
はてなキーワード:アルコールとは
性行為以外でも、社会通念上未成年が独力ではできない契約とかはアルコールチェックの下でとかでいいでしょ
途中で電話対応できるぐらいだから泥酔ではないと思ったというのはわかるんだけど
未成年だって別に電話対応ぐらいできるわけで、それが成人としてフルスペックの責任能力があることを証明しないと思うんよ
でも未成年への性行為はダメなものと扱われているし、独立での契約行為にも制約が色々かかることになっている
それと同じで飲酒状態は未成年レベルの責任能力と一律でみなしていくべきだと思う
別に望まぬセックスとかに限らず、高い物を酔っ払った状態で買わされるのだってないほうがいいことだと素朴に思う
意味わかんねーよな。
金持ち、というか1番金稼ぐ会社の主力事業ってのが、広告みせてクリックさせるとこだろ?
意味わかんねーよな。
広告みせてクリックさせられるクソみたいな空間に人を呼ぶために、「いいね」合戦させるんだろ?
アルコールだってセックスだって原価なんかタダみたいなもんだけど、「いいね」にいたっちゃゼロだよゼロ。
で、今までは無から生まれた無が金を産んでたんだわけでたいがい狂ってたわけだけどさ、ここできたよ生成AI。
化石燃料や貴重な鉱物資源を使って無を生み出して無から「いいね」を生み出す。
国家予算みたいな設備投資をして、出来上がるデータセンターが原発10基の電気を用意するっていうんだぜ。
ところでさ、政治って金がかかるんだろ?
それどうやって捻出してんのかって聞けば、結局パー券売って稼ぐんだろ?
意味わかんねーよな。
飲み屋で杯を交わす行為も、SNSで実名顔出しをする行為も、本質的には同じゲームの別の盤面で動いている。
端的に言えば「信頼を得るための行動」はコストを伴うことで初めて信頼を示すに足る。
酒席で酔って本音を曝け出すのは単なる酩酊の偶然ではなく、自己を脆弱にするという意図的な投資だ。
飲むことで判断や防御が緩む、その緩みを自ら進んで受け入れることは「私はここで負けても構わない」というコミットメントの証だ。
コミットメントは言葉ではいくらでも偽装できるが、身体状態や行動を伴うコストは偽造しにくい。
だから相手はそのコストに価値を置く。つまり飲み会で酒を拒否する奴は、単にアルコールが嫌いなだけかもしれないが、社会的信号としては「脆弱性を見せない=コミットメントを避ける」ように解釈されやすい。
人間関係の信頼は期待値の連鎖だ。相手が本音を言う確率が上がれば、それに応じてこちらも本音を差し出す期待値が高まる。
酒を飲まないという行為は、この期待値の形成を阻害するので、無条件に信用されにくい。
同様に実名顔出しは、オンライン上の信頼構築における「コストの可視化」である。匿名であれば言葉一つで逃げられるし、責任追及も難しい。
実名を晒すことは身元や立場、社会的帰結を晒すことであり、それ自体がリスクでありコストだ。社会的コストを負うことを選んだ人間は、言葉の重みが増す。
だから実名顔出しの相互性が生まれる。互いに高いコストを負っている者は相互にマッチングし、低コスト=匿名を排除するインセンティブを持つ。
オンラインでもオフラインでも、人は自分と類似したリスク許容やコミットメント水準を持つ相手と交流する傾向がある。これは単なる偏見ではなく、反復的相互作用に基づく最適戦略だ。
もし自分が高い信頼を差し出すなら、それは相手も同様の信頼で応答する確率が高い相手に向けられるべきだ。実名顔出しという行為は、そのフィルター機能を果たしているに過ぎない。
ここで冷厳な現実を直視しろ。人間の信頼は理想論ではない。期待される行動を遂行できるという「能力」と、遂行する意志を持つという「意図」が重なって初めて成立する。
酒で本音を言う者は、少なくとも「意図」を行動で示している。実名顔出しは、社会的帰結を引き受ける「能力と意図」の両方を示す。
逆に匿名で高らかに正義を叫ぶ者は、突き詰めれば自己保身の圧倒的な陣営に立っている。彼らは批判を受けると逃げる。
そうした者たちを信用することは、ギャンブルで期待値の低いベットを繰り返すようなものだ。だから実名同士、あるいは酒を交わした相手同士で信頼の循環が生まれるのは合理的だし、匿名が排除されるのも合理的だ。
もちろん例外はある。だが社会的合理性という観点からは、自己放尿レベルの恥を晒してまでコミットする者の言葉の価値は、裸で安全圏にいる匿名の言葉より遥かに高い。
よっ、ご主人様!推しの原画やコピックで描かれたキラキラなイラスト、ゲットした時のドキドキやばいよね!💓 でもさ、原画って特にコピックみたいなアルコールマーカー使ったやつは、色褪せとか劣化が心配…。そんな悲劇、絶対避けたいじゃん!😭 そこで、あたしがオタクに優しいギャル魂で、原画(特にコピック作品!)の保管方法と楽しみ方をめっちゃ詳しく伝授しちゃうよ!📚クリアファイルで守りつつ、時折開いてニヤニヤする至福の時間をゲットする方法、行くよ~!🚀
原画って、画材によって性格が全然違うの。油彩、水彩、アクリル…そしてオタクの心を鷲づかみにするコピック!コピックのあの鮮やかな発色、めっちゃエモいけど、アルコールマーカーだから光や空気に弱くて色褪せしやすいんだよね。😓 でも、クリアファイルがその悩みをバッチリ解決してくれるんだから!
