
名前を隠して楽しく日記。
去年、祖父が亡くなった。
遺品整理はとにかく大変で、本当に物が大量にあったか処分には困った。
価値のありそうなものはヤフオク等を活用して捌いたものの、そこで得られたお金は手間を考えれば微々たるもの。
そういった作業をしているうち「人は死ぬのにどうして物を集めるのだろうか」と本気で考えてしまった。
残された人間の苦労を考えていないのか、それともただ意味なく集めているのだろうか。
人は死ぬ。物なんて最低限だけで、本当は何も買わなくていいのかもしれない。
それなりに成果もでている。書いた「記事」がはてぶの総合トップになることもある。
けれど、いつもひとを呪う文章ばかりを書いている。
ひがみだったり、妬みだったり、嫉妬だったりする。
ひとを不幸にするためにがんばってきたワケじゃないのに。
理屈で考えたらすぐ取り掛かったほうがいい仕事や勉強を後回しにしたり
野菜や発酵食品食ったほうが健康的なのにジャンクフードを選んだりしちゃうから
でも現代の技術でそれを実現するのは難しいし出家するわけにもいかないし
「食べたいものを我慢できず…」万引きした寿司をイートインコーナーで食べていた男(84)を現行犯逮捕北海道白老町
それはそうなんだが、住民の不安増とは強い相関があるんだ。ヒトの特性として。
「安心・安全」という言い方をするのは、安心=気のせいレベルのお気持ちまで配慮する必要があるという含意なんだ。
税収は増える、借金の価値は下がる、社会保障費もマクロスライド(つまり給付をインフレ率ほど上げない)で削減できる、全て丸くおさまる。
長期金利さえ上昇しなければ。
自分は氷河期世代をギリギリ抜けたぐらいの時期に就職した人間だ。
Rebuild.fmを長年聞いている。
Rebuild.fmに出てくるような氷河期世代のIT系の人間は、この世代では数少ない、割と良いキャリアを構築して生きてこられた人種ではないかと思う。
しかし、この番組に出てくる尊敬する先輩方の価値観が、AIの時代に古くなりつつあるのを感じる。
プログラミング能力が高いというのは足が速いぐらいの能力にすぎない。
足が速くても車どころか自転車に乗ったほうが速い。
彼らはもう今までのスキルを捨てて新しい時代に適応するのがさすがに難しい世代ではないかと思う。