
はてなキーワード:キョロ充とは
バカ男が熱中してるけど、一部のイケメンプロ選手以外の全ての男にとって害悪にしかならないのに、マジでどんだけバカなの?
そんなに脳筋チンピラ体育会家暴力男どもを持ち上げて、そいつらを持ち上げてるだけの太鼓持ち君になって、非モテになっていくのが楽しいわけ?
お前らは、イケメンの周りをうろついて、邪魔もの扱いされるのが精々の底辺キョロ充だよ。
そのくせ女選手の場合、どんどんブスばっかになり、「性的搾取がー!」とかほざいてる糞フェミどもだらけになってる。
男の場合は、羽生だの大谷だのハンカチ王子だの、あんだけイケメンアイドル扱いしといて。
星野源さんの今回のアルバム「Gen」のプロモーションについてなのですが、既にあれこれ批判されまくってますよね。
でも皆、なんかちょっと芯食ってないっていうかね。
自分ほど「星野源が嫌い歴」長い人間もなかなかいないと思うんで書きますわ。
もう25年も前になります。SAKEROCKを2000年に見たときから「あー、うんうん。これは無理」と思ってましたから。
あのですね、彼の本質的に嫌われてる所は「人それぞれの間合いの<お気持ち>の部分をハックしてコントロールしようとしてくる所」なの!
学生時代に料理店でバイトしていた時に思ったことなんだが、料理人が料理出して客に「まずい」って言われたり沢山残された時、絶対料理人の人は「おれが悪かったのかな?」みたいな感じで、更に残った料理を必ずひとくち食べてたんですよ。なるほどと思いましたね。
そんな感じで、星野源さんは「うちで踊ろう」でMAD作られた時に不快感を示してた時もそうなんだが、五感に委ねるものを作っておきながら、感じ方を制限してくるところがある。「こっちの感じ方が違うかも?」とかないんかな。
あと、後出しで「本当はこう伝えたかった」とかじゃんじゃん言ってきて、紅白の時もそうでしたが最初に批判が起きた時に「そこまでの情報」で自分の内外に気持ちをフォローしてるファンを振り回したり梯子外したりするんですよね。
しょっぱすぎる料理作って黙ってそのまま出して、苦情が来てから「本当はこれは白ワインと合わせて欲しかったので塩味が強いんです、水を飲みながらではちょっと💦」とか後から言ったら★1でしょ。
しかも隣の席の常連さんとかが「まぁまぁ、これは日本酒と合わせるとちょうどいいんだよ!」とか言った後にそういうこと言う。
それ言ったら誰も幸せにならんでしょみたいな。
じゃあ先に言いなさいよみたいな。
SAKEROCK時代から「細野さん、細野さん」ってめっちゃ言ってたのはまぁ、正直鬱陶しかったけど当時は細野さんもぜんぜん売れてなくて元気なかったから、若手の人がフックアップするのはいいことだと思ってましたよ。
だけどさー!?
ソロになってからカクバリズムの角張さんを「俺の曲になんでタイアップ取ってこれないんだ!」ってめちゃくちゃ詰めてたらしいじゃないですか。
なんでそういうこと言うの???
いや「命懸けてでも成功してやるぞ」っていうモードになったのはよく分かるけど、「レーベルに言えよ!!!」でしかねーのよ!!!
