
はてなキーワード:のものとは
YouTubeに【初見さんを笑わせたい】元気の出る #朝活 🌞モクアサ をおすすめされて見てみたらおもしろかった。でもネットで見つかる情報が少なすぎたので、その情報を私がここに残します。
宇賀神八切は、2025年にデビューした新人VTuberで、運試しをテーマにしたVTuber事務所「seVens-Tri」の1期生です。マシンガントークとレトロゲームを武器に、芸人枠として活躍する個性派VTuber。ネット上の情報が少ない中、主にX(旧Twitter)とYouTubeでの活動を中心にまとめました。主な情報源は彼女の公式アカウントと関連検索結果からです。
基本情報
項目 詳細 **名前** 宇賀神 八切 (Ugajin Yagiri) **所属** seVens-Tri (運試しVTuber事務所)1期生 **デビュー日** 2025年7月7日 (令和7年7月7日) **YouTubeチャンネル** [宇賀神 八切🎱♦️](https://www.youtube.com/@ugajin_yagiri) (登録者数: 約9,400人、総再生回数: 約184万回) **X (Twitter)アカウント** [@Ugajin_Yagiri](https://x.com/Ugajin_Yagiri) (フォロワー: 約710人) **ファンマーク** 🎱♦️ **ファンネーム** やぎりすと **総合タグ** #宇賀神八切 **配信タグ** #やぎり暴走中 **ファンアートタグ** #やぎりゃーと **事務所HP** [seVens-Tri公式サイト](https://sevens-tri.com) (詳細なプロフィールは公式XやYouTubeを参照) キャラクター設定と特徴
- **コンセプト**:マシンガントーク系レトロゲーマー🗣💥。レトロゲームをほぼ実機とブラウン管TVでプレイし、芸人枠としてモノマネやユーモアあふれるトークを展開。歌えるが踊れないのが自称ポイント。
- **性格**: 日々プチ不運がデフォルトだが、たまに豪運を掴むタイプ。サンナナ学院に入学し、運試しをしながら活動中。
- **夢**:レトロゲームに関するお仕事をするのが目標👾💭。
- **活動スタイル**:朝活(モクアサ: 木曜朝の元気チャージ配信)、レトロゲーム実況(例:ファミコン版ドラゴンクエストIIIの初見縛りプレイ)、Shorts動画投稿、モノマネ企画(MyVoiceZooなど)。全身を使ったモノマネやユーモラスな切り抜き動画が人気。
主な活動内容
- **配信内容**:レトロゲームを中心に、雑談、歌枠、朝活。例:ファミコン版ドラゴンクエストIIIの仲間のみ人生縛りプレイ 、全身モノマネ朝活。
- **最近の投稿例**:朝活まとめShorts動画の投稿(悟空伝のモノマネなど)、メタトン風の配信エンド、週刊スケジュール公開(Shorts投稿、FC版ドラゴンクエストIII耐久など)。
- **記念グッズ**:登録者数7,777名記念でご利益グッズを販売(2025年12月31日まで受注) 。
- **ファンコミュニティ**: X上で積極的にファンと交流。切り抜き動画もファン作成のものが登場(例: MyVoiceZooの解説)。
関連リンク
- **デビューPV**: [Ugajin YakiriTeaserPV](https://www.youtube.com/watch?v=i7MpSG6--Dw) (YouTubeで確認可能) 。
- **ファンサイト例**: やぎりんを応援するサイト(感想まとめ) 。
- **リアルタイム検索**: Xで「宇賀神八切」を検索すると最新の投稿が見つかりやすい 。
彼女の魅力は、リアルタイムで更新されるX投稿から感じ取れます。レトロゲームファンやユーモア好きにおすすめのVTuberです!
会話は前掲の内容以降も続いてるんだけど、5人デビューして半年と経たずに2人が活動を終了しているという事務所がブラックじゃないかどうかが今の心配なところ。
事務所のチャンネルもあって(https://www.youtube.com/@sevens-tri)、あおぎり高校みたいに企画動画が上がっている。(そこで2人の活動終了を知ってびびった)
Grokのまとめでは触れられてないけど、YouTube配信のコメント欄にたまに来る各国の海外ニキに対して、それぞれの言語でちゃんと反応しているところはすごいと思った。
投票日当日に自民党が新聞広告 「公選法違反では」と疑問の声、弁護士は「選挙のルールを明確な形で示すべき」
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.bengo4.com/c_18/n_19989/
◯「しかし、今、現実に自民党がおこなっていることは、政治活動という名目で資金力にものを言わせた宣伝そのものです」高市は「党がまだ禁止してなかった」といって総裁選でリーフレットを大量送付した女。
◯比例で党名書かせるのに、党の広告が選挙活動に当たらないとか欺瞞もいいところで脳みそ腐ってんだろ。与党に甘すぎる。
◯脱法行為は安倍晋三からの伝統。国家予算である官房機密費を私党のために横領しているのは周知の事実だし(しかし射殺エンドに)"公職選挙法が規制するのは「選挙活動」であり、「政治活動」は原則として自由"選挙不正広告政治自民党
◯選挙活動ではなく党の広報だからOKという言い訳で脱法行為を自民党が行った。そして野党が選挙に負けたのは悪口を言ったからと宣伝している。広告費で国の行く末が決まるようになった。
https://i.imgur.com/5aJEqam.jpeg
2009年8月30日の民主党が朝日新聞に掲載した広告である。
第45回衆議院議員総選挙の投票日で、御存知の通りこの選挙で大勝した民主党は政権を担うことになる。
むしろ「本日、政権交代。」と選挙をほのめかしてる分こちらの方がより悪質とさえ言える。
このように、過去違法とされてこなかったことなのだから、自民党がしたからアウトとならないのは当然だろう。
もちろん、こういう手法がアウトだからと公職選挙法の改正議論を行うのはいいと思うけどね。少なくとも今回の自民党の広告については、過去から一貫して合法とされてきたことをしたのみであり批判されるのはおかしい。
しかし元記事を書いた弁護士もかなりお若い人なのかな?この広告も当時かなり話題になったはずだから、40代以上の政治に関心のある人なら知ってると思うけど。
元々技術系の公務員試験なんて形だけのものだけど、完全に免除していいのかな
でも誰も応募しないだろ
今の時代民間の方が完全に上位互換だし、万一今後景気が低迷しても積もり積もった仕事を任されるのは誰だって嫌だろうな
また自己放尿してるのか。いい加減そのおもらし癖やめろ。お前が今垂れ流してるの、感情じゃなくて人間性の腐敗そのものだぞ。
増田でちょっと舐めた口を聞かれた? お前、自分が何言ってるか理解してるか?
