
はてなキーワード:カフェとは
プリキュアに群がるおっさんは臭いがジャンプに群がる腐女子は臭くない
プリキュアに群がるおっさんは現実の児童向けイベントにも群がるがジャンプに群がる腐女子は腐女子向けコラボカフェとかにしか来ない
ジャンプに群がる腐女子はかつてプリキュアに憧れた女児であり、プリキュアに群がるおっさんに夢と憧れを穢された乙女たちなのである
10代や20代の可愛いコンビニの店員さんやカフェの店員さんや女子社員しか女として見られない奴に
「40を過ぎたら男として見られていない諦めろ」なんて自虐ネタかまされても白けるだけだよな
https://x.com/ibuyohesquash/status/2021177324742345166
あと私の夫は50代だけど油臭くも口臭くもなくていつもいい匂いだし、
パーカー着て「変じゃない?だいじょうぶ?」って聞いてくるの可愛いし中年太りしてないから実際きちんとスポーティに見えるし
筋トレ毎日続けてるよってニコニコ報告してきて可愛いし、最近筋肉突いたでしょ?触って触ってって腕触らせて来るの可愛いし
保護猫のいるカフェで、売上よりも譲渡を目的としており、ガツガツした営業のない猫ファーストな空間で、さまざまな猫たちがマイペースにくつろいでいる。
ボランティアの方々の日頃のケアの賜物なのだろうが、どの猫も幸福度の高い顔をしており、人間に対する不信感がまるでない。
猫の愛とは受容である。
人間が何を考えているかわからないはずの彼らが、自分よりはるかに力が強くずる賢い存在を前に、こいつが悪い奴かもしれないと疑うことなく受容してくれる時、そこには確かに愛があるのだ。
人間同士であれば愛を感じるために日々お互いに気を遣い、時には贈り物をしたり、形にせねばならないが、猫はただ逃げずにそこに寝転がっている事が愛なのである。容姿や財力、能力を認めるのではない、存在まるごとの受容。さりげなくも、なんと大きな愛であることか。
そういう受容されている感を浴びまくり、撫でることまで許してくれた猫ちゃんのゴロゴロまでも浴びてきた。
このところセルフネグレクト傾向が再び出てきて、家に帰ってみたら自分でもギョッとするくらい部屋が荒れていたのだが、これは猫のおかげで自分の状態のやばさに気づけるくらいメンタルが回復したということだろう。
それにしても人間に興味がなくて助かった。もし金で買うのが猫との時間ではなく、人間との時間や人間とのふれあいであったら、もっと途方もなく金がかかったであろうし、帰り道にすでに猫の玩具を貢ぎたくなっているチョロい自分であるから、借金してブランド物を買ったりオリシャンを開けたりしていたのかもしれない。あまりにも紙一重で少し怖くなってしまった。
猫は何の見返りも与えてくれないが、言うなら猫が生きていることが見返りである。猫もまた、私の存在を受容してくれるだけで、愛されたければ何かを寄越せとは言わない。おやつやちゅーるで一時的に興奮しても、食い終われば常連も新参も関係なく知らんぷりであるのだから、なんと平等なのだろう。
ありがとう、猫たちよ。カフェのボランティアスタッフの皆さまよ。今日から小銭貯金をして次行く時は少しだけ寄付をしようと思う。
就職したことがない。アルバイト、フリーター生活。ゆるっと始めた朝までやってるバーで働いて6年。能力が無いので役職も与えられず、この頃は無駄に歳だけ重ねている。伸びしろも意欲も人気もやる気も人望も無いのでコマにもなれない。新しく入った若くて元気な子達が入っては2年ほどで辞めていく。その空白を埋めるだけになった。
まわりの子は20代前半。系列店のガールズバーには17歳の子だっている。ババアに気を使わせてしまって申し訳ない。
。
今日はバレンタインイベント。新しくできたガールズバーなコンカフェ系列店へ出勤。猫耳つけてフリフリの衣装を着る。しんどい。
1人目、