しかも細野さんからの〜山下達郎に近づいていく感じが、もう本当にしんどかったですよね。
まあ「源くん、源くん」とか、ちょっと満更でもなさそうなヤマタツもダサかったけど。
それで「POP」とか言うけどさ、細野さんもヤマタツも、わかりやすい売れから距離を置いたり、置かれたりしていじけながらボヤきながらも趣味嗜好を貫いてやってきたから趣味が良いね!ってなってきたわけなので、お寺の線香じゃないんだから「そこに近づくから俺も趣味が良い」とは絶対にならないし、そういう「俺もそっち側っす」みたいなのは、お前が決めるんじゃなくてリスナーが決めるから、どうかやめてください。
そこでまだ、自分のルーツであるチャゲアスと対談とか、玉置浩二とか井上陽水とかに行くなら「おっ、なるほどな。ポップってそういうことか」ってなるけど、「そっち側(サブカルとして馬鹿にされまくってた時代もなんとかやってきた人)」を大事にしてる人にとっては、すごい無神経に感じるわけです。
だけどさ、ASKAさんがあんな感じだから、ちょっと話したぐらいで遠巻きに見守ってるでしょ。ルーツっていうならもっとベタベタしろや。
そういう所が本当に嫌。イメージ売りしたいのと、パイセンとのシナジーづくりでセンス良くアップデート()は両立しないっって。
意外に思われるかもしれないけれど、2000年代の細野さんとかはマジで人気なくてある時期までオワコン扱いされてて、ライブもチケット売りきれない時とかたくさんあったんですよ。
ヤマタツも今は伝説的に語られてるけど、2010年代まではマジでゴミレコード扱いで。
HARD OFFで「ForYou」っていう1980年代の名盤が「¥108」っていう値札をジャケにビターンと直貼りされて5,6枚適当に混ざってたこともあるんですよ。
(それだけ売れたから在庫がダブついているということでもある。それにForYouは2010年代後半に人気が再急騰して2020年代にはメルカリで1万円で取引され、まさかの「発売から40年後に中国でブート盤が作られる」という謎の現象が起きた。
そういうことがあるから面白いのに、星野源さんは器用なので「余白に委ねない」から飛び抜けないという印象がある。
KIRINJIはまだ「キリンジ」時代の貯金があるからやってけてるけど、当時の余白がなければ9割スッカスカミュージックなのである。
今回のアルバムGenも「なんかよくわからないけどこの人と衝動でやるぜ!」というワクワク感がない。
メンツを見て想像通りの「いい感じ」でしかなく、冒険がもうできないキョロ充が作った音楽に聴こえた)
細野さんはまだわかるが「ヤマタツ=センスが良くて売れている人」みたいにされるのは表層的ですっごくしんどい。
だって売れない時期も地道に遠くを見てやっていた人だし、そういう職人的なとこ含めてファンは好きなわけで、長年お世話になったカクバリズムに対していきなり「俺の曲になんでタイアップ持ってこれねえんだ」とか、短期的に結果を上げようとする人に近づいて欲しくないんですわ。半ばセルフでジャニーズの傘を持ってきたヤマタツ見習えって。(ダメですけど)そういうベットができないんでしょ?
その短絡的な「POP観」と「ここらへんピックアップして仲良くなれる俺、センスいいだろ?」が耐えられません。
音楽に対して後出ししたり、「うちで踊ろう」でMAD作られて怒ったり、今回の「街の掲示板や銭湯に広告出しました、ユニークでしょ」みたいなのも全部「音楽というものの【聴く人の自由】に委ねる部分をコントロールしてこようとする(ノイズを入れてくる)」から嫌がられてるんだよね。
星野源さんは、真剣に売れるためには、話題つくるにはどうしたらいいのか?を一生懸命考えて、沢山媒体にも露出して本当に頑張っていると思う。
音楽というのは、コカ・コーラとか、ヨーグルトとか消費財の売り出し方とは違うんですよ。
「オイコスでもダノンでも明治ブルガリアヨーグルトでもどれでもいいけど、健康にいいってCMで見たから買うわ」じゃなくて「この人だから聴く」みたいなとこあんですよ。
よく「〇〇からしか接種できない栄養分がある」って言うじゃないすか。音楽ってあれなんですよね。ちょっと中毒性というか。
星野源さんからしか接種できないものは今、ケレン味ばっかりになってて、素直に推しづらいじゃん。
やっぱりストーリーが大事にされる、長い目で見るものであって、最先端なことがいいわけじゃないんですよねー。
そうじゃなかったらこんなに昔の喫茶店とか、80年代のものが、Y2Kが人気にならないでしょ。
