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「「卒業」」を含む日記RSS

はてなキーワード:「卒業」とは

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2026-02-12

ミヤネ屋20年の歴史に幕

2026年2月12日、平日午後の情報番組として長年君臨してきた「情報ライブ ミヤネ屋」が2026年9月末で終了することが、司会の宮根誠司氏により正式に発表された。番組終盤、宮根氏は約4分間のスピーチ視聴者スタッフへの感謝を述べ、自らの言葉番組から「卒業」を伝えた。この発表は、2006年7月番組開始から20年という節目を迎えた長寿番組終焉意味する。

発表に至る経緯と宮根氏の決断

番組終了の第一報は、2026年1月28日に「女性セブンプラス」が報じた。関係者への取材によれば、宮根氏自身読売テレビ側に「番組を終えたい」と申し出たことが発端だった。局側は必死に慰留したが、宮根氏の意思は固く、その後読売テレビ日本テレビ上層部との話し合いを経て、10月期の改編で終了することが決まった。

2月12日生放送では、宮根氏は「この9月末をもって私、このミヤネ屋卒業させていただく運びになりました」と述べた。フリーアナウンサーとして番組の終わりが来ることは覚悟していたとしながらも、「何度か卒業しようと考えたこともございます。そのたびに読売テレビはじめ、皆さまにありがたいことに慰留していただきまして、この20年まで続けることができました。本当に幸せ者です」と感謝言葉を続けた。

宮根氏は局アナ時代を含めると26歳から37年間、63歳になる年まで月曜から金曜の帯番組担当し続けてきた。この長いキャリアを振り返りながら、「信じられないくらい恵まれ環境で、テレビに携わらせていただきました」と語った。スピーチ最後には、「やめるのをやめたという可能性もありますので、その時はまたご報告させていただきます」と笑いを誘う一幕もあった。

関西ローカルから全国区へ、番組の歩み

ミヤネ屋」は2006年7月31日、読売テレビ制作関西ローカル番組としてスタートした。前身は金曜のみ放送されていた「激テレ★金曜日」で、これを月曜から金曜までの帯番組リニューアルする形で誕生した。当初は午後の遅い時間から放送だったが、評判の良さから徐々に放送地域を拡大していく。

2007年10月には関東長野を除く全国ネットに昇格し、2008年3月31日から日本テレビでも放送が開始され、完全な全国ネット番組となった。これは、2007年9月草野仁氏が司会を務めていた「ザ・ワイド」が終了し、日本テレビが午後のワイドショーから一時撤退したことが背景にある。読売テレビ独自に育てた「ミヤネ屋」が、結果的にその枠を埋める形となった。

番組の特徴は、宮根氏の歯に衣着せぬトークと、関西弁を駆使した親しみやすい進行スタイルにあった。読売新聞特別編集委員橋本五郎氏、弁護士野村修也氏といった論客とのやり取りも人気を集め、政治から芸能まで幅広いテーマを扱う情報番組として、平日午後の顔となった。

視聴率面では、2009年度から9年連続関東関西地区ともに通期の平均世帯視聴率トップを獲得。20年間にわたり全国平均で5から7パーセント台を安定的に維持し、累計放送回数は4000回を超えた。近年はTBS系「ゴゴスマ」やフジテレビ系「旬感LIVE とれたてっ!」など他局の追い上げもあったが、コア視聴率では依然として同時間首位キープしており、高視聴率を保ったままの終了となる。

なぜ今、終了なのか

宮根氏が番組終了を決断した理由として、複数メディア共通して伝えているのは、「新しいことに挑戦したい」という本人の強い意志である関係者証言によれば、2年前に還暦を迎えた頃から「安定にしがみつくのではなく、新しいことに挑戦したい」という思いを抱いていたという。2025年7月番組20周年を迎えたことが、その思いをさらに強くした。

宮根氏は1963年まれ現在62歳。朝日放送1987年アナウンサーとして入社し、関西で人気アナウンサーとして活躍した後、2004年にフリーへ転身した。その際も40歳という節目で「一から出直す覚悟」を決めたとされ、今回も同じ心境で新たな挑戦に臨むという。

