
はてなキーワード:アカデミーとは
dorawiiより
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明日、振られに行く。
非モテ喪女の拗らせ実体験というものをまずは説明しないとならないだろう。
高校を卒業した後、専門学校の認可を受けていないアカデミー的なスクールに通ったが、
そこでも恋が実る事は無かった。
私には無縁だった。
転機が訪れたのは20代後半、当時流行っていたSNSで良いなと思った男性が居たので、
その後、おそらく10代の男女がやるようにテンプレ的に夜景が綺麗な観覧車か何かに乗った後、
嬉しかった。
30近くして、初めて”彼氏”というやつが出来た。
肥満体型なのは過食症が原因で、食べて吐く事しか死にたい気持ちを紛らわせる事ができず、
しかし吐くのはかなりのテクニックが必要で、上手く吐けなかった私はただ太って行くだけだった。
なぜこんな肥満体型の私と付き合ってくれる男がこの世に居るのか疑問を拭えきれなかった私は、自分から彼と離れる事にした。
それから数年後、30代中盤くらいだっただろうか。
相変わらず不細工で肥満体型だったが、転職先にすごく魅力的な男性がいた。
彼は技術力も発想力も凄くて、私が引っ張っていたプロジェクトで大貢献をしてくれた。
しかし、立場的な問題もあり、彼が別プロジェクトにアサインされるのを待ってから、彼をデートに誘った。
彼から私をデートに誘ってくれる事は無かったが、私は執拗に誘い続け、
両親の挨拶も済ませ、同棲するマンションも探し、約1年同棲した。
実はこの間約7年、彼は一度も私と性的な接触を持ってはくれなかった。
同棲する前は「同棲したらそういうことも頑張るよ」と言ってくれたので、
しかし同棲1年経過しても、彼は私の身体に一切触れようとはしてくれなかった。
身体的接触が無いのであればせめて二人の時間を作りたいとあれこれ模索し提案したが、
ある時、転機というものが身に降りかかって来た。
同じプロジェクトの男性(独身)を”パワハラとかセクハラで訴えて良いから今夜だけ飲みに付き合ってくれよ〜〜”的に冗談まみれで言ってみたら、
なんと彼は私との飲みに付き合ってくれた。
終電があるから解散しよう、でも私はもうちょっと飲みたい、的な事を言ったら、
彼もそれに応じてくれた。
二人で適当に渋谷の道端で缶チューハイを飲んだりしていたら、強烈に尿意に襲われたので、
しかしお手洗いを貸してくれる店舗なんてそう簡単には見つからない。
仕方ないので私は「部屋が空いていたら宿泊するのでお手洗いを貸してほしい」と嘆願し、見事お手洗いを手にするに至った。
その晩、何がどう寄与したのかは不明だが、私はその男性と性行為をした。
嬉しかった。
長年思いを寄せて来て婚約指輪まで買ってくれた男性ですら女として見ては来れなかった私という醜い脂肪の塊に、
性的な欲求を向けてくれるような希少な男性がこの世に存在してくれた事のレア度みたいなものに思いを馳せると、なんとも言えない感情に包まれた。
それからは同棲相手との生活を整理し、単身で手狭なマンションを借り、婚約も解消し指輪も返却した。
たった一晩だけでも私を女として扱ってくれた男性社員に全力投球したいと思った。
仕事くらいしかやることがない私にとっては、彼に高級レストランで食事をご馳走することだけを生き甲斐にやってきた。
2021年は日本橋のフレンチ、2022年は銀座の蟹、2023年は西麻布の有名フレンチ、2024年は新進創作メキシカンだった。
2025年の明日、これまた知る人ぞ知るみたいなフレンチを予約した。
だが、先週末、彼とは別れ話をした。
https://news.jp/i/1343236309813117543
のブコメ
mag4n 文脈的にCO2が温暖化に寄与してないって言いたいんだろう。学術界隈でもそっち派が多数、CO2温暖化は最早エセ科学認定してる。考える力が無い輩ほど偏屈に吠えてるのですごくみっともないコメ欄となっててしんどい。
についてchatGPT5にファクトチェックをお願いしたよ
ご提示のコメントには、少なくとも以下の点で「事実に反する、または極めて疑わしい主張」が混じっており、ファクトチェックが可能です。逐点で整理します。
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コメント内容(要点)
「文脈的にCO₂が温暖化に寄与してないって言いたいんだろう。学術界隈でもそっち派が多数、CO₂温暖化は最早エセ科学認定してる。考える力が無い輩ほど偏屈に吠えてるのですごくみっともないコメ欄となっててしんどい。」
1. 「学術界隈で、CO₂による温暖化を否定する説派が多数」
2. 「CO₂温暖化説はもはや偽科学(エセ科学)扱いされている」
これらを中心に、科学的コンセンサスとの比較を通じて検証します。
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科学界のコンセンサス:CO₂が温暖化に寄与しているという見解が主流
まず、現在の気候科学の状況を整理すると、以下の点がよく議論されており、また実証的な支持があります。
• 多くの気象・気候研究者、政府機関、国立科学アカデミー、国際機関(例:IPCC=気候変動に関する政府間パネル)などは、「産業革命以降の気温上昇の主因は人為起源の温室効果ガス(特にCO₂排出)」である、という見解を支持しています。これは「科学的コンセンサス(科学界の多数意見)」と呼ばれる立場です。 
•Wikipedia の記事「気候変動に関する科学的コンセンサス」などでは、「産業革命以降、地球は一貫して温暖化しており、近年の温暖化速度は前例がない」「温暖化の主な原因は人間の活動によるCO₂急激増加」などが、ほぼ疑いなく支持されている見解として記述されています。 
• ただし、気候変動・温暖化をめぐる議論には不確実性要因(フィードバック、雲・水蒸気の扱い、地域差差異など)があります。また、モデル間差異や予測のレンジ(例:将来の気温上昇幅の幅)が大きいことは、気候科学でも認められている制約点です。たとえば、気候モデルの限界や予測不確実性は批判の対象となることがあります。 
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この主張は、事実と大きくずれています。理由を以下に示します。
