
はてなキーワード:にしこりとは
首都圏ではない政令指定都市在住、独身アラフィフ独居女性の甲状腺がんの治療体験記。
長年のはてなユーザーであるため、がん治療はRTAと知っていました。
恐ろしいほどの長文となってしまったので、お急ぎの方は概要と最後のまとめのみどうぞ。
https://anond.hatelabo.jp/20251226195323 (3/2)
https://anond.hatelabo.jp/20251226195436 (3/3)
| 日数 | 概要 | 説明 |
|---|---|---|
| 0日目 | しこりの発見 | 内科診療所において、超音波検査でしこりが見つかる。 |
| 2日目 | 紹介状受け取り | 内科診療所にて、がん拠点病院の予約票、紹介状を受け取る。 |
| 3日目 | 生検 | がん拠点病院にて、細胞診検査を受ける。 |
| 17日目 | がん告知 | 生検の結果としてがんの告知を受け、治療方針を決定する。 |
| 19日目 | 手術日決定 | 手術日程を決め、入院の事務手続きを行う。 |
| 24日目 | 手術説明 | キーパーソンとともに、手術内容の説明を受ける。 |
| 32日目 | 手術 | がんを取り除く手術を受ける。<治療開始日> |
| 37日目 | 退院 | 病院から自宅に戻る。 |
| グッズ名 | 概要 | 説明 |
|---|---|---|
| ドライシャンプー | 頭皮と髪に液体をかけふき取る | シャワー禁止期間の頭のかゆみ、フケ対策に。 |
| 耳栓 | 遮音性が高いもの | 大部屋で寝る際に。睡眠の深さで回復力が変わる。 |
| パンツ型ナプキン | 夜用紙パンツ型生理用ナプキン | 使い捨てパンツの代わりに。ドラッグストアで買える。 |
| 貼るカイロ | 使い捨てのカイロ | 冷え性対策。室温は変更不可のため。 |
| 洗濯ばさみ | ベッド柵に挟む大サイズ | 濡れたタオルを干す。ごみ袋をかけるなど。 |
| 魔法瓶水筒 | 400ml入るもの | 給茶機からお湯、冷水を入れてベッドサイドへ持ち込む。 |
| ウォークマン | ノイズキャンセリング機能付き | 気力ゼロで横たわって時間を過ごす際に。 |
内科診療所にて、一か月前に予約した頸動脈の超音波検査(以下、エコー)を受ける。
健康診断の結果、高コレステロールであった。BMI、生活習慣(食事、運動、睡眠)に問題がないため、内科医からは投薬をすすめられたが、ネットの記事で高齢女性の高コレステロールは薬を飲む必要が少ない、心配なら頸動脈エコーで確認をという記事を読んだことがあり、薬を飲みたくないがために動脈硬化が進んでいないことを確認するために頸動脈エコーを希望した。
エコーを行う医師(診療所に定期的に来る)が検査を行っている最中に「甲状腺の検査を受けたことはありますか」と尋ねる。「ありません」と回答。検査を受けながら横目で見る頸動脈は、素人目には狭窄もプラークもなく、そら見たことか、と思っていた。
その後、内科医が診察で「甲状腺にしこり(腫瘍)があるので、大きい病院で検査をしてください。どこが良いですか」と近隣の病院を3、4候補に挙げる。近年、重大な病気疑いが発生し、精密検査で問題なしとなることを繰り返していたので、正直またか、と思った。そのうちの一つに乳がん定期検査に通っていたためそこを希望すると、内科医がその場でネット検索し、耳鼻咽喉科が休診になっているという。そのため、他の候補で自宅から最も近い病院を希望する。まったく知らなかったが、そこは厚生労働省指定の地域がん診療連携拠点病院だった。コレステロールの話はどこかに行った。
内科診療所からがん拠点病院に予約を入れるので、どの日程がよいか悪いかを書いてその日は帰宅する。
内科診療所から予約票と、紹介状の受け取りにくるようにと連絡がある。
紹介状がA3用紙を三つ折りにしたサイズなので怪しいと思いエコーの結果は入っているのかと受付に確認するが、入っていますと頸動脈の薄いプラークの位置が記載された紙を示される。それではないと思うが、面倒なのでそのまま出る。この時点であまり深刻に考えていなかったのだ。
大きな病院の入口で戸惑っていると、還暦を軽く通り越している案内係の男性が「初診ですか」と声をかけてくれて、必要なカウンターに連れて行ってくれた。番号札をとるのもやってくれた。
病棟を長く歩いて耳鼻咽喉科の前で1時間ほど待つ。予約をしていても待つ。診察室に入ると、30代と見える女性の医者から話を聞かれ、やはり紹介状に問題があり、エコーをやり直す必要がある、血液検査も必要と言われた。今日、時間はありますか。あるなら生検までやりましょう、とちゃきちゃき話が進む。この医師が主治医となり最後まで対応をしてくれた。病院中のあらゆる科の患者が集まる検査エリアに送られる。エコーの長い順番待ちと血液検査の結果待ちでさらに2時間経過。ようやく呼ばれた診察室で、画像と血液検査結果を見た医師から今から細胞診検査(生検)を行う旨を告げられる。医師のほか、細胞診検査のためにやってきた担当者二名がエコーをしてモニターを見ながら、二回ほど首に針を刺し、問題のしこりから細胞を取り出した。針の太さのせいか、注射よりはやや痛い。
事前にネットで甲状腺のしこりの大部分は良性である、という知識を仕入れていた私は気軽に医師に尋ねた。「悪性である可能性はどれぐらいなんでしょうか」医師はあっさりと答えた。「うーん、形が悪性らしい感じなんですよね。良性だとつるっとしているんですが、そうじゃないので」確かに画像ではしこりの境界線がぼやけていた。境界のはっきりしたつるっとした形ではない。足がでたキャンサーか。
ここで初めてがんかもしれない、という実感がわく。良性のしこりだと大丈夫だと自分では思っていたのだが、楽観的に過ぎた。いきなり世界が反転する。
細胞診検査の結果は一週間後にわかるが、来週医師が休みなので、二週間後の予約となる。ワークライフバランスは大切だ。がんだとしても、急ぎのものではないのだな、と理解する。病院のあちこちに掲示されている「緩和ケア」「がん支援センター」「がん患者、家族の相談に乗ります」のお知らせがやたらと目についた。
二週間の間に、がんなのだろう、という受容が進んでいた。友人に会うたびに、「なんかさー、がんかもしれないんだよねー」と自分で話をすることで、自分自身が受け入れやすくなっていた。人と話す、ということの大切さを感じた。
会社で孤立無援で追い込まれメンタルをやられていたときに比べると、守秘義務もなく何でも話してしまえるので、心の負荷はましだった。重い抑うつ状態に苦しみ世界から孤立した経験が、今の自分を助けてくれているということに不思議を感じた。あのときに比べれば地獄レベルがまだ浅い。だから平気を装える。「神と和解せよ」とは現実をそのままに受け入れろ、ということだ。
