
はてなキーワード:グルメ漫画とは
絶賛婚活中の腹黒アラサー女子・森山せいこのルームシェア相手は、
素の自分の性格も食欲も、ぜんぶ受け止めてくれる彼女との生活は
居心地が良くて、だけどお互い口に出せない想いもあってーー。
盆休みに「kindleUltimateでグルメ漫画読み放題フェア」を勝手に開催して読んだ1作。
百合×グルメはグルメ漫画の中でも一大ジャンルで俺が読んだ中でも
※異世界転移してきたお菓子屋のエルフがパティシエ志望のJKとお菓子を作る話
※女子寮を舞台に仲良しJDが実在するカレー屋をめぐりまくる話
※女子小学生が作家で隣に越してきた社会不適合者のJKに飯作って揚げる漫画
その中でも表題の「みんな私のはらのなか」は内容的には百合関係に振り切って、
百合のつなぎとして飯食うところも入れました!みたいな割切り方をしていて
「kindleUnlimitedでグルメ漫画読み放題フェア」の趣旨とはちょっと違う感じはした。
百合漫画としては個人的には傑作とまでは言いづらいが佳作としてオススメはできるって感じ。
高校時代からブリブリかわい子ぶっているが腹の中は真っ黒で本来はうまい飯たらふく食うことが趣味の主人公と、ぱっと見クール風だがゴミ男に引っかかってすぐ依存する自分がないエセボーイッシュで料理上手な女子の同棲話。
主人公は腹黒パワーを活かしていい女を演じて婚活を頑張るも望みが高くなかなかうまくいかない。
婚活疲れを癒してくれる相方に心惹かれているところを感じつつも「女女は違うよね」と気持ちに蓋をする。
そうこうしているうちに相方の元には元カレのゴミ男が戻ってきてアプローチをかけてきて依存関係が復活。
主人公にも気が合いそうなグルメ好き男子が現れ「こいつでいいか」となりはじめる。
お互いの気持ちのすれ違いがピークに達し同棲の解消が持ち出され、二人の関係に終止符が打たれる。
かと思いきや、同棲が解消されると決まったことで逆に自分の感情と向き合うことになり気持ちを告白。
そして高校時代からブリブリかわい子ぶっていた主人公はバリバリ働くキャリアウーマンに
高校時代からクール系ボーイッシュで売って(勝手に売れて)いた相方はかわいい専業主婦に。
お互いの勝手に固定された(ジェンダー)ロールから解放され本当の自分を取り戻すのであった。
いやこれ、グルメ漫画でやることじゃなくね?
疲れて帰ってきて好きな人が飯作ってくれたら嬉しいよね!っていう、そりゃそうだろ感。
明らかに他のグルメ漫画よりストーリーは濃いんだけど、グルメに付随するストーリーが薄い印象があった。
まぁ相方の「料理好きで尽くすタイプの依存症で自分がない」って設定自体が、いかにも「女さんテンプレート」みたいでそもそもどうなんだと思わんでもない。前だったら気にならんかったんかも知れんけど、俺も知らず知らずの間に「アップデート」されてしまったということか。
キャラ設定がテンプレート的ではあるが、婚活疲れの話や社会的ロール固定の話、DVとそれによる依存の話と割と今社会で問題になっている話題がモリモリっと入っていて思ったより読みごたえがあった。
百合漫画って1980年代の日活ロマンポルノみたいに「百合さえ入れときゃ割と何書いてもいい、例えば社会問題とかでもいい」みたいな感じになってて読みごたえがある作品が急にぽろっとでてきたりするの面白い。
特にグルメ漫画ってドラマ性が極めて低い内容ショートショートみたいな作品が多いのでかなり胃もたれした。
【存在】
水 コップに注がれたものでも?
人形 足元に人形があるのは一瞬おっとなったが、裏のスタッフを想像してしまった
親戚の家にある古い人形はこわいのに
(人が介在することで怖くなくなった?)
