
はてなキーワード:ダニとは
ストリート・エピステモロジー(SE)は、相手の信念の「内容(What)」ではなく、その信念に至った「プロセス(How)」を問うソクラテス式問答法である。陰謀論や根拠のない政治的確信に対して、直接「それは嘘だ」と指摘するのではなく、「どうすればそれが真実だと知ることができるか」を共同で探求するスタンスを取る。
オンライン上のトローリングや攻撃的なコメントに対しては、マーシャル・ローゼンバーグのNVCを応用した「脱エスカレーション・ループ」が有効である。
このプロセスは、相手の「攻撃」を「満たされていないニーズの悲劇的な表現」として再定義し、敵対関係を協力関係へとシフトさせる構造を持つ。
個人の対話スキルを向上させるだけでは、社会全体の分断は解消されない。SNSのアルゴリズムが増幅する情動的二極化に対抗するためには、デジタル空間の特性(アフォーダンス)を理解し、ネットワークレベルでの介入を行う必要がある。
政治的コミュニケーションにおいて、左派と右派には「美的非対称性(Aesthetic Asymmetry)」が存在する。歴史的に、左派は壁画やプロテストソングのような「参加型」で「構成的(Constitutive)」な芸術――コミュニティの結束を高め、希望を共有するための表現――を好んできた。一方、現代の右派(特にオルタナ右翼)は、ミームやシットポスティング(Shitposting)のような「道具的(Instrumental)」で「武器化されたユーモア」――相手を嘲笑し、混乱させ、分断を煽るための表現――に長けている。
この非対称性が意味するのは、左派的な「真面目で、説明的で、道徳的に正しい」コンテンツは、ミーム戦争においては圧倒的に不利であるということだ。ミームは文脈を剥ぎ取り、瞬時に情動(特に嘲笑や優越感)を喚起することで拡散する。
対抗戦略:脱分断ミーム(Depolarizing Memetics)
反発を招かないデジタル拡散のためには、以下の原則に基づいた新しいミーム戦略が必要である。
ネットワーク分析の研究は、SNS上の世論形成において、著名な「インフルエンサー(発信者)」以上に、「マルチプライヤー(拡散者)」と呼ばれる層が決定的な役割を果たしていることを示している。マルチプライヤーは、特定のイデオロギー・クラスター内で情報をキュレーションし、リツイートによって可視性をブーストする「ゲートキーパー」である。彼らは高い「整列スコア(AlignmentScore)」を持ち、陣営をまたぐことは稀である。
批判的メッセージを拡散させるためには、インフルエンサーを説得するのではなく、このマルチプライヤー層が「リツイートしたくなる」コンテンツを設計する必要がある。そのためには、前述の「道徳的翻訳」が不可欠である。保守系マルチプライヤーは、リベラルな正論は無視するが、「言論の自由」や「エリートへの懐疑」というフレームで語られた批判(例:「真の愛国者は、大統領であっても盲信しない」)には反応する可能性がある。クラスターの境界を浸透できるのは、そのクラスターの言語で語られたメッセージのみである。
X(旧Twitter)等のアルゴリズムは、「怒り」や「恐怖」といった高覚醒の情動を引き起こす投稿を優遇する傾向がある。冷静な対話は「退屈」とみなされ、表示順位が下がる。この構造的ハンディキャップを克服するためには、「怒り」以外の高覚醒情動、すなわち「驚き(Awe)」「好奇心(Curiosity)」「感動(Kama Muta)」を利用する必要がある。
以上の理論と技法を、一般市民や草の根活動家が実践可能な形に落とし込むためのマニュアル(ハンドブック)の設計図を以下に提示する。この構成は、米国の草の根運動ガイド『Indivisible Guide』の成功モデル(段階的習得、具体的アクション、テンプレート化)を参照している。
目的:実践者のマインドセットを「論破」から「影響」へとシフトさせる。
本報告書で提示した戦略は、短期的な選挙勝利のための戦術ではない。サイモン・シネックが言う「無限のゲーム」――すなわち、対話が継続可能であり、社会システムが崩壊しない状態を維持すること――を目的としている。
情動的二極化という「内戦」状態において、最大の勝利は敵を倒すことではなく、敵を「対話可能な競争相手」へと戻すことである。そのためには、批判者自身がまず武装(道徳的優越感)を解除し、相手の認知フレームの中に降りていく勇気を持たなければならない。この「戦略的共感」こそが、分断された世界をつなぎ直す唯一の現実的なエンジニアリングである。
戦略的共感と認知的安全保障:反発を招かない政治的批判のための包括的枠組み
現代の政治空間は、政策の不一致(イデオロギー的二極化)以上に、対立グループに対する嫌悪や恐怖といった感情的拒絶反応(情動的二極化)によって支配されている。この環境下において、伝統的な「批判」の手法――事実の提示、道徳的糾弾、論理的論破――は、その機能不全を露呈しているだけでなく、逆効果をもたらしていることが多くの実証研究によって明らかになっている。批判対象者の信念を強化してしまう「バックファイア効果(Backfire Effect)」や、批判者を存立危機的脅威とみなす「アイデンティティ防衛機制」が作動するためである。
本報告書は、心理学、認知科学、政治社会学の最新知見に基づき、政治的対立者に対して反発(バックラッシュ)を招かずに影響力を行使するための戦略的枠組みを提示するものである。ここで目指すのは、単なる「中道的な妥協」や「礼儀正しさ」の推奨ではない。人間の認知アーキテクチャの脆弱性と特性をハッキングし、相手の道徳的・感情的防御壁を迂回してメッセージを届けるための、エンジニアリングされたコミュニケーションプロトコルである。
報告書は大きく三つのフェーズで構成される。第一に、なぜ従来の批判が失敗するのかを脳科学的・心理学的メカニズムから解明する理論編。第二に、その防御壁を突破するための具体的な対話技法(ディープ・キャンバス、ストリート・エピステモロジー、NVC)を体系化した実践編。そして第三に、これらの技法を個人のスキルから社会運動へとスケールさせるための組織論と普及戦略である。
効果的な批判戦略を設計するためには、まず人間の心がどのように政治的情報を処理し、拒絶するかというメカニズムを理解しなければならない。政治的信念は単なる情報の集合体ではなく、個人のアイデンティティや所属集団への忠誠心と融合した「拡張された自己」の一部として機能している。
近年の政治心理学における最も重要な発見の一つは、情動的二極化(Affective Polarization)の実態解明である。これは、対立する政治グループのメンバーに対して「好きか嫌いか」という感情的温度差が極端に開く現象を指す。研究によれば、情動的二極化は対人関係の悪化だけでなく、個人の心理的幸福感(ウェルビーイング)の低下、社会的支援の減少、ストレスの増大といった「個人内損害(Intrapersonal Harm)」をも引き起こすことが示唆されている。特に、リベラル層において高い情動的二極化とストレス、健康悪化の相関が見られることは、政治的怒りが批判者自身をも蝕むことを示している。
