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はてなキーワード:エスカレーターとは

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2026-02-14

なんでもや

木曜の夜、僕は渋谷マークシティの横のエスカレーターに立っていて、上に行く人たちの後頭部を見ていた。みんなどこかに行くところがあって、誰かに会う予定があって、それが当然みたいな顔をしている。僕にはこの後の予定がない。さっきまで打ち合わせだった。クライアントじゃない、業務委託デザイナーとの打ち合わせで、サイトワイヤーフレーム修正点を詰めていた。二十二歳同士の打ち合わせ。たぶん外から見たら、意識の高い大学生が何かやってるな、くらいのものだ。くらいのものだ、ということを自分でわかっているということが、たぶん僕の一番の問題だと思う。

自分の話をする。

僕は今、大学四年生で、二年の終わりくらいかウェブマーケティング的なことを仕事にしている。会社を作ったと言えば聞こえはいいけれど、実態フリーランスに毛が生えたくらいのもので、オフィスはなくて、自宅の六畳の部屋が全部だ。クライアント十二社。小さいところばかりだけれど、毎月の売上はまあ、大学生にしてはあるらしい。「大学生にしては」。この留保がつく限り、僕はまだ何者でもない。

大学生にしてはすごいね

この言葉を言われるたびに、笑顔で「いやいや全然です」と返しながら、胃の底がかすかに冷たくなるのを感じる。大学生にしては。大学生にしては。その「しては」を取ったら、僕に何が残るんだろう。

---

インターン先の話をする。大学三年のとき半年だけ、あるスタートアップインターンをしていた。もう辞めてしまったけど、あそこで僕は初めて、本物の優秀さというものを見た。

先輩の川島さんは二十六歳だった。東大の院を出て、新卒でそのスタートアップに入って、マーケ責任者をやっていた。川島さんは、僕が二時間かけて作った広告レポートを見て、三十秒くらい黙って、それから「ここの因果、逆じゃない?」と言った。僕は二時間かけて間違った方向に全力で走っていたのだ。川島さんはそれを三十秒で見抜いた。

三十秒。

僕は自分の二時間川島さんの三十秒を天秤にかけて、その傾きの角度に目眩がした。

川島さんだけじゃなかった。もう一人、営業柴田さんという人がいた。二十八歳。この人はマーケことなんか何にも知らない。でも柴田さんがクライアント電話しているのを横で聞いていると、声のトーンが変わる瞬間がわかる。相手の声が、硬いのから柔らかいのに変わる。それは技術じゃなかった。人間の、もっと根っこのところにある何かだった。

僕にはあれがない。

あれが何なのかすら、正確にはわからない。わからないということが、つまり僕にはない、ということだ。

---

ここで白状しなければならないことがある。

僕がビジネスを始めたのは、見返したかたからだ。

中学とき、僕はいじめられていた。いじめ、という言葉を使うと何か大げさなもの想像されるかもしれないけれど、そんな劇的なものじゃなかった。殴られたわけでも、金を取られたわけでもない。ただ、存在を透明にされた。グループワークで僕の意見は聞かれない。昼休みに話しかけても目を合わせてもらえない。LINEグループに入れてもらえない。文化祭の班決めで余る。修学旅行の部屋割りで余る。「余る」。僕の中学時代はこの一語に集約される。

いじめっ子たちは別に悪い奴らじゃなかった、と今は思う。ただ、僕がつまらなかったのだ。面白くなくて、運動もできなくて、顔もよくなくて、声も小さくて、一緒にいて得るものが何もない人間。それが中学時代の僕で、たぶん、客観的に見ればそれは正当な評価だった。正当な評価だったということが、余計にたちが悪い。理不尽に虐げられたのなら怒れる。でも正当に無視されたとき、人はどこに怒りを向ければいいのだろう。

僕はそれを自分に向けた。

高校に入って、僕は変わろうとした。プログラミングを覚えた。ウェブのことを勉強した。ビジネス書を読んだ。大学に入って、すぐにインターンを始めた。自分会社を作った。それは全部、中学教室で透明だった自分への復讐だった。お前らが僕を無視している間に、僕はお前らの知らない場所で、お前らの知らないことを身につける。そしていつか、お前らが想像もしない場所に立つ。

復讐。そう、復讐だった。動機としては不純かもしれないけれど、僕を動かしていたのは確かにそれだった。

でも最近、その復讐の燃料が、切れかけている。

なぜなら、上を見てしまたから。

川島さんや柴田さんのような人間を見てしまたから。僕が中学教室透明な存在から脱出するために必死に積み上げてきたものの全部が、彼らの前では、ほとんど何でもないということを、知ってしまたから。

世代で見れば、僕はたぶん上の方にいる。大学生自分会社を持っていて、クライアント十二社いて、マーケのことはそれなりにわかる。合コンがあれば(行ったことはないけれど)「すごいね」と言われるプロフィールだと思う。

でもそれは同世代の話だ。同世代トップなんて、トップでも何でもない。ちょっと世代を上にずらせば、僕みたいなやつなんかいくらでもいる。いくらでもいるどころか、僕よりはるかに速く、はるかに深く、はるかに遠くまで行っている人たちが、ごろごろいる。そしてその人たちは、僕が必死にやっていることを、息をするようにやっている。

オンリーワンでなければ意味がない、と言ったら大袈裟かもしれない。でも、「大学生にしてはすごいね」の「しては」がいつか取れる日が来るのか、僕にはわからない。来ないかもしれない。一生「しては」付きの人間として、そこそこの場所で、そこそこに生きていくのかもしれない。

そう思うと、怖い。

今の自分に満足してしまいそうになることが、怖い。「まあ、大学生にしてはやってる方じゃん」と自分に言い聞かせて、その「しては」の中に安住してしまいそうになることが、本当に怖い。こんなところで満足していたら、僕は永遠に川島さんには追いつけない。満足するな、と自分に言い聞かせる。もっとやれ。もっと上に行け。もっと

