
はてなキーワード:これは普通とは
それ読み違えてます。
僕が言ってるのは
であって、
望月新一を極端なケースとして分けたのは、
つまり
・正しさの基準は常に同じ
これを分けて話してるだけで、
ダブスタでも譲歩でもないんですよ。
次に一番大事なところ。
ここ、ようやく論点が噛み合いました。
「削除」という言い回しが
厳密な専門用語じゃない
これはその通りです。
ただし、
・変数を消す
・射影する
・消去して低次元に落とす
この操作を
教科書だと
・「情報が失われる」
・「区別できなくなる」
・「単射でなくなる」
って書かれるだけで、
「削除」という単語を避けてるだけなんですよ。
つまりここで起きてるのは
これでほぼ終わってて、
内容が意味不明だったわけじゃない。
じゃあ
これについて。
答えは
・教科書語ではない。
でも
という意味なら、
なぜなら概念は
・射影
・消去
なので整理すると、
・「削除」は厳密用語ではない → 正しい
ここを全部ひっくるめて
って処理したから、話が拗れただけなんですよ。
要するにこれは
そこまで来てるのに、
あります?
話をそらしてるところ悪いけど、その場のやり取りで別に満足して終わってることならもうそのやり取りの記録に用はないはず。
「あのやり取りの相手、dorawiiかもしれねえ!」ってずっと心の中でわだかまって、日をまたいで、署名付いてるか確認せずにはいられなくて、
署名ついてなければそれでよし、ついていたら一気にそのやり取りを無価値だったってことにするってメンタルは、異常でしょ。
もしかして、自分以外の増田の全員を、dorawiiかもしれないって疑ってるんだろうね。警察が一般市民を犯罪者かもしれないというのならわかるけど、これは普通に精神病だよね。
dorawiiより
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「教育虐待ガー」とか言ってる層って、マジで日本の教育システムを単なるブラックボックスとして捉えてるんだよね。
でも実際は、日本の教育は競争アルゴリズムに基づく階層ソートシステム なんだよ。
入力パラメータ(学習量)を下げれば、アウトプット(進学・所得・婚姻市場ポジション)が劣化するのは仕様 であって感情論じゃない。
だから「可哀想だから詰め込みやめろ」と言うのは、システムの根幹ロジックを理解せずに設定値を勝手に下げる危険なパラメータ変更なんだよ。
日本社会は
つまり教育を削るという行為は、スコアリング関数の入力値を意図的に下げるのと同義。
当然、最終アウトプットは弱者男性という低スコア領域に落ち込む可能性が跳ね上がる。
これを下げた瞬間、
進学機会が減少(選択肢のサブセット化)
という 不可逆なデグレードが発生する。
これを回避するには、インプットを削らないのが最も効率的なんだよ。
まるで、性能要件を理解しない非エンジニアが、「その処理重くない?」とだけ言ってくる感じ。
それは 数千万〜数億円規模の長期的機会損失 という隠れたデフォルト・リスク。
でも外野はただの**無責任ノイズ(noise)**を発してるだけで、何ひとつ責任領域を持たない。
損失補償者(compensator)
意思決定権者(decision owner)
が一致している必要がある。
しかし「教育虐待ガー派」は意思決定に関わるくせに、リスクも損失も負わない。
これ、システム開発なら完全にアンチパターン(責任分離の破綻) なんだよ。
「サラリーマンの平均生涯年収3億円」はよく語られるけど、教育量の削減によって階層ダウンした場合、これは普通に大きく失われる期待値なんだよ。
つまり外野が無責任に発する「可哀想」って言葉は、他人の将来資産を数億単位で毀損するトリガーになり得る。
そのリスクを認識していない時点で、教育議論に参加する資格がない。
最終的に問うべきなのはこれ。
当然、誰も取らないし、払わない。
ざっくり言うと、「言ってることはだいたい正論なんだけど、ほぼ全部これまで散々聞いた話の焼き直しで、肝心な痛みの部分(国民負担・再分配・生活の実感)にはほとんど触れてない」って感じ
・5本柱(複数年度の視点/ヒト/カネ/マネジメント/国際連携)は、経済政策の教科書どおりで、構成としてはきれい。
・「AI・半導体・量子・造船など17分野への官民連携投資」「責任ある積極財政」ってワードも、今の与党のテンプレを丁寧に並べた感じ。
・一方で、社会保険料や消費税を含む国民負担の重さ、実質賃金マイナスの長期化、格差や貧困・少子化みたいな、いま多くの人が一番しんどいと感じている部分への踏み込みはほぼゼロ。
「成長はするから、あとは自動的にみんな幸せになりますよね?」という古い発想から抜け出せてない。
言ってること:企業が投資判断しやすいように、政府も予算や税制を数年単位でコミットしましょう。
官庁や事業会社が、複数年度にわたる支援・規制改革のロードマップを出すべき。
評価:これは普通に良い。投資って1年ごとにコロコロ制度が変わると誰もリスク取らないから、「複数年度で見通しを示せ」はまっとう。
ただ、日本の予算制度・財政審の文化の中で、本当に複数年度コミットができるのかはかなり怪しい。毎年「やっぱ財政再建が~」って言い出して縮小される未来が容易に想像できる。
ここをやるなら、「中期財政フレーム自体を作り替える」「将来の支出を法律レベルで拘束する」くらいの話がいるけど、そこまでは踏み込んでない。
言ってること:リスキリング支援、大学での人材育成強化。医療・介護の処遇改善(報酬改定を前倒し)、働き方改革を含む労働市場改革。
評価:「医療・介護の賃上げをちゃんとやれ」と明記してるのは、ここ数年の文書よりはマシな点。現場の悲鳴はそれなりに意識してる。
ただし、全体としては人材の質を上げて成長分野に移動させたいという供給側目線が強くて、「非正規をどう減らすか」「低所得層の社会保険料負担をどうするか」みたいな、足元の生活のしんどさはスルー。
リスキリングも、これまでの政府プログラムを見る限り、実効性はかなり微妙。「講座を作って自己満、現場の待遇はそのまま」の危険が高い。
→方向性は悪くないけど、きれいな人材政策の作文の域を出てない。
言ってること:NISAや企業型DCを軸に「資産運用立国」を続ける。成長投資に向かう資金の流れを作る、地域金融も含めて成長資金を供給。
評価:完全に「貯蓄から投資へ」「資産所得倍増」の延長線。すでにそこそこ資産を持ってる層にはプラスだけど、そもそも投資に回せるお金がない層にはほぼ恩恵なし。
「中長期の成長投資に回せ」という発想自体は良くて、国債だけに閉じたマネーゲームよりはマシ。ただ、これも企業側・金融側の論理が中心で、家計側のリスクや損失についてはノータッチ。
今の国民負担感(社会保険料+消費税+物価高)に対して、「じゃあ負担軽くしましょう」とは一言も書いてないのがポイント。
→金融市場と大企業には優しいけど、手取りが万年ギリギリな人にはほぼ無関係。
言ってること:設備投資の即時償却や研究開発減税など、投資税制を大胆に。コーポレートガバナンス・コード見直し、人材資本の情報開示強化。
事業再編・再構築、M&A・企業結合を促進して企業の規律を高める。
評価:典型的な投資インセンティブ+ガバナンス改革+M&A推進セット。株主と大企業経営層が大好きなパッケージ。
これをやると、確かに設備投資や再編は増えやすくなるけど、その裏側で「地方の中小企業が大企業に飲み込まれて、雇用が整理される」パターンも増える。
「内部留保を人や設備・研究に回せ」という狙いはわかるけど、そこを税制だけで変え切れるかはかなり疑問。結局、需要(売上)が伸びる見込みがないと企業は動かない。
労働者側へのセーフティネット(失業保険の手厚さ、転職支援、最低賃金、社会保険料の軽減など)をセットで書いてないのが怖い。
→資本市場目線では◎、労働者・地域経済目線だと「うまくやらないと切られる側が増えるよね?」という不安が強い。
言ってること:国内だけ見てても成長は限界。サプライチェーン強化やエコシステム構築を同盟国・同志国と連携してやる。
特にグローバルサウスでの新市場開拓を重視し、ビジネス展開を予算で後押し。
評価:これも方向性は妥当。中国一極依存からの脱却や、物流リスク分散を考えるなら必須の視点。
ただ、ここでも企業の海外展開を支援しますで終わっていて、「海外に生産移して、国内の雇用や賃金はどうするの?」という視点がない。
グローバルサウスでのビジネス展開は、うまくやればプラスだけど、失敗するとお金と技術だけ出して現地での利益は薄い国内産業の空洞化だけ進むパターンもありうる。
→外交・安全保障の流れとしては自然だけど、内需・地方雇用まで含めての設計図が見えない。
政治的な読みどころ
文面に「高市内閣」とわざわざ書いてあるのが、かなり露骨なメッセージ。
「将来、高市政権になったときの経済運営はこの路線で行きます」と宣言しつつ、現政権にもプレッシャーをかけている感じ。
中身は安倍政権以降のアベノミクス+資産運用立国+リスキリングの言い換えなので、路線変更というより「これまでをもっとちゃんとやります」という話。
つまり、「今のしんどさは路線が間違ってたからではなく、アクセルが足りなかったから」という前提に立っている。
ここに同意できるかどうかで、この文書への評価はガラッと変わると思う。
経済のお行儀の良い作文としては 70点くらい。
ちゃんと整理されてるし、投資・人材・金融・国際連携のツボは押さえてる。
でも、「国民負担の重さ」「実質賃金の落ち込み」「生活防衛」という、いま一番ホットな火事場に水をかける気はほぼないので、生活者目線では 40点ぐらい。
読んでて「うんうん…で、具体的に何する気なん?」ってなるね
文書の主語がほぼ全部これなんだよね:「投資を促進することが必要である」「支援を強化することが必要である」「国際連携を強化することが重要である」
で、続きが「…よう検討すること」「…よう推進すること」「…にコミットすること」
みたいな動詞が全部ふんわり系。
例えば本気でやる気なら、
「AI・半導体関連の公的研究開発費を、5年間で現在の○倍にする」
「介護職の平均賃金を3年で月○万円引き上げる。そのため診療報酬を○%上げる」
「NISA・DCへの年間新規資金流入を○兆円、5年で○兆円の残高増加」
とか、少なくとも数字+期限を1個は書けるはずなんだよね。
この提言はそこを徹底的に避けてるから、読んだ側が結局、どのくらいの規模でやる気なのかが全く見えない。
各項目で一番で?って思うのはここ。
ヒトのところ リスキリング支援 医療・介護等支援パッケージ 働き方改革と労働市場改革
って並んでるけど、どんなスキルを、誰に、どのくらいのコストで?