みんなちゃんとその当時の良さを再定義してるから「そうだよね、いいよね」っていう気持ちを共有しあってファンダムが出来るのに、星野源さんはそういうストーリーを毎回バズを狙いすぎて、ブツ切れにさせるわけですよ。
それは「その時その時のみんなの正解」を真剣に考えすぎて、しかも器用だから表面的には整えられるんだけど「本来の星野源さんらしくはない」から違和感が出るし、嘘っぽいからみんなに感づかれて「なんか嫌かも…」みたいになっちゃう訳です。
例えば今回の街の掲示板広告問題は、みんながゆるく見守ったり、必要な情報がある人は真剣に見たり、広告出す人もお金もセンスも無い中真剣にA4ペラ1を掲示するという、公共というみんながちょっとずつ譲り合いながら保たれているエリアにズカズカ入っていくから嫌われるんですわ。
小さい公園で「ここボール禁止じゃないよね?じゃあ、狭いけど今から全力で野球の試合をします!」みたいに宣言して朝から声出ししたら、危なくなくても近所の人にムカつかれて警察来るじゃん。
そういう嫌われ方をしているよね。
音楽でもそうで、「どうしてもここでこれやりたいんでやってます!今は理解されないかもだけどこれはどう考えてもイイと思ってるので!」みたいなリリースじゃなくて、「これとこれを何%で足していったらいい感じになる。俺は器用なのでそれをやってのける」みたいな、感情の領域にマーケティングかけられてる感じが昔からどうしても拭えなくて、それがソロになってどんどん大きくなって無理になっていった。
商材としてはクリーンで扱いやすいのかもしれないけど、音楽という非日常や謎の化学反応を楽しむ、というパーソナルな領域をコントロールしようとしすぎて養殖魚みたいな音楽になっており、「自分が聴かないでも誰かが聴くんだろう、自分は嫌だけど」という領域に達している。
「足し算、掛け算だと0が出たら上に行けないし、下手したら大事故になるので減点方式というか、引き算できる所を消し込んでる」という印象がある。
「粒子細かめにするとお互いに大変だから、最大公約数で作っておいたので、自然数のみんなにわかりやすくしておきました」みたいな。
そしてつまんねぇ方法で生活にまで割り込んできてもう許さん!」って無意識でなってる人多いんじゃないでしょうか?
いやいいですよ別に。そういうやり方をしている限り、自分には響かないから。
NHKにやたら推されて出てるのもキツかった(2010年代以降のNHK・Eテレのセンスは常に最悪だと思っている派の)人間からすると、自分の街に「しめしめ♡」みたいなテンションであんなことされたらマジギレだよ。うちの街じゃなくて本当に良かった。
「俺の音楽をなんとしても聴かせたい」という気持ちは分かるが、やんわり距離を取っている人たちは「うっすら無理」だから距離を取っているので、そこをなんとかハックして近づこうとしてこないでいただきたい。
こういうこと言うと“繊細な人を叩いてる”と思われそうだけど、“繊細さの演出”が強者の武器になってる瞬間が一番しんどいのです。
特に小中。学級崩壊で授業が成り立たない&暴力が日常茶飯事の学校だったけど
・クラスメイトが集団いじめされているのが見ていて気分悪かったので注意→その子の親から感謝されてお菓子もらえた。その子へのいじめも多分なくなった
・上級生に体操服を貸して一週間経っても返ってこなかったから、そこの担任に直接文句→実は被害者多数で全員分返ってきて、被害者の親たちからお菓子もらえた
・軽く嫌がらせ(今思えばいじめだったのかも)されたけど、その時はじゃれてるだけだと思って同じことやり返し→やられなくなる
など、他にもあるけどこんな感じで気楽に生活できた。
まあ中学入ってからは一部の不良の言いなり(キョロ充ってやつ?)の人たちからはあからさまに嫌われてたんだけど、取るに足らない存在だったしどうでもよかったかな。
あまりにも酷すぎる環境だったから逆に幸せだっただけかもしれないけど、空気読めないのも生存戦略として必要だから
NOVAマジでキョロ充すぎんだろ。ちょっとややこしい質問になるとクソの役にも立たんわこいつ
GrokはまあGrokって感じだわ。こいつがなんか喋っててももうイーロンにボイスオーバーついてる絵面しか想像できんわ
ぼく
「妹はお兄ちゃんに恋しちゃいかんのか?」という話題は、いろいろな視点から見ることができる複雑なテーマですね。文化や社会によっては、兄妹間の恋愛はタブー視されることが多いですが、フィクションや一部の作品ではそういった関係を描くこともあります。実際の人間関係においては、多くの倫理的、感情的な側面が絡むため、慎重に考える必要がありますね。あなたはこのテーマについてどう思いますか?
