
はてなキーワード:ごろごろとは
木曜の夜、僕は渋谷のマークシティの横のエスカレーターに立っていて、上に行く人たちの後頭部を見ていた。みんなどこかに行くところがあって、誰かに会う予定があって、それが当然みたいな顔をしている。僕にはこの後の予定がない。さっきまで打ち合わせだった。クライアントじゃない、業務委託のデザイナーとの打ち合わせで、サイトのワイヤーフレームの修正点を詰めていた。二十二歳同士の打ち合わせ。たぶん外から見たら、意識の高い大学生が何かやってるな、くらいのものだ。くらいのものだ、ということを自分でわかっているということが、たぶん僕の一番の問題だと思う。
自分の話をする。
僕は今、大学の四年生で、二年の終わりくらいからウェブのマーケティング的なことを仕事にしている。会社を作ったと言えば聞こえはいいけれど、実態はフリーランスに毛が生えたくらいのもので、オフィスはなくて、自宅の六畳の部屋が全部だ。クライアントは十二社。小さいところばかりだけれど、毎月の売上はまあ、大学生にしてはあるらしい。「大学生にしては」。この留保がつく限り、僕はまだ何者でもない。
この言葉を言われるたびに、笑顔で「いやいや全然です」と返しながら、胃の底がかすかに冷たくなるのを感じる。大学生にしては。大学生にしては。その「しては」を取ったら、僕に何が残るんだろう。
---
インターン先の話をする。大学三年のとき、半年だけ、あるスタートアップでインターンをしていた。もう辞めてしまったけど、あそこで僕は初めて、本物の優秀さというものを見た。
先輩の川島さんは二十六歳だった。東大の院を出て、新卒でそのスタートアップに入って、マーケの責任者をやっていた。川島さんは、僕が二時間かけて作った広告のレポートを見て、三十秒くらい黙って、それから「ここの因果、逆じゃない?」と言った。僕は二時間かけて間違った方向に全力で走っていたのだ。川島さんはそれを三十秒で見抜いた。
三十秒。
僕は自分の二時間と川島さんの三十秒を天秤にかけて、その傾きの角度に目眩がした。
川島さんだけじゃなかった。もう一人、営業の柴田さんという人がいた。二十八歳。この人はマーケのことなんか何にも知らない。でも柴田さんがクライアントと電話しているのを横で聞いていると、声のトーンが変わる瞬間がわかる。相手の声が、硬いのから柔らかいのに変わる。それは技術じゃなかった。人間の、もっと根っこのところにある何かだった。
僕にはあれがない。
あれが何なのかすら、正確にはわからない。わからないということが、つまり僕にはない、ということだ。
---
ここで白状しなければならないことがある。
中学のとき、僕はいじめられていた。いじめ、という言葉を使うと何か大げさなものを想像されるかもしれないけれど、そんな劇的なものじゃなかった。殴られたわけでも、金を取られたわけでもない。ただ、存在を透明にされた。グループワークで僕の意見は聞かれない。昼休みに話しかけても目を合わせてもらえない。LINEのグループに入れてもらえない。文化祭の班決めで余る。修学旅行の部屋割りで余る。「余る」。僕の中学時代はこの一語に集約される。
いじめっ子たちは別に悪い奴らじゃなかった、と今は思う。ただ、僕がつまらなかったのだ。面白くなくて、運動もできなくて、顔もよくなくて、声も小さくて、一緒にいて得るものが何もない人間。それが中学時代の僕で、たぶん、客観的に見ればそれは正当な評価だった。正当な評価だったということが、余計にたちが悪い。理不尽に虐げられたのなら怒れる。でも正当に無視されたとき、人はどこに怒りを向ければいいのだろう。
僕はそれを自分に向けた。
高校に入って、僕は変わろうとした。プログラミングを覚えた。ウェブのことを勉強した。ビジネス書を読んだ。大学に入って、すぐにインターンを始めた。自分の会社を作った。それは全部、中学の教室で透明だった自分への復讐だった。お前らが僕を無視している間に、僕はお前らの知らない場所で、お前らの知らないことを身につける。そしていつか、お前らが想像もしない場所に立つ。
復讐。そう、復讐だった。動機としては不純かもしれないけれど、僕を動かしていたのは確かにそれだった。
川島さんや柴田さんのような人間を見てしまったから。僕が中学の教室の透明な存在から脱出するために必死に積み上げてきたものの全部が、彼らの前では、ほとんど何でもないということを、知ってしまったから。