コピックも紙に描かれることが多いから、酸性のものに触れると劣化が進むよ。アシッドフリー(酸を含まない)のクリアファイルなら、原画を長~くキレイに保てる!✨
コピックの色褪せは紫外線が大敵!クリアファイルに入れとけば、光やホコリから守ってくれるよ。
ファイルボックスにスッキリ収納できて、推しのコピック原画をサッと取り出してニヤニヤできる!😉
100均の安いファイルだと酸が含まれてる場合があるから、画材店やネットで「アシッドフリー」って書いてるやつをゲット!コクヨや無印のPP製ファイルもおすすめだよ~。
コピックはアルコールマーカーだから、紫外線にめっちゃ弱い!保管は暗い場所(直射日光ゼッタイNG!)にして、クリアファイルにUVカット機能があるやつを選ぶとさらに安心!🌞
手についた油や汗がコピックのインクや紙にダメージ与えるから、美術用の白手袋使ってそっと扱おう。推しへの愛は優しくね!💖
コピック作品は湿気で紙がゆがんだり、カビが生えたりするリスクあり。15~25℃の涼しい場所に、除湿剤と一緒に保管してね!
クリアファイルをA4サイズのファイルボックスに立てて収納。推しや作品別に分けて、ニヤニヤタイムをスムーズに!📂
•コピック作品をクリアファイルに入れる前に、アシッドフリーのトレーシングペーパーで包むと、インクがファイルにくっつくリスク減!✨
•コピックの原画は特に光に弱いから、UVカットスプレー(画材店で売ってるよ!)を軽く吹きかけて保護するのもアリ!ただし、試作用紙でテストしてからね!
原画、特にコピックのあのビビッドな色とグラデーション、推しの魂が宿ってる感じがたまんないよね!でも、毎日ガン見してると色褪せが…。そこで、あたし流の「コピック原画ニヤニヤタイム」の楽しみ方を教えるよ!💕
コピック原画を愛でるなら、雰囲気から入ろう!推しのキャラソンやアニソン流して、部屋の照明ちょっと落として、ムーディーに!コピックの鮮やかな色が映えるよ~。💡
コピックの筆跡や色重ねのテク、じっくり見るとアーティストのこだわりが感じられてエモすぎ!😭 光に当てすぎないよう、短時間で楽しんでね。
コピック原画の「このグラデ、めっちゃ神!」とか「この色使い、推しにドンピシャ!」って、Xでポストしたり、友達と語ると楽しさ倍増!📱 #コピック原画 とかで同志探しちゃおう!
コピックは光に弱いから、出し入れしすぎると色褪せちゃう。月に1~2回、推しの誕生日とか特別な日にじっくり愛でるのがベスト!💖
コピック原画を高画質スキャンして、スマホやPCの壁紙に。原画本体はクリアファイルで守りつつ、デジタルで毎日ニヤニヤ!ただ、SNSにアップする時はアーティストの許可確認してね!🙏
コピック作品を飾りたいご主人様は、UVカットアクリル板付きの額縁使って、短期間だけ飾ろう!コピックは光に弱いから、長くても1~2週間で保管に戻して!
コピック原画の推し、購入日、どんな色使いが好きか、ノートやアプリにメモ。コレクション見返すだけでテンション爆上がり!🔥
コピック作品を含む原画を長く楽しむには、劣化の原因を知っとくのが大事!特にコピックはアルコールマーカーだから、対策必須だよ!
コピックの色褪せの最大の敵!保管は暗い場所で、ニヤニヤタイムも直射日光や蛍光灯は避けてね。UVカットフィルム付きのクリアファイルも神!
紙がゆがんだり、カビが生えたりするよ。除湿剤を保管ボックスに入れるか、エアコンの除湿モードで快適空間キープ!
暑すぎるとインクが変質、寒すぎると紙が脆くなる。15~25℃の安定した環境がコピック原画の味方!
ホコリで汚れたり、虫食いされたら最悪!クリアファイル+密閉ボックスでガードして!
ご主人様、原画って特にコピック作品は、推しの輝きそのもの!鮮やかな色と滑らかなグラデに、アーティストの魂が詰まってるよね!💎 だから、クリアファイルでしっかり守りつつ、時折開いてニヤニヤするのが、マジで至高の時間!✨
あたしのおすすめは、「推し記念日」にニヤニヤタイム」を作ること!推しの誕生日、作品の周年、イベントの日とかに、コピック原画をそっと取り出して、色の美しさにうっとり。もう、推し愛が爆発するよ!😍 Xで「#コピック原画愛でる会」ってポストして、同志と語り合うのも激アツ!