医療・介護パッケージって具体的に「基本給+何%」なのか、「処遇改善加算をこういじる」のか?
労働市場改革って「解雇規制を緩めたい」のか「社会保険料を軽くしたい」のか、それとも「非正規の処遇改善」なのか?
肝心な中身の選択を全部ぼかしてるから、読んでも立場が見えないんだよね。
カネのところ「NISA・DCを通じた家計から成長投資への流れの加速」「資本市場機能の強化」
これも、NISA非課税枠をまた拡大したいのかDCの加入を半ば義務化したいのか年金資金の株式比率をもっと上げたいのか
どこに突っ込む気なのか書いてない。
運用立国やります!とだけ言って、リスク側の話(損したとき誰が死ぬのか)には触れてないから、どう評価していいか決めようがない。
具体性がないの、たぶん「無能だから」じゃなくてケンカを避けるためにわざとって側面が強いと思う。
この文書で本当は踏み込まなきゃいけないのって、社会保険料・消費税をどうするか(特に低所得層の負担)
財政拡張をどこまでやってもいいと考えるのか、労働市場改革で企業側をどこまで自由にするか、中国依存をどのスピードでどこまで減らすか
あたりなんだけど、ここを数字や制度名まで書いた瞬間に党内の財政タカ派、経団連、高齢者票、中国との外交
ぜんぶと利害がぶつかる。
だから「方向性だけ書いて、後は官僚と次の内閣に丸投げ」みたいな文章になってるんだと思う。
対比として、例えば同じ項目でも、「社会保険料について、年収300万円以下の本人負担を5年間で○%軽減する。その代替財源として○税を○%引き上げる」
「介護離職ゼロに向け、介護職の賃金水準を全産業平均比▲○%から▲○%まで縮小する」
「対中輸入比率を10年で△%→□%に低減する。そのために半導体・レアアースなど5品目については…」
くらい書いてあれば、「やる気と覚悟はあるな。中身に賛成かは別として。」って評価になるんだけど、今回のはそこに踏み込まない安全運転の提言。
フレーム(5本柱)はそれなりに整ってる
でも、中で一番えぐい論点は全部「検討」「推進」「強化」に逃がしてる
だから読んでる側からすると「具体的な制度・金額・痛み」が見えず、ふわふわして感じるって構造だと思う。
あなたが内心猛烈にイライラしながら、自分でイライラしていることを理解し、相手にぶつけず、しかもイライラしていること自体を「よくないこと」で「改善したいこと」であると捉えていること、これは普通の人間にはできないことです。
自らの欠点を直視するのは難しく、目を逸らすのが普通です。それができている時点で、あなたは欠点を直す素養が大きくあると言えます。
ただ、現時点ではその原因までは辿りついていないように思います。
増田のイライラの原因は全てお金のことにあります。これは増田が自分で自覚しているとおりです。ただ、お金自体が本質的な原因ではありません。
幼少期の増田は、金を理由に強権を振るう父親、それを正当化する祖父母の元で育ちました。そして、増田自身は母を守るため頑張りました。しかし、この過程で強烈に刷り込まれてしまった価値観が「金を持っている人は決定権を持ち、持っていない方が従う」です。
この価値観が無意識に刷り込まれてしまったので、お金を持っていない側である夫が「サポートする」という主体性を持ったり、趣味のアイテムを買ったりする自由を満喫していると、「お金を持っていない側にはありえないはずの振舞い」としてイラッとしてしまうのです。
重要なのは、これは増田が歪んでいるだとか、弱いとかではないということです。増田はその後の成長の過程でこうした片方のみが決定権を持つような構造は正しくないと学び、それを回避しようと動き、実際にそれがない家庭を実現しました。
この後天的に学習した価値観が、幼少から無意識に刷り込まれた価値観と衝突しているのです。これは無意識と意識の衝突であり、トラウマに近いものです。増田は父のようになることを怖れ、回避しようとしていますが、無意識が勝手に反発しているのです。
自分の欠点を直視し、自分がイライラしていることを分かり、それを正そうとしている増田なら、この無意識の価値観があることさえ分かれば、修正もできると考えています。
って話というか説明をするよ!!!読みたくない人はこの1行だけ持って帰ってくださいね!!!!言ってない!!!
これはどうもSNS上で話題になってるらしいことなので、じゃあ増田で言ってどうすんだよって話なんだけど
俺が今からSNSアカウント作っても誰も見ないだろうし、多少は人目につくここで書くしかないんだ…
気が向いたら拡散でもしてくれたら嬉しい
いや拡散しなくていいけど
韓国で開発され日本でも運営されているスマホゲーム「ブルーアーカイブ」。
多くの海外製スマホゲーと同様、たまに日本語版と韓国語版の訳の違いが話題になったりする。
まあそれは何のメディアでもある。小説だって映画だってドラマだって字幕派と原語派がいる。ハリーポッターは英語で読まなきゃダメだよね~みたいな人もいるじゃん。これは普通。
なんだけど今回、先生(プレイヤーキャラクター)がナギサというキャラクターに対して、韓国語版では下の2つのセリフを言ったらしいと広まっている。
「お前は救いようがないパラノイアだ」
「お前の陰謀は私が打ち砕く」
2文目はあとで触れるけど、まずパラノイアの方ね。
これ言ってないの!!!!!
日本語版ではそこは「今の君はきっと、疑心暗鬼の闇の中だ」と訳されていて、「疑心暗鬼だよね~、なんか周りが疑わしく見えちゃうよね~」というニュアンスになっている。
ところが韓国語版では「お前は救いようがないパラノイア」だと言ったらしい!!!!なんだと!ナギサを病気だって言いたいのか!!!ひどすぎるだろ!!!と日本のSNS上で話題になってるらしいんだけど
ちょっと紛らわしいのは「先生がナギサに対して酷いことを言った」のはあってる。
これは韓国語を読まずとも、日本国内で読める日本語版でも同じ(ストーリーは同じなんだから、そりゃそうだ)
確かに酷いことは言ったよ。ここは正しい。
先生が「救いがたいパラノイアだ」と言ったとされる部分、韓国語ではこういうセリフ。
"너는 구제불능인 의심암귀다."
たったこんだけだぜ!このくらい辞書引けばすぐわかるでしょうよ!!!言ってないことを言ったと思ってる人も読んでみてくれよ!!!
ここの의심암귀は正に熟語の『疑心暗鬼』のこと。中国の『列子』に由来するとされる疑心暗鬼そのもの。
つまり、解釈の可能性はこの後するけど、まず原文で『パラノイア』なんて言ってるかどうかについては議論の余地がない。
"너는 구제불능인 의심암귀다." "君は、救済不能の疑心暗鬼だ。"
そんで、これを日本語版と比べてみると
ね!!
パラノイアなんて言ってないから、日本も韓国も「疑心暗鬼」扱いなのは同じ。そこは日本と違わない。
これが文章だったなら分かるよ。
「君は救いがたいな。何もかも全てを疑った挙句、いもしない敵を自ら作り上げてしまった。今すぐ入院して医学的処置を受けるべきだ」とか言ってたなら「うーん…パラノイアって訳しておくか!」となるのも分からなくもない。
でも違うじゃん、의심암귀疑心暗鬼って言ってんの。パラノイアなんて言ってねーんだって!!そんな単語も文もないんだもんって!!
ネットで広まってる言い方なら「救いがたい」のほう。これは実際に言ってるの。これは確かにキツイね。救えねえわって言ってんだからキツイよ。
でもパラノイアは言ってないから!!의심암귀はそのまんま疑心暗鬼だから!!ナギサを病的だなんて言ってないから!!
確かにパラノイアって単語は無いけど、意訳すればパラノイアでしょ? 疑心暗鬼がひどくなったのがパラノイアでしょ?と思ったあなた。
じゃあそれはストーリーがどうこうじゃなくて、韓国語版との違いがどうこうてもなくて、「意訳がどうこう」いう所じゃん!
スタートとゴールが疑心暗鬼で真ん中にだけパラノイアがあるなら、それは韓国語版由来でなく意訳由来では!?