同世代で見れば、僕はたぶん上の方にいる。大学生で自分の会社を持っていて、クライアントが十二社いて、マーケのことはそれなりにわかる。合コンがあれば(行ったことはないけれど)「すごいね」と言われるプロフィールだと思う。
でもそれは同世代の話だ。同世代のトップなんて、トップでも何でもない。ちょっと世代を上にずらせば、僕みたいなやつなんかいくらでもいる。いくらでもいるどころか、僕よりはるかに速く、はるかに深く、はるかに遠くまで行っている人たちが、ごろごろいる。そしてその人たちは、僕が必死にやっていることを、息をするようにやっている。
オンリーワンでなければ意味がない、と言ったら大袈裟かもしれない。でも、「大学生にしてはすごいね」の「しては」がいつか取れる日が来るのか、僕にはわからない。来ないかもしれない。一生「しては」付きの人間として、そこそこの場所で、そこそこに生きていくのかもしれない。
そう思うと、怖い。
今の自分に満足してしまいそうになることが、怖い。「まあ、大学生にしてはやってる方じゃん」と自分に言い聞かせて、その「しては」の中に安住してしまいそうになることが、本当に怖い。こんなところで満足していたら、僕は永遠に川島さんには追いつけない。満足するな、と自分に言い聞かせる。もっとやれ。もっと上に行け。もっと。
もっと。
---
でも。
---
でも、と僕は思う。
木曜の夜の渋谷のエスカレーターの上で、どこにも行く予定のない自分の足元を見ながら、僕は思う。
僕は、楽しんだことがあるだろうか。
人生を。
中学のとき、透明だった。高校のとき、復讐の準備をしていた。大学に入って、ビジネスを始めた。二十二年間の中に、純粋に「楽しい」と思った時間が、どれくらいあっただろう。
友達と夜通しくだらない話をしたこと。ない。というか、夜通し話せるような友達が、いない。彼女と手を繋いで歩いたこと。ない。当然ない。二十二年間、一度もない。
二十二年間、一度も、誰の手も握ったことがない。
旅行に行ったこと。ほとんどない。行ったとしても、移動中にSlackを見ている。映画を最後まで集中して観たこと。思い出せない。たぶんある。でも何を観たか思い出せない程度の体験しかしていない。
Twitterを開けば、同い年のやつらがサークルの合宿で海に行ってたり、学園祭で何かやってたり、彼女の誕生日を祝ってたりする。インスタを開けば、もっとだ。僕がワイヤーフレームの修正点を詰めている木曜の夜に、誰かは誰かとイルミネーションを見に行っている。
僕はそれを、ずっと、「そんなことしてる場合じゃない」と思って切り捨ててきた。川島さんに追いつかなきゃいけない。もっと仕事をしなきゃいけない。もっとスキルを上げなきゃいけない。遊んでる暇なんかない。
でも最近、夜中にベッドの中で、天井を見ながら、こう思うことがある。
僕は、「もういい」と思えるほど、生きていない。
もういいや、仕事に集中しよう。そう言い切れるほど、僕は人生を味わっていない。楽しんでいない。何も楽しんでいないのに、何かに集中しようとしている。空っぽの器を火にかけているようなものだ。中身がないまま熱し続けたら、器が割れる。
友達の作り方がわからない。二十二歳にもなって。恋人の作り方はもっとわからない。そもそも誰かと親しくなるということの手順が、僕の中にインストールされていない。中学で透明にされた三年間の間に、みんなが自然と身につけたはずの何かが、僕には欠落している。
だから僕は仕事をする。仕事なら、手順がある。クライアントの課題を聞いて、分析して、施策を考えて、実行して、数字で結果を出す。そこには人間関係の不確定性がない。数字は僕を透明にしない。数字は僕を無視しない。
でもそれは、逃げなんじゃないだろうか。
わからない。
もっと上を目指さなきゃいけないのに、同時に、もっと今を楽しまなきゃいけない気がする。でも上を目指すことと今を楽しむことは両立しない気がする。でもどっちも諦められない。でもどっちも中途半端になってる。上を目指すには全然足りていないし、楽しむなんてそもそもできていない。どっちつかずの二十二歳が、渋谷のエスカレーターの上で立ち止まっている。
ワークライフバランス、という言葉がある。あれは、ワークとライフの両方がある人間のための言葉だ。僕にはワークしかない。いや、ワークすら中途半端だ。ライフに至っては存在しない。バランスを取る以前の問題だ。存在しないものの天秤をどう釣り合わせろというのか。
