
はてなキーワード:イノセンスとは
久々に風邪をひいた。
確かに、少しだけいつもより忙しくしていた1週間だったが、
毎日6時間以上の睡眠は確保していたのに何故発熱するほどの風邪をひいたのか。
男性もパートナーと支えあって生きていくために生理についての知識を持とう、となっているのではないかと思っている。
しかし、生理については個人差が大きすぎて、悩んでいたとしてもなかなか相談できないのが実情ではないか。
「生理前だから眠気ヤバいんだよね」、「生理前食欲止まらない」etc……
そして、生理痛がつらそうな子に痛み止めをあげたり、カイロをあげたりは学生時代よく見た光景だ。
そういったうっすらとした多くの人が抱える悩みについては話せるが、
もっと細かい、そして深刻な生理にまつわる悩みって話しにくいと思う。
学生時代、生理前辛い~~~ってなっていた矢先に出会ったエヴァのアスカのセリフに私は大共感し、心の支えとなった。
「女だからって、なんでこんな目に遭わなきゃいけないのよ。子供なんて絶対いらないのに!」
ほんっとうにその通り!なんで月1回以上もこの煩わしさの相手をしないといけないの!!ってイライラする。
このセリフについて調べると、成人男性の気持ち悪い掲示板や、無知を通り越した無知の知恵袋にしか行きつかなくて
(他のブログなどももちろんあるけれど、私の気持ちを代弁するようなものはない)
似たようなことで困っている女の子に届けばいいなぁと思ってこれを書く。
私は生理自体は軽い。生理痛がない時もあるし、あっても薬を飲めば問題ない。
動けないくらいの痛みも経験ないわけではないが、あっても短時間で消え去る。
一方、PMSが酷い。
希死念慮を抱えながら、一日中同じアルバムをループ再生し、ベッドで涙を流し続ける。
満腹じゃないと落ち着かず、腹八分目くらいの状態になったら菓子パンを買いにコンビニへ。
尋常じゃない睡魔で、雨の日と被った時には、大学の構内をほぼ寝ながら歩いていた。
そして頭痛もひどく、生理前の頭痛がストレスとなって生理が遅れる始末。
もちろん、痛み止めは飲んでいるが、その場しのぎにしかならない。
そして、生理周期が3週間となっていたため、婦人科に行って低用量ピルを飲み始めた。
(生理周期が3週間→うち1週間弱は生理、PMSが生理前約10日間だったので、1か月で元気な時って何日!?って話だ。)
泣いて動けないことはないし、お菓子も通常の範囲内で済んでいるし、仕事中に寝ることもない。
生理の時は鈍い痛みが少しだけあるし、自分なんて......と家に帰って気が滅入って泣くこともあるし、
そして何より免疫力が落ちるので、口内炎やニキビに悩まされる。風邪もひいた。
また、処方してもらうため3か月に1度は医者に行き、半年~1年に1度血液検査をし、生理のたびにナプキンを買う。
子どもを産むための器官が私にストレスを与えてくる。子どもなんていらないのに。
私は性別関係なく社会に生きる一人の"人間"として生きていきたいだけのに、
少しずつ、生理が原因で、心がすり減っていく。
(男性も生きていく中で、男性だからこそ感じているストレスがあるであろうことは十分承知で、
しかもそのことを女性である私は想像して理解して実感することは絶対にできないということはわかっています。
そして、女性の方がつらい・男性の方がつらい、といった話にはしたくないですし、できないと思っています。
というか、これってアスカが男性になりたいっていう話でもないと思うんですよね。私もしかりですが。)
ちょっと話がずれたが、私以外にも、生理やPMSで苦しんでいる人、なんでこんな目にって思っている人は絶対にいると思っていて、
そんな人たちに、症状自体を違うと思うけど、1人じゃないよって伝わればいいな。
そしてアスカのあのセリフにたいしてにちゃにちゃ言う奴らは滅んでほしい。
最後に補足:
このセリフに至るまでのアスカの親子関係等はすっ飛ばしている。
というのが主な理由なんだろうけれど、それだけではないと思う。
あの映画を見たあとになんだかスッキリしないというか、どこか消化できていない何かが残る理由。
というのがよくわからないところだと思う。
少佐は最後に「行くわ」とつれなく片思いの男を置き去りにして、
「向こう側の世界」へと帰っていく。
だが、その時こうもいう
「バトー忘れないで。あなたがネットに繋がっているときいつも私がそばにいるということを」
!
