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失った構想力と想像力 高市新総裁と「漂流する日本政治」はどこへ?
新しい自民党総裁に高市早苗氏が選ばれた。初の女性首相となる公算が大きいと見られていたが、公明党が連立を離脱し、先行きの不透明感は増している。一方の野党も一枚岩となれず、政権交代の好機をつかみ取るのに苦心している。漂流する日本政治。さて、どうすれば――。憲法、政治、歴史を専門とする3人が語り合った。
杉田敦・法政大教授 高市早苗氏が、女性として初の自民党総裁に選出されましたが、その後、公明党が連立離脱を宣言し、政界は大混乱となっています。自民党総裁がそのまま総理になるという構図が崩れました。そこで高市氏についてですが、女性がトップリーダーになるのはいいことだと、ひとまずは言えます。しかし、日本の政界では、極端に強硬な女性しか活躍できない構造になっているようで気になります。圧倒的な男性中心社会で認められるには、マッチョでコワモテでなければという「圧力」が女性にかかっているようで、そうした圧力がある限り、真の女性活躍には必ずしも結びつかないのでは。
加藤陽子・東京大教授 自民党という家父長制的な政党、端的に言えば男性世襲議員が多いということですが、その中で、中産階級出身の女性がトップに立つことは時代を画する慶事である。これは間違いありません。ただ、1986年に社会党委員長となって「マドンナブーム」を巻き起こし、女性初の衆議院議長を務めた土井たか子さんとの連続性で高市さんを捉えることは難しい。この30年余の間に起きた……というよりも、まさに今回、高市さんを支援した方々が中心的役割を担った男女共同参画に対するバックラッシュを経たうえでの、初の女性総裁だということは踏まえておくべきです。
総裁選出時の「ワーク・ライフ・バランスを捨てる」発言が問題視されましたが、これは軍隊の中隊長レベルの発想です。それも、負けている軍隊。「身を捨てる覚悟」を見せることでしか隊の統率をはかれない。とても残念です。女性のリーダーシップを考える時、少なくともバックラッシュ以前の社会には、今の高市さんのようなありようは選択肢として存在しなかったはずです。
長谷部恭男・早稲田大教授 「教育勅語大好き人間」を自称する高市さんは、「企業体国家」への憧憬(しょうけい)を抱いておられるのでは。戦前の日本はまさに企業体国家でした。国民全体の共通目標があり、国が個人の生き方を決める。一億火の玉となって公私の別なく朝から晩まで天皇のために尽くす。そうであればこそ、富国強兵の旗のもと、あっという間に世界の「一等国」となりましたが、「天皇陛下のため」が暴走して勝てるはずのない戦争に突っ込み、国家滅亡の淵に立った。その結果できた日本国憲法は、企業体国家から「広場としての国家」へと国家像を転換させました。革命的な変化です。
広場としての国家では、国民全体の共通目標なんかない。国家は、広場に参加する人たちが守るべきルールを策定し、違反する人がいたら制裁する。それしかやらない。ルールの中でどういう生き方をするかは国民一人ひとりが決めます。ところがトランプ大統領の出現によって、広場のお手本だったはずのアメリカが企業体に変貌(へんぼう)しつつある。日本も広場のままではだめなんだという焦りや気負いが、高市さんの言葉の端々ににじんでいます。
杉田 広場で個人として生きるのは結構大変です。どう生きるか、どう行動するのかを自分で決められない、決めたくないという人にとっては「企業体国家」の方が暮らしやすい面がある。結局、輸出向けに自国の為替を極度に切り下げて、輸入食料やエネルギーの価格に苦しみながら、隊長の号令に従って倒れるまで残業するのが日本の繁栄の道だという程度の想像力しか、自民党とその周辺にはなかったということでは。
今回、公明党から、歴史認識や外国人政策と並んで、政治とカネについての要求を突きつけられ、連立離脱に至りました。しかし、この連立が壊れたら、自民党の議席にかなりの打撃となることは、以前から知られていました。組織票が減って、小選挙区でも連敗となる。それでも高市さんを選んだということは、非常に狭い視野でしか「戦況」を判断できなくなっていたのでしょう。もはや解党的出直しをするパワーすら残っておらず、身内を固めて古い自民党に戻ることしかできなかった。目を覆わんばかりの没落ぶりです。
長谷部 石破茂首相をスケープゴート(贖罪(しょくざい)のヤギ)にしたことからすべてつながっています。ヤギさんは別に悪いことをしていない。だから「石破おろし」に対して「辞める必要ない」と内閣支持率が上昇したわけですが、悪いことをしたか否かは実はどうでもいい。「こいつが全部悪いということにしよう」とみんながまとまることにこそ、スケープゴートの意味があります。解党的出直しなどハナから誰も真剣に考えておらず、総裁選の候補者はこぞって「党内融和」を唱え、論戦も低調でした。そして、「自分たちの罪はすべてヤギさんが背負ってくれた。みそぎは済んだ」と、裏金議員が支える高市さんを総裁に選び、「傷もの」が党の要職につく。とても自然な流れです。しかし、あまりにも得手勝手な「身内の論理」はさすがに通らなかったということでしょう。
杉田 「石破おろし」の中心にいた人たちが、いわゆる「安倍政治」の復権をもくろんでいたことは明らかです。安倍晋三さんが敷いたレールから石破さんが外れてしまったから、従来の支持層が参政党に流れた、復権させれば支持層を引き戻せる、昔の強い自民党に戻れるという夢を抱いて、5人の候補の中では最も安倍さんに近い高市さんを選んだと。高市さんは積極財政を打ち出していますが、安倍路線で膨らんだ国の借金をさらに増やせるのか。
長谷部 NHK放送文化研究所が5年ごとに行っている「日本人の意識」調査を見ると、安倍政権時代の2013年と18年は9割以上が生活に満足していると答えている。選挙をやるたびに自民党が勝ったのも当然です。しかし、その「ツケ」がいま本格的に回ってきて、円安による物価高で国民の生活が痛めつけられている。今さら安倍政治に戻るなんてできるはずがないし、やってはいけない。国が潰れます。