昔からのお客様の来店予定のためチョコを用意。三越の地下でお菓子を買っていく。バレンタイン催事場へ行く元気はなく。チョコを渡した。「人生は喜ばせ合い」って言って嬉しそうだったな。よかったよかった。
。
2人目、
お客様誰もいなくなったので営業LINE。連絡ひとつで来てくれるので都合がいい。アラサーを嘆いたら求婚されている。モテてると勘違いしてしまう、これだからやめられない。
2026年の選挙は、一つの「分水嶺」として記憶されることになるだろう。
石破政権の退陣を受け、新たに発足した高市政権。その直後に断行された、いわゆる「7条解散」。1月23日の解散から投開票までの短期決戦は、グローバル市場が発した「サナエショック(金利急騰・円安)」という警告音を、政治的な熱狂と列島を覆う大雪がかき消していくプロセスそのものであった。
結果として自民・維新を中心とする勢力が全議席の4分の3を掌握したという事実は、旧来の自民党支持者すら驚くものであった。それは「政治家の人気投票」という側面を加速させる、選挙戦術の技術的な完成を意味していただろう。
圧倒的な数の力を背景に、長らく議論のテーブルに乗るだけだった「憲法改正」は、いまや現実的な政治スケジュールへと組み込まれようとしている。高市政権は、地政学的リスクの高まりを背景とした「中国脅威論」や、国内に醸成されつつある排外的な空気を巧みに政治的駆動力へと転換した。その支持を追い風に、「9条改正は現実的要請である」というロジックが、強力なキャッチフレーズとして機能し始めている。
私たちは今日、騒がしい政治のタイムラインから距離を置き、無限に降ってくるエコーチェンバーの雪を視界から遠ざけることができるだろうか。
今、この国の変化した「重心」が何を成そうとしているのかを、静かに見つめ直す必要がある。
憲法改正について、世間ではどのようなイメージが流布しているだろうか。「古いものを令和版にアップデートする」といった、あたかもスマートフォンのOS更新のような、若々しく前向きなイメージが、おそらくは今後急速に普及すると予想される。
しかし私たちは、実際にどのような案が議論の遡上に載せられているか、その設計図を確認せねばならない。
議論の参照点となるのは、自民党が2012年に作成した「日本国憲法改正草案」である。このテキストには、単なる9条条文の修正にとどまらない、国家観の根本的な転換が示唆されている。
「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」
この条文は、人権が国家に先立って存在する「自然権(天賦人権)」であることを宣言したものだ。しかし、草案ではこれが削除され、11条を残すことで人権は国家が与える形を取ることになる。さらに第13条の「個人として尊重される」という文言が「人として尊重される」へと書き換えられた。
「個人」から「人」へ。97条削除に比べればわずか一文字の違いだが、ここに込められた断絶は深い。かつて草案起草に関わった片山さつき氏が「天賦人権論をとるのは止めよう」と明言した事実、そこに流れているのは当然、権利とは天から(あるいは生まれながらに)与えられるものではなく、国家という共同体に帰属し、義務を果たすことによって初めて付与されるものだ、という思想である。
これは良し悪しという感情論以前の、近代立憲主義というOS(オペレーティングシステム)の入れ替えに近い。国家が個人を守るための憲法から、個人が国家を支えるための憲法へ。その重心移動は2012年にすでに開始していたのである。
このような草案内容と、高市総理自身のイメージ戦略はどのように共鳴しているだろうか。
「日本列島を、強く豊かに」。これは、かつて安倍総理が「美しい国」というフレーズを用いたように、いま高市総理が繰り返し掲げているスローガンである。
