
はてなキーワード:うすいとは
選挙で大事なのってまずは政策だと思う。中道改革連合(立憲民主党)は政策がそもそもだめだと思う。
個人的には経済政策が一番気になっていて、今回の中道改革連合で一番強調されていたのはジャパンファンド。好調なGPIFの運用を見習って、ファンド運用をするらしい。気になって調べてみたけど、中身が変だった。
GPIFの運用は日本株式1/4、外国株式1/4、日本債券1/4、外国債券1/4。株式比率が50%と高く、短期的には損する年もあるけど、長期的には大きな収益を出している。株式運用はほとんどインデックス運用。
想定されるリターンは、賃金上昇率+1.9%となっている。今後の物価上昇率2%、賃金上昇率3%とすると、ひとまず4.9%と考えておいたら良いと思う。
そもそも中道改革連合や立憲民主党のページには、ジャパンファンドの詳細は何も書いていない。あまりにも寂しい。
GPIFのノウハウやプロの運用者を結集。資金は、GPIF、外為特会、日銀保有ETFなどをまとめて運用。GPIFの実績が3.99%で、GPIFの求められるリターン1.9%との差の2%を他のことに使う。500兆円規模なら2%で10兆円、その半分として5兆円も使える。
株式でインデックス運用を超える運用なんてまず無理だし、GPIFの運用実態も実績値もインデックス運用の結果とほぼ同じ。GPIFの運用実態をわかってなさそう。
3.99 - 1.9 = 2%ってなにそれ?実績の3.99%はいいとして、求められるリターンは賃金上昇率より1.9%高いことだよ。賃金が上がらないなら1.9をそのまま使ったらいいけど、物価上昇が定着している現在、賃金上昇を無視して計算するのはおかしい。何も考えてなさそう。
GPIFの運用の利益を2%もらう予定のようで、びっくりした。そんなことをしたら年金財政が悪化するだけで何の解決にもなってない。
そもそも良いリターンの年があっても運用が悪い年もある。長期的に見たら運用がうまくいっているだけの話。実際マイナスリターンの年もあったし、そんな年はお金もらえないけどどうするの?
日銀が日本のETFを購入したのは不況をなんとかするための異次元緩和で無理やり行ったこと。ETFを売れば基本的になくなるお金。日銀ETFの売却が始まったけど、そのお金をファンド運用には使えない。
あれってドルなどの外国のお金で持っておくことに価値があって、必要があればすぐに使えることが必要。長期運用できるお金ではない。なので株式運用もできないし、そもそも円に変えて国内資産を買うこともできない。
「年金積立金の運用は被保険者の利益、確実性を考慮し、運用割合が倍増された株への投資を減らします。」
立憲民主党政策集2025:https://cdp-japan.jp/visions/policies2025/21
被保険者の利益を考えたら、GPIFの株式比率を減らすことにはならないでしょう。株式でリスクを取って利益を確保しているって基本を理解してなさそう。
「日銀が保有するETFは、簿価で政府に移管した上で、その分配金収入と売却益を、子育て支援策等の財源に充当します。」
こんな事も書いてあったけど、勝手にそんな横取りはできないでしょう。
これ以外にも色々と変な内容が多い。言い出すときりがないのでIT政策から1つだけ。
私には具体的に何に投資をするのかわからなかったけどどみんなはわかる?
「6Gの時代には、国籍、障がいなどに関わりなく、どんな言語圏の言葉でも母国語に翻訳し、円滑にコミュニケーションできる社会を見据えて、ユニバーサルコミュニケーションをデザインする国内のICT産業に対して積極的な投資を行い、言語圏を超えたマーケットシェアの獲得を目指すと同時に、言語・障がいの壁をなくすことで国民生活を便利にします。」
https://cdp-japan.jp/visions/policies2025/03
新代表のリハックの出演回などの動画を見たけど、熱意はすごくある、話は長い、根拠データはない、まとまりがない、話す内容がうすいと思った。今後、大丈夫かな。不安になった。
ある気がする。
伊藤英明(Wikipediaで183cm)が坂口憲二(同185cm)見て「でけえなあ」とちょっと妬み込みで思ったことがあるらしい。
お前も十分デカいだろ、と笑えるが、俺も180超えてるのでなんとなくわかる。自分がデカいと知ってるがゆえのかなわなさの理解、みたいなのがある。
正直に言って、己の上背に自尊心を割と助けられてるとこがあるのだが、そのせいか、「向こうのほうがもっとでけえな」というのはマジで反射的に思うし、ちょっとリスペクトから入ってしまう。瞬間の無言の戦闘力の比較みたいな。
180超えてるやつあるあるじゃないだろうか。マッチョでくだらないが。全然思わない、という身も心もでかいやつだってもちろんいるだろう。
ちなみに矛盾するようだけど、俺は自分がデカいことは知識として知っているが、それを客観的に把握できているわけではない。デカいやつが前を歩いてるなー、と思ったら、近づいたら俺の方がデカかった、ということもよくある。
https://anond.hatelabo.jp/20250909213330
えええぇえええーーーーーーーーー!!!?
