Movatterモバイル変換


[0]ホーム

URL:


はてラボはてな匿名ダイアリー
ようこそ ゲスト さんログインユーザー登録

「タイプ」を含む日記RSS

はてなキーワード:タイプとは

次の25件>

2026-02-14

突然大声出すタイプ人間が苦手

何かそういう病気の人ということではなくて(もしかしたら病気かもしれないが)

複数人で話をしてると、どうしても自分が入っていきにくい話題になることってあるじゃん

たとえば、自分ガンダム一本も見たことないのにキルケー魔女感想大会が始まるとか

そういう時は多少はつらみを感じるけど、

普通なら話を聞くだけに留めて、ひたすら相槌打ってやりすごすものだよな。普通人間

でもある種の人々は、自分蚊帳の外になることがどうしても許せないらしい

突然、突拍子もない大声で「あっ!そういえば!」とかわざとらしく割り込んで、

無理やり自分の知ってる話題ボトムズとか)に切り替えさせてしま

周りも、この人を刺激してキレられるのが面倒だから仕方なくその話に付き合ってあげることになるんだけど、

こう言う人が出してくるお題って、まあ大抵はつまんないんだよな…

度を越した寂しがり屋ってことなのかもしれないが、他人にとっては迷惑過ぎる

そういう人が苦手って話でした

苦手じゃない人はいるのか?とも思うが

Permalink |記事への反応(0) | 20:28

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20260214181059

このタイプ発言する人たちって、文章の中で隠喩出会った時どうしてるの❣️

Permalink |記事への反応(1) | 19:27

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

誤用の方が広がってる言葉って使いづらくない?

正しい意味で使って「それ使い方違うで笑」ってなるのも嫌だし、(あ、間違って使うタイプなんだ……)と思われるのも嫌だ。

こうやって言葉が失われていくんだな。

Permalink |記事への反応(2) | 19:26

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

バカの怒りは厄介

普通人間なら腹を立てるほどでもない小さな問題

というかむしろ相手の方が怒ってもいいぐらいの話に、

延々と身勝手独善的視野の狭い怒りを注ぎ続けて、

遂にはしょうもない事件を起こしてしまタイプの人、

それもまた人間だなあとは思うものの、

可能な限り距離を取りたいというのが正直なところ

Permalink |記事への反応(1) | 17:41

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

髭男爵山田ルイ53世YouTubeを見た

最近僕たちにはキラキラ生きる義務などないという本を出したらしく、心に刺さった

彼はひきこもりの期間があり、辛くてドブに捨てたような期間、得られたものなど何もない

でもインタビューを受けると「辛いあの頃があったから今がある」みたいな話をインタビューアーが引き出そうとする

そんな綺麗な話に着地できるわけない、世の中綺麗な話ばかり欲しがってる

自分仕事など妥協したくないタイプで、周りにも厳しい

そのおかげで評価も得られたし、人生が充実していると思っているが、内心苦しいことにも気づいた

やりたくてやった結果というより、結果を出さねばという強迫観念で出した感じ

今後どうしていけばよいか悩んでる最中

Permalink |記事への反応(0) | 17:38

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20260213124536

「忙しい」って漢字にも引っかかるタイプ

Permalink |記事への反応(0) | 13:36

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

もし年前に「ポリアモリー」を知っていたら

約〇年前、私は大学サークルの真っ只中にいた。ふと、あの頃の光景がよみがえる。周囲には何人もの女性から好意を寄せられていたが、短大部の彼女たちは卒業とともに去り、手元には二人の後輩だけが残った。一人は一つ下の「不美人の後輩(Aさん)」、もう一人は二つ下の「美女の後輩(Bさん)」。偶然にも二人は高校大学も同じという、深い縁で結ばれていた。Aさんはサークル活動に熱心で、時折ほのかアプローチをしてくる少し情熱的なタイプ本命のBさんは誰もが認める美貌の持ち主で、サークルを早々に辞めてしまい連絡もほとんど取れなかったが、かつては私と腕を組んで歩くことを許すほど、心を開いてくれていた。当時の私にとっての喫緊課題は、大学院生活という「底なし孤独」をどう乗り越えるかだった。Aさんは接触やす存在だったが、一対一で向き合う気にはなれない。一方でBさんは遠い存在。この行き詰まりを打開する方法は、今でいう「ポリアモリー複数愛)」だったのかもしれない。もし当時その概念を知り、三人で関係を築けていたなら、どんな風景が広がっていたのだろう。硬直した「一対一」の恋愛観に縛られなければ、そんな奇妙で穏やかな共存こそが、私の孤独を救う答えだったのかもしれない。今では、それも孤独院生が見た遠い日の幻に過ぎないのだが。

私:二人の女性甲斐甲斐しく世話を焼かれ、凍てつくような院生孤独回避できる。

Aさん: 念願叶って、憧れの私と同じ時間を共有できる。

Bさん: 高嶺の花として消費される日々に疲れ果てていた彼女にとって、私とAさんが作るこの場所は、過剰な期待から解放される安全地帯になれた?一対一の重圧を嫌う彼女にとって、尽くし型のAさんが間に入ることは、自由を保ったまま私との繋がりを維持できる、都合のいい免罪符だった?

