
はてなキーワード:グラムロックとは
サディスティック・ミカ・バンドの歴代ボーカリスト(ミカや桐島かれんなど)に対して、「歌唱力」という面で独特な印象を持つのは非常に鋭い視点です。
一般的な「歌の上手さ(音程の正確さ)」よりも、彼らが「キャラクター」や「華(カリスマ性)」を優先したのには、いくつか面白い理由があります。
リーダーの加藤和彦さんは、ボーカルをメロディを歌うだけの存在ではなく、バンドのアンサンブルを構成する「音色」の一つとして考えていました。ミカさんの少し危うげでコケティッシュな歌声は、緻密に計算されたプロフェッショナルな演奏の中で、絶妙な「外し」や「遊び」として機能していました。
サディスティック・ミカ・バンドは、音楽だけでなくファッションやアートを含めた総合的な表現を目指していました。
「素人っぽさや危うさ」がある方が、パンク的でファッショナブル、かつエキゾチックに見える。 という、当時のグラムロックやアート・ロック特有の美学がありました。
初代ボーカルのミカさんは、バンド名の由来でもあり、当時のクリエイティブな象徴でした。彼女のキャラクターそのものがバンドのコンセプト(自由、型破り、洒落っ気)を体現していたため、技術的な音程よりも「彼女がそこにいて歌うこと」自体に価値があったのです。
少し違う視点で見ると… 彼らの音楽は、バックバンドが日本最高峰の超絶技巧集団(高橋幸宏、小原礼、高中正義ら)です。あえてボーカルに「隙」を作ることで、バンド全体のサウンドに中毒性のあるギャップを生み出していたとも言えます。
昭和の頃は冷戦で日本の輸出先は欧米中心だった。仕事でも欧米に出張行って帰ってくる人多かった。当然アメリカの文化や言葉を知ろうとするし、米国帰りの出羽の守は「今アメリカでわ」とやるわけだけど、冷戦が終わって貿易相手国に中国とかアジア比率が増えた。韓国と仕事をする人は韓国ドラマ見るし、香港と仕事をする人は香港映画の話をする、そんなわけで相対的に欧米文化へのあこがれみたいなのが少なくなっていった。アメリカではポップカルチャーがヒップホップとかラップとか貧しい黒人が全面にでるものが多くなって往年のMGMミュージカルみたいな日本人の好みとはちょっと乖離していった。シティポップYMOで育った世代は国内でおしゃれすぎる世界の最先端音楽を聴きまくっていたので、
洋楽(米国ポピュラー音楽)みたいなダサい音楽を必要していなかった。韓国は国を挙げて音楽やドラマなどソフトパワーに力をいれてきていて、昔グラムロックとかに入れあげていた女子の需要を韓流で置き換えることに成功していた。国内では失われた30年に突入し、無理しない背伸びしない身の回りを大切にするコスパタイパという流れの中で、70年代のフォーク的なシンプルアコースティックな音楽に回帰する流れもあった。
経歴
ルー・リード(1942-2013)は、ロックミュージシャン(シンガーソングライター、ギタリスト)。
ニューヨーク郊外で会計士を営む実家に生まれ、シラキュース大学では英米文学を専攻し、伝説的な作家デルモア・シュワルツに師事しながら、ギターを持ち、B級レコード会社のために流行にのったヒットソングのパクリのような曲を提供していた。
この頃、同性愛(極度のホームシックによる鬱症状という説もある)治療のために家族の手配で電気ショック治療を受けさせられる。
1964年に伝説のロックバンド「ヴェルヴェットアンダーグラウンド」のメンバーとしてデビューし、ショッキングな歌詞と前衛的な演奏でカルト的人気を博した。
1970年代にはソロに転じ、前半はデヴィッドボウイのプロデュースした「トランスフォーマー」で、グラムロックの代表的ミュージシャンとして活躍した。お笑い芸人「HG」のルックスはこの時期の彼に影響を受けている。
徐々に黒人音楽に傾倒し70年代後半はドンチェリーらと組んでフリージャズとファンク、ラップのような歌が合体した奇妙な作品を出し、軽い混迷期に入った。
80年代以降はシンプルな4ピース(ギター×2,ベース、ドラム)の骨太の演奏に語りのようなモノトーンな歌い方を乗せる方法論が定着し、「ブルーマスク」「ニューヨーク」などとっつきづらいがくせになる名盤を作った。
