
名前を隠して楽しく日記。
妹と久しぶりに会って話をした。そしたら「サナは頑張ってる」「中国人が怖い」「中国人なんか日本に来なければいい」と言い出した。こんなこと言うタイプだったか?と、ぎょっとした。
妹は20代〜30代のころはアジア旅行によく行っていて、中国にもよく行っていた。上海に新しいビルがどんどん建って、中国はすごいねくらいのことを普通に言ってた。うちの親は「外国人なんか」というようなわりと田舎の昔の人間なんだが妹はそれに対して「外国人差別なんか恥ずかしい」というタイプだった。
中国人がどうの、の中でいくつかデマを信じていたので「それはデマだよ」と教えてあげると、びっくりしていた。
ママ友とか、周りの環境で変わってしまったのかなと思って家に帰ったのだが、中国人がとか言う前に妹が「最近、歳のせいかバカになってる気がする」という話をしていたのを思い出した。
「仕事の資料が全然頭に入ってこない」と言っていた。忘れ物も増えて、記憶力も集中力も低下してる気がする。米を炊いたつもりが炊けてなかった、同じものを何度も買ってる。という話をしていた。
そのときは加齢は嫌だ、みたいな笑い話だったが、今思えば「ブレインフォグなのでは?」と思った。妹は2回ほどコロナに罹っている。
ここからは論理の飛躍で陰謀論めいた妄想なのだが、もしかしてコロナ以降、世界が右傾化してるのはコロナに罹って、脳の認知機能が低下した人が増えたからなのではないか…と思った。
情報を精査せず、わかりやすい「敵と味方」の話に飛びつき、感情的に振る舞う。
実際のところソーシャル・メディアとスマートフォンが悪いんだと思うが(スマホ依存は脳を破壊するらしいが)。
かくいう自分もコロナには罹ったことがあるので、自分の認知機能が本当に正しいのか不安になってきた。
最近、あんなに馬鹿にしていたChatGPTに相談する件数が増えている。自分の脳も正しく機能しているんだろうか。
すでに論文とかあるなら教えてほしい。
むかーし琵琶湖沿岸で喰ってる人に横から挨拶して喰わしてもらった(その人も一緒に食べて欲しそうだった)ことあるけど、たしかに鯛っぽい淡白な味わいで、やっぱり鯛っぽく硬い小骨が多かった
あとはそんな大きなブツじゃなかったんで苦労のわりには身(可食部)が薄そうだな…とおもった
ところでその琵琶湖沿岸にある滋賀県立琵琶湖博物館?だったかにはブラックバスとナマズのハンバーガーだか天麩羅だかのメニューがあるのでぜひどうぞ〜(博物館も知られていないが展示内容めっちゃ面白いぞ!)