意訳はニュアンス変わるよ。試しに俺が
どれがより適切かは文脈によるんだけど、原文から100%全くの別物にまではしていない。どれも意訳と言い張れる範囲だと思う。
これは何か恣意的にねじ曲げようってんじゃなくて、俺がどうストーリーを受け止めているかがあって、そのフィルターを通って変換されてる。
決して、パラノイアと訳されたのが悪いとか言いたいんじゃない。人それぞれの読み方があって、人それぞれのフィルターがあるから。
だけど「パラノイア」は原文にはなくて、フィルターの中にある言葉じゃないのってのはあるかもなの。
誰か個人の訳なのかネットで自然発生したものなのかは分からないし、それについてはどっちでもいい。原因探しじゃなくて、そんなこと言ってないよ!!!が重要だし。
先に断わっておくと、この項はパラノイアと訳した人が悪いぞ!という話ではないです。
で話に移ると、小説でも映画でもなんでも「海外ではこう書いてあるんだぜ」と日本語訳をみたとき、そこには必ず訳した人がいるって意識は必要です。
例えば英語の"good morning."だって、訳はどんだけでもある。
「おはよう」「はよう!」「おはようございます」「良い朝だね!」「今日もよろしく」「はよざーっす」「ザぁっす」、どれも正しい訳だけど、話し手の雰囲気は変わって見える。日本語だとひらがなとカタカナを使い別けるから、「ざぁっす」「ザァっす」「ザァッス」でも雰囲気は変わる。あくびしながら「ザァっす」は眠そう。キラキラした目で「ザっす」は元気そう。ァ1文字抜いただけだけど。
本来は文脈によってある程度絞られてくるけど(例えば清楚なお嬢様キャラは「ザぁっす」とは言わないだろう)、1文、2文を抜き出して訳すときはどんだけでも幅が出る。
文脈によっては、何もおはよう要素がないかもしれない。誰かに朝から会いに行ったなら「どうもどうも」とか「すみませんね」と訳せる状況もあるかもしれない。
状況によっては「夜が終わった」とも訳せるかもしれないし、窓を見てれば「陽が昇ってきた」とも訳せるかもしれない。夜通し騒動に巻き込まれるストーリーだったら「逃げ切ったね」「終わったか」「助かった」くらいまで意訳できるシーンもあるかも。100億円貰える日の朝なら、「さあゴキゲンが始まるぜ!」になるシーンもあり得る。
大きく意訳するのはなしにして、good morningを「良い朝だ」と訳すとしよう。語尾をちょっとだけ変えてみる。「良い朝だね」「良い朝だぜ」「良い朝だ」「良い朝だよ」「良い朝ですよ」、ほんの数文字変えただけで、シチュエーションも性別も変わって見える。
でも、ここまで挙げたすべては、ぜーんぶ、"good morning."から出せる。
ブルーアーカイブのプレイヤーキャラクター"先生"には性別も容姿も設定されておらず、プレイヤーの自由に解釈できるようになっている。だからこのフィルターの影響は大きい。
"先生"は僅かな言行からのみ解釈されるけど、ちょっと女っぽいと言われることもある。この雰囲気に一役買っているのは「~よ」「~ね」を基本にした優しい口調だろう。ちょっとそこらを見てみよう。
日本版はこんな口調。ブルアカファンには有名なセリフだけど、まずそもそもこの時点で韓国語版から変わってる。
「야만 해」のニュアンスを入れるなら「私が負わなければならない」なんだから。
"責任は、私が負うさ"
すこしカッコツケを感じる…
"責任は、私が負う"
少し強くなって来た
"責任は、私が負うとも"
より強く聞こえるね
"責任は、私が持つ"
"責任は、俺が負うよ"
これは語尾じゃないけど、「私」を「俺」に1文字変えるだけで、性別が男に見えてくる。
別に女が俺と言ってもいいんだけど、一種の役割語として機能している
"ケツは拭いてやらァ、俺に任せとけ"
おっ、別人だこれ
最後はともかく、ちょっと語尾を変えただけでもう"先生"は変わる。
んで何が言いたいかって言うと、「海外版は別人みたいだ…」というとき、それは別人のように訳してあるのでは?という目線も絶対に必要だってこと。これは悪い意味では無くて。
例えばこんなのもある。正に同じ文章を、同じ翻訳家が、別の作品で訳しただけなのに、まるで別人のようになる。まあ実際別人なんだけど。1つの文章から、コロンボとコジャックという全く性格が違う人間ができあがる。
同じく、「海外の先生の口調は怖いらしい…」っていうとき、それは怖いように訳してあるのでは?という目線は必要。
しかもこれ、「訳してある」とは言ったものの、そこに悪意があるから疑おうという話じゃない(もちろん悪意をこめて訳す人もいるかもしれないが、ここでは違う)。人は無意識のうちにも言葉を選択しているから、だから「訳してある」意識が必要だと言う話。
もちろん、件のシーンの言葉は実際に強い。なんせ上に書いたように救済不能とまで言ってるんだから間違いなく強い。だから個人だかネットの集合知だか分からないけど、訳した人は「強いこと言うんだなあ」と思って、強いように訳したかもしれない。
これは何も悪くない。その人はそういう雰囲気を感じ取ったからそういう日本語が出て来たわけで、決してデマやガセではない。
でもそれを読むときは、韓国語版のテキストだけでなく、フィルターも読んでるという目線は要る。
「救いようがないパラノイア」はそもそもパラノイアって言ってねーって!と思うけど、
これとセットで「お前の陰謀は私が打ち砕く」というセリフも「韓国版は怖い」として広まってる。こっちもちょっと試してみよう。
"너의 음모는 내가 깨부수겠어."
これが「お前の陰謀は私が打ち砕く」くらいの感じで広まってるらしい。
「お前の陰謀は私が打ち砕く」
日本版では「君を、そこから出してみせる」(※そこ=疑心暗鬼の闇)というセリフだから、全然違うじゃん!韓国語版は怖い!って言うんだけど。
とりあえず、「お前」を「君」に訳してみよう。「너」は状況次第でどっちにも訳せるから間違ってない。
普段先生は「お前」なんて言わないんだから、韓国語から翻訳しようと思ったとき何気なく「君」を選択する人も多いはずだ。
君の陰謀は私が打ち砕く
ほら、この時点でなんかもう違うでしょ。
너は状況に応じて「お前」でも「君」でもいけるけど、「お前」と「君」はちょっと話し手の雰囲気が変わる。
ブルアカプレイヤーの知る先生は生徒を「お前」なんて言わないから、「お前」に訳すだけで激怒してる気がする。
このセリフに限らない。机の上のお菓子を見て「これ、ユウカが買ってきたの?」なんて穏やかな一場面でも、「これ、お前が買って来たの?」にするだけで先生は別人になる。
お前と訳すか、君と訳すか、無意識のフィルターがはっきりと機能しているのが分かる。
続ける。
語尾を~よにしてみよう。日本版の先生は~よなんだから、比較するなら揃えてみたいよね~
君の陰謀は私が打ち砕くよ
陰謀って言葉はあまりに強いから、ブルアカの温度感に合わせて変えよう
君の企みは私が打ち砕くよ
もうだいぶ印象が変わってきたけど、もうすこし。
韓国と違って日本ではあまり「打ち砕く」は言わない。日本語だと劇的になるから、もっとありがちな表現に整えよう。
君の企みは止めてみせるよ
ぐっと変わった気がするけどもう一歩。
そもそもこの「企み」はどこから来てるかって、ナギサの疑心暗鬼から来ている。
韓国語版でも疑心暗鬼って言ってるんだから、これは置き換えてもいいはずだ
君の疑心暗鬼を止めてみせるよ
これはナギサ自身を縛り付けている疑心暗鬼を取り払うぞという宣言なんだから、もっと直接言ってあげようぜ!!!
君をそこから出してみせるよ
終盤は強引だったのは認めるけど、俺は内容そのものは大きく変えてない。意訳だと言える範囲。
この方向のフィルターで意訳して、
「韓国版は"너의 음모는 내가 깨부수겠어."って言ってるよ。
えーっとつまり…「君の企みは止めるよ」みたいな感じ?」
とする説明がネットに広がっていたら印象は全く変わったろう。「ふーん、言い回しは違うけど、日本版と同じような温度かねえ」ってなったろう。
これが正しいとは言っていない。
これにもフィルターが掛かってるし、「お前の陰謀を打ち砕く」にもフィルターが掛かってる。
韓国語版のニュアンスが強いのは確かだけど、でも俺のフィルターに通すとこうなるんだよ!と言ったとき間違ってはいない。このフィルターにウソは入ってないから。
「海外の文章を日本語で読んだとき、そこには必ず訳した人がいる」というのはこういうこと。
日本語で読んでるとき、それは韓国語版だけを読んでるんじゃない。誰かのフィルターを読んでいる。
今回ネットで広がっているフィルターを通すと「お前の陰謀は私が打ち砕く」になる
上に書いたフィルターだと「君の企みは止めてみせるよ」くらいになる。
行くとこまで行くなら日本版と同じになるし、
念のためいうと、「お前の陰謀は私が打ち砕く」を批判する訳でないよ!正実な訳だと思う。単語ごとに辞書を引いたら間違ってないから。
変に感情で意訳を入れてないだけ誠実な訳だと思う。しっかりしてると思う。
ただそれですら、「君」を選ぶか「お前」を選ぶかだけで印象はだいぶ変わってしまうので、良い悪いではなくフィルターそのものはかかってしまう。
日本語をみて「そんなに韓国語版は言葉が強いの!?」と思ったとき、あなたは韓国語のテキストだけでなく、フィルターも読んでいるんです!!!!!!それは意識していこうぜ!!!!!!!!!!!
話をもどして、パラノイアなんて言ってねーって!!
知らん…わかんない…
英語版だと、同じシーンの別の台詞に「I'm not going towaste mytimebeing paranoid.」はある。
このparanoidはパラノイアではないし、直接はナギサを指してもいないし、別の台詞だけど、ここ以外にパラノイアらしき部分がない。
もしそうだとしたら、もう韓国語版がどうこうどころの話じゃなくないか!!?!??
意訳しつつ
混ざった
訳には幅があるといったけど、なんでも文章の意味は変わらないかって、そうでもない。
訳には幅があるから、의심암귀を「疑心暗鬼」と訳すか、「疑り深い」と訳すか、「人を信用しない」と訳すかはグラデーションになっている。
だから「原文では『疑り深い』とは言ってねーって!!!『疑心暗鬼』だって!!!単語が違うって!!!」なんて俺は言う気はない
拾うべきは文章が伝えたいものごとであって、「疑心暗鬼か、疑り深いか」なんて単語だけにこだわるのは違うと思うから。
でも、パラノイアは病気の名前、お医者さんの使う名前という印象があるので、俺だったら疑心暗鬼からのグラデーションとは繋がってないと感じる。
友人に「疑り深いな」は言えるじゃん
友人に「疑心暗鬼だな」は言えるじゃん
友人に「パラノイアだな」は言えないじゃん、そこは壁があるじゃん
パラノイアと言った瞬間に「病気だぞお前、病院行くレベルだぞ」のニュアンスが急に入ってくる。それまで無かったのに!
