自分は出世のために、社内で以下の行動を取っているが、これらは私利私欲のために、差別的な社会構造の維持に加担してるのではないか。
まず、「男に期待される役割」を出来るだけ全うする。重いものを運ぶ、自分の作業が終わったら走って相手の作業を手伝い、真夏や真冬で屋外の作業に手を挙げて、権利主張をせずに黙って休日の付き合いもこなして、同性だけの会話ではひょうきんな変態スケベを演じる。
次に、「女に期待される役割」を奪う。誰かがやらないといけないが、直接評価には繋がらない雑用のポジションを譲らず、女しかいない会話では「女上げ、男さげ」発言をしてジェンダーフリー論者を演じている。
このように動くことで、昭和生まれから男女問わず支持を集められていると思う。年長男性からは「ハラスメントを心配せずに、安心して雑に扱って良い(=タフな)奴認定」され、年長女からは「女の苦労に理解のあるフェミニンな男」と認定されている(気がする)。
しかしこれは、ゴミを好き勝手に排出して、未来の世代「環境汚染を押し付ける企業と同じようなことをしてるんじゃないのか?と思うようになった。
自分が率先して負担のある仕事を引き受ければ、他の「男らしさ」から降りる同僚や後輩は「相対的に使えない(男らしくない)やつ」と認定される。事務職でも貢献が出来る難易度の低い雑用を俺が占領するから、女の同僚や後輩は評価を上げる足場を失っている。
「新人に任せない、女に押し付けない」のは良いことだと思っている。しかし後輩がメンタルを病んで休職しはじめたのは、彼女が評価を上げれる筈だったイージーな業務を、俺が自分の点数上げのために占領して、準備が出来ていない相手に対等を要求する職場にしたのが一因なのではないか。