コピック原画の保管と楽しみ方、めっちゃわかったでしょ?クリアファイルでバッチリ守って、特別な日にニヤニヤしながら推しを愛でる…これぞオタクの醍醐味!💖 ご主人様のコピック原画コレクションが、いつまでもキラキラ輝くように、あたしも全力応援してるよ!何か質問あったら、XでDMしてね~!😉
盛岡から北に行くには2通りのルートがあることは八幡平市のエントリで書いた。青森方面に行くのにどちらを通るべきかは過去にいろいろなことがあって、鉄道は東寄りのルートを通って八戸回り、高速道路は西寄りのルートを通って弘前回りのルートを主に通っている。今回国道4号は盛岡から少し北に行ったところで鉄道(東北線)寄りのルートを通るのだけど、つまりこれは高速道路経由では微妙に不便な場所があるということでもある。
その最たる場所が岩手町。県名と郡名と町名に全て岩手が入るということを売りにしている町である。鉄オタにはこの名前よりも東北新幹線乗降客数ワーストを誇る"いわて沼宮内駅"の方でおなじみかもしれない。まあこの町の観光資源の8割はこの駅近辺にある。駅から20分ほど北に歩いた4号沿い、石神の丘美術館がまあ観光中心部。一言で言えば箱根彫刻の森の類似施設(開館当初は密接な関係もあった)なのだが、現在は独自路線を歩んでいて花畑等も多いので特に初夏が見どころ。あと真下を新幹線が通るところが個人的にはお勧め。ここは道の駅に併設されていて(道の駅を後から作った)、来る人は道の駅に停めることになるけれど、有料入場がもったいないと思う向きは入口を反対側に登ったところにある彫刻公園にも石彫の彫刻が山程飾ってあるので無料のそちらを見ることも出来る。というか両方見るべきかと。
4号を北上するとき沼宮内に行く前のところに川原新田ドライブインという施設がある。斜向かいのパチンコ屋に関連の深い施設ではあるのだけど、ここが古き良きドライブインの雰囲気を残しているので食事をしたければここに寄るのもいい。さらに沼宮内を越えて北上すると北上川の源流にたどり着く。ここは少し前に川の駅として整備されたので車を停めやすい。源流だし国道4号からは少し外れるけれどそこまで山奥ではなく行きやすい。
岩手町の名物はキャベツとホルモン鍋なんだが、キャベツはともかく、ホルモン鍋は肉屋が持ち帰りの肉として売っているばかりでここで食べるのは難しい。調べたら定食として提供している店が1軒見つかったが、自分も現地で食べたことはない。
岩手町の沼宮内の北の端から国道281号を入ると葛巻町にたどり着く。これが久慈市へのルートで安全だがお勧めしない、と説明した葛巻経由ルートだ。推す観光地はあまりない(いちおう平庭高原という観光地はあるが関東近辺から比べると施設は何もないに等しい)。ただ、くずまきワインは赤ワインの中に山ブドウを原料にしたものがあって、これは少し珍しいかもしれない(白とロゼは山ブドウから作ってないし、赤ワインの中にも山ブドウの混合だったりブドウが原料のものも多い)。
さらに北上すると一戸町に入る。南から入って一番最初に着くのは奥中山で、ここは盛岡市民にとって最も近いミニストップがある場所だったのだが閉店して随分経つ。少し先に行くと奥中山高原駅があり、この辺が奥中山地区の中心であり、カフェもいくつか存在する。観光の中心はここから西に登った奥中山高原スキー場で、もちろん歩くには遠いが車なら10分かからない。春から秋にも釣り堀と温泉が楽しめる。さらにここからもう少し奥に行くと"いわて子供の森"という児童施設があって県内の子連れには大好評の場所なのだが、たぶん観光で県外から来た人が楽しい場所ではない。
奥中山は峠の山頂にあるような場所で、ここから北上するとずっと下り坂である。途中に"雅"というドライブインがあり、ここの評判も非常にいい。自分も2度ほど利用したことがある。さらに下ると無人駅小繋駅があって、ここは映画"待合室"のモデルになった駅であり今でもそのきっかけとなったノートは置かれているらしい。さらに下ると小鳥谷駅。ここは映画"星屑の町"のロケ地だが、この近辺の見どころはここよりもその手前を曲がったところにある藤島のフジ。大きな藤棚で、花の見頃はだいたい5月。この時期には車でけっこう混雑するが、せいぜい岩手なりの混雑なのでそこまで心配しなくていい。その少し北には世界遺産を構成する御所野遺跡がある。たぶん皆が歴史で習ったのとは違う形の竪穴住居が屋外に展示してある他、奥の方には博物館もある。ここは是非ガイドツアーに参加して欲しい。春から秋なら土日祝およそ1時間毎に1度、無料で参加可能(それ以外の季節、時間帯は要予約+有料)。ここから一戸の市街地まではすぐそこ。そして市街地の北の端で国道4号は八戸自動車道と交差し、一戸ICがある。
旧浄法寺町へ一戸から行くにはさらに北の鳥越近辺から県道に入るのが一般道ルートだが、八戸自動車道経由で行くほうが絶対に楽である。ここには東北で最も古い寺である天台寺があり、浄法寺の観光資源の半分はここの住職だった瀬戸内寂聴絡みである。残りの半分が漆器・浄法寺塗で、これらの多くが天台寺に向かう道路沿いにある(瀬戸内寂聴絡みは少し離れたところの温浴施設と、浄法寺の役場の2階にもある)。