その後セールスは低迷し、本人も70年代後半のような実験的・音響的な方向に傾倒し、2000年代中盤以降新作はリリースされず、2011年に突然、スラッシュメタルの大御所メタリカと共作アルバム「ルル」を作ったが、長尺でラフな演奏にメロディがほとんどない歌声が乗る(しかも一曲が長い)作品は、特にメタリカのファンから酷評された。2013年に肝臓癌で死去。
作品紹介
この詩集は生前に発表された唯一の詩集(多分)で、彼の歌詞と、雑誌に発表した詩・記事からなる。
詩の魅力
ボブディランのような多義性・はぐらかしや、レナードコーエンのような崇高さとは異なり、ルー・リードの歌詞は明確、即物的・客観的で、感情を乗せない、観察者的な視点が特徴である。言葉遊びも少ない。
テーマはショッキングなものが多いが、それが詩の構造・精神にまで侵食せず、あくまで象徴として機能しているのが魅力で、それゆえ、声を張らなくても、メロディを工夫しなくても(楽曲のほとんどが2~3コードで作られている)、演奏を盛り上げなくても、聞き手に迫る。
薬物
代表作「ヘロイン」は文字通りヘロインについて歌った作品であり
「ヘロイン/ぼくの死であれ/ヘロイン/ぼくの女房でぼくの人生」
と、その表現は率直で容赦ない。
ただ、ヘロイン自体の直接的・具体的な描写はなく、これは読み手(聞き手)には、自分が愛着をもち、人生の代替となる「何か」と置き換え可能な普遍性を持つ。
「ぼくは彼女がスコットランドの女王メリーだと思った/ものすごく努力したのに/まったくの勘違いだとわかっただけ」
と、ここだけ読むと幼稚なほどロマンチックな失恋の歌なのだが、最後に
と突然血なまぐさくなる。
一見強面・ハードな印象のある作者だが、薬物以外に拘りがあるのが「家族」で、例えば、
「おふくろに恋人ができた」という歌は、
「おふくろに恋人ができた/昨日やつに会ってきた/おふくろが新しい人生の1ページを始める/やつとの関係が早く終わってほしい」
「妹へ」という歌は
「元気が無いって自分でもわかっている/このところ調子が良くないからな/でも信じてくれ/ぜんぶおれのせいだ/おれはずっと自分の可愛い妹を愛してきた」
とストレートな愛情を歌っている(妻を歌うときにこのような率直さはない)。
79年のアルバム「ザ・ベルズ」は控えめに言っても駄作だが、最終2曲が秀逸で、
「おれは家業なんていらない/あんたが死んだってそんなもの継ぎたくない」
「パパ/こうやって訪ねたのは間違いだった」
と歌う「家族」(ルー・リードは父親を憎む発言を繰り返し、生前最後のインタビューでも「親父はオレにそんなクソ(注:ギターのこと)はよこさなかった」で締めた。)
に続き、
「宙を舞い/体をつなぎとめるものもなく/宙を舞い/膝から地面に落ちた時/パラシュートなしで公演するのは/あまりかっこ良いものではなかった」
と夜のブロードウェイでの飛び降り自殺を描く「鐘(The Bells)」で終える。
好きな理由
露悪的ではあるが、情緒に頼るところはなく、自分のことを歌っているようでもどこか第三者的な目線を感じる。その透徹したところが魅力で、苦しさややるせなさを抱えていても、読むと「ふわっと」自分から離れられる不思議な癒やしが感じられる。
自分の気持ちを抑えられないほど悲しいときや辛いときに読むと、不思議な浄化作用を得られる。
自分が好きな歌詞は、本当に悪趣味なのだが、「黒人になりたい」という歌で、
「黒人になりたい/ナチュラル・リズムを身につけて/6メートル先まで精液をとばし/ユダヤ人のやつらを痛めつけてやる」
という、人によっては噴飯ものの歌詞だが、リズムの良さと話題の飛躍に、どこか英雄に憧れるおとぎ話めいたユーモアがある。
そして、ルー・リードがユダヤ系アメリカ人であることを念頭に置くと(そして、本人がそのことを歌で一切明かさないことを含めると)、この人の自虐性とユーモア、という側面も見えてくる。
読み手/聞き手によって評価は異なるが、自分にとっては、「毒」を浄化してくれる「毒」(=解毒剤)だと思います。
以上
参考資料
(書影)
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309257501/
