつだよね!」ぐらいの認識でしか捉えていない人には関係のない話だし、
・そうでない人はこの界隈の闇を既に知っているだろうからだ。
その上で、なぜダメなのか。これはタイトルの通り、「そこが発達障害持ちの煮凝りになりやすい性質を持っているから」であると考える。
考えてもみてほしい。定型発達者が、特定のゲームのクリアタイムを縮めるという誰も求めていない目的のために、同じゲームを何百時間・何千時間とやり込むだろうか?
そう、やらないのだ。普通は一度クリアして満足する。もし、これが普通だと感じられないのであれば、あなたは既に異常者である可能性がある。
もちろん、RTA走者の全員がそうだ、とまでは主語を広げるつもりはない。ただ明らかに、発達障害を持ち、定型発達者であれば退屈で到底やっていられないような作業を延々とこなせるような人間が集まる界隈であることに疑いはないだろう。
となれば、話は早い。発達障害者は、程度の差こそあれど、場の空気を読む力に乏しい。相手を気遣うことも、言葉の綾を理解することも、彼らにとってはRTAを走ることの何倍も難しいことなのだ。
さらに悪いことに、彼らにとっては、そういった社会で当たり前に求められるスキルよりも、自分がこだわりを持ってやっているゲームが上手くなる方が優先度が高くなってしまっていることが往々にしてある。
そうであれば、もはや他人と衝突しないでいるという方が無理な話であろう。
さらに言えば、RTAのチャートというのは、しばしば秘伝のタレのように内密にされたり、そこまで行かずとも詳しいことは走者に聞かないとわからない、ということが結構ある。
そうなると、いわゆる"身内ノリ"が自然と生まれてくる。そしてこの"身内ノリ"こそが、またもや悪い方向に働くのは想像に難くないだろう。
つまり、その界隈の自浄作用が失われる。誰かが問題発言をしたとして、その人のタイムが早ければなあなあで済まされ、遅い人は「過剰に反応しすぎである」として叩かれる。
そして、タイムが遅い人というのは、当たり前だがその界隈に来てから日が浅い人が多い。となれば、その人は早々にそこから退場することになる。
構造的に、RTA界隈というのは、ダメになる特徴をこれでもかと持ち合わせているのである。
最後に。この日記を誰が書いたとか、そういう詮索はしないこと。これは外野からの観測でも十分にわかることだからである。
それに、「あいつが書いたんじゃないか」という猜疑心を抱きながら行動しなければならないとしたら、それ自体があなたの界隈のいづらさを表しているのではないだろうか?
追記:予想外に反響があった一方で、論旨がうまく伝わっていないと思われるコメントが散見されたため、少しだけ追記を行う。
この日記の主語は、「RTA」ではなく、「RTA界隈」である。RTAというゲームの楽しみ方そのものを批判するような意図はなかったのだが、そうであるとも取れる記述を行っていたのは自分の至らなさである。
また、このような構造は、何もRTA界隈に限ったことではないとも考えている。ただ、RTAという競技の性質上、どうしても定型発達者よりもそうでない方が有利に働くことが多いという構造的な問題を指摘したまでである。
追記2:的外れな反論があるのでさらに補足しておくと、自分は発達障害の当事者だ。だからこそ、RTA界隈というところに足を踏み入れ、そして闇を知った。
発達障害というのは、必ずしもネガティブなものではないと考えている。それはただ、「発達の仕方にムラがある」というだけの話で、得手な部分も不得手な部分もあるというだけの話である。
急速に近付いてきた12月利上げ
円安が止まらなくなった結果、日銀の早期利上げが再び近付いてくることになる。かねてから本ブログは日本には中立金利がなく、代わりに中立為替レートが存在すると主張してきた。その中立為替レートも分かりやすいわけではないが、なんとなくの雰囲気として、ドル円が150円を超えると日銀に利上げ圧力がかかりやすくなる、という経験則は今サイクルで一貫して有用であった。元々金利市場が想定していた「ビハインド・ザ・カーブでない前提下の金融政策の正常化」は概ね1年2回利上げ程度のペースだったと思われるが、2025年に入ってから1月に利上げがあり、その後は「解放の日」と関税経済でそれどころではなくなる。関税経済がどうもそこまで景気に悪影響がないと判明する頃には、今度は高市政権が爆誕してしまう。関税経済を理由に1回分の利上げがスキップされるのはやむを得ないが、12月会合と1月会合まで据置きで通過してしまうと2回分のスキップになり、そもそもやる気がないと感じざるを得ない。
高市首相は昨年夏の利上げに際して「今利上げするのはアホやと思う」と発言したことで利上げを許さない印象が強いが、今のところ高市政権として金融政策への干渉が強かったわけではない。新政権爆誕直後の10月会合で利上げが行われなかったのは自然である。政権とのすり合わせを行わないまま金融政策を変更し、後になって政権との意見の不一致が目立った場合、金融政策への信認が損なわれるからだ。そういうことがあるから年8回もの決定会合予定が設けられているのである。
12月に入ってすぐ、植田総裁の講演で12月利上げ予告に入った。特に講演資料の実質金利のチャートが、それまで国債金利から日銀スタッフが算出した期待インフレを引いて算出していたのが、政策金利からCPIを引いたものに変更されたのが決定的であった。まさか日銀の中の参謀が本ブログを目にしたわけではないだろうが、本ブログがインチキと批判してきた日銀スタッフ算出期待インフレと基調的物価が消え、より直感的に実質政策金利の異様な低さを理解できるようになったのである。新しい実質金利は「利上げしても金融政策はまだまだ緩和的である」と政権を説得しやすくなったし、その明快さは基調的物価を言い訳とした逡巡を許さない。しばらくして「政権も利上げ判断を容認する構え」との観測記事が出たことで12月利上げはダンディールとなった。高市政権の円安に対する心境の変化まで記事にされている。植田総裁もこれまで異様なまでに自信を持てなかった「持続的な2%物価目標達成に近付いている」と踏み込んだ。
なぜ12月利上げが急速に現実化し、また政権によって容認されたのか。やはり鍵は円安と中立為替論だろう。もっとも0.25%程度の利上げによって円安を反転させるのは困難と、すぐに市場参加者に足元を見られた。1回の利上げだけでなく、2~3年スパンでもっと利上げを継続できる、つまりターミナルレートの高さを示す必要があると言われ始めた。今の国債金利カーブが織り込んでいるペース通りの利上げでは為替市場が反応するはずがないため、一旦当局が利上げによって円安を阻止すると決めた以上は相当の利上げが必要となる。それを先回りする形で国債金利が大幅に上昇すると、植田総裁がまた動揺したようで「国債金利が急激に上昇した場合は機動的に国債買い入れ増額で買い支える」と発言すると、それを見て更に円安が進んだ。荒れた時の機動的な国債買入れ増額自体はYCCを撤廃した時からの既定路線であるが、金融政策への興味が薄い為替市場の参加者によって円売り材料にされやすかった。日銀は国債金利と為替の片方の安定しか選べない二律背反に陥ってしまったのである。