この情動的二極化は、脳内で一種の「信頼のファイアウォール」として機能する。アウトグループ(外集団)から発信された情報は、その内容の真偽にかかわらず、自動的に「悪意ある攻撃」としてタグ付けされる。扁桃体が脅威を検知し、前頭前野が論理的推論ではなく「反論の生成」のために動員される「動機づけられた推論(Motivated Reasoning)」が作動するためである。この状態にある対象者に正論をぶつけることは、火に油を注ぐ行為に等しい。
バックファイア効果とは、誤った信念を訂正しようとする試みが、かえってその信念を強固にしてしまう現象である。このメカニズムには、自己肯定感の維持と集団への所属欲求が深く関わっている。批判を受け入れることは、過去の自分を否定すること(自己の一貫性の喪失)や、仲間を裏切ること(社会的死)を意味するため、脳は全力でそれを回避しようとする。
さらに、批判のフレーミング(枠組み)が、受け手のイデオロギーとミスマッチを起こしている場合、説得効果は皆無となるばかりか、抵抗を強める結果となる。例えば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策におけるメッセージングの研究では、リベラル層が「利得フレーム(マスクをすれば命が助かる)」と「損失フレーム(マスクをしないと命が失われる)」の双方に敏感に反応し、コンプライアンスを高めたのに対し、保守層はこれらのフレーミング効果に対して強い抵抗を示したことが明らかになっている。これは、問題が高度に政治化された文脈においては、一般的な行動経済学的介入(ナッジ)さえも、イデオロギーのフィルターによって無効化されることを示唆している。
批判が受容されるための極めて重要な、しかし見過ごされがちな因子として「知的謙虚さ(Intellectual Humility:IH)」がある。IHとは、「自分の知識や信念が間違っている可能性を認識する能力」と定義される。最新の研究は、対話において自身の知的限界を認める態度が、相手の情動的二極化を低減させる強力な緩衝材となることを示している。
特筆すべきは、IHが「相手からの好意(Target Liking)」を媒介して、対話への「接近行動(Approach)」を促進するというプロセスである。批判者が「私は絶対に正しい、お前は間違っている」という道徳的マウンティング(Moral Grandstanding)の態度を取ると、相手は「回避行動」をとる。逆に、批判者が「私も確信はないのだが」「複雑な問題で迷っているが」という不確実性を提示することで、相手の警戒心が解け、対話の土俵に乗る可能性が高まる。知的謙虚さは、相手の武装解除を促すための「白旗」ではなく、心理的防衛壁を通過するための「通行手形」として機能する戦略的資質である。
政治的対立の根源には、事実認識の相違以上に、道徳的直感の相違がある。リベラルと保守は、異なる「道徳の言語」を話しているにもかかわらず、自身の言語で相手を説得しようとするため、コミュニケーション不全に陥る。本セクションでは、道徳基盤理論(Moral FoundationsTheory: MFT)を応用し、批判を相手の価値観に翻訳して届ける「道徳的リフレーミング」の技術を詳述する。
ジョナサン・ハイトらが提唱した道徳基盤理論は、人類の道徳的判断が以下の5つ(または6つ)の生得的な基盤の上に構築されているとする。
実証研究が一貫して示すのは、リベラル層が主に「ケア」と「公正」の2基盤に強く依存するのに対し、保守層は5つの基盤すべて(特に忠誠、権威、神聖)を重視するという非対称性である。
多くの政治的批判が失敗するのは、リベラルが保守に対して「それは弱者を傷つける(ケア)」「不平等だ(公正)」というリベラル特有の語彙で攻撃するためである。保守層にとって、これらの価値は「忠誠」や「権威」よりも優先順位が低いため、批判は響かない。逆に、保守がリベラルに対して「伝統を破壊する(権威)」と批判しても、リベラルはそれを抑圧としか捉えない。
反発を招かない批判のためには、自身の主張を相手の道徳基盤の語彙を用いて再構成(リフレーミング)する必要がある。これを「道徳的合気道」と呼ぶ。相手の道徳的エネルギー(価値観)を利用して、相手の姿勢を崩す技法である。
以下の表は、主要な政治的争点において、従来のリベラル的批判(バックラッシュのリスク大)を、保守的道徳基盤に翻訳した戦略的フレーム(受容可能性大)に変換したものである。
| 争点 | 従来のリベラル的批判(高リスク) | 戦略的リフレーミング(低リスク) | ターゲットとする道徳基盤 |
|---|---|---|---|
| 環境保護 | 「地球温暖化は弱者や未来の子供を苦しめる。」(ケア) | 「我々の国土と美しい自然は神からの授かりものであり、汚染から守り抜く義務がある。」 | 神聖/堕落、忠誠/背信 |
| 同性婚 | 「誰を愛するかは個人の権利であり、平等であるべきだ。」(公正) | 「結婚は社会を安定させる伝統的な制度であり、同性カップルもその責任ある関係に組み込むべきだ。」 | 権威/転覆(社会秩序)、忠誠 |
| 軍事費 | 「軍事費を削って福祉や教育に回すべきだ。」(ケア/公正) | 「無駄な軍事支出は国家の財政を弱体化させ、真の国防力を損なう背信行為だ。」 | 忠誠/背信、権威 |
| 政治腐敗 | 「富裕層ばかり優遇するのは不公正だ。」(公正) | 「私利私欲のために公職を利用することは、国家への裏切りであり、高潔な職務を汚す行為だ。」 | 忠誠/背信、神聖/堕落 |
| 移民問題 | 「難民を助けるのは人道的な義務だ。」(ケア) | 「秩序ある移民受け入れは、国家の活力を維持し、アメリカンドリームという伝統を守るために必要だ。」 | 忠誠、権威(秩序) |
研究によれば、保守層に対して環境保護を「神聖さ」や「愛国心」の文脈で語った場合、リベラルな文脈で語った場合よりも支持率が有意に上昇することが確認されている。重要なのは、主張の内容(環境を守る)を変えるのではなく、その理由付け(なぜ守るか)を相手の言語に翻訳することである。
批判は通常、「現状のままでは悪いことが起きる」という損失フレーム(Loss Frame)で行われることが多い。しかし、損失フレームは恐怖や不安を喚起し、防衛的な反応を引き起こしやすい。これに対し、「ゲイン・フレーム(Gain Frame)」を用いた批判は、望ましい未来像を提示し、その実現を阻害する要因として現在の問題を指摘する手法である。
例えば、政治家のスキャンダルを追及する場合、「彼は嘘つきだ(損失フレーム:信頼の喪失)」と攻撃するのではなく、「我々は正直で高潔なリーダーを持つに値する国家だ(ゲイン・フレーム:尊厳の回復)」と主張する。このアプローチは、批判の対象を「個人」から「規範の維持」へとずらし、相手の「権威への尊重」という道徳基盤を刺激しつつ、攻撃性を緩和する効果がある。研究は、特にリスク回避傾向の強い層に対しては損失フレームが有効な場合もあるが、イデオロギー的に対立する層に対しては、ゲイン・フレームや道徳的適合性の方が「聞く耳」を持たせる効果が高いことを示唆している。
理論を実践に移すためには、具体的な対話スクリプトと手順が必要である。ここでは、異なる文脈(対面、オンライン、深い対話)において効果が実証されている3つの主要なプロトコルを詳述する。
ディープ・キャンバスは、戸別訪問(キャンバス)において10〜20分の深い対話を行うことで、トランスジェンダーの権利や移民問題などの二極化した争点に関する態度を変容させる手法である。従来の「事実の弾丸」を撃ち込む方法とは異なり、「脆弱性の交換」を通じて相手の情動的反応を書き換える。