着ぐるみ 小さい頃、解説の女性教師とおなじ状況になった記憶がある。今では平気
風船 バルーンアートでも駄目なんだ……
人間が食事している映像と「嘔吐」というワードが並んでいることに対するものもあるが、そもそも他人が食事をしている映像が嫌いなのかもしれない。よくよく考えれば漫画好きなのにグルメ漫画は全く食指が動かない
【社会】
これ本当に取り除きたい
人並みに生きられないのにみんなと横並びになりたい
置いてかれたくないしんどい
時間が無くて確認できなかったが、あれだけのメモをしても忘れることは忘れている感じがした。
醜形 自分に対するものが展示されていたが、他人に対する醜形恐怖症はどうなのか気になる
ヘッドホンで聞けない
お腹の辺りがムカムカしてスマホを地面に叩きつけたい気持ちになった
電話 私も電話を持っていること(というより誰かから連絡が来るかもしれないという状況)が苦手
周囲の人も着信音に驚いている様子。
それは突然音がなったことに対する恐怖なのか、それとも着信音そのものに対する恐怖なのかは不明。
対人場面 対人恐怖症が海外でも「Taijin kyoufusho」なのは知らなかった
否定的評価を受けることに対する恐怖心はおおいに分かる
しかし、セールスなどの玄関を通したコミュニケーションについては、少なからずあるかもしれないが、展示された郵便受けの主ほど過敏ではないかもしれない。
しかし、なぜ普通の友人関係、ひいては学校や会社における対人関係について触れなかったのか是非説明をしてほしい。、
騒音 加害のへ恐怖わかる
それか自分が嫌なやつだと思われることに対する恐怖か
展示をみているとき後ろに人がいるのがこわい
この人は私と同じようにそれが苦手なのかもしれない
醜形や臭気の受け手側の恐怖心はあるのか、それは不快感というのかもしれないが気になるところ
【場所】
汚れ 汚れに関しては意外と嫌悪感は薄かったが、この展示物を触る人間に対する嫌悪感は強かった
【概念】
自分が変わっていくこと?に対するものは多少分からなくもないが、それが郷愁に対する恐怖に転換するのはちょっとわからなかった
廃棄 人間を見捨てることもこれに該当するのか
物を捨てられない母は廃棄に対する恐怖を抱いていたのか
罪悪 分からなくもないが、情報を発信することに対する認識が甘すぎて怒りを覚えた。
【おわりに】
確かに、今ほど身近ではなかったし土用の丑の日ぐらいにしか食べなかった
ポストの人はアラ60で自分は10個ほど下だから、その10年でかなり体験変わってくるのかと
自分は10代20代の時に鰻を扱った漫画を読んでた。普通に食べるグルメ漫画もあったし、後藤隊長が詫びで振舞うとか特別な食事。ミスター味っ子だけはフランスでは普通に食べてるオムレツ(品種違い)
ギリギリ30代でネタの大きいお寿司屋さんで食も細いので好きなものをちょこっと食べるの機会に食べるようになったのと、安くてそこそこの鰻が出回ったのとで食べるようになったが、そうでなかったらほんとに習慣づかないというか機会が無かった気がする。そういえば入社式後に小さい会社だったから会食に連れて行ってもらって懐石でちょっと鰻とか出て来てたかもしれない。味は覚えてない。酢につけるな勿体ない系だったかも
今だと懐石とか味わかるの増えたけど、あれもありがたみがわからん。酸っぱい海老とか芋練ったやつとか。鰻は一番トンカツ(焼肉?)に近いが属性はあっちだったかもしれない
アナゴは学生時代に淡路島で一匹300円か100円かの焼きたて食べて美味しいと思った