ってことだよね。
これはどういうことなのか?
そこがハッキリとわからない。
そもそも少佐がそんなふうに宣言しなくても少佐がバトーにつきっきりなのはわかっている。
バトーはこの映画の中で3度窮地に立たされるが、その3度ともすかさず少佐が助けの手を伸ばすのだ。
それを考えていくと結局、適当な言葉は「相棒、バディ」ということになるのだろう。
いよいよバトーが単独で敵の本拠に殴り込みをかけるという場面になると自らの一部を物理的存在にダウンロードしてバトーとともに戦う。
いや、それも本当にバトーが誰の助けも得られなくなってからだ。
途中までは新しい「バディ」のトグサがバトーをバックアップしている。
しかし、そのバックアップを敵が阻止して、バトーが単騎になるといよいよ少佐はバトーの元へ駆けつける。
バディとして。
ふたりは友達でも恋人でもないバディなのだから役目が終われば少佐は帰っていくのだ。
「いま幸福なのか?」
と聞かれて
もはや幸福とか不幸とかそのようなことを感じる存在ではないのだ。
そういった存在と恋人になるためにはバトーも人を超越しなければならないだろう。
その方法はある。
少佐と人形遣いがそうしたようにバトーも少佐と融合すればいいのだ。
そうすれば二人は溶け合ってひとつになり永遠に離れることはない。
GHOST IN THE SHELLで人形遣いと融合したあとに少佐は言う。
「ここには少佐と呼ばれた人間も人形遣いと呼ばれた存在もいない」と。
そして、それはバトーの愛もまた消えるということだ。
その喪失感に耐えることが出来なくなる日が来るのかもしれない。
すぐそばにいて、いつもかたときも離れない、なのに触れることは出来ない向こう側へと失踪した片思いの相手。
まるで指輪所持者たちがその喪失感から苛まされる苦しみに耐えきれなくなり、はるか西の約束された大地へと旅立っていくように
ここ1年で初めてはてなブックマーク日毎の総合人気エントリ入りしたドメインからのホットエントリ、ブクマ数順トップ30
| ブクマ数 | タイトル | ドメイン |
|---|---|---|
| 2212 | 声明文 -脳外科医竹田くん | dr-takeda.hatenablog.com |
| 1409 | KyotoU Channel | www.channel.pr.kyoto-u.ac.jp |
| 1393 | DeNA南場智子が語る「AI時代の会社経営と成長戦略」全文書き起こし |フルスイングbyDeNA | fullswing.dena.com |
| 1294 | 子供の不機嫌への対処法 -感情の考察、日常の幸福 | kosakimomo.hatenablog.com |
| 865 | 中国で失踪 | safeguarddefenders.com |
| 822 | トップページ|オウム真理教問題デジタルアーカイブ | www.moj.go.jp |
| 817 | 僕のタスク管理2025年版:ChatGPTとNotionでいい感じに毎日を過ごす | mozlog | kannnonn.com |
| 750 | SNSで規制すべきは組織的な書き込み - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記 | kawango.hatenablog.com |
| 665 | まだ人間が議事録書いてるの?日本語特化の文字起こしAI『kotoba-whisper-v2.0』がスゴいらしい | data.wingarc.com |
| 659 | 海外「日本人は深煎りコーヒーを好む」日本独自のコーヒー文化に対する海外の反応 : すらるど -海外の反応 | sow.blog.jp |
| 639 | 自分のOSSのマルウェア入り偽物を作られたので通報した - 酒日記はてな支店 | sfujiwara.hatenablog.com |
| 591 | 球団からのお知らせ | www.yakult-swallows.co.jp |
| 563 | NHKシステム開発・移行中断の件について | jp.newsroom.ibm.com |
| 528 | 突然Yahoo!IDが停止されてeBookJapanも利用不可になった件 -Privatter | privatter.net |