•科学論文レビューや分析によると、気候変動/温暖化を扱う学術論文のうち「人為的起源 CO₂温暖化説に同意する論文」の割合は非常に高いという調査があります(例:99 % 近辺などの数字を引用する報告もあります)。 
•否定派(人為的温暖化を否定・過小評価する立場)は確かに存在しますが、主流とは言えず、むしろマイノリティ(少数派)の立場に位置づけられています。Wikipedia の「地球温暖化に対する懐疑論」の記事でも、懐疑論や反論を整理したうえで、それらに対する反論を示す形になっています。 
• つまり、「学術界隈でもそっち派(否定派)が多数」だという断言は、実際の出版・研究動向から見て、極めて疑わしい主張です。
結論として、コメントのこの主張は「誤り」である可能性が高いです。
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• 「偽科学(エセ科学)」とは、科学的方法を備えておらず、再現性・検証可能性を欠き、詐欺まがい・非科学的主張のことを指す用語です。CO₂温暖化説(すなわち、「CO₂等の温室効果ガスの増加によって地球の放射収支が変化し、気温が上昇する」という理論)は、物理法則、放射収支理論、観測データ、気候モデルなど複数の独立な証拠系で支持されています。
•科学的な批判や不確実性(モデルの限界、地域差、フィードバック効果など)の議論は健全ですし、気候科学の発展にとって不可欠です。しかし、それが「偽科学扱いされている」という主張は、主流の科学界・評価機関の実情と乖離しています。
• もし「偽科学扱い」だと言うならば、少なくとも主要な学術雑誌、新聞、研究機関、政府系機関(例:気象庁、国立気象研究所、IPCC など)がそれを否定している、という証拠が必要ですが、そうした動きは主流ではありません。
したがって、この断定も、根拠が薄いと言わざるを得ません。
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ただし、コメント全体を否定するわけではなく、科学の世界には常に異論や論争があり、無視できない議論も存在します。以下は、その文脈で注意すべき点です。
• 例として、「人為的CO₂排出量は大気中CO₂濃度変化に影響しない」と主張する論文が公表されたという報道もあります。 
• ただし、「公表された」ことと「学界で広く受け入れられた」ことは別。新しい論文が出ること自体は科学の常ですが、主流理論を覆すには強いエビデンスと検証・再現性が必要です。
• また、科学誌・研究者の中で気候モデルの精度やパラメータ設定、予測の不確実性、地域気候の変動性、フィードバック効果(例:雲、水蒸気、植生変化など)の扱いなどをめぐる議論は活発です。これが「気候変動研究の未解決部分」であることは否定できません。
•とはいえ、異論があるからといって主流理論すべてが無価値というわけではありません。むしろ、主流理論が多様な検証に耐えてきたがゆえに、多くの科学者がそれを支持しているのです。
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•コメントの主張①(「否定派が多数」)は、科学界の実情と大きく食い違っているため、誤りである可能性が高い。
• 主張②(「偽科学扱い」)も、主流の科学界の動きと乖離しており、根拠が薄い断定である。
• ただし、気候科学には不確実性やモデルの制約があるため、異論・批判があること自体は事実であり、議論を完全に封じるべきではありません。
オスカー日本代表ってのは、毎年この時期くらいに数作品が日本協会に応募してきて数名(今年は5名)の審査で決めます。
この日本代表というのに選ばれたら、「アカデミー国際長編映画賞」に参加する権利を得ます。
この賞は従来「外国語映画賞」と言われていました。
ちょっとややこしいのですが、これは「作品賞」ではありません。「外国の作品に賞を渡す」ということです。
流れは以下。
いま国代表が決まった段階です。
いままで日本作品は15本この部門にノミネートされてきました。
ただここ22年間を見てみるとノミネートは「たそがれ清兵衛」「おくりびと」「万引き家族」「ドライブ・マイ・カー」「PERFECTDAYS」の5作品となり、受賞したのは「おくりびと」と「ドライブ・マイ・カー」になります。
5作品の共通点としては各世界的な映画祭でコンペティションに選ばれ受賞、または高い評価を受けていることです。
「おくりびと」「ドライブ・マイ・カー」の受賞歴を見ると世界各国で大きな反響と成績を出したことがわかります。
「ドライブ・マイ・カー」は国際長編を飛び抜けて作品賞等複数ノミネートされましたから、ちょっと異例の異例でした。素晴らしいからとうっかり家族で見ると冒頭から長いセックスシーンが待っています。
ちなみに「国宝」は今の所コンペティション部門に出ているわけではなさそうですので、各映画祭で観客賞などを受賞する必要がありそうです。頑張ってほしいですね。
2023年の「ゴジラ-1.0」これは日本代表ではありませんが、主要の英語作品などと並び視覚効果賞を受賞しています。
各種映画祭で評判が評判を呼び受賞ラッシュ、海外で作品ヒットを果たし、GODZILLAも手伝って、技術賞をとったのだから驚きですね。ノミネートの際の会場の歓声は海外での熱狂を感じました。
ここでいま個人的に注目している、まだ公開していない作品をご紹介させてください。
主演はブレンダン・フレイザーです。「ザ・ホエール」で2022年度のオスカー最優秀賞主演男優賞を獲得しています。
なぜこの映画に注目しているのかというと、制作が「日本とアメリカの共同制作」となっているからです。
例えば前述の「PERFECTDAYS」は「日本とドイツの共同制作」となっていますので、日本アカデミー賞(オスカー公認です)も受賞した【邦画】ということになりますし、配給はディズニー・ジャパンなので【ジャパン】の作品で行ける気がします。邦画ということにしましょう。
監督は今をときめくHIKARI監督。国際評価の高い日本人です。
撮影は日本で行われ、キャストには平岳大,山本真理,柄本明。あと未発表ですが森田望智などが参加しています。
制作会社がオスカー常連で、今年はこの映画を推している様子。試写も好評。
このことから、各オスカーマニアたちの予想で、本作を選ぶ人が多数出ています。そして助演男優賞に柄本明の名前がいくつも。柄本明ですよ!