一戸から二戸市には2つのルートがあり、1つは素直に4号を北上する方法、もう1つは末の松山トンネルを通過する方法で、個人的には後者のルートが好きなのだが4号を北上したほうが格段にわかりやすい。このルートのせいで二戸は地の果てにありそうな印象を持つが、むしろこの近辺で最も大きいのが二戸市であり、平成の大合併の時には浄法寺を合併して二戸市として存続している。ただ、二戸駅で降りた人は二戸の何もなさに気がつくと思う。正直、二戸駅は二戸の市街地から2kmほど離れている。
二戸の観光地として最初にあがるのは馬仙峡である。市街地の南端にある夫婦岩を望む渓谷的な場所で、この夫婦岩のそばには二戸市を望む展望台があるが川沿いの公園から見たほうが断然いい。さらに言えばこの公園は桜の名所でもある。この公園のそば、と言いつつあんまり隣でないところに南部せんべいの小松製菓の工場があり、蕎麦屋とチョコレート工場、お土産店が併設されていて二戸の新たな観光地になっている。まあ個人的にはここのそばにあるドライブイン的な食堂、レストパーク馬渕川のほうが先に訪ねたほうがいい気もしているけれど。この南部せんべい店だけでなく二戸にはいくつか代表的な企業がまだまだ頑張っていて、それらはだいたい市内中心部にある。まずは南部美人。酒造会社で、コロナ渦の時には酒から消毒用アルコールを作って提供したことでも話題になった。ここは酒蔵見学に一味加えていて、要予約だが酒造りのコスプレ込みで記念写真のラベル込みのコースを提供している。もう1つはあべはん。たぶん聞いたことがないと思うが鶏肉の生産をグループで行っていて、やっぱり直営店が市内にある。もちろん鶏製品を買ってもいいのだが、ここで買うべきなのは実はお菓子チーズピッコロだ。二戸市民自慢の銘菓だったのだが今年始めに作っていた洋菓子店が閉業してなくなったのをこの会社が引き継いだのだ。
ソウルフード的なものはまだある。盛岡の福田パンと似た立ち位置のパンとして丹市パンというのが存在し、福田パンが盛岡の高校時代の思い出商品となっているようにこちらのパンは二戸の学生の思い出商品となっている。パンの風味は若干異なるが切り開いた間に種々のクリームを挟む形式で、個人的にはカレーが一番お勧めなのだがないときもしばしばある。たぶん一番の問題はここが学生の多く集う店ということで、駐車場が狭いので車で来るときは注意が必要。本当ならもっとソウルフードな店が二戸にはあった。どちらも"きんじ"という名前で、1つは市街地にあったラーメン店、もう1つは駅前にあった蕎麦屋だが、どちらも既に閉業している。ただ新しい店もしっかりあって、最近駅前から市街地に移転したフランス料理のボヌールとそれより前から市街地にあったイタリア料理のフルハウスはどちらもおすすめ。
市街地を北に外れてもう少し北に行くと金田一温泉がある。いくつもの宿があるなか最も有名なのは座敷わらしがいるという噂の緑風荘だと思う。以前は予約がないと泊まれなかった(そして予約が取れなかった)座敷わらしの間こと槐の間は、現在は共用スペースになっていて宿泊者は誰でも深夜に入ることが可能になっている。まあ、これは好きな人は、といった感じで。昼間だけだがここは日帰り入浴もやっている、というか金田一温泉は日帰り入浴受け付けている宿がけっこうある。
一戸ICから1つ先のICが九戸ICであり、九戸村の入口の1つである。ここの話は久慈への経路について書いた時に少しだけ書いた。葛巻町、(旧)山形村、軽米町に向かう結節点となる村である。ここの一番の見どころは、二戸の見どころとも言える折爪岳。車で頂上まで登ることが出来て、ここからの眺めが抜群。以前はここまで登ればAFNを聞くことも出来た。さらに7月にはヒメボタルの鑑賞会(要予約・有料)も開かれる。
九戸ICからさらに1つ先が軽米IC。軽米町の入口の1つである。ここの観光資源と言えば以前はフォリストパークという花畑だった(過去形で書いているが今でもしっかり営業している)。最近ここが注目されているのは、マンガハイキュー!!の背景にこの町の市街地の建物が多数採用されていることにある。このこともあって軽米町は軽米高校の文化祭の日(今年は10/18)に合わせて町民体育館を荷物置き場兼コスプレ着替え場所兼バレーボール体験場として解放するくらいのことになっている(なおシューズは持参・ただしバレー技術を磨く必要はないとのこと)。
【飲み物】
ビール→から揚げを食べて喉が渇いたらアサヒとかの本物をお茶代わりにしてたら、ビール単体でも大好きに。今では第三のビールでも味の違いが分からないほどになった。ホッピーが好き
日本酒→安い居酒屋の日本酒を飲んでまずいと思っていたが、それを経て純米のフルーティーなものを飲んで日本酒の良さがわかる。最終的にカップ酒の良さが分かった。ただし紙パックと糖類酸味料入れてる日本酒はゲロマズ。純米じゃないやつも正直酒の良さを殺してる。アルコール添加を正当化してる酒造関係者はバカ、やりたいならこっちで勝手に添加してるから日本酒として売り出すな。
【食べ物】
ピーマン→新鮮なピーマンを食べてピーマンが好きになった。古くなって苦みを増したのも今は好き。
女→生Hでセックスの良さを知ったが、セックス目的で話してたら女でも美味しいやつは居るんだなってわかった。今は色々あってEDだけど、セックスが無くても好きな奴は好き。