もっと

---

でも。

---

でも、と僕は思う

木曜の夜の渋谷エスカレーターの上で、どこにも行く予定のない自分の足元を見ながら、僕は思う

僕は、楽しんだことがあるだろうか。

人生を。

中学とき、透明だった。高校とき復讐の準備をしていた。大学に入って、ビジネスを始めた。二十二年間の中に、純粋に「楽しい」と思った時間が、どれくらいあっただろう。

友達と夜通しくだらない話をしたこと。ない。というか、夜通し話せるような友達が、いない。彼女と手を繋いで歩いたこと。ない。当然ない。二十二年間、一度もない。

二十二年間、一度も、誰の手も握ったことがない。

旅行に行ったこと。ほとんどない。行ったとしても、移動中にSlackを見ている。映画最後まで集中して観たこと。思い出せない。たぶんある。でも何を観たか思い出せない程度の体験しかしていない。

大学生って、たぶん、もっと楽しいものなんじゃないだろうか。

Twitterを開けば、同い年のやつらがサークル合宿で海に行ってたり、学園祭で何かやってたり、彼女誕生日を祝ってたりする。インスタを開けば、もっとだ。僕がワイヤーフレーム修正点を詰めている木曜の夜に、誰かは誰かとイルミネーションを見に行っている。

僕はそれを、ずっと、「そんなことしてる場合じゃない」と思って切り捨ててきた。川島さんに追いつかなきゃいけない。もっと仕事をしなきゃいけない。もっとスキルを上げなきゃいけない。遊んでる暇なんかない。

でも最近、夜中にベッドの中で、天井を見ながら、こう思うことがある。

僕は、「もういい」と思えるほど、生きていない。

もういいや、仕事に集中しよう。そう言い切れるほど、僕は人生を味わっていない。楽しんでいない。何も楽しんでいないのに、何かに集中しようとしている。空っぽの器を火にかけているようなものだ。中身がないまま熱し続けたら、器が割れる。

でも中身を入れに行く方法がわからない。

友達の作り方がわからない。二十二歳にもなって。恋人の作り方はもっとからない。そもそも誰かと親しくなるということの手順が、僕の中にインストールされていない。中学で透明にされた三年間の間に、みんなが自然と身につけたはずの何かが、僕には欠落している。

から僕は仕事をする。仕事なら、手順がある。クライアント課題を聞いて、分析して、施策を考えて、実行して、数字で結果を出す。そこには人間関係の不確定性がない。数字は僕を透明にしない。数字は僕を無視しない。

でもそれは、逃げなんじゃないだろうか。

からない。

もっと上を目指さなきゃいけないのに、同時に、もっと今を楽しまなきゃいけない気がする。でも上を目指すことと今を楽しむことは両立しない気がする。でもどっちも諦められない。でもどっちも中途半端になってる。上を目指すには全然足りていないし、楽しむなんてそもそもできていない。どっちつかずの二十二歳が、渋谷エスカレーターの上で立ち止まっている。

ワークライフバランス、という言葉がある。あれは、ワークとライフの両方がある人間のための言葉だ。僕にはワークしかない。いや、ワークすら中途半端だ。ライフに至っては存在しない。バランスを取る以前の問題だ。存在しないものの天秤をどう釣り合わせろというのか。

こんなことで悩んでいる自分が恥ずかしい。川島さんはたぶん、こんなことでは悩まない。川島さんには友達がいて、恋人いるかは知らないけれど、少なくとも飲みに行く相手がいて、人間としてのベースちゃんとある上で、あの恐ろしい優秀さを発揮している。土台がある。僕には土台がない。砂の上に家を建てているようなもので、いつ崩れてもおかしくない。

おかしくない、と思いながら、それでも僕は今日も家を建て続けている。他にやり方を知らないから。

---

金曜の朝。

特に何があったわけでもない朝だった。

はいつも通り六時半に起きて、いつも通り白湯を飲んで(コーヒーは胃が荒れるからやめた、二十二歳で胃を心配している自分ちょっと情けない)、いつも通りMacBookを開いた。

メール確認する。Slack確認する。クライアントからの返信をいくつか処理する。そのうちの一件が、先月から手がけていた案件レポートへの反応だった。

さなオンラインショップをやっている人で、三十代の女性で、自分アクセサリーを作って売っている。月商は二十万くらい。僕がやったのは、広告設計と、LP改善と、SNS運用方針を整理することだった。

その人からメールには、こう書いてあった。

「先月お願いした施策を始めてから、はじめてSNS経由で知らない方からの注文がありました。すごく嬉しかったです。今まで友人や知人にしか買ってもらえなかったので。本当にありがとうございます

僕はそのメールを読んだ。

二回読んだ。

三回読んだ。

そして、自分でもよくわからないのだけど、目の奥がじんとした。

「はじめて知らない方からの注文がありました」。

それだけのことだ。たった一件の注文だ。川島さんなら、こんな規模の案件はやらないだろう。やる必要がない。川島さんは何千万、何億という広告予算を動かしている。僕がやっていることは、それに比べたら、本当に小さい。

でも、あのアクセサリーを作っている人にとっては、知らない誰かが自分作品を見つけてくれたことは、たぶん、小さくなかった。

僕がやった仕事は、完璧じゃなかったと思う。川島さんなら、もっとうまくやれた。もっと効率よく、もっと的確に、もっと大きな成果を出せた。でも川島さんはあの案件をやらない。月商二十万のオンラインショップ広告なんか、川島さんの世界には存在しない。

でも、僕の世界には存在する。

僕はなんでもやだ。

マーケもやるし、広告もやるし、SNSもやるし、たまにデザイン方向性も考えるし、クライアント愚痴も聞くし、請求書自分で発行する。専門性がない、と言われたらそれまでだ。川島さんのようにマーケティングの深い専門性があるわけでもなく、柴田さんのように人の心を一瞬で掴む力があるわけでもない。僕は何でもそこそこにできて、何一つ突出していない。なんでもや。便利で、代替可能で、オンリーワンとは程遠い存在