こんなことで悩んでいる自分が恥ずかしい。川島さんはたぶん、こんなことでは悩まない。川島さんには友達がいて、恋人がいるかは知らないけれど、少なくとも飲みに行く相手がいて、人間としてのベースがちゃんとある上で、あの恐ろしい優秀さを発揮している。土台がある。僕には土台がない。砂の上に家を建てているようなもので、いつ崩れてもおかしくない。
おかしくない、と思いながら、それでも僕は今日も家を建て続けている。他にやり方を知らないから。
---
金曜の朝。
特に何があったわけでもない朝だった。
僕はいつも通り六時半に起きて、いつも通り白湯を飲んで(コーヒーは胃が荒れるからやめた、二十二歳で胃を心配している自分がちょっと情けない)、いつも通りMacBookを開いた。
メールを確認する。Slackを確認する。クライアントからの返信をいくつか処理する。そのうちの一件が、先月から手がけていた案件のレポートへの反応だった。
小さなオンラインショップをやっている人で、三十代の女性で、自分でアクセサリーを作って売っている。月商は二十万くらい。僕がやったのは、広告の設計と、LPの改善と、SNSの運用方針を整理することだった。
「先月お願いした施策を始めてから、はじめてSNS経由で知らない方からの注文がありました。すごく嬉しかったです。今まで友人や知人にしか買ってもらえなかったので。本当にありがとうございます」
僕はそのメールを読んだ。
二回読んだ。
三回読んだ。
そして、自分でもよくわからないのだけど、目の奥がじんとした。
「はじめて知らない方からの注文がありました」。
それだけのことだ。たった一件の注文だ。川島さんなら、こんな規模の案件はやらないだろう。やる必要がない。川島さんは何千万、何億という広告予算を動かしている。僕がやっていることは、それに比べたら、本当に小さい。
でも、あのアクセサリーを作っている人にとっては、知らない誰かが自分の作品を見つけてくれたことは、たぶん、小さくなかった。
僕がやった仕事は、完璧じゃなかったと思う。川島さんなら、もっとうまくやれた。もっと効率よく、もっと的確に、もっと大きな成果を出せた。でも川島さんはあの案件をやらない。月商二十万のオンラインショップの広告なんか、川島さんの世界には存在しない。
僕はなんでもやだ。
マーケもやるし、広告もやるし、SNSもやるし、たまにデザインの方向性も考えるし、クライアントの愚痴も聞くし、請求書も自分で発行する。専門性がない、と言われたらそれまでだ。川島さんのようにマーケティングの深い専門性があるわけでもなく、柴田さんのように人の心を一瞬で掴む力があるわけでもない。僕は何でもそこそこにできて、何一つ突出していない。なんでもや。便利で、代替可能で、オンリーワンとは程遠い存在。
でも。
あのメールを三回読んだ朝、僕は思った。
なんでもやの僕でしか、届けられなかったものが、もしかしたら、あったのかもしれない。
月商二十万のアクセサリーショップに、真剣に向き合えるのは、たぶん僕みたいな人間だ。大きすぎず、小さすぎず、どこにも分類されない、中途半端な場所にいる人間。上から見下ろすでもなく、同じ場所に立って、一緒に考える。それは才能じゃない。たぶん、境遇だ。僕が中途半端だから、中途半端な場所にいる人たちの気持ちがわかる。わかるというか、少なくとも、わかろうとすることができる。
それは川島さんには、たぶん、できない。できないというか、する必要がない。川島さんにはもっと大きな仕事がある。
僕にはこの仕事がある。
---
これが何かの答えだとは思わない。
川島さんとの距離は縮まっていないし、彼女はまだいないし、友達も増えていないし、人生は相変わらず楽しくない。木曜の夜に渋谷のエスカレーターで一人で立っている二十二歳は、金曜の朝になっても、やっぱり一人で六畳の部屋にいる二十二歳だ。
ワークの問題は解決していない。もっともっと上に行かなきゃいけない。もっと勉強しなきゃいけない。川島さんの三十秒に、いつか追いつかなきゃいけない。追いつけるかはわからない。たぶん、追いつけない。でも追いかけることをやめたら、中学の教室の透明な僕に戻ってしまう。
ライフの問題はもっと解決していない。二十二歳の、今しかない時間が、砂時計の砂みたいにさらさら落ちていっている。大学を出たら、もう「大学生」という猶予は終わる。社会人になったら、きっともっと時間がなくなる。今のうちにもっと楽しまなきゃいけないのに、楽しみ方を知らない。楽しみ方を学ぶ時間を、仕事に使ってしまう。仕事に使ってしまうことに罪悪感を覚える。罪悪感を覚える自分に対してまた恥じる。恥じている時間がまた過ぎていく。
