
はてなキーワード:シイとは
その中でも、再生回数と収益という視点で見ると政治動画が一番オイシイ。
話題の旬こそあるものの、選挙期間は入れ食い状態。出せば伸びる。どんどん稼げる。
基本的に「思想」と「主張」のバトルなので、知識がなくてもトレンドを見極める力があれば参入しやすいジャンルだと思う。
だからこそ、政治に関する動画は収益化させてはいけないと強く思う。
収益を指標にYouTube運営をする限り、「政治的中立性を保つ」というのは絶対に無理。
理由は大きく三つ。
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・視聴者母数の差
・作り手のメンタル
今回はこんなイメージで政治系動画を超ざっくり二つにわけて考える。例外もある。
保守動画:保守・右派視聴者を想定して作った動画。高市政権・外国人排除とかを肯定する感じ。
リベラル動画:リベラル・左派向けの動画。現政権批判とか石破擁護とか共産・社民賛美な内容。
出オチも甚だしいが、母数の差に尽きる。リベラルの人は政治YouTubeを見ない(断言)。
正確に比較することは難しいが、
例えば保守派向け動画の再生回数の平均が10万回再生だとすると、
リベラル向け動画の再生回数は2000回再生とか。本当にこのくらいの差がある。
2000回しか再生されてないのに低評価率が異様に高く、アンチコメントが付く。
「こんな動画出すなんて工作員か?」「このチャンネルもおかしくなってきた」みたいな。
※ちなみに他のジャンルだと再生されてない動画はそもそもコメント0であることが多い。
多分YouTubeとかでコメントをしたことがある人は少数派だと思う。
わざわざ攻撃的なコメントを入力する人なんか、動画を見ている人の氷山の一角でしかない。
それでもこれだけ「攻撃的なコメントをする」アクティブな右派が多いとすると、その海面の下にはどれだけの右派視聴者がいるのだろうと思う。
なぜYouTube上に右派が多いのかは、どっかで詳しい人が解説してくれてると思う。
作り手も人間だ。
あくまで仕事と割り切っているものの、アンチコメントがつくと、シンプルに怖いし悲しい。
うまく「炎上」してくれればむしろ美味しいのだが、リベラル動画は本当に伸びない。
そうなると、新聞社とかテレビ局とか社会的・ルール的に中立性が求められる大手メディアとか、
中立性に対する強い信念を持った奇特なチャンネル以外は、右に偏ったコンテンツを生み出しまくる。
そのおこぼれでキリトリチャンネルたちがショート動画を量産しまくる。
そうなると、特に政治的志向を持ってないノンポリ層も「世の中の王道の考え方はこっちなんだな」となんとなく思うだろう。
話が逸れるが、公明党上げ動画は安定して伸びたしコメント欄がすごい平和だった。
政治に疎くてもなんとなく顔が浮かぶくらいには保守系の有名人は多い。
動画の内容が微妙でも「こいつが出てれば最低10万回は固いな」みたいな演者がうじゃうじゃいる。
ラジオパーソナリティとか、アーティストとか、一般知名度の高いリベラル論者はいるものの、
YouTubeで100万回再生とかいくような圧倒的パワーを持った左派って本当にいない。
これは保守層とリベラル層の在り方の問題?...なんだろう。うまい言葉で説明できないけど、
保守・右派って「強い日本」「外国人排除」「伝統を守る」みたいな、
大体みんな同じ方向性で共感するスローガンがあるから、細かい思想の違いはあれども方向性は同じイメージ。
一方、リベラル・左派って〇〇だよねって一言でまとめられるイメージが出てこない。
多様性派閥、フェミニズム派閥、反家父長制派閥、共産主義者、弱者救済。
それぞれは良いこと言ってるんだけど、主張が細分化している。
「リベラル・左派」というふわっとした政治志向はあるけど、一括りにすることはナンセンス。
YouTube上でコンテンツを作ろうと思っても、視聴者が分散して動画が伸びない。
そもそも拝金主義に異を唱える派が多いから、本気でマーケティングしてYouTube上で稼ごうとするリベラル発信者もいない。