実際ネットでも、「パラノイア呼ばわりしたの?ナギサは病気ってこと?酷い…」みたいな反応を多々見る
ここで長々とパラノイアって言ってないよ!!!!!と愚痴る理由も分かるでしょ!?!?分かってくれ頼む!!!!
パラノイアと意訳するのは良いと思う。誰かが訳したときのフィルターにおいて間違いではないと思うし。
でも言ったか言ってないかなら原文では言ってねーって!!!言ってねーって!!!!!
入りきらなかったからちょっとだけだけど続きは別に書いたよ!!1
https://anond.hatelabo.jp/20251118185202
だいぶテンション落ちて来て、書かなきゃよかったと思ってきたけど
って話というか説明をするよ!!!読みたくない人はこの1行だけ持って帰ってくださいね!!!!言ってない!!!
これはどうもSNS上で話題になってるらしいことなので、じゃあ増田で言ってどうすんだよって話なんだけど
俺が今からSNSアカウント作っても誰も見ないだろうし、多少は人目につくここで書くしかないんだ…
気が向いたら拡散でもしてくれたら嬉しい
いや拡散しなくていいけど
韓国で開発され日本でも運営されているスマホゲーム「ブルーアーカイブ」。
多くの海外製スマホゲーと同様、たまに日本語版と韓国語版の訳の違いが話題になったりする。
まあそれは何のメディアでもある。小説だって映画だってドラマだって字幕派と原語派がいる。ハリーポッターは英語で読まなきゃダメだよね~みたいな人もいるじゃん。これは普通。
なんだけど今回、先生(プレイヤーキャラクター)がナギサというキャラクターに対して、韓国語版では下の2つのセリフを言ったらしいと広まっている。
「お前は救いようがないパラノイアだ」
「お前の陰謀は私が打ち砕く」
2文目はあとで触れるけど、まずパラノイアの方ね。
これ言ってないの!!!!!
日本語版ではそこは「今の君はきっと、疑心暗鬼の闇の中だ」と訳されていて、「疑心暗鬼だよね~、なんか周りが疑わしく見えちゃうよね~」というニュアンスになっている。
ところが韓国語版では「お前は救いようがないパラノイア」だと言ったらしい!!!!なんだと!ナギサを病気だって言いたいのか!!!ひどすぎるだろ!!!と日本のSNS上で話題になってるらしいんだけど
ちょっと紛らわしいのは「先生がナギサに対して酷いことを言った」のはあってる。
これは韓国語を読まずとも、日本国内で読める日本語版でも同じ(ストーリーは同じなんだから、そりゃそうだ)
確かに酷いことは言ったよ。ここは正しい。
先生が「救いがたいパラノイアだ」と言ったとされる部分、韓国語ではこういうセリフ。
"너는 구제불능인 의심암귀다."
たったこんだけだぜ!このくらい辞書引けばすぐわかるでしょうよ!!!言ってないことを言ったと思ってる人も読んでみてくれよ!!!
ここの의심암귀は正に熟語の『疑心暗鬼』のこと。中国の『列子』に由来するとされる疑心暗鬼そのもの。
つまり、解釈の可能性はこの後するけど、まず原文で『パラノイア』なんて言ってるかどうかについては議論の余地がない。
"너는 구제불능인 의심암귀다." "君は、救済不能の疑心暗鬼だ。"
そんで、これを日本語版と比べてみると
ね!!
パラノイアなんて言ってないから、日本も韓国も「疑心暗鬼」扱いなのは同じ。そこは日本と違わない。
これが文章だったなら分かるよ。
「君は救いがたいな。何もかも全てを疑った挙句、いもしない敵を自ら作り上げてしまった。今すぐ入院して医学的処置を受けるべきだ」とか言ってたなら「うーん…パラノイアって訳しておくか!」となるのも分からなくもない。
でも違うじゃん、의심암귀疑心暗鬼って言ってんの。パラノイアなんて言ってねーんだって!!そんな単語も文もないんだもんって!!
ネットで広まってる言い方なら「救いがたい」のほう。これは実際に言ってるの。これは確かにキツイね。救えねえわって言ってんだからキツイよ。
でもパラノイアは言ってないから!!의심암귀はそのまんま疑心暗鬼だから!!ナギサを病的だなんて言ってないから!!
確かにパラノイアって単語は無いけど、意訳すればパラノイアでしょ? 疑心暗鬼がひどくなったのがパラノイアでしょ?と思ったあなた。
じゃあそれはストーリーがどうこうじゃなくて、韓国語版との違いがどうこうてもなくて、「意訳がどうこう」いう所じゃん!
スタートとゴールが疑心暗鬼で真ん中にだけパラノイアがあるなら、それは韓国語版由来でなく意訳由来では!?
意訳はニュアンス変わるよ。試しに俺が
どれがより適切かは文脈によるんだけど、原文から100%全くの別物にまではしていない。どれも意訳と言い張れる範囲だと思う。
これは何か恣意的にねじ曲げようってんじゃなくて、俺がどうストーリーを受け止めているかがあって、そのフィルターを通って変換されてる。
決して、パラノイアと訳されたのが悪いとか言いたいんじゃない。人それぞれの読み方があって、人それぞれのフィルターがあるから。
だけど「パラノイア」は原文にはなくて、フィルターの中にある言葉じゃないのってのはあるかもなの。
誰か個人の訳なのかネットで自然発生したものなのかは分からないし、それについてはどっちでもいい。原因探しじゃなくて、そんなこと言ってないよ!!!が重要だし。
先に断わっておくと、この項はパラノイアと訳した人が悪いぞ!という話ではないです。
で話に移ると、小説でも映画でもなんでも「海外ではこう書いてあるんだぜ」と日本語訳をみたとき、そこには必ず訳した人がいるって意識は必要です。
例えば英語の"good morning."だって、訳はどんだけでもある。
「おはよう」「はよう!」「おはようございます」「良い朝だね!」「今日もよろしく」「はよざーっす」「ザぁっす」、どれも正しい訳だけど、話し手の雰囲気は変わって見える。日本語だとひらがなとカタカナを使い別けるから、「ざぁっす」「ザァっす」「ザァッス」でも雰囲気は変わる。あくびしながら「ザァっす」は眠そう。キラキラした目で「ザっす」は元気そう。ァ1文字抜いただけだけど。
本来は文脈によってある程度絞られてくるけど(例えば清楚なお嬢様キャラは「ザぁっす」とは言わないだろう)、1文、2文を抜き出して訳すときはどんだけでも幅が出る。
文脈によっては、何もおはよう要素がないかもしれない。誰かに朝から会いに行ったなら「どうもどうも」とか「すみませんね」と訳せる状況もあるかもしれない。
状況によっては「夜が終わった」とも訳せるかもしれないし、窓を見てれば「陽が昇ってきた」とも訳せるかもしれない。夜通し騒動に巻き込まれるストーリーだったら「逃げ切ったね」「終わったか」「助かった」くらいまで意訳できるシーンもあるかも。100億円貰える日の朝なら、「さあゴキゲンが始まるぜ!」になるシーンもあり得る。
大きく意訳するのはなしにして、good morningを「良い朝だ」と訳すとしよう。語尾をちょっとだけ変えてみる。「良い朝だね」「良い朝だぜ」「良い朝だ」「良い朝だよ」「良い朝ですよ」、ほんの数文字変えただけで、シチュエーションも性別も変わって見える。
でも、ここまで挙げたすべては、ぜーんぶ、"good morning."から出せる。
ブルーアーカイブのプレイヤーキャラクター"先生"には性別も容姿も設定されておらず、プレイヤーの自由に解釈できるようになっている。だからこのフィルターの影響は大きい。
"先生"は僅かな言行からのみ解釈されるけど、ちょっと女っぽいと言われることもある。この雰囲気に一役買っているのは「~よ」「~ね」を基本にした優しい口調だろう。ちょっとそこらを見てみよう。
日本版はこんな口調。ブルアカファンには有名なセリフだけど、まずそもそもこの時点で韓国語版から変わってる。
「야만 해」のニュアンスを入れるなら「私が負わなければならない」なんだから。
"責任は、私が負うさ"
すこしカッコツケを感じる…
"責任は、私が負う"
少し強くなって来た
"責任は、私が負うとも"
より強く聞こえるね
"責任は、私が持つ"
"責任は、俺が負うよ"
これは語尾じゃないけど、「私」を「俺」に1文字変えるだけで、性別が男に見えてくる。
別に女が俺と言ってもいいんだけど、一種の役割語として機能している
"ケツは拭いてやらァ、俺に任せとけ"
おっ、別人だこれ
最後はともかく、ちょっと語尾を変えただけでもう"先生"は変わる。
んで何が言いたいかって言うと、「海外版は別人みたいだ…」というとき、それは別人のように訳してあるのでは?という目線も絶対に必要だってこと。これは悪い意味では無くて。
例えばこんなのもある。正に同じ文章を、同じ翻訳家が、別の作品で訳しただけなのに、まるで別人のようになる。まあ実際別人なんだけど。1つの文章から、コロンボとコジャックという全く性格が違う人間ができあがる。
同じく、「海外の先生の口調は怖いらしい…」っていうとき、それは怖いように訳してあるのでは?という目線は必要。
しかもこれ、「訳してある」とは言ったものの、そこに悪意があるから疑おうという話じゃない(もちろん悪意をこめて訳す人もいるかもしれないが、ここでは違う)。人は無意識のうちにも言葉を選択しているから、だから「訳してある」意識が必要だと言う話。
もちろん、件のシーンの言葉は実際に強い。なんせ上に書いたように救済不能とまで言ってるんだから間違いなく強い。だから個人だかネットの集合知だか分からないけど、訳した人は「強いこと言うんだなあ」と思って、強いように訳したかもしれない。
これは何も悪くない。その人はそういう雰囲気を感じ取ったからそういう日本語が出て来たわけで、決してデマやガセではない。
でもそれを読むときは、韓国語版のテキストだけでなく、フィルターも読んでるという目線は要る。
「救いようがないパラノイア」はそもそもパラノイアって言ってねーって!と思うけど、
これとセットで「お前の陰謀は私が打ち砕く」というセリフも「韓国版は怖い」として広まってる。こっちもちょっと試してみよう。
"너의 음모는 내가 깨부수겠어."