加藤 安倍さんは岸信介の孫、安倍晋太郎の息子ということで、自民党内での「正統性」を無条件に担える。しかし高市さんにはそれがない。ないのに、安倍さんと同じように振る舞おうとするから危うい。最もまずいのは、彼女の言葉の定義が非常に狭く、射程も短いことです。たとえば、総裁選出後の記者会見で靖国神社参拝について問われた際、笑顔をつくって「靖国というのは戦没者慰霊の中心的な施設で、平和のお社だ」。平和のお社? それは高市さんの勝手な定義で、国際的にはまったく通用しません。アメリカは靖国ではなく千鳥ケ淵戦没者墓苑の方を正当な慰霊の場だと考えている。日中共同声明や日中平和友好条約締結に向けて、靖国神社というトゲを抜くのに両国がどれほど苦労したか、外交交渉の蓄積への敬意と理解がないですね。これまでのようにアメリカ一辺倒では立ち行かなくなっている中で、日本はアジアと付き合っていかねばなりませんが、そのアジアの横っ面を張るようなひどい発言です。
杉田 総裁選の中で、排外主義的風潮をあおりかねない外国人政策が前面に出てきたことも見過ごせません。19世紀イギリスのウォルター・バジョットは、政治には「実務」と「威厳」の二つの機能があると整理しています。法律をつくって政策を動かす「実務」は当然やらなければいけない。しかしそれだけでは人民はついてこないから、「大英帝国はすごい」というところを見せて忠誠心を獲得し、国を統合していかなければならないと。ところがいま、世界的に実務がほとんど機能していない。移民という、まさにスケープゴートを仕立てて「威厳」を無理やり演出し、人びとを統合することしかできていません。日本においても「日本人ファースト」を掲げる参政党の伸長と、それに動揺して引きずられる自民党によって、外国人排斥的な流れが一気に加速しました。
加藤 高市さんを総裁に選んだことで、自民党は包括政党であることを諦めたと言えるのでは。党内外のコンセンサスを意識した経済的利益配分に留意し、「大きなテント」を張って幅広い考えの人たちを包摂してきましたが、ついにテントをたたみ、党内の一部の「無責任なポピュリズム」にくみした感があります。
長谷部 昨今の日本政治の特徴はニヒリズムだと思います。権力を握ることが自己目的化し、何のために権力を握るのかという目標や価値が蒸発してしまっている。先の参院選で議席を伸ばした小政党の党首は人気取りにはたけていますが、あるべき社会像を描けてはいない。ただ権力ゲームが面白くて、夢中になっている。しかも政党助成金という多額の「賞金」までついてくるのだから、これはもうやめられません。
杉田 衆参で自公が少数になったにもかかわらず、野党もメディアも自民党中心の発想からなかなか抜け出せなかったことが、日本政治停滞の大きな要因です。憲法や原発などの政策で完全に一致しなければ連立できないかのように言われていますが、世界を見渡せば、かなり考え方が違う政党が争点を限定して連立している。意見が異なる問題については基本的に現状維持とし、たとえば減税を中心的な課題として内閣をつくればいいだけです。これまでそうした発想がなく、今回、公明党が離れても野党の動きが鈍いのは、政党政治への理解が浅いからであり、もっと言えば、依然として自民党を過大評価しているからでしょう。
加藤 石破さんは10日、戦後80年の所感を出しました。戦争が避けられなかった理由を、国内の政治システムの不全から考察した声明です。国務大臣単独輔弼(ほひつ)制や統帥権独立等の制度的な穴を前提とし、その穴を補完し、「政策の統合」に任じたのが日露戦争までの元老であり、1930年代までの政党だったとの理解は、最良の学知の裏付けある解釈です。
しかし、政策の統合を図れるはずだった政党は、英米との軍縮、中国との戦争終結方針をめぐり、軍部の統御に失敗し続けました。その過程を、吉野作造、美濃部達吉、斎藤隆夫等、軍部批判者の名を挙げつつ裏面から書いた点に特徴がある。所感が一見、日本の対外的過誤に言及していないように見える理由はここでしょう。戦争を止められなかった理由を歴史から真摯(しんし)に学び続ける国民がいて初めて、平和国家の礎を築けると首相は述べました。日本の今後の針路を注視する世界に向けてのこの言明は、日本国民全体の利益と福祉にかなうものと思います。
杉田 石破さんが閣議決定を伴う戦後80年談話を出すのに反対した政治家たちは、何を守ろうとしたのか。彼らは安倍70年談話の「あの戦争には何ら関わりのない先の世代の子どもたちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」を、もう謝らなくていい宣言だと捉えていて、80年談話でこれを上書きされたくなかったようです。ドイツの哲学者ヤスパースは、戦争の罪には四つあると言っている。①刑事的な罪――戦犯が負う。後の世代は関係ない②政治的な罪――国民全体が負う。後の世代も継承する③道徳的な罪――戦争への加担あるいは傍観といった個人の行為に対して良心がその行為を裁く④形而上(けいじじょう)的な罪――災厄を引き起こす人間という存在そのものが抱える罪。戦後40年にあたる1985年、西ドイツのワイツゼッカー大統領はこの整理を踏まえ、①は後の世代は負えないとしつつ、「罪の有無、幼老いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりません」と罪を継承すると宣言した。ところが安倍談話は①だけをつまみ食いし、他の罪はないと言っているに等しい。今回、石破所感で、先の戦争に至る統治機構の不備という論点が出されたのは私も良かったと思いますが、安倍談話で無視されたままの、他の罪が気になります。