でも。

あのメールを三回読んだ朝、僕は思った。

なんでもやの僕でしか、届けられなかったものが、もしかしたら、あったのかもしれない。

月商二十万のアクセサリーショップに、真剣に向き合えるのは、たぶん僕みたいな人間だ。大きすぎず、小さすぎず、どこにも分類されない、中途半端場所にいる人間。上から見下ろすでもなく、同じ場所に立って、一緒に考える。それは才能じゃない。たぶん、境遇だ。僕が中途半端から中途半端場所にいる人たちの気持ちがわかる。わかるというか、少なくとも、わかろうとすることができる。

それは川島さんには、たぶん、できない。できないというか、する必要がない。川島さんにはもっと大きな仕事がある。

僕にはこの仕事がある。

---

これが何かの答えだとは思わない。

川島さんとの距離は縮まっていないし、彼女はまだいないし、友達も増えていないし、人生は相変わらず楽しくない。木曜の夜に渋谷エスカレーターで一人で立っている二十二歳は、金曜の朝になっても、やっぱり一人で六畳の部屋にいる二十二歳だ。

ワークの問題解決していない。もっともっと上に行かなきゃいけない。もっと勉強しなきゃいけない。川島さんの三十秒に、いつか追いつかなきゃいけない。追いつけるかはわからない。たぶん、追いつけない。でも追いかけることをやめたら、中学教室の透明な僕に戻ってしまう。

ライフ問題もっと解決していない。二十二歳の、今しかない時間が、砂時計の砂みたいにさらさら落ちていっている。大学を出たら、もう「大学生」という猶予は終わる。社会人になったら、きっともっと時間がなくなる。今のうちにもっとしまなきゃいけないのに、楽しみ方を知らない。楽しみ方を学ぶ時間を、仕事に使ってしまう。仕事に使ってしまうことに罪悪感を覚える。罪悪感を覚える自分に対してまた恥じる。恥じている時間がまた過ぎていく。

全部、中途半端だ。

全部が中途半端で、その中途半端さを直視できるくらいには頭が回って、でも直視したところで何も変えられないくらいには無力で、その無力さすら誰にも言えないくらいには意地を張っていて、意地を張っている自分がまた恥ずかしい。

この恥ずかしさの連鎖を、どこで断ち切ればいいのか、僕にはまだわからない。

Permalink |記事への反応(2) | 01:26

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受験とか勉強とかの話

娘の進学について、もし自分と似た所があったら何を助言できるかなぁと考えて過去を整理したので、ここに書き留めておくことにする。

小学生の頃、ふんわり勉強したいと思い塾に通い始めた。

中学受験コースに通い四科目の勉強を始めた。途中から社会勉強がつまらなくて(楽しんで覚えられなくて)、二科目コースに移った。すると受けられる学校の幅が狭くなり、その中には強く行きたいと思う学校も無かったので、嫌になって中学受験コースから学校サポートコースみたいなコース編入した。

サポートコース受験コースと比べると当然易しい内容で、簡単すぎると感じることもあった。

中学に上がると流石に高校受験を目指すコースになったが、そこでは上位クラスキープできた。小学校の頃の助走があったこと、最初から三科目で行くと割り切っていたことも大きかったと思う。五科目で理科社会をやっていたら潰れていたか結果的総合的な偏差値を下げていたと思う。(社会は相変わらず覚えられなかったので……)

夏期講習や夜遅くまでの授業、正月特訓などを経て、無事に高校受験には成功した。

さすがに塾に通うことにはうんざりしていたので、絶対予備校なんて行かない、大学付属校に行くぞという気持ち付属校ばかりを受けまくり、五校のうち四校に合格した。

高校ではその後、色々な点で苦しみながらも、友達趣味に恵まれそれなりによい思い出を持った状態卒業することができた。

苦しみについて補足すると、学校の授業で学び、家で宿題をするという当たり前の習慣に馴染めなかった。要するに勉強するモチベーションが沸かなかった。鬱に近い状態であったと思う。

勉強しなくてもちゃんと成績が取れる、という世界線を望んでいたのだと思われる。しか自分はそのような天才ではなかったので、普通に悪い点を取ってはしょげてた。

それを認識した上でも、まだ勉強することに面白みを見いだせない時期が続いた。勉強は苦しみであった。もしも、目的意識がある、学問領域としての面白さに気付く、得意な科目で無双する、楽しんで競争する、といったことが出来ていたら、また違ったのかもなぁと思う。

そういう意味では情報の授業では割と無双してHTMLJavaをやっていたかもしれない。

あとは、試験勉強友達学校ファミレスでやるというのも、楽しかったな。それに、そこで救われていたとも思う。

その反省も踏まえ、エスカレーターで進学した大学ではこの勉強が次にどう繋がっていくか、ということを少しは考えていたと思う。

B1は学部内で学科が分かれずに、B2で振り分けがあるタイプだったので、行きたい学科に行くためにはよい成績を取らなければならない、しかもこの学習B2の基礎になるはずだ……とまでは考えたのかは覚えていないが、それなりに頑張ったと思う。

学科への振り分けも決まると、ようやく勉強職業との繋がりが見えるようになってきて、学んでおきたいというモチベーションは増えた。またB3では研究室配属があるため、行きたい人気の研究室に入るためには良い成績を取らないとなぁという観点でも、諦めたりすることは無かった。

また、サークルに参加したのも良かったし、普段から内部進学の友達やB1でクラスが一緒だった友達とつるんでいたのも良かった。サークル活動に励んだり、喋ったりご飯を食べたりするのは楽しかったし、必然的情報交換をして、頑張ろ〜なのかやんなきゃ〜なのか分からないけど、勉強モチベーションになっていたのかもしれない。

サークル活動が専攻の内容ともリンクしていたことも価値があったと思う。これってどういうことだ?という疑問がサークル活動の遊びの中から生じて、別に宿題でも何でもないけど図書館に行って調べたり、活動成果物を作るためにあれこれやったりしていた。

この頃は結構成績も良くなってきて、専門科目は一部を除いて良くできていた気がする。

そんなこんなで気になっていた研究室にも入ることが出来て、やりたい分野の企業にも就職することができた。今の仕事にも満足している。

勉強の苦い経験というのは、成長しているということであり、多かれ少なかれ苦しむことになると思う。その時に折れないで頑張れるかどうかは、自分経験では目的意識と交友関係大事だったのだと思う。

それと、親からの機会の提供金銭的な支援奨学金ですね。

娘には、色々な事に興味を持てるといいね、仲間と一緒に遊んだ勉強したり色々やれるといいね、という方向性提示していきたい。

機会の提供という親の責務の果たし方については、これから考えをまとめていきたい。

Permalink |記事への反応(0) | 00:38

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2026-02-12

なんで女ってエスカレーター乗るときに立ち止まるの?