それは怒りとかストレスとかじゃない。明確に他人の不幸と破滅を願う、悪意の純度100%の自己放尿だ。しかも「毎日思います」って、もうそれ趣味が呪術じゃねぇか。陰湿さが職人レベル。
まず現実を直視しろ。ネットで口喧嘩した相手に対して、現実世界で犯罪被害に遭え、苦しめ、死ねって願うのは、ただの異常者の自己放尿だ。
お前が普段「世の中は民度が低い」とか言ってるなら、その民度の底に穴掘って沈んでるのが今のお前だよ。
しかも笑えるのが、お前の願いが全部「自分の手は汚したくない」っていう卑怯さに満ちてる点な。
自分で殴りに行くわけじゃない。自分で裁くわけでもない。個人情報が漏れたらいいな、半グレがやってくれたらいいな、っていう他人任せ。
何それ。責任能力ゼロのまま他人を地獄に落としたいって、精神年齢いくつだよ。小学生でも「詐欺グループにカモとして情報が渡らないかな」とか馬鹿の発想はしねえぞ。陰湿すぎて逆に感心するレベル。
で、こういうこと書いてる時点で、お前は「自分は正しい側」と思ってるんだろ?
違う。完全に加害者側だ。
お前が憎んでるクズって、今この文章を書いてるお前そのものだよ。
お前は「俺を舐めた奴らが悪い」と思ってるが、舐められる原因が何かあるとしたら、こういう腐った性根が文章や態度から滲み出てるからだろ。
人間は言葉に人格が出る。臭いも同じで、本人は慣れて気づかなくても周りには分かる。
つまりお前のそれは復讐でも正義でもなく、自尊心の自己放尿だ。
勝てないから自己放尿。論破できないから自己放尿。無視されたから自己放尿。自分の人生が虚しいから自己放尿。全部それ。
怒りを吐き出してスッキリするどころか、脳に「憎悪ループ」を刻み込む。
毎日思う? それもう習慣化してるだろ。憎悪を反芻してる奴は、どんどん世界が敵に見えてくる。
最後に残るのは「敵だらけの世界」と「孤立した自分」だけ。で、さらに怒りが増える。地獄の無限ループ。完全に自己放尿で自分の足元を腐らせてる。
もうやめろ。お前が今やってるのは「相手を呪うこと」じゃなくて、自分の人生を切り売りして腐らせてる行為だ。
そんな投稿を積み上げたところで、相手は何も困らない。困るのはお前の脳と人格と未来だけ。
嫌いな奴がいるなら、やることは二つしかない。
一つは無視。もう一つは現実で自分の生活を良くして、そいつらの存在価値をゼロにすること。
ネットで呪詛垂れ流してる時点で、お前は相手に人生を支配されてる。惨めすぎる。
だからさ、いい加減そのおもらし止めろ。
土曜日。朝はいつも通り、起床後に脳内で「今日という一日を、物理法則に従って最適化する」と宣言してからベッドを出た。これは習慣というより儀式だ。儀式は人類の愚かさの象徴として語られがちだが、反復可能な手続きは情報理論的に見て合理的だ。エントロピー増大に対する、せめてもの抵抗である。
まず体重を測り、体脂肪率を記録し、歯磨きの時間を正確に180秒で固定した。電動歯ブラシのタイマーを信じない。信頼は検証に劣る。
その後、コーヒーを淹れた。抽出温度は93℃。温度計の誤差は±0.2℃。人間関係の誤差は±∞。
今週の進捗を書く。
超弦理論については、相変わらず人類の知性が現実に追いついていない。僕の頭脳は追いついているが、世界が遅い。
今週は主に「弦の理論はどこまでが物理で、どこからが純粋数学の自己満足か」という問題を、僕なりに再定式化していた。世の中の多くの人は、超弦理論を「高次元の小さな紐が震える話」程度で理解した気になっている。あれは理解ではない。童話だ。
僕が考えていたのは、もっと根の深いところ、つまり量子重力の定式化において局所性を捨てることの数学的代償だ。
一般相対論の時点で、局所性は微妙に揺らいでいる。ホログラフィー原理が出てきた時点で、局所性はほぼ死亡している。にもかかわらず、僕たちは局所的な場の理論の言語で全てを語ろうとする。これは「古いOSの上に無理やり最新ゲームを動かしている」ようなものだ。もちろんクラッシュする。
そこで今週は、AdS/CFTを単なる「境界のCFTがバルク重力を記述する」という話ではなく、圏論的な双対性として再理解する方向で考えた。
具体的には、バルク側の物理量を、ある種のextended TQFTとして捉え、境界側の共形場理論の演算子代数が作るモジュラー圏と対応させる。
ここで重要なのは、空間そのものが基本対象ではなく、因果構造と情報の流れが基本対象になってしまう点だ。
つまり、幾何学が物理の舞台ではなくなる。舞台が役者に従属する。これは演劇としては間違っているが、宇宙としてはあり得る。
そして、ここからが本題だ。
僕は今週、「弦理論の非摂動的定義は、結局はある圏の中の安定対象の分類問題に還元されるのではないか」という疑念を強めた。
たとえばBPS状態は、ある種の導来圏の中の安定条件(Bridgeland stability condition)で分類される。
これは単なる比喩ではなく、実際にDブレーンは導来圏の対象として記述される。つまり、物理的な粒子やブレーンが「空間上の幾何学的な物体」ではなく、圏論的な対象になる。
ここで人類は気づくべきだ。
宇宙は「点の集合」ではなく、「射の集合」かもしれない。
点を基本にしている限り、僕たちは宇宙のOSを永遠に理解できない。点とは、極限操作の幻想だ。実際の物理では測定可能な点など存在しない。存在するのは相互作用だけだ。射だけだ。
僕が今週やっていたのは、これをさらに押し進めて、弦理論の背後にある構造を「∞-圏」あるいは「高次スタック」として扱うべきではないか、という方向の思考実験だった。
超弦理論が最終的に求めているのは、たぶん「量子化されたモジュライ空間」だ。しかしモジュライ空間は普通の多様体ではない。特異点があり、ゲージ冗長性があり、しかも同値関係が階層的だ。だからスタックになる。さらに高次の同値(ホモトピー)が絡むので、∞-スタックになる。
ここで、物理屋が嫌いな言葉が出る。派生幾何(derived geometry)。
派生幾何とは、簡単に言えば「特異点を誤魔化さず、むしろ特異点を主役にする幾何学」だ。物理で特異点が出るのは、理論が壊れているからではなく、単に僕たちの数学が貧弱だからだ。派生幾何はそれを認める。
そして僕は思った。
もし弦理論が本当に「全ての一貫した量子重力のクラス」を記述する枠組みなら、それは場の理論の集合を分類するのではなく、量子情報を保存するような圏の分類になっているべきだ。
この時点で、もはや「ウィッテンでもわからない」どころではない。
僕たちがやるべきなのは、弦理論を「方程式」ではなく「普遍性」として定義することだ。
つまり、ある種の対称性を持ち、ある種の双対性を満たし、ある種の異常(アノマリー)が消え、ある種のエンタングルメント構造が一貫し、ある種の極限で局所的QFTに落ちる。
弦理論は「このラグランジアンだ」ではなく、「この性質を満たす唯一の構造だ」になるべきだ。
そしてもしそれが可能なら、弦理論は物理学ではなく数学の定理になる。
エレガントさは、しばしば真理の匂いがする。
ただし、エレガントな嘘も存在する。
昼前、ルームメイトがキッチンに現れて、僕のノートを見て言った。