全部、中途半端だ。
全部が中途半端で、その中途半端さを直視できるくらいには頭が回って、でも直視したところで何も変えられないくらいには無力で、その無力さすら誰にも言えないくらいには意地を張っていて、意地を張っている自分がまた恥ずかしい。
社会人になってしばらく経ち、結婚だ物件だと大きなプライベート案件の話が出てくると、いわゆる実家が太いとか、お育ちが雅でとか、そういう話が結構顔を覗かせるようになってきた。
自分は田舎のサラリーマン家庭で育った。THE中流階級だったと思う。小学校の頃は、自宅とは違う雰囲気の友達の家に遊びに行っても、いろいろあるなあくらいにしか感じていなかった。たくさんの習い事や歯列矯正をさせてもらっていたし、母から「パパもママもこどもにいちばんお金をかけたいの」と言い聞かせられていたので、自分は恵まれているなあとは思っていた。中学校はずっと学級崩壊しており、いじめと暴力と地方脱出のための勉強漬けでそれどころではなかった。高校は進学校だったので、医者の娘とか社長の息子とかがごろごろいた。私立医学科が選択肢にあるなんてやんごとねえな~くらいは思っていたが、自分の受験に必死でそれどころではなかった。オープンな校風の都内の大学に進学したので、お金がないやつもいれば世田谷の実家から通っているやつもいた。でも大体みんなバイト代でやりくりしていたし、大体みんなお金が無かった。大学生なんてそんなもんだった。
社会人なりたて程度では、会社の同期も大学の友人たちも、一部を除いてそれほど突飛な収入差はない。みんな概ね一直線。そのはずだったのに、5年10年経つとなんかおかしい話が出始めてくる。明らかに弊社の収入では賄えない頻度の海外旅行とか、明らかに弊社の収入では賄えないマンションとか。お金の使いどころや株では片づけられないハテナが頭に浮かぶ。で、そのうち飲み会とかで噂が回ってくるのだ。「おじいちゃま松涛らしい」「マチアプで出会った彼女の親が」「生前贈与で」。
そんなのありかよと思った。ずっと勉強頑張ってきて、田舎から脱出して、ようやく23区で同じ土俵に立てたと思ったのに、立ってるところ全然違うじゃねえかよ。なんだそれは。配偶者の実家が太いパターンはさらに腹が立った。一発逆転ってそんな転がってるもんなのか。
自分は大好きで尊敬できる、似たような収入で似たような出自のパートナーとさっさと結婚していた。これに関してはなんの後悔もしていない。でもなんかもう空しくて仕方がなくて、パートナーにぼやいたところ、ライフプランシミュレーションのエクセルを見せられた。そこにはざっくりとした人生の進みとそれに応じた資金計画が書かれていて、ちゃんと働いてちゃんと資産形成していけば、20年後30年後には結構いい感じになってますというものだった。なんだ意外といけるもんかと安心し、しっかり者の相手に改めて感動したが、なによりも、自分の足でゆとりある生活を安心して送っていけるだけの学歴をつけてくれた両親への尊敬の念が湧いた。ようやく本当の意味で感謝できた気がする。
親の年収をしっかりとは知らないけれど、自分の方が学歴も収入レンジも高い。生活は細かく節約していたことが都会で適当に暮らしているとわかるし、こども2人が大学生だったときはなかなかギリギリだったと後になってこぼしていたのは少しだけ聞いたことがある。「地元に帰ってきてね」=「帰ってきて自分たちの面倒を見てね」が基本の田舎から、何も心配するな行けるとこまで行ってくれ、と背中を押してくれたのか。教育費をかけまくった見返りを期待することもなく。鳶が鷹をなどとは言いたくないし思ってもいないが、自分の代より子の代をずっと豊かにすることってできるのか。お生まれガチャや配偶者ガチャよりも尊いガチャを引き当てたのかもしれん。
親から良くしてもらったから、当然自分も自分の子にはお金も時間もかけてあげたいとは思っていたが、身が引き締まる思いがした。月並みな結論だけれど、しっかり親孝行も、子育てもしていきたい。保育園に迎えに行ってきます。
二段ベッドだと起きるのつらい。
普通のベッドや敷布団なら多少無理にごろごろ外に転がればあとは寒くて起きるってできるけど、二段ベッドはそれもできない。
最初から起き上がらなきゃいけない。最大静止摩擦力が大きいようなものだ。
dorawiiより
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タイトルの通りなのだが、いつも坊主は税金払わなくてベンツ乗ってるなんて書かれるので本当に傷つく。