Permalink |記事への反応(0) | 12:34

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

AIまとめ

感情処理の癖

ヒートアップしたら、その場では発言を減らすといいらしい

プレッシャーが強いとき発言を減らす

時間を確保して冷静に考えてから言わないといけないことなら言う

⭐その場で反応しないコツ

攻撃された感覚 → 正しさを守ろうとする → 即時反論

しないため

ヒートアップすると

認知が狭い(白黒思考

相手意図を悪く解釈やす

自分立場を守る言葉を急いで出したい

判断精度が落ちている状態なので、誤作動を防ぐ安全装置として手短にその場を終えるため、低刺激モードにする

その場では説明しない

反論・補足・弁明をしないでも能力は下がりません。

上がりもしません。俯瞰して見ればみんなわかってること。

から、その場で発生しそうな、しちゃった自分の危ない感情の波ををしのぐのがまず第一

そのため、時間かかって申し訳ないけどと思いながら、

承知しました

確認しま

ありがとうございます

と言って一旦引き取る

そのとき大事なのが、いつまでに、一旦整理してお持ちします、と宣言すること、だってさ。AI様曰く。

その場で勝とうとしない

会議は「信頼の蓄積の場」であって、逆に正しさでは信頼は得られない

特に今ここで正す必要があるというのは5回に1回だけ

自分感情的となっているおそれがあるなら、黙る方が賢い(つまりバカ自分さらさない方が勝率上がるし、バカ発言したら当然負ける確率が高い)

時間を味方につける

相手先もヒートアップしてるでしょう

相手感情ピークも、長くは続かないもの

とりあえず受け流して、戦略的に一度撤退する方がよい

その時間稼ぎのために、一度はいと受け止めてから

・30分後に整理

メールで冷静に提案

・1対1で相談

でよい。

時間を使うのは戦略的撤退であり、自分の整理、情報収集のための時間稼ぎをさせてもらって、成功率を上げる。

⭐「逃げ」と違うのは、目的があって行うから

責任感で正しさを述べても、組織論理がある

また、感情は安定してる方が良さげ

賢くない状況ではしゃべったら負け

ヒートアップしたら、そう見えたら損

そもそも、たとえ会議、話し合いで間違った結論になってたとしても、それが最後のチャンスではない

普通、大抵は後でok

なのにあえてその場で言うべきことか、積極的改善するタイミングかどうか、しか自分判断できないタイミングでないか、という自問が重要

静かな人は、「余裕がある人」に見える技術がある

たとえ、

改善意欲がある

正義感がある

・真面目

責任を背負うタイプ

であっても、ヒートアップして見えただけで損

一旦引き取って時間をムダにすることになるのは、こちらの精度を確保するために必要なこと

まり、他のみんなには申し訳ないけど、最終的な満足度を上げるためには一旦ここは引き取らせて欲しい、という態度の結果そうなる

性格変更」は無理でしょうけど、短絡思考で下手な発言して自分が損することを避けることが重要

⭐よって、次に強い指摘を受けたら

1. 3秒黙る

2.目線を落とす

3. 「承知しました」と言う

4. その場では終わらせる

言わない勇気が、打ち合わせの技術

それが、短気で損せずに長期戦で勝つ方法

攻撃があったときは、わざとに「遅延型」で

その場では解決できないけど、自分能力が発揮できていないかもしれないから、申し訳ないけど一旦持ち帰らせてもらって、その場は一旦終わらせるため、打ち合わせの技術として上の4つを使う

⭐まとめ

正しさよりも、まず関係

感情よりも、役割

(参加したら確認事項が増えただけでも良い)

・腹をわって激論して、結論が得られるかはギャンブルから感情的な反応を正当化しない

反応しない

・まず「はい」と受容して一呼吸(時間を置くため

・決定を保留して精度確保の時間を稼ぐ

必要なら後で冷静に提案する

・その場では戦わないから冷静で、精度を保てて安定する

Permalink |記事への反応(0) | 11:41

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

高市国民の神経を逆撫でするタイプ失言カマして

支持率落ちた時にどう誤魔化すかやろな

素直に謝罪できれば株上がるだろうけど、本人のプライド邪魔しそうな気がする

Permalink |記事への反応(1) | 10:22

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

個人的ファッション診断感想

メイク

 色はパーソナルカラードンピシャのもの買わないと結局使わなくなる

 質感はパーソナルカラーと顔タイプで幅を出せる

•服 靴 小物

 パーソナルカラーと顔タイプと骨格診断の真逆のもの選ばなければ結構なんでもいい

 ときめき場の空気を読める方がおしゃれ

 逆にパーソナルカラーと顔タイプと骨格診断極めた服はコスプレとかアニメキャラっぽくなり、奇抜なのに無難違和感

アクセサリー

 骨格診断に8割、顔タイプに1.5割、パーソナルカラー0.5割くらい

 外すと小物感と違和感やす特にピアス

•髪

 骨格•顔タイプパーソナルカラー全部大事

 