研究によれば、ディープ・キャンバスは従来の説得手法の約102倍の効果を持ち、その効果は数ヶ月持続することが確認されている。
ストリート・エピステモロジー(SE)は、相手の信念の「内容(What)」ではなく、その信念に至った「プロセス(How)」を問うソクラテス式問答法である。Permalink |記事への反応(1) | 11:19
「減税」合戦、その先は自己責任社会でいいのか 奪い合わない選択は
NPO法人POSSE代表理事・岩本菜々=寄稿2026年2月7日 9時00分
だが、こうした状況に対して、社会の多くの人は無関心である。それどころか、権利を要求する生活保護受給者をたたき、切り下げを積極的に支持していくような雰囲気すらある。こうした世論があるからこそ、国が司法の判断を軽視することが可能になっていると言ってもよいだろう。物価高騰にともなう社会全体の貧困化は、賃上げや社会保障の拡充要求へと向かうのではなく、むしろ「自分たちの生活を守るために他者を切り捨てる」という意識を広げているように思われる。
これを象徴するのが、現在行われている選挙で各党が掲げる「減税」合戦である。たしかに減税を行えば、多少なりとも手取りは増えるかもしれない。しかしその結果として社会保障が削減されることになれば、よりいっそう自己責任が強化された社会が待っている。
昨今の選挙では、外国人が社会保障に「ただ乗り」し、日本人の納めた税金を奪っているという主張や、高齢者の医療費負担が若者の生活を圧迫しているといった主張が人々の共感と支持を得ている。
私たちはこのまま、自分の生活を防衛するためなら他者を切り捨てることもいとわない、冷たい社会へとつきすすんでいくほかないのだろうか――。本稿では生活保護切り下げや「減税」合戦がもたらす現状を分析し、そこから抜け出す可能性を考えていきたい。
上がり続ける物価、夏場は生きるのがつらい
いま、私が代表を務めるNPO法人POSSEも含む支援団体で行っている生活相談会では、生活保護受給者からの相談が急増している。全国の支援団体や弁護士が連携し年3回開催する「なんでも相談会」の埼玉会場では毎回食料配布を行っているのだが、この2年ほど、生活保護を受給している人が食料を求めて列に並ぶことが増えてきた。
たとえば、25年春の相談会では、生活保護費と年金で生活する80代の夫婦が、朝早くに訪れた。2人は、生活保護費が足りず、食事を十分に取れずに痩せ細っていた。特につらいのはエアコン代のかかる夏場だという。電気代を払うと食費が足りなくなってしまうため、1日1食、安いせんべいを買って水に溶かして食べて空腹をしのいだり、コッペパンを3等分して食べたりして乗り切った。妻は、ひと夏で体重が4キロ落ち、夫はレタスもかめないほど衰弱してしまったという。
生活保護費が足りずに亡くなったと思われる方も出てきている。生活保護引き下げ違憲訴訟の集会では、生活保護を受ける当事者から「エアコンが使えず、生活保護を受給していた仲間が熱中症を発症して亡くなってしまった」という報告を、昨年だけで2回聞いた。亡くなったうちの1人は東京に住む女性で、もう1人は神奈川で生活保護裁判の支援もしていた男性である。
5年ほど前までは、失業した人や、病気で働けない人も、生活保護につなげばなんとか命を守ることができた。だからこそ、相談会でも「生活保護につなげる」ことが一つの目標だった。しかし、生活保護の減額が維持されたまま、物価が上がり続けていることで、生活保護を受けても生存が守られなくなりつつある。
セーフティーネットが十分に機能しない社会では、生活を維持するためには、ひたすら自己責任で働き続けなければならず、ひとたび病気になったり、高齢により就労が難しくなったりしたら、途端に死への恐怖と隣り合わせになる。その残酷さを、日々現場で実感している。
選挙で繰り広げられる「減税」合戦は、こうした状況に拍車をかけている。この数年は、減税による「現役世代の手取り増」が焦点化されてきた。この主張は、一部の政党の公約では、外国人や高齢者などへの社会保障削減と表裏一体の形で展開され、人々の支持を集めてきた。
たとえば、国民民主党や日本維新の会は、現役世代の保険料負担を軽減すると同時に、高齢者の医療費負担の引き上げを公約に掲げている。さらに、参政党は「終末期における過度な延命処置に高額な医療費をかけることが国全体の医療費を押し上げる要因の一つとなっている」として、尊厳死の法制化を公約に掲げているほか、外国人への生活保護の支給停止も訴えている。
大胆な減税への要求と、「税金を食い潰している」として高齢者や外国人などを攻撃する排外的な主張が支持を集めるなか、高市政権下ではすでに、様々なセーフティーネットの切り下げが検討されている。たとえば厚生労働省は、高額療養費制度の見直し案として、所得に応じて27年夏までに自己負担の月額上限を7~38%程度引き上げる案を提案している。さらに25年12月には、維新と自民党が、市販薬と成分が似ているOTC類似薬について、約1100品目について25%の患者負担増とすることで合意した。
減税合戦がエスカレートすればするほど、「次は誰を切り捨てるか」ということが問われ、不断に排除と分断が生み出されていく。
なぜなら、法人税増税、富裕層増税などが実現されないまま減税によって貧困を克服しようとすれば、「では、どの支出を削るのか?」という問いは避けられないからだ。そうした構図の中で、排除の線引きが、「外国人労働者」「高齢者」「難病患者」など、様々な形で引かれていく。
この構図を見て私が想起したのは、21年に大流行したNetflixドラマ「イカゲーム」だ。
様々な理由で多額の借金を抱えた貧者たちがデスゲームの会場に集められ、賞金を目当てに殺し合いをさせられるという物語。死者が増えるたびに生存者に割り当てられる賞金の額が増えるため、参加者たちは、自分自身や自分の家族を守るため、「自主的」にゲームに参加し、参加者同士で裏切り、殺し合う。その様子を、上から超富裕層が楽しげに見物しているが、ゲームの参加者は彼らの存在に気がつかない。
限られた財源の負担と配分をめぐり、人々は他者を排除し、少しでも自分の取り分を得るという競争に巻き込まれてしまっている。今の日本の政治状況は、まるで「イカゲーム」の世界がそのまま現実になっているかのようだ。
多くの人が、他者への分配を減らすことで減税を実現することが、自分の生活を防衛する唯一の方法であると思わされてしまっている。しかし、本当にそれしか方法はないのだろうか。「イカゲーム」ではシリーズの後半、主人公が参加者を説得して味方につけ、ゲームの主催者に闘いを挑むことで、ゲームそれ自体を終わらせようとする。
他国に目を向ければ、現実の世界でも、社会の99%を占める労働者が連帯し、富を独占する1%に闘いを挑むことで、富と貧困が同時に拡大する社会にNOを突きつけ、誰もが生存可能な社会をつくろうとする試みが広がっている。
たとえば、25年の米ニューヨーク市長選では、イスラム教徒で移民であるゾーラン・マムダニ氏が当選した。彼は、富裕層への増税を行い、その財源で幼児教育の無償化・市営バスの無料化・家賃の値上げ凍結などを実現するという主張を掲げ、貧困化する労働者層の支持を得たのだ。その背後には、若い世代を中心とする10万人近くの選挙ボランティアによる、地道な個別訪問による説得があった。ボランティアらは、生活苦のなか、敵対の構図は「白人労働者」vs「移民労働者」などではなく、「99%の貧しい労働者」vs「富を独占する1%の富裕層」なのだと、有権者に語りかけたのだ。