恵方巻とかと一緒(自分は関西圏なので中学ぐらいで無言食べ制度を認識してた。父実家に引っ越した時からかもしれない)で、イベント飯という認識で終わってた気がする
確かに美味いが、そもそもは馬鹿高く、ゆーてたれの味とかが主なわけで(疑似ウナギ食べると本家のバランスよさにも気づかされるが、ザイアンス説)、あと謎の関西プライドで蒸しやら焼きに
無理して食うもんでもないと思っているのだが、変わりが居ないのよね。
つい牛丼屋でうな牛とかをオーダーしてしまう。脂なのかなぁ(※
下手に品質が上がった輸入品の値段釣りあげれば(関税?)昔のバランスに戻るのかもしれない
※魚肉ソーセージ食べてたら全然物足りなかった(コンビーフ、スパム、ベーコン比)のだが、切ってフライパンで揚げ焼きしたら化けた
グルメ漫画、美少女が、までならわかるけど美少女が「おいしさを表現するのに腕をクロスさせて悶えてる」のはちょっとついていけないなあ。
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食べ物買うときに化学調味料入ってるかどうかいちいち調べてる人は今やほとんどいないと思うけど、化学調味料使用していることをあんまり前面に押し出されてたら引いちゃうと思うし、後味があんまり化学調味料だとちょっとガッカリすることもあると思う。化学調味料を使用していないことを前面に押し出してブランディングしていることもある。
安いチェーン店だったら料理に化学調味料が入ってるって言われても「ああ、そうなんだ」くらいのもんだと思うけど、ちゃんとしたお高級な料亭とかレストランとかであればあるほど化学調味料使ってるって分かったら残念な気持ちになる人が多いんじゃないかな。
熱心なアンチがいて、その中で間違った認識が蔓延してるのも共通している。
(主に某グルメ漫画のせいで)かつては化学調味料への拒否反応はもっとあったと思うけど、今は「基本的にはどうでもいいよ」って人が増えていそう。生成AIも奇異の目で見てる人がまだ多いんじゃないかと思うけど、だんだん「普通」になりそうな気がする。
5位:チンチンデビルを追え!
チンチンを生やされた美女とその幼馴染が元凶を追いかける下ネタギャグ
社会風刺系のギャグ、当たり回とハズレ回の当たり外れが大きい、ネットミームになっているなりかけている名言多数
3位:ドカ食いダイスキ!もちづきさん
グルメ漫画と思わせて健康不安を煽るギャグ漫画、描写が細かいため作者がなんらかの持病を抱えている説あり
元ヤクザが主夫としてバタバタするギャグ漫画、多数メディア化されている
シュールギャグの王者、現在も孤高の道を歩む、最近またアニメ化される
野球漫画のように見えてサイコパス気味でどこか頭のおかしい主人公や癖だらけの周辺人物が織りなすギャグ漫画、セリフのキレやテンポが非常に鋭く芸人顔負けクラス
数少ない感動が何でも楽しめる人間のそれよりもより尊いものか、より上質であるかと言ったら別にそんなことはない。というか分からない。他人の感動を味わう感覚なんて体験出来ないのだし、比べようもない。そもそも相対的な位置づけなんて個人がどう感じるかとはまた別なことだろうし。
感じ方は人それぞれ、は別に美徳でもなんでもなく単なる事実だろう。だから尊重しよう、とかそういうのはまた別の話だけれど。
感動なんか多い方が楽しいに決まっている。
不愉快な思いにばかり敏感であればこそ人生に対する深い(深いって何?)洞察がある、なんて事もない。
よしんば深い洞察があったとて、それの何が良いんだ?人生が味わい深くなるのか?