Permalink |記事への反応(0) | 07:16

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20260214033514

上司の方が頭おかしくてしぬ

そんなんだから友達なし独り身なんじゃない?仕事辞めたい〜とかい雑談にじゃあ辞めれば?ってマジレスするタイプ

まともな会社ならコンプラ的に一発アウトなことを言ってしまうのが"上司"という時点でその程度の職場じゃないか

Permalink |記事への反応(0) | 07:11

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

母親との関係自尊心

最近読んだ自己啓発本『人望が集まる人の考え方』を読んで軽く衝撃を受けた。

この本では、人間自尊心に行動を支配されていること、その真理を理解し、上手に活用することで人間関係を良くしていこうといった内容が語られているのだが、

この内容を読んで、自身自尊心の低さの理由母親との関係にあったのではないかと考えた。

自分は、母親に褒められたような記憶があまりない。

母親自尊心を傷つけられた記憶はあっても、自尊心を育てられたような記憶ほとんどない。

母親心配不安押し付けられたことがあっても、純粋な関心を向けられた記憶ほとんどない。

物心がつく前からシングルマザーで育てられてきて、母親は働いていたから忙しくて子供を構う暇が無かったのだと思うようにしていた。

思春期反抗期が来ることもなかった。

兄弟は多少母親に反抗していたが、自分には出来なかった。どうして母親に反抗することが出来なかったかからなかったが、今なら少し理解できる。

反抗すれば母親に見捨てられるのではないかという恐怖があったからだ。

母親母親自身感情を優先して話をするタイプだった。

母親は、相手感情を汲むことが苦手で、人の話を聞いていても自分の話がしたくてたまらなくなってしまうようなタイプだった。

どんな流れでそう言われたのかは忘れたが、母親自分ナルシストだと言われ傷ついた記憶がある。

しかし、母親こそ「ナルシスト」だったのだと思う。

自己愛が強く、子供自分自尊心承認欲求を満たすものにしてしまう。

そして、母親自身自尊心が低く、相手自尊心を満たす余裕がない。

そういう風にこれまでのことを考えると、かなり納得感があった。

30歳を迎えて、やっと自分の生きづらさに説明がついた気がした。

ただ、母親がそういう生き方になってしまった原因もなんとなく分かる。

母親自身も、母親祖母から、十分な愛情をもらえなかった時期があるのだろう。

母親祖母関係は良好に見えるが、祖母母親子供だった時に働いていたらしいから、

母親に構ってもらえず寂しくてたまらない時期をきっと過ごしていたのだろう。

しかし、こういう風に納得したとしてもあまり救いがないことがしんどい

母親悪者にして考えているところがあるので、多少の罪悪感もある。

これからどのように生きていくかと考えると、結局自分自分自尊心を満たすことが重要なのではないかと思う。

自尊心自家発電がどうやったら出来るのか、リサーチ中です。

これからは、自分を好きになる努力をしていこうと思う。

Permalink |記事への反応(0) | 06:02

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

受験とか勉強とかの話

娘の進学について、もし自分と似た所があったら何を助言できるかなぁと考えて過去を整理したので、ここに書き留めておくことにする。

小学生の頃、ふんわり勉強したいと思い塾に通い始めた。

中学受験コースに通い四科目の勉強を始めた。途中から社会勉強がつまらなくて(楽しんで覚えられなくて)、二科目コースに移った。すると受けられる学校の幅が狭くなり、その中には強く行きたいと思う学校も無かったので、嫌になって中学受験コースから学校サポートコースみたいなコース編入した。

サポートコース受験コースと比べると当然易しい内容で、簡単すぎると感じることもあった。

中学に上がると流石に高校受験を目指すコースになったが、そこでは上位クラスキープできた。小学校の頃の助走があったこと、最初から三科目で行くと割り切っていたことも大きかったと思う。五科目で理科社会をやっていたら潰れていたか結果的総合的な偏差値を下げていたと思う。(社会は相変わらず覚えられなかったので……)

夏期講習や夜遅くまでの授業、正月特訓などを経て、無事に高校受験には成功した。

さすがに塾に通うことにはうんざりしていたので、絶対予備校なんて行かない、大学付属校に行くぞという気持ち付属校ばかりを受けまくり、五校のうち四校に合格した。

高校ではその後、色々な点で苦しみながらも、友達趣味に恵まれそれなりによい思い出を持った状態卒業することができた。

苦しみについて補足すると、学校の授業で学び、家で宿題をするという当たり前の習慣に馴染めなかった。要するに勉強するモチベーションが沸かなかった。鬱に近い状態であったと思う。