スペック 地方国立大理学部卒、関西の電機メーカーに勤めていたが、前住職が亡くなり故郷に戻って寺を継いでいる。住職歴10年。過疎とまではいかないが、雪深い田舎の寺で檀家数は100軒ほど。この辺りでは標準的な規模の寺院です。えっと、乗ってる車はベンツではなくスズキ・ハスラーです。
寺院の収入は年間600万円ほど。主な収入はお葬式や法事だが、お葬式は20万円と決まっている。一回出るだけで20万はコスパいいとかたまに言われるけど、枕勤め・通夜・葬儀・還骨のあと49日まで毎週法要があるので、全部で10回くらいは法要して20万円です。一周忌なんかの普通の法事は2~3万円くらいでしょうか。あとは月命日のお参りが結構あって、一回1千円~2千円くらい。よく聞かれるけど、戒名ではお金はいただいていません。
うち、240万円を自分への給料として払い(これには当然税金がかかる)、100万円程度を妻に払っている。これでは暮らしていくことはできても子供を大学に入れたりはできないので、住職である私も妻も働いています。私は学校の非常勤講師、妻はパートで介護職。お寺は周りの人が思っているよりずっと忙しいので、割の合わない仕事だなとは感じる。
給与を払った残りは寺院運営にかかわる経費に消える。あたりまえだけど会計はすべて檀家総代と役員によって監査されている、これはどこもそう。お布施を懐に入れて飲みに行っちゃうみたいな住職は昭和の時代はいたみたいだけど、今は無理です。そのほかに永代供養なんかで入ってくるお金もあるけど、すべて寺の建物の修繕費として積み立てている。これは檀家によって共同管理されていて、住職は1円も手を付けることはできません。その代わり、寺を修繕するときは自分がお金を出さなくていいシステムになっている。
ぶっちゃけ宗教法人に課税されても赤字ギリギリくらいなのでどうってことないけど、固定資産税を免除されているのが大きいんだよね…これを払えとなったらかなり厳しいと思う。自分たちが住んでいる家(庫裡という)も固定資産税を免除されていて、これを払うかどうかは結構グレーらしい。見逃されているんだろう。
ちなみに税務調査はコロナの前くらいに入った。あたりまえだけど宗教法人はかなり厳しくみられていて、近くのお寺でも大体何年かに一度は税務調査は入る。ちゃんとやってないと非常に厳しいことになる。うちは代変わりしてからはきちっとやっているので、そう指摘される点はなかったけど。
で、ベンツに乗ってる住職さんというのを、自分は見たことはなかった。周囲にもいない。せいぜい古いクラウンに乗ってる住職がいるくらいかな。しかしこの前東京の同じ宗派の寺の研修に行ったときは、本当にいたのでびっくりした。都会の寺ってのは豊かなんだな。BMWとかベンツとかAudiに乗ってる人がごろごろいる。檀家さん何も言わないんですかと聞いたら、安い車に乗っていると逆に舐められるんだとかいう。誰が舐めるんだろう。意味わからん。
うちの寺はそんなに貧しくはないけど、貧しい寺は本当に貧しい。一般の会社で働いて得たお金を寺院運営につぎ込んでいる人もかなりたくさんいる。こうなると寺なんてのは負債にしかならないし、当然そんな寺を継ぐ人はいない。地域によるお寺の格差はよく問題になっていて、それも自分の努力によって何とかなるというものではなく、たまたま自分が所属するお寺(もっと言えば生まれたお寺)によってそれが決まってしまう。私がいる地方なんかでは、地域の中核寺院みたいなのがあって、そこが葬儀や法要に出る人を仕切ることで所得の再分配みたいなのがある程度なされていたが、そんなシステムはとっくの昔に崩壊している。もちろん、都会の寺が貧しい地域の寺を助けることなんて全くない。
そして今も昔も豊かな寺の住職が宗派の要職につくので、地方の貧しいお寺を何とかしようなんて方向性にはなかなか動かない。これはうちの宗派だけでなくてどこも状況は似たようなものらしい。高い金を出してコンサルに地方寺院の衰退の調査なんかはさせるんだけど、現実に救おうという動きにはならないんだな。実際のところ助けたところで人口が減る一方の過疎地のお寺はどうしょうもないんだけど。
まあそんなところです。つまりはベンツに乗ってる坊さんは確かにいるけど、そんな人は都会の一部の寺なのであって、大多数は私みたいな感じです。それでもやりがいをもって頑張ってるよ。
その神社がある地区が高級住宅街で、周辺をついでに散歩するのが正月のルーティーンになっている