朝起きて、ぼんやりカタツムリの虫かごを確認したらビックリ横転。水分補給と湿度維持のためにと、ミニココットに張ってある水にカタツムリがドップリ浸かっていた。
しかもなんか、殻にこもって浸かってるとかじゃなくて、水中でカラダ全部剥き出しなんだけど!?!?!?!?
ちょうど昨夜、ひっくり返って転がってるのを旦那さんと見つめながら「コイツ死んだ?」「いや呼吸孔動いてるから生きてる」「まあそろそろ死ぬかもな」なんて話してたので、とうとう死んだのかと観察する。
浸水1.5cm程度の水。
これまでも首?を突っ込んで水をガボガボ飲む姿はよく見かけたが。え?先っぽから尾まで全部水に浸されてるし呼吸孔までバッチリ浸水してるけど?え?あなたそれ息できてへんのちゃう?え?死んだ?え??え???すでにご臨終!?
オロオロしながら虫かごを持ち上げたら、だらっと伸びた触覚が水中で僅かに引っ込んだ。生きとる。
30分くらいなら水中でも生きられるそうなので(流石元貝)体を水に浸して水分補給でもしてるのか、それとも天井から落ちた先が水溜りで溺れてるのかよくわからない。
ひとまず生きてるなら、自力で脱出できるだろうし……でもそれをやらないのはこの状態を自ら望んでるから??なぜ?どーして?
どうしたもんかと悩む。まさかカタツムリの認知症?なにもかもわからなくなっちゃった…?
ぐるぐると思い巡らせながら、頭の片隅で「砂抜きしたときのアサリ」を思い出す。それも新鮮なアサリじゃなくて、20%オフとかで売ってて大半がもうご臨終してるタイプのやつ。水中でダラリと伸び切ったカタツムリの体は、まさに死にかけのアサリだ。
まあ好んでやってるならまた水に向かうだろうし、多分ほっといたらこのまま死ぬし…と、とりあえず水から出してやる。が、軟体部分はダラリと垂れ下がって伸びたまま。普通、私が触ったりすると体を殻の中に引っ込めるがその感じもない。脱力してまるで気力がない。朝イチの入水自殺は食い止められたが、死期が間も無くなのだろうと思わせるような姿だった。
「カタツムリ死んだかも」と、すでに出勤した旦那さんにもラインする。
「30度のお湯かけてみたら?元気になるかも」と返事が返ってきた。
バーロー。カタツムリは我々以上に体が水分なので水温には敏感だ。ぬるま湯でも激アツレベルらしく、死ぬど!?……とは返事せず放置する。
でも、カタツムリは動きがゆっくりすぎて数分単位どころか数時間単位、数日単位で動かないのはザラにある。ひとまず数時間後にまた様子を見ようと、小松菜を入れて仕事部屋へ向かった。
数時間後。再び虫かごを見たらめっちゃウェイウェイ小松菜食べまくっていて、驚くほどいつも通りだった。なんやねんな。
しかし最近は、ひっくり返ってる時間が多いので死期が刻々と近づいてるのは間違い無いだろう。まあ気が向いてる間は、カイゴツムリしてやるよ。
午後3時半。窓の外には秋の光が淡く射し込み、ビルの谷間をすり抜けてうすい影を落とす。暇空茜は、まだペンを取っていない。ノートパソコンはスリープ状態。画面の微かな残光だけが、彼の存在を静かに主張している。
部屋の空気には、コーヒーの苦みとほんのりとした甘さが混ざっている。淹れたてのカフェオレがマグカップに半分残っていて、飲みかけのままテーブルの上に置かれている。彼はそれをぐっと飲み干す代わりに、ゆっくりと時間をかけて唇を湿らせる。その動きが、彼には一種の儀式のようにも思える。
しばらく彼は、部屋の片隅にある観葉植物を見つめていた。緑の葉がひとつ、風でもないのにふっと揺れたような気がして、眉をひそめる。夜の風が窓の隙間から入り込んできたのかもしれない。