勉強しなくてもちゃんと成績が取れる、という世界線を望んでいたのだと思われる。しか自分はそのような天才ではなかったので、普通に悪い点を取ってはしょげてた。

それを認識した上でも、まだ勉強することに面白みを見いだせない時期が続いた。勉強は苦しみであった。もしも、目的意識がある、学問領域としての面白さに気付く、得意な科目で無双する、楽しんで競争する、といったことが出来ていたら、また違ったのかもなぁと思う。

そういう意味では情報の授業では割と無双してHTMLJavaをやっていたかもしれない。

あとは、試験勉強友達学校ファミレスでやるというのも、楽しかったな。それに、そこで救われていたとも思う。

その反省も踏まえ、エスカレーターで進学した大学ではこの勉強が次にどう繋がっていくか、ということを少しは考えていたと思う。

B1は学部内で学科が分かれずに、B2で振り分けがあるタイプだったので、行きたい学科に行くためにはよい成績を取らなければならない、しかもこの学習B2の基礎になるはずだ……とまでは考えたのかは覚えていないが、それなりに頑張ったと思う。

学科への振り分けも決まると、ようやく勉強職業との繋がりが見えるようになってきて、学んでおきたいというモチベーションは増えた。またB3では研究室配属があるため、行きたい人気の研究室に入るためには良い成績を取らないとなぁという観点でも、諦めたりすることは無かった。

また、サークルに参加したのも良かったし、普段から内部進学の友達やB1でクラスが一緒だった友達とつるんでいたのも良かった。サークル活動に励んだり、喋ったりご飯を食べたりするのは楽しかったし、必然的情報交換をして、頑張ろ〜なのかやんなきゃ〜なのか分からないけど、勉強モチベーションになっていたのかもしれない。

サークル活動が専攻の内容ともリンクしていたことも価値があったと思う。これってどういうことだ?という疑問がサークル活動の遊びの中から生じて、別に宿題でも何でもないけど図書館に行って調べたり、活動成果物を作るためにあれこれやったりしていた。

この頃は結構成績も良くなってきて、専門科目は一部を除いて良くできていた気がする。

そんなこんなで気になっていた研究室にも入ることが出来て、やりたい分野の企業にも就職することができた。今の仕事にも満足している。

勉強の苦い経験というのは、成長しているということであり、多かれ少なかれ苦しむことになると思う。その時に折れないで頑張れるかどうかは、自分経験では目的意識と交友関係大事だったのだと思う。

それと、親からの機会の提供金銭的な支援奨学金ですね。

娘には、色々な事に興味を持てるといいね、仲間と一緒に遊んだ勉強したり色々やれるといいね、という方向性提示していきたい。

機会の提供という親の責務の果たし方については、これから考えをまとめていきたい。

Permalink |記事への反応(0) | 00:38

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-02-13

anond:20260213220520

山上に同情するのはただの党派性なので(そうでなければ創価学会に多額の献金をした場合も同情してる)

母性政治利用するタイプの人であっても何も驚きはないけどなあ

Permalink |記事への反応(0) | 22:12

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20260213203347

よし、それでは 切れ込み入りタコウインナーホットサンド焼きプロトコル を作ります🦑🥪🔥

🥪 切れ込みタコウインナー入りホットサンド 焼きプロトコル

1️⃣材料の準備

食パン:4〜6枚切り(厚め推奨)

タコウインナー:中サイズ 1〜2本(切れ込み入り)

チーズ(とろけるタイプ

野菜レタス玉ねぎスライスなど

バター orサラダ油:薄く塗る

2️⃣ホットサンドメーカーの準備

1.プレートを軽く拭き、薄く油を塗る

• 油はパンがくっつかない程度に薄く

2. 予熱

• 900〜1200W:1〜2分

• 1200〜1500W:30秒〜1分

• 1500W以上:30秒程度

• 煙が出るほどの予熱はNG

3️⃣サンドの組み立て

パンチーズタコウインナー野菜パン

タコウインナーは切れ込み部分を上にして中央に置く

• 厚みがある場合は浮動ヒンジで軽く押さえる

4️⃣ 焼き時間目安(ワット数・厚さ別)