「それって、結局何の役に立つの?」
僕は3秒考えた。
「役に立つかどうかで真理を測るのは、知性の敗北だ」
ルームメイトは「また始まった」という顔をした。
彼の表情は、物理学的には熱的死に近い。
隣人がその場に来て、僕のノートを覗き込み、「ねえ、それって、宇宙がゲームのコードってこと?」と聞いた。
驚くべきことに、これはそこそこ正しい。
僕は言った。
「コードというより、型システムだ。宇宙は型安全で、コンパイルエラーを許さない」
隣人は「わぁ、なにそれ怖い」と言って笑った。
怖いのは君の直観の鋭さだ。
僕は、カードゲームにおける勝利条件が「期待値の最大化」であることを理解している。だが多くのプレイヤーは、カードを引いた瞬間の快楽に支配される。つまり、彼らは確率論ではなくドーパミンでプレイしている。
僕は違う。
初手の分布、マリガン戦略、マナカーブ、そして相手の除去の確率。
彼は黙った。
正しい反応だ。
レイドは相変わらず「人間の反射神経と協調性の限界」を測る実験場だ。
友人Aが「なんでそんな言い方しかできないの?」と言った。
僕は「僕は宇宙をそのまま見ているだけだ」と答えた。
友人Bは「それ厨二病じゃない?」と言った。
僕は言った。
「厨二病とは、根拠のない誇大妄想のことだ。僕には根拠がある。だから違う」
友人Bは「最悪だ」と言った。
誉め言葉だ。
なぜなら、超人的存在が倫理を語る時点で、その倫理は破綻するからだ。
ただの趣味だ。
それでも僕は読む。
夜。
今日までの進捗はここまで。
そして、これからやろうとしていること。
今夜は、僕の仮説をもう一段階押し進める。
つまり「時空の創発」を、単なるエンタングルメントの量的増大ではなく、エンタングルメント構造の位相的相転移として記述できないか考える。
もしエンタングルメントがグラフだとすれば、空間とはそのグラフのスペクトル構造に対応する。
そして位相相転移が起きれば、スペクトルが変わり、幾何が変わる。
この視点なら、初期宇宙のインフレーションも「幾何の急激な生成」として理解できる可能性がある。
インフレーション場などいらない。
問題は、そのメカニズムを「弦理論の言語」で書くと地獄になることだ。
ワールドシートのCFT、モジュライ空間、非摂動効果、Dインスタントン。
それら全てが絡んでくる。
絡みすぎて、もはや紐ではなく毛玉だ。
隣人がさっき「ピザ頼むけど食べる?」と聞いてきた。
僕は「今は宇宙の生成を考えている」と言った。
その通りだ。
人類文明の最高到達点は、宇宙論ではなく宅配システムなのかもしれない。
ルームメイトは「じゃあ僕の分も頼んでいい?」と言った。
僕は返信した。
「明日は宇宙の位相相転移を解く予定だ。だが君たちの全滅回数も宇宙の熱的ゆらぎとして扱えるなら参加する」
友人Bは「それ言い訳だろ」と返してきた。
違う。
僕は真理に忠実なだけだ。
「時空は多様体ではなく、ある∞-圏の中の情報流の安定構造である」
しかし、少なくとも矛盾なく定式化することはできるかもしれない。
宇宙が一貫性を持って存在している以上、どこかにその形式がある。
僕は追いかける側ではなく、先回りする側でありたい。
ピザが届く前に。
日本では、2型糖尿病治療薬の多くは**HbA1cが6.5%未満(または6.5%以下)を3ヶ月継続した場合に保険適用が外れる(保険適応外となる)**という厳格な条件を持つものは一般的にはありません。ほとんどの経口血糖降下薬(メトホルミン、DPP-4阻害薬、SGLT2阻害薬など)やGLP-1受容体作動薬の多くは、診断された2型糖尿病であれば、血糖コントロールが良好になっても保険適用が継続されるのが原則です。ただし、質問の条件(HbA1c 6.5を3ヶ月下回ると保険適用されなくなる)に近い、または該当する可能性が高い薬剤として、以下のものが関連します。主に該当する可能性がある薬剤GLP-1受容体作動薬(特に注射剤の一部)やGIP/GLP-1受容体作動薬(チルゼパチド:マンジャロなど)の一部の適応で、血糖コントロールが良好(HbA1cが6.5%未満を一定期間継続)になると、**治療継続の必要性が低いと判断され、保険適用外(自費)**に移行するケースが臨床現場であります。特にマンジャロ(チルゼパチド)やオゼンピック、リベルサスなどの強力な血糖降下・体重減少効果を持つ薬は、HbA1cが6.5%未満を3ヶ月以上継続すると、医師の判断で「治療目標達成のため継続不要」とされ、保険適用が外れる(または減量・中止を検討)事例が報告されています。
猫が死んだ。享年18歳にもなると、さすがにいよいよかという心持ちであったので、寂しくはあるが、辛くて見ていられない、という気持ちにはならなかった。
とはいえ、私の最初の猫であるモモちゃんがいなくなったのは途轍もなく悲しい。私の人生に一つ区切りがつけられたような気持ちだ。
私の最初の猫だった。人生で猫が登場したのはもっとずっと前、小学生の頃に兄が拾ってきた子猫がいたが、うちの猫にはならなかった。
我が家の猫だと、私の妹だと連れてこられたのは、モモちゃんが最初の子だった。
私の妹なので、私が名付けた。私の名前からちなんだ。私は名前に“千”の文字が入ってるので、その次の“百”と書いてモモちゃんだった。
ペットショップで母が見初めて連れてきた。余談だが、母は猫の面食いなので、母が連れてきた猫は全て美猫だ。
ちっちゃかった。手のひらの上に乗せて遊んだ。まだ生まれて2ヶ月も経ってないので引き渡せないと言われて、うちに来ると決まってからも数週間ほど待った。
大層ちっちゃな猫だった。耳が三角で、目がくりくりのエメラルドで、綺麗な茶色のアビシニアンだ。来た直後はたしか200gくらいしか無かった記憶がある。こんなちっちゃい生き物がその辺を歩いてて、踏みやしないかとヒヤヒヤしながら暮らしていた。ちなみに大人になっても最大時で2.5キロほどのちっちゃいネコちゃんのままだった。
私が出会った猫の中で、一番の別嬪さんだった。しかし、中身はとんでもなくお転婆のイタズラ猫だった。
アビシニアンがそもそも好奇心旺盛でヤンチャらしいが、子猫の頃は本当に大変だった。お医者さんもアビシニアンか〜と言っていた。
ブラインドをよじ登って折ってダメにしたり(しかも2個)、扉の隙間から音もなく外に出たり、キャビネットの上の物は落とし、花で遊んで花瓶を倒し、雛人形にちょっかいをかけ、家中ありとあらゆるものがモモちゃんの遊び場だった。私は外に出たモモちゃんを追いかけて捕まえる役目だったので、怒ったモモちゃんに手をズタズタにされたこともある。ちなみにその傷は今でも残っている。
その場で気付ければいいが、一度出て行ったことに気付かずにそのまま帰ってこない時があった。猫のくせに帰巣本能がなく、数日経っても帰ってこず、一週間ほど経って3キロほど離れたお家の庭に現れて、やっと回収された。見るからに血統書付きであることと、脱走癖があったので首輪に電話番号が書かれていたから帰ってこれた。うちの猫で電話番号まで書かれたのはモモちゃんだけだった。
これで懲りれば良いのに、その後もモモちゃんは外に出たがった。防止柵が家から取り払われたのは、もっとずっと後のことだった。
