
はてなキーワード:あいとは
だって旧立憲民主党の連中は政権取る気なんか全くなかったから、何万年経ってもあいつらが野党第一党だと政権交代なんか無理だったし
https://www.facebook.com/photo/?fbid=6123516554341625&set=pcb.6123516717674942
↑eテレなのにいい絵だよね?もえたんとokamaのあいだって感じの画風だけどスタッフロール時にはよくわからんスタジオ名みたいなのしか出てこない。AIに描かせたの?
dorawiiより
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新しい中学受験シーズンが始まるところなので、過年度の入試の終了者の個人的雑感。
・もし中学受験をすることにするなら、模試(クイズ大会)の偏差値で子供がランク付けされ、無意識に煽られて志望校への進学を熱望し、多くの子供が不合格と言う形で、自分の努力を否定される経験をすることになる。その経験を12歳の子供にさせる意味があるかは考えた方がいい。一旦中学受験準備を始めると、子どもの時間を費やした後で中途撤退を判断するのは、相当に難しい。
・受験の伴走本や、塾選びのサイトがあるが、ああいう表面的な知識に惹かれる親なら、すでに不利な状況。子どもが自走できる場合を除き、中学受験は子どもに合わせた実効的な対策を立てられる受験スキルが親に求められる競争でもある。子供に合わせた対策を立てるのは、受験(クイズ大会)が得意な親でないと難しい。そういう親にはノウハウ本は不要(本の内容が自明か、的外れ)。
・本当に受験が得意な人が塾の先生になるとは限らないので、塾にお任せでうまくいくとは限らない。塾のアドバイスは結構表面的で実効性がないことも多々ある。また、宿題が多すぎることも多い。後者の場合、親(か、実力のある個別指導の先生)が、宿題を取捨選択する必要がでてくる。実力のある個別指導の先生を事前に見分けてお願いすることも結構難しい。
・(個人的印象に過ぎないが)東京都は財政に余裕があるので、公立中は荒れていなければ、そんなに悪くない印象。都立高は楽しそう。(一方、他の首都圏の自治体の事情は不明。東京都より財政力は大きく落ちる。その場合、(都内を含む)私立中高一貫校の方がいいということはあるかもしれない。)
・高校受験は都立入試が単願制なので、それはそれで大変厳しい。また、公立中の教員が付ける内申点がフェアである保証がないという問題もある。(普段の授業での観察から、内申点をきちんとつけるには、教師に高い能力が必要だが、皆が同じ能力を持つわけではない。)その意味では、中学受験の方が楽。
・勉強が得意な子で、小学校で話が合う友達が少ない、あるいは孤立気味なら、中学受験するといい。
・親が偏差値に囚われない自信があるなら、素晴らしい私立中高一貫校は多い。(生徒がその環境を活かせるかは別の話。学校そっちのけで友達と遊んでしまうのが普通。)ただ、偏差値の魔力は強い。
・中学受験をすることに決めたなら、演習問題、模試、過去問で間違えた問題の解き直しがとても重要。模試の結果が返ってきたら、正答率が一定数(50%とか)以上の問題で間違えた問題を、すべて正答したと仮定して、点数を足し合わせて子どものその模試での偏差値がどれだけ上がるか見ると、難しい問題ができなくても、基本問題を抑えれられば偏差値が結構大きく上がることが分かって、子供のやる気が出るのでおすすめ。
彼らは何者なのか?