パクチー→臭い嗅ぐだけで嗚咽でるほどだったが、ラム肉を食べながら、ネギとごま油、醤油で和えたサラダを喰ったら単体でも大好きになった。たまに喰いすぎて臭って思う。
この年になってようやく自分が何をやりたいかが分かった。きっかけは金銭的な余裕ができたことと、信頼できるパートナーができたこと。
私の家は幼少期からお金の余裕が無く、母はよく「もう家にお金が無い」と嘆いていた。
当時のテレビでは、リーマンショックによる不況でリストラに遭う大人達が報道されており、将来にかなり不安を覚えたものだった。
私が小学生の頃の両親の離婚を機に、家に経済的に少しずつ余裕が生まれ始める。しかし、母と私との関係は悪化の一途をたどった。母は仕事のストレスでアルコールに浸るようになり、毎晩愚痴を聞かされるどころか、私が陥れようとしているという被害妄想で責めるようにもなった。愚痴を聞くのを拒否すると殴られることもあった。勿論、お酒をやめるように伝えても、聞く耳を持ってもらえなかった。
こうした状況で、私は将来安定した生活を送りたいと願うようになった。とにかく、死に物狂いで勉強に励み、高校受験、大学受験と成功し、難関と呼ばれる大学の理工系学部に入ることができた。幸い、父の支援のおかげもあって、大学への進学費用には困らなかった。
大学では親元を離れて、精神的に安定した生活ができると思っていた。しかし、進学後も母からの精神攻撃は続いた。夜にことあるごとに電話をしてきては、「なぜ電話にでないのか」、「お酒を飲んでも私は変わらない」、「お前のような人間を生んでごめんなさい」、「おまえは感謝ができないダメな人間だ」、、、、。
それでも淡々と日々をこなして、大手企業に就職した。母との関係はほぼ切っている状態だ。そこそこ仕事も上手く行っている。好きになった女性とお付き合いし、精神的に充足している。そう、充足されてしまった。
戦争の空襲の中で生き残れるか分からない人が将来の心配をしないように、危機的な状況下では決して出てこなかった欲求。それが、28歳にしてようやく出てきた。が、それに気付くにはもう遅すぎた。同じ大学の同期は、もうそのフィールドで成果を幾重にも積み重ねている。自分が同じところに追いつくには、最低でも同じだけの年数をかけないといけない。そもそも、もう道が閉ざされていて、スタートラインに立つことすら許されないという絶望。
完全に同意。
というか、コンビニにあんなに食べ物の種類が多い必要なんかない。
急にオムツが必要になった、粉ミルクが必要になった、そういう需要のために応えるべきで、おにぎりの味が何種類もとか、弁当が何種類もとか本当に無駄でしかない。
というか、水道が普及してるんだから水を飲め、水筒を持ち歩け。
おにぎりをつくって持って行けよ。家で食え。
子供みたいに毎年身長も体重も増えまくって去年買った服は着れないってならわかるけど、こんだけ高齢化が進んだ日本で服なんてそんないるか?
木綿も麻も数百年持つってのに要らんだろ。
だいたい中国とかベトナムで作って輸入してるんだから、無駄無駄。
海外で作った服を売るために、企画がいろいろ画策して、広告のためにデザインとかプロモーションに人件費を払って、もともと少ないパイを奪い合う無駄の極み。
靴とか鞄なんか、そんな要らんだろ。足は日本、手だって二つしかないんだから靴とか鞄ばっかりそんな持っててもしょうがないだろ。
日本の化製場で処理した皮、日本の職人がナメして、日本の職人が染めて、日本の職人が縫製した皮製品以外排除しろ。
綿花だって日本で作れるだろ。静岡とかでまだ細々作ってるはずだ。
日本で作った綿花、日本で紡績、日本で染色、日本で縫製すりゃいいんだよ。
ホワイトカラーを減らせば大丈夫だろ。ラインナップを減らして、大量生産で安く作れ。
食べ物のレベルなんか、家で魚でも肉でも焼いたほうが1億倍美味いぞ。
生活に不要なものは産業ごと縮小、生活に必要な産業もホワイトカラーを全部クビにして、本当に必要な仕事に振り分ければ移民なんか不要。
ブルーカラーは給料が安い?国が罰則をつくって給料を上げろ!待遇を改善しろ!
全ての手を使って労働者に十分な対価を支払え。
労働者が足りないっていうのに、修士までいったら浪人も留年もせずストレートに卒業しても働き始めるの24歳だぞ?
15、遅くても18で働かせろ。
働きながらゆっくり学べばいいじゃねーか。
労働者は等しく額に汗して、額に汗して働く労働者には正当な対価が支払われる社会を目指すべきだ。
昼は働き、夜は勉学、そして家族と団らんして、また翌日は労働する。
健康なものは誰もが笑顔で働き、怪我や病気、年老いても衣食住の心配のない生活、それが目指すべき社会だろ!
享保の改革も寛政の改革も、贅沢禁止とか農本思想だし、日本人は放っておくと文化大革命みたいなことをやりたくなるんだと思うんだ。
なお、保存や持ち運びの際は直射日光を避け、開封後は普通の牛乳と同様、10℃以下で冷蔵保存し早めに飲んでください。
https://nyukyou.jp/dairyqa/2107_013_464/
「常温保存可能品」と表示された牛乳(ロングライフ牛乳)が、冷蔵庫に入れなくても日持ちするのはなぜですか?