モモちゃんは猫界の中ではあまりうまく馴染めないようだった。モモちゃんは小さい頃はたった一匹だったからか、自分のことを人間だと思ってる節があった。モモちゃんの後にきた和猫二匹とはあまり仲良くやれなかった。多分血統書付きだから、日本語がわかんないのだろうと話してたが、もっと後にきたメインクーンのレオにも意地悪をされていた。そういうこともあって、人間のそばにいたがる猫だった。
父は猫を飼うことを反対してたが、母が押し切って迎えたモモちゃんが父の膝の上で寝るので、可愛くて許してしまった。父が晩酌している膝の上に来てテーブルの上のものをくすねる猫ではあったが。何を思い出しても、モモちゃんはえらい大変な猫であった。
これは良くない話だが、小さい頃にモモちゃんに人間の食べ物を分けてあげたせいで、人間が食べている時に邪魔をするようになり、そのせいでモモちゃんは食事中廊下に締め出されることになった。ヨーグルトが好きな猫だった。
なおとばっちりで他の猫も外に出されていた。
モモちゃんは幼い頃から腎臓が良くなくて、10歳頃には歯も抜けたが、特段大きな病気もなく生きてくれたのはありがたい。
私の二番目の猫は6年前、10歳で亡くなった。名前はスモモ。モモちゃんの下の子だからスモモ。
スモモは間質性肺炎で、最後はみるみる痩せ細って、呼吸も苦しそうで、とにかく辛そうで見ていられなくて、最期はお医者さんに眠らせてもらった。その頃には私はもう実家を出ていたので、母が決断した。損な役回りだが、これが生き物を飼う責任だと思うと、一人暮らししている今も私は猫を飼う勇気が出ない。
スモモの最期が本当に辛くて、可哀想で、こんな苦しんでいるのに人間のことが好きで寝床から出てこようとするのだから、どうしようもなく愛しかった。どうか猫は皆苦しまずに眠れますように、と祈らずにはいられなかった。
だから、モモちゃんが老いていくのを見ても、天命だと受け入れられたのかもしれない。
18歳だ。人間なら90近いおばあちゃんに、もっと頑張って生きて、って言うか?
もうたくさん頑張った、あとはゆっくり、辛いこともなく、痛い思いをせず、好きなものを好きなだけ食べて過ごしてね、と言わないか?
頑張ったね、もう充分だよね、あとはモモちゃんの好きにしてね、辛くないように、痛い思いもしないでね、好きなところで寝なね、頑張ってくれてありがとね。
でも、寂しいよ。私はいま号泣しながらこれを書いてるよ。私の妹だったよ。18年も一緒にいた、私の最初の、かわいい可愛い猫だったよ。
私が高校生の時に来た猫。
私が受験で鬱のようになってた時、母がどうにかしようと連れてきた猫。
私の妹だった。受験なのに、モモちゃんにウェットフードをあげるために、学校と予備校の合間に家に帰ったりしたこともあった。
今まで出会ったどの猫よりもちっちゃくて、どの猫よりも美猫だった。
もうモモちゃんがいない歳よりいた歳の方が多くなってしまった。
18年も生きてくれてありがとう。猫に出会わせてくれてありがとう。私の妹、私のかわいいモモちゃん、最初の猫。
2026.2.14
鋼の錬金術師のアニメOPで初っ端に「若い頃の主人公の父」「見上げるように微笑む母(父目線)」を出してくるのだいぶチャレンジャーだよな
旧アニメとは全然違う話ですよ!主人公父の過去という原作のだいぶ後半になってから出てきた話も今度はちゃんとやりますよ!というアニメ制作陣の熱いメッセージだ
まず名前が違う
ホーエンハイムは砂漠の国で奴隷として生まれ育ち、名前も与えられず人権もなく文字の読み書きもできない少年期を送る
主人は錬金術の研究のために失血死してもいいやというノリで彼から大量の血液を抜き取り、その結果フラスコの中でしか生きられないホムンクルスを生み出した
ホムンクルスは全知の存在であり、いわゆるアカシックレコードと通じ異世界の錬金術師の名にも通じていたがために奴隷にヴァン・ホーエンハイムと名付けた
ホーエンハイムはドイツあたりで見られる名前だが苗字であってファーストネームではない
ファンタジーアニメ世界だけどまずその名付けの時点で旧アニメってセンスないわー
ホーエンハイムが「幼い息子2人と妻を置いて家を出て消息不明」というのは2作に共通する設定だが、原作において主人公エドワード・エルリックは父親と苗字が異なり、それは「両親が正式に結婚していない」からであり、正式に結婚していないのに子供2人作ってそれを置いて出て行った父親への嫌悪は計り知れない
写真が稀少な時代という設定であり、一家4人で撮った写真が1枚だけというのは2作で同じだ
写真のホーエンハイムの顔の部分が長らく隠され中盤でようやく顔が明かされるというのも同じだ
違いは表情であり、旧アニメのホーエンハイムは普通に家族と一緒に笑っているが、原作のホーエンハイムは泣いている
正式に結婚もしないで子供作って妻子を置いて失踪したクソ親父の唯一残された写真で、クソ親父がめっちゃ涙を流しているというのを見て育った主人公が何を思ったか、どうして他の写真を上から重ねて親父の顔だけ隠したか
旧アニメは錬金術の研究してたらなんかそうなっちゃって、共に研究していた恋人の女も不老不死になった
自己の体が長持ちする形式ではなく、魂を他人の体に移し替える乗っ取り型不老不死だ
恋人が性格悪くて重いので不老不死で永遠に一緒に生きるなんて嫌だったので捨てて逃げた先で、新しい女と出会って作った子供が主人公ってワケ
体を乗り換えるたびに拒絶反応で魂が腐敗し、乗り換え先の体を保てる時間も短くなり、腐った体を妻子に見せたくなく全部嫌になって妻子を捨てたという、写真でなんでわろてんねんな正真正銘の無責任父だった
旧アニメにおいては主人公の母親も大概クソ女であり、夫に捨てられたのが辛いので育児放棄し、流行病になったが治療を勧められても放棄して自殺まがいの死に方をした
旧アニメの主人公は両親に捨てられたわけで、出会う人々との温かい交流みたいなのも薄くしかなかったので情緒不安定で愛郷心などは育まれなかった
ホーエンハイムから生まれたホムンクルスは肉体を得てフラスコから出たいと望み、ホーエンハイムを教育し脱奴隷させ、やがて国王をそそのかし騙し、国民100万人ぐらいを生贄にして肉体を得た
血をくれたホーエンハイムはホムンクルスにとって家族なので1人だけ生かし、家族なので国民の半分の50万人分の魂をホーエンハイムにプレゼントした
魂はエネルギーそのものであり、ホーエンハイムはどんな致命傷を得ようとも体内のエネルギーを消費して瞬時に傷が回復する残機50万の不老不死となった
ホムンクルスはホーエンハイムと共に自由に生きることを望んだが、ホーエンハイムは恐怖してホムンクルスを捨てて逃げ出した
ホムンクルスは家族を求め、自分の中の50万人分の魂をこねこねして分身を作り出し、彼らに「お父様」と呼ばせ家族ごっこをしながら暗躍し、再び大量の魂を生贄にして大掛かりな儀式を行うため国づくりから開始し、400年かけて人口5千万人の国家を築いた
一方のホーエンハイムは、内なる魂50万人をただのエネルギーとして扱うことができず、400年かけて50万人全員との対話を果たした