長谷部 ④を哲学者ハイデガーの言葉で言い換えると「負い目」です。それは否定のしようがない。なかったことにはできないし、それから解放されることもありません。「職業としての政治」を著したマックス・ウェーバーは、政治家は行為の結果に責任を負うという「責任倫理」を説いていますが、行為の結果が良かったか悪かったかの判断は結局、選挙に依拠するしかない。責任倫理を問われないためには選挙に勝って政権に居続けなければならないから、そのためなら公文書を改ざんするし、国会でうそをつく。安倍さん本人がどこまで指示したか知りませんが、そうやって安倍政治は維持されていました。自民党内にそのことへの反省はないし、企業献金も、旧統一教会の問題だって別に解決する必要はないじゃないかと、高市さんやその支援者はおそらく本気で思っている。ウェーバーが言う、悪い意味での職業政治家になってしまっています。
杉田 政治とは何かについては、大きく二つの考え方があり、一つはドイツの思想家カール・シュミットが述べたような、政治とは「戦争」であるという考え方です。最近は、世界にこのような政治観が蔓延(まんえん)しています。トランプ大統領はその典型で、政敵はもちろん、大学と闘い、さらには立憲主義を否定して裁判官とさえ闘う。外国人は皆、潜在的な敵として扱う。日本でも、その亜流のような政治家たちが人気を集めています。しかし、政治についてはもう一つ、多様な考え方を前提に、話し合いを通じて何とか合意して妥協するという考え方もあります。本来の保守とはそういうものだという考え方もありますが、石破さんを含めて、今はファイティングポーズをとらないと人気がないようです。
加藤 ファイティングポーズを取ること自体を否定はしませんが、立憲主義は守ってもらうことが最低条件です。立憲主義を破壊しておいて将来のビションを語ってもらっても何もなりませんから。
長谷部 政治とは可能性の芸術などと言われますが、現在の党派の枠を超えた想像力や構想力を取り戻し、停滞する日本政治を抜け出す方途を探るべきです。法の支配を守り、事実は事実として認めるといったミニマムな規律をもちろん維持した上でのことではありますが、単に税制や社会保障負担をいじるといったことを超えた、日本社会の大きな展望をやはり描いてもらわないと。
杉田 今後のことは予断を許しませんが、もしも一部野党との連立などで高市政権となれば、持続不可能な経済政策に加えて、この間の産業や学術の軍事化の流れが一層強まる心配があります。高市さんは「スパイ防止法」への意欲も繰り返し語っていますが、こうした法律がいったんできれば、報道機関や海外とつながりのある団体が根拠なくスパイ扱いされ、人権状況が悪化しうる。「戦争」としてのPermalink |記事への反応(0) | 08:55
失った構想力と想像力 高市新総裁と「漂流する日本政治」はどこへ?
新しい自民党総裁に高市早苗氏が選ばれた。初の女性首相となる公算が大きいと見られていたが、公明党が連立を離脱し、先行きの不透明感は増している。一方の野党も一枚岩となれず、政権交代の好機をつかみ取るのに苦心している。漂流する日本政治。さて、どうすれば――。憲法、政治、歴史を専門とする3人が語り合った。
杉田敦・法政大教授 高市早苗氏が、女性として初の自民党総裁に選出されましたが、その後、公明党が連立離脱を宣言し、政界は大混乱となっています。自民党総裁がそのまま総理になるという構図が崩れました。そこで高市氏についてですが、女性がトップリーダーになるのはいいことだと、ひとまずは言えます。しかし、日本の政界では、極端に強硬な女性しか活躍できない構造になっているようで気になります。圧倒的な男性中心社会で認められるには、マッチョでコワモテでなければという「圧力」が女性にかかっているようで、そうした圧力がある限り、真の女性活躍には必ずしも結びつかないのでは。
加藤陽子・東京大教授 自民党という家父長制的な政党、端的に言えば男性世襲議員が多いということですが、その中で、中産階級出身の女性がトップに立つことは時代を画する慶事である。これは間違いありません。ただ、1986年に社会党委員長となって「マドンナブーム」を巻き起こし、女性初の衆議院議長を務めた土井たか子さんとの連続性で高市さんを捉えることは難しい。この30年余の間に起きた……というよりも、まさに今回、高市さんを支援した方々が中心的役割を担った男女共同参画に対するバックラッシュを経たうえでの、初の女性総裁だということは踏まえておくべきです。
総裁選出時の「ワーク・ライフ・バランスを捨てる」発言が問題視されましたが、これは軍隊の中隊長レベルの発想です。それも、負けている軍隊。「身を捨てる覚悟」を見せることでしか隊の統率をはかれない。とても残念です。女性のリーダーシップを考える時、少なくともバックラッシュ以前の社会には、今の高市さんのようなありようは選択肢として存在しなかったはずです。
長谷部恭男・早稲田大教授 「教育勅語大好き人間」を自称する高市さんは、「企業体国家」への憧憬(しょうけい)を抱いておられるのでは。戦前の日本はまさに企業体国家でした。国民全体の共通目標があり、国が個人の生き方を決める。一億火の玉となって公私の別なく朝から晩まで天皇のために尽くす。そうであればこそ、富国強兵の旗のもと、あっという間に世界の「一等国」となりましたが、「天皇陛下のため」が暴走して勝てるはずのない戦争に突っ込み、国家滅亡の淵に立った。その結果できた日本国憲法は、企業体国家から「広場としての国家」へと国家像を転換させました。革命的な変化です。
広場としての国家では、国民全体の共通目標なんかない。国家は、広場に参加する人たちが守るべきルールを策定し、違反する人がいたら制裁する。それしかやらない。ルールの中でどういう生き方をするかは国民一人ひとりが決めます。ところがトランプ大統領の出現によって、広場のお手本だったはずのアメリカが企業体に変貌(へんぼう)しつつある。日本も広場のままではだめなんだという焦りや気負いが、高市さんの言葉の端々ににじんでいます。
杉田 広場で個人として生きるのは結構大変です。どう生きるか、どう行動するのかを自分で決められない、決めたくないという人にとっては「企業体国家」の方が暮らしやすい面がある。結局、輸出向けに自国の為替を極度に切り下げて、輸入食料やエネルギーの価格に苦しみながら、隊長の号令に従って倒れるまで残業するのが日本の繁栄の道だという程度の想像力しか、自民党とその周辺にはなかったということでは。
