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< Netflix LIVE |閾値を啜る >

2025-12-20

高卒から哲学とかわかんねえけど

偉業を行って死んだ人間と、何も成さずに死んだ人間との間に違いはない

どっちも同じ、すでに死んだ人間

人間平等にみんな死ぬ

偉業を成した人間は、偉業を成した人間しか見えない風景を見、偉業を成した人間けが感じる喜びや達成感を感じる

何も成さなかったゴミクズのような人間は、ゴミクズのように生きた人間しか見えない風景を見、ゴミクズのように生きた人間けが抱く葛藤絶望を感じる

人間存在意味というのは、根本的には「そんなものはない」なのだが、もしあると仮定するのなら、それは「経験する主体であること」になる

どのように生き、何を手に入れ、何を手に入れなかったにしろ、その過程主体として経験したということは唯一無二なのである

誰にも代わることができない

そして経験という名の一瞬のニューロンの発火以外の全てのことは大体のことが大いなる茶番で、飾りで、枝葉で、空虚フィクションみたいなもの

ノーベル賞を獲った学者も、推し活に明け暮れる腐女子も、大統領も、競馬すっからかんになったじじいも、統合失調症妄想の中で生きる人も

本物なのはその時内面に起こった反応だけで、現実世界で誰が何を発見しようが、尊敬されようがされまいが、いくら儲けようが一文無しだろうが、同じなのである

現実こそ絵空事で、経験けが真実なのだ

百年経ったら誰も生きていない

みんな等しく死んでいる

百億年経ったら地球銀河系がなくなっている

それだけが事実であるのに、「その存在人類文明に貢献した」だの「生産性のある人間だった」だの「女にもてた」「事業成功した」「後世に名前が残った」だの、どれほどの意味があるというのか

われわれが経験できるのは、生きている今この一瞬だけなのであり、それが死ぬ寸前まで続き、死んだら終わる、それだけなのである

皮肉にも、ああ死にたい、もう何もかも嫌になった、という感覚経験することさえ、今私が生きているために発生している唯一無二のものなのだ

Permalink |記事への反応(0) | 03:52

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