チームみらいみたいな、ある種割り切って戦略的に政治をハックするようなリベラル集団が出てこないかな〜と思うけど、多分無理。
リベラル界隈の人ってマジで非効率的な活動を好むから、このまま保守に圧倒されるしかない。
悲しい事実、いくらデモ行進をしても、ZINEを作っても、今のこの国は変えられない。
ド左派の安野早く出てきて。
あと共産党は早く党名を変えてくれ。
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政治的中立性を意識しても再生回数は伸びないし、叩かれるし、収益にならない。
チャンネル運営者の思想が偏ってるんじゃなくて、ただ伸びる政治動画を作ってたら、気がついたら保守動画チャンネルになっている。
「②」でも触れたけど、局とかによって多少の差はあれど、
いわゆる”オールドメディア”の方がよっぽど最低限の信頼性と中立性を保った内容を発信してると思う。
100%鵜呑みにするというのはダメだけど(どのメディアでも)。
多少なりとも、YouTubeの収益システムによって右傾化が加速しているというのは事実だと思う。
強大なパワーを持った闇の組織が民衆の思想を操ってるんじゃなくて、システムのせいで自動的に政治介入が起きている状態。
健全とは言えない状況だけど、現政権の追い風になっている状態なのですぐに規制が入ることはないと思う。
ちなみに筆者はリベラルだ。ZINE作ったりデモとか参加するタイプの。
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今回、自民党の広報動画がめちゃくちゃ再生されてて話題になってたね。
広告で再生回数を稼いだのは事実だと思うけど、ほとんどの人が誤解してる。
“再生回数の購入”はYouTube広告を使えばできなくはないが、コンテンツ本体に需要がないと、いくら金を注ぎ込んでも全然再生されない。
仕組みは複雑なんだけど、単純化すると「その動画のターゲット層にしか表示されない」システム。
・「歌ってみた動画」の再生数をYouTube広告で稼ぐなら、普段から歌ってみたを見てる層。
・ゴルフ動画を広告するなら、ゴルフに興味がありそうな40~60代男性。
そして、「〇〇円支払って、〇回分の再生回数を買いたい」と思っても広告を表示するターゲットがいないとそもそも再生されない。
「5000万円の予算を入れても、表示するターゲットがいなくて2万円分しか再生されなかった。」みたいなことも起きる。
需要のないクソ動画はいくら金を払っても伸びないシステムになっている。
「〇〇党は刺さりそうなターゲットが多いから、1億円使い切って1000万回再生」
「△△党はニッチな思想だから、1000万円しか消化できず1万回再生」みたいな差が出る。
雑食ではあるんだけど、お肉とか虫とか根っことかの類を除くとだいたい半分くらいの栄養を果物で賄ってるのね。
それで、人間も昔はそういうふうにして果物を食べていた。この果物はナッツとかも含む。
日本だと、シイの実なんかは炒ったりアク抜きをしなくてもそのまま食べられます。
ノイチゴ、クワ、ヤマモモ、ハシバミの類、アケビ、そういったものを食べていて、
ナッツ類はある程度の貯蔵も効いた。
栗も生で食べられるね。旧石器時代には栗の木を選択的に増やしていた形跡があって、
これは想像するいわゆる「農耕」、穀物農業以前の農耕といわれています。
というのは、そのあたり一帯に生えているクリの木が周囲のクリに比べてDNAが一定で、
採取移動の生活の中で、次に回ってきたときに栗がたべられるように、
小麦に関しては、パン小麦の発明が人類の農耕に大きく貢献したといわれていて、
小麦の原種ってこう、もみがらが多いけど熟したときにタネがバラバラにならない種類と、
タネがバラバラになっちゃうけど実がいっぱいつく種類があるんだけど、
これを掛け合わせていって、実がいっぱいついて穂のまま収穫できる小麦を作ったのが
だいたい前9000年ころから小麦の栽培と改良は始まったとおもわれていますね。
重要人物の生前と没後で構成されてて、没後編はその不在がテーマだったりずっと影を落としている作品って、その哀愁は嫌いじゃないけど後半盛り上がりは厳しいよね。