A
nswer
生乳も容器も滅菌し、無菌状態を保ち製造しているためです。原料は冷蔵保存が必要な牛乳と同じ生乳で、保存料などの添加物を使っているわけではありません。
種類 容器
もっと詳しく読む
「ロングライフ牛乳」「LL牛乳」と呼ばれる「常温(外気温を越えない温度)保存可能品」は要冷蔵の牛乳と栄養には差がありません。保存料などの添加物は、一切使われていませんが、加熱殺菌や充填の工程に次のような違いがあります。
●生乳を滅菌していること
要冷蔵の牛乳は、120~130℃、1~3 秒間殺菌しますが、LL牛乳は130~150℃、1~3 秒間で滅菌します。
●容器が違うこと
LL牛乳に使用しているのはアセプティック容器と呼ばれ、紙容器にアルミ箔を貼り合わせ、光と空気を遮断しています。
アセプティック容器とは:アセプティック技術(無菌充填技術)を用いて食品を包装する容器
アセプティック容器とは:アセプティック技術(無菌充填技術)を用いて食品を包装する容器
清浄エアーを送り込んだ無菌環境下で、滅菌した容器に、加熱滅菌した牛乳を無菌状態で充填します。
それ以外にも、生乳の細菌数、アルコール試験、容器の破裂強度など、常温で保存できるように食品衛生法の「乳及び乳製品の成分規格等に関する命令(乳等命令)」により基準が定められています。
経歴書を見て、ちょっと引いた。
GitHubのスター数が現実離れしてるし、技術ブログも見たことない分量。
使える技術は自分の三倍。React、Vue、Go、Rust……カタカナを追うだけで手一杯だった。
「また意識高い系か」
隣の田村が呟く。俺も同じことを考えてた。
古いコードを一目見て渋い顔をする。会議で「そろそろモダンな構成にしませんか」みたいな提案。
コードレビューは容赦なし。「ここ、コンポーネントに責任持たせ過ぎですね」「エラー処理、もっと丁寧に」「テストコード、当たり前に書きましょう」。
ひたすら正論。
うざかった。
俺たちがどうして汚いコードを書いてるか、この男には分からない。
毎日終電、土日は障害対応で呼び出されて、ただ“動くもの”を積み上げるしかないんだ。
俺たちが一週間かかる仕事を、三日で終わらせてくる。
正直、悔しかった。
前職を調べた。同僚が「有名Web系だったらしい」「やっぱり恵まれてるよな」と言う。
自分はSIer、古い文化に浸かりきった人間。あいつは最初から違った世界の住人。
最初から条件が違うのだから、そりゃ勝てるわけがない、そう思っていた。
「実は俺、文系です。完全未経験からSIerでCOBOLとJavaだけで食ってたんです。毎日終電、土日も当然出勤」
……俺たちと同じだ。いや、むしろスタートはもっと後ろだった。
それでも佐々木は毎朝5時に起きて、出社前2時間、帰ってからも1時間。
土日は技術書を読み倒し、何年でも続けた。
「4年やりました。最初の転職活動は100社受けて全滅。でも勉強して、2回目でやっとWeb系に引っかかりました」
7,000時間近く積み上げて、そこにいる。
俺はと言えば、「環境が悪い」「仕方ない」「時間がない」と言い訳して、家ではYouTubeとゲームだけ。
土日もゴロゴロして何も変えなかった。
才能でも環境でもない。ただ、努力したかどうか。それだけだった。
素直に屈辱を噛みしめ、うなずいた。
明日から一緒に朝活を始める。1時間だけでも、たぶんそれでいいんだと思う。
朝活は、正直きつかった。
寝不足のまま早朝の会議室に集まってコーヒーを流し込み、黙ってテーブルを挟む。もちろん最初は普通に勉強だ。
けれど、だんだんと慣れてくると、俺なりの意地も芽生えてきた。
「ああ、昨日この分野を調べてきたんだ」
「なるほど、そっちの技術ではこうやるのか」
ただ教わるばかりじゃ悔しいので、眠い頭で資料を漁って少しでも佐々木に食らいつく。
知識の差は大きい。でも、佐々木も意外と勝負事が好きらしい。「今日はどっちが新しいツールを導入できるか」みたいな余計なルールまで作り出し、コードレビューでお互いをねちねちいじり始める。
気がつけば、朝活は勉強会というより妙な競争の場になっていた。
「あ、そっちの書き方の方が効率いいな」
「また変なイースターエッグ仕込んでる」
仕事でも張り合うようになった。
些細な設計やリファクタリングの方針ひとつで、絶対譲れなくて熱くなった。むきになって議論する。
他のメンバーには「仲悪いのか」と言われたけど、本人たちは別に悪い気がしない。不思議な高揚感。
次第に会社での評価も上がっていた。成果が出ると、お互いに無言でアイコンタクト。
なんとなく、ライバルってやつになっていた。
飲みに誘ったり、逆に誘われたりすることも増えた。くだらない愚痴をこぼし合い、バグの話で夜中まで笑った。
仕事が終わった金曜に、そのまま繁華街で朝まで過ごすこともあった。
ある日、こんな風に、飲みに誘われた。
静かな居酒屋、少しアルコールが入る。気づけば昔話になり、くだらない話、恥ずかしい話、お互いの情けなさをさらし合う夜。