また、平日は大阪で「ミヤネ屋」、週末に上京してフジテレビ系「Mr.サンデー」に出演するという生活を15年間続けてきた体力的な負担も、決断の背景にあるとの見方もある。関係者は「年齢的にもいまが最後のチャンスと考えている」と語っており、宮根氏自身番組20周年という区切りを、自らのキャリアの転換点として捉えたことがうかがえる。

宮根氏は2025年7月20周年の際、「平時は型にはまらず楽しく、もし大きな災害緊急事態が起こったときはいちばん頼りにされる。そんな正体不明番組であり続けたい」と今後の意気込みを語っていたが、この頃すでに大きな決断を胸に秘めていたとみられる。

地方局制作の全国番組という成功モデル

ミヤネ屋」の成功は、テレビ業界において大きな意味を持つ。地方局制作する情報番組全国ネット放送するというスタイルは、現在では珍しくないが、その先駆者こそが「ミヤネ屋」だった。放送関係者は「番組成功を見て各局がまねた格好。昼の情報番組に与えた影響は計り知れない」とその功績を評価している。

ただし、番組終了の裏では、後番組をめぐる読売テレビ日本テレビの複雑な関係も指摘されている。全国放送での月曜から金曜の帯番組は、地方局にとって貴重な枠であり、CMなどの営業収入も莫大だ。読売テレビ内では「ミヤネ屋」が全番組の中でも最大の収益源となっていた。

この枠をめぐり日本テレビ側が「枠を戻せ」と主張する可能性も報じられている。かつて日本テレビは「ザ・ワイド」を終了させ午後のワイドショーから撤退したが、読売テレビ独自に育てた「ミヤネ屋」が成功を収めたことで、複雑な思いを抱えていたとされる。現在、後番組については未定とされており、今後の動向が注目される。

平日午後のワイドショー戦線、新たな局面

ミヤネ屋」の終了により、平日午後の視聴率競争は新たな局面を迎える。現在、同時間帯ではTBS系「ゴゴスマ」が健闘しており、司会の石井亮次氏、フジテレビ系「旬感LIVE とれたてっ!」の青木源太氏と、宮根氏を含めたフリーアナウンサー三つ巴の戦いが注目されていた。最古参の宮根氏が退くことで、この構図は大きく変わることになる。

一方、宮根氏の今後については、現時点で具体的な発表はない。「Mr.サンデー」の司会は継続するとみられるが、新たな挑戦の内容は明らかにされていない。関係者は「40歳ときと同じ心境で一から出直す覚悟を決めている」と語っており、宮根氏自身がどのような道を選ぶのか、業界内外の関心が高まっている。

番組2026年9月末まで放送を続ける。宮根氏は「残り半年ありますので、まだ半年頑張っていきたい」と述べ、最後まで視聴者とともに歩む姿勢を示した。20年にわたり平日午後の情報番組リードしてきた「ミヤネ屋」が、どのような形で幕を閉じるのか、そしてその後の平日昼のテレビ界がどう動くのか、今後の展開に注目が集まっている。