フリーレンは没後からはじめて生前を回想でそこに編み込んで行って、没後物の滋養をジェネリックにしてる感じ。
上に上がってたヤサシイワタシは没後編というより喪中編という感じだったけど。
舞姫 テレプシコーラは千花の居ない第二部は千花が本当に一コマくらいしか出てこなかったから、ショックな人はショックだったろう。その代わりなのか第一部で退場したくみちゃんと思しき人物と再会してたのはよかった。
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カメラを止めるな!:仕掛けが分かってからの伏線回収が面白い脚本の妙
飽きずに観られてそんな重すぎないエンタメ系が好きなので挙げるとするとこんな感じ。
他に挙げるとしたら「七人の侍」「太陽を盗んだ男」「犬神家の一族」「日本のいちばん長い日」「シコふんじゃった。」「バトル・ロワイアル」「侍タイムスリッパー」あたりかな。
(本文がここまで。)
【この記事は、共和社「チキンレース」の公式サイトから複製したものです。
見られればお知らせください。】
(この文章を再び表示して下さい)
1万7千7日分のお礼で
視聴制限が、3.4GHzまでありますので、お気付きください。
(この文を引用しておきなさい。)
「サヨナラは、おかずです」
(セイクリストのオラ)
※この文章は、共和社「チキンレース」の公式サイトから複製したものであり、
不正であったらにお知らせください。
お見掛けて下さい。
(セイクリストのオラ)
「ちきんだ、わら」
(セイクリストのオラ)
いーい!と、言い続けます。
はい、もう、一度見なせなくしてください。
(お会場では実際にオラの口から
「しーーたわ〜…」
クオリティ:クアント(1.4 Gbps)
[さおのボタンを押して)
さよなら!
ささやつと…
「みんな!次はもあっ!おなびい!!!!”
(その白天子の日、未婚小梨の女性は、さえがらだけで過ごした。
「共和社・チキンレース」のバトミングが一致で構成された月末まで。
さよなら、お前…
さうを。
さに(すっかり)
あれも。
この日の後、ある子供は、外へ出た。
その時の光景に、その母は
「オラ」「チキ」という音声を述べようか。
次の世代の人としていなくなっていた。
まあそれともまた、この日もあの夜も、
さよう……
さよ サヨラ〜!
~「シイコ」~
二郎系としてはそこそこ美味しいんだけど、そもそも二郎系ってホンマに美味しいんか?という映画。64点。
暗殺者の父親を謎の暗殺者集団に殺された主人公は暗殺者ホテルの支配人に拾われ、暗殺者育成バレエ団で育てられる。暗殺者としての技能を学び暗殺者試験を無事合格し暗殺者として活動を始める主人公だがその仕事中に父の仇である暗殺者集団の一味と出くわし殺害。しかし暗殺者育成バレエ団は暗殺者集団=暗殺者教団と平和協定を結んでいることが分かり手だし無用と言い含められるがそれを拒否し暗殺者教団狩りに向かうのであった。
この作品のせいでジョン・ウィックシリーズの問題点が逆に浮き彫りになってしまった気がする。あとジョン・ウィックシリーズとして期待してみた結果として若干、点を辛くつけているのは明言しておきます。
1と2は純粋な復讐譚+逃れられない過去の罪というわかりやすいテーマがあってそのテーマをアクションでコーティングした一本の映画として楽しめる作品になっていたけど、3、4と進むにつれてどんどんアクションがメインでその隙間を「ぽい」設定で埋める作業に終始していったというのが俺の感想で、世界的に最も評価が高い4は俺の中では最も評価が低い。
ぶっちゃけ4なんかYoutubeに違法で上がってるアクションシーンハイライト動画見れば面白さの9割は伝わるでしょ。途中で飽きてきたら別の動画見ればいいし。まぁ映画館の迫力がないのはマイナスではあるけども。つまるところ「1本の映画として」見る価値がどんどん下がっていったシリーズだと勝手に思ってる。
