
はてなキーワード:エッセンシャルとは
東京は家賃の高騰などを見ても、人口が過度に集中しているのは明らか。
ただ、その状態を放置した故に、その状態で回るように人口経済の流れができているのも事実。
無理に労働人口にUIJターンを強制しても、エッセンシャルワークを含めた労働空白を埋めるのは外国人労働者。
現時点でも外国人比率の高い都心部を、更に外国人労働者に依存せざるを得ないことになる。
地方創生を無理に行ったら、それこそ都心が移民の街になっちゃうね。
地方創生したい自治体もさ、日本人の労働人口は急減してて、リソースは無限じゃないことに気づこうよ。
「減税」合戦、その先は自己責任社会でいいのか 奪い合わない選択は
NPO法人POSSE代表理事・岩本菜々=寄稿2026年2月7日 9時00分
だが、こうした状況に対して、社会の多くの人は無関心である。それどころか、権利を要求する生活保護受給者をたたき、切り下げを積極的に支持していくような雰囲気すらある。こうした世論があるからこそ、国が司法の判断を軽視することが可能になっていると言ってもよいだろう。物価高騰にともなう社会全体の貧困化は、賃上げや社会保障の拡充要求へと向かうのではなく、むしろ「自分たちの生活を守るために他者を切り捨てる」という意識を広げているように思われる。
これを象徴するのが、現在行われている選挙で各党が掲げる「減税」合戦である。たしかに減税を行えば、多少なりとも手取りは増えるかもしれない。しかしその結果として社会保障が削減されることになれば、よりいっそう自己責任が強化された社会が待っている。
昨今の選挙では、外国人が社会保障に「ただ乗り」し、日本人の納めた税金を奪っているという主張や、高齢者の医療費負担が若者の生活を圧迫しているといった主張が人々の共感と支持を得ている。
私たちはこのまま、自分の生活を防衛するためなら他者を切り捨てることもいとわない、冷たい社会へとつきすすんでいくほかないのだろうか――。本稿では生活保護切り下げや「減税」合戦がもたらす現状を分析し、そこから抜け出す可能性を考えていきたい。
上がり続ける物価、夏場は生きるのがつらい
いま、私が代表を務めるNPO法人POSSEも含む支援団体で行っている生活相談会では、生活保護受給者からの相談が急増している。全国の支援団体や弁護士が連携し年3回開催する「なんでも相談会」の埼玉会場では毎回食料配布を行っているのだが、この2年ほど、生活保護を受給している人が食料を求めて列に並ぶことが増えてきた。
たとえば、25年春の相談会では、生活保護費と年金で生活する80代の夫婦が、朝早くに訪れた。2人は、生活保護費が足りず、食事を十分に取れずに痩せ細っていた。特につらいのはエアコン代のかかる夏場だという。電気代を払うと食費が足りなくなってしまうため、1日1食、安いせんべいを買って水に溶かして食べて空腹をしのいだり、コッペパンを3等分して食べたりして乗り切った。妻は、ひと夏で体重が4キロ落ち、夫はレタスもかめないほど衰弱してしまったという。
生活保護費が足りずに亡くなったと思われる方も出てきている。生活保護引き下げ違憲訴訟の集会では、生活保護を受ける当事者から「エアコンが使えず、生活保護を受給していた仲間が熱中症を発症して亡くなってしまった」という報告を、昨年だけで2回聞いた。亡くなったうちの1人は東京に住む女性で、もう1人は神奈川で生活保護裁判の支援もしていた男性である。
5年ほど前までは、失業した人や、病気で働けない人も、生活保護につなげばなんとか命を守ることができた。だからこそ、相談会でも「生活保護につなげる」ことが一つの目標だった。しかし、生活保護の減額が維持されたまま、物価が上がり続けていることで、生活保護を受けても生存が守られなくなりつつある。
セーフティーネットが十分に機能しない社会では、生活を維持するためには、ひたすら自己責任で働き続けなければならず、ひとたび病気になったり、高齢により就労が難しくなったりしたら、途端に死への恐怖と隣り合わせになる。その残酷さを、日々現場で実感している。