dorawiiより
> 「うるさいから走っちゃダメ」と言い聞かせて理解できる歳ではないし、嬉しそうに走り回るのを止めるのも成長を阻害しそうで怖い。
>
> 一部のエリアはクッションが入ったマットを敷いているが、部屋中に敷くのは限界があるし…
全部やればできることばかりじゃん…
「積極財政で成長できる」「政府支出がGDPを押し上げる」「財政出動こそが景気のエンジンだ」
この手の議論は、日本語圏ではもはや宗教儀式に近い。だが、ドルベース実質GDPという冷酷な尺度の前では、こうした主張はほとんどの場合、ただの自己放尿である。
なぜなら、ドルベース実質GDPとは、国内での名目取引の盛り上がりではなく、国際市場における購買力と生産性を測る指標だからだ。
つまり世界市場という審判が「お前の国の生産物には価値があるか?」と問うているのであり、国内で政府が札束を回して景気ごっこをしても、審判は鼻で笑う。
積極財政論の致命的な誤謬は、マクロ経済を「需要の総量の問題」としてしか見ていない点にある。これは典型的なケインズ的短期主義であり、名目変数の撹乱を実物変数の改善と勘違いする貨幣錯覚の制度化である。
政府支出は、確かに国内の名目GDPを押し上げることがある。だがそれは、通貨供給と財政赤字を通じた総需要の膨張であり、実物の供給能力、すなわち労働生産性・資本効率・技術進歩を直接生むわけではない。
要するに、政府が金を撒いて一時的に回転率を上げることはできても、その国の生産関数が進化するわけではない。
そしてドルベース実質GDPの評価軸に入った瞬間、このカラクリが露呈する。国内でインフレを起こし、通貨の信認が毀損すれば、為替は下落する。
つまり円の購買力が低下し、ドル換算した実質GDPはむしろ押し下げられる。これは「国内では景気が良いように見えるが、外から見ると貧しくなる」という現象であり、貨幣錯覚が国家規模で発動した状態だ。
ここで重要なのは、為替レートが単なる投機の気まぐれではなく、長期的には金融政策の信認と相対的生産性を反映する価格だという点である。
為替とは「マネタリー・レジームへの市場投票」であり、財政拡張が中央銀行のファイナンスに依存する限り、その投票結果はほぼ決まっている。
積極財政論者は「財政支出で需要を作れば企業が投資する」と言う。しかしこれは、因果の向きを逆にしている。
投資は、将来の実質収益率が期待できるときに起こるのであって、政府の赤字によって割り当てられるものではない。
政府支出が民間投資を刺激するというストーリーは、実際にはクラウディングアウト(資源配分の押しのけ)を無視した、都合の良いフィクションである。
政府が市場から資金を吸い上げれば、金利は上がるか、あるいは中央銀行が国債を買い支えることで通貨供給が膨張する。
前者は民間投資を圧迫し、後者は通貨価値を毀損する。どちらに転んでも、生産性の源泉である民間部門の資本形成には毒だ。これは財政拡張と金融抑圧のダブル放尿である。
しかも日本の場合、潜在成長率が低下する局面で、政府が需要だけを膨らませればどうなるか。
インフレ圧力が高まり、実質賃金は遅れて毀損する。ここで起こるのは景気回復ではなく、単なる価格体系の攪乱である。
インフレとは常にどこでも貨幣的現象であり、財政赤字を貨幣化する国家は、通貨の希少性を自ら破壊する。
そして通貨の希少性を壊した国は、国際市場で安く買い叩かれる。ドルベース実質GDPが伸びないのは当然だ。むしろ伸びる方が奇跡である。
さらに悪いのは、積極財政が政治的インセンティブと結合した瞬間、政府支出が票田への再分配へ堕落する点だ。
公共事業、補助金、バラマキ、規制産業の延命。これらは生産性を高めるどころか、ゾンビ企業と非効率部門を温存し、資源配分を歪める。市場の創造的破壊を止め、全要素生産性(TFP)の改善を阻害する。
つまり積極財政とは、短期の数字を盛るために、長期の能力を食い潰す装置になりやすい。これは経済政策ではなく、時間軸を無視した会計トリックである。
「積極財政で成長できる」という議論は、国内通貨建ての名目GDPに酔いしれ、為替と実質購買力という現実を無視している。
言い換えれば、国際価格体系における自国通貨の信用を、単なる会計単位と勘違いしている。
結局、ドルベース実質GDPを押し上げるのは、財政出動ではない。制度改革による資源配分の改善、規制撤廃による競争圧力、技術進歩を促す投資環境、そして信認された金融政策による通貨の安定である。
市場が成長を生むのであって、政府の帳簿が成長を生むのではない。
積極財政を唱える者は、政府支出を万能薬として扱うが、それは政府が需要を作れば供給がついてくるという幻想だ。
だから「積極財政がドルベース実質GDPの後押しになる」という論調は、経済学の皮を被った自己放尿である。
さらにそれを金融緩和とセットでやれば、財政幻想と通貨希釈のダブル放尿である。