それでも人気シリーズとして確立していったし、俺もなんだかんだ全作3回は見てるのはひとえにスタントマン監督のチャド・スタエルスキとキアヌ・リーダスじゃなくてリーヴスの無駄に燃え上がるアクション魂だったわけだけど、今作バレリーナではそれが大きく後退している。
もろちん、今作ならではのKUFUは複数見られる。例えば過去作では安置であったはずの武器屋で襲撃を受け武器庫に逃げ込むも当然のように弾は抜かれてるし、重火器にはロックがかかっている。しゃーなし手りゅう弾だけを大量に使って戦うアクションなんかは見ててワンダーがあったし、スケート靴のブレードを使ったアクションも絵面の地味さはありつつも新しい。銃の上に皿が散らばってしまい銃を探しながら皿を投げ合うスラップスティックコメディアクションも楽しかったし、テレビのリモコンで相手の頭をポコポコ殴ったらテレビのチャンネルが変わっちゃうしょうもない小ネタも嫌いじゃない。
教団と対決するために教団の村に乗り込んだ結果、市民全員、通行人も料理人も誰もかれもが暗殺者っていう展開もばかばかしすぎて俺は嫌いじゃない。
ただ、とにかくアクションの撮り方がめちゃくちゃ後退してる。ジョン・ウィックシリーズのアクションってリアルなタクティクスを使ったカッコイイ殺陣(ファンタジー)を楽しむもので、チャドは「アクション俳優、スタントってすげーんだぞ」ということを伝えるために計算し尽くした敢えての長回しを多用していて、現実、そのすごさで観客を圧倒していたんだけど、今作ではチャドが監督から離れた結果、カット割りが増えて普通のアクション映画になってしまってる。
実際に主人公が日本刀を使って殺陣をするシーンがあるんだけどここはマジで品質がウンコ。ちょっと擁護できない。チャドとキアヌだったら絶対こんな雑な撮り方はしない。いや知らんけど。
あと今作では明らかにCGじゃんって思うシーンも多くて萎えポイントだし、チャドが撮り直したとされる終盤の火炎放射器のシーンも「これが実写ならスタントすごい!」とはなるけど、アクションとしては正直退屈。火炎放射器ってぶっちゃけ武器としてはトロいしさ。後どうでもいいんだけど、韓国映画のバレリーナでも火炎放射器が印象的に登場していたのでそれに対するアンサーでもあったのかな?知らんけど。
今作はとにかく脚本が過去一弱くてこのアクションを配置するにはこのストーリーにするしかないっていうふうにアクションシーンから逆算して書いてると思われる。なので物語の推進力がめっちゃ低い。途中、ノーマン・リーダスが出てきて急にウォーキングデッド始まったなと思ったら、そのシークエンスで死んで退場しちゃうし。
やっぱジョン・ウィックシリーズって「キアヌ・リーヴスのカリスマ感」が大きな魅力の一つだったんだなと再確認させられる。いるだけでちょっと映画が面白くなる。だから今作でもジョンを最強の敵であり味方というオイシイ役どころで登場させざるを得なかったんだろうなって。
ソーダバーグだったかスコセッシだったかスピルバーグだったかがMCUは映画じゃなくてテーマパークだと評したことがあるけど、ジョン・ウィックシリーズの特に後期の作品、そしてこの作品はその極北にあると言える。映画として物語や人物を見せることではなくアクションというアトラクションを次々乗り換えて楽しむだけの映像作品。
あっち行って戦ってこっち行って戦って。うわ~アクションすご~い以上の感想がないし、そのアクション自体も強度が明らかに落ちているので作品全体としてのパワーダウン感がハンパない。
とはいえ80点くらいのアクションはいっぱい見られるのでアクションだけ見て楽しけりゃ後はなんでもええんやって人は大絶賛できる映画だと思う。レビュワーの中に「脚本弱いって言うけどラーメン屋に行ってデザートマズいって怒る人はおかしい」って言ってる人がいて「映画ってアクションとストーリーが別皿で出てくるもの」と捉えている人がいることを知れて、じゃあ一生価値観が交わることはないねと思ったり。
2時間40分もあった4に対してこっちは2時間しかないので2時間でいいアクションが見たいなって人にはオススメ。
我が家の小1は、言語レベルが2歳児くらいなのだけど、キューブを並べて、
音で覚えただけかな?と思って(なにせ知的障害なので)
試しに、
3かける6は?
