Movatterモバイル変換


[0]ホーム

URL:


はてラボはてな匿名ダイアリー
ようこそ ゲスト さんログインユーザー登録
< 会社の人が亡くなった... |anond:20260108174032 >

2026-01-09

anond:20260109121530

補充する側って、結局は「人の気配」を求めてるんだと思う。

担当区域自販機毎日回る。駅前路地裏、工場の外壁、深夜にだけ光る倉庫の横――ほとんどが無人エリアで、誰とも目を合わせず、誰の声も聞かず、淡々と補充作業をこなしていく。

扉を開ける。

空の列を確認する。

カートンを抱えて差し込む。

数を数える。

レバーを戻す。

伝票にチェックを入れる。

それだけ。音といえば、缶が当たる乾いた響きと、機械の低い唸りだけ。

気づけば、ひとりでいることに慣れすぎて、こちから言葉を失っていく。

――だけど、会社にある自販機だけは違った。

そこは唯一、誰かが「人」として自分を見てくれる場所だった。

休みに補充をしていると、背中の方から小さく、けれどはっきりとした声が届く。

「いつも補充ありがとうございます

振り返ると、社員証を胸に下げた女子社員が立っている。可愛い、という形容が一番しっくりくる。派手さじゃない。無理のない笑顔と、言葉温度が、あたたかい。

「……どうも。こちらこそ」

そう返すのが精一杯で、手元の作業視線を戻す。

なのに――彼女はその場を離れない。

缶を並べる音を聞きながら、補充が終わるのを待ってくれる。

“待つ”って、こんなに落ち着かないものだったか

機械の前に立っているだけなのに、心拍が一段上がるのがわかる。たぶん、会話の準備をしているのは彼女じゃなくて、こっちだ。

今日は、いつもより早いんですね」

「このフロア、減りが早いんで。昼休み前に入れておくと、午後が平和なんですよ」

自分でも意外なほど、言葉が出た。

彼女は目を細めて笑う。

「なるほど。午後の平和を守ってるんですね」

軽い冗談なのに、胸の奥に小さな灯がともる。

普段は誰にも言われない言葉だった。「守ってる」なんて。

補充を終える。扉を閉め、鍵を回す。

その動作が、いつもより名残惜しい。

ありがとうございました」

いつもの礼。

いつもの流れなら、そこで終わるはずだった。

でも、彼女は一歩だけ近づいて、少し声を落とした。

「あの……」

その“あの”の間が、妙に長い。

機械ファンの音が、やけに大きく聞こえる。

「もしよかったら、次に来る日って、だいたい決まってますか?」

一瞬、頭が真っ白になる。

“補充の予定”を聞かれただけ。業務上質問。そういうことにしよう、と理性が言う。

それでも、期待が先に走る。期待が、顔に出ないように必死で抑える。

「基本は毎日です。時間は……在庫次第で前後しますけど」

毎日……」

彼女は小さく頷いて、それから、笑って誤魔化すみたいに言った。

「私、ここで買うのが好きで。補充の直後って、なんかいいじゃないですか。全部きれいに並んでて」

「……ああ、確かに

「それに、補充してる人がいると安心するんです。今日は新しいの入ってるかな、とか。変な理由ですけど」

変な理由じゃない。

それは、こちらが欲しかった“理由”そのものだった。

自分作業が、誰かの一日とちゃんと繋がっている理由

カートを押して去ろうとすると、彼女が慌てて手を挙げた。

「待って! ……じゃなくて、すみません。えっと、その……」

彼女は一度息を吸って、今度は真正から言った。

「“いつもありがとうございます”って、毎回言ってもいいですか?」

わず笑いそうになる。

そんな許可、いらないのに。

なのに、彼女真剣からこちらも真剣に返したくなる。

「……もちろん。むしろ、言われると助かります

「助かる?」

無人エリアばっかり回ってると、自分機械みたいな気がしてくるんで。人の声って、効きます

彼女は少し驚いた顔をして、そして、ゆっくり頷いた。

「じゃあ、これからも“効かせます”ね」

そう言って、彼女自販機の前に立つ。

新しく補充された列を眺め、一本選ぶまでがやけに慎重だ。

おすすめ、ありますか?」

不意打ちだった。

おすすめ商品はどれも同じで、売れ筋データで分かる。

なのに、“あなたおすすめ”と聞かれた瞬間、選ぶ責任が急に重くなる。

「……甘いのいけます?」