動きを予測した更に一段後ろに乗るからぶつかりかける

Permalink |記事への反応(0) | 09:37

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2026-02-10

たまたまエスカレーターで隣り合った女子高生部活帰りで

脱水症が心配だったので

スタバを奢った。


是が非か?

Permalink |記事への反応(0) | 18:52

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2026-02-02

盗撮犯が盗撮ハンターで2千万稼ぐ

東京渋谷区無職、姫木虎太郎容疑者(22)が去年5月池袋エスカレーター盗撮していた大学生を捕まえ、10万円を脅し取った。

太郎容疑者は同様の手口で盗撮犯数十人を捕まえ2千万稼いでいたそうだ。

彼が盗撮ハンターなのは、去年6月太郎容疑者盗撮逮捕され、スマホ動画に残されていた大学生脅迫する様子から発覚した。

自身盗撮しながら盗撮から2千万の荒稼ぎもする、すごい世の中だな…。

これだけ馬鹿みたいに稼げるなら、ヤクザシノギにでもなってくれたら盗撮減らないだろうか。

Permalink |記事への反応(0) | 16:37

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百貨店エレベーターに欲しい張り紙

最近度々車椅子ベビーカーエレベーターで譲ってもらえないから乗れないってポストを見かける。

私も体験したが、優先エレベーターでも絶望的に譲ってもらえない。

3人くらい同時に降りてくれないと乗れないので、誰も譲ってくれずどんどん順番を抜かされ一人で何十分も立ち続けるのは心が折れて荒む。

待ち合わせなどで時間がない時はなおさらだ

ベビーカーエスカレーターに乗る迷惑行為がよく騒がれるが、その前の段階でベビーカー車椅子が階を移動する困難さがあるのだ。

なので、エレベーター内部に『車椅子ベビーカーが居たら降りて譲って下さい』エレベーターの外には『混雑でエレベーターに乗れない車椅子ベビーカーお客様店員に声をかけて下さい』と書いて欲しい。

今なら他の客にベビーカーいるから譲りましょうと声かけて降りるくらいできるが、赤ちゃん育児時代は降りてくれるように頼む発想も逞しさもなかった。

店員さんが声かけて降ろすとかしてくれないと乗るの無理だあれ。

Permalink |記事への反応(2) | 00:48

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2026-02-01

相変わらずはてなキチガイの集まり投資の話です

間違った知人を正解として

正しい人を批判してる。

なんだろう、エスカレーターは片道をダッシュで駆け上がるもんだ!

真ん中に突っ立てるバカ邪魔だ!

って意見がもてはやされてるみたいな?

キチガイやろ。

NISAの話なんで、わかる人にはわかる。

俺だけの最強攻略法はわかるけど、

まって、それただしい使い方じゃないからね?と

ふるさと納税のハックにはグチグチ言うくせに

NISAにはそれなの、なんなん?

バカなん?

Permalink |記事への反応(0) | 23:44

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中受

中高一貫校に入っても

また6年後には受験あるんだよね

まあ大学までエスカレーターなところもあるんだろうけど

Permalink |記事への反応(0) | 18:54

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2026-01-30

大抵のことはやっちまえばそれで通る

京都駅ビルデザインしたのは原広司という人だ。梅田の空中エスカレーターがある、スカイビルもそう。つまりああいうのが好きな人なんだね。

あいうのを見て「モダンだなー」という人はよくいるが、建築でいうモダン実用性ということがコンセプト上マスト(たとえ実際には使いにくかったとしても、設計思想として)なので、原広司モダンではない。ポストモダンだ。

だってなんの機能もないし。京都駅のあの大部分。

人工の谷みたいな、東西に伸びる大階段てっぺん同士を、空中回廊が繋いでいる。そんな構造物は、駅というものと何も関係がない。まあ駅というのはただの電車の乗降口でなく人が滞留する広場だと捉えるなら、あの「谷」は屋根付き立体駅前広場ということになる。

しかしそれだけのために京都駅実用性ということを気持ちいいほど潔く犠牲にしている。

メイン出入り口は小さいし、トイレは極端に少なくわけのわからないすき間に押し込められている。裏には謎の意味なし巨大空間(単に余っただけ)があり、カップル騎乗位みたいな体勢でいちゃついている。

アーティスト署名のような意味なし空間を作るために巨額の予算をかけ京都の街を屏風のように分断する京都駅。でも出来てしまえばこれはこれでありということになる。グリーンランド領有なんかも勢いでやっちまえば5年もしたら違和感なくなってるだろううな

Permalink |記事への反応(0) | 09:36

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2026-01-27

なんで女さんってエスカレーターに乗るときに二段空けで乗るの?

普通一段空けするよね

Permalink |記事への反応(1) | 09:07

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2026-01-26

中学生セックスしてる子達ってもしかして中受して私立中学に入ったのかな

自分中学生の時は受験勉強でそれどころじゃなかったけど、私立中大学までエスカレーターだったら余裕があるのも分かる

Permalink |記事への反応(0) | 12:47

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2026-01-21

エスカレーターで屁をした

後ろの人ゴメンな

ゴメンと思いつつ「これってムカデ人間みたいだな」と思った

ムカデ人間を観たことは無いから違うのかもしれない

Permalink |記事への反応(0) | 20:38

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2026-01-19

今のキッズキッズ親って失敗恐れ過ぎじゃない?