こうした動きは、アメリカ全土で広がりを見せている。25年10月にあった「NOKINGS(王はいらない)」デモは、「NOKINGS NO BILLIONAIRES(王はいらない、富裕層はいらない)」をスローガンに掲げ、主催者発表によると全米で700万人を動員したという。
労働組合を結成し賃上げを求める闘いも広がっている。アメリカのスターバックスでは、550店舗で働く約1万2千人が労働組合に加入し、CEOが平均的な労働者の6千倍近くの報酬を得ていることを批判し、賃上げを要求している。さらに、ニューヨーク市の複数の私立病院では、26年1月12日から看護師計約1万5千人がストライキに突入した。現場となった病院の一つでは、CEOが年間でおよそ2630万ドルもの報酬を受け取っていた。看護師たちは、賃上げや人員の確保を要求し、現場で働く労働者と地域住民のために富を使うよう経営陣に迫っている。
日本でも26年2月2日、減税合戦が繰り広げられる選挙戦のただ中で、「非正規春闘」の開始宣言が行われた。これは、労働者が様々な差異を乗り越えて連帯し、利益を分配しない企業や富裕層に対抗していくという世界の運動の流れをくむものだ。
今年の非正規春闘では、非正規雇用労働者を組織する35の労働組合が、160社、10自治体に対し賃上げを求める方針だ。日本企業がため込んでいる利益である内部留保が過去最高となる一方、社会を支えるエッセンシャルワーカーは低賃金でこき使われている。こうした状況に対抗するべく、10%以上の賃上げを求めて非正規労働者らが連帯し、交渉を始めたのだ。
記者会見には、保育士・語学講師・飲食店アルバイト・出版流通で働く労働者など、会社・職種・国籍の垣根を越えた非正規労働者たちが集まり、非正規雇用労働者全体の底上げを求めていく決意が語られた。
貧しい者同士の分断があおられ、誰もが目先の手取りに関心を奪われている日本社会で、仲間とつながり、賃上げや社会保障の拡充を求める連帯を地道に広げていくというのは、困難な道のりかもしれない。しかし、こうした取り組みを広げていくことが、誰もが手取りの減少におびえ、生活苦が進むほど財源の負担をめぐって互いを蹴落とし合うという絶望的なゲームから抜け出す唯一の方法だと、私は思う。
写真・図版
Yahooニュースで見た、「イベルメクチンが癌に有効なのでは」という主旨の記事についてAIに判定してもらう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/1dcb9d059bd8e87d2885e7adeab13ad0a3febffd
大カテゴリ: A. 説得・オピニオン
読者の直感(System 1)に訴えかけ、熟慮(System 2)を阻害するような情報提示の有無を分析します。特に医療情報において、権威や感情に訴える表現は注意が必要です。
医療に関する主張であるため、提示されている情報が科学的コンセンサスに基づいているか、エビデンスの質と量が十分か、その提示方法が適切かを評価します。
文章内の主張や推論に矛盾がないか、根拠と結論の間に論理的な飛躍がないかを確認します。特に、限定的な情報から一般化された結論を導いていないかを検証します。
特定の薬や治療法を「ヒーロー」のように描き、その物語性を通じて読者の感情や信頼感に訴えかけようとする意図を分析します。
本文は、読者の直感的な思考(System 1)に強く訴えかけ、熟慮(System 2)を促す客観的かつ詳細な情報提供を意図的に避けている傾向が見られます。「ノーベル生理学・医学賞を受賞した北里大学の大村智博士が発見した」「世界中で数億人以上の人々を救ってきた」「安全性の高い薬です」といったフレーズは、イベルメクチンに対する強い肯定的な感情や信頼感を直感的に抱かせるための、強力なアンカリング効果を生み出します。これにより、読者はその後の主張(がん治療への効果)に対しても、批判的な吟味をせず受け入れやすくなります。また、「私はがん治療の現場に立つ医師として、この薬のがんに対する力を確信しています」という個人的な確信の表明は、発信者の権威を利用した感情的訴求であり、読者のSystem 1をハックする典型的な手法です。
"2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した北里大学の大村智博士が発見した"
"世界中で数億人以上の人々を救ってきました。もともと寄生虫やダニなどに使われてきた安全性の高い薬です。"
"私はがん治療の現場に立つ医師として、この薬のがんに対する力を確信しています。"
イベルメクチンのがん治療における有効性に関する記述は、科学的エビデンスの提示が極めて曖昧で不十分です。「研究結果が世界中で報告されています」「最新の研究では〜わかってきました」「有効性が示唆されています」という表現は、具体的な臨床試験のフェーズ、研究デザイン、対象患者数、統計的有意性、査読の有無など、科学的信憑性を裏付ける重要な情報が完全に欠落しています。また、現時点でのイベルメクチンのがん治療への適応は、大規模なランダム化比較試験によって確立されたものではなく、標準治療として推奨される科学的コンセンサスは存在しません。筆者の「確信」は、個人の経験や観察に基づくものであり、科学的エビデンスとは異なります。参考文献として挙げられている「イベルメクチン 世界の臨床医の証言」も、学術論文ではなく、個人の見解や経験を集めたものである可能性が高く、標準的な科学的根拠としては不十分です。
"この薬が、がん細胞にも作用するという研究結果が世界中で報告されています。"
"最新の研究ではイベルメクチンが、がん細胞の分裂のしくみやエネルギー代謝に影響を与えたり、免疫細胞の働きを活性化させたり、がん細胞の成長を抑制し、特に「がん幹細胞」に対して効果を発揮することがわかってきました。"
"参考:「イベルメクチン 世界の臨床医の証言」:ポール・マリク"
文章全体には、論理的な飛躍と矛盾が見られます。まず、「もともと寄生虫やダニなどに使われてきた安全性の高い薬です」という記述は、過去の用途における安全性が、がん治療という異なる文脈においてもそのまま適用されるかのような印象を与えます。がん治療における長期的な安全性や、抗がん剤としての副作用プロファイルは、寄生虫駆除とは全く異なる基準で評価されるべきです。次に、「副作用もなく」と断言しつつ、その直後に「万能薬とまでは言えません。どんながんにも必ず効くわけではないですし、まだ充分な臨床試験も進んでいはいません」と、主張を限定する表現が続きます。これは、読者に強いポジティブな印象を与えつつ、批判をかわすためのレトリックであり、論理の一貫性に欠けます。未確立な治療法に対して「力を確信しています」と強く主張する一方で、「充分な臨床試験も進んでいはいません」と現状を認める点も、結論と根拠の間に大きなギャップを生じさせています。
"もともと寄生虫やダニなどに使われてきた安全性の高い薬です。"
"副作用もなく、経口薬として使えるため、患者さんの負担も少ない反面、万能薬とまでは言えません。"