そんなものを手にするまでもなく、最初から人生を楽しめる方が手っ取り早い。
しかし物の感じ方というのは如何ともしがたい。
グルメ漫画を読みすぎたような奴が「それは嫌いなんじゃなくて本当の美味しさを知らないだけだ」なんてことを言ったって、不味いもんは不味い。
新鮮なウニがいくらまろやかだろうと、そもそも根本的な味のラインが嫌いなら細かな味わいの違いなんて取るに足らない。
マンガの世界みたいに誰もが感動できるような「本物」があれば、気難しい人間でも喜ばしい人生はそう遠くないのかもしれない。
でもそんなものがあるだろうか。
いや、確かにある。根拠はないが、あるはずだ。もし感動できないのなら、それはまだ理解していないだけだ。
なんて本質主義というか、教養主義めいた信仰に生きるのもまた一つの道なのか。
そんなに難しく考えずとも、観光地で名勝を眺めて、名物を食らって、さしたる楽しみなんてなくとも「観光している体験」に自分を奮い立たせるような心持ちは大事なのかもしれない。
そんな嘘がいつしか本物になるのか。あるいは楽しもうとする姿勢を自覚的に、意識すると白けるような思いは見えないよう無自覚に、心に覚えさせていくのか。
難しそうだ。
だからといって、欲しなければ苦しまないだなんてのは雑魚の逃げ道だって、喜びには鈍感な心がその癖一丁前に叫んでいる。面倒臭い。
野球中継や誰かの追っかけが生き甲斐だなんて、そんな連中を見て何が面白い人生なんだよとか思っていたけれど。
何なら今でも全然共感は出来ないけども、熱狂できるものがある人生というのは本当に心底羨ましい。
自分色を出せるとか、目立てるとか、そういうのも確かに憧れる。いや今でも全然憧れている。
フツーの人生だけど十分満足してますなんて人よりは、自分らしさや好きや得意を武器に生きて、目立って、チヤホヤされてる人のほうが断然羨ましい。
ただそう高望みはせずとも、何で感動を得ようが熱狂や感動が日常に根付いているのなら、満足さえあれば良い。そう気付く、というより受け入れるのに大分時間がかかってしまった。そして喜びに鈍感な心がすっかり変わった訳でもない。
そんな悩みもありつつの平穏な日々こそが人生なんだ。考えもなしに何でも楽しめる人間なんてそうはいない。別に自分だけが感動に鈍感なんじゃなくて、誰だってそんなもんなんだ。欲張りすぎていたな。身に余る期待だったな。細やかな楽しみでも、それさえあれば十分すぎる贅沢だ。
とか思うにはまだ早すぎる。何が早いのかは知らんがそう感じずにはいられない。もう暫くは抗いてえ。
女性性のとらえ方のアップデートの必要性は、仮説に過ぎないが、偶然による炎上が無ければ見えてこなかったこと鑑みると心に留めておく価値がありそうだ。
追記・
失礼、最後に言いたいことを忘れていた。
ネガティブを解消する方向で話していたが、女性たちがガマンからの解放はされることは、大いにポジティブな影響をもたらし得る。
要するに、今までグルメ漫画やCMからコストとして切り捨てられていた顧客が戻ってくるのだから。
そしてそれ以上に、男女平等な扱いがもたらす精神の解放が、創作シーンを盛り上げる期待はあると思ってる。
加えて、チーク。
頰の赤みが男性への媚びとして指摘されていたが、現実世界のメイクにも同じ圧力が働いていたとしたら?男性にへつらい、都合よく作り上げられた女性らしい可愛さに迎合せよと迫る圧力のせいで、チークのようなメイクに誘導されているのならば。そのような負担から解放された女性たちは、たとえば理系分野や将棋など、原因不明に発展途上だった分野で力を発揮しだすかもだ。
美を求めるような女性の主体的な性表現やメイクなどにも、社会からの余計なプレッシャーが消えた先に新たな世界が広がっているかもしれない。
以上で、一連の思索を終える。
女性性の性的消費文化に慣れた人たちであればリスクは許容範囲だし、振るい落とされた客の反感は無視できるレベルに収まる、という計算。
それが結論なのかも知れない。
今回のような突発的リスクを度外視すれば、問題はないはずだ、と。
しかしながら冒頭で挙げた前提を覆して、デザイナーは万能ではないと仮定すると、手癖説が浮上してくる。
性的消費に心折れてなかった女性たち気持ちをグルメ漫画界隈は無視している、それどころか創作界全体が女性の犠牲を前提にしてる恐れさえ、ある。
今回の表現を手癖でやってしまったなら、女性表象の尊厳自体が危ういまま運用されてきたバックグラウンドがあるはずだし、それはすなわち、フィクションだけでなく社会における女性の扱いそのものが重大セキュリティアップデートを要するということだろう。
グルメ漫画のプロというトップデザイナーたちが、どのようなリサーチを経たのかは不明だ。
だがデザイナーのプロ性を尊重するならば、性と食の組み合わせは最適解と考えるべき。
か?