Permalink |記事への反応(1) | 16:29

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2026-01-24

細かすぎて伝わらないラジオ番組ジングル(の説明

NHKラジオ深夜便」の23から最初パートに入る時のジングル

渡辺美里「卒業」演奏しようとしたけどやっぱやめました、みたいな中途半端感。

Permalink |記事への反応(0) | 00:14

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2026-01-21

anond:20260121100604

義務教育義務教育って言うけど

ちゃんと「全部」履修してる人がどれだけいるかって話だよな

履修しなくても9年で「卒業」できちゃう

みんながみんな義務教育全部マスターできてたらいいんだけどね

Permalink |記事への反応(2) | 10:08

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2025-12-03

「おめでとう」って言えない事に「卒業」って言葉を使うのは止めて欲しい…

アメリカじゃ転職する人に「おめでとう」と言って送り出すんだよ、的な話を聞いたことがある。

んなもんで、社内で転職される方にも「おめでとうって言っていいやつですか…?」と小声で確認しつつ、

より良い環境で働くことになるであろう門出に「おめでとうございます」とお祝いできるように心がけているわけですよ。

そんな感じであれやこれやで卒業される方に。おめでとうございます

Permalink |記事への反応(0) | 23:38

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2025-11-19

VTuber裁判が終わったらとっとと「卒業」したけど

企業側の断捨離の潔さには敬意を表する

Permalink |記事への反応(1) | 23:05

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2025-10-08

VTuberという幻想に告ぐ──仮面王国に生きる者たちへ

第一章 電子の皮をかぶった偶像たちへ

我々は、もう長い間、「本物の人間」ではなく、「都合の良い人格」を愛してきた。

それは笑い、泣き、共感し、まるで血の通った存在のようにふるまう。

だが、あれは演算マーケティング産物だ。

感情までもが再生数とスパチャで換算されるこの世界に、

「心」など存在しない。

VTuberとは、仮面商品化した現代ピエロだ。

ファン孤独を餌に、優しさの形を模倣して金を得る。

それを「文化」と呼ぶことに、我々はいから慣れてしまったのか。

◆ 第二章 “絆”という名の取引

彼らは言う。「みんな、いつもありがとう」「リスナー家族だよ」。

だが、その裏で動いているのは冷徹な数値と金の流れだ。

コメント信仰告白スパチャは供物。

リスナーは“ファン”ではない、“信者”だ。

我々は知らず知らずのうちに、企業が作り上げた偶像教の信徒となった。

その神は、企業の都合で生まれ、そして消される。

「卒業」引退」「活動終了」──その言葉流れるたび、

数万人の人間が涙を流し、虚無だけが残る。

◆ 第三章 逃避の楽園は、地獄入口だった

現実が怖くて、電子世界に逃げ込んだ。

そこには優しい声があり、理解してくれる誰かがいた。

だが、それはただの録音された共感シミュレーションだ。

一方通行癒しの中で、人間ますます壊れていく。

「つながっている気がする」という錯覚の中で、

我々は何も生み出さず、何も変えず、ただ消費し続ける。

虚構の優しさに溺れたまま、現実人間関係を捨てた。

そうして築かれたこ世界は──最も静かな地獄だ。

◆ 第四章 ジエン自演)という名の病

VTuberは演じる。

ファンもまた、演じる。

誰もが「本当の自分」を隠し、「理想他者」を求めている。

この世界全体が**巨大な“ジエン”**だ。

推し」を守るために争い、「アンチ」を叩き、

正義”の名で人を追い詰める。

そこに残るのは、醜い自己愛と虚無だけだ。

だがそれでも、人々は言う。

「この子だけは違う」「この子だけは本物だ」──。

……まだ目を覚まさないのか?

◆ 第五章 虚構王国を終わらせろ

VTuber文化は、もう一度問い直されなければならない。

それは「エンタメ」ではない。

孤独搾取し、現実を拒絶させ、社会麻痺させる装置だ。

我々は今、画面の向こうの幻影に支配されている。

そして、それを「夢」と呼んで拍手している。

だがその夢の裏で、

現実人間はどれほど壊れていったのだろうか。

◆ 終章 ジエンド──現実に還れ

もういい。

幻を崇める時代は終わりだ。

「どうせ僕がいなくても、世界は何も変わらない」──そう呟く前に、

画面を閉じて、現実の風を感じろ。

温度を持つ声を聞け。

そこにこそ、まだ救いが残っている。

虚構王国に沈むすべての魂よ、

現実へ還れ。ここがジエンドだ。

Permalink |記事への反応(0) | 06:33

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2025-09-17

若い頃、銀英伝を片手に「民主主義とは何ぞや」なんて語ってた俺も、今じゃ“手放しで銀英伝を絶賛!”なんてとてもじゃないが恥ずかしくてできないオッサンになってしまった。いや、誤解するなよ。未だに大好きだ。眠れない夜にラインハルト金髪ヤンコーヒーを思い出しては、むせび泣きたくなることも、ある。しか大人になればなるほど「こんなにすごい作品なんだよ!!」と部外者に熱弁するのが妙に照れ臭い。まるで昔の彼女の話を同窓会で嬉々として語るような、あの居心地の悪さときたら。

ロードス島戦記もそう。小学生の頃はあの“エルフ!”“魔法!”で本気で異世界転生した気になってたくせに、今は「ハイファンタジーとして素晴らしい!」なんて真顔で言う気にはなれない。いや、言ってもいいけど、隣の35歳会社員にウインクされそうでムズムズするのだ。スレイヤーズ十二国記アルスラーン…(このへん全部世代バレ)。当時は「自分人生観を変えた神作!」と思い込んでた。でも大人になった今、旧友が本気モードで語り始めるのを見ると、なぜか心臓がムズ痒くなる。これ、分かるやつは分かるはずだ。