今回、公明党から、歴史認識や外国人政策と並んで、政治とカネについての要求を突きつけられ、連立離脱に至りました。しかし、この連立が壊れたら、自民党の議席にかなりの打撃となることは、以前から知られていました。組織票が減って、小選挙区でも連敗となる。それでも高市さんを選んだということは、非常に狭い視野でしか「戦況」を判断できなくなっていたのでしょう。もはや解党的出直しをするパワーすら残っておらず、身内を固めて古い自民党に戻ることしかできなかった。目を覆わんばかりの没落ぶりです。
長谷部 石破茂首相をスケープゴート(贖罪(しょくざい)のヤギ)にしたことからすべてつながっています。ヤギさんは別に悪いことをしていない。だから「石破おろし」に対して「辞める必要ない」と内閣支持率が上昇したわけですが、悪いことをしたか否かは実はどうでもいい。「こいつが全部悪いということにしよう」とみんながまとまることにこそ、スケープゴートの意味があります。解党的出直しなどハナから誰も真剣に考えておらず、総裁選の候補者はこぞって「党内融和」を唱え、論戦も低調でした。そして、「自分たちの罪はすべてヤギさんが背負ってくれた。みそぎは済んだ」と、裏金議員が支える高市さんを総裁に選び、「傷もの」が党の要職につく。とても自然な流れです。しかし、あまりにも得手勝手な「身内の論理」はさすがに通らなかったということでしょう。
杉田 「石破おろし」の中心にいた人たちが、いわゆる「安倍政治」の復権をもくろんでいたことは明らかです。安倍晋三さんが敷いたレールから石破さんが外れてしまったから、従来の支持層が参政党に流れた、復権させれば支持層を引き戻せる、昔の強い自民党に戻れるという夢を抱いて、5人の候補の中では最も安倍さんに近い高市さんを選んだと。高市さんは積極財政を打ち出していますが、安倍路線で膨らんだ国の借金をさらに増やせるのか。
長谷部 NHK放送文化研究所が5年ごとに行っている「日本人の意識」調査を見ると、安倍政権時代の2013年と18年は9割以上が生活に満足していると答えている。選挙をやるたびに自民党が勝ったのも当然です。しかし、その「ツケ」がいま本格的に回ってきて、円安による物価高で国民の生活が痛めつけられている。今さら安倍政治に戻るなんてできるはずがないし、やってはいけない。国が潰れます。
加藤 安倍さんは岸信介の孫、安倍晋太郎の息子ということで、自民党内での「正統性」を無条件に担える。しかし高市さんにはそれがない。ないのに、安倍さんと同じように振る舞おうとするから危うい。最もまずいのは、彼女の言葉の定義が非常に狭く、射程も短いことです。たとえば、総裁選出後の記者会見で靖国神社参拝について問われた際、笑顔をつくって「靖国というのは戦没者慰霊の中心的な施設で、平和のお社だ」。平和のお社? それは高市さんの勝手な定義で、国際的にはまったく通用しません。アメリカは靖国ではなく千鳥ケ淵戦没者墓苑の方を正当な慰霊の場だと考えている。日中共同声明や日中平和友好条約締結に向けて、靖国神社というトゲを抜くのに両国がどれほど苦労したか、外交交渉の蓄積への敬意と理解がないですね。これまでのようにアメリカ一辺倒では立ち行かなくなっている中で、日本はアジアと付き合っていかねばなりませんが、そのアジアの横っ面を張るようなひどい発言です。
杉田 総裁選の中で、排外主義的風潮をあおりかねない外国人政策が前面に出てきたことも見過ごせません。19世紀イギリスのウォルター・バジョットは、政治には「実務」と「威厳」の二つの機能があると整理しています。法律をつくって政策を動かす「実務」は当然やらなければいけない。しかしそれだけでは人民はついてこないから、「大英帝国はすごい」というところを見せて忠誠心を獲得し、国を統合していかなければならないと。ところがいま、世界的に実務がほとんど機能していない。移民という、まさにスケープゴートを仕立てて「威厳」を無理やり演出し、人びとを統合することしかできていません。日本においても「日本人ファースト」を掲げる参政党の伸長と、それに動揺して引きずられる自民党によって、外国人排斥的な流れが一気に加速しました。
加藤 高市さんを総裁に選んだことで、自民党は包括政党であることを諦めたと言えるのでは。党内外のコンセンサスを意識した経済的利益配分に留意し、「大きなテント」を張って幅広い考えの人たちを包摂してきましたが、ついにテントをたたみ、党内の一部の「無責任なポピュリズム」にくみした感があります。
長谷部 昨今の日本政治の特徴はニヒリズムだと思います。権力を握ることが自己目的化し、何のために権力を握るのかという目標や価値が蒸発してしまっている。先の参院選で議席を伸ばした小政党の党首は人気取りにはたけていますが、あるべき社会像を描けてはいない。ただ権力ゲームが面白くて、夢中になっている。しかも政党助成金という多額の「賞金」までついてくるのだから、これはもうやめられません。
杉田 衆参で自公が少数になったにもかかわらず、野党もメディアも自民党中心の発想からなかなか抜け出せなかったことが、日本政治停滞の大きな要因です。憲法や原発などの政策で完全に一致しなければ連立できないかのように言われていますが、世界を見渡せば、かなり考え方が違う政党が争点を限定して連立している。意見が異なる問題については基本的に現状維持とし、たとえば減税を中心的な課題として内閣をつくればいいだけです。これまでそうした発想がなく、今回、公明党が離れても野党の動きが鈍いのは、政党政治への理解が浅いからであり、もっと言えば、依然として自民党を過大評価しているからでしょう。
加藤 石破さんは10日、戦後80年の所感を出しました。戦争が避けられなかった理由を、国内の政治システムの不全から考察した声明です。国務大臣単独輔弼(ほひつ)制や統帥権独立等の制度的な穴を前提とし、その穴を補完し、「政策の統合」に任じたのが日露戦争までの元老であり、1930年代までの政党だったとの理解は、最良の学知の裏付けある解釈です。