一見すると経済的繁栄の約束に聞こえるが、彼女の支持基盤である日本会議的な政治的系譜や、選択的夫婦別姓への慎重姿勢、家族間の相互扶助を強調する福祉観などを俯瞰するとき、そこには明治国家のスローガン「富国強兵」と同型的な発想が見えてくる。
明治時代、「富国」という経済的な豊かさは、個人の幸福追求のためではなく、あくまで「強兵」という国家の強さを支えるための基盤として位置づけられた。
逆に言えば、それらを成し遂げなければ個人の幸福を保証できないような情勢なのだと言っているのかもしれない。
決して「日本国民を、強く豊かに」と言わないのは、あの時代の国家観を「美しい国」として、戦後の反省だけでは国を守れないとする意思を表しているのだろうか。
2026年衆院選において、高市政権は市場の警告を、左派の不安を、選挙勝利への多様な戦術でねじ伏せてみせた。その手腕は国家という物語を紡ぐ演出としてスケールアップし、いま有権者に受容されていく可能性を見せている。
圧倒的な議席数と、顕在化した憲法改正への熱望。この二つが揃ったいま、私たちはどう振る舞うべきだろう。
SNSで快哉を叫ぶか、あるいは嘆き悲しむか。過激な批判の応酬は止むことがないだろう。それでも政治的な熱狂から一歩身を引き剥がし、思考のための穏やかな場を確保することは可能だ。
たとえば、「憲法カフェ」のような試みがある。リラックスした空間で、コーヒーを片手に憲法について語り合う。そこでは「賛成か反対か」を叫ぶのではなく、法文がどのような意味を持つのかを学び、穏やかに思考を交わすことができる。
「国家」という巨大な物語に飲み込まれないためには、私たち一人ひとりが、暮らしの根元にいつでも存在する憲法を知り、尊重されるべき「個人」として位置付けられていることを知っておくことは大事だ。
厳冬の衆院選。その唐突な政治の季節は熱く、あまりに短く過ぎ去った。しかし憲法という国の形を変える議論は、これからが長い正念場である。熱狂の宴が終わったあとだからこそ、考えて欲しい。なぜなら憲法とは、普段の生活のほとんどすべてを支えている法律なのだから。
右の奥歯にほんの小さな影を見つけた。
最初は光の加減だと思った。
でも違った。
その瞬間、胸の奥で何かがかすかに音を立てた。
朝露みたいに、触れたら形が崩れてしまいそうな。
控えめに笑う、その静かな輪郭。
妙な動揺だった。
失望というには小さい。
でも無傷のままではいられない。
清楚という幻想は、僕が彼女に被せたレースのベールだったのかもしれない。
考えてみれば、人間だ。
甘いものも食べるだろうし、
怠ける日もあるだろう。
でも僕は、
標本のように。
僕はその奥歯の影を思い出した。
痛くないのだろうか。
本当は少し沁みるのではないか。
誰にも言わずに耐えているのだろうか。
やがて気づいた。
僕が揺れたのは、
完璧じゃない。
少しずつ削れていく部分がある。
清楚さは壊れたわけじゃない。
むしろ、
その欠けた部分のほうが、
僕は少し安心するだろう。
でも同時に、
あの揺らぎも失われるのかもしれない。
片思いとは、
それとも、
その欠けたままの姿を
彼女がまた笑った。
奥歯の影は、
相変わらずそこにある。
僕の胸のどこかにも、
静かに広がりはじめている気がした。
Permalink |記事への反応(13) | 14:07
タイトルの通り。
私は奢られなくていいと思って今まで割り勘論争を見ていたが、アプリの世界では残念ながらランチやカフェ程度を奢れない人は、奢ってくれた人よりも魅力が少なかった。
奢られなくていいと思っていたが、いざ割り勘にされると、そのお金を払ってまで会う必要がこちらにあったのか?と考えている自分に気づいた。
「恋人として考える可能性はゼロ、こちらからも願い下げだ」というのであれば割り勘をすればよい。
しかし、割り勘にしたらそれが最後、よっぽどの他の魅力または一目惚れのようなものがない限り、会いたい理由は生まれない。