これは創価学会の傘下で動いている部隊かなと思ったが、必ずしもそうではないらしい。
創価学会の信者と、RICEの活動家のあいだには溝がある、と聞いた。
実態を知っている人がいたら、教えてほしい。
https://anond.hatelabo.jp/20260107173525#
他人が自分の思い通りに動かないと癇癪を起こす人ってまあまあいるんだなってネットを見てると思う
https://anond.hatelabo.jp/20260107173558#
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260107173656#
自覚ないんだ
https://anond.hatelabo.jp/20260107173733#
俺はある。アンチはないのでは。
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260108090858#
dorawiiの基本心理で草
僕は天才です。
中学入試は全て合格して、東大が毎年何十人と出る学校に入った後でも明らかに突出した才能で、東大数学だって余裕。あなたたちが一生努力しても追いつけません
そういう人生を生きてきて、自分が最も得意な分野で絶対に埋められない才能の差を見せられた時の気持ちが分かりますか?https://t.co/qJ7XQamOJG—金太郎 (@Taro929149)February 12, 2026
「お座敷を盛り上げる裸踊りが出来る」とか「女性であり整形なしで容姿が良い」とかそういう**人間にしか提供できない価値**がこれからは重要になる
世代を超え、教団側と接点を持ったことが疑われるのは中曽根家もだ。
元首相の故・康弘氏は先の勝共推進議員名簿に載っていた。90年3月に開かれた勝共連合の関連会合であいさつしたと思想新聞に記録されていた。その長男の弘文参院議員、孫の康隆衆院議員は本紙のアンケートに応じている。弘文氏は教団系の月刊誌の取材を受け、康隆氏は教団関連施設で選挙支援を求めるあいさつをしたと認めている。
日本語圏のSNS、特にX(旧Twitter)において、興味深い現象が観察される。AI生成された文章には厳しい視線が向けられる一方、AI生成されたスライドやデザイン素材には驚くほど寛容な態度が取られているのだ。同一人物が「AIで書いた文章は見ればわかる。ああいう機械的な文はダメだ」と批判しながら、数日後には「AIでプレゼン資料を5分で作成!便利すぎる」と絶賛する光景が日常的に繰り広げられている。
この矛盾は単なる気まぐれではない。そこには人間の認知メカニズム、文化的価値観、そして社会的シグナリングの複雑な相互作用が潜んでいる。
公立はこだて未来大学の研究チームが2025年に発表した論文では、生成AIをめぐるSNS上の議論を分析し、賛成派が「功利主義」を中心とする価値観を持つのに対し、反対派は「著作権重視」を中心としつつも複数の価値観が混在していることが明らかにされた。しかし実際の行動レベルでは、同じ個人の中でさえ、対象によって態度が大きく変わる現象が生じている。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsik/35/2/35_2025_015/_pdf
この非対称性を理解する鍵は、「道具性の階層」という概念にある。人々は無意識のうちに、創造的活動を本質的なものと装飾的なものに分類している。
文章は思考の直接的な表現とみなされる。論理展開、語彙選択、文体のリズムといった要素すべてが、書き手の知性や人格と不可分に結びついていると考えられている。ChatGPTが生成した文章に違和感を覚える理由の一つは、この「本質との一体性」が損なわれることへの抵抗だ。AI生成文章には「単調なリズム」「過度な順序表現(まず、次に、最後に)」「単語の繰り返し」「個人的視点の欠如」といった特徴があり、これらが機械的な印象を与える。AI判定ツールの精度はまだ発展途上だが、人間の直感は「この文章には人がいない」という違和感を敏感に察知する。
対照的に、スライドは思考を伝えるための「容器」として位置づけられている。レイアウト、配色、フォント選択は重要だが、それらは中身を引き立てる装飾であり、発表者の本質的な能力とは別物と考えられがちだ。CanvaAIが提供する膨大なテンプレートや自動デザイン機能は、この「装飾性」の領域に働きかける。デザインスキルを持たない人でも短時間でプロ品質の資料を作成できることは、単なる効率化として歓迎される。
この階層化は必ずしも論理的ではない。優れたスライドデザインは情報の構造化能力を反映するし、文章執筆も道具を使って行われる活動だ。しかし認知的には、文章は「私そのもの」、スライドは「私が使う道具」という区別が根強く存在する。
心理学者レオン・フェスティンガーが1957年に提唱した認知的不協和理論は、この矛盾を説明する有力な枠組みを提供する。人は矛盾した信念や行動を持つと心理的不快感を覚え、その不協和を解消しようとする。ただし、その解消方法は必ずしも論理的な整合性を追求するものではない。しばしば、自分に都合の良い解釈を採用することで不快感を和らげる。