しかし、政策の統合を図れるはずだった政党は、英米との軍縮、中国との戦争終結方針をめぐり、軍部の統御に失敗し続けました。その過程を、吉野作造、美濃部達吉、斎藤隆夫等、軍部批判者の名を挙げつつ裏面から書いた点に特徴がある。所感が一見、日本の対外的過誤に言及していないように見える理由はここでしょう。戦争を止められなかった理由を歴史から真摯(しんし)に学び続ける国民がいて初めて、平和国家の礎を築けると首相は述べました。日本の今後の針路を注視する世界に向けてのこの言明は、日本国民全体の利益と福祉にかなうものと思います。
杉田 石破さんが閣議決定を伴う戦後80年談話を出すのに反対した政治家たちは、何を守ろうとしたのか。彼らは安倍70年談話の「あの戦争には何ら関わりのない先の世代の子どもたちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」を、もう謝らなくていい宣言だと捉えていて、80年談話でこれを上書きされたくなかったようです。ドイツの哲学者ヤスパースは、戦争の罪には四つあると言っている。①刑事的な罪――戦犯が負う。後の世代は関係ない②政治的な罪――国民全体が負う。後の世代も継承する③道徳的な罪――戦争への加担あるいは傍観といった個人の行為に対して良心がその行為を裁く④形而上(けいじじょう)的な罪――災厄を引き起こす人間という存在そのものが抱える罪。戦後40年にあたる1985年、西ドイツのワイツゼッカー大統領はこの整理を踏まえ、①は後の世代は負えないとしつつ、「罪の有無、幼老いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりません」と罪を継承すると宣言した。ところが安倍談話は①だけをつまみ食いし、他の罪はないと言っているに等しい。今回、石破所感で、先の戦争に至る統治機構の不備という論点が出されたのは私も良かったと思いますが、安倍談話で無視されたままの、他の罪が気になります。
長谷部 ④を哲学者ハイデガーの言葉で言い換えると「負い目」です。それは否定のしようがない。なかったことにはできないし、それから解放されることもありません。「職業としての政治」を著したマックス・ウェーバーは、政治家は行為の結果に責任を負うという「責任倫理」を説いていますが、行為の結果が良かったか悪かったかの判断は結局、選挙に依拠するしかない。責任倫理を問われないためには選挙に勝って政権に居続けなければならないから、そのためなら公文書を改ざんするし、国会でうそをつく。安倍さん本人がどこまで指示したか知りませんが、そうやって安倍政治は維持されていました。自民党内にそのことへの反省はないし、企業献金も、旧統一教会の問題だって別に解決する必要はないじゃないかと、高市さんやその支援者はおそらく本気で思っている。ウェーバーが言う、悪い意味での職業政治家になってしまっています。
杉田 政治とは何かについては、大きく二つの考え方があり、一つはドイツの思想家カール・シュミットが述べたような、政治とは「戦争」であるという考え方です。最近は、世界にこのような政治観が蔓延(まんえん)しています。トランプ大統領はその典型で、政敵はもちろん、大学と闘い、さらには立憲主義を否定して裁判官とさえ闘う。外国人は皆、潜在的な敵として扱う。日本でも、その亜流のような政治家たちが人気を集めています。しかし、政治についてはもう一つ、多様な考え方を前提に、話し合いを通じて何とか合意して妥協するという考え方もあります。本来の保守とはそういうものだという考え方もありますが、石破さんを含めて、今はファイティングポーズをとらないと人気がないようです。
加藤 ファイティングポーズを取ること自体を否定はしませんが、立憲主義は守ってもらうことが最低条件です。立憲主義を破壊しておいて将来のビションを語ってもらっても何もなりませんから。
長谷部 政治とは可能性の芸術などと言われますが、現在の党派の枠を超えた想像力や構想力を取り戻し、停滞する日本政治を抜け出す方途を探るべきです。法の支配を守り、事実は事実として認めるといったミニマムな規律をもちろん維持した上でのことではありますが、単に税制や社会保障負担をいじるといったことを超えた、日本社会の大きな展望をやはり描いてもらわないと。
杉田 今後のことは予断を許しませんが、もしも一部野党との連立などで高市政権となれば、持続不可能な経済政策に加えて、この間の産業や学術の軍事化の流れが一層強まる心配があります。高市さんは「スパイ防止法」への意欲も繰り返し語っていますが、こうした法律がいったんできれば、報道機関や海外とつながりのある団体が根拠なくスパイ扱いされ、人権状況が悪化しうる。「戦争」としての政治観に一気にかじを切ることになりかねません。Permalink |記事への反応(2) | 08:48
きのうは昼から起きててあーセルフカットとシャワーしなきゃーと思ってたら夕方
とくにセルフカットを何度も鏡みながら微調整してたらクッソ時間かかtって最終的にシャワーあびて出たらもうそとまっくらの19時とかだった
それから2kmくらい先にあるかつやにいってとんじる定食くった
ちなみに人生で2度目の勝也
1回目は多分10年以上前
結果・・・うーん・・・良くも悪くも値段なり・・・いや値段未満かなあと思った
多分いろいろ値上げしてそうだから値上げしてなかったらよかったんだけどなあ
かつも微妙だった
100円クーポンつかって800円くらいだったけど、これで800はたけーなと感じてしまった
ゲームは正月に1480円以下まとめて半額のときに買うもののめぼしつける感じ
鈍器
はりぼーのゴールドベア80gが100円で結構迷ったけど飼わなかった
ハリボーも量減ったんだよなあ
そっから会社いって面接の準備のための復讐したり、だれもおらんオフィスで一人カラオケした
せっかくカラオケ欲でたのに今は年末料金なったから気軽に行けなくなっちゃったんだよなあ