これが「お前の陰謀は私が打ち砕く」くらいの感じで広まってるらしい。
「お前の陰謀は私が打ち砕く」
日本版では「君を、そこから出してみせる」(※そこ=疑心暗鬼の闇)というセリフだから、全然違うじゃん!韓国語版は怖い!って言うんだけど。
とりあえず、「お前」を「君」に訳してみよう。「너」は状況次第でどっちにも訳せるから間違ってない。
普段先生は「お前」なんて言わないんだから、韓国語から翻訳しようと思ったとき何気なく「君」を選択する人も多いはずだ。
君の陰謀は私が打ち砕く
ほら、この時点でなんかもう違うでしょ。
너は状況に応じて「お前」でも「君」でもいけるけど、「お前」と「君」はちょっと話し手の雰囲気が変わる。
ブルアカプレイヤーの知る先生は生徒を「お前」なんて言わないから、「お前」に訳すだけで激怒してる気がする。
このセリフに限らない。机の上のお菓子を見て「これ、ユウカが買ってきたの?」なんて穏やかな一場面でも、「これ、お前が買って来たの?」にするだけで先生は別人になる。
お前と訳すか、君と訳すか、無意識のフィルターがはっきりと機能しているのが分かる。
続ける。
語尾を~よにしてみよう。日本版の先生は~よなんだから、比較するなら揃えてみたいよね~
君の陰謀は私が打ち砕くよ
陰謀って言葉はあまりに強いから、ブルアカの温度感に合わせて変えよう
君の企みは私が打ち砕くよ
もうだいぶ印象が変わってきたけど、もうすこし。
韓国と違って日本ではあまり「打ち砕く」は言わない。日本語だと劇的になるから、もっとありがちな表現に整えよう。
君の企みは止めてみせるよ
ぐっと変わった気がするけどもう一歩。
そもそもこの「企み」はどこから来てるかって、ナギサの疑心暗鬼から来ている。
韓国語版でも疑心暗鬼って言ってるんだから、これは置き換えてもいいはずだ
君の疑心暗鬼を止めてみせるよ
これはナギサ自身を縛り付けている疑心暗鬼を取り払うぞという宣言なんだから、もっと直接言ってあげようぜ!!!
君をそこから出してみせるよ
終盤は強引だったのは認めるけど、俺は内容そのものは大きく変えてない。意訳だと言える範囲。
この方向のフィルターで意訳して、
「韓国版は"너의 음모는 내가 깨부수겠어."って言ってるよ。
えーっとつまり…「君の企みは止めるよ」みたいな感じ?」
とする説明がネットに広がっていたら印象は全く変わったろう。「ふーん、言い回しは違うけど、日本版と同じような温度かねえ」ってなったろう。
これが正しいとは言っていない。
これにもフィルターが掛かってるし、「お前の陰謀を打ち砕く」にもフィルターが掛かってる。
韓国語版のニュアンスが強いのは確かだけど、でも俺のフィルターに通すとこうなるんだよ!と言ったとき間違ってはいない。このフィルターにウソは入ってないから。
「海外の文章を日本語で読んだとき、そこには必ず訳した人がいる」というのはこういうこと。
日本語で読んでるとき、それは韓国語版だけを読んでるんじゃない。誰かのフィルターを読んでいる。
今回ネットで広がっているフィルターを通すと「お前の陰謀は私が打ち砕く」になる
上に書いたフィルターだと「君の企みは止めてみせるよ」くらいになる。
行くとこまで行くなら日本版と同じになるし、
念のためいうと、「お前の陰謀は私が打ち砕く」を批判する訳でないよ!正実な訳だと思う。単語ごとに辞書を引いたら間違ってないから。
だけど、辞書に従ったところで、最初にやったように「君」を選ぶか「お前」を選ぶかだけで印象はだいぶ違う。
良い悪いではないけど、無意識にでも「ここは"お前"って感じだな…」と誰かが選ばないと日本語になっていないんだから、フィルターがそこにあるのは間違いない。
日本語をみて「そんなに韓国語版は言葉が強いの!?」と思ったとき、あなたは韓国語のテキストだけでなく、フィルターも読んでいるんです!!!!!!それは意識していこうぜ!!!!!!!!!!!
話をもどして、パラノイアなんて言ってねーって!!
知らん…わかんない…
英語版だと、同じシーンの別の台詞に「I'm not going towaste mytimebeing paranoid.」はある。
このparanoidはパラノイアではないし、直接はナギサを指してもいないし、別の台詞だけど、ここ以外にパラノイアらしき部分がない。
もしそうだとしたら、もう韓国語版がどうこうどころの話じゃなくないか!!?!??
意訳しつつ
混ざった
訳には幅があるといったけど、なんでも文章の意味は変わらないかって、そうでもない。
訳には幅があるから、의심암귀を「疑心暗鬼」と訳すか、「疑り深い」と訳すか、「人を信用しない」と訳すかはグラデーションになっている。
だから「原文では『疑り深い』とは言ってねーって!!!『疑心暗鬼』だって!!!単語が違うって!!!」なんて俺は言う気はない
拾うべきは文章が伝えたいものごとであって、「疑心暗鬼か、疑り深いか」なんて単語だけにこだわるのは違うと思うから。
でも、パラノイアは病気の名前、お医者さんの使う名前という印象があるので、俺だったら疑心暗鬼からのグラデーションとは繋がってないと感じる。
友人に「疑り深いな」は言えるじゃん
友人に「疑心暗鬼だな」は言えるじゃん
友人に「パラノイアだな」は言えないじゃん、そこは壁があるじゃん
パラノイアと言った瞬間に「病気だぞお前、病院行くレベルだぞ」のニュアンスが急に入ってくる。それまで無かったのに!
実際ネットでも、「パラノイア呼ばわりしたの?ナギサは病気ってこと?酷い…」みたいな反応を多々見る
ここで長々とパラノイアって言ってないよ!!!!!と愚痴る理由も分かるでしょ!?!?分かってくれ頼む!!!!
パラノイアと意訳するのは良いと思う。誰かが訳したときのフィルターにおいて間違いではないと思うし。
でも言ったか言ってないかなら原文では言ってねーって!!!言ってねーって!!!!!
って話というか説明をするよ!!!読みたくない人はこの1行だけ持って帰ってくださいね!!!!言ってない!!!
これはどうもSNS上で話題になってるらしいことなので、じゃあ増田で言ってどうすんだよって話なんだけど
俺が今からSNSアカウント作っても誰も見ないだろうし、多少は人目につくここで書くしかないんだ…
気が向いたら拡散でもしてくれたら嬉しい
いや拡散しなくていいけど
韓国で開発され日本でも運営されているスマホゲーム「ブルーアーカイブ」。
多くの海外製スマホゲーと同様、たまに日本語版と韓国語版の訳の違いが話題になったりする。
まあそれは何のメディアでもある。小説だって映画だってドラマだって字幕派と原語派がいる。ハリーポッターは英語で読まなきゃダメだよね~みたいな人もいるじゃん。これは普通。
なんだけど今回、先生(プレイヤーキャラクター)がナギサというキャラクターに対して、韓国語版では下の2つのセリフを言ったらしいと広まっている。
「お前は救いようがないパラノイアだ」
「お前の陰謀は私が打ち砕く」
2文目はあとで触れるけど、まずパラノイアの方ね。
これ言ってないの!!!!!
日本語版ではそこは「今の君はきっと、疑心暗鬼の闇の中だ」と訳されていて、「疑心暗鬼だよね~、なんか周りが疑わしく見えちゃうよね~」というニュアンスになっている。
ところが韓国語版では「お前は救いようがないパラノイア」だと言ったらしい!!!!なんだと!ナギサを病気だって言いたいのか!!!ひどすぎるだろ!!!と日本のSNS上で話題になってるらしいんだけど
ちょっと紛らわしいのは「先生がナギサに対して酷いことを言った」のはあってる。
これは韓国語を読まずとも、日本国内で読める日本語版でも同じ(ストーリーは同じなんだから、そりゃそうだ)
確かに酷いことは言ったよ。ここは正しい。
先生が「救いがたいパラノイアだ」と言ったとされる部分、韓国語ではこういうセリフ。
"너는 구제불능인 의심암귀다."
たったこんだけだぜ!このくらい辞書引けばすぐわかるでしょうよ!!!言ってないことを言ったと思ってる人も読んでみてくれよ!!!
ここの의심암귀は正に熟語の『疑心暗鬼』のこと。中国の『列子』に由来するとされる疑心暗鬼そのもの。
つまり、解釈の可能性はこの後するけど、まず原文で『パラノイア』なんて言ってるかどうかについては議論の余地がない。
"너는 구제불능인 의심암귀다." "君は、救済不能の疑心暗鬼だ。"
そんで、これを日本語版と比べてみると
ね!!