「いけます

「じゃあ、これ。最近入れ替えたやつで、午後の眠気に強いです」

彼女は言われた通りにボタンを押して、缶が落ちる音を聞いた。

プルタブを開ける。小さな炭酸の音。

一口飲んで、目を丸くする。

「おいしい。なんか、元気出る」

「それ、たぶん気のせいじゃないです」

「え?」

「補充した直後は、冷え具合がちょうどよかったりするんで」

本当かどうかは、半分は冗談だ。

でも彼女は、冗談として受け取らず、真面目に頷いた。

「じゃあ私、明日も元気出したいので……明日も来てくださいね

最後一言が、ふいに距離を縮める。

“補充してくださいね”ではなく、“来てくださいね”。

気づけば、毎日だったはずのルートが、違う意味を持ち始めていた。

無人自販機をいくつ回っても、最後にここへ来れば声がある。

そう思うだけで、午前の淡々とした作業が少しだけ軽くなる。

その日から会社自販機の前には、ひとつの決まりごとができた。

休み。補充の時間

彼女が現れて、必ず言う。

「いつも補充ありがとうございます

そして、こちらも必ず返すようになった。

今日も、午後の平和を守ります

彼女は笑う。

その笑顔のために、無人エリアを回る足取りまで、ほんの少しだけ――人間らしくなる。

ただ、ひとつだけ気になっていた。

彼女はなぜ、毎回“補充が終わるまで”待つのか。

飲み物を買うだけなら、補充中でも買える。

それなのに、必ず最後まで。

ある日、こちらが鍵を回し終えたタイミングで、彼女がぽつりと言った。

今日相談してもいいですか。……自販機の前だと、なぜか話しやすくて」

その言葉に、胸の奥が静かに鳴った。

この場所は、彼女にとっても“人の声が効く場所”なのかもしれない。

「もちろん。どうしました?」

彼女は少しだけ視線を落として、缶を両手で包み込む。

「私、職場あんまりうまく話せなくて。明るく見られるけど、実は……声をかけるの、すごく勇気がいるんです。だから最初に“ありがとうございます”って言う練習を、ここでしてて」

練習

この毎日のやりとりが、彼女練習で、そしてこちらの救いでもあった。

「……じゃあ、俺も練習していいですか」

「何の?」

「会話の続け方。俺、無人エリア専門なんで」

彼女は一瞬きょとんとして、それから、肩をすくめて笑った。

「いいですね。じゃあ明日から、私が先生です」

こうして、会社自販機はただの機械じゃなくなった。

休みの、短い教室になった。

誰にも邪魔されない、けれど確かに誰かと繋がる場所になった。

そして翌日。

彼女はいつも通り現れて、いつも通り言う。

「いつも補充ありがとうございます

その次の言葉は、少しだけ違った。

先生今日課題です。……あなた名前、教えてください」

こちらは一瞬固まって、笑って、名札代わりに作業用の手袋を外した。

「俺の名前は――」

その続きを言う前に、彼女スマホが震えて、通知音が鳴る。

彼女の顔色が、一瞬だけ変わった。

「……ごめんなさい。ちょっと、行かなきゃ」

そのまま駆けていく背中見送りながら、こちらは自販機ガラスに映る自分の顔を見た。

無人エリアを回っていた頃には、こんな顔、していなかった。

――明日も、ここに来る。

午後の平和を守るために。

そして、彼女の“先生”になるために。

(続く)

Permalink |記事への反応(0) | 12:26

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

記事への反応 -
  • 会社にある自販機がほぼ毎回昼休みに補充される。 上司が「昼休みが一番利用客が多いのに合理的じゃねえな...」と言って、たしかになと。 まあ喫煙所近くにあるし喫煙者多いからいい...

    • 補充する側って、結局は「人の気配」を求めてるんだと思う。 担当区域の自販機を毎日回る。駅前の路地裏、工場の外壁、深夜にだけ光る倉庫の横――ほとんどが無人エリアで、誰とも...

記事への反応(ブックマークコメント)

全てのコメントを見る

人気エントリ

注目エントリ

ログインユーザー登録
ようこそ ゲスト さん
Copyright (C) 2001-2026 hatena. All Rights Reserved.

[8]ページ先頭

©2009-2026 Movatter.jp