最終的に深夜2時くらいに会社出た
都内サウナ雑感書いてくよー!(長くなって制限超えたため前後編)
この年末年始の連休、実家への帰省予定が無くなり時間ができたので、自分のホームばかりでなくちょっと色々行ってみるかと足を伸ばしてみた。もうそこそこ話題になったところばかりなので、ガチサウナー諸氏には目新しい情報はないかもしれない。けど楽しかったし普段使う所や昔通った所含めて色々書く。
新宿駅徒歩10分ちょい、ゴールデン街の奥のスパ施設。岩盤浴、温浴あり。24時間営業。
サウナ室は昔ながらのドライサウナ(テレビ、オートロウリュ)と低温ミスト塩サウナのふたつ。水風呂は唐辛子が浮かべてある変わった水風呂。水温は16℃前後。
サウナだけでなくスパ施設のため温浴も豊富。伊豆からお湯を搬送している露天温泉、広い低温炭酸泉辺りが魅力。寝湯や壺湯もある。
ここは以前のホームで、予定の無い休日に早起きして深夜料金から切り替わる9時を狙って行っていた。いきなりだけど年末年始に行ったところではない。
朝9時入店、風呂に行くが身体を洗った後サウナ直行ではなく露天の温泉へ。せっかくあるから入りたい。ここで温まったら一発水風呂をかまして休憩。
そこからサウナ大体3セット。自分はドライサウナしか使わない。最終セット後は、食事処の開店時間11:30に合わせ低温炭酸泉でまどろむ。サウナ後のぬるめの炭酸泉気持ち良過ぎないですか? 法で規制とかしなくて大丈夫ですか?
食事処へ行ったらスマホで動画を観ながらひたすらビール。空腹感が強ければカツカレーなんかを食べ、酩酊状態で地下のリクライニングソファが並ぶ休憩フロアへ。昼寝。起きたら大体15時過ぎ。
清潔、空間にゆとりがあるの2点は自分にとってプライオリティが高いので、朝イチの時間はよく利用させてもらった。特にウィズコロナが叫ばれた時期にはよく行ったが、この立地で出来て間も無くコロナ禍に見舞われ、他人事ながら大丈夫かというくらい閑散としていたが、時短営業などを越えよく乗り切ってくれたと思う。これからも頑張ってもらいたい。西麻布は行きにくいので行かない。
吉祥寺駅北口徒歩3,4分。温浴無し、シャワー、サウナ室、水風呂、休憩場所のみの無骨スタイル。それでいて施設自体は真新しくスタイリッシュな雰囲気。料金システムは1h毎の加算制で退店時に後払い(キャッシュレスオンリー)。最近は4時間以上利用みたいな設定もできたらしい。男性専用施設で毎週火曜日がレディースデイ、ただし2025年1月いっぱいで終了らしい。女性サウナー達は三鷹の新店に流れることになるのだろうか。
自宅から通いやすく、自分のホームとなって最近はここの利用が多い。温浴がなくても、シンプルで使いやすく水風呂待ちや休憩待ちとかが無きゃそれでいいなと思わせてくれたお店。
朝イチ利用が多いけど仕事後とか時間問わず行く。ロッカーは1番から20番までを使うと脱衣所でカゴを利用できる。大体3セット、休憩スペースが本当に居心地が良くそこで満足してしまって2セットの日もある。
終わったらハモニカ横丁で飲む。横丁のお店が空いていない時間だったら快活CLUBでちょっと寝て待つ。ゴールド会員。鍵付完全個室万歳。
ドデカいサウナ室と水風呂は「とりあえず熱くなって冷やしてととのえ」と言わんばかりの良くも悪くも大雑把な印象。繊細ではなく真っ直ぐな「体育会系サウナ」という感じだが、なるほどこのジムのようなロゴデザインや内装含めたそういうブランディングなのだろうと自分は感じる。サウナ室の居心地の良さ追求型ではない、なんというか荒っぽい感じではあるが、それでも2hごとのアロマロウリュなんかは心地よいし、何より内気浴スペースの居心地の良さが気に入ってる。
また通っていると細かいところに改善の意思を感じる。当初は新規会員の登録などで受付カウンターが混み合っていたが、登録二次元バーコードの設置位置をずらし混雑を解消したり(それもあってか利用方法の周知がされきっていない様子も若干見られるが)、脱衣カゴの利用違いがないよう表示が大きくされたり。黙浴の水風呂で会話している客にもスタッフが気付くとすぐに声を掛け黙浴を促す。より良い場を求め見直しを続ける姿勢に好感が持てるし、こちらも良い利用客であろうと思える。良いサウナはみんなで作るもの。これからも使いたいところ。
西荻窪駅徒歩1分。先述のモンスターサウナの系列店でこちらの方が前身。温浴無し、サウナ室1つ(オートロウリュ有り)、水風呂は水温2種類と外気浴。
最大の売りは屋上の外気浴スペース。インフィニティチェアがずらっと並べてあり、中央・総武線のアナウンスを聞きながら開放的な体験ができる。
水風呂が独特で1人用のユニットバスが屋上に4つ。低温の方でも15℃前後で無理無く入れる。
受付フロアにはコワーキングスペース、休憩スペースも有り。自分は使わない。
近場で済ませたいけど火曜日でモンスターサウナが使えない日にたまにいく。火曜日なのを忘れてモンスターまで行って、渋々隣駅の西荻窪に移動することもたまにある。
バランスとれた良サウナ。施設も綺麗だしストレス無く使える。ただ空いている日は少ない印象。
これはどうでもいいレベルだけど、サウナ終わって受付フロア戻るとくつろげる休憩スペースがあるのだけど、コワーキングスペースと併設されていてオンラインMTGとかバリバリ仕事してる人がたくさんいてあまりそこでくつろぐ気にはならない。
渋谷駅徒歩5分。漫画「サ道」の原作者でありサウナ大使を務めるタナカカツキ氏が総合プロデュースを務めるサウナ施設。
男女合わせてなんと9つのサウナ室。奇数日偶数日で東西2種の浴場、「WOODS」と「LÄMPI」が男女入れ替わる。Webサイトで利用日がどちらなのか確認して行くことを勧める。
温浴無し、それぞれ2フロアにサウナ室と浴室、内気浴(2階)・外気浴(3階)が可能。カフェスペース有り。基本料金で男性2.5h、女性3.5h利用。
両浴場とも2階に更衣スペースとシャワー、2階3階それぞれにサウナ室2,3室ずつ、水風呂が1つずつある。水風呂は2階が3名横になれる浅い寝水風呂、3階が立って入る深い水風呂。タナカカツキ氏がYouTubeで潜っていたので頭まで浸かっても良さそう。