"どんながんにも必ず効くわけではないですし、まだ充分な臨床試験も進んでいはいません。しかし私は、イベルメクチンによるがん治療に、明るい可能性を感じています。"
本文は、イベルメクチンを「既存の三本柱(手術・抗がん剤・放射線治療)に代わる、あるいは補完する新たな希望」という元型的なヒーローの物語として提示しようとしています。ノーベル賞受賞者による発見という「起源の物語」と、「世界中で数億人以上を救ってきた」という「偉業の物語」が、この薬を特別な存在として位置づけています。さらに、「がん幹細胞」という難敵に立ち向かう力を持つという記述は、がん治療の最前線で戦う新たな「救世主」としてのナラティブを強化します。この物語構造は、複雑で絶望感を与えがちな「がん治療」というテーマにおいて、読者に単純な希望と解決策を提示し、感情的な共感を呼び起こすことで、イベルメクチンへの期待感を高める効果を狙っています。
"2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した北里大学の大村智博士が発見した寄生虫駆除薬です。"
"世界中で数億人以上の人々を救ってきました。"
"特に「がん幹細胞」に対して効果を発揮することがわかってきました。"
本文章は、未確立な医療情報に対して、特定の薬(イベルメクチン)の有効性を強く推奨するものであり、その情報提示には強い危険性が伴います。
筆者は医師としての肩書と個人的な「確信」を前面に出し、ノーベル賞受賞や過去の実績といった権威性を援用することで、読者の直感(System 1)に訴えかけ、イベルメクチンに対する過度な期待感を煽っています。科学的エビデンスの提示は極めて曖昧であり、がん治療という極めて重大な意思決定に関わる情報としては、信頼性に欠けます。論理的な飛躍や矛盾も散見され、特に「副作用もなく」という断定と、その後の限定的な表現は、読者の誤解を招く可能性があります。
がん治療は、科学的根拠に基づいた標準治療が最も重要であり、未確立な治療法への過度な期待は、患者が適切な治療機会を失うリスクを高めるだけでなく、経済的・精神的な負担を増大させる可能性があります。この文章は、そのような誤った選択を誘導する危険性を内包しています。
聞いてて、なんかスゲー歯に物が挟まったような言い回しだなーと思った
これはマムダニ氏がニューヨーク市長に就任したことを報じるニュースの第一声
本人が民主社会主義者を自認し、トランプから共産主義者呼ばわりされれば、それは紛れもなく左派だ
NHK的にはマムダニ氏は左派的な政策を掲げているが左派ではないという認識なのかもしれない
ところがこのニュースに「アメリカの民主党内では左派と穏健派との間で分断が起きている」と解説を付けているからややっこしい
NHKの評価基準には穏健左派も中道左派も存在せず、左派は全て左派なのだ
当然、ノンポリや中道右派や急進右派といったものは全部、穏健派ということになるだろう
つまり、NHKにとって、左派であることは穏健ではなくなるということだ
じゃあ、左派的な政策を掲げるマムダニ氏は、紛れもなく左派じゃないかっ!
たぶんだが、NHKにとって左派というレッテルはナチというレッテルと並ぶ悪評であり、仮にもマムダニ氏はニューヨーク市長に就任する人物であるから国営放送という立場上、そのようなものを付けるのを避けたかったのだろう
正月からめでたい話ばかりでお前らは嫉妬心メラメラで苦しかろう。
俺が惨めな敗者の話をしてやろう。
最先端に追いつ着こうとしなければいけないという焦燥感に耐えられなくなった。
眠っている間にも海の向こうから技術と資本と規制とが次々にやってくることの風圧が俺の心をささくれだて、そして俺のメンタルは風化していった。
少ししてメンがタリてきた俺は再就職を始めた。
「チョットパソコンできる」でアピールしたら意外なほどに就職先には困らなかった。
何をやってきて何が出来て何がやりたくないかを淡々と語ればいいだけだ。
自分が天命を授かってここへやってきた元バイトリーダーで生まれついての健康的な陽キャで真面目でガクチカな輩だと語る必要は一切なかった。
そして俺はそこそこの会社のそこそこの立場に入ってそこそこの人生に復帰できた。
過ぎていく毎日が虚しい。
どんな技術の進歩も俺の遥か彼方で起きている出来事になっていた。
子供の頃に目を輝かせていたゲームやインターネットの進歩がもうただの苦痛でしかない。
古臭いOfficeをチマチマと使う環境に必死にへばりついて生きる時代遅れの老人として生きる俺達にとって、そういった変化は恐怖でしかないのだ。
進歩にかかわる経済圏から距離をとることに成功したことが、あとになってからこれほど苦しくなるとは。
本当に全てが遠い。
少し小遣いを多くもらっている中学生と大差がないぐらいの距離で俺は遠巻きに世界の進展を眺めている。
そのことが苦しい。
俺はもう違う。
この時間があと何十年も続く。
俺はその間ずっとそこかれ遠い場所にいるんだ。
AI絵師なんかをやってみたこともあるが、あんなのは技術の世界に何も関わってない。
使う側で終わるならどんなに最新の情報を交換してもスクリプトキディの域を出ない。
LORAの上手い作り方を学ぶことがリバースエンジニアリングの真似事になると信じるには本物のエンジニアリングに関わりすぎた。
ダニングクルーガーの波を一度超えたあと、その道を戻った人間が何処に行くと思う?
潜るんだよ。
あのグラフの底に叩きつけられたあとで、能力を失えば自認は地下へと潜り出すんだ。
辞任がマイナスへと突き進む日々、自分が何者なのか分からなくなってくる。
お前ら良かったな。
きっと俺よりは幸せだ。
共産党に入って五年経った。
https://anond.hatelabo.jp/20251227155424
反差別なんて掲げて誰が票を入れるんだろう、中央は今回の選挙を捨てたんだと私は思っていた。
だから、反差別で、闘って本当によかったと思った。その後のことは、ごめんなさいしかない。
私は差別反対というのは票が逃げると思っていた。
この言い草がムカつくのは
この人は「差別」についてどれぐらい考えたことあるんだろうかという事が全然見えてこないからだ。
道に出て行って「差別反対」とかいう幟を振り回して中指立ててる見るからに愚鈍でだらしない感じの中高年以外、
差別主義者なのか?
むしろお前等は差別というものを社会の中でどのように御するか付き合うかについて
真剣に考えてやってるのか?到底そうは思えない。
それで終わりにするならお前等の反差別なんてただのポルノ兼棍棒じゃん。
社会の中でどのような運動が可能またはあって然るべきと思ってるんだ?
お前等が言えるのなんて無考えを露わにした硬直的スローガンかやった感アクションかどっちかだと思ってるよ。
軽い気持ちでサベツサベツ言いやがって、恥知らずのゴミどもがよ。
議員の生活相談でつながった人がほとんどで、家を失ったのをすんでのところで助けてくれたなんて過激なものもあれば、
俺が共産党を肯定できる理由があるとすればそういう人達の存在ぐらいなんだが
温かい心で町内の人達を助けるという事においては共産党の人は有能だよ。
それ以上のことをやろうとすると無能になる。
なんで自分達の出来るところで自分達の能力を発揮して、そこで満足が出来ないんだ?
反戦平和。無理ですよ。そんな高い能力が必要とされる仕事は、お前等無能には。
差別反対。無理ですよ。お前等自身一人一人すら克服できてねえことを、この社会から除くと?