やがて彼は立ち上がり、少し踵を返して、部屋を一巡する。壁に掛かったポスター、棚の上の本の列、そして窓際の古びた椅子。どれも、彼とともに過ごした記憶を引きずっているようだ。彼は椅子の背に手をかけ、そっと指で触れた。木目のざらつきを感じながら、何かを思い出そうとしている。
深く息を吸う。肩が少し、ゆるむ。彼はまた座り直し、そっとノートパソコンの蓋を開ける。その画面が暗闇から光を取り戻すように、キーボードのかすかな反応音が響く。彼の指はまだ動かない。まるで湖面に浮かぶさざ波のように、一瞬、軋むような戸惑い。
だが、その戸惑いはすぐに薄れて、彼の眼差しが画面の向こうへと向かう。メール画面、SNS通知、未読メッセージ。彼はひとつだけ、それを開く。内容は静かな問いかけ――答えるべきか、無視すべきか。その選択の重さを感じながら、彼はまっすぐにそれを見据える。
実際に苦しんでいるものとして病態はある。選択性もある。苦しんでいるものについて、言語化するのが難しい。「これが臭素化ビフェニルに起因する気分の悪さ」「ホルムアルデヒドや四塩化炭素に起因する気分の悪さ」みたいな言語化ができていない。もちろん本人たちは、紙タバコ、柔軟剤、カーショップ、タイヤ売り場、家電売り場、界面活性剤タイプの消臭剤、トイレのパラジクロロベンゼン、ガソリン、アセトン、ある種の化学合成系の香水みたいなもので気持ち悪くなるというのをある程度分かっている。
香害には逆作用もあって香りで気分が良くなるものもある。これがいわゆるアロマテラピーで、ミカンやオレンジの香り、ローズマリーやラベンダーのうすい香り、沈香や白檀の薄い香りなどは上手につかうとプラスの効果がある。ニンニクや玉ねぎ、「カレーの香り」を嗅ぐとおなかがすくという人は珍しくないだろう。
よく天然か人口香料かという話が出て、香害非存在派がナンセンスだというのだけれど、まあ確かにそうなんだが、香害に苦しんでいるひとでも、
アロマテラピーは効能通りプラスの影響を受けられることが多い。天然の香りである玉ねぎやにんにくやみかんやコーヒー、チョコレート、牛脂の香りで気持ち悪くなることは少ない。(もちろん濃度による)「天然だと問題ない」はこのへんの経験が緩く言語化されているものだ。
紙巻たばこは例外で、葉っぱを紙で巻いたものを燃やしているだけなのになんでこんなにクサくて頭痛がして気持ち悪くなるのかというくらいのインパクトがある。タバコは天然物じゃないのかもしれない。
一方で、気持ち悪くなる香りの筆頭は、パラジクロロベンゼンとか自動車用の消臭芳香剤、洗濯柔軟剤、アセトン、ヘキサン、難燃剤、防虫剤、高濃度の合成香料や界面活性剤などなので、「人工化合物が悪さをしているように思える」ということになるのだ。
民衆の匿名SNSが相変わらず(中身・好み・話法)なのはどうして?
ちがうのは、今ではセンス0でも内容0でも(捻りのない罵詈雑言のクリシェ、botみたいなワンパタンの応酬、など)アテンションエコノミーをハックすれば読まれるし、そのせいで、痒いところに手が届くポストが希釈されて「1/n」になるところ(トレンドポストはもちろんあるけど、人力クローラーとしてすべてに目を通す義理はないよね)。
エコーチャンバーではない意味で、Googleの「プライベート広告」とか「星評価」みたいな仕組みがほんとはほしい(フィルターかけたい)。
1. 俗悪ポストを弾くモチベーションがうすい(のでそのまま=更なる口実を与える)
2. 俗悪ポストの弾き方が周知されてない(のでそのまま=更なる口実を与える)
2’. ヤジの飛ばし方や間接話法にそれぞれ名前をつけて、明示的に排除意思を示しては(その手は通用しないと言う意思表示)?