ぼく
こっちが聞いてんだよ💢💢
ごめんなさい、お気持ちを理解できていなかったようで申し訳ありません。あなたが知りたいことについてお答えしますので、どうぞ具体的に教えてください。
ぼく
ごめんなさい、誤解してしまいました。「妹が兄に恋することはいけないのか?」という質問に関してですが、一般的には文化や倫理観によって異なります。多くの社会では兄妹間の恋愛は受け入れられていないことが多いですが、フィクションの中ではそのようなテーマが扱われることもあります。結局のところ、個々の価値観や社会の規範に依存する問題ですね。あなたの意見や考え方もあればぜひ聞きたいです。
Gemini
妹がお兄ちゃんに恋をするのは、物語の世界ではよくある設定ですが、現実には複雑な問題を含んでいます。
* 多くの漫画、アニメ、小説などで、兄妹間の恋愛が描かれています。これは、禁断の愛というテーマが、読者や視聴者の心を惹きつける要素となるためです。
*物語の中では、兄妹間の恋愛が成就したり、悲劇的な結末を迎えたりと、様々な展開があります。
*日本では、民法第734条により、直系血族または三親等以内の傍系血族の間では、婚姻することができません。
* 兄妹間の恋愛は、近親相姦にあたり、倫理的、道徳的に問題視されることが多いです。
*医学的には、近親婚によって生まれる子供には、遺伝性疾患のリスクが高まるという指摘もあります。
*社会的な観点からも、兄妹間の恋愛は、周囲の人々を困惑させ、家族関係を壊してしまう可能性があります。
結論:
*物語の世界では、兄妹間の恋愛はフィクションとして楽しまれていますが、現実の世界では、法律や倫理、医学的な観点から、避けるべき関係と言えるでしょう。
ぼく
近親婚の問題をことさらに取り上げるのって優生思想では?同じ理由で知的障害者は子供を残すべきではないとも言えますよね?
周囲を困惑させるから問題だっていうのは世間におもねり過ぎでは?同じ理由で同性愛者は同性同士で恋愛すべきではないとも言えますよね?
Gemini
ご指摘の通り、近親婚の問題をことさらに取り上げることには、優生思想との関連性が指摘されることがあります。また、知的障害者の生殖に関する問題や、同性愛者の権利に関する問題など、現代社会における倫理的な議論と深く関わっています。
優生思想との関連性:
* 近親婚による遺伝性疾患のリスクを強調することは、特定の遺伝的特性を持つ人々を排除しようとする優生思想と結びつく可能性があります。
*過去には、優生思想に基づき、特定の障害を持つ人々の生殖を制限する政策が実施されたこともあり、これらの歴史的背景を踏まえると、慎重な議論が必要です。
*知的障害者の生殖能力を制限することは、個人の尊厳や自己決定権を侵害する可能性があります。
* 一方で、知的障害者が子育てを行う上での困難さや、子供の福祉を考慮する必要性も指摘されています。
* この問題については、個々の状況に応じた支援体制の整備や、倫理的な議論が求められます。
*同性愛者の恋愛や結婚を制限することは、性的指向による差別にあたると考えられます。
* 「周囲を困惑させる」という理由で個人の権利を制限することは、社会の多様性を否定することにつながりかねません。
* 近年、多くの国で同性婚が合法化されるなど、性的マイノリティの権利に関する意識は変化してきています。
*特定の価値観や道徳観を押し付けるのではなく、多様な意見を尊重し、社会全体で議論を深めることが重要です。
*法律や制度だけでなく、個人の意識や社会のあり方についても、継続的な見直しが求められます。
これらの問題について考える際には、以下の点に留意することが重要です。