長い待ち時間後に、診察室で医師に細胞診検査の結果「甲状腺の乳頭がん」であることを告げられる。転移していないかを調べるためにCTを、甲状腺機能を確認するための追加の血液検査、尿検査を行うこととなる。
CTの前に説明担当職員からCTについて説明され、同意書にサインを求められる。拒否をする選択肢はないと思う。検査前には、造影剤でおしっこに行きたい気がするかもしれませんが大丈夫ですから、と何回か複数の検査技師に念を押される。確かに造影剤を投与されるとすぐに膀胱が熱くなり、漏らしたか、と焦った。どういう仕組みなのかよくわからない。
2時間ほど経過後、診察室で医師と向き合う。CTの画像からはリンパへの転移は見当たらないため、甲状腺ががんの原発、ステージ1と判定された。甲状腺ホルモン値は正常、他の血液、尿検査値も問題なし。1cm以下であれば経過観察もありうるが、腫瘍の最大径が1.3cmなので、手術で甲状腺を半分切除し、目に見えないがん細胞があるかも知れないのでそれにつながるリンパをとる、という治療方針になる。どこまで切るかはチームで確認する、という。また腫瘍の場所が気管に近いため、浸潤していたら気管もスライスする必要があるかもしれない。これは開けてみないとわからないという。
事前に「国立がん研究センター」の甲状腺がん情報を読み込んでおり、その方針が乳頭がんの標準医療であることを理解していたため、他に方法はとかは特に質問もしなかった。甲状腺がんの種別では乳頭がんが一番おとなしく予後がよいものなので最悪のパターンでなくてよかった、という気持ちだった。
手術で甲状腺を半分切除しがんを取り除く、という治療方針に同意し、次回、手術・入院日程を決めることとする。次回は一週間後にするかと聞かれたが、できるだけ早くと依頼する。
割合に人生の重大事のはずなのだが、あっさり淡々と進んでいく。
血液検査の結果の紙を見ると、コレステロールは基準値内だった。
耳鼻咽喉科で主治医と面談。チームで画像を確認した。左甲状腺につながるリンパはすべてとるのではなく、半分ぐらいとれば良いとなったとのこと。
手術の日程の相談をする。入院期間は約1週間。医師から今月が良いか、来月が良いかと聞かれる。最短で依頼する。まず手術説明をして、その後に入院となる。分厚い手術台帳というものを医師が持ってきてパラパラとめくる。患者に渡す紙以外徹底して電子化している病院なのだが、これは紙の台帳なのか、と不思議に思う。「じゃあ、X/X(二週間後)はどうでしょうか」「ではそれでお願いします」。手術説明を次週に行い、手術はその次の週となった。
薬の説明部署で、服用している薬がないか、アレルギー、お薬手帳などの確認、問診、入院中に持参する薬など厳しいチェックが行われる。
入院説明部署で、入院生活の心得のビデオ視聴、レンタル品申込書や同意書、キーパーソン・親族・連絡先の記入。日頃の生活状況のアンケート、退院後の生活支援の要否、がん患者向けの就労支援の要否など確認、書類への署名が続く。特養や老人ホーム、介護事業者のパンフレットが地域別にずらりと用意されている。自覚症状のないステージ1、5年生存率95%である種別のがん患者には特に支援の必要はなかった。
入院部屋タイプは第二希望まで記載するようにとされていたが、最も安い大部屋のみの希望とする。差額ベッド代の問題をうっすらと知っていたのだ。これが後で効いてくる。
心電図、レントゲン検査を行い、耳鼻咽喉科の診察室で順番を待つ。キーパーソンとなる家族、近隣に住んでいる後期高齢者の母親に同伴してもらった。これまでの診察は午前だった。この日は午後。診察室の前で待っている人は格段に少ない。みんな手術説明対象者だろうか。
一人で来ている老人、老夫婦、そして私と母親と年齢層が高い中、一組だけ若い家族がいた。30ほどの女性と小学生低学年の子供、幼稚園児らしき子供、そして会社から直行したようなスーツ姿の30代らしき男性。小さな子は退屈しきっている。子供の病気はつらいな、とアラフィフの胸が痛む。
1時間ほど待機したあと、診察室に呼ばれる。母を紹介し、主治医の説明が始まる。
これで手術に必要な検査はすべて実施済みとなったとのこと。結果は特に問題ないという。前回の血液・尿検査結果もすべて基準値内だった。がんがあることのぞけばまったくの健康体である。
机の上のモニタにエコー画像を表示しながら、これが気管で、これが甲状腺でここに腫瘍が、と主治医が私と母に説明をする。
「……左ですよね」
お互いに左の首に手を置いて、うなづきあう。
手術でまれに起こる危険性の説明がある。首の反回神経が近いため、声帯麻痺の可能性、副甲状腺が損傷してしびれ、麻痺の可能性の説明がある。同意書を渡され、入院時に持参を依頼される。
手術は2時間から3時間かかり全身麻酔となる。終わったらキーパーソンに電話をする、自宅の電話番号でよいかと聞かれ、携帯電話の番号でと依頼する。可能性は低いが出血が多かったら輸血をするので、同意書に署名をしておいてほしいと言われる。手術の開始時間はまだ未定だという。
先生が執刀してくれるのですかと主治医に確認すると、他の先生もいて3人でやるとのこと。よろしくお願いしますと目を見て気持ちを込めてお願いし、頭を下げる。頼むよ、先生。うまくやってね!と祈る。医者にとっては毎週のように行う手術だろうが、患者には一生に一度かもしれない重大事なのだ。患者としてはお願いするしかない。
麻酔科に回される。全身麻酔をした際に、まれに起こる危険性についての大変に事務的な説明があり、同意書を渡される。入院時に持参するようにと言われ、「先生が麻酔をしてくれるのですか」と聞く。「んー、まだ担当は決まってはいませんねー」「……そうですか」ファンシーなタンブラーが机に置かれ、ペンも軸がカラフルで、なかなかにふてぶてしいねーちゃん先生だった。
入院病棟で手術の流れの説明ビデオの視聴後、看護師と面談をする。入院生活上の注意、服用している薬やアレルギーの確認、心配事がないか、と聞かれる。とにかく全身保湿をして肌のコンディションを整えてくるようにと注意を受ける。売店にヒルドイドも売ってる、なんなら買って帰れという。病棟、乾燥しすぎだろう。風邪をひいたり、インフルエンザ、コロナウィルスに感染したら入院・手術は延期、手続きはすべてやり直しになる、と警告を受ける。それは避けたいので、万全の体調管理に努めると誓う。
しばらくは行けなくなるであろう美容院で髪を切り、入院グッズなどを用意する日々の中、夜、ベッドで横になったとき、突然エコー画像を思い出し「がんがあるのは右甲状腺では?! 医療事故になるのでは?!」と飛び起きる。画像中の気管と甲状腺の位置から右甲状腺に腫瘍があるように思えた。とにかく寝なくてはと横になりつつ、病院に電話して確認するべきかなど考える。不安で胸がドキドキする。
しばらくしてふと、細胞診検査で左の首に針を刺したことを思い出した。
あ、左だった。左だったよね?!