まだ正式公開前なので、もしかしたらプレミア発表後の来月には「この映画じゃ無理だろ〜」ってなってるかもしれませんが……
こういうウォッチングは楽しいものなので興味ついでに追ってみるのもいいものですよ。
未経験を片っ端から受け入れても現場は回らない。平均未満の人材はチームの総生産を下げ、育成の当たり確率は体感で1%未満。だから「教えること自体が非効率」になりがち、という話。
開発は生産性の分散が極端に大きい。10倍どころか100倍の差も珍しくない。
平均未満のアウトプットはゼロ寄与ではなく、むしろ周囲の生産性を削る。
結果として、''一人足してチームの総出力が下がる''ことが起きる。ここが「未経験でも分解して渡せばOK」というBPO的発想と決定的に違う点だ。
育成は美徳だ。けれど、現場で運用すると当たり確率が低すぎる。
自分の経験と見聞の範囲では、''どれだけ手厚く支援しても“戦力化して優秀に化ける”のは1/100を切る''。
これらを積み上げると、''当たりを引いたときの回収額 < 外れに費やした総コスト''になりやすい。確率で負けるゲームを続けるのは、経営として正しくない。
BPOが機能するのは「手順が確定し、境界面が安定していて、再現性が高い」からだ。
プロダクト開発は逆で、要件は動き、仕様は探索的に揺れ、依存は複雑に絡む。これを無理に細切れタスクにして未経験者に配ると、
つまり“分解”のコストが“実装”のコストを超えやすい。BPOの成功体験は、そのままでは開発に移植できない。
「じゃあ未経験は絶対ダメなのか?」というと、そうは言わない。''例外はある''。ただし“例外”だからこそ希少だ。現場で当たりに出会うパターンはだいたい決まっている。
この“兆候”が最初から見える人に絞って、''短サイクルの実務課題 → 明確なゲート →撤退ライン''という設計でやっと採算が立つ。インターン →業務委託 →正社員と段階を踏むのが現実的だ。
現場が未経験を絞るのは「冷たいから」ではなく、''チーム生産性を守る合理的な選択''だ。
育成に向くのは、教育を主業に据えた組織(長期ブートキャンプ、アカデミー、育成特化の配属設計など)。''プロダクトのデリバリーを背負うチームは、最初から優秀者に張る''のが最適化として自然だ。
最後に念のため。これは''職能としての適性と確率の話''であって、人格の価値とイコールではない。未経験を否定したいのではなく、現場の採算とリスクを正直に置くとこうなる、というだけ。
「人手不足」を嘆く前に、''“優秀者不足”という現実''を見よう。その世界観に立てば、「未経験を広く受け入れて教えれば解決」は残念ながら解にはならない。
いつか使うだろうとため込んでいた書籍で部屋が狭くなっていたので処分を検討した。
もともとの定価が高い学術書が多く、検索したら専門書アカデミーがいいって出たので申し込んだら断られた。
後出しじゃんけん的に条件を突き付けてきて、そこそこ丁寧な文面であるものの言ってることがストレートすぎる。
書籍売却で検索すると大手ならブックオフでそれ含めて20社くらい存在しているがそんなにもうかる商売じゃないのは分かる。
安く人雇ってるから対応が良くないし、そこそこの悪評が多くてこの業界の闇を感じたわ。古紙回収に出すのが楽じゃないかな。
東山紀之新社長と藤島ジュリー景子前社長がそろって会見を開き、ジャニーズ事務所のこれまでの反省と今後の方針をメディアの前で語った。その後に、ジャニーズ所属タレントたちも次々と声明を発表し、皆が口をそろえて「うわさでしか聞いたことなかった」と性加害への認識を述べた。しかし、実情は故ジャニー喜多川氏に気に入られなければデビューは難しく、そこには複雑でデリケートな駆け引きがあった。『ユー。ジャニーズの性加害を告発して』(文藝春秋)を上梓(じょうし)した歌手のカウアン・オカモト氏に聞いた。(聞き手/ビデオジャーナリスト 長野 光)
ジャニーさんが住んでいたタワーマンションの鍵と、別荘のような渋谷のマンションの、プール付きの部屋のカードキーがありました。僕が持っていたのはタワーマンションの鍵でした。プール付きの部屋のカードキーも一時期預かっていましたが、カードキーは数枚しかないので、ジュニアたちで回して使っていました。
タワーマンションの鍵は限られた人しか持つことが許されませんでした。僕の場合は、ジャニーズに入ることが決まり、上京してすぐに鍵を渡されました。鍵をもらうことができたジュニアは、自分の家の鍵とジャニーさんのマンションの鍵を両方腰からぶら下げて、周りに見えるようにしていました。持っていると「スゲー」と言われて尊敬を集めるのです。
鍵を持っている人はいつでも部屋に入ることが許された人たちで、ジャニーさんがいない時などは貸し切り状態です。プール付きのほうは渋谷のど真ん中だし、遊びに行くにも便利でした。ジャニーさんのマンションは、家政婦さんがいてご飯を作ってくれるし、ジェットバスやカラオケもある。性加害さえなければ最高で、だから、ジャニーさんがいない時は特に良かった。絶対にやられないから。
どちらかというと、プール付きの渋谷のマンションのほうが遊び場のようになっていました。そちらに行く人たちはよりヤンチャな子が多かったという印象です。家具を盗み出す人や、女の子を連れ込んじゃう人とか、「おまえ正気かよ」と言いたくなるようなジュニアもちらほらいました。そんなこともあり、プール付きのマンションは、僕がジャニーズに入ってしばらくしてから全員出入り禁止になっちゃいました
青山のタワーマンションの部屋は、入る人数は最大30人くらいだったと思います。それなりに大きな部屋が四つありましたから。多くの場合、20人くらいが泊まっていた印象です。遊びに来るジュニアたちのために、浴衣とボクサーパンツが用意されていました。ドラム式洗濯乾燥機があり、自分が着てきた服を洗濯しつつ、用意されている浴衣とパンツを着て、また翌日、洗濯済みの着てきた服を着て帰るのです。だから、同じ服で連泊することも可能でした。
知っています。鍵を持っている人はジャニーさんから相当に信頼されている人です。
ジャニーさんが毎日顔を見て嫌にならない人だと思います。ジュニアだからといって、誰もがジャニーさんの家に入れるわけではありませんでした。一度は呼んだけれど、二度と呼ばれなくなってしまった人もたくさんいました。あるいは、そのジュニアから電話がかかってきても、ジャニーさんが出なくなったという人もいます。性加害を受けたかどうか、ということとは関係なく、何らかの理由からか「アウト」という評価になってしまった人はたくさんいました。