まだ疑問がある。
近年のグルメ漫画を含め、暗喩的性表現を使うことが本当に、手っ取り早く魅力を高める方法なのか? だ。男性に比べ女性性が消費されがちならば、それは確かに女性差別的な環境だ。
コメントにおいて、性と食の抱き合わせ販売に難色を示していた人が多かったのも気になる。
今回は男女の不平等な扱いで炎上したが、しかし女性単体であったとしても、フェチに過去の性被害トラウマを重ねて辛い思いをする女性は多かったのでは?
漫画やイラストで女性を性的にまなざす習慣に慣れてしまっているので違和感を覚えない、という人々を基準に合わせた性消費抱き合わせ構成が、果たして本当に効率の良いプランなのかは検討の余地があると思う。少なくともマイナス効果のリスクがあるのは、偶然にも今回、表面化したと思う。
もちろん食べてる女性にスポットを当てるのは、商品の魅力を増す結果に繋がるとは限らない。
グルメ漫画の性表現と違うのはそこだが、しかし達成目標をどこに置くかは自由だ。
プロジェクトの目標として定量化しにくい商品の売り上げでなく、CMの再生回数を計るのは妥当。
だから女性性の性的消費に加担しても、コマーシャルの魅力を増すのは意図通りだった。
不運は、外部の事情によって偶然に男女の差異が出てしまいグロテスクさが具現化したことだ。
顧客は、アクシデントによる錯覚であることを考慮して、非実在の女性差別に憤らないこと。
事情を知らない人にはそれを教えてあげること。
性的消費に加担した咎はあるものの、それを指摘するならばグルメ漫画など他の性的消費材も問題視しないとダブルスタンダードになる。
まず、先日のカップ麺のCMが物議をかもして多少話題になったのは諸君も知っての通りだと思う
あれは過剰反応だと思う、しかし現実問題エロを題材にした作品が多くないか?
例えば漫画だとすると、ガイシューイッショクという漫画があるのだが、マッサージをして喘ぎ声を出させる、といった題目で物語が繰り広げられる
私も少し読んだだけなので詳しくは分からないが、まあ不健全な漫画であろう
いくら青年向けのスペリオールで連載しているとはいえ、私がこれを知ったのはインターネット上のことである
同じスペリオールでも、れんげとなると、という、エロに寄ったグルメ漫画も連載されている
また、漫画アプリ等になるともうエロ作品が半分程度と言っても過言ではないかもしれない
昔から和久津や二階堂姉妹などはドレスを着てキャバ嬢のような風貌でマージャンを打っていたが今は化繊のポロシャツが主流なのであろうか
どのみち体のラインや谷間など、エロを意識させる要素は十分にある
どうせ麻雀打つならジャージでもよくない?牌ツモりやすいし、と思うのが本音である
このように、普段生活をしているだけでエロが目に飛び込んでくる、フェミニストが騒ぐのも無理はないかもしれない、とすら一瞬思ってしまう
私のようなアラサーの性欲が切れかかったオッサンになると、目に入るのも嫌なのである
エロの根源は三大欲求なので売り上げになりやすい、等の理屈は分かる
理由はCMに出てくる女の子のうどんの食い方がエロすぎるからである。
実際見てみた。涙目で赤面した女の子が吐息をまじえつつうどんを食うアニメだった。髪の毛かき上げる時に「ンショ…」というのが面白かった。ちいかわみたい。
緑のたぬきも見てみた。こっちは赤面してない。髪の毛かきあげないので「ンショ…」もない。