ワットパン厚さ 焼き時間 補足

900〜1200W 薄切り 2.5〜3.5分 焦げやすいので途中チェック

900〜1200W 厚切り 3.5〜4.5分タコウインナーが中心まで温まったか確認

1200〜1500W 薄切り 1.5〜2.5分 切れ込み部分は早く焼けるので注意

1200〜1500W 厚切り 2.5〜3.5分 焦げやすいので1〜2分で一度チェック

1500W以上 薄・厚問わず 1.5〜3分 高温なので最初から目を離さな

5️⃣ 焼き上がり確認

• 表面がカリときつね色

タコウインナーが中まで温かく、切れ込みが開いてちょうどいい焼き色

チーズがとろけている

6️⃣ 仕上げ

• 焼き上がったらすぐ取り出す

野菜は食べる直前に挟むとシャキッと感が残る

🔑ポイントまとめ

1. 油は薄く、煙が出ない程度に予熱

2. 切れ込みタコウインナーは火が通りやすい → 焦げ注意

3. 高ワットは短時間でチェックしながら焼く

4. 厚めパンや他の具材で焦げにくく調整

5. 焼き上がったらすぐ取り出す

Permalink |記事への反応(0) | 21:00

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

東大推薦入試に落ちた奴、ググったら、顔がね。。。

あれは面接下手くそタイプだわ

素直にテストだけ受ければいいんよ。。。

Permalink |記事への反応(0) | 18:14

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

中学受験否定する人が多くてびっくりした

よくある中学受験体験談記事ホッテントリに入っていたのでブクマを見てみた。

中学受験に対する否定的コメントスターの多さにはびっくりした。

子供競争をさせるべきでない、無理な負担をかけている、時間と金無駄である、云々。

合理的に考えると、中学受験は極めて効率の良い投資なのは間違いない。

日本社会学歴によるトラック分岐が依然として強固に存在している。

上位の中高一貫校大学進学実績で明確な優位を持つ。難関大学への進学率は公立中学経由と比較して明らかに高い。難関大学卒業者は生涯賃金平均値も高い傾向がある。入口での選別は出口の収入に強く影響する。

教育支出ではなく資本投下だ。リターンが長期にわたり複利的に積み上がるタイプ投資だ。

子供の段階で適切な環境に入ることで周囲の基準値が変わる。努力の方向も変わる。情報の質も変わる。人的ネットワークも変わる。

その差は時間とともに拡大する。

否定的コメントを書いている人たちはその構造理解しているのかいないのか。

この際そんなことはどちらでもいい。

子供がかわいそう」という感情を優先させるなら思想自体尊重されればいい。

だが少し考えて、これはこれで都合が良いとも思った。

中学受験有効性を理解する家庭が増えすぎると競争が激化する。枠は有限だ。全員が参加すれば優位性は希釈される。

教育コストの高さは参入障壁として機能している。塾代、教材費、時間的拘束。簡単に真似できるものではない。

多くの人が否定し続ける限り、競争相手は増えにくい。

全員が合理的に行動する社会は息苦しい。全員が同じ最適解に到達すると差は生まれない。格差構造的に維持されることで意味を持つ。

中学受験否定する人たちはそのままでいてほしいと思う。

無理に説得する必要はない。信じない人は信じないままでいい。

参加者限定されている状態の方が投資としての価値は維持される。

教育に対する認識の差はそのまま将来の差になる。

情報格差経済格差に変換される。

理解している人だけが行動すればいい。

無知な人が減りすぎると競争過酷になる。

無知な人は無知なままでいることが結果的に均衡を保つ。

教育コストが増えることで少子化もつながる。中学受験否定する人は低コストで沢山子供を育ててほしい。

日本社会の維持のためには多様な考えが必要なのだ

Permalink |記事への反応(2) | 18:10

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20260212163908

シンプルに言えば出来ないから。

日本には外国侵略するためのシステムがない。

信用がどうこういう問題では全くない。

軍事国家全体のサプライチェーン依存していて国防のために構築したシステム侵略のために作り替えるのはそんなに簡単な話ではないよ。

もし今から戦争を仕掛けるために準備を始めても二十年くらいは必要なんじゃなかろうか。 全く非現実的


いわゆる営業タイプ人間がそんな変な心配をしちゃうんだよな。

世の中を交渉人間関係で乗り切ってるようなタイプは誰かを言い負かせれば世の中が動くと思ってる。

国のトップが号令したって出来ないものは出来ないし、無いものは無い。

Permalink |記事への反応(1) | 17:23

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20260213155101

めんどくせ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️

じゃあ、鬱病人生をかけて苦しんでいる人がいるのに「鬱だ鬱だ〜」って言うのは良いの?