そのお金をだして知らない人に会うのであれば友達と会う方が楽しいと思うからである。
結論はない。
ただ、私は、今後割り勘をしない人を優先的に選ぶだろうと心で決めている。マッチングアプリという物件検索的な設計の中では、「例外のいい人」を探すために100人と会うことはヘルシーでないのである。
多めに払うとしながら割り勘の人も多いのだというのも学びになった。
割り勘してくる人、
・社会人歴が1年しか変わらないのにセンパイっ!と言って、お酒の頼んだ量が違くても半分要求(会社の先輩ではないです...3回目まで誘われたけれどお喋りなら友達の方が楽しいんです)
・どうしてもと残してしまった濃厚ソースが絡まるパスタを僕が食べますよと言う(初対面で生理的に辛くなんとか阻止)
・私から今後誘うことはないと明言しても共通の趣味かもしれないライブはいいですか?と伝えてくる(私のメリットがわからない)
・居酒屋の会話の時点で、アプリの人とたちと会うだけで赤字だ、お金ないと話される(無理して会われても嬉しい訳がないのである。少なくとも割り勘の場合正当な対価を食事に払っているだけである)
など、言動もあまりにスマートでない方が多かったです。相関するとは言わないが、やはり経験則として奢ってくれた方々はこの辺の不快さはなかったです。
追記1:
相手が学年として1歳でも下の場合「多めに支払う」としていても割り勘になることが多かった(それなら書かない方がましではないかと思う。払われることを期待しているわけではないが、不一致を感じてしまった)。
年下と会う場合の割り勘率は、60-70%、同学年は半々(サンプルが少ないため懐疑的)、年上になるとほとんどの方がランチ代は出してくださった。
年下と言っても最大3学年差で、会社員歴は相手の方が長いパターンや同期も多かったため、そうなると「何がフェアか」は正直悩んだ。会社員歴まで下の方は1人だけだった。
追記2:
割り勘された方はみな20代後半で700-1000万円というおそらく世間的には比較的給料や学歴が一定安定している層なので大変驚いた。
とはいえ、ずっと奢れと思っているのではなく、付き合ってから適宜割り勘等にしていけばいいのではと考えている。2000円だせば、次また気持ちよく会える可能性が上がるのにそこをケチる理由は分からないかも知れないという話である。高飛車と言われるのであればそれは価値観の違いとして受け入れるが、経験則としてタイトルの感想なのだ。
ミラーリングすると、
女子会でしか使わない様なオシャレなカフェにガテン系の男達が5~6人で泥着いた作業着でドカドカ入ってきて
とか言って、バクバクケーキ食ってたら追い出されるようなもんか。
地獄だな。
大学生の時にデートプラン、旅行プランの作成を代行するサービスやってたよ
対面、オンラインどちらも可
事前に飲食店とか旅行先リサーチするのも楽しいし、全部は無理だけどある程度経費で落とせる
カフェバイトよりも実際に仕事に割いている時間は多いけど、アルバイトと違って自分で時間やスケジュールをコントロールできるのが良い
バイトしながらレポートやったり彼女と電話したりってできないけど、自営ならできるからね
何より会社に就職しなくてもお金を稼げるってことに気がつけたのが良かった
今は企業とインフルエンサーの仲介(YouTubeの案件動画など。企業から依頼を受けてインフルエンサーやYouTuberに仕事を発注している)や、日本の観光地や飲食店、アニメグッズの情報を海外の旅行会社向けに提案する仕事をしている。
大学時代に前述の仕事を始めたのは、彼女との旅行プランを立てるのがすごい面倒くさかったことと、図星という油そばを餌に友人のサプライズデートプランを立てたこと。
ぶっちゃけ寝るだけなのにラグジュアリーホテル泊まる意味がわからんなと思ってはいる・・・