(楽曲)
(heroin)
https://www.youtube.com/watch?v=yN-EZW0Plsg
https://www.youtube.com/watch?v=mEuShdchzkk
(families)
https://www.youtube.com/watch?v=JXbu4z2kc6s
(I wanna be black)
https://www.youtube.com/watch?v=H-ksg_ZVn8s
(sad song)
https://www.youtube.com/watch?v=QG_ooIR0DTY
https://www.youtube.com/watch?v=ZbOG-2ahx4w
(the bells)
というより吉井和哉の変化かもしれないが、ソロ~再結成にかけて声の荒々しさが失われてしまったように思う。今更こんな話をしても乗ってくるファンはほとんど生き残ってないかもしれないが。
イエモンの魅力って(グラム)ロックと歌謡曲の間で揺れてることにあったと思うんだよね。初期のグラムロックからチャートを意識したポップな方向性への舵を切り始めるも捨てられない洋楽コンプレックス。この苦悩が生み出す人間臭さとアンバランスな叫びがイエモンの魅力で、楽器のわからん俺みたいなアホにもそれが最も伝わってくるのが吉井和哉の歌い方だった。それが無くなっちゃった気がする。
"Every RoseHasIts Thorn"は米国のグラムロックバンド、ポイズン(Poison)のパワーバラード。
2ndアルバム"Open Up and Say... Ahh! (邦題:初めての***AHH!)"からの3rdシングルとして1988年10月にリリース。
1988年12月24日から3週間、全米シングルチャートで1位を記録した。
本来は「綺麗なバラには棘がある」といった意味の格言だが、この歌詞においては「誰しも、知らず知らず、人を傷つけてしまう。」
のようなニュアンスで用いられている。
https://en.wikipedia.org/wiki/Every_Rose_Has_Its_Thorn
https://moon3756.blogspot.com/2010/05/poison-every-rose-has-its-thorn.html
http://tnakao.main.jp/blog/every-rose-has-its-thorn/
Poison - Every RoseHasIts Thorn
シャ乱Q 結成25周年記念ライブツアー 2013 秋の乱~シハンセイキ伝説~
当時は売れてるバンドがたくさん出て来たし、
ミリオンヒットも多く(95年だけで22曲)、
そんな中でも、特に「いいわけ」は、正直「良くわからない曲」だった。
「ズルい女」、「My Babe 君が眠るまで」、
どれもメロディアスでドラマティックな展開が印象に残る曲だった。
とても100万枚売れるような曲に思えなかった。
当時小学生くらいだった僕には、
時に真に迫って息を飲んだし、
しかしそんな中でも個人的に最も印象に残ったのは、「いいわけ」だった。
つんく♂さんはライブ中かなりキレキレのダンスを見せていたが、
細かく体を揺らすダンスをした。
わかりやすく言うと、
「痙攣ダンス」のような感じに見えた。
それはある種「気持ち悪い」ダンスなんだけど、
ニューロマンティックやグラムロックの影が見えて、
曲の内容とも相まって非常に「かっこいい」ものになっていた。
当時のPVの、つんく♂さんが半裸でドアップでカッコ良く歌うイメージで、
「カッコいい男がカッコよく歌ってるカッコいい曲」としか思えてなかった。
「アアアア」と苦しそうな叫び声を上げて、クライマックスを迎えた。
「カッコつけている」姿はどこにもなかった。
そこにあったのは煮え切らない、どこにもやり場のない苦しみだった。
映像をいくつか探してみたが、似たようなパフォーマンスをしているものは見つからなかった。
非常に印象的なダンスなのに、当時のテレビを見ていた記憶にも残っていない。
僕にはわからない。