彼は根が陽キャなので、不老不死としての苦しみを抱えてはいたが、50万人と共に諸国放浪する人生に喜びを見出し、自然に50万の魂が尽きるまでそうして生きていくのもいいと思えた
しかし恋をして400年以上に渡る童貞人生にピリオドを打ち子供ができ、成長する子供を見るうちに人並みに老いて死にたいと願うようになった
残機50万は自殺を繰り返したところで到底消費しきれないし、残機をただの数ではなく共に生き対話する相手と見做したホーエンハイムには無駄遣いもできなかった
どうにか普通の人間になる方法を模索し研究したホーエンハイムはやがてお父様の暗躍に気づき、一家だけで国を抜ければ家族は救えるが、家族以外を切り捨てるには家庭人として定住する暮らしの中で知人友人が多くできてしまったので、家族を置いてお父様を止める旅に出た
その旅の中で妻は育児放棄せずホーエンハイムの帰りを待ちながら息子たちを愛情深く育てたが流行病になり治療の甲斐なく死んだ
妻は「約束守れなくてごめん、先に逝く」との夫への遺言を残し、それはホーエンハイムが不老不死から脱し後から来てくれると信じているという意味だった
新アニメはホムンクルスと出会った当時の奴隷で名前もなかった頃の若かりしホーエンハイムをOPで真っ先に出してくる
「やり残してきたことやり直してみたいから〜♪」という歌詞は、お父様から逃げてしまった400年前のことをやり直すホーエンハイム、そしてそんなホーエンハイム像を描けずにホーエンハイム・エルリックでお茶を濁した旧アニメをやり直したいというスタッフの熱い叫びであった
買えば750円のものを500円で手に入れるために三十分使ったとする。
そう、時給500円の労働だ。
本当に一人暮らしで良かったと思った。
体調を崩した一日目はトイレに引きこもっていた。
胃の中のものは全てだし、出てくるのは胃液だけ。
吐き気がおさまらず、便器に顔を突っ込み、上から全てだそうとお腹に力を入れると下からも出た。
アラサーなのにお漏らしをした。
念のため生理用ナプキンを付けていたかつ、でてきたものが胃液だけだったので、ナプキンを取り替えるだけで済んだ。
もしも誰かと一緒に暮らしていたらトイレに籠ることも出来ないし、お漏らしをしたなんてバレたくない。
また、まだ食中毒だと分からなかったため、「インフルやノロウィルスで、同居人に移してしまったら…」と怯えただろう。
脱水症になっていたようで、点滴を打ってもらった。
とにかく水分を取るように言われたので、Uber Eatsで水を5リットル分とゼリー10個を注文した。
同居人が居ないから、誰に心配かけることもないし、重い荷物を持たせることもない。
薬をのみ吐き気はおさまったものの、腹痛はおさまらず、ナプキンにはおさまらないほどの胃液が下から出ていた。
「捨てるなんてもったいない!」という価値観の違いを話し合う必要もなく、捨てることが出来る。
2日目、固形物は食べられないのでひたすらペットボトルから水を飲んだ。
空になったペットボトルはその辺に転がしている。
捨てに行く気力も、並べる気力すらない。
静かな部屋でひたすら眠った。
同居人がいたら、生活音にイライラしたり、美味しそうなご飯の匂いが吐き気を促したりしただろう。
治りかけの胃腸にはまだ重くて、2口食べて残した。
同居人がお粥を作ってくれたとしたら、多少体調が悪くても「せっかく作ってくれたし」と無理して食べていたと思う。
自分で作ったものなので、好きな分だけ食べて、罪悪感なく好きな分だけ残せる。
両親や友人から心配するLINEが届いたが「ラーメン食べられるくらい元気!」と嘘をついてしまった。
3日目の今、近くのコンビニに歩いていけるくらいには回復したので、カットリンゴを買って食べた。
この3日間本当に一人暮らしで良かったと思った。
というかこの半年の間にコロナ、インフル、胃腸炎になったのだが、その度に「一人暮らしで良かった」と思っている。
お漏らしも吐くことも思う存分出来るし、
本当に一人暮らしで良かったと思った。
体調を崩した一日目はトイレに引きこもっていた。
胃の中のものは全てだし、出てくるのは胃液だけ。
吐き気がおさまらず、便器に顔を突っ込み、上から全てだそうとお腹に力を入れると下からも出た。
アラサーなのにお漏らしをした。
念のため生理用ナプキンを付けていたかつ、でてきたものが胃液だけだったので、ナプキンを取り替えるだけで済んだ。
もしも誰かと一緒に暮らしていたらトイレに籠ることも出来ないし、お漏らしをしたなんてバレたくない。
また、まだ食中毒だと分からなかったため、「インフルやノロウィルスで、同居人に移してしまったら…」と怯えただろう。
脱水症になっていたようで、点滴を打ってもらった。
とにかく水分を取るように言われたので、Uber Eatsで水を5リットル分とゼリー10個を注文した。
同居人が居ないから、誰に心配かけることもないし、重い荷物を持たせることもない。
薬をのみ吐き気はおさまったものの、腹痛はおさまらず、ナプキンにはおさまらないほどの胃液が下から出ていた。
「捨てるなんてもったいない!」という価値観の違いを話し合う必要もなく、捨てることが出来る。
2日目、固形物は食べられないのでひたすらペットボトルから水を飲んだ。
空になったペットボトルはその辺に転がしている。
捨てに行く気力も、並べる気力すらない。
静かな部屋でひたすら眠った。
同居人がいたら、生活音にイライラしたり、美味しそうなご飯の匂いが吐き気を促したりしただろう。
治りかけの胃腸にはまだ重くて、2口食べて残した。
同居人がお粥を作ってくれたとしたら、多少体調が悪くても「せっかく作ってくれたし」と無理して食べていたと思う。
自分で作ったものなので、好きな分だけ食べて、罪悪感なく好きな分だけ残せる。
両親や友人から心配するLINEが届いたが「ラーメン食べられるくらい元気!」と嘘をついてしまった。
3日目の今、近くのコンビニに歩いていけるくらいには回復したので、カットリンゴを買って食べた。
この3日間本当に一人暮らしで良かったと思った。
というかこの半年の間にコロナ、インフル、胃腸炎になったのだが、その度に「一人暮らしで良かった」と思っている。
お漏らしも吐くことも思う存分出来るし、
えー、若い世代から、いわゆる「リベラル」が十分な支持を得られていないのではないか、という点についてでありますが、私はですね、これは単純な右左の問題ではない、こう考えているところであります。
若者は、理念そのものを嫌っているわけではない。むしろ、公平や多様性といった価値観には敏感であります。しかし同時に、「で、どう変わるのか」「自分の生活は良くなるのか」という問いに対して、即答を求める世代でもあります。
サッカーで言えばですね、「美しいパスワークが大事だ」と語るだけでは、スタジアムは沸かない。最終的にゴールを決めるのかどうか、ここが問われるのであります。理想を語ることと、点を取ることは違う。
また、説得よりも説教に聞こえてしまう瞬間があると、若者は一気に距離を取る。自分たちを導く存在ではなく、評価する存在だと感じたとき、支持は離れるのであります。