ベッドの質とか水回りの快適さだったら、ちょっと良い新し目のビジホぐらいで十分満足だし、ラウンジとかカフェとか言われても街場のいい店行くほうが楽しいじゃん
で、自分は女だから、それに同意する男性も多く円満に生きることができてる
これが男で、ちょっとお綺麗なお姉ちゃんと付き合いたいってタイプだったら「意味ねーなー」って内心思いながら高いホテル取るんでしょ?それも自腹で。大変だ。
その最上階に相談室っていう、怪しげな看板が出てる部屋がある。
俺はそこで、永遠の命を持つ弱者男性に取材するためにインターホンを押した。
「どうぞ、入って」
でも部屋の空気が、なんかずっと静止してるみたいで、俺は一瞬息を飲んだ。
「東京は便利でいいわよ。永遠に生きる人間でも刺激があって退屈しないもの」
さらっと言うんだよな。
俺は録音ボタンを押して、本題を切り込んだ。
「じゃあ、恋の話を聞かせてください。人間に恋したって本当ですか?」
「ええ、本当よ。あの人は普通のサラリーマン。仕事は大変そうで、毎日くたくたで帰ってくるのに、それでも私の作った安い夕飯をうまいって言って食べてくれた」
永遠の命を持つ彼女の声は、百年前と同じ温度で響いてるんだと思う。
「……でも、彼は老いたのよ。人間だから。私だけ若いまま。彼は何度も『置いていかれるのが怖い』って言ったけど、本当に怖かったのは私の方だったわ」
弱者男性は指先で古びた指輪を触る。多分、その人にもらったやつだ。
「最期の日、彼は寝る前に言ったの。「また明日も会おうな」って。
私は泣きながら「ええ、また明日」って返した。でも……翌朝は来なかった」
部屋の光が少し揺れた気がした。
魔法とかじゃなくて、ただ悲しみって空気にも影響するんだなって思った。
「それでも人間が好きなの?」
気づいたら聞いてた。
私がここを離れない理由はたぶん、それね」
――インタビューはそこで終わった。
でも、恋だけは人間のほうがよっぽど強い。
俺はそれを東京の夜で思い知った。
長い時を生きるうちに魔力が体に染み込み、それぞれが固有能力を発現させるのが特徴
ただし その力が強すぎて人間から恐れられたり 利用されそうになったりするので、生き残った少数は街の片隅や山奥の廃村などで、ひっそりと暮らしている。
永遠の命ゆえに何度も人生をやり直せる一方で、何度やってもうまくいかない孤独も背負い続けている。
やりがい? ない。
昇給? ない。
モテ? あるわけない。
でも転職って、思ってる以上に金がかかるんだよな。
スーツ・革靴・シャツの新調(それなりに見せるため)……10万円
メイクレッスン・スピーチ講座・立ち振る舞いトレーニング……10万円
資格取得(TOEIC、基本情報技術者、簿記、宅建など)……受験料・講座費あわせて20万円
ポートフォリオ制作用のソフト・機材一式(Adobe・PC・周辺機器)……38万円
ハイクラス転職エージェント登録料(優良サービスは有料もある)……5万円
転職活動中の収入ダウン(3ヶ月無職想定)……手取り月30万×3ヶ月=90万円
準備費用:35万円
「行動すれば変わる」ってよく聞くけど、まず資金がなきゃ動けない。
選択肢が多すぎて、気がついたら今の仕事が「まだマシ」って思えてきた。
俺は転職を諦めた。
https://anond.hatelabo.jp/20260202143617
■ガールズバー経営者だけど色恋営業なんて存在しないと語りたい
以前、ガールズバー/コンカフェ経営の実態を書いたのだが、記事が削除されていたため、改めて書き直す。
Xなどで「女は色恋営業しているんだろ」という意見をよく見かけるが、
ガールズバーや一般的なコンカフェにおいて、色恋営業を能動的に行うことはありえない。
せいぜい店前で声をかけるか、HPやSNSで日記を書く程度で、外に出て個別に関係を作りに行くような営業形態ではない。
多くのキャストは、他の仕事やレッスン、学業などを抱えている。