多分、ブギーポップは笑わない、とか、マリみて灼眼のシャナとかも同罪だよ。当時は「俺だけの金字塔!」と信じ切ってて、少なくとも3回は全巻再読した。でも今になっても「やっぱ最高!」と連呼するのは、どうしても“青春遺産”棚に仕舞ちゃう。この感じ、青春小説は卒業して大人になったら“ちょっと一度距離を置く”のが暗黙ルールになってる気がする。そのまま本気で“文学作品”扱いしすぎると、「民主主義本質を学んだのは銀英伝!」なんて言い出す厨二オヤジになりそうで、やっぱ居たたまれなくなる。

結局、「銀英伝を全力で推すのはちょっと恥ずい」みたいに、自分なりの“古典的こっぱずかし名作”って誰にでもある。その象徴が俺にはロードスだったり、時代によってはスレイヤーズだったり。それを本気で讃えるとき、そこには青春の痛みと甘酸っぱさが混じる。

ところがどっこい、「指輪物語」だけは違う。あれも本来なら若者特有妄想爆発ファンタジーで片付けられてもおかしくなかったのに、全くそんな扱いにならなかった。なぜなら、トールキンが一人で神話歴史人工言語まで自作し、物語を“リアル伝承”に昇華させてしまったせいだ。本当、無駄な労力の天才。あの“どう考えても読み手を選ぶ重厚さ”で、読者の成長や再読に耐えるし、大人になってからも新しい角度でいくらでも味わい直せてしまう。ここが銀英伝と決定的に違う。

銀英伝は“時代熱狂”を体現した記号面白さがあり、キャラクター大河ドラマとして世代ごとにバズる。でも根本は「エンターテインメント」に収束やすい。片や指輪物語は読者に「現実のもの」くらい重い世界観を突きつけて、それが時代や歳を取ることさえ包み込むレベル。「若気の至りじゃない」からいつまでも堂々と褒められる。“文学に昇格できた稀有エンタメ”ここに極まれりだ。

まとめると、銀英伝俺たちの青春だけど、大人になると正面から全力で褒めるには「ちょっと気恥ずかしい古典」。指輪物語は、青春にとどまら歴史文化みたいに語り継がれていく化け物作品。その違いを感じる時、自分ひとつ「卒業」してしまったんだなと、ちょっとだけ切なくなるのだった。

Permalink |記事への反応(0) | 22:14

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2025-08-08

アイドルの終わりへ感じる恐怖

人は14歳の頃によく聞いていたジャンル音楽を一生聴き続けるという話がある。

その点で行くと、自分が一生聴き続ける曲はアイドルになる。

だが、アイドルの終わりは他に比べて異常に早い。「卒業」まで平均10年。AKB乃木坂のように〇期生が入れば話は別だが、そういうものではない場合10年くらいで解散、という流れが視野に入ってくる。

こう考えていくと怖い。

音楽アイドルを通して繋がれた人間との繋がる場所が無くなる、繋がれなくなるという恐怖に襲われる。

生活の一部に完全になってしまったアイドルと、どうお別れをしていくのか、考えるだけで怖い。

Permalink |記事への反応(1) | 01:31

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2025-08-03

伊藤市長学歴詐称疑惑騒動について今の状況の整理

久保市長東洋大卒業していなくて除籍されていたことは確定。

問題は『詐称』していたのか『詐称』でないのか。だから学歴詐称疑惑」。

2通りのルートで追及されている。

1つは公職選挙法違反として、田久保氏がマスコミに配った経歴資料で「東洋大卒業」と書いていたことが経歴詐称だろうと、伊東市から警察刑事告発され捜査中。刑事事件としての追及。

もう1つが、田久保氏が市の広報誌に「東洋大卒業」と事実と違う経歴を載せたことが、行政上の重大な問題だとして、市議会百条委員会で追及されている。行政問題としての追及。

どちらも論点は「故意」に事実と異なる経歴を乗せたのか、「故意ではない要因」で事実と異なる経歴を乗せたのか、どちらかということが追及されているが、それぞれ出発点となる事案は別である

刑事事件として有罪となれば一発アウトで市長職を追われることになるが捜査完了から起訴裁判終わるまで何年もかかる。そこで百条委員会行政責任を追及して辞めさせようという流れ。