言葉なんてそんなもんだよ

本気で嫌ならネットやめた方がいい

自分がこういう若者言葉だったりネット用語を嫌いになり始めたなら老害になったなって思うようにしてる

言っていることはとても共感できるのですが、

必死で〇〇する」

死に体で〇〇する」

思考停止で〇〇する」

などなど、死を使った単語表現って昔から沢山あるから、「脳死で〇〇する」とか「〇〇すぎて死ぬ」、「〇〇は地雷」などの単語だけ不適切扱いするのも違うかなぁと感じた次第です。繊細すぎるのも大変だね〜

このタイプ地雷とか矢面に立つとかも嫌いそう

クソダルい世の中だなマジで

Permalink |記事への反応(3) | 16:40

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20260213153017

旦那がああい発言で喜ぶタイプなだけと種明かしされると哀れな女にしか見えなくなった

Permalink |記事への反応(0) | 15:37

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

暴力万歳(漫画)、4巻の書きおろしにガッカリ

私はスケベ大好き人間ですが

この漫画ヒロインセックスよりも強い人間と戦う事に快楽を感じるタイプ人種なのでケンカ無しでこういう事はしないだろと。

いくら夢オチとは言え安易な読者サービスにガッカリした。

Permalink |記事への反応(0) | 14:21

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

大阪旅行、男1人の風○旅

2泊3日の大阪旅行備忘録

○1日目 大阪に移動、夜遊び。

 雪も降るなか、ギラついた目で大阪へ。

 ホテル荷物を置き、飛田新地へ足を運ぶ。

 初めての飛田新地は凄い光景だった。

 汚い町並みから急に現れる

 きらびやかなお店、やり手婆と女性達。

 まるで異国かとも思える光景

 「テーマパークに来たみたいだ、テンション上がるなあ~」と1人歩く。

 綺麗な女性(と景色)を良く見たいが為に

 歩く速度は通常より遅くなっていた。

 軽く1週したのち、入るお店を熟考。

 地雷系な顔でサキュバスコス女性

 いるお店へと入店


・1人目 地雷系 サキュバスコス

 20分でお願いしようとしたところ、

 「初めてなら30分がいいよ~」と言われ

 すぐさま30分に変更、既に転がされてる。

 調べていた通りムードなど無く、

 手でされてそのまま合体。

 後々考えるとめっちゃ手抜きだったけど

 顔とサキュバスコスプレが似合いすぎて

 それ以外が全て帳消しになった。


 その後飴を舐めながら天王寺へ。

 夕食と寒すぎたため銭湯に行き

 20時頃に再度飛田へ。

 (寒すぎて喫煙所バケツの水が凍ってた)

 今度は胸重視でウロウロ。

 途中元カノに似た子がいて迷ったけど

 初志貫徹で胸が大きい子に入りました。


・2人目 胸が大きい子 ギャル

 今回は2発目ということもあり

 最初から30分で依頼。

 お金を払い終え、女の子が戻ってきて

 服を○いで勝負開始。

 (あれ?1人目の子は服着たままだったな。)

 ということに気がつく。

 大きい胸を楽しみながら無事完了

 

 夢のような光景を尻目にホテル帰宅




○2日目 大阪観光

 2日目はとあるお店にいこうと思ったが、

 目当ての子がお休みになってしまったため

 新喜劇に変更。

 その後、15時頃に信太山新地へ。


・3人目 かわいいの子

 信太山新地は顔見せ無しなの

 対面するまでどんな子が来るか不明

 来たのはかわいいの子だった。

 飛田では出来ない事もでき、

 満足の30分だった。


信太山新地終了後、道頓堀で夕食。

信太山新地の子に進められたお寿司屋へ。

ここでお酒を入れてしまい、

その後の飛田は断念し2日目は終了。



○3日目

 楽しかった大阪旅行も終了。

 最後難波秘密クラブへ。

・4人目 難波秘密倶楽部

 顔のレベル高いと聞いていたが、

 流石に飛田ほどではなかった。

 プレイを終えてそのまま帰宅



というわけで大阪旅行は終了。

計4店舗を回りました。

計8万円くらい?でしたが大満足でした。

改善点は、道頓堀周辺にホテルを取ったが、

振り切るなら天王寺周辺で良かった。

後はもう少し飛田逝ければ良かった。

女の子評価としては

1人目>>>3人目>2人目>>>4人目

1人目の子目当てでもう1回飛田行きたいくらい顔がタイプでした。



Permalink |記事への反応(2) | 12:47

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

ニンダイ、ステプレと見てきた

パラノマサイト新作、John Wickと、刺さる人には刺さりそうなタイプのはあったものの、「えっ!? あの誰もが知るタイトルの新作が!?」っていうパンチのあるのはなかったなあと

まあ今月は、27日の30周年で出るであろうポケモン新作が一番アツいか

Permalink |記事への反応(0) | 10:51

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

https://x.com/Kosodate_Ogawa/status/2015717584046522435 記事 新しいポストを表示 会話小川大介@90タイプ才能診断『コドモトメガネ』開発者 @Kosodate_Ogawa 協力できない社会で、私たちは何を見失ったのか ―子育て現場から考える、個別最適と公共性の再設計

はじめに──違和感の正体を、構造として考えたい

最近教育現場SNSで、ある種の"すれ違い"を目にする機会が増えました。

注意されたり、期待と違うことを言われたりすると、「自分とは合わない」と、そこでの人間関係のものリセットして離れてしまう。自己主張は強いのに、親や社会に支えられている事実への自覚が薄い。大人の側にも、責任を引き受けるより先に「自分権利」だけを語ってしまう振る舞いが見える──。