OB訪問作法とか流れてきたんだけど、この売り手市場新卒会社とかどうでもいいだろ笑どんだけ失敗が怖いんだよ

今のキッズは生まれた時から物心つく前から英語勉強して、良い幼稚園に入るために親子揃って対策して、小中高とエスカレーターで進学してるのに学校終わったら塾で夜まで勉強して、大学受かったらすぐにガクチカで話せるように留学やらサークル代表やらバイトリーダーやら実績積んで、就活が本格的に始まる前にインターン行ってOB訪問で顔を売って、就活本番は学閥採用されて会社でも学閥武器に仲間を増やして同期とも傷を舐めあって生きてるんでしょ?

それだけ頑張ってせいぜい30歳で年収1000万程度で悲しくならないのか?

君が入ろうとしている会社には、ろくに受験勉強せずに新卒もすぐに辞めて何社もフラフラとしてた俺みたいなおっさん普通にのんびりやってる程度の会社だぞ。

そんなに頑張らなくても35歳で1000万になるのに、その5年を早めるために幼少期からの貴重な時間をどれだけ無駄にするの?

失敗を過剰に恐れてるけど、別に失敗してもどうとでもなるのに何がそんなに怖いのか。

きっと生まれから一度も失敗したこといから、失敗したらどうなるか分からないんだろうな。

Permalink |記事への反応(1) | 20:33

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はてなーって男子トイレより女子トイレの方が混むのは見ればわかるけど

エスカレーター歩いてる列の方が早く進んでることには見てても気付かないんだよね

Permalink |記事への反応(0) | 12:33

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2026-01-18

イオン海老名店立て替えと聞いて個人的な思い出を少々

海老名で育った海老名市民。

イオン海老名子供の頃から馴染みのお店で、当時はまだサティだった。

1階の食料品売り場にはよく母親と買い物に行った。

丸井ダイエーにも食料品売り場はあるけど、うちはサティを一番利用していたように思う。

サティが安かったのかな?

エスカレーター横の洋服売り場では、夏、母親が服を選んでいる間、暑いし暇だからラックにかかっている洋服に手を入れながら歩いて涼んだ。

ポトラッチ館向かいフードコート家族で行った。

あそこは奥まった場所にあるからちょっと利用しにくかったな。

2階のおもちゃ売り場ではゲームを買ってもらったことがあったと思うけど、そんなに安くなかったような……。

近所ならヤマダ電機の方が安かった印象。

映画館では毎年ポケモンドラえもん映画を見ていた。

それから子供の頃の町内会イベントMrインクレディブルをここで見たのを覚えている。

TOHOシネマズは既にあったと思うけど、ワーナーマイカルの方で見ていたかな。

今じゃもっぱらTOHOなのにね。

でも何年か前にヤマノススメ特別上映かなんかがやっていて見に行った。

去年だと海がきこえるリバイバル上映を見に行った。

ワーナーは二ッチを攻めていてたまに利用したくなる。

3階の本屋THE CITYだった頃よくお世話になった。

ライトノベルを初めて買ったのはここのTHE CITYだったな。

まだ実家THE CITYブックカバーがあるよ。

本屋横のベンチスペースでは友達と駄弁ったり遊戯王カードをやったりした。

ポトラッチ館も思い出深い。

今はもうないけど、あそこのスポーツ用品店中学部活で使う卓球ラケットを買った。

局部活はすぐ辞めちゃったけどね。

ゲオの横のレストラン(?)は一度くらいは入ったことがあるかな

確か窓ガラス著名人サインが飾ってなかったっけ?

ゲオでは子供の頃たくさんビデオVHS)をレンタルしたし、中学の頃はCDも借りた。

ゲームは買ったことあったっけな?

あ、これはもう大人になってからだけどスイッチはここのゲオで買ったんだった。

他にもサティに隣接しているロッテリアとか床屋とか銀だことか色々思い出あるけど、書ききれないのでこのへんで。

これだけたくさんの思い出のあるイオンがなくなるのは悲しい。

目まぐるしく変わっていく海老名でまた一つ、俺の少年時代が刻まれ場所がなくなるんだなぁ。

ニチイから数えて今年で47年になるイオン海老名店。

どうもありがとう、長い間お疲れさまでした。

Permalink |記事への反応(0) | 05:39

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2026-01-17

駅の通路エスカレーターうんこ落ちてるのって割と良くあることだと思うんだけど、あれは男と女どっちの方が多いんだろう

Permalink |記事への反応(0) | 19:05

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2026-01-15

男性アイドル明暗

オーディション企画にハマりにハマっていた。

気まぐれで視聴し始めたが、回が進むにつれオーディション参加者たちの苦悩や葛藤や成長、候補生にかける審査員の熱意と寄り添いの言葉に胸を熱くし、審査員へも参加者へも感情移入し涙した。

最新話が配信される度に毎回泣きながら見た。

最新話が更新されるまでの間は何度も繰り返し1話から見直した。努力し成長する美しい男たちの姿は何度でも泣けた。

オーディション終了後は約半年間楽しませてくれたお礼とご祝儀としてファンクラブにも入った。

そこからは怒涛の供給に次ぐ供給

雑誌CMバラエティ歌番組そして冠番組と、今ではテレビで見ない日はないほどの人気グループとなった。

今回の話は、惜しくも選考から漏れた1人が私の地元イベントに来ると知り、興味本位で覗いてみたものだ。

私はオーディション結構彼を推していた。

顔が美しい。

ダンスの良し悪しについては判断することができないが、歌は上手い。彼自身ダンスより歌に自信があったのだろうと思う。

オーディション中も音程の合わない参加者練習に付き合いピッチを合わせ、歌う必要のないダンス練習中でも彼の歌が響いていた。チームのダンスカウントを合わせたのは間違いなく彼の歌声だった。

しかし自らそれを知らしめるようなことはせず、彼の人柄の素晴らしさはオーディション後に他の参加者から特に多く語られた。

彼のオーディション結果が公開なった後すぐにソロアイドル活動を行うと発表があり、直後に開設したインスタはフォローしていた。

桜色の薄い唇をふわりと引き上げとろけるように微笑む笑顔写真も、添えられる言葉も気高く美しかった。

そんな彼が地元で行われるイベントゲストとしてやって来るらしいと知ったのは当日の朝で、出不精な私は数時間の逡巡の末、現場入りを決意した。

貴重な休日寒いし外に出るのは面倒だけど、家にいるよりは楽しいことありそう。

欲しいもの特にないが、何かを期待して新装開店セールに行くような、そんな気持ちである

会場はよく知った商業ビル特設会場

駅前の超好立地でありながらタピオカやらフルーツサンドやらフルーツ飴やら、学生向けの流行りのテナントが瞬間的に出店しすぐに撤退を繰り返すような、常に今何が入ってるのかわからないようなビルだ。そんな中に特設ステージと言われても正直ピンと来ない。