 

今出ている証言からは田久保氏はもともと親しい仲間には卒業していないことを包み隠さず話していたふしがあるのに、なぜ「卒業」と騙るようになって後に引けなくなってしまったのかという点は気になるところである

 

ついでにSNS逆張りインプレ稼ぎのネタになっている伊東市メガソーラーについて静岡県目線で見てきた流れ

・元はメガソーラー計画が県に申請されて地元市民反対運動を始めたというローカルニュース

・同時期に静岡県で一番話題になってたのがリニアの水問題で、当時の川勝知事環境アセスを盾にして工事許可を続けていた。

産経新聞などリニア支持層が「川勝は大井川自然は守るのに伊東市メガソーラー許可するのか」と川勝叩き棒に使い始めて、SNSのその界隈で伊東市メガソーラー問題が知れ渡るようになった。

(県も市も法手続き問題がなければ許可せざるを得ない。全国どこでもそう)

・田久保氏関わるメガソーラー反対の市民運動も注目されるようになり、市も業者全面的に戦う感じになって後付けで規制条例作ったりするようになるが、業者にも言い分はあり計画変更など譲歩もしていく中、最後はお互いの細かいミスをあげつらう裁判闘争に。

という感じなので今のメガソーラーで逆転狙う人たちを遡るとリニア問題に行き着く

Permalink |記事への反応(0) | 10:36

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2025-07-03

anond:20250703235551

「卒業」って書いてないからセフセフ

Permalink |記事への反応(0) | 23:59

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2025-07-02

増田大学における「卒業」とは自主的に二度とはてなのサービスを利用しないことを指します。

「除籍」とは、はてなよりアカウントの停止や削除を指しますので、殆どの皆さんは「除籍」となります

Permalink |記事への反応(0) | 17:54

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2025-06-24

推し卒業してから、ひとり、また一人と同担アカウントは消えていく

もう「推し友だった人たちのツイートを見る」ことくらいしか推しが生きていたって感じる方法がないのに、数年も経てばみんなひっそりとアカウントを消していく

おい、いなくなるなよ

せめてアカウントは残しておいてくれ別にお前まできっちり「卒業」する必要ないじゃないか

推しハッシュタグ検索して昔のツイートを眺めるとき検索結果が減ってると推しがいた証が欠けてく気がするんだよ

みんなさあ 何年経ってもユメグラのこと話してると思ってたのに

もう誰も話してないじゃんか

ね みんな 元気なのかい

Permalink |記事への反応(0) | 00:31

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2025-06-08

「会う」ことだけがすべてではない——『宇宙よりも遠い場所』と『からくりサーカス』に見る「人生の支え」という関係

アニメ宇宙よりも遠い場所』で、一度きりの旅を終えた少女たちがそれぞれの日常に戻っていく姿、そして『からくりサーカス』で、少年が命の恩人の最後の戦いを、顔を合わせることな背中を守ることで恩返しする姿。これら二つの物語が描き出すのは、物理的に「会う」ことがなくとも、あるいは二度と会えなくとも、その存在が確かに人生の支えとなり続けるという、人間関係の深遠な一側面だ。この「会わないけれど、支えである」という関係性は、私たちに何を問いかけ、なぜこれほどまでに心を揺さぶるのか。

宇宙よりも遠い場所』——共有された「景色」という一生のお守り

宇宙よりも遠い場所』の主人公、キマリ、報瀬、日向、結月の4人は、「南極に行く」という共通の、そしてちっぽけな少女には巨大な目標のために集まる。思春期少女たちが経験するにはあまりにも濃密で過酷な旅。その果てに彼女たちが見た南極絶景は、単なる美しい風景ではない。それは、数々の困難、葛藤、そして互いへの深い理解友情の末にようやくたどり着いた、「自分たち場所」だった。

物語の終盤、彼女たちはその旅を終え、それぞれの日常へと帰っていく。友人として遊ぶでもなく、常に隣にいるわけでもない。物理的な距離は確実に生まれる。「きっとまた旅に出る」と思うが、それはそれぞれの人生の旅であり、もう二度と彼女たちは会うことはない。ない。しかし、視聴者は誰も、彼女たちの関係が終わったとは感じない。なぜなら、南極で共有した時間景色が、彼女たちの魂に「一生のお守り」として深く刻まれたからだ。