朝起きてから、Geminiに聞く。エコー画像は左右が逆に見えるので左甲状腺でしょう。と回答を得て安堵する。画像の端に「L」か「R」の文字はありませんでしたかと聞かれ、見ていなかったなと反省する。
好きだったものがそうでもなくなったというか、純粋に楽しめなくなった話。
元友人が、まあ頭のいい人で、おもしろい作品を作る。「元」なのはこの間全部のつながりをそっと切ったからだ。別に喧嘩をしたとかじゃない。
この人を仮にAさんとする。ネット上で知り合い、十年くらいの付き合いだった。
作品って言ったって何を作っていたのかぼんやりとしているが、そこを明らかにすると身バレする程度の規模感の界隈だ。狭くはないが界隈の人が見ればあの辺りの人かな、なんて当たりがつきそうなのでぼかす。
Aさんは昔は優しくて謙虚な人だった。変わったのはコンテストで受賞して、有名になってからだろうか。複数人での通話中に、アマチュア作品をこき下ろす発言を堂々とするようになった。そのアマチュア作品が好きなメンバーがいる通話でもだ。
馴れ合いは正直私はあまり好きじゃない。とにかくベタ褒めしか許されない空気は息苦しいし、それより思ったことを率直に言えるほうが好きだ。
ただAさんの発言は、正確な評価を飛び越えて作品への罵倒や嘲笑になっていた。私はそれが耐え難かった。まだAさんの作品のことは好きなんだけれど、Aさんの発言がちらついて純粋な目で見られなくなっている。
TLでAさんを見かけるのもだんだんと嫌になってしまい、しまいにはAさんのいるジャンルが丸ごとうっすら嫌いになり始めていた。
悩んだけれど、時間が経った今でも切って良かったなという気持ちは変わらない。
今でもAさんのジャンルへのやんわりとした嫌悪感は変わっていない。Aさんは不特定多数の目にふれるところで迂闊な発言はしない賢い人だ。たぶん、Aさんと親しくしていなければ、今でもあのジャンルにしこりなんてなかっただろう。Aさんの作品のことも好きだったはずだ。
最近Xでフォロイーがお決まりの「夫は育児しないししても的外れ」系論争リポストやたらしてきて思い出す。
とにかく寝たいのに朝は飯が冷めるからと叩き起こされる。
気分が滅入るからの気遣い名目で、無理やり毎日子供と一緒に外に散歩に出される。(後で育児サイト見たら産後数カ月は子供を外に出すのは週2が平均値と知ってそらそうだと思った)こっちはひたすら眠いので寝かして欲しかった…。
といってもトイレ中とかでちょっと親に預けた子供はソファーに放置されてて怒ったし。ワクチンこんなに打たされてかわいそうとか散々昭和の古い知識で振り回されたな。
検診でフォローされたけど産後鬱手前まで行ったの多少は実家でのストレスが原因だと思ってる。
顔見に来た叔母にも産後は運動しなさい!と自分の育児論展開されるし。「検診の時にとにかく休めたら休んでと言われたから」と反論したら医者と私の意見どっち優先するんだ!?と威張られた。そら医者だよ…と返したが。
祖母祖父親族と育児すれば楽だよ理論は我が家にとっては大嘘だ。
自宅帰って夫婦で育児始めたらあんなに寝なかった子供がよく寝るようになり、自分もオタ活もできるまで精神回復。
旦那もしっかり面倒見てくれて頼れるし愛が深まったと感じる。
私の好きな人たちがオススメしてくれたので、気になっていた映画ロボット・ドリームズを見たのですが、私個人の好みの話をするとかなり苦手な作品でした。とはいえ、とても考えさせられる物語でもありました。
作品に関して思うところがかなりあるので、ネタバレ全開で思ったこと書かせてください。全て書くと取り留めのない文章になってしまうので、
この3点を中心に焦点を当てて書いていきたいと思います。
これがもうね、見ていてつらい。本当に。具体的には、
最初はあまり深く考えずに見ていたため、ロボットは動物たちには決して持ち上げられないくらいの重量があるのかと思っていたのですが、よく考えたら物語冒頭の配達員や、ジャンクヤードのワニがロボットを軽々運んでいるところを見ると、決してどうやっても運べない重量という訳ではないんですよね。あの世界では種の違いによるものなのかもしれませんが、ドッグは動物たちの中でも身体的に優れているとは言えなかったため、友人(あるいは恋人)の危機に際して最善の方法をとることができなかった。
錠前を壊す以外に少なくとも2つの侵入方法があったことが作中でわざわざ明示されています。それを教えてくれたのは、海から漂着した海兵?たちと、下水道をこじ開けて侵入したスカベンジャーです。なので、「この物語はあくまでコミック調のフィクションだから、錠前を壊して侵入する以外ロボットの元へ行く方法はなかったんだよ~」となどという意見は悲しいですが通用しません。一度捕まった後も、ロボットの元へ行く方法は複数あった。けれど、ドッグはそれをしなかった、またはそれらの方法を想像、あるいは実行できなかった。
まあ、これがもし普通の映画だったら、ドッグは諦める前に「必ず君を助けにくるから!」とかロボットに声をかけるんでしょうが、この辺りはセリフのない映画の面白さではありますね。「6月1日、ロボット救出!」はあくまで自分が掲げた目標でしかなく、ロボットと交わした約束ではなかったわけです。
舞台はおそらく80年代のマンハッタン。ダックの引越し先であるヨーロッパへ行くことは簡単ではないかもしれませんが、不可能ではない。ですがドッグは作中その選択はせず、他者との繋がりを得るためもっと手っ取り早い方法をとった。会いに行くとまではいかなくても、せめてダックに向けて手紙を返すシーンみたいなものがあったらまた印象も違ったとは思うのですが。それと、ダックや他者とのコミュニケーションのきっかけになったゲイラカイトや釣り、それとソリですが、どれを取ってもドッグは不出来・不慣れなんですよね。これも見ていてつらい。作中どこをとってもドッグが他者と比較して明確に優れているな、という点が見つからないんです。もちろん、他者と比較して優れているところなんてそんなものなくたって動物(人)は愛し愛されるべきだとは思うのですが、それでもドッグは(これは本当に私個人の感想なんですが)不出来で何をやっても上手くいかない過去の自分を見ているようで何だか胸が痛くなりました。また、私の兄弟は、「可愛い絵柄だから見れたが、これが実写映画だったらもっとジメジメして見ていられなかったと思う」と言っていて、確かにその通りだなと感じました。ドッグというキャラクターや風景作画がとっても可愛く、音楽や演出も明るいため見落としそうになりますが、これを全て人間に置き換えたらそれはもはや悲劇だなと...