パラノイアなんて言ってないから、日本も韓国も「疑心暗鬼」扱いなのは同じ。そこは日本と違わない。
これが文章だったなら分かるよ。
「君は救いがたいな。何もかも全てを疑った挙句、いもしない敵を自ら作り上げてしまった。今すぐ入院して医学的処置を受けるべきだ」とか言ってたなら「うーん…パラノイアって訳しておくか!」となるのも分からなくもない。
でも違うじゃん、의심암귀疑心暗鬼って言ってんの。パラノイアなんて言ってねーんだって!!そんな単語も文もないんだもんって!!
ネットで広まってる言い方なら「救いがたい」のほう。これは実際に言ってるの。これは確かにキツイね。救えねえわって言ってんだからキツイよ。
でもパラノイアは言ってないから!!의심암귀はそのまんま疑心暗鬼だから!!ナギサを病的だなんて言ってないから!!
確かにパラノイアって単語は無いけど、意訳すればパラノイアでしょ? 疑心暗鬼がひどくなったのがパラノイアでしょ?と思ったあなた。
じゃあそれはストーリーがどうこうじゃなくて、韓国語版との違いがどうこうてもなくて、「意訳がどうこう」いう所じゃん!
スタートとゴールが疑心暗鬼で真ん中にだけパラノイアがあるなら、それは韓国語版由来でなく意訳由来では!?
意訳はニュアンス変わるよ。試しに俺が
どれがより適切かは文脈によるんだけど、原文から100%全くの別物にまではしていない。どれも意訳と言い張れる範囲だと思う。
これは何か恣意的にねじ曲げようってんじゃなくて、俺がどうストーリーを受け止めているかがあって、そのフィルターを通って変換されてる。
決して、パラノイアと訳されたのが悪いとか言いたいんじゃない。人それぞれの読み方があって、人それぞれのフィルターがあるから。
だけど「パラノイア」は原文にはなくて、フィルターの中にある言葉じゃないのってのはあるかもなの。
誰か個人の訳なのかネットで自然発生したものなのかは分からないし、それについてはどっちでもいい。原因探しじゃなくて、そんなこと言ってないよ!!!が重要だし。
先に断わっておくと、この項はパラノイアと訳した人が悪いぞ!という話ではないです。
で話に移ると、小説でも映画でもなんでも「海外ではこう書いてあるんだぜ」と日本語訳をみたとき、そこには必ず訳した人がいるって意識は必要です。
例えば英語の"good morning."だって、訳はどんだけでもある。
「おはよう」「はよう!」「おはようございます」「良い朝だね!」「今日もよろしく」「はよざーっす」「ザぁっす」、どれも正しい訳だけど、話し手の雰囲気は変わって見える。日本語だとひらがなとカタカナを使い別けるから、「ざぁっす」「ザァっす」「ザァッス」でも雰囲気は変わる。あくびしながら「ザァっす」は眠そう。キラキラした目で「ザっす」は元気そう。ァ1文字抜いただけだけど。
本来は文脈によってある程度絞られてくるけど(例えば清楚なお嬢様キャラは「ザぁっす」とは言わないだろう)、1文、2文を抜き出して訳すときはどんだけでも幅が出る。
文脈によっては、何もおはよう要素がないかもしれない。誰かに朝から会いに行ったなら「どうもどうも」とか「すみませんね」と訳せる状況もあるかもしれない。
状況によっては「夜が終わった」とも訳せるかもしれないし、窓を見てれば「陽が昇ってきた」とも訳せるかもしれない。夜通し騒動に巻き込まれるストーリーだったら「逃げ切ったね」「終わったか」「助かった」くらいまで意訳できるシーンもあるかも。100億円貰える日の朝なら、「さあゴキゲンが始まるぜ!」になるシーンもあり得る。
大きく意訳するのはなしにして、good morningを「良い朝だ」と訳すとしよう。語尾をちょっとだけ変えてみる。「良い朝だね」「良い朝だぜ」「良い朝だ」「良い朝だよ」「良い朝ですよ」、ほんの数文字変えただけで、シチュエーションも性別も変わって見える。
でも、ここまで挙げたすべては、ぜーんぶ、"good morning."から出せる。
ブルーアーカイブのプレイヤーキャラクター"先生"には性別も容姿も設定されておらず、プレイヤーの自由に解釈できるようになっている。だからこのフィルターの影響は大きい。
"先生"は僅かな言行からのみ解釈されるけど、ちょっと女っぽいと言われることもある。この雰囲気に一役買っているのは「~よ」「~ね」を基本にした優しい口調だろう。ちょっとそこらを見てみよう。
日本版はこんな口調。ブルアカファンには有名なセリフだけど、まずそもそもこの時点で韓国語版から変わってる。
「야만 해」のニュアンスを入れるなら「私が負わなければならない」なんだから。
"責任は、私が負うさ"
すこしカッコツケを感じる…
"責任は、私が負う"
少し強くなって来た
"責任は、私が負うとも"
より強く聞こえるね
"責任は、私が持つ"
"責任は、俺が負うよ"
これは語尾じゃないけど、「私」を「俺」に1文字変えるだけで、性別が男に見えてくる。
別に女が俺と言ってもいいんだけど、一種の役割語として機能している
"ケツは拭いてやらァ、俺に任せとけ"
おっ、別人だこれ
最後はともかく、ちょっと語尾を変えただけでもう"先生"は変わる。
んで何が言いたいかって言うと、「海外版は別人みたいだ…」というとき、それは別人のように訳してあるのでは?という目線も絶対に必要だってこと。これは悪い意味では無くて。
例えばこんなのもある。正に同じ文章を、同じ翻訳家が、別の作品で訳しただけなのに、まるで別人のようになる。まあ実際別人なんだけど。1つの文章から、コロンボとコジャックという全く性格が違う人間ができあがる。
同じく、「海外の先生の口調は怖いらしい…」っていうとき、それは怖いように訳してあるのでは?という目線は必要。
しかもこれ、「訳してある」とは言ったものの、そこに悪意があるから疑おうという話じゃない(もちろん悪意をこめて訳す人もいるかもしれないが、ここでは違う)。人は無意識のうちにも言葉を選択しているから、だから「訳してある」意識が必要だと言う話。
もちろん、件のシーンの言葉は実際に強い。なんせ上に書いたように救済不能とまで言ってるんだから間違いなく強い。だから個人だかネットの集合知だか分からないけど、訳した人は「強いこと言うんだなあ」と思って、強いように訳したかもしれない。
これは何も悪くない。その人はそういう雰囲気を感じ取ったからそういう日本語が出て来たわけで、決してデマやガセではない。
でもそれを読むときは、韓国語版のテキストだけでなく、フィルターも読んでるという目線は要る。
「救いようがないパラノイア」はそもそもパラノイアって言ってねーって!と思うけど、
これとセットで「お前の陰謀は私が打ち砕く」というセリフも「韓国版は怖い」として広まってる。こっちもちょっと試してみよう。
"너의 음모는 내가 깨부수겠어."
これが「お前の陰謀は私が打ち砕く」くらいの感じで広まってるらしい。
「お前の陰謀は私が打ち砕く」
日本版では「君を、そこから出してみせる」(※そこ=疑心暗鬼の闇)というセリフだから、全然違うじゃん!韓国語版は怖い!って言うんだけど。
とりあえず、「お前」を「君」に訳してみよう。「너」は状況次第でどっちにも訳せるから間違ってない。
普段先生は「お前」なんて言わないんだから、韓国語から翻訳しようと思ったとき何気なく「君」を選択する人も多いはずだ。
君の陰謀は私が打ち砕く
ほら、この時点でなんかもう違うでしょ。
너は状況に応じて「お前」でも「君」でもいけるけど、「お前」と「君」はちょっと話し手の雰囲気が変わる。
ブルアカプレイヤーの知る先生は生徒を「お前」なんて言わないから、「お前」に訳すだけで激怒してる気がする。
このセリフに限らない。机の上のお菓子を見て「これ、ユウカが買ってきたの?」なんて穏やかな一場面でも、「これ、お前が買って来たの?」にするだけで先生は別人になる。
お前と訳すか、君と訳すか、無意識のフィルターがはっきりと機能しているのが分かる。
続ける。
語尾を~よにしてみよう。日本版の先生は~よなんだから、比較するなら揃えてみたいよね~
君の陰謀は私が打ち砕くよ
陰謀って言葉はあまりに強いから、ブルアカの温度感に合わせて変えよう
君の企みは私が打ち砕くよ
もうだいぶ印象が変わってきたけど、もうすこし。
韓国と違って日本ではあまり「打ち砕く」は言わない。日本語だと劇的になるから、もっとありがちな表現に整えよう。
君の企みは止めてみせるよ
ぐっと変わった気がするけどもう一歩。
そもそもこの「企み」はどこから来てるかって、ナギサの疑心暗鬼から来ている。
韓国語版でも疑心暗鬼って言ってるんだから、これは置き換えてもいいはずだ
君の疑心暗鬼を止めてみせるよ
これはナギサ自身を縛り付けている疑心暗鬼を取り払うぞという宣言なんだから、もっと直接言ってあげようぜ!!!