| 499 | 押井守監督が20年目の“今だから”語れる「イノセンス」の真実 そして本作を“今”劇場で観る意義とは? | anime.eiga.com |
| 481 | 「うちの鍋は、もうこれだけでいいよ!」夫に言わしめた鍋は「2つの調味料」を入れるだけ。締めラーメンまで絶品 | kufura(クフラ)小学館公式 | kufura.jp |
| 474 | 当社に対する訴訟の提起について |重要なお知らせ |株式会社サンリオ | corporate.sanrio.co.jp |
| 470 | NOT AHOTELのビジネスモデル - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記 | kawango.hatenablog.com |
| 464 | なぜあなたのウェブサイトは遅いのか | mizchi-20250213-devsumi.pages.dev |
| 457 | map / filter などの高階関数よりも古典的な for文の方が読みやすいと感じるあなたへ | gakuzzzz.github.io |
| 426 | 生成AI時代の音声入力ツール:SuperWhisperのすすめ - うみのーと | umiyosh.hatenablog.com |
| 420 | 音楽の新陳代謝が止まって「ダサい」がなくなったことの功罪 - 森の掟 | guatarro.hatenablog.com |
| 414 | Rustで進化するPayPayのスケーラビリティ | blog.paypay.ne.jp |
| 407 | マキネッタ、完全に理解した - ちなみに | blog.nishimu.land |
| 370 | 【動画】田代まさしさん「覚醒剤はフジテレビのあるADから『いいのありますよ』と誘われた」 | sn-jp.com |
| 369 | 死神 -ヤマシタトモコ /死神 | OURFEEL(アワフィール) | ourfeel.jp |
| 345 | 【トラブル】成田空港会社が契約終了を警告、「みんなで大家さん」に借地リスク浮上 | nfm.nikkeibp.co.jp |
| 344 | NotebookLMWeb Importer -ChromeWeb Store | chromewebstore.google.com |
| 319 | draw.ioでレイヤーを使ったらAWS構成図が捗ったお話 | tech.anti-pattern.co.jp |
| 313 | SQL道場 -SQLの実践的な学習サイト | sql-dojo.com |
士郎正宗の原作の改変ポイントで一番大きいのはバトーの設定だよな。
士郎正宗の原作ではバトーは少佐への恋愛感情ってなかったよな?
それがGHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊では当たり前のようにバトーは少佐に恋していて、
イノセンスでは映画丸ごと一本使ってバトーの少佐への純愛を描いている。
あなたがネットと繋がってるときにはいつも私がそばにいることを忘れないで
なんてことを言っている。
これはなかなかキツイ台詞だと思う。セックスさせる気もないくせして。
というかなんで純愛なんだろう?
あれか?
という世界観で出来上がっているということか?
士郎正宗の原作ではサイバー世界で少佐は感度を最高に高めるプログラム(ドラッグのようなもの)を注入しながらセックスをして、その疑似体験を闇で高額で売りさばいたりしている。
しかし、イノセンスの世界ではそのようなものは存在しないのかもしれない。
などと、勝手な妄想を、イノセンスを見たあと考えたりしていた。
むしろ20年寝かしたほうがより面白く感じられる映画だと思う。
これは見るほうが20年の歳月を経てすっかりオッサンになってしまったからだと思う。
若者がオッサンの純愛を見るよりも、オッサンがオッサンの純愛を見るほうがより感じるものは多いだろう。
CGを使った映画はその先進性ゆえに年月により劣化して陳腐さが際立つケースもあるがイノセンスに限ってそのような部分はない。
ただ但し書きしなければいけないのは、当時ですら、これはちょっとCGの使い方として陳腐じゃない?