騒いだり、うるさかったり、マナーが悪くてどこかプロ意識に欠けるような子は呼ばれなくなりました。そういったことは、見ていてもなんとなく分かります。プロ意識のある人しかマンションに入れないのです。ですから、個人的にお気に入りということと、プロとして見込みがあるということが両方ある人に鍵を渡したのだと思います。
必ずしもそういうケースばかりではなかったと思いますが、おっしゃるように、性加害を受け入れなかったら、次の日から話しかけられなくなった人もたしかにいました。何かをしでかして、怒られているうちはまだいいけれど、無視され始めると危険だと感じていました。デビューできなくなるのではないかと。
していました。「これからジャニーさんのとこ行こうよ」と声をかけると「いや、たぶんもうオレには来てほしくないと思う」と気まずい顔をしているジュニアもいました。ジャニーさんの家に行く前には、皆それぞれジャニーさんに電話をかけて、行っていいかどうか確認を取ります。「いいよ」と言われることも「今日はもうたくさん来る人がいるから無理」と断られることもあります。
ある時に、数人で順番にジャニーさんに電話したら1番目に電話をかけたジュニアは「来ていい」と言われ、2番目にかけたジュニアは「もういっぱいだから無理」と言われ、その次に電話をかけたジュニアは「来ていい」と言われたことがありました。人を選んでいるし、誰が駄目なのかも分かります。
そこがまさに、ジャニーさんの心に穴が開いていると僕が感じていた部分です。寂しい。人肌恋しいのだと思います。1人でいることに耐えられないのです。時には、たまたま誰も来ない日もまれにありました。行ってみたら僕1人だったということもありました。そうすると、ジャニーさんは「誰も来ないの?」「あの子は来ないの?」「なんで来ないの?」と言って、自分から次々と電話をかけることもありました。僕にも「今日来ないの?」と電話がかかってくることがありました。
そんなこともないのです。かえって断ることで、ジャニーさんが鬼電してくることもありました。逆に燃え上がっちゃうパターンです。だから、いつ火がついて、いつ切られちゃうか、誰にも分からないのです。
一緒にいる時は仕事の話が多かったですね。「今日の僕のライブはどうだった」などと聞くと、ジャニーさんから「最悪だったよ」と言われたりしました。ジャニーさんは厳しいので、基本的には褒めません。褒める時は、直接その人を褒めず、他の人にその人への褒め言葉を言う。誰かを面と向かって直接褒めないのは、調子に乗らせたくないという意識があったのかもしれません。
ジャニーさんと話していると「若い頃はこの人怖かっただろうな」と思うことがありました。ズバっとものを言うストレートな性格なので。笑っていることが少なく、わりと短気で、いつもどこかイライラしていた印象もあります。自分で何かジョークを言って笑うことはあるけれど、ジャニーさんを人が笑わせるのは難しい。
ですから、ジャニーさんの家に遊びに行くのは独特の緊張感もありました。しかし、結果的にはイライラしたジャニーさんを皆で放っておく空気になるのです。ジャニーさんが何か飲みたいと言えば運んでいくし、ソファで寝落ちしてエアコンの風で寒そうに震えていたら何かかけてあげる。いわゆる老人の扱いでした。
ジャニーさんは、ずっと敬語で話す人はあんまり好きではありませんでした。かといって、最初からタメ口でズケズケ話すような礼儀のない人も嫌いでした。中身を見ているというか、計算してものを言う人は嫌いなのです。一方では、ある種のプロ意識や根性を持って「ジャニーさんを使ってやろう」と企むような人を好む側面もありました。だから、好き嫌いにもいろんなパターンがあったように思います。おそらく、本気な人が好きなのです。「俺のことだますなら本気でだませよ」みたいな。
それは言いませんでしたね。そういうことをはっきり言ってくれないからこそ、すごく難しいという面がありました。どうすればいいのか言ってくれたほうが楽だったと思う。
僕はお願いしました。ソロデビューしたくて、自分で曲やPVを作り、ジャニーさんに見せた。「これでダメならジャニーズを辞める」と言うと「ユー、聞いてあげるからちょっと待って」と言われました。お互い半分キレながら本気で話をしましたよ。
大きく分けて二つのパターンがあったと思います。まず、自然とあるジュニアが注目されて人気が高まり、この子をデビューさせないともったいないから出そうというパターン。もう一つは、何人か注目されるコアメンバーがいて、それに合うように他のメンバーを集めてグループにしてデビューさせるパターンです。
嵐のエピソードは有名です。嵐を結成するときにハワイでお披露目のイベントがあり、パスポートの用意が間に合わず、嵐に入るはずが入れなかった人がいたそうです。その人の代わりに、パスポートを持っていた相葉雅紀さんに声がかかり、そのまま嵐のメンバーとしてデビューした。
ジャニーさんというのは、そういうところがあるのです。最後は感性というか、ピンときたら「ユー、やっちゃいなよ」「ユー、出ちゃいなよ」となるのです。計画はあるのでしょうけれど、最後は勘で決めている。
誰に人気があるかを測るのは難しい。というのも、デビューさせてみないと本当に人気が出るかどうかは分からない。デビューしたって、あまり人気が出ない人もいる。そうなると、結局ジャニーさんが誰を良いと考えるかに左右される。ジャニーさんが人選をして、事務所はデビューさせてから結果を測っていく。ジャニーさんは最初に推すけれど、その後のことまでは考えません。
ジャニーさんが関与しないでドラマや雑誌などの仕事が入ることもあるけれど、ある仕事が入った後に「あの仕事はじつは僕が入れたんだよ」とジャニーさんから言われることもありました。僕がTVドラマ「GTO」(2014年フジテレビ)に出演したときは、ジャニーさんの推薦でした。
ジャニーズ事務所は大きいので、注目されるパターンは複数ありますが、最終的にはジャニーさんが選んでいくので、最初からジャニーさんルートでいったほうが話が早いのです。
そうです。だから困るのです。ジャニーさんルートでいくと、ジャニーさんの一存とゴリ押しで仕事がねじ込まれる。だけど、そこに計画性はない。だから、仕事は入れてくれるけど、現場には話が通っていないこともある。行ってみたら「ダレ?」「なんで来たの?」なんて反応を現場のスタッフからされることもあります。
「ジャニーさんが仕事あるって言うから来たんですけれど」と説明し、現場が誰かに電話をかけ、その人がまた誰かに電話をかけ、やがて、ジャニーさんに行き着いて「自分が行かせた」という証言を取る。そうすると、急きょ出演が確定して「メイクしなくちゃ」「撮影しなくちゃ」と慌てて現場が動き出す。現場はジャニーさんのお願いなので断れないけれど、内心困っていました。