ロボットの二人目のパートナーと言えるラスカルは、ドッグと比較して様々な面で優れている描写があります。いくつか例を挙げると、ドッグよりもロボット工学に精通している、普段冷食ばかり食べているドッグに対して、ラスカルは朝パンケーキを焼いたり屋上でバーベキューしたりと料理が得意な描写がある、ゲイラカイトや二代目のロボットを買う際、値段を見て安いもので済ませてしまうドッグとは対照的に、ラスカルは大きなビルの屋上や一室を自由に使っていたり、壁の塗装を行ったりと、マンションあるいはホテルのオーナー(≒裕福)と思われる描写がある などなど...
例えば、ドッグがラスカルと同じかそれ以上に機械いじりに長けた人物だったら、ロボットが壊れた際その場ですぐに修理なり応急処置なりをすることもできたかもしれない。
あとなにより終盤の花火のシーンでラスカル&ロボットはビルの屋上からバーベキュー片手に花火を見ているのに対し、かたやドッグ&ティン(二代目ロボット)は橋の下でサンドイッチ一枚食べながらそれを見ているのがなんだが残酷すぎて嫌な気持ちになりました。もちろん、大事なのは「何をするじゃなく誰とするか」「何を食べるではなく誰と食べるか」だとは思います。でも、わざわざ2組の境遇にこれでもかってくらい対象的に差をつけているのがこの作品意地悪なんですよね。「幸せの形は人それぞれなんだから別にいいじゃーん」と言われたらそれは本当その通りなのですが、じゃあ「他に人や遮る建物もないビルの屋上でバーベキューして好きな音楽聴きながら花火を見るのと、他にも人がいるなか橋の下でサンドイッチ一枚食べながら花火を見るの、どっちがいい?」って聞かれたら、そりゃあ前者を選びますよねっていう。
ハロウィンで無関係な子どもに当たる、喧嘩を売ってきたアリクイに仕返しをする、ロボットにとって危険である海に二度もロボットを連れていくなど、ドッグは内面も未熟であることが端々から見てとれます。もっとも、未熟なこと自体は悪ではなく、そこから成長していく物語というのは昔から現在まで創作の基本的なアプローチとして広く使われてきたテーマではあります。ですがドッグには作中精神的な成長が見て取れなかった。もちろんこの作品のメインテーマが成長ではないことは重々承知していますが、でもこれやっぱ、かなりしんどいんですよね。何かしらの成長や前進があって欲しかった。ロボットは長い夢を通じて精神的成長をしたともとれるお話でしたが、ドッグは何か問題に直面した際にいつも場当たり的でインスタントな対処を続けてきたので、きっとこの先も似たような失敗や別れを経験してしまうのではないか、とか憂慮してしまいます。まあそうやって失敗や別れを繰り返すのもまた人生、ケセラセラ。みたいな話なのか?違うか。
ドッグも行動力が無いわけではないので、「ならどうしてこんなに孤独なんだろう」と途中までは思っていましたが、段々彼の行動に違和感を覚えるところが強くなっていきました。ドッグは第一の主人公と言っても過言ではないと思いますが、彼に感情移入してしまうと中々にしんどかったです。6月1日にロボットを探す際、周囲に止められるまで穴を掘り続けるシーンとか、良いところももちろんあるんですけどね。ドッグは彼なりに出来ることを精一杯やっていたんだと思います。でもそのやり方とか判断、彼の能力が、作中の他の登場人物より拙く描写されていること、またロボットを助ける方法がないわけではなかったとわざわざ明示されているのがこの作品残酷だなと思いました。ロボットとの別れの原因が不慮の事故とかだったらここまでモヤモヤしなかった気がします。
ロボットは作中では動物たちと同列の命としては扱われていません。私はロボットも動物たちと同じ命だと思っていた(思いたかった)のですが、この点に関してはこの作品のシビアな部分の一つで、結構残酷な描写が多いです。絵的に分かりやすいシーンで言えば、ロボットの足を切断する海兵?や、ロボットをスクラップにするジャンクヤードの人たちでしょうか。子どもがロボットを叩いて虐待しているようにも見えるシーンもありましたね。ですが、それだけでなくドッグやラスカルも前述の人たちほどではないにせよ身勝手な行いをロボットに向かってしているなと私は感じました。例えば、ドッグは泣く泣くロボットをビーチに置き去りにしたわけですが、もし仮にこれがロボットではなく他の動物、例えばドッグの子どもだったらどうでしょうか。彼はどんな手段を使ってでも子どもを助けたでしょうし、ビーチの警備員や役所の人もビーチに入れてくれないなんてことは起こらなかったでしょう(これはあくまで仮の話なので、「ドッグはどう見ても独身だろ」とかいう分かりきった低次元なツッコミは勘弁願います)。何が言いたいかというと、要はドッグは相手がロボットだから一旦諦めたし、警備員も置かれているのがロボットだったからビーチに入れてくれなかったのです。ここからも、作中のあらゆる動物がロボットを物として扱っているのが見て取れます。海兵?たちはロボットの足を使って舟の穴を埋めていましたが、ドッグも自身の寂しさを埋めるためにロボットを利用していたという点で両者は同じ穴の狢だなと思いました。
また、ラスカルについてはロボットに対してかなり良心のある人物として描かれてはいますが、自分の好きなようにロボットの身体を改造し、自身のプレイリストをロボットの身体に忍ばせるのを良しとしていたりと、見方を変えれば猟奇的とも言えなくもない行動をとっていました。ロボットの目線で考えると、動物たちのエゴに振りまわされ続ける話と言えなくもないんですよね。この辺りに気持ち悪さを覚える人と、「ロボットはあくまでロボット」と割り切れる人でこの作品の感想は大きく変わってくるのかなと感じます。たしかに、ロボットが通販番組の商品であったように、動物たちから見てロボットはあくまで寂しさを埋めるための道具でした。だから平気で約1年放置するし、壊れたら好きなように修理するし、新しいものを買ったりもする。でも、ドッグがロボットに感じていた友情、愛情は嘘ではない。人間とロボットの違いについて考えさせられますね。
長い夢を通じて一人になることの辛さを知ったロボットは、自分が今ドッグと再会してしまったらティンやラスカルはどうなってしまうんだろうと夢想して、再会しないことを選択した(と私は解釈した)のですが、美談のように見えてこれも辛くて。これ、逆だったら良くある話だと思うんですよ。『ドッグが偶然街でロボットを見かける。声をかけたい気持ちは当然ある。でもロボットの傍らには新しいパートナーと思しき人物が。そして自分の隣にも今は新しいパートナーがいる。もうあの頃に戻ることは出来ないけれど、今はせめて一人踊ろうか』って。これだったらそこまでモヤモヤした気持ちにはならなかったと思います。なんだかちょっとバタフライ・エフェクトみたいですし。この場合の再会しないという選択は、ドッグにとっての贖罪でもあり成長でもありますから。でもこれ逆なんですよ。「自分”が”見捨てた人が、街で幸せそうにしているのを見かけて、その人の幸せを願う」のと、「自分”を”見捨てた人が、街で幸せそうにしているのを見かけて、その人のことの幸せを願う」のって、天と地ほどの差があると私を思います。後者は並の精神で出来ることじゃないですよ。「まぁそれはロボットだから…」って言われてしまったらそれまでかもしれませんが。でもロボットの精神性を否定してしまうとこの作品の全てを否定することになるのでね…。とにかく、私が一番強く感じたのは、ロボットには何も悪いところなどなかったのにこの結末は正直あんまりだなと。いや、ロボットがこれで良いと思っているのなら、それがロボットにとってのベストなんでしょうけども。ああ、上手く言語化できない。