SNSを見ても会場の様子が何もわからないので、予定より少し早めに着いた。

該当フロアに近づくたびに漏れ聞こえてくる音が大きくなる。

迷うような広さの建物ではない。

エスカレーターの真裏の特設ステージを視界に捉えた私はまず一度通り過ぎ、足早にトイレ直行した。

急な便意尿意ではない。急な発汗はしているが。

一次的な避難である

便座に腰を下ろしながら、思う。

きつい。

これはきついかもしれん。


特設ステージという名の、空きテナントと空きテナントの間のスペースが衝立で区切られ、舞台が組まれ、“何か”やっている。

この“何か”は明らかに私が目的としていたイベントなのだが、なんというか、思った以上にアットホームハンドメイドDIYだ。

意を決して会場入りする。

と言っても衝立の向こう側に入るだけなのだが。

高さ50cmほどの舞台

上下の照明。

2〜30人ほどの女性の群れ。

既視感の正体は、今より景気が良かった子供の頃によく見た福引会場だ。あれによく似ている。

壇上には若い男が3人。

後で知ったがご当地アイドルらしい。この地に長く住んでるのに存在すら知らなかった。

演者と観客が軽快な音楽にあわせてコール&レスポンスしている。

きつい。

知らない曲、知らない男、ノリがわからない。

きつい。

何がきついのかわからないが、とにかく辛い。

何かから逃げ出したい気持ちのまま、ご当地アイドルの出番は終了した。

観客の1/3くらいが入れ替わる。

前方へ身を詰めた女性達がお揃いのペンライトを取り出し点灯する。

SNSで見た彼のオリジナルグッズだ。

ペンライトも持っておらず立ち振舞いがわからない私はとりあえず会場の最後尾の端に立ち、防衛本能から自然と体の前で腕を組む。そんなつもりは全く無かったが、偶然にも後方腕組み彼女面の参戦スタイルが完成してしまった。

前の方の女性たちがにわかに色めき立ち、歓声とともに、彼は登壇した。

画面越しで見るよりも色白で首が長くて顔が小さい。手足が長くて華奢だ。美しい。

喋り慣れているのだろう、臆することなく爽やかに軽快に二言三言挨拶をする。臆しているのは恐らくこの会場で私だけだ。

彼が笑顔で何かを言う度に、観客たちは笑顔で歓声をあげる。私以外の全てが笑顔だ。

彼の合図で聞いたことのないイントロが始まった。

爽やかな曲調。軽やかなステップ。歌が上手い。

だがきつい。

ずっときつい。

なんだこの感情は。

なんだかずっといたたまれない。

彼が歌い出す前から、いや登壇する前からずっといたたまれない。

なんだこれは。

なんだこの近さは。

つらい。

何がつらいのかわからない。

共感性羞恥とも違う。

つらい。

ずっと心のなかで何かを嘆き、よくわからない痛手を負いながら、イベント最後まで見届け、ぼんやりとしたまま帰宅した。

冷静に今日のことを振り返る。

つらかった。

きつかった。

何がそんなにきつかったのか?

考えた結論が、現実味距離感である


2週間ほど前。巨大な会場で、偉大な先輩たちとともに煌びやかな衣装でたくさんの照明と数万人の歓声を浴びて歌って踊る彼らを見た。

スタンド前方席で視力1.5の私でも肉眼では豆粒くらいにしか見えなかったが、それでも夢のような時間だった。

これが「人気アイドルグループとなった人たち」である

だが今日イベントは確実に現実であった。

骨身に染みるほどの現実であった。

オーディション中は横並びで、彼もそうなり得た人であったはずが、結果によって片や数万人規模、片や田舎特設ステージ無料イベントである

この現場がどちらも映像で見たものであったなら、私と彼らの距離は全て「画面越し」で同等であったはずだ。

だが実際は豆粒と等身大の差である

もちろん実際に触れ合える距離感を楽しみ、だからこそ応援したくなるというファンもいるだろう。そういう楽しみもあるだろう。

勝手にこんな気持ちになっている私の方に問題があり、本当に失礼極まりない感情である

彼が悪いわけではないし、ファンイベント非難する気もない。彼は美しかった。

私自身が「選ばれない側」「持っていない側」の人間であるため、勝手投影して勝手に落差に傷ついてしまった。

彼は尚美しく輝き、彼の望んだ活動をしているというのに。

成功とは何か、幸せとは何か、人の数だけ答えはあり、個人のそれらは他人から推し量ることはできないしするものでもない。

ならば私が願うことは、美しい微笑みが崩れることなく、いつまでも幸福であって欲しいということだけだ。

本来であれば、それ以外は全て野暮な蛇足なのだ

選ばれない持っていない私は明日もさえない仕事をして、画面のこちら側から美しい夢を愛でる。

Permalink |記事への反応(1) | 02:34

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2026-01-12

Carpe diemのカルマ

Carpe diemとは、ラテン語で「その日を摘め」。YouOnlyLive Onceを略してYOLOというのと大体同じ意味だろう。

なんで都合のいい言葉なんだろうか。その日その瞬間の感情暮らし、食べたいものを食べ行きたいところに行き、会いたい人に会ってきた自分にとって、これは自分パーソナリティを表す言葉だと思う。

私は恋愛がないと人生の色を失ってしまタイプ人間だ。私の人生全ては恋愛をするための手段過程であり、それ以外は恋愛をするための要素でしかない。恋をする上であれこれ熟考しながら相手との関係性を築ける人や、日々の暮らし100%だとして恋愛プラスアルファ20%で捉えられる人も世の中にはたくさんいるだろうが、私は違った。