あなたも、こうした光景に心当たりがあるのではないでしょうか。

もちろん、これは特定世代批判しようとしているのではありません。私が今回考えたいのは、「その振る舞いが"合理的"に見えてしま社会の側の条件」です。なぜ今、対話よりも離脱が、協力よりも防御が選ばれてしまうのか。その背景には、私たち大人が気づかぬうちに変えてしまった「学びの物語」の喪失があるのではないか──。

そんな折、教育者中土井鉄信先生Facebook投稿出会いました。

そこで語られていたのが、「学びは公共財である」という視点です。教科書は、人類が積み上げてきた英知の集積であり、私たちはそれを受け取って生きている。だから学びは「自分のため」だけで終わらない。受け取ったもの社会に返していく視点が欠かせない──。

この言葉に触れたとき、私の中で点が線につながりました。

依存」「消費化」「対価志向」「関係短期解約」──これらは別々の現象ではなく、学びの位置づけの変化と深くつながっているのではないか

本稿は、その問題意識を整理し、立て直しの方向を考える試みです。中土先生問題提起へのリスペクトを込め、私が現場で向き合い続けてきた実践から、その解決の糸口を提示したいと思います

学びが"公共財"として扱われなくなると、何が起きるのか

学びや知識には、個人の便益(成績・進学・仕事)だけでなく、社会的便益があります社会一定ルールを共有できること、言葉が通じること、協力が成立すること。その基盤には、学校教育読書を通じて広がる「共通の知」があります

ところが近年、学びは少しずつ、「社会の基盤」よりも「個人投資」「購買体験」に寄って語られるようになりました。

どれだけ得をするか

どれだけ早く成果が出るか

お金を払っているのだから満足させてほしい

この枠組みが強まると、学びの場は「関係を育てる場」ではなく「サービスの場」に近づきます。すると、注意や指摘は「成長のための調整」ではなく「不快体験」になり、合わなければ話し合うよりも「さっさとその場を去る(離脱する)」ほうが合理的、という判断を招いてしまうのです。

「うるさい!もうやだ!こんな学校(塾)辞めてやる!」──この叫びは、わがままではなく、ある意味消費者としての合理的選択になってしまっているのです。

学びが「買うもの」になったとき私たちは何か大切なものを失いました。それは、学びを通じて人と人がつながり、社会を共につくっていく物語だったのではないでしょうか。

かつての日本が持っていた「学びの回路」

私が子どもの頃、勉強が得意な子に向けて大人が「末は博士大臣か」と声をかけることがありました。実際私も、祖母祖父、近所のおじちゃんたちに、何度となく聞かされたフレーズです。

今振り返ると、そこには単なる出世願望だけではなく、「力を持つなら、社会に役立つ人になってほしい」という期待が含まれていたように思います欧米で言われるノブリス・オブリージュ(地位能力を持つ者の社会責任)も、根は同じです。

かつて学びや能力は、個人利益で完結するのではなく、社会に返していく回路の中に置かれていました。この感覚は、言葉にされなくても、日常の中で自然に共有されていたのです。

この回路が弱まると、学びは単なる「受け取るもの」になりやすく、結果として「対価がなければ動かない」という感覚が広がります。それは個人問題というより、学びの物語社会が共有できなくなったことの反映ではないでしょうか。

私たちは今、この失われた回路を、新しい形で取り戻す必要に迫られています

自分との「不一致感」が、関係を壊していく

人が社会他者と健やかに関わるために、最初必要なのは規範」でも「協調性」でもないと私は考えています

私が多くの親子と向き合う中で、それら以前にもっと手前の問題として感じるようになったのは、「自分自身との一致感を持つことができていない状態」で生きている人が想像以上に多いという現実です。

たとえば、次のような振る舞いが見られるとき私たちはしばしば「甘え」や「依存」として片付けてしまいがちです。

やる気がないように見える

注意されることを極端に嫌がる

関係のものから距離を取ろうとする

しかし、丁寧に話を聞いていくと、その背景には別のものが見えてきます

「どう理解すればいいかからない」

「どんなペースなら続けられるのか分からない」

「何を期待されているのか曖昧なまま、結果だけを求められている」

まり自分特性と、求められている振る舞いとの間に深刻なズレが生じているのです。みんなと同じやり方で学び、同じ基準評価され、同じ反応を期待され続ける環境に長く置かれると、人は次第に「自分はどこかおかしいのではないか」と感じ始めます

この状態こそが、私が「自分との不一致感」と呼んでいるものです。

この不一致感は、単なる自信のなさではありません。それは、自分という存在が、この社会の中でどう機能すればいいのか分からない、という根本的な不安です。この不安を抱えたまま「協力しなさい」「もっと頑張りなさい」と言われても、人は動けないのです。