選挙で繰り広げられる「減税」合戦は、こうした状況に拍車をかけている。この数年は、減税による「現役世代の手取り増」が焦点化されてきた。この主張は、一部の政党の公約では、外国人や高齢者などへの社会保障削減と表裏一体の形で展開され、人々の支持を集めてきた。
たとえば、国民民主党や日本維新の会は、現役世代の保険料負担を軽減すると同時に、高齢者の医療費負担の引き上げを公約に掲げている。さらに、参政党は「終末期における過度な延命処置に高額な医療費をかけることが国全体の医療費を押し上げる要因の一つとなっている」として、尊厳死の法制化を公約に掲げているほか、外国人への生活保護の支給停止も訴えている。
大胆な減税への要求と、「税金を食い潰している」として高齢者や外国人などを攻撃する排外的な主張が支持を集めるなか、高市政権下ではすでに、様々なセーフティーネットの切り下げが検討されている。たとえば厚生労働省は、高額療養費制度の見直し案として、所得に応じて27年夏までに自己負担の月額上限を7~38%程度引き上げる案を提案している。さらに25年12月には、維新と自民党が、市販薬と成分が似ているOTC類似薬について、約1100品目について25%の患者負担増とすることで合意した。
減税合戦がエスカレートすればするほど、「次は誰を切り捨てるか」ということが問われ、不断に排除と分断が生み出されていく。
なぜなら、法人税増税、富裕層増税などが実現されないまま減税によって貧困を克服しようとすれば、「では、どの支出を削るのか?」という問いは避けられないからだ。そうした構図の中で、排除の線引きが、「外国人労働者」「高齢者」「難病患者」など、様々な形で引かれていく。
この構図を見て私が想起したのは、21年に大流行したNetflixドラマ「イカゲーム」だ。
様々な理由で多額の借金を抱えた貧者たちがデスゲームの会場に集められ、賞金を目当てに殺し合いをさせられるという物語。死者が増えるたびに生存者に割り当てられる賞金の額が増えるため、参加者たちは、自分自身や自分の家族を守るため、「自主的」にゲームに参加し、参加者同士で裏切り、殺し合う。その様子を、上から超富裕層が楽しげに見物しているが、ゲームの参加者は彼らの存在に気がつかない。
限られた財源の負担と配分をめぐり、人々は他者を排除し、少しでも自分の取り分を得るという競争に巻き込まれてしまっている。今の日本の政治状況は、まるで「イカゲーム」の世界がそのまま現実になっているかのようだ。
多くの人が、他者への分配を減らすことで減税を実現することが、自分の生活を防衛する唯一の方法であると思わされてしまっている。しかし、本当にそれしか方法はないのだろうか。「イカゲーム」ではシリーズの後半、主人公が参加者を説得して味方につけ、ゲームの主催者に闘いを挑むことで、ゲームそれ自体を終わらせようとする。
他国に目を向ければ、現実の世界でも、社会の99%を占める労働者が連帯し、富を独占する1%に闘いを挑むことで、富と貧困が同時に拡大する社会にNOを突きつけ、誰もが生存可能な社会をつくろうとする試みが広がっている。
たとえば、25年の米ニューヨーク市長選では、イスラム教徒で移民であるゾーラン・マムダニ氏が当選した。彼は、富裕層への増税を行い、その財源で幼児教育の無償化・市営バスの無料化・家賃の値上げ凍結などを実現するという主張を掲げ、貧困化する労働者層の支持を得たのだ。その背後には、若い世代を中心とする10万人近くの選挙ボランティアによる、地道な個別訪問による説得があった。ボランティアらは、生活苦のなか、敵対の構図は「白人労働者」vs「移民労働者」などではなく、「99%の貧しい労働者」vs「富を独占する1%の富裕層」なのだと、有権者に語りかけたのだ。
こうした動きは、アメリカ全土で広がりを見せている。25年10月にあった「NOKINGS(王はいらない)」デモは、「NOKINGS NO BILLIONAIRES(王はいらない、富裕層はいらない)」をスローガンに掲げ、主催者発表によると全米で700万人を動員したという。