その顛末はお察しの通り、地獄のように辛い別れ。

刹那的感情で動くことは一見清々しい青春カケラになったり、映画のようにドラマチックな展開を与える予感がしてしまうが、実際自分の手元に残ったものは、己の欲や願望で相手を振り回し、トキシック関係性に疑問を覚えつつも「どうにかなる」と思い込んでお互いに傷ついた思い出がほとんどだった。でも相手にも悪いところ絶対40%くらいはあったと思う。

関係の終わりは薄々察していたけど、告げられた瞬間は比喩では全くなく人生お先真っ暗という気持ち。さっきまで恋人親友家族だった人が突然消えてしまい、自分カバンを持ってくれる相手が居なくなったことが信じられず、その後もみっともなく縋ってみたり「あなた恋愛に向いてないけど、私たちはお似合いだと思う」とか言ってみたりもしたが当たり前に全て効果はなかった。

そんな恋愛を終え、特定相手も作らず先述の相手に未練を抱えたままフラフラと1年ほど過ごし、現在に至る。

今年の元旦は縁結びと名高い東京大神宮に友人とお参りに行きご飯を食べ、帰宅してからいつも通りYouTubeショート2chまとめを流し見しながら寝る予定でいた。

しかし、遭遇してしまった。

目を見ればお互いの全てが分かったあの頃に戻った気がした。

ホームを満たしている元旦の外気を吸い込み、正月気分でルンルンと帰路に着こうとエスカレーターに足を乗せる。何気なく先を見上げると、少し先には見覚えしかないカバン。何事かと理解するより先に、心臓が震えた。

この1年何よりも待ち侘びたその瞬間を待ち切れなかった、話しかけないとまた終わってしまうと直感してしまった。

夜はまだ暗い。

念のため段を上り顔を覗いてみると、家だけでしか掛けないバカみたいに目が小さくなる懐かしいメガネをして面白い顔になっているその人だった。肩に手をかけ話しかけると一瞬間を置きつつも、同じ空気、同じ喋り方、同じ声の温度で話してくれた。

「これから友達の家に泊まりに行くんだよね」「そっちは何してたの?」

突然の出来事に動悸がしていても、あまりにも変わらなさ過ぎて、お互い違う相手と過ごしてるなんて思えん!と呑気に考えていた。

今日はどこ行ってたの、何してたの、これからどこに行くの?あの日私たちがしてた会話とあまり遜色なかった気がする。変わったのは、日々を過ごす相手服装だけ。久しぶりに顔を合わせたらやっぱりこの子可愛いなって思ってくれただろうか。

元旦調子に乗って引いた3つものおみくじはどれも「過去を諦めなさい、待ちなさい」のどちらかが入っている大変信用度の高いものだった。

理性は諦めろ、心ではまだ縋りたい、挙げ句の果てに現実では含みのある再会。縁結び神社に行った直後に本当に再会してしまうなんて、やっぱり切っても切れない縁が私たちの間にはあるんじゃないのか。

でも私は知っている。友達の家じゃなくて、本当は今付き合っている人の家に向かうであろうことを分かっている。元旦23時に泊まりに行くような関係性の友人はそう居ないだろうし、友達と少し濁したのは私にまだ気があるのでも優しさでも何でもなく、元カノとの遭遇というあまり気持ちのいいものではないその場を円滑に流すため咄嗟に出た言葉であろうことも想像がつく。

改札の手前での別れ際に、辛気臭く「元気でね」なんて言いたくないし、「バイバイ」だけだとあっさり過ぎるかなと思い「じゃあ、お疲れ様です」と言ってみた。返ってきたのは「じゃあ、また」。また、という言葉にも特に何の意味もないことはわかっている。

Carpe diemに乗っかり過ぎて、自分の摘みたいものだけ摘み、大切な人の摘んではいけないもの盲目的に摘んでいたことに後戻りできないタイミングで気付いてしまった。都合のいいように全てを解釈し、それだけを見るのは瞬間風速的に心地よいが、回り回って戻ってきたものは、酷く悲しい再会の残響だった。

今年こそは肩の力を抜き、手放せる1年にしようと思う。

P.S.

本当に沢山の学びと愛を与えてくれた相手でした。もう会うことは多分ないだろうけど、お元気で。

みんなはちゃんと人を想いやって生きよう。

Permalink |記事への反応(0) | 08:03

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2026-01-11

娘の教育方針で迷っている

自分中学受験をして、そこから中高大とエスカレーター式で登ってきた。妻も中学受験をして中高一貫なので自然と娘(6歳)にも同じ道を歩んで欲しいと思って中学受験の準備を始めようとしている。

自分の親は賛成してくれたのだが、妻の親がいい顔をしない。

自分の娘に中学受験をさせておいて、孫の中学受験にはなんで反対するんだと思ったが、どうやら妻の妹が原因らしい。

というのも義実家は義妹に対して中学受験させ高校短期留学させたり、大学海外大行かせたりと多額の教育費を費やしたが、大学卒業後すぐに現地人と結婚して専業主婦で、全く帰省とか連絡していなくて、たまに金の無心が来るだけなので「女の子教育させても無駄」って考えに至ってるとのこと。義妹が海外在住で結婚式に参加できないって話は聞いていたのだが、なんで海外にいるのかの詳しい経緯は初耳だった。

その話を聞くと女の子教育させても…って思ってしまってどうしてもやる気が起きない。ひどい話を聞いてしまったもんだ。

Permalink |記事への反応(0) | 12:00

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2026-01-09

エスカレーターすべり台代わりにして遊ばない

今年の目標ね、これ

Permalink |記事への反応(0) | 10:49

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2026-01-08

今日電車降りた後前のやつがイヤホン歩きスマホうつむいてちんたら歩いててすげぇ邪魔

何やってんだとエスカレーターの折り返しのところでチラッと見たらホーム画面だった

Permalink |記事への反応(0) | 09:28

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2026-01-07

死亡事故が起きたスノーエスカレーター

ただでさえ売り上げ無いのに設備メンテなんか出来ないよな。老朽化心配近いうちにゴンドラ落下事故も起きると思う。

Permalink |記事への反応(0) | 15:04

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2026-01-04

anond:20260104220322

自分の周りにいたSAPIX通いで宿題を親が厳格に管理してた家庭のガキ、大学受験はみんなことごとく失敗してるイメージしかない。勉強大嫌いで自己管理が出来ない奴ばっかだった。

私立大学付属の中高なら中受受かっちゃえば大学までエスカレーターで進学できるから確約されたも同然だけど、大学付属じゃないところだと当然だけど大学受験しなきゃいけないぞ?

