
はてなキーワード:ごみ箱とは
脱力感自体はよいのですが、タイトルとして、無知というよりも無関心、無気力のグルメという方が適切かと思いました。
その他で目に留まったのは、第六話です。https://rookie.shonenjump.com/series/OmknL2IAah0/OmkvmYUEuK0
主人公は、年越しそばをもう食べたのに、その後で年越しそばを持ってきた友人に「まだ食べてないから、一緒に食べよう」と言うのですが、
そこまで気を使ったウソをつかなくてもいいのではないかと思いました。
友人同士のようですから、
「ありがとう。先刻食べたけど、まだまだ食べられるから、一緒に食べよう!」くらいの言い方でよかったのではないでしょうか。匂いやごみ箱のゴミですぐわかっちゃいますし。
まだまだ友人になりたての時期で、気を使っているのでしょうか?すこしよそよそしい気がしました。
私などは、友人であれば気を使うことはあってもウソを言うことは無いかなと思います。
友人というものは基本あけすけでよい、というか本音ベースで話せないとそもそも友人になれないと思いますが、
皆様は友人であっても気を使って優しいウソをつきますか。又あけすけに話す場合と使い分けるとすれば、どんな線引きでしょうか。
俺はその日、昼のピークが終わって、厨房の片隅で一息ついていた。
油の匂いがまだ鼻に残っている。ポテトの音も止み、静かな時間。
俺は休憩の前に、自分で買った6個入りのたこ焼きをバックヤードの棚の上に置いた。
「あとで食べよう」と思って。
ソースと青のりの香りが漂って、ちょっと幸せな気分になってたんだ。
──が、10分後。
戻ってきたら、容器の中は空だった。
でも、串もない。ゴミ箱を見ても、跡形もない。
完全に食われてる。
厨房にいたのは3人。
でも昨日、給料前で昼飯を抜いてたって言ってたな。
そして新人の圭吾。
まだ入って一週間。仕事は遅いけど、よく厨房のつまみ食いをしてる。
俺はごみ箱をもう一度見た。
──ソースの色だ。
たぶん、食べるとき外して、落としたんだろう。
「……犯人、圭吾だな」
そう思った瞬間、バックヤードのドアが開いて、
悪びれもせず笑う圭吾を見て、
俺は言葉を失った。
何つーか。ガノタにとってシャアってそれこそ「お母さん」なんだなって思う。
母っていうか所謂「感情のごみ箱」というか。相手に何をしてもけして自分を嫌いになりはしない、幼い子供にとっての依存対象としてのお母さん。
相手に対して好き放題汚い言葉をぶつけてもいい、身勝手な感情で傷付けて貶めてもいい。でも相手からは絶対に反撃してくる事は許さないっていう。
ガノタはシャアはカスだからシャリア・ブルやアルテイシアがシャアを殺すのは当然だと言い、その台詞や場面を逐一抜き出して面白がる一方で
そうされたシャアがアルテイシアのその後を顧みずに好き勝手生きている(ように見えたら)そんなキャラじゃないだろうと勝手な決めつけで妹第一を要求する。
一方的な殺意をぶつけられて存在自体全否定されたなら、いくら大好きな友人でも妹でも憎くなって嫌気がさしても不思議はないだろうに
そういう人間らしい反応は認めないらしい。あいつらが言う通り本当にカスならばそうなるだろうに。
朝から最悪や
そういえば最近ずっとおなかの調子は悪かった。しかしまさか漏らすとは。
出社していつも通り喫煙所に行く途中だった。
なんとなく先にしょんべんを済まそうと思ってトイレに行き、小便器の前に立っているときにその腹痛は来た。
来た瞬間は、「しょんべん終わったらうんこもするか」などとのんきに考えていたのだが、ちゃ~っとおしっこをしているそのさなか、花粉の大群が俺の鼻を襲ったのである。
あっやばい!そう思った。今の俺はしょんべんをしつつうんこを我慢している状態なのだ。そのうえくしゃみを我慢することなんかできない。
膀胱を絞り上げてしょんべんを止めて、個室に駆け込むべきだったのかもしれない。いや、これは失敗した時のリスクが高すぎる。ズボンがうんこだけでなくしょんべんまみれになる可能性のほうが高い。
そもそも俺は、家を出る前にしょんべんだけでもすましておくべきだった。
そんなことを考える暇もないままに、俺のくしゃみは限界を迎えた。
はくしょん!