そうです。だけど同時に、ジャニーズのすごさが明らかになる。こんなに何でも好きに決められるのだと。しかしそれは、ジャニーさんから切られることがいかに恐ろしいかということでもあります。
ジャニーさんは僕が曲やPVを自分で創ってきたことに驚き、感激してくれました。ジュニアでそんなことをする人は今までいなかった。作品の出来に関しても、とても満足していました。さらに僕は「これでダメだったら僕もうジャニーズ辞めます」という旨をしたためた手紙も一緒に渡しました。
僕はそのとき、YouTubeを活用したソロデビューを考えていました。そして、日本語、英語、ポルトガル語といった多言語を使った形での、それまでにない表現活動を提案しました。
僕を売っていたら世界に行っていたのになぁ。でも、他の幹部たちはそう判断はせず、ソロデビュー企画は却下されてしまいました。ソロデビューもYouTubeも当時のジャニーズでは難しかったのです。何かと著作権上の問題が発生する可能性も検討されたのだと思います。
K-POPとの力の差があらわになってしまうのが、怖かったのだと思います。動画の再生回数が出てしまう。そして、PVをYouTubeで見ることができたら、ファンクラブに入るかいがなくなる。ファンクラブ・ビジネスがジャニーズの稼ぎでは大きな部分ですから。
この提案に賛同してもらえなかったので、僕はジャニーズを去りました。
カウアン・オカモト 著
ラテンミュージック界のプレーヤーたちが運営するザ・ラテン・レコーディング・アカデミーという協会があり、そこが優れた作品を作るアーティストに贈るラテン・グラミー賞というものがあります。南米圏でヒットした曲が対象になります。だから、僕も南米圏でのヒットをまず狙います。この賞を取った日本人はまだいない。
僕の告発によって傷つけてしまった人たち一人一人と向き合うことはできないけれど、自分にうそをつかずに生きたいし、音楽活動で、悲しませる人の数より喜ばせる人の数を増やしたい。ブラジルと日本というアイデンティティーを背負って闘いたいと思っています。
以前は音楽だけで自分を表現しようと思っていたけれど、今は、(性加害という)ストーリーができてしまった。だから、今回本にしてちゃんと伝えたいと思いました。自分を表現することについては常に「ガチ」でありたいんです。
読売ジャイアンツ終身名誉監督兼株式会社読売巨人軍専務取締役兼日本プロ野球名球会顧問兼ジャイアンツアカデミー名誉校長兼ポケオナボケ老人、故・長嶋茂雄氏の葬儀に巨人小笠原が参列した。
ダァーッと行ってスパーンと天覧死骸をレイプするや糸色丁頁身寸米青したカッスは肉体関係を理由に相続権を主張するもセコム、していたため無事射殺。
下品院玉金嘗英涜巨精小笠原大居士と九品院殿希誉英徳巨聖茂雄大居士のON葬が執り行われた。
なお、カッスの死亡により相続権は次順位者のプリティ長嶋が継承。形見分けで余った一茂を相続放棄した。
そうだろうか?
キズナアイは日本の公的機関や日米芸能界、世界の有名YouTuberやアーティストには結構受け入れられていた感じがする。
NHKの特設サイト「まるわかりノーベル賞2018」に出たり、日本政府観光局ニューヨーク事務所の訪日促進アンバサダーになったり。
NHKのバーチャルのど自慢、バーチャル紅白、キー局各種の情報番組に出て、日テレで「のばん組」系の冠番組も持った。
ファンの7割が海外というデータもあり、映画『アリータ: バトル・エンジェル』のクリエイターズセッションでアカデミー助演男優賞を受賞したクリストフ・ヴァルツ、ローサ・サラザール、ロバート・ロドリゲス、ジョン・ランドーなどと共演したとか、PewDiePieと絡んだとか、2017年の時点でBBC、Tubefilter、The Vergeなどで特集され、2019年には、ニューズウィーク日本版4月30日・5月7日合併号にて「世界が尊敬する日本人100」に選ばれたとかってwikipediaには書いてある。
とはいえ、バーチャルキャラクターとして「75億人のみんなとつながる」なんて大掛かりで平和的なビジョンを大真面目に掲げて分野横断的に活動した人はキズナアイが最初で最後で、あとに出てきた、バーチャルYouTuberではなくVtuberを名乗る人たちは、バーチャルキャバクラと揶揄されても否定できないような狭いファン商売に終始するばかりの志の低いものだった。いわばバーチャル地下アイドル。箱に所属し配信者ノリでドル売りをする、ビジネス手段に成り果てた。せいぜいが自分の興味あるリアル分野とコラボするくらいで、キズナアイのようにあちこちの業界の偉い人に体当たりしていき、いずれ世界を股にかけて異なるクラスタにいる人類をつなげようとするかのような雰囲気を匂わす人は出てこなかった。バーチャルアバターが秘めていた人類のあらたな在り方と自己表現の夢は、金に目がくらんだ人たちが作り上げた現実的な構造を前に忘れ去られた。そうこうしているうちにコロナからの戦争と、世界は平和とは真逆の、憎悪と経済対立の方向へあれよあれよと傾いていった。そうしてキズナアイも休止の末アーティスト活動をするだけの無力で平凡な存在になってしまった。Binary Skinに掛けられた魔法を解いたのは誰だったんだろう? きっと、犯人はどこにでもいたんだろう。みんなが少しつづ解いてしまったんだ。
彼女が初潮を迎える前に、卵子はすでに冷凍されていた。言っておくが、これはその手の陰謀論や人権派弁護士が好んで噛みつくような話ではない。いや、もっとずっと先の、制度と倫理と技術とビジネスが見事に結託した、光り輝く未来の話なのだ。
彼女は七歳だった。乳歯がまだ二本、ぐらぐらしていた時期だ。自治体と生殖工学企業が提携した「未来母体プログラム」のモデルケースに選ばれ、彼女の卵巣からは未成熟の原始卵胞が摘出され、培養・成熟処理されたのち、液体窒素に沈められた。あのとき医師が彼女に語りかけたという。「おめでとう、これで人生設計の自由が一つ増えたね」と。
それから十数年。彼女は25歳、性格は粗いが有能な企業戦士になっていた。上司のパワハラにも同期のメンタル崩壊にも目もくれず、彼女は成果主義の荒野を突き進む。生理はもう五年以上止めてある。ホルモン制御薬の進化で、排卵も情緒もきれいさっぱりオフにできる。急な海外出張? 喜んで。月経痛もPMSも、妊娠リスクも、何もないからだ。