その中で、外で色恋営業を仕掛けるような時間や体力があるかといえば、現実的ではない。
実態として多いのは、キャストがやんわり距離を保っているにもかかわらず、客側が勝手に好意を膨らませ、課金を始めるケースだ。
断られても、「これはまだイケる」「もっと金を使えば状況が変わる」と解釈し、無理な支出を重ねていく。
そして期待が満たされなかったときに、「色恋営業をされた」「裏切られた」と言い出す。
「ありがたいけど、あまり身を崩すほど使わないでください」
周囲が制止しても、勝手に燃え上がり、勝手に詰み、勝手に逆上する。
情報のある部分だけをまとめ、空疎かつおもんない部分を全削除した。
おもんない通り越して可読性を下げていたため講評の為に整理しているが、
内容のある部分は極力そのままにしてある。
あり得ない。
実名やidを出してるとサクサク消えるがそうでなければ消えないのが増田だ。
お前は自分で消したはずだ。
おそらくだが別のガルバ関係者にニワカっぷりを突っ込まれてたので、
反論や酷評に激しい反応をするタイプなのはビンビンに伝わってくる。
せいぜい店前で声をかけるか、HPやSNSで日記を書く程度で、
ここはもう意味不明で、
どうも路上でのキャッチもしくはいわゆる店外をすることだけを「色恋営業」と定義したがっているのがわかるが、
一般的には店に来た人間にキャストが気のあるような態度を示すことを幅広く「色恋営業」という。
もちろん濃淡はあるが、基本的にはそういう態度を作って取れるだけ取るのが水商売だ。
この増田がわざわざ狭い定義を作ってから「色恋なんかやってない」との主張を試みたことから考えれば
ガルバ業界では通常の定義の色恋営業は広く行われていることが推測できる。
つーかそんな推理とかせんでも、水商売は色恋要素抜きには成り立たないのだ。
風俗なら射精という着地点があるので「淡々と抜く」というスタイルも成り立つが
ガルバだのキャバクラだのは別に話なんかなんも面白くないねーちゃんと酒飲んで話すんだから
ここにはなんらかの疑似恋愛性がなければなりたたない。
水商売の「色恋やってない」は
「ありがたいけど、あまり身を崩すほど使わないでください」
パンクするほど使わないでほしいというのは本音だろうが(トラブルになったらめんどくせーし)
もちろん全員がそんな都合のいいところで止まらないのでトラブルは起きる。
あと細かいことを言えば「身を持ち崩す」だ。
水商売やっててこんな定番定型句も正しく出てこないということは
まあ
「色恋営業なんかしてない!」なんていう無理のある主張よりは
「廃課金より手前で止めようとはしている!」と主張することの方がまだ筋はいいだろう。
それをもって水商売のキャストやオーナーが無謬だなんて思う人間は殆どいないと思うけど。
・かなり独自ルールな、範囲の狭い「色恋営業」を定義したうえで「色恋やってない!」と主張する
水商売とあまり縁がないはてブみたいな人種にはもっと通じないので
あと変な例えの羅列が本当に面白くない&あまりにも長すぎるので
寄り分けて本体部分を読むことすら困難になっている。
AIか古舘伊知郎に考えさせたみたいな地に足の着かない例えが多すぎる。
自分でやってるならご苦労さんだけど「面白いこと言おう」と考えて捻り出してる感じがする。
そういうのはまず本体がちゃんとわかりやすく読めるように書けて
C.弱男へのボルテージの高い説教 →水商売行くタイプがそもそもはてなには絶無レベルで居ない
という3要素、たぶんやりたい優先度はB→C→Aの順なんだろうけど
組み立てとしてはAがちゃんとできてB、Bがスマートに出来たらCの順なので
Aをしっかりやろうという話。今のお前に需要があるのはAだけ。
まずAで受けそうなネタを探して
それを上手く書けるようになるところからやっていけ。
以上
すげー親切な講評を無料でやってあげました。
おわり。