自分との一致感」こそが、協力の土台になる

人は、不安や恐れが強い状態では、協力よりも「防御」を優先してしまます自分の中が不安定なままでは、注意は攻撃に聞こえ、期待は重荷に感じられ、関係のものを避けることが合理的選択になりやすいのです。

逆に、「このやり方なら理解やすい」「この関わり方なら無理なく動ける」という安心感――すなわち「自分との一致感」があってはじめて、人は心理的に安定し、周囲と関わる余裕が生まれます

自分のやり方や反応を「これでいい」と理解できている人は、常に評価承認を求めて振り回される状態から一歩距離を取り、自分と違う人を「役割が違うのだろう」と捉えられるようになります。この視点の転換が起きたとき、違いは摩擦ではなく、補完関係に変わるのです。

協力とは、目標として押し付けものではなく、自分理解し、無理のない形で力を出せる人が増えた結果として、自然に立ち上がってくる関係性だと私は考えます

「協力できない社会」の問題は、協力を強制することでは解決しません。それよりも、一人ひとりが自分との一致感を取り戻すこと。そこからすべてが始まるのです。

家庭を「才能発揮の中心基地」へアップデートする

この「自分との一致感」を取り戻すために、私が提唱し、社会に先行して取り組んできたのが独自の「才能タイプ理論」による個別最適な子育て実践です。

そして、その実践において最も重要になるのが、家庭を「才能発揮の中心基地」へアップデートすることです。

学校社会が一律の基準を求めがちな外部環境であるからこそ、わが子の「才能の形(遺伝特性認知形成のクセ)」を深く理解し、本人そのものを伸ばしきれるのは、親をおいて他にはないからです。

ここで改めて強調したいのは、個別最適とは、嫌なことを免除したり、好きなことだけを選ばせたりするための考え方ではないということです。むしろ本質は、「どの形なら、その人は役割を引き受けやすいのか」を探るための視点です。

言葉説明するのが得意な人、作業で支えるのが得意な人、全体を見て調整するのが得意な人。同じ「責任」でも、担い方は一つではありません。その違いを前提に役割を考えることが、結果的集団を安定させます

個別最適は、わがままを許すことではなく、それぞれの特性に合った形で、社会役割を引き受けられるようにするための設計思想なのです。

公共性とは、「自分らしい形」で社会に関わること

中土先生の「学びは公共財である」という言葉に立ち返ります

学びが公共財であるとは、個人より社会を優先しなければならないという意味ではありません。そうではなく、「社会から受け取った知や経験を、自分特性に合った形で、社会に返していく」という循環を大切にするということです。

かつての「末は博士大臣か」という言葉根底にあった、能力社会に返していく回路。それを、いま私たちは「個別最適」という新しいアプローチで再構築していく時代の扉の前に立っているのです。

公共性とは、画一的基準に全員を合わせることではありません。むしろ、一人ひとりが自分特性理解し、それを活かして社会と関わること。その多様な関わり方の総体が、本当の意味での豊かな公共性を生み出すのです。

家庭という「中心基地」で、わが子の才能の形を認め、自分との一致感を育むこと。それは、お子さんが「自分に合った形で、社会と良い関係を結べるようになる」ための自立への第一歩です。

おわりに──批判ではなく、再設計のために

この記事を通して、今の社会子どもたちを批判たかったわけではありません。なぜ「対話あきらめ、つながりを断つこと」が合理的に感じられてしまうのか、その背景に私たち大人の側の設計はどう関わっているのかを、一緒に考えてみたかったのです。

私自身、「才能タイプ子育て」という活動を通して、一人ひとりが自分と一致した状態で力を発揮し、その結果として、無理のない形で社会と関われる人が増えることを願っています

違いを前提にした関係の方が、結果的社会は安定し、協力は回りやすくなる。この実感を、現場での実践を通じて、少しずつ社会に返していきたい──そんな立場から問題提起です。

私たちが失ったのは、「協力する力」ではなく、「協力できる条件」だったのかもしれません。

そして、その条件とは、一人ひとりが自分との一致感を持ち、自分らしい形で社会に関われること。学びが公共財であるという物語を、個別最適という新しい形で紡ぎ直すこと。

今回の記事が、ご家庭で、職場で、教育現場で、何かを考え直す小さなきっかけになれば幸いです。

あなたは、どんな形で社会と関わっていきますか?

あなたのお子さんは、どんな才能の形を持っているでしょうか?

その問いから、新しい公共性の物語が始まります

Permalink |記事への反応(0) | 07:45

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20260213070610

🫵🤭でも軍靴の音は聴こえないタイプ

Permalink |記事への反応(0) | 07:07

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

次の25件>
ログインユーザー登録
ようこそ ゲスト さん
Copyright (C) 2001-2026 hatena. All Rights Reserved.

[8]ページ先頭

©2009-2026 Movatter.jp