藁人形論法を思いつくかもしれないけど、これは藁人形とラベルすることで相手を自分の藁人形に仕立てるオウム返しの手法なので、適切な例ではない。
朝!!
短い声!!!
喉の奥からころころ震える!!こちらの胸も少しだけゆれる!!!!
起き上がる!!
薄い膜の口を裂いて!!乾いた粒を浅い丸にころがす!!
小さな音の雨!!
足もとで!しっぽのようなものが足首にふっと触れて!すぐ離れる!!
銀の口から落ちる糸がひとまとめになって、冷たさが掌を抜ける!!
白い泡が立っては消える!!!
朝。
うすい光がまぶたの裏を押す。
短い声。
指先にやわらかい起伏、細い骨の並び、ぬるい息。
起き上がる。
薄い膜の口を裂いて、乾いた粒を浅い丸にころがす。
小さな音の雨。
足もとで、しっぽのようなものが足首にふっと触れて、すぐ離れる。
水。
銀の口から落ちる糸がひとまとめになって、冷たさが掌を抜ける。
白い泡が立っては消える。
布を集めて、丸いものの中へ。
回る。
濡れる。
打つ。
透明が乳白に変わり、また透きとおる。回転が止まるころ、部屋の空気は少しだけ湿っている。
上のひろがりは澄んで、青い。
外へ。頬に細い風。
影がながくのびたり、短く折れたり。
笑いの破片が弾み、すぐにどこかへ跳ぶ。
手に持った紙の口をあけて、丸いふたのついた熱いものを少しだけ口に含む。苦い。舌が目を覚ます。
角をまがる。
低い囲いの向こうで、ちいさなのが身を低くして、じっとこちらを見る。
目が二つ、まあるく光る。呼べば来る、という合図もいらない。
ただ近づけば、足首にふわり。持ち上げる。軽い。
あたたかさが腕に巻きつく。肩にのせると、耳のすぐそばで小さな機械みたいな振動。
こちらの息がそれに合わせて整っていく。
部屋にもどる。
紙の上で、黒い列がすべっていく。意味を追うより先に、形のならびが目に入る。線と線の間に、午前の光の残り香。
音のない鐘が胸の真ん中でひとつ鳴る。窓──と呼びたくなる四角──から、やわい揺れが床に落ちている。
そこへ、丸い影がすべってきて、うずくまる。背をなでると、背骨が指先を道案内する。
熱。
浅い金の皿に油がひろがり、はじける。
細い白いものを落とすと、じゅわ、と跳ねる。
香りが部屋に広がる。
塩をつまみ、指先で雪みたいに降らせる。
粒が舌の上でほどける。
小さな相棒が足もとで待っていて、こちらの皿の端から、すこしだけ分ける。噛む音がやさしい。
午後。
布をひろげ、陽のすじの中に置く。
端から水が空へ逃げ、色が軽くなる。
上のひろがりのむこうで白い鳥が点を描き、すぐ線になって消える。
腕の中のあたたかい塊は、時々目を細め、時々こちらを忘れるふりをして遠くを見る。
呼ばない。呼ばなくても、気が向けば戻ってくる。
そういう約束が、だれにも知られないまま、ここにある。
外。
信号──と言われる色の切替──が変わるたび、群れの流れが組み替わる。
だれかが誰かに手をふり、すぐに見えなくなる。
耳に入ることばの切れ端は、意味になる前に風でちぎれる。
胸の中で、午前の震えと午後の熱がうまく混ざり、歩幅がほどよくのびる。
帰る。
丸いものの中で乾いていた布は、まだ少し冷たい。
指でたたんで重ねると、積み木の塔みたいにおとなしくなる。四角い光の板をひらいて、遠くの誰かから届いた列を目で追う
。目が少し疲れるころ、足もとの丸い影が「いま」と言うみたいに見上げる。
こちらも「いま」と返す。声にはならない。だけど通じる。
薄暗くなる。
四角の向こうが茜に変わり、やがて群青の布をかぶる。
天井の薄い輪が光る。細い糸のような雨が一瞬だけ窓をたたき、
すぐやむ。湯をためる。肌に貼りつく温度が、今日の角ばったところを丸くする。
肩まで沈むと、耳の外の世界が遠ざかる。
近くで小さな歩み。ふちに前足──と呼びたくなるもの──をかけて覗きこむ。湯気の向こうで、二つの丸がまた光る。
夜。
布の海へ。
隣で丸い塊が丸いまま、規則正しく膨らんではしぼむ。