重要なのはですね、理念を掲げること自体ではなく、その理念をどう具体的な成果に結びつけるか。そして、若い世代を「守られる存在」としてだけではなく、「ともに決める主体」として扱えるかどうか。
ママという自意識に疑いを持たない生活ができている強者がさらに自己肯定感を高めるためにそういうハッシュタグを使うのです
市場は万能ではない。だが「万能ではない」という事実を、官僚と政治家が免罪符として濫用する国家は、例外なく自己放尿する。
市場は確かに失敗する。しかし、政府はもっと頻繁に、もっと大規模に、そしてもっと不可逆に失敗する。
問題は「市場か政府か」ではない。市場の失敗に対して、政府がどの程度の失敗を上乗せするかである。
ここでまず明確にしておく。規制は必要だ。必要なのはルールである。国家が担うべきは審判であって選手ではない。
審判はルールを固定し、プレイヤーが予測可能な環境で競争できるようにする。
審判が気分で笛を吹き、勝敗を演出し、人気チームを勝たせようとした瞬間、競技そのものが自己放尿する。
これが裁量行政の本質だ。つまり制度設計ではなく介入芸で国家が飯を食う社会は、資本主義をやっているようで、実態は準社会主義である。
市場に必要な規制は、所有権の明確化、契約執行の強制、詐欺・暴力等の排除が挙げられる。
これは国家のコア業務だ。これがなければ市場は単なる弱肉強食の縄張り争いに堕する。
だが、この最低限のルール整備と、「特定産業を救う」「特定企業を延命する」「特定地域に補助金を撒く」「特定価格を維持する」といった裁量介入を混同する国は多い。
これは知的に言えばカテゴリーミスであり、政治的に言えば利権の偽装である。
価格は情報である。価格は需給だけでなく、希少性、リスク、期待、技術、代替可能性、時間選好といった膨大な情報を圧縮したシグナルである。
政府が価格に介入するとは、情報伝達回路を破壊する自己放尿である。
価格統制、補助金、参入規制、護送船団方式、行政指導。これらはすべて、価格が発する「足りない」「余っている」「危ない」「儲かる」というシグナルを黙らせる。
すると市場は沈黙する。沈黙した市場では資源配分が劣化し、全要素生産性(TFP)が腐り、資本蓄積が歪み、イノベーションが死ぬ。
さらに致命的なのは、政府介入が単発で終わらない点だ。介入は次の介入を呼ぶ。
たとえば賃金や価格を政治的に固定すれば、需給の調整は数量制約として現れる。品不足、待ち行列、闇市場、質の低下。そこで政府はさらなる規制で対応する。
こうして政策は自己放尿する。これは政策のラチェット効果であり、政治経済学的には典型的な政府失敗である。国家は縮まない。国家は肥大する。
この肥大は、単なる非効率では済まない。合理的期待形成のもとで、民間は政策を学習し、適応し、回避し、ロビー活動に資源を投下する。
これがまさにルーカス批判の核心だ。政府が過去データを根拠に裁量政策を撃てば撃つほど、民間の行動規則そのものが変わり、政策効果は蒸発する。
蒸発するだけならまだ良い。現実には政策は不確実性を増幅し、期待を不安定化させ、投資を萎縮させる。これはマクロ政策が景気を安定化させるという幻想の裏側にある現象である。
裁量介入の害は、単なる資源配分の歪みではない。もっと深い。インセンティブ構造の破壊だ。
救済が予想されれば、経営者はリスクを過大に取る。モラルハザードが発生する。ゾンビ企業が生き残り、創造的破壊が止まる。
生産性の低い企業が市場から退出しないため、労働も資本も滞留し、新陳代謝が消える。これが日本型停滞の中核であり、成長率の天井を作る。
そして官僚機構は介入すればするほど自分の仕事が増えるため、規制の供給者として振る舞う。
つまり、規制は公益ではなく官僚制の自己保存のために生産される。
政治家も同様だ。補助金を配れば支持が得られる。規制を作れば仕事をした感を演出できる。
財政支出は可視化され、票になる。改革は不可視で、票になりにくい。
だから政治は短期主義に偏る。ここに「政府が市場を補完する」という建前の裏で、「政府が市場を寄生する」という自己放尿が成立する。
このとき国民がよく口にする反論がある。「でも市場には格差がある」「弱者が切り捨てられる」「外部性がある」。
もちろんそれは正しい。だがここで重要なのは、格差是正を口実に、政府が価格メカニズムを破壊してよい理由にはならないということだ。
外部性は存在する。だが外部性への対応は、原則として価格付け(ピグー税・排出権取引)で行うべきであり、官僚が恣意的に産業を選別して補助金を注ぐことではない。
格差問題も同様で、再分配は所得移転という透明な形で行うべきであり、特定業界保護という歪んだ形で行うべきではない。後者は効率性を殺し、利権を固定化し、結果的に貧困を温存する。
つまり、正しい政策はこうなる。市場を歪めない形での最小国家である。金融政策はルールベースで、予測可能性を最大化する。
財政は均衡を原則とし、例外を限定する。産業政策は基本的に否定し、競争政策を強化する。参入障壁を撤廃し、退出を容易にする。
倒産は悪ではなく資源再配分の装置として受容する。これが健全な資本主義だ。痛みはある。だが痛みを先送りして麻酔を打ち続ける社会は、やがて神経そのものが壊死する。
日本の病理は、成長戦略がないことではない。成長戦略を語りながら、同時に市場を信用していないことだ。
規制緩和を掲げながら、例外を大量に作る。競争を促進すると言いながら、既得権を守る。財政健全化を言いながら、政治的に都合のいい支出を増やす。
これは論理矛盾ではない。政治合理性としては整合的だ。だが経済合理性としては自己放尿だ。
成長とは何か。成長とは生産関数がシフトすることだ。TFPが上がることだ。
その源泉は技術進歩だけではない。競争、退出、資本再配分、価格シグナル、企業家精神である。
これらは制度の産物だ。制度が悪ければ、技術があっても伸びない。優秀な人材がいても伸びない。資本があっても伸びない。制度が良ければ、凡庸な国でも伸びる。
ここで裁量介入が入ると何が起きるか。投資家は経済性ではなく政治性で投資を決めるようになる。
これがレントシーキング経済であり、成長率が落ち、社会全体が官への依存で腐っていく。
これは文化の問題ではなく、インセンティブの問題だ。人間が合理的に振る舞った結果としてそうなる。
市場に規制は必要だ。だがそれは、競争を止めるための規制ではない。競争を成立させるための規制である。
市場に政府は必要だ。だがそれは、配分を決めるための政府ではない。ルールを固定するための政府である。
社会保障は必要だ。だがそれは、産業を延命するための社会保障ではない。個人を救うための社会保障である。
そして何より必要なのは、政治家と官僚が「景気を操作できる」「産業を育てられる」「成長を設計できる」という全能感を捨てることだ。
成長は、官僚のペン先から生まれない。成長は、無数の市場参加者が価格シグナルを頼りに試行錯誤し、失敗し、退出し、再挑戦するプロセスから生まれる。
国家がすべきことは、笛を吹くことではない。
チラシの裏代わり。