ちょっと別の作品を例に出しますが、映画「トイストーリー3」では、ロボットと同じように、本意では無いものの持ち主に置いていかれたロッツォというキャラクターがいます。ロッツォは何とか持ち主の家まで辿りつくことが出来ましたが、家の窓を覗くとそこにはすでに新しい『ロッツォ』を買ってもらっている持ち主の姿がありました。持ち主に捨てられ、帰る場所を失ったロッツォは歪んでしまい、ヴィランとなってしまうのです。帰る場所の有無という違いはあれど、私はこのロッツォとロボットは境遇が似ているなと思いました。なので、持ち主を許すことができず全てを憎むようになったロッツォに対して、同じく捨てられた側であるロボットが全てを赦す(というとあまり言葉が正しくないかもしれないですが)というロボットの精神が、あまりに高尚すぎるなと感じました。私からすると、悲しみと怒りのあまり反転してしまったロッツォの方がまだ理解できるんですよね。もし私がロボットだったら、きっとドッグを恨み続けてしまうことでしょう。何と言いますか、ロボットが遊戯王ZEXALの主人公九十九遊馬くんかの如く菩薩メンタル天元突破でシンギュラっているのに対して、ドッグは前述のとおり殆ど成長が見られないのがかなりグロテスクに感じます...。防水型の高価なロボットより手軽で安価なロボットを買って、ロボットをまた海に連れて行くシーンなんて正にそうですよね。「ロボットがまた壊れてしまうかもしれない」よりも「誰かと海に行きたい」という自身の欲求を優先しているあたり、過去の経験から学びや成長をしていないのがしんどくて。いや、潤滑スプレーを散布しているあたり一応前回よりほんのちょっとだけ進歩はしているんですけれども。でもその一歩が本当に小さすぎるというか何というか。このように終盤になってもドッグはロボットを命として見ていないところから、ロボット→ドッグへの愛情と、ドッグ→ロボットへの愛情に差がありすぎる気がします。やっぱり対等じゃないんですよね。人間とロボットの友情を描いた作品って他にも色々あるかと思いますが、基本的にはバディものだったり、主従はあれどロボットのことを同じ命として互いに尊重しあう対等な関係性の物語が多いかなって思います。ですが、この作品はそうではなく、ロボットを命としては見ておらず気軽に消費できる道具として使っている。その上で友情とか言われても、やっぱり頭にハテナが浮かんでしまいます。「二人の友情」というより、「深慮あるロボットの健気で一方的な愛情」という方が自分はしっくりきました。ドッグは、ロボットが与えてくれたもの、満たしてくれたものと同じくらいのものをロボットへ返すことが出来ていたのかな…?うーん。
私は、友情や愛情はある程度対等な立場がその前提にあるものだと考えています。けれど、ドッグとロボットは最初から最後まで対等ではなかったように思えて、愛って何なんだろうと考えさせられる作品でした。
けっこう感動や友情といった文脈で語られているような気がする本作ですが、私はこの映画を見終わったあと、下がった口角が元に戻らないくらいには暗い気持ちになってしまいました。
メリーバッドエンドとも少し違うような形容しがたい結末の本作ですが、少なくとも心温まる!とか感動の友情!みたいな手放しで良かったと言えるお話にはとても思えず、心にしこりの残るお話に感じましたね。
この作品のどのあたりに人は感動するのか正直私には分からなかったので、純粋に知りたいなと思い、どなたか教えてもらえたら嬉しいです。色んな方の感想も聞いてみたい。
これはいつか何処かで見た言葉の受け売りですが、私は伸ばした手が届く物語が好きです。
昔はどんでん返し系と言いますか、ラスト5分で全部ひっくり返るような後味の悪い映画が好きでよく見ていたのですが、今はもう聖人が報われなかったり、他者のために何かを我慢したり、自己を犠牲にするような物語はあまり見たくないというか。鑑賞後スカッとする映画の方がやっぱり好みなのかもしれない。
1年ぐらい前(もっと前かも)から胸にしこり(以下ブツ)のような違和感があり、触ると痛いなーと思っていたがそれ以外は健康体そのものだったので、病院の受診を後回しにしてしまっていた
ここ最近になり触ってないのに痛みが出てくるようになったこと、明らかにブツが大きくなってきたので重い腰を上げ受診
初診のマンモグラフィの時点で怪しいと言われていたのだが、MRI・生検を経てとうとう今日乳がんを告知された
浸潤がん、ブツがまあまあデカい+恐らく複数あるっぽく推定ステージは2bらしい
後日CTの予約をしたので確定するのはCTの結果次第ではあるものの、リンパへの移転やその他の臓器に転移していたら…と不安に苛まれている
24歳だし周りの同級生も結婚やら出産やらとライフステージが変化していく中で自分もそろそろ〜と思っていた矢先の出来事で本当に参っている
そもそも20代の乳がん発症率もかなり低い なんで自分?という気持ちしかない その引きで宝くじの一等でも当ててほしい
とりあえず治療の方針がどうなるか分からないが死にたくはない ○ヶ月パチ屋行ってないけどもっとギャンブルしたいタバコもやめる予定
この記事で言いたかったことは、ブツがあるやつもないやつも今すぐ検診に行け ついでに子宮頸がんの検診にも行け 男も検診に行け
俺は30超えて未婚(彼女もいたことない)のおっさんだが、飲み会などでちょいちょい未婚であることをいじられるし、それがかなり苦痛だ。
特に嫌なのが、「結婚したくないの?」→「好みのタイプとかないの?」とコンボを進めていって、こちらが真面目に答えると(「数歳くらい若い人」とか「可愛い系よりキレイ系」とか「話が合って性格がいい人がいい」とか)、
「選り好みしてんじゃねーよ。妥協してないでしょ。妥協しなきゃ結婚なんてできないよ(彼女なんてできないよ)」
とフィニッシュを決めてくるヤツがいることだ。
お前が好みのタイプ聞いてきたから答えたんやろがい、というツッコミどころは当然あって、だいたいそれを指摘して場が笑いに包まれて他の話題に移るのだが、俺の心にしこりは残る。
「俺は選り好みできない立場なのか…」と。
恋愛なんて選り好みしてなんぼじゃないのか。みんな縁ある人の中で自分の好みに合う人にアプローチし、それが合致して付き合い、結婚するのではないのか。
それとも選り好みせずに少しでも脈がありうる人に総当りでアプローチして彼女を捕まえるのが、「普通の男」なのだろうか。そういう人もいるのだろうけど、みんながそうではない気がする。
こういう話題は大学生の頃からずっと言われていて、当時は彼女(彼氏)がいるやつ、今なら結婚してるやつからふられるが、ただただマウントを取られているだけにしか思えない。
今度振られたら「なるほど〜。貴方は妥協したから結婚できたんですね〜。どんな妥協したんですか?」と聞いてやりたいな、と思う。多分言えないけど。
■女性が初回のセックスから快感を感じることなんてあるのだろうか?