暗さの中に、午前の短い声、ひるの苦み、午後の陽のすじ、夕方の茜、湯の温度、すべてが点になって浮かび、ゆっくり線になる。名前はない。札もいらない。
ただ、順番に通り過ぎていく。
どうしてこれを公開したのか?理由はこの日記の日付がちょうど今日だったから。
当時は処方された薬を何種類も飲んでいた。
薬漬けで日中意識は朦朧とし、当時のことはよく覚えておらず、だから日記をつけていたのだと思う。
なぜかわからないが、人間は「これが《政治》だ」といわれると、たいてい従う。通俗道徳にしたがっていると誤解される余地はここからくる。
これには一つ重大な欠陥があって、「じゃあこっちが勝手にしてやる」となにかの原因で逸脱されると、歯止めがきかなくなる。「《危ないこと》って何のこと?」といわれるのが落ちだ。おそろしいことに、一連の流れの説明は本人も本当にできないのだろう、ということだ。山上徹也氏のたどった内的歴史は、たぶんこれだ。これは30年前にオウム真理教の幹部がたどったこととよく似ている。
わたしがこのことにきがついたのは、植民地挑朝鮮における朝鮮人の政治的社会化過程の知識があったことと、
通俗道徳批判している人の弱点は、人権、というより社会還元という考え方はまだ拡張できるんだという認識がうすいことだ。戦略的にもまちがっている。
ふたりで、
前回は野菜天ぶっかけ頼んだけど、そんときはつゆが少なすぎて味なしの天ぷらをそのまま食べる羽目になって正直クソマズだった
今回なんとなく再チャレンジ
そしたら今回はつゆが天ぷらにいきわたるくらい入ってたからよかった
これが普通だよなあやっぱり
前回が少なすぎたんだ
前回はまじでうどんにようやく味付けられる程度しかなかったからなあ
卓上に醤油とか塩とかあれば天ぷらを塩でくうのもできたけど一味唐辛子しか置いてないんだよなここ
ぶっかけ棒っつって、お盆の下に棒をはさんでわざとお皿を斜めに傾けることで天ぷらにつゆがつかないようにしてる、とかいうのが変なこだわりとしてあるけど、
マジで恨んでるわ
個体差あるとはいえ大葉の天ぷらもすげえ小さくて損した気持ちになった
この店、ぶっかけ(冷やし)うどんと天ぷらって組み合わせが結構あって人気ではあるけど、
プロに言うのもアレだけど、冷やしうどんで天ぷらをどうやって食べたらおいしいかってことわかってない感じする
天つゆか塩をくれよって言いたくなる
大地満腹セットの方は、かつ丼は端っこが衣だけだったりして見た目よりかなり小さなカツで損した気になった
あと卵も半熟ってよりかなり生って感じで正直まずくて損したきになった
うどん店のかつどんだからダシ?汁?も期待してたけど全然つゆなくてご飯ぱっさぱさで後半は味なくなるし
肝心のうどんもごぼう天の見た目のインパクトはすごいけど、衣が多すぎるのと衣がマズいから全然ダメダメだわ
どんどんごぼうから離れて汁を汚していって最後油だらけの汁になってまともに飲めたもんじゃなくなる
ごぼう天が有名だけど食べる分にはおすすめできないっていう変な店だなあ
ごぼう天はともかくうどんが独特でおいしいけど、それを味わえなくなる質の低い見た目だけのごぼう天
食べログランキングでも上位ではあるけど1,2位にはならない理由がわかる気がする
まあ1、2位にならないのはいわゆるコシのない福岡うどんとは違う邪道うどんだからってのもあるかもだけど
あと値段も1,2位に比べるとちょっとお高めだし
まあ立地上1,2位の店よりかは大変なのもわかるけど
日常的に行くんじゃなくて怖いもの見たさ、観光のときのお布施気分で行く店だなあ
逆にいうとうどんは独特でおいしいんよね
なんか麺が透き通ってて、コシがありすぎるほどではないけどある
つるんとしてる
ごぼう天うどんと天ぷらのってる系うどん「以外」のうどんを食べるならいい店だと思う
天ぷらは安くておいしいひらおって店があるんだからそっち行くわ
まあひらおは店が駅のそばにはないけどさ