労働組合を結成し賃上げを求める闘いも広がっている。アメリカのスターバックスでは、550店舗で働く約1万2千人が労働組合に加入し、CEOが平均的な労働者の6千倍近くの報酬を得ていることを批判し、賃上げを要求している。さらに、ニューヨーク市の複数の私立病院では、26年1月12日から看護師計約1万5千人がストライキに突入した。現場となった病院の一つでは、CEOが年間でおよそ2630万ドルもの報酬を受け取っていた。看護師たちは、賃上げや人員の確保を要求し、現場で働く労働者と地域住民のために富を使うよう経営陣に迫っている。
日本でも26年2月2日、減税合戦が繰り広げられる選挙戦のただ中で、「非正規春闘」の開始宣言が行われた。これは、労働者が様々な差異を乗り越えて連帯し、利益を分配しない企業や富裕層に対抗していくという世界の運動の流れをくむものだ。
今年の非正規春闘では、非正規雇用労働者を組織する35の労働組合が、160社、10自治体に対し賃上げを求める方針だ。日本企業がため込んでいる利益である内部留保が過去最高となる一方、社会を支えるエッセンシャルワーカーは低賃金でこき使われている。こうした状況に対抗するべく、10%以上の賃上げを求めて非正規労働者らが連帯し、交渉を始めたのだ。
記者会見には、保育士・語学講師・飲食店アルバイト・出版流通で働く労働者など、会社・職種・国籍の垣根を越えた非正規労働者たちが集まり、非正規雇用労働者全体の底上げを求めていく決意が語られた。
貧しい者同士の分断があおられ、誰もが目先の手取りに関心を奪われている日本社会で、仲間とつながり、賃上げや社会保障の拡充を求める連帯を地道に広げていくというのは、困難な道のりかもしれない。しかし、こうした取り組みを広げていくことが、誰もが手取りの減少におびえ、生活苦が進むほど財源の負担をめぐって互いを蹴落とし合うという絶望的なゲームから抜け出す唯一の方法だと、私は思う。
写真・図版
[フリーライドの人]
・ これから生まれてくる子供が不幸になるという理由で「自分が」子供を作らない人
→不幸になるかどうかは今生きている大人次第なのにそこのところの労力を割かず全体の不幸を増やしている
・ 子を育てる能力に直接関係ない属性で配偶者を選別し、高望みする人
・ 身嗜みが悪い、デートでエスコードできないなどの理由で結婚を断る人 :自分の親がこれらをできなかったからと言って子供時代が不幸だったかを考えるとよい
・国籍を理由に配偶者の選別を広げない人 : 今の日本は貧しいので金目的で結婚する外国人はほとんどいません。安全や安心を求める人はいるが、それはむしろ日本人より愛国者と言っていいだろ
・従業員に不要な束縛を強制する組織 : 「生産性が上がる」などの謎の指標でリモートワークを制限したり、育児で親戚一同と離れられない状況の人間に転勤を迫るなど
→他国の子育ての労力にフリーライドしてるだけ。外国も少子化が厳しいので今後問題になる
・自分や親族の介護のために若年者の結婚を制限する人 : 最悪。老人は老老介護で自分達の始末をしろ
・あんま効果ないと言われてるけど夫婦別姓とか多人数婚の許可とかを推進して婚姻を増やしたい。これを制限する人
[フリーライドと言うには厳しい人]
・同性愛者
・ まあでもレズビアンなら精子提供してもらって子供作れるだろうとは思うが
・ さすがにエッセンシャルワーカーで子育てに時間が取れない人は免除したい
フリーライド派は今より多めに税金払うか、介護などの他のケアワークを育児してる人の代わりに分担するなどして調整した方がいい
去年結婚式、家の頭金、家電家具で合わせて1200万くらい使った上で
去年の初めあたりはあと一歩でアッパーマス層イケるって感じだったけどだいぶ散在したからアッパーマス遠ざかったな、と思っていたのに妻がまさかの貯金1000万超えのクソ偉さんだったのでプラマイゼロで見事に30代でアッパーマス世帯に進化できた
妻はエッセンシャルワーカー寄りの仕事なのにあの貯金は偉すぎる
お互い大学からの出戻りこどおじこどおばだったのがかなりデカい
vs
選べるならどっち?