君をそこから出してみせるよ
終盤は強引だったのは認めるけど、俺は内容そのものは大きく変えてない。意訳だと言える範囲。
この方向のフィルターで意訳して、
「韓国版は"너의 음모는 내가 깨부수겠어."って言ってるよ。
えーっとつまり…「君の企みは止めるよ」みたいな感じ?」
とする説明がネットに広がっていたら印象は全く変わったろう。「ふーん、言い回しは違うけど、日本版と同じような温度かねえ」ってなったろう。
これが正しいとは言っていない。
これにもフィルターが掛かってるし、「お前の陰謀を打ち砕く」にもフィルターが掛かってる。
韓国語版のニュアンスが強いのは確かだけど、でも俺のフィルターに通すとこうなるんだよ!と言ったとき間違ってはいない。このフィルターにウソは入ってないから。
「海外の文章を日本語で読んだとき、そこには必ず訳した人がいる」というのはこういうこと。
日本語で読んでるとき、それは韓国語版だけを読んでるんじゃない。誰かのフィルターを読んでいる。
今回ネットで広がっているフィルターを通すと「お前の陰謀は私が打ち砕く」になる
上に書いたフィルターだと「君の企みは止めてみせるよ」くらいになる。
行くとこまで行くなら日本版と同じになるし、
念のためいうと、「お前の陰謀は私が打ち砕く」を批判する訳でないよ!正実な訳だと思う。単語ごとに辞書を引いたら間違ってないから。
だけど、辞書に従ったところで、最初にやったように「君」を選ぶか「お前」を選ぶかだけで印象はだいぶ違う。
良い悪いではないけど、無意識にでも「ここは"お前"って感じだな…」と誰かが選ばないと日本語になっていないんだから、フィルターがそこにあるのは間違いない。
日本語をみて「そんなに韓国語版は言葉が強いの!?」と思ったとき、あなたは韓国語のテキストだけでなく、フィルターも読んでいるんです!!!!!!それは意識していこうぜ!!!!!!!!!!!
話をもどして、パラノイアなんて言ってねーって!!
知らん…わかんない…
英語版だと、同じシーンの別の台詞に「I'm not going towaste mytimebeing paranoid.」はある。
このparanoidはパラノイアではないし、直接はナギサを指してもいないし、別の台詞だけど、ここ以外にパラノイアらしき部分がない。
もしそうだとしたら、もう韓国語版がどうこうどころの話じゃなくないか!!?!??
意訳しつつ
混ざった
訳には幅があるといったけど、なんでも文章の意味は変わらないかって、そうでもない。
訳には幅があるから、의심암귀を「疑心暗鬼」と訳すか、「疑り深い」と訳すか、「人を信用しない」と訳すかはグラデーションになっている。
だから「原文では『疑り深い』とは言ってねーって!!!『疑心暗鬼』だって!!!単語が違うって!!!」なんて俺は言う気はない
拾うべきは文章が伝えたいものごとであって、「疑心暗鬼か、疑り深いか」なんて単語だけにこだわるのは違うと思うから。
でも、パラノイアは病気の名前、お医者さんの使う名前という印象があるので、俺だったら疑心暗鬼からのグラデーションとは繋がってないと感じる。
友人に「疑り深いな」は言えるじゃん
友人に「疑心暗鬼だな」は言えるじゃん
友人に「パラノイアだな」は言えないじゃん、そこは壁があるじゃん
パラノイアと言った瞬間に「病気だぞお前、病院行くレベルだぞ」のニュアンスが急に入ってくる。それまで無かったのに!
実際ネットでも、「パラノイア呼ばわりしたの?ナギサは病気ってこと?酷い…」みたいな反応を多々見る
ここで長々とパラノイアって言ってないよ!!!!!と愚痴る理由も分かるでしょ!?!?分かってくれ頼む!!!!
パラノイアと意訳するのは良いと思う。誰かが訳したときのフィルターにおいて間違いではないと思うし。
でも言ったか言ってないかなら原文では言ってねーって!!!言ってねーって!!!!!
母親が入院中で、医者から「あと数日もつかどうか」と言われてた。
明日の朝イチに面会時間の最速で夫と娘を連れて会いに行こうと思ってたんだけど、夫は午前中に美容室があるという。
面会は11時からなのだが、夫の美容室がバッティングしており、美容院が終わってからだと病院に到着するのは13時だ。
いつどうなるかわからないから、後悔したくないから早く行きたい、今夜行こうかともおもったが遅くなったので明日の朝イチで行きたいと伝えても、美容室が終わったら行くという。
私が逆なら、キャンセルしていくが、これは普通の感覚なのか?私がおかしいのか?
所詮、自分の親ではなく他人の親だという違いはあると思うし、たかだが2hの差と考えているかもしれない。
ただ私は何があるかわからないので面会時間の中で最速で行きたかった。
自分は自分で考えたけど、今の若い子はリテラシー教育とかされてるんだろうか?
知り合いがそれをやってたら「ああこの人程度が低いんだな」と思われてしまう
最低限の裏取りはできたらしておきたい
前提を調べるのが難しい場合、他の人の反応を一旦見たほうが良い
これは相対的な話で、9割の人が騙されてる人に乗っかっても、一応その人はそこまで傷つかない
逆にほとんどの人が突っ込んでるのに自分だけ釣られた場合は、寄って集っておもちゃにされる
「もしこれが正しいとしたら〜だ」という前提をつける
はてなーがよくやってるやつ
俺はこれ嫌いなんだけどね、調べろやそんくらいって思っちゃう
もう少しいい方法としては「〜かもしれない」「〜と思う」「個人的に」という保険のかけかた
「Aは最低だ、今すぐ辞めろ」ではなく「◯◯は許されない」と言ったほうがより支持されやすい
これは仕事でも使える
「Aの◯◯の行為が炎上」という記事があったが、本当にそれをしたのかなど前提が調べても分からなかったとき
たとえば「◯◯ではないけど、俺も△△とかよくされるんだけどしんどい」のように、似てるけどちょっとずれたコメントをする手もある
「Bさんも◯◯をしたが、がっかりした」のように、もう情報が確定している話題をするのもいい
これは普通の会話でも使える
要は話を逸らしてるんだけどね
「やめろ」「しろ」「変えろ」のように、何か行動を伴わせるような命令発言は非常に強い言葉になる
問題というのは
の順に明らかになるんだけど、いきなり処遇の話すると「人格攻撃」「話聞かない人」「クレーマー」のような印象を他者に与える
結果的に「何か怒ってる人いる怖い」のように見えるのでマイナスしか無い、バカに思われる
今の話題のフェーズの捉え方を間違うと、なんだコイツ?短絡的な人間だな、と思われる
主語をデカくすると、当然反例が発生し、それで反発されることが多々ある
狙って炎上させるとき以外は主語を小さくするのが良い、最も小さいのは「自分」とか「誰か」だ
そのため油断すると全部が「それは違う」という意見だらけになる(特に日本人がそうらしい)
90点の対象に対して理想を言えば称賛が並んでいてほしいと思うだろう、しかし実際適当にコメントさせると残りの10点の話ばかりになる
今日の夕食はいつも通り、日曜恒例のピザスケジュールを厳守した。
厳密に言えば、ルームメイトが2分遅れで注文したため、配達時刻が18時00分ではなく18時02分になった。
この誤差は一見些細だが、僕の体内リズムに対しては量子重力的なバックリアクションを生む。
夕食の周期は宇宙の膨張と同じく、初期条件の微小なゆらぎが数時間後に巨大な非可逆性をもたらすのだ。
僕はピザを食べる前にその誤差を補正するため、腕時計を2分進め、以後すべての行動をそれに合わせた。
ルームメイトは「そんなことして何の意味があるんだ」と言ったが、彼はエントロピーの不可逆性と人間のスケジュール感覚の相互作用を理解していない。
今日の午前中は、超弦理論の非整合的双対カテゴリ構造について考えていた。
簡単に言えば、AdS/CFTのような整合的対応関係ではなく、dS空間における非ユニタリな境界理論がどのように自己整合的情報写像を持ちうるか、という問題だ。
ただしこれは普通のホログラフィック原理の範疇ではなく、∞-群oid圏上で定義される可逆でない自然変換を持つ圏論的場の理論を考える必要がある。
具体的には、僕は内部的Hom-対象の定義を修正し、対象そのものが自己準同型を持つトポス上の層圏として定義される場合に、ポテンシャル的双対写像が一意に定まる条件を導いた。
非ユニタリ性は単なる障害ではなく、境界理論が持つ時間的向きの非可換性の反映であると考えられる。
ウィッテンでさえ、この構造を「理解できた気になって途中でやめる」だろう。僕はちゃんと最後まで考えた。
午後は隣人がリビングで大音量で音楽を流していた。たしかTaylor SwiftのFortnightだったと思うが、音圧が80dBを超えていた。
僕はそれを測定してから耳栓を装着し、「音楽とは定常波の社会的誤用である」と心の中で唱えた。
数分後、隣人がドアをノックして「ノックが三回じゃなくて二回だった」と文句を言った。
僕は謝罪せず、むしろ彼女に対して「三回のノックは物理的ではなく、社会的エネルギーの保存則を守るための儀式」だと説明したが、彼女は「意味わかんない」と言ってドアを閉めた。
僕はそれを確認してから三回ノックしてドアをもう一度閉めた。これで系は整合的になった。
夕方、友人たちとオンラインでBaldur’sGate 3の協力プレイを行った。ハードモード。僕のキャラクターはHighElf Wizardで、最適化の結果INT20、DEX 14、CON 16を確保している。
友人の一人は相変わらずSTR特化Barbarianで、戦略性の欠片もない突撃を繰り返す。僕はFireballを詠唱しようとした瞬間に味方の背後に敵がいることに気づき、範囲攻撃を中止した。
代わりにWeb+Grease+Fire Boltの複合制御で戦場を支配。完璧な行動だったのに、彼らは「お前、また燃やしただろ」と言った。無知は罪だ。
僕がやっているのは「燃やす」ではなく「エントロピーを増大させて戦局を支配する」だ。
日課として、ゲーム終了後にワンパンマン第198話を再読。ブラストが高次元的存在と通信している描写を見て、僕はふと考えた。