「AI生成は良くない」という信念を持ちながらAI生成スライドを使う場合、認知的不協和が生じる。この不協和を解消するため、人々は様々な正当化を行う。「スライドは装飾だから別」「効率化のためなら仕方ない」「自分で内容は考えている」といった理由づけがなされる。こうした正当化は、矛盾を解消するための事後的な説明であることが多い。
さらに、一貫性バイアスと呼ばれる認知的傾向も作用する。これは他者の過去の言動が未来も一貫していると考える傾向だが、自分自身の行動については異なる基準を適用しやすい。「あの人はいつもAIを批判している」と他者を評価する一方、自分がAIツールを使う場面では「状況が違う」「これは例外」と特別扱いする。
内集団バイアスも無視できない。自分が属するコミュニティやアイデンティティグループの行動には甘く、外部グループには厳しくなる。たとえば「文章を書く人」というアイデンティティを持つインフルエンサーは、文章生成AIには厳しいが、自分が専門外のデザイン領域でのAI利用には寛容になる。
もう一つ重要な要因は、検出の難易度だ。AI生成された文章は、特徴的なパターンから比較的見抜かれやすい。一方、スライドがAIで生成されたかどうかを判別するのは困難だ。テンプレートを使ったのか、AIが生成したのか、手作業で類似デザインを作ったのか、外部から区別する手段がほとんどない。
この検出可能性の差は、社会的シグナリングに影響する。文章力は可視的なスキルとして評価されやすく、「この人は考える力がある」というシグナルを発する。AI生成がバレれば、そのシグナルが損なわれる。対照的に、スライドのデザイン品質は主張の説得力を高める効果はあるが、「この人はデザイナーだ」というシグナルを発することは少ない。むしろ「効率的に仕事を進める人」という別のシグナルになり得る。
X上のインフルエンサーは、フォロワーに対して自らの専門性や知的能力をシグナルし続ける必要がある。文章がAI生成であることが明らかになれば、そのシグナルの信頼性が損なわれる。一方、スライド作成にAIを使うことは、むしろ最新ツールを使いこなす能力のシグナルとなる。この非対称性が、態度の違いを生む強力な動機となっている。
X上のインフルエンサーは、特にこの矛盾を体現しやすい立場にある。彼らの影響力は、一貫した意見と説得力ある表現によって構築される。しかし同時に、効率的なコンテンツ生産と目を引くビジュアルも求められる。この二つの要求が、AI利用における選択的態度を生む。
2026年1月時点で観察される典型的なパターンとして、「AI生成コンテンツの透明性」を主張するインフルエンサーが、自身のビジュアルコンテンツにAI生成ツールを使用しながらその事実を明示しないケースがある。また、「AIに頼らない思考力」を強調する発信者が、投稿のアイデア出しや構造化にAIアシスタントを利用している事例も少なくない。
これは必ずしも意識的な偽善ではない。多くの場合、本人は「自分の本質的な仕事にはAIを使っていない」と認識している。しかし、何が本質で何が補助かという線引きは、極めて主観的で恣意的だ。
さらに、X社によるAPI改定とInfoFi(投稿で報酬を得る仕組み)アプリの締め出しが2026年1月に行われたことで、「質より量」のAI生成リプライが減少した一方、より洗練されたAI活用が主流派インフルエンサーの間で定着している。AIを使いながらも「人間らしさ」を保つ技術が発達し、矛盾はより見えにくくなっている。
この問題の根底には、創造性と真正性(オーセンティシティ)をめぐる根本的な問いがある。私たちは何に価値を置くのか。アウトプットの質か、それを生み出すプロセスか。効率性か、人間的な営みか。
従来、この問いには明確な答えがあった。芸術や知的生産においては、プロセスと人間性に価値が置かれてきた。しかしAI時代において、この前提が揺らいでいる。
興味深いことに、歴史的には技術革新のたびに同様の議論が繰り返されてきた。写真の登場時、絵画の価値は「手で描くこと」から「芸術的視点」へとシフトした。DTM(デスクトップミュージック)の普及により、音楽制作における「演奏技術」の相対的価値が低下した。DTP(デスクトップパブリッシング)は印刷業界の職人技を置き換えた。
今、同じことが文章とデザインの領域で起きている。ただし、その影響は均等ではない。スライドデザインは比較的早く「技術による代替可能な領域」として受け入れられたが、文章はまだ「人間の本質的な表現」として守られている。この防衛線がいつまで持続するかは不透明だ。
この非対称性は、AI時代における価値観の過渡期を映し出している。矛盾を指摘することは容易だが、実はこの矛盾自体が、人間が技術と折り合いをつけながら新しい規範を模索するプロセスの一部かもしれない。
実務的には、いくつかの示唆が導かれる。第一に、透明性の重要性だ。何にAIを使い、何に使っていないかを明示することで、信頼性を維持できる。第二に、本質と装飾の区別が文化的・主観的なものであることの認識だ。自分の価値基準を他者に一方的に押し付けることの限界を理解すべきだ。第三に、検出可能性が態度を決定する現状において、技術的な検出手段の発展が規範形成に影響を与える可能性がある。
インフルエンサーや情報発信者にとっては、自らの基準を一貫させるか、あるいは基準が状況依存的であることを率直に認めるか、いずれかの選択が求められる。後者を選ぶことは必ずしも弱さではない。むしろ、技術と人間の関係が流動的な現状を正直に反映したものだ。