自分は処女とセックスをするのが初めてだったのでうまくいくか非常に緊張していた。
結果から言うと、無事に事は終わり彼女との愛情を深めることが出来た。
めでたし、めでたし。と言いたいところなのだが少し心にしこりが残っている。
というのは行為の最中、彼女がずいぶんと感じていたようなのだ。
本当に処女?と思えるほど自分が腰を動かすたびに声を上げていた。
処女膜が裂けた痛みと慣れない行為で快感を感じることが出来ない、と。
それなのに彼女はたくさん濡れていてとても初めてとは思えなかった。
行為の最中も痛くないか確認すると、痛いのと気持ちがいいのとが混じり合ってるとかわけのわからないことを言っていた。
当たり前のことでお互い二十歳を過ぎているんだから経験があるほうが自然だ。
何かしら隠さなければならないことがあるのか?
自分は処女とセックスをするのが初めてだったのでうまくいくか非常に緊張していた。
結果から言うと、無事に事は終わり彼女との愛情を深めることが出来た。
めでたし、めでたし。と言いたいところなのだが少し心にしこりが残っている。
というのは行為の最中、彼女がずいぶんと感じていたようなのだ。
本当に処女?と思えるほど自分が腰を動かすたびに声を上げていた。
処女膜が裂けた痛みと慣れない行為で快感を感じることが出来ない、と。
それなのに彼女はたくさん濡れていてとても初めてとは思えなかった。
行為の最中も痛くないか確認すると、痛いのと気持ちがいいのとが混じり合ってるとかわけのわからないことを言っていた。
当たり前のことでお互い二十歳を過ぎているんだから経験があるほうが自然だ。
何かしら隠さなければならないことがあるのか?
死んじゃったらどうしよう!!!!
癌だったらどうしよう!!!!
怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!怖いよ!
だって!
今の俺がもし死んだら、親が悲しんで友達が悲しんで…
はい!
終わり!
葬式終わったらもう終わり!
燃えたらもう終わり!
せいぜい親が悲しんでくれるくらい!!
せっかく人間としてこの世に生まれることができたのにあぁぁぁぁーーーー!!!!!!
生の証をこの世に残せない!!!!!
という恐怖を抱えながら皮膚・形成外科クリニックに行ってきました。
というのも、頬にしこりができているのです。
粉瘤、脂肪腫、炎症性粉瘤などだとは思っていますが、若年者に発生した超レアケースの有棘細胞がんだったら怖いので。
医師はダーモスコピーと超音波を当ててから触って「粉瘤じゃないけど怖いものじゃないので気になるならとってもいいし取らなくてもいい」と他人事のように言いました。
「もし取るならちゃんと生検してください。有棘細胞がんだったら怖いので」と言いました。
医者は「有棘細胞がん⁈あなた自分の年齢分かってます?」と言って笑いました。
私はキレました。
症例報告片っ端から読んでたらごく稀に20代の有棘細胞がんもあんじゃねえかゴラァ!!!
てめえら!!
若年の大腸がんや胃がんの患者の予後が悪いじゃボケこらぁー!!!
死んだら終わりなんだぞ!!!!
俺はまだノーベル賞も取ってないし、総理大臣にもなってないし、国連事務総長にもなってないし、陛下からの勲章も貰ってない!!!
今の段階で死んだら!!!!!
俺の生の証を!!!!
なるべく多くの人に覚えておいてもらいたいんじゃ!!!!!!!
俺の命を粗末にしないでくれ!!!!!