トイレに響き渡る俺のくしゃみ。くしゃみをしたときに全身に力が入り、それによって膀胱から押し出されて小便器にびしゃあ!と当たる俺のしょんべん。そして、柔らかく温かい感触が広がる俺のケツ。
しょんべんを出し切ったおれは個室に移動し、ズボンをおろしてパンツを確認した。薄暗い個室の中でうまく視認はできなかったが、においが俺がうんこを漏らしたという事実を物語っていた。
とりあえずケツをトイレットペーパーで拭きまくり、パンツは脱いだ。
パンツはとりあえず近場のごみ箱に捨てた。掃除のおばちゃん、ほんとにごめん。
俺は今、休み明けのメールに返信をしています、みたいな顔をしてこれを書いている。もちろんノーパンだ。
うんこはパンツが受け止めてくれたはずだから、ズボンにうんこはついてないはずだから、匂ってはないと思うけどもうわからん。不安とショック、鼻づまりで正常な判断ができない状態にある。
花粉症もおなかゆるいのもずいぶん昔からあるけれど、まさかこんなことになってしまうとは。
朝から悲しい。
使い終わったペットボトルの中身洗ったりラベル剥がしたりごみ収集の日に捨てに行くの面倒すぎてできない
健常は資源ごみの日までにやって集めて一個の場所にまとめたりとかしてんだろうけど自分にはそれが難しすぎるんだよな
部屋で飲んだコーラとか、職場にもっていって中身飲み切れずにまた持って帰ってきちゃったペットボトルとかさ
だから最近は、出かける前に2,3本持ってって駅のホームのごみ箱に捨てる習慣を作ってる
あんまよくないことだっていうのはわかってるんだけど、背徳感っていうのかな
悪いことしてる実感があるから忘れにくくておかげで部屋にペットボトルが溜まらなくなった
燃えるゴミとか含めてどうしようもないときは近くのマンションのごみ置き場に置くことにしてる
これもまぁまぁダメなことはわかってるんだけど
ガキみたいなことしてる自覚はある
でも部屋がクッソキレイになるんだよなペットボトル無くなるだけで
一日三本ずつくらい片付けるだけでだいぶ違うぞ
もし、どうすればよかったか?と聞かれたら
「見に行かなければよかった」と、答えるし
監督にそう聞かれたら、
「あんな映画作らなければよかったし、もし作っちゃったのなら公開しなければよかったのに」と答えると思う。
以下、その理由
そもそも現在、ホームムービーを撮りますとか、映像の勉強のためとかで回した素材を編集してドキュメンタリー作品にするという手法はありなのか?という問題
作者の両親や姉はそのことを理解したうえで許諾していたの?
文書で許諾を得ていたの?
作品の後半でやたらと姉のピースサインがでてくるが(ラストシーンもピースサインかな)、姉はかわいい弟がホームビデオを撮ってくれていると思ってピースサインしているから切ない。
ドキュメンタリー作家として致命的なのは、作者は「記憶」と「記録」の違いについて理解していないこと、
納棺のシーンで、父親が論文を入れようとするところを、父親の異常な行動として「記録」している
父親は、自分と同じ医学研究を志していたという「記憶」の中の娘として送り出そうとしているんですよ、きっと
長い髪がきれいだったという「記憶」の中のお姉さんと見送るのなら、化学療法でぬけてしまった頭に帽子をかぶせるのではなくて
ロングのウィグでもかぶせてあげればよかったのに、そういうところ
「記憶」が偽で「記録」が真ではなく、また「記憶」が邪で「記録」が正ではない
作者は姉の異常なところばかり撮ろうとして、また異常な言動を引き出そうとしてインタビューについてもそうしたものしかしない、
しかし40年ちかく暮らしていたその生活の中身、楽しかったこと、幸福だった側面そうしたものはあったはずで、それが伝わってこない、
玄関に鍵が!とか騒ぐが、私宅監置とか座敷牢というのは、玄関の「外側」から鍵をかけるものです、
自分が「カリフォルニアから来た娘」であることの自覚がないのでは?
寄り添えていないから、見えているものにフォーカスできていない
退院後の部屋にカメラをかまえてずかずか入っていくのもいかがかとおもうが、その時ベッドのわきにあるごみ箱に注目できていない
あの位置にゴミ箱があるとき、自分だったら「薬の副作用などで吐き気があるのか」とか、まさかだがここで用を足しているのかとか考えますね、
統合失調症は大変な病気ではあるが、肺がんのステージ4というのはそれ以上に深刻な病気
ステージ4まで気づけなかったことに対する反省とか後悔とか何もないの?
お父さんの「失敗したとは思わない」とかいう言葉、これは重い、ある意味真理をついている
障害のある子どもをかかえる親にとって、健康に留意して子どもより長生きをして、子どもの葬式をだしてやるというのは一つの成功パターンですよ
作者には理解できないことかもしれませんが、
精神科の長期入院は悪いということになっていて、医療関係者などは
「短期入院で退院して、またなにかあったらそのときに入院して治療すればいいのです」などと言う
なにかあったら、の中身については触れない
深夜にマンションの隣の部屋のドアを、ダンベルで何度もたたく(本当にあった)
近所のスーパーに行って、幼稚園児を蹴りケガをさせた(これもあった)
家族とケンカをするたびに、110や119に通報する(これもよくある)
地域住民が精神疾患に対する理解がないから受け入れてもらえないと言われるけれど
日本の精神医療はライシャワー事件で大きく変わったと言われるが、どうなの?