マンションは景観条例なのか、高くても4階建てのものしかなく、エントランスがゴツい
大きなマンションだけどバルコニーに仕切りのようなものが見当たらない
一軒家になるとさらにエグゴツい
要塞か城かと思うほどの重厚な塀に50人くらい住んでも窮屈にはならなそうなデカい家が
果てしなくとも思える長いアプローチの先にデンと構えられている
ふんだんに庭木が植えられているけど枯れ葉一枚落ちてないほど手入れが行き届いている
車もマンションの住人がベンツ・BMW・レクサスあたりに対して
フェラーリ・マセラティ・ベントレーなどとさらにランクが高い車がごろごろ
そしてこの地区全体がすごく閑静
都心までそんなに離れていないのに
静寂は金で買うものなんだ
この家でどういう生活送っているのか想像するだけでうらやましくなってくる
下階でバカデカい声で電話してるババァの声きいたりすることなんて
一生涯ないんだろうなぁ
俺もいつかはこんなところに住みたい
金持ちの生活を勝手に想像するのが毎年正月のお決まり行事になっている
いくらくらいするのかと不動産サイトで探してみたけど載ってなかった
きっとマンションは超富裕層だけに情報が提供されて、住宅のほうは建て替えなんだろう
今のところ手にするどころか情報さえ手に入らない
すごい世界だ
だいぶさむいねー
ランチチケットも500円ぶんもらったけど、会場で500円で食えるものがおにぎり2個かちっさいクレープ1個くらいしかなくてしょぼすぎた
結局おにぎりにした
約2週間ぶりに懸垂した
なべ物用野菜セット
トライアルgoには万能鍋用セットがある(長ネギとぶなしめじ入ってるやつ)のに、
一番家から近くてトライアルに買収されたはずのサニーではもつ鍋用のしかうってない
マジやめてほしいわ
あときのうから龍が如く7外伝のきりゅうちゃんの名を消した男はじめた
なんかすげー慣性がきいてて思ったように移動できないのがストレス
広い場所ならいいけどアジトとか室内も結構あるからほんまうざい
そうしないと敵が硬すぎる ノーマルでも
エージェントモードみたいなのもあるけどコマンドみたいなやつとかも多すぎて覚える気にならん
一番低い奴ならボタン連打でそれっぽく敵をさくさく倒せる
そうてんぼり、昔のミッション?の代わりにちっちゃいお使いがすんごい数あるけどさすがにやる気ない
たこ焼き求めるやつ何人いるんだよって感じ
個別のサブクエよりかはすぐできるけど数おおすぎてさすがにしんどい
でもなんだかんだで直前にやったのが維新極だったからあれと比べたら断然こっちがいいね
いろいろ快適
でもアイテムがわからんなあ リアルすぎて拾えるアイテムとそうじゃないやつの区別がつかん
でもまーポータルのおかげで寝転んでごろごろしながら布団あったかしながらプレイできるのはマジでいいわ
そじゃないと暖房なしだとやってられんわ
あの熱狂、真の人気者しか出せない空気感、ファンが崇拝するグッズに囲まれる高揚感。
当時と今の最大の違いはSNSでの拡散、共通するのは「生活に必要なものはなにも売ってない」ってことだ。
Tシャツ、トートバッグ、マグカップ...ポップアップに並ぶ商品は、今のファンならもう家にごろごろあるはず。それなのに、行列して買うのは、それが「推しとの体験の証」だからだ。
この消費は、純粋な機能ではなく「信仰に近い熱狂」で成り立っている。だからこそ、真の人気者しか出せない。
そもそもなんだけどさ。小学校か中学校で異性と付き合う経験するじゃん、普通。
で、中学か高校でセックスするじゃん。そんな感じで付き合ったり別れたりしながら大学突入すると、自然とカレカノとゴールする下地出来上がるじゃん。
ここまでわかりやすく学んで恋愛する環境が整備されてる社会って日本だけなんだよね。
そもそもそこが虚無行動過ぎて意味わかんないんだよね。一般的な学生が普通にこなせる事が出来ないって割と重症。
教師も親も、学校では勉強だけじゃなく恋愛とコミュニケーションしなさいって散々言うじゃん。
そういうマニュアルがあるし、それに沿って生きると人生丸いっていうのが日本での普通な生き方じゃん。
義務教育の段階からコミュニケーションと恋愛の重要性を学校側が説いてるんだから、国としての支援って一通りやってるんだよね。
それでまだ恋愛ができないっていうのは相当人間社会から逃げてるし、人を好きになる才能が無さすぎるんだよね。
学校で何やってたの???教科書の文字を目でなぞってただけ???