エロいかどうかは正直個人の主観なのでわからないけども、「飯をちょっとエッチに食う」はもうグルメ漫画の伝統芸になっているような気もする。
多分結構前からそういう描写はあったんだろうけど、「クッキングパパ」とか「きのう何食べた?」とかではあんまり見ない。まあこの二つは食うより作るがメインみたいなところあるし。
世に「飯を食う姿をちょっとエッチに描いた方が面白くて可愛い!」と知らしめたのはきっと「花のズボラ飯」。
赤面した女性がぺちゃくちゃ喋りながらかぶりつく勢いで飯を食う。しかも結構汗だくでんっ♡んっ♡とか言いながら食う。この漫画、花が可愛いのもそうなんですけど参考グルメ漫画(マジで今日の夕飯の参考にする漫画)としての敷居がとっても低いのもあり人気が出た。
結果、美味そうに食う=エロく食うみたいな思想が世にじわじわと侵食してきたんじゃないだろうか。
そこにブーストをかけたのが「食戟のソーマ」。ちょっとエッチに食うどころかイメージ図で全裸にすることで美味さを表現した。とんでもねえことするよな。でも食戟のソーマのすごいところは男女平等に脱がされるところ。可愛い女の子が全裸になってる後ろで汚いおじさんも剥かれている。ギリギリギャグ描写だよねこれと済ませられるラインを走っている。
もうこれでエロく食う文化は完全にグルメ漫画なら一般的な手法ですよ!となり「肉女のススメ」や「めしぬま」みたいなエロく食うを主題にした作品が増えた。エロく、とまではいかないけど「食ってる(飲んでる)姿が異性から見て素敵だ…」となる漫画も多い。「ワカコ酒」とか「ロリータ飯」とか。
とにもかくにも、異性から魅力的に見える食い方=うまく食うの方程式があるのだ。分からんけど。
そんな中でドラマ化までこぎつけた「作りたい女と食べたい女」ってすごいですよね。
あれはシスターフッドという主題とか作者の思想もあるんでしょうけど美味さの表現が「エロさ」にない。赤面はするけど、作中でめちゃくちゃ美味い!を表現するのは「いかにがっついて食べるか」である。効果音ガッ!ガッ!ズッ!ばくん!だし。
そう考えると最近になって「美味いは別にエロくなくていい」のグルメ漫画増えたな。「おこじょさんと家飲み家ご飯」とか「1日外出録ハンチョウ」とか「邪神の弁当屋さん」とか、そもそも絵柄や登場人物が肉感的でなくとも美味いもんは美味いんだ!でつきすすんでて面白い。
いやまだエロく食うの文化も残ってるんですけどね。「ほったらかし飯」とか「週末やらかし飯」とかまだまだその辺の時代の影響を濃く受けてる感じがする。
おそらく今のグルメ漫画は「エロく可愛く描くのもいいけどさ、エロい可愛いだけが美味いじゃないんだよ」の過渡期にあるのだ。そのうちなんで昔のグルメ漫画ってなんかエロいの多かったの?と言われるようになるでしょう。そんな複雑な時期に赤面ンショ涙目うどん食いをしてしまったのがまずいんじゃ?2010年代後半ならいけた気がする。
そこで提案なんですけど次は「ドカ食いダイスキ!もちづきさん」みたいな感じで必死感出してうどん食うCMにしたらどうでしょう。多分話題になる。別の意味で。
飯をエロく食うな!の記事ではないんだけど飯をエロく食うな!な感じが出てていやですねえ。エロく食ってもいいよ。わずかな時間のCMであのクオリティは素晴らしいよ。エロく食う=美味そうに食うの方程式が完全に確立されてない過渡期のだから叩かれてるんじゃないかなという話をしたいんだよ。