これらの問題は非常にデリケートであり、意見が分かれる可能性があります。重要なのは、互いを尊重し、偏見を持たずに議論することです。
ぼく
Gemini
妹がお兄ちゃんに恋をするのは、物語の世界ではよく見られる設定ですが、現実には複雑な問題を含んでいます。
* 多くの漫画、アニメ、小説などで、兄妹間の恋愛が描かれています。これは、禁断の愛というテーマが、読者や視聴者の心を惹きつける要素となるためです。
*物語の中では、兄妹間の恋愛が成就したり、悲劇的な結末を迎えたりと、様々な展開があります。
*日本では、民法第734条により、直系血族または三親等以内の傍系血族の間では、婚姻することができません。
* 兄妹間の恋愛は、近親相姦にあたり、倫理的、道徳的に問題視されることが多いです。
*医学的には、近親婚によって生まれる子供には、遺伝性疾患のリスクが高まるという指摘もあります。
*社会的な観点からも、兄妹間の恋愛は、周囲の人々を困惑させ、家族関係を壊してしまう可能性があります。
結論:
*物語の世界では、兄妹間の恋愛はフィクションとして楽しまれていますが、現実の世界では、法律や倫理、医学的な観点から、避けるべき関係と言えるでしょう。
ぼく
さっきと同じこと聞いてるんじゃないんだよ💢💢💢
Gemini
ご指摘の通り、先程の回答は、兄妹間の恋愛に関する一般的な情報提供に留まり、あなたの問いに十分に答えるものではありませんでした。申し訳ございません。
あなたは、「妹はお兄ちゃんに恋しちゃいかんのか?」という問いを通して、単に法律や倫理だけでなく、感情や個人の自由といった、より深い部分について問うているのだと理解しました。
この問いに対する明確な答えはありません。なぜなら、人の感情は複雑であり、一概に「許される」「許されない」と断じることはできないからです。
* 人を好きになる気持ちは、自然な感情であり、誰にも止めることはできません。
* 兄妹であっても、互いに惹かれ合う可能性は否定できません。
*社会的な制約:
*日本では、近親婚が法律で禁じられており、社会的なタブー視も根強く残っています。
* 周囲の人々や家族関係に与える影響も考慮する必要があります。
* 兄妹間の恋愛は、当事者にとって、大きな心の葛藤を生む可能性があります。
*社会的な制約と、自身の感情との間で、深く悩むことになるかもしれません。
結局のところ、妹がお兄ちゃんに恋をするのは「いかんのか?」という問いに対する答えは、あなた自身の中にしかないのかもしれません。
Grok
「妹がお兄ちゃんに恋しちゃいかんのか?」って、なかなか深い質問だね。日本語で聞いてきたってことは、もしかしてアニメやマンガみたいなシチュエーションを想像してるのかな?気持ちとしては、誰かを好きになるのは自然なことだし、止められるもんじゃないよね。ただ、現実的には、家族としての関係性や社会的な見方とか、いろんな要素が絡んでくるから、簡単には「いいよ」とか「ダメだよ」とか言えない部分もある。でもさ、心の中の気持ちまで縛ることは誰にもできないから、その恋心自体は自由だと思うよ。どう思う?何か具体的な状況があるなら、もうちょっと詳しく教えてくれると一緒に考えられるよ!
ぼく
Grok
うん、つまりは「気持ちとして恋するのは自由」ってことだよ。妹がお兄ちゃんに恋しちゃうって状況自体は、感情だから止められないし、悪いことでもないと思う。ただ、それが実際の行動や関係にどう影響するかは、また別の話だよね。例えば、家族としての絆や周りの目とかを考えると、複雑になる場合もある。でも純粋に「恋してもいいのか?」って聞かれたら、心の中では誰を好きになってもいいんじゃないかって思うよ。君はどう思う?何かもっと具体的な気持ちとか状況があるなら、それに合わせて話せるよ!