と指摘された箇所が複数あるということだ。
例えば、ボートハウスの蔵書。同じ形の本がズラッと書棚に並んでいる姿に、CGで手抜きをしているという指摘が当時もあった。
インテリアとしての本でありひとつの統一性を保たせるためにわざとこのような本棚になっているのを再現しているのだ。
おそらくは我々が抱く違和感のようなものはすべてそれは受け手側の無知ゆえに感じる違和感なのである。
そして意外に忘れていない。
GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊 に比べると随分と地味な印象がある作品だから、
すっかりと内容なんて忘れていると思っていたがしっかりと覚えている。
このへんは複雑なようでいてストーリーラインがシンプルでわかりやすい押井映画の真骨頂なのかもしれない。
そして、これぞ押井映画の真骨頂だと感じて、そして自らの行為に驚いたことがもう一つ。
いや、もちろん長くは寝てない。
時間にして2秒とか3秒とかだと思う。
イノセンス、面白えええなあ、と思いながら見ているオッサンすら一瞬とは言え、眠くさせるというのは、これぞ押井守の映画の真骨頂だな、と映画見ていて笑いそうになってしまった。
ちなみに眠りそうになったシーンは検死解剖のシーンとデジタルねぶた祭のシーン。
そうしないと映画にならない、という固い信念を持っているらしい。
と話がズレるけれど、これはAKIRAとか見たあとには、そうだよな!と実感を持ったりする。
AKIRAってもうこれは海外クリエイターに絶大な影響を与えた金字塔のようなアニメーションなんだけど、
全編ハイテンションでおおすげえええ、って思うシーンの連続なんだけど、見終わったあとになぜか?何も残らない不可思議な映画なんだよな。
なんか、ああすごかったねえ、ああ疲れた、ってなんかジェットコースターを一回乗りおわったあとみたいな感覚しか残らない。
それは多分、あの映画にダレ場がないせいなんだろうな、全編ハイテンションのものすごい勢いで突っ切る映画故に、見終わったあとに爽快感と疲労感だけが残って映画そのものは残らない。
芸術家が自分の特徴となる独特のスタイルを発展させると、そのスタイルが最も凝縮され洗練された形に達する点に到達することがよくあります。
この集大成の時点は、しばしば創造的な転換点となり、その後彼らの作品は新しい方向性を取るようになります。
押井守の「イノセンス」(2004年)は、彼の初期作品から発展してきた哲学的アニメ作品の美学の頂点を表しています。
現在、前作「GHOST IN THE SHELL /攻殻機動隊」と共に4Kリマスター版の劇場公開で20周年を迎えた「イノセンス」は、
—人間と機械の境界、意識の本質、そして技術的な世界における魂—
を最も凝縮された形で蒸留している点です。
映画の美しくも疎外感を与える視覚効果や濃密な哲学的参照は、同じフレームワークの中ではこれ以上進化できないところまで彼の特徴的なスタイルを押し進めました。
「スプートニクの恋人」(1999年)も同様に、村上の主題的関心を最も結晶化した形で表現しています。
小説は馴染み深い村上のテンプレートに従っています:男性の語り手(「僕」)、彼の片思いの女性、そして現実と自己についての疑問へと導く謎の『失踪』。
この小説には村上の典型的な要素—孤独、謎めいた失踪、片思い、そして現実の曖昧化—が全て、ほとんど自己参照的とも言えるほど凝縮された形で描かれています。
タイトル自体が村上の孤独への関心を反映しています;「スプートニク」はロシア語で「旅の同伴者」を意味しますが、衛星は一人で旅をします。
それはまさに彼の登場人物たちが、互いに隣り合いながらも分離されて人生を進んでいくようです。
「機動戦士Vガンダム」(1993-1994)は、クリエイターが確立したスタイルを限界点まで押し進めた最も劇的な例を表しているかもしれません。
当初は子供向けの「楽しいロボットアニメ」として構想されたこのシリーズは、代わりにガンダムシリーズの中で最も暗い作品の一つとなりました。
スポンサーからのプレッシャーと強制的な変更に直面した富野は、観客の期待を完全に打ち破るよう設計されたかのような、非常に暗く妥協のない作品を作ることで応じました。
このシリーズは前例のないレベルのキャラクターの死と深く悲観的な世界観を特徴とし、富野自身も後に「Vでガンダムを本当に破壊したかった」と認めています。
この意図的な極端さは富野の一つの創造的段階の終わりを示し、その後の作品では新しいアプローチが必要となりました。
「千と千尋の神隠し」(2001年)は、「となりのトトロ」「魔女の宅急便」「もののけ姫」などを通じて発展してきた宮崎のテーマ的・視覚的な物語の集大成を表しています。