2階のサウナ室好きな方と水風呂内気浴で1セット、3階に移動してまた気に入ったサウナ室で3セット。大体4セットくらいする。
シンプルどでかサウナ室のモンスターばかりに通っていて、久しぶりにサウナ室の居心地の良さの魅力を思い出させてくれたお店。色々なサウナ室がある、スーパー銭湯ならぬスーパーサウナと言えるようなこういうサウナ楽しいなってなった。
「WOODS」か「LÄMPI」だったら自分は「WOODS」一択。3階の茶室をモチーフとした「TEETÄ SAUNA」が一番お気に入り。天井の低い円形の部屋で、真ん中に置かれたサウナストーブに時折アロマロウリュをかけながら、窓の外の緑を眺めてぼーっとする。次点で2階の一人ひとり仕切りで区切られた「VIHTA SAUNA」。「LÄMPI」の方だったら2階の寝られる「BED SAUNA」が好きだけど、3階屋外フロアのサウナ室がイマイチ。
両エリアに4名用のケロサウナがあって部屋としては良いのだけど、温度が低く人の出入りで熱がかなり逃げるのがちょっとなぁという感じ。
あと値段設定は高め。土日祝特定日利用が多いのだけど3,850円はたけぇー。カフェで飲食注文すると30分延長無料と聞いたけど1500円超のカレーはあまり魅力的には感じられず。アルコールもあるが700円のグラスビールを飲むなら山家あたりで飲む。
渋谷駅センター街の24時間営業サウナ。サウナ室一つ、水風呂一つ、内気浴とシンプル設計にあつ湯の温浴もあり。
エレベーターで上がって、券売機で60分、90分を選んで購入(キャッシュレスはカウンターで申告)。時間帯での変動はあるが60分1,500円、90分1,800円。
水風呂は当初シングルだったのかな?最近何度か足を運んでるけど13℃とか。
渋谷ではSAUNASより安く気軽に入れるので周辺に行ったときに。あとは24時間営業なんで先日は都心での仕事の前に始発で行った。
後ろに時間の決まった予定が無ければ90分で入店。サウナ室も水風呂も一つずつというシンプル設計なのでただただ楽しむのみ。3,4セット。温浴はあまり入らない。
「良いサウナに必要なものがあり、余計なものがない」という必要十分な感じ。値段も優しめで自分の中ではかなり好きなお店。「道場」という名に相応しい何やら修行場の様な雰囲気で、チャラついたものは排除し、シンプルかつ良いサウナをと言わんばかりの設計思想に好感が持てる。意外なことに経営母体の元々の業態は居酒屋だそう。チャレンジングな新業態であるのによくこんなに良い店を作ってくれた。
センター街と聞いて若者で賑わっている感じなのかなと思ったけど、蓋を開けてみるとなるほどどうして、サウナが好きなんだろうなと思われる1人客がそれぞれ黙々とサウナを楽しんでいる雰囲気だった。何度か通ってるが、店の中にはそこら中に注意書きのようなものがあるでもないのに、お客さんのマナーは不思議とよい(時間帯によるのかもしれないけれど)。
そんな男たちが、全裸にロッカーキーの紐を首から下げて(ここはリストバンドではない)、あぐらをかいてサウナ室に座っている様は、まさに道場という雰囲気。かなり気に入った。
たまにスタッフによるロウリュ、大団扇でのアウフグースがある。全体を仰いだ後、挙手制で個別に仰いでくれる。
「充分になりましたら『押忍』とおっしゃってください」
コクリ
ブンッ、ブンッ、ブンッ、ブンッ、
「押忍」
楽しい。
後編へ続く。
ずっと昔はエブリスタというサイトに料理レシピ投稿コーナーがあった…様な気がする
ま、そんな事は置いといてクックパッドの話
私がクックパッドを始めたのはたけのこの里できのこの山を作るというふざけたレシピからだった
今は無いけど。へーこんなんでいいんだぁと思い、何か投稿しようとしたが文が書けなくて読む専に。料理初心者の私にとって、クックパッドは本当に母親みたいだった。ビニール袋を使うとか
小麦粉を時には使うとか知らないことばかりで
その私がなぜクックパッドを見なくなってしまったかと言えば単純に腕が上がったからだろう
今までは何とも思わなかったレシピも腕が上がったら「この過程、いるか?」と疑う様になってしまい、楽しくなくなってしまった
それに世の中にはクックパッド以外にも役に立つ
サイトはたくさんあるし(オレンジページとか白ご飯comとか)なんならブックオフにまでレシピはある。気づいてしまったのだ
そうなってくると、もうクックパッドは検索で出てきても邪魔にしかならなかった…しかしだ
クックパッドには一時期、かわいい女の子のキャラクターがいて、その子が配信とかしていた
信じることが出来た。いいねしてくれたし
だが、時は残酷で人気が出なかったのか引退してしまった。これでますますクックパッドを見る気が失せた
石丸伸二をよく知ろう
https://www.youtube.com/watch?v=Nv3KOXAvFFU
全く意味が解らない。
皆さんこんにちは石丸伸二です。今回喜多方市長選に立候補しました。いろんなところで政策のお話はさせてもらってるんですけども、そもそもあなたは誰なんですかというご質問をいただくことも多いので、今回はその御要請いただいた質問をまとめてもらいました。
順番にお答えしていきたいと思います。
まず最初、最初ははい浦上ですね。はい。最初血液型と星座。O型です。星座は、しし座ですね。変わってないと思います。13星座でもしし座のはずですというのは、あまり星座に興味がない人間です。すいません朝の星座占い見ません。
次へきのこの山たけのこの里、どっち派。これは難しいですね。これほど世界を二分するテーマはないんじゃないでしょうか?ただこの厳しい質問に答えていくのも、市長としての大事な仕事になるのかなと信じてます。答えはたけのこですね。
チョコとサクサクスナックのバランス、何より質量感ちょっとキノコじゃ出せないなと思ってます。
次こんな調子で大丈夫か。次じゃん。得意なこと、自慢できること取り立てて自慢できることも、もう何でしょうか?