楽しそうでいいのだけど1つだけやめて欲しいことがある、ちなみに何度か丁寧にやめてくれと伝えたが全然伝わっていない
友達は私からすると祖父母の歳くらいで色々あって仲良くなり3か月に1回くらいランチをしてる(私の祖父母は20年前に皆死んだ)
マジでただの友情、普通に恋愛の話もするしおススメの映画とかコスメとか服とか手芸とか彼女が学生で戦時中だった頃の話とかいろいろ話す
マジで元気すぎておもろい、ランチ後は3時間くらい散歩してまたカフェ行って、年末はスイス行ってたらしいとかでお土産くれた、今度は山登りに行こうと誘われてる
基本的に彼女はPCもスマホも使いこなしてSNSも楽しいらしくインスタもXも見てるらしい、LINEの返事も早いしスタンプも使う、スマホで写真もたくさん撮って印刷してアルバムにしてプレゼントしてくれた、とても向上心のある人で柔軟な考えをしていて人生を謳歌するとはこのことかと感慨深い
そんな彼女はandroidのスマホを使ってジェミニ?を使うのが楽しいらしい、その使い方が一部、少し、私には心に引っかかるものがある
この前中学校の同窓会に行ったのと見せてくれた6人ほどの集合写真、覗き込んで楽しそうだねと答えると彼女は画面を横にスワイプしながら、集合写真をジェミニに頼んで別々にしてもらったのと次の写真を見せていく、確かに個々人が1枚ずつになっている、頼まれてやったのかと思っていたら善意の行動らしく彼女は続ける
この人のシャツ似合わないわってご飯の時に思ってたから色と柄を変えたの、あとこの人はお化粧が薄かったから足してもらって、この人は髪を伸ばした方がいいと思って、次々に横へ流れていく写真は確かに最初の集合写真からどんどんかけ離れていく、再度集合写真が現れる、こっちのが最初よりも素敵でしょ?みんなにこれを送ったら感謝されたの!すごいねってみんな感心していたのよと嬉しそうに続け彼女は私の方を向いて、さきちゃんもしてあげましょうか?ジェミニってすごいのよ!頼んであげる!もっと素敵になれるわ!とカメラを向ける
著作権や肖像権、オマージュやパクリやトレース、出典やレギュレーション、様々なことについて考えさせられ時代の技術に気圧され毎日働いている
ガラケーからスマホへの過渡期を学生として過ごしSNS黎明期の荒波にもまれてなお、スマホで自分の顔を加工する(写真のレタッチ)ことはしても他人の顔や服や見た目を許可なく加工することには忌避感が強い、ご法度だと思う、顔をネットに流すのもその後のデジタルタトゥーもごめんだ
だが加工もアップロードも簡単にタップひとつで出来るようにしてしまった世界では全てを規制、管理することは到底できないと分かっている、だからこそ倫理観や道徳やリテラシーが試される世界線において自分が他人のそれらを加害することのないよう必死に生きている、のに、目の前で尊敬しているといっても過言でない人がそのような振る舞いを無邪気に何気なく行うことにひどく狼狽えた
何故こんなにと自問自答した、突然ぶたれたわけでもなく相手の善意が嫌だと初手から感じるのは私の問題であるはずなので
平たく言えば価値観の違いなのだろう、それだけならきっとこういう人なのだなあで終わる話なのに、そうではなく、きっと私の知らないところで私の権利が彼女の100%の善意で侵されることが火を見るよりも明らかで、その予感が危機感が嫌だと叫ぶのだろうと暗い気持ちになった
彼女の提案を丁重に断り、私はそういうのがあまり好きではないし他人の顔や姿を加工するのはあまり、と説明したが首をひねって彼女は、さきちゃんって若いのに保守的なのね、私こういうの大好きよ!楽しいもの!あなたはまだ楽しい使い方を知らないのかもしれないわと笑っていた
この感じだと明日にでもきっと私に許可など取らず勝手に加工して習い事のクラシックバレエ教室で年下の友達だと見せて回るのだろう、彼女が納得するまで試行錯誤した”素敵なさきちゃん”を