人に抜きんでた能力を証明したこともなくそれだけの大言壮語をさえずれるのは
よっぽど無責任で、よっぽど客観性を欠き、よっぽどうぬぼれた間抜けなんだよ。
一般社会に伍して勝者やリーダーになる程度のことも出来なかった凡人以下の連中が
超人のような人間にしか無しえない難題を「我々が取り組みます」って、腹立ってしょうがねーわ。
中学生のテストでいい点取れないのに「東大狙います」って言ってるバカと何が違うんだよ。
お前等は町内で困った人に親切にしてろ。
それがお前等のみのほどであり十分尊い仕事なんだからそれをやってろ。
気軽に思い上がるな。
そうだよなぁ、勝ってほしいよなぁ、でも勝ち方が本当にわからないんだ、教えてほしい。
教えたってやらねえじゃん。
これはもうなんでもそうなんだけどね。
俺は太ってる奴が痩せる方法を知ってる。痩せさせる方法は知んねえ。
痩せたいと言ってるデブに痩せる方法教えてもやらない。何故か?
これは共産党老人だけじゃない、
「何かを達成したい」っていう時殆どの奴は
でもそれは無理だよ。
だって今までのお前こそが失敗の原因であり失敗の主体だったんだから。
それまでの自分ではない自分にならないと新しい結果は出てこない。
それは小さな死だけど、死を避けて今まで通り生きていたいと願うからなんも変わらない。
それを嫌がるだろ?だから無理です。
今いる構成員の老人が死に絶えてくれた方が早い。
「かっさらわれた」って言い方はおかしい、その背景として認識がおかしい。
よくはないけどそこまで問題だとは思ってない。
というか自分が支持する政治家が「会計報告チョンボでしたごめんなさい」つって
それだけで見放す支持者なんてどの政党の支持者にも居ねーだろ?
辻元ですら元気にやってんじゃん。辻元の前非を言うのはもとから辻元を嫌いな奴だけ。
与党を嗅ぎまわってスキャンダルに火をつける機能を見せても政党として信任を受けることはない。
こんなこともわからなくなってるなら高齢化が脳にもなんか影響を及ぼしている。
自民党から剥がした票は当然「自民党寄りの有権者から”次善選択肢”と評価してもらいやすい政党」に入る。
参政党や国民民主がそこを受け取るのは当然でなにも「かっさらって」はいない。
共産党は元自民支持者から選んでもらえるような努力をしたのか?
それをしてなくて参政党や国民民主の伸びを「我々からかっさらった」とか言ってるなら
人の足を引っ張る努力だけして自分が人気者になる努力はしてないのに人気者になりたいと願ってるんだから終わってる。
差別はNO、これだけは言い続けようと思った。
なんていうか、ごめん。私は、勝てないくらいで、投票をやめようと思ったことがない。
勝つ勝たないの問題じゃない、
じゃあ勝つ勝たないなんて話はやめて「自分のワーク」としてやってりゃいいじゃねえか。
どっちなんだよ?
ほんとこういう奴イライラするわ。
勝つ勝たないを至上命題に出来ないなら「勝つ方法教えてほしい」とか言うなよ。
勝つ勝たないに命懸けで取り組んでる奴なんかごまんといるのに
「勝つ勝たないの問題じゃない」とか言いながらそういう奴等に勝とうと?
なんか気持ちよく「、」とかつけてっけどさ。
要は
なんか選挙でも勝ててるような結果がほしーな☆」
って言ってるんだよね。
「口寂しいとき常になんか食ってて食事と間食の境目もない自分を維持したまま
なんか体重が減ってほしーな☆」
そんな高尚な物じゃないだろ。
居心地いい慣れ親しんだ自分でいたいだけだろ。
負けてんのにそっちを問題にしないで動かない方が楽なのに、ラクチンを「魂」って言ってるだけ。
「魂の、生き方の問題だ」とかほざいて浸ってるから変わることがないわけ。
繰り返すが、参政党が躍進したのは「裏金」報道のおかげなんかじゃねーぞ。
そもそも自民支持者はあの程度の「裏金」なんか気にしないから。
(参政党は「裏金」の話なんかしてないのに伸びた。共産党は必死に裏金裏金連呼したのに伸びなかった。現実見ろよというはなし)
それってなんだと思う?
「差別にNO」みたいなガビガビ解像度でうっすら見下してその見下しすら自覚しない。
なぜ勝てないか教えてほしいって
そうしたミルフィーユみてえな多層的な無能さゆえに共産党は勝てないんだよ。
というよりお前等みたいなのに勝てる対人ゲームはない。
そこでもう絶望的な気持ちになった自民党支持者が参政党に流れた。
(これは虚心坦懐にSNS眺めてりゃわかる。愚鈍で傲慢な奴はこの虚心坦懐が出来ないが。)
移民政策をドラスティックに「止め」て見せない限りはまた不満が噴火する。
たとえば岸田と武部は移民を入れる事業に自分の親族が噛んでる。そういうのはまだいるだろう。
これは相当根本的にまずい。
(何度も言うが攻略対象が何を許して何に我慢出来ないのか見極めろ)
「日本を滅ぼしても公金チューチューしたいダニを皆殺しにしないと再生はない」
👆俺が自民党をぶっ壊すならこのナラティブを焚き付ける。根本的にぶっ壊せるのはこれ。
(2番手火薬の社保に関わる世代間対立も絡めて行こう。移民と福祉も密接だしね。)
高市が相当強い手を打たないなら2026年中のどこかでまた自民を滅ぼす契機は巡ってくると思う。
勝つには別の共産党になる必要があるってのは例えばそういうこと。
ふわふわした「差別にNO」と「息のかかる範囲への優しさ」までの能力しかない共産党の人々は
移民政策にも社会保障にも改革をデザインするどころか論じる能力すらない。
それは目先では「弱い者へのいじめ」に見えてしまうから。町の優しいおばちゃんぐらいの視野しかないから。
そこを変えてまで共産党を存続させるモチベーションはないだろうし、視野も能力も急に生えてきたりはしない。
生涯を惰性で過ごした後期高齢者や
共産党はあと10年で跡形もなく消えるってわけ。左様なら。
俺は平成ヒトケタ世代、90年代初期生まれの在日コリアンだ。ウルトラマンはティガ、ダイナ、ガイアの三部作世代で、ゲーム機だとNINTENDO64を散々遊んだ。バブル期の豊かさ、明るさに裏打ちされたオプティミズムは90年代を通じて漸次的に減少していった(のだろう)が、俺はその恩恵にギリギリ与りながら育った。
しんどいのは小学校低学年から始まったゼロ年代だった。小学校中学年から日韓W杯が契機のネトウヨの跳梁跋扈、拉致問題などで雲行きが怪しくなる。高学年になると、俺が外国人であるということを認識したクラスメイトが「チョン」「韓国帰れ」などと喚きだすようになった。中学に上がると、それは余計に悪化した。オタク気質の奴が多い校風だったから、2ちゃんの言説を真に受けて俺に論戦(笑)をふっかける奴も現れた。「チョン、チョン」と罵る奴も勿論いた。
思えばゼロ年代は、何とガサついた時代であったことか。音楽もTV番組も、何一つ面白いものが無い。ただただガチャガチャと騒がしいだけである。女の子たちの髪型も、毛先を細くした荒んだ感じのものが流行していた。「こんなのどこが美しいんだ?」と、俺は自分のイモ臭さ全開オタクルックを棚に上げつつ嘆息していた。
ネットが大々的に普及し、過去の風物に手軽にアクセスできるようになったのがせめてもの救いか。俺はTVでたまにかかる懐かし番組特集などで、聖子ちゃんカットの80年代アイドルに「めっちゃカワユイ!(この表現も当時の漫画などに触れて知った)」と悶絶し、シティポップ・テクノポップの爽やかなシンセの音色に耳が洗われるような快感を覚えた。当時勃興しはじめたYouTubeでは、80年代から90年代初期のアニメのOPを片っ端から探して、なんとも言えない郷愁をそそられていた。「60年代に生まれて、70年代の豊穣な子ども文化を吸収し、80年代に青春を謳歌できたらよかったのに…」それが当時の俺の願いだった。