この物語における「会わない」という未来示唆は、関係性の断絶を意味しない。むしろ、あのかけがえのない経験が、今後の人生でどんな困難に直面したとしても、彼女たち一人ひとりを内側から支え続けるという、最も強固な絆の証明となる。ふと空を見上げた時、遠く離れた仲間も同じ空の下で頑張っていると思える。南極という「宇宙よりも遠い場所」を共に目指したという事実のものが、距離時間を超えた永遠の支柱となる。これは、一度の強烈な体験が、いかに人の一生を照らし続けるかという普遍的な真理を描いている。

からくりサーカス』——「背中」で語られる魂の継承

一方、『からくりサーカス』における「会わない」関係性は、より切実で、魂の継承というテーマを帯びている。主人公・才賀勝にとって、拳法家の青年加藤鳴海は、幾度となく命を救ってくれた大恩人であり、戦士としての師であり、そして追いつくべき目標でもあった。

物語クライマックス人類の存亡をかけた最終決戦の場で、勝は成長した自らの力で、満身創痍鳴海の「背中を守る」ように戦う。そこには、涙の再会も、感謝言葉を交わす場面もない。勝はただ、前だけを見て戦う鳴海背中に、これまでの感謝と、その生き様を受け継ぐという決意のすべてを込める。そして鳴海もまた、激闘の背後で戦う何者かの存在を確かに感じながら、言葉なくしてその力を認め、未来を託す。

この「顔を合わせず会わずに別れる」という描写は、極めて象徴的だ。それは、勝がもはや守られるだけの子供ではなく、恩人の意志を継いで自らの足で立つ一人の戦士になったという「卒業」儀式に他ならない。鳴海がその生き様、その「背中」で見せたものの全てが、言葉以上の雄弁さで勝に受け継がれた瞬間となる。直接的なコミュニケーションを排し、「背中を守り、背中を預ける」という行為だけで師弟の絆の完成と別れを描いたこの場面は、「会う」ことや「語る」ことだけが想いを伝える術ではないことを、鮮烈に示した。

なぜ私たちは「会わない支え」に惹かれるのか

この二つの物語共通する「会わないけれど、支え」という関係性が私たちの心を打つのは、それが人間関係本質的価値を映し出しているからではないか

精神的結びつきの純粋

物理的な接触や頻繁な交流といった要素を削ぎ落とすことで、記憶経験尊敬感謝といった、より純粋精神的な結びつきの強さが際立つ。それは、関係性が物質的な条件ではなく、心の中にこそ宿ることを証明している。

自立と成長への祝福

「会わない」ことは、過去への依存からの脱却であり、未来へ向かう者への静かなエールだ。相手存在を心に刻みながらも、自分の足でしっかりと歩んでいく。その姿は、見る者に成長というものの尊さを教えてくれる。

想像力の余白

あえて「会わない」ことで生まれる余白は、物語に深い余韻を残す。『宇宙よりも遠い場所』の少女たちが、この先どのようにあの旅を思い出して力をもらうのか。『からくりサーカス』の勝が、鳴海と共に戦ったという思いを胸にどう生きていくのか。その後の物語を鑑賞者自身想像力に委ねることで、感動はよりパーソナルで深いものとなる。

結論として、「会わないけれど人生の支え」という関係性は、決して悲しい別離物語ではない。それは、一度結ばれた絆が時間距離といった物理的な制約を超越し、個人内面でより強固な「精神的な支柱」へと昇華されていく過程を描いた、極めてポジティブで力強い人間賛歌と言えるだろう。出会い、共に過ごした時間が「種」となり、たとえ離れた場所にあっても、その人の心の中で育ち続け、一生を支える大樹となる。両作品は、その尊い真実私たちに教えてくれる。

Permalink |記事への反応(0) | 21:58

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2025-05-29

おっさんになって、ヤングドーナツ「卒業」した。

子どもの頃、駄菓子屋の特等席に鎮座していた小さな袋。

あれを見つけるたび、心の中で小躍りしたものだ。

 

小麦粉と油と砂糖が織りなす、禁断のハーモニー

手はベタベタ、口の周りは砂糖まみれになるけれど、それがヤングドーナツの良さでもあった。

30円で手に入る小さな幸せは、世界の何よりも輝いて見えた。

 