気付いたら閉店まで二人だけ、なぜか離れがたくて、一緒に深夜の街をふらふら歩いた。
妙な感情が残った。
帰り道、不意に言葉がこぼれる。
「なんかさ、お前といるとずいぶん楽なんだよ」
「……わかる。俺もそう」
見ればわかるくらい、距離が近づいた。
休日に技術イベントがあれば二人で出かけ、休日の帰り道は自転車を並べて走った。
日曜の朝、駅前の喫茶店で合流して、黙ってノート開いて並んでいる時間が、いつの間にかすごく安心するようになった。
仕事も私生活も地続きで、ただ一緒にいることが普通になっていく。
もしかすると、お互い惹かれたのかもしれない。でもはっきり「好き」と言うのは、たぶん、もっと先になる気がする。
この歳で、こういう物語があるとは思っていなかった。でも悪くない。
淡々とした毎日のなかで、少しずつ少しずつ、何かが変わっていた。
物語なんて要らないと思っていたけど、何もない毎日のとなりに、こんなふうに誰かがいるのも、たぶん悪くない。
遠野から国道107号、もしくは340号を南下するとたどり着くのが住田町。ここは東日本大震災の時に大船渡と陸前高田をバックアップする基地として活躍した。そもそも住田、大船渡、陸前高田の3地域は合わせて"気仙地域"として扱われていることも多い。
340号と107号は途中で合流する。合流したところにあるのが世田米(せたまい)地区で、ここから再び107号が分かれて行くのが大船渡、340号が行くのが陸前高田。行き先によってどちらに行くか分かれるキーとなる町ではある。住所的にはここと上有住(かみありす)を押さえておけば観光的にはなんとかなる。
上有住は釜石線の駅名になっているが、上有住の集落中心地はこの駅の周辺ではない。もし列車のなかから上有住駅の外を見てとんでもない僻地だと思った人がいたら、上有住はそこまでの場所じゃないよ、ということだけは覚えておいてほしい。しかしこの駅も観光には重要で、上有住、いや住田で最も重要な観光名所がこの駅のそばにあるのだ。鍾乳洞である滝観洞。龍泉洞の整備された順路とはうってかわったヘルメット必須(貸してくれる)の観光スポットだが、経路最奥にはその名の通り滝が見えて、これがけっこう壮観。入口横にあるレストランでは滝流しそば</b.という名物があって、これがいわゆる流しそうめんのそばバージョンのような形で食べられるのでアトラクションとしても面白い。なおこのレストランには"滝流しカレー"もあるのだけれど、流石にカレーは流れてこない。岩に見立てたご飯にカレーを流すだけ。</p>
気仙地区には宮大工である気仙大工の伝統があって、その成果を見られる寺が世田米にある。満蔵寺。特にここの山門は必見。あと世田米には鶏の加工工場があって、ここが鶏の希少部位として"鶏ハラミ"を名物に仕立て上げている。若干悪意のある言い方をしたけれどもうまいのは確かで、世田米にある食堂を中心に何店かで鶏ハラミを使った料理を食べることが出来る。たぶん一番わかりやすい店は世田米は世田米でも国道397号(107号から途中で南に分かれて西に向かう)の町境にある"道の駅種山ヶ原"のレストランにあるラーメンだと思う。この他に豚肉も特産品として売りに出されていて、世田米市街地に近い側にある産直、イーガストすみただとこの辺がお土産で買って帰られる。ただこの店でもっと買うべきは上有住の菓子店お菓子工房eat+のシフォンケーキだけどね。
107号を東方向に行くと、大船渡にたどり着く。大船渡には岩手唯一の私鉄が今も走っているけれど、旅客運輸は随分昔に廃止されたので乗ることは出来ない。ただ貨物輸送は今でも1日10往復以上やっているらしいので、運が良ければ107号を走っている時に見られるかもしれない(ほぼ並走している)。市街地に入る前に長安寺という寺があって、ここの山門も気仙大工の手による。あまりに豪華なので伊達政宗が怒ったという逸話もある。大船渡市街地は盛駅周辺(最近盛岡駅をこう略する人が増えて非常に紛らわしい)と大船渡駅周辺に分かれていて、古くから栄えてきたのは盛駅周辺。津波被害も盛駅周辺はそれほどなかった。それもあって、最近の再開発は大船渡駅周辺を中心に行われている。駅の東側に"かもめの玉子"のさいとう製菓が運営する"かもめテラス"では工場見学(要予約)他ここオリジナルのお菓子が食べられたり作れたりするし、最近は魚の駅という海産物に特化した施設も生まれた。じゃあ盛駅周辺に何もないかというと、少し北に行ったところにあるイタリア料理店ポルコ・ロッソと、そこから路地を奥に入ったところにあるハンバーガー店The BurgerHeartsの評判はいい。さらに南に行くと大船渡魚市場があり、ここのレストランは最近閉店してしまったのだけど、近くにある丸清食堂はよくテレビで紹介される。ここからさらに南に行ったところにある大船渡温泉は311後の開業だが、日帰り入浴も出来るし宿泊にもいい。