その細部まで行き届いた精神世界、成長物語、環境テーマ、そして強い女性主人公を持つこの作品は、観客が「宮崎映画」に期待するようになったすべてを統合しています。
日本で最も興行収入の高い映画となり、アカデミー賞を受賞するという前例のない成功は、実際、宮崎にとってジレンマを生み出しました。
彼のそれまでの傑作の複雑な世界構築とは異なる物語の語り方を受け入れました。
これらのクリエイターを結びつけるのは、彼らが集大成の地点に達したというだけでなく、この集大成が創造的な再生を必要としたという点です。
「イノセンス」の後、押井は「スカイ・クロラ」のような作品に移り、依然として哲学的でありながらも、異なる視覚的・物語的アプローチを取りました。
宮崎の「ポニョ」は、それまでの作品よりも意図的に単純で、より子供らしい美学を取り入れました。
富野の「Vガンダム」以降の作品は、トーンとアプローチの顕著な変化を示しました。
このパターンは創造的進化について深遠なことを明らかにしています—芸術家は時に、本当に新境地を開く前に、一つのスタイルの可能性を使い果たす必要があるということです。
彼らの特徴的なアプローチを論理的な極限まで押し進めることで、これらのクリエイターは本質的に、別の創造的章を開く前に一つの創造的章を閉じたのです。
アーティストの「特徴的なスタイル」を構成するものについての我々の認識は、避けられなくその作品に出会った時期によって形作られます。
これらのクリエイターをスタイルの転換点の後に発見した人々は、何が「押井的」または「宮崎的」な作品を構成するかについて、全く異なる概念を持つかもしれません。
この時間的な視点は、芸術的アイデンティティが静的ではなく進化するものであり、特定の作品がその進化における重要な変曲点として機能していることを思い出させます。
ここで説明された現象は普遍的ではありません—すべてのクリエイターがそのような劇的な集大成の地点やその後の転換を経験するわけではありません。
それにもかかわらず、これらの例は創造的発展における興味深いパターンを示しています。そこでは芸術家が真に新たな始まりを迎える前に、確立されたスタイルをその究極の結論まで持っていく必要があることがあります。
何言ってんの?
イノセンスはその前のミニパト、その後のパトレイバーTNGと変わらないスタイルで、言いたいことを表現するためだけに舞台を借りて作品にしただけのもんだろ。
そういう意味では、村上春樹のスプートニクの恋人と同種の作品と言える。
そういう意味では、富野由悠季の機動戦士Vガンダムと同種の作品と言える。
そういう意味では、宮崎駿の千と千尋の神隠しと同種の作品と言える。
その作家はそのひとつのスタイルを用いて、多数の作品を作り上げていく。
そうしているうちに、好むと好まざるとに関わらず、そのひとつのスタイルの極地に至る作品を作り上げることがある。
あるいは、そうしているうちに、意識的無意識的には関わらず、その一つのスタイルの極地に至る作品を作り上げることがある。
そのひとつのスタイルの極地に達すると、その作家は、ひとつのアガリを迎える。
その作家は、次の作品からは、それまでのスタイルと同じものを作れなくなるor作らなくなる。
最早、セルフパロディーか?と言いたくなるほどに
ただ、ここでいう村上春樹的、押井守的というのは、その当時の、という但し書きがつく。
今現在の我々は、それぞれの作家が当時持っていたスタイルから脱却した姿をすでに知っているので
現在の我々が抱く、押井守的、村上春樹的は、その当時のものとは大きく違っていて当たり前だ。
それはともかく、当時そのように凝縮されたそれぞれの作家性を生み出した二人は、
その次作ではそれまでの作品とは、違ったものを作り上げていくようになる。
富野由悠季のVガンダムは、富野由悠季という作家のひとつの極致の作品であったといえる。
これ以後、富野由悠季の作品はそれまでのスタイルとは変化を迎えることになる。
宮崎駿という作家が作り出した数々の映画のひとつの極致の作品だ。
彼の以後の作品は、それまでの作品の発展系とは異なる道を歩む。
ポニョなどはここまでの説明をハッキリとわかりやすくしてくれる好例だ。
それまで追求してきた宮崎ジブリアニメ的なものから袂を分かつ作品となっている。
押井守もイノセンスのあとは、劇場版のパトレイバーから発展していった系譜とは違う道へと歩むこととなった。
スカイ・クロラなども、ポニョ同様にかなりハッキリ違っているのだが、そうは感じない人もいるのは知っている。
イノセンスの4Kリマスター観てきてさ。やっぱり凄いなあ!大好きだなあ!てなってさ。
押井守には、もう一本でいいからこういう大作撮ってほしいなあと思うんだよね。まだぜんぜん元気そうだし。