恋人はいない。いや、必要なかった。なぜなら彼女には、15歳のときに大学の後輩で色狂いだった男の精子が、すでに確保されていたからである。
男は淫乱だった。性に飢えていた。卒業後には梅毒だのクラミジアだの、保健所のデータベースを賑わせるような生活に突入していったが、高校二年のとき、彼もまた、将来の自由のために自らの新鮮な精子を凍結していた。そう、性病に蹂躙されようが、冷凍庫の中の彼は純粋無垢な精子のままだったのだ。けけけけけけけけけけけけけけけけ。
それはコーヒーを淹れるようなテンションだった。彼女はタブレットで「精子バンクNo.4869(当時17歳未感染)」を選び、「卵子ファイル#A-07(7歳時摘出分)」を指定し、マッチング後はAI胚培養技師の確認を経て、都内の出生ファクトリーへ送信。人工子宮ユニット#11での培養が始まった。
出産予定日は230日後。だが彼女にとって、出産とはイベントではなかった。人生計画における「フェーズB-2」にすぎない。赤ん坊は高機能チャイルドケアシステムに預けられ、乳児期からビジネス・ブレークスルー大学付属保育アカデミーで英才教育を受ける。母親は産後休暇も育休も取らずに出社。労働と繁殖がついに完全に分離された瞬間であった。
「自分の身体で産むなんて、原始的すぎて無理だわ」と彼女は言った。誰も反論しない。もはやそれは自由意思ではなく、デフォルトなのだ。
かつて「結婚とは家族を築くための契約」だった。しかしいまや、家族とはプロジェクトの一種である。繰り返し可能で、アップデートも可能。子どもを持ちたくなければ持たない選択肢も、持っても育てない選択肢も、持った子を一時中断して再開する選択肢さえも、全てが「選べる」のである。
男は後に言った。「俺の精子、使われたって知って、ちょっと嬉しかったよ」
それを聞いて彼女は目を細めた。「ああ、あなたね。ありがと。でも別に会う気はないわ」
子どもはすくすく育ち、画面の向こうでにこにこと笑っていた。母子関係はデジタルクラウド上で管理され、週に一度AIが感情フィードバックを送り続けてくれる。
ANYCOLOR株式会社の事業の一つのにじさんじプロジェクトにバーチャルタレントアカデミーがある。
あるとき突然違反があったとポストと在校生の更新があり大量に所属生徒の削除が行われた。
同じ時期にデビュー予定の生徒のYoutube配信が非公開になったりもあったので削除された生徒はデビューに向けてなのか、違反を行ったのか分からない状態である。(違反者は大抵他の箱や個人でデビューや前世で配信をしているためクビなゆだろうな…とは思うが)
Youtubeが非公開になデビューも転生もして居なかった子達が、みたらし団、あやかきでデビューしたがまだ数名デビューなのかクビなのか分からない子達が未だ居る。
本来デビューするはずだった子のデビューが遅れていると株主総会で言っていたから期待をして待ち、VTAでデビュー出来た子達を嬉しく見て次はあの子かな…?と胸を膨らませていたが4/12スーパーエリートオーディションの子達がデビューした。
デビューが遅れている言葉を信じて待っていたが大量削除関連時期に居なくなってまだデビューしていない子はもう絶望的だろうとポッキリと心が折れた。
養成プログラムをこなせてなかったのか、デビューしたこと連絡を取っていたのか、自分から辞めたのか…
本人から発信がない限り何一つ知ることが出来ないから期待をして待つことしか出来なかったけど、居なくなったあとのオーディションの人がデビューしたらデビューが遅れているわけではなく、ないんだろうなと思うしかなくなる。
1期生を見ていたら退学以外は基本はデビューの方向だというのも勘違いしていただけだ。
でも、立ち絵は動かない・時間は週に30分・ゲームとかは禁止って縛りの中で、にじさんじのデビューしている人よりも面白い、誰よりも魅力的な配信だと思って応援をしていたから自分の見る目がなかったのかと落ち込む。
また声が聞きたいも亡霊をしていたからどんなかたちでもいいから活動してくれ。
見つけられるよう頑張るから発信をしてくれ。
全然関係ないジャニーズ叩きのコメントが出てて、親でも殺されたんかと思う。今回のアカデミーそもそも全く関係なくない?ジャニファンでないけど、ここまで合理性の無い叩きにはてなにも輩が多いんだなという感。
まあ界隈で一番いいねされてるのがこんな感じなのでお互い様だと思う…
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本当に何で日本アカデミー賞主演男優賞に『夜明けのすべて』の松村北斗がいないのか。正直この年ぶっち切りだったのでは?
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46.2万
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松村北斗くんはキネマ旬報の主演男優賞を受賞してるので、それだけで最高の名誉です。日本で一番権威ある賞です。日本アカデミー賞なんて出来レースですから。
これ、本当に謎、、。
本当に、本っっ当にこれ
まぁ今年度はね、坂元はん塚原はんにハマってるしアカデミーも抜けるかな(でも「国宝」が控えてるんよなぁ…もちろん楽しみなのだが)
本当に何故いなかったのかですね、謎でしかなかった、いてもおかしくないはずなのですが、不思議です
あくまでn=1でしかないただの一般人女がふつうに生きてて経験した事のある性的なアレコレについて。
女として生きること、の一例として、誰の参考にもならないかもしれないけど記録しておきたくて。
めちゃくちゃ美人な姉たちに比べて平凡な顔立ちだけど、他人から容姿を褒めてもらうことが多い方だと思う(たぶんあまり癖がなく親しみやすい印象の顔立ちだから。自分自身では本当に中の中くらいの認識)。
中肉中背の一般体型、胸はサイズ的にややある方だけどぱっと見そこまで目立たないと思う。
トータルでみると、どこにでもいるような、別に目立つとこのない普通の人間です。
私立で自宅から少し遠い学校に通ってたので電車通学だったんだけど、まだ日も明るい下校時に。
家の最寄りに着いて、友だちに手を振りながら電車を降りて一人になり、ホームから改札へ向かう途中の登り階段でお尻を触られた。
階段もあと少しというところでお尻に何か当たったので、「あれ?ランドセルのフタでも開いてブラブラしてるのかな?」と思って、パッと手を後ろに回したら何か生温かいもの(人の手)に触れた。
びっくりして後ろを振り返ったら若い男の人が私の真後ろに立っていて、あまりの近さに思わず「え?!」と驚いて声を上げた。