新しいNISAが始まってから、果たして自分はどのくらい投資するのがよいか、どのくらいの損失であれば後悔しないのかを考えている。1800万円の枠をフルに埋めたとして、もし1/3や1/2が吹き飛ぶ暴落に直面したら、自分の心が耐えられるとは思えない。自分が許容できる最大損失額を見きわめる方法をいろいろ考えてみている。
自分の資産として「絶対にこのくらい持っておきたい」という防衛ラインを設けて、ラインを上回る金額を最大損失額とする。
例えばいま2500万円持っていて、老後2000万円問題というし2000万円は確保したいな、と思った人は残り500万円が許容できる最大損失額となる。
❌防衛ラインの見きわめが結局難しい。防衛ラインがいまの資産額よりも高い場合、その人は投資することができない。
ほったらかし投資術で推奨されている考え方。
例えばいま1800万円の資産持っている人は、老後の65~95歳の30年間=360ヶ月で毎月年金に加えて5万円を余分に生活費に使うことができる。これがもし1万円少なくなって「年金+4万円」になっても問題ないのならば、360万円×1が許容できる最大損失額となる。
✅ 毎月の生活費という親しみやすい金額で考えることができる。
❌ 老後まで遠い若年層のうちは現実感がない。インフレもあるし。
余分なお金で早期退職したい、と考えている人はこっちの方がいいかもしれない。
例えば年間生活費(含む税金)が360万円の人は、360万円の損失で1年早期退職が遅れることになる。N年遅れるくらいならいいかな、という人は、360万円×Nが許容できる損失となる。
✅仕事がつらかったり、老後を強く楽しみにしている人には向いているかもしれない。
❌ やはり老後まで遠い若年層のうちは向いていない。
若い人で想像力に自信がある人は、頭の中で想像してみるだけでいいのかもしれない。
✅簡単。
❌想像力は自分の精神状況に左右されそう。また家族と生計とともにしている人は、自分は良くても家族がショックを受けるかもしれない。
毎年収入と支出差し引きでどのくらい貯蓄できているかを基準に考えるといいかもしれない。
たとえばこの1年で200万円の貯蓄を見込む人は、もし200万円の損失を食らうと1年分の貯蓄がチャラになってしまうがそれは耐えられるのか、耐えられるとしたら何年分まで耐えられるか、で考える。
✅ 働きはじめの若年層は貯蓄が生活に与えるインパクトが大きいためオススメ。
❌資産が収入に比べて十分に大きい人は、この考え方だと物足りないかも。
もし自分や家族が、お金を理由になにかを我慢しているものがある場合、その金額を基準に考えるといいかもしれない。
などは取り返せないので、その金額分の損失が出てしまうと家族との関係にしこりがでるだろう。
すでにある程度投資でリターンが出ている場合、それを「あぶく銭」だと考え、その分の損失は許容するという考え方。
✅ かなり保守的な考えで、生活が不安定だったり心が弱っているときにはいいかもしれない。
❌ 累積リターンがプラスのうちはいいが、もし累積リターンがマイナスになったら投資を引退することになるので合理的とはいえない。
30代の自分は 4. 5. 7. あたりの考え方を採用している。
他にもアイデアがあれば随時教えてほしい。
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思ったよりいろんな反応がもらえて面白い。
おおまかに
でパターン分けできそうだ。
自分は「疑って・向き合う」タイプなのであーだこーだ考えてしまうのだが、反応を見てると「信じて・距離を置く」タイプの人が多そう。
リスク商品はオルカンやSP500に収斂してきているが、取れるリスク量はやはり人によって千差万別なんだなと思った。
Permalink |記事への反応(10) | 21:32
退職代行サービスを利用する人間に対し「クズ」「社会人としてなってない」「非常識のゲボカス」「退職の申し入れや交渉くらい自分でしろ」「料金の無駄」というネットでの意見をよく見かけるが、常識があってクズでないまともな社会人ならそもそも退職代行なんて利用しないのだ!
当方は新卒一社目でメンタル休職ののちに退職し、その後正規非正規職を転々としてきた。そのうちクビ3件、職場バックレ4件、うち退職代行使用が3件というどこに出しても恥ずかしくない経歴のクズである。こんなクズでものうのうと生きている経緯と現状とお話しし、もし今の職場のことで悩んでいる誰かの参考になったら幸いだ。また、こんな開き直り底辺ゴミにだけはなりたくないという意味で皆さんの癒しになれば嬉しい。
・なんでそんなゴミなの?
1社目でメンタルをやってか以降当日欠勤しまくり、朝起きられない、寝込む日が激増し勤怠不良の積み重なった結果です。心療内科でも相談し改善を試みたが現在も全快はしていない。ASDやADHDの検査もしたけれど健常域と結果が出て、社会性のないウンコ健常者になってしまった。
また、性格的にもストレス耐性が低くキャパ狭なのと、コミュ障以前の人嫌いが災いし、どの職場でも基本的に孤立してしまう。他人に興味がなく無関心のため、みんなでの昼食や飲み会や、職場の噂話や世間話が苦痛に感じる。人間関係の難の大部分は自分の傾向にすべて起因する。勿論申し訳ないが本当に合わない職場、上司同僚もいた。
何社か非正規で食いつないだが、その後正社員に転職した。経済的安定も目的だったが、世間体が主な転職理由だったと今では思う。仕事は生産支援の窓口部隊だったが、その部署は真夜中までの対応が多く、上記の当欠癖も治らず、致命的なミスをして現場の人に怒鳴られ修復不可能なまでに信頼を損ねた。リカバリーとか善後策など考えられず、自分のミスのせいなのにパニックになり保身に走り、「もう二度と出社できないから辞めるしかない、だがもう退職を伝える勇気も気力もない。そもそも会社の人ともう話せないし顔など合わせられない。絶対に無理」という状態になった。
その際、無い知恵を振り絞り「便利屋」という単語を思いつき、退職の電話などを請け負ってくれる便利屋をネットで探した。当時は2010年代中盤で、まだ「退職代行」に特化したサービスや企業はなかった記憶だが、不倫の密告や興信所や探偵まがいの業務をしている便利屋の中に退職の電話代行というものがあり、実家の母親のなりすましで体調不良を理由に退職の意志を伝えてもらった。その間は職場に連絡できず、無断欠勤していた。なお、現在の退職代行ではおそらく親族やパートナーなどのなりすまし設定での電話はNGだと思う。また、今も自分が依頼したような類の電話代行の業者は存在するが、どちらかというと、不倫やクレームの密告代行の意味合いが強い。
・使ってどうだったか
上記の当時利用したサービスでは、今の退職代行のように「利用したら最後まで会社の人間とやりとりが必要なく、代行経由で連絡可能」というシステムはまだなかったが、それでも「引継ぎもせず、最低限のやりとりで会社をやめられた、逃げられた」ということは自分にとって本当に救いで、命と心が助かったことに感謝した。料金も、会社の人に顔を合わせたり、謝罪をしたりという精神苦痛を鑑みれば、タダのようなものだと感じた。時を経て、退職代行会社が雨後のタケノコのように出現し世間で話題になった際も、「やはり自分のようなダメ人間がこういったサービスを利用するのだろうな」という納得感があり、ニーズが形となって顕現したのだと感じた。