大人になって、スーパーの棚でヤングドーナツと再会する。

一瞬、手が伸びそうになるが、

「いやいや、やめとこう」と、

頭の中の小さな自分が冷静にツッコミを入れる。

健康診断の数値が、背後から囁きかけてくるのだ。

そっと棚に戻す。

子どもの頃の自分が見ていたら、きっと失望しているだろう。

でも許してくれ、もう俺はヤングじゃないんだ。

 

最近子どもヤングドーナツを嬉しそうに頬張る。

「これ美味しいね!」と目を輝かせる姿に、 少し気恥ずかしくなる。

そうか、あの頃のおっさんたちも、こんな気持ちで俺たちを見ていたのかもしれない。

自分もかつて、こうして誰かのまなざしの中にいたのだろうか。

世代めぐり

さなドーナツの輪の中に、

時間けがかに積もっていく。

 

さなドーナツの輪っかが、世代を超えて笑顔を繋いでいる。

 

ヤングドーナツは、ヤングな時にしか食べられない。

それはたぶん、

甘さや油っぽさの問題じゃなくて、

もう戻れない場所に置いてきた何かの象徴なのだと思う。

 

今日もまた、棚の前を通り過ぎる。

袋の向こうに、

遠い日の自分が、ぼんやりと微笑んでいる。

Permalink |記事への反応(0) | 20:45

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2025-05-04

anond:20250427213919

退職」を「卒業」っていうやつ

Permalink |記事への反応(0) | 15:37

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2025-03-29

ちょっと、皆さん聞いてくださいよ!難波志帆が卒業?はっきり言って、ふざけるんじゃないわよ!

何が「新たな道へ」よ!そんな綺麗事で誤魔化せると思ってるのかしら?これまで散々、周りの人たちに頼りっきりで、自分の都合の良いようにやってきた人間が、いざとなったら「卒業」なんて言葉で逃げるなんて、本当に無責任まりないわ!

これまで、どれだけの人があなたのために時間や労力を費やしてきたと思ってるの?それを簡単に「卒業します」の一言で済ませるなんて、感謝気持ち微塵も感じられないわ!

それに、卒業って、何かを成し遂げた人が次のステップに進む時に使う言葉でしょう?あなたは一体何を残したっていうの?中途半端なことばかりで、最後まで責任を持ってやり遂げたことなんてあったのかしら?

結局、自分のことしか考えてないのよ!周りの迷惑も顧みず、自分の都合が悪くなったらポイッと投げ出す。そんな身勝手人間が、あたかも前向きな決断をしたかのように振る舞うなんて、吐き気がするわ!

今まで応援してくれた人たちの気持ちを踏みにじるような行為よ!「ありがとう」一言で済むと思ったら大間違いだわ!もっと誠意を見せろって言いたい!

こんな無責任卒業は、ただの逃げよ!自分の弱さから目を背け、楽な方へ逃げているだけじゃないの!そんな人間が、これから何を成し遂げられるっていうのよ!

本当に呆れてものが言えないわ!もっと自分の行動に責任を持ちなさい!そして、これまであなたに関わってきた全ての人たちに、きちんと謝罪すべきよ!

難波志帆の卒業?笑わせるわ!ただの無責任離脱だってことを、しっかりと認識しなさい!

…以上よ!言いたいことはそれだけだわ!

Permalink |記事への反応(0) | 21:01

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2025-02-25

anond:20250225133344

てかそれこそ「卒業」じゃね?

Permalink |記事への反応(1) | 13:35

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2025-01-10

尾崎豊「卒業」歌ってるやつがいるなあと思ったら風の音だった

Permalink |記事への反応(0) | 11:33

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2024-12-13

anond:20241213060225

自意識過剰なやつって自分が何かをやめたときに必ず「卒業」って言うよな

たから見たら単なるドロップアウトほとんどなのに

実績も能力も無くて自己肯定感が低いのに自意識だけ凄いから酸っぱい葡萄理論で生きるしかないんだろうな

Permalink |記事への反応(1) | 06:12

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2024-12-07

anond:20241207090659

1985年といえば斉藤由貴「卒業」https://youtube.com/watch?v=RBt2N3LExpc

菊池桃子「卒業」https://youtube.com/watch?v=rSHzX_1hTcA&pp=ygUV6I-K5rGg5qGD5a2Q44CA5Y2S5qWt