お酒が結構飲めます。苦手なお酒はないですね。世界のどんな酒でも出されたら絶対飲むと。
これは唯一親が僕に与えてくれた貴重な才能の一つかな.。お酒が飲める体質にくれてありがとう。(笑いがはいる)
次じゃん。苦手なこと、本当に苦手なことが多いんで、ちょっと選ぶのが難しいですね
もうちょっと皆さんが引くほど苦手なことを言っちゃうとマイナスなんで、言える範囲で、装着時は結局苦手な事。複雑な事が苦手です。
例えばスポーツの球技だけ駄目ですね。単純な走りとか泳ぐとかだと、夢中でどれだけでもできるんですけど、はい、野球とかはもう見る専門です
この街サッカーサンフレッチェありますけど、もう応援は絶対頑張って誰よりもできるんですけど、実際にやってみる体験とかは、すいませんちょっと難しいと思います。(だれかしゃべっている)
次スクールミーティング休みは何してますかなるほどこれまでの生活の中でいくと、基本的に休んでません。というのはトライアスロンというのをやってるので、土日は基本的に練習になってます。
朝は7時ぐらいからですねバイク、自転車に乗って、長い日は昼過ぎぐらいまで走り続けてます。100キロとか120キロというトレーニングをやるのって、休みの日はむしろ休まない。そんな生活を受けてます。
次今お付き合いしている人は、私の恋人は安芸高田市です。(スタッフが笑う)
ちょっとスタッフの人は笑いすぎですよ。いいえなるほどそれはいらないいらないんですいません。はい。独身ですし未婚のまま今に至ってます。はい。
どうも私にとっては恋人がこの街であり、私の奥さんはこの街です。また笑われました。
私はここで生まれ育って、僕は外の世界は本当に知らなかったんですね。旅行で時々出かけたことが年に1回ぐらい。
海外なんてもう大人になるまで出たことはありませんし、なので、ここが私の世界の全てです。
なので、何でしょう。はい。もう完成してましたね。この町も全て私の好きなものは全部ここにあると思って育ってました。はい。なので、やっぱりここは僕にとっては安らぐ場所ですね帰ってくる場所としては、これ以上の街はないなと思ってます。
安芸高田のここが好き僕の生まれ育った場所なので、小さい頃好きだった風景ですね。それは山があって、田んぼが広がって、町の人たちも距離が近いですよね。うちは歩いててすれ違う人に大体挨拶します。
名前知らなくても何となく知ってる人、そういう感じがみんなにあるんですね。そういう懐かしいというか、変わらない良さ、やっぱりそこが好きです。
新庄よく素人の映像あっという間の2時間半お楽しみいただけましたでしょうか?(この動画以外にまだあったらしい)
6日は今まだ選挙期間中です。
でも、あっという間に終わります。次の日曜日で、もうこの選挙も終わりなんですね。
でもこの選挙期間を通して何よりも、それが終わった先でですね、しっかりと自分がここにいる意味戻ってきた意味を、それを皆さんに伝えていきたいと思います。
きのこたけのこ論争にはみんな嬉々として参加してるけど、あのお菓子に特段愛着があったり思い入れがある人ってそう多くはない。じゃあ、みんな何がしたいかってロールプレイがしたいだけなんだよ。「私はたけのこ派でありきのこ派は絶対に許さない」みたいな、実生活ではまず機会のない強烈な派閥ロールプレイが。そんできのたけ論争って極めて無害じゃん。強い態度示しても誰も傷つけない安心感をみんなで共有してるから気楽で楽しいんだよね。
まあそれはそれでネットの、今では珍しくなった割と健全なノリだとは思うけど……面白くない。去勢された羊の群れの戯れでしかない。「お前は攘夷派?開国派?」みたいな刹那の間に殺し合いに発展しそうな緊張感がない。それは極端だとしても、なんていうか「どっち派みたいな論争は好きだけど他人と対立するのは良くないことだからきのたけでガス抜きしとくわ~」みたいな自意識とコンプレックスが微妙に混ざった不味いカフェオレみたいな苦みを感じるんだよ。きのたけにかける熱量を、もっと自分が本気で好きなジャンルに捧げればよくね?