わりと最近の小粒な実写(「東京無国籍少女」「血ぃともだち」)あたりもまあ好きだけど、やっぱりアニメかCGバリバリの大作が観たいよね。「ガルムウォーズ」は結構予算かけてたらしいんだけど話題になってない……
押井も何もしてないわけじゃなくて、NETFLIXでポン・ジュノ監督の「オクジャ」のアニメ版を作る企画があったけど(一年くらい準備したらしい)、駄目になったりしてる。もったいない。あと夢枕獏の「キマイラ」をやるって話もあったけど音沙汰ないしな……
昨日さ、『イノセンス』見に行ったんだよ。名作だし、久々に映画館で味わおうと思って。で、上映始まったらさ、隣の席からすげえ臭いが漂ってきて。見たら、ホームレスみたいな悪臭漂わせたおっさんが、堂々と酒飲んでんの。マジかよ、キレそうになったわ。音立ててちびちび飲んでるし、時々「ふぅ…」とかため息ついてんの。いや、お前、家でやれよって。
でもさ、映画見てるうちに、なんか怒りより虚しさが湧いてきた。『イノセンス』って、登場人物みんな妙に老けてて、枯れた感じが漂ってるじゃん?で、ふと思ったわけ。俺らだって、今は「健康です」「オタク趣味あります」って元気に主張してるけど、結局ああなるんじゃね?仕事も趣味も金もなくなって、昔の映画見に来て、安酒すすって「昔は良かった…」とか呟くような、みっともないジジイにさ。
映画の内容もなんか「諸行無常」って感じで、死に向かう寂しさみたいなのがずっと頭に残ってて。隣のおっさん見てると、なおさら「ああ、これが現実か」って突きつけられた気分。ぶっちゃけ、今アニメやゲームでキャッキャしてる若いオタクたちも、20年後にはこうなる可能性あるよな。俺も含めてさ。
まぁでも、そのおっさん、上映終わったらフラフラ立ち上がって出てったけど、なぜか憎めなかったわ。映画と一緒に、妙にしみじみした気分だけ残った。人生って、こんなもんかね。お前らも気をつけろよ、酒飲みすぎんな。
これはおそらく私のことだと思います。
この度は皆様にご迷惑をおかけして誠に申し訳ありませんでした。
皆様の映画体験を非常に不愉快にしてしまったこと謝罪いたします。
普段、外出は極力避けること、ましてや映画館のような閉鎖空間には出かけないことを自分自身に対する決まり事として固く決めています。
ただ押井先生のイノセンスが再び劇場で公開されるとのニュースを聞き、居ても立っても居られない気持ちになりました。
私は、当時イノセンスが初めて劇場で公開されたときも同じ病気を発症しており、映画館に行くことは避けておりました。
ただ、後にBDなどでイノセンスを鑑賞するに及び、この素晴らしい映像を映画館で見れたならどれだけ素晴らしかっただろうか、という思いを強く抱くようになりました。
ましてや今回は押井先生が仰るところでは、公開時にすら再現できていなかった映像クオリティに仕上がっているとの情報を聞くに及び、自らの理性の箍がハズレてしまっていることに気づかぬまま無謀な行動に走ってしまったこと慚愧に耐えません。
誠に申し訳ありませんでした。
また映画の鑑賞中、周りの方々が私の体臭に不快感を感じられている様子にも気づいておりました。
しかし、長い間の夢であった押井先生の映画を劇場で実際に見るという体験を放棄することが出来ませんでした。
しかし、これは自分自身への甘えであったと、元増田様の文章を読んで深く反省しております。
私にとって押井先生のイノセンスが大切なように皆様にとっても大切なものであるということを考えればそれは許される行為ではありませんでした。
今後は二度と皆様には迷惑をかけるような行動を決してしない所存です。
誠に申し訳ありませんでした。
押井守のイノセンス、って村上春樹のスプートニクの恋人みたいなポジションになると思う。
あとひとつは?
と聞かれると困るけど、だいたいそういう感じだよね。
いや、宮崎作品だとひょっとしたらハウルの動く城になるのかな?
これもわからないな。
これもわからない。
創作者が今までの自分の創作の一つの集大成になると意識しながら作った作品ということになる
どっちも見に行くけど、どっちかだけしか見れないという縛りならイノセンスを見に行くと思う。
多分、みんなもそうじゃないかな?
このふたつをわざわざ劇場へ見に行こうと思う人達の今の感じってそうだよね、きっと。
そうそう
押井守のイノセンスって、ジョージ・ルーカスのスターウォーズエピソード1だよね。
ああそうか富野由悠季のイノセンスって伝説巨神イデオンなのかもしれない。
あの人、キャリアの初期にすでに集大成を先に作っちゃってるんだ。変人だね。
あの映像だけは桁外れにすごくて(多分あのアニメの映像表現を超えれたアニメは未だにない)
お話はすごく地味なやつ。
え?これで終わり?みたいな。
でもいまにして思えば、そもそも攻殻機動隊の続編を押井守に作らせるというのが間違いだよね。
だって、押井守の攻殻機動隊って続編が作れるようなものになってないじゃない?