あとになって、そのとき、どう考えていたか分かるよう書き残しておく。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM027MH0S5A201C2000000/
すでに過去の話だが、2025年11月7日高市早苗による台湾有事発言を受けた在日中国大使の発言を受けて、ネットでは「では台湾の領有権は、未だ日本にあるのか」と嘲笑の声があがった。しかし、このような場違いとも思える発言が、現在の自民圧勝の鍵を解くヒントになるかもしれない。
55年体制は、1955年に始まった自由民主党の長期単独政権であり、93年に細川護熙連立政権が発足して、自民党が下野した地点で終了したとされている。
その成立の背景として、東西冷戦下、日本がソ連-中国という共産圏の防波堤となるため、保守政党の合同により、生まれた自由民主党の一党単独政権が望ましいというアメリカをはじめとした日本を含む西側国全体の思惑もあった、とのこと。
55年体制の前提が近隣諸国との関係にあったので、それが変化しなければ、根本的な変化はない、と考えられていた。実際、93年の自民党の下野は、ソ連の崩壊(89年)により、社会党の方向転換が可能性として見えてきたこともあったため、と言われている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%B0%E5%B7%9D%E5%86%85%E9%96%A3
そして今回の高市発言によって左翼・リベラル派の受けた打撃は、本質的なものであった。仮定の話とはいえ、中国との交戦の可能性が露呈してしまった。これが四半世紀ほど前、いや十年前でも高市政権は選挙で過半数とるどころか、苦境に立たされただろう。ただ現在は、左翼・リベラル的な主張のオールドメディアの後退、また中共が周辺諸国との間で抱える領土問題があり、高市首相を一方的に悪者にすることもできなくなっていた。
https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202512010000150.html
ASEANの南沙諸島・南シナ海の周辺国ベトナムやフィリピンとの衝突(そのためフィリピンは、一次弱体化した米国との軍事同盟を再強化さえした)、インドとは長年にわたるラダック地域、その他の国境紛争があり、また10年以上も前からオーストラリアでの静かな侵略(サイレント・インベーション)、最近もダーウィン港の貸借も問題になっている。
左翼・リベラル側から、インターネットが浸透し、SNSのデマの拡散のせいで自陣営が苦境にあるとの意見を聞くが、インターネットの浸透で多くの人々の意識に政治的な主張とは別に、地味であるが影響を与えているのはデータへのアクセシビリティの向上だ。過去の新聞やテレビについて偏向報道が取りざたされるが、本質的な問題は、まともに報道されない事柄が圧倒的に多かったことだ。「報道しない自由」と揶揄されるが、これはイデオロギー云々以前のオールド・メディアの限界で、報道枠が決められているなかで、読者、視聴者の注意を惹きそうにない話題を報じるのは難しかった。報じられていたのは、主に北米、西欧というより米仏独、アジアでも中国、韓国がせいぜいであり、それも日本との関係する話題がメインだった。中近東、アフリカ等の地域,或いは近隣の国々でも日本と直接関係ない情報は少なかった。だが例えば、さきの記述で書き漏らした「アフリカ諸国での中国の振る舞い」も現在では、スマホでたちどころに知ることができる。
4半世紀前であれば、先述したテレビ「モーニングショー」での発言を信じる人も多かったかもしれない。
https://diamond.jp/articles/-/383704
先のロシアによるウクライナ侵攻、そして今回の中国の威嚇により、これで戦後、連綿と続いていた保守/革新、左翼、リベラルという対立軸が、ようやく完全に過去のものになったように見える。
日本国民は、先述の駐日中国大使のようにサンフランシスコ講和条約に引き戻された。そして、あの時の日本の「単独講和」をようやく国民が支持する結果を出した。即ち、皮肉にもこの単独講和に反対して全面講和を主張して平和憲法を護持した勢力=今でも護持し続ける勢力に対し、憲法改正が可能な議席数の2/3以上を与えられた自民党を突きつけた。
すでに国政政党となった "参政党”や "日本保守党”は、55年体制の対立軸の見直しを迫るものだった。
そして今回の選挙で "中道”の壊滅に次いで話題となった "チームみらい”の躍進。中国の手先だの裏に竹中がいるだの散々いわれているが、これは55年体制以降、これからの対立軸の濫觴かもしれない。
"チームみらい" のいかにも経済にも政治にも "しろうと" の政策。日本経済において、最大の問題は増え続ける厖大な社会保険料であり、とても消費税をさげられる状態にはないという前提は、平均的な理解能力を持つ経済の "しろうと" でも、調べれば分かることだ。しかしそれを政策に掲げるのは、理解能力が平均に届かない人々、実情を調べようともしない人々や国に対して「お客さま」として求めることしかしない人々も、イデオロギーの左右問わず選挙民の半数いることをわかっていない "しろうと" のやることだ。
このクレクレ民を育てたのは、視聴者に阿るテレビを中心としたオールド・メディアもあるが、やはり自民党の長期政権である。国民に信を問う代わりに、過半数を維持し続けることがその結党以来の至上命題であった。それは欠点なのだが、今回の大幅な議席増の要因にもなった。自民党はそのなかに、本来、対立すべき両陣営を丸ごと抱えこみ過ぎているのだ。それは、55年体制で日本民主党と自由党が合同してできた寄り合い所帯の宿命でもあった。55年体制の「一度目の」終焉の際、細川内閣発足や小泉政権での郵政選挙で、自民党を割る、あるいは党内の対立軸を明確にして選別するような施策も行われたが、時間が経つにつれ、元に戻ってしまった。
管理人としては、批判ばかりで国に求めることしかしない人々に対し、 "しろうと"目線とはいえ、国をよくするにはどうしていけばいいか、そのために自分たちは何ができるか考える人々が出てきたことは、( "しろうと" 考えだが)前進だと思う。少なくとも生き残りに汲々とする過去世代の"くろうと"たちよりも、これからの世代の"しろうと"を応援したくなる。今後、時代遅れの左翼・リベラル勢力が一掃されれば、国民にとっても、もっと現実を見据えた選択肢が増えるだろうと期待している。
チラシの裏代わり。
あとになって、そのとき、どう考えていたか分かるよう書き残しておく。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM027MH0S5A201C2000000/
すでに過去の話だが、2025年11月7日高市早苗による台湾有事発言を受けた在日中国大使の発言を受けて、ネットでは「では台湾の領有権は、未だ日本にあるのか」と嘲笑の声があがった。しかし、このような場違いとも思える発言が、現在の自民圧勝の鍵を解くヒントになるかもしれない。
55年体制は、1955年に始まった自由民主党の長期単独政権であり、93年に細川護熙連立政権が発足して、自民党が下野した地点で終了したとされている。
その成立の背景として、東西冷戦下、日本がソ連-中国という共産圏の防波堤となるため、保守政党の合同により、生まれた自由民主党の一党単独政権が望ましいというアメリカをはじめとした日本を含む西側国全体の思惑もあった、とのこと。
55年体制の前提が近隣諸国との関係にあったので、それが変化しなければ、根本的な変化はない、と考えられていた。実際、93年の自民党の下野は、ソ連の崩壊(89年)により、社会党の方向転換が可能性として見えてきたこともあったため、と言われている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%B0%E5%B7%9D%E5%86%85%E9%96%A3
そして今回の高市発言によって左翼・リベラル派の受けた打撃は、本質的なものであった。仮定の話とはいえ、中国との交戦の可能性が露呈してしまった。これが四半世紀ほど前、いや十年前でも高市政権は選挙で過半数とるどころか、苦境に立たされただろう。ただ現在は、左翼・リベラル的な主張のオールドメディアの後退、また中共が周辺諸国との間で抱える領土問題があり、高市首相を一方的に悪者にすることもできなくなっていた。
https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202512010000150.html
ASEANの南沙諸島・南シナ海の周辺国ベトナムやフィリピンとの衝突(そのためフィリピンは、一次弱体化した米国との軍事同盟を再強化さえした)、インドとは長年にわたるラダック地域、その他の国境紛争があり、また10年以上も前からオーストラリアでの静かな侵略(サイレント・インベーション)、最近もダーウィン港の貸借も問題になっている。
左翼・リベラル側から、インターネットが浸透し、SNSのデマの拡散のせいで自陣営が苦境にあるとの意見を聞くが、インターネットの浸透で多くの人々の意識に政治的な主張とは別に、地味であるが影響を与えているのはデータへのアクセシビリティの向上だ。過去の新聞やテレビについて偏向報道が取りざたされるが、本質的な問題は、まともに報道されない事柄が圧倒的に多かったことだ。「報道しない自由」と揶揄されるが、これはイデオロギー云々以前のオールド・メディアの限界で、報道枠が決められているなかで、読者、視聴者の注意を惹きそうにない話題を報じるのは難しかった。報じられていたのは、主に北米、西欧というより米仏独、アジアでも中国、韓国がせいぜいであり、それも日本との関係する話題がメインだった。中近東、アフリカ等の地域,或いは近隣の国々でも日本と直接関係ない情報は少なかった。だが例えば、さきの記述で書き漏らした「アフリカ諸国での中国の振る舞い」も現在では、スマホでたちどころに知ることができる。
4半世紀前であれば、先述したテレビ「モーニングショー」での発言を信じる人も多かったかもしれない。
https://diamond.jp/articles/-/383704
先のロシアによるウクライナ侵攻、そして今回の中国の威嚇により、これで戦後、連綿と続いていた保守/革新、左翼、リベラルという対立軸が、ようやく完全に過去のものになったように見える。
日本国民は、先述の駐日中国大使のようにサンフランシスコ講和条約に引き戻された。そして、あの時の日本の「単独講和」をようやく国民が支持する結果を出した。即ち、皮肉にもこの単独講和に反対して全面講和を主張して平和憲法を護持した勢力=今でも護持し続ける勢力に対し、憲法改正が可能な議席数の2/3以上を与えられた自民党を突きつけた。
すでに国政政党となった "参政党”や "日本保守党”は、55年体制の対立軸の見直しを迫るものだった。
そして今回の選挙で "中道”の壊滅に次いで話題となった "チームみらい”の躍進。中国の手先だの裏に竹中がいるだの散々いわれているが、これは55年体制以降、これからの対立軸の濫觴かもしれない。
"チームみらい" のいかにも経済にも政治にも "しろうと" の政策。日本経済において、最大の問題は増え続ける厖大な社会保険料であり、とても消費税をさげられる状態にはないという前提は、平均的な理解能力を持つ経済の "しろうと" でも、調べれば分かることだ。しかしそれを政策に掲げるのは、理解能力が平均に届かない人々、実情を調べようともしない人々や国に対して「お客さま」として求めることしかしない人々も、イデオロギーの左右問わず選挙民の半数いることをわかっていない "しろうと" のやることだ。
このクレクレ民を育てたのは、視聴者に阿るテレビを中心としたオールド・メディアもあるが、やはり自民党の長期政権である。国民に信を問う代わりに、過半数を維持し続けることがその結党以来の至上命題であった。それは欠点なのだが、今回の大幅な議席増の要因にもなった。自民党はそのなかに、本来、対立すべき両陣営を丸ごと抱えこみ過ぎているのだ。それは、55年体制で日本民主党と自由党が合同してできた寄り合い所帯の宿命でもあった。55年体制の「一度目の」終焉の際、細川内閣発足や小泉政権での郵政選挙で、自民党を割る、あるいは党内の対立軸を明確にして選別するような施策も行われたが、時間が経つにつれ、元に戻ってしまった。
管理人としては、批判ばかりで国に求めることしかしない人々に対し、 "しろうと"目線とはいえ、国をよくするにはどうしていけばいいか、そのために自分たちは何ができるか考える人々が出てきたことは、( "しろうと" 考えだが)前進だと思う。少なくとも生き残りに汲々とする過去世代の"くろうと"たちよりも、これからの世代の"しろうと"を応援したくなる。今後、時代遅れの左翼・リベラル勢力が一掃されれば、国民にとっても、もっと現実を見据えた選択肢が増えるだろうと期待している。
雇用保険受給資格証はいわゆる「失業手当」をもらうためのものでハローワークにしか提出しない
要は本来の透明化って、昔のゲーム機にあった中の回路が見えるスケルトン版みたいな感じで、本質を覆うベールを透明にするっていう意味なんだろうけど、本質そのものが透明化してしまっているという解釈でも全然通ってしまうというか。
「琴線に触れる」を「逆鱗に触れる」の意味で使ってしまうのが、いや琴って綺麗な音鳴るやんっての考えたらどう考えてもおかしいみたいに、ちゃんと解釈したらおかしいってわかる誤用もあるけど、「透明化」はどっちが正しいか中々言い難いと思う。
劣男がいう生きづらさって、世話してくれるママがいない、セックスしてくれる女がいない→女が悪い!ですよ
顔悪いスタイル悪い稼ぎ少ない衣食住マネジメントできない妊娠出産できない努力しない劣女が、養ってくれるパパがいない、よしよしセックスしてくれる男がいない(セックスは基本女が高リスクを負うので行為そのものは非対称)→男が悪い!と言っているようなものです。そんな女ゴロゴロいないし、いたら女からも袋叩きにあいます
「マジョリティがもうやめようって空気になったのにいまだにやっている」のが問題なんであって