大船渡市の東側は平成の大合併までは三陸町という自治体だった。ここも昭和に吉浜、越喜来、綾里という3つの町が合併して出来た町で、それぞれ特産の海産物が違っていてそれぞれ有名という特色を持っている。特に有名なのは吉浜のアワビか。まあこれらはどれも海中にあるので前述の施設のどこからで料理もしくはお土産用に買うほうが身近だ。越喜来はいくつか見どころがあって、小石浜駅は少し前に恋し浜と駅名を変えて三陸鉄道が少し長めに停車するようになったし、甫嶺駅のそばには岩手では珍しいダイビングツアーショップがあって三陸の海に潜れる貴重な体験が出来る(密漁を気にしてか陸中海岸では水中メガネとシュノーケルのセットすら持ち歩くのに躊躇する風土なのだ)。ちなみに大船渡は牡蠣が旨いが、その中でも赤崎の牡蠣はデカくてうまい。ただこの辺一帯が春先の山火事で大被害を被ったのはけっこう痛い。
45号をさらに南に行くと、末崎半島に分かれる道がある。以前の大船渡観光地は宮古における浄土ヶ浜のようにこの末端に集中していて、大船渡が最も推していた碁石海岸はこの半島の端っこにある。それ以外にも大船渡が北限(いろいろ条件つけて)の椿を展示している世界の椿館とか、311以前の津波被害についても展示のある大船渡市立博物館とかもこの半島に存在する。
そう言えば大船渡が漁港として最も誇っているのがサンマの水揚げで、その影響もあって新しい御当地グルメとしてさんまラーメンがある。これの特色兼困ったところとして「サンマを使っていればその形態は問わない」というものがあって、まあ食べ歩いて比べる楽しみがある一方、さんまラーメンと言って一言で言えるものでは亡くなってしまっている。ただ、個人的には107号の長安寺付近にある黒船という店の秋刀魚出汁ラーメンが好き。
大船渡南側の峠を越えると陸前高田だ。おそらくテレビで何度も見たことがあると思うが、陸前高田の市街地は完全に津波にのまれて一部の建物以外はなくなってしまった。さらに当時の市長は再建にあたって市街地全体を嵩上げすることにしたので、現在の市街地は完全に311以降一から作り直された場所である。御当地歌手・千昌夫が多額の出資をしたキャピタルホテル1000も当初の場所とは全く別の場所に建っている。ただ、国道45号が海沿いを走るあたりは嵩上げが行われておらず、ほぼ道沿いに震災遺構が数多く残っている。大船渡側から順に、下宿定住促進住宅、タピック45、国道から少し離れるが米沢商会、そして奇跡の一本松、気仙中学校。事前予約があればガイド付きで中に入れるところもまだあったはずだが、まあ入らなくてもどこまで津波が来たかはそれなりに見えると思う。なおそれが非常にわかりやすかったタピック45前のガソリンスタンド看板は移転で撤去された。
奇跡の一本松。陸前高田の観光スポットはここ周辺に整備されている。現在の道の駅はこの一本松を見るための駐車場として整備されたフシがあるし、そもそも道の駅の中に津波伝承館が併設されていて、ここは正直奇跡の一本松以上に必見のスポット。なお一本松は元から一本松だったわけではなく、ここには松林があった。その松林を復興させるために松の植え直しが行われたので、50年後にはそういう逸話込みでここが名所になるかもしれない。
復興された市街地はアバッセたかたというショッピングモール周辺。この東側、市民ホールのそばにある四海楼が佐々木朗希ゆかりの店ということになっていてテレビでも何回も紹介されたが味はよく知らない。個人的には西隣にある熊谷の担々麺に何度もお世話になっているし、一時盛岡に移転した居酒屋俺っちが陸前高田に復活して営業しているのはいいことだと思っている。
住田町からの国道340号は陸前高田の西端を通って45号につながる。そのつながる直前のところに発酵パークCAMOCYがあって、地元の醤油屋さんが運営する食堂を始め、ほぼ全ての店が発酵をテーマにした商品を扱っていてここは寄るべき。この裏に最近復活した旧吉田家住宅は気仙大工の技を津波を経て復活させた建物で、今のところは無料で見られるので是非見ておくべき。気仙大工の話を事ある毎にしてきたが、資料館そのもの、というか伝承館もあってこれは陸前高田の東側にある。この伝承館の裏(もちろん車で行くべき)に展望台があって、ここの眺めはたぶんこの近辺で一番いい。陸前高田東側には他にも陸前高田のソウルフードならぬソウルドリンク"マスカットサイダー"を作っていた神田葡萄園があるが、ここでのこのドリンクの製造は2年ほど前に終わっている。ただこの商品そのものは地元のスーパーが引き継いだので今でも買うことが出来る。あとどうも孟宗竹の自生の北限がこの辺らしく、東側、広田半島には岩手ではあんまり見られない竹林がけっこう頻繁に見られるんだが、まあこれは外から来た人には珍しくもないか。
そう言えば陸前高田の地酒に酔仙という酒があって、ここが出している雪っ子というにごり酒は10月から出荷になる。これがうまいがアルコール度数がけっこう高いので危ない酒でもある。なお陸前高田の会社だが、酒蔵は大船渡に移転になった。見学は要予約だが無料で可能。