あれで終わりなんだよ。
バトーを主役にして、中年のおっさんの切ない恋心を軸にして、なんやかんや、犬の映画を作ったのだ(違うか)。
それなのに攻殻機動隊2なんてタイトルにしようとしてたから、ジブリのSさんはタイトルを変えさせて、どっかから主題歌を持ってきたんだよな。
まあとにかく今となってはどれもこれもいい思い出だ。
あのころとにかく世界の押井、ということで期待感がすごかったからね。
世界に映像表現で勝負ができる唯一の日本人、みたいな期待感がすごかったから。
だからバンダイもものすごい予算を出してアヴァロンとか作らしてみたら、あれだったわけで……。
いや俺すごくアヴァロン好きなんだよね。
でも、みんなが期待してたのはあれじゃなかったよね。
なんか地味なんだよな、なんでかわかんないけど。
押井守って多分、有名な原作を改変させるのが得意な生き物なんだと思う。
土台がとてもしっかりとした原作があるじゃない?
わかりやすくいうと原作の「華」の部分が押井の「地味」さを隠すんだよ。
でも押井守がオリジナルをやると「華」がなくて「地味」というか「渋さ」ばかりが出てきて
結局は見てる人が「犬」のことした覚えてないような映画になるんだよ。
・攻殻機動隊 THEGHOST IN THE SHELL(原作漫画)
情報量が多い!コマの外にまで溢れてる。一通りアニメ見た後に読んだので、なんかキャラクターの性格が軽い感じがする。意外とギャグテイストを感じる。
・劇場版 GHOST IN THE SHELL /攻殻機動隊
サイバーパンク感満載。劇画的なディテールの細かさと、体重を感じるような作画が美しい。アーティスティックな部分と、アクションの派手さがうまいバランスで成り立ってる。シリーズ入り口はやっぱこれだわ。
・攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX(S.A.C.)
テレビ版だから作画が粗いところもあるけど、1話完結の話も色んな映画オマージュを感じられて楽しい。公安9課のメンバーそれぞれにスポットがあたるから、だんだんと彼らが好きになる。少佐ってなんだかんだ面倒見がいいし、先生みたいなところあるな。
笑い男の社会風刺的な側面も特徴的で、物語に現実感を持ち込んだのは後のシリーズにも影響が大きいのでは。
・攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG
悪役がなんか面白い男。今の時代に放送されてたら、だいぶバズりそう。ファーストシーズンよりも政治的な話を扱っていて、難民問題とか今の世の中にも通じるという意味では未来を予見してるのかも。
難解、難解とは言うけど、まぁ耐性ついてるから大丈夫だろ→初見、途中で寝てしまう… 一緒に見ていた友達も寝てた。作画がすごいのは分かる、金と時間がすごくかかってるよね、でももう少しなんというか手心を…!
・攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society(S.A.C.SSS)
よくまとまっていてバランスがいい。難解さは少なくエンタメしているので、初見がこれでもいいのかも。
・攻殻機動隊 ARISE
少佐の声がいつもと違うけど、若い頃だから違和感ないわ。むしろ好き。あと公安9課の面々も、いつもとデザイン違うけど、若いんだからそんなもんかもな。だがサイトー!お前はそんなに軽いキャラクターから寡黙な男になれたのか!?
現実的なテクノロジーの先にある未来を予感させてくれるし、一貫したテーマ性が感じられて好き。過去のシリーズへのオマージュも好きだが、やややり過ぎ…?
・攻殻機動隊 SAC_2045
3Dアニメが嫌いなわけではないんだけど、やっぱりキャラクターの表情が乏しいという点で、他の作品に比べて入り込みにくい感じがある。
ポストヒューマン、持続可能戦争とか、出てくる言葉にはすごくワクワクさせられるが、それらが何の意図でどういう背景で現れたのかという点が飛び飛びで情報開示されるので、いまいいち頭に入ってこない…
少佐はいつもより若い(幼い)デザインに見えるが、サイボーグの特権だわな
・攻殻機動隊(仮)
楽しみにしてます!