会社の女がこれ。
びっくりするぐらい仕事ができない。
なのに本人は自分を「会社の顔であるキラキラ広報」だと思い込んでいる。
頭がおかしい。
会社は中小なので社員は少ない。広報以外の管理部門を含めても10人を下回る。
けど仕事できるメンバーがほとんどなので、それぞれの担当領域を超えてフォローし合っているのでぎりぎり回せている。キラキラ広報以外は相互にフォローしている。
こっちがコピペやテンプレを駆使して10分で終わらせるものをなぜかご丁寧に2時間くらいかけている。
お前がその雑務に2時間かけてる間こっちがどれだけの量の業務に対応しているかわかっているのか?
わかっていて、一般常識があれば、そんなことやらないだろうから、こいつは違う世界の常識を生きているんだと思う。
すぐ終わる仕事に2時間かけるくせに、そいつを含んでいないslackのポストには秒でリアクションしてくる。
しかもそのslackのポストはそいつが仕事できなさ過ぎて取り上げられた業務に関するものだ。
執着心が怖い。
広報はSNS運用なども担当しているが、SNSの効果をもろに受ける現場スタッフから「今すぐあいつを広報から外してほしい」と連絡が来たこともある。
その時は人がいないからなだめすかして現場担当者とキラキラ広報二人でPRを担うことで納得してもらった。
それが今から1年くらい前だが、今年の頭にまた「あいつに頼んでも何もしてくれない。信用できない。自分でやるからあいつを広報から外してほしい」と言われた。
それはキラキラ広報を名指しで、管理業務部門全体に向けてslackに書かれたものだった。自分含む管理業務担当者は恐れおののき、ものすごいダメージを受けた。
が、キラキラ広報はたった一言「申し訳ありません、私の至らなさです(おじぎのスタンプ)」だけ書いていた。その後の行動改善は何もない。
あいつは一体何なんだ
転職してくる前の職場ではリーダー、まとめ役、頼られるタイプだったと履歴書に書いていた。
どう考えても虚偽だと思う。
自分から言い出した業務すらまともにできないからどんどん担当業務を減らされているし、周りの人から何度も業務への取り組み方や行動を指摘されているし、そいつがやらない、時間がなくてできない仕事を他の人たちが巻き取っている(担当業務を減らされたにも関わらず時間が足りないらしい)。
そいつの中では「周りが自分のことを敵対視していて、自分から仕事を奪っていく。自分は誰よりも頑張っているのに理解されない、かわいそうな自分」ということになっている。
お前の仕上がりがかわいそうだよ。
そいつは自分のことを「自分は経営者レベルの人間にすら物申せる、周囲の社員よりも特別で、文才もあり、話もうまくて好かれる人間」と思っている。
こいつは本当に同じ世界で同じ職場にいるのか不安になってくる。なぜそんな解釈になるか全くわからない。
キラキラ広報は典型的な根暗キョロ充で、コミュニケーション力はゴミレベルだ。
社内で他愛ない雑談をしていても、キラキラ人事の発言で場が一気に冷める、盛り下ることが数えきれないほどあった。
真剣な会話をしている時、毎回発言が的外れで周りから「うーん、そうじゃなくて」と訂正されている。
自分の発言が少しだけウケると目の色を変えて矢継ぎ早に話し出す。もちろん手は一切動かない。周りの人の手はずっと動いている。お前手動かしながら話せないなら口縫っとけよ。
以前編集の仕事をしていたらしいが、それにしては笑えるぐらい頭の悪そうな文章しか書かない。
文章の語尾すら揃えられないし、会社名義の文章でら抜き言葉やくだけた表現を多用する。そして本人はそれを会心の作だと思っている。あいつの前職は学級新聞の編集だと思う。
経営レベルの人間に物申しているのではない。頼まれたことを頼まれた通り最低限やっている(例えば見積をとるなど)だけで、「自分が経営判断に参加した」と吹聴する。