「好きを仕事にするな」という意味ありげで中身のない低解像度格言風迷言を盲信してるアホ以外は絶対キラキラ年収1000万円の好きな仕事だよね?
じゃあなんで皆そうしないの?
なんで世界には年収400万円でカスみたいな仕事をしてる人がいるの?
選べなかったからだよね。
そして世界は年収400万円の誰かがゴミ収集をしてるから回ってる。
キラキラした年収1000万円の仕事を選べなかった誰かが、必要だけど選べるならやりたくない仕事をしてるから回ってる。
奴隷を使うより高いコスパでエッセンシャルなクソワークをさせる仕組みが資本主義社会なんだよな。
感謝してるぜ。
この人たちが主張できるのはせいぜい、自分達の社会的な貢献度とか納税とかくらいでしょ?
それでも、よほどエッセンシャルワークをしていたり超高額な納税をしていない限り、微々たるものしかない
しかもその人たちが死んだらもう何にも残らないどころか、老後に社会に大ダメージを与えることが確定しているんだからプラマイゼロかマイナスなんだよね
オタクの経済活動とか言われていたこともあるけど、結局失われた歴史を修正することはかなわなかった
なら、地方で子だくさん家庭を支えてるパパママの方が全然えらいじゃんって思うわけだ
ブルシット・ジョブ(BullshitJobs)とは、人類学者デヴィッド・グレーバーが提唱した概念で、
働く本人でさえ「無意味で、必要がない」と感じており、社会への貢献もほとんどない仕事のことを指します。
その存在が組織の生産性を下げ、働く人に精神的苦痛を与えることがあると指摘されています。
日本語では「クソどうでもいい仕事」と訳されることもあります。
例
エッセンシャルワーカー:社会に不可欠な仕事に従事する人々。ブルシット・ジョブの対義語として言及されることがあります。
まとめもはてブも目を通したけど誰も分かってないな。
いいか、人の嫌がる仕事というのはイコール社会に必要な仕事って意味だろ。
で、この「社会に必要」って言葉にはほぼほぼ「それが無いと貧乏人が野垂れ死ぬ」という意味合いが含まれている。
ゴミ回収も介護も、その他エッセンシャルワークと呼ばれる仕事は大体そうだ。
金持ちはカネを使ってどうにでも逃げられるんだよ。ゴミが散乱した地域も避けられるし介護者もカネで引っ張ってこれる。だが貧乏人は逃げられない。
だから価格も安いしワーカーの給料も低いのよ。当たり前の話だ。
ワーカーの給料を上げたいなら値上げするしかない。貧乏人を切り捨てて。
別の手段として、増税か保険料を上げて薄く広く回収するという手も有るにはあるが、それが出来る政治家はもう日本には居ない。いるなら教えてほしい。高市には無理だ。
はてブも増田もTwitterも、カネを出せない貧乏人の存在を無視して話をしているのは卑怯だと思う。
家族を大切に思う気持ちは理解できるが、「社会にとって無駄でも家族のためならいい」という考え方は危うい。
社会全体が「自分の家族さえ良ければ」で動けば、結局その家族が生きる社会も崩壊する。
エッセンシャルワーカーの尊さは「やりがい」ではなく「必要性」にある。
それを「自己満足」と切り捨てるのは、他人の労働の上に自分の生活が成り立っている事実を無視している。
自分の仕事はやる価値が無いブルシットジョブだと思っているが、別に仕事にやりがいなんて求めてないしな。
不相応な給料もらっても家族が幸せになるなら社会貢献ややりがいなんてものは大したものじゃない。
エッセンシャルワーカーとかも、仕事でやりがいを得ているんなら低賃金で生きるのに精一杯でも仕方がないよなとも思う。
社会的に多くの人に貢献しているなら、自分の贔屓したい人に集中して貢献するのは難しい話。
社会的に無駄な仕事でも、その分自分の家族に貢献できるなら、自分はこっちを選ぶだけの話。