そうしたら男の人は今登ってきた階段を駆け降りていき、そのまま走ってどこかに行ってしまった。
当時の私はまだ幼かったので「痴漢」という行為そのものを知らず、なぜ男の人が私のお尻を触っていたのか理解できずにいたのだけど、家に帰って親にその話をしたらサッと顔色が変わって怖い顔になったので、「あ、もしかして私は危険な目にあったのかも」とその時自覚したのをよく覚えてる。
学校から駅までの道を友人と歩いていたら、脇道の方からおじさんに声をかけられた。
ふと顔をそちらに向けると、社会の窓から出したものを自慰してこちらを見ているおじさんがいた。
数秒固まったのち、とにかく逃げなければ!と走った。
なんとか駅まで逃げのびて駅員さんに助けを求めたけど、結局そのおじさんは捕まらず、後日学校から露出狂注意のお知らせが配られて終わった。
中高は女子校に通ったのだけど、校舎の周りに女子生徒目当ての不審者が来る事案は何回かあった。
プールの授業を覗きに、真夏のかんかん照りの暑い中フェンス越しに何時間も立ってる若い男の人がいたり、
マラソン大会で校舎の周りを走っていたら、おっぱい揺れてるねー!いいねー!と声をかけてくるおじさんがいたり。
わたしが自分のサイズ探してるのをおじさんが一緒に覗き込んできたり、その後わたしの胸を明らかに見てたり(サイズチェック?)、わたしが一度手に取って戻したブラをそのおじさんが手に取ったり。
別に直接的に何かされた訳ではないけど、意図もわからないし怖かったな。
太ももの裏に何か触れて、混雑してたから誰かの荷物か、たまたま身体が当たってしまったのかと思って最初は特に気にしてなかった。
その後しばらくしてまた触れて、また何か当たったかなーとしばらく放置していたら、明らかに表面を撫でるような動きをしだしてゾッとした。
それでも私は冤罪が怖くて(当時はちょうど「それでもボクはやってない」がアカデミーに選ばれたか何かですごく話題になっていた時期だった)、とにかく確証をもたなくては…と恐る恐る太ももに当たっているものに手を伸ばしたら、明らかに人の手に触れた。
そしたらぱっとその手が太ももから離れて、私は怖くなってすぐに次の停留所で降りた。
痴漢だって確かめはしたのに怖くて声を上げることはできなかったし、思春期で親に言うのもなんか憚られて、誰にも言えずしばらくはバス乗るのが怖くてなんやかんや理由つけては親に車で送ってもらってた。
書き始めたら思ってたより長くなってしまったなあ。まだ高校じゃん。女子校卒業してからの方が色々あるんだけど…
そっちの方が内容は直接的になるし重いので、ここらでちょっと分けて、また気が向いた時にでも書こうかな。
女ってだけで、別にめっちゃ美人とかセクシーとかでもないのにこう言う目には普通にあうんだよね。小学生の頃からさ。
私はミソジニーではないです。なぜなら、たくさん善良な男性に助けられ守られ、大切にされてきたから。上記の嫌な目にあったときも、沢山の男性が心配して守ってくれました。あの時助けてくれた駅員さん、学校の先生、話を聞いてくれた男友達、いつも心配してくれるお父さん、本当にありがとう。
スレッタが許す許さないを決めるのは、プロスペラがエリクトのためにスレッタを作り児童労働者として使役してきた(きょうだい児・搾取子の立場に置いていた)ことについてまでであって、偽旗作戦でアーシアンを大量に殺したりクワイエット・ゼロ発動を邪魔する宇宙議会連合の軍人を大量に殺したことについては、スレッタは被害者でもなんでもないので許す権限などない。プロスペラの掌の上で転がされ思い通りに操作された大失敗罪でミオリネがアーシアンの憎悪の的になり、シャディクがクワイエット・ゼロの罪まで背負って逮捕されているけど、意味が分からない。これは本当に監督に対して「何をやっているか分かっているのか」といいたい。
目の前で何かが起きたとき、現象の原因や意味や今後予想されることなどはスレッタには分からない。ファラクトに勝手に乗り込んだノレアにニカが踏みつぶされそうになるのをスレッタは見ていて、すぐに体が動いてバイクで助けるけど、何が起きているか分かってない(その場でニカの死を防げればすぐに忘れる)からその後の学園テロも防げない。プロスペラ、エリクト、ミオリネが大事な存在であり、あとは地球寮のみんながいじめられていたら助けてほしいとグエルに頼むし、目の前で困っている人がいたらモブであっても救助するために体が動く。でも情報の処理や理解が何もできない。物事を長く覚えておくこともできないようだ。
スレッタアンチだからバカ扱いをしているとかではなく、ミオリネに何を言われても意味が分かっておらずミオリネを絶望させたシーンも、結局こういうことなんじゃないかと。でも、スレッタは頑丈。落ち込んでも盗み食いするし、頭が悪くてブレーキが壊れているところはあるが基本的には善性に基づいて行動するため他人の憎悪に飲み込まれないのがスレッタの美点でもある。スレッタはショックを受けても寝られるし食べられるし、体がよく動くことが取り柄の、頭はよくないが鈍感さが良いほうにも作用している健康的な子だ。最後に全身麻痺になっていて信じられなかった。ろくに教育を受けられず思考力もなく、学校を建てるだけ建てて、あの後どうするのか。
ミオリネの生存確率を上げるための制度として決闘により結婚相手を強制的に決める制度が有効だった・合理的だったとは欠片も思えない。しかし最終的にミオリネはデリングの愛を感じて態度が軟化、グエルもフェンシング(死ぬほどしょうもないシーン)の機会を設けてホルダーをスレッタに譲るという形でデリングの顔を立てながらスレッタとミオリネの結婚が決まっており、耐え難かった。ミオリネの誕生日も過ぎ、ミオリネがグループ総裁になるくらいだし、あんなルールは全くの無効になっているのだから、無視すべきであった。コングロマリットの総裁選がU-20な件は笑って流したが、トロフィー追認はその種の「所詮アニメのリアリティレベルだから」で流す気には到底なれなかった。
シャディク嫌いと言うと「わかってねー」みたいになるのも嫌い。真空ジェシカとトム・ブラウン褒めないとセンス悪い認定するインターネット同調圧力のようだ。うざい。あのキャラクターが高度だとは思わない。他作品では比較的ヴィランを好きになる性質の人間なのに、シャディクのことはストレートに嫌いだった。