共学に進学するような知能も資産も無いような人間の外れ値として生きる選択をした人が恋愛できないのは自明じゃん。
そんな社会生活の中で自然と体得できるはずの清潔感すら持ち合わせてないようじゃ、人間としてカウントできるかどうかすらそもそも微妙なのは分かるよね。
多かれ少なかれ思春期を悩みながら生きるのが学校なのに、悩む権利すら放棄してたら汚いままで好かれないって普通分かるでしょ?
そんな異性が寄ってきたら嫌じゃん、当然。
そういう人間として生きる当然のイベントは10代のうちに全部通過するようにできてる社会で私達は生きてるのに、何で恋愛できなかったの?
友達と思春期の悩みを相談したり恋バナしてると、自然と人に好かれる方法も人を好きになる方法もコミュニティの共有財産として知見がまとまって行くじゃん。
そういう共有財産にアクセスできない人間がどういう末路を辿っていくかは、子供の時から散々SNSの実例として学ぶじゃん。学校でも、家庭でも。
だからああいうアカウントにならないよう勉強して恋愛してコミュニケーションするべきだよね、って友達と笑い合う瞬間を人生のどこかで通ったはずだよ?
それとも友達いなかったの?
10代のうちに精神的にも肉体的にも異性を知ってる人のほうが多いんだから。
そういう社会設計で動いてる国だから。それなのに恋愛支援が必要だと本気で思ってるような人たちって、仮に支援された所で恋愛できるのかな?
一般的な学生が普通にこなせる事を20代になってようやくはじめる人が結婚までたどり着けると思う?
10代のうちに悩み抜いて知識を共有してきた人は恋愛市場から真っ先にゴールするよ?
売れ残りの人たちがバッティングするだけなのに支援が必要って、それ本当に支援だったっけ?
現実の拡大解釈からどうやって降りるかを再提案しなきゃ、悩むというスタートラインにすら立てないよ?
もちろん学生のうちに恋愛してたら人間って一人では生きられないって当然わかるじゃん。同棲や就職でどう家庭を維持していくか考えるわけだから。
だからわたし達はどの程度の収入を目指すべきだよね、ってのは逆行推論で自然と答えがでるじゃん。
漠然と代謝と呼吸を繰り返して生きてるだけの人間に具体性がある目標なんてあるわけ無いけど。
子供が欲しいね、って相談が始まった瞬間にいつまでにいくら必要かなんて秒で答え出るし、その水準に必要な仕事量が1人分で無い事は考えるまでもなく自明じゃん。
どう達成するかの詰将棋ってだけで。
だから収入が少ない事は恋愛できない事の言い訳にならないのは明らかでしょ?恋愛に必要なエネルギーを捻出するために仕事をしているんだから。
それを10代のうちに全部理解できるよう舗装された社会という道路を走っているのだから。
そもそもなんだけどさ。充実した恋愛と充実したセックスが充実した仕事を生むのは人類史の再確認でしかないんだよね。
だから皆どういう人に求められるべきなのか、どう好きになってもらうか各々考えるわけじゃん。
で、中学か高校でセックスするじゃん。そんな感じで付き合ったり別れたりしながら大学突入すると、自然とカレカノとゴールする下地出来上がるじゃん。
ここまでわかりやすく学んで恋愛する環境が整備されてる社会って日本だけなんだよね。
そもそもそこが虚無行動過ぎて意味わかんないんだよね。一般的な学生が普通にこなせる事が出来ないって割と重症。
そういうマニュアルがあるし、それに沿って生きると人生丸いっていうのが日本での普通な生き方じゃん。
義務教育の段階からコミュニケーションと恋愛の重要性を学校側が説いてるんだから、国としての支援って一通りやってるんだよね。
それでまだ恋愛ができないっていうのは相当人間社会から逃げてるし、人を好きになる才能が無さすぎるんだよね。
そんな社会生活の中で自然と体得できるはずの清潔感すら持ち合わせてないようじゃ、人間としてカウントできるかどうかすらそもそも微妙なのは分かるよね。
そういう人間として生きる当然のイベントは10代のうちに全部通過するようにできてる社会で私達は生きてるのに、何で恋愛できなかったの?