尾崎豊「卒業」https://youtube.com/watch?v=HUHUsfbvw9I&pp=ygUS5bC-5bSO6LGK44CA5Y2S5qWt

卒業対決の年だった

一応もうひとつ倉沢淳美「卒業」もあるけどhttps://youtube.com/watch?v=cVKq6d27dkw&pp=ygUT5YCJ5rKi5rez576OIOWNkualrQ%3D%3D

Permalink |記事への反応(2) | 12:12

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2024-08-25

anond:20240825174630

「卒業」マイク・ニコルズは、ハリウッドに入り込めない若手ではなかったと思うけど

(既に「バージニア・ウルフなんかこわくない」で名声を得てる)

Permalink |記事への反応(0) | 17:53

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anond:20240825104946

でも、「卒業」や「真夜中のカーボーイ」は違うよなあ、と

俺たちに明日はない」と「イージー・ライダー」と、これらをまとめてアメリカン・ニューシネマと呼ぶ時に、何を共通点として見ているの?

商売上の都合でそういうなんとなくのジャンルを作るのはいいけれど、それでもって映画論やろうとしても何の価値もないだろう

Permalink |記事への反応(1) | 13:31

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2024-05-24

人生意味

四十五のおっさんです。はてぶですごく星がついてたこコメントにびっくりしました。みんなこんな感じで生きてるの?

カウボーイビバップで一番好きな台詞自分が何者か、どこから来てどこへ行くのか。人類誰しもが一度は思い悩む問いかけだ。だがそんな事は思春期に悩めばもう充分だ。いい歳んなって考えてるのはただの暇人だな。」


こういうのって「卒業」とかしないで考え続けないと中年危機を超えられないんじゃないの?老後、死が見えてきたときはどうするの?

Permalink |記事への反応(3) | 17:15

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2024-05-14

厨二病の裏の精神病

私は普段反出生主義と安楽死合法化を推進するゴリゴリ過激思想をやっているのだが、それを見た人からしばしば「厨二病じゃん、思春期のうちに卒業しておきなよ」と言われる。

残念ながら、私が患っているのは厨二病ではなく自閉症二次障害双極性障害だったり統合失調症だったり診断名は何転かしている)というマジの精神疾患だ。

自閉症特性ゆえの視野狭窄小学生の頃から思想は尖り続ける一方だった。多感な思春期二次障害を併発してからは、主に躁状態ときに思い浮かんだ攻撃的な思想寛解期や抑うつ期にも正しく思えるようになり、いっそう反社会性の増す思想になってきた。

自分の中でもこんなヤバい主張は精神疾患から来るものだという客観性はまだあるものの、一方で先天性の発達障害自分人格と切り離して考えることも難しい。

「この思想反社会的で悪であり、それを考えさせたのは脳の異常だが、異常者にも思想の自由はあり、これは私という人間人権行使して主張したい思想だ」という面倒なロジック自我を保っている。

私のような過激精神異常者が「厨二病」というマイルド言葉でいなされるのは大いに平和的だが、完治のない精神疾患に気軽に「卒業」要求されても困る。健常者は思春期以後丸くなっていく人も多いだろうが、私のように障害が原因で就職で詰むなどして孤立貧困に向き合うと、加齢と共により過激思想に傾倒せざるをえないのだ。

こんな異常者を人として生かし続けるというのなら、病人戯言と受け流さずに私という個人思想も聞くのが政治福祉ではないのか。

私としては、こんな人間以下の異常者など生かす価値も無しと断じて安楽死を認めて貰えるのならそれが一番だ。

死刑になるような犯罪を起こせるほどの異常性はない一般ゴミカス雑魚異常者より。

Permalink |記事への反応(0) | 06:24

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2024-05-06

[Webクリップ]

彼は何年かに一度誌面を大幅リニューアルし、古い読者の「卒業」を促すのだとおっしゃっていました。

そうしないと専門誌のコミュニティは閉鎖的な「村」になってしまって、あたらしい読者が入ってこなくなる。

あたらしい編集部員も育たず、やがて雑誌全体が小言めいた年寄りの集まりになって衰退の一途をたどる。

Permalink |記事への反応(0) | 00:42

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