さて、時代は進んで今は2020年代である。日本と韓国を巡る状況は完全に刷新された。韓国は今や、一人当たりの豊かさで日本を抜き去った。一人当たりGDPは、名目で見ても購買力平価で見ても韓国の方が上である。ビッグマック指数というやつでも上だ。さらに、文化的影響力でも韓国の躍進は凄まじい。ゼロ年代の時点で韓流ブームは日本に起こっていたが、韓流映画・ドラマの人気は全世界規模に羽ばたいた。『イカゲーム』『パラサイト』の大ヒットは記憶に新しい。そしてなんといってもK-POPである。ハイクオリティなパフォーマンス、SNSを巧みに活用したマーケティング、多言語対応、立場の弱い人々を支える政治的・社会的メッセージ性。俺は80年代シティポップが専門なので、こうしたK-POPの強みについてはざっと調べた程度しか知らない。だが、幼稚園のお遊戯同然の和製アイドルには到底真似のできない世界を彼らは作り上げたということは分かる。また、特出したコロナ対策で韓国が凄みを見せつけたことにも言及せねばならない。
一方、日本はどうか。失われた20年が30年になり、もう間もなくで40年になる。これは今後も50年、60年と伸びていくことは誰の目にも明らかだろう。経済成長率は上がらない。GDPも上がらない。実質賃金指数は90年代よりも下がってる。高くなる一方の税金はロクなことに使われない。なのに日本人は無能きわまる自民党政権を支持し続ける。自分たちは民主主義社会の成員なのだから、政治不正には目を光らせて対抗しよう、自分たちの暮らしを守る政治家を選ぼう。という発想は、日本の大衆には無い。
さらにケッサクなのは、自民党が統一協会(「教会」ではなく、こっちの表記が正しいらしい)とズブズブの癒着関係にある―というより、事実上統一協会に支配されているということだ。安倍晋三が韓鶴子に祝賀メッセージを、タダで嬉々として送ったということ。統一協会は選挙支援の見返りとして、自分たちの要求する政策を自民党に呑ませていたこと。これらのことを考えても、「自民党は統一協会に支配されている」という表現は決してオーバーではあるまい。安倍は因果応報そのものの末路をたどり、それを契機として自民と統一協会との関係は白日の下に晒された。
だがこうしてすべてが明らかになった後も、日本の大衆は自民支持をやめないのである。キモウヨは「安倍さんはカルトすら手懐ける懐の深いお方だったのだ」と意味不明な擁護をし、冷笑バカは「たしかに自民と統一協会の癒着は問題だが、リベラル派の過激な発言は一線を越え云々(でんでん)・・・」とトーンポリシングに終始している。その他の民衆は「なんとなく有名な人がいるから」「政権運営能力のある政党は自民しかない」などと噴飯ものの見解を披露している。
統一協会の教祖である文鮮明は日本への強烈な敵意を抱いており、日本は罪を犯した「エバ国」なのだから「アダム国」である韓国に奉仕せねばならない、ということを基本教義に据えた。日本を反共のための基地にすべく、日本人からどんどん税金を取って軍事力を増強させよう。日本人の生活水準は三分の一にしてしまえ。ついでに信者からは高額献金で搾り取れ。これが統一協会の理念だ。こうして日本人から収奪された金は韓国へ渡り、さらに北朝鮮へ渡り、ミサイルの開発資金にもなっている。1991年の文鮮明と金日成の会談以後、統一協会は「反共」を建前にし、むしろ北朝鮮との結束を強めたからだ。
こんなことは各種の報道でとっくに知れ渡っている。知ろうと思えば、誰もがたやすく知れる。そこまで行かなくとも、自民と統一協会の癒着ぶりはTVでも散々報道されている。なのに人々は、自民を支持し続ける。
彼らの怒りは、決して自民政権には向かわない。自己責任論、弱者叩き。生活保護受給者やクルド人をバッシングすれば、彼らの溜飲は下がる。不っ幸五輪、もとい“復興”五輪のようなムダ事業や、下卑た大臣が仕立てるウン十万のスーツに血税が使われても、彼らは怒らない。パンとサーカスどころか、パンが無くても日本人は満足なのだ。
「奴隷といふものには、ちょいと気のしれない心理がある。じぶんはたえず空腹でゐて 主人の豪華な献立のじまんをする。」「いまや森のなかを雷鳴が走り いなづまが沼地をあかるくするとき『鎖を切るんだ。自由になるんだ』と叫んでも、やつらは、浮かない顔でためらって『御主人のそばをはなれて あすからどうして生きてゆくべ。第一、申訳のねえこんだ』といふ。」
こうした韓日両国の状況を見るにつけ、俺は「ざまあ見やがれ!」と快哉を叫ばずにはいられない。秀吉の朝鮮侵略、近代史におけるアジア侵略、植民地化、大量虐殺、性暴力。それらのツケを貴様らは払わされているのだ。しかも、犯人や構造が明らかになっても、貴様らには反抗する気力すら無い。何たる怯懦、腰抜けぶり。ことによると、文鮮明は安重根に匹敵する快男児かもしれぬ。極めて巧妙に、韓民族による日本への復讐を成し遂げたのだから。これで俺の在日コリアンとしてのナショナリズムが、くすぐられずにおれようか。
・・・でも待て。この俺とて、日本社会で生きる一市民なのだ。こうしたズタボロ日本の崩壊ぶりは、俺の生活をも直撃する。俺は、海外へ打って出るだけの才覚は身に付けられなかった人間だ。嫌でもこの日本に根を張り、額に汗して生きてゆかねばならぬ。沈みゆく泥船に乗るタヌキが日本の民衆なら、俺はその毛皮に引っ付いているダニのようなものだ。水底へと沈んでいくタヌキを見て「思い知ったか!正義は勝つのだ!」とカッコよく啖呵を切れるウサギは、本国の韓国人や、その他アジア諸国の民衆だ。
日本人とて、タヌキばかりではない。歴史を直視し、差別への怒りを表明してくれた尊敬すべき人々はたくさんいた。歴史・政治問題抜きにしても、愛すべき友人たちにたくさん出会ってきた。そして何より、俺は日本のサブカルチャーや文学を愛している。円谷英二のような特技監督になるのが、小学生の頃の目標だった。俺の憧れとなり、模範となってくれた光の巨人たちや、進んでやられ役を引き受けてくれたソフビ人形の怪獣たちは、かけがえのない竹馬の友だ。太宰治は、自意識を持て余す思春期の俺と肩を組み、共に泣いてくれた。
そうした敬愛すべき友たちと団結し、この沈みゆく泥船を、丸木舟程度には変えていこう。これからの日本は、どれだけマジョリティが嫌がろうが移民を大量に受け入れねばならぬ。これまた、自民支持者が払わされるツケである。そうして増えた海外ルーツの人々とも連帯し、全ての人が生きやすい社会へ変えていくこともできるはずだ。
ウルトラマンジャックこと郷秀樹は、最終回で弟分の次郎少年にこう言った。「次郎、大きくなったらMATに入れ。 MATの隊員達は皆勇気ある立派な人達だ。君も嫌な物、許せない者と戦える勇気ある男になると良い」
バキューモンの腹の中のごとく窒息しそうなこの世の中でも、なんとか風穴を見つけることはできる。仲間と出会い、その風穴を広げてゆくこともできる。郷さん、見ていてくれ。俺も次郎くんと同じように、勇気ある立派な人達と連帯する。そして嫌な物、許せない者と戦える人間になってみせる。
元々実家でも猫を飼っており生まれたばかりの猫を育てたこともあるので
生後三ヶ月にしては小さ過ぎないか?