友達と思春期の悩みを相談したり恋バナしてると、自然と人に好かれる方法も人を好きになる方法もコミュニティの共有財産として知見がまとまって行くじゃん。
だからああいうアカウントにならないよう勉強して恋愛してコミュニケーションするべきだよね、って友達と笑い合う瞬間を人生のどこかで通ったはずだよ?
そういう社会設計で動いてる国だから。それなのに恋愛支援が必要だと本気で思ってるような人たちって、仮に支援された所で恋愛できるのかな?
10代のうちに悩み抜いて知識を共有してきた人は恋愛市場から真っ先にゴールするよ?
売れ残りの人たちがバッティングするだけなのに支援が必要って、それ本当に支援だったっけ?
もちろん学生のうちに恋愛してたら人間って一人では生きられないって当然わかるじゃん。同棲や就職でどう家庭を維持していくか考えるわけだから。
だからわたし達はどの程度の収入を目指すべきだよね、ってのは逆行推論で自然と答えがでるじゃん。
漠然と代謝と呼吸を繰り返して生きてるだけの人間に具体性がある目標なんてあるわけ無いけど。
どう達成するかの詰将棋ってだけで。
それを10代のうちに全部理解できるよう舗装された社会という道路を走っているのだから。
そもそもなんだけどさ。充実した恋愛と充実したセックスが充実した仕事を生むのは人類史の再確認でしかないんだよね。
だから皆どういう人に求められるべきなのか、どう好きになってもらうか各々考えるわけじゃん。
Permalink |記事への反応(12) | 21:45
.
.
フリーランスのWワークをしている私は、休みという休みは無い。
仕事が落ち着いたいわゆる“休日”も、ここぞとばかりにあれしなきゃ、これしなきゃ、とタスクをこなし始める。
今回の旅もひどい詰め込み様だ。
.
旅のパッキングをして8時に出社。
飲んで食べて笑って泣いて23時に友人宅へ。
翌日は朝4時に起きて支度。テーマパークへ。
休憩知らずでアトラクションを制覇する。
.
ここまでの2日間は、動と動と動と動。
動くことは得意分野だ。
しかしここからの2日間は、何一つ予定がない。ノープラン。宿も取っていない。
この“何をしてもいい日”っていうのが、可能性が無限大でワクワクする。
どこに行こうか、誰に会おうか、なにを見ようか、なに食べようか、全て直感で決める。
.
...!!??
そう来たか。
何をするかをあれこれ考えていたけど、何もしないという選択肢があることを初めて知った。
「疲れてるんでしょ?ゆっくりしなよ。うちでごろごろして明日も泊まってけば。」
確かに、身体は相当疲れているはず。宿もあってありがたい提案。
しかしせっかく飛行機で来ている旅の中、一日中友人宅で過ごすという“静”の覚悟をできなかった私は、また動くことを決断。
.
朝8時からお昼までリモートワークをしたあと、3時間かけて海沿いまで電車移動。
“静”をするぞ!と慣れないことへの意気込み。
送迎バスのおじさんも、フロントのお姉さんも、この町も空気も素敵だ。
オーシャンビューの和洋室。ベランダで海を見ながら軽く仕事をする。
あ~~~、風を感じながらこんな気持ちいい体験ができて豊かだなぁ。
温泉に入って、夕食ビュッフェでは飲み放題を付けてひとり宴会。
宴会のお供には、おそらく10年ぶりくらいに、マンガコーナーから取ってきた恋愛マンガを読んでみる。
直近でマンガを読んだのはたしか、、、NANAとか。昔すぎる。20年前かな。
動いたことで、こんな色々な経験ができて豊かな気持ちになれるのか。
それと同時に、宿で“静”の時間を過ごすと決断して良かったなぁ。
時間に囚われずにゆっくり過ごすことって、こんなに豊かな気持ちになるのか。
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静止することで感じられる贅沢な時間の使い方や癒し、心の穏やかさも、