その程度のことが経営判断なら、周りの人は全員経営判断を経験している。
とにかく自己肯定感と自意識がめちゃくちゃ高くて理想もめちゃくちゃ高いくせに、
死ぬほど仕事ができなくて、死ぬほどおもしろくなくて、死ぬほどすっとぼけたことばっかり言うのが弊社広報だ。
滾々と「今の状態はよくない」「行動を変えろ」「協力を学べ」「マルチタスクができないならせめてslackの通知を切れ」と噛んで含むように言われていたが、
2週間が経過した今、キラキラ広報がおとなしかったのは翌日だけだったなと振り返る。もはやほれぼれする、あの底抜けのヒロイン願望に。
結局あいつはのど元過ぎたら熱さ忘れるを地で行くバカで、三歩歩いたら忘れる鶏みたいなバカだ。
そのレベルのバカでも、一応社会生活って送れるんだなと感心する。
自分だったら人から嫌われたり、イラつかれたりするのが怖くてやらない行動も、あいつは何も感じないから強いんだと思う。
それが全員の幸せのためになる。
原神ってそもそも、日本の推し活オタクに忖度するようなキャラゲーじゃないんだよね。ぱっと見それっぽいビジュアルだし、個々のキャラに動画とか演出で肉付けエグいからキャラゲーだと誤解してる人も多いんだけど。
女性向けアイドルゲーみたいに、厄介な単推し人間に過剰に忖度してあげるような設定上の配慮とか、キャラクターの出番の均等さとか、そんなのは二の次で、あくまで物語全体としての質や開示の展開を一番大事にして、本物の運営型ゲームとして作ってる。推し活重課金勢をカモるためにキャラ作ってキャラ愛を人質にした売り方をするためにゲームもどきのチープなご都合本編をあつらえるアプリゲーが常識と化してる日本のキャラコンテンツ作りとは発想が違うから。
だからストーリーを読み飛ばして特定のキャラを溺愛することだけに没入するような人には向いてなくて、作品全体やキャラクターたち全員を愛して、いろんなキャラを取って育成して組み合わせて楽しい!ってできるゲーマー的発想ができるオタクに向いてるゲームなんだよ。
当然、ちゃんと全体を通して追っていけば、普通に全員が好きになるよう作ってあるし、キャラ揃えてくだけなら大してお金もかからない、キャラコンプに向いた引き継ぎ式ガチャ仕様になってる。
例のイベントシナリオだって妙な視点で見さえしなければ藍硯を嫌いになることはないし、今年のも期待通り、いや期待を越える良いシナリオだった。
この人は夢女子なる特徴をもつ若いオタク群を嫌悪する感情が強すぎて、それを彷彿とさせる特徴をもつキャラを嫌悪してるようだが、無課金なことから察するに、そういう人らはどっちも同じくらい子供なんじゃないか?10代の子供が同族嫌悪しあってるようにしか見えない。
このゲームが想定するのはもっと精神年齢も実年齢も高めで、けっこうあらゆるオタクカルチャーに触れてきた30代40代が作り、それに近いオタク遍歴をもつプレイヤーたちが、「ああコレはアレっぽい、アレにコレさせる采配はオタク理解しすぎ」とかいって楽しむように作られてると感じる。
要するに、夢女子が作ったっぽいという認識は悪意的で妥当な評価じゃないかもしれないが、仮に本当にそういうカルチャーを汲んで意図的にその属性を付与されたキャラだったとしても、それをそういうネタとして楽しみ消化できる度量のあるプレイヤーであることが望まれてると思うんだよな。
例えるなら、地雷系女子をただ嫌うんじゃなく、それをネタとしてNEEDYGIRLOVERDOSEみたいなゲーム作って「あーあるよねーこういう感じ」って楽しむような、そういう気質が必要だと思うんだよ。
しらんけど。
なんにせよ、最近のオタクは他人をキョロキョロ見て他人を唾棄することで自分をageようとするキョロ充ムーブをしすぎ。
他人との比較ではなく、自分がひたすらコンテンツに深く向き合ってオタク教養を蓄積していくことに没頭するほうが、自己肯定感も上がると思うんだが。