アーシアンの地位向上の革命を目指しているが、ソフィやノレアやニカなど貧民アーシアンを使い捨てにすることについての葛藤・合理化の過程が何も見えない。ミオリネとグエルは両方上級国民みたいなもんだけど、ミオリネは好き(ただしクエタテロのときは一旦安全を諦める)、グエルには上級への嫉妬でネチネチした感情を向ける(ミオリネ自身の選択という部分を認めずにグエルに責任転嫁して逆恨みする)、というのがもう、好き嫌いの部分で完全に嫌いで。孤児からアカデミー時代の回想等も一切ないし、シャディクガールズのための自己犠牲も「シャディクガールズ自身に罪を償わせろ」としか思わなかったから、嫌いな部分をカバーできるような同情・共感できる要素が一個も出てこなかった。これが監督が特に力を入れたキャラクターなら、本当に感性が合わないとしか言いようがない。
グエル:スレッタが泣かされている→泣かせた4号を決闘で倒す(だれも望んでない行為だし失敗)
ラウダ:ペトラが意識不明にされ学園が壊され学生がじゃんじゃん殺されグエルがおかしくなった→諸悪の根源のミオリネをガンダムで倒す(だれも望んでない行為だし失敗)
不快な出来事が発生したら敵を探して倒して解決(ジェターク社の経営難はデリングを暗殺して解決)というヴィム脳ムーブをやめましょうねということなんだろうが、やめましょうのその先がどうなったのかが全く分からない。長男に対して虐待のような真似を繰り返すが大企業を存続させて雇用を生んでもいたヴィム・ジェタークという人物を、長男が引き受けてそのパターナリズムを再構築する部分を、グエルがやったんですか?どういう着地なんですか?途中の認識についても着地についても、説明が一切ないので空虚。父殺しについても意味がよくわからない。スレッタと同じタイミングでグエルも人を殺したら、その偶然の一致がなんか面白いということだった?結局最後まで共闘しないし、スレッタはグエルから何の影響も受けないし、関係がなかった。無関係なところで勝手に偶然同じタイミングの殺人していることと失恋しか無いとは、結局何がしたかったのか…。
退寮や退学といった虐待に耐えかねて家出した件について、対話を諦めたグエルの罪であるかのような扱いは許し難い。ヴィム・ジェタークは対話不能の相手であり、弟も味方ではなかった。グエルの家出は「批判されるべき逃げ」ではない。弟に殺されかけたのもグエルに殺されるほどの問題があり責められても仕方ないような話ではない。全体的に、デリングやヴィムの側の対話放棄は無罪で、子供側の「無理解」や逃げは有罪であるという非対称が酷い。
金儲けのために人体実験やって貧民殺してた金持ちが資産を失って面白いというエンディング。
5号は絵の場所を見つける前向きな旅をしているので復讐に囚われていない、までは良いんだが、ニカが自首して服役を描いておいて、明確な人殺しがバレずにCEOが無罪放免になっているのは何?資産を失ったとはいえ、殺り得でしたねとしか思えない。
こっちもスレッタが4号に恋をしたってだけで退場なんだよな。ペイル周りで意味らしきものが感じられたのは、スレッタのストーリーとは一切交わらない部分の、5号のセリフくらいだ。スレッタの頭が悪くて大概のことを聞き流したり忘れるから、ジェタークやペイルとの絡みがあまり意味を持たないんだよな。というか、シャディクとの対峙についても意味あったか?シャディクが勝手に決めることについてスレッタが抵抗し、勝ったことに意味があるかと思ってた。無かった。
ニカがおかしいことに気づいていながらマルタンが身内を通報することをためらったため、通報のタイミングが大幅に遅れて学園テロが発生して大勢が死んだわけだが、視聴者は「マルタンがニカを売った」「チンコロ野郎」とキレており、このアニメの視聴者層に対して絶望した。
マルタンはニカの怪しい動きをクエタで見てから何度も対話を求めており、ニカが拒絶しつづけて、ついにテロが発生したという流れがあったうえで、最後マルタンが「もっとニカに対して対話を求めていればよかった」と反省していたのも完全に意味不明だった。マルタンはニカに話してくれと求めていた。反省するとしたら対話を求め「ニカ待ち」をしている間にテロが起きて、大勢の人命が失われたことだろ。マルタンとニカの罪の辺りのシナリオは完全に意味不明。だれかこの異常なくだりを解説してくれ。
欠陥を愛そうというコンセプトは感じられるが、欠陥の描写ばかりで美点の描写が下手だからシャディクなどを「普通に」嫌いになる。
スレッタは嫌いではないが、「どんぶり飯をたんと食え」のような祖父母→孫感情の矛先というか、食い意地の張った哺乳類の幼体に向ける好感であり、人物としては「頭が悪い」としか言いようがないので、あの状態で学校を建てて理事長なり校長なりをやるのかと思うと意味が分からないと思う。
ガンダムシリーズ初の女性主人公で頭が悪い主人公だったので別の文脈が乗り不快。女性主人公二作目で頭が悪かったらこういう不快さはなかった(男性主人公の愛すべきバカキャラはいる)。ガンダムシリーズ初の女性主人公で異性愛フラグを折ったうえでの同性婚成立をやったのも面倒くさかった。異性愛フラグを立てたうえで折っておかないと悪意にまみれたレズのチン堕ち勢が押し寄せてきて尊いスレミオを破壊されるだろうから予め封じておきたかったのかもしれないが、まず百合ガンダムなどなぜ女性主人公の二作目以降でやってくれなかったのか。それにSF的な説明なしで全員バイセクシャルであるという設定のつもりなら、おかしい。そんなものには誰もついていかない。同性愛嫌悪者どころか、腐女子や百合豚ですらついていけない異常な人間観だろう。同性愛者、両性愛者、異性愛者、無性愛者がいる、その多様性を描けていない。ファンダムまでもが、同性愛以外を叩く百合豚と腐女子、異性愛以外を叩く男女カプ厨という多様性の真逆の地獄になっている。こんな糞以下のファンダムは滅びるべきである。
さらに同性愛以外のテーマも盛り込みすぎて、一個一個の社会問題の扱いが雑、尺が足りていないから全部が浅くてつまみ食い。「いろいろありますが、難しいですね」という大上段に構えた、優等生的な冷淡さがそこにあった。最も連想するのは、サンフランシスコの社会的弱者を守るための万引きの無罪化だ。当事者性が全くないエリートが頭の中で弱者保護を考えた結果、万引きの無罪化を行い、ホームレスよりはさすがにマシな立場にあった個人規模の小売店が万引き被害により経営が成り立たなくなり廃業を余儀なくされていく、その種の持続不可能な弱者保護、お世話係をよそに押し付けたうえでのマイノリティ保護。結果、攻撃的・搾取的な人間が蔓延してコントロールを失い、この事態を引き起こした自罰を行うだけになる流れだ。社会問題の取り扱い方に、現実味がないのだ。ニカやミオリネのお花畑が憎悪を生んだ、あの雰囲気が通底している。
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