最終的に、この議論が示すのは、AI生成コンテンツの是非ではなく、私たちが何を「自分らしさ」「創造性」「価値ある仕事」と定義するかという、より根源的な問いだ。その答えは、技術の進化とともに、そして社会的な対話を通じて、これから形成されていく。
Permalink |記事への反応(45) | 10:59
仕事より育児が楽とか、保育園の子供はかわいそうとか、病児保育はかわいそうとか、そういうの人によるとしか言えないだろうと思うんだが。
仕事と育児どちらが楽かなんて、子供の特性によっても違うし、仕事の内容によっても違うし、住んでる地域、親のサポート、子供の人数、家の広さ、いくらでも変わる要素あるじゃん。
それなのに自分はこうだった!!ってだけで偉そうに。
数学と世界史どっちが簡単かみたいなのと同じレベルだと思うんだよな。
人によるんだよ。
本当育児関連って100か0かみたいな話ばっかり。
スマホ育児だって、そりゃスマホ見ないで落ち着いてる子供ばかりなら良いけど、どうしようもない子供だっているだろ。
スマホ見せたから育児失敗!心中!みたいになるくらいならスマホでも見てれば良いだろ。
理想は理想だけど、無理なものは無理なんだが、それを周りは叩くし、どんどん極端になるんだよな。
人によるし、状況によるんだわ。
今日さ、チャリで出かけてて普通に道に迷ったんだよね。 一応スマホでGoogleマップ見てたんだけど、住宅街で方向感覚バグって「詰んだわ」ってなってた。
そしたら近くにいたおじさんが「どこ行きたいの?」って声かけてくれてさ。マジで親切な人で、わざわざスマホ一緒に覗き込んで「あー、ここなら次の角を左だよ」って超丁寧に教えてくれてたわけ。
そこに、どっから湧いてきたのか知らんけど、いきなり変なジジイが割って入ってきてマジでビビった。 「ちょっと!あなた大丈夫!?」「しつこくされてない!?」とかデカい声で喚き散らしてんの。 おじさんと私の間に強引に割り込んできて、おじさんのこと不審者を見るような目で睨みつけてさ。
は?って感じ。 どうやらナンパとか勧誘から私を助けてやってる正義の味方(笑)のつもりらしい。 こっちはただ道聞いてただけだし、おじさんもポカーンとしてたわ。
マジで空気読めなさすぎてドン引きしたんだけど、あまりにもしつこく喚くからこっちも限界きてさ。 腹立ちすぎて反射的にそのジジイの顔面を思いっきりぶん殴ってやったわけ。
そしたらそのジジイ、「チギュッ!」とかいう謎の叫び声あげて5メートルくらい吹っ飛んでいってマジで草。あんな漫画みたいな飛び方する人間初めて見たわ。
結局おじさん、それ見てビビって逃げるように居なくなっちゃったし。 親切な人を勝手に不審者扱いして、善行を邪魔して、挙句の果てに私に殴られて吹っ飛ぶとか、マジで何しに来たんだよあのバカ。
自分のこと「弱きを助ける私、素敵!」とか思ってたんだろうけど、身の程を知れって感じ。 せっかく道がわかってスッキリしてたのに、あのクソジジイのせいで一気に不快になったわ。 ああいう自意識過剰な正義マン、マジでこの世から消えてほしい。
は三人称ですよ
「軍備増強すれば攻められない」と主張する人達って、 特撮ヒーロー番組み..
すでに中国は日本のメディアをネット含めてかなり監視してる。高市発言にも秒で反応してたの知っとるやろ?あいつらAIも使いこなせてるし、日本語対応部隊も想像以上に多いからな。チクる以前にだいたい筒抜け。情報戦ですでにビハインドなのは覚悟したほうがいい
高市首相はタブー「宗教法人への課税」に着手できるか 創価学会が震え上がる「強烈カウンターパンチ」 |デイリー新潮
https://www.dailyshincho.jp/article/2026/02120450/
どう考えても海外送金の制限の方が先だろう。国民の財布を守れ。
旧統一教会元幹部が実名証言 韓国への送金「推計年100億円」 |毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20220909/k00/00m/040/242000c
4700億円以上をアメリカに送金済み…統一教会が日本人信者から徹底的に巻き上げた本当の理由 全米に9000店ある寿司レストランの大半は取引先 |PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)
https://president.jp/articles/-/60068?page=1
米ニューヨーク・タイムズ紙は7月23日、「80年代半ばまでに、数十億ドルという寄付金が日本の家庭から教会の金庫へと流れ込んだ。文氏はこのカネを使い、無秩序に広がった企業帝国、NPOネットワーク、そしてワシントン・タイムズなどのメディア企業などを興し、政治的影響力を強化した」と報じている。
同紙の別記事によると、1976年から2010年のあいだに日本の旧統一教会は、アメリカに36億ドル(4700億円)以上を送金しているという。
旧統一教会の総裁逮捕、教団資金は日本からの献金も…元信者「不正に使っていたとしたら許せない」 :読売新聞
https://www.yomiuri.co.jp/national/20250923-OYT1T50083/
高市総裁「守るべきは国民の財布」責任ある積極財政で経済成長訴え | お知らせ |ニュース |自由民主党 (2026年1月31日)