現在1歳になる猫を元々飼っており、もう一匹そろそろ飼いたいね〜なんて言っていたら家族がお迎えしてきた。(新しくお迎えして良いかの打診はもちろんあった)
ペットショップ兼ブリーダーのお店らしい。私はそのお店に一度も行ったことはない。
お迎えをした家族の話を聞いていたら中々香ばしいので書いてみる。
・HPで見た子猫を見に行ったら別の柄の子がでてきたので指摘すると「写真は小さい頃で大きくなったので柄が変わった」
・ペット生体代+安心パック?(ワクチン代・血統書・マイクロチップ)の金額と記載されていたのに追加で血統書代を払わされた「自家繁殖の子の血統書は別」
あまりペットショップやブリーダーなどに一人で行く経験のなかった家族はあれよあれよと契約をしてしまい、当日お迎えをしてきた。
猫って当日お迎え出来るもんなの???
そして連れて帰ってきた猫と対面。
小さい、なんか小さいし毛がみすぼらしい。生後すぐ拾った子猫でも三ヶ月の時もっともふもふしてたぞ。
ただ可愛い。はちゃめちゃに可愛い。子猫ってだけで可愛い、この可愛さは刹那的な可愛さだと思う。もちろん大きくなっても可愛いが。
謎の母子手帳(追加料金有り)と一緒に1回目のワクチンの接種の記録も貰ってきた。えらい。
誕生日も記載されており、HPに掲載されている現在も販売中の猫と同じ日付。
同じ母猫から生まれてきたなら納得だが、本当にそうなのか?疑問を感じながら該当のお店をネットで検索する。
・お迎えした子が病気だった
・環境がかなり劣悪
色々レビューに書かれていた。
家族よ…なぜそのお店でお迎えしたんだ。せめてネットで調べてからそのお店に行ってくれ。
お迎えしてからは数日の軟便。
移動のストレスかなと考えていたが、1日2回の給餌で消化不良を起こしていただけだった。多分。
1日4〜5回にしたら軟便も治り体重が劇的に増えた。
一週間で毛艶も良くなり体重も増した。
先住猫と会わせる準備しないとなーと思っていた矢先。
子猫がくしゃみをした。1日に数回、それも数日続いて。ただ鼻水はない、食欲、排便、うるさいくらいに元気。
元々隔離していた部屋で遊ばせていたが、ふと謎の悪臭を感じた。
周りを見渡せどうんちは無い。居るのは猫だけ。
猫風邪の不安も相まって慌てて子猫用のキャリーに突っ込み病院へGO。
不安に襲われながら病院に連れていけば、わんぱくな子猫が大好きな老若男女から死ぬほどモテた。こんなにモテたのは人生初だった。
やはり子猫はすごい。
診察室に呼ばれ、先生にくしゃみをするが元気ならワクチンをしたい旨を伝えたところおもむろに耳をめくる
耳ダニでした。
もう耳の中真っ黒。毛色で全然気付かなかった自分をぶん殴りたい。悪臭も多分これ。
この量ならブリーダーのところで感染したんだろうということで、耳の洗浄、点耳薬、風邪の疑いがあるので抗生物質、先住猫のダニの薬(隔離してても飼い主を媒介に移る可能性があるのでこれは必須だった)
耳を掃除して貰ったからか、ふやけたコーヒーかすの様なものが落ちる落ちる。
キャリーの中に黒いゴミが散乱しケージにもそれが飛び散っていた。(数日経っても時折大きなカスが取れて落ちている)
絶句。
その日はケージの中に居てもらい、数日はケージから一切出さずに生活して貰った。というか現在進行形でそうしてる。
耳ダニはその黒いゴミの中にダニの卵やダニ本体が居るため可能であれば布製品は捨てた方が良いらしいが、
悲しいかな前日にニトリでNウォームの猫ベッドを買ってしまった私は泣く泣く布団乾燥機でダニ抹殺モードで熱消毒をしたうえで洗濯機にかけた。(ただの洗濯では落ちない)
ケージの二段目に布が貼り付けてあるところはドライヤーで熱した上で掃除機もした。
ちなみに先住猫は普段とは異なるダニの薬にすごい顔をしていた。10分くらいは斜め後ろに傾いてた。
これを書きながら、
杜撰なお店だったからこれマジで健康診断がっつりちゃんと野良猫と同じレベルでやった方が良いのではないか?と思っている。
あと病院に行くのを一週間先送りにしなくて良かった。年の瀬にこれだったら多分忙殺されてただろう。
ブリーダーに連絡しないのか?と思う人もいるが、せいぜい出来て「交換しますか?」と言われるくらいで後は無理だと思う。
契約書にもウィルス性の病気が判明したら交換するといった記載しかなかった。先天性の病気があったらどうすんのか。あと多分耳ダニが居るのをわかってると思う。
脈絡もなく書き連ねたが、
私が想像もできない劣悪な環境で育ちこれからどんな疾患が発覚しようとも、やはり家族として迎えた責任と愛着もあるし当たり前に治療をし終生大事にするが、ブリーダーに関しては色々納得してない。
商売の道具にするならもっと手厚く大事にして欲しい。商品だと言うならその商品を丁寧に扱って欲しい。命として見れなくなってても、商品としてはちゃんと見て欲しい。
誰に話せることでもないので此処で吐き出す。
「俺が1人でやるのが一番早くて正確だ!」
もうね、泣きそうなほどに無能。
「チェックするという作業」が必要であっても、結果的に1人で黙々とやるだけよりもずっと大きな事ができる。
結局さ、お前のスケールが小さいんだよね。
んでお前の何が駄目ってこういう話すると「それなら人間を雇えば~~~」と言い出すこと。
はー馬鹿だね。
AIってのは「自分の分身として好き放題に指示を出せる手駒」なんだよ。
これは人間の部下とは全く違う。
それこそ「世界中でお前以外何も価値を理解できないような作業」であっても、AIは指示通りにやってくれる。
これは人間とは全く違う。
人間は結局のところ本人たちに仕事の価値を理解させないと簡単に細部の手を抜くから。
AIは手を抜かない。
徹底してやる。
プロンプトを完璧に指定してやるっていう手間はあるけど、時として他人の説得なんかよりずっと容易にこっちの意図を理解してくれる。
まあ、そういう作業を必要とした経験もない奴に何言っても無駄かな。
そもそも自分の狭い経験より先を想像できない人種なんだからさ。