「疾患」であるなら治療すべきだし、「障害」であるなら直すことより抱えていても、より幸福に生きていける道をさぐるべきだし
であるのに、「異常」な姉を見世物にするようなやりかたで作品を公開するのはいかがかと
ショックな頭の中を整理するためにこれを書いている。
もしこれを読む人がいれば、私はどうすべきか、あなたならどうするか、教えてくれると嬉しい。
今日仕事から帰り、買い物のレシートを捨てようとしたところ、ごみ箱の中に私のものではないレシート類がまとめて捨てられているのを発見した。
レシートは裁断して捨てるように何度も言っているのに、なかなか理解してくれない。
私のものとまとめて破り捨てようと思い取り出したところ、コンビニATMの明細があるのを見つけてしまった。
中身を見てしまった私が悪い、悪いのだが、
明細の科目欄にはカードローンとの表記があり、残高にはマイナスの記号とともに、50万円ほどの金額が書かれていた。
ATMの明細はもう一つあり、こちらも消費者金融への振込みたいだ。金額は1万円。
すごく動揺した。いまも手が震えている。
前回はちょうど1年前、同棲を開始するちょっと前で、そのときも50万円ほどだった。
発覚した経緯は忘れたが、そのときも返済の目途が立っていない(毎月1万円ほどしか返さず、元本が減っていなかった)ため、私が返済を立て替えた。
正確には、借入残高を聞いて現金50万円を渡した。
ここで借金はなくなっていたはずだ。
立て替えた50万円は、毎月2万円ずつを返済してもらっていた。
一度返済をスキップした月もあったが、事情は分かっていたし、私も合意したうえでのこと。
年末に噓をつかれていたのか、何か年始に高額の出費が必要な何かがあったのか。
そもそも渡した50万円を、返済に使っていなかったとか?
一緒に暮らして1年、過剰な支出や浪費をするタイプではないように見える。
パチンコや競馬もやっていなさそうだし、ポンと高額な買い物をするタイプでもない。
気になったことといえば、ウーバーの利用とネットでの買い物が(私に比べて)多めなことくらいか。
それでも、私自身が人に比べて少ない自覚もあり、世間一般からすると、そこまで多いほどとは言えないんだと思う。
年末年始、飛行機の距離の実家に帰省していたが、それだって50万円もするわけがない。
隠されていたのか、噓をつかれていたのかわからないけど、信頼されていないことがショックだ。
ついでに言えば、それを隠し通せない浅はかさに情けなさも感じる。
近いうちに結婚するつもりで始めた同棲だが、信頼されていない(またはできない)相手と、このまま関係を続けていくべきかわからない。
このことを相手に問いただすべきか、相手が話してくれるのを待つべきか、それもわからない。
私自身はまめに家計簿をつけており、お金のことには相当細かい自負がある。マネーリテラシーが合わない感覚もある。
付き合って2年になる。人として嫌いなわけではない。私自身ここまで長く付き合った異性はおらず、これを逃すと次はいつになるか、という不安もある。
ただ、こんなに大事なことを隠している相手と、それを平気な顔して週末過ごしていた相手と、今後も一緒にいるべきかがわからない。
違うな、べき論では一緒にいるべきではないのかもしれないが、私は一緒にいたいのだ。
大事なこと(と言っても、50万円くらいどうとでもなる金額だと思う)を、隠さず相談してほしいだけなのかもしれないなあ。
それでも、ショックなのは変わらない。
たまたま知ってしまったものをどうすればいいのかもわからないし、これ、結婚の話が進んだとしたらずっと隠され続けるのだろうか。
前も少し計算したけど、50万円の借り入れを1万円ずつ返していっても、半永久的に返済が終わらなかったような。
年始に、そろそろ両親と会ってほしい、と言ったらはぐらかされたのを思い出した。これがあったからなのかな。
一緒にいたい気持ちはある、(相手はともかくとして)個人として結婚を急ぎたい気持ちもある、
相手には隠しごとがある、私が知っていることを相手は知らない、いつ打ち明けてくれるかもわからない。
そもそも打ち明けてくれるのを待つべきか、こちらから聞いてみるべきかもわからない。
気持ちは整理できたけど、結局、どうすればいいのかわからなくなってしまった。
Permalink |記事への反応(37) | 20:28
うちの妻は大好きだったみかんジュースがつわりの時に唯一最後まで飲めていたもので、無理になったものだったので、産後は大嫌いになってたな。
最後は何も食べられなくなって、何も食べてない胃袋のままごみ箱にゲロってた。(唾液しかでない)
耐えきれずに通っていた産婦人科に行ったら尿検査の結果、ケトン値が上がっているからと即入院。
最悪のケースだと母体を保護するために中絶することもあり得るけれど、そこまでひどくはないので大丈夫と言われながらの生活。
同じ病室にはいろんな人が入院していて(といっても妻のほかはみんな切迫流産)、人間観察には事欠かなかったらしい。
段々と食べられるようになってきて、1か月して退院。その間にすっかり季節は変わっていた。
胎児には影響がないという吐き気止めをずっと処方してもらって、少しずつ食べられるものを探して、食べて、やっと生まれた子、うれしい。