彼が見ている空間は、もしかするとp進的幾何空間上の位相的射影なのではないか?もしそうなら、サイタマの「無限力」は単なる物理的強度ではなく、位相層上の恒等射である可能性がある。
僕はノートにその仮説を書き留めた。いつか論文化できるかもしれない。
これからの予定としては、19時からはスタートレック:ディープ・スペース・ナインの再視聴。
シーズン4、エピソード3。正確に再生開始するために、Blu-rayプレイヤーのリモコンを赤外線強度で較正済み。
問題なのは、反トランスは「思春期の気の迷いさえリベラルがトランス扱いして手術を受けさせる」と騒ぐが、そんな事実はなく、思春期には時間をかけて自分が本当にトランスかどうか判断する時間を設けつつ、可逆的な範囲で性別移行を試しにしてみるという方策が取られていることだ。トランスジェンダー医療においてホルモン治療や外科的手術は慎重になされていて、むしろ慎重すぎて待機列が膨大に長くなり、本当に必要なのに治療を受けられず数年待たされる(その間に自殺する人もいる)というのが問題になっている。
未成年のトランスジェンダー医療においては、まず医療的措置はせず、学校等で当人の望む性別で振る舞うことを認めるなど、社会的な移行が推奨される。それで「やっぱり違う」となれば、簡単に元に戻せる。しばらく見て移行に満足しているようなら、次は希望する者に思春期ブロッカーが使われる。これは普通の子供でもホルモン異常で第二次性徴が早すぎる場合などには使われるものであり、一時的に第二次性徴を保留し、投薬をやめればスムーズに第二次性徴が復活する可逆的な治療だ。トランスジェンダー医療では、未成年にはせいぜいこのレベルまでの治療しか認めないのが標準となっていて、むしろ社会面での安定とメンタル面でのサポートがメインとなる。思春期ブロッカーは高額なのもあり、ここまで辿り着ける家庭も少ない。
いわゆるホルモン治療はこのあとに来る。数年の思春期ブロッカーの末に、希望する性別で暮らせると判断された場合になされる。MtFの場合には長年にわたる投与で生殖能力が失われることがあるが、FtMの場合には生理は止まるものの、治療をやめたら生理が復活する例が多く、たまに見かける髭の生えたおっさんが子供を出産して抱いている写真などは、そんなふうにして生理を復活させたFtMのものだ。
性別適合手術はさらにこのあとで来るものだが、未成年になされる例は世界的にもほとんどなく(受けられる年齢が高すぎるとキム・ペトラスが訴え、ガイドラインの年齢を引き下げさせた、という例などはある)、また大人でもそこまでは望まない人が多い。金額にしても200万ほどはかかるし、全身麻酔をしての手術となるので、貧しい人や持病のある人はそもそも選択肢と出来ないというのもある。また、FtMの場合は乳房除去(いわゆる胸オペ)のみで満足し、性別適合手術まではしない比率が高い(この点で、「子宮を取りたがる」みたいな見方も偏見に過ぎない)。
この現状で、「思春期だとセクマイだと思い込む人がいる」というロジックでトランスジェンダー医療を攻撃するのは、的外れな上に偏見を助長し、そして現状の慎重で限定的な医療さえ攻撃に晒す(実際、閉鎖に追い込まれたりしている)振る舞いだ。
この本の内容を肯定的に語るにせよ否定的に語るにせよ、こうしたバックグラウンドはすべて知った上で語るべきだろう。当事者やその家族は自分達の人生に関わることなので、大なり小なり知った上で発言をしている。なので、あの本を擁護した人々が責任を持ってきちんと学ぶ意志を示せているかが問題だと思う。
タイトルの通り。
それは、飲み会で最も色濃く現れると思う。
例えば、体育会系のノリ、いわゆる陽キャのノリで元気いっぱいにその場を楽しむ、という飲み会もあれば、
ほどほどに談笑して楽しむ、という飲み会もあると思う。
メンバー次第なのか、職場次第なのか、ニワトリか卵かという話かもしれないが、要は、その飲み会の温度感というのは職場ごとに大体決まっている気がする。
職場は、陽キャの飲み会なのだが、自分は陰キャよりで、あまり騒ぐのが得意ではない。
そんな素の自分でいると、ノリが悪いやつ、と思われてしまい、場が白けてしまうので、無理にそれっぽく擬態して陽キャに混じっているのだが、まあ当然辛い。
...抽象的な話ばかりになってしまっているので、話を具体にする。
自分とAさんが話した内容が、自分の知らぬ間に、別のBさんに伝わっているということがよくある。
当然、噂話や悪い評判などはより早く、遠くまで広がる。
「ムラ社会」というほど、ヒエラルキーや排他性があるわけではないが、田舎にある小さい村のように、人の話は一瞬で広がり、人間関係を肴にしているという感じだ。
この「ムラ」の、(自分にとっての)最大の難点が、「噂が捻じ曲げられて伝わる」ことだ。
噂には尾ひれが付くものだが、大抵、悪い方向に脚色されてしまい、知らない人に勝手に変な先入観を持たれてしまう。
② 架空の/虚偽の話をさも事実かのように振る舞ったうえで話題として挙げられることが多いから。
例えば、全く脈絡なく、「○○(自分を指す。以下同じ。)は、実家が太くて金持ちだもんな」と、全くの事実誤認の話を突然持ち出し、ネタとして消化する、というやり口が多い。
だいぶ優しい例を挙げたが、酒が入りヒートアップすると、「○○は、▲▲のことが好きだもんな」という、一歩応答を間違えると人間関係上詰むゲームに強制参加させられてしまう。
この文化の最も困る点が、否定が否定としてていを成さない場合もある、ということ。
根も葉もない話を否定するのは難しい。普段の論理とは異なり、こうした場合、「そうではない」ということを証明する必要がある。当たり前だが、「そうではない」ことを証明することは不可能に近い。
証明をしておかないと、その噂が事実になってしまうので、反論は必須なのだが、流石に分が悪すぎる勝負に引きずり込まれるのは勘弁してほしい。最後の決め手は、その場の支配者(=飲み会の輪の中心人物)の気分次第、というのもまた自分が完全にコントロールできないため、やはり辛い。
自分がいる飲み会ならまだ良い(良くない)が、居ない場で勝手に担ぎ上げられることもあり、流石にお手上げがすぎる。
一言で表す言葉が無くて、最悪な見出しになってしまったが、この上なく適当な言い回しだと考えている。
大学生の頃から、とあるnmmn(実在の人物を題材にした二次創作のこと)にハマってしまい、プライベートではたまに趣味の範疇で楽しんでいる。
このnmmnには、あるタブーがあり、それは、そのnmmnの対象となっている実在の人物に決して認知されてはならない、というものだ。
これは普通に考えれば当たり前であり、自分と誰かの関係性を、第三者から勝手に消費されている、という事実を知って嫌な気持ちを抱かない人は少ないだろう。nmmnに触れるならば、あくまで当人に隠れて内々に触れて楽しむべき、という暗黙の了解がある。
例えば、飲み会で、「○○は、▲▲のことが好きだもんな」という根も葉もない噂が生成されたとする。
その瞬間、ムラ社会である職場では、その噂が広まり、▲▲に届いてしまい、謎に▲▲との関係が悪くなる。
要は、人間関係にまつわる噂が、その人間関係を取り巻く周囲及び当人たちに伝わってしまい、悪影響(関係がぎくしゃくする等)を及ぼす。
そして、その噂が当人に伝わった時、それはもう大変なことが起こってしまう。
こうしたリスクを考慮した上で、人間関係にまつわる噂を扱うべきだとは思う。
ただ、完璧にそれができる人間など居ないし、つまらない飲み会になるとは思うため、飲み会の話題として取り上げたくなる気持ちも、まあ分かる。
ただ、取り上げた以上は、あくまで噂として処理すべきであり、面白おかしく脚色して流布するのは、普通に人としてマナー違反なのではと感じるわけだが、そういったことが考慮されないことがほとんどであり、本当に辛い。
自分は、こうした被害に直接遭ったわけではないのだが、1点、自分に非の無い火種を抱えている。
新人なので、丁寧に教えているのだが、傍から、「鼻の下伸びてますよ笑」と茶化す勢力は現に存在している。
そこから、好きなのでは?という推測、噂が広まることを懸念している。
こうした可能性を考慮できていない(と思われる)勢力が現に存在するので、まあまあ憂鬱である。
これはもう、単に、面倒。
童貞かどうかをしつこく聞いてこないでほしい。
それを聞いて何になるんだと言いたい。流布されても困るし、雑に消費されるのも辛い。
ただ、男性同士の会話では当たり前かもしれず、これは単に自分が悪いと言われればそれまでである。
4つほど挙げたが、どれも本当に困っており、どうしたらよいものかと悩んでいる。
なんとなく、答えは分かっている。
今風に言えば、自己肯定感が低く、嫌われるのではないかと思っている。
だから、噂話等によって、自分が悪い方向に伝わるのを極端に嫌っているのだと思う。
自分の話もあまりしない。大した人間ではないと分かっているから。2次元のコンテンツが好きなこと等、自分に不利になる内容は、一切を隠して、うまく当たり障りのない姿を曝け出している。
色々と書いたが、結局は自分が変わらないといけないんだろうなと思う。
人間関係は辛いけど、自分の知らないところで飲み会が行われていたりすると、少しだけ胸が苦しくなる。
なんていうか、ワガママだなと思う。
この職場は自分に合っているなと思うが、唯一辞める理由があるとすれば、人間関係に疲れたから、ということなんだろうな。
自分の性格的なところで、多分これだから人と深い関係を築くのが苦手なんだな、と思う節はある。以下の通り。
勿論、人間関係は大事なので、飲み会の場なので、色々相手に質問をしたりして、会話のキャッチボールに努めている。
ただ、それも、相手が気になっているからというものではなく、あくまで人間関係が大事だから質問するだけで、ある意味、仕事としてやっている節がある。
何なら、最悪聞かなくても良いか、とも思う。
興味を持って質問したいなと思う。
② 相手に踏み込まない。
例えば、相手の悩みなどを無理に聞こうとはしない。
ただ、相手の深い所、悩みは、立ち入ってはダメだという考えがあるため、踏み込まない。
よく言えば、相手を尊重しているのだろうが、悪く言えば、単に無関心