高校付属だろうからそのまま進学して、高校受験を経験しないまま大学受験勝負することになるわけだ。名門だろうと落ちぶれる奴は落ちぶれてFラン大学行くやつもざらにいるよ。

Permalink |記事への反応(1) | 22:27

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2025-12-31

偏差値の低い私立中学校に入るメリットはあるのか?

 twitter(X)ではSAPIXから私立中学校に入ってその後が云々みたいなツイートがよくバズっていますが、その際に言及されるのは御三家といった一流私立中学です。

しか日能研偏差値30-40くらいの誰も名前も知らないような私立中学について触れられることはあまりありません。

ではそのような所に進学するメリットデメリットは何でしょうか?実体験を元に書いていこうと思います

*筆者は2015年入学して21年に卒業しております

メリット

1.高校受験回避andモラトリアムには最適

 私立中学はほとんどが中高一貫であり、エスカレーター式で高校へ進学できます。要は高校受験に向けて必死勉強する必要はなく、内申点についても考えなくていいわけですから教員の顔色を伺いながら生活する必要もないわけです。

これは私のような目立たない無気力人間からしたら非常にありがたかったですし、もしも公立中学校に進んで高校受験をしていたらその時点でドロップアウトしていた可能性が非常に高いです。

2.施設が充実している

 私立偏差値に関わらず施設が充実しているところがほとんどです。公立にはないような充実した施設で伸び伸びした学校生活を送れます

デメリット

1.カリキュラム公立中学校と変わらないか少し早いくら

 中高一貫校のカリキュラムといえば公立より早く進み、大学受験に有利になるように組まれていると皆さん思っているでしょう。しか偏差値の低い中学そもそも中学受験でやった勉強の基礎が身についていない前提で

授業をするので結局公立と同じペースで学習することになります

2.生徒の質が低いので授業によっては荒れる。

 偏差値の低い私立中に通う最大のデメリットはこれですね。公立より高い質の授業を受けるために高い学費を払うわけですが、残念ながら民度学費ではなく偏差値で決まります

自分学校には授業中頻繁に立ち歩いたり、授業妨害レベルでずっと騒ぐ人がいました。しかもそういう人たちはいわゆる発達系の自分コントロールするのが難しいタイプではなく、バリバリ運動部人間で、舐めた態度をとっても大丈夫教員

選んで授業妨害をしているわけです。最近底辺層無気力化が起こっているようで、もしかたらこのようなことは徐々になくなっていくかもしれません。

ただ誤解しないでほしいのは先生の質や授業そのものの質はそこまで悪くないです。しかし生徒の妨害によりその恩恵を受けられないことが多々発生します。

3.高校受験が無いため怠ける

 中高一貫高校受験がないので、部活余暇活動勢力を出し、そちらで結果を残せるのではと考える人もいるでしょう。しかし実際はスマホに明け暮れて怠ける人がほとんどです。

あと学業面であまり競争が発生しないせいか、親に買ってもらったものマウントを取り合っている集団もいました。

また定期テストでは点数が取れるもの模試の結果は悲惨もので、偏差値40台がボリュームゾーンでした。

4. 進学先はかなり格差がある。

 大学受験を見据えて、中高一貫校に通わせたいと考える人は多いと思います。実際の進学の傾向は以下の通りです。

まず、難関大学合格できるのは、学年でも上位5%前後に限られますそもそも推薦入試希望する生徒が多く、一般受験で挑むのは学年の半数程度というケースも珍しくありません。

中高一貫校に行ったのだから、最低でもMARCH」という期待を抱く人もいるかもしれませんが、現実には、一般受験では日東駒専レベルでも合否が不安定な生徒が少なから存在します。

一方で、中堅大学指定校推薦枠は比較的多く用意されています。そのため、指定校の中から無難な進学先を選ぶ生徒が多いのも事実です。具体的には、和光大学玉川大学といった、学費がやや高めの中堅大学へ進学するケースが目立ちました。

さらに下位層になると、専門学校へ進学する生徒もいます。彼らを見ていると、極端に成績が悪かったわけではなく、入学当初からなんとなく6年間を過ごし、高校3年生になって「とりあえず行けるところ」を選んだ結果、そうした進路に落ち着いたという印象です。

要するに、中学受験と同じ轍を踏んでしまっている人が多いとも言えます中学受験では努力したもの調子が振るわず不本意入学となった人を除き、日常的に勉強する習慣が身についていない生徒が多く、

上位大学を目指すにはどこかの段階で本人が意識を大きく変える必要がありますしかし、その意識改革を実際に成し遂げられる人は少数です。

 その他、学校の評判に関しては意外と保護者からはいい傾向にあります。それは保護者自身が実際通ったわけではないのと、仮に子ども学校生活に対して不満を抱いていたとしても、それをそのまま認めてしまうと、これまで支払ってきた学費が「無駄だった」と認めることにもなりかねません。

そのため、無意識のうちに学校肯定的評価せざるを得ないのではないか個人的には考えてます

 ざっとこんな感じですが、言いたいことを短くまとめると

モラトリアムとして、または高校受験をしたら間違いなくドロップアウトする人のセーフティネットとして、なら行く価値はあるでしょう。しかし生徒の質や進学先には期待できない。といった感じです。

Permalink |記事への反応(1) | 01:18

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2025-12-30

エスカレーターに2列で並ぶモチベってある?

たまに突進してくるヤバい奴とかいるじゃん

そういう奴からまれリスクを取ってまで2列で並ぶモチベがない

Permalink |記事への反応(2) | 11:08

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