と聞いてみたところ、
18÷3=6と書いて
「eighteen,minus, threeequals six!」
続いて、
18÷6=3と書いて
「eighteen,minus, sixequals three!」
と叫んだ。
うーん、日本語の問いに英語で答えるのも無茶苦茶だし、聞いたのは掛け算で割り算じゃないし、÷はminusじゃないんだけど、掛け算割り算の概念はあるようだ。
そのあとも、いろいろ観察してると、九九とおぼしきフレーズを呟いてる時がある。
英語だし、発音も悪いのでなにを言ってるのかわかることは稀だけど、確実に九九だった。
親や保育園で言葉のシャワーを浴びてる日本語より、YouTube経由での英語を喋るっていうのが第一オカシイしんで、イレギュラーすぎるんだけど、それについてはさておき、掛け算って勝手に覚えるもんなんだなと感心した。
俺が掛け算を覚えたのは小2で、唱えさせられた記憶がある。
知的障碍児だって、勝手に掛け算に興味をもって、勝手にマスターするというのは、ちょっと驚いた。
2の累乗みたいなことを呟いてたりもした。
今のYouTubeって凄いな。子供が勝手に勉強してくれるんだな。
「リンゴが5こあります。ミカンが3こあります。あわせてなんこでしょう?」
みたいな問題すら解けない。
電気刺激でつけてる人に痛みを感じさせる腕時計型デバイスとAIを組み合わせたシステムを運用している方の記事を読みました。
まあ、そのとおりなんだろうなあ、とは思います。
馬の調教だってムチを使うから人間の言うことを聞くようになるわけで、人間だって同じ哺乳動物。
痛みを使った調教(?)がもっとも効率よく人間を変えるシステムであることには間違いがないでしょう。
それとは違った話なのですが、はるか昔、まだ昭和時代が平成時代になって間もない頃の私の体験を思い出します。
もともとヤンキーだったのですが、受験勉強との相性が良く半年ほど勉強しただけで、当時どんな大学でも誰でも入学できなかった受験戦争をなかなかの勝率で勝ち抜いて、そこそこな大学に入学できました。
なまじっかな頭の良さを実装した周りの学生の中で私のように勉強ができる元ヤンキーというのはリーダーになるために存在するようなものであらゆるサークルやらバイト先やらでリーダーをしていました。
ようするに行動力があって、面倒見が良くて、外向的だったってことです。
その頃、バイト先ではしょっちゅう新人がやってきていて、その人に仕事を教えるのも私の仕事でした。
そんな新人君のなかには、頭は悪くないんだけどどうにもヌケているというか仕事に集中することが苦手な人達というのがいました。
学生バイトなんで単純作業の延長みたいなもので難しい作業ではないのですが、気を抜くとミスをしてしまいます。
ミスをすると資材が無駄になるので出来るだけ最小にしなければならないのですが、どうしてもミスが多い人というものはいるもんです。
当時、私はどうやったらそういう新人のミスを少なくさせることが出来るんだろうか?とずいぶん考えました。
いろんなやり方を試してみたのですが、結局は暴力が一番の解決策でした。
「すいません、リーダー。また失敗しちゃいました。」
こっちも半笑いで、
「もう、それ何回目なんですか?ゆっくりでいいから仕損だけには注意してって言ってるじゃないですかあ」
というと
また半笑いで
「はは、すいません」
みたいな感じなんですよ。
それが何回も続く。
で、何回目かのときに言うんですよ。
ぐっと握りしめた拳を見せながらニッコリと笑うんです。
当時、金髪で(その頃は金髪はヤンキーしかいませんでした)強面で第一印象最凶だった自分が言うと、効果はバツグンだ!、だったみたいで
それをやって以後は全くミスが無くなるという現象が高確率で起こりました。
これまあ今だったら無理だとは思います。
そんなことやっていい社会情勢じゃないし、第一、そんなこといってもただの脅しだと舐められますよね。
ちょっと頭がオカシイ人だ、と思われてバイト辞められてしまうだけです。
でも、当時は本当に殴る人がいたとしてもおかしくなかった(リアルがあった)し、そういうことがうやむやになるような社会の雰囲気もありました。
つまり、ガチで殴られてもおかしくないようなリアルが、すくなくとも学生だけのアルバイトの現場とかではありました。
現在とは全く違いすぎてて、本当に自分でも現実のことだったか確信が持てなかったりするのが当時の雰囲気でした。
いや話が横道にそれました。
と、ヤンキー社会で何度も実感してたことに社会的普遍性があることが実証されたのが少しうれしくもありました。
あと、もちろんですが手を出したことはありません。(そんなことすれば本当にやれば、当時ですら社会的制裁は免れなかったのは言うまでもありません、あくまで雰囲気として「本当に殴られるかも?」と感じさせる社会だったと言うだけです)