なお、その後2社でも業務についていけない、ミスの連発、人間関係、勤怠不良などが原因で退職代行を利用させてもらった。加えて1社もブッチしたが、その際は貯金が少なくお金をケチって自分で辞めると伝えたが、資金に余裕があったら絶対退職代行を利用したかった。
・コロナ禍、そしてテレワーク普及という僥倖により長年のバックレ要因が偶然すべて解決
書いた通りなのだが、その自分で辞めると伝えてバックレた職場の次に決まった契約社員の仕事が始まったとたん、コロナによるテレワーク普及が起こった。すると、長年のバックレの原因だった「朝起きられない」と「職場で孤立してしまう」という問題が解決してしまった。例え朝起きられなくても、始業ギリギリに起きパジャマ姿でPCに勤務開始の報告をしてちゃんと業務をすれば、ひとまず出勤したとされる。そして、コロナ禍では会食なんてもってのほか、職場での飲み会やランチもNGになり、いつも頭を悩ませていた食事の場でのコミュニケーションと、会社での雑談自体消滅した。そのため、いつでもどこでもボロボロだった勤怠が他の社員と何ら変わりない状態になり、偶然だが仕事ぶりを評価され、現在正社員となっている。
何の努力も改善もしていないのに、環境だけで社会的に助かってしまった気分だ。現在は在宅リモート半々で働いている。たまに心身の不調で起きられず寝込んでしまい病欠になる日もあるが、それでも昔に比べると勤怠は飛躍的に改善した。
これはクビになった職場で担当していた業務で実感したことだ。フェイクを入れるが人材会社で就業開始するスタッフの勤怠管理業務に関わっていた。すると、自分より遥かに優秀で立派な経歴の人でも、第一印象がいい人でも、家族や子供がいても、突然会社に来なくなる、無断欠勤をする、試用期間終了前に合わないと泣きながら電話してくる、まるでかつての自分のような人を結構な頻度で見た。Z世代とかゆとり世代はおろか、年代や性別や家庭状況は関係ないようだ。また、勤怠不良や能力不足で試用期間終了前に雇用主から契約終了にされる人も多く見た。
以前は自分のような人間はネットでは観測すれど現実ではなかなか見ないから、異端の社会不適合者なのだと確信していたが、同類はいるところにはいるのだなと肌で感じた。
・退職代行を使うべき人
ここで、退職代行を使ってもいいんじゃないかなと想像する人の特徴を挙げる。
仕事や職場の人間関係だけが自●の原因なのなら、使ったほうがいい。できれば心身が完全にやられる前に、体力気力があるうちの利用を推奨する。一度完全に折れると、その後の社会復帰が困難になるし時間を要するためだ。ただ、増田は自●自体は仕方ないんじゃないか派なので、仕事以外にも持病や家庭の悩みや慢性的な生きづらさを抱えた人が、己に鞭を打ってまでつらい状態のまま生きる必要はないとも考えている。
「あの人は退職代行を使った」と噂されたり、それを知られた関係者にはある種の偏見を抱かれることは間違いないので、それが気にならない人は役職や雇用形態問わず利用していいと思う。逆に自分の挫折や失敗を受け入れ難い、プライドがある人はまず退職代行は利用しないんじゃないかな・・・自分はプライドがないので、バックレた職場の方々に対し本当に申し訳ない気持ちがあれど、二度と生きてお会いしたくないので、自分は練炭自●などで死んだものと思って忘れて生きていってくださいと念じている。
・退職代行を使うべきでない人
上記のように、心身が死の淵に追いやられている人はまず命を守る行動を取ってほしいが、使うとリスクがあると想像する人を列挙する。
増田は現在都市部在住だが地方での暮らしも経験している。その際近所の無職の人が外で散歩するだけで恥だから家の中にいろ!という親御さんに叱られている話を聞いたことがある。退職代行を使ったことが近所や職場に広まり、今後の就職どころか生活に支障をきたす、あるいは詰むレベルの支障が出る場合はそのリスクを考慮したほうがいいのではないかと思う。
増田が退職代行を使ったのはいずれも一人暮らしの時期だ。バレなければいいと思うのだが、同居家族やパートナーに知られて干渉されそうな人は警戒しておいたほうがいい。5ちゃんの職場バックレに関するスレッドで、バックレ常習犯は緊急連絡先の家族の住所は電話番号はでたらめを書いておくというアイデアを参考に、増田も緊急連絡先は最寄りの水道局の住所電話番号に設定している。
①②と同じ種類だが、例えば仲間と企業したけど逃げたくなった・・・という場合も人間関係にしこりを残すと想像する。現代ではなかなかないと思うが、同族の小さい企業や少人数のベンチャーなど、職場の人間関係が密で後々の人間関係がトラブりそうな方も要注意だ。(辞めたあとに電話やSNSなどでDMが来るとか)
退職後に休養するのも再就職するのも自由だけれど、その後の人生の責任は自分以外誰も取ってくれない。中には医療や福祉に繋がるほうがいいケースもあるかもしれないが、勤め人を続けたい場合はその後も工夫や行動し続けることが大切だと感じる。男女問わず、経済的に頼れるパートナーを探すというのも生存戦略としては立派なひとつの方策だ。下記リンクは以前ネットでも話題になったもので、今回の趣旨とは異なるが、早いうちから行動することの大切さについては参考になるかと思う。
http://www.carpefidem.com/column018.html
・環境や適性をもう一度考えてみる
職場との相性は、入ってみたら人が定着しない魔窟のようなポジションだったとか、ホワイト大企業だけどその部署だけ何故かモンスターのようなストレッサーだらけとか、運で決まってしまう要素も大きいと感じる。ただ、ある程度自分の向いてる環境や適性について検討し、判断することも必要だと思う。向いてなくて耐えられなかったら、また退職代行を使えばいい。
人付き合いの苦手な人は、できるだけ接客から離れた上流工程の業務内容の企業に応募する(コミュ障も突き抜けると接客適性無双、他人への関心がないのでクレーマーをしゃべる人糞とみなせるという意見もあるが、限られたエースだけの才能だと思う)とか、マルチタスクではパニックになりがちな人は定型業務メインの仕事を探すとか、お子さんや家族のケアで早退や欠勤が続いてしまうひとはフレックス制や裁量労働などで調整できる職場を探すとか、できるだけ自分の苦手に直面する機会の少ない仕事を選んでほしい。
お前が言うなが過ぎるが、テレワーク可能な職場という環境面での選択肢が無かったら自分は社会的に詰んでいた。また、当座の給料のためにコミュ力に自信がないのに、客先/社内問わず大量のストレスフルな交渉が発生する職場や自分のスキルに見合わない仕事内容に考えずに飛びついた経験が少なからずある。
増田は現在「やりたくない仕事は星の数ほどあれどやりたい仕事はない」というドクズ思考で、自分にできる仕事ならありがたく精一杯やって、ダメなら逃げようというスタンスだ。
「好きなこと/やりたいことを仕事にする」は覚悟がないと危険だと思う。インドア派やオタク気質の人は、アニメーターやゲーム会社やエンタメ企業や出版社関連企業への志向性が強い傾向だと思う(かつて自分も就活病で何社か説明会を受けたことがある)が、大手でない限り土日昼夜問わず働かされ、期限納期の厳しいブラックな環境の職場も多い。エンタメやサービス業は、みんなが楽しんでいる休みや余暇の時期が繁忙期だ。また、ブラック企